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急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):386.390,2012c急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴星最智*1田中寛*2大塚斎史*3卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2町田病院*3京都第2赤十字病院眼科ClinicalFeaturesofEachCausativeOrganisminAcuteBacterialConjunctivitisSaichiHoshi1),HiroshiTanaka2),YoshifumiOhtsuka3)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital2009年1月からの2年間に,町田病院において急性細菌性結膜炎を疑った外来患者に対して結膜.と鼻前庭の培養検査を施行した.108例(男性50例,女性58例)が急性細菌性結膜炎と診断された.起炎菌は黄色ブドウ球菌が42例(38.9%),ヘモフィルス属が25例(23.1%),肺炎球菌が16例(14.9%),その他が25例(23.1%)であった.黄色ブドウ球菌性による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).Bothconjunctivalsacandnasalbacterialcultureswereperformedfromoutpatientswithsuspectedacutebacterialconjunctivitis,basedonclinicalpresentationoveraperiodof2yearsfromJanuary2009atMachidaHospital.Atotalof108patients(50male,58female)werediagnosedwithacutebacterialconjunctivitis.CausativeorganismscomprisedStaphylococcusaureus(42cases,38.9%),Haemophilusspecies(25cases,23.1%),Streptococcuspneumoniae(16cases,14.9%)andother(25cases,23.1%).ConjunctivitisduetoS.aureuswasassociatedwithfewercolds(14.3%),fewercontactswithchildren(28.6%)andmanyunilateralcases(78.6%).ConjunctivitisduetoHaemophilusspecieswasassociatedwithcolds(76.0%),frequentcontactwithchildren(56.0%)andmanybilateralcases(56.0%).Pneumococcalconjunctivitistendedtoexhibitseverebulbarconjunctivalinjection,strongassociationwithcontactwithchildren(87.5%)andmanybilateralcases(62.5%).Othertypesofconjunctivitiswereassociatedwithfewercolds(28.0%),fewercontactswithchildren(28.0%)andmanyfemalecases(76.0%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):386.390,2012〕Keywords:急性細菌性結膜炎,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌,鼻腔保菌.acutebacterialconjunctivitis,Staphylococcusaureus,Haemophilusinfluenzae,Streptococcuspneumoniae,nasalcarriage.はじめに急性細菌性結膜炎は一般眼科診療でありふれた疾患であるが,初診時に菌種同定ができないという理由から広域抗菌点眼薬を処方する機会が多いと思われる.しかしながら感染症の診断とは,感染の誘因と臨床所見および起炎菌の同定をもって総合的になされるものである.培養検査結果が不明だからといって初期診断を諦めるのではなく,感染疫学的根拠に基づいた的確な問診を行い,特徴的な臨床所見を捉えたうえで起炎菌を推定することも必要と考えられる.急性細菌性結膜炎の検出菌についてはこれまでにも多くの報告1.5)がなされているが,最近行われた多施設共同研究ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(23%),アクネ菌(14%),レンサ球菌属(13%),黄色ブドウ球菌(11%),コリネバクテリウム属(10%),インフルエンザ菌(5%),モラクセラ属(3%)の順で多く検出されたと報告されている5).しかしながら,筆者らが行った急性細菌性結膜炎の調査では,結膜.と鼻前庭培養からの検出菌を総合して起炎菌診断を行ったところ,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌の3〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN386386386あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(98)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 菌種が全症例の69%を占めており,これらが主要な起炎菌と考えられた6).これら3菌種はいずれも上気道感染症の主たる起炎菌でもあり,病態の理解のためには急性細菌性結膜炎も上気道感染症の一部と捉えるほうがよいのではないかと筆者らは考えている.今回筆者らは,前回の調査をさらに1年継続して分析を行った.特に性差,罹患眼,球結膜充血の程度に関して,起炎菌ごとに特徴がないかを検討した.その結果,急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴について有用な知見が得られたので報告する.I対象および方法1.対象患者2009年1月1日から2010年12月31日までの2年間に高知市の町田病院を外来受診した急性結膜炎患者を対象とした.対象基準は,1週間以内の発症で,球結膜充血を認め,眼脂の自覚症状または前眼部所見において眼脂を認める症例とした.初診時すでに抗菌点眼薬を使用している症例,2週間以内に抗菌薬を内服している症例,コンタクトレンズ装用者,5歳以下のいずれかに該当する場合は対象から除外した.である.4.検討項目年齢分布,検出菌の内訳,推定起炎菌の診断分布,起炎菌ごとの検出部位について調査した.つぎに,起炎菌ごとに性差,罹患眼,2週間以内の感冒症状(感冒率),2週間以内の小児接触歴(小児接触率),球結膜充血の程度を比較した.小児接触歴については,小学生以下との接触を有りと判定した.球結膜充血の程度はアレルギー性結膜疾患診療ガイドラインの臨床評価基準に従い,軽度,中等度,高度の3つに分類した.統計学的解析はFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果1.年齢分布2年間の調査期間における対象症例数は108例(男性50例,女性58例)で,平均年齢は52.2±22.2歳(範囲:6.923025■:男性■:女性202.検体採取および培養方法検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせたスワブで下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭をそれぞれ擦過し,輸送培地(BDBBLカルチャースワブプラス)に入れた後にデルタバイオメディカルに輸送した.両眼性の場合は,症状の強いほうから検体を採取した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳糖加寒天培地(bromothymolbluelactate151050代代代代代満症例数年齢agar),チオグリコレート増菌培地を用いた.結膜.擦過物は好気培養と増菌培養を35℃で3日間行った.鼻前庭擦過物は好気培養のみを35℃で3日間行った.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はClinicalandLaboratoryStandardsInstituteの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.3.推定起炎菌の診断方法推定起炎菌の診断は既報6)と同様の方法で行い,結膜.と鼻前庭の培養結果をもとに黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属(主としてインフルエンザ菌),肺炎球菌,その他の4つに分類した.具体的には,結膜.から黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌(以下,これらを3大起炎菌とよぶ6))のいずれかが検出された場合,その菌種を起炎菌と確定診断した.結膜.から3大起炎菌以外の菌が検出された症例や結膜.培養陰性だった症例のうち,鼻前庭から3大起炎菌のいずれかが検出された場合,その菌種を疑い例と診断した.黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌の3菌種を3大起炎菌とよぶ理由は,これら3菌種が三井ら7)が定義する細菌性結膜炎の特定起炎菌であり,さらに前回の筆者らの調査6)において,これら3菌種が特定起炎菌の上位を占めていたため図1年齢分布表1結膜.と鼻前庭における検出菌の内訳結膜.鼻前庭菌種菌株数菌種菌株数コリネバクテリウム属25コリネバクテリウム属63MS-CNS15MS-CNS59MR-CNS4MR-CNS18MSSA23MSSA38MRSA1MRSA2インフルエンザ菌15インフルエンザ菌17ヘモフィルス属1ヘモフィルス属2肺炎球菌14肺炎球菌10a溶血性レンサ球菌3a溶血性レンサ球菌9G群溶血性レンサ球菌2G群溶血性レンサ球菌1Klebsiellapneumoniae1Klebsiellapneumoniae2緑膿菌1ナイセリア属2バシラス属1バシラス属2合計106合計225MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.(99)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012387 22%17%15%8%13%23%22%17%15%8%13%23%■:黄色ブドウ球菌■:黄色ブドウ球菌(疑)■:ヘモフィルス属2%■:ヘモフィルス属(疑):肺炎球菌■:肺炎球菌(疑)■:その他図2推定起炎菌の診断分布歳)であった.年齢分布を図1に示す.発症年齢は60代が一番多かったが,30代にも小さなピークを認め二峰性を示した.2.検出菌の内訳培養陽性率は結膜.擦過物が75.9%,鼻前庭擦過物が100%であった.結膜.からは106株,鼻前庭からは225株が検出された.各部位からの検出菌の内訳を表1に示す.3.推定起炎菌の診断分布推定起炎菌の診断分布を図2に示す.疑い例も含めると,黄色ブドウ球菌が最も多く38.9%(42/108例)を占めた.つぎにヘモフィルス属が23.1%(25/108例),肺炎球菌が14.9%(16/108例)と続き,3大起炎菌が76.9%を占めた.その他の結膜炎は23.1%(25/108例)であった.その他の結膜炎症例における結膜.検出菌の内訳は,コリネバクテリウム属のみが6例,メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci:MS-CNS)のみが3例,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci:MR-CNS)のみが1例,コリネバクテリウム属+MS-CNS+a溶血性レンサ球菌が1例,MR-CNS+コリネバクテリウム属が1例,緑膿菌+MR-CNSが1例,結膜.培養陰性が12例であった.4.起炎菌ごとの検出部位起炎菌ごとの検出部位を図3に示す.黄色ブドウ球菌では28.5%(12/42例),ヘモフィルス属では40.0%(10/25例),肺炎球菌では50.0%(8/16例)の症例において,結膜.と鼻前庭から同一菌種を検出した.5.性差起炎菌ごとに女性の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では45.2%(19/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では44.0%(11/25例),肺炎球菌による結膜炎では56.2%(9/16例),その他の結膜炎では76.0%(19/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に女性の割合が高かった(各々p=0.021,p=388あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012100%80%60%40%20%0%■鼻のみ1892■眼と鼻13108■眼のみ1166黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属肺炎球菌図3起炎菌ごとの検出部位数字は人数を示す.0.042).6.罹患眼黄色ブドウ球菌による結膜炎では両眼性が21.4%(9/42例),右眼のみが28.6%(12/42例),左眼のみが50.0%(21/42例)であった.ヘモフィルス属による結膜炎では両眼性が56.0%(14/25例),右眼のみが28.0%(7/25例),左眼のみが16.0%(4/25例)であった.肺炎球菌による結膜炎では両眼性が62.5%(10/16例),右眼のみが31.3%(5/16例),左眼のみが6.2%(1/16例)であった.その他の結膜炎では両眼性が32.0%(8/25例),右眼のみが40.0%(10/25例),左眼のみが28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,黄色ブドウ球菌による結膜炎では肺炎球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった(各々p=0.004,p=0.007).7.感冒率感冒率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では14.3%(6/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では76.0%(19/25例),肺炎球菌による結膜炎では50.0%(8/8例)その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群につい(,)て統計学的に比較したところ,ヘモフィルス属による結膜炎では,黄色ブドウ球菌やその他の結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(各々p<0.001,p=0.001).さらに,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(p=0.012).8.小児接触率小児接触率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では28.6%(12/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では56.0%(14/25例),肺炎球菌による結膜炎では87.5%(14/16例),その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属およびその他の結膜炎に比べて有意に小児接触率が高かった(各々p<0.001,p=0.044,p<0.001).つぎに,ヘモフィルス属による結膜炎(100) 黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に小児接触率が高く(p=0.038),その他の結膜炎と比べて小児接触率が高い傾向を認めた(p=0.084).9.球結膜充血の程度起炎菌ごとの球結膜充血の程度を図4に示す.中等度.高度の球結膜充血の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では47.6%(20/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では48.0%(12/25例),肺炎球菌による結膜炎では75.0%(12/16例),その他の結膜炎では48.0%(12/25例)であり,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった(p=0.080).III考按筆者らが2009年1月からの1年間に行った最初の調査では,対象症例数が52例ではあるものの,黄色ブドウ球菌の鼻腔感染が結膜炎発症に関与していること,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎では小児からの飛沫感染が主たる要因であることを疫学的に示した6).本研究ではさらに調査期間を1年延長し,症例数を108例にまで増やすことで性差,罹患眼など他の項目についても検討を行った.年齢分布に関しては,60代が最も多かったが30代にも小さなピークをもつ2峰性を示した.興味深いことに,この分布は感染性角膜炎全国サーベイランス8)における非コンタクトレンズ装用者の感染性角膜炎の年齢分布に類似していた.これは,細菌性結膜炎のリスク要因である鼻腔の黄色ブドウ球菌感染や小児からの飛沫感染が,感染性角膜炎のリスク要因にもなっている可能性を示唆していると考えられる.感染性角膜炎では,コンタクトレンズ装用の他,外傷や眼表面の易感染状態が感染リスクとして重要である9.12)が,その他の要因についてもさらなる調査が必要と考えられた.推定起炎菌の診断分布に関しては,前回の調査6)と同様に3大起炎菌が約7割を占めた.1年ごとに分けてみると,(101)2009年では黄色ブドウ球菌が19人(44.2%),ヘモフィルス属が5人(11.6%),肺炎球菌が5人(11.6%),その他が14人(32.6%)であり,2010年では黄色ブドウ球菌が23人(35.4%),ヘモフィルス属が20人(30.8%),肺炎球菌が11人(16.9%),その他が11人(16.9%)であった.年ごとに分けてみても上位3菌種が変わらないこと,さらに上位3菌種が過半数を占めていることから,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌を結膜炎の3大起炎菌とよぶことに無理はないと考えられた.2010年にヘモフィルス属が多かったのは,前回の筆者らの報告6)でヘモフィルス属と肺炎球菌はepidemicに発生すると述べているように,ヘモフィルス属感染症の流行があったためと考えられた.検出部位に関しては,結膜.と鼻前庭の両部位から同一菌種が検出されている症例が28.50%存在した.このことは,結膜炎を発症している際,結膜.と鼻腔の細菌叢が密接に関わっていることを示唆しているものと思われる.両部位からの菌株の抗菌薬感受性パターンがどの程度一致するかについては今後検討が必要と考えられた.性差に関しては,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて女性の割合が有意に高い結果となった.理由については過去に報告がなく不明である.推測であるが,化粧などにより皮膚や鼻腔の常在細菌が眼表面に混入しやすいことが要因の一つとなっているかもしれない.罹患眼に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎ではヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった.このことから,黄色ブドウ球菌の感染は主として汚染された手指による眼部への接触感染によって成立しているのではないかと推測された.一方,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎で比較的両眼性が多いのは,先行する鼻咽頭感染の後に鼻をかむなどの行為により涙道を介して逆行性に感染している可能性,さらには小児の飛沫を正面から浴びたことによる直接的な飛沫感染の2つの要因が考えられた.感冒率と小児接触率に関しては,ヘモフィルス属と肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に高い割合であった.前回の調査6)では対象症例数が少ないこともあり感冒率については菌種間で有意な違いが認められなかったが,本研究において有意な違いがあることが示された.球結膜充血に関しては,肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった.肺炎球菌による結膜炎は両眼性が多いことから,球結膜充血が強い症例ではアデノウイルス結膜炎との鑑別を要する.本研究では,一部の症例においてアデノウイルス抗原検出キットを使用しているが,アデノウイルス陽性患者は認めなかった.アデノウイルス結膜炎と確定診断であたらしい眼科Vol.29,No.3,2012389 きない症例では,肺炎球菌感染症の可能性も考慮すべきである.2年間の調査結果を総合すると,主要な起炎菌ごとに典型症例が存在することがわかる.黄色ブドウ球菌による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼性が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).結膜炎患者に遭遇した際,これらの典型症例を参考にしながら起炎菌を推定し,症例に応じた抗菌点眼薬の使い分けを行うことが医学的根拠に基づいたempirictherapyであると思われる.本研究では,市中感染としての急性細菌性結膜炎を調査対象としている.したがって,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症が多いといわれている長期入院患者13,14)や,眼表面の易感染患者15)の場合には注意が必要である.また本研究では嫌気培養を施行していない.したがって,アクネ菌などの嫌気性菌の関与についてはさらなる検討を要する.結論としては,市中感染としての急性細菌性結膜炎のおよそ7割は,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌のいずれかによるものであった.これら3大起炎菌による結膜炎はそれぞれに特徴的な感染疫学的背景を有していた.したがって,初診であっても問診と臨床所見を組み合わせることで起炎菌を推定することが可能と考えられた.文献1)青木功喜:急性結膜炎の臨床疫学的ならびに細菌学的研究.あたらしい眼科1:977-980,19842)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19893)東堤稔:眼感染症起炎菌─最近の動向.あたらしい眼科17:181-190,20004)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20075)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20116)星最智,卜部公章:急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学.あたらしい眼科28:415-420,20117)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用性抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌90:511-515,19868)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20069)木村由衣,宇野敏彦,山口昌彦ほか:愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討.あたらしい眼科26:833-837,200910)中村行宏,松本光希,池間宏介ほか:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎.あたらしい眼科26:395-398,200911)杉田稔,門田遊,岩田健作ほか:感染性角膜炎の患者背景と起炎菌.臨眼64:225-229,201012)星最智,卜部公章:高知町田病院における細菌性角膜炎の検討.臨眼65:633-639,201113)大橋秀行,福田昌彦:高齢者の細菌性結膜炎からの起炎菌の検討.あたらしい眼科15:1727-1729,199814)大橋秀行:高齢者のMRSA結膜炎80例の臨床的検討.眼科43:403-406,200115)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:11291132,2003***390あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(102)