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WEBINO 症候群を呈し多発性硬化症の診断に至った 小児の1 例

2022年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科39(5):685.690,2022cWEBINO症候群を呈し多発性硬化症の診断に至った小児の1例大場すみれ*1,2佐藤美紗子*1,2福井綾香*1仁平麻美*1岡島嘉子*1折笠智美*1杉江正崇*1中西瑠美子*1迫野卓士*1水木信久*2*1横浜労災病院眼科*2横浜市立大学医学研究科視覚器病態学ACaseofWEBINOSyndromewithMultipleSclerosisSumireOba1,2),MisakoSato1,2),AyakaFukui1),AsamiNihira1),YoshikoOkajima1),SatomiOrikasa1)Sugie1),RumikoNakanishi1),TakutoSakono1)andNobuhisaMizuki2),Masataka1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicineWEBINO症候群を呈し,眼科受診を契機に多発性硬化症の診断に至った15歳男児の1例を経験したので報告する.急性の歩行障害と眼球運動障害が出現し,小児科を受診した.頭部MRIで明らかな異常なく,眼病変の精査目的で眼科初診となった.初診時眼位は左外斜視であり,両眼の内転制限を認めたが,輻湊は可能で,両眼の外転時に解離性眼振を認め,WEBINO症候群を呈していた.中枢神経疾患の追加精査として,頭部MRIを再撮影したところ,FLAIR画像で右前頭葉,頭頂後頭葉,両側側脳室の皮質下白質と橋被蓋に高信号域を認め,髄液検査でオリゴクローナルバンド陽性であった.多発性硬化症の診断となり,ステロイドパルス療法を施行した.治療後,眼位は外斜位となり,眼球運動障害,歩行障害,頭部MRI画像所見は改善した.多発性硬化症による橋被蓋の脱髄病変がWEBINO症候群の発症に関与したと推察される.Purpose:Toreportacaseofwall-eyedbilateralinternuclearophthalmoplegia(WEBINO)syndromewithmultiplesclerosis(MS).CaseReport:A15-year-oldmalepresentedwiththesuddenonsetofgaitdisturbanceandeyemovementdisorders.Neurologicalexamsandcerebralmagneticresonanceimaging(MRI)revealednoabnormal.ndings.Heshowedexotropia.Bilateraladductionde.citswerenotedonhorizontalgaze,togetherwithnystagmusofabductingeyes,andconvergencewaspossible.Theseocular.ndingswerecompatiblewithWEBINOsyndrome.Afterfurtherexamination,FLAIRMRIimagesrevealedhighsignallesionsinthesubcorticalwhitemat-terandthepontinetegmentum.OligoclonalIgGbandincerebrospinal.uidwaspositive,andhewasdiagnosedwithMS.Hesubsequentlyunderwentsteroidpulsetherapy.Afterthetreatment,hiseyemovementdisordersimprovedandheshowedexophoria.HisgaitdisturbanceandtheMRIhighsignallesionsalsoimproved.Conclu-sion:The.ndingsinthiscasesuggestthatdemyelinatinglesionsofpontinetegmentumbyMScancauseWEBI-NOsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(5):685.690,2022〕Keywords:WEBINO症候群,多発性硬化症.WEBINOsyndrome,multiplesclerosis.はじめに眼の内転障害,輻湊可能,他眼の外転時眼振を3主徴とするWEBINO(wall-eyedbilateralinternuclearophthalmople-病態である.一般に,MLF症候群単体では外斜視は伴わなgia)症候群は外斜視を伴う両側内側縦束(mediallongitudi-い.WEBINO症候群は脳血管障害の急性期にみられることnalfasciculus:MLF)症候群である1.9).MLF症候群は一が多く,多発性硬化症での報告はまれである2,3).橋被蓋部〔別刷請求先〕大場すみれ:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学附属病院眼科医局Reprintrequests:SumireOba,M.D.,YokohamaCityUniversityHospitalDepartmentofOphthalmology,3-9Fukuura,Kanazawaward,Yokohamacity,Kanagawa236-0004,JAPANや中脳の病変で生じると報告されているが,WEBINO症候群の発生機序についてはいまだ不明な点が多く,MLFと傍正中橋網様体(paramedianpontinereticularformation:PPRF)の関与が推測されている2.8).急性の眼球運動障害と歩行障害を主訴に受診し,WEBINO症候群を呈し,眼科受診を契機に多発性硬化症の診断に至った15歳男児の1例を経験したので報告する.I症例患者:15歳男児.主訴:歩行障害,眼球運動障害.既往歴:精神発達遅滞.家族歴,嗜好歴:特記事項なし現病歴:まっすぐ歩けないという症状が出現した6日後,「眼の動きがおかしい」ことに母が気づいた.かかりつけである当院小児科を受診し,精査目的に小児科に入院となった.小児科初診時所見:心拍数86回/分,血圧103/55mmHg,体温36.2℃,呼吸数16回/分,一般理学所見,眼球運動以外の脳神経学的所見に異常を認めなかった.筋力は正常で,腱反射異常,病的反射,協調運動障害,感覚系の異常や深部感覚障害はなかった.継ぎ足歩行でふらつきが著明であった.尿一般,血算,血清生化学,血糖,静脈ガスは正常であった.頭部MRIでは明らかな頭蓋内占拠性病変,脳血管病変,脱髄,変性巣を認めず,脳脊髄腔は年齢に比して拡張していたが,有意な異常ではなかった.歩行障害と眼球運動障害の原因を示唆する所見がみられず,眼病変の精査目的で眼科初診となった.眼科初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph.0.50D),左眼0.5(1.0×sph.1.00D).眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHgであった.前眼部・中間透光体・眼底に異常は認めなかった.瞳孔に異常なく,対光反射は迅速で,眼瞼下垂はなかった.複視の訴えはなかった.眼位はHirschberg法で15.30°の左外斜視で,交代固視は可能であった.両眼の内転制限を認めたが,輻湊は可能であった(図1).両眼とも外転時に解離性眼振を認めた.HESS赤緑試験では大きな外斜図1眼科初診時の眼位眼位は外斜視で両眼の内転制限あり,輻湊は可能であった.(上段の左から左方視,正面視,右方視,下段は輻湊)図2初診時のHESS赤緑試験大きな外斜偏位と内転障害を呈していた.図3初診から7日後に再撮影した頭部MRIFLAIR画像右前頭葉,頭頂後頭葉,両側側脳室の皮質下白質と橋被蓋に,初診時に撮影した頭部MRIではみられなかった高信号域(.)を認めた.図4治療後の眼位眼位は正位で,内転制限は改善した.輻湊は可能であった.(上段の左から左方視,正面視,右方視,下段は輻湊)図5ステロイドパルス治療後のHESS赤緑試験内転障害は改善し,軽度の外斜偏位を認めた.偏位と内転障害を認めた(図2).本症例の眼球運動障害は外斜視を伴う両側MLF症候群,すなわちWEBINO症候群を呈していた.原因として中枢神経疾患が考えられたため,中枢神経疾患の追加精査を小児科に依頼した.眼科受診後の検査所見:初診から7日後に再度撮影された頭部MRIのFLAIR画像で,右前頭葉,頭頂後頭葉,両側側脳室の皮質下白質と橋被蓋に,初診時にはみられなかった高信号域を認めた(図3).脊椎MRIで異常所見は認めなかった.髄液検査は細胞数2/mm3,蛋白29mg/dl,糖66mg/dl,オリゴクローナルIgGバンド陽性であった.抗AQP4抗体,抗MOG抗体は陰性であった.経過:視神経脊髄炎や抗MOG抗体関連疾患は否定され,薬剤性やWernicke脳症などその他の鑑別疾患も除外された.上記の髄液・画像検査所見より,McDonald診断基準201710,11)を満たし,多発性硬化症の診断となった.ステロイドパルス療法1クール目(メチルプレドニゾロン〔mPSL〕1,000mg/日)を3日間施行した.1クール目終了から4日後の診察では,眼位はHirschberg法で正位.15°の左外斜視で,両眼の内転が弱いがみられるようになった.輻湊は正常であった.頭部MRIでは,橋被蓋のFLAIR高信号域はわずかに軽減したが,右前頭葉や頭頂後頭葉,両側側脳室のFLAIR高信号域は前回同様に認めた.ステロイドパルス療法1クール目施行終了の4日後から2クール目(mPSL1,000mg/日)を3日間施行した.2クール目施行から約1カ月後の診察では,眼位はHirschberg法で正位.わずかに外斜視,交代遮閉試験で遠見10Δ外斜位,近見20Δ外斜位であった.両眼ともに内転可能となり,外転時の眼振も消失した.歩行障害も改善した.ステロイドパルス療法は2クールで奏効したため,その後プレドニゾロン30mg/日に切り替え24日間かけて漸減し,終了した.ステロイドパルス療法施行から6カ月後の頭部MRIで病変は消失し,新規病変を認めなかった.ステロイドパルス療法施行から8カ月後には,Hirschberg法で正位であり,交代遮閉試験で遠見12Δ外斜位,近見25Δ外斜位を認めた.内転制限や外転時の眼振はみられなかった(図4).HESS赤緑試験でも内転障害は認めず,軽度の外斜偏位に改善した(図5).その後眼科的異常所見なく経過したが,ステロイドパルス療法終了から約1年後に頭部MRIで新規病変を認め,再発予防目的でインターフェロンb導入となっている.II考按WEBINO症候群は外斜視を伴う両側MLF症候群である.まず,MLF症候群の発症機序について述べる.MLFは,外転神経核から出てすぐに対側に交叉し,橋被蓋傍正中部を通り,対側の動眼神経内の内直筋を支配する運動神経細胞と連絡している.側方注視の指令は前頭前野からPPRFに伝えられ,PPRFと同側の眼の外転と,MLFを介して対側眼の内転が起きる.MLFの障害により,健側注視時の患側眼の内転障害と,健側眼の眼振を生じる.輻湊の責任首座は中脳被蓋であるため,中脳被蓋に障害がないと輻湊は保たれる12,13).交代性外斜視を伴う両側MLF症候群であるWEBINO症候群の発生機序についてはいまだ不明な点が多いが,外斜視の機序について,鴨川3)や城倉4)らは,MLFに加えてPPRFの関与を指摘している.両側のMLFが障害されているとき,両側のPPRFの興奮は外直筋に正常に伝わるが,MLF障害のため内直筋への興奮の伝達は不十分となり,両眼はどちらも外転位をとろうとする.これに対し,優位眼を正位に戻そうとして,反対側のPPRFがより一層興奮することで対側眼はさらに外転し,外斜視を呈するとされている.本症例は,精神発達遅滞を伴う15歳男児で,急性の眼球運動障害と歩行障害を呈し,小児科を受診した.身体所見や頭部MRIで異常所見を認めず,精査目的で眼科紹介となった.眼科初診時に交代固視可能な外斜視,両眼の内転制限,外転時の解離性眼振を認め,輻湊可能であり,WEBINO症候群を呈していた.本人は複視を訴えなかったが,斜視角が大きく抑制がかかっていた可能性,もしくは既往に精神発達遅滞があり自覚症状を適切に表現できなかった可能性が考えられる.中枢神経病変を疑い,小児科に追加精査を依頼した.初診時から7日後に再撮影した頭部MRIFLAIR画像で右前頭葉,頭頂後頭葉,両側側脳室の皮質下白質,橋被蓋に,初診時のMRIではみられなかった新規の高信号域を認め,髄液検査でオリゴクローナルIgGバンド陽性となり,多発性硬化症の診断に至った.ステロイドパルス療法2クール施行により,頭部MRIの高信号域は消失し,両側MLF症候群は改善した.初診時には斜視角が変動する交代固視可能な外斜視であったが,治療経過中に外斜位斜視を経て,治療後に外斜位となった.WEBINO症候群で斜視角が変動する交代固視可能な外斜視が,改善の過程で外斜位となることは既報2)と一致した.城倉ら4)はFrenzel眼鏡を装着し非注視下におくと外斜視が軽減することを観察していることから,注視の程度によりPPRFの興奮の程度が変化することが,斜視角が変動する原因として考えられている.本症例は,多発性硬化症による橋被蓋の脱髄病変がWEBINO症候群の発症に関与したと推察される.多発性硬化症は若年成人に好発し,時間的空間的多発性を特徴とする中枢神経の炎症性脱髄疾患である10).MLF症候群の原因として,若年者では多発性硬化症,高齢者では脳血管障害(脳幹梗塞)の頻度が高い.また,多発性硬化症では両側性,脳幹梗塞では片側性が多いとされている12,14).一方,WEBINO症候群の原因は,わが国では急性期の脳血管障害が大半であり,多発性硬化症によるWEBINO症候群の発症の報告はきわめてまれである2,3).本症例は,初診時の頭部MRI画像で明らかな異常がみられず,WEBINO症候群を呈していたことから初診の7日後に再度頭部MRIを撮影したことで新規病変が明らかになった.既報では,臨床的にMLF症候群を認めても,頭部MRIでMLFに異常が指摘できない症例も報告されている15).MLF近傍には眼球運動に関与する核が密に存在し,MLF症候群では病変がきわめて微小であるため,頭部MRIで明らかな病変を呈さないことも多いと考えられている15).一般的にMRIのスライス厚は5mm程度であるが,本症例においても初診時はthinsliceではなく,通常のスライス厚で施行していた.スライス厚をさらに薄くすれば微細な責任病変を描出できた可能性がある.また,多発性硬化症は空間的・時間的多発を特徴とするため,1度のMRI撮影で異常が検出されない場合,積極的に複数回画像検査を施行することが診断に有用であると考えられる.本症例は,迅速なステロイドパルス療法導入により,歩行障害や眼球運動障害は改善し,その後眼科的異常所見なく経過したが,多発性硬化症は再発の多い疾患であり,他科と連携したフォローアップが重要である.WEBINO症候群は脳血管障害の急性期に多く,眼科でWEBINO症候群を診察する機会は多くないが,適切に判断し他科と連携して診療にあたることが肝要である.WEBINO症候群の報告はまだ少なく,今後もさらなる症例の蓄積が待たれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)McGettrickP,EustaceP:Thew.e.b.i.n.o.syndrome.Neu-ro-opthalmol5:109-115,19852)小沢信介,坂本郁夫,小池生夫ほか:斜視角が変動する交代性外斜視を伴った両側内側縦束症候群の1例(WEBINO症候群)の1例.臨眼55:315-318,20013)鴨川賢二,戸井孝行,岡本憲省ほか:WEBINO症候群を呈した多発性硬化症の一例.臨床神経学6:354-356,20094)城倉健,小宮山純,長谷川修:両側性核間性外眼筋麻痺に伴う交代性外斜視(WEBINO症候群)について.神経内科41:257-262,19945)志方えりさ,上原暢子,小川克彦ほか:感染後にwall-eyedbilateralinternuclearopthalmoplegia(WEBINO)症候群を呈した1例脳神経51:525-528,19996)降矢芳子,内山真一郎,柴垣泰郎ほか:one-and-a-half症候群,paralyticpontineexotropia,WEBINO症候群を呈した脳底動脈閉塞症の1例脳神経49:558-562,19977)角谷真人,尾上祐行,角谷彰子ほか:小脳性運動失調と顔面感覚障害を合併したwall-eyedbilateralinternuclearopthalmoplegia(WEBINO)症候群の85歳,男性例.臨床神経54:317-320,20148)MatsumotoH,InabaT,KakumotoT:Progressvesupra-nuclearpalsywithwall-eyedbilateralinternuclearopthal-moplegiasyndrome:Author’ssecondcase.CaseRepNeu-rol11:205-208,20199)石川弘:神経眼科診療の手引き病歴と診察から導く鑑別疾患.p110-116金原出版,201410)中島一郎:多発性硬化症の診断基準McDonald診断基準2017を読み解く.BRAINandNERVE72:485-491,202011)中島一郎:多発性硬化症と視神経脊髄炎の診断.神経眼科35:11-16,201812)杉浦智仁,山脇健盛:神経・筋《臨床徴候》内側縦束症候群.内科109:931-933,201213)柴山秀博:MLF症候群─血管障害を中心としたその臨床とMRI所見の検討.神経内科46:356-365,199714)津田浩昌,石川弘,松永華子:多発性硬化症80例の神経眼科学的検討.臨床神経44:513-521,200415)大淵豊明,宇高毅,得居直公ほか:核間性眼筋麻痺症例における症状とMRI所見.日本耳鼻咽喉科学会会報109:96-102,2006***