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塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を用いた結膜蝗竃E摘出術

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(79)3570910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):357360,2010cはじめに結膜胞は,12層の非角化扁平上皮とgobletcellを有する被膜をもった良性腫瘍であり,眼球手術や眼外傷,眼表面の炎症を契機に発生することが多い1,2).通常は無症状であるが,結膜胞の大きさによっては異物感や乱視を惹起する場合がある3,4).治療は胞を穿刺し,内容液を排出する治療が行われるが,被膜が残存しているため数日で再発する3,5).根治的治療として,トリクロロアセチル酸による化学的焼灼6)や液体窒素による凍結療法7),YAGlaserによる治療8)などの報告があるが,これらの治療方法は一般的ではなく,被膜を残さないように全摘出する方法が一般的である3,5,913).しかし,被膜は非常に薄いため,術中に損傷することが多く3,913),結果として,内容液が流出し胞が虚脱するため,被膜を見失い全摘出が困難になることがある12).そこで今回筆者らは,塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を用いて被膜を染色することで,結膜胞の被膜と周囲組織との境界が明瞭になり,容易に全摘出が可能であった1例を経験したので報告する.I症例患者:55歳,男性.主訴:右側下眼瞼の異物感.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2008年12月に右側下眼瞼に異物感を自覚した.〔別刷請求先〕木下慎介:〒509-9293岐阜県中津川市坂下722-1国民健康保険坂下病院眼科Reprintrequests:ShinsukeKinoshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SakashitaHospital,722-1Sakashita,Nakatsugawa-shi,Gifu509-9293,JAPAN塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を用いた結膜胞摘出術木下慎介*1新里越史*1雑喉正泰*2岩城正佳*2*1国民健康保険坂下病院眼科*2愛知医科大学眼科学講座UseofMethylrosaniliniumChloride(PyoktaninR)forConjunctivalCystExcisionShinsukeKinoshita1),EtsushiShinzato1),MasahiroZako2)andMasayoshiIwaki2)1)DepartmentofOphthalmology,SakashitaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,AichiMedicalUniversity結膜胞の根治的治療では,被膜を確実に全摘出することが必要である.しかし,被膜は薄く,また,周囲の正常組織との境界が不明瞭であるため,被膜の全摘出が困難な場合がある.症例は55歳,男性で,主訴は右下眼瞼の異物感であった.皮膚側からの視診では右下眼瞼に有意な所見は認めなかったが,下眼瞼を反転すると円蓋部眼瞼結膜に結膜胞を認めた.被膜を染色するために,執刀に先立ち結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を注入した.その結果,染色された被膜と周囲の正常組織との識別は明瞭になり,被膜のみを全摘出することは容易であった.したがって,結膜胞を摘出する場合,塩化メチルロザニリンを用いた被膜の染色は有用な方法であると考える.Curativeexcisionofaconjunctivalcystshouldinvolvecompletedecapsulation.However,completedecapsula-tionissometimesdicult,owingtopoorvisualizationofthethincystcapsule.A55-year-oldmalecomplainedofdiscomfortinhisrightlowereyelid,butocularinspectionrevealednoabnormality.Whenthelowereyelidwaseverted,however,aconjunctivalcystwasobservedinthelowerfornixofthepalpebralconjunctiva.Methylrosani-liniumchloride(PyoktaninR)wasinjectedintothecyst,tostainthecapsulebeforeexcision.Asaresult,thecapsulecouldbeeasilyvisualized,andcompletedecapsulationwasperformedwithnodiculty.Itisconcludedthereforethatcapsulestainingwithmethylrosaniliniumchloridemaybehelpfulinthecurativeexcisionofconjunctivalcyst.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):357360,2010〕Keywords:結膜胞,根治的治療,被膜,塩化メチルロザニリン,ピオクタニンR.conjunctivalcyst,curativeexcision,cystcapsule,methylrosaniliniumchloride,PyoktaninR.———————————————————————-Page2358あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(80)近医を受診したところ,右側の下眼瞼円蓋部の隆起性病変を指摘され,2008年12月25日に愛知医科大学眼科へ治療目的で紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(1.0),左眼0.5(1.2),眼圧は右眼16mmHg,左眼18mmHgであった.瞳孔,眼球運動,前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかったが,右側下眼瞼を反転すると,円蓋部の眼瞼結膜下に黄色の隆起性病変を認めた(図1).治療経過:視診から結膜胞と臨床診断を行い,2009年1月21日に局所麻酔下で結膜胞摘出術を施行した.手術は,執刀開始前に胞内腔へ0.2%塩化メチルロザニリンを30ゲージ針で結膜胞内腔に約0.05ml注入した後,下眼瞼皮膚側からデマル鈎を用いて,下眼瞼の反転を維持した状態で結膜側から施行した.塩化メチルロザニリンを注入する際は,結膜胞の内圧が上昇し,塩化メチルロザニリンが胞外へ流出することを予防する目的で,結膜胞内腔の内容液を吸引して,内圧が過度に上昇しないように調節しながら塩化メチルロザニリンを注入した(図2).この内容液の吸引,塩化メチルロザニリンの注入は30ゲージ針を結膜胞へ刺入したまま一連の動作で施行した.術中,染色された被膜と周囲の正常組織との識別は容易であり,被膜のみを全摘出することが可能であった(図3).術後3カ月で再発を認めていない.病理組織所見:胞は多数のgobletcellを含む扁平上皮細胞で裏打ちされていることから,病理組織学的に結膜胞と診断された.II考察結膜胞の根治的治療は被膜を確実に全摘出することである3,5,912).これは,被膜を取り残すと再発するためである911).成書には被膜の全摘出は容易であると記載されている5)が,被膜と周囲の正常組織との識別が困難であるため,全摘出に至らない場合がある12).逆に,被膜を取り残さないように周囲の正常組織を含めて切除すると,組織欠損による瞼球癒着や眼球運動障害を生じる可能性がある5).したがって,結膜胞を摘出する際には,被膜と周囲の正常組織を確実に識別することが重要であると考えられる.本症例では,結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入し,被膜を染色することで,被膜と周囲の正常組織との識別は容易になり,被膜のみを全摘出することが可能であった.また,本症例では被膜を損傷することなく一塊に摘出できたが,本手術の最図1塩化メチルロザニリン注入前隆起性病変は結膜下に存在しており,結膜に被覆されているため,隆起性病変と周囲組織の境界は明瞭ではない(図の下方が眉毛側).図3術中所見結膜胞を一塊に摘出した(矢印).白色のガーゼを結膜胞切除部の円蓋部結膜下に置き,着色された被膜が残存していないことを確認した.結膜胞切除後の円蓋部結膜を介して上眼瞼の睫毛が確認できる.図2塩化メチルロザニリン注入後結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入し,被膜を染色することで,周囲組織との境界は明瞭になった.塩化メチルロザニリンを注入する際に,結膜胞内腔の内容液を一部吸引しているため,塩化メチルロザニリン注入前と比べて,結膜胞は少し小さくなっている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010359(81)終目的は,周囲の正常組織を切除することなく,かつ被膜を取り残さないことである.そのため,被膜を一塊に摘出できなかった場合であっても,塩化メチルロザニリンで染色されている部分のみを切除すれば,被膜の取り残しはないため,本手術の最終目的は達成される.したがって,塩化メチルロザニリンを用いた被膜の染色は,被膜を損傷した場合であっても,過不足なく被膜のみを切除できるため,非常に有用な方法であると考えられる.塩化メチルロザニリンは,トリフェニルメタン系の色素として1860年頃に合成され,1890年にStillingによって局所の殺菌,消毒薬として使用された14,15).特にグラム陽性菌やカンジダに対して選択的に殺菌作用を示すため,これらの感染部位の治療薬として現在も使用されている14).その一方で,色素として使用されることも多く,術野のマーキングやグラム染色などにも使用されている15,16).塩化メチルロザニリンは低濃度で使用した場合は安全性の高い薬品であるが,高濃度のまま使用した場合,刺激症状を認めることがある14).しかし,局所麻酔下で使用した場合,刺激症状の有無は不明であるため,本症例では術後に刺激症状が出現しないように,低濃度である0.2%塩化メチルロザニリンを使用した.実際に本症例では,局所麻酔薬の効果が消失しても刺激症状は認められなかった.また,本手術では染色された被膜をすべて切除するため,最終的に塩化メチルロザニリンが眼表面に残存しないことや,塩化メチルロザニリンは以前から眼科手術にマーキングとして使用されていること16)を考慮すると,本手術における塩化メチルロザニリンの使用は,長期的にも安全であると考えられる.被膜を染色する方法11)は,色素注入時に結膜胞が虚脱して色素が流出するため,被膜の染色が不十分になる傾向がある10).その結果,被膜と結膜の識別が不明瞭になるため,被膜のみを結膜から切除することが困難であるとされている10).これは,被膜を損傷してから染色を行っても,被膜を損傷した時点で結膜胞は虚脱しているため,色素を注入しても流出が多く,染色が不十分になる可能性を示唆している.そこで,今回筆者らは,執刀開始前に染色を行い,注入時に生じる注射針の穴からの塩化メチルロザニリンの流出を最小限に抑えるため,30ゲージ針を選択した.また,塩化メチルロザニリンを注入することで,結膜胞の内圧が上昇し,塩化メチルロザニリンを含んだ内容液が流出する可能性を考慮して,塩化メチルロザニリンを入れた注射器で内容液を吸引し,注射針を抜かず,そのまま塩化メチルロザニリンを注入した.その結果,結膜胞内腔からの塩化メチルロザニリンの流出はなく,被膜は確実に染色され周囲の正常組織との境界が明瞭になった.したがって,結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入する際は,執刀開始前にできるだけ細い注射針を用いて,結膜胞の内圧を上昇させないように工夫することで,被膜を確実に染色することが十分に可能であると考えられる.近年の結膜胞摘出術は,結膜胞内腔をインドシアニングリーンやトリパンブルーで着色した粘弾性物質で置換した後に摘出する方法が主流である3,9,10).この術式は,結膜胞内腔を着色した粘弾性物質で保持することで,結膜胞の虚脱を防ぎ,かつ被膜と周囲の正常組織が明瞭に識別できる利点がある.しかし,結膜胞は軽度虚脱していたほうが,周囲組織と被膜の間の離が容易になるためか,摘出は容易であるとされている5).そのため,粘弾性物質を使用する場合,注入する粘弾性物質の量によっては,結膜胞が緊満した状態で保持され,摘出が困難になる可能性を考慮して,今回筆者らは,粘弾性物質を使用しなかった.なお,本症例では,術中操作によって,塩化メチルロザニリンを注入した注射針の穴から色素を含んだ内容液がにじむように流出したことで,結膜胞が徐々に虚脱状態になり,周囲組織と被膜の離を容易に行うことができた.したがって,着色した粘弾性物質を使用しなくても,被膜の染色のみで,結膜胞は容易に摘出が可能であると考えられる.本術式では,術中の牽引や圧迫によって,結膜胞内腔へ注入した塩化メチルロザニリンが結膜胞外へ流出し,周囲の結膜が染色される可能性がある.しかし,塩化メチルロザニリンは,0.001%まで希釈されると完全な無色透明の溶液になるため14),定期的に術野を洗浄すれば,被膜以外の部分が染色される可能性は非常に低いと考えられる.実際に,本症例では被膜以外の部分は染色されなかったが,介助者が不在で,定期的に術野の洗浄ができない場合は,周囲の結膜まで染色される可能性がある.この場合,被膜の染色を行った後,執刀開始前に結膜胞内腔の塩化メチルロザニリンを可及的に吸引することで,塩化メチルロザニリンの流出が回避できるため,定期的な術野の洗浄は不要になると考えられる.したがって,術前に塩化メチルロザニリンの適切な処理方法を決定することが重要であると考えられる.結膜胞内腔を塩化メチルロザニリンで染色することで,結膜胞の被膜と周囲の正常組織が明瞭に識別できるため,結膜胞を容易に全摘出することが可能であった.また,結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入し,被膜を染色する手技は容易であった.したがって,塩化メチルロザニリンを用いた結膜胞摘出術は有用な手術方法である.文献1)GrossniklausHE,GreenWR,LuckenbachMetal:Con-junctivallesionsinadults.Aclinicalandhistopathologicreview.Cornea6:78-116,19872)後藤晋:結膜胞.眼科診療ガイド(眼科診療プラクティス編集委員編),p146-147,文光堂,2004———————————————————————-Page4360あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(82)3)ChanRY,PonqJC,YuenHKetal:Useofsodiumhyaluronateandindocyaninegreenforconjunctivalcystexcision.JpnJOphthalmol53:270-271,20094)SoongHK,OyakawaRT,IliNT:Cornealastigmatismfromconjunctivalcysts.AmJOphthalmol93:118-119,19825)八子恵子:結膜腫瘍.眼科診療プラクティス19,外眼部の処置と手術(丸尾敏夫編),p144-145,文光堂,19956)RosenquistRC,FraunfelderFT,SwanKC:Treatmentofconjunctivalepithelialinculusioncystswithtrichloroaceticacid.JOcularTherSurg4:51-53,19857)JohnsonDW,BartlyGB,GarrityJAetal:Massiveepithe-lium-linedinclusioncystsaftersclerabuckling.AmJOphthalmol113:439-442,19928)DeBustrosS,MichelsRG:Treatmentofacquiredepithe-lialinclusioncystsoftheconjunctivausingtheYAGlaser.AmJOphthalmol98:807-808,19849)KobayashiA,SugiyamaK:Successfulremovalofalargeconjunctivalcystusingcolored2.3%sodiumhyaluronate.OphthalmicSurgLaserImaging38:81-83,200710)KobayashiA,SugiyamaK:VisualisationofconjunctivalcystusingHealonVandTrypanblue.Cornea24:759-760,200511)KobayashiA,SaekiA,NishimuraAetal:Visualisationofconjunctivalcystwithindocyaninegreen.AmJOphthal-mol133:827-828,200212)原田純,井上新,藤井清美ほか:歯科用印象材を用いた結膜胞摘出術.眼科手術14:409-412,200113)ImaizumiM,NagataM,MatsumotoCSetal:Primaryconjunctivalepithelialcystoftheorbit.IntOphthalmol27:269-271,200714)大野静子,下野研一,船越幸代ほか:難治性褥創におけるピオクタニンの有用性.医療薬学32:55-59,200615)山田俊彦,小原康治,中村昭夫ほか:MRSAが示す塩化メチルロザニリンに対する強い感受性.医学のあゆみ192:317-318,200016)陳進輝:トラベクレクトミー再手術.眼科診療のコツと落とし穴1,手術─前眼部(樋田哲夫,江口秀一郎編),p154-157,中山書店,2008***