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隅角に不可逆的変化をきたした原発閉塞隅角緑内障の1例

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(129)1141《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(8):1141.1144,2010cはじめに瞳孔ブロックタイプの閉塞隅角緑内障は,虹彩切開術がスタンダードな治療法である.今回筆者らは,レーザー虹彩切開術治療に同意されず慢性的な隅角閉塞をきたし,のちに手術加療が必要となった症例を経験し,線維柱帯切除の際に得られた線維柱帯組織を観察したので報告する.I症例患者:79歳,女性.主訴:右眼眼痛,視力低下.既往歴:13年前に脳腫瘍(良性)手術.10年前より糖尿病,慢性腎不全,4年前に乳癌で手術.また脂質異常症,高血圧,難聴がある.独り暮らしで内科通院も不定期であった.現病歴:2008年5月1日夜,右眼眼痛,右眼視力低下を〔別刷請求先〕甘利葉子:〒150-8935東京都渋谷区広尾4-1-22日本赤十字社医療センター眼科Reprintrequests:YokoAmari,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossMedicalCenter,4-1-22Hiroo,Shibuya-ku,Tokyo150-8935,JAPAN隅角に不可逆的変化をきたした原発閉塞隅角緑内障の1例甘利葉子*1濱中輝彦*1尾羽澤英子*2高桑加苗*2村上晶*3*1日本赤十字社医療センター眼科*2越谷市立病院眼科*3順天堂大学医学部眼科学教室ACaseofChronicAngle-ClosureGlaucomaShowingIrreversibleChangesinOutflowRoutesYokoAmari1),TeruhikoHamanaka1),HanakoObazawa2),KanaeTakakuwa2)andAkiraMurakami3)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KoshigayaMunicipalHospital,3)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine症例は79歳,女性.右眼眼痛,視力低下を自覚し受診した.両眼浅前房,右眼眼圧33mmHgと高値を示し,レーザー虹彩切開術を試みるも,照射時の眼痛強く治療困難であった.約3カ月後に眼痛で再診した.右眼眼圧36mmHg,前房は消失,隅角は全周閉塞し,眼底は透見不能であった.再度レーザー虹彩切開術を試み成功したが,眼圧は一時低下したものの34mmHgに再上昇した.長期の閉塞隅角により隅角に不可逆的変化が生じている可能性と,術後悪性緑内障のリスクも考慮し,右超音波水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+隅角癒着解離術+計画的後.切開+前部硝子体切除術+線維柱帯切除術+マイトマイシンC塗布を全身麻酔下で施行した.線維柱帯の病理学的所見では,色素を有した細胞が線維柱帯間隙を占有し,Schlemm管は完全に閉塞していた.長期慢性閉塞隅角緑内障では隅角の不可逆的変化を起こすことがあり,これを念頭においた治療を考えるべきである.A79-year-oldfemaleconsultedahospitalwithcomplaintofpainandlossofvisionintherighteye,whichexhibitedashallowanteriorchamberandelevatedintraocularpressure(IOP)of33mmHg.Laseriridotomycouldnotbesuccessfullycompletedbecauseofseverepain.Afteranabsenceof3months,sheconsultedthehospitalonceagain.Laseriridotomywasoncemoreattempted,andsucceededineffectinganopeningofsufficientsize.However,IOPagainincreased,to34mmHg.Inviewoftheriskofpostoperativemalignantglaucomaandirreversiblechangesintheoutflowroutes,cataractsurgery,goniosynechialysis,intentionalposteriorcapusulotomy,anteriorvitrectomyandtrabeculectomy(mitomycinC)wereperformedundergeneralanesthesia.HistologicalexaminationofthetrabeculectomyspecimendemonstractedocclusionoftheSchlemm’scanalandthetrabecularmeshworkspace.Physiciansshouldkeepinmindthatinchronicangle-closureglaucomaeyeswithlongstandinghighIOP,irreversiblechangesinoutflowroutesmayoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1141.1144,2010〕Keywords:慢性閉塞隅角緑内障,Schlemm管,前眼部光干渉断層計(OCT).chronicangle-closureglaucoma,Schlemm’scanal,anteriorsegmentopticalcoherencetomography(OCT).1142あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(130)自覚し,5月7日越谷市立病院受診.両眼浅前房,右眼眼圧=33mmHgと高値を示し,急性緑内障発作と診断した.右眼に対してレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)を試みるも,途中で疼痛を理由に本人の要望で治療が中止となった.その後,レーザー治療の恐怖心のため通院が途絶えていた.2008年8月22日眼痛で再診.右眼眼圧=36mmHg,薬物療法で右眼眼圧=25mmHg前後まで眼圧降下はみられたがコントロール不良であり,2008年9月16日,日本赤十字社医療センター眼科へ紹介となった.検査所見:視力は右眼=0.2(矯正不能),左眼=0.7(0.8×+2.50D(cyl.1.50DAx160°).前眼部・中間透光体はvanHerick法にて右眼grade0,左眼grade2と浅前房であった.白内障はEmery-Little分類で右眼grade3,左眼grade2.隅角は,右眼は全周閉塞していた.眼圧は右眼=36mmHg,左眼=10mmHg.眼底は右眼透見不能,左眼は糖尿病網膜症を認めなかった.Amodeでの眼軸長測定では右眼22.01mm,左眼22.31mmと短眼軸長であった.スペキュラマイクロスコープによる角膜内皮細胞密度測定では右眼3,278個/mm2,左眼2,976個/mm2,中央角膜厚は右眼622μm,左眼562μmであった.前眼部光干渉断層計(以下,前眼部OCT,VisanteTM:CarlZeissMeditec)では,右眼前房深度1.22mmときわめて浅く(図1),4象限の隅角撮影では4象限とも隅角閉塞しており(図2),虹彩形状より瞳孔ブロックタイプの慢性閉塞隅角緑内障と診断した.同様に左眼も前房深度1.62mmと浅前房であった(図3).II経過全周にわたる隅角閉塞を認めているため,全身麻酔下で右白内障+隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)を予定した.しかし本人は手術に同意せず,そのためまずはレーザー治療の必要性を説得して了承され,2008年10月3日LIを施行した.その結果,右眼眼圧34mmHgから25mmHgと下降した.その後薬物療法(2%サンピロR,チモプトールRXE0.5%,トルソプトR点眼,ダイアモックスR内服)で経過をみていたが,右眼眼圧34mmHgと高値を示したため,手術加療が必要であることを再度説明し,手術の同意を得られた.手術計画としては,①今までの経緯から複数回の手術は避ける必要があり,②長期の閉塞隅角では隅角に不可逆的変化が生じている可能性が示唆され,③慢性閉塞隅角緑内障の手術では悪性緑内障のリスクが高いという3点を踏まえ,考えられるリスクを考慮して1回で手術を終えることを目標とした.まず,浅前房,虹彩前癒着解除のために白内障手術とGSLが必要と考えた.また,長期未治療の慢性閉塞隅角緑内障では隅角に不可逆的変化が生じている可能性が高く,白内障手術とGSLのみでは十分な眼圧下降が得られない可能性が高いと考え,線維柱帯切除術の必要性もあると考えた.そして慢性閉塞隅角緑内障における線維柱帯切除術は術後悪性緑内障のリスクが高いため,このリスク回避のため計画的後.切開+前部硝子体切除術を加えた.2008年12月4日全身麻酔下で右超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(.外固定)+GSL(1°~8°)+意図的後.切開+前部硝子体切除術+線維柱帯切除術(11°)+マイト18.3°11.4°10.05mm1.22mm1080μm550μm図1右眼術前前眼部OCT(2008年9月16日)右眼前房深度1.22mmときわめて浅い.8.8°11.1°11.42mm1.62mm1040μm550μm図3左眼前眼部OCT(2008年9月16日)前房深度1.62mmと浅前房である.12時6時9時3時全周にわたる隅角閉塞図2右眼術前前眼部OCT(2008年9月16日)4象限において全周にわたる隅角閉塞を認める.(131)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101143マイシンC塗布を施行した.術中は超音波乳化吸引術のあと硝子体圧が高く水晶体後.が角膜まで上昇した.この後計画したように前部硝子体切除術を行った.GSLでは癒着解離針は使用せず,ヒーロンVRのみを使用した.術後,中間周辺部に散在性の網膜出血を5.6カ所に認めたが,6カ月後に消退した.視神経乳頭は緑内障性視神経陥凹は認められなかったが,耳側全体が蒼白であった.術後の経過としては術翌日の右眼眼圧は20mmHg.その後眼圧は点眼使用下(キサラタンR・チモプトールR0.5%)であるが12.14mmHg程度と落ち着いており再上昇を認めず,大きな合併症も認めていない.術後右前眼部OCTでは前房深度2.92mmと前房が深くなり(図4),隅角の開大も認めている(図5).術後視力は2009年9月7日右眼=0.2(0.2×+0.50D(cyl.1.25DAx60°)である.左眼も浅前房眼であり,こちらに対しては2009年7月1日に全身麻酔下で左超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を行った.III病理学的所見線維柱帯切除手術で得られた標本を3分割して2つのブロックをエポン包埋,中央のブロックをパラフィン包埋して病理学的検討を行った.エポン包埋トルイジンブルー染色標本では線維柱帯に多くの色素を有した細胞が線維柱帯間隙を占有しており,Schlemm管は完全に閉塞していた(図6).正常眼でのパラフィン包埋のトロンボモジュリン免疫染色ではSchlemm管と集合管の内皮細胞が陽性像を示す1)が,本症例ではSchlemm管に相当する部位には陽性像は認められず,Schlemm管の内皮細胞は消失していた(図7).線維柱帯では,線維柱帯細胞の消失,線維柱帯の癒合,色素細胞の遊出,線維柱帯細胞の色素貪食により線維柱帯間隙は消失していた.IV考按瞳孔ブロックタイプにおける慢性閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序は,まず短眼軸眼に加齢による水晶体厚の増加が加わ33.2°25.3°10.57mm2.92mm230μm650μm図4右眼術後前眼部OCT(2008年12月10日)手術により前房深度2.92mmと前房が深くなっている.12時6時9時3時全周にわたる隅角開大図5右眼術後前眼部OCT(2009年7月2日)隅角の開大を認める.前房100μm図6エポン包埋(トルイジンブルー染色)前房集合管100μm図7パラフィン包埋(トロンボモジュリン免疫染色)集合管は陽性を示すが,Schlemm管内皮細胞に相当する部位(楕円)は消失していて陽性所見はない.1144あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(132)ると前房が浅くなり,虹彩後面と水晶体前面の間の房水通過障害(相対的瞳孔ブロック)が起こる.これにより後房圧が前房圧より高くなり,虹彩が前方に押され虹彩周辺部の前彎が起こり,虹彩による隅角閉塞をきたして眼圧が上昇すると考えられている.本症例では短眼軸眼であり,前眼部OCTでも虹彩が前彎している形状が確認できた.原発閉塞隅角緑内障は,原発開放隅角緑内障での点眼治療と異なり原則的にレーザー治療を含めた外科的治療を要する疾患である2).まず最初に試みられる外科的治療として,瞳孔ブロック解除のためにLIやプラトー虹彩に有効といわれるレーザー隅角形成(lasergonioplasty:LGP)があり,観血的治療としては水晶体摘出,GSLが推奨されている3).本症例は前眼部OCT所見より瞳孔ブロックタイプの緑内障が疑われ,2回目のLIで十分な虹彩の穿孔が得られたにもかかわらず隅角閉塞が解除されないこと,視野障害が中等度に進行していることから,2008年5月より眼痛を訴えているもののさらなる長期の閉塞隅角が存在している可能性が高いと考えた.また,本症例では手術による疼痛に対してきわめて強い恐怖感があり,再手術は不可能であり全身麻酔下で一期的に手術を完成する必要があることを念頭においた.したがって水晶体摘出とともに,長期の隅角閉塞により隅角に器質的変化4,5)が生じていると考え,濾過手術は必要と判断した.しかし,慢性隅角閉塞緑内障における線維柱帯切除術は悪性緑内障のリスクが高く,本症例の状況を考えると,この悪性緑内障の予防も考えた前部硝子体切除術の追加も必要と判断した.悪性緑内障のトリガーとして水晶体虹彩隔壁の前方移動は線維柱帯切除術後に容易に起こることが予想される.この現象が,隅角閉塞,房水の硝子体腔への流入貯留,そして硝子体圧の上昇へと連鎖して水晶体虹彩隔壁の前方移動をさらに強めるという悪循環を生じる6).このようなリスクを避けるためには硝子体のボリュームを減少させることが必要で7,8),これが実際に悪性緑内障の手術治療となっている.本症例で筆者らが手術中に経験したように,水晶体乳化吸引のあと硝子体圧が高く水晶体後.が角膜まで上昇したことは術後に悪性緑内障をひき起こすリスクの高いことを示唆する所見であり,前部硝子体切除術は本症例に妥当な術式であると考えられた.慢性閉塞隅角緑内障に関する組織学的検索は臨床報告に比べるときわめて少ない.本症例もSchlemm管の閉塞,線維柱帯間隙の消失4,5),線維柱帯細胞の消失と癒合が認められた4).このような変化は不可逆な変化と考えられ,もし隅角全周にこの変化が生じていれば,たとえ白内障手術やGSLによって隅角が広くなっても術後高眼圧は免れないと考えられる.本症例のような隅角組織学的変化は,長期にわたって虹彩根部線維柱帯組織の接触によって生じた不可逆的変化と考えられる.疼痛に対する恐怖心が強くLIのみでは十分な眼圧下降の得られない慢性閉塞隅角緑内障症例では,全身麻酔下で前部硝子体切除術も含めた手術治療が必要な症例もあると考えられた.本症例にはGSLを併用したが,その意図は,線維柱帯と虹彩根部の接触が術後も存続することは好ましいことではなく,前述したように隅角にさらなる不可逆的変化を生じるリスクが高いと考えたためである.硝子体切除も併用した理由の一つも,硝子体を介して後方から前方への線維柱帯-虹彩接触力を弱め,GSLを効果的ならしめたと考えられることにある.文献1)WatanabeY,HamanakaT,TakemuraTetal:InvolvementofplateletcoagulationandinflammationintheendotheliumofSchlemm’scanal.InvestOphthalmolVisSci51:277-283,20102)永田誠:わが国における原発閉塞隅角緑内障診療についての考察.あたらしい眼科18:753-765,20013)大鳥安正:慢性閉塞隅角緑内障の診断と治療.あたらしい眼科22:1193-1196,20054)SihotaR,LakshmaiahNC,WaliaKBetal:Thetrabecularmeshworkinacuteandchronicangleclosureglaucoma.IndianJOphthalmol49:255-259,20015)LeeWR:Doynelecture.Thepathologyoftheoutflowsysteminprimaryandsecondaryglaucoma.Eye9:1-23,19956)栗本康夫:原発閉塞隅角緑内障治療の論点.眼科50:279-288,20087)三宅豪一郎,小池伸子,五十川博士ほか:白内障・眼内レンズ・隅角癒着解離同時手術後に生じた悪性緑内障の1例.あたらしい眼科23:821-824,20068)HabourJW,RubsamenPE,PalmP:Parsplanavitrectomyinthemanagementofphakicandpseudophakicmalignantglaucoma.ArchOphthalmol114:1073-1078,1996***