《原著》あたらしい眼科39(9):1272.1276,2022cぶどう膜炎によって発見された梅毒の1例西崎理恵平野彩和田清花砂川珠輝小菅正太郎岩渕成祐昭和大学江東豊洲病院眼科CACaseofSyphilisDiagnosedviaaUveitisExaminationRieNishizaki,AyaHirano,SayakaWada,TamakiSunakawa,ShotaroKosugeandShigehiroIwabuchiCDepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospitalC諸言:近年,梅毒は増加傾向であり,また症状は多彩である.今回,眼科受診を契機に梅毒と診断された症例を経験したので報告する.症例:49歳,男性.両視力低下で近医を受診後,ぶどう膜炎の診断で精査加療目的に昭和大学江東豊洲病院紹介受診となった.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2,両眼硝子体混濁と左眼網膜静脈分枝閉塞症様出血を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査で両眼網膜血管炎と周辺部網膜の無血管野を認めた.血液検査を行い,梅毒CTP抗体,RPR定量,FTA-ABS定量から梅毒性ぶどう膜炎と診断した.ペニシリン大量点滴療法,ステロイド内服,網膜光凝固術で硝子体混濁は消失し,視力は両眼C1.2に回復した.考察:今回の症例は,網膜炎発症から間もないうちにペニシリン大量点滴療法を施行したことから,眼底に変性を残さずに完治したと考えられる.結論:近年,梅毒感染が増加し,症状が多彩であることから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応をルーチンに検査する必要があることを今回再認識できた.CPurpose:Inrecentyears,thenumberofsyphilispatientshasbeenincreasing.Symptomsandeyelesionsarenonspeci.c,andtheirappearancecanvary.Herewereportacaseofsyphilisdiscoveredduringanophthalmologi-calexamination.CaseReport:A49-year-oldmalepresentedafterbecomingawareofalossofvisualacuity(VA)CandCsubsequentlyCbeingCdiagnosedCwithCuveitisCatCaClocalCclinic.CUponCexamination,ChisCcorrectedCVACwasC0.4CODCand1.2OS,andbilateralvitreousopacitywasobserved.Abloodtestwasperformed,thusleadingtoadiagnosisofsyphilis.ThevitreousopacitydisappearedandhiscorrectedVArecoveredto1.2inbotheyesviahigh-dosepeni-cillininfusiontherapy,oralsteroids,andretinalphotocoagulation.Conclusion:The.ndingsinthiscaserevealtheimportanceofroutinelyperformingbloodtestsforsyphiliswhentreatingpatientswithuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1272.1276,C2022〕Keywords:梅毒,ぶどう膜炎,ペニシリン大量点滴療法.syphilis,uveitis,penicillinhigh-doseinfusiontherapy.はじめに近年,梅毒の報告数は増加傾向にある1).とくに働き盛りの年代で患者が多く発生している.梅毒は多彩な全身症状を示し2),眼病変も非特異的である3,4).今回,感染経路が不明で全身症状がなく,眼科受診によって梅毒が発見された症例を経験したので報告する.CI症例患者:49歳,男性.主訴:両眼視力低下,霧視,飛蚊症.既往歴:1年前に皮疹で皮膚科受診歴あり.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:近医眼科にて両眼硝子体混濁と診断され,精査加療目的で紹介受診となった.初診時眼科所見:矯正視力は右眼(0.4),左眼(1.2),眼圧は右眼C10.3CmmHg,左眼C9.7CmmHgであった.前眼部には炎症所見やその他視力低下をきたす異常は認めなかった.中間透光体は両眼に硝子体混濁を認めた.眼底は両眼に細動脈の狭小化や蛇行を認め,左耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた(図1).フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)で網膜動脈と静脈からの蛍光漏出,両眼周辺部網膜に無血管領域を認めた(図2).以上〔別刷請求先〕西崎理恵:〒135-8577東京都江東区豊洲C5-1-38昭和大学江東豊洲病院眼科Reprintrequests:RieNishizaki,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospital,5-1-38Toyosu,Koto-ku,Tokyo135-8577,JAPANC1272(114)図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両細動脈の蛇行,狭小化,左眼耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.両眼に網膜血管炎と,両眼の周辺部網膜に無血管領域を認めた.より動脈炎,静脈炎があると判断し,また血管閉塞,無血管領域も生じていることから,感染性ぶどう膜炎の可能性が高い5)と考えられた.血液検査はCCRP1.17,梅毒トレポネーマ(TP)抗体陽性を認めた.このことから追加で血液検査を行ったところ,迅速プラズマレアギン(rapidCplasmareagin:RPR)定量C64倍,FTA-ABS定量C1,280倍と上昇を認めたことから梅毒性ぶどう膜炎と診断した.また,同時にヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)抗原も検査を行ったが陰性であった.梅毒の感染機会を患者に聴取するも感染経路は不明であった.経過:神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法をすすめたが,本人の都合ですぐに入院することができず,アモキシシリン内服C1,500Cmg/日をC12日間投与した.しかし,硝子体混濁の程度や眼底所見の改善はみられなかった.初診から15日目に入院し,駆梅療法としてペニシリンCG1,800万単位/日点滴をC14日間投与した.炎症の改善に乏しかったことからプレドニンC30Cmg/日の内服も併用した.点滴治療C10日目に神経梅毒スクリーニング目的に神経内科を受診し髄液検査を行った.高次脳機能障害やCArgyllRobertson瞳孔を含む神経学的所見は認めなかったが,髄液細胞数C18/μl,髄液蛋白C42Cmg/dl,髄液中の梅毒血清反応(FTA-ABS定性)が陽性となり,無症候性神経梅毒と診断され神経内科での経図3点滴14日間+内服24日後のフルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.網膜血管炎は改善傾向だが,両眼周辺部網膜に無血管領域が悪化した.図4治療終了後57日目の眼底写真a:右眼,b:左眼.硝子体混濁はほぼ消失した.過観察を受けることになった.点滴C14日目には両眼硝子体混濁は減少し,矯正視力は右眼C0.9,左眼C1.2に改善した.その後はアモキシシリンC1,500Cmg/日内服とプレドニンC30mg/日内服を行った.点滴加療終了後C24日目の血液検査では,RPR定量C32倍,FTA-ABS定量C1,280倍とCRPRの減少を認めた.FAでは両網膜血管炎は改善傾向であったが,両眼周辺部網膜の無灌流領域は増加したため(図3),その後無血管領域に光凝固を施行した.点滴治療後の内服はC197日間行い,その後は経過観察を行った.治療終了後C57日目の検査で矯正視力は右眼C1.2,左眼C1.2,眼圧は右眼12.7mmHg,左眼はC12.7CmmHg,両眼硝子体混濁はほぼ消失し(図4),血液検査は梅毒CTP抗体陽性,RPR定量C8倍,FTA-ABS定量C640倍と有意に改善を認め,ガイドラインの定める治癒基準(RPRがC2倍系列希釈法でC4分の1)を達成した.治療終了から約C1年後も両眼矯正視力C1.2が維持され,梅毒CTP抗体陽性,PRP定量C8倍,FTA-ABS定量C320倍と経過は良好である.CII考按以前は減少傾向と考えられていた梅毒だが,近年,性生活の多様性などから報告数は増加傾向となっている1).2010年以降は男性と性交をする男性(menCwhoChaveCsexCwithmen:MSM)を中心とした感染が増加していたが,その後,国立感染症研究所がC2018年に行った都内の医療機関で診断された第CI期,II期梅毒患者を対象とした調査では,2014年以降は異性間の感染事例が急増し,2015年にはCMSMを上回ったとされており,2016.2018年にはCMSMおよび男性の異性間性的接触の増加はみられないが女性の異性間の感染事例は引き続き増加していると報告している.さらに,女性の異性間性的接触による感染のうち性風俗産業従事歴は64.7%,利用歴(直近C6カ月以内)は男性の異性間性的接触のC68.8%と報告されており,異性間性的接触増加の背景には性風俗産業従事者・利用者の感染があると考察されている.梅毒への偏見から患者自身が感染を伏せようとする場面に実臨床でしばしば遭遇する.本症例では感染経路に関する情報を問診から得られなかったが,感染経路が推測されればパートナーへ注意喚起を行うなど対策を講じることが可能となるが,このような偏見も感染の一因となっている可能性が考えられる.梅毒の初期症状として皮膚所見が一般的に知られているが,患者自身に梅毒感染の心当たりがあっても診察に対する羞恥心から受診につながらない可能性が考えられる.しかし,眼症状の一般での認知度は低く,また自覚として表れやすいことから,患者は梅毒を疑わずに病院を受診し,偶発的に感染が発覚することが多いと推測される.こういった患者を見逃さず全身治療につなげることが大切である.梅毒性ぶどう膜炎は全ぶどう膜炎の原因疾患のなかでC0.4%にすぎず4,6,7),また海外の報告では梅毒患者がぶどう膜炎を起こす割合はC1.8%程度と報告されており8),頻度は少ないものの特異的な所見がなく,多彩な症状を呈する.このことから梅毒性ぶどう膜炎を疑って診察や問診,血液検査などを行い,総合的に判断することが必要であり,ルーチンで梅毒血清反応を行うことが必要であると考えられた.また,梅毒とCHIVの混合感染も多く報告されており,混合感染例では眼梅毒を発症しやすく発症時期や進行が早いとの報告や,HIV感染者は非感染者より治療反応性が悪く,再発が多い9)との報告もあり,梅毒血清反応陽性を認めた際には,同時にHIVも検査が必要である4,6,8,10).ぶどう膜炎はいずれのステージにおいても生じうるが11),一般的には第二期または第三期にみられるといわれている.本症例では眼以外の所見に乏しく,病期の判定は困難だが,1年前に皮疹で皮膚科受診歴があり,これが梅毒によるものならば少なくとも発症からC1年以上が経過しており第二期または第三期である可能性が高く,眼梅毒が発症する好発ステージと矛盾はない.治療に関しては米国疾病予防管理センター(CenterCforCDiseaseCControlCandPrevention:CDC)が,眼梅毒に対しては神経梅毒に準じてペニシリン投与を行うとガイドラインに定めているが8),わが国においては神経梅毒合併例ではベンジルペニシリンの静脈投与,非合併例ではアモキシシリンの経口投与を行うことが多いと報告がある11).現在のところ梅毒トレポネーマのペニシリン耐性は確認されておらず,ペニシリンはいずれのステージの梅毒に対しても有効とされており,米国ではペニシリンアレルギーを有する患者に対しても脱感作療法を行いながら投与を行うことが推奨されている12).日本では代替薬としてマクロライド系やテトラサイクリン系,エリスロマイシン系薬剤が用いられている6,10).今回当院ではCCDCのガイドラインに準じて治療を行う予定であったが,患者都合によりアモキシシリンの経口投与を行うことになった.しかし,加療が奏効せず,その後静脈投与に切り替えた.駆梅療法開始後に死滅した梅毒トレポネーマに対するアレルギー反応であるCJarisch-Herxheimer反応6,7,9)で発熱や悪心などの症状が生じることがあり,ペニシリンアレルギーと鑑別が必要である.ステロイドの併用は,梅毒性ぶどう膜炎自体が病原体に対するアレルギーが関与していると考えられていること6)やJarisch-Herxheimer反応の予防,また消炎を考慮してしばしば用いられるが,これに関しては統一した見解はなく,眼内の炎症が強い場合にのみ併用が推奨される場合7)や視神経症や.胞様黄斑浮腫をきたした場合に併用するといった報告もある13).海外ではワクチンの研究も行われており実用化の目処はたっていないものの,予防的にドキシサイクリンを投与したところ,梅毒を含む一部の性感染症の発症率が低下したとの報告もあり,今後予防薬が用いられるようになるかもしれない12).本症例では神経症状は認めなかったが,CDCはすべての眼梅毒患者が髄液検査を受けることを推奨しており4,11),本症例でも点滴治療C10日目に実施し無症候性神経梅毒の診断に至った.梅毒性ぶどう膜炎では,炎症が長期化すると神経網膜や網膜色素上皮の萎縮をきたし,ごま塩様眼底を呈するが,今回の症例では網膜炎を起こしてから間もないうちに神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法と網膜光凝固術を施行したことにより,眼底に変性を残さずに完治したと考えられた.CIII結語今回,眼科受診を契機に梅毒感染が判明し,ペニシリン大量点滴療と網膜光凝固術によって治癒した症例を経験した.近年梅毒感染が増加しており,多彩な症状を呈することから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応を必ずルーチンに検査したほうがよいと再認識できた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)国立感染症研究所厚生労働省健康局,結核感染症課:病原微生物検出情報41:6-8:20202)日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会,日本性感染症学会:梅毒診療ガイド.5,2018C3)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C20084)中西瑠美子,石原麻美,石戸みづほほか:後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併した梅毒性ぶどう膜炎の症例.あたらしい眼科33:309-312,C20165)KaburakiT,FukunagaH,TanakaRetal:Retinalvascu-larCin.ammatoryCandCocclusiveCchangesCinCinfectiousCandCnon.infectiousCuveitis,CJpnCJCOphthalmolC64:150-159,C20206)蕪城俊克:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼75:58-62,C20217)岩橋千春,大黒伸行:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C73:290-294,C20198)佐藤茂,橋田徳康,福島葉子ほか:Acutesyphiliticpos-teriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)を呈した梅毒性ぶどう膜炎のC3例.臨眼72:1263-1270,C20189)木村郁子,石原麻美,澁谷悦子ほか:眼梅毒C5症例の臨床像について.臨眼71:1731-1736,C201710)鈴木重成:疾患別:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C70:260-265,C201611)牧野想,蕪城俊克,田中理恵ほか:中心性漿液性脈絡網膜症と鑑別を要した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.臨眼C73:C753-760,C201912)GhanemCKG,CRamCS,CRicePA:TheCmodernCepidemicCofCsyphilis.NEnglJMedC382:845-854,C202013)近澤庸平,山田成明,高田祥平ほか:眼の水平様半盲を呈した梅毒性ぶどう膜炎.臨眼70:1047-1052,C2016***