《原著》あたらしい眼科33(6):915.919,2016c3DVisualFunctionTrainer-ORTeを用いた上斜筋麻痺患者の9方向眼位検査保科美希*1石川均*2後関利明*1半田知也*2佐藤司*1清水公也*1*1北里大学病院眼科*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学Nine-directionDeviationExaminationofSuperiorObliqueParalysisUsingthe3DVisualFunctionTrainer-ORTeMikiHoshina1),HitoshiIshikawa2),ToshiakiGoseki1),TomoyaHanda2),TsukasaSato1)andKimiyaShimizu1)1)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity,2)OrthopticsandVisualScience,DepartmentofRehabilitation,SchoolofAlliedHealthSciencesKitasatoUniversity目的:上斜筋麻痺患者における9方向眼位測定において,3DVisualFunctionTrainer-ORTeと大型弱視鏡の眼位測定値と測定時間を比較検討した.対象および方法:対象は上斜筋麻痺と診断された8例(男性7例,女性1例,平均年齢43.8±28.6歳)である.9方向眼位測定(中心より15°)は3DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe:ジャパンフォーカス社),大型弱視鏡(ClementClarke社)を用い,測定値と測定時間を比較検討した.ORTeの9方向眼位検査距離は25cm,大型弱視鏡は光学的遠見である.結果:水平偏位量は,ORTeは大型弱視鏡と比較し外方偏位となり(p<0.01),回旋偏位量は各方向によってばらつくものの大きく測定される傾向にあったが,垂直偏位量に有意差は認められなかった.上斜筋麻痺患者の9方向眼位測定時間はORTeでは平均5.2分,大型弱視鏡では17.5分であり,有意にORTeのほうが短時間であった(p<0.01).結論:ORTeは検査距離の違いによる特徴を考慮すれば,簡便かつ迅速に測定でき,臨床における上斜筋麻痺患者の検査,診断に有用な機器である.Purpose:Comparisonbetweennine-directiondeviationandmeasurementtimeobtainedusinga3DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe)andamajoramblyoscopeinpatientswithsuperiorobliqueparalysis.Subjectsandmethods:Thisstudywasconductedin8patientswithsuperiorobliqueparalysis.Nine-directiondeviationvalues(15degreesfromcenter)andmeasurementtimeweredeterminedusingbothdevices.Results:Inhorizontaldeviation,exodeviationwiththeORTewasgreaterthanwiththemajoramblyoscope(p<0.01).MeanvaluesofexcycloductionwerealsogreaterwiththeORTethanwiththemajoramblyoscope,inmostdirections.However,verticaldeviationdidnotdiffersignificantlybetweenthetwo.Measurementtime(minutes)withtheORTe/amblyoscopewas5.2/17.5,respectively.Conclusion:TheORTehassomedisadvantagesintermsofmeasurementvalues,butenablesquickandeasyexaminations.TheORTecanthereforebedeemedpotentiallyusefulinclinicalapplication.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):915.919,2016〕Keywords:3DVisualFunctionTrainer-ORTe,上斜筋麻痺,9方向眼位,回旋偏位,大型弱視鏡.3DVisualFunctionTrainer-ORTe,superiorobliqueparalysis,nine-direction,cyclodeviation,majoramblyoscope.はじめに上斜筋麻痺は上下斜視の原因としてもっとも多い疾患であり,おもに麻痺眼の内下転制限,外方回旋偏位を生じる1).臨床的診断として,Parksのthree-steptestやBielschowsky頭部傾斜試験,眼位写真,Hesschart,大型弱視鏡,doubleMaddoxrodtest,眼底写真が診断の助けとなる2).外方回旋偏位は通常の交代プリズム遮閉試験のみでは検出されにくく,Hesschartでも下転制限のように検出されやすいため,上斜筋麻痺の診断は困難である場合が多い3).そのため大型弱視鏡の併用が有用とされている.〔別刷請求先〕保科美希:〒252-0375神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学病院眼科Reprintrequests:MikiHoshina,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity,1-15-1,Kitasato,Minamiku,Sagamihara,Kanagawa252-0375,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(155)915大型弱視鏡は回旋偏位やわずかな上下偏位の定量が可能であり,異なった検者でも安定した結果が得られやすい.一方で,測定可能年齢には限界があり,測定には熟練を要する4).また,9方向眼位測定は検者が鏡筒を各方向に動かし測定,結果の記録を行うため,長時間の検査となり,患者への負担は無視できない.近年,複数の視機能検査・訓練を1台で行える3DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe:ジャパンフォーカス社)が開発された.なかでも9方向眼位測定プロクラム(3DVFTHESS)は明室での測定が可能で,簡単なマウス操作により表1対象症例症例年齢麻痺眼A.P.C.T.正面眼位(Δ)*N:近見F:遠見150左眼N:8X’8LH’F:6LH(T)25左眼N:4E’5LH(T)’F:5LH(T)359左眼N:5LHT’F:2E5LHT420左眼N:4X’2LH’F:4X4LH(T)578右眼N:18XT’6RHT’F:6XT4RHT644左眼N:14XT’18LHT’F:25LHT714右眼N:18XT’18RHT’F:8X20RHT869左眼N:6X’10LHT’F:10LHT*X:外斜位,XT:外斜視,E:内斜位,H:上斜位,HT:上斜視.()は間欠性を示す.ab短時間で測定でき,検者の主観が入らず熟練度に左右されない利点を有する5).ORTeは検査結果の自動解析・保存が可能で臨床的な有用性が高いが,大型弱視鏡など従来機器と測定条件が異なるため,互換性など検証が必要である.今回,筆者らは3DVisualFunctionTrainer-ORTeと大型弱視鏡を用いて上斜筋麻痺患者における9方向眼位の測定値と測定時間を比較検討したので報告する.I対象および方法対象は北里大学病院を受診し上斜筋麻痺と診断された8例であり,年齢,性別,麻痺眼の詳細は表1に示す.全例,矯正視力(1.0)以上で軽度白内障以外の器質的疾患のないものとした.9方向眼位(中心より15°)をORTe,大型弱視鏡で測定し,測定値と測定時間を比較検討した.ORTeは専用フルハイビジョン3Dモニタおよび円偏光眼鏡により両眼分離され,明室下の簡単なマウス操作で9方向眼位測定の測定を行う(図1).固視点は第一眼位のみ検者が呈示し,被検者が固視眼視標(丸の中心)と検査眼視標(矢印の頂点)が重なったところで,マウスをクリックすることで水平,垂直偏位量が測定される.その後マウスホイールを動かし,矢印の線と格子状の線が平行となったところでもう一度クリックすることで回旋偏位量が測定される.自動的に結果が記録され,測定結果の印刷,保存が可能である.図13DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe:ジャパンフォーカス社)a:ORTeの外観.偏光眼鏡を装用し,すべてマウス操作で測定を行う.b:測定結果.水平,垂直偏位が線で結ばれ,回旋偏位が棒の傾きで示され,下段には測定値が表示される.図は症例No.2の結果を示す.916あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(156)大型弱視鏡は,被検者が鏡筒を動かし,固視眼視標(枠)と検査眼視標(十字)を一致させる.その後垂直,回旋偏位量を定量するため検者がノブを動かす.測定結果は検者が用紙に記録し,その後電子カルテに入力する.2機種間の測定条件の違いについては表2に示した.検討項目は各眼,各方向測定における平均測定値(水平,垂直,回旋)と測定時間,結果記載完了時間をORTeと大型弱視鏡間で比較検討した.なお測定時間は検査開始から検査終了までの時間,記載完了時間は,検査開始から検査結果の記載が完了するまでの時間とした.統計解析にはWilcoxonの順位和検定を用い,有意水準は危険率5%未満とした.105II結果上斜筋麻痺患者の9方向眼位検査測定におけるORTeと表2ORTeと大型弱視鏡の比較ORTe大型弱視鏡操作検査距離矯正方法検査視標両眼分離被検者25cm近見矯正矢印と丸円偏光眼鏡検者光学的遠見完全屈折矯正十字と丸鏡筒ORTe麻痺眼■大型弱視鏡麻痺眼■ORTe健眼■大型弱視鏡健眼図2平均測定値:水平偏位量─ORTeと大型弱視鏡の比較全方向ORTeのほうが有意に外方偏位となった(*p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest)結果は平均±標準偏差で表示.下方(マイナス)は外方偏位,上方(プラス)は内方偏位を示す.外上転上転内上転外転正面内転外下転下転内下転偏位量(°)0-5-10-15ORTe麻痺眼■大型弱視鏡麻痺眼12■ORTe健眼■大型弱視鏡健眼10偏位量(°)86420外上転上転内上転外転正面内転外下転下転内下転図3平均測定値:垂直偏位量麻痺眼,健眼ともに全方向において有意な差は認められなかった(p>0.05,Wilcoxonsigned-ranktest).(157)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016917ORTe麻痺眼■大型弱視鏡麻痺眼■ORTe健眼■大型弱視鏡健眼********12*108642偏位量(°)0外上転上転内上転外転正面内転外下転下転内下転図4平均測定値:回旋偏位量ORTeのほうが有意に外方回旋となる方向もあった(*p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest)が,一定の規則は認められなかった.結果は平均±標準偏差で表示.ORTe■大型弱視鏡051015202530時間(min)**則は認められなかった.ORTe,大型弱視鏡それぞれ,測定時間は平均5.2分,17.5分,結果記載完了時間は平均6.8分,21.4分であり,どちらも有意にORTeのほうが短時間であった(p<0.01)(図5).III考按本検討において,水平偏位量は全方向で,麻痺眼,健眼ともにORTeのほうが有意に外方偏位となった.これらの結5.2±2.517.4±3.06.7±2.521.5±2.5測定時間記載完了時間図5平均測定時間測定時間,参照時間はORTeのほうが有意に短時間であった(*p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest).結果は平均±標準偏差で表示.大型弱視鏡の水平・垂直・回旋偏位の平均測定値を図2~4に示す.水平偏位量についてORTeは大型弱視鏡と比較し9方向すべてにおいて有意に外方偏位を示し(p<0.01),健眼固視(測定眼:麻痺眼)では全方向平均で9.2°大型弱視鏡より外方偏位の値となった.一方,垂直偏位量はORTeと大型弱視鏡の測定結果に有意な差は認められなかった.麻痺眼固視(測定眼:健眼)においても同様の結果を示した.回旋偏位量はORTeのほうが全体的に大きな値となった.健眼固視(測定眼:麻痺眼)では上転,外転,正面,外下転,下転,内下転で有意差を認め(p<0.05),麻痺眼固視(測定眼:非麻痺眼)では内上転,外転,正面方向で有意差を認めた(p<0.05).しかし,9方向でバラつきがあり,一定の規918あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016果はORTeとLeesscreen(HESS)を比較すると外斜位の被検者はORTeではより外斜傾向が強く出る6)との報告と一致した.同様に交代プリズム遮閉試験において遠見と近見の測定結果を比較すると,近見検査のほうが,融像性輻湊,調節性輻湊が加わり外方偏位となる7)との報告もあり,本検討も距離の違いにより外方偏位に測定された可能性が示唆された.垂直偏位量に関して遠藤らは,ORTeとLeesscreen(HESS)を比較し,有意差はみられなかった6)と報告しており,本検討でも同様の結果となった.一方で回旋偏位量についての報告は少ない.本検討ではORTeは大型弱視鏡と比較しバラつきはあるものの回旋偏位量が大きく測定される傾向であった.この原因として,一つは,測定方法の違いが考えられた.大型弱視鏡は検者が回旋ノブを操作し,定量するのに対し,ORTeは被検者がマウスホイールを操作し,測定値が記録される.全被検者に同様の操作説明は行っているが,被検者のマウスホイールの動かし方の違いが結果に影響した可能性が考えられた.また,一般(158)的に上斜筋,下斜筋は外転位になるとそれぞれ内方,外方回旋作用が強くなることが知られている8).しかし,今回は上斜筋麻痺患者を対象としているため,外転位での内方回旋作用が働かず相対的に外方回旋作用が強くなる.今回,ORTeの水平偏位測定結果は全方向外方偏位であったため,外方回旋が誘発されORTeの回旋偏位量が増加した可能性が考えられた.しかし本検討は,症例数が少ないため,個々の測定結果のばらつきが解析に影響している可能性や,先天,後天上斜筋麻痺を含んでいるため,前者と後者で融像域による測定結果への影響についての検討が今後の課題である.測定,記載完了時間に関しては,ORTeは測定と同時に検査を記録し,印刷が可能であるため,結果の入力の必要がない.一方,大型弱視鏡は各方向での測定結果を検査員が記録用紙に記載し,その後電子カルテに入力を行うため,さらに時間に差が生まれたものと考えられる.結論として,ORTeは検査距離の違いによる特徴を考慮すれば,簡便かつ迅速に測定でき,臨床における上斜筋麻痺患者の検査・診断に有用な機器である.文献1)丸尾敏夫,久保田伸枝,深井小久子:視能学.p349,355,文光堂,20052)佐伯美和,佐藤美穂:上斜筋麻痺.OCULISTA25:75-83,20153)松本富美子:視能訓練士としての神経眼科における役割.神眼30:158-164,20134)丹治弘子:大型弱視鏡.日視会誌28:73-79,20005)半田知也:日本発の次世代両眼視機能検査・訓練装置─3DVisualFunctionTrainer-ORTe-─.眼臨紀8:332-337,20156)後関利明,半田知也,遠藤高生ほか:3Dビジュアルファンクショントレイナー.神眼31:364-369,20147)河口充,松岡久美子,池田結佳ほか:健常者の眼位.眼臨紀3:185-192,20108)RobinsonDA:Aquantitativeanalysisofextraocularmusclecooperationandsquint.InvestOphthalmol14:801-825,1975***(159)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016919