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上顎洞癌陽子線治療後の皮膚炎・ドライアイ;レバミピド点眼が著効した1例

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1314.1317,2013c上顎洞癌陽子線治療後の皮膚炎・ドライアイ;レバミピド点眼が著効した1例宇野真眼科好明館CaseofRadiationDermatitisandDryEyeSyndromeafterProtonBeamTherapy;EffectivenessofRebamipideEyedropsMakotoUnoKoumeikanEyeClinic背景:近年,陽子線治療は頭頸部領域を含む各種の悪性新生物に対し有効な治療法となっている.ただし,陽子線治療は先進医療であり,全国でも限られた施設でしか行われていない.今後は,遠隔地で陽子線治療を受け,地方で病状経過を追う症例が増えると予想される.今回,地方の個人開業眼科診療所で,陽子線照射後の皮膚炎および重篤なドライアイ症例を経験したので報告する.症例:57歳,男性.左上顎洞の進行扁平上皮癌(StageIVA,T4aN0M0)に対して,陽子線照射(総吸収線量70.4GyE)と化学療法(シスプラチン総量350mg)を他院で受け,治療終了後に眼科好明館を受診した.放射線皮膚炎と結膜炎を診断され,抗菌薬眼軟膏およびステロイド眼軟膏塗布で皮膚炎は軽快した.その後,重篤なドライアイを発症し,通常の治療に抵抗性であったが,2%レバミピド点眼を追加処方したところ,速やかに軽快した.結論:陽子線治療に伴う有害事象として,ドライアイは治療困難なことがあり,照射後の患者については慎重な経過観察が必要である.Background:Althoughprotonbeamtherapy(PBT)isavailableforthetreatmentofmanytypesofmalignancy,onlyalimitednumberofinstitutesinJapancanperformthisprocedure.Asaresult,patientswhoreceivePBTatadistantinstitutemayreceivefollow-upcarefromalocalfamilyphysician.Case:A57-year-oldmalewhounderwentPBT(totaldose:70.4GyE)withconcurrentchemotherapyforadvancedsquamouscellcarcinomaoftheleftmaxillarysinuspresentedtoKoumeikanEyeClinicandwasdiagnosedashavingradiationdermatitisandconjunctivitis.Hisdermatitiswastreatedwithtopicalsteroidandantibioticointment,withnocomplications,butseveredryeyesyndromeoccurredsuccessively.Althoughordinarytreatmentfordryeyesyndromehadlittleeffect,thecornealerosionimprovedrapidlyafteradministrationoftopicalrebamipide2%eyedrops;thesymptomsamelioratedsuccessfully.Conclusion:AsanadverseeventofPBT,severedryeyesyndromecanbechallengingtotreat;irradiatedpatientsneedcloseophthalmologicmonitoringforpotentialsequelae.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1314.1317,2013〕Keywords:陽子線治療,放射線有害事象,放射線皮膚炎,ドライアイ,レバミピド.protonbeamtherapy(PBT),radiationadverseevents,radiationdermatitis,dryeyesyndrome,rebamipide.はじめに陽子線治療は近年実用化された放射線治療の一種であり,現行のX線治療との比較検討が盛んに行われている.ただし,陽子線治療は先進医療であり,全国でも限られた施設でしか行われていない.この治療を受ける患者はまだ比較的少数にとどまっているが,今後は,遠隔地で陽子線治療を受け,地方で病状経過を追う症例が増えることが予想される.今回,個人開業の眼科診療所で陽子線照射後の皮膚炎・ドライアイ症例を経験したので報告する.I症例患者は57歳,男性.左上顎洞扁平上皮癌(StageIVA,〔別刷請求先〕宇野真:〒502-0071岐阜市長良157-1眼科好明館Reprintrequests:MakotoUno,M.D.,KoumeikanEyeClinic,157-1Nagara,Gifu,Gifu502-0071,JAPAN131413141314あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(114)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY T4aN0M0)に対し,他院で陽子線照射(総吸収線量70.4GyE,33分割照射)と化学療法(浅側頭動脈からの動注療法,シスプラチン総量350mg)を受けた.同院での治療中に放射線皮膚炎を発症し治療を受けていたが,自己判断で治療を中断した.左眼周囲の痛みを訴えて2012年9月(陽子線治療終了後11日)に眼科好明館を受診した.受信時所見:視力は右眼0.2(0.5×.1.0D(cyl.1.0DAx30°),左眼0.2(0.6×.1.75D(cyl.0.5DAx90°),眼圧は右眼14mmHg,左眼24mmHg.左上・下眼瞼から頬部にかけて皮膚の発赤,落屑があり,一部はびらんを伴っていた(図1).他に,左眼結膜充血ならびに眼脂を認めた.両眼とも核白内障があり,眼底に特記する異常はなかった.陽子線照射による有害事象であり,commonterminologycriteriaforadverseevents(CTCAE)version4.0に基づいて放射線皮膚炎Grade2,結膜炎Grade2と診断された.皮膚炎治療として0.3%オフロキサシン眼軟膏ならびに図1照射終了後11日左上・下眼瞼から頬部にかけて,皮膚の発赤,落屑および一部のびらんを認める.0.05%デキサメタゾン眼軟膏を各1日2回患部に塗布し,結膜炎に対しては1.5%レボフロキサシン点眼と0.1%フルオロメトロン点眼を各1日4回,および0.3%オフロキサシン眼軟膏の結膜.内点入1日2回を処方したところ,ほぼ2週間後に皮膚炎・結膜炎は軽快した.やや兎眼気味ではあったが角膜びらんはなく閉瞼も十分可能であったため,照射終了25日に0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼1日4回を処方し,その他の点眼と眼軟膏結膜.内点入を中止したところ,照射終了後42日に軽度の点状角膜びらんが角膜下方に出現した.0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼から防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼に変更したが,照射終了後50日に点状びらんが角膜全面に多発し,Descemet膜皺襞と前房図2照射終了後57日(レバミピド点眼後0日)防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼,0.1%フルオロメトロン点眼およびオフロキサシン眼軟膏を併用していたが,点状角膜びらんが多発し,大きな角膜上皮欠損も出現している.図3照射終了後64日(レバミピド点眼後7日)角膜びらんはほぼ消失している.角膜前面の水濡れ性は良好である.図4照射終了後165日(レバミピド点眼後108日)軽度の楔状角膜混濁を認める.角膜への血管侵入はない.(115)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131315 微塵を伴う重篤な角膜炎(CTCAEGrade3)を発症した.眼瞼結膜は軽度の充血を示すのみであり,マイボーム腺開口部のpluggingや瞼縁部の充血などのマイボーム腺機能不全を示す所見はなかった.防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼に加えて0.1%フルオロメトロン点眼1日4回と0.3%オフロキサシン眼軟膏結膜.内点入1日2回を再開したが,照射終了後57日の時点で多発する角膜点状びらんは改善せず,大きな角膜上皮欠損も出現した(図2).通常の治療に抵抗性であったが,2%レバミピド点眼1日4回を追加処方したところ,その1週間後の照射終了後64日には角膜びらんはほぼ消失し,角膜前面の水濡れ性が良好な状態に回復した(図3).照射終了後165日の時点で,角膜上皮びらんおよび角膜実質への血管侵入はないが,楔状の混濁を軽度に認めた.この混濁は視力には影響なく,フルオレセイン染色パターンから結膜組織の侵入と思われた(図4).この時点で2%レバミピド点眼1日4回,防腐剤無添加0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼1日4回,0.1%フルオロメトロン点眼1日1回および0.3%オフロキサシン眼軟膏結膜.内点入1日1回を継続している.なお,角膜障害治癒後のSchirmerテストは右眼4mm,左眼11mmであり,著しい涙液分泌減少は認めなかった.また,スペキュラーマイクロスコピーでの角膜内皮細胞数計測は右眼2,645cells/mm2,左眼2,652cells/mm2であり,著しい角膜内皮細胞減少は認めなかった.II考按陽子線治療とは,加速器(サイクロトロンまたはシンクロトロン)を用いて水素の原子核である陽子を加速し,病変部位に照射する放射線治療の一種である.加速された陽子は,与えられた運動エネルギーに応じて一定の距離(飛程,range)を飛んだ後に静止する.したがって,陽子への加速を調節することにより,その到達深度の設定が可能となる.さらに,陽子線を含む粒子線は,飛程終端間際の速度が落ちるところで,より密度高くエネルギーを失うという,ブラッグピークとよばれるピークを有している.このため,異なる飛程をもつ陽子ビームを重ね合わせた拡大ブラッグピークを形成することにより,ある一定の広がりをもった病変部への一様な照射が可能であり,なおかつ,病変部よりも奥にある正常組織の吸収線量を大幅に下げることができる.ただし,総線量が多い場合には,体表部での吸収線量がある程度大きなものになることは避けられず,皮膚炎などの発症が問題となることがある.頭頸部領域において,陽子線治療はintensity-modulatedradiationtherapy(IMRT)を含む従来のX線療法と比べて同等以上の成績をあげており,悪性新生物の切除不可能症例への使用や,小児への応用の可能性について注目されてい1316あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013る.陽子線は粒子線ではあるが,炭素イオン線と比べて線エネルギー付与(linearenergytransfer:LET)は比較的小さく,放射線の効果や障害を考えるうえで低LET線であるX線での経験が参考となるとされている.放射線による有害事象については,CTCAEスコアや,radiationtherapyoncologygroup(RTOG)cooperativegroupcommontoxicitycriteriaなどに従って評価される.現在までに,乳癌治療などに伴う放射線皮膚炎の治療法が検討されてきたが,各治療法のエビデンスは十分なものとはいえず1),各々の医療機関において経験的な治療がなされているのが現状である.2から3度の放射線皮膚炎に対しては,火傷治療に準じて保湿と感染予防を行い,必要に応じてステロイド軟膏を併用することが有効であると思われる.頭頸部領域での治療については,0.033%ジメチルイソプロピルアズレン軟膏(アズノール軟膏R)の使用が紹介されている2).放射線治療時の化学療法併用は皮膚炎発症のリスクファクターであり,今回の症例では使用されていないが,分子標的薬についてもEGF(上皮細胞成長因子)受容体抗体であるcetuximabの使用例では,重度の座瘡様皮膚炎が問題となっており3),注意が必要である.放射線照射後のドライアイについて,Barabinoらのレビューでは,涙腺の総吸収線量が50.60Gyに至ると涙腺萎縮が起こるとしており,涙腺の耐容線量は30.40Gy程度であると述べている4).Bhandareらは,涙腺領域への吸収線量が推定34Gyを超えると重篤なドライアイが増加することを報告しており,その報告のなかで,放射線照射後のドライアイが主涙腺単独の障害によるものではなく,副涙腺,結膜杯細胞およびマイボーム腺などの関与も考えられるが,主涙腺以外の組織については吸収線量の推定は不可能であったと述べている5).外照射ではないが小線源治療後の結膜で杯細胞の減少がみられたという報告があり6),また,放射線照射後の口腔乾燥症では分泌型ムチンが減少している7)ことからも,放射線照射後のドライアイ症例においてムチン減少が関与している可能性が考えられる.今回の症例では,治療に抵抗性であった角膜上皮障害に対してレバミピド点眼が奏効した.レバミピドは杯細胞を増加させ,ムチン分泌を亢進させる作用がある他に,角膜上皮での膜結合型ムチンを増加させる.これらの作用が杯細胞の障害とムチン分泌減少を補い,角膜上皮障害が修復されたものと考えられる.当症例の特徴的な所見として,まず,発症初期から炎症所見が強く,前房微塵やDescemet膜皺襞を伴っていたことがあげられる.皮膚や消化管粘膜における放射線障害について,インターロイキン1などの炎症性サイトカインが関与して慢性炎症をひき起こしていることが報告されており8,9),角・結膜内の微小環境においても,被曝後にサイトカインな(116) どの組成変化があり,慢性の前炎症状態となっていることが考えられる.この状態が,角膜上皮障害を契機として角膜実質に及ぶ急性炎症へと転化し,角膜上皮の微絨毛や膜結合型ムチンの障害をひき起こすことにより,さらなる角膜上皮障害増悪の悪循環に陥ったことが想像される.さらに,角膜びらんは比較的短期間で軽快し,角膜への血管侵入がないにもかかわらず,軽度ではあるものの角膜混濁をきたしたことも特徴的である.放射線照射後に角膜上皮幹細胞が障害されたという報告10)があり,角膜上皮幹細胞に対して,放射線による直接の障害および持続する炎症による二次的な障害が起こり,結膜組織が角膜上に侵入したものと考えられる.レバミピドには抗炎症作用があり,局所投与による直腸の放射線粘膜炎治療の報告もある11)ため,今回の症例のように炎症が強いドライアイ症例においては,発症初期から長期にわたる積極的な使用を考慮すべきであると思われる.III結語陽子線治療を含めた放射線治療後の有害事象に対しては注意深い経過観察が必要であり,ドライアイ発症例では治療に難渋することがある.放射線治療のさらなる普及に伴い,一般開業医であっても放射線障害症例を診察する機会が多くなることが予想されるため,放射線による有害事象とその治療について,基本的知識を備えることが必要である.文献1)SalvoN,BarnesE,vanDraanenJetal:Prophylaxisandmanagementofacuteradiation-inducedskinreactions:asystematicreviewoftheliterature.CurrOncol17:94112,20102)福島志衣,古林園子,石井しのぶ:最新レジメンでわかる!がん化学療法実践編頭頸部がんCDDP+RT療法(シスプラチン+放射線療法).ナース専科30:88-91,20103)BernierJ,RussiEG,HomeyBetal:Managementofradiationdermatitisinpatientsreceivingcetuximabandradiotherapyforlocallyadvancedsquamouscellcarcinomaoftheheadandneck:proposalsforarevisedgradingsystemandconsensusmanagementguidelines.AnnOncol22:2191-2200,20114)BarabinoS,RaghavanA,LoefflerJetal:Radiotherapyinducedocularsurfacedisease.Cornea24:909-914,20055)BhandareN,MoiseenkoV,SongWYetal:Severedryeyesyndromeafterradiotherapyforhead-and-necktumors.IntJRadiatOncolBiolPhys82:1501-1508,20126)HeimannH,CouplandSE,GochmanRetal:Alterationsinexpressionofmucin,tenascin-candsyndecan-1intheconjunctivafollowingretinalsurgeryandplaqueradiotherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol239:488495,20017)DijkemaT,TerhaardCHJ,RoesinkJMetal:MUC5Blevelsinsubmandibularglandsalivaofpatientstreatedwithradiotherapyforhead-and-neckcancer:Apilotstudy.RadiatOncol7:91,20128)JankoM,OntiverosF,FitzgeraldTJetal:IL-1generatedsubsequenttoradiation-inducedtissueinjurycontributestothepathogenesisofradiodermatitis.RadiatRes178:166-172,20129)OngZY,GibsonRJ,BowenJMetal:Pro-inflammatorycytokinesplayakeyroleinthedevelopmentofradiotherapy-inducedgastrointestinalmucositis.RadiatOncol5:22,201010)FujishimaH,ShimazakiJ,TsubotaK:Temporarycornealstemcelldysfunctionafterradiationtherapy.BrJOphthalmol80:911-914,199611)KimTO,SongGA,LeeSMetal:Rebamipideenematherapyasatreatmentforpatientswithchronicradiationproctitis:initialtreatmentorwhenothermethodsofconservativemanagementhavefailed.IntJColorectalDis23:629-633,2008***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131317