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点状表層角膜症を有する緑内障患者における実用視力

2018年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(1):144.148,2018c点状表層角膜症を有する緑内障患者における実用視力湖崎淳前田直之湖崎亮湖崎眼科CFunctionalVisualAcuityofGlaucomaPatientswithSuper.cialPunctateKeratopathyJunKozaki,NaoyukiMaedaandRyoKozakiCKozakiEyeClinic目的:緑内障点眼は長期にわたり使用し,点状表層角膜症(SPK)が起こる可能性が高い.そこで,SPKが視機能にどのように影響するかを,緑内障点眼を使用しCSPKのみられたC22名C40眼で調査した.方法:視機能を評価するため,実用視力を測定し,スタート時視力より何段階低下したかで評価した.SPKの及ぶ範囲で,中央群と非中央群のC2群に分けた.結果:中央群はC19眼で非中央群はC21眼であった.中央群のうちスタート時視力に対して,実用視力がC3段階低下したものがC78.9%,4段階低下したものがC78.9%,5段階低下したものがC57.9%であった.平均低下はC4.6段階であった.非中央群ではそれぞれC47.6%,33.3%,4.8%であり,平均低下はC2.7段階であった.結論:SPKが強い場合や角膜中央部に及ぶ場合は,実用視力が低下する可能性がある.視力や視野がそれほど悪くなくても,視機能低下を訴える患者の場合は,角膜上皮障害にも注意を払い,点眼を選択する必要があると思われた.TheCe.ectCofCsuper.cialCpunctateCkeratopathy(SPK)onCfunctionalCvisualCacuity(FVA)wasCevaluatedCinC40Ceyesof22glaucomapatientswhohadSPKduetoglaucomaeyedrops.In19eyes,SPKwasfoundatthecentralzoneofthecornea(Centergroup)andoutsidethecentralzonein21eyes(Non-centergroup).TheincidencesoflossofaverageFVAat3,4and5linesormorefromthebaselinewere78.9,78.9and57.9%intheCentergroup(Meanloss:4.6lines),and47.6,33.3and4.8%intheNon-centergroup(Meanloss:2.7lines),respectively.TheresultsCsuggestCthatCFVACeasilyCdeterioratesCwhenCSPKCisCinCtheCcentralCzoneCofCtheCcornea.CAttentionCshouldCbeCpaidCtoCtoxicCkeratopathyCwhenCpatientsCclaimCdeteriorationCofCvisionCwithoutCtheClossCofCvisualCacuityCorCvisualC.eld.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):144.148,C2018〕Keywords:緑内障点眼,点状表層角膜症,視機能,実用視力.glaucomaeyedrops,super.cialpunctatekeratop-athy(SPK),visualfunction,functionalvisualacuity.はじめに緑内障点眼は長期にわたり使用するため,薬剤による細胞毒性や組織毒性により点状表層角膜症(super.cialpunctatekeratopathy:SPK)が生じる可能性が高い1.6).以前,筆者が調査したところ,緑内障点眼を使用している患者C882眼のうちC47.5%にCSPKがみられた4).そのほとんどがCAD分類7)でA+D<3の軽症例であったが,A+D>4の重症例は12.8%にみられた4).SPKの影響として,異物感,易感染性,そして視機能障害が考えられる.SPKが広範囲や高密度に発生している例では高次収差の悪化がみられるが(図1),視力への影響は不明である.SPKによる視機能障害のなかには通常の視力検査では検出できない実用視力の低下がある.人が集中してものを見るとき,瞬きが抑制される.このような状態での視機能を評価しようとしたのが実用視力である8).通常の視力検査で得られた視力をスタート時視力とし,1.5秒ごとに視標が提示される.正答誤答によって視標の大きさが変わりC1分間の平均視力と視力維持率が測定される.これは,注視していると徐々に視力が低下することを評価している.実用視力の経時的な低下は,新聞などを見ていると霞んでくる,などの自覚症状に該当し,実臨床の現場でしばしば遭遇する.SPKが広範囲,高密度のドライアイ眼では高次収差の悪化,実用視力の低下がみらることが報告さC〔別刷請求先〕湖崎淳:〒545-0021大阪府大阪市阿倍野区阪南町C1-51-10湖崎眼科Reprintrequests:JunKozaki,M.D.,Ph.D.,KozakiEyeClinic,1-51-10Hannan-cho,Osaka545-0021,JAPAN144(144)れている9.11)が緑内障眼での報告はない.そこで,今回は緑内障点眼を使用しCSPKが発生している患者の実用視力について調査した.CI対象および方法平成C28年C10月からのC1カ月間で,当院で緑内障点眼を投与しCSPKのみられたC22例C40眼(平均年齢C69.8C±10.6歳,男性C4例,女性C18例,MD:C.5.34±4.64CdB)の実用視力を測定した.症例内訳は原発開放隅角緑内障C14人,正常眼圧緑内障C7人,高眼圧症C1人であった.視力はすべて矯正0.9以上で,視機能に影響を及ぼす可能性のある緑内障手術後,角膜混濁のある症例,眼圧がC20CmmHg以上の症例は省いた.実用視力はコーワ社製特殊視力検査装置CAS-28を用いて測定した8).この装置は視力の経時的変動を記録し,1分間の平均視力を表示する.視標の提示時間はC3秒とした.通常の視力検査で得られた矯正視力をスタート時視力として入力した.SPKの及んでいる範囲で,中央群と非中央群に分けて検討した.CII結果予備調査として,緑内障点眼を使用しているがCSPKがない緑内障症例C13眼(平均年齢C69.0C±8.4歳,平均CMD:C.10.78±6.70dB,スタート時視力:1.0.1.2,平均C1.2C±0.06)の実用視力を測定した.SPKがみられない群での視野障害(Humphrey視野計の)MD値とスタート時視力と平均視力の低下段階との決定係数はCrC2=0.011で,中心視野障害がなく,SPKのみられない緑内障患者においては,視野障害と実用視力の低下の間には有意な相関を認めなかった.角膜中央部にCSPKが及んでいない症例(非中央群)はC21眼(平均年齢C67.9C±10.6歳,MD:C.5.44±5.15CdB,スタート時視力:0.9.1.2,平均C1.1C±0.1),角膜中央部にCSPKが及んでいる症例(中央群)はC19眼(69.8C±9.7歳,MD:C.5.23CdB±3.90CdB,スタート時視力:0.9.1.2,平均C1.1C±0.1)であった.スタート時視力は両群に差はなかった.非中央群のうち,平均視力がスタート時視力よりC3段階以上低下している症例はC10眼C47.6%,4段階以上低下がC7眼C33.3%,5段階低下がC1眼C4.8%であった.非中央群の代表症例を図2と図3に示す.中央群ではC3段階以上低下している症例はC15眼C78.9%であった.4段階以上低下もC15眼C78.9%,5段階低下はC11眼C57.9%であった.中央群の代表症例を図4と図5に示す.いずれも,両群間に有意差がみられた(Fisher検定).また,平均視力低下量は非中央群ではC2.7段階,中央群ではC4.6段階で両群間に有意差がみられた(Mann-WhitnetUtest)(表1).両群のスタート時視力と平均視力の分散図を図6に示す.C6秒7秒8秒9秒10秒RMS:rootmeansquare:収差量を数量的に表示図1SPK発症例の高次収差68歳,女性.プロスタグランジン製剤点眼使用.10秒後の高次収差が悪化.CIII考按緑内障点眼を使用している患者にはCSPKがよくみられる4).原因は緑内障点眼なのか,ドライアイが影響しているのかは不明であるが,緑内障点眼が悪化要因にはなっていると思われる.緑内障点眼によりCSPKが発生または増悪すると,涙液層に異常をきたし,涙液層の安定性が低下すると考えられる.その視機能を評価するのに高次収差の連続測定が有用であるとCKohら9)は報告している.しかし,高次収差は視機能の質の評価はできても,視力の変動を直接測定することはできない.今回筆者らは,視機能の動的な変動を評価するために実用視力を用いた.実用視力は,ドライアイによる角膜障害のみならず,他の疾患の視機能の評価にも応用されている12).今回の測定で,毎回の視標の提示時間はC3秒とした.日常視においては視力検査時のように目標物を固視することは少なくC2.3秒ごとに視線が動いていると考えたからである.その結果,角膜中央にCSPKのある症例では,実用視力がより低下する傾向があった.Kohら10)も角膜中央にCSPKのある例は,中央にCSPKのない例より高次収差は大きいと報告している.また,Kaidoら11)はドライアイの症例で角膜染色が高度になるに従って実用視力は低下し,視力維持率も低下するとしている.今回の筆者らの緑内障の症例でも,角膜中央にCSPKのある症例ではC78.9%でC4段階の視力低下,57.9%でC5段階の視力低下がみられた.緑内障点眼で図2非中央群の代表症例65歳,女性,プロスタグランジン製剤点眼,炭酸脱水酵素阻害薬/Cb遮断薬配合剤を両眼に使用.SPKは中央部に及んでいない.図3非中央群の代表症例(図2)の平均視力右眼スタート視力C1.2,平均視力C1.16.左眼スタート視力C1.2,平均視力C1.12.スタート時視力と平均視力の差はない.図4中央群の代表症例62歳,男性.プロスタグランジン製剤点眼,アドレナリンCa2受容体作動薬点眼,炭酸脱水酵素阻害薬/Cb遮断薬配合剤を両眼に使用.SPKは中央部に及んでいる.図5中央群の代表症例(図4)の平均視力右眼スタート視力C1.0,平均視力C0.46.左眼スタート視力C1.0,平均視力C0.54.右眼はC5段階低下.左眼はC4段階低下.C表1スタート視力と平均視力(実用視力)との差3段階以上視力低下4段階以上視力低下5段階視力低下平均低下段階非中央群2C1眼中央群1C9眼10眼C47.6%15眼C78.9%p<C0.05Fisher検定7眼3C3.3%15眼C78.9%p<C0.01Fisher検定1眼C4.8%11眼C57.9%p<C0.01Fisher検定C2.7段階4.6段階p<C0.05Mann-WhitneyUtest平均視力非中央群と中央群では視力低下に有意差がみられる.1.210.8中央群0.6非中央群0.40.2000.20.40.60.811.2スタート時視力図6中央群と非中央群のスタート時視力と平均視力の分散図中央群(◆)のほうが,非中央群(〇)より平均視力の低下していることがわかる.SPKが発生しても,ドライアイと同じようにCSPKによる収差ないし散乱が増加したためと思われた.緑内障患者で視力や視野が良好でも,なんとなく風景が霞んで見えたり,物を見つめていると視力が下がったような気がする患者には,角膜上皮障害にも注意を向け,薬剤毒性角膜症による視機能への影響を考え,防腐剤フリーの点眼に変更するか,配合剤に変更し点眼本数を減らすなどを考慮する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,C19892)小室青,横井則彦,木下茂:ラタノプロストによる角膜上皮障害.日眼会誌104:737-739,C20003)湖崎淳,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績―眼表面への影響―.あたらしい眼科C26:101-104,C20094)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼C64:729-732,C20105)山崎仁志,宮川靖博,目時友美ほか:トラボプロスト点眼液の点状表層角膜症に対する影響.あたらしい眼科C27:C1123-1126,C20106)薮下麻里江,三宅功二,荒川明ほか:角膜上皮に対するタフルプロスト点眼液の影響.臨眼67:1129-1132,C20137)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,C19948)海道美奈子:新しい視力計:実用視力の原理と測定方法.あたらしい眼科24:401-408,C20079)KohCS,CMaedaCN,CHiroharaCYCetCal:SerialCmeasurementsCofChigher-orderCaberrationsCafterCblinkingCinCnormalCsub-jects.InvestOphthalmolVisSciC47:3318-3324,C200610)KohCS,CMaedaCN,CHiroharaCYCetCal:SerialCmeasurementsCofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSciC49:133-138,C200811)KaidoCM,CIshidaCR,CDogruCMCetCal:TheCrelationCofCfunc-tionalCvisualCacuityCmeasurementCmethodologyCtoCtearCfunctionsandocularsurfacestatus.JpnJOphthalmolC55:C451-459,C201112)石田玲子:実用視力の臨床応用:ドライアイから白内障まで.あたらしい眼科24:409-413,C2007***

オフロキサシンゲル化点眼液投与後の涙液安定性と視機能の推移

2012年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(6):849.853,2012cオフロキサシンゲル化点眼液投与後の涙液安定性と視機能の推移小林武史川﨑史朗溝上志朗大橋裕一愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能統御部門感覚機能医学講座視機能外科学ChangesinTearFilmStabilityandVisualAcuityafterInstillationofOfloxacinGel-formingOphthalmicSolutionTakeshiKobayashi,ShiroKawasaki,ShiroMizoueandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,MedicineofSensoryFunction,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:オフロキサシンゲル化点眼液が眼表面でゲル化し,視機能に影響を及ぼす可能性を涙液安定性と視機能の面から検討した.対象および方法:健康ボランティア10名10眼(男性5名,女性5名,平均年齢27.0±5.3歳)に,タリビッドR点眼液,オフロキサシンゲル化点眼液,タリビッドR眼軟膏の3剤を用い,点眼前,点眼後に1分間閉瞼した開瞼直後,点眼後3,5,10分の時点でtearfilmstabilityanalysissystem(TSAS)と実用視力を測定,TSASのbreakupindex(BUI:0.100,高いほど涙液は安定)と実用視力維持率を解析した.結果:BUIは軟膏群がすべての時点で低かった(p<0.05).実用視力維持率(%)は,開瞼直後にゲル群と軟膏群が低く,3分後は軟膏群が低かった(p<0.05).結論:オフロキサシンゲル化点眼液点眼後に生じる涙液不安定化と視機能の低下は早期のみであった.Purpose:Ofloxacingel-formingophthalmicsolutionformsagellayerontheocularsurface.Weevaluatedthegel’spossibleinfluenceonvisionbyinvestigatingtearfilmstabilityandfunctionalvisualacuity.MaterialsandMethods:Threeproducts,TarividRophthalmicsolution,ofloxacingel-formingophthalmicsolution,andTarividRophthalmicointment,weretestedon10eyesof10healthyvolunteers(5males,5females,meanage:27±5.3years).Tearfilmstabilityandfunctionalvisualacuityweremeasuredbeforedruginstillation,immediatelyaftereyeopeningfollowinga1-minuteperiodofeyeclosureupondruginstillation,andat3,5,and10minutesafterdruginstillation.Tearfilmstabilitywasevaluatedusingatearfilmstabilityanalysissystem(TSAS)toobtainabreakupindex(BUI:0-100;highervaluesindicateincreasedstability).BUIandproportionofsubjectswithpreservedfunctionalvisualacuity(visualacuitypreservationrate)wereanalyzedateachtimepoint.Results:BUIwaslowerintheointmentgroupthaninthesolutionorgelgroupsateverytimepoint(p<0.05).Thevisualacuitypreservationrate(%)waslowerinthegelandointmentgroupsthaninthesolutiongroupimmediatelyaftereyeopening,andwaslowerintheointmentgroupthaninallothergroups3minutesafterdruginstillation(p<0.05).Conclusion:Decreasesintearfilmstabilityandvisualacuitywereonlypresentshortlyafterinstillationofofloxacingel-formingophthalmicsolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):849.853,2012〕Keywords:オフロキサシン,ゲル化点眼液,涙液安定性解析装置(TSAS),実用視力,涙液層.ofloxacin,gel-formingophthalmicsolution,tearfilmstabilityanalysissystem(TSAS),functionalvisualacuitymeasurement,tearfilm.はじめに涙液表面に滞留する1)との報告がある.一方,短所は点入後現在,眼科領域で使用されているオフロキサシン製剤にに一過性に起きる霧視やべたつきであり,コンプライアンスは,点眼剤と眼軟膏剤がある.眼軟膏剤の長所は,結膜.にの低下につながると考えられる.オフロキサシンゲル化点眼滞留することによる効果の持続性であり,点入1時間後でも液は熱応答ゲル基剤を用いた点眼剤で,投与前はゾル状態で〔別刷請求先〕小林武史:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TakeshiKobayashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(127)849 点眼剤のように使用でき,点眼後に眼表面でゲル状態となる.眼軟膏剤と同様に結膜.内に滞留すると考えられる.薬効については,オフロキサシンゲル化点眼液はタリビッドR点眼液よりも前房内移行性が良好2)との報告があり,その臨床効果に期待が寄せられているが,ゲル化製剤の短所としてあげられている点入後の霧視など,視機能に与える影響についての検討は少ない.筆者らはこれまで,tearfilmstabilityanalysissystem(TSAS)および実用視力計を用いて,緑内障ゲル化点眼剤の涙液安定性と視機能に与える影響を報告してきた3,4)が,今回は,オフロキサシンゲル化点眼液に焦点を当て,タリビッドR眼軟膏とタリビッドR点眼液との比較検討を試みた.I対象および方法対象は細隙灯顕微鏡検査で眼表面疾患のない健康ボランティア10名10眼(男性5名,女性5名,いずれも右眼)で,平均年齢27.0±5.3歳(平均値±標準偏差)である.本実験は愛媛大学臨床倫理委員会で承認され,すべての被検者からインフォームド・コンセントを得て行った.検討薬剤は,タリビッドR眼軟膏,オフロキサシンゲル化点眼液,タリビッドR点眼液の3剤である.涙液安定性の評価にはTSAS5.8),視機能の評価には実用視力計9,10)を用いた.今回涙液安定性の評価に使用したTSASとは,角膜形状解析装置RT-7000(TopographicModelingSystem:TOMEY社)に搭載されたドライアイ解析ソフトである.連続開瞼させた状態で角膜トポグラフィを1秒ごとに6回撮影し,Meyerリング像の経時的変化を涙液層の変化として解析する.解析結果はbreakupmapで示される.Breakupmapとは,角膜トポグラフィ上の屈折値0.5Dを閾値とし,開瞼後から0.5D以上変化した計測点をそれぞれの秒における色変化として表されたもので,開瞼後早期に変化した部位が暖色系で,安定した部位が寒色系で表される.Breakupmapをインデックス化したものをbreakupindex(BUI)とよぶ.BUIはbreakupmapのそれぞれのカラーコードの面積をヒストグラム化し,ヒストグラム上において6秒まで変化がみられなかった部分の面積を数値化したもので,涙液層安定性の指数となる.BUIは,0.100の数値で示され,涙液層が不安定であれば低くなり,安定していれば高くなる.本実験ではBUIの経時的変化を涙液安定性評価の検討指標に用いた3).実用視力検査とは,通常の視力検査とは異なり,経時的な視力の変化動態を評価するもので,実用視力計(NIDEK社)を用いて測定される.たとえば,ドライアイ患者では,従来の視力検査で良好な結果であっても,実用視力計では開瞼後の涙液層の変動により視力が低下している現象が捉えられている9,10).測定方法は,まず被検者の最高矯正視力を基準視850あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012力として入力し,その後5m先のディスプレイに表示されるLandolt環の向きを素早くジョイスティックにより回答するということを1分間連続して行う.正答が2回続くと1段階小さい視標が表示され,間違いまたは無回答の場合には,1段階大きい視標が表示される.結果として,1分間の視力変動や平均視力,また基準視力と比較した視力維持率などが算出される.本実験での実用視力の測定は,自然瞬目下での測定とし,視力維持率を視機能評価の検討指標に用いた.方法は,まず薬剤投与前のTSAS,実用視力(ベースライン)を測定し,その後検討薬剤を投与し閉瞼.1分後に開瞼させ,直後にTSASを測定し,続いて実用視力を測定した.以後は自然瞬目とし,さらに3分後,5分後,10分後の各時点で測定した.タリビッドR点眼液,オフロキサシンゲル化点眼液は各1滴,タリビッドR眼軟膏は約1cm投与し,各薬剤の測定はそれぞれ日を変えて行った.統計学的な検討では,群間のデータ推移の比較には繰り返し測定分数分析repeated-measuresANOVA(analysisofvariance)を用いた.繰り返し測定分数分析にて有意差を認めた場合に,探索的に測定ポイントごとにTukey-Kramer法で3群間の比較を行った.II結果BUIおよび実用視力の繰り返し測定分数分析の結果を表1,2に分散分析表として示した.BUI,実用視力のいずれも群間に有意差を認め(BUIp<0.0001,実用視力p<0.0001),交互作用は有意でなかった(BUIp=0.9582,実用視力p=0.4065).表1分散分析表(BUI)要因平方和自由度平均平方分散比p値(Prob>F)モデル全体13,258.0152,651.60222.393<0.0001測定ポイント1,175.353391.7833.3090.0229群12,119.2726,059.63551.173<0.0001誤差112,907.11109118.414──交互作用185.40630.9000.2500.9582誤差212,721.71103123.512──表2分散分析表(実用視力)要因平方和自由度平均平方分散比p値(Prob>F)モデル全体1,067.4085213.481711.811<0.0001測定ポイント123.292341.09722.2740.0838群944.1172472.058326.116<0.0001誤差12,060.58311418.0753──交互作用112.083618.68061.0350.4065誤差21,948.50010818.0417──(128) 点眼前開瞼直後3分後5分後10分後点眼28.551.872.293.293.993.965.786.292.1軟膏ゲル97.596.695.563.298.798.5図1各剤型におけるTSASの代表例タリビッドR点眼液とオフロキサシンゲル化点眼液では3分後以降は涙液層は安定していたが,タリビッドR眼軟膏では10分後まで涙液層は不安定であった.Mean±SD各剤型におけるTSASの代表例を図1に示す.タリビッ94.7±4.792.5±5.594.3±5.195.5±3.2ドR点眼液では開瞼直後には角膜中央部に暖色系のbreakup100mapが得られ,BUIのわずかな低下を認めたが,3分後以降80******84.8±12.791.4±8.279.6±15.591.3±7.490.3±7.452.8±29.156.8±32.661.2±31.8は涙液層の安定を示す結果が得られた.タリビッドR眼軟膏BUI60では開瞼直後より10分後まで角膜全面に暖色系のbreakupmapが得られ,BUIの高度な低下を認めた.これに比しオ40フロキサシンゲル化点眼液は開瞼直後に暖色系のbreakup2041.5±28.0*:点眼前と比較し有意差あり:他群と比較し有意差ありmapが得られ,BUIの軽度の低下を認めたが,3分後以降の涙液層は安定していた.各剤型におけるBUIの平均推移を図2に示す.点眼前と比較し,タリビッドR点眼液群では開瞼直後(p=0.0241)のみBUIの有意な低下を認めた.タリビッドR眼軟膏群では開瞼直後(p=0.0004),3分後(p=0.0063),5分後(p=0.0154),10分後(p=0.0387)のすべての時点で有意な低下を認めた.タリビッドR眼軟膏群のみ,15分後まで追跡したところ,15分後のBUI=70.1±26.5で,点入前と比較し,統計学的に有意差はみられなかった(p=0.1901).これに比し,オフロキサシンゲル化点眼液群では開瞼直後(p=0.0015)のみBUIの有意な低下を認めた.各群間を比較すると,タリビッドR眼軟膏群は他群と比較し開瞼直後より10分後まですべての時点で有意な低下を認めた(タリビッドR点眼液群との比較:開瞼直後p=0.0001,3分後p<0.0001,5分後p=0.0005,10分後p=0.0019,オフロキサシンゲル化点眼液との比較:開瞼直後p=0.0007,3分後p(129)点眼ゲル軟膏0点眼前開瞼直後3分後5分後10分後図2各剤型におけるBUIの平均推移タリビッドR点眼液とオフロキサシンゲル化点眼液では開瞼直後のみ低下していたが,タリビッドR眼軟膏では10分後まで低下していた.=0.0001,5分後p=0.0018,10分後p=0.0047).タリビッドR点眼液群とオフロキサシンゲル化点眼液群はすべての時点で有意差を認めなかった.つぎに,各剤型における開瞼直後の実用視力の代表例を図3に示す.タリビッドR点眼液では実用視力維持率が98%と高値であり,視力変化はほとんどなく安定していた.タリビッドR眼軟膏では実用視力維持率は71%と低下を認めた.オフロキサシンゲル化点眼液では,やや視力の変動を認めるものの実用視力維持率は95%と高値であった.各剤型における実用視力維持率の平均推移を図4に示す.あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012851 点眼維持率98%軟膏ゲル維持率95%維持率71%図3各剤型における開瞼直後の実用視力の代表例タリビッドR眼軟膏のみ実用視力維持率の低下を認めた.点眼前と比較し,タリビッドR点眼液群では各時点で実用視力維持率の有意な低下を認めなかった.タリビッドR眼軟膏群では開瞼直後(p=0.0131),3分後(p=0.0429)に有意差を認め,5,10分後は統計学的に有意差を認めなかった.これに比し,オフロキサシンゲル化点眼液群では開瞼直後(p=0.0478)のみ実用視力維持率の有意な低下を認めた.各群間を比較すると,タリビッドR眼軟膏群は他群と比較し開瞼直後より5分後まで有意な低下を認めた(タリビッドR点眼液群との比較:開瞼直後p<0.0001,3分後p=0.0064,5分後p=0.0078,オフロキサシンゲル化点眼液との比較:開瞼直後p=0.0041,3分後p=0.0133,5分後p=0.0188).タリビッドR点眼液群とオフロキサシンゲル化点眼液群はすべての時点で有意差を認めなかった.III考察粘性の高い人工涙液やヒアルロン酸ナトリウムは,長時間眼表面に滞留して涙液安定性を向上維持させる効果がある反面,その粘性の高さにより点眼後一過性に涙液層や視機能に悪影響を及ぼすことが報告されている8,11).オフロキサシンゲル化点眼液は眼表面でゲル状態となり,長時間眼表面に滞留することによる薬効の持続が期待されるが,一過性の涙液層の不安定化や視機能の低下をきたす可能性があり,今回筆者らは,オフロキサシンゲル化点眼液の視機能に与える影響について,投与後の涙液安定性をTSASで,視機能の推移を実用視力計で検討した.今回の検討では,TSASの6秒連続測定モードを使用した.従来のTSASでは10秒間連続開瞼で測定していたが,開瞼時間が長いために測定困難な症例もあり,測定時間の短縮が望まれていた.筆者らは,TSASのインデックスの一つであるringbreakuptime(RBUT)について,正常者およびドライアイ(2006年ドライアイ診断基準)を対象に検討したところ,RBUTの平均値は,正常者7.8秒,ドライアイ疑い4.4秒,ドライアイ確定3.0秒(未発表データ)であり,5秒852あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012実用視力維持率(%)Mean±SD9810097.4±1.696.9±1.397.1±1.797.4±1.997.3±1.896*96.4±2.2**94.6±1.796.9±2.889.3±8.692.9±4.196.6±1.6949293.2±7.090888688.0±6.8*:点眼前と比較し有意差あり:他群と比較し有意差あり84点眼ゲル軟膏82点眼前開瞼直後3分後5分後10分後図4各剤型における実用視力維持率の平均推移オフロキサシンゲル化点眼液では開瞼直後のみ低下していたが,タリビッドR眼軟膏では3分後まで低下していた.間以下の測定でもドライアイのスクリーニングが可能であると考えられたため,TSASの測定時間を6秒間に設定した.実際,6秒モード使用時のRBUTのカットオフ値を5秒とした場合,感度82.0%,特異度60.0%でドライアイのスクリーニングが可能であるとする報告12)もあり,筆者らは,インデックスは異なるが今回用いたBUIにおいても6秒間の測定で検討可能であると考えた.今回のTSASの結果では,オフロキサシンゲル化点眼液で投与後早期のみで涙液層が不安定となり,3分後には投与前と同等に回復する様子が観察されたが,この涙液層の不安定化は,薬剤の眼表面への滞留の様子を反映しているものと考えられる.筆者らが以前に行った,熱応答ゲルのチモロールゲル化剤(リズモンRTG)投与後の涙液層の変化の検討3)では,投与5分後までBUIの有意な低下を認めているが,この相違はゲル化基剤の分子鎖の大きさの違いによるものと推測される.おそらくは,オフロキサシンに用いられているゲル化基剤の分子鎖が小さいために,移動性に富み,眼表面でより均一に拡散し,結果として,涙液層,視機能に与える影響が少なくなると考えられる13).Gotoらはドライアイ患者において開瞼10秒後より実用視力が低下することを報告し,涙液層の不安定化と視力低下が密接に関連していることを示した9).今回の筆者らのデータが示すように,オフロキサシンゲル化点眼液投与後の実用視力維持率の低下は投与後早期に限られており,3分後には投与前と同等まで回復していた.TSASでの涙液層の変化と実用視力維持率の推移は似たような傾向を示しており,薬剤による涙液層の不安定化と視力低下との関連が推測される.各剤型における,視機能に与える影響を比較すると,オフロキサシンゲル化点眼液とタリビッドR点眼液は,BUI,実用視力維持率ともにほぼ同様の推移を示した.視機能に与える影響には基本的に大きな差はないと考えられるが,オフロキサシンゲル化点眼液において点眼前と比較し開瞼直後の実用視力に有意差が認められたことは,実用視力のもつ視機能(130) 評価の感度の高さを示唆する結果であったといえる.タリビッドR眼軟膏については,開瞼直後から投与10分後までのすべての時点で,涙液層は不安定であり,視機能に与える影響も大きかった.BUIでは,点入前と比較し15分後には統計学的有意差はみられず,BUIからみた涙液層の状態は回復していると考えられた.タリビッドR眼軟膏群におけるBUI,実用視力維持率のばらつきは,眼瞼および結膜.に滞留した眼軟膏の成分が,瞬目のたびに眼表面に再び広がり,涙液層が変化するためと考えられた.タリビッドR眼軟膏群では,実用視力維持率が低い傾向にあるにもかかわらず,10分後に他群と統計学的有意差がでなかったが,原因としてこのデータのばらつきが考えられる.山口らはTSASを用いて人工涙液点眼液,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液,0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液をそれぞれ点眼した後の涙液安定性の変化を比較検討している8).その結果,健常群では0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液で点眼1分後にのみBUIの有意な低下を認め,5分後には回復していた.人工涙液点眼液,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液では,どの時点でもBUIの有意な低下を認めなかった.このことから,より濃度が高く,粘性の高い点眼液で涙液層が不均一化すると考えられる.また,Ridderらは粘性の異なる人工涙液を点眼した後のコントラスト感度を比較検討している11).その結果,点眼後にコントラスト感度が点眼前の状態まで回復する平均時間は,粘性の高い人工涙液のほうがより長い傾向にあることを報告しており,点眼液の粘性の差は視機能に与える影響にも差をもたらす可能性がある.今回筆者らが行った検討では性状の異なる薬剤を比較しているが,軟膏製剤とゲル化剤を比較し,軟膏製剤のほうがBUI,実用視力維持率ともに低い結果となった.ゲル化剤より粘性の高い軟膏製剤は涙液層をより不均一化し,涙液安定性を低下させ,視機能により大きな影響を与えたと考えられる.オフロキサシンゲル化点眼液は,視機能に与える影響や使用感から眼軟膏よりも点眼液に近いと考えられ,点眼液よりも高い組織移行性を有している点において,臨床的に有用な薬剤であると考えられる.IV結論オフロキサシンゲル化点眼液の視機能,涙液安定性に与える影響は投与直後のみであり,タリビッドR点眼液とほぼ同等の使いやすさを有している.タリビッドR点眼液に比して前房内移行性が良く,タリビッドR眼軟膏よりも視機能,涙液層に与える影響が少ない点で,さまざまな疾患への応用が期待される.文献1)高岡真帆,横井則彦,石橋健ほか:眼表面における眼軟膏の滞留性と薬剤の徐放についての検討.日眼会誌108:307-311,20042)FukayaY,KuritaA,TsurugaHetal:AntibioticeffectsofWP-0405,athermo-settingofloxacingel,onmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisinrabbits.JOculPharmacolTher22:258-266,20063)川﨑史朗,溝上志朗,山口昌彦ほか:涙液層安定性解析装置によるマレイン酸チモロールゲル化剤点眼後の涙液層への影響の検討.日眼会誌112:539-544,20084)野口毅,川﨑史朗,溝上志朗ほか:ブリンゾラミド点眼後の霧視の発生機序.日眼会誌114:369-373,20105)GotoT,ZhengX,KlyceSDetal:Anewmethodfortearfilmstabilityanalysisusingvideokeratography.AmJOphthalmol135:607-612,20036)山口昌彦,大橋裕一:涙液安定性解析装置-TSAS.臨眼59:84-88,20057)五藤智子:TearStabilityAnalysisSystem(TSAS)による涙液動態検査.あたらしい眼科24:415-421,20078)山口昌彦,忽那実紀,圓尾浩久ほか:TearStabilityAnalysisSystemを用いたヒアルロン酸点眼液の涙液安定性に対する持続効果の検討.日眼会誌115:134-141,20119)GotoE,YagiY,MatsumotoYetal:Impairedfunctionalvisualacuityofdryeyepatients.AmJOphthalmol133:181-186,200210)IshidaR,KojimaT,DogruMetal:Theapplicationofanewcontinuousfunctionalvisualacuitymeasurementsystemindryeyesyndromes.AmJOphthalmol139:253258,200511)RidderWHIII,LamotteJO,NgoLetal:Short-termeffectsofartificialtearsonvisualperformanceinnormalsubjects.OptomVisSci82:370-377,200512)GumusK,CrockettCH,RaoKetal:Noninvasiveassessmentoftearstabilitywiththetearstabilityanalysissysteminteardysfunctionpatients.InvestOphthalmolVisSci52:456-461,201113)名倉茂広,中村紳一郎,恩田吉朗:セルロースエステル水溶液の熱可逆的ゲル化に伴う温度-粘度挙動.高分子論文集38(3):133-137,1981***(131)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012853