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著明な視力回復がみられた外傷性眼球脱臼の1 例

2011年2月28日 月曜日

300(14あ6)たらしい眼科Vol.28,No.2,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(2):300.302,2011cはじめに眼球脱臼とは,眼球が眼窩中隔の外に出て,視神経・外眼筋・球結膜などの眼球付着物がある程度付着保存されているものと定義されている1).突発的な外傷あるいは自傷行為が原因の外傷性眼球脱臼については,国内外ともに報告は少なく,ほとんどが1例報告である1~9).海外の報告例では光覚消失6),眼球癆7,8)や眼球摘出9)など,その視力予後は不良なものが大多数を占めている.今回筆者らは,外傷性の眼球脱臼で受診時に光覚を消失していたにもかかわらず,最終的に良好な視力回復が得られた症例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.主訴:左眼球突出,視力低下.現病歴:2009年11月30日19時ごろ,飲酒後に風呂場で転倒.浴槽の角に左眼を強打し視力低下を自覚した.近医を受診したところ左眼球脱臼を認めたため,同日23時に当院救急外来に搬送された.既往歴:アルコール性肝障害.初診時眼科所見:視力;RV=0.7(1.2×+1.25D(cyl.0.75DAx60°),LV=光覚なし.左眼直接対光反射消失.左眼球は上下眼瞼縁を越えて露出しており,耳側および鼻側の結膜裂傷を認めた(図1a,b).前眼部で左角膜びらんを認めたが,中間透光体は異常なかった.左眼網膜色調は良好であった.Computedtomography(CT)で,外直筋の眼球付着部での断裂が疑われた.視神経断裂の有無は,CTでは詳細不明であった.眼窩骨折は認められなかった(図1c).臨床経過:外来処置室において,1%キシロカインRで眼〔別刷請求先〕原克典:〒693-8501出雲市塩冶町89-1島根大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KatsunoriHara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShimaneUniversityFacultyofMedicine,89-1Enya-cho,Izumo,Shimane693-8501,JAPAN著明な視力回復がみられた外傷性眼球脱臼の1例原克典谷戸正樹児玉達夫高井保幸太根ゆさ松岡陽太郎大平明弘島根大学医学部眼科学講座MarkedRecoveryofVisioninaCaseofTraumaticGlobeLuxationKatsunoriHara,MasakiTanito,TatsuoKodama,YasuyukiTakai,YusaTane,YotarouMatsuokaandAkihiroOhiraDepartmentofOphthalmology,ShimaneUniversityFacultyofMedicine光覚消失後に良好な視力回復が得られた,外傷性眼球脱臼の1例を経験した.症例は70歳,男性.飲酒後に風呂場で転倒した際に浴槽の角で左眼を打ち付け,左眼球脱臼をきたした.当院受診時,左眼は光覚なく,対光反射は消失していた.受傷後4時間で眼球を整復し,翌日からステロイドパルス治療を行った.受傷後5カ月で左眼視力は1.2に回復した.左視神経乳頭近傍の網脈絡膜萎縮と,それに一致する視野欠損を残した.良好な視力予後に寄与する要因として,①早期の脱臼整復,②視神経断裂・網膜中心動脈閉塞がない,③ステロイドパルス治療の可能性が考えられた.A70-year-oldmale,whiletakingabath,struckthecornerofthebathtubwithhisface,causingglobeluxationofhislefteye.Intheinitialexaminationatemergencyroom,visualacuitywasnolightreception,andtheleftpupildidnotrespondtolightstimulation.Thepatientunderwentrepositioningofhisleftglobe4hoursaftertheinjury,thenreceivedintensivesteroidtherapyfor3days.At5monthsaftertheinjury,visualacuityhadrecoveredto1.2.Fundusandvisualfieldexaminationsrevealedparapapillaryretinochoroidalatrophyandcorrespondingscotomainhislefteye.Promptrepositioningoftheeyeglobeaftertheinjury,absenceofopticnerveavulsionandcentralretinalarteryocclusion,anduseofsteroidmedicationarepossibleexplanationsofthegoodvisualacuityprognosisinthiscase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(2):300.302,2011〕Keywords:外傷性眼球脱臼,眼球整復,網脈絡膜萎縮,視力回復,ステロイドパルス.traumaticglobeluxation,repositioningofeyeglobe,retinochoroidalatrophy,recoveryofvision,steroidpulsetherapy.(147)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011301球周囲と眼窩内に浸潤麻酔を行った後,デマル(Desmarres)鈎を用いて眼瞼縁を眼球前方に牽引し,眼球整復を行った(図1d).受傷から整復までに要した時間は約4時間であった.整復直後に左眼視力は光覚ありとなったが,上外転障害を認めた.整復後に撮影したMRI(磁気共鳴画像)では,左眼球がやや内転位を呈し,左外直筋の眼球付着部付近での連続性が不明瞭となっていた.視神経に関しては,眼窩内での連続性は保たれていたが,眼窩尖端部から視神経管レベルでの左視神経描出が対側に比べ不良であり,同部位での損傷が示唆された.受傷翌日,手術室において左眼外直筋整復術を図1症例の経過観察a,b,c:初診時の顔写真(a:正面,b:左側面)と頭部CT(c).左眼眼球脱臼を認める.d:整復術直後の顔写真.眼球脱臼は整復されている.e,f:受傷後5カ月の左眼眼底写真(e)とGoldmann視野(f).視神経乳頭近傍の網脈絡膜萎縮とそれに一致する暗点を認める.acebdf302あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(148)試みた.術中,上直筋の断裂を認めたが断端は確認できなかった.外直筋は不全断裂の状態で,挫滅が高度なため縫合処置を行えなかった.術後,左眼視力は手動弁であった.整復術当日よりプリドールR1,000mg/日で,ステロイドパルス治療を3日間施行した.受傷5日目に左眼矯正視力は0.03に改善した.Goldmann視野検査で,左眼の視野狭窄,Mariotte盲点に連続する絶対暗点,および中心比較暗点を認めた.9方向眼位では,上外転障害のため,正面視で軽度内下転位となっていた.その後,左眼矯正視力は受傷4週後に0.4,8週後に0.6,12週後には1.0と回復していった.受傷5カ月後,左眼矯正視力1.2まで改善した.左内斜視は残存していた.眼底検査で,左視神経乳頭下耳側に網脈絡膜萎縮がみられた(図1e).Goldmann視野検査では,網脈絡膜萎縮に一致した暗点を認めた(図1f).網脈絡膜萎縮は,同部位の支配血管である短後毛様動脈の障害に起因すると考えられた.視力回復に伴い,複視の症状が出現した.Worth4灯検査で遠見,近見ともに同側性複視の所見がみられたが,日常視においては,近見でのみときどき複視を自覚した.網脈絡膜萎縮に一致した暗点が,複視の自覚を軽減している可能性が考えられた.頭位の異常なく,プリズム眼鏡装用による自覚症状の改善は認めなかった.II考按1983年以降,わが国で発表された外傷性眼球脱臼症例の報告は5例ある(表1)1~5).そのうち1例は眼球摘出,3例は最終視力で光覚を消失しており,1例のみに1.0の視力回復を認めている.これらの症例報告の受傷状況と今回の症例から,外傷性眼球脱臼で,良好な視力予後に寄与する要因として,つぎの3点の可能性が考えられた.1つ目は,受傷早期に脱臼整復を行うことである.視力予後の良かった外江らの症例では受診後ただちに整復を行っていた3).筆者らの症例でも受傷後約4時間と比較的早い時期での整復を施行していた.ただし,光覚を消失した症例も比較的早期に脱臼整復を行っており,整復におけるcriticaltimeは明らかでなく,今後の症例の蓄積が待たれる.2つ目は,受傷時に視神経断裂や網膜中心動脈閉塞症のように高度な視機能障害が存在していないことである.視力予後が不良であった4例のうち,3例に網膜中心動脈閉塞症が確認され,1例で視神経断裂が併存していた.3つ目は,ステロイド治療の有無である.5例中4例でステロイド加療は行われていなかった.筆者らの症例では,眼球整復後にステロイドパルス治療を施行している4).ステロイド治療の有効性については症例報告が限られているため断定はできないが,外傷時の視神経および視神経周囲の炎症性浮腫の軽減と,それに伴う循環改善が良好な視力予後に寄与したと考えられた.過去の報告例では加療にもかかわらず,ほとんどが失明している.光覚なしから矯正視力1.2まで回復した筆者らの症例は非常にまれであったと考えられる.受傷時の眼窩内損傷の程度は偶発的であるが,受傷後ただちに眼球を整復し,ステロイドパルス療法を行うことが,良好な視力予後に寄与する可能性がある.文献1)福喜多光一:外傷性眼球脱臼の1例.臨眼81:777-780,19872)福原晶子,大原輝幸:眼球保存できた外傷性眼球脱臼の1例.臨眼82:1505-1508,19883)外江理,上野山さち,雑賀司珠也ほか:外傷性眼球脱臼の1例.臨眼46:1172-1174,19924)鈴木由美,川久保洋,島田宏之ほか:外傷性眼球脱臼の1例.眼科38:605-609,19965)鈴木崇弘,山家麗,赤塚一子ほか:外傷性眼球脱臼に対し眼球整復術を施行した1例.臨眼57:833-835,20036)BajajMS,PushkerN,NainiwalSKetal:Traumaticluxationoftheglobewithopticnerveavulsion.ClinExperimentOphthalmol31:362-363,20037)KiratliH,TumerB,BilgicS:Managementoftraumaticluxationoftheglobe.Acasereport.ActaOphthalmolScand77:340-342,19998)AlpB,YanyaliA,ElibolOetal:Acaseoftraumaticglobeluxation.EurJEmergMed8:331-332,20019)LelliGJJr,DemirciH,FruehBR:Avulsionoftheopticnervewithluxationoftheeyeaftermotorvehicleaccident.OphthalPlastReconstrSurg23:158-160,2007表1わが国での外傷性眼球脱臼の報告報告年報告者年齢・性別眼底所見受傷機転受診時視力退院後視力整復までの時間ステロイド治療1987福喜多ら15歳・男性CRAO木の枝LS(.)LS(.)約3時間(.)1988福原ら10歳・女性CRAO転倒LS(.)LS(.)受傷当日(.)1992外江ら10歳・男性特記異常なし鉄棒0.03(n.c.)0.7(1.0)受診後ただちに(.)1996鈴木由美ら27歳・男性CRAO鉄パイプLS(.)眼球摘出(+)2003鈴木崇弘ら58歳・女性視神経断裂ハンドルに殴打LS(.)LS(.)受傷当日(.)2011原ら(本報)70歳・男性特記異常なし転倒LS(.)0.5(1.2)約4時間(+)CRAO:centralretinalarteryocclusion,LS:光覚.