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心因性近見障害の1例

2021年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科38(1):108.111,2021c心因性近見障害の1例遠藤智己古森美和新井慎司堀田喜裕佐藤美保浜松医科大学眼科学講座CACaseofPsychogenicNearVisionDisturbanceTomokiEndo,MiwaKomori,ShinjiArai,YoshihiroHottaandMihoSatoCDepartmentofOphthalmology,HamamatsuMedicalUniversityC近見障害を認め,最終的に心因性であると診断するのにC3年を要した女児を経験したので報告する.症例はC11歳の女児.8歳頃より近見時の複視を自覚し,他院でプリズム眼鏡を処方されたが改善なく,浜松医科大学附属病院を受診した.遠見視力は良好だったが,近見時には凸レンズの加入を必要とした.屈折検査では大きな屈折異常は認めなかった.眼位は遠見で正位,近見でC20ΔXTであり,交叉性複視を訴えた.調節力は両眼とも約C3.00Dと同年代と比較し不良で,近見反応では縮瞳や輻湊も不良であった.頭部CMRI検査で異常は認めなかった.プリズムを組み込んだ累進屈折力眼鏡を処方し,複視の自覚は改善した.当初は学校生活を不自由なく送れていたが,母親単独で再度病歴を聴取したところ,過去のいじめや機能性難聴,夜尿の既往歴が複視の症状出現時と一致していることが聴取され,心因性による近見障害であると診断した.CPurpose:Toreportacaseofpsychogenicnear-visiondisturbancethattook3yearsfordiagnosis.Case:An8-year-oldpatientwasprescribedprismaticglassesafterbecomingawareofnear-distancediplopia.Atage11,thepatientwaspresentedatourhospitalduetonoimprovement.Nearvisionrequiringconvexlensesandinsigni.cantrefractiveCerrorsCwereCobserved.CTheCpatient’sCeyesCshowedC20prismCdiopters(D)ofCexotropiaCatCnearCwithCcrosseddiplopia,andaccommodationabilitywasapproximately3.00Dforeacheye.Innearresponses,nopupillaryconstrictionwasobserved;i.e.,convergencewaspoor.Cranialmagneticresonanceimagingshowednoabnormali-ties.CSinceCtheCpatientCreportedCnoCproblemsCatCschool,CpsychogenicCoriginsCwereCinitiallyCeliminated,CandCprogres-sivepowerlenseswithprismswereprescribed.Atthe4-monthfollow-upexamination,thepatientreporteddiplo-piaCimprovement.CInterviewedCalone,CtheCmotherCreportedCaChistoryCofCbullying,CfunctionalChearingCloss,CandCnocturnalenuresisthatstartedatthetimethatshebecameawareofthesymptoms.Thus,wecametothediagno-sisCofCpsychogenicCnear-visionCdisturbance.CConclusion:CasesCofCpsychogenicCnear-visionCdisturbanceCcanCsome-timestakeyearstocorrectlydiagnose.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(1):108.111,C2021〕Keywords:心因性視覚障害,輻湊不全,調節異常,近見障害.psychogenicvisualdisturbance,convergenceinsu.ciency,accommodativedisorder,nearvisiondisturbance.Cはじめに近見反応の障害は,松果体や脳幹など核上性の疾患が原因となり発症することが知られている1).今回筆者らは,原因不明の近見障害を認める小児を経験し,最終的に心因性によると診断したので報告する.なお,本症例の論文投稿については,患児および保護者の同意を得ている.I症例患者:11歳,女児.主訴:近見時の複視.現病歴:8歳頃,近見時の複視を主訴にCA眼科を受診し,斜視を指摘されたが,経過観察となっていた.その後CB眼科を受診し,プリズム眼鏡(度数不明)を処方され,3カ月〔別刷請求先〕遠藤智己:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山C1-20-1浜松医科大学眼科学講座Reprintrequests:TomokiEndo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HamamatsuMedicalUniversity,1-20-1Handayama,Higashi-ku,Hamamatsu-shi,Shizuoka431-3192,JAPANC108(108)ごとに経過観察されていたが,改善がなく,10歳時にCC眼科を受診し,近医総合病院小児科へ紹介された.頭部CMRI検査施行で異常は認めず,C眼科で新たにプリズム眼鏡(右眼:2Δbasein,左眼:6CΔbasein)を作製・装用していたが,改善ないため精査目的に浜松医科大学附属病院紹介となった.初診時所見:瞳孔反応に異常はなく,遠見視力は右眼:1.2(n.c.),左眼:1.2(n.c.),近見視力は右眼:0.6(1.0×+2.00D),左眼:0.7(1.0×+2.00D)と凸レンズの加入が必要であった.シクロペントラート塩酸塩点眼後の屈折度数は,右眼:+0.00D(cyl.0.75DAx100°,左眼:+0.50D(cylC.0.75DAx80°であった.眼位は遠見で正位,近見でC20CΔXTであり,近見時に交叉性複視を訴えた.Hess赤緑試験では内転制限は認めなかった(図1).TitmusCstereotestではC.y(C.)だったが,遠見立体視(システムチャートCSC-1000Pola,ニデック)はC40”と良好であった.調節機能は調節微動解析装置(アコモレフCSpeedy-i,ライト製作所)を用いた調節反応検査にて,両眼とも調節刺激への反応が乏しく(図2),連続近点計(NPアコモドメーター,興和)では調節力は両眼とも約3.00Dと同年代と比較し不良であった.AC/A比(farGradient法)はC1CΔ/D,プリズムによる融像幅は.10Δ.+2Δと輻湊も不良で,近見反応では,縮瞳を認めなかった(図3).前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.(D)(R)右眼-3.00-2.00-1.000.00他覚屈折値(調節反応量)-0.50-1.50-2.50-3.50(D)視標の位置(調節刺激量)~57.00[dB]57.01~65.00[dB]65.01~[dB]調節微動(毛様体筋の活動状態)経過:当院で施行した近見視力検査・アコモレフCSpeedy-i・NPアコモドメーターの結果から調節異常の状態であることがわかった.症状の日内変動や筋力低下はないものの,走るとすぐに疲れてしまうという病歴や,顔写真撮影でC9方向に目を動かしただけで疲れたとの訴えがあったため,重症筋無力症の可能性も考慮し,アイステストと抗アセチルコリンレセプター抗体検査を施行したが,ともに陰性であった.当初本人および母親同席での問診では,学校生活は不自由なく過ごしており,心因性とは積極的には疑わなかった.近見時の複視に対し,プリズムを組み込んだ累進屈折力眼鏡(右眼:plane+2.00Dadd:6CΔbasein,左眼:plane+2.00Dadd:6CΔbasein)を処方し,経過観察とした.初診時からC4カ月後の診察では,検査時の近見障害には変図1Hess赤緑試験内転制限は認めない.(D)(L)左眼-3.00-2.00-1.000.00-0.50-1.50-2.50-3.50(D)(D)-3.00-0.50-1.50-2.50-3.50(D)正常若年者の反応図2調節反応検査(アコモレフSpeedy.i)両眼とも調節刺激への反応が乏しい.左眼は近方時に調節緊張の反応がみられる.図3近見時の縮瞳反応上:遠見時,下:近見時.固視標を近づけても縮瞳を認めない.化はなかったが,プリズム眼鏡で近見時の複視は改善した.遠見での眼位は眼鏡装用でも正位から内斜位を保ち,複視の訴えはなかった.母親単独で再度病歴を聴取したところ,8歳(小学C2年生)頃学校でいじめを受け,近医にて機能性難聴と診断された病歴と,11歳(6年生)のときに夜尿が出現した病歴が聴取され,複視の症状出現時と一致していた.追加で色覚検査,中心フリッカ値やCGoldmann視野検査,および頭部造影CMRI検査を施行したが,明らかな異常を認めなかった.以上の結果より,本例を心因性近見障害と診断した.その後,いったん診療を中止したが,約C3年後に母親に電話で聴取したところ,現在は不登校になり心理カウンセリングを受けていることが明らかになった.また,現在もプリズム眼鏡を装用しないと近見時の複視は変わらないことが聴取された.CII考按本例では近見時の複視を主訴に来院し,当院にて新たに近見視力検査と調節機能検査を行い,近見反応の障害を生じていることがわかった.精神的なストレスの聴取に時間がかかり,症状出現から診断までにC3年の長期を要した.学校健診における視力検査では遠見視力を測定するのみのため,近見視力の不良は判定されない.このため,本例では学校健診で異常を指摘されず,前医でも調節障害が指摘されず輻湊不全のみが指摘されていた.本例のように,遠見視力が良好であるにもかかわらず見にくさを訴える場合は,近見視力検査が必要である.近見反応の障害をきたす原因には器質性のものと心因性のものが存在する.器質性のものには,薬剤,頭部外傷,ウイルス性脳炎,ジフテリア後神経麻痺,進行性核上性麻痺,中脳出血・梗塞,血管性病変などが原因としてあげられる1).これらの鑑別のためには,MRIなどでの画像診断が必要である.今回の症例では頭部単純CMRI検査,および造影CMRI検査を行っているが,原因となるような病変は検出されず,外傷や薬剤性を疑わせる情報も認めなかった.近見反応は輻湊・調節・縮瞳で構成され,この三者は単独にも起こる独立した中枢制御系ではあるが,互いに連動している2).一般に各要素の表出の組み合わせ・その程度は患者によって大きく異なり,本例のようにC3要素すべての障害をきたした報告3,4)はまれである.また,小児の心因性視覚障害では調節障害をきたしやすいとされている5).調節障害の心因性としての特有のパターンはなく,調節衰弱あるいは調節緊張を示す患者も散見されるが6),本例のように輻湊不全が関与した報告は少ない7.9).一般的に,心因性視覚障害は精神的葛藤や欲求不満などの精神的ストレスを感じたときに起こりやすいとされているが10),本例では受診当初は患者本人からのストレスの訴えはなく,その後の母親単独での問診から心因性を示唆させる病歴が聴取された.複視を自覚したのがC8歳頃であり,学校でのいじめにあっていた時期と一致する.その後も心理的負担を抱えていたことがわかり,心因性視覚障害をきたす要素が背景にあった可能性が考えられた.本例では,心因性視覚障害と診断した時点で診療を中止としてしまったが,後に経過を確認した時点でも不登校になっており,症状は変わらない状態であった.本例は眼科外来での介入だけなく,心理・精神的な対応をすべきであったと反省している.また患者が小児である場合は,習慣的に親子そろって問診することが多いが,同時に行う問診では,詳細な病歴聴取ができない可能性もあるため,心因性視覚障害を少しでも疑う場合は,親子別での詳細な病歴聴取が必要であると考えられた.CIII結論器質的疾患が明確でないにもかかわらず,近見反応のC3要素(輻湊・調節・縮瞳)すべてが障害されたC1例を経験し,最終的に心因性近見障害と診断した.視機能異常を訴える小児診療の際は,近見視力検査も考慮し,心因性視覚障害を疑う際には,親子別での病歴聴取を検討すべきと考えられた.文献1)石川均:見落としがちな近見反応とその異常.臨眼C64:1670-1674,C20102)高木峰夫,阿部春樹,坂東武彦:動物とヒトでの生物学的解析から.神経眼科21:265-279,C20043)OhtsukaK:AccommodationCandCconvergenceCpalsyCcausedCbyClesionsCinCtheCbilateralCrostralCsuperiorCcollicu-lus.AmJOphthalmolC133:425-427,C20024)ChrousosGA,O’NeillJF,CoganDG:Absenceofthenearre.exinhealthyadolescent.JPediatrOphthalmolStrabis-musC22:76-77,C19855)梶野桂子,川村緑,加藤純子:心因性視力障害と調節について.日視会誌C15:32-37,C19876)黄野桃代,山出新一,佐藤友哉ほか:心因性視覚障害の調節特性.眼臨86:165-169,C19927)伊藤博隆,平野啓治,石井幹人ほか:輻湊不全のみられた心因性視覚障害のC1例.眼臨94:631-633,C20008)金谷まり子,岡野朋子,依田初栄:輻湊不全が原因と思われる二次障害.眼臨84:841-846,C19909)小倉央子,高畠愛由美,大渕有理ほか:輻湊不全を伴った心因性視覚障害のC1例.日視会誌33:73-78,C200410)小口芳久:心因性視力障害.日視会誌C18:51-55,C1990***

機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):841.844,2018c機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例清水聡太*1西岡大輔*2小鷲宏昭*2,3杉内智子*4*1関東労災病院眼科*2川崎おぐら眼科クリニック*3帝京大学医療技術学部視能矯正学科*4杉内医院CACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithFunctionalHearingLossSotaShimizu1),DaisukeNishioka2),HiroakiKowashi2,3)CandTomokoSugiuchi4)1)DepartmentCofCOphthalmology,KantoRosaiHospital,2)KawasakiOguraEyeClinic,3)DepartmentofOrthoptics,FacultyofMedicalTechnology,TeikyoUniversity,4)SugiuchiOtolaryngologyClinic緒言:心因性疾患は器質的疾患を認めず,機能低下を示す病態である.今回,動的視野検査の結果から心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したので報告する.症例:8歳,男児.難聴のため耳鼻咽喉科より紹介.家族歴,既往歴ともに特記すべきことなし.初診時,視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能).眼位・眼球運動に異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はなかった.機能性難聴があることから心理的要因を考慮しCGoldmann視野計にて動的視野検査を行い,両眼ともに求心性視野狭窄を認めた.また,経過観察のなかで視力低下がみられたため,アトロピン硫酸塩による屈折検査を施行し,両眼ともに+6.0Dの遠視を認めた.経過観察のなかで視力に変動がみられた.結果:本症例は機能性難聴を罹患していること,動的視野検査にて求心性視野狭窄が認められたこと,良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴を伴う心因性視覚障害と診断した.CPurpose:PsychogenicCdiseaseCdoesnC’tCshowCorganicCdiseaseCandCisCclinicalCconditionCindicatingCtheCfunctionalCdecline.Wereportourexperiencewithonepatienthavingpsychogenicvisualdisturbanceswithfunctionalhearinglossthatevidencedpsychogenicvisualdisturbancesindynamicvisual.eldtestresults.Case:An8-year-oldmaleunderwentamedicalexaminationinotolaryngology.Therewasnothingofspecialnoteinhisfamilymedicalhisto-ryoranamnesis.Hisinitialvisualacuitywas1.2(R)and0.9(L)C.Noabnormal.ndingsweredetectedineyeposi-tion,eyemovement,anteriorsegments,mediaorfundus.Becausetherewasfunctionalhearingloss,weconducteddynamicvisual.eldtestswiththeGoldmannperimeterinconsiderationofpsychologicfactors;botheyesacceptedconcentriccontractionofvisual.eldtogether.Becausedecreasedvisualacuitywasfoundinfollow-up,weconduct-edanexaminationofrefractionwithatropinesulfate,whichshowedhyperopiaof+6.0Dinbotheyes.Changewasfoundinvisualacuityonfollow-up.Result:Wediagnosedpsychogenicvisualdisturbancewithfunctionalhearinglossbecausewefoundhehadfunctionalhearinglossanddynamicvisual.eldtestsshowingconcentriccontractionofvisual.eld,ascon.rmedbygoodvisualacuity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):841.844,C2018〕Keywords:心因性視覚障害,機能性難聴,求心性視野狭窄.psychogenicvisualdisturbance,functionalhearingloss,concentriccontractionofvisual.eld.Cはじめに心因性視覚障害は器質的病変を認めないにもかかわらず視機能の低下がみられるものであり,その原因として精神的心理的要因を考慮せざるをえない症候群と定義されている1).とくに視力障害は多いとされ,小学生,中学生の女子に多くみられる2.4).また,機能性難聴は,器質的障害に起因するとは考えにくい難聴と定義されており,その要因としては心因性や詐聴があげられる5).心因性疾患の環境要因としては家庭環境や学校関係に多いとされるが6,7),明らかな背景がないにもかかわらず発症する場合もあるため,診断は慎重に行わなければならない.今回筆者らは,動的視野検査により心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したの〔別刷請求先〕清水聡太:〒211-8510神奈川県川崎市中原区木月住吉町C1-1関東労災病院眼科Reprintrequests:SotaShimizu,DepartmentofOphthalmology,KantoRosaiHospital,1-1Kizuki-sumiyoshicho,Nakahara-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa211-8510,JAPANで報告する.CI症例患者:8歳,男児.主訴:難聴.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:機能性難聴.初診時所見:2012年C2月C1日.視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能)であった.検査時,眼位・眼球運動には異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はみられなかった.学校,家庭環境に問題はなかったが,左眼視力の反応が悪く,機能性難聴があることから心理的要因を考慮し,後日,Goldmann視野計にて動的視野検査を行った.動的視野検査では両眼ともに求心性視野狭窄を認めた(図1).シクロペントラート塩酸塩による調節麻痺下屈折検査を施行し,右眼(1.0×+2.0D),左眼(1.0×+4.5D(cylC.2.0DCAx5°)と軽度の屈折異常を認めたため眼鏡処方をした.また,患児は検査・診察時に集中できず,落ち着きがなかった.耳鼻咽喉科の所見にても器質的疾患はなし.標準純音聴力検査にて軽度から中等度の難聴の結果が出たが,検査中の会話には問題なかった(図2).日常会話の様子と結果の矛盾から,後日,聴性脳幹反応(ABR),聴性定常反応検査(ASSR)を予定した.経過:2012年C3月C13日,視力は右眼(1.2C×JB),左眼(0.6C×JB)と左眼の視力低下を認めた.TitmusStereoTestを施行したが,立体視の確認は困難であった.検査中は検査に対し非協力的な態度を示した.耳鼻咽喉科でのCABR,ASSRは正常範囲内の閾値を示し,標準純音聴力検査の結果でも正常範囲内となり,良好な結果を示した.2012年C4月C17日,視力は前回と変わらなかったため,アトロピン硫酸塩を処方し,再度調節麻痺下の屈折検査をすることとした.標準純音聴力検査では何回か経過観察していくなかで,正常範囲内を示し,良好な結果を示した(図3).2012年C5月C7日,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査では右眼(0.1×+6.0D(cyl.1.25DCAx5°),左眼図2標準純音聴力検査(初診時)(0.1×+6.25D(cyl.1.25DAx5°)と強い遠視を認め,視力も不良であった.レンズ打消し法にて視力検査を行ったが,変化はみられなかった.2012年C6月C13日,視力は右眼(0.3C×JB),左眼(0.2C×JB)と不良であったが,ひらがな視標による視力検査では右眼(1.0C×JB),左眼(1.0C×JB)と良好な結果が得られた.以後の経過でもひらがな視力にて良好な結果が続いたため,眼鏡の度数変更は行わずに経過観察とした.CII考按心因性視覚障害の症状は多種にわたり,多くは視力・視野に異常がみられるが,色覚や眼位,眼球運動に障害がみられる場合もある2,8.10).受診動機は学校あるいは就学時健診で視力低下を指摘されることが多いとされ11),心因性視覚障害の内訳として福島らは,視力と視野の障害はC51.9%,視力のみの障害はC26.2%,視野のみの障害はC6.4%であったと報告している3).また,視野障害に関して大野らは,動的視野検査施行患者のうち,正常がC22例(51.2%),らせん状がC11例(25.6%),求心性がC10例(23.3%)であったとし4),石橋らは心因性視覚障害を疑いCGoldmann視野計を施行したC39例のうち,全例で左右差のない正常視野が測定されたと報告している12).これらのことから,心因性視覚障害における視野障害のみの発症頻度は高くないことがうかがえるが,本症例は求心性視野狭窄を示した.さらに視野検査は小児にとって負担のかかる検査であり,患児の理解や集中力に依存するため,結果の信頼性が乏しい場合もある.しかし,本症では視野検査が診断に有用であった.受診時に落ち着きのない面がみられたが,患児が比較的落ち着いている際に視野検査を施行したことにより,円滑に検査を行うことができた.一方的な検査ではなく,患児のコンディションを見ながら柔軟に検査項目を決定することが重要である.経過観察中に視力の変動が大きかったが,深井らは心因性視覚障害において視力の程度に関係なく初診日から約C1カ月以内に自覚的視力がC1.0以上認められたものはC89.7%あり,再発はC11.4%にみられたと報告している2).本症で留意すべき点は,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査の結果である.仮に良好な視力が確認できなかった場合,診断は屈折異常弱視と誤診してしまい,場合によっては不要な視能訓練により心理的負荷が増加してしまう可能性も示唆される.過去にも兵藤らは長期間の健眼遮閉法による弱視訓練が原因で心因性視覚障害をきたした症例を報告している13).このことから弱視患者においても心因的要因を検索し配慮することが重要である.また,機能性難聴には心因性難聴と詐聴とがあるが,小児の場合は多くが心因性難聴である5).心因性難聴は,実際には音が聞こえているにもかかわらず,患者本人には音が聞こ図3標準純音聴力検査(回復後)えたと感じることができない病態とされる.佐藤らは小児における機能性難聴の罹患率は小学生のC0.08%,中学生のC0.05%であり,健診で難聴を指摘される症例のうちC5%は心因性難聴であると報告している14).また,吉田らは機能性難聴の発見契機は健診で指摘され耳鼻咽喉科を受診するケースがもっとも多く,そのなかで自覚症状がない症例がC61.9%であったと報告しており15),本症例も健診で難聴を指摘されたことを契機に受診に至っている.視力障害を併発した症例も報告されており5),眼科的にも留意しなければならない疾患である.本症では初診時視力は左眼視力が出にくく,機能性難聴による紹介受診となった背景から視野検査を施行し,診断に有用な結果を得ることができた.一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害についても報告があり16),眼科と耳鼻咽喉科の連携が重要である.さらに小児の機能性難聴では不注意の問題を伴う一群が報告されており17),不注意の問題を伴う小児機能性難聴では,知的側面を一つの重要な軸として考慮しなければならず,背景に注意欠陥障害(attentiondeficitCdisorder:ADD),注意欠陥多動性障害(attentionde.cit/hyperactivityCdisorder:ADHD)のような発達的問題を抱えていることもある18).本症でも検査・診察時に落ち着きがなく,非協力的な面がみられることもあり,ADHDも疑っていたが,通院が途切れてしまい確定診断には至らずにいる.本症以外でも似たような例では小児機能性難聴に加え,さらに発達的障害が潜伏しているのではないかと考えられる.本症では,眼科所見からは動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたこと,視力の変動があるが良好な視力が確認できたこと,分離域と可読域とで視力値に差がみられたこと,耳鼻咽喉科所見からは器質的疾患がないこと,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾,自覚的検査結果と会話の矛盾,聴力が回復してしばらくしてから良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴に伴う心因性視覚障害と診断した.初診時の動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたことにより眼科的に経過観察としたが,心因的背景はみられず視力もおおむね良好であったため,症状を見逃してしまう可能性もあった.心因性視覚障害では器質的疾患の有無とともに,いくつかの検査結果を総合的に判断しなければならないことを改めて認識した.本症のように他科の疾患から手がかりが見つかることもあるため,心因性患者へのアプローチには多彩な検査と包括的な診療が重要である.文献1)BruceCBB,CNewmanCNJ:FunctionalCvisualCloss.CNeurolCClinC28:789-802,C20102)深井小久子,佐柳智恵美:心因性が考えられる視力低下および眼位異常の統計的研究.日視会誌15:29-31,C19873)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄:鹿児島大学附属病院(過去C23年間)における心因性視覚障害.眼臨C96:140-144,C20024)大野智子,松村望,浅野みづ季ほか:神奈川県立こども医療センターに心因性視覚障害として紹介された患者の転帰.眼臨紀10:39-43,C20175)梅原毅,渡辺真世,袴田桂ほか:小児機能性難聴症例の検討.耳鼻臨床109:159-166,C20166)大辻順子,内海隆,有松純子ほか:心因性視覚障害児の治療経験および母子関係.眼臨89:750-754,C19957)原沢佳代子,星加明徳,本多煇男:東京医科大学病院眼科における心因性視覚障害児の視機能および環境因子についての検討.日視会誌18:152-156,C19908)原涼子,奥出祥代,林孝彰ほか:片眼の色感覚が消失した心因性視覚障害の一例.日視会誌40:107-111,C20119)小鷲宏昭,西岡大輔,林孝雄ほか:心理的動揺により上転が誘発される交代性上斜位の一例.日視会誌C45:173-177,C201610)宮崎栄一,絵野尚子,下奥仁ほか:心因外斜視のC1例.心身医学19:490-492,C197911)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,C200012)石橋一樹,大池正勝,須田和代ほか:小児の心因性視覚障害に対するゴールドマン視野検査.眼臨C93:166-169,C199913)兵藤維,臼井千惠,林孝雄ほか:長期弱視訓練により心因性視覚障害をきたしたC1例.日視会誌C35:107-112,C200614)佐藤美奈子:小児心因性難聴.耳鼻・頭頸外科C86:128-132,C201415)吉田耕,日野剛,浅野尚ほか:当科小児難聴外来における機能性難聴の統計的観察.耳展41:353-358,C199816)高田有希子,奥出祥代,林孝彰ほか:一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害のC1例.日視会誌C43:153-159,C201417)工藤典代,小林由実:心理発達面からみた小児心因性難聴の臨床的検討.小児耳21:30-34,C200018)芦谷道子,土井直,友田幸一:不注意の問題を伴う小児機能性難聴の知的側面の解析.音声言語医学C54:245-250,C2013***

両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):599.604,2015c両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例片山紗妃美*1後藤克聡*1,2三木淳司*1,3岩浅聡*1今井俊裕*4春石和子*1桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*4川崎医科大学眼科学2教室ACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithInferiorAltitudinalHemianopiaSakimiKatayama1),KatsutoshiGoto1,2),AtsushiMiki1,3),SatoshiIwaasa1),ToshihiroImai4),KazukoHaruishi1)JunichiKiryu1)and1)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,4)DepartmentofOphthalmology2,KawasakiMedicalSchool目的:Goldmann動的視野で両眼性の水平下半盲を認め,心因性視覚障害と診断した1例の報告.症例:16歳,男子.頭痛,視力低下を主訴に近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科を紹介受診した.所見:矯正視力は右眼0.4,左眼0.6で中心フリッカ値,前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.Goldmann動的視野で両眼の水平下半盲を認めた.光干渉断層計,蛍光眼底造影検査,多局所網膜電図,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したがいずれも異常所見はなかった.以上の結果から,器質的疾患による視力および視野障害は否定的であり,心因性視覚障害がもっとも疑われた.約6カ月後,矯正視力は右眼1.2,左眼1.5と改善したが,両眼の水平下半盲は残存した.結論:両眼性の水平下半盲を認めた場合,視路疾患との鑑別は必要不可欠であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.Purpose:Toreportacaseofpsychogenicvisualdisturbancewithbilateralinferioraltitudinalhemianopiadetectedbykineticperimetry.Case:A16-year-oldmaleinitiallyconsultedwithanophthalmologistcomplainingofheadachesanddecreasedvisualacuity(VA)resultingfromanunknowncause,andwasthenreferredtousforfurtherevaluation.Findings:Uponexamination,thepatient’scorrectedVAwas0.4ODand0.6OS.Criticalflickerfrequencyandanteriorsegment,opticmedia,andfunduswerefoundtobenormal.Bilateralinferioraltitudinalhemianopiawasdetectedbykineticperimetry.Opticalcoherencetomography,fluoresceinangiography,multifocalelectroretinogram,andmagneticresonanceimagingallrevealednoabnormalities.Fromtheabovefindings,thepresenceoforganicdiseasewasexcluded,andpsychogenicvisualdisturbancewassuspected.Althoughthepatient’scorrectedVAimprovedto1.2ODand1.5OSafter6months,bilateralaltitudinalhemianopiaremained.Conclusion:Whiledifferentiationfromvisualpathwaydiseaseisnecessaryinpatientswithbilateralinferioraltitudinalhemianopia,thepossibilityofpsychogenicvisualdisturbanceshouldbekeptinmind.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):599.604,2015〕Keywords:心因性視覚障害,水平半盲,求心性狭窄,非転換型.psychogenicvisualdisturbance,bilateralaltitudinalhemianopia,concentriccontraction,non-convertibletype.はじめに心因性視覚障害は,眼転換症状の一つで視力障害がもっとも多く,視野障害,色覚障害が認められることも多い.視野障害は両眼性に生じることが多く,求心性視野狭窄,らせん状視野,管状視野が代表的であるが,他にも水平半盲,両鼻側半盲,同名半盲,両耳側半盲,中心暗点など器質的疾患と鑑別を要する報告もある1).心因性視覚障害は,器質的疾患を除外して,心的要因を明らかにすることにより診断されるが,近年では心的要因が明らかでない症例も増加傾向にある2).今回,心因性視覚障害における視野障害として,両眼の水〔別刷請求先〕片山紗妃美:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室Reprintrequests:SakimiKatayama,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki7010192,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)599 平下半盲を呈した稀な1例を経験したので報告する.I症例患者:16歳(高校1年生),男子.主訴:頭痛,視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年8月に一時的にかげろうのようなものが見え,その3カ月後に頭痛,視力低下を自覚したため近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.50D),左眼0.4(0.6×.0.50D),他覚的屈折検査では右眼.1.00D,左眼.1.50Dと軽度の近視であった.眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHg,中心フリッカ値は右眼35Hz,左眼35Hz,対光反応は良好,相対的瞳孔求心路障害は陰性で前眼部,中間透光体に異常所見は認められなかった.Goldmann動的視野検査では,両眼の水平下半盲を認めた(図1).眼底所見は,両aⅤ/4eⅠ/1eⅠ/2eⅠ/3eⅠ/4e眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で乳頭の境界は鮮明であった(図2).スウェプトソース光干渉断層計(sweptsourceopticalcoherencetomograghy:SS-OCT)では,両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった(図3).スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomograghy:SD-OCT)においても,黄斑部網膜神経節細胞複合体厚,乳頭周囲網膜神経線維層厚に異常所見は認められなかった(図4).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,網膜中心動脈の蛍光出現から,中心静脈への完全充盈の時間(網膜内循環時間)が16秒と若干の遅延は認められたが,明らかな異常所見は認められなかった.その2日後,視野異常の原因が網膜疾患か頭蓋内疾患かを鑑別するために,多局所網膜電図を施行したが,両眼ともに応答密度の低下は認められなかった(図5).視神経疾患や頭蓋内疾患の精査のため,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,異常所見はみられなかった(図6).また,視覚誘発電位bⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図1初診時のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼の水平下半盲を認めた.ab図2初診時の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で,乳頭の境界は鮮明であった.600あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(136) ab図3初診時のスウェプトソース光干渉断層計a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった.abAve.GCC(μm)右)101.20左)97.52Ave.cpRNFL(μm)右)99.52左)98.99図4初診時のスペクトラルドメイン光干渉断層計a:右眼,b:左眼.上段:網膜神経節細胞複合体(GCC)厚のthicknessmap,下段:乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚のthicknessmap.両眼ともに,GCCおよびcpRNFL厚に異常所見は認められなかった.GCC:ganglioncellcomplex.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer.(137)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015601 ab図5多局所網膜電図a:右眼,b:左眼.両眼ともに応答密度の低下は認められなかった.ab図6頭部眼窩磁気共鳴画像所見a:STIR水平断,b:STIR冠状断.異常所見は認められなかった.を施行したが両眼ともに振幅の低下およびP100の潜時延長し法や暗示法を施行したが,効果はみられなかった.Golaはみられず,左右差も認められなかった.以上の結果より,mann視野検査では,両眼ともに求心性視野狭窄を呈した器質的疾患による視力および視野障害は否定的であるため,(図7).約4カ月後,「まだ下方は見えにくいが以前より視心因性視覚障害を疑い経過観察となった.野が広くなったように感じる」と自覚的な訴えがあった.視経過:初診時より約1カ月後,視力は右眼0.4(0.7×.力は右眼0.5(1.0×.1.25D),左眼0.5(1.0×.1.00D)と改1.75D),左眼0.5(0.9×.1.25D),視力検査時にレンズ打消善していた.Goldmann視野検査では,下方イソプタを含め602あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(138) abⅠ/2eⅠ/1eⅠ/3eⅠ/4eⅤ/4eⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図7初診より1カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,求心性視野狭窄を呈した.abⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅢ/4eⅠ/1aⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅠ/1a図8初診時より4カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,すべてのイソプタにおいて視野の拡大がみられた.て全体的に視野の拡大がみられ,本人の自覚症状と一致する結果であった(図8).約6カ月後,視力は右眼0.6(1.5×.1.00D),左眼0.6(1.5×.1.00D)とさらに改善していたが,Goldmann視野検査では,前回来院時と同様に両眼ともに水平下半盲は残存した.約1年間の経過観察を行ったが,両眼の水平下半盲は残存しているため再度,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮してSD-OCT,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,いずれも異常所見は認められなかった.II考按今回,両眼の視力低下および水平下半盲を呈したことから,網膜疾患,視神経疾患,頭蓋内疾患の器質的疾患を疑ったが,いずれの鑑別検査においても異常所見を認めず,心因性視覚障害と診断した1例を経験した.心因性視覚障害は,好発年齢が小児(8.14歳)に多く,(139)成人や高齢者でもみられる3.7).性差は,女性のほうが男性より2.4倍多い2).視力予後は良好で,7割以上の症例で誘因となる環境の改善が得られれば,暗示療法のみで半年以内に視力の改善が得られるが,1年以上改善のみられない症例もある.年齢別の視力予後は,矯正視力1.0まで回復したものは,小児(94.4%),思春期(76.3%),成人(59.0%),高齢者(43.7%)と,低年齢であるほど良好である8).両眼性の視野異常では,らせん状視野が最も多く,求心性視野狭窄,管状視野が特徴的である9).他にも器質的疾患との鑑別を要する半盲性視野障害の報告もある1,10).心因性視覚障害で水平半盲を認めた報告として,高橋ら11)は鈍的外傷により片眼性の水平半盲様視野を認めた9歳男児,水野ら12)は視力低下および下方視野異常を主訴に両眼水平下半盲を認めた8歳男児を報告している.本疾患の診断の根拠としては,器質的疾患がないこと,視力や屈折値の変動があること,心因性視覚障害で特徴とされる視野異常が認められること,瞳孔反あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015603 応が良好であること,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾がみられること,日常行動と検査結果が一致しないこと,ストレスと眼症状の出現期が一致していることがあげられる8).本症例は,16歳の思春期の男子で頭痛を主訴に両眼の視力低下および水平下半盲を認めた.視力はレンズ打消し法や暗示法の効果はなかったが,経過観察で初診時から6カ月後の比較的早期に改善した.視野は本人の自覚症状と一致してすべてのイソプタで広がりに変動がみられたが,水平下半盲様視野は残存し,視力と視野の経過に解離がみられた.また,心因性視覚障害の視野異常として特徴的である求心性視野狭窄を呈した.心因性による視力障害と視野障害の改善する時期は一致することが多いが,今回の症例のように視力と視野の経過に解離がみられるのが53%との報告もある13).水平半盲を呈する疾患としては,眼内,視神経,視交叉,外側膝状体,視放線,視覚中枢,心因性視覚障害があげられる7).しかし,本症例では,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮して中心フリッカ,SD-OCT,蛍光眼底造影検査,視覚誘発電位や多局所網膜電図の電気生理学的検査,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,視力低下や両眼の水平下半盲に一致する他覚的所見が認められなかったため,心因性視覚障害が最も考えられた.心因性視覚障害の心的要因については,さまざまなものがあるが,そのなかでも原因不明が64.3%ともっとも多く,ついで親子関係(14.3%),学校関係(10.8%),外傷(7.1%),兄弟関係(3.6%)の順で多いとの報告がある14).また,心的要因が比較的容易にわかる転換型,心的要因が不明のことが多い非転換型に分類される.小児や思春期では転換型が多く,成人や高齢者では非転換型が多いとされている.とくに15歳以上の場合は長期化しやすいと報告されている2,15).本症例の患者背景として,毎回予約日に両親とともに来院し,外来の待合では両親と時折,楽しく会話している場面もみられることから,親子関係は良好なようである.学校環境は,高校に通学しており,部活動は野球部に所属している.学校生活について尋ねると楽しそうに話し,学校生活や部活動で自覚的にはストレスは感じておらず楽しいと話していた.現在,部活動は下方が見えにくいため休んでいるが,早く復帰したいとのことであった.以上のことから,小児や思春期に多くみられる学校や家庭関係による心的要因は否定的であった.また,悩みごとやストレスを自覚しておらず,明らかな心的要因が不明であるため非転換型であると考えられた.今回の症例のような両眼性の水平半盲を認めた場合,器質的疾患を精査することが重要であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.また,本症例は初診時に比べ全体的に視野の範囲は拡大したが,約1年経過しても水平下半盲様視野が残存しているため,今後も器質的疾患の可能性も考慮して,経過観察が必要であると考える.文献1)石倉涼子,山﨑香織,柿丸晶子ほか:外傷を契機として片眼耳側半盲を呈した心因性視覚障害の一例.眼臨99:590592,20052)小口芳久:心因性視覚障害.日眼会誌102:61-67,20003)小口芳久:学童期の心因性視覚障害.眼科26:139-145,19844)岡本繁,渡辺好政,渡辺英臣ほか:思春期の心因性眼疾患.眼科26:147-152,19845)亀井俊郎:成人の心因性眼疾患.眼科26:153-158,19846)今井済夫,芝崎喜久男:成人の心因性視力障害.臨眼42:815-817,19887)中川泰典,木村徹,木村亘ほか:高齢者の心因性視覚障害11例.臨眼56:1579-1586,20028)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:心因性視覚障害-世代別にみた傾向と特異性.臨眼62:503-508,20089)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄ほか:鹿児島大学附属病院(過去23年間)における心因性視覚障害.眼臨96:140144,200210)永田洋一:外傷を契機に発症した成人の片眼性心因性視覚障害の2例.眼臨86:2797-2800,199211)高橋寛子,落合万里,唐津裕子ほか:外傷後に片眼性水平半盲様視野障害をきたした心因性視覚障害の一症例.日視会誌34:151-156,200512)水野和美,加部精一,川上春美ほか:両眼の下半盲を示した心因性視覚障害の一例.眼科25:1473-1477,198313)石田博美,岡田美幸,平中裕美ほか:鳥取大学における小児の心因性視覚障害の統計的研究.日視会誌36:95-102,200714)古賀一興,平田憲一,沖波聡ほか:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:11951199,200815)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:成人の心因性視覚障害─小児と比較した特異性.臨眼60:627-634,2006***604あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(140)

遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):141.144,2014c遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例溝部惠子小林史郎大塚斎史京都第二赤十字病院眼科CaseReportofUnilateralFunctionalVisualLossinHyperopicAnisometropicAmblyopiaKeikoMizobe,ShirohKobayasiandYosifumiOhtsukaDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital遠視性不同視弱視症例に生じた片眼性の心因性視覚障害を経験した.症例は13歳,女児.近医にて左眼不同視弱視に対して通院治療中であったが,左眼矯正視力は(1.2)と安定していた.中学1年の夏休み後より左眼霧視を自覚.近医にて左眼の著明な視力低下を指摘され,当院へ紹介された.初診時視力は右眼(2.0),左眼(0.01),器質的異常なくRAPD(相対的求心路瞳孔反応障害)(.)で脳MRI(磁気共鳴画像)にも異常なく,左眼にらせん状.求心性視野狭窄を認めた.中学入学後の環境変化による心因性視覚障害と診断し右眼遮閉による暗示治療を開始したところ,3カ月後には左眼視力は回復し視野も正常となった.両眼性の心因性視覚障害の自験例6例と本症例の発症要因や治癒期間を比較したが,特に相違を認めなかった.両眼性でなく片眼性の発症となった要因としては不同視弱視の既往が考えられた.Purpose:Toreportacaseofunilateralfunctionalvisuallossinhyperopicanisometropicamblyopia.Case:A13-year-oldfemale,successfullytreatedwithhyperopicanisometropicamblyopiainherlefteyewasreferredtoourhospitalforvisualdisturbance.Findings:Rightcorrectedvisualacuitywas2.0,leftwas0.01.Aspiralvisualfielddisturbancewasshowninherlefteye.Noorganicabnormalitywasfoundinhereyesorbrain.Unilateralfunctionalvisuallosswasdiagnosedandocclusiontherapywasinitiated.Fourmonthslater,thedisturbanceofvisualacuityandfieldhadrecoveredtonormal.Conclusion:Comparedthisunilateralcasewith6casesofbilateralfunctionalvisualloss,itrevealednodifferencesinthecauseofdisturbanceordurationoftherapy.Unilateraldisturbancemightbeduetopasthistoryofanisometropicamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):141.144,2014〕Keywords:心因性視覚障害,不同視弱視,片眼性視覚障害.functionalvisualloss,anisometropicamblyopia,unilateralvisualdisturbance.はじめに心因性視覚障害は,器質的障害では説明できない視覚障害のことであり,器質的障害を生じる心身症や現実適応不良の解離性障害や疾患逃避傾向の強い転換ヒステリーなどの精神科診断基準のいずれにもあてはまらない障害である.小学校低学年から高学年の女児に多く,初診時視力は0.1から0.5程度で,両眼性の障害が多いといわれている1,2).片眼性の心因性視覚障害の報告も少なくないが,外傷が契機となった症例が多い3,4).今回,外傷の既往なく,視力安定した不同視弱視症例の弱視眼に心因性視覚障害を発症した1例を経験した.両眼性の心因性視覚障害の自験例との相違を比較検討したので報告する.I症例患者:13歳,女児.6歳から左眼の遠視性不同視弱視に対して近医で眼鏡処方され治療を続けていた.経過は良好で,平成22年6月には右眼視力が1.2(1.2×+1.00D),左〔別刷請求先〕溝部惠子:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:KeikoMizobe,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)141 眼視力が0.5(1.2×+4.50D(cyl.1.25DAx170°),と安定していた.しかし中学1年の夏休みが過ぎてから左眼の霞みを自覚し,平成22年10月初旬の受診時には左眼視力が0.01(0.01×+4.50D(cyl.1.25DAx170°)と著しい低下を示したため平成22年10月下旬に当科へ紹介された.当科初診時主訴:「左目に靄がかかる」,「体のバランスがとりにくくふらつく」,「走るとめまいがする」などであった.所見:右眼視力は遠見で2.0(2.0×+0.50D),近見では1.0,と良好であったが,左眼視力は遠見で0.01(0.01×+左眼4.50D(cyl.1.50DAx180°),近見も(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と,きわめて不良であった.所持眼鏡は右眼が+0.75D,左眼が+4.50D(cyl.1.25DAx180°で,検影法による屈折検査では右眼は+1.00D(cyl.0.25DAx90°,左眼は+4.00D(cyl.1.25DAx180°であり,所持眼鏡は適正であった.チトマスステレオテスト(TST)はfly(+),animal(3/3),circle(4/9)と比較的良好であった.相対的瞳孔求心路障害(RAPD)は陰性,眼位・眼球運動は正常で前眼部・眼底には異常を認めなかった.脳MRI(磁気共鳴画像)にても異常を認めなかった.Goldmann視野検査右眼図1初診時のGoldmann視野左が左眼,右は右眼の視野を示す.呈示イソプターは,左眼;V/4e,III/4e,II/4e,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1aである.右眼は正常だが左眼でらせん状から求心性狭窄を認める.左眼右眼図2遮閉治療開始約4カ月後の視野呈示イソプターは,左眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1a,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1eである.左眼視野も正常となった.142あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(142) では右眼視野は正常であったが,左眼視野にらせん状から求心性の狭窄を認めた(図1).経過:器質的異常を認めなかったこと,左眼視力がきわめて不良の割に近見立体視が良好であったこと,らせん状狭窄・求心性狭窄の視野の結果などから心因性視覚障害を疑った.心因性視覚障害の可能性があることを患者と母親に説明し,右眼遮閉訓練による視力向上を暗示し,親子での頻回通院を指示した.遮閉訓練は平成22年11月中旬から開始し可能な限りの施行を指示した結果,学校での終日遮閉が施行できた.遮閉治療開始約1カ月後の平成22年12月初旬の所見では,左眼の遠見視力は(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と改善はわずかであったが,近見視力は(1.0+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と著明に回復した.TSTもfly(+),animal(3/3),circle(9/9)まで可能となった.平成23年3月下旬には左眼の遠見視力も(1.2×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)に回復し,視野も図2に示すとおり正常に回復した.II考按1.両眼性心因性視覚障害症例との比較心因性視覚障害は両眼性障害が多いが,本症例のような片眼性障害に両眼性とは異なる特徴がないかを検討した.比較のため両眼性の心因性視覚障害6例の自験例について,発症年齢・視力・視野異常の有無・治療期間・発症要因などを調べた.両眼性心因性視覚障害6例の発症年齢と視野異常の有無・初診時視力などの内訳を表1に示す.初診時年齢は6歳が1例,7歳が5例ですべて女児であった.Goldmann視野検査は5例に施行できたが,すべてに求心性またはらせん状視野異常を認めた.初診時裸眼視力は0.1から0.4程度が多いといわれている1)が,当院の6例でも初診時裸眼視力は0.15から0.6程度であった.遠見視力と近見視力との乖離を認めたものが5例(近見視力不良が著明であったものは3例),同程度であったものが1例であった.レンズ中和法のトリック視力で視力向上を認めたものは3例であった.母とのスキンシップやコミュニケーション,だっこ点眼,母子での頻回通院などの治療により,症例6を除き全例3年以内(2.5カ月から3年)に治癒し視力(1.0)以上を得られた.心因性視覚障害の発症の要因としては,表1に示すように,母の仕事・父の不在・兄弟姉妹の世話・小学校入学や受験などさまざまであったが,家庭での父母との関わりの変化が要因として多く認められた.本症例では初診時裸眼視力が0.01と両眼性症例と比して低かったが,初診時裸眼視力が0.6程度の外傷性の片眼性心因性視覚障害の報告例もあるため5),片眼性だから視力低下が著明であったということではなく,長期間の不同視弱視治療の既往が視力値の低さに影響した可能性が考えられた.本症例の発症要因は中学入学による環境の変化であったが,母親とのコミュニケーション,母子での通院,健眼遮閉訓練と視力向上暗示などの治療により改善を得ることができたことは両眼性症例と同様であった.2.本症例の診断と発症機序心因性視覚障害は片眼性でも両眼性でもまずは器質的疾患の除外をしてから診断することが重要である.今回の症例では器質的異常を認めなかったが,遠視性不同視弱視を有していたため視力低下の原因として不同視弱視の弱視眼の視力再低下も考えられた.しかし,感受性期以降での不同視弱視眼の再視力低下例の報告6)では通院の断絶と眼鏡装用状態不良の状態に発生しており,日常生活での眼鏡装用状態は良好で定期通院も欠かさず治療はすでに安定期に入っていた本症例表1両眼性の心因性視覚障害自験例6例の内訳症例年齢(歳)らせん状視野求心性狭窄などの視野異常遠見裸眼視力遠見矯正視力近見視力心因性障害の要因・きっかけと考えられた事項最終受診時遠見矯正視力治癒期間右眼左眼右眼左眼右眼左眼右眼左眼16あり0.60.40.60.60.20.1次女の受験,4女の世話(4姉妹の3女)1.01.02年27あり0.150.20.50.50.030.03母仕事,父多忙,弟に手かかる一人で何でもこなしている学校での一年生の世話大変1.01.22.5カ月37不明0.40.30.50.60.40.5小5の兄の塾通いで母多忙母仕事,半年間の父の出張1.01.03カ月47あり0.30.30.50.40.090.2父の単身赴任,母仕事小学校入学,長女(妹有り)1.01.03年57あり0.20.150.70.40.40.3有名小学校入学大人びてしっかりした性格1.21.23年67あり0.150.150.40.30.60.5父の刑務所入所,母の留守多い兄に知的障害あり手間かかる0.30.2未(143)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014143 では,弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかった.また,心因性視覚障害の診断に立体視検査も有用であるという報告7,8)があり,本症例にも立体視検査を施行したが,初診時に右眼視力(1.2)と左眼視力(0.08)という状態で立体視差140秒の立体視を認めた.片眼視力が(0.25)以下であると立体視は検出されにくいという報告9)や左右眼の視力差が3段階以上では高度な立体視を示しにくいという報告10)などと照合すると,きわめて視力差が大きい本症例の状態で得られた比較的良好な立体視の結果を説明しにくいと考えられた.さらには,視野検査においては心因性視覚障害にみられる典型的な視野障害であるらせん状・求心性狭窄を示した.治療の経過から弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかったこと,視力の割には良好な立体視検査結果を得たこと,典型的な視野障害のパターンを示したこと,暗示治療により視力・視野・立体視のすべてが正常になったこと,などから本症例は片眼性の心因性視覚障害と診断してよいと考えた.本症例は中学入学後の生活環境変化がきっかけとなり心因性視覚障害が発症したと考えられたが,両眼性でなく片眼性であった理由としては不同視弱視の治療の既往が考えられた.片眼性心因性視覚障害は外傷を契機に発症したという報告が多いが3),外傷の既往のない場合では組織脆弱性の存在が症状発現の根拠として考えられている4).本症例では左眼弱視治療による左眼脆弱性の潜在的意識が心因反応として表現され,左眼にのみ症状が発生した可能性が考えられた.3.治療心因性視覚障害の治療については,児童精神科に委ねるまでには暗示療法11)やだっこ点眼12)が知られている.筆者らは今回示した学童期前半の両眼性症例に対してはだっこ点眼治療を適用したが,本症例に対しては中学生であり弱視訓練の既往もあったため,健眼遮閉訓練による視力向上を暗示した暗示療法を行った.心因性視覚障害は難治のものや再発するものも少なくないが,本症例は治療に速やかに反応した.学童期に訓練により弱視が治癒したという過去の記憶が今回の暗示療法をより効果的にしたのではないかと考えられた.4.まとめ心因性視覚障害は両眼性が多いが,片眼性に発症することもある.片眼性の場合は外傷を契機にすることが多いが,本症例のように外傷によらないこともある.外傷によらない片眼性心因性視覚障害の診断は困難なことがあり,特に多方面から慎重に行う必要がある.心因となる要因は片眼性と両眼性とでは相違なかったが,本症例は不同視弱視という既往症が片眼の脆弱性を意識させて片眼性発症につながったのではないかと考えられた.暗示療法により本症例は速やかに改善したが,一般に心因性視覚障害の根源となる心因は深く障害が難治となるものや再発するものも少なくないと考えられているため,長期に注意深く治療を続ける必要があると考える.文献1)山出新一:心因性視覚障害の臨床像眼科から見た特徴.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p3-12,19982)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20003)山崎厚志,船田雅之,三木統夫ほか:片眼性心因性視覚障害の一例.眼科32:911-915,19904)中野朋子:ケースレポート片眼性の症例.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p181-185,19985)宮田真由美,勝海修,及川恵美ほか:眼球外傷後に片眼性の心因性視覚障害を呈した2症例.日本視能訓練士協会誌37:115-121,20086)村上順子,村田恭子,阿部孝助ほか:感受性期以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例.あたらしい眼科28:1783-1785,20117)古賀一興,平田憲,沖波聡:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:1195-1199,20088)BruceBB,NewmanNJ:Functionalvisualloss.NeurolClin28:789-802,20109)須藤真矢,渡邉香央里,小林薫ほか:不同視弱視症例における視力と立体視の関係.あたらしい眼科27:987-992,201010)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198511)八子恵子:治療の進めかた.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p121-126,199812)早川真人:だっこ点眼.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p146-152,1998***144あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(144)

心因性視覚障害に発達緑内障を合併した1例

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(117)15870910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(11):15871591,2008cはじめに学童児の原因不明の視機能障害は,心因性視覚障害の診断で経過観察されていることが少なくなく,器質的疾患が潜在あるいは発症しても,その非特異的な視野異常ゆえ,その発見が遅れたり,見逃されたりする場合がある1).今回筆者らは,心因性視力低下および高眼圧の診断で経過観察されていた11歳児に対し,眼科学的検査を行い,発達緑内障が合併していることをつきとめた.さらに眼圧下降目的に線維柱帯切開術を施行したところ,視力および視野の改善が得られ,まれな1症例と思われたので報告する.I症例患者:11歳,男児.主訴:両眼視力低下.既往歴:なし.家族歴:いとこに心因性視力低下.〔別刷請求先〕竹森智章:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目291番地札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TomoakiTakemori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,S-1W1-16,Chuo-ku,Sapporo060-8543,JAPAN心因性視覚障害に発達緑内障を合併した1例竹森智章*1片井麻貴*2田中祥恵*1大黒幾代*1大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2札幌逓信病院眼科ACaseofPsychogenicVisualDisturbanceComplicatingDevelopmentalGlaucomaTomoakiTakemori1),MakiKatai2),SachieTanaka1),IkuyoOhguro1)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoTeishinHospital症例は11歳,男児.両心因性視力低下,高眼圧の精査目的に札幌医科大学附属病院眼科を紹介受診.初診時視力は右眼0.02(0.25×3.0D),左眼0.04(0.32×2.5D),眼圧は右眼26mmHg,左眼26mmHgであった.隅角所見は,虹彩の高位付着と多数の虹彩突起を認めた.眼底所見は,両眼とも視神経乳頭陥凹拡大あり,緑内障性変化が考えられた.静的視野検査で両眼に著明な求心性視野狭窄を認め,緑内障性変化は不明であったが,以前にも動的視野検査にて求心性視野狭窄があることから,心因性視覚障害も有しているものと思われた.両眼に対し線維柱帯切開術を行ったところ,視力,眼圧に加えて視野も改善がみられた.本症例は緑内障と心因性視力障害が合併し,緑内障の発見が遅れた可能性がある.よって,心因性視覚障害が疑われた場合にも,くり返し隅角検査や眼底検査,眼圧検査などを行い,緑内障の有無を検索することが必要と思われた.本症例が緑内障手術を契機に視力,視野が改善した詳細な機序については不明であり,今後も経過をみていきたいと考えている.An11-yearoldmalewasreferredtoourhospitalcomplainingofbothvisualdisturbanceandocularhyperten-sion.VisualacuitywasVD=0.02(0.25×3.0D),VS=0.04(0.32×2.5D).Intraocularpressurewas26mmHginbotheyes.Gonioscopydisclosedhighinsertionoftheirisandmanyirisprocessesinbotheyes,buttherewasnoperipheralanteriorsynechia.Funduscamerashowedenlargedcuppingoftheopticnerveheadinbotheyes,indi-catingglaucomatouschange.Furthermore,staticperimetryrevealedconcentriccontractioninbotheyes,indicatingpsychogenicvisualdisturbance.Weperformedtrabeculotomyinbotheyes,afterwhichvisualacuity,intraocularpressureandvisualeldimproved,whichsuggestedthatthepatienthadalsodevelopmentalglaucoma.Althoughitisrareforapatienttohavebothglaucomaandpsychogenicvisualdisturbance,sinceglaucomamaybediscoveredlateritisnecessarytorepeatedlyperformgonioscopy,funduscopy,andtonometry,soastodeterminewhetherthepatienthasglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15871591,2008〕Keywords:心因性視覚障害,発達緑内障,求心性視野狭窄,トラベクロトミー.psychogenicvisualdisturbance,developmentalglaucoma,concentriccontraction,trabeculotomy.———————————————————————-Page21588あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(118)現病歴:2004年5月(9歳時),学校健診の際に視力低下を指摘され近医初診.視力右眼0.1(1.2×1.0D),左眼0.1(1.2×1.25D)で眼鏡処方.2005年4月(10歳時),再度学校健診の際に視力低下を指摘され前医再診.視力右眼0.02(0.06),左眼0.03(0.2)と矯正視力の低下を認め,眼圧右眼21mmHg,左眼21mmHgとやや高値であった.また,動的視野検査(図1)で右眼に著明な求心性視野狭窄,左眼にはイソプター全体の軽度の沈下が認められたため,心因性視覚障害の診断で経過観察していたところ,7月に右眼0.05(0.1),左眼0.1(1.2)と矯正視力改善するも,2006年11月(11歳時),視力右眼0.04(0.1),左眼0.04(0.1)と再び低下,眼圧も右眼24.7mmHg,左眼22.0mmHgと高値となったため,精査加療目的で2007年1月札幌医科大学附属病院(以下,当院)眼科外来を紹介受診となった.初診時所見:瞳孔は正円同大,対光反応迅速,左右差を認めなかった.視力;右眼0.02(0.25×3.0D),左眼0.04(0.32×2.5D).眼圧;右眼26mmHg,左眼26mmHg.隅角所見;虹彩の高位付着と多数の虹彩突起を認めた.前眼部,中間透光体;異常所見なし.眼底所見(図2);両眼とも乳頭径(DD)と乳頭中心から中心窩までの距離(DM)の比(DM/DD)は2.5で正常範囲であった.右眼の陥凹乳頭比(C/D比)は0.8で,上耳側にリムのnotchを認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.左眼はC/D比は0.7で,上方リムの狭細化を認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.黄斑部および周辺網膜に異常はなかった.静的視野検査(図3,当院初診時施行);両眼に著明な求図1前医で施行の動的視野検査(2005年5月)右眼に著明な求心性視野狭窄を認めた.また,左眼も軽度の求心性視野狭窄を認める.右左右左図2初診時の眼底所見両眼ともDM/DD比は2.5で正常範囲であった.右眼のC/D比は0.8で,上耳側にリムのnotchを認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.左眼はC/D比は0.7で,上方リムの狭細化を認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081589(119)心性視野狭窄を認めた.経過:2007年1月29日に当院眼科に入院.隅角所見,視神経乳頭所見,および高眼圧が続いていることから,以前より発達緑内障があるものと考えられた.さらに,視力の動揺がみられること,今回の視野検査で乳頭所見から想定される以上の著しい求心性の視野狭窄が認められることから,心因性視覚障害も合併していると考えられた.そこで,眼圧下降目的に1月31日,全身麻酔下にて両トラベクロトミーを施行した.手術は下耳側より行い,二重強膜弁を作製し,内方弁は後に切除するという定型的なもので,特に合併症はなか図4眼圧推移1月31日手術施行前は両眼とも20mmHg台の高眼圧であったが,施行後は1517mmHgで推移している.1月31日トラベクロトミー05101520253011月1月19日1月29日2月1日2月28日4月4日5月9日6月22日7月18日眼圧(mmHg)右眼眼圧左眼眼圧図3初診時当院で施行の静的視野検査両眼に著明な求心性視野狭窄を認めた.1月31日トラベクロトミー矯正視力00.20.40.60.811.21.42007/1/172007/1/312007/2/142007/2/282007/3/142007/3/282007/4/112007/4/252007/5/92007/5/232007/6/62007/6/202007/7/42007/7/182007/8/12007/8/152007/8/292007/9/12:右眼:左眼図5矯正視力の経過術後早期は測定ごとにばらつきがみられたが,4月頃改善傾向となり,9月には右眼1.25,左眼1.0まで回復している.図6平成19年6月22日施行の動的視野検査内部イソプターでnasalstepを示しており,緑内障性の変化があることをうかがわせるが,視野は両眼とも著明に改善している.———————————————————————-Page41590あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(120)った.手術施行前は両眼とも20mmHg台の高眼圧であったが,施行後は1517mmHgで推移した(図4).また,矯正視力も徐々に改善し,術後半年以上経過した9月には右眼1.25,左眼1.0であった(図5).さらに,2007年6月22日施行の動的視野検査において,右眼下耳側内部イソプターのわずかな低下を認めたほかに異常なく,両眼とも著明な改善がみられた(図6).II考按心因性視覚障害に発達緑内障を合併した症例を経験した.心因性視覚障害は,近年小児によくみられ,このなかでも視力障害が最も多いが,視野障害,色覚異常なども検査を行うと合併していることも多い1).発症は614歳の小中学校学齢期に集中し,女子が男子の34倍を占めている2).本疾患に明らかな心因を見出せることはまれで,あっても思春期によくみられる学校や家庭などの身近な問題であり,普遍的一般的で何ら特有のものではない.一方で,同胞間の葛藤や母子関係などに心因との関連を見出すことも多いとの報告もある3).一般に心因性視覚障害では,裸眼視力の大部分(75%)が0.20.7にあり矯正不能で,ほとんど(95%以上)が両眼性である.Goldmann視野検査においては,約半数が正常であるが,らせん状視野・求心狭窄・不規則反応が約半数にみられる4).また,SPP(標準色覚検査表)-Ⅱ検査で約半数に色覚のメカニズムからは説明しえない異常がみられる5).治療法としては箱庭療法に代表される芸術療法,行動療法,精神療法などがあげられおり6),予後はGoldmann視野検査所見ならびにSPP-Ⅱ所見に異常がみられた場合に視力上昇が遅れることが多いが,ほとんどが16歳までに視力を回復し,いわば学童期にみられる特異的な疾患とされている7).今回の症例は視力右眼0.02(0.25),左眼0.04(0.32)と両眼に強い視力低下および両眼の著しい求心性視野狭窄を認め,黄斑に器質的変化を認めなかったことにより心因性視覚障害と診断された.さらに,眼圧推移,隅角検査,視神経乳頭所見より発達緑内障が合併していると考えられたが,視野は非特異的であったため,緑内障の発見が遅れた可能性がある.また,本症例はトラベクロトミー施行により良好な眼圧コントロールが得られたばかりか,以降の経過において矯正視力,視野の改善もみられたことは非常に興味深い点である.もし緑内障が進行していれば視野所見は改善しないはずであり,当初の視野障害は心因性の要素も関連していると考えられた.問題点としては,視野障害のうち,何%が発達緑内障の影響で,何%が心因性視覚障害の影響なのかを定量的に測定できないこと,および前医のGoldmann視野検査と当院のGoldmann視野検査の施行者が当然ながら異なるため,アプローチの方法により得られる結果が異なっていたかもしれないという点がある.実際,他院より著明な両求心性視野狭窄にて紹介された小児の症例に対し,以下の方法によってGoldmann視野検査を行ったところ,両眼とも正常視野が得られたとの報告もある8).その方法とは,1.検者は患児に対して毅然とした態度で接する,2.測定前に30cmのところに示される視標を識別する検査であると説明する,3.両眼性であれば,低視力のほうから測定する,4.視認可能な最小の視標(可能ならⅠ/1)からⅤ/4のイソプターへと逆順に測定する,5.視標を切り替える際に,患児に視標が見やすくなることを伝える,というものである.したがって,図2のような著明な求心性視野狭窄が,はたしてどこまで正確に測定されたものであるかというところに議論の余地は残る.ただし,図6に示すように,視野が改善した後も内部イソプターでnasalstepを示しており,緑内障性の変化があったことをうかがわせる.まとめとしては,当院受診時,心因性視覚障害と発達緑内障を合併していた可能性が非常に高いと考えられ,海外の文献においても心因性視覚障害の原因,もしくは同時期の発症として発達緑内障を取り上げている文献は調べる限りにおいてなく911),非常にまれな症例であると考えられた.しかし,経過および大学初診時の所見から考えるに,発達緑内障が元々あり,それに心因性視覚障害を合併したという可能性も否定できない.特に小児においては,実際に器質的な疾患があるが,その症状を自分でうまく形容しづらいがために,その転換反応として心因性視覚障害が現れた可能性もあるからである.本症例では明らかな心因は発見できなかったが,手術を契機に視覚障害が改善しており,早期の発達緑内障が手術により進行が抑えられ,治療がうまくいったということが心身の安定にもつながったのではないかと考える.本例は11歳という就学児童であり,今後心因性視覚障害の再発もありうると思われるので,注意して経過をみていくつもりである.本症例のように,心因性視覚障害が疑われた場合でも,くり返し隅角検査や眼底検査,眼圧検査などを行い,緑内障の有無の検索をすることが必要と考えられた.本論文の要旨は第18回日本緑内障学会にて発表した.文献1)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20022)横山尚洋:心因性視覚障害の病態と治療方針─精神医学の立場から─.眼臨92:669-673,19983)大辻順子,内海隆:心因性視覚障害児の治療経験およびその母子関係.眼臨89:750-754,19954)大辻順子,内海隆:心因性視覚障害児の病態と治療方針─母子関係に注目して─.眼臨92:658-664,1998———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081591(121)5)山出新一,黄野桃世:エゴグラムから見た心因性視覚障害.眼臨89:247-253,19956)松村香代子,中田記久子,児嶋加代ほか:心因性視力障害児の治療.眼臨94:626-630,20007)内海隆:小児の心因性視覚障害の病態と治療.神経眼科21:417-422,20048)山本節:小児の視野検査.あたらしい眼科19:1297-1301,20029)CatalanoRA,SimonJW,KrohelGBetal:Functionalvisuallossinchildren.Ophthalmology93:385-390,198610)BrodskyMC,BakerRS,HamedLM:Transient,unex-plained,andpsychogenicvisuallossinchildren.Pediatric-Neuro-Ophthalmology,p164-200,Springer-Verlag,NewYork,199611)BainKE,BeattyS,LloydC:Non-organicvisuallossinchildren.Eye14:770-772,2000***