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MALDI-TOF 質量分析法により迅速に起因菌が同定できた ノカルジア角膜炎の1 例

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):963.967,2021cMALDI-TOF質量分析法により迅速に起因菌が同定できたノカルジア角膜炎のC1例児玉俊夫*1平松友佳子*1,2上甲武志*1谷松智子*3西山政孝*3*1松山赤十字病院眼科*2愛媛大学医学部眼科*3松山赤十字病院検査部CACaseofNocardiaKeratitisRapidlyIdenti.edbyMALDI-TOFMassSpectrometryToshioKodama1),YukakoHiramatsu1,2)C,TakeshiJoko1),TomokoTanimatsu3)andMasatakaNishiyama3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofClinicalLaboratory,MatsuyamaRedCrossHospitalC目的:ノカルジア角膜炎はまれな疾患であるが,初期診断ができないと重症化することがある.筆者らはマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOFMS)を用いてノカルジア角膜炎と診断したC1例を報告する.症例:70歳,男性.左眼のヒトCTリンパ球向性ウイルスC1型(HTLV-1)関連ぶどう膜炎のために長期間ステロイド点眼を継続していた.外傷の既往なく,左眼角膜中間部に角膜潰瘍を認めたために病巣を擦過した.塗抹標本でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認めた.分離培養された菌をCMALDI-TOFMSで分析したところ,既知のノカルジアのデータベースとのパターンマッチングによりCNocardiaarthritidisと同定された.トブラマイシンとセフメノキシム点眼およびスルファメトキサゾール/トリメトプリム内服を併用して擦過後C25日目には角膜病変は瘢痕化した.結論:MALDI-TOFMSは眼ノカルジア症の迅速診断への有用な手段となりうる.CPurpose:Althoughnocardiakeratitiscasesarerare,amisdiagnosisofthepathogencanleadtoseriouscom-plications.Herewereportacaseofnocardiakeratitisidenti.edbymatrix-assistedlaserdesorptionionization-timeofC.ightCmassspectrometry(MALDI-TOFMS)C.CCase:AC70-year-oldCmaleCwasCtreatedCwithClong-termCsteroidCinstillationforhumanT-celllymphotrophicvirustype1(HTLV-1)associateduveitisinhislefteye.SincetheulcerinCthatCeyeCwasClocatedCinCtheCmid-peripheryCofCtheCcorneaCwithCnoChistoryCofCocularCtrauma,CtheCulcerCbedCwasCsurgicallyCscraped.CACcultureCsmearCrevealedCgram-positiveCrodsCwithCbranchingChyphae,CandCMALDI-TOFCMSCanalysisoftheidenti.edcoloniesshowedNocardiaarthritidisCasthecausativeorganismusingadatabaseofknownnocardiaspecies.Thus,weinitiatedtreatmentwithtopicalcefmenoximeandtobramycininstillation,aswellasoralsulfamethoxazole/trimethoprim.CAtC25-daysCafterCtheCcornealCscraping,ConlyCaCsmallCstromalCscarCwasCobserved.CConclusion:MALDI-TOFCMSCcanCprovideCaccurateCdiagnosis,CandCmightCbeCanCe.ectiveCmethodCforCproperCidenti.cationofnocardia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(8):963.967,C2021〕Keywords:ノカルジア角膜炎,Nocardiaarthritidis,質量分析法,MALDI-TOFMS,日和見感染.nocardialkeratitis,Nocardiaarthritidis,massspectrometry,matrix-assistedlaserdesorptionionization-timeof.ightmassCspectrometry,opportunisticinfection.Cはじめにしかし,外傷の既往がなくても長期間にわたって抗菌薬やス感染性角膜炎は適切な治療の開始時期を逸すると重大な視テロイドの点眼を行っている患者では,常在細菌叢のバラン機能障害を生じるために,緊急の治療を必要とする眼科疾患スが崩れてしまうといわゆる日和見感染を生じて感染性角膜である.感染性角膜炎は外傷を契機に発症することが多い.炎を発症すると考えられている.そのなかで放線菌感染症に〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCよる角膜炎はまれであるが,初期診断ができないと重症化することがある.放線菌は嫌気性のアクチノミセスと好気性のノカルジアに大別できるが,いずれも従来の臨床細菌検査法では菌種の同定までに時間を要することが多い1).ポストゲノムの時代を迎えて,比較的簡便で短時間に細菌を同定できる検査法として質量分析装置を用いた細菌同定法が開発された.すなわちマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(matrix-assistedClaserCdesorp-tionionization-timeof.ightmassspectrometry:MALDI-TOFMS)で,現在市中病院の臨床検査室でも広く用いられている2).今回,MALDI-TOFMSを用いてノカルジア角膜炎と診断し,治療経過が良好であったC1例を報告する.CI症例患者:70歳,男性.主訴:左眼の視力低下,霧視.現病歴:2010年C1月中旬に左眼の霧視を自覚し,他院を受診したところ,左眼の虹彩炎を認めたために精査目的でC1月下旬当科を紹介された.初診時所見:視力は右眼C0.5(1.2×+0.25D(cyl.2.5DAx100°),左眼C0.01(0.04×+4.0D(cyl.1.0DAx110°).右眼眼圧=17CmmHg,左眼眼圧=13CmmHg.左眼の硝子体混濁を伴うぶどう膜炎を認めた.血液検査でヒトCTリンパ球向性ウイルスC1型(HTLV-1)抗体価がC8,192倍と高値を示したためにCHTLV-1関連ぶどう膜炎と診断した.入院治療を希望しなかったため,外来通院にてプレドニゾロン30Cmgの漸減投与とベタメタゾンとレボフロキサシン点眼液のC1時間おきの頻回点眼治療により左眼のぶどう膜炎は緩解した.その後も虹彩炎の再発,緩解を繰り返したために長期間ベタメタゾンあるいはフルオロメトロン点眼を継続していた.なお既往歴には特記事項は認めなかった.2018年C12月,数日前より左眼の異物感を自覚したために当科を受診した.発症以前に眼外傷および異物飛入は自覚していない.受診時所見として右眼視力=(1.0×+1.0D(cylC.3.0DAx100°),左眼視力=(0.3×+1.5D(cyl.1.5DAx90°).右眼眼圧=16mmHg,左眼眼圧=13mmHg.前眼部,中間透光体所見として左眼角膜内側の中間部に境界不明瞭な角膜混濁と周囲への浸潤を認めた(図1a).眼底には著変を認めなかった.血液検査所見として血液一般および肝・腎機能検査に異常は認めなかった.なお,C反応性蛋白(CRP)はC0.1Cmg/dlと正常範囲であった.角膜の浸潤病巣を擦過して擦過物のグラム染色と分離培養を行い,得られたコロニーは臨床細菌検査とCMALDI-TOFMSの検査を行った.角膜擦過物のグラム染色でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認め(図1b),角膜感染症の起炎菌としてアクチノミセス目の細菌が考えられた.受診当日よりレボフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始したが,術翌日には角膜浸潤病巣は残存していた(図2a).MALDI-TOFCMS(ブルカー・ドルトニクス社のCMALDIBiotyperOCを使用)によって得られたマススペクトル(図3)は,既知のライブラリーとのパターンマッチングにより近似性スコアー値が2.022を示したために菌種はCNocardiaarthritidisと同定された(表1)3).その結果を踏まえて,術後C4日目よりスルファメトキサゾール/トリメトプリム(SMX/TMP)内服を追加してトブラマイシンとセフメノキシムの頻回点眼に変更した.その後,臨床細菌検査でもCN.arthritidisの薬剤感受性検査の結果(表2)からそのまま薬物療法を継続した.SMX/TMP内服はC7日間続けた.角膜潰瘍擦過後,8日目図1左眼角膜混濁と角膜擦過物のグラム染色a:左眼の角膜中間部においてC9時方向に境界不明瞭で周囲への浸潤病巣を伴う角膜病変を認めた(.).b:角膜擦過物のグラム染色でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認めた.バーはC1Cμm.abc図2治療経過a:術後C2日目.角膜擦過により病巣の中央部は透明化したが,瞳孔よりの浸潤病巣は残存している.Cb:術後C8日目.浸潤病巣が縮小化していた.c:術後C25日目.角膜病変は透明化し,フルオレセイン染色を行っても染色されなかった.CIntens.[arb]2,5002,0001,5001,00050002,0004,0006,0008,00010,00012,00014,00016,00018,000m/z図3角膜潰瘍擦過物より分離した細菌より得られたMALDI-TOFMSのマススペクトルには浸潤病巣は縮小化し(図2b),25日目に角膜病変は瘢痕化した(図2c).CII考察従来の臨床細菌検査は塗抹検鏡,分離同定,純培養の手順を経て行われるが,菌種の同定困難な症例が存在することも少なくない.1980年代には培養検査を用いない細菌の同定法として,16CSrRNAのシークエンシングによる系統解析が行われるようになった.16CSrRNAは種を超えていくつかの保存性の高い領域をもつが,そのなかで系統樹的に変異領域が遺伝していることがわかっている.この変異を解析することができれば,細菌を遺伝的に同定することが可能であり,16CSrRNA解析法は信頼性の高い細菌同定法として認められている4).ただし操作方法が煩雑であるために一般病院での細菌検査法としては普及していない.ポストゲノムの時代を迎え,比較的簡便で短時間に細菌を同定できる検査法として質量分析装置を用いた細菌同定法が開発された.その原理は,蛋白質は固有の質量をもっているが,質量分析器を用いて蛋白質の質量の違いを計測することにより,分子量から蛋白質を同定することができるというものである2).2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一博士が開発した技術をもとにCMALDI-TOFMSが実用化された.すなわち,レーザーを照射すると破壊される蛋白質とレーザーを吸収しやすいマトリックスを混ぜてからレーザーを表1MALDI-TOFMSによるノカルジア菌種の同定MatchedpatternCScoreC1CNocardiaarthritidisCJMLD0057C2.022C2CNocardiaarthritidisCJMLD0024C1.892C3CNocardiaasiaticaCJMLD0025C1.814C4CNocardiaasiaticaCJMLD0082C1.765C5CNocardiaabscessusCJMLD0019C1.765C6CNocardiaexalbidaCJMLD0034C1.709C7CNocardiapneumoniaeCJMLD0004C1.671C8CNocardiaabscessusCNO_14CHUAC1.662C9CNocardiaarthritidisCJMLD0081C1.659C10CNocardiabeijingensisCJMLD0027C1.619C11CNocardiaasiaticaCJMLD0083C1.608C12CNocardiaabscessusCJMLD0079C1.556C13CNocardiaCsp.MB_9090_05CTHLC1.525C14CNocardiatakedensisCJMLD0010C1.501C15CNocardiaasiaticaCDSM44668CTDSMC1.466C16CNocardiaasiaticaCJMLD0084C1.466C17CNocardiaabscessusCJMLD0054C1.461C18CNocardiaaraoensisCJMLD0056C1.382C19CNocardiaaraoensisCJMLD0023C1.379C20CNocardiasienataCJMLD0008C1.347照射すると,蛋白質の変性なしにイオン化できるという現象を応用したものである.MALDI-TOFMSによる蛋白質の測定原理は,マトリックスと検体を混合して固相化したあとにレーザー照射を行うことにより,蛋白質はマトリックスによって化学的イオン化を受け,それぞれのイオンが真空中の一定距離を飛んでいく時間を計測してマススペクトルを得る.このイオン化はソフトなイオン化といわれ,蛋白質試料が多価イオンを生成しないので解釈可能なスペクトラムを得ることができる.得られたマススペクトルは既知の菌種登録された細菌のライブラリーとのパターンマッチングを行って,マッチングスコアがC2.0以上であれば種レベル,1.7以上であれば属レベルの細菌同定が可能となる3).MALDI-TOFMSの最大の特徴は短時間で菌種を同定することが可能な点で,分離培養により得られたコロニーをCMALDI-TOFMSで解析すると菌種同定に要する時間は数C10分であるのに対して,生化学的性状による同定キットを用いる検査では長時間の観察が必要で,菌種が同定不能なこともある.一般的に病原性アクチノミセスは培養を行っても発育が遅く,十分な発育にはC14日間を要するとあり1),さらにBeamanによるノカルジアの総説には培養での生育が遅いために医療施設によってはノカルジアが増殖してコロニーを作表2Nocardiaarthritidisの薬剤感受性薬剤名判定薬剤名判定CPIPCCRCMINOCSCCEZCCTMCIPMCGMCRCSCSCSCCLDMCLVFXCSBT/ABPCCAMKCRCRCRCSPIPC:ピペラシリンナトリウムCMINO:ミノサイクリンCEZ:セファゾリンナトリウムCCLDM:クリンダマイシンCTM:セフォチアムCLVFX:レボフロキサシンIPM:イミペネムSBT/ABPC:スルバクタムC/アンピシリンナトリウムCGM:ゲンタマイシンCAMK:アミカシンナトリウムるまでに培養操作を中止することも多いという記載もある5).すなわちCMALDI-TOFMSを用いることの最大の利点は,速やかに菌種が同定できればより早期に治療を開始することができるという点である.ノカルジアは土壌に広く分布する好気性の病原性アクチノミセス目の細菌である1).ノカルジア感染による角膜炎はまれであるが,外傷6,7),コンタクトレンズの長時間装用8),レーザー屈折矯正角膜切除術9,10)などを契機として角膜炎を発症する.ノカルジア感染症の発症メカニズムについてはノカルジアのなかでも細胞障害性の強い菌種であるCNocardiaasteroidesについて研究が進んでいる.ノカルジアの病原性については細菌を貪食する食細胞(phagocyte)において細菌を取り囲む食胞とリソゾームの融合膜の形成を抑制し,さらに食胞内の酸性化や過酸化反応を阻害することによって,食細胞での消化作用を抑制するといわれている5).ノカルジアはマイコバクテリウム属やコリネバクテリウム属などと近縁の細菌といわれており,その特徴として菌体の細胞壁に総炭素数約C80の超高級脂肪酸であるミコール酸を有している.ノカルジアでは細胞壁のミコール酸とトレハロースが結合したものが紐状発育に関係しているといわれ,さらに細菌の好酸性を示している5,11).上記に示した生体防御のエスケープ機構によってノカルジアが治療抵抗性を示すと考えられている.以前ノカルジア症の原因菌はCN.asteroidesがほとんどであると考えられていた5)が,16CSrRNAによる塩基配列の系統樹解析で病原性のあるさまざまなノカルジアが存在していることが明らかとなった12).N.arthritidisはC2004年に慢性関節リウマチ患者の喀痰および大腿部の膿瘍より検出され,塩基配列解析により日本で最初に新種として登録された13).眼科領域ではC2017年にレーザー屈折矯正角膜切除術後の角膜炎より細菌培養によってCN.arthritidisが検出された症例が報告された10).ただしそれ以前にもC16CSrRNAのシークエンス解析により眼ノカルジア症C11例のうちCN.arthritidisが3例検出されたという報告がある12).治療として全身のノカルジア症に対しては以前より薬剤感受性が良好なCSMX/TMPが投与されている14).ノカルジア角膜炎に対しては全身投与としてCSMX/TMPに加え,アミカシンの併用が一般的で,局所療法としてキノロン系抗菌点眼薬治療が行われている15).ノカルジア角膜炎は他の細菌性角膜炎に比べると治療成績が不良と報告されている.たとえばCLalithaらはCSteroidsCforCCornealCUlcersTrialの臨床治験の一環として,ノカルジア角膜炎と非ノカルジア角膜炎に対してステロイド点眼併用効果について検討している.ノカルジア角膜炎では非ノカルジア角膜炎と比較するとステロイドを併用しても角膜の浸潤病巣は拡大しており,治療後の視力も低下していた15).このように治療抵抗性を示すノカルジア角膜炎に対してCMALDI-TOFMS検査を行うことにより早期診断が可能となればノカルジア感染の治療成績が向上すると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)水口康雄:アクチノミセス,ノカルジア.戸田新細菌学改定32版(吉田眞一,柳雄介編),p669-673,南山堂,20022)大楠清文:質量分析技術を利用した細菌の新しい同定法.モダンメディア58:113-122,C20123)松山由美子:MALDIバイオタイパーの原理および操作方法.臨床と微生物39(増刊号):617-624,C20124)大楠清文,江崎孝行:16CSrRNA配列のシークエンス解析による細菌の同定.臨床と微生物C39(増刊号):113-122,C20125)BeamanCBL,CBeamanL:Nocardiaspecies:host-parasiteCrelationships.ClinMicrobiolRev7:213-264,C19946)HirstLW,HarrisonGK,MerzWGetal:Nocardiaasteroi-desCkeratitis.BrJOphthalmol63:449-454,C19797)越智理恵,鈴木崇,木村由衣ほか:NocardiaCasteroidesによる角膜炎のC1例.臨眼60:379-382,C20068)EgginkCA,WesselingP,BoironPetal:SeverekeratitisduetoNocardiafarcinica.JClinMicrobiol35:999-1001,C19979)FaramarziCA,CFeiziCS,CJavadiCM-ACetal:BilateralCnocar-diakeratitisafterphotorefractivekeratectomy.JOphthal-micVisRes7:162-166,C201210)GiegerA,WallerS,PasternakJetal:Nocardiaarthritidiskeratitis:CaseCreportCandCreviewCofCtheCliterature.CNepalCJOphthalmol9:91-94,C201711)水口康雄:結核菌と好酸菌(マイコバクテリウム).戸田新細菌学改定C32版(吉田眞一,柳雄介編),p646-668,南山堂,200212)YinCX,CLiangCS,CSunCXCetal:Ocularnocardoosis:CHSP65Cgenesequencingforspeciesidenti.cationofNocar-diaCspp.AmJOphthalmol144:570-573,C200713)KageyamaCA,CTorikoeCK,CIwamotoCMCetal:NocardiaCarthritidisCsp.nov.,anewpathogenisolatedfromapatientCwithCrheumatoidCarthritisCinCJapan.CJCClinCMicrobiolC42:C2366-2371,C200414)WilsonJW:Nocardiosis:UpdatesCandCclinicalCoverview.CMayoClinProc87:403-407,C201215)LalithaP,SrinivasanM,RajaramanRetal:NocardiaCkerC-atitis:ClinicalCcourseCandCe.ectCofCcorticosteroids.CAmJOphthalmol154:934-939,C2012***

口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術後に生じた角膜炎の1 例

2020年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科37(5):624.626,2020c口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術後に生じた角膜炎の1例中尾功江内田寛佐賀大学医学部眼科学講座CACaseofSevereKeratitisafterUpperEyelidReconstructionusingHardPalatalMucosalGraftsIsaoNakaoandHiroshiEnaidaCDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,SagaUniversityC目的:自己口蓋粘膜移植による上眼瞼再建後に生じた角膜炎のC1例を経験したので報告する.症例:80歳,男性.左上眼瞼基底細胞癌に対し,形成外科にて自己口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術が施行され,再建術後C1カ月の眼科受診時に著明な前房蓄膿を伴う角膜潰瘍を認めた.角膜擦過物の培養より口腔内常在菌であるCStreptococcusCanginosusが検出され,肺膿瘍の治療に準じて加療することで感染は鎮静化した.口蓋粘膜から持ち込まれた口腔内常在菌により生じた角膜炎と推測された.結論:自己口蓋粘膜移植による眼瞼再建術後は角膜障害が生じうる.また,口腔内常在菌による術後角膜感染症に注意する必要がある.CPurpose:Toreportacaseofseverekeratitisthatoccurredafterreconstructionoftheuppereyelidbyautolo-gousCpalatalCmucosalCtransplantation.CCase:AnC80-year-oldCmaleCpatientCunderwentCeyelidCreconstructionCusingCautologouspalatalmucosaltransplantationforupperlefteyelidbasalcellcarcinomabyplasticsurgery.At1-monthpostreconstruction,keratitiswithmarkedanteriorchamberabscesswasobserved.Streptococcusanginosus,anoralbacteria,wasdetectedfromthecultureofcornealscrapings.Despitetheadministrationofgati.oxacineyedrops,cefmenoximeCeyeCdrops,CtobramycinCeyeCdrops,CandCintravenousCampicillin/sulbactamCtheCocularC.ndingsCfailedCtoCimprove.CHowever,CkeratitisCimprovedCbyCinitiationCofCintravenousCceftriaxoneCandCclindamycinCaccordingCtoCtheCtreatmentCofCpulmonaryCabscess.CWeCpresumedCthatCtheCkeratitisCwasCcausedCbyCoralCbacteriaCbroughtCfromCtheCpalatalCmucosa.CConclusion:AfterCeyelidCreconstructionCbyCautologousCpalatalCmucosalCtransplantation,CattentionCshouldbepaidtocornealinfectionscausedbyoralbacteria.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(5):624.626,C2020〕Keywords:眼瞼基底細胞癌,口蓋粘膜移植,角膜炎,口腔内細菌,日和見感染.eyelidbasalcellcarcinoma,hardpalatalmucosalgraft,keratitis,oralbacteria,opportunisticinfection.Cはじめに眼瞼悪性腫瘍が進行し,切除術により大きな組織欠損を生じる場合には再建術の併用が必要となる.一般に,眼瞼前葉は眼瞼,側頭,前額などからの皮弁で再建し,眼瞼後葉は自己口蓋粘膜や鼻中隔軟骨粘膜で再建される1.6).術後の眼瞼腫脹が強い場合は眼球の診察が困難となる.今回,自己口蓋粘膜移植による上眼瞼再建術後に,口蓋粘膜から持ち込まれた口腔内常在菌によると思われる重篤な角膜炎を生じたC1例を経験したので報告する.I症例患者:80歳,男性.主訴:左眼瞼腫脹.既往歴,家族歴:特記事項なし.現病歴:2004年頃から左眼瞼腫脹を自覚.徐々に増大傾向だったためC2009年C8月,近医眼科を受診した.左上眼瞼〔別刷請求先〕中尾功:〒849-8501佐賀県佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:IsaoNakao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,SagaUniversity,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANC624(122)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(122)C6240910-1810/20/\100/頁/JCOPY腫瘍が疑われ,2009年C10月C23日当科へ紹介され初診となった.初診時所見:左上眼瞼瞼縁に内眼角から外眼角に至るC20C×9Cmmの腫瘍を認めた.睫毛はすべて脱落し,瞼縁には易出血性の潰瘍があり,一部黒色調の部分もみられた(図1).所見より上眼瞼基底細胞癌が疑われた.腫瘍切除により上眼瞼全体が全層欠損となり広範囲な眼瞼再建術が必要になると考えたため,当院形成外科へ紹介した.経過:2009年C12月C7日,左上眼瞼腫瘍切除,眼瞼再建術が施行された.上眼瞼全体と内眼角部の皮膚びらんを含め上眼瞼を全層で切除し,眼窩外側からの皮弁で眼瞼前葉を再建し,眼瞼後葉には硬口蓋からC2C×3Ccmの粘膜骨膜弁を採取し移植した.摘出腫瘍の病理検査より基底細胞癌と診断された.2010年C1月C29日,腫瘍切除後の眼科的評価のため当科再診となった.眼痛の訴えはなく,左上眼瞼は腫脹し自己開瞼はできなかった(図2).手指にて開瞼させると左眼角膜中央部に円形の潰瘍を認め,著明な前房蓄膿を伴っていた(図3).角膜潰瘍擦過物の鏡検で多数のグラム陽性球菌とグラム陰性桿菌がみられ,グラム陽性球菌は白血球による貪食像を認めた.グラム陽性球菌が主要な起炎菌と考え,アンピシリン/スルバクタム点滴静注C1.5Cg,1日C1回,ガチフロキサシン点眼C1時間ごと,セフメノキシム点眼C1時間ごとを開始した.改善がみられないためアンピシリン/スルバクタム点滴静注をC1.5Cg,1日C2回に増量し,トブラマイシン点眼C1時間ごとを追加したが角膜潰瘍は変わらず,前房蓄膿はさらに悪化し前房内C2/3を占めるほどに増加した.真菌感染も疑いジフルカン点眼,ボリコナゾール点滴を追加するも改善は認められなかった.その後,培養の結果,口腔内常在菌であるCStreptococcusCanginosusのコロニーが多数検出された.また,Corynebacterium属,Peptostreptococcusmicros,CFusobacteriumnucleatumの少数のコロニーを認めた.これらはすべて口腔内常在菌であった.StreptococcusCanginosus図1初診時左眼前眼部写真左上眼瞼瞼縁全体に腫瘍を認める.睫毛はすべて脱落し,瞼縁に易出血性の潰瘍を認める.黒色調に変化した部分がある.図2眼瞼腫瘍切除,眼瞼再建術後1カ月眼瞼は腫脹し自己開瞼不可.図3眼瞼再建術後1カ月の左眼前眼部写真角膜中央に円形の角膜潰瘍,著明な前房蓄膿を認める.図4眼瞼再建術後3カ月の左眼前眼部写真角膜潰瘍,前房蓄膿は治癒した.(123)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C625は口腔内常在菌ではあるが肺膿瘍など病勢の強い化膿性病変の原因になるため,肺膿瘍の治療に準じて,点滴加療をセフトリアキソンC1Cg,1日C2回,クリンダマイシンC600Cmg,1日C2回に変更した.その後,角膜潰瘍と前房蓄膿はともに徐々に改善し,点滴変更後約C1カ月で消失した(図4).CII考按広範囲に浸潤した眼瞼悪性腫瘍の治療には,眼瞼全層切除が必要となる.眼瞼全層切除後の眼瞼再建術は眼瞼の前葉再建と後葉再建に分けて考える必要がある.眼瞼前葉の再建には局所皮弁や植皮が行われ,後葉の再建には瞼結膜と支持組織である瞼板の再建が必要となるため,口腔粘膜を含めた硬口蓋移植,耳介軟骨移植,鼻中隔軟骨粘膜移植,瞼板遊離弁移植などが行われる1.7).口蓋粘膜移植は,粘膜を結膜の代用,骨膜を瞼板の代用として用い,それらを同時に比較的容易に採取できる有用な手技とされる.眼科的な術後合併症としては眼瞼拘縮や兎眼,眼異物感,流涙,粘液分泌が報告されている7.9).このほかにも,口蓋粘膜移植後には粘膜上皮の角化が生じるとされ,眼表面を傷つける可能性がある.とくに上眼瞼再建においては眼表面が移植片から影響を受けやすく,口蓋粘膜移植では術後角膜障害がC13.3%にみられ,瞼板遊離弁移植では角膜障害がみられなかったという報告がある7).術後角膜障害の予防のため,眼瞼後葉の再建には眼表面に接触する部分の平滑さが求められる.その点からは口蓋粘膜移植は眼瞼後葉再建に不向きであり,瞼板遊離弁移植が推奨される.口蓋粘膜移植後に生じた角膜感染症の報告はみられなかったが,今回の症例は潰瘍部の擦過鏡検で複数の菌が多数存在し,好中球によるグラム陽性球菌の貪食がみられたこと,培養で多くの口腔内常在菌がみられたことから,口蓋粘膜移植により持ち込まれた口腔内細菌により生じた角膜潰瘍であったと考える.常在菌による日和見感染は,宿主と常在菌叢のバランスが崩れることで生じる.免疫力の低下などでもともとの場所で増殖して病原性を発揮する場合と,本来とは違う場所に移ることで異常に増殖し病原性を発するタイプに分けられる.今回のケースは後者に当てはまる.また,このような感染では病原性の弱い菌が複数増殖して混合感染の形をとることが多い.今回の症例での角膜擦過物の鏡検,培養で多数種の菌がみられたこともこれを裏付ける.検出されたCStreptococcusanginosusは口腔内常在菌ではあるが,皮膚粘膜,腹腔,頭蓋内,呼吸器系,泌尿生殖器などさまざまな部位で病勢の強い難治性化膿性病変の原因になることが知られている10,11).今回の症例も一般的なグラム陽性菌起因性角膜炎に対する治療では改善がみられず,膿胸の治療に準じて抗菌薬を長期間使用することで改善が得られた.形成外科の執刀医に確認したところ,口腔粘膜は赤黒く,通常より汚い印象だったので,念のためポビドンヨード液で拭いてから移植に使用したとのことだった.また,術後は生理食塩水点眼のみが使用されていた.患者が眼痛など眼科的異常を訴えなかったため術後の眼科受診が遅れ,受診時にはすでに重篤な角膜炎となっていた.口蓋粘膜移植により再建された眼瞼結膜面が不整である場合や,粘膜上皮に角化が生じれば角膜上皮障害が起こりうる.そこに多量の口腔内細菌が持ち込まれた結果,角膜炎に進展したと考えられる.口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術後は角膜障害に注意が必要であり,術後早期に眼科的精査を行う必要がある.また,口腔内常在菌が原因となる角膜炎の場合,通常の加療は奏効しないことがあり,適切な抗菌薬の選択が重要となる.文献1)兼森良和:眼瞼再建の実際.あたらしい眼科C20:1635-1640,C20032)柳澤大輔,岩澤幹直,加藤浩康ほか:口蓋粘膜移植を用いた眼瞼再建.日形会誌C33:402-409,C20133)土井秀明,小川豊:眼瞼再建への硬口蓋粘膜の使用.CSkinCanserC12:429-433,C19974)伊野法秋,奈良林定,土田幸英:耳介軟骨による下眼瞼再建.SkinCanserC6:431-434,C19915)石原剛,松下茂人,加口敦士ほか:巨大悪性腫瘍切除後の眼瞼再建法.SkinCanser20:19-22,C20056)MiyamotoJ,NakajimaT,NagasaoTetal:Full-thicknessreconstructionCofCtheCeyelidCwithCrotationC.apCbasedConCorbicularisCoculiCmuscleCandCpalatalCmucosalgraft;long-termCresultsCinC12Ccases.CJCPlastCReconstrCAesthetCSurgC62:1389-1394,C20097)LeibovitchCI,CMalhotraCR,CSelvaD:HardCpalateCandCfreeCtarsalCgraftsCasCposteriorClamellaCsubstitutesCinCupperClidCsurgery.OphthalmologyC113:489-496,C20068)KimCJW,CKikkawaCDO,CLemkeBN:DonorCsiteCcomplica-tionsofhardpalatemucosalgrafting.OphthalPlastRecon-strSurgC13:36-39,C19979)PelletierCR,JordanDR,BrownsteinSetal:Anunusualcomplicationassociatedwithhardpalatemucosalgrafts:CpresumedCminorCsalivaryCgrandCsecretion.COphthalCPlastCReconstrSurgC14:256-260,C199810)SinghCKP,CMorrisCA,CLangCSDCetal:ClinicallyCsigni.cantStreptococcusCanginosus(Streptococcusmilleri)infections:Careviewof186cases.NZMedJC101:813-816,C198811)FaziliCT,CRiddellCS,CKiskaCDCetal:StreptococcusCangino-susCgroupCbacterialCinfections.CAMCJCMedCSciC354:257-261,C2017C***(124)