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眼内レンズ毛様溝縫着術後に発症した遅発性眼内炎の2例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):845.849,2013c眼内レンズ毛様溝縫着術後に発症した遅発性眼内炎の2例尾崎弘明ファンジェーン外尾恒一深澤祥子内尾英一福岡大学医学部眼科学教室TwoCasesofLate-OnsetEndophthalmitisafterTransscleralFixationofIntraocularLensHiroakiOzaki,JaneHuang,KoichiHokao,ShokoFukazawaandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity眼内レンズ毛様溝縫着術後に長期間を経てから急性症状で発症した遅発性眼内炎の2例を報告する.症例1は59歳,女性.眼内レンズ毛様溝縫着術を施行して7年10カ月後に急激な視力低下,眼痛を認めた.視力は手動弁で毛様充血,前房内フィブリン析出,硝子体混濁を認めた.感染性眼内炎と診断し,硝子体手術,眼内レンズ摘出術を施行した.症例2は75歳,男性.眼内レンズ毛様溝縫着術を施行して1年9カ月後に急激な視力低下,眼痛を認めた.視力は右眼手動弁で前眼部に炎症所見,硝子体混濁を認め,眼内炎と診断し硝子体手術を行った.眼内液からは症例1でStaphylococcusaureusが,症例2でStreptococcuspneumoniaeが検出された.2症例ともに術後経過は良好で視力は改善した.眼内レンズ毛様溝縫着後には長期間経過して急性の眼内炎を発症することがある.2例ともに強膜弁の作製はなく,眼内レンズの縫着糸が結膜上に露出していた.このことが感染の誘因と考えられ,発見し次第に適切な処置を行うことが望ましいと考えられた.Wereport2eyesinwhichendophthalmitisoccurredafteraperiodoftimefollowingtransscleralfixationofintraocularlens(IOL).Case1,a59-year-oldfemale,underwentIOLsuturingin2001;7yearsand10monthslater,shevisitedourhospitalduetovisuallossandpaininherlefteye.Visualacuitywashandmotion.Ciliaryinjection,fibrinexudationintheanteriorchamberandvitreousopacitywereobserved.VitrectomywasperformedwithIOLremoval.Case2,a75-year-oldmale,underwentIOLsuturingin2010;1yearand9monthslater,hevisitedourhospitalduetovisuallossandpaininhislefteye.Visualacuitywashandmotion.Thelefteyewasdiagnosedasendophthalmitis.Vitrectomywasperformed.Bothcasesachievedvisualrecoveryafterthesurgery.Staphylococcusaureuswasisolatedincase1andStreptococcuspneumoniaeincase2,fromthevitreous.Theinfectionwaspossiblycausedby10-0polypropyleneexposureattheconjunctiva;bothcaseswerewithoutscleralflaps.Exposureof10-0polypropylenesuturesshouldbeeliminated,topreventinfectionaftertransscleralfixationofIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):845.849,2013〕Keywords:遅発性眼内炎,眼内レンズ毛様溝縫着,強膜弁.late-onsetendophthalmits,transscleralfixationofintraocularlens,scleralflap.はじめに白内障術後の感染性眼内炎は術後早期から1カ月以内に起こる急性発症のタイプと,1カ月以降に発症する遅発性のタイプの2つに大別される1,2).一般的に急性発症の感染性眼内炎は症状の進行が速く,遅発性のタイプは進行が緩徐とされている.眼内レンズ毛様溝縫着術後の感染性眼内炎の報告はまれであるが,発症時期が遅発性にもかかわらず急性発症した感染性眼内炎の報告が散見される3.8).今回筆者らは眼内レンズ毛様溝縫着術後の長期間を経てから急性術後眼内炎と同様の眼症状で発症した2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕59歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:平成13年3月に左眼の裂孔原性網膜.離の診断で当科にて強膜輪状締結術を施行された.術後に網膜再.離となり,4月に左)経毛様体扁平部水晶体切除術,硝子体手術,空気灌流,眼内光凝固,SF6(六フッ化硫黄)ガス注入〔別刷請求先〕尾崎弘明:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HiroakiOzaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Jyonan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)845 AB図1当科再診時左眼前眼部写真鼻側の結膜に充血を認め(A),縫着糸が結膜上に露出している(B).を施行され,網膜復位を得た.その後,平成13年10月に左眼の眼内レンズ毛様溝縫着術を施行された.眼内レンズはCZ70BDR(Alcon社)を使用し,10-0ポリプロピレン糸にて縫着を行った.強膜弁は作製しなかった.術後視力は左眼(0.6×.2.0D).その後は当科外来にて定期的に経過観察を行われていたが,平成18年からは受診されなかった.平成21年8月に左眼の急激な視力低下,眼痛,充血を認めたために,近医を受診.左眼の感染性眼内炎を疑われ,当科外来を紹介受診となった.既往歴・家族歴:特記事項なし.当科受診時所見:視力は右眼0.06(1.2×.6.5D(cyl.1.5DAx180°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は右眼14mmHg,左眼26mmHgであった.右眼は前眼部,眼底に異常所見はなく,左眼は結膜に毛様充血を高度に認め,角膜は実質浮腫,前房に炎症細胞を多数,フィブリン析出が認められた(図1A).結膜の鼻側に縫着糸が結膜上に露出していた図2左眼超音波Bモード所見硝子体混濁が認められる.AB図3左眼術後前眼部眼底所見前眼部(A)および眼底(B)の炎症所見は軽快している.846あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(124) (図1B).左眼の眼底は硝子体混濁を認め,詳細不明であった(図2).以上の所見より,左)感染性眼内炎と診断した.経過:同日左眼の硝子体手術を行った.術中に結膜上に露出した縫着糸を除去し,眼内はバンコマイシン(20μg/ml),セフタジジム(40μg/ml)を含む灌流液で十分な洗浄を行った.術中所見では鼻側の縫着部位付近の硝子体腔中には強い白色の混濁が観察された.術後炎症所見が1週間後に軽快しなかったために,平成23年9月7日に再度左眼に対して硝子体手術,眼内レンズ摘出術を施行した.起因菌培養では眼内液からはStaphylococcusaureusが,縫着糸からはCandidaparapsilosisが検出された.術後経過は良好で視力は(0.6×+10.5D(cyl.1.5DAx85°)に改善し良好な経過を得た(図3A,B).〔症例2〕75歳,男性.主訴:左眼の視力低下.現病歴:平成22年3月に左眼の視力低下を自覚,近医で図4当科初診時左眼前眼部写真前房内にフィブリン析出を認める.左眼の白内障と診断された.左眼に対しての白内障手術の術中にZinn小帯の断裂を認めたために水晶体.内摘出術を施行された.4月に左眼の硝子体手術,眼内レンズ毛様溝縫着術を施行.眼内レンズはP366UVR(Baush&Lomb社)を使用し,10-0ポリプロピレン糸にて縫着を行った.強膜弁は作製しなかった.術後視力は左眼(0.6).術後は定期的に経過観察を行われていた.平成22年12月5日の朝に左眼の違和感を自覚,近医を受診したが,視力は左眼(1.0)で,炎症所見は認めなかった.しかし,同日の午後になって左眼の視力低下,眼痛,充血を自覚.再度近医を受診したところ前房内にフィブリン析出を認め,感染性眼内炎の疑いで当科外来を紹介受診となった.既往歴:糖尿病,高血圧.家族歴:特記事項なし.図5左眼超音波Bモード所見硝子体混濁が認められる.AB図6左眼術後前眼部眼底所見前眼部(A)および眼底(B)の炎症所見は軽快している.(125)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013847 当科初診時所見:視力は右眼0.06(1.5×+1.5D(cyl.1.5DAx180°),左眼手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.右眼は前眼部,眼底に異常所見はなく,左眼は結膜に毛様充血を高度に認め,角膜は実質浮腫,前房に炎症細胞が多数,フィブリン析出が認められた(図4).鼻側の結膜の縫着糸が結膜上に露出していた.眼底は硝子体混濁を認め,詳細不明であった(図5).以上の所見より,左)感染性眼内炎と診断した.経過:同日右眼の硝子体手術を行った.術中に結膜上に露出した縫着糸は結膜で被覆し,症例1と同様に眼内にはバンコマイシン,セフタジジムを含む灌流液で十分な洗浄を行った.鼻側の縫着部位付近の硝子体中には白色の混濁が観察された.術後の炎症所見は徐々に軽快したが,縫着部位の結膜創が離解したために12月27日に左眼の結膜縫合を施行した.起因菌培養では眼内液からStreptococcuspneumoniaeが検出された.術後経過は良好で視力は左眼(0.8×+4.0D(cyl.4.0DAx90°)に改善した(図6A,B).II考按眼内レンズ縫着術後に生じた感染性眼内炎の報告は少なく,筆者らが調べた限りでは10例であり,おもな報告と今回の2症例の特徴を表1に示した.薄井ら1)が報告したわが国での眼内炎全国症例調査においても152例の白内障術後眼内炎の132例(86.8%)が眼内レンズの.内および.外固定の症例であり,眼内レンズ縫着後は5例(3.3%)のみとされている.過去の報告の多くは今回の2症例と同様に術後遅発性に発症したものであり,北村ら,田下らは今回の症例2と同様に術後数年以上を経過してからの発症例を報告している3,5).今回の2症例における感染経路としては結膜上に露出していた眼内レンズの縫着糸が最も考えられる.その理由は,まず縫着糸の周囲に強い充血,微小膿瘍が形成されており,術中所見として縫着糸付近の眼内の炎症所見も高度であったことである.また,今回検出された起因菌は症例1ではStaphylococcusaureus,症例2ではStreptococcuspneumoniaeであり,いずれも急性発症の眼内炎をひき起こす起因菌として知られている12,13).さらに,症例1は裂孔原性網膜.離に対しての硝子体手術が行われており,周辺部まで硝子体は十分に廓清されていた.症例2も眼内レンズ縫着術の際に周辺部まで硝子体を十分に切除されていた.2症例ともに前部硝子体切除のみでなく,周辺部までの硝子体の廓清が行われていたことから,眼内レンズ縫着術の術中に菌が眼内に入り遅発性に炎症を起こした可能性は低く,露出していた縫着糸を介しての急性感染と考えられる.今回の症例1では,過去に強膜輪状締結術と20ゲージシステムによる硝子体手術が行われており,3回目の手術として眼内レンズの縫着術が行われ,その際に強膜弁の作製は行われなかった.症例2は過去に水晶体.内摘出術が行われており,20ゲージシステムの硝子体手術と眼内レンズ縫着術が行われ,症例1と同様に強膜弁の作製は行われていなかった.2症例ともに複数回の手術による結膜組織の瘢痕化が高度であり,強膜弁を作製していなかったために術後に徐々に縫着糸が結膜上に露出していったのではないかと考えられる.過去の眼内レンズ縫着術後の感染性眼内炎の多くの報告でも強膜弁が作製されていない(表1).また,Scottらは縫着に用いるポリプロピレン糸には菌が付着しやすいことを報告している14).したがって,眼内レンズ縫着時にはできる限り強膜弁を作製して縫着糸を埋没することが望ましいと思われる.眼内レンズ縫着眼の感染性眼内炎に対する硝子体手術時に眼内レンズを摘出するか否かについてはまだ定まった見解はない.今回筆者らは2例とも硝子体手術時に眼内レンズを温存することによる治療を試みた.症例1では感染性眼内炎に対する初回の硝子体手術後に炎症所見が軽快せずに再手術を表1眼内レンズ縫着後の感染性眼内炎の報告著者縫着から発症まで強膜弁の作製縫着糸の露出発症時視力最終視力眼内レンズの処理原因菌報告年文献番号HeilskovT5カ月なしあり光覚弁0.6温存Heamophilusinfluenzae19893SchecherRJ1カ月なしあり手動弁光覚なし記載なしStreptococcusviridans19899木村ら1.5カ月なしあり手動弁0.1温存検出されず199210八木ら6週間記載なし記載なし光覚弁0.5温存検出されず19924嘉村ら1年1カ月なしあり0.010.4摘出検出されず200383年2カ月なしあり手動弁0.1温存検出されず6年2カ月なしあり手動弁光覚なし摘出Streptococcussalivaris北澤ら7年なしあり手動弁記載なし温存Heamophilusinfluenzae20045田下ら8年なしあり手動弁0.09摘出検出されず20046症例17年10カ月なしあり手動弁0.6摘出Staphylococcusaureus症例21年9カ月なしあり手動弁0.8温存Streptococcuspneumoniae848あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(126) 行い,硝子体手術時に眼底の視認性を高めることと眼内レンズに付着している菌の除去の目的で眼内レンズを摘出した.症例2では眼内レンズを温存して硝子体手術を行うことで良好な経過を得た.眼内レンズの挿入術後の感染性眼内炎の場合には水晶体.内の細菌の完全な除去を目的として眼内レンズの水晶体.を含めて除去する報告が多い.眼内レンズの縫着眼の場合には水晶体.は存在していないが,縫着糸を介しての感染が最も多いことから,過去の報告では硝子体手術の際に眼内レンズの脚を含めた完全な摘出を行ったものが約半数である(表1).今後は眼内レンズを温存するか摘出するかについてはさらなる検討を要する.眼内レンズ縫着術後の感染性眼内炎の視力予後は過去の報告では概して不良なものが多い.その理由としては,縫着糸を介しての急性発症であることが多く,硝子体手術を行うまでに時間を要した場合に眼内への炎症が急速に波及してしまうことがあげられる.また,眼内レンズ縫着術のときに前部硝子体切除しか行われていないことが多く,感染の足場となる硝子体が残存していたことなどが考えられる.今回の筆者らの2症例では術後視力は良好な結果を得た.その理由は,眼内炎発症から硝子体手術を行うまでの時間が比較的短く,2症例ともに過去の硝子体手術では周辺部までの十分な硝子体の廓清が行われていた.それらのことが良好な視力予後につながったと考えられる.眼内レンズ縫着術後の感染性眼内炎の予防には縫着糸の処理が特に重要である.眼内レンズ縫着術の術中において縫着糸は確実に強膜弁下へ埋没するべきと思われる.白内障術中に後.破損を生じて急遽術式を変更して眼内レンズを縫着する場合であっても,可能な限り強膜弁を作製することが望ましい.さらに術後は縫着糸が結膜上に露出していないかを注意深く経過観察する必要がある.万が一,結膜上に縫着糸が露出した場合には観血的に結膜で被覆するべきと思われる.今回筆者らが経験した症例2においても硝子体手術時に露出していた縫着糸を被覆したが,その後に創が離解したために再度結膜縫合を要した.Schechterらは結膜上に露出したポリプロピレン糸のレーザー処置について報告している9).筆者らも露出したポリプロピレン糸に対してジアテルミーによる熱凝固による断端の処理を試みている.露出した縫着糸に対する適切な処理方法については今後のさらなる検討を要する.今回,眼内レンズ縫着術後に生じた眼内炎の2例を経験した.眼内レンズ縫着術後には長期間経過しても急性発症の感染性眼内炎を生じることがある.眼内レンズ縫着術後の経過観察中には常に縫着糸の状態に留意して,縫着糸が露出した場合には適切な処理を要するべきと思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後全国調査.眼科手術19:73-79,20062)嘉村由美:術後眼内炎.眼科43:1329-1340,20013)HeilskovT,JoondephBC,OlsenKRetal:Lateendophthalmitisaftertransscleralfixationofaposteriorchamberintraocularlens.ArchOphthalmol107:1247,19894)EpsteinE:Sutureproblems.JCataractRefractSurg15:116,19895)八木純平,米本寿史,新里悦朗:眼内レンズ二次縫着後に発症した遅発性眼内炎の1例.臨眼46:563-566,19926)北澤憲孝,藤澤昇:眼内レンズ毛様溝縫着術7年後の遅発性眼内炎の1例.臨眼58:1231-1233,20047)田下亜佐子,三田村佳典,大塚賢二:眼内レンズ毛様溝縫着術8年後に発症した眼内炎の1例.あたらしい眼科21:258-260,20048)嘉村由美,佐藤幸裕,霧生忍ほか:眼内レンズ毛様溝縫着術後の遅発性眼内炎の3例.眼科手術16:83-86,20039)SchechterRJ:Suture-wickendophthalmitiswithsuturedposteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurg16:755-756,199010)木村亘,木村徹,澤田達ほか:外傷性無虹彩眼に眼内レンズを強膜縫着した症例の晩発感染例.IOL6:55-59,199211)具志堅直樹,小浜真司,福島茂ほか:眼内レンズ毛様溝縫着の長期術後経過の検討.臨眼51:215-218,199712)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌─Propionibacteriumacnesを主として─.あたらしい眼科20:657-660,200313)MillerJJ,ScottIU,FlynnHWetal:EndophthalmitiscausedbyStreptococcuspneumoniae.AmJOphthalmol138:231-236,200414)ScottIU,FlynnHW:Endophthalmitisaftercataractsurgeryineyeswithsmallpupilsmanagedbysectoriridectomyandpolypropylenesutureclosure.OphthalmicSurgLasers31:484-486,2000***(127)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013849

赤外線画像を用いた強膜弁の観察

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(127)879《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(6):879.882,2011cはじめに人間が視覚化することのできる電磁波は,紫外線より長く赤外線より短い0.4.0.75μmの間の波長域である.波長がおよそ0.75.1,000μmの電磁波を赤外線という.そのうち,近赤外線はおよそ0.75.2.5μmの電磁波であり,赤色の可視光線に近い波長をもっている.可視光線に近い特性をもつため,人間には感知できない光として,赤外線カメラや情報機器などに応用されている1).医療領域では,その組織深達度を利用した赤外線カメラシステムによる乳癌のセンチネルリンパ節生検への応用が知られる2.4).眼科領域ではインドシアニングリーンを用いた蛍光眼底造影検査が加齢黄斑変性症などの脈絡膜疾患に広く利用されている5~8).緑内障領域で赤外線を利用した研究としては,Kawasakiらの,サーモグラフィを用いた濾過胞の機能評価の報告がある9)が,赤外線画像を利用して,強膜弁の位置を確認しよう〔別刷請求先〕野村英一:〒236-0004横浜市金沢区福浦三丁目9番地横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:EiichiNomura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN赤外線画像を用いた強膜弁の観察野村英一*1伊藤典彦*1野村直子*1安村玲子*1武田亜紀子*1遠藤要子*2杉田美由紀*3水木信久*1*1横浜市立大学医学部眼科学教室*2横浜労災病院眼科*3蒔田眼科クリニックInfraredRayImagingofScleralFlapsafterGlaucomaSurgeriesEiichiNomura1),NorihikoItoh1),NaokoNomura1),ReikoYasumura1),AkikoTakeda1),YokoEndo2),MiyukiSugita3)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,2)YokohamaRosaiHospital,3)MaitaEyeClinic目的:濾過胞再建術の前に,以前の緑内障手術による強膜弁の位置が確認できることは有用であるが,可視光の所見では確認が困難なことがある.赤外線画像(IR画像)を用いて強膜弁の位置の確認を試みたので報告する.対象および方法:濾過胞機能不全もしくは漏出濾過胞の10例10眼(男性5例,女性5例,平均年齢64±16歳)の強膜弁19カ所を対象に後ろ向きに検討した.可視光画像(眼底カメラによるカラー前眼部撮影)とIR画像(ハイデルベルグ社,スペクトラリスのscanninglaserophthalmoscope:SLO画像)で,四角形の強膜弁の輪部を除いた3辺のうち何辺が見えるかを比較した.結果:可視光画像では1.26±0.26(standarderrorofmean:SEM)辺,IR画像では2.21±0.26(SEM)辺と,IR画像で有意に強膜弁の辺が確認できた(p<0.005Wilcoxon符号順位和検定).結論:IR画像は強膜弁の位置確認に有用であった.MaterialsandMethods:Nineteen(19)scleralflapsfrom10eyesafterglaucomasurgery(10cases,averageage64±16years)wereobservedretrospectively,basedonmedicalrecords.Thenumberofquadrangularscleralflapsidesthatwerevisibleusinginfraredray(IR)imageswascomparedwiththenumbervisibleusingvisiblerayimages.IRimagesofscleralflapsweremadeusingascanninglaserophthalmoscope(SLO)(Heidelberg,Spectralis);visiblerayimagesweremadeusingafunduscamera(KOWA,Vx-10i)incolorphotographingmodefortheanteriorsegmentoftheeyeball.Results:1.26±0.26(SEM)sidesofaquadrangularscleralflapweredetectedusingvisiblerayimages,and2.21±0.26(SEM)sidesweredetectedusingIRimages.ThenumberofscleralflapsidesvisibleusingIRimageswassignificantlyhigherthanthenumbervisibleusingvisiblerayimages(p<0.005Wilcoxonsignedranktest).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):879.882,2011〕Keywords:赤外線,緑内障,緑内障手術,強膜弁,画像化.infraredrays,glaucoma,glaucomasurgery,scleralflap,imaging.880あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(128)とした試みはない.強膜弁は,通常は結膜に覆われているため,細隙灯顕微鏡などによる可視光で正確に確認するのはむずかしいことが多いが,濾過胞再建術の術前に,以前に行われた緑内障手術による強膜弁の位置が確認できることは,手術の方法を考えるうえで有用である.今回筆者らは,赤外線画像(IR画像)を用いることで,近赤外線の組織深達性により,緑内障手術の強膜弁の位置を知ることができないか検討したので報告する.I対象および方法濾過手術後に眼圧上昇により点眼,あるいは内服の追加治療が必要となった濾過胞機能不全,もしくは漏出濾過胞で,2009年6月から2010年8月に当科において濾過胞のカラーの可視光画像とIR画像の撮影が行われた,10例10眼(男性5例,女性5例,平均年齢64±16歳)の強膜弁19カ所を対象に,診療録をもとに後ろ向きに検討した.対象の緑内障の病型の内訳は,慢性閉塞隅角緑内障(CACG)3例,原発開放隅角緑内障(POAG)2例,ぶどう膜炎による続発緑内障2例,血管新生緑内障(NVG)2例,先天緑内障1例であった.また,カラー画像取得の方法は眼底カメラによるもの19カ所であった.IR画像取得の方法はハイデルベルグ社のスペクトラリスの走査型レーザー検眼鏡(scanninglaserophthalmoscope:SLO)によるIR画像によるもの19カ所であった.観察した強膜弁の各部位における最終の術式の内訳は,線維柱帯切除術8カ所,濾過胞再建術2カ所,不明9カ所であった.診療録より手術日が確定した強膜弁は9カ所あり,手術から撮影日までの期間は平均32.0±12.3(SEM)カ月であった(表1).なお,濾過手術を対象としているが,同一眼に含まれる強膜弁に濾過手術以外のものを含んでいた場合は調査対象とした.カラーの可視光画像の取得にあたっては,眼底カメラ(KOWA,Vx-10i)による前眼部撮影を用いた.IR画像の取得にあたっては,ハイデルベルグ社のスペクトラリスのSLOによるIR画像(光源は波長820nmのダイオードレーザー)を用いた.すべての画像は電子カルテの画像ファイリングソフト(PSC,Clio)に取り込み,四角形の強膜弁の輪部を除いた3辺のうち何辺が見えるかを,検者1名により電子カルテの液晶モニター上で比較した.また,この19カ所の強膜弁を対象に可視光画像とIR画像で確認できた強膜弁の辺の数の相関関係について検討した.II結果可視光画像よりもIR画像で強膜弁が良好に透見できた典型例を図1に示した.AB図1ハイデルベルグ製スペクトラリスのIR画像で良好に強膜弁が観察できた1例10時方向の強膜弁は,眼底カメラの可視光画像(A)では0辺,ハイデルベルグのIR画像(B)で3辺(白矢印)が確認できた.表1可視光画像とIR画像の比較検討の対象とした症例の内訳.10例10眼男性5例,女性5例,平均年齢64±16歳の強膜弁19カ所.CACG3例,POAG2例,ぶどう膜炎による続発緑内障2例,NVG2例,先天緑内障1例.カラー画像取得の方法眼底カメラ19カ所.IR画像取得の方法スペクトラリス19カ所.術式の内訳線維柱帯切除術8カ所濾過胞再建術2カ所不明9カ所.撮影までの期間平均32.0±12.3カ月(129)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011881図1の症例は70歳,男性.2007年3月,右眼の虹彩毛様体炎,虹彩に新生血管がみられ,眼圧38mmHg,眼底のCoats病様の血管病変にて当科初診.血管病変の強いぶどう膜炎による血管新生緑内障と診断された.2007年11月ベバシズマブの硝子体注射,2008年2月から汎網膜光凝固術を施行された.2008年4月,10時方向に円蓋部基底で線維柱帯切除術を施行された.2010年5月,緑内障点眼薬併用下に,右眼眼圧は14mmHgとなった.強膜弁は眼底カメラの可視光画像(図1A)では0辺,ハイデルベルグ社のIR画像(図1B)で3辺(白矢印)が確認できた.強膜弁の辺が確認できたのは,カラーの可視光画像では1.26±0.26(SEM)辺,IR画像では2.21±0.26(SEM)辺と,IR画像で有意に強膜弁の辺が確認できた(p<0.005Wilcoxon符号順位和検定)(図2).可視光で確認できる辺の数とIRで確認できる辺の数には,正の相関関係がみられ有意であった(n=19,同順位補正相関係数=0.665,同順位補正p値(両側確率)=0.00478,Spearman順位相関係数の検定)(図3).III考察可視光画像で確認できる強膜弁の辺の数より,IR画像で確認できる辺の数は有意に増加していた.近赤外光は可視光よりも組織深達性があるため,結膜下の強膜弁の位置を知ることができたと考えられる.可視光で検出できる辺の数と赤外線で検出できる辺の数に正の相関がみられたのは,近赤外光が可視光に近い波長特性があるため,結膜の厚みや結膜下組織の影響を同様に受けることを示唆していると考えられた.可視光でも確認できる強膜弁の辺は,IR画像では確認できる辺の数自体の増加はないが,より強膜弁の状態を詳細に確認できた.しかし,可視光でもIR画像でも検知できない強膜弁も一部にみられた.結膜の厚みや,強膜弁の隙間の治癒の程度などにより描出状態が影響を受けると考えられた.線維柱帯切除術と線維柱帯切開術で,ハイデルベルグ社のスペクトラリスを用いたIR画像による強膜弁の描出態度を比較してみた.線維柱帯切除術8カ所,線維柱帯切開術2カ所を対象とした.本研究が濾過手術を対象としていたため,同時期に撮影された線維柱帯切開術と比べた限定的な結果であるが,線維柱帯切除術では1.75±0.52(SEM)辺,線維柱帯切開術では3.00±0.00(SEM)辺がみられ,有意差はみられなかった(Mann-Whitney’sU検定).線維柱帯切開術の結膜は平滑であるため,強膜面の焦点は合いやすいのに対して,線維柱帯切除後の結膜は厚みがあることが多く,強膜面の焦点は合いにくかった.また,線維柱帯切除術の結膜には,網状の模様がみられることがあった.これは,線維柱帯切除後は,結膜表面が不整であること,結膜下組織の増生があること,内部に小さなcyst様構造があること,濾過胞内の水分が存在することなどの影響が考えられた.近年,前眼部OCT(光干渉断層計)のように,近赤外光で断層像を作成する機器が登場している10).今回,すでに普及している機器を利用しても二次元的な像ではあるが強膜弁の位置が確認できた.赤外線による強膜弁の観察は,濾過胞再建術の術前検査に役立つ可能性が示唆された.IV結論IR画像は強膜弁の位置確認に有用であった.濾過胞再建術の術前検査として役立つ可能性が示唆された.3210可視光IR確認できた辺の数(辺)*図2可視光画像とIR画像によって確認できた強膜弁の辺の数の比較対象画像をカラーの可視光画像を眼底カメラの前眼部撮影画像,IR画像をハイデルベルグのIR画像とした場合,カラーの可視光画像では1.26±0.26(SEM)辺,IR画像では2.21±0.26(SEM)辺と,IR画像で有意に強膜弁の辺が確認できた(n=19,p<0.005Wilcoxon符号順位和検定).311124124y=0.6311x+1.4133R2=0.407401230123IRで確認できた辺の数(辺)可視光で確認できた辺の数(辺)図3可視光画像とIR画像で確認できた強膜弁の辺の数の相関関係n=19,同順位補正相関係数=0.665,同順位補正p値(両側確率)=0.00478,Spearman順位相関係数の検定,可視光で確認できる辺の数とIRで確認できる辺の数は正の相関があり有意であった.なお,バブル内中央の数字は,強膜弁の数を表している.882あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(130)文献1)久野治義:赤外線の基礎.赤外線工学,p1-13,社団法人電子情報通信学会,19942)KitaiT,InomotoT,MiwaMetal:Fluorescencenavigationwithindocyaninegreenfordetectinglymphnodesinbreastcancer.BreastCancer12:211-215,20053)小野田敏尚,槙野好成,橘球ほか:インドシアニングリーン(ICG)蛍光色素による乳癌センチネルリンパ節生検の経験.島根医学27:34-38,20074)鹿山貴弘,三輪光春:赤外観察カメラシステム(PDE)の開発と医用応用.MedicalScienceDigest34:78-80,20085)米谷新,森圭介:ICG蛍光眼底造影─読影の基礎.脈絡膜循環と眼底疾患(清水弘一監修),p9-18,医学書院,20046)FlowerRW,HochheimerBF:Clinicaltechniqueandapparatusforsimultaneousangiographyoftheseparateretinalandchoroidalcirculations.InvestOphthalmolVisSci12:248-261,19737)林一彦:赤外線眼底撮影法.眼科27:1541-1550,19858)YannuzziLA,SlakterJS,SorensonJAetal:Digitalindocyaninegreenangiographyandchoroidalneovascularization.Retina12:191-223,19929)KawasakiS,MizoueS,YamaguchiMetal:Evaluationoffilteringblebfunctionbythermography.BrJOphthalmol93:1331-1336,200910)LeungCK,YickDW,KwongYYetal:AnalysisofblebmorphologyaftertrabeculectomywithVisanteanteriorsegmentopticalcoherencetomography.BrJOphthalmol91:340-344,2007***

円蓋部基底トラベクレクトミー術後におけるレーザー切糸術のタイミングと眼圧

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(123)695《原著》あたらしい眼科27(5):695.698,2010cはじめに保存的療法では十分な眼圧下降が得られない緑内障症例に対する観血的治療の一つとしてトラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)が選択されるが,TLEの術後早期合併症1,2)として術後の低眼圧,浅前房に伴う脈絡膜.離,低眼圧黄斑症などがある.近年,これらの合併症を防止する目的で,強膜弁をタイトに縫合し適当な時期に縫合糸をレーザーで切糸することにより眼圧調整を行う方法が広く用いられている4.7).また,TLEの際の結膜弁作製方法も従来の輪部基底から円蓋部基底へと変化してきているため,レーザー切糸の順序やタイミングもそれに合わせて変化してきていると思われる.今回,京都府立医科大学附属病院(以下,当施設)で行った円蓋部基底トラベクレクトミー術後のレーザー切糸術(lasersuturelysis:LSL)のタイミングと眼圧経過について調査し,LSLの有効性を左右する要因の有無についても検討した.〔別刷請求先〕南泰明:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:YasuakiMinami,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN円蓋部基底トラベクレクトミー術後におけるレーザー切糸術のタイミングと眼圧南泰明池田陽子森和彦成瀬繁太今井浩二郎小林ルミ木村健一木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学EvaluationofLaserSuturelysisafterFornix-basedTrabeculectomyYasuakiMinami,YokoIkeda,KazuhikoMori,ShigetaNaruse,KojiroImai,LumiKobayashi,KenichiKimuraandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine京都府立医科大学附属病院において2007年1月からの6カ月間に円蓋部基底トラベクレクトミー(trabeculectomy:TLE)を施行した50例60眼(男性27例33眼,女性23例27眼,平均年齢65.9±14.5歳)を対象とし,術後早期に施行されたレーザー切糸術(lasersuturelysis:LSL)のタイミングと眼圧変化ならびにLSLの有効性を左右する要因についてレトロスペクティブに検討した.LSLは39眼(65%)で施行しており,平均施行回数は1.4±1.2回,眼圧下降値と下降率はそれぞれ,初回1.5±6.5mmHg,3.0±33.8%,2回目(30眼)7.6±8.2mmHg,31.1±37.7%(うち2眼は転院などで2回目のLSL後眼圧が不明のため28眼での値),3回目(10眼)6.1±12.8mmHg,20.0±29.1%であった.年齢,性別,術式,糖尿病の有無はLSLのタイミングや回数には影響を与えなかった.Weevaluatedtheintraocularpressure(IOP)-reductioneffectsof,andclinicalfactorsassociatedwith,lasersuturelysis(LSL)intheearlypostoperativephaseoffornix-basedtrabeculectomy(f-TLE).Subjectscomprised50glaucomapatients(60eyes,meanage65.9±14.5yrs.)whounderwentf-TLEatKyotoPrefecturalUniversityofMedicinefromJanuarytoJuly2007.LSLwasperformedin39eyes(65.0%);secondandthirdLSLwereperformedin30eyes(50.0%)and10eyes(16.7%),respectively.IOPreductionratesforfirst,secondandthirdLSLwere3.0±33.8%,31.1±37.7%,and20.0±29.1%,respectively.LSLwasperformedameanof1.4±1.2times.Asclinicalfactors,age,gender,surgerytype(TLEwithorwithoutcataractoperation),anddiabetesmellituswerenotsignificantlyassociatedwiththeIOPreductionrateornumberofLSLprocedures.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):695.698,2010〕Keywords:レーザー切糸,トラベクレクトミー,緑内障,強膜弁.trabeculectomy,lasersuturelysis,glaucoma,scleralflap.696あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(124)I対象および方法対象は2007年1月1日から6月30日までの6カ月間に当施設においてマイトマイシンC(MMC)併用円蓋部基底トラベクレクトミーを施行された50例60眼(男性27例33眼,女性23例27眼,平均年齢65.9±14.5歳)である.術式は全例とも耳上側もしくは鼻上側の結膜輪部切開,3×3mmの二重強膜弁を1層目は強膜の1/2層,2層目は強膜の4/5層を目処に作製し,内方弁ごと線維柱帯を切除,周辺虹彩切除後,10-0ナイロン糸で5針縫合した(縫合糸の位置を図1に示す).結膜縫合は2本のテンションをかけた輪部端々縫合,子午線切開部位の強膜結膜端々縫合,輪部の水平マットレス縫合を行った.術後の強膜弁縫合糸のLSLは,アルゴンレーザーでBlumenthalレンズを用い,50μm,0.2秒,100mWの条件で行った.濾過胞形状,目標眼圧と眼圧経過,眼球マッサージ時の反応から術者が必要と判断した時点で,図1に示す順に行った.術後早期(3週間以内)に行ったLSLに関して,切糸時期,LSL前後の眼圧変化,合併症の有無についてレトロスペクティブに検討した.また,術後早期における眼圧コントロール状態に対するLSLの効果をみるために,15mmHg未満とそれ以上のそれぞれ2群に分けて検討した.なお,術後早期の眼圧は複数回測定したものの平均から算出(平均術後72.9±43.6日)し,両群間で初回LSLまでの日数と総LSL回数の有意差を調べた.なお,統計学的検討は条件に応じて,Spearman順位検定,Mann-WhitneyU検定,Studentt検定,Kruskal-Wallis検定を用いて行った.II結果緑内障病型の内訳は原発緑内障(閉塞隅角緑内障5例5眼を含む)が35例43眼,続発緑内障が13例14眼,発達緑内障が2例3眼であった.術式の内訳は白内障同時手術が23例29眼,TLE単独手術が27例31眼であった.全60眼中39眼(65%)に少なくとも1回以上のLSLが施行され,そのうち2回以上のLSLを要したものは30眼(初回LSL施行群のうち77%)であり,さらに3回目のLSLを要したものは10眼(2回目LSL施行群のうち33%)であった.全症例の平均LSLの施行回数は1.4±1.2回であった.初回LSLは術後5.2±4.1日に施行され,眼圧下降値は1.5±6.5mmHg(施行前21.4±9.5mmHg:8.50mmHg,施行後19.9±9.9mmHg:8.56mmHg),眼圧下降率は3.0±33.8%であった.2回目LSLは術後平均10.3±7.8日で施行され,眼圧下降値は7.6±8.2mmHg(施行前23.3±10.0mmHg:14.62mmHg,施行後16.1±11.1mmHg:3.57mmHg),眼圧下降率は31.1±37.7%,3回目LSLは術後9.7±2.8日で施行され,眼圧下降値は6.1±12.8mmHg(施行前17.4±8.3mmHg:10.57mmHg,施行後13.2±8.1mmHg:8.32mmHg),眼圧下降率は20.0±29.1%であった(図2).各回のLSLによる眼圧下降率の比較では,2回目のLSLの眼圧下降率が最大であった.LSL後に過剰濾過から低眼圧をきたした症LSLの順番数字の順に切糸①②③④⑤①②④③⑤図1強膜弁縫合とLSLの順序LSLを施行する際には,できるだけ後方への房水流出を促すため,図の数字の順に切糸を行っている.全TLE60眼LSL未施行群21眼35%術後平均:5.2±4.1日眼圧下降値:1.5±6.5mmHg眼圧下降率:3.0±33.8%合併症:なし23%術後平均:10.3±7.8日眼圧下降値:7.6±8.2mmHg眼圧下降率:31.1±37.7%合併症:なし67%平均総LSL回数1.4±1.2回術後平均:9.7±2.8日眼圧下降値:6.1±12.8mmHg眼圧下降率:20.0±29.1%合併症:なし初回LSL施行群39眼総LSL回数1回群10眼総LSL回数2回群19眼2回目LSL施行群30眼3回目LSL施行群10眼65%77%33%図2全症例におけるLSL施行の流れ(125)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010697例はなく,LSLに伴う合併症はみられなかった.つぎにLSL施行回数に影響を与えた要因に関する結果を表1に示す.初回LSLの施行時期ならびに総LSL回数に関しては年齢,性別,術式,緑内障病型,術者,糖尿病の有無,眼軸の違いといった要因によっては有意な差はみられなかった.また,初回LSLが早期に施行されても最終的なLSL回数が少ないわけではなかった.術後早期における眼圧コントロール状態に対するLSLの効果の検討では,15mmHg未満とそれ以上のいずれにおいても,初回LSLまでの日数と総LSL回数において有意差を認めなかった(表2).III考按TLE術後のLSLに関してはこれまでにも多数の報告がある5,8.10)が,その内容については必ずしも一致しているとはいえない.Ralliらの報告ではPOAG(原発開放隅角緑内障)に対する初回TLE(MMC使用)全146眼中95眼(65.1%)にLSLが必要であったとしており8),Morinelliらは手術から初回LSLまでの期間が2日から65日(平均17.9±14.9日)であったとしている9).一方,Fontanaらは偽水晶体眼の開放隅角緑内障を対象としたTLE(MMC使用)術後において89眼中30眼(33.7%)に10),MelamedらはTLE術後30眼の22眼(73.3%)にLSLを要し,眼圧下降値は6.6±7.0mmHgであったと報告している5).今回の結果では65%の症例にLSLを要した.従来の報告においてもLSLを要した症例の割合に大きく差があることから,LSLの要否に関しては結膜切開部位,結膜縫合法,強膜弁の形状や縫合糸数,縫合強度などの術式の微妙な差が影響している可能性が高いと考えられた.すなわち,実際には医療施設ごとにトラベクレクトミーの術式に異なる点があることから,LSLの要否ならびに成績にも差が生じているものと思われる.TLEの術式としては結膜の切開部位の差から輪部基底結膜弁と円蓋部基底結膜弁の2法に大別される.輪部基底結膜弁では強膜弁より離れた円蓋部結膜を切開するため房水漏出の危険性は少ない.一方,当施設で採用している円蓋部基底結膜弁では強膜弁近傍の輪部において結膜切開を行うため,術後早期に眼球マッサージやLSLを行うと輪部結膜縫合部からの房水漏出の危険性が高い.当施設ではハの字型のタイ表2術後早期における眼圧コントロール状態に対するLSLの効果の検討15mmHg未満群15mmHg以上群p値初回LSLまでの日数(日)4.7±1.9(n=24)7.3±4.3(n=9)0.17LSL総回数(回)1.3±1.0(n=37)1.9±0.8(n=10)0.09(Mann-Whitney検定順位補正後)表1LSLの時期・回数と各種要因との関連性初回LSLまでの日数LSL総回数年齢相関なしp=0.18(Spearman順位検定順位補正後)相関なしp=0.79(Spearman順位検定順位補正後)性別男性(22眼):4.5±2.9日女性(17眼):6.1±5.4日有意差なしp=0.24(Mann-Whitney検定順位補正後)男性(33眼):1.4±1.2回女性(27眼):1.4±1.2回有意差なしp=0.98(Studentt検定)白内障同時手術の有無同時(21眼):4.6±2.0日単独(18眼):5.9±5.6日有意差なしp=0.82(Mann-Whitney検定順位補正後)施行(29眼):1.5±1.1回単独(31眼):1.2±1.3回有意差なしp=0.35(Studentt検定)白内障手術同時/既/未施行同時(21眼):4.6±2.0日既施行(12眼):6.2±6.5日未施行(6眼):5.3±3.4日有意差なしp=0.98(Kruskal-Wallis検定順位補正後)同時(29眼):1.5±1.1回既施行(18眼):1.5±1.3回未施行(13眼):0.9±1.1回有意差なしp=0.22(一元配置分散分析法)緑内障病型原発(28眼):5.4±4.5日続発(9眼):4.1±2.2日有意差なしp=0.43(Studentt検定)原発(43眼):1.4±1.2回続発(14眼):1.2±1.3回有意差なしp=0.51(Studentt検定)術者術者A(32眼):4.9±2.3日術者B(3眼):11.0±13.0日術者C(4眼):3.3±1.0日有意差なしp=0.25(Kruskal-Wallis検定順位補正後)術者A(46眼):1.4±1.2回術者B(10眼):0.7±1.2回術者C(4眼):2.3±1.0回有意差なしp=0.06(Kruskal-Wallis検定)糖尿病有無あり(8眼):4.4±1.6日なし(31眼):5.4±4.5日有意差なしp=0.74(Mann-Whitney検定順位補正後)あり(13眼):1.5±1.6回なし(47眼):1.3±1.1回有意差なしp=0.57(Studentt検定)眼軸長相関なしp=0.41(Spearman順位検定順位補正後)相関なしp=0.46(Spearman順位検定順位補正後)初回LSLまでの日数初回LSLまでのTLE術後日数(LSL施行39眼):5.2±4.1日相関なしp=0.12(Spearman順位検定順位補正後)698あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(126)トな結膜輪部端々縫合と水平マットレス縫合を置くことで房水漏出を抑制しており,輪部基底結膜弁の際と同様,術後早期から眼球マッサージやLSLを行うことが可能となっている.さらに強膜弁の形状もLSLのタイミングや切糸順序に影響を及ぼす要因である.当施設では二重強膜弁の内層弁ごと線維柱帯を切除することで,トンネルを作製し後方への房水流出を促す方法を採用している.すなわち,結膜切開方法や強膜弁の種類,さらに房水の流出方向の違いにより,LSLを行う際の強膜弁縫合糸の切糸順序が異なっており,輪部に沿った方向に房水を流す輪部基底結膜弁では図1の④や⑤の糸をまず切るのに対して,より後方へ房水を流すことを意図した二重強膜弁併用円蓋部基底結膜弁では図1の①から⑤の順に切糸を行っている.当施設での初回LSLは従来の報告と比べて比較的早期に施行している傾向にあったが,これは術後の低眼圧による合併症を予防する目的で強膜創を強めに縫合し,早期にLSLを施行することで眼圧コントロールを行っていく方針を取っていることによるものと思われた.今回,TLE施行例の6割以上の症例において平均術後5日程度で初回LSLが施行されたことから,当施設で用いている術式ではTLE術後には早期から常にLSLの必要性を意識しながら経過観察を行うべきであると思われた.一方,術者間,白内障同時手術の有無などの術式間,患者側要因によってLSLの時期や回数に一定の傾向が認められなかった.また,術後早期の眼圧コントロール状態の良好群と不良群の間には,LSLの時期や回数に差が認められなかった.すなわちLSLのタイミングや切糸数については,あらかじめ予想できるような定型的なパターンが存在するわけではなく,各症例の濾過胞形状や眼圧経過に応じた緻密な術後管理が重要であることがわかった.IV結論LSL後には重篤な合併症なく眼圧下降させることができたことから,TLE術後管理としてLSLは安全に眼圧をコントロールしてゆくための有効な手段と考えられた.LSLのタイミングや切糸数については症例に応じた緻密な術後経過観察のもとに行う必要がある.文献1)ShiratoS,KitazawaY,MishimaS:Acriticalanalysisofthetrabeculectomyresultsbyaprospectivefollow-updesign.JpnJOphthalmol26:468-480,19822)YamashitaH,EguchiS,YamamotoTetal:Trabeculectomy:aprospectivestudyofcomplicationsandresultsoflong-termfollow-up.JpnJOphthalmol29:250-262,19853)SavageJA,CondonGP,LytleRAetal:Lasersuturelysisaftertrabeculectomy.Ophthalmology95:1631-1638,19884)PappaKS,DerickRJ,WeberPAetal:LateargonlasersuturelysisaftermitomycinCtrabeculectomy.Ophthalmology100:1268-1271,19935)MelamedS,AshkenaziI,GlovinskiJetal:Tightscleralflaptrabeculectomywithpostoperativelasersuturelysis.AmJOphthalmol109:303-309,19906)FukuchiT,UedaJ,YaoedaKetal:TheoutcomeofmitomycinCtrabeculectomyandlasersuturelysisdependsonpostoperativemanagement.JpnJOphthalmology50:455-459,20067)KapetanskyFM:Lasersuturelysisaftertrabeculectomy.JGlaucoma12:316-320,20038)RalliM,Nouri-MahdaviK,CaprioliJ:OutcomesoflasersuturelysisafterinitialtrabeculectomywithadjunctivemitomycinC.JGlaucoma15:60-67,20069)MorinelliEN,SidotiPA,HeuerDKetal:LasersuturelysisaftermitomycinCtrabeculectomy.Ophthalmology103:306-314,199610)FontanaH,Nouri-MahdaviK,CaprioliJ:TrabeculectomywithmitomycinCinpseudophakicpatientswithopenangleglaucoma:outcomesandriskfactorsforfailure.AmJOphthalmol141:652-659,2006***