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岩手県におけるマイクロケラトロンTM での直接採取強角膜片の細菌学的ならびに角膜内皮細胞密度の検討

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(123)1445《原著》あたらしい眼科27(10):1445.1448,2010cはじめに角膜移植手術は長い歴史をもち,現在においてはパーツ移植も盛んに施行されているが,完全な人工角膜が存在しないことより,その手術は角膜の提供に依存している.岩手県においては,前身の「目の銀行」(恵眼協会)を経て昭和39年に厚生省の認可を受けて現在の眼球銀行として発足した岩手医大眼球銀行があり,献眼登録者数1万人運動を展開しその目標を達成するなど盛んな活動を行っているが,慢性的な提供角膜不足に変わりない1).また,近年,提供角膜は強角膜片保存となり,その作製には全眼球摘出手技を含め多くの時間を必要とする.国内提供角膜に関しマイクロケラトロンTM(以下MK,図1)の導入後,献眼数が著明に増加したとの報告があり2),岩手県においてもアイバンク登録者による任意の団体として発足した岩手恵眼会より2007年にMKが寄贈〔別刷請求先〕木村桂:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KatsuraKimura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,19-1Uchimaru,Morioka020-8505,JAPAN岩手県におけるマイクロケラトロンTMでの直接採取強角膜片の細菌学的ならびに角膜内皮細胞密度の検討木村桂工藤利子江川勲浦上千佳子鎌田有紀黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座BacteriologicContaminationandCornealEndothelialCellDensityinCorneoscleralButtonsDirectlyExcisedUsingtheMicro-KeratonTMinIwatePrefectureKatsuraKimura,RikoKudo,IsaoEgawa,ChikakoUrakami,YukiKamadaandDaijiroKurosakaDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:マイクロケラトロンTM(以下,MK)を用いて直接採取したドナー強角膜片の微生物学的汚染と角膜内皮細胞密度に関して検討を行う.方法:2009年2月から2010年1月までにMKで強角膜片直接採取した21名40眼において角膜採取直前の結膜.ならびに角膜移植後の残存強角膜片から細菌分離培養を行った.直接採取強角膜片の角膜内皮細胞密度と全眼球摘出後に作製した強角膜片の内皮細胞密度を比較した.結果:40眼中27眼(67.5%)の結膜.から細菌が分離された一方で,移植後の残存強角膜片からは全例で検出されなかった.移植後,急性期角膜感染症または術後眼内炎に至った例はなかった.MKにて直接採取した強角膜片の角膜内皮細胞密度(2,829個/mm2±392)と従来の全眼球摘出後に作製した強角膜片の内皮細胞密度(2,690個/mm2±396)との間に有意差はなかった.結論:MKにより直接採取された強角膜片は微生物学的汚染や角膜内皮細胞密度の点から移植に用いるのに問題が少ないと考えられた.Weevaluatedmicrobialcontaminationandcornealendothelialcelldensityofdonorcorneoscleralbuttons(CBS)directlyexcisedusingaportableelectrictrephine,theMicro-KeratonTM(MK).BetweenFebruary2009andJanuary2010,CBSweredirectlyexcised,usingtheMK,from40eyesof21donors.BacterialcultureswereperformedonsamplestakenfromtheconjunctivalsacjustbeforecornealexcisionandfromresidualCBSaftercornealtransplantation.Inaddition,cornealendothelialcelldensityofdirectlyexcisedCBSwascomparedwiththatofCBSexcisedafterwholeeyeenucleation.Bacteriawereisolatedfromtheconjunctivalsacin27of40eyes(67.5%),whereasnobacteriaweredetectedinanyresidualCBSaftertransplantation.Moreover,therewasnosignificantdifferenceincornealendothelialcelldensitybetweenCBSdirectlyexcisedwiththeMK(2,829cell/mm2±392)andthoseexcisedafterwholeeyeenucleation(2,690cell/mm2±396).TherewerefewproblemswithmicrobialcontaminationorcornealendothelialcelldensitywhenusingCBSdirectlyexcisedbyMKfortransplantation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1445.1448,2010〕Keywords:マイクロケラトロンTM,角膜移植,提供眼球,細菌感染,ドナー角膜内皮細胞密度.Micro-KeratonTM,keratoplasty,donoreye,bacterialinfection,donorcornealendothelium.1446あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(124)された.MKは献眼時に強角膜片を直接採取することが可能であるため,全眼球摘出後の強角膜片作製と比較し短時間で強角膜片作製することができ,強膜の大半が残るため自然な義眼装用が可能となる.その一方で,MKによる直接強角膜片採取は完全な無菌的採取法でないこと,機械を用いることから採取時に角膜内皮の機械的損傷を生じる可能性が示唆されている3)が,これらに関して報告は少ない4).今回筆者らはMKで直接採取した強角膜片の微生物学的汚染や角膜内皮細胞密度に関して検討し,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法対象は2009年2月から2010年1月までにMKを用いての強角膜片直接採取が可能であった23名46眼中,HTLV(ヒトT細胞白血球ウイルス)陽性2眼,白内障手術既往歴あり角膜内皮細胞密度が減少していた2眼,角膜実質混濁1眼,保存角膜とした1眼を除く21名40眼(52~94歳,平均年齢75.8±11.9歳)である.献眼者からの角膜摘出は清潔操作にて行った.眼瞼を10%ポビドンヨードイソジンRで洗浄し,ドレーピングを行い,開瞼器で開瞼させた後,眼球を8倍PAヨードで洗眼した.角膜直接採取直前の状態でswabを用いて結膜.より結膜ぬぐい液を採取し,血液/チョコレート培地で炭酸ガス培養にて細菌の分離を行った.MKの使用ブレイドは14~16mmのなかから瞼裂に合わせ可能な限り大きいものを使用し,献眼者より直接強角膜片を作製した.強角膜を切り取った後,眼球内容物をシリンジで吸い取り,強膜内にシリカゲル粉末を入れ義眼を乗せた.摘出された強角膜片はただちにOptisolTM-GSを入れたcornealviewingchamberに保存され冷蔵運搬された.同一検者によって強角膜片の角膜内皮細胞密度を測定し,これまで当科で使用していた全眼球摘出後に作製した強角膜片(50歳代~90歳代各20眼)の内皮細胞密度と年齢をマッチさせ比較した(Mann-Whitney検定).強角膜片は角膜移植時にシャーレに十分量満たしたBSS(平衡食塩液)で約30秒浸けおき洗浄し使用した.トレパンで打ち抜いた後の残存強角膜片も無菌的操作にてスピッツに保存し,同様の細菌分離培養を行った.また,移植後1カ月以内の急性期角膜感染症または術後眼内炎の有無を検討した.II結果対象となった21名40眼の結膜ぬぐい液から分離培養された細菌を表1に示す.40眼中27眼(67.5%)の結膜ぬぐい液から細菌が分離された.割合としてはCorynebacteriumspp.とCNS(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)の陽性率が高か表1細菌培養検査による検出菌の内訳角膜直接採取直前の結膜.ぬぐい液移植後残存強角膜片検出菌陽性数陽性率陽性数陽性率Corynebacteriumsp.14例35.0%0例0%CNS12例30.0%0例0%a-streptococci5例12.5%0例0%Staphylococcusaureus4例10.0%0例0%Moraxellacatarrhalis3例7.5%0例0%MRSA2例5.0%0例0%Acinetobacterbaumannii1例2.5%0例0%CNS:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.n=40,重複8眼.移植後の残存強角膜片から細菌は全例で検出されなかった.表2角膜内皮細胞密度MKにて直接採取した強角膜片全眼球摘出後に作製した強角膜片年齢(平均年齢±標準偏差)数(眼)角膜内皮細胞密度(個/mm2平均±標準偏差)年齢(平均年齢±標準偏差)数(眼)角膜内皮細胞密度(個/mm2平均±標準偏差)50歳代54.0±2.043,065±50556.0±2.5202,942±25960歳代65.0±2.8102,998±36565.8±2.3202,700±40870歳代75.3±1.582,890±31375.9±1.1202,699±44780歳代84.8±2.4132,752±30784.4±2.3202,646±35390歳代92.4±1.452,419±24293.1±1.9202,483±343全例75.8±11.9402,829±39275.4±13.41002,690±396両群間で統計学的有意差を認めなかった.図1マイクロケラトロンTM(125)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101447った.18眼(32.5%)の結膜ぬぐい液からは細菌が検出されなかった.移植後の残存強角膜片から細菌は全例で検出されなかった.直接採取移植片を移植後1カ月以内にレシピエントが急性期角膜感染症または術後眼内炎に至った例はなかった.MKにて直接採取した強角膜片の各年代別の強角膜片数と角膜内皮細胞密度を表2に示す.従来の全眼球摘出後に作製した強角膜片の内皮細胞密度との間に有意差はなかった.III考察これまでのMKによって作製された強角膜片を用いた術後成績の報告によると,その成績は良好であり,従来の摘出全眼球から作製した強角膜片を用いた術後成績と遜色がないとされている2)が,その一方で,MKによる直接強角膜片採取は完全な無菌的採取法でないこと,機械を用いることから採取時に角膜内皮の機械的損傷を生じる可能性が示唆されている3).高齢者の結膜.の常在菌に関する過去の報告では眼感染症のない65歳以上の高齢者500例1,000眼を対象に結膜.の常在菌を検索した結果,63.5%で何らかの細菌が検出されたとしている5).今回の検討で強角膜直接摘出直前の結膜ぬぐい液において40眼中27眼(67.5%)からCorynebacteriumspp.14眼,CNS12眼,a-streptococci5眼,Staphylococcusaureus4眼,Moraxellacatarrhalis3眼,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)2眼,Acinetobacterbaumannii1眼が検出されたことから,筆者らの行った消毒方法においても摘出時に完全な無菌的状態を作り出すことは不可能であった.また,提供眼の微生物汚染に関するこれまでの報告によると,死後4~14時間経過後に摘出した眼球240眼に対し,抗菌薬を使用する前に細菌培養を行った結果,全例から何らかの細菌を検出したとある6).強角膜片を検体とした細菌の検出率は13.5~45.2%7~11)とあるが,今回の検討において移植直後の残存強角膜片からは細菌は検出されなかった.これは強角膜片作製時に強膜輪部を物理的に擦る操作およびポビドンヨード液を用いて積極的に洗浄することにより輪部強膜に付着する細菌が効果的に洗い流されるとする過去の報告が示すように12),開瞼器で開瞼させた後,眼球を8倍PAヨードで洗眼することでMKによる直接強角膜片採取にかかわる角膜近辺はより減菌された状態で摘出が行われた可能性が考えられる.また,当科において行った眼球保存液の細菌汚染に関しての過去の報告では,イソジンR原液で眼瞼皮膚を消毒し,8倍イソジンR液で結膜.内を洗浄後という今回筆者らが用いた消毒法とほぼ同様な消毒を行い,トブラシン10mgを添加したEP-II100mlに全眼球を保存した24名48眼中の保存液より1名2眼(4.2%)に細菌が分離培養されたとしている13).今回の結果がこの報告よりさらに細菌分離が少なかったことから,レシピエントに移植後1カ月以内の急性期角膜感染症または術後眼内炎に至った例がなかった結果も踏まえて,今回行った筆者らの方法が角膜移植片の微生物汚染の危険をより少なくすることができる可能性があると考えられた.今回行ったMKを用いて採取した強角膜片での角膜内皮細胞密度は,白内障手術既往があり,角膜内皮細胞が減少していた2眼を除き,すべて2,000個/mm2以上であった.コントロールとして用いた従来の方法で作製した強角膜片の内皮細胞密度との間に有意差がなかったことから,MK使用時に懸念される機械的内皮損傷を起こしている可能性は低いと考えられた.今回使用された強角膜片のうち18眼は80歳以上の献眼者から採取されたものであった.これまでの高齢者ドナーを用いた手術成績の報告によると,透明治癒率,視力改善率ともにドナーの年齢には相関がなく重要なことは内皮細胞密度であり14),ドナーの年齢は角膜移植術に重大な影響を与えないとされている15).筆者らは今回の検討を行うに当たりMKを周知する目的で2007年10月に行われた岩手恵眼会の総会において,献眼者から角膜のみを直接摘出するMKに関しての講演を行い,さらに2009年2月にマスコミを通じて,献眼はMKを使用し,全眼球摘出から角膜のみを摘出する方法に変えたことを岩手県全域に発信した.アイバンク調査により過去5年間の岩手県における献眼者からの摘出はすべて当科で行われたことが確認されたが,それによると2006年2月から2008年1月までの献眼者数は2005年2月から2006年1月までの献眼者数と比較し減少していたが,岩手恵眼会総会での講演以降の2008年2月から2010年1月までの献眼者数は増加傾向をみせた(図2).当科としても今後広報活動の有効性をアンケートなどを用いて検討していく必要性はあるが,MKの広報的発表は献眼に対する意識を高め,献眼数の増加を期待できると考えられた.また,献眼数05101520252005年2月~06年1月06年2月~07年1月07年2月~08年1月08年2月~09年1月09年2月~10年1月献眼者数(名)図2献眼者数の推移献眼者は2006年,2007年には減少していたが,MKの岩手恵眼会総会講演(2007年10月),マスコミ広報(2009年2月)後に増加傾向を示した.1448あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(126)の増加に伴いそのなかの高齢者ドナーの割合が増えたとしても,提供角膜を有効に移植に使用できる可能性が高いと考えられる.以上のことよりMKによる強角膜片直接採取により作製された強角膜片は角膜内皮細胞密度や微生物学的汚染度の低さの点から移植に用いるのに問題が少ないと考えられた.また,献眼時に簡便かつ短時間に角膜のみを摘出できるMKの有用性の周知は提供角膜を増加させる有用な方法の一つと考えられた.文献1)石田かほり,吉田憲史,浜津靖弘ほか:岩手医大眼球銀行への献眼および提供眼球についての統計.眼紀53:154-158,20022)小嶺大志,隈上武志,谷口寛恭ほか:マイクロケラトロン採取による角膜移植の検討.臨眼57:173-176,20033)田坂嘉孝,木村亘,木村徹ほか:献眼者からの強角膜片直接採取の試み.眼紀49:479-482,19984)松本牧子,鈴間潔,宮村紀毅ほか:MKにて摘出した強角膜に関する細菌学的検討.眼科手術23:136-139,20105)大.秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜.内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19986)PolackFM,Locatcher-KhorazoD,GutierrezE:Bacteriologicstudyof“donor”eye.ArchOphthalmol78:219-225,19677)忍田太紀,三井正博,澤充:角膜移植ドナーの感染症調査結果.眼科44:205-209,20028)三井正博,澤充:角膜移植用提供眼の状況調査(1993~1998).眼科43:1811-1815,20019)征矢耕一,水流忠彦:提供眼の微生物培養検査と添加抗生剤.あたらしい眼科12:1701-1706,199510)安藤一彦,鈴木雅信,天野史郎ほか:角膜移植用眼球の細菌培養結果.あたらしい眼科6:1383-1385,198911)水流忠彦,宮倉幹夫,澤充:移植用強角膜片の細菌および真菌培養.あたらしい眼科3:97-100,198612)杉田潤太郎:強角膜片保存における生物学的汚染の軽減法.あたらしい眼科12:975-978,199513)今泉利雄,清野雅子,吉田憲史ほか:角膜移植提供眼保存液の細菌汚染.あたらしい眼科10:1533-1535,199314)AbbottRL,FineM,GuilletE:Longtermchangesincornealendotheliumfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology99:676-684,199215)南波敦子,濱田直紀,山上聡ほか:高齢者ドナーを用いた全層角膜移植の検討.臨眼58:1429-1432,2004***