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強度近視として経過観察されていた完全型先天停在性夜盲の1例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1355.1358,2015c強度近視として経過観察されていた完全型先天停在性夜盲の1例福永とも子松宮亘中村誠神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野ACaseofCompleteCongenitalStationaryNightBlindnessDiagnosedasHighMyopiaTomokoFukunaga,WataruMatsumiyaandMakotoNakamuraDivisionofOphthalmology,DepartmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine完全型先天停在性夜盲の1例を経験したので報告する.症例は35歳,男性.既往歴として両眼強度近視による屈折弱視と小学生の頃からの夜盲.家族歴として夜盲と強度近視がある.現症として視力は右眼(0.4×.23D),左眼(0.3×.20D).眼軸長は右眼28.97mm,左眼28.78mm.眼軸長に比べ近視が強く,説明のつかない強度近視を呈していた.錐体一相型の暗順応を示し,錐体ERG(網膜電図)では良好な反応を示したが,全視野ERGでは陰性波形とb波の消失があり,杆体反応・律動小波・長時間刺激によるon応答の消失がみられた.以上の杆体機能中心の障害とon型双極細胞の機能不全と臨床症状より,完全型先天停在性夜盲と診断した.眼軸長に見合わない強度近視を呈する症例には,完全型先天停在性夜盲が潜んでいる可能性があるため,網膜電図などの電気生理学的な検査の施行を考慮すべきである.A35-year-oldmanpresentedwithrefractiveamblyopiawithhighmyopiaandnightblindnessfromelementaryschoolageandfamilyhistoryofhighmyopiaandnightblindness.Uponexamination,hisrespectivebest-correctedvisualacuityandaxiallengthwere0.4with.23.0diopters(D)sphericalequivalentand28.97mmintherighteyeand0.3with.20.0Dsphericalequivalentand28.78mminthelefteye.Hishighmyopiawasnotrelatedtoaxiallength.Electroretinography(ERG)testingrevealeddisappearanceoftheb-waveresultinginanegativeshape,rodresponse,oscillitatorypotentialwaves,andon-responsebylong-durationflashERG.Wesubsequentlydiagnosedthepatientascompletecongenitalstationarynightblindness(CSNB)duetotheabsenceofrodfunction,dysfunctionoftheON-bipolarcell,andhisclinicalmanifestation.Thefindingsofthisstudyshowthatincasesofhighmyopiaunrelatedtoaxiallength,electrophysiologicaltesting,suchasanERG,shouldbeperformedinordertopreventmisdiagnosingCSNB.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1355.1358,2015〕Keywords:完全型先天停在性夜盲,強度近視,錐体一相型暗順応,網膜電図,on型双極細胞.completetypeofthecongenitalstationarynightblindness,highmyopia,cone-monophasicdarkadaptation,electroretinogram,onbipolarcell.はじめに眼底が正常でありながら,網膜電図が陰性型を示す疾患として先天停在性夜盲がある1,2).杆体機能が消失した完全型と杆体機能が残存した不全型に分類され,完全型は,on型双極細胞機能不全があるため夜盲を訴える2,3).強度近視を伴うため,幼少時に近視性弱視として経過観察される例もあり,見逃しやすい疾患である.この度,網膜電図が鑑別に有用であった1例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.主訴:両眼の夜盲,視力低下.既往歴:なし.現病歴:小学時より両眼視力不良で,暗いところが見えに〔別刷請求先〕福永とも子:〒650-0017兵庫県神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野Reprintrequests:TomokoFukunaga,DivisionofOphthalmology,DepertmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-1Kusunoki-cho,Chuo-ku,KobeCity,Hyogo650-0017,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(127)1355 図1両眼底写真左:右眼,右:左眼.図2OCT画像上段:右眼,下段:左眼.くく,中学時は視力(0.7)だった.弱視のため視力が上がることはないといわれ,その後,通院を自己中断.3年前より視力低下が進行したため,2013年1月7日神戸大学病院を受診した.家族歴:患者の父方の祖父母は近親婚(従妹婚であるかどうかは不明).祖父・父・叔父・兄は夜盲と強度近視あり.父は緑内障で点眼加療中である.初診時所見:VD=0.01(0.4×.23.0D(cyl.2.0DAx30°)VS=0.01(0.3×.20.0D(cyl.1.5DAx170°)眼軸長は右眼28.97mm,左眼28.78mm.眼圧は両眼ともに14mmHgと正常範囲内,前眼部および中間透光体の異常はなし.眼底は,豹紋状眼底で,近視性視神経乳頭を呈し,1乳頭径以上の乳頭周囲脈絡網膜萎縮巣がみられた(図1).検査所見:光干渉断層計(OCT)ではellipsoidzoneは鮮明で,網膜内層構造も保たれていた(図2).Goldmann視野計で不規則な耳側視野狭窄がみられた.暗順応最終閾値は上図3暗順応の結果上段:正常対照,下段:本症例.矢印:Kohlraush屈曲点.昇しており,Kohlrausch屈曲点は消失し,錐体応答を示す1次曲線のみみられた(図3).網膜電図(ERG):トロピカミド,フェニレフリン塩酸塩点眼で両眼を極大散瞳し,30分間の暗順応後,メーヨー社製のBrain-Allen型電極(LED電極EW-102)を用い,国際臨床視覚電気生理学会のプロトコールに従って刺激し,日本光電社製NeuropackMEB-9104を用いて記録した.杆体系・混合応答を記録,10分間の明順応後,錐体応答(単一刺激・30Hzフリッカ刺激)ならびに長時間刺激ERGを記録した.多局所ERGは,VERISScienceを用いて記録した.錐体応答は単一刺激ならびに30Hzフリッカ刺激とともに良好な反応を示したが,混合応答では陰性波形と律動小波の消失,杆体応答は消失していた(図4).長時間刺激を用いて記録した錐体応答では,b波の消失と1356あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(128) A100μV100μVBD図4全視野ERGいずれも左:正常対照,右:本症例.A:錐体応答(単一刺激).症例では律動小波はみられず,b波の振幅はやや減弱しているも,正常波形に近い.B:錐体応答(フリッカ刺激).ほぼ正常波形を呈している.C:混合応答.症例では陰性波形を呈している.D:杆体応答.症例では消失している.d波の増大,すなわちon応答の消失がみられた(図5).多局所ERGでは局所的に応答密度の非特異的な低下を示した(図6).II考按この症例は,強度近視による両眼屈折弱視として経過観察されていたが,小児期から夜盲を自覚していた若年男性である.家族には夜盲のある兄弟や親戚があり,強度近視家系で,症例は網膜の器質的異常はなかったため,先天停在性夜盲を疑い,電気生理的検査を施行した.暗順応計にて錐体一相型の暗順応を示し,ERGの混合応答での陰性波形と律動小波の消失,杆体応答の消失,錐体応答の温存,長時間刺激ERGにて,b波の消失とd波の増大がみられた.以上より,錐体機能の保持と杆体機能・on型双極細胞機能不全が存在することが示され,完全型先天停在性夜盲と確定診断した1.3).完全型先天停在性夜盲はかつてSchubert-Bornschein型と一括されていた先天停在性夜盲の亜型を,三宅らが電気生理学的検査,とりわけ長時間刺激錐体ERGで完全型と不全型に区分したものである1.3).その後,完全型先天停在性夜盲の原因遺伝子として,現在まで5つの遺伝子(NYX,GRM6,TRPM1,GPR179,LRIT34.7))が発見されている.これらの遺伝子はすべて視細胞からon型双極細胞への信号伝達あるいはシナプス形成に関係する遺伝子であることがわかっている.これらの遺伝子に異常があると,視細胞からon型双極細胞に信号が伝達されないために,患者は杆体機能を失い,重症の夜盲を呈することが知られている.臨床的には強度近視を呈するもの(129)100μV100μV図5長時間ERG左:正常対照,右:本症例.症例では,a波とd波は検出されるが,b波は検出されない.d波は逆に強調されている(矢印).図6多局所ERG左:3Dプロット,右:波形一覧.上段:右眼,下段:左眼.両眼とも応答密度の減弱を認める.の,眼底は近視性変化以外には特異的変化がなく,OCTでも網膜外層の異常が検出されない.このため,原因不明の視力低下ないしは,本症例のように強度近視による屈折弱視と見誤られることがある.今回筆者らは,完全型先天停在性夜盲の患者から多局所ERGを記録した.その結果,全体的に振幅はよく保たれていたものの,振幅が低下している部分もみられた.これについては,強度近視に伴う網脈絡膜萎縮によるものと考えられた.完全型先天停在性夜盲の多局所ERGについては,過去にKondoら8)の報告があり,潜時は若干遅れるものの,振幅は全体的によく保たれていると述べており,筆者らの症例の所見もこれに一致していると考えられた.このように,眼軸長に不釣り合いな強度近視症例においては,問診にて夜盲の存在を確認し,積極的に電気生理学検査を行って確定診断を行うべきと考えられた.文献1)MiyakeY,YagasakiK,HoriguchiMetal:Congenitalstationarynight-blindnesswithnegativeelectroretinogram.Anewclassification.ArchOphthalmol104:1013-1020,19862)三宅養三:あたらしい疾患概念の確立─先天停在性夜盲のあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151357 完全型と不全型.日眼会誌106:737-755,20023)MiyakeY,YagasakiK,HoriguchiMetal:On-andoff-responsesinphotopicelectroretinogramincompleteandincompletetypesofcongenitalstationarynightblindness.JpnJOphthalmol31:81-87,19874)DryjaTP,McGeeTL,BersonELetal:NightblindnessandabnormalconeelectroretinogramONresponsesinpatientswithmutationsintheGRM6geneencodingmGluR6.ProcNatlAcadSciUSA102:4884-4889,20055)AudoI,KohlS,LeroyBPetal:TRPM1ismutatedinpatientswithautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet85:720729,20096)AudoI,BujakowskaK,OrhanEetal:Whole-exomesequencingidentifiesmutationsinGPR179leadingtoautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet90:321-330,20127)ZeitzC,JacobsonSG,HamelCPetal:Whole-exomesequencingidentifiesLRIT3mutationsasacauseofautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet92:67-75,20138)KondoM,MiyakeY,KondoNetal:MultifocalERGfindingsincompletetypecongenitalstationarynightblindness.InvestOphthalmolVisSci42:1342-1348,2001***1358あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(130)