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涙囊鼻腔吻合術鼻内法施行後に診断された涙囊悪性腫瘍の4例

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1305.1308,2017c涙.鼻腔吻合術鼻内法施行後に診断された涙.悪性腫瘍の4例佐久間雅史*1,2廣瀬浩士*1鶴田奈津子*1田口裕隆*1伊藤和彦*1服部友洋*1久保田敏信*1*1国立病院機構名古屋医療センター眼科*2つしま佐久間眼科CFourCasesofMalignantLacrimalSacTumorDiagnosedafterEndoscopicEndonasalDacryocystorhinostomyMasashiSakuma1,2)C,HiroshiHirose1),NatsukoTsuruta1),HirotakaTaguchi1),KazuhikoIto1),TomohiroHattori1)CToshinobuKubota1)and1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganization,NagoyaMedicalCenter,2)TsushimaSakumaEyeClinic目的:涙.鼻腔吻合術鼻内法施行後に診断された涙.悪性腫瘍のC4例について報告する.症例:対象はC2008年C4月.2014年C8月に名古屋医療センターを紹介受診し,涙.鼻腔吻合術鼻内法施行後に涙.悪性腫瘍と診断されたC4例で,男性C1例,女性C3例で,年齢はC41.70歳(平均C58歳)だった.診断は,扁平上皮癌がC1例,MALTリンパ腫がC1例,びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫がC2例であった.結論:涙.腫瘍はまれであるが今回のC4症例のように悪性腫瘍例もありうる.鼻涙管閉塞や慢性涙.炎でも,常に涙.腫瘍との鑑別が必要であり,積極的に術前後の画像診断や,DCR施行時や施行後でも生検を行うことが重要であると考えられた.CPurpose:Wereportonfourcasesofmalignantlacrimalsactumordiagnosedafterendoscopicendonasaldac-ryocystorhinostomy.CCases:CWeCreviewedCfourCpatients,ConeCmaleCandCthreeCfemale,CwhoCwereCreferredCtoCandCexaminedatNagoyaMedicalCenterfromApril2008toAugust2016andsubsequentlydiagnosedwithmalignantlacrimalCsacCtumorsCafterCendoscopicCendonasalCdacryocystorhinostomy.CSubjectCagesCrangedCfromC41-70Cyears(mean58yrs).Onecasewasdiagnosedwithsquamouscellcarcinoma,onewithMALTlymphoma,andtwowithdi.uselargeB-celllymphoma.Conclusion:Whilelacirmalsactumorsarerare,malignantcases,suchasthefourinthisstudy,arepossible.Evenincaseofnasalcavityobstructionandchronicin.ammationofthelacrimalsac,itisCnecessaryCtoCdi.erentiateCfromClacrimalCsacCtumors.CItCisCimportantCtoCactivelyCperformCimageCdiagnosisCbeforeCandaftersurgery,andbiopsiesduringandafterdacryocystorhinostomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1305.1308,C2017〕Keywords:涙.悪性腫瘍,涙.鼻腔吻合術鼻内法,慢性涙.炎,涙道閉塞.malignantlacrimalsactumor,endo-scopicendonasaldacryocystorhinostomy,chronicin.ammationofthelacrimalsac,obstructionofthenasalcavity.Cはじめに涙.腫瘍は比較的まれな疾患であるが,悪性腫瘍の頻度が高い1,2).しかし,初期症状が,流涙,眼脂,涙.腫脹など,慢性涙.炎と酷似しているため,その鑑別は非常に重要である.また,涙.腫瘍は,罹患率が非常に低いこともあり,初期治療で慢性涙.炎として治療され,見過ごされてしまい,診断が遅れることがある3).涙.鼻腔吻合術には,鼻外法と鼻内法があるが,近年,低侵襲な治療をめざす流れから,鼻内法が広く普及しつつあり,皮膚切開を必要とする鼻外法は減少傾向にある.ただし,狭鼻腔や巨大涙.結石,腫瘍などの場合は,直視下で涙.を操作する必要があるため,鼻外法が適していると考えられる.今回筆者らは,涙.鼻腔吻合術鼻内法(endoscopicCdac-〔別刷請求先〕佐久間雅史:〒496-0071愛知県津島市新開町C1-40-1つしま佐久間眼科Reprintrequests:MasashiSakuma,TsushimaSakumaEyeClinic,1-40-1Shingai,Tsushima,Aichi496-0071,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(93)C1305ryocystorhinostomy:EnDCR)施行後に診断された涙.悪性腫瘍C4例を経験したので報告する.CI対象対象はC2008年C4月.2014年C8月に,名古屋医療センターにてCEnDCR施行後に涙.悪性腫瘍と診断されたC4例で,男性C1例,女性C3例であった.年齢はC41.70歳(平均C58歳)で,扁平上皮癌C1例,悪性リンパ腫C3例であった.〔症例1〕64歳,男性,右側.右側鼻涙管閉塞を主訴に当院を紹介受診した.右側通水検査陰性のため,右側ブジー+涙管チューブ挿入術(directsiliconeCtubeCintubation:DSI)を施行した.涙管チューブ抜去後に,再閉塞し,眼瞼腫脹と結膜浮腫を認めた(図1a,b).右側CEnDCR施行時に,骨の脆弱性と易出血性を認めた症例1図1症例1(64歳,男性,右側)Ca:右側眼瞼腫脹を認める.Cb:右側結膜浮腫を認める.Cc:HE染色にて,小蜂巣状に浸潤する,あるいは,導管内を充満する扁平上皮癌を認める.Cd:初診時CCT画像,水平断.肥厚した右側涙.を認める.Ce:EnDCR後CCT画像,水平断.右側涙.腫瘤の篩骨洞内の軟部組織への連続性を認める.Cf:2年C6カ月後CCT画像,水平断.再発は認めない.Cg:2年C6カ月後CCT画像,冠状断.再発は認めない.ため,術中に生検を施行した.病理組織では扁平上皮癌と診断された(図1c).再度試行したCCTでは,初診時と比較して右涙.部が腫大し,副鼻腔内に連続する内部が均一な腫瘤性病変を認めた(図1d,e).右側拡大涙.腫瘍摘出術と有茎皮弁移植術を施行し,2年C6カ月経過したが,再発は認めていない(図1f,g).〔症例2〕57歳,女性,右側.右側鼻涙管閉塞を主訴に当院を紹介受診した.乳癌の既往があった.右側通水検査陽性だったが,膿の逆流も認めた.右側CEnDCRを施行したが,術後C3週間で涙管チューブが自然抜落した.再挿入するも,再度自然抜落した.また,涙襄部に硬結を認めたため,CTを施行したところ,副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認め(図2a,b),涙.腫瘍が疑われ,経皮的に生検を行った.病理検査で,びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(di.useClargeCBCcellClymphoma:DLBCL)と診断された(図2c,d).化学療法を施行し,4年10カ月経過したが再発は認めていない(図2e,f).〔症例3〕41歳,女性,左側.左側涙.炎を主訴に当院を紹介受診した.左側通水検査陰症例2図2症例2(57歳,女性,右側)Ca:EnDCR後CCT画像,水平断.副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認める.Cb:EnDCR後CCT画像,冠状断.副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認める.Cc:HE染色にて,大型異型核をもつ細胞のびまん性増生を認める.Cd:CD20免疫染色にて,Bcell性を認める.Ce:4年C10カ月後CMRI画像,T2強調水平断.再発は認めない.Cf:4年C10カ月後CMRI画像,T2強調冠状断.再発は認めない.1306あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(94)症例3図3症例3(41歳,女性,左側)Ca:初診時CCT画像,水平断.均一で腫大した左側涙.を認めた.Cb,c:左側涙.部に限局する硬結を認める.Cd:8年C6カ月後CMRI画像,T2強調水平断.再発は認めない.性で膿の逆流を認めた.CTを施行し,内部が均一で腫大した涙.を認めた(図3a).左側CEnDCRを施行し,左側通水陽性となったが,涙.部の腫脹が改善されないため(図3b,c),左側涙.切除術(生検術)を施行した.病理検査にてMALTリンパ腫と診断された.放射線治療を施行し,8年C6カ月経過したが再発は認めていない(図3d).〔症例4〕70歳,女性,左側.左側涙.炎を主訴に当院を紹介受診した.既往症にCDLBCL(10年前に寛解)があった.左側通水検査陰性で膿の逆流を認め,左側シース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)+シース誘導内視鏡下穿破法(sheathCguidedCintubation:SGI)を施行した.涙管チューブ抜去後に再閉塞を認め,涙.部に硬結を認めたため(図4a),CTを施行した.CTにて,副鼻腔に連続する内部が均一な腫瘤性病変を認めた(図4b).左側CEnDCR施行時に,粘膜組織の浮腫と骨の脆弱性など明ら症例4図4症例4(70歳,女性,左側)Ca:左側涙.部に内眥靭帯を超えて上方に及ぶ硬結を認める.Cb:中型.大型異型核をもつ細胞のびまん性増生を認める.Cc:CD20免疫染色にて,Bcell性を認める.Cd:EnDCR前CCT画像,水平断:副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認める.Ce:1年C9カ月後CCT画像,水平断:再発は認めない.かな異常を認めたため,術中に中鼻甲介と涙.の一部を生検した.病理組織よりCDLBCL(再発)と診断された(図4c,d).化学療法を施行し,1年C9カ月経過したが,寛解中である(図4e).CII考按涙.腫瘍は比較的まれではあるが,悪性腫瘍の頻度がC55.60%と非常に高く,その死亡率は,種類やステージにもよるが平均C38%であると報告されている1,2).また,上皮性腫瘍の割合がおよそC70%と多く4),その内訳としては,良性では乳頭腫,悪性では扁平上皮癌や移行上皮癌が多い.また,非上皮性腫瘍では,悪性リンパ腫や悪性黒色腫が多いと報告されている5).涙.腫瘍でもっとも多い症状は,流涙症,再発する涙襄炎,涙.腫脹であり,慢性涙.炎との鑑別が重要である3).本例でも,2例に流涙症,2例に涙.炎,4例で涙.腫脹を認め,全例で初診時より腫瘍を疑うことはできなかった.涙.腫瘍の慢性涙.炎に対し,鑑別すべき症状は,血清流涙と内眥靭帯を超えて上方に及ぶ腫瘤の有無がある.血清流涙に関しては,腫瘍の増殖のために豊富な血管が必要であることから生じるが,今回の症例では,症例C1のCEnDCR時に易出血性を認めたのみで,他の症例には認めなかった.ま(95)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1307た,慢性涙.炎では,膿が重力により下方に溜まる傾向にあるが,腫瘍の場合は,内眥靭帯を超えて上方に及ぶ腫瘤を認めることがあるが,今回の症例の場合は,症例C4のC1例しか認めなかった.画像診断では,CTでは腫瘍による骨破壊などの所見を評価し,MRIでは,軟部組織の病変の範囲や内部構造の質的な評価が重要である.慢性涙.炎はCT1強調画像では低信号,T2で高信号を示すのに対し,悪性リンパ腫などの実質性腫瘍はCT1,T2強調画像ともに低信号を示すと報告されている6).涙道内視鏡に関しては,症例C4でCSEP+SGIを施行したが,術中に明らかな異常に気づくことはできなかった.逆に,本症例で共通していた点は,4例とも涙.炎や鼻涙管閉塞を主訴に他院からの紹介例であり,初診時に血清流涙は認めなかったが,EnDCR施行後も涙.腫脹や眼瞼腫脹が改善しないことであった.また,CTで,4例とも腫脹した涙.部が軟部吸収で均一に描出され,3例で副鼻腔への浸潤が疑われた.涙.腫瘍が疑われる場合は,術中,直視下で涙.内部および周囲を全体的に観察することができるので,涙.鼻腔吻合術鼻外法(externalCDCR:ExDCR)が適していると考えられる3).今回の報告例では,術前より腫瘍を診断する情報が確実でなく,生検も念頭に置きながら治療方針を考えていたため,すべて,侵襲の少ない鼻内法により手術を行ったが,当初から腫瘍が強く疑われれば,ExDCRによるアプローチが第一選択と考える.症例C4は,既往歴も含め,術前より腫瘍の疑いがあり,ExDCRによるアプローチも考慮したが,腫瘍の進展が鼻内にも拡大している可能性も否定できず,鼻内組織の生検が可能で,より侵襲の少ないCEnDCRを行うことで診断を確定し,以後の方針を考慮する方法を選択した.結果的に,以前の腫瘍の再発であり,化学療法で寛解が得られたため,本症例では,鼻内法によるアプローチが有効であったと考えている.ただし,鼻内に腫瘍がなく,涙.限局,もしくは涙.周囲に少しでも腫瘍が疑われる場合は,ExDCRに適応があると思われた.画像診断を詳細に行い,よりに情報を収集することが6),手術法を選択するうえでも重要である.CIII結語今回筆者らは,涙.鼻腔吻合術(EnDCR)施行後に診断された涙.悪性腫瘍C4例を経験した.鼻涙管閉塞や慢性涙.炎では,症状が類似していることから,まれではあるが,涙.悪性腫瘍との鑑別が必要であると考えられ,少しでも疑わしい場合は,術前に造影を含めたCT,MRI撮影を施行し方針を決めるとともに,術後でも画像検査の追加や新たな生検を行うべきであると考えられた.また,涙.限局,もしくは涙.周囲の腫瘍にはCExDCRによるアプローチが必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)StefanyszynCMA,CHidayatCAA,CPe’erCJJCetCal:LacrimalCsacCtumor.COphthalCPlastCReconstrCSurgC10:169-184,C19942)JosephCCF:LacrimalCtumors.COphthalmologyC85:1282-1287,C19783)辻英貴:涙道悪性腫瘍.眼科58:423-431,C20164)HeindlCLM,CJunemannCAG,CKruseCFECetCal:TumorsCofCthelacrimaldrainagesystem.OrbitC29:298-306,C20105)有田量一,吉川洋,田邊美香ほか:涙.悪性腫瘍C6例の診断と治療.あたらしい眼科32:1041-1045,C20156)児玉俊夫,野口毅,山西茂喜ほか:涙.部腫瘍性疾患の頻度と画像診断の有用性についての検討.臨眼C66:819-826,C2012***1308あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(96)

慢性涙嚢炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):567.570,2014c慢性涙.炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例日野智之*1,2外園千恵*1東原尚代*1,3山田潤*4上田幸典*1渡辺彰英*1木下茂*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2大阪府済生会吹田病院*3ひがしはら内科眼科クリニック*4明治国際医療大学ThreeCasesofCornealUlcerCausedbyChronicDacryocystitisTomoyukiHino1,2),ChieSotozono1),HisayoHigashihara1,3),JunYamada4),KousukeUeda1),AkihideWatanabe1)andShigeruKinoshita1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)SaiseikaiSuitaHospital,3)4)MeijiUniversityofIntegrativeMedicineHigashiharaclinic,感染巣を伴わない角膜潰瘍により紹介,慢性涙.炎を診断し治癒した3症例を報告する.症例1:88歳,女性,抗菌薬抵抗性の角膜潰瘍にて紹介受診.初診時に多量の膿性眼脂,右眼鼻下側に細胞浸潤に乏しい角膜潰瘍を認め,涙.炎を診断した.LVFX(レボフラキサシン)および0.1%ベタメタゾン点眼,セフカペン内服により数日で治癒した.症例2:84歳,男性,初診時に多量の膿性眼脂,右眼鼻下側に細胞浸潤に乏しい角膜潰瘍を認め,涙道洗浄,LVFX点眼により治癒した.症例3:100歳,女性,眼脂と眼瞼腫脹があり,眼内炎の診断で紹介受診.初診時に多量の膿性眼脂と広範囲の角膜上皮欠損,前房蓄膿を認めた.涙.炎を診断,GFLX(ガチフロキサシン)およびセフメノキシム点眼,セフカペン内服により約1週間で治癒した.いずれも前医で涙道閉塞を指摘されておらず,初診時に涙道洗浄で多量の膿が逆流,膿の検鏡で多数の好中球,培養でMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)などを検出した.抗菌薬抵抗性で多量の眼脂を伴う角膜潰瘍では,涙道閉塞に留意する必要がある.Thisstudyinvolved3casesofcornealulcerwithoutcellinfiltration.Case1,an88-year-oldfemale,presentedacornealulcerwithoutcellinfiltrationatthelowernasalsideofherrighteyethatwasresistanttotreatmentwithlevofloxacin.Case2,an84-year-oldmale,presentedacornealulcerwithoutcellinfiltrationatthelowernasalsideofhisrighteye.Case3,a100-year-oldfemale,presentedeyelidswelling,alargecornealepithelialdefectandhypopyoninherrighteye.Atfirstpresentation,all3casesexhibitedpurulentdischargeandwerediagnosedaschronicdacryocystitis.Mucopurulentdischargesamplesshowedmanyneutrophils;methicillin-sensitiveStaphylococcusaureusorotherbacteriawerecultured.Thesefindingsshowthatstrictattentionshouldbepaidtolacrimalductobstructionwhentreatingcornealulcerswithoutcellinfiltrationthatareaccompaniedbyalargeamountofdischargeandareresistanttoantibacterialtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):567.570,2014〕Keywords:角膜潰瘍,膿性眼脂,慢性涙.炎,好中球.cornealulcer,purulentdischarge,chronicdacryocystitis,neutrophil.はじめに感染性角膜炎は角膜中央に生ずることが多く,急性に疼痛,眼脂および視力低下を伴って発症し,重症では角膜実質内の膿瘍,前房蓄膿を呈する.感染性角膜炎のなかでも肺炎球菌による角膜炎は,高齢者の慢性涙.炎がリスク因子の一つであることが古くから指摘されている.一方,角膜周辺部に潰瘍を生ずる疾患として,Mooren潰瘍,膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍(リウマチ性角膜潰瘍),カタル性角膜潰瘍がある.これらは非感染性に潰瘍をきたし,通常は眼脂を伴わない.今回筆者らは,多量の眼脂を伴うが,実質に感染所見を伴わない角膜潰瘍により紹介され,慢性涙.炎を診断した3症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ChieSotozono,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(89)567 I症例〔症例1〕患者:88歳,女性.主訴:眼脂.既往歴:甲状腺腫瘍手術.現病歴:2013年1月7日,近医を初診した.右眼に多量の眼脂,睫毛乱生,角膜潰瘍を認め,1.5%レボフロキサシン点眼4/日,0.1%フルオロメトロン点眼4/日で治療されるも改善なく,1月16日京都府立医科大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.06(n.c.),左眼0.06(0.3×sph-2.0D(cyl-1.25DAx120°),眼圧は右眼12mmHg,左眼10mmHgであった.右眼に多量の膿性眼脂,角膜の鼻下側周辺に潰瘍を認めたが,潰瘍部に明らかな細胞浸潤を伴わず,前房内炎症も認めなかった(図1).通水試験を施行したところ,膿の逆流を認め,右眼の眼脂培養にてMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)を検出した.図1症例1:初診時の右眼前眼部上:鼻下側に角膜潰瘍,多量の眼脂を伴うが潰瘍部の細胞浸潤,前房内炎症はない.下:フルオレセイン染色.経過:1.5%レボフロキサシン点眼4/日,0.1%ベタメタゾン点眼2/日,セフカペン(100)3錠分3に処方変更したところ,数日で潰瘍の治癒を得た.鼻涙管閉塞に対して涙管チューブを挿入し,内反症については手術を希望されなかった.当院初診時の採血にてリウマチ因子が陽性(RF84.1IU/ml)であり,内科にて精査したが,リウマチの診断に必要な他の所見を伴わないために経過観察となった.〔症例2〕患者:84歳,男性.主訴:左眼疼痛.既往歴:認知症,糖尿病(コントロール不良).現病歴:2013年1月14日,2日前からの左眼疼痛を主訴にA病院を受診した.A病院にて左眼角膜穿孔を認めたが,眼窩部CT(コンピュータ断層撮影)にて鉄片異物を認めず,1.5%レボフロキサシン処方のうえで経過観察となった.1月17日再診時,両眼に角膜潰瘍があり,診断および加療目的で当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(n.c.),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼16mmHg,左眼11mmHgであった.両眼ともに,抗菌点眼の使用にもかかわらず,多量の膿性眼脂を認めた.右眼は下眼瞼に高度の内反を伴い,角膜鼻下側周辺の上皮欠損と菲薄化を認めた(図2).左眼は穿孔閉鎖しておりフルオレセインに染まらず,また角膜に感染所見を認めなかった.通水試験にて両眼ともに多量の膿の逆流を認め,膿の培養検査でMSSAを検出した.眼脂の塗抹鏡検では,右眼からは好中球,グラム陽性球菌,左眼からは多量の好中球を検出した(図3).経過:1.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルオロメトロン点眼の継続,涙道洗浄により,涙.炎,角膜上皮欠損ともに次第に改善し,初診から3週後には角膜上皮欠損はほぼ消失した.〔症例3〕患者:100歳,女性.主訴:右眼の眼脂,眼瞼浮腫.既往歴:詳細不明.現病歴:以前より眼脂に対してB病院より抗菌点眼を処方されていた.2011年11月14日,介護施設に入所のために親戚が訪れた際に,右眼に高度の眼瞼浮腫,多量の眼脂を認めたため,近医C眼科を受診した.C眼科にて,膿性眼脂,角膜潰瘍,前房蓄膿を認め,眼内炎疑いで同日,当科紹介となった.初診時所見:右眼に高度の眼瞼浮腫,多量の膿性眼脂,広範囲の上皮欠損,前房内フィブリン,前房蓄膿を認めた(図4).角膜に明らかな細胞浸潤,膿瘍を認めず,通水試験にて多量の膿の排出を認めた.排出した膿の培養検査からPeptostreptococcusanaerobius,Actinomycesmeyeri,Prevotellaintermediaを検出した.眼脂の塗抹鏡検ではグラム陽性球菌,グラム陰性桿菌,多568あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(90) 図2症例2:初診時の右眼前眼部鼻下側に角膜潰瘍を認める.図4症例3:初診時の右眼前眼部上:眼瞼浮腫,多量の眼脂,前房蓄膿を認める.下:前眼部フルオレセイン染色にて広範囲の上皮欠損(線内)を認める.図3症例2:初診時の右眼膿塗抹鏡検像好中球に貪食されるグラム陽性球菌を認める.量の白血球を認め(図5),培養検査によりEikenellacorrodensを検出した.経過:涙.炎に伴う角膜潰瘍の診断にてガチフロキサシン点眼6/日,セフメノキシム点眼6/日,セフカペン(100)3錠分3,涙.マッサージにて加療を開始した.B病院内科に入院し,C眼科から往診した.前房蓄膿は速やかに消失し,涙.炎は徐々に軽快,角膜上皮欠損も徐々に縮小,消失した.図5症例3の右眼脂塗抹鏡検にて好中球に貪食されるグラム陽性球菌を認める.(91)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014569 II考按今回経験した3症例では,88歳,84歳,100歳と高齢であること,多量の眼脂を伴うが,細胞浸潤に乏しく,感染巣を伴わない角膜潰瘍を認めたことが共通していた.症例1,症例2では前医より処方された抗菌点眼薬を使用していたにもかかわらず,多量の眼脂を認めた.3症例とも,通水試験により膿の逆流を認め,慢性涙.炎と診断した.これらの症例は角膜感染症あるいは眼内炎が疑われて紹介されたが,角膜内に膿瘍や明らかな細胞浸潤を認めず,涙.炎により二次的に生じた非感染性の病態が主体であったと考える.慢性涙.炎は,鼻涙管閉塞のために涙液が涙.内に貯留し,病原微生物の増殖を生じるものである.涙.内に貯留した膿は,ときに結膜.に逆流する1)が,眼痛などの症状を伴わず,流涙,眼脂など自覚症状に乏しいことも少なくない.成人の涙.炎からの検出菌は,Staphylococcusepidermidis,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含めたStaphylococcusaureusが多数を占めることが報告されており2,3),今回の結果も過去の報告に合致するものであった.慢性涙.炎では,抗菌薬の点眼や内服を続けても一時的な改善がみられるだけであり,根治するには涙道再建術が必要である1).いずれの症例も,前医では涙.炎を診断されておらず,膿の塗抹鏡検で多量の好中球が観察された.多量の眼脂に含まれる菌の毒素,好中球のライソゾーム酵素が角膜潰瘍の成立と進行に寄与した4)と推測された.症例1は睫毛乱生,症例2と3では内反症を認めたことより,睫毛接触による微細な角膜上皮障害が発症の契機となった可能性が考えられた.周辺部角膜潰瘍の代表的疾患は,Mooren潰瘍,リウマチ性角膜潰瘍,カタル性角膜潰瘍があげられる.カタル性角膜潰瘍は透明帯を伴い,細胞浸潤が主体である.Mooren潰瘍,リウマチ性角膜潰瘍では深く掘れ込むような急峻な潰瘍所見が特徴である5)が,3症例ともに,潰瘍部に明らかな細胞浸潤を認めず,輪部に沿った深く掘れ込むような潰瘍所見も認めなかった.今回の3症例のような多量の膿性眼脂を伴う角膜潰瘍で,細胞浸潤に乏しい場合には通水試験を行い,慢性涙.炎の有無を確認する必要がある.慢性涙.炎による角膜潰瘍が疑われた場合は,眼脂あるいは涙.から排出される膿の塗抹鏡検と培養検査を行い,感受性のある抗菌薬の点眼と内服を処方し,涙道再建術を行うことが望ましい.慢性涙.炎が診断されないままであると,角膜潰瘍の遷延化や再発をきたしたり,感染性角膜潰瘍に進展する可能性がある.また,逆に慢性涙.炎は角膜潰瘍の原因になるため,慢性涙.炎を診断した場合は,角膜の診察も必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)児玉俊夫:涙.炎と涙小管炎.あたらしい眼科28:323329,20112)児玉俊夫,宇野敏彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20103)HartikainenJ,LehtonenOP,SaariKM:Bacteriologyoflacrimalductobstructioninadults.BrJOphthalmol81:37-40,19974)芝野宏子,日比野剛,福田昌彦ほか:慢性涙.炎が原因と考えられた周辺部角膜潰瘍の3例.眼臨101:755-758,20075)外園千恵,木下茂,横井則彦ほか:周辺部角膜と強膜の捉え方.角膜疾患外来でこう診てこう治せ.メジカルビュー社,p108-109,2005***570あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(92)