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妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1022.1026,2020c妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例岡本直記瀬戸口義尚桐生純一川崎医科大学眼科学1教室CACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseinaPregnantWomanat37WeeksofGestationTreatedwithSteroidPulseTherapywithaGoodCourseNaokiOkamoto,YoshinaoSetoguchiandJunichiKiryuCDepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchoolC目的:妊娠C37週でCVogt-小柳-原田病(以下,原田病)を発症した患者にステロイドパルス療法を施行したC1例を報告する.症例:27歳.女性.両眼の視力低下を自覚し受診.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C0.4,頭痛や耳鳴りを伴う両眼性の漿液性網膜.離を認めた.患者は妊娠中であったため,産科医と十分に協議したのちに,患者にインフォームド・コンセントを行ったうえで,ステロイドパルス療法を施行した.治療後,頭痛や耳鳴りは改善し,両眼の漿液性網膜.離も消失した.矯正視力は両眼ともC1.2に回復した.ステロイド投与による合併症は眼,全身ともに認めなかった.治療開始C19日目で,無事に児娩出となった.結論:妊娠後期に発症した原田病の患者に対してステロイドパルス療法を行い,ステロイドの合併症もなく,母子ともに良好な経過をたどった.妊娠中に発症した原田病に対して治療する際には,産科医との密接な連携と患者への十分な説明が必要であると考えられた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseaseCinCaCpregnantCwomanCatC37CweeksCofCgestationwhowastreatedwithsteroidpulsetherapy.Case:A27-year-oldwomanpresentedtoourhospitalwithbilateralCvisualCimpairment.CHerCcorrectedCvisualCacuityCatC.rstCconsultationCwasC0.4CinCbothCeyes,CwithCbilateralCserousretinaldetachmentaccompaniedbyheadacheandtinnitus.InaccordancewithasuggestionobtainedfromanCobstetrician-gynecologist,CsteroidCpulseCtherapyCwasCinitiatedCafterCinformedCconsentCwasCobtainedCfromCtheCpatient.CPostCtreatment,CtheCheadacheCandCtinnitusCimproved,CandCtheCserousCretinalCdetachmentCresolvedCinCbothCeyes.CNoCsystemicCcomplicationsCdueCtoCsteroidCadministrationCwereCobserved.CConclusion:SteroidCpulseCtherapyCwasCsuccessfullyCperformedCinCaCpatientCwithCVKHCdiseaseCthatCdevelopedCduringClateCpregnancy,CwithCaCgoodCcoursenocomplicationsduetosteroidadministration.Consultationwithanobstetricianandexplanationtopatientsisnecessarywhenadministeringsystemicsteroidstopregnantwomen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1022.1026,C2020〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,ステロイドパルス療法,妊娠.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsetherapy,pregnancy.CはじめにVogt-小柳-原田病(以下,原田病)は,ぶどう膜炎の代表疾患で,メラノサイトを標的とした全身性の自己免疫性疾患である1).原田病に対する治療は,副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)の全身投与が一般的に行われる2).妊娠中は免疫寛容状態であるため原田病を罹患しにくいとされており,わが国においても報告例の数は限られている3.6).妊娠中に原田病を罹患した場合,ステロイドの全身投与は催奇形性や胎児毒性などの副作用のリスクを考慮する必要があり,治療の選択に難渋する.今回,原田病を発症した妊娠C37週の妊婦に対し,ステロイドパルス療法を施行したC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕岡本直記:〒701-0192倉敷市松島C577川崎医科大学眼科学C1教室Reprintrequests:NaokiOkamoto,DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPANC1022(122)I症例患者:27歳,女性.現病歴:2018年C7月中旬から頭痛や耳鳴りと両眼に霧視を自覚し,近医眼科を受診したが,結膜炎と診断を受けて経過観察となった.その後,視機能の増悪を認めたため,別の近医眼科を受診したところ,両眼に漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を指摘されて,7月下旬に川崎医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴,家族歴:特記すべき事項なし.妊娠歴:1回(25歳時に自然分娩,妊娠中の経過に異常なし),流産歴なし.出産予定日:2018年C8月中旬.全身所見:頭痛や耳鳴りを認めた.産科受診にて妊娠経過図1初診時眼底写真両眼とも後極を中心に多発性漿液性網膜.離を認める.右眼左眼図2初診時OCT所見両眼にフィブリンによる隔壁が形成された漿液性網膜.離を認めた.中心窩脈絡膜厚(CCT)は,右眼C1,150Cμm,左眼1,126Cμmと著明な肥厚を認めた.図3治療開始から14日目のOCT所見両眼の網膜下液は消失しており,CCTは右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した.矯正視力は両眼ともC1.2となった.図4治療開始から22日目の眼底写真両眼の多発性漿液性網膜.離は消失している.に異常は認めなかった.C1,400初診時の血液検査と尿検査:赤血球数C4.04C×106/μl,血色8001.01,200素量C12.1Cg/dl,ヘマトクリット値C36.2%,血小板数C228C×1,000103/μl,血糖値C94Cmg/dl,血清クレアチニンC0.31Cmg/dl,尿酸C3.6Cmg/dl,推算糸球体濾過量C200.5Cml/min,尿糖(C.),小数視力CCT(μm)600400尿蛋白(C.).200当科初診時所見:視力は右眼C0.2(0.4×+0.50D),左眼0.04C00(0.4×+2.75D(cyl.0.50DAx180°),眼圧は右眼8mmHg,C08治療(日)141924左眼C9CmmHgであった.前房内炎症は認めず,また中間透光体にも異常所見は認めなかった.眼底検査では,両眼の後PSL投与量極部に多発するCSRDを認めた(図1).また,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で両眼にフィブリンによる隔壁が形成されたCSRDが観察され,中心窩脈絡膜厚(centralCchoroidalthickness:CCT)は右眼C1,150Cμm,左眼C1,126Cμmと著明な肥厚を認めた(図2).経過:妊娠中のため,蛍光眼底造影や髄液検査などの侵襲的な検査は施行しなかったが,眼底所見にあわせて頭痛といった神経学的所見を認めること,耳鳴りを伴っていることから,Readらの診断基準1)をもとに,不全型原田病と診断し図5入院中におけるプレドニゾロン(PSL)の投与量と治療経過た.産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行い,同意を得たうえで,受診当日(妊娠C37週C6日)からステロイドパルス療法を行った.メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をC3日間施行後,検眼鏡的に網膜下液は吸収傾向にあったが,OCTではフィブリン析出を伴ったCSRDの残存を認め,CCTも右眼C627Cμm,左眼C748Cμmとまだ著明に肥厚していたため,治療開始C6日目(妊娠C38週C4日)からステロイドパルス療法C2クール目として,メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をさらにC3日間施行した.治療開始C8日目には,矯正視力が右眼C0.9,左眼0.8に改善し,網膜下液は十分に吸収されており,CCTも右眼C449Cμm,左眼C444Cμmと改善傾向を認めた.治療開始C9日目に,プレドニゾロンC40Cmg/日の内服に切り替えて漸減投与を行った.治療開始C14日目には,両眼とも矯正視力が1.2,両眼の網膜下液は完全に消失し,CCTも右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した(図3).治療開始C19日目(妊娠C40週C3日)に陣痛が発来し,同日に経腟分娩にて児娩出となった.児は体重C2,785Cg,ApgarCscore8/8点で,明らかな異常は認めなかった.その後も,ステロイドの副作用などはなく,母子ともに経過良好のため,治療開始C24日目に退院となった.その後,プレドニゾロンの内服量を漸減したが,原田病の再発は認められず,治療開始後C7カ月目でプレドニゾロンの内服は中止とした.治療終了からC12カ月後も原田病の再燃はなく,矯正視力は両眼ともC1.2となっている.また,夕焼け状眼底などの慢性期病変は認めていない.児の発育にも明らかな異常は認められていない.CII考察原田病に対する治療のゴールドスタンダードは,ステロイドの全身投与である2).妊娠時のステロイドの全身投与については,疫学研究によると奇形全体の発生率増加はないと考えられている7).しかし,動物においては口唇口蓋裂を上昇させるといわれており,ヒトにおいても催奇形性との関連があるという報告もある8,9).そのため,口蓋の閉鎖が完了する妊娠C12週頃までの全身投与では口唇口蓋裂の発生が危惧される.また,妊娠中期以降にステロイドを全身投与した場合,経胎盤移行したステロイドによる胎児毒性を考慮する必要がある.妊娠初期に発症した原田病は軽症であることが多く,自然軽快例10)やステロイドの局所投与のみで軽快した例が報告されている3).しかし,妊娠中期以降になると炎症が重症化しやすく,ほとんどの報告例でステロイドの全身投与が行われている4,6,11).本症例は,妊娠C37週と正期産にあたる時期の発症で,出産予定日を間近に控えていたため,分娩を先行して,出産後にステロイドの全身投与を行うことも考慮した.しかし,両眼の眼底に強い炎症所見が認められていることや視機能低下を自覚してから当科受診までにC7日も経過していること,また次第に進行する視機能低下に対して患者が強い不安を感じて,早期の治療開始を強く希望されていたことから,産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行って,受診当日(妊娠37週C6日)からステロイドの全身投与を開始した.大河原ら6)は,本症例と同じ妊娠C37週に発症した原田病で,分娩を先行して出産後にステロイドの全身投与を行った例を報告している.その症例では,視力低下を自覚してからC2日目で受診したが,漿液性網膜.離の鑑別疾患として原田病とは別に,正常妊娠後期に生じた漿液性網膜.離である可能性も考慮されており,分娩後の自然軽快を期待し経過観察としている.しかしその後,頭痛および視力障害が増悪し,子癇に伴う可逆性白質脳症による病態が疑われたため,初診日からC5日目に緊急帝王切開を施行された.そして分娩からC5日後にステロイドの全身投与が行われている.視力回復には至ったが,晩期続発症として夕焼け状眼底を呈したと述べられており,網脈絡膜に強い炎症が持続していたことが示唆される.原田病では発症早期に十分量のステロイド投与がされない場合は,炎症の再発を繰り返し,予後不良な遷延型へと移行することで,網脈絡膜変性や続発緑内障を合併し,不可逆的な視機能障害が生じる2.12).Kitaichiらは,遷延型に移行するリスクを抑えるためには,発症からC14日以内にステロイドの全身投与を開始する必要があると報告している13).本症例のように正期産にあたる時期において,分娩とステロイドの全身投与のどちらを先行すべきかについては,発症してからの期間,症状や所見の重症度,妊娠週数,母体と胎児の全身状態などを総合的に考慮したうえで,判断すべきであると考えられる.原田病に対するステロイドの全身投与方法として,ステロイド大量療法とステロイドパルス療法の二つがある.ステロイド大量療法は,ベタメタゾンなどの長時間作用型のステロイドを点滴投与したのちに,内服に切り替える.一方で,ステロイドパルス療法は中間作用型のメチルプレドニゾロン1,000Cmgを点滴でC3日間投与し,その後はプレドニゾロンの内服に切り替えて漸減していく2).原田病に対するステロイド大量療法とステロイドパルス療法の有効性についての比較検討では,双方ともに視力予後や炎症所見の改善は良好な結果を示し,両群間に差は認められていない14).一方で,プレドニゾロンは胎盤に存在するC11b-hydroxysteroidCdehydrogenaseによって不活化されるため,胎盤移行性の高いデキサメタゾンやベタメタゾンと比較して胎児への影響は少ないとされている.したがって,妊娠中に発症した原田病に対してステロイドの全身投与を行う場合は,ステロイドパルス療法を選択するほうが望ましいと考えられ,既報でも多くがプレドニゾロンを使用されていた4.6).一方で,妊婦に対するステロイドの全身投与は,早産率の上昇,妊娠高血圧腎症,妊娠糖尿病,胎児発育制限のリスクが上昇することが知られており15),太田ら4)は妊娠C30週で発症した原田病に対してプレドニゾロンの全身投与を行い,治療C18日目に胎児が死亡した症例を報告している.胎児死亡とステロイド投与との関連について判断はできないと述べられているが,妊婦に対するプレドニゾロンの全身投与が必ずしも安全ではないことが示唆される.妊婦の治療を目的としたステロイドの全身投与における問題点は,胎児へ薬物が移行することにある.しかし,胎児のリスクを懸念するあまり,母体への投薬が躊躇されることで,治療の時機を逸してはならない.母体疾患のコントロールを胎児のリスクよりも優先することは治療の原則である.本症例では分娩よりステロイドの全身投与を先に行い,母子ともに良好な経過をたどった.しかし,今回の治療における妥当性についてはまだ議論の余地が残されている.妊娠中に発症した原田病の報告は限られており,どのように治療を行うべきかという明確な指針はない.したがって,今後も同様の症例を蓄積していくことで,治療選択についてさらに検討を行っていく必要がある.そして現在,治療の選択に一定の見解が得られていないからこそ,治療方針の決定には産科医との密接な連携と患者に対する十分な説明が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ReadCRW,CHollandCGNCRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJCOphthal-molC131:647-652,C20012)長谷川英一,園田康平:副腎皮質ステロイド薬の全身投与.あたらしい眼科34:483-488,C20173)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病のC1例.眼紀57:614-617,C20064)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,C20075)小林崇俊,丸山耕一,庄田裕美ほか:妊娠初期のCVogt-小柳-原田病にステロイドパルス療法を施行したC1例.あたらしい眼科32:1618-1621,C20156)大河原百合子,牧野伸二:妊娠C37週に発症し,分娩遂行後にステロイド全身投与を行ったCVogt-小柳-原田病のC1例.眼紀2:616-619,C20097)GurC,Diav-CitrinO,ShechtmanSetal:Pregnancyout-comeCafterC.rstCtrimesterCexposureCtocorticosteroids:aCprospectiveCcontrolledCstudy.CReprodCToxicolC18:93-101,C20048)Park-WyllieL,MazzottaP,PastuszakAetal:BirthdefectsafterCmaternalCexposureCtocorticosteroids:ProspectiveCcohortstudyandmeta-analysisofepidemiologicalstudies.TeratologyC62:385-392,C20009)BriggsGG,FreemanRK,Ya.eSJ:AReferenceguidetofetalCandCneonatalCriskCdrugsCinCpregnancyCandClactation.C4thed,WilliamsandWillins,Maryland,p713-715,199410)NoharaCM,CNoroseCK,CSegawaK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCduringCpregnancy.CBrCJCOphthalmolC79:94-95,C199511)MiyataCN,CSugitaCM,CNakamuraCSCetal:TreatmentCofCVogt-Koyanagi-Harada’sCdiseaseCduringCpregnancy.CJpnJOphthalmolC45:177-180,C200112)ReadCRW,CRechodouriCA,CButaniCNCetal:ComplicationsCandCprognosticCfactorsCinCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CAmJOphthalmolC131:599-606,C200113)KitaichiN,HorieY,OhnoS:PrompttherapyreducesthedurationCofCsystemicCcorticosteroidsCinCVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmolC246:C1641-1642,C200814)北明大州:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,C200415)生水真紀夫:妊娠中のステロイドの使い方.臨牀と研究C94:71-77,C2017***

妊娠初期のVogt-小柳-原田病にステロイドパルス療法を施行した1例

2015年11月30日 月曜日

1.28001.060矯正視力40200b図3初診から11カ月後の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも滲出性網膜.離は軽快した.病内科を受診し,インスリン治療を並行して行うこととなった.経過良好のため12月上旬に退院した後,外来通院にて眼科の定期検査を行った.経過中,原田病の再燃はなく,また胎児の発育に問題はなく,インスリン治療も続けたが,HbA1Cは5%前後で推移していた.ステロイドの内服は翌年5月上旬まで続いた.平成26年5月中旬,妊娠38週において2,850gの女児を無事に出産した.その後も原田病の再燃はなく(図3),同年12月現在,矯正視力は両眼とも(1.2)となっている(図4).II考按妊娠中に原田病に罹患した症例の過去の報告によれば,妊娠前期においてはステロイド点眼や結膜下注射,また後部Tenon.下注射などの局所療法を行い,炎症が鎮静化したという報告が多い3).しかし,妊娠中期や後期になると,局所療法の場合もあるが,プレドニゾロン200mg程度からの大量漸減療法を行うことが多く4,5),出産後にパルス療法を行った,という症例も報告されている6).また,無事に出産11月12月1月2月3月4月中旬中旬中旬中旬中旬中旬5月中旬出産図4治療経過したという報告がほとんどであるが,子宮内胎児発育不良の報告や7),胎児が死亡した報告も存在する8).前者については原田病そのものが胎盤の発育不全に関与していた可能性がある,と述べられており,後者についても原田病そのものが妊娠に影響を及ぼす可能性も否定できず,胎児死亡とステロイドとの関連については判断できない,と述べられている.一方,妊婦とステロイド投与についてみると,プレドニゾロンは,胎盤に存在する11bhydroxysteroiddehydroge-naseにより不活性型に変化されやすく,デキサメタゾン,ベタメタゾンなどの胎盤移行性が高いステロイドに比べると胎児に対する影響が少ないとされている10).また,プレドニゾロンは,妊娠と医薬品の安全性に関する米国のFDA分類ではカテゴリーC,同様のオーストラリア基準ではカテゴリーAに分類され,比較的安全と考えられているが,ステロイドを大量投与した場合に胎児に口蓋裂のリスクが増える可能性が示唆されていたり,下垂体.副腎系の機能が抑制される可能性が指摘されているものの,胎盤透過性の観点からはプレドニゾロンが比較的安全であり,プレドニゾロンで20mg/日の投与であれば,ほぼ安全であろうというのが一般的見解である,と述べられている9,11).本症例について考えてみると,原田病に罹患したのが妊娠初期であったが,視力低下に対する不安や,頭痛の訴えが非常に強かったため,局所療法では治療が困難と考え,ステロイドの全身投与を選択した.ところが,妊娠中に罹患した原田病に対して全身投与を行う場合,大量漸減療法を行うべきであるのか,パルス療法を行うべきであるのかについての明確な指針は存在せず,過去の報告では大量漸減療法を行っている場合が多いため,当科でステロイドの投与方法について議論を行った.そのなかで,通常の原田病の場合は,パルス療法と大量漸減療法を比較すると,北明らのようにパルス療法のほうが夕焼け状眼底になる頻度は少ないものの,再発率や遷延率には差がなかったという報告もある一方で,パルス療法のほうが夕焼け状眼底になる割合や複数回の再発,再燃を生じる割合が少ないという報告や13),パルス療法では再発1620あたらしい眼科Vol.32,No.11,2015(108)率や夕焼け状眼底になる割合が少なく,視力予後が良好であるとする報告があること14),また,夕焼け状眼底となった群では,ならなかった群と比較して有意に髄液中の細胞数が多いとの報告や15),本症例とほぼ同じ妊娠時期に原田病を発症し,パルス療法を行った結果,無事に出産した症例が最近報告されていること2),などを参考に,患者本人と家族,産婦人科の医師と相談した結果,今回はパルス療法を選択することになった.さらに,本症例では既往歴に妊娠高血圧症候群があったが,妊娠高血圧症候群に漿液性網膜.離を合併した報告も散見されることから16),より診断を確実なものにするために患者の同意の下に髄液検査を施行し,髄液中のリンパ球優位の細胞増多を確認したうえで原田病と最終的に診断し,治療を開始した.ステロイドの投与期間については,パルス療法後は,前述のように安全域とされているプレドニゾロン20mg/日以内に比較的早期に減量するように配慮した.しかし,10.15mg/日以下に減量する頃に再燃することが多いことから1),20mg/日以下の期間を十分に取るように考慮し,また,投薬期間が6カ月未満でも炎症の再発率が高いことから17),全体で6カ月程度になるように投薬期間を計画し,治療を行った.最後に,妊娠中に罹患した原田病に対してパルス療法を行った報告はいまだにわずかしかなく,今回の治療が妥当なものであったかどうかについては,議論の余地がある.今後は,同様の報告が増加し,結果が蓄積されてくるものと予想されるので,パルス療法の安全性や有効性について,さらなる検討が必要であると思われる.また,今回幸いにも経過中に原田病の再燃はなかったが,ステロイドの漸減途中に炎症が再燃した場合にステロイドの投与量を再度増加するべきなのかどうか,トリアムシノロンの後部Tenon.下注射を併用するべきかどうか,などについての報告や検討は,筆者らが調べた限りではなく,今後の課題であると考える.本論文の要旨については,第48回日本眼炎症学会にて発表した.文献1)奥貫陽子,後藤浩:Vogt-小柳-原田病.眼科54:1345-1352,20122)富永明子,越智亮介,張野正誉ほか:妊娠14週でステロイドパルス療法を施行した原田病の1例.臨眼66:1229-1234,20123)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病の1例.眼紀57:614-617,20064)山上聡,望月学,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt-小柳-原田病─ステロイド投与法を中心として─.眼臨医85:52-55,19915)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TeratmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,20016)大河原百合子,牧野伸二:妊娠37週に発症し,分娩遂行後にステロイド全身投与を行ったVogt-小柳-原田病の1例.眼臨紀2:616-619,20097)河野照子,深田幸仁,伊東敬之ほか:妊娠11週に原田病を発症し子宮内胎児発育遅延を伴った一症例.日産婦関東連会報42:421-425,20058)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,20079)宇佐俊郎,江口勝美:妊婦に対するステロイド使用の注意点.ModernPhysician29:664-666,200910)福嶋恒太郎,加藤聖子:妊娠・授乳婦におけるステロイド療法.臨牀と研究91:531-534,201411)濱田洋実:医薬品添付文書とFDA分類,オーストラリア分類との比較.産科と婦人科74:293-300,200712)北明大洲,寺山亜希子,南場研一ほか:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,200413)井上留美子,田口千香子,河原澄枝ほか:15年間のVogt-小柳-原田病の検討.臨眼65:1431-1434,201114)MiyanagaM,KawaguchiT,ShimizuKetal:In.uenceofearlycerebrospinal.uid-guideddiagnosisandearlyhigh-dosecorticosteroidtherapyonocularoutcomesofVogt-Koyanagi-Haradadisease.IntOphthalmol27:183-188,200715)KeinoH,GotoH,MoriHetal:Associationbetweenseverityofin.ammationinCNSanddevelopmentofsun-setglowfundusinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol141:1140-1142,200616)中山靖夫,高見雅司,深井博ほか:妊娠高血圧症候群に合併した漿液性網膜.離の1例.産科と婦人科75:1825-1829,200817)LaiTY,ChanRP,ChanCKetal:E.ectsofthedurationofinitialoralcorticosteroidtreatmentontherecurrenceofin.ammationinVogt-Koyanagi-Haradadisease.Eye(Lond)23:543-548,2009***(109)あたらしい眼科Vol.32,No.11,20151621

妊娠後期に発症し無治療で改善したVogt-小柳-原田病の1例

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1407.1412,2014c妊娠後期に発症し無治療で改善したVogt-小柳-原田病の1例笠原純恵*1,2市邉義章*2清水公也*2*1独立行政法人地域医療機能推進機構相模野病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室ACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasethatDevelopedLaterinPregnancyandImprovedwithoutTreatmentSumieKasahara1,2),YoshiakiIchibe2)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,SagaminoHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine目的:妊娠29週でVogt-小柳-原田病(原田病)を発症し無治療で改善した1例を報告する.症例:36歳,女性.妊娠29週に右眼の視力低下を自覚し受診.矯正視力は右眼0.7,左眼1.2,両眼の虹彩炎,漿液性網膜.離を認め,発症前に感冒様症状,頭痛を認めた.妊婦のため蛍光造影検査や髄液検査などの侵襲的な検査は施行せず,Readらの診断基準をもとに不全型原田病と診断し経過観察を開始.発症2日目,両眼ともに網膜.離は増悪し,矯正視力は右眼0.4,左眼0.5まで低下.しかし,発症7日目より無治療で網膜.離は改善傾向となり,矯正視力も上昇した.発症57日目,妊娠37週目に正常児を出産.発症65日目,矯正視力は両眼ともに1.2,網膜.離は消失したままで,眼底は夕焼け状を呈していた.発症から5年現在再発はない.結論:妊娠後期に発症し,無治療で改善した原田病の1例を経験した.妊娠が漿液性網膜.離の早期改善に好影響を及ぼした可能性がある.Purpose:ToreportacaseofVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH)thatdevelopedat29weeksofgestationandimprovedwithouttreatment.Case:A36-yearoldfemalenoticedlossofvisioninherrighteyeat29weeksofgestationandconsultedourclinic.Bestcorrectedvisualacuities(BCVA)ofrightandlefteyeswere0.7and1.2,respectively.Shehadthebinoculariritisandserousretinaldetachmentandhadhadcommoncoldsymptomsandheadachebeforeonsetoftheaboveocularsymptoms.Inviewofthesesymptoms,wediagnosedincompleteVKHbasedonthereviseddiagnosticcriteriawithoutfluoresceinangiographyorcerebrospinalfluidexamination,duetohergravidstatus,andmonitoredherdiseaseconditionwithnomedicaltreatment.AlthoughthebinocularserousretinaldetachmentsprogressivelydeterioratedandtheBCVAoftherightandlefteyesdecreasedto0.4and0.5,respectivelyattheseconddayafteronset,thesesymptomsshowedimprovingtendencyattheseventhdayafteronset.Atthe57thdayafteronset,shesuccessfullygavebirthafter37weeksofpregnancy.AlthoughBCVAofbotheyesimprovedto1.2andtheserousretinaldetachmentsdisappeared,sunsetglowfunduspresentedatthe65thdayafteronset.Therehasbeennorecurrence,asof5yearsthusfar.Conclusions:WeexperiencedapatientwithVKHthatdevelopedlaterinpregnancy,inwhichthediseasesymptomsimprovedwithoutmedicaltreatment.Thereisapossibilitythatthegravidconditioninfluencedtheearlyimprovementofretinaldetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1407.1412,2014〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,妊娠,ステロイド,光干渉断層計,漿液性網膜.離.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,pregnancy,steroid,OCT(opticalcoherencetomography),serousretinaldetachment.はじめにされており,投与の要,不要は最終結論が出ていない.まVogt-小柳-原田病(原田病)はメラノサイトに対する自己た,原田病に対するステロイド全身投与中は,その副作用に免疫性疾患と考えられており,ステロイド治療によく反応すは十分な配慮,対策が必要である.妊娠中に発症した原田病る.一方,ステロイドの全身投与なしでの視力回復例も報告の報告はいくつかあるが,ステロイドの使用の有無,投与〔別刷請求先〕笠原純恵:〒252-0375神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasayukiKasahara,C.O.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine,1-15-1Kitasato,Minamiku,Sagamihara,Kanagawa252-0375,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(159)1407 法,使用量などはさまざまである.今回,筆者らは点眼薬も含め無治療で視力の回復を認めた妊娠後期である妊娠29週目で発症した原田病の1例を経験したので報告する.I症例症例は36歳,女性.既往歴は特記すべきことはない.右眼2002年8月に女児出産歴がある.2008年11月12日,妊娠29週3日目(発症0日),右眼の視力低下を自覚し近医を受診.両眼の網膜浮腫を指摘され,同日に北里大学病院眼科を紹介受診した.視力は右眼0.4(0.7×+0.75D),左眼0.15(1.2×.2.25D).眼圧は右眼18mmHg,左眼16mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なし.両眼の前房は深く,左眼発症0日目発症2日目acd発症65日目egf発症282日目図1眼底写真発症0日目(a,b).両眼性の漿液性網膜.離を認める.発症2日目(c,d).両眼ともに漿液性網膜.離発症の増悪を認める.発症65日目(e,f).漿液性網膜.離の消失と軽度夕焼け状眼底の所見を認める.発症282日目(g,h).眼底は夕焼け状を呈し,写真には写っていないが,眼底周辺には網膜色素上皮の消失による局所的な網脈絡膜萎縮が認められた.bh1408あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(160) 28270635649423528211470軽度の炎症細胞と,少量の豚脂状角膜後面沈着物を認めたが,Koeppe結節は認めなかった.中間透光体に異常はなく,眼底には両眼に軽度乳頭発赤と,両眼の上側アーケード近傍に限局性の漿液性網膜.離を認め,右眼は黄斑にも網膜.離が及んでいた(図1).受診時,妊娠29週3日目であり,妊娠中の合併症もなく妊娠経過は良好であった.妊娠中のためフルオレセイン蛍光眼底造影検査や髄液検査などの侵襲的な検査は施行しなかったが,発症2週間前に感冒様症状と2日前に頭痛,耳鳴りの既往があり,眼底所見とあわせ,Readらの診断基準1)をもとに不完全原田病と診断し経過観察を始めた.視力検査のほかに侵襲の少ない前房深度(anteriorchamberdepth:ACD),眼軸長(ocularaxiallength:OAL),前房内フレア(flareintheanteriorchamber:FIAC)(図2),光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)(図3)検査を行いながら臨床経過を観察した.ACD,OALはIOLMasterTM(CarlZeiss)を,FIACはLaserFlareMeter(KowaFM-500Ver1.4)を,OCTはOCT3000(CarlZeiss)を用いて測定した.発症2日目,漿液性網膜.離は両眼ともに悪化し,矯正視力も右眼(0.4×+1.50D),左眼(0.5×+1.00D(cyl.1.00DAx90°)と低下した.この時期に頭痛の症状も悪化したため,ステロイドの全身投与も念頭に入れ産科にステロイドの使用の可否,また使用した場合の母体,胎児の管理につき相談をした.しかし,発症7日目,前房内フレア,細胞数は増加したものの,網膜.離は明らかに改善したため,そのまま無治療で経過観察を続ける方針となった.その後,漿液性網膜.離は徐々に改善し,発症42日後には黄斑部の漿液性網膜.離は消失した.矯正視力も右眼(0.7×.2.00D),左眼(0.8×.2.25)と改善した.発症57日目,妊娠37週と4日で通常の経腟分娩で2,516gの女児を出産した.出生後の検査で女児に心室中隔欠損がみつかったが,程度は軽度であり小児科で経過観察を行っている.発症65日目,矯正視力は右眼(1.2×.2.25D),左眼(1.2×.2.25D)まで改善した.両眼ともに前房内に軽度炎症細胞は残存したものの,OCT上,黄斑部の漿液性網膜.離は消失したままであった.発症155日目,両眼の前房内の炎症細胞,豚脂状角膜後面沈着物は消失した.発症282日目,眼底は夕焼け状を呈し(図1),周辺には網膜色素上皮の消失による局所的な網脈絡膜萎縮がみられた.経過観察中の血圧に問題はなかった.採血検査は血算,生化学に異常所見はなく,血清梅毒反応陰性,ウイルス検査ではアデノウイルス,インフルエンザB,サイトメガロウイルス,帯状疱疹ウイルス,麻疹,風疹のCF抗体価は<4×,インフルエンザAは8×,単純ヘルペスウイルス16×,HLA検査ではDR4が陽性であった.出産後5年が経過した現在,再発はない.(161):右眼:左眼FIAC(photoncounts/msec)OAL(mm)ACD(mm)対数視力282706356494235282114702827063564942352821147010.13.653.63.553.53.453.43.353.33.253.2262827063564942352821147025.52524.52423.52322.52221.5302520151050経過日数(日)図2経過観察上から対数視力,前房深度(anteriorchamberdepth:ACD),眼軸長(ocularaxiallength:OAL),前房内フレア(flareintheanteriorchamber:FIAC).横軸は発症からの経過日数.ACDは最も視力が低下した発症2日目で最も浅くなり,OALは最も短くなった.その後,正常化へ向かった.それに対しFIACは発症初期には軽度であり,次第に増強し,発症30日でピークとなり,その後は急速に減少し,ACD,OALの変化とは異なる変化を示した.II考按原田病は全身のメラノサイトに対する自己免疫疾患といわれている.病初期には髄膜のメラノサイトの障害で頭痛や感冒様症状を引き起こし,内耳では耳鳴り,難聴を生じ,その後に眼球のメラノサイトの傷害でぶどう膜炎が生じる症例が多い.本症例は感冒様症状から始まり,頭痛や耳鳴りを伴った両眼性のぶどう膜炎,胞状の漿液性網膜.離が認められた.妊娠中であることから,侵襲性のある蛍光眼底造影検査や髄液検査は行っていないが,臨床所見,経過,採血上のHLA-DR4陽性,後期の夕焼け状眼底所見から最終的に不完全型原田病と診断した.原田病に対してはステロイドの大量投与療法2)やパルス療法3)が行われており,一般的にステロあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141409 右眼左眼発症0日目発症2日目発症7日目発症14日目発症30日目発症42日目発症57日目分娩発症65日目図3OCT所見経時的に漿液性網膜.離の改善がみられる.出産8日目(発症65日目)以降,漿液性網膜.離の再発は認めていない.イドは奏効する.その一方,ステロイドの全身投与を行わずに改善した報告4,5)や,ステロイド全身大量投与中の死亡事例6)も報告されており,ステロイドの要否は最終的な結論は出ていない.過去に本例のように妊娠中に発症した原田病の報告も散見されるが,その多くがステロイドの全身投与が行われている7.12).ステロイドを使用しても出生児には問題がなかったという報告が多いが,低体重,小奇形の報告13)もある.さ1410あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014らに,本症とほぼ同時期に発症した妊婦に対しプレドニゾロン200mg/日からの大量療法を行い,18日後に胎児が死亡した症例が1例報告されている14).一方,全身投与を行わずに,局所療法(点眼,結膜下,Tenon.下注射)で改善したという報告もある.佐藤らは妊娠10週で発症した26歳の症例に対し,アトロピンの点眼とコルチコステロイドの点眼と結膜下注射を行い,原田病が治癒し正常児を出産した1例を報告している15).田口らは「妊娠がぶどう膜炎に好影響を(162) 与えたと考えられた2例」として原田病とBehcetdisease妊婦2例を報告している.原田病の症例は妊娠10週0日の30歳であり,コルチコステロイドの点眼加療のみで漿液性網膜.離は消失し,夕焼け状眼底を呈したものの視力は回復し,正常児出産に至っている16).松本らは妊娠12週で発症した31歳の症例に対し,トリアムシノロンのTenon.下注射のみの治療で治癒した1例を報告している17).SnyderやLanceも同じように妊娠が原田病の経過によい影響を与えた例を報告している18,19).さらに,妊娠12週で発症した原田病に対し,ステロイドの局所も全身投与も行わずに視力が回復した24歳の日本人の1例も報告されている20).しかし,本症のように妊娠29週という妊娠後期に発症し,無治療で改善した報告は筆者の知るところではない.本症例の改善の基準としては,①視力改善,②前房内炎症の消失,③漿液性網膜.離の消失,④前房深度の回復の4項目のすべてを満たすものとしている.また,無治療にもかかわらず比較的早期に漿液性網膜.離の改善が認められた.その要因は明らかではないが,妊娠により増加した内因性ステロイド16)や血液中免疫担細胞が好影響15,21,22)を及ぼした可能性が示唆される.妊娠中の内因性ステロイドは妊娠末期まで増加していき,分娩とともに急速に減少するとされている.本症例の発症は妊娠により内因性ステロイドが増加している時期であり,比較的早期に無治療で漿液性網膜.離が改善し,視力も回復したものと考えられる.しかし,分娩後の再発には十分注意する必要があり,本症例も分娩後に入念に経過観察を行ったが,発症から5年が経過した現在再発はない.本症例の再発の基準としては,①視力低下,②前房内炎症の再出現,③漿液性網膜.離の再出現,④前房深度の浅前房化の4項目のうち1つでも認めるものとしている.本症例は経過中に改善が認められなかった場合,ステロイドの局所投与(トリアムシノロンのTenon.下注)を選択肢として考えていた.産科医からはステロイドの全身投与の許可は得ていたが,妊娠後期のステロイド投与は胎盤を通過し胎児の下垂体に作用し,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌低下による副腎萎縮をきたす可能性も指摘されており,妊娠後期のステロイドの全身投与は慎重であるべきであると考える.さらに,妊娠中は侵襲的な検査による妊婦,胎児への影響も考慮しなくてはならない.本症例ではフルオレセイン蛍光眼底造影検査や髄液検査は行わず,経過中は視力,眼底検査(写真)の他に,侵襲性の少ないACD,OAL,FIAC,OCTを用いて観察を行った.大槻らはIOLMasterTMを用いてACD,OALを測定し,原田病の病状評価に対する有用性を報告している23).本症例ではACDは最も症状が悪化した発症2日目で最も浅くなり,OALは最も短くなったが経過とともに正常化していった.それに対しFIACは発症初期は軽度であり,次第に増強し,発症30日でピークとなりその(163)後に急速に減少し,ACD,OALとは異なる変化をした.Blood-aqueousbarrierが破壊されてから前房中に蛋白が出現するまでのタイムラグが生じた可能性が考えられた.OCTが今回の経過観察に最も役立ったことはいうまでもないが,薬剤を使用せず,ACD,OALなどの侵襲性の少ない検査での病状の評価は,妊婦には有用だと考える.文献1)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:Reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20012)増田寛次郎,谷島輝雄:原田氏病初期の治療.臨眼23:553-555,19693)小竹聡,大野重昭:原田病におけるステロイド剤のパルス療法.臨眼38:1053-1058,19844)山本倬司,佐々木隆敏,斉藤春和ほか:原田病の経過と予後.副腎皮質ホルモン剤の全身投与を行わなかった症例について.臨眼39:139-144,19855)吉川浩二,大野重昭,小竹聡ほか:ステロイド剤の局所治療を行った原田病の2症例.臨眼83:2493-2496,19866)岩瀬光:原田病ステロイド治療中の成人水痘による死亡事例.臨眼55:1323-1325,20017)瀬尾晶子,岡島修,平戸孝明ほか:良好な経過をたどった原田病患者の視機能の検討.臨眼41:933-937,19878)FriedmanZ,GranatM,NeumannE:ThesyndromeofVogt-Koyanagi-Haradaandpregnancy.MetabPediatrSystOphthalmol4:147-149,19809)山上聡,望月学,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt小柳-原田病─ステロイド投与法を中心として─.臨眼85:52-55,199110)渡瀬誠一,河村佳世子,長野斗志克ほか:妊娠に発症しステロイド剤の全身投与を行った原田病の1例.眼紀46:1192-1195,199411)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TreatmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,200112)富永明子,越智亮介,張野正誉ほか:妊娠14週でステロイドパルス療法を施行した原田病の1例.臨眼66:12291234,201213)DoiM,MatsubaraH,UjiY:Vogt-Koyanagi-Haradasyndromeinapregnantpatienttreatedwithhigh-dosesystemiccorticosteroids.ActaOphthalmolScand78:93-96,200014)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,200715)佐藤章子,江武瑛,田村博子:妊娠早期に発症し,ステロイド局所療法で軽快した原田病不全型の1例.眼紀37:46-50,198616)田口千香子,池田英子,疋田直文ほか:妊娠がぶどう膜炎に好影響を与えたと考えられた2症例.日眼会誌103:66-71,199917)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141411 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