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透析患者における眼科的自覚症状および視力の比較

2012年12月31日 月曜日

《第17回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科29(12):1673.1676,2012c透析患者における眼科的自覚症状および視力の比較松浦豊明岡本全弘辻中大生後岡克典下山季美恵緒方奈保子奈良県立医科大学眼科学教室ComparisonofOcularSubjectiveSymptomsandVisualAcuityinHemodialysisPatientsToyoakiMatsuura,MasahiroOkamoto,HirokiTsujinaka,KatsunoriNotioka,KimieShimoyamaandNahokoOgataDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity目的:透析導入の原因疾患が糖尿病(DM)と慢性糸球体腎炎(CGN)の患者の透析時自覚症状,視力を比較する.対象および方法:2009.2010年の間に維持血液透析患者のなかで眼科通院歴のあるDM症例120名(男性65名,女性55名:60.1±9.8歳),CGN症例128名(男性70名,女性58名:62.5±11.2歳)が対象である.透析中,直後の眼科的自覚症状,視力を検討した.さらに眼科的所見も検査を行った.結果:自覚症状を訴える患者はDM症例30名(25%),CGN症例32名(25%)で差は認めなかった.一過性の視力低下も両症例とも24名で差は認めなかった.また,視力の程度や黄斑部の異常との関連も少ないようであった.両眼とも視力1.0以上の症例はDM症例27名(23%),CGN症例31名(24%)とほぼ同数であったが,良いほうの眼が1.0以上の視力の症例の割合はそれぞれ50名(42%)と74名(58%)であった.また,良いほうの眼の視力0.5から0.3の症例の割合はそれぞれ20名(17%)と13名(10%)である.視力0.2以下の症例の割合はそれぞれ15名(13%)と8名(6%)であった.これらは統計的に有意であった.結論:DM症例のほうがCGN症例よりもlowvisionの範疇にある比率が高いことがわかった.良いほうの視力の差は眼科的所見がDM群で悪いことに起因すると考えられた.しかし,一過性視力低下や自覚症状の程度には両群に明確な差を認めなかった.Purpose:Toevaluatesubjectiveocularsymptoms(duringandsoonafterhemodialysis)andvisualacuityinpatientswithhemodialysiscausedbydiabetesmellitus(DM)orchronicglomerulonephritis(CGN).Methods:WeconductedasurveyinNaraPrefecture,between2009and2010,of120DMpatients(65males,55females;meanage:60.1±9.8years)and128CGNpatients(70males,58females;meanage:62.5±11.2years).Weconsideredtheocularsymptomsduringandsoonafterhemodialysis,andexaminedtheophthalmologicalfindings.Results:Symptomswerecomplainedofin25%ofDMcases(30patients)and25%ofCGNcases(32patients).Temporarydeteriorationofvisualacuity(24patients)showednodifferencebetweenthegroups,andlittleconnectionwithvisualacuityandmacularabnormality.DMandCGNgroupshadalmostthesamepercentageofpatientswithbilateralvisualacuity(≧1.0):23%and24%,respectively.Thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof≧1.0were42%(50/120)and58%(74/128),respectively,thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof0.5.0.3being17%(20/120)and10%(13/128),respectively.Thepercentagesofpatientswithbest-correctedvisualacuityof≦0.2were13%(15/120)and6%(8/128),respectively.Thesedifferencesweresignificant.Conclusion:ThepercentageofpatientswithlowvisionwasrelativelyhighinDMcases.Thedifferenceinbest-correctedvisualacuitywasduetobadophthalmologicalfindings.However,temporarydeteriorationofvisualacuityandocularsymptomswerenotsignificantineithergroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1673.1676,2012〕Keywords:血液透析,眼自覚症状,糖尿病,慢性腎不全.hemodialysis,ocularsubjectivesymptoms,diabetesmellitus,chronicglomerulonephritis.〔別刷請求先〕松浦豊明:〒634-8522橿原市四条町840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ToyoakiMatsuura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara,Nara634-8522,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(83)1673 はじめに近年,長期透析患者が増加している.日本透析学会統計調査1)によると,2000年には20万人を超え,2005年には25万人,そして2010年12月現在で約30万人の慢性透析患者がいると考えられる.さらに,透析導入患者の主要原疾患の推移をみると,常に糖尿病腎症と慢性糸球体腎炎が上位を占めている.1998年糖尿病腎症が一位になってから現在に至るまでその順位は変わっておらず,ますますその差が開いている.2010年現在では糖尿病腎症が約45%,慢性糸球体腎炎が約22%である.また,患者の増加とともに透析療法の合併症が増加している.なかでも眼障害は患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させ,大きな問題となっている.さらに,糖尿病のある透析患者は認知症の発症割合が高いことも報告されている1).以前に筆者らは維持血液透析患者の眼症状を報告2)した際に,糖尿病の患者の視力がそれ以外の患者と比べて比較的悪いのではないかという印象を受けた.さらに患者から,透析時,直後の眼科的自覚症状を訴えられることを臨床の場で感じた.そのため,今回,透析導入の原因疾患が糖尿病(DM症例)と慢性糸球体腎炎(CGN症例)の患者を選んで,眼障害の把握を目的に,透析時自覚症状,視力を比較した.I対象および方法2009.2010年の間に維持血液透析患者のなかで眼科通院歴のあるDM症例120名(男性65名,女性55名:60.1±9.8歳),CGN症例128名(男性70名,女性58名:62.5±11.2歳)を対象とした症例対照研究である.さらに,選択バイアスを減らすために奈良県立医科大学,および4施設で眼科受診歴のあるほぼすべての患者を対象とした.対象2群の性別,年齢,そして透析期間に有意差を認めていない(表1).透析中,直後の眼科的自覚症状は眼科診察時に眼科専門医が口頭で確認した.確認したおもな自覚症状,以前の報告を参考2)にして,一過性の視力低下(見えにくい,霞む,焦点が合いにくい),飛蚊症,眼痛,そして充血をおもに聞くことにした.視力(最良矯正視力),白内障の有無,白内障術後かどうか,緑内障の有無,そして眼底所見をカルテから確認し比較検討した.統計学的にはp<0.05をもって有意差ありとし,検定にはStudent’st-testを用いた.II結果自覚症状を訴える患者はDM症例30名(25%),CGN症例32名(25%)で差は認めなかった.飛蚊症と眼痛がそれぞれ約3%である.結膜充血がDM症例2%に自覚された.乾燥感,流涙,そして青く見えるという訴えがDM症例各1名にあった(表2).一過性の視力低下がそれぞれ24名(20%),24名(19%)であった.さらに,一過性の視力低下を自覚した症例と良いほうの視力との関連を調べた(表3).症例数が比較的少ないが,両者に有意の差を認めなかった.DM症例の良いほうの視力が0.3以下の4症例はそのうち2例が黄斑部の浮腫,2例が黄斑部の萎縮所見が認められた.GCN症例で良いほうの視力が0.3以下の症例はすべて黄斑部の萎縮,1例で視神経の萎縮所見を認めた.視力の低下した症例は全例,何かしらの黄斑部異常を伴っていたが,そのことと一過性の視力低下は関連が少ないようであった.視力を比較してみると,両眼とも視力1.0以上の症例はDM症例27名(23%),CGN症例31名(24%)とほぼ同数で有意差を認めなかった.さらに,良いほうの眼が1.0以上の視力の症例の割合はそれぞれ50名(42%)と74名(58%)であった.また,0.6以上0.9以下の視力の症例の割合はそれぞれ35名(29%)と33名(26%)である.0.3以上0.5以下の視力の症例の割合はそれぞれ20名(17%)と13名(10%)である.視力0.01以上0.2以下の症例の割合はそれぞれ12名(10%)と8名(6%)である.さらに,視力0.01以下の症例の割合はそれぞれ3名(3%)と0名(0%)であった(図1).前眼部の所見として水晶体の混濁が散瞳状態で細隙表2透析中,直後の眼科的自覚症状(複数回答)糖尿病症例慢性糸球体腎炎症例(30症例)(32症例)視力低下24(20%)24(19%)飛蚊症4(3%)5(4%)眼痛5(4%)4(3%)充血2(2%)2(2%)目ヤニ2(2%)2(2%)乾燥感1(1%)0(0%)流涙1(1%)0(0%)青く見える1(1%)0(0%)表1対象糖尿病症例(120症例)慢性糸球体腎炎症例(128症例)p値Student’st-test男性女性年齢(平均±標準偏差)(歳)透析期間(平均±標準偏差)(月)655560.1±9.848.1±39.2705862.5±11.255.2±41.20.6870.4650.3420.5541674あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(84) 表3一過性の視力低下を生じた症例の良いほうの視力との関連良いほうの視力糖尿病症例(24症例)黄斑部異常慢性糸球体腎炎症例(24症例)黄斑部異常p値Student’st-test1.0以上0.6.0.90.3.0.50.01.0.20.01以下16(67%)4(17%)2(8%)2(8%)0(0%)5(21%)2(8%)2(8%)2(8%)15(63%)6(25%)2(8%)1(4%)0(0%)4(17%)2(8%)2(8%)1(4%)0.250.150.880.2表4糖尿病症例と慢性糸球体腎炎症例の眼科的所見の割合(複数回答)眼科的所見(複数回答)糖尿病症例(120症例)慢性糸球体腎炎症例(128症例)p値Student’st-test白内障36(30%)34(27%)0.222両眼白内障術後54(45%)56(44%)0.682緑内障12(10%)6(5%)<0.05眼底所見網膜出血76(63%)36(28%)<0.05黄斑部異常43(36%)10(8%)<0.05網脈絡膜萎縮32(27%)11(9%)<0.05視神経萎縮18(15%)6(5%)<0.05010203040506070症例数(%)■:慢性糸球体腎炎症例:糖尿病症例****p<0.05*1.00.6~0.3~0.01~0.01以上0.90.50.2以下良いほうの眼の視力図1糖尿病症例と慢性糸球体腎炎症例の良いほうの眼の視力の割合灯顕微鏡下に確認できるとき白内障があるとした.両眼とも白内障術後の症例はそれを記載した.白内障の頻度,両眼白内障術後の頻度は変わらなかった.また,緑内障と診断されている症例はDM症例に多く認められた.さらに,視機能にかかわると考えられる,網膜出血(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,高血圧性変化などを含む),黄斑部異常(黄斑浮腫,黄斑部萎縮,黄斑変性ほか),脈絡膜萎縮,さらに視神経萎縮の所見はすべてDM症例で多く認められた(表4).III考按自覚症状は頻度に両者で差を認めなかった.自覚症状では透析直後に約20%で一過性の視力低下を訴えているが,良いほうの視力の程度との関連は両者ともないようであった.視力が低下している症例はほとんど黄斑部の異常を認めてい(85)るので一過性の視力低下と眼底の所見も関連が少ないと考えている.しかし,透析後の眼血流を測定した報告3)では後局部網膜の血流が一過性に低下していることが示されているので,症例よっては視力に影響する可能性もあると考えている.さらに,今回は透析前後の眼圧また血漿浸透圧を測定していないので明確にはできないが,不均一症候群による眼圧の上昇4)も一過性の視力低下の原因として考えられる.また,青く見えるという訴え(cyanopsia)がみられた原因は明らかだが,ほぼ毎回一過性に透析直後から症状が生じ,2.3時間で回復するとのことである.この症例は白内障の術後でないことから,透析の前後に眼球光学系の透過特性が変化している可能性もあり,現在精査中である.ほかの報告によると,アンケート調査対象331名中,眼に何らかの症状がある患者は60%に近いにもかかわらず,そのうち日常生活に支障を感じている患者は半数に満たなかったとのことである.このことは多様な合併症,障害をもつ透析患者では眼以外の合併症への関心が高いのではないかという記述4)がある.今回の結果もこのような眼症状以外に関心があり,どちらかというと眼症状は関心がもたれていないのかもしれない.眼症状の変化に患者自身が気を配ることは今後の視機能を保つうえでの眼科の早期受診,早期発見による,適切な加療を受ける可能性を高めることになる.そのため眼症状に対する意識を高めてもらうように指導することは今後も必要なことと考えられる.視機能の大きな指標である視力をみてみると,DM症例では視力良好な眼が1.0以上の視力のものが少なく,0.2以下の視力の症例が比較的多かった.このことからDM症例のあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121675 ほうがCGN症例よりもlowvisionの範疇にある比率が高い.今回その原因を検索するために,視力障害をひき起こすような眼科疾患を簡単ではあるが調査した.白内障に関してはその程度がまちまちであること,術後には視力が改善することが多いため評価がむずかしかったが,症例数は両症例で差を認めなかった.今後この点についても検討を加える予定である.緑内障に関して,DM症例で頻度が高かった.この点についても,その病型,病態について詳細な検討が今後の課題であると考えている.眼底の状況は,たとえば眼底出血をみてもそれが糖尿病によるものか,高血圧によるものか,網膜静脈の閉塞によるものか厳密な判断がむずかしい.さらに,今回は両眼の良いほうの視力を生活に必要な視力として比較検討しており,視力の悪いほうの眼の眼科的所見と直接に因果関係がない場合があると考えている.こちらも今後の検討課題としている.ただし,全体として眼科的所見はDM症例で視力低下をひき起こす可能性のある所見は高いと考えられる.今後糖尿病を原因疾患とする血液透析患者がさらに増加することが予想される現状を考えると,眼科的合併症もますます深刻なものになると考えられる.患者のQOLを高めるためには,日常生活に必要な視機能を維持することが今後の課題である.最後に日本透析学会統計調査によると糖尿病の透析患者は老齢になると認知症の発症率が高いことが報告されている.60歳以上では非糖尿病群で1.8%,糖尿病群で3.3%,75歳以上では非糖尿病群で9.9%,糖尿病群で11.7%,そして90歳以上では非糖尿病群で23.0%,糖尿病群で33.6%と有意の差が認められている1).別の報告では視力低下は老齢期の認知症を進行させるという報告がある5).このことを考えると,特に糖尿病の透析患者は眼科,内科だけでなく精神科との連携を保って診察を続けることが必要と考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)社団法人日本透析医学会ホームページ,http://www.jsdt.or.jp,図説わが国の慢性透析療法の現況,2010年末の慢性透析患者に関する基礎集計,p3-39,20122)松浦豊明,湯川英一,原嘉昭ほか:奈良県における維持血液透析患者の眼合併症.眼臨紀3:1154-1158,20103)永井紀博,篠田啓,木村至ほか:血液透析による後局部網膜の血流変化.眼紀52:557-559,20014)RamsellJT,EllisPP,PatersonCA:Intraocularpressurechangesduringhemodialysis.AmJOphthalmol72:926930,19715)原鮎美,松原こずえ,田海美子ほか:透析室における視覚障害者へのケア─眼科的愁訴とそのケア:ロービジョンケア─.臨床透析21:719-724,20056)RogersMA,LangaKM:Untreatedpoorvision:Acontributingfactortolate-lifedementia.AmJEpidemiol171:728-735,2010***1676あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012(86)