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Achromobacter xylosoxidans感染により両側性の急性涙囊炎を発症した1例

2018年10月31日 水曜日

《第6回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科35(10):1407.1410,2018cAchromobacterxylosoxidans感染により両側性の急性涙.炎を発症したC1例児玉俊夫*1田原壮一朗*1平松友佳子*1大熊真一*1岡奈央子*1大城由美*2*1松山赤十字病院眼科*2松山赤十字病院病理診断科CACaseofAcuteBilateralDacryocystitisInfectedbyAchromobacterxylosoxidansCToshioKodama1),SoichiroTahara1),YukakoHiramatsu1),ShinnichiOkuma1),NaokoOka1)andYumiOshiro2)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospitalC目的:Achromobacterxylosoxidans(AX)感染により両側の急性涙.炎を発症したC1症例の報告.症例:患者はC85歳,女性.4年前より左涙.炎を繰り返し,他院で繰り返し抗生物質を投与されていたが,抗生物質投与では寛解しないために松山赤十字病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.涙.切開で膿よりCAXが検出され,その後涙.摘出を行って感染は寛解した.1年後,肺炎で他院入院中に右涙.部腫瘤を生じたため,当科を再受診した.当科受診時には右涙.炎と眼窩膿瘍を併発しており,膿よりCAXが検出された.涙.摘出と眼窩膿瘍摘出を行ったところ感染は寛解した.分離されたCAXはいずれもキノロン,アミノグリコシド,セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示した.結論:AXによる涙.炎は今までに報告がないが,環境菌であり抗菌薬に多剤耐性を示すことから,治療抵抗性の涙.炎では非発酵グラム陰性棹菌も疑って細菌検査を行い,治療に当たることが重要と思われた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCbilateralCacuteCdacryocystitisCcausedCbyCAchromobacterxylosoxidans(AX)C.Case:An85year-oldfemale,whohadbeendiagnosedwithleftdacryocystitis4yearspreviously,wasadmittedtotheeyeclinictoundergoantibiotictherapyseveraltimes.Herinfectionwasnotresolved,soshewasreferredtoourclinic.AXwasisolatedfromthepurulentdischargeafterlacrimalsacincision.Theinfectionwasresolvedafterdacryocystectomy.Oneyearlater,whileshewashospitalizedbecauseofpneumonia,atumorwasobservedintherightClacrimalCsacCarea.CMRICrevealedCdacryocystitisCandCadjacentCorbitalCabscess.CBothCwereCremoved,CandCsinceCthennorecurrenceofdacryocystitishasbeenobserved.TheAXwasresistanttoquinolones,aminoglycosidesandcephalosporins.Discussion:AcutebilateraldacryocystitiscausedbyAXisrare,butAXisanenvironmentalbac-teriumwithmulti-drugresistance.Ifacaseofdacryocystitishasapooroutcomewithantibiotictreatment,anon-fermentativegram-negativerodbacteriummightbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(10):1407.1410,C2018〕Keywords:Achromobacterxyloxidans,非発酵グラム陰性桿菌,環境菌,急性涙.炎,涙.摘出.Achromobacterxyloxidans,non-fermentativegram-negativerodbacterium,environmentalbacterium,acutedacryocystitis,dacryo-cystectomy.CはじめにAchromobacterxylosoxidansはブドウ糖非発酵で好気性,運動性を有するグラム陰性桿菌である1).A.xylosoxidans感染症はC1971年に藪内と太山によって慢性中耳炎患者の耳漏から分離されたC7株に対して最初に報告された2).以前,A.xylosoxidansはCAlcaligenes属に分類されていたが,ribo-somalRNA塩基配列の違いによりCAchromobacter属は独立菌属とされた.A.xylosoxidansは水や土壌など自然環境下に広く分布し,弱毒菌とされ,眼感染症において起炎菌としてはまれな病原微生物である1).今回,両側性の急性涙.炎の起炎菌としてCA.xylosoxidansが検出されたC1症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCI症例患者:85歳,女性.4年前より左涙.部の腫脹を何回も繰り返し,他院でそのたびに抗生物質の点滴が施行されていたが,ガチフロキサシン点眼とセフェピム点滴治療を行っても左涙.炎が改善しなかったため,2014年C8月に松山赤十字病院眼科(以下,当科)を紹介され,受診した.既往歴として生後間もなく,原因不明の眼疾患によって両眼とも失明した.20歳代で発症した統合失調症のために入退院を繰り返したのち,救護院に移ってからは長期間入所中である.なお家族歴は不明であ図1左涙.炎a:左涙.炎.左涙.部に発赤腫脹を認めた(→).Cb:眼窩CCT写真.左涙.部は広範囲に混濁していた(→).右涙.部には腫脹は生じていなかったが,石灰化陰影(☆)を認めた.両眼窩部には石灰化を伴い,萎縮した眼球と思われる陰影を認めた(.).Cc:摘出した涙.(→).Cd:摘出した涙.のCHE染色所見.摘出組織は炎症細胞を伴う肉芽組織であった.バーはC50Cμm.右下の挿入図では一部,線毛を有する円柱上皮を示す.バーはC100Cμm.る.初診時視力は両眼ともC0で,眼圧は測定不能であった.両眼とも小眼球で眼球癆の状態であった.左涙.部の発赤および腫脹が認められたため(図1a),眼窩CCT撮影を行ったところ,左涙.部の腫脹は広範囲に広がっていた.右涙.部の腫脹は生じていなかったが,内部に高吸収の涙道結石を認めた.なお,両眼とも眼内に石灰化を伴った小眼球を示していた(図1b).おもな血液検査所見として,末梢血では白血球数はC4,700/μlで好中球C47.1%,好酸球C2.1%,好塩基球C0.4%,単球C5.9%,リンパ球C44.7%と異常を認めなかった.C反応性蛋白(CRP)はC0.72Cmg/dlと軽度上昇していた.肝,腎機能異常は認められなかった.即日入院となり,涙.切開を行って排膿が認められた.セファゾリンナトリウムの点滴とレボフロキサシンの点眼治療を開始した.第C3病日に細菌培養検査で分離された細菌はグラム陰性桿菌でCA.xylosoxidansと同定された(図2a,b).薬剤感受性の結果を表1に示す.分離されたCA.Cxylosoxi-dansはキノロン,アミノグリコシド,セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示した.抗菌薬の治療に反応せず,涙.炎が増悪していたので同日局所麻酔で左涙.摘出を行った.左涙.部の皮下には涙.と周囲の壊死組織がみられ摘出した(図1c).摘出組織の病理組織学的所見として,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色で一部に涙.上皮組織がみられたものの,大部分は炎症細胞を伴う肉芽組織であった(図1d).左涙.摘出後には同部位の発赤,腫脹は消失した.術後C7カ月までは左涙.炎の再発は認めなかったが,2015年C7月に肺炎のため他院に入院中,右涙.部に腫瘤を形成したために同月末に当科を紹介され,受診となった.涙.部の発赤,腫脹は軽度であったが,皮下腫瘤を形成しており右慢性涙.炎と考えた.他院を退院となったC8月下旬に当科を受診したところ右涙.部に発赤を伴った腫瘤およびその耳側に図2涙.切開時の排膿の細菌培養a:チョコレート寒天培地(右)とヒツジ血液寒天培地上に形成されたコロニー.Cb:排膿して得られた試料の塗抹標本.グラム染色でグラム陰性桿菌(→)が認められた.表1A.xylosoxidansの薬剤感受性薬剤CMIC判定薬剤CMIC判定CPIPC<=8CSCGM>8CRCCAZC8CSCTOB>8CRCCZOP>16CRCAMK>32CRCCFPM>16CRCMINO<=2CSCIPM<=1CSCLVFXC4CICMEPMC8CICCPFX>2CRCDRPMCN/RCST<=2CSCAZT>16CRCFOM>16CNACC/S<=16CNACCLCN/RCP/T<=8CS細菌分離は当院微生物検査室において通常培養で行い,薬剤感受性検査は微量液体希釈法(NCCLS法)によりCMicroScanTM(Siemens社)を用いて測定した.薬剤感受性については被検菌の発育阻止最小濃度(MIC)より各薬剤の判定基準に従い,S(Susceptible,感受性あり),I(Intermediate,中間感受性),R(Resistant,耐性)と判定した.検査薬剤は,ペニシリン系はピペラシリンナトリウム(PIPC),セファロスポリン系はセフタジジム(CAZ),セファゾプラン(CZOP),セフェピム(CEPTM),カルバペネム系はイミペネム(IPM),メロペネム(MEPM),ドリペネム(DRPM),モノバクタム系はアズトレオナム(AZT),ペニシリン系配合剤はスルバクタム/セフォペラゾン(C/S),ピラシリン/タゾバクタム(P/T),アミノ配糖体系はゲンタマイシン(GM),トブラマイシン(TOB),アミカシン(AMK),テトラサイクリン系はミノサイクリン(MINO),キノロン系はレボフロキサシン(LVFX),シプロフロキサシン(CPFX),その他の抗生物質としてスルファメトキサゾール/トリメトプリム(ST),ホスホマイシン(FOM),コリスチン(CL)である.N/R:マイクロスキャンでは測定限界,NA:判定不能.も皮下腫瘤を触知したために(図3a),眼窩CMRI検査を行った.右涙.部に比較的高信号の腫瘤病変とその耳側に被膜に包まれた比較的低信号の球状の腫瘤病変を認めたので(図3b)涙.炎と眼窩膿瘍を併発していると考えた.涙.部を圧迫すると膿の排出が認められ,A.xylosoxidansが検出された.涙.摘出および眼窩膿瘍摘出を行った.眼窩膿瘍と考えられた病変は.胞様組織であり,摘出途中に破.して膿が流出した(図3c).さらに.胞は涙.上端に続いており(図3d),涙道結石も認めたために涙小管炎が増悪して憩室を形成していた可能性も考えられた.分離されたCA.xylosoxidansは前回と同様にキノロン,アミノグリコシド,セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示した.2回目の手術よりC2年C3カ月後に両涙.炎の再発は認めていない.なお入居していた救護施設の水道および風呂の水の細菌培養を行ったが,A.Cxylosoxi-dansをはじめ病原微生物は検出されなかった.CII考按両側性に発症した急性涙.炎の起炎菌としてCA.Cxylosoxi-図3右涙.炎a:右涙.炎.右涙.部のやや上方に発赤を伴った腫瘤(→→)とその耳側にも腫瘤形成を認めた(→).Cb:眼窩CMRI画像.涙.部に比較的高信号の腫瘤病変(→)とその耳側に被膜に包まれた比較的低信号の球状の.胞(→)を認めた.Cc:右下眼瞼に皮膚切開を行い,球形の眼窩腫瘤病変を摘出した(→).Cd:皮膚切開線を鼻側に延長して切開を加え,涙.部腫瘤を摘出した(→).dansが検出されたC1症例を経験した.A.xylosoxidansはブドウ糖非発酵グラム陰性棹菌の一つで,水や土壌などに広く分布し,弱毒菌とされている.そのためCA.xylosoxidansは環境常在菌と位置づけられており,クロルヘキシジングルコン酸塩消毒液に対して強い抵抗性をもつことより,日和見病原体として病院内感染や老人ホームなどの施設内感染の原因となりうる1).A.xylosoxidansが環境菌である根拠として,Nakamotoらは河川など戸外の環境水や屋内の生活水から採取したC89検体で細菌培養を行ったところ,9検体で本菌が検出できたと報告している3).さらに乳癌の全身転移患者がCA.xylosoxidansの敗血症で死亡したが,家庭環境を調査したところ井戸の飲み水よりCA.xylosoxidansが検出されたという報告例があり4),環境菌が日和見感染の原因となりうることが証明された.本症例では入居していた救護施設の水道および風呂の水の細菌培養を行ったが,A.xylosoxidansは検出されなかったために感染経路を特定できなかった.眼科領域ではコンタクトレンズ保存液から検出されることが多く,稲葉らが,ソフトコンタクトレンズ消毒剤容器の出口部擦過において検出される細菌の頻度を調べたところ,A.xylosoxidansは第C4位に位置していた5).一方,コンタクトレンズより抽出したC16SリボゾームCRNAの遺伝子解析によりCAchromobacter属は検出菌の首位を占めており,さらに走査電子顕微鏡による観察でCAchromobacter属はコンタクトレンズ上においてバイオフィルムを形成するという報告6)があり,コンタクトレンズ関連角膜感染症の起炎菌として重要であるとしている.南インドではC8カ月の観察期間でCA.xylosoxidansによる眼感染症はC10例を数え,角膜移植後感染C6例,それ以外の角膜感染症C2例,眼内炎C2例と高率に発症していたが7),米国ではCA.xylosoxidansによる眼感染症はC28年間にC28例とまれではあるが,視力予後は悪いと報告されている8).A.xylosoxidansによる重症の眼感染症として,角膜潰瘍の報告例9),白内障術後眼内炎10)および網膜.離後のバックル感染11)の報告例が散見される.一般的にグラム陰性桿菌の感染症は緑膿菌感染が多いためにアミノ配糖体による治療が第一選択となるが,ゲンタマイシンに抵抗性を示すグラム陰性桿菌の感染症ではCA.xylosoxidansによる感染症を考慮に入れる必要がある.A.xylosoxidansによる涙.炎は今までに報告がないが,アミノ配糖体をはじめ多剤耐性を示すことから,治療抵抗性の涙.炎では非発酵グラム陰性棹菌も疑って細菌検査を行い,治療に当たることが重要と思われた.謝辞:A.xylosoxidansの分離同定を行った松山赤十字病院検査部西山政孝技師長,谷松智子係長に感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)藪内英子:AchronobacterとAchronobacterCxylosoxidans─27年の歩み─.JARMAM10:1-12,C19992)YabuuchiCE,COhyamaA:AchromobacterCxylosoxidansCn.sp.CfromChumanCearCdischarge.CJpnCJCMicrobiolC15:477-481,C19713)NakamotoCS,CSakamotoCM,CSugimuraCKCetal:Environ-mentalCdistributionCandCdrugCsusceptibilityCofCAchrono-bacterxylosoxidansCisolatedfromoutdoorandindoorenvi-ronments.YonagoActaMedicaC60:67-70,C20174)SpearCJB,CFuhrerCJ,CKirbyBD:AchromobacterCxylosoxi-dans(Alcaligenesxylosoxidanssubsp.xylosoxidans)bctere-miaCassociatedCwithCaCwell-watersource:CaseCreportCandCreviewCofCtheCliterature.CJCClinCMicrobiolC26:598-599,C19985)稲葉昌丸,糸井素純,井上幸次ほか:ソフトコンタクトレンズ消毒剤の汚染状況.日コレ誌55:109-113,C20136)WileyCL,CBridgeCDR,CWileyCLACetal:BacterialCbio.lmCdiversityCinCcontactClens-relateddisease:EmergingCroleCofaCAchromobacter,CStenotrophomonasCandCDelftia.InvestCOphthalmolVisSciC53:3896-3905,C20127)ReddyAK,GargP,ShahVetal:Clinical,microbiologicalpro.leandtreatmentoutcomeofocularinfectionscausedbyAchromobacterCxylosoxidans.CorneaC28:1100-1103,C20098)SpiererCO,CMonsalveCPF,CO’BrienCTPCetal:ClinicalCfea-tures,CantibioticCsusceptibilityCpro.les,CandCoutcomesCofCinfectiouskeratitiscausedbyAchromobacterxylosoxidans.CorneaC35:626-630,C20169)NewmanPE,HiderP,WaringIIIGOetal:CornealulcerduetoAchromobacterxylosoxidans.BrJOphthalmolC68:C472-474,C198410)VillegasCVM,CEmanuelliCA,CFlynnCHWCJrCetal:EndoC-phthalmitisCcausedCbyCAchromobacterCxylosoxidansCafterCcataractsurgery.RetinaC34:583-586,C201411)HottaCF,CEguchiCH,CNaitoCTCetal:AchromobacterCbuckleCinfectionCdiagnosedCbyCaC16SCrDNACcloneClibraryCanaly-sis:acasereport.BMCOphthalmolC14:142-149,C2014***