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パノラマ光干渉断層血管撮影が有用であった妊娠中の増殖糖尿病網膜症

2020年1月31日 金曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科37(1):84?88,2020?パノラマ光干渉断層血管撮影が有用であった妊娠中の増殖糖尿病網膜症竹内怜子*1鈴木克也*1渋谷文枝*1野崎実穂*1蒔田潤*2小椋祐一郎*1*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2福井赤十字病院ACaseofaPregnantWomanwithProliferationDiabeticRetinopathyEvaluatedbyPanoramicOpticalCoherenceTomographyAngiographyRyokoTakeuchi1),KatsuyaSuzuki1),FumieShibuya1),MihoNozaki1),JunMakita2)andYuichiroOgura1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)FukuiRedCrossHospital症例:27歳,女性.1型糖尿病があり,増殖糖尿病網膜症(PDR),糖尿病黄斑浮腫に対し福井赤十字病院眼科で両眼汎網膜光凝固術および両眼アフリベルセプト硝子体注射を受けていたが,2017年5月に妊娠が判明.妊娠継続を強く希望したため,トリアムシノロンアセトニド後部Tenon?下注射(STTA)への治療変更と網膜光凝固が追加された.糖尿病黄斑浮腫治療に対するセカンドオピニオンのため2017年7月(妊娠15週)に名古屋市立大学病院眼科を受診した.初診時,パノラマ光干渉断層血管撮影(OCTA)で視神経乳頭および網膜に新生血管を認めた.出産まではSTTAを行い,出産後硝子体手術を受けることを勧めた.2018年1月に出産し,前医で両眼硝子体手術施行した.2018年6月当院再診時,パノラマOCTAで両眼の新生血管の退縮が確認された.考察:パノラマOCTAは非侵襲的に実施でき,妊婦・授乳婦のPDRの経過観察に有用と考えられた.Purpose:Toreportthecaseofapregnantwomanwithproliferationdiabeticretinopathy(PDR)evaluatedbypanoramicopticalcoherencetomographyangiography.CaseReport:Thisstudyinvolveda27-year-oldpregnantwomanwithtype1diabetesmellituswhowasreferredtotheNagoyaCityUniversityHospitalforasecondopin?ionregardingtheappropriatetreatmentforPDRanddiabeticmacularedema.Shehadpreviouslyundergonepan?retinalphotocoagulationandvitreousinjectionsofa?iberceptinbotheyesatanotherhospital.InMay2017,shebecamepregnant,andunderwentsubtenon’striamcinoloneacetonide(STTA)injectioninadditiontoretinalphoto?coagulation,andsubsequentlyvisitedourhospitalinJuly2017.Atherinitialvisit,panoramicopticalcoherencetomographyangiography(OCTA)showedneovascularizationintheopticdiscandretina.Weadvisedhertocon?tinuetheSTTAinjectionsandundergovitrectomyaftershehadgivenbirth.InJanuary2018,shegavebirthandsubsequentlyunderwentvitrectomyinbotheyes.InJune2018,OCTAshowedregressionoftheneovasculariza?tion.Conclusions:SinceOCTAisabletoevaluatetheretinalvasculaturenon-invasively,panoramicOCTAisuse?fulforfollow-upofPDRinpregnantorlactatingwomen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(1):84?88,2020〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫,妊婦,パノラマ光干渉断層血管撮影,新生血管.proliferativediabeticretinopathy(PDR),diabeticmacularedema(DME),pregnant,panoramicopticalcoherenttomographyan?giography(OCTA),neovascularization.はじめに糖尿病網膜症の診断,評価にはフルオレセイン蛍光眼底造影検査(?uoresceinangiography:FA)が用いられてきたが1),造影剤に対するアレルギーなど検査が実施困難な症例も存在する2).また,妊娠中のFAに関しては安全性が確立されておらず,施行は避けるべきであるとされている3).今回,パノラマ光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomog?raphyangiography:OCTA)が経過観察に有用であった妊〔別刷請求先〕竹内怜子:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:RyokoTakeuchi,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPAN84(84)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1初診時超広角走査型レーザー検眼鏡(黄斑部から中間周辺部までを抜粋,California,Optos)網膜出血,軟性白斑,汎網膜光凝固瘢痕を認める.娠中の増殖糖尿病網膜症の1例を経験したので報告する.I症例患者:27歳,女性.主訴:両眼視力低下.現病歴:8歳時に1型糖尿病を指摘されインスリン導入されている.2010年から福井赤十字病院眼科にて眼底検査を定期的に受けており,2012年に初めて左眼軟性白斑を含む糖尿病網膜症を指摘された.2015年5月にFAを施行し無灌流領域は認めなかったが,2016年12月に両眼網膜出血,黄斑浮腫の悪化を認めたためFAを再度施行のうえ2017年2月に両眼汎網膜光凝固を施行した.2017年3月に再度両眼黄斑浮腫が悪化し,妊娠していないことを確認のうえ両眼アフリベルセプト硝子体内注射を行った.しかし2017年5月に妊娠が判明し,その後黄斑浮腫の再発を認めた.挙児希望は強く,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬の妊婦に対する安全性は確立されていないため,治療をトリアムシノロンアセトニド後部Tenon?下注射(sub-tenon’striamcinoloneacetonideinjection:STTA)へ変更し,網膜光凝固を追加のうえ妊娠継続とした.その後も黄斑浮腫が遷延し,セカンドオピニオン目的で2017年7月に名古屋市立大学附属病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:妊娠15週,ヘモグロビンA1c8.0%.視力は右眼0.1(0.2×?2.00D),左眼0.1(0.5×?1.50D(cyl?0.50DAx165°).眼圧は右眼13mmHg,左眼11mmHg.両眼前眼部および中間透光体に特記する異常はなかった.両眼眼底には網膜出血,軟性白斑,黄斑浮腫,網膜光凝固瘢痕,視神経乳頭新生血管,網膜新生血管を認めた(図1,2).TritonDRIOCT(トプコン)を用いて9mm×9mmの網膜全層のOCTA画像7枚を撮影し,付属ソフトウェア(IMA?GEnet6,トプコン)を用いて手動合成することでパノラマ図2初診時OCT(CirrusOCT,CarlZeiss)網膜下液を伴った黄斑浮腫を認める.OCTA画像を作成した(図3).パノラマOCTAでは,両眼無灌流領域,視神経乳頭新生血管,網膜新生血管を認めるとともに,一部の新生血管は高い活動性を示唆する微小血管の密な増殖がみられた.経過:当院初診時も妊娠継続を希望していたため,糖尿病黄斑浮腫に対してSTTAを継続し,出産後にVEGF阻害薬の硝子体内投与もしくは硝子体手術を提案した.2017年10月の当院再診時には両眼硝子体出血と左眼硝子体網膜牽引の悪化を認めた.2018年1月に出産,同月前医にて両眼硝子体手術を施行し,後部硝子体?離の作製と内境界膜?離を行った.2018年4月に右眼硝子体出血が生じたため,2018年5月に再度硝子体手術が施行された.2018年6月に当院を再診した.図3初診時パノラマOCTA(9mm×9mm7枚)上段:無灌流領域(?)と視神経乳頭,網膜新生血管(?)を認める.下段:乳頭部の拡大(a)および同部のBスキャン画像(b)でも硝子体腔内に伸展する乳頭部新生血管が確認できる.図4再診時広角走査型レーザー検眼鏡(黄斑部から中間周辺部までを抜粋,California,Optos)網膜出血,新生血管の改善を認める.2018年6月再診時所見:視力は右眼0.1(0.15×?2.00D),左眼0.1(0.7×?1.00D(?0.75DAx170°).眼圧は右眼13mmHg,左眼10mmHg.両眼とも黄斑浮腫が消失し,網膜出血の減少と新生血管の退縮を認めた(図4).12mm×12mmの網膜全層のOCTA画像6枚から作成したパノラマOCTAでも両眼視神経乳頭新生血管,網膜新生血管の退縮が確認でき,一部ループ状血管の残存を認めるが新生血管の血管密度は低下していた(図5).II考按妊娠中の増殖糖尿病網膜症患者に対し,パノラマOCTAを用いて経過観察を行った1例を経験した.OCTAは非侵襲的に網膜血管状態を評価可能であり,FAの実施が困難な患者に実施可能である.近年はOCTAを用いることにより,図5再診時パノラマOCTA(12mm×12mm,6枚)右眼に無灌流領域(?)を認めるが,新生血管の退縮,活動性の低下(?)を認める.乳頭部の拡大(a)と同部のBスキャン画像(b)でも乳頭部新生血管の消失を認める.糖尿病網膜症の悪化が早期に発見できる可能性も報告されている4,5).従来のOCTAは画角が6mm程度と狭いというデメリットがあったが,最近開発された複数枚のOCTA画像からパノラマ画像を作成する手法では,解像度を落とすことなく周辺網膜まで観察できるというメリットがある6).星山らは,妊娠9週の1型糖尿病合併妊婦に対し,パノラマOCTAを用いて無灌流領域を評価し汎網膜光凝固を実施し,その有用性を報告している7).本症例においても,治療前後のパノラマOCTA画像を撮影することで,治療効果の判定を非侵襲的に行うことができた.しかしながらOCTAを用いた糖尿病網膜症の評価は,従来のFAと異なる点もある.OCTAでは汎網膜光凝固の瘢痕が描出されないため,光凝固の有効性の評価は無灌流領域に対する光凝固の程度ではなく,新生血管や網膜内細小血管異常の退縮を用いて評価する必要がある.また,OCTAでは蛍光漏出を観察できないため,新生血管の形態や活動性の評価においても,enface画像だけでなくBスキャン画像を組み合わせて評価を行い,新生血管の三次元的な伸展を評価すべきである8).石羽澤らは,PDRにおけるFAとOCTAを比較し,網膜新生血管の密な微小血管増殖がFAでの蛍光漏出と相関し,新生血管の活動性を反映しており,活動性の低下した新生血管では微小血管は減少し成熟した血管構造が残ることを報告している9).このようにOCTAと従来のFAとの差を理解し評価を行う必要があるものの,パノラマOCTAはOCTA画像5?6枚で作成可能であり,非侵襲的に網膜周辺部の血管状態を評価することができる.パノラマOCTAは本症例を含め妊婦,授乳婦やアレルギーのためFAが施行できない症例における糖尿病網膜症の治療方針決定や治療前後の効果判定に有用であると考えられた.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Classi?cationofdiabeticretinopathyfrom?uores?ceinangiograms:ETDRSreportnumber11.Ophthalmol-ogy98:807-822,19912)XuK,TzankovaV,LiCetal:Intravenous?uoresceinangi?ography-associatedadversereactions.CanJOphthalmol51:321-325,20163)湯澤美都子,小椋祐一郎,髙橋寛二ほか;眼底血管造影実施基準委員会:眼底血管造影実施基準(改訂版).日眼会誌115:67-75,20114)TakaseN,NozakiM,KatoAetal:Enlargementoffovealavascularzoneindiabeticeyesevaluatedbyenfaceopti?calcoherencetomographyangiography.Retina35:2377-2383,20155)SuzukiK,NozakiM,TakaseNetal:Associationoffovealavascularzoneenlargementanddiabeticretinopathypro?gressionusingopticalcoherencetomographyangiography.JVitreoRetinDis2:343-350,20186)ZhangQ,LeeCS,ChaoJetal:Wide-?eldopticalcoher?encetomographybasedmicroangiographyforretinalimag?ing.SciRep6:22017,20167)星山健,平野隆雄,若林真澄ほか:パノラマOCTangi?ographyが治療方針決定に有用であった増殖糖尿病網膜症の2例.眼科59:67-74,20178)PanJ,ChenD,YangXetal:Characteristicsofneovascu?larizationinearlystagesofproliferativediabeticretinopa?thybyopticalcoherencetomographyangiography.AmJOphthalmol192:146-156,20189)IshibazawaA,NagaokaT,YokotaHetal:Characteristicsofretinalneovascularizationinproliferativediabeticreti?nopathyimagedbyopticalcoherencetomographyangiog?raphy.InvestOphthalmolVisSci57:6247-6255,2016◆**

トリアムシノロンアセトニドTenon 囊下注射が奏効した妊婦の原田病の1例

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(109)711《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):711.714,2011cはじめに原田病に対しては副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与が一般的に行われているが,全身投与の副作用が問題となる症例も少なくない.ステロイドの全身投与による副作用は,易感染性,糖尿病,消化管潰瘍,精神障害,骨粗鬆症などがあり大きな問題となる.基礎疾患のない原田病の21歳の男性がステロイド大量漸減療法中に成人水痘により死亡した事例1)もある.さらに,妊婦に対してのステロイド投与は,母体のみならず胎児に対しても高い危険性を伴う.たとえば,妊娠初期では胎児の催奇形性,妊娠後期では胎児の副腎機能低下の可能性2)があるし,因果関係は不明とされているが妊娠中期でのステロイド大量漸減療法中の胎児の死亡事例の報告3)もある.そのため,妊婦の原田病の治療については,一般的な大量漸減療法のみならず,眼局所投与のみで治療した報告4.7)が散見される.今回,筆者らは原田病を発症した27歳,妊娠19週の妊婦に対しトリアムシノロンアセトニド(TA)Tenon.下注射が奏効した1例につき報告する.〔別刷請求先〕正木究岳:〒802-8555北九州市小倉北区貴船町1番1号社会保険小倉記念病院眼科Reprintrequests:NobutakeMasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital,1-1Kifunemachi,Kokurakitaku,Kitakyushucity802-8555,JAPANトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が奏効した妊婦の原田病の1例正木究岳林良達劉百良宮原晋介小倉記念病院眼科ACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseduringPregnancyTreatedwithSub-TenonInjectionofTriamcinoloneAcetonideNobutakeMasaki,RyoutatsuHayashi,MomoyoshiLiuandShinsukeMiyaharaDepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital背景:原田病の治療は副腎皮質ステロイド薬の全身投与が一般的であるが,副作用が問題となる症例も少なくない.症例:27歳,妊娠19週の妊婦.両眼の視力低下を主訴に当科を初診した.初診時の矯正視力は両眼ともに0.5,著明な漿液性網膜.離を認め,産婦人科にて妊娠中毒症は否定されており原田病と診断し,両眼トリアムシノロンアセトニド(TA)Tenon.下注射を施行した.両眼改善傾向も左眼には漿液性網膜.離が残存し,初回注射後2週目に再度両眼TATenon.下注射を施行し,両眼とも漿液性網膜.離は消失して,視力も1.0以上へ回復した.以降7カ月間経過観察を行っているが,再発は認めていない.経過中に正常児を分娩し,母体にも全身的な合併症は認められなかった.結論:妊婦の原田病症例においてTATenon.下注射は大きな副作用もなく有効な治療法となる症例もあると考えられた.Background:PatientswithVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseasearegenerallytreatedwithsystemiccorticosteroid,whichsometimesleadstoseriouscomplications.Casereport:A27-year-oldfemale,inthenineteenthweekofpregnancyhadseriousretinaldetachmentinbotheyes.ShewasdiagnosedashavingVKHdiseaseandtreatedbysub-Tenoninjectionoftriamcinoloneacetonide(TA).TheretinaldetachmentdisappearedafterthesecondinjectionofTAinbotheyes.Thebest-correctedvisualacuityinbotheyesimprovedfrom0.5to1.0,andthepatientwasdeliveredofahealthychild.Conclusion:WesuccessfullytreatedapregnantwomanwithVKHdiseasebysub-TenoninjectionofTA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):711.714,2011〕Keywords:原田病,妊婦,トリアムシノロンアセトニド,Tenon.下注射.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,pregnantwoman,triamcinoloneacetonide,sub-Tenoninjection.712あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(110)I症例患者:27歳,女性.妊娠19週.主訴:両眼視力低下.既往歴・家族歴:19歳のとき甲状腺機能低下を指摘されたことがあったが,初診時には正常化していた.現病歴:4日前よりの視力低下を自覚し当院を初診した.頭痛,難聴,感冒様症状などの全身症状はなかった.初診時所見:両眼矯正視力0.5,眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.前眼部は両眼に前房細胞を認めた.隅角,虹彩には異常所見を認めなかった.眼底は両眼後極部を中心にした著明な漿液性網膜.離(図1,2)を認めた.妊娠中であり蛍光眼底造影検査および髄液検査は同意が得られず行わなかった.産婦人科にて妊娠中毒症は否定されており,採血その他の全身検査にて腎機能など正常値であったため,眼所見より原田病と診断した.ab図1初診時の眼底所見(a:右眼,b:左眼)両眼後極部に漿液性網膜.離を認める.VD=(1.0)VD=(1.0)VD=(0.5)右眼VS=(1.2)VS=(0.6)VS=(0.5)左眼初診日初回TA注射6日目2回目TA注射11日目図2光干渉断層計(OCT)所見・視力の経過初診時は両眼に漿液性網膜.離を認める.初回TA注射6日目には右眼は著明に改善したが,左眼には漿液性網膜.離が残存している.2回目TA注射11日目には両眼漿液性網膜.離は吸収され,視力も右眼1.0,左眼1.2まで改善している.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011713経過:初診日よりベタメタゾン点眼液(両眼1日6回)にて治療を開始するも点眼開始10日後で矯正視力・眼底所見に改善がなく,その後の治療方針を検討することとなった.一般的には原田病に対しての治療はステロイドの全身投与であるが,局所投与のみでも治癒した症例の報告があること,当院産婦人科の見解はステロイドの一般的な副作用に加え,胎児の口蓋裂などの副作用の可能性があること,大量漸減療法で使用するステロイドは量としては多いが,母体の今後を考えるとやむをえないという判断であることを説明した.家人,本人の希望は,「点眼のみの経過観察ではなく,まずはステロイドの局所投与を行い,それで治癒しない場合は全身投与を考えたい」であった.そこで両眼TATenon.下注射(各20mg)を行った.TATenon.下注射後6日目で視力は右眼1.0,左眼0.6へと改善,右眼の漿液性網膜.離はほぼ消退するも,左眼には漿液性網膜.離は残存した(図2).右眼でのTATenon.下注射が奏効したので,初回注射後2週目に再度両眼TATenon.下注射(各20mg)を施行した.翌日より漿液性網膜.離は改善し始め2回目注射後11日目には視力は右眼1.0,左眼1.2へと改善,両眼漿液性網膜.離は消失した(図2).注射後4カ月目に2,468gの正常児を出産,注射後7カ月間経過観察を行っているが,再発は認めていない.両眼とも1.0以上の良好な視力を維持している(図3).TATenon.下注射後より眼圧が上昇し始め,注射後3カ月目には20mmHg台前半まで上昇,5カ月後より緑内障点眼開始,6カ月後よりベタメタゾン点眼液(両眼1日4回)をフルオロメトロン点眼液(両眼1日)に変更し眼圧は正常化した.II考察本症例では,本人の同意が得られず髄液検査や蛍光眼底造影検査は行っていない.妊婦に発症する漿液性網膜.離により原田病と鑑別を要するものとして,妊娠に伴う中心性漿液性脈絡網膜症,妊娠中毒に伴う妊娠中毒網膜症があげられる.前者は本症例では両眼ともぶどう膜炎所見を伴っていたこと,後者は本症例では全身的に高血圧・蛋白尿・浮腫は認められず,産婦人科で妊娠中毒症は否定されていること,眼底にも網膜細動脈の狭細化,口径不同,網膜出血,白斑などの高血圧性の眼底変化は伴っていなかったことで鑑別した.妊娠中期に発症した症例で2回のTATenon.下注射を要したが,局所投与のみで寛解を得られ全身的副作用は認められなかった.妊婦の原田病の過去の症例報告では,妊娠時に母体のステロイドホルモン分泌が増加している2)こともあってか,局所投与4.7)(点眼のみ1症例,点眼+結膜下注射1症例,TATenon.下注射1症例)・全身投与5,8,9)(大量漸減療法4症例)とも原田病の経過は良好である.しかしながら妊婦へのステロイド投与では妊娠初期では胎児の口蓋裂,発育阻害,妊娠後期では副腎皮質ホルモンが胎盤を通過し,胎児のACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌を抑制し副腎機能低下をきたす可能性2)があるといわれている.また,因果関係は明らかではないとされているが妊娠後期での大量漸減療法中の胎児死亡の報告3)もある.過去に原田病に対しステロイドのTenon.下注射を施行した症例(デキサメタゾンTenon.下注射1症例,TATenon.下注射5症例)ではステロイドの全身的な副作用を発症することなく寛解している.これらを踏まえ,本人・家人の意向にて全身的な副作用の可能性を減らすために,まずはステロイド局所投与で治療を始め,ステロイド局所投与のみで寛解が得られない場合は,ステロイド全身投与を行う方針で治療を開始した.2回のTATenon.下注射を要したが,局所投与のみで寛解を得られた.今回の症例では,母体・胎児とも全身的副作用は認められなかった.母親については両眼の眼圧上昇を認めたものの,ベタメタゾン点眼をフルオロメトロン点眼に変更することで速やかに正常眼圧へ下降した.眼圧上昇に関してはステロイドの全身投与から点眼局所投与まで幅広い投与法で認められる合併症であり,TATenon.下注射であっても十分に注意が必要と思われた.原田病は全身疾患であり,ステロイドの全身投与が一般的な治療法であるが,今回の妊婦症例のように全身的副作用が危惧される症例では,全身的な合併症の可能性が少ないTATenon.下注射は有効な治療法となりうると考えられた.文献1)岩瀬光:原田病ステロイド治療中の成人水痘による死亡事例.臨眼55:1323-1325,20012)蜷川映己:副腎皮質ステロイド剤の使い方婦人科領域─適応と副作用.治療60:321-325,19783)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,20074)佐藤章子,江武瑛,田村博子:妊娠早期に発症し,ステロイド局所治療で軽快した原田病不全型の1例.眼紀37:図3視力経過2回目TA注射後は両眼とも1.0以上の良好な視力を維持している.←←0.11:右眼視力:左眼視力07日21日123457(カ月)0.5矯正視力6TA注射TA注射714あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(112)46-50,19865)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TreatmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,20016)稲川智子,三浦敦,五十嵐美和ほか:妊娠9週目にVogt-小柳-原田病を発症した一例.日産婦関東連会誌38:241,20017)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病の1例.眼紀57:614-617,20068)山上聡,望月學,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt-小柳-原田病ステロイド投与法を中心として.眼臨85:52-55,19919)渡瀬誠良,河村佳世子,長野斗志克ほか:妊婦に発症しステロイド剤の全身投与を行った原田病の1例.眼紀46:1192-1195,1995***