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ぶどう膜炎によって発見された梅毒の1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1272.1276,2022cぶどう膜炎によって発見された梅毒の1例西崎理恵平野彩和田清花砂川珠輝小菅正太郎岩渕成祐昭和大学江東豊洲病院眼科CACaseofSyphilisDiagnosedviaaUveitisExaminationRieNishizaki,AyaHirano,SayakaWada,TamakiSunakawa,ShotaroKosugeandShigehiroIwabuchiCDepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospitalC諸言:近年,梅毒は増加傾向であり,また症状は多彩である.今回,眼科受診を契機に梅毒と診断された症例を経験したので報告する.症例:49歳,男性.両視力低下で近医を受診後,ぶどう膜炎の診断で精査加療目的に昭和大学江東豊洲病院紹介受診となった.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2,両眼硝子体混濁と左眼網膜静脈分枝閉塞症様出血を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査で両眼網膜血管炎と周辺部網膜の無血管野を認めた.血液検査を行い,梅毒CTP抗体,RPR定量,FTA-ABS定量から梅毒性ぶどう膜炎と診断した.ペニシリン大量点滴療法,ステロイド内服,網膜光凝固術で硝子体混濁は消失し,視力は両眼C1.2に回復した.考察:今回の症例は,網膜炎発症から間もないうちにペニシリン大量点滴療法を施行したことから,眼底に変性を残さずに完治したと考えられる.結論:近年,梅毒感染が増加し,症状が多彩であることから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応をルーチンに検査する必要があることを今回再認識できた.CPurpose:Inrecentyears,thenumberofsyphilispatientshasbeenincreasing.Symptomsandeyelesionsarenonspeci.c,andtheirappearancecanvary.Herewereportacaseofsyphilisdiscoveredduringanophthalmologi-calexamination.CaseReport:A49-year-oldmalepresentedafterbecomingawareofalossofvisualacuity(VA)CandCsubsequentlyCbeingCdiagnosedCwithCuveitisCatCaClocalCclinic.CUponCexamination,ChisCcorrectedCVACwasC0.4CODCand1.2OS,andbilateralvitreousopacitywasobserved.Abloodtestwasperformed,thusleadingtoadiagnosisofsyphilis.ThevitreousopacitydisappearedandhiscorrectedVArecoveredto1.2inbotheyesviahigh-dosepeni-cillininfusiontherapy,oralsteroids,andretinalphotocoagulation.Conclusion:The.ndingsinthiscaserevealtheimportanceofroutinelyperformingbloodtestsforsyphiliswhentreatingpatientswithuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1272.1276,C2022〕Keywords:梅毒,ぶどう膜炎,ペニシリン大量点滴療法.syphilis,uveitis,penicillinhigh-doseinfusiontherapy.はじめに近年,梅毒の報告数は増加傾向にある1).とくに働き盛りの年代で患者が多く発生している.梅毒は多彩な全身症状を示し2),眼病変も非特異的である3,4).今回,感染経路が不明で全身症状がなく,眼科受診によって梅毒が発見された症例を経験したので報告する.CI症例患者:49歳,男性.主訴:両眼視力低下,霧視,飛蚊症.既往歴:1年前に皮疹で皮膚科受診歴あり.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:近医眼科にて両眼硝子体混濁と診断され,精査加療目的で紹介受診となった.初診時眼科所見:矯正視力は右眼(0.4),左眼(1.2),眼圧は右眼C10.3CmmHg,左眼C9.7CmmHgであった.前眼部には炎症所見やその他視力低下をきたす異常は認めなかった.中間透光体は両眼に硝子体混濁を認めた.眼底は両眼に細動脈の狭小化や蛇行を認め,左耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた(図1).フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)で網膜動脈と静脈からの蛍光漏出,両眼周辺部網膜に無血管領域を認めた(図2).以上〔別刷請求先〕西崎理恵:〒135-8577東京都江東区豊洲C5-1-38昭和大学江東豊洲病院眼科Reprintrequests:RieNishizaki,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospital,5-1-38Toyosu,Koto-ku,Tokyo135-8577,JAPANC1272(114)図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両細動脈の蛇行,狭小化,左眼耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.両眼に網膜血管炎と,両眼の周辺部網膜に無血管領域を認めた.より動脈炎,静脈炎があると判断し,また血管閉塞,無血管領域も生じていることから,感染性ぶどう膜炎の可能性が高い5)と考えられた.血液検査はCCRP1.17,梅毒トレポネーマ(TP)抗体陽性を認めた.このことから追加で血液検査を行ったところ,迅速プラズマレアギン(rapidCplasmareagin:RPR)定量C64倍,FTA-ABS定量C1,280倍と上昇を認めたことから梅毒性ぶどう膜炎と診断した.また,同時にヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)抗原も検査を行ったが陰性であった.梅毒の感染機会を患者に聴取するも感染経路は不明であった.経過:神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法をすすめたが,本人の都合ですぐに入院することができず,アモキシシリン内服C1,500Cmg/日をC12日間投与した.しかし,硝子体混濁の程度や眼底所見の改善はみられなかった.初診から15日目に入院し,駆梅療法としてペニシリンCG1,800万単位/日点滴をC14日間投与した.炎症の改善に乏しかったことからプレドニンC30Cmg/日の内服も併用した.点滴治療C10日目に神経梅毒スクリーニング目的に神経内科を受診し髄液検査を行った.高次脳機能障害やCArgyllRobertson瞳孔を含む神経学的所見は認めなかったが,髄液細胞数C18/μl,髄液蛋白C42Cmg/dl,髄液中の梅毒血清反応(FTA-ABS定性)が陽性となり,無症候性神経梅毒と診断され神経内科での経図3点滴14日間+内服24日後のフルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.網膜血管炎は改善傾向だが,両眼周辺部網膜に無血管領域が悪化した.図4治療終了後57日目の眼底写真a:右眼,b:左眼.硝子体混濁はほぼ消失した.過観察を受けることになった.点滴C14日目には両眼硝子体混濁は減少し,矯正視力は右眼C0.9,左眼C1.2に改善した.その後はアモキシシリンC1,500Cmg/日内服とプレドニンC30mg/日内服を行った.点滴加療終了後C24日目の血液検査では,RPR定量C32倍,FTA-ABS定量C1,280倍とCRPRの減少を認めた.FAでは両網膜血管炎は改善傾向であったが,両眼周辺部網膜の無灌流領域は増加したため(図3),その後無血管領域に光凝固を施行した.点滴治療後の内服はC197日間行い,その後は経過観察を行った.治療終了後C57日目の検査で矯正視力は右眼C1.2,左眼C1.2,眼圧は右眼12.7mmHg,左眼はC12.7CmmHg,両眼硝子体混濁はほぼ消失し(図4),血液検査は梅毒CTP抗体陽性,RPR定量C8倍,FTA-ABS定量C640倍と有意に改善を認め,ガイドラインの定める治癒基準(RPRがC2倍系列希釈法でC4分の1)を達成した.治療終了から約C1年後も両眼矯正視力C1.2が維持され,梅毒CTP抗体陽性,PRP定量C8倍,FTA-ABS定量C320倍と経過は良好である.CII考按以前は減少傾向と考えられていた梅毒だが,近年,性生活の多様性などから報告数は増加傾向となっている1).2010年以降は男性と性交をする男性(menCwhoChaveCsexCwithmen:MSM)を中心とした感染が増加していたが,その後,国立感染症研究所がC2018年に行った都内の医療機関で診断された第CI期,II期梅毒患者を対象とした調査では,2014年以降は異性間の感染事例が急増し,2015年にはCMSMを上回ったとされており,2016.2018年にはCMSMおよび男性の異性間性的接触の増加はみられないが女性の異性間の感染事例は引き続き増加していると報告している.さらに,女性の異性間性的接触による感染のうち性風俗産業従事歴は64.7%,利用歴(直近C6カ月以内)は男性の異性間性的接触のC68.8%と報告されており,異性間性的接触増加の背景には性風俗産業従事者・利用者の感染があると考察されている.梅毒への偏見から患者自身が感染を伏せようとする場面に実臨床でしばしば遭遇する.本症例では感染経路に関する情報を問診から得られなかったが,感染経路が推測されればパートナーへ注意喚起を行うなど対策を講じることが可能となるが,このような偏見も感染の一因となっている可能性が考えられる.梅毒の初期症状として皮膚所見が一般的に知られているが,患者自身に梅毒感染の心当たりがあっても診察に対する羞恥心から受診につながらない可能性が考えられる.しかし,眼症状の一般での認知度は低く,また自覚として表れやすいことから,患者は梅毒を疑わずに病院を受診し,偶発的に感染が発覚することが多いと推測される.こういった患者を見逃さず全身治療につなげることが大切である.梅毒性ぶどう膜炎は全ぶどう膜炎の原因疾患のなかでC0.4%にすぎず4,6,7),また海外の報告では梅毒患者がぶどう膜炎を起こす割合はC1.8%程度と報告されており8),頻度は少ないものの特異的な所見がなく,多彩な症状を呈する.このことから梅毒性ぶどう膜炎を疑って診察や問診,血液検査などを行い,総合的に判断することが必要であり,ルーチンで梅毒血清反応を行うことが必要であると考えられた.また,梅毒とCHIVの混合感染も多く報告されており,混合感染例では眼梅毒を発症しやすく発症時期や進行が早いとの報告や,HIV感染者は非感染者より治療反応性が悪く,再発が多い9)との報告もあり,梅毒血清反応陽性を認めた際には,同時にHIVも検査が必要である4,6,8,10).ぶどう膜炎はいずれのステージにおいても生じうるが11),一般的には第二期または第三期にみられるといわれている.本症例では眼以外の所見に乏しく,病期の判定は困難だが,1年前に皮疹で皮膚科受診歴があり,これが梅毒によるものならば少なくとも発症からC1年以上が経過しており第二期または第三期である可能性が高く,眼梅毒が発症する好発ステージと矛盾はない.治療に関しては米国疾病予防管理センター(CenterCforCDiseaseCControlCandPrevention:CDC)が,眼梅毒に対しては神経梅毒に準じてペニシリン投与を行うとガイドラインに定めているが8),わが国においては神経梅毒合併例ではベンジルペニシリンの静脈投与,非合併例ではアモキシシリンの経口投与を行うことが多いと報告がある11).現在のところ梅毒トレポネーマのペニシリン耐性は確認されておらず,ペニシリンはいずれのステージの梅毒に対しても有効とされており,米国ではペニシリンアレルギーを有する患者に対しても脱感作療法を行いながら投与を行うことが推奨されている12).日本では代替薬としてマクロライド系やテトラサイクリン系,エリスロマイシン系薬剤が用いられている6,10).今回当院ではCCDCのガイドラインに準じて治療を行う予定であったが,患者都合によりアモキシシリンの経口投与を行うことになった.しかし,加療が奏効せず,その後静脈投与に切り替えた.駆梅療法開始後に死滅した梅毒トレポネーマに対するアレルギー反応であるCJarisch-Herxheimer反応6,7,9)で発熱や悪心などの症状が生じることがあり,ペニシリンアレルギーと鑑別が必要である.ステロイドの併用は,梅毒性ぶどう膜炎自体が病原体に対するアレルギーが関与していると考えられていること6)やJarisch-Herxheimer反応の予防,また消炎を考慮してしばしば用いられるが,これに関しては統一した見解はなく,眼内の炎症が強い場合にのみ併用が推奨される場合7)や視神経症や.胞様黄斑浮腫をきたした場合に併用するといった報告もある13).海外ではワクチンの研究も行われており実用化の目処はたっていないものの,予防的にドキシサイクリンを投与したところ,梅毒を含む一部の性感染症の発症率が低下したとの報告もあり,今後予防薬が用いられるようになるかもしれない12).本症例では神経症状は認めなかったが,CDCはすべての眼梅毒患者が髄液検査を受けることを推奨しており4,11),本症例でも点滴治療C10日目に実施し無症候性神経梅毒の診断に至った.梅毒性ぶどう膜炎では,炎症が長期化すると神経網膜や網膜色素上皮の萎縮をきたし,ごま塩様眼底を呈するが,今回の症例では網膜炎を起こしてから間もないうちに神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法と網膜光凝固術を施行したことにより,眼底に変性を残さずに完治したと考えられた.CIII結語今回,眼科受診を契機に梅毒感染が判明し,ペニシリン大量点滴療と網膜光凝固術によって治癒した症例を経験した.近年梅毒感染が増加しており,多彩な症状を呈することから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応を必ずルーチンに検査したほうがよいと再認識できた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)国立感染症研究所厚生労働省健康局,結核感染症課:病原微生物検出情報41:6-8:20202)日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会,日本性感染症学会:梅毒診療ガイド.5,2018C3)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C20084)中西瑠美子,石原麻美,石戸みづほほか:後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併した梅毒性ぶどう膜炎の症例.あたらしい眼科33:309-312,C20165)KaburakiT,FukunagaH,TanakaRetal:Retinalvascu-larCin.ammatoryCandCocclusiveCchangesCinCinfectiousCandCnon.infectiousCuveitis,CJpnCJCOphthalmolC64:150-159,C20206)蕪城俊克:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼75:58-62,C20217)岩橋千春,大黒伸行:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C73:290-294,C20198)佐藤茂,橋田徳康,福島葉子ほか:Acutesyphiliticpos-teriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)を呈した梅毒性ぶどう膜炎のC3例.臨眼72:1263-1270,C20189)木村郁子,石原麻美,澁谷悦子ほか:眼梅毒C5症例の臨床像について.臨眼71:1731-1736,C201710)鈴木重成:疾患別:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C70:260-265,C201611)牧野想,蕪城俊克,田中理恵ほか:中心性漿液性脈絡網膜症と鑑別を要した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.臨眼C73:C753-760,C201912)GhanemCKG,CRamCS,CRicePA:TheCmodernCepidemicCofCsyphilis.NEnglJMedC382:845-854,C202013)近澤庸平,山田成明,高田祥平ほか:眼の水平様半盲を呈した梅毒性ぶどう膜炎.臨眼70:1047-1052,C2016***

治療前に光干渉断層計所見の著明な改善を認めたAcute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinitis(ASPPC)の 1 例

2022年5月31日 火曜日

《第54回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科39(5):660.665,2022c治療前に光干渉断層計所見の著明な改善を認めたAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitis(ASPPC)の1例永田篤加藤大輔日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院眼科ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitis(ASPPC)inwhichOCTFindingsRevealedSpontaneousResolutionBeforeTreatmentAtsushiNagataandDaisukeKatoCDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossAichiMedicalCenterNagoyaDainiHospitalC目的:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)に特徴的なCOCT像は多く報告されているが,病態は不明である.今回治療前早期に急速にCOCT像の改善を認めたC1例を報告する.症例:52歳,男性.1週間前に急に右中心暗点を自覚し近医より紹介受診.視力は右眼C0.03(0.15),左眼C0.05(1.0),右眼黄斑部に黄白色非隆起性病変(placoidlesion:PL)を認めた.眼底自発蛍光,フルオレセイン蛍光造影で過蛍光所見,インドシアニングリーン蛍光造影で低蛍光をCPLより縦に広い範囲に認めた.OCT所見はCellipsoidzone(EZ)の消失,PL部位の色素上皮ラインの不正隆起を認めた.梅毒反応陽性を認めCASPPCと診断した.受診C23日後のCOCTでCPLの消失とCOCT所見の改善を認めた.結論:画像所見から免疫機序の炎症反応が示唆された.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinopathy(ASPPC)inCwhichCopticalCcoherencetomography(OCT)imagingCrevealedCspontaneousCimprovementCinCtheCearlyCstageCpriorCtoCtreatment.CCaseReport:ThisCstudyCinvolvedCaC52-year-oldCmaleCwithCcentralCscotomaCinChisCrightCeyeCforC1CweekCpriorCtoCpresentation.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.15ODand1.0OS,andayellowishplacoidlesionwasobservedinCtheCmacularCregionCofCtheCrightCeye.CFundusCauto.uorescenceCandC.uoresceinCangiographyCshowedChyper.uorescence,CandCindocyanineCgreenCangiographyCrevealedChypocianescenceCinCtheCupperCmacularCregion.COCT.ndingsshoweddisruptionoftheellipsoidzone(EZ)andnodularthickeningoftheretinalpigmentepitheli-um(RPE),whichcorrespondedtothelesionoftheangiographicallydamagedarea.Syphilisserology.ndingswerepositive,CandCheCwasCdiagnosedCasCASPPC.CHowever,CatC23-daysCpostCpresentation,COCTCimagingCrevealedCresolu-tionoftheinitialEZandRPE.ndings.Conclusion:Inthiscase,multimodalretinalimaging.ndingssuggestedanimmuneresponsetoASPPC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(5):660.665,C2022〕Keywords:梅毒,ASPPC,梅毒性ぶどう膜炎,光干渉断層計.syphilis,ASPPS,syphiliticuveitis,opticalcoher-encetomography.Cはじめに床像を示すため診断に難渋することが多い.虹彩炎,強膜梅毒患者はC2010年以降わが国では急速に増加しており,炎,網膜血管炎,硝子体混濁などを認めるが,特異的な所見日常診療の場で遭遇する機会が増えてくると考えられる.梅はないためぶどう膜炎の鑑別には常に梅毒を考慮する必要が毒による眼病変は多彩で,そのなかのぶどう膜炎も多彩な臨ある.一方acutesyphiliticposteriorchorioretinitis(ASPPC)〔別刷請求先〕永田篤:〒466-8650愛知県名古屋市昭和区妙見町C2-9日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院眼科Reprintrequests:AtsushiNagata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossAichiMedeicalCenterNagoyaDainiHospital,2-9Myokencho,Syowa-ku,Nagoya-shi,Aichi466-8650,JAPANC660(110)はC1988年に初めて報告され1),Gassらが後にCASPPCと命名した梅毒性ぶどう膜炎の一つである2).所見が特徴的で,さらに最近は光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)像も多く報告され3,5,6),鑑別を要する類似したOCT像を呈する疾患もあるが,この眼底所見とCOCT所見の特徴を知っていれば,梅毒血性反応を行い,陽性となれば診断は比較的容易である.しかし,ASPPCの病態はよくわかっていない.今回治療前早期に急速にCOCT像の改善を認めたC1例を経験したので,その特徴につき考察する.CI症例患者:52歳,男性.主訴:右中心暗点.既往歴:1年前亀頭に皮疹が出現し皮膚科で経過観察し自然に改善した.2019年C5月頃口内炎がよくできた.現病歴:2019年C11月C24日に急に右中心暗点を自覚し近医を受診し,原因不明の視力障害精査目的にてC12月C2日に当院を紹介受診した.当科初診時視力は右眼C0.03(0.15C×.8.0D),左眼C0.05(1.0C×.7.5D(cyl.1.5DAx170°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C15CmmHgであった.前眼部,中間透光体に異常所見は認めず,眼底には,右眼黄斑部に境界明瞭な淡い非隆起性の黄色網膜外層病変(placoidlesion:PL)を認めた.左眼は異常所見を認めなかった(図1).黄斑部CPLはCOCT所見の網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithe-lium:RPE)ラインの不整隆起を認め,一部は結節状の小隆起を認めた.Ellipsoidzone(EZ)の消失も認めた.さらに,冠状断では逆三角で示す範囲の外境界膜ラインの消失,EZの消失や不連続所見,RPEラインの結節状隆起を認めた(図2).冠状断連続切片ではCPLの範囲の横径の幅で上方に帯状に同様の網膜外層異常を認めた.初診時の右眼眼底自発蛍光(fundusauto.uorescence:FAF),フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinCfundusangiography:FA),インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenangiography:IA)で各々の検査はCPL以外の広い範囲の障害部位を描出した.FAは時間の経過とともに過蛍光を示し,IAではCPLは造影後期で強い低蛍光,その他の病巣も顆粒状の低蛍光を示した.またC3検査で描出された異常部位範囲はおおよそ一致し,その縦の範囲はCOCT冠状断の異常部位と一致していた(図3).左眼はいずれも異常を認めなかった.以上の所見より,また年齢,性別,既往歴から梅毒性ぶどう膜炎を疑い,とくにCASPPCを疑い採血を行った.梅毒血性反応CrapidplasmaCregain(RPR)128倍,treponemaCpallidumChemag-glutination(TPHA)81,920倍,HIV陰性,HBs抗原陰性,HCV陰性であった.その他の全身所見に異常は認めなかった.RPR,TPHAの抗体価高値より梅毒性ぶどう膜炎,ASPPCと診断した.当院総合内科にて髄液検査を施行し,CTPHA10,240倍を認め,第C2期梅毒と診断された.初診からC15日後のC12月C17日の右眼視力は矯正C0.4に改善し中心暗点の自覚症状も改善を認めた.右眼眼底のCPLは消退しOCTではCPL部位のCRPEラインの不整隆起も改善を示し,12月C25日にはCEZも改善を認めた.視力は矯正C0.5に改善を認めた.しかし,FAFの過蛍光領域は拡大を示した(図4).治療はC12月C26日から開始し総合内科にてセフトリアキソンC2CgをC1日のみ注射し,翌日よりペニシリンCGをC400万単位,6日間点滴治療を行った.治療後の経過ではCOCTの外層の異常所見は翌年のC2月C7日時点でほぼ改善を認め,図1初診時眼底右眼黄斑部に境界明瞭な淡い非隆起性の黄色網膜外層病変(placoidlesion)が認められる.図2初診時右眼OCT所見a:冠状断.黄斑部CPL部位(→)の範囲のCRPEラインの不整隆起を認め,一部は結節状の小隆起を認めた.EZの消失も認めた.で示す範囲(黄斑部上方)の外境界膜ラインの消失,EZの消失や不連続所見,RPEラインの結節状隆起を認めた.Cb:水平断.PL部位(→)の範囲にCRPEラインの不整隆起を認めた.bdf図3右眼の初診時所見a:カラー眼底写真.淡いCPLを認めた.Cb:FAF.PLから上方に帯状に過蛍光を認めた.Cc:FA(1分C9秒).わずかに黄斑部上方に点状の過蛍光を認めた.Cd:FA(15分C17秒).PLを含んで上方に過蛍光所見を認めた.Ce:IA(1分C9秒).PLにわずかな低蛍光像を認めた.Cf:IA(15分C17秒).PLは強い低蛍光像を示し,PLと連続して顆粒状の低蛍光所見を認めた.図4右眼治療前のOCT水平断像とFAF所見a,b:12月C17日.初診からC15日後でCFAFは初診時より過蛍光領域の拡大を認める.OCTではCPL部位のCRPEの肥厚の改善を認めた.c,d:12月C25日.FAFはさらに過蛍光領域の拡大を認める.OCTではCPL部位はCRPEの肥厚は消退しCEZの回復を認めた.黄斑上方のCEZも一部断続的であるが改善を認めた.FAFも過蛍光領域は消失した.3月C6日には視力は矯正C1.0に改善した(図5).全身的にはその後もとくに異常所見は認めなかった.CII考按Enandiらの報告では過去に報告されたCASPPCの論文をレビューしC16症例のCASPPCの患者の臨床的,血管造影的特徴を考察している4).平均発症年齢C40歳,9例が両眼性,7例がC2期梅毒の皮膚粘膜所見の既往あり,9例がCHIV陽性であった.眼底後極部に大きなCPLを認めCFAで病変部の過蛍光所見を認め,抗菌薬治療により短期間にCPLの消失と視力の改善を認めている.ASPPCは眼に起こる梅毒病変のなかで頻度はまれではあるがはっきりとした特徴的な所見を示すと結論づけている.OCT所見の特徴としてはCPLに一致して外境界膜,EZ,interdigitationzoneの消失,RPEの不整隆起,凹凸変化,結節状の小隆起を認めることが報告されている3.6).本症例は片眼の黄斑部CPLとその範囲以上の広範囲に網膜外層障害所見を認めた.さらに当院受診のC1年前に陰茎亀頭の皮疹が出現していた.これらのことから梅毒感染,ASPPCを強く疑い診断に至った.HIV感染の合併も可能性としてあるため抗体検査を行ったが陰性であった.当院で経験した症例の所見の特徴として,PLはC2週間という短期間で,かつ無治療の段階で自然消失を認め,OCTではCRPEラインの不整隆起像も同様に急速に改善を認めた.無治療で早期に改善した理由は不明であったが,このことは既報でも同様の報告があるが7,8)これらの報告でもCHIV感染はなく,免疫状態が正常で他の全身徴候がなく軽い状態のASPPCであったためと考察している.本症例でもCHIVは陰性であったため同様のことが考えられるが,EnandiらはHIV陽性患者と陰性患者で臨床的特徴と長期の視力予後で違いはなかったと述べている4).つぎに本症例では検眼鏡所見ではほとんどわからないCPL以外の病変をCOCT,FA,FAF,IAのマルチモーダルイメージングで明瞭に描出した.初診時これらの検査ではCOCT冠状断のCEZ,RPEラインの異常範囲とCFAF,FA,IAの異常範囲は一致を認めた.OCTでは網膜外層の障害の特徴図5右眼治療後のOCT水平断像とFAF所見a,b:2020年C1月C6日.FAFで一部過蛍光領域の残存を認める.OCT所見はわずかにCEZの不整を認めるのみであった.視力は矯正C0.7に改善した.Cc,d:202年C2月C7日.FAFで過蛍光所見は消退を認め,OCT所見はほぼ正常となった.視力は矯正C0.8に回復した.と範囲を示し,FAFでは障害の範囲におおよそ一致した高輝度所見を明瞭に示した.時間的経過とともに範囲は拡大し視力やCOCTの改善にやや遅れて改善を認めた.FAFでは過去の報告でも高輝度を示すことが報告されているが4,5,9)CPLに一致かその周辺の同心円状の高輝度所見の報告が多く,本症例のようにCPLから連続して縦に長く認めた例は筆者らが調べた限りではなかった.高輝度を示す理由としてCMatus-motoら9)は高輝度の範囲はCPLの範囲に限局していてCRPEの機能不全によるリポフスチンの蓄積と一部視細胞外節の不完全な貪食とによるとし,それが眼底所見のCPLとして認めると考察している.さらに本症例ではCIA所見で異常部位を明瞭に描出している.ASPPCのCIA所見はCPL部位の低蛍光を認めるが4,5),本症例では後期相においてCPL部位の強い低蛍光と上方に連続した病変の顆粒状の低蛍光を認めた.低蛍光部位はCFAFの高輝度部位,FAの後期相とほぼ一致を認めた.他のASPPCの報告を調べても筆者らが調べた限り当症例のようにCPL以外の範囲にも非常に明瞭な低蛍光像,顆粒状の低蛍光像を示した報告は認めなかった.ASSPPCの病態ついてはいまだ明らかではない.本症例で得られた異常所見から推測すると,他の報告同様9,10),病変は急性の局所性炎症によりCRPEの障害を起こしリポフスチンがおもに黄斑部のCRPE上に沈着しそれが眼底所見ではPLとして観察され,またCOCTでみられる顆粒状のCRPEの隆起所見も部分的な沈着であり,それはCIAで認めた顆粒状の低蛍光所見として認め,異常部位全体が低蛍光を示したのは沈着によるブロックと考えた.広い範囲の外層障害を起こしたが,それはCOCTのCEZの消失として認め,黄斑部にCPL所見を示したのは周辺網膜と黄斑部の代謝や解剖学的な違いからか,障害の程度の違いからか,リポフスチンの沈着を多く認めたためではないかと推測した.縦に帯状に障害を認めた理由は不明である.炎症反応をCRPEに起こす機序は依然不明であるが梅毒感染後に起こるなんらかの免疫応答が推測され,本症例ではCHIV感染がなく正常の免疫応答が働き早期の炎症の改善に伴い駆梅治療前の短期間に良好な視力に改善したと考えた.今回筆者らが経験した症例はCplacoidlesionのみならず広い範囲に網膜外層障害を認めたC1例で,マルチモーダルイメージングが診断の助けとなった.今後梅毒やCHIV感染の増加に伴い日常診療でCOCTで網膜外層異常を認めた場合ASPPCも重要な鑑別候補にあがると考えた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DeSouzaEC,JalkhAE,TrempleCLetal:Unusualcen-tralCchorioretinitisCasCtheC.rstCmanifestationCofCearlyCsec-ondarysyphilis.AmJOphthalmolC105:271-276,C19982)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.OphthalmologyC97:1288-1297,C19903)BristoP,PenasS,CarneioAetal:Spectral-domainopti-calcoherencetomographyfeaturesofacutesyphiliticpos-teriorretinitis:theroleofautoimmuneresponseinpatho-genesis.CaseRepOphthalmolC2:39-44,C20114)EnandiCCM,CNeriCP,CAdelmanCRACetal:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis:reportCofCaCcaseCseriesCandCcomprehensiveCreviewCofCtheCliterature.CRetinaC32:C1915-1941,C20125)PichiCF,CGiardellaCAP,CCunninghamCETCJrCetal:SpectralCdomainopticalcoherencetomography.ndingsinpatientswithCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinopathy.CRetinaC34:373-384,C20146)BurkholderBM,LeungTG,OstheimerTAetal:SpectraldomainCopticalCcoherenceCtomographyC.ndingsCinCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitis.CJCOphthalmicCIn.ammInfectC4:2,C20147)JiYS,YangJM,ParkSW:EarlyresolvedacutesyphiliticposteriorCplacoidCchorioretinitis.COptomCVisCSciC92:S55-S58,C20158)BaekCJ,CKimCKS,CLeeWK:NaturalCcourseCofCuntreatedCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitis.CClinCExperimentOpthalmolC44:431-433,C20169)MatsumotoCY,CSpaideRF:Auto.uorescenceCimagingCofCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitis.CRetinalCCases&BriefReportsC1:123-127,C200710)佐藤茂,橋田徳康,福島葉子ほか:Acutesyphiliticpos-teriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)を呈した梅毒性ぶどう膜炎のC3例.臨眼72:1263-1272,C2018***

梅毒による強膜炎の2 例

2022年5月31日 火曜日

《第54回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科39(5):649.654,2022c梅毒による強膜炎の2例播谷美紀伊沢英知南貴紘曽我拓嗣田中理恵東京大学医学部附属病院眼科CTwoCasesofBilateralSyphiliticScleritisTreatedbyIntravenousPenicillinGandTopicalBetamethasoneMikiHariya,HidetomoIzawa,TakahiroMinami,HirotsuguSogaandRieTanakaCDepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospitalC梅毒によるびまん性強膜炎をC2例経験したので報告する.症例C1はC65歳,男性.ステロイド点眼で症状が改善せずに東京大学医学部附属病院(以後,当院)を紹介受診した.両眼のびまん性強膜炎を認め,血液検査で梅毒血清反応(STS)定量C512倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜炎と考えられた.髄液検査で神経梅毒の合併と診断された.ペニシリンCG点滴治療,ベタメタゾンC0.1点眼を右眼C3回,左眼C2回で開始し強膜炎は改善した.症例C2は65歳,男性.9カ月前に発症した両眼の充血の増悪と前房内炎症があり,当院を紹介受診した.両眼のびまん性強膜炎と強膜菲薄化,前房内細胞C1+,硝子体混濁,眼底に多発する黄白色の斑状病変を認めた.血液検査でCSTS定量C256倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜ぶどう膜炎と考えられた.髄液検査で神経梅毒の合併と診断された.ペニシリンCG2点滴,ベタメタゾンC0.1点眼をC6回開始後,強膜ぶどう膜炎は改善した.CPurpose:Toreporttwocasesofsyphilis-relatedbilateraldi.usescleritisthatweretreatedbyadministrationofintravenouspenicillinGandbetamethasoneeyedrops.CaseReports:Case1involveda65-year-oldmalewhowasCreferredCtoCtheCUniversityCofCTokyoCHospitalCdueCtoChyperemia.CUponCexamination,CbilateralCdi.useCscleritisCwasCobserved,CandCtheC.ndingsCofCaCserologicCtestCforsyphilis(STS)andCaCtreponemaCpallidumChemagglutinationassay(TPHA)testCwereCbothCpositive.CCerebrospinalC.uidCexaminationCresultedCinCaCdiagnosisCofCneurosyphilis.CIntravenouspenicillinGandbetamethasoneeyedropswereadministered,andthescleritissubsequentlyimproved.Case2involveda65-year-oldmalewhowasreferredtoourhospitalduetohyperemia.Uponexamination,bilater-aldi.usescleritis,scleralthinning,andanteriorchambercellswereobserved.Fundusexaminationrevealedvitre-ousCopaci.cationCandCyellowishCspottyClesions,CandCSTSCandCTPHACtestCresultsCwereCbothCpositive.CCerebrospinalC.uidCexaminationCresultedCinCaCdiagnosisCofCneurosyphilis.CIntravenousCpenicillinCGCandCbetamethasoneCeyeCdropsCwereCadministered,CandCtheCscleritisCsubsequentlyCimproved.CConclusion:WeCexperiencedCtwoCcasesCofCsyphiliticCdi.usescleritisthatweree.ectivelytreatedviatheadministrationofintravenouspenicillinGandbetamethasoneeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(5):649.654,C2022〕Keywords:梅毒,強膜炎,眼梅毒,神経梅毒,駆梅療法.syphilis,scleritis,ocularsyphilis,neurosyphilis,syphi-listreatment.Cはじめに梅毒の眼症状は多彩であり,ぶどう膜炎,網膜炎,乳頭炎,視神経炎,視神経萎縮,結膜炎,上強膜炎,強膜炎などがみられる1,2).前部ぶどう膜炎はC6.1%,中間部ぶどう膜炎はC8.4%,後部ぶどう膜炎はC76.2%,汎ぶどう膜炎はC8.4%,強膜炎はC0.9%3)と報告されており,眼梅毒のなかで強膜炎は比較的まれである.一方,強膜炎の原因としては,関節リウマチ,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎,再発性軟骨炎などが多い4.6).強膜炎のC4.6.18%は感染症が原因である3,7,8)が,そ〔別刷請求先〕播谷美紀:〒113-8655東京都文京区本郷C7C-3-1東京大学医学部附属病院眼科医局Reprintrequests:MikiHariya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital,7-3-1Hongo,Bunkyo,Tokyo113-8655,JAPANCのなかでもっとも多い原因はヘルペスウイルス感染4,6,9)と報告されている.強膜炎の原因としても梅毒はまれである.今回,梅毒による強膜炎と診断した症例C2例を経験し,臨床像を検討した.CI症例提示〔症例1〕65歳,男性.主訴:両眼充血.現病歴:17カ月前に上記主訴にて近医を受診し,上強膜炎と診断された.14カ月前に両眼の白内障手術が施行され,術後のステロイド点眼で強膜充血は改善しなかった.9カ月前に眼圧上昇がみられ緑内障点眼を開始された.7カ月前に緑内障点眼下で両眼C30CmmHg以上の高眼圧となり,ステロイド性高眼圧が疑われたため,リンデロン(0.1%)点眼は中止された.その後眼圧はC15CmmHg以下に低下したものの,フルオロメトロン(0.1%)点眼では充血は改善せず,プレドニゾロンC10Cmgが開始された.症状が改善しないため,本人の希望で当院紹介受診となった.既往歴・家族歴に特記すべきものはなかった.初診時,右眼C1.0Cp(1.2C×cyl.0.75DAx70°),左眼C0.2(0.6pC×sph+1.25D(cyl.2.25DAx80°)で,眼圧は右眼C22CmmHg,左眼C16CmmHgであった.両眼にびまん性強膜炎を認めた(図1)が,前房内炎症は認めなかった.左眼の眼底に分層黄斑円孔を認めたが,両眼ともに明らかな網膜病変や硝子体混濁は認めなかった.血液検査を行ったところ,C反応性蛋白(CRP)0.90Cmg/dl,赤血球沈降速度C40Cmm,リウマチ因子C5CIU/ml以下,抗核抗体陽性,抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)0.5CIU/ml以下,抗好中球細胞質抗体(PR3-ANCA)0.5CIU/ml以下,抗シトルリン化ペプチド抗体C0.6CU/ml未満,梅毒血清反応(serologicCtestCforsyphilis:STS)定量512倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜炎を疑った.本人が遠方在住のため,近医総合病院内科へ紹介し,髄液検査で髄液細胞数がC152/μlと上昇,STS定量C4倍であり神経梅毒の合併と診断された.また,性感染症のスクリーニングも施行され,尿中クラミジア・トラコマティスPCRが陽性となりアジスロマイシン内服治療が開始された.その他CHBs抗原,HCV抗体,HIV抗体,淋菌は陰性だった.アモキシシリンC3,000CmgとプロベネシドC750CmgをC3週間内服したのち,ペニシリンCG2,400万単位/日をC12日間点滴治療され,眼局所治療としてはベタメタゾンC0.1%点眼図1症例1の前眼部写真a,b:初診時の前眼部写真(Ca:右眼,Cb:左眼).びまん性強膜炎を認める.Cc,d:ペニシリンCG点滴開始後C2週間の前眼部写真(Cc:右眼,d:左眼).強膜充血は消失した.図2症例2の前眼部写真a,b:症例C2の初診時の前眼部写真(Ca:右眼,Cb:左眼).びまん性強膜炎を認める.一部強膜は菲薄化している.Cc,d:ペニシリンCG点滴開始後C2週間の前眼部写真(Cc:右眼,Cd:左眼).強膜充血は消失した.強膜菲薄化によりぶどう膜が透見される.を右眼C3回,左眼C2回で開始した.その後,STS定量はC4倍からC1倍へと改善し,両眼のびまん性強膜炎はアモキシシリン開始後約C1週間で軽快した.両眼のびまん性強膜炎の軽快に伴い,ベタメタゾン点眼を中止したが,その後C3カ月間再発なく当科は終診となった.〔症例2〕65歳,男性.主訴:両眼充血.現病歴:9カ月前に両眼充血で近医眼科を受診するも改善せず,3カ月前に別の眼科を受診し,強膜炎を指摘され,ベタメタゾンC0.1%点眼両眼C4回が開始となった.2週間前に両眼の充血の増悪と前房内細胞を認めたため精査加療目的に当科紹介となった.既往歴は高血圧とCC型肝炎治療後であった.初診時の矯正視力右眼C0.3(1.0CpC×cyl.3.00DCAx90°),左眼C0.3Cp(0.6C×sph.0.50D(cyl.2.50DAx105°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHgであった.両眼のびまん性強膜充血と一部に強膜菲薄化を認めた(図2).両眼の前房内細胞C1+で,左眼には微細角膜後面沈着物を認めた.両眼の眼底にびまん性硝子体混濁C1+,左眼眼底優位に多発する黄白色の斑状病変を認めた(図3).斑状病変は,光干渉断層計検査にて網膜色素上皮の結節状の隆起と,ellipsoidzoneの不明瞭化を認めた(図4).蛍光眼底造影検査では,両眼に早期から後期にかけて点状の組織染,一部過蛍光領域を認めた(図5).また,早期から後期にかけて視神経乳頭の蛍光増強を認めた.血液検査では,CRP0.41Cmg/dl,赤血球沈降速度36mm,リウマチ因子5IU/ml以下,抗核抗体陰性,MPO-ANCA0.5CIU/ml以下,PR3-ANCA0.6CIU/ml,抗シトルリン化ペプチド抗体C0.6CU/ml未満,STS定量C256倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜ぶどう膜炎を疑った.当院感染症内科へ紹介し,髄液検査にて髄液細胞数がC76/μlと上昇,STS16倍であり神経梅毒の合併と診断された.またCHCV抗体は陽性,その他のCHBs抗原,HBs抗体,HIV検査は陰性だった.治療としてペニシリンCG2,400万単位/日をC14日間点滴,ベタメタゾンC0.1%を両眼C6回で開始し,両眼充血は約C2週間で消失,両眼の硝子体混濁はC1カ月でほぼなくなり,眼底の黄白色病変も軽快した.ベタメタゾン点眼は漸減し,治療開始後C4カ月で当院終診となった.図3症例2の眼底写真両眼に硝子体混濁C1+,眼底に多発する黄白色の斑状病変を認めた.図4症例2の左眼眼底に認めた黄白色斑状病変の光干渉断層像網膜色素上皮の結節状の隆起と,ellipsoidzoneの不明瞭化を認めた.II考按今回の症例は,ステロイド点眼で長期間改善しない両眼充血を主訴に紹介受診となったC2症例で,どちらも両眼性にびまん性強膜炎を認めた.血液検査で梅毒が原因として疑われ,髄液検査にて神経梅毒の合併も認めた.ペニシリン全身投与による駆梅療法が施行され,びまん性強膜炎はC2週間ほどで改善し,その後の強膜炎の再発もなかったことから梅毒性強膜炎であったと推測される.梅毒は梅毒トレポネーマによる感染症である.2000年代から世界中でその感染数が再増加3)しており,とくに男性間での接触感染,ドラッグ使用者によるもの,HIV感染の合併例が多いとされる2).眼梅毒も再増加が指摘されており3),眼痛,視野欠損,飛蚊症,光視症,眼圧変動,羞明といったさまざまな症状が生じる1).ほぼすべての眼構造が影響を受けるため,角膜実質炎,中間部ぶどう膜炎,網脈絡膜炎,網膜血管炎,網膜炎,神経周囲炎,乳頭炎,球後視神経炎,視神経萎縮,視神経ゴム腫などが認められる13).梅毒のどの病期でも眼病変は生じうるが,とくに第C2期,第C3期梅毒の眼梅毒が多い10).そのなかで梅毒性強膜炎はまれであり1,3),強膜炎のタイプとしても結節性強膜炎が多い10.14)とされるが,今回のC2症例はびまん性強膜炎であった.また,症例C2は梅毒性強膜ぶどう膜炎であり,梅毒の多彩な病変がうかがえる.梅毒のおもな感染経路は性行為による接触感染である.症例C1の感染経路については,他院内科で治療されており,詳細不明である.症例C2については不特定多数の異性との性的接触が原因として考えられる.既報では梅毒第C2期の患者約C25%に中枢神経系障害が起こりうるとされる13).両症例とも神経梅毒の合併を認めたた図5症例2の蛍光造影検査両眼性に早期から後期にかけて点状の組織染,staining,一部過蛍光領域を認めた.また早期から後期にかけて視神経乳頭の蛍光増強を認めた.め,それぞれの症例の病期について考察した.症例C1は両眼充血が生じてから当科初診までC17カ月,症例C2については両眼充血が生じてからC9カ月経過していた.両症例とも皮膚症状などの他症状はあまりみられず全身状態は良好であった.神経梅毒と眼梅毒ともにどの病期でも起こりうるが,第2期の潜伏期か第C3期の可能性が高いと考えられた.また,眼梅毒であるC68人の患者のC46%が髄液検査を施行され,そのC1/4で神経梅毒が明らかになった2)ことから,眼梅毒と診断した場合には髄液検査による神経梅毒の精査が重要である.神経梅毒合併時の治療はペニシリン全身投与によりC1カ月以内で改善する10,11,13,14)とされ,今回のC2症例とも両眼強膜炎はC2週間程度で速やかに改善し,神経梅毒も改善がみられ有効であったと考える.眼病変に対する局所治療については,局所のみのステロイド使用例では改善と再発を繰り返したという報告14)があり,筆者らの症例でも前医でステロイド点眼が開始されていたものの改善がみられず当科に紹介となっていた.強膜炎を認めた場合,梅毒も鑑別疾患の一つとして考え,全身検査を施行する必要がある.そして梅毒と診断された場合は,ペニシリン全身投与による全身治療が必要である.今回,筆者らは血液検査により梅毒が原因として疑われ,駆梅療法で速やかに改善し,梅毒による強膜炎と診断したC2例を経験した.既報では結節性強膜炎の報告が多いが,2例ともびまん性強膜炎であった.強膜炎の原因疾患としては梅毒の頻度は高くないが,梅毒も強膜炎の鑑別疾患の一つとして忘れてはならない.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DuttaMajumderP,ChenEJ,ShahJetal:Ocularsyphi-lis:AnCupdate.COculCImmunolCIn.ammC27:117-125,C20192)MargoCE,HamedLM:Ocularsyphilis.SurvOphthalmolC37:203-220,C19923)FurtadoCJM,CArantesCTE,CNascimentoCHCetal:ClinicalCmanifestationsandophthalmicoutcomesofocularsyphilisatCaCtimeCofCre-emergenceCofCtheCsystemicCinfection.CSciCRepC8:12071,C20184)TanakaCR,CKaburakiCT,COhtomoCKCetal:ClinicalCcharac-teristicsandocularcomplicationsofpatientswithscleritisinJapanese.JpnJOphthalmolC62:517-524,C20185)WieringaCWG,CWieringaCJE,CtenCDam-vanCLoonCNHCetal:Visualoutcome,treatmentresults,andprognosticfac-torsCinCpatientsCwithCscleritis.COphthalmologyC120:379-386,C20136)SainzCdeClaCMazaCM,CMolinaCN,CGonzalez-GonzalezCLACetal:Scleritistherapy.OphthalmologyC119:51-58,C20127)HemadyCR,CSainzCdeClaCMazaCM,CRaizmanCMBCetal:SixCcasesofscleritisassociatedwithsystemicinfection,AmJOphthalmologyC114:55-62,C19928)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19769)MurthyCSI,CSabhapanditCS,CBalamuruganCSCetal:Scleritis:Di.erentiatingCinfectiousCfromCnon-infectiousCentities,IndianJOphthalmolC68:1818-1828,C202010)CaseyCR,CFlowersCCM,CJonesCDDCetal:AnteriorCnodularCscleritisCsecondaryCtoCsyphilis.CArchCOphthalmolC114:C1015-1016,C199611)WilhelmusCKR,CYokohamaCM:SyphiliticCepiscleritisCandCscleritis.AmJOphthalmolC104:595-597,C198712)EscottCSM,CPyatetskyD:UnilateralCnodularCscleritisCsec-ondarytolatentsyphilis.ClinMedResC13:94-95,C201513)ShaikhCSI,CBiswasCJ,CRishiP:NodularCsyphiliticCscleritisCmasqueradingCasCanCocularCtumor.CJCOphthalmicCIn.ammCInfectC5:8,C201514)GoelCS,CDesaiCA,CSahayCPCetal:BilateralCnodularCsclero-keratitisCsecondaryCtoCsyphilis-ACcaseCreport.CIndianCJCOphthalmolC68:1990-1993,C2020***

原因不明のβ-Dグルカン上昇を伴うAcute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinopathy(ASPPC)の1例

2020年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(6):758.762,2020c原因不明のb-Dグルカン上昇を伴うAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinopathy(ASPPC)の1例高橋良太渡辺芽里井上裕治高橋秀徳川島秀俊自治医科大学付属病院眼科ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinopathy(ASPPC)withHighb-D-GlucanemiaRyotaTakahashi,MeriWatanabe,YujiInoue,HidenoriTakahashiandHidetoshiKawashimaCDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityC目的:原因不明のCb-Dグルカン上昇が継続したCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinopathy(ASPPC)の1例を経験したので報告する.症例:39歳,女性.1カ月前からの右眼羞明,中心暗点,飛蚊症で近医受診.精査加療目的に当院へ紹介受診.視力は右眼(0.8),左眼(1.2),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHg.両眼に前部硝子体細胞,右眼眼底は上方を中心に一部癒合した淡い白斑を多数認めた.蛍光眼底造影では,両眼に末梢網膜静脈の蛍光漏出を認めた.OCTでは,右眼のみCellipsoidC&CinterdigitationCzoneの不整を認めた.血液検査にて,梅毒陽性(STS,TPHA)およびCb-Dグルカン上昇を認めたがCHIVは陰性だった.腟分泌液や血液培養でも真菌感染症を示唆する所見はなかった.駆梅療法を実施し,眼底所見およびCOCT所見は改善した.しかし,高Cb-Dグルカン血症は原因を究明できないまま持続している.CPurpose:Toreportacaseofacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinopathy(ASPPC)withextraordinari-lyhighb-D-glucan(BDG)levels.Case:Thisstudyinvolveda39-year-oldfemalewithphotophobia,centralscoto-ma,andC.oatersinherrighteyefor1monthpriortopresentationatourhospital.Herbest-correctedvisualacuitywasC0.8ODCandC1.2OS.CAnteriorCvitreousCcellsCwereCobserved,CandCtheCrightCfundusCexhibitedCmanyCpaleCwhiteCspotsCthatCwereCpartiallyCfused.CFluoresceinCangiographyCshowedCleakageCinCtheCperipheralCretinalCveinsCinCbothCeyes.COpticalCcoherenceCtomographyC.ndingsCshowedCirregularityCofCtheCellipsoid/interdigitationCzoneConlyCinCherCrightCeye.CSystemicCexaminationCrevealedCthatCsheCwassyphilisCpositive(STS,CTPHAtests)andCthatCBDGClevelsCwereextraordinarilyelevated.ShewasHIVnegative,andnosignsoffungalinfectionweredetected.Conclusion:CAlthoughthesyphilistreatmentthatwasadministeredimprovedherocularC.ndings,thehighBDGlevelsthatstillpersistedcouldnotbeexplained.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(6):758.762,C2020〕Keywords:b-Dグルカン,梅毒,擬陽性,性感染症,ASPPC.b-Dglucan,syphilis,pseudopositive,sexuallytransmitteddisease,ASPPC.Cはじめに梅毒はペニシリンの普及とともに予後が劇的に改善し,日本では第二次世界大戦後減少していた.しかし,2012年から患者数が増加しており,その後も増加し続けている.とくにC2015年頃から新規患者が急激に増加しており,原因として男性同性愛者や異性間性交渉による若年女性の感染があげられている1).梅毒性ぶどう膜炎の所見はさまざまで特異的な症状はない.前眼部炎症は角膜後面沈着物をきたすことが多く,肉芽腫性(muttonCfatKPs)のことも,非肉芽種性(.neKPs)のこともある.後眼部所見は,硝子体混濁,網膜血管炎(動脈炎,静脈炎,毛細血管炎)や,視神経乳頭炎,黄斑浮腫を生じるとした報告もある2).1990年にCGassが命〔別刷請求先〕高橋良太:〒329-0498栃木県下野市薬師寺C3311-1自治医科大学付属病院眼科Reprintrequests:RyotaTakahashi,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUnicersity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke-shi,Tochigi329-0498,JAPANC758(114)図1眼底写真a:初診時の右眼眼底写真,Cb:初診時の左眼眼底写真,Cc:3カ月後の右眼眼底写真,Cd:3カ月後の左眼眼底写真.初診時右眼上方(Ca,b)に大小さまざまな多数の淡い白斑を認めたが,特徴的な円盤状病変は認めなかった.治療後(Cc,d)に所見は消退している.名したCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinopathy(ASPPC)は,黄斑部に特徴的な大型の円盤状黄白色病変を認めるものとしている3).また,Cb-Dグルカンは,主要な病原真菌に共通する細胞壁構成多糖成分の一つであり,深在性真菌症のスクリーニング検査として位置づけられる4).今回,ぶどう膜炎を認め,性産業に従事していることから性感染症を疑った.梅毒血清反応陽性で,梅毒治療に反応したが,原因不明のCb-Dグルカンの上昇は継続した梅毒性ぶどう膜炎の症例を経験した.CI症例患者:44歳,女性.主訴:飛蚊症.現病歴:受診C2週間前から右眼羞明,視力低下,飛蚊症が出現した.また,中心暗点が出現した.受診C1週間前に近医受診し,前部ぶどう膜炎を認め,抗菌薬,ステロイド点眼に(115)よる治療を行ったが症状は改善せず,当科紹介となった.既往歴・家族歴:7年前に子宮頸癌に対し子宮および卵巣摘出術,化学療法,放射線治療を行った.特記すべき家族歴なし.初診時所見:矯正視力は右眼C0.8(n.c),左眼C1.2(n.c),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHgであった.前眼部所見は認めなかったが,両眼前部硝子体にごくわずかな炎症細胞を認めた.眼底には,右眼上方アーケード血管の周辺に小さな円形の淡い白斑を多数認めた.左眼には明らかな異常所見を認めなかった(図1a,b).蛍光眼底造影検査では両眼の網膜周辺部の血管に蛍光漏出を認めた(図2a,b).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では右眼網膜外層のCellipsoidzone,interdigitationzoneの欠損を認めた(図3a).左眼には明らかな異常所見を認めなかった.初診時検査としてルーチンであるぶどう膜炎全身諸検査を施行行ったところ,下記血液検査結果となった.白血球数:7.8C×103/ml,好中球:72%,好酸球:1%,好図2眼底造影検査a:初診時の右眼底造影検査,Cb:初診時の左眼底造影検査,Cc:3カ月後の右眼眼底造影検査,Cd:3カ月後の左眼眼底造影検査.初診時(Ca,b),両眼の末梢網膜静脈に蛍光漏出あり.治療後(Cc,d)は蛍光漏出が消退している.塩基球:1%,単球:10%,リンパ球:16%,赤血球数:456C×103/μl,ヘモグロビン:13.1Cg/dl,血小板:31.3C×104/μl,梅毒CRPR:300CR.U.,梅毒CTP:3,970,CRP:0.39Cmg/dl,総蛋白:6.9Cg/dl,アルブミン:4.0Cg/dl,尿素窒素:14Cmg/dl,クレアチニン:0.45Cmg/dl,尿酸:2.5Cmg/dl,総ビリルビン:1.47Cmg/dl,AST:14CU/l,ALT:9CU/l,ナトリウム:141Cmmol/l,カリウム:4.0Cmmol/l,クロール:108mmol/l,カルシウム:9.1Cmg/dl,血糖:95Cmg/dl,Cb-Dグルカン:503Cpg/ml,HIV陰性.梅毒CRPR陽性,梅毒CTP陽性であったことから梅毒による網脈絡膜炎と診断した.あわせてCb-Dグルカンが503pg/mlと異常高値であったことから,深部真菌感染を考え頭部,胸腹部CCT,頭部CMRIを施行したが,後述する頭部画像所見以外の病態を示唆する所見は認めなかった.頭部CCT,MRIにて側脳室の左右差を認めたため,梅毒によるゴム腫による頭蓋内圧亢進と推察した.脊椎穿刺は危険性が認められたため実施せず,神経梅毒に準じて駆梅療法セフトリアキソンC2Cg/日を導入し,2週間継続後にアモキシシリンC4g/日とプロベネシド内服をC2週間行った.駆梅治療前より両眼矯正視力はC1.2と改善しており,治療後速やかに,自覚症状も改善した.側脳室の左右差はその後も変化せず,経過中に神経梅毒の症状が出現しなかったため,経過観察とした.OCTでは眼網膜外層のCellipsoidzone,interdigita-tionzoneの欠損は消退し,蛍光眼底造影検査での網膜周辺血管での蛍光漏出,眼底所見での右眼の白斑が消退した(図1c,d,2c,d,3b,c).治療に伴い眼内病変は消退し,梅毒CRPRは速やかに減少したが,Cb-Dグルカンは一時的に減少したもののその後低下せず,依然異常高値が持続している(図4).血液培養は真菌陰性であり,Cb-Dグルカン擬陽性の可能性を考え,治療前より使用しているサプリメントや栄養剤を中止したが,Cb-Dグルカン値は改善しなかった.CII考按今回筆者らは,梅毒感染と高Cb-Dグルカン血症を認める梅毒性ぶどう膜炎を経験した.当科初診時,前眼部炎症は軽抗菌薬投与期間a2,5002,0003503001,5002001,000150100500500002468101214初診時からの経過期間(月)図4治療後の血中b-Dグルカンと梅毒RPR(pg/ml)(R.U.)b図3右眼OCT写真a:初診時,Cb:治療C2週間後,Cc:治療C3カ月後.初診時(Ca)は黄斑部のCellipsoidzone,interdigitationzoneの欠損を認めるが,治療C2週間後(Cb),3カ月後(Cc)は網膜外層の異常所見が時間経過とともに改善している.度,OCTで網膜外層構造の変化を認めるものの,眼病態による視力低下は軽度であった.梅毒による眼症状は結膜炎,角膜炎,強膜炎,虹彩毛様体炎,網膜炎,視神経炎など非常に多彩であるとされる.今回の症例では前眼部炎症所見がなく,眼底,OCT所見から網膜炎のなかでもCouterCretinitisの一病型であると考えた5).すなわち,outerretinitisは網膜外層の病態であり,その一つとしてのCASPPCと診断を下駆梅療法後,梅毒CRPRは速やかに低下したが,高Cb-Dグルカン血症は継続した.した.このCASPPCはC1990年にCGassらが命名した疾患であり,梅毒患者において黄斑部に特徴的な大型の円盤状黄白色病変を認めるものとしている3).眼底病変は脈絡毛細血管板から視細胞層に可溶性免疫複合体の沈着が起こるためと考えられているが,詳しくは不明である.半数はヒト免疫不全ウイルス(HIV)陽性であり,およそC80%に前房,硝子体に炎症がみられる.治療に反応し視力予後は比較的良好,眼底所見は可逆的であることが多いとされている.Eandiらは初診時中央値C20/80であった視力が,治療後中央値C20/25まで改善し,また,25眼のうちC20眼で眼底の黄色病変が消退したと報告している6).また,OCTではCellipsoidzoneと外境界膜の消失,網膜色素上皮の肥厚,結節性突出を認めると報告されている7).今回の症例では眼底の黄斑部の特徴的な円盤状黄白色病変は認めなかったが,OCTで既報と同様の所見を認めたこと,蛍光眼底造影検査で網膜動静脈炎を認め,血清梅毒反応陽性であったことから,ASPPCと診断した.また,駆梅治療を行い,治療への反応は既報と同様に良好であり,眼底所見は改善して視力予後も良好であった.ASPPC患者における視力予後には患者の免疫機能が関与していると考えられている.本症例では受診当初は視力低下,眼底の白斑,OCTの構造変化を認めていたが,治療直前には視力改善,自覚症状の緩和があった.Francoらの報告では無治療のCASPPC患者において,無治療でも低下した視力が改善し,眼底所見が消退する場合があることを示している8).Eandiらの報告ではCouterretinitisの一種であるASPPCに罹患したC16人のうちC9人がCHIV陽性患者であり,TranらはCHIV陽性例では眼症状,所見が強く出現することを報告している6,9).一方では免疫不全状態ではCASPPCが生じにくくなるとの報告もされている10).さらには,後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎患者における炎症反応が微弱となり,免疫機能の回復とともに炎症病勢が強まってくる現象が認められており,immunerecov-eryuveitisとよばれている11).免疫不全とCtreponemaCpalli-dum感染病態の形成は,免疫不全による免疫複合体の作成能低下により眼底所見が軽減する可能性も否定できない.翻ってCFrancoらはCHIV陰性患者において,ASPPCの病勢が激しかったにもかかわらず,その病態が自然に軽快した症例を報告している.今回の筆者らの症例はCHIV陰性で患者における免疫機能は正常であり,網膜所見が強く出現していないのは眼科受診前に自然治癒過程であった可能性が考えられる.頭部CMRIにて神経梅毒を否定できず,頭部腫瘤による頭蓋内圧亢進の可能性を否定できなかったため,通常であれば行う髄液検査は施行できなかった12).また,抗菌薬は第一選択としてペニシリンCGの投与があげられるが,ペニシリンGはわが国ではアレルギー発症例が多いため使用されておらず,わが国では一般的であるセフトリアキソン点滴治療,アモキシシリンとプロベネシドの内服を併用した治療を行った13).経過中,神経梅毒による症状は出現せず,神経梅毒は否定的と考えられた.高Cb-Dグルカン血症に対しては全身の造影CCT,頭部のMRIを行い精査したが,真菌感染を疑わせる病巣は確認できなかった.Cb-Dグルカンはムコール属やクリプトコッカス属を除く多くの真菌の細胞壁成分として含まれており,真菌感染を診断するにあたり重要な値の一つとなっている.ただし,およそC15%の確率で擬陽性を示すことが報告されており,それらの原因として透析に使用するセルロース膜,抗癌剤,血液製剤,手術におけるガーゼの使用,Alcaligenesfaecalisによる菌血症があげられる4,14).今回来院前より患者が使用していたサプリメント,化粧品が血液中のCb-Dグルカン上昇の原因となっている可能性を考え,各社に問い合わせしたが,高Cb-Dグルカン血症をきたした前例はないとのことであった.過去に.のリフトアップ手術を行っており,その際に使用した糸が原因の可能性を考え,製造元に確認したが,診断につながる有用な情報は得られなかった.受診当初は梅毒と真菌の混合感染を考えたが,治療後もCb-Dグルカン高値が継続していることから,Cb-Dグルカン高値は,擬陽性所見であると考えている.以上,梅毒感染としてCASPPCを発症し,併せて原因不明のCb-Dグルカン異常高値を呈する症例を経験した.HIV陰性で,駆梅治療にはよく反応し,視力予後も良好であった.文献1)早川直,早川智:梅毒の疫学歴史と現在の遺伝子解析から.臨床検査62:162-167,C20182)根本穂高,蕪木俊克,田中理恵ほか:日本における梅毒性ぶどう膜炎C7例の臨床像の検討.あたらしい眼科C34:702-712,C20173)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.OphthalmologyC97:1288-1297,C19904)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:血清診断.深在性真菌症の診断・治療ガイドラインC2007,p45-47,協和企画,20075)DavisJL:Ocularsyphilis.CurrOpinOphthalmolC25:513-518,C20146)EandiCCM,CNeriCP,CAdelmanCRACetal:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis:reportCofCaCcaseCseriesCandCcomprehensiveCreviewCofCtheCliterature.CRetinaC32:C1915-1941,C20127)BritoP,PenasS,CarneiroAetal:Spectral-domainopticalcoherencetomographyfeaturesofacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis:theCroleCofCautoimmuneCresponseCinpathogenesis.CaseRepOphthalmolC2:39-44,C20118)FrancoCM,CNogueiraV:SevereCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitisCwithCcompleteCspontaneousCresolu-tion:Thenaturalcourse.GMSOphthalmolCasesC6:Doc02,20169)TranCTH,CCassouxCN,CBodaghiCBCetal:SyphiliticCuveitisCinCpatientsCinfectedCwithChumanCimmunode.ciencyCvirus.CGraefesArchClinExpOphthalmolC243:863-869,C200510)FonollosaCA,CMartinez-IndartCL,CArtarazCJCetal:ClinicalCmanifestationsandoutcomesofsyphilis-associateduveitisinNorthernSpain.OculImmunolIn.ammC159:334-343,C201511)UrbanB,Bakunowicz-LazarczykA,MichalczukM:Immunerecoveryuveitis:pathogenesis,CclinicalCsymptoms,CandCtreatment.CHindawiCPublishingCCorporationCMediatorsCIn.amm2014:971417,C201412)SalehCMG,CCampbellCJP,CYangCPCetal:Ultra-wide-.eldCfundusauto.uorescenceandspectral-domainopticalcoher-enceCtomography.ndingsinsyphiliticouterretinitis.Oph-thalmicSurgLasersImagingRetinaC48:208-215,C201713)TanizakiCR,CNishijimaCT,CAokiCTCetal:High-doseCoralCamoxicillinCplusCprobenecidCisChighlyCe.ectiveCforCsyphilisCinCpatientsCwithCHIVCinfection.CClinCInfectCDisC61:177-183,C201514)KarageorgopoulosCDE,CVouloumanouCEK,CNtzioraCFCetal:b-D-glucanassayforthediagnosisofinvasivefungalinfections:aCmeta-analysis.CClinCInfectCDisC52:750-770,C2011C***

Acute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinitisの1例

2017年6月30日 金曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(6):857.861,2017cAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitisの1例熊野誠也*1武田篤信*1,2仙石昭仁*1清武良子*1,3川野庸一*3園田康平*1*1九州大学大学院医学研究院眼科学分野*2国立病院機構九州医療センター眼科*3福岡歯科大学総合医学講座眼科学分野ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitisSeiyaKumano1),AtsunobuTakeda1,2),AkihitoSengoku1),RyokoKiyotake1,3),YoichiKawano3)andKoh-HeiSonoda1)1)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyushuMedicalCenter,3)SectionofOphthalmology,DepartmentofGeneralMedicine,FukuokaDentalCollegeAcutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)は梅毒性ぶどう膜炎のなかでもまれな病型である.眼所見,画像所見,血清および前房水の梅毒抗体価上昇からASPPCと診断した1例を報告する.症例は39歳,女性.1週間前からの左眼視力低下を主訴に来院した.左眼黄斑部に網膜下黄白色扁平病変がみられた.光干渉断層計では,左眼黄斑部では視細胞内節エリプソイドと外境界膜の消失,また網膜色素上皮から外顆粒層へ突出した結節性病変がみられた.血清および前房水の梅毒抗体価上昇からASPPCと診断した.髄液中の梅毒抗体価上昇から神経梅毒の合併も考慮しペニシリン点滴治療を開始した.治療に速やかに反応し,以後再燃はみられていない.ASPPCが疑われた場合には血清および前房水の梅毒抗体価測定が診断に有用なことがある.A39-year-oldfemalewasreferredtoourhospitalduetoseveresuddenvisuallossinherlefteyeforaweek.Ophthalmicexaminationshowedyellowishplacoidlesionsinvolvingthemaculainthelefteye.Opticcoherencetomographyrevealedthatbothellipsoidzoneandouterlimitedmembranehaddisappeared,andthattherewerenodularlesionsprojectingbetweentheretinalpigmentepitheliumandoutergranularlayerattheyellowishplacoidlesions.Thepatientwasdiagnosedashavingacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),basedonpositiveresultsofserologyforsyphilisinserumandaqueoushumor.Thepatientwassuccessfullytreatedwithhigh-doseintravenouspenicillin,inviewofpositiveserologyresultsforsyphilisinthespinal.uid.Serologictestingofocular.uids,aswellasserum,isusefulfordiagnosingASPPC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):857.861,2017〕Keywords:梅毒,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis,光干渉断層計,前房水,梅毒血清反応.syph-ilis,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis,opticalcoherencetomography,ocular.uids,serologyforsyphi-lis.はじめに近年,わが国の梅毒患者報告数は2014年で1,671人,2015年で2,698人と急増しており,とくに若年女性の増加が顕著である1).梅毒性ぶどう膜炎はおもに梅毒第2期以降でみられ,その臨床像は多彩で特徴的な眼所見に乏しい2).Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)は1988年,第2期にみられた中心性網脈絡膜炎としてdeSouzaらによって報告され3),黄斑部に大型の円板状黄白色病変を呈する特徴から1990年にGassらによりASPPCと命名された4).筆者らはASPPCと診断した1例を経験したので報告する.I症例患者:39歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:2015年2月,甲状腺乳頭癌摘出術を受けた.術〔別刷請求先〕熊野誠也:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:SeiyaKumano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka-shi,Fukuoka812-8582,JAPAN前に梅毒感染は検出されなかった.現病歴:2016年1月に左眼視力低下を自覚し1週間後に近医受診.左眼後部強膜炎と診断され,左眼トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行されるも改善がみられず,精査加療のため九州大学病院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.3.00D),左眼Vs=0.03(0.04×sph.2.50D).眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前眼部に炎症所見はみられず,中間透光体にSUN分類で1+の硝子体混濁がみられた.眼底は両眼に視神経乳頭の軽度の発赤腫脹がみられ,左眼には黄斑部を中心に約6乳頭径大の円板状黄白色病変がみられた(図1).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では,左眼黄斑部に視細胞内節エリプソイド(photoreceptorinnersegmentellipsoid:ellipsoidzone)と外境界膜の消失,および,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)から外顆粒層へ突出した結節性病変がみられた(図2).右眼黄斑部にOCT上特記すべき所見はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinfundusangiography:FA)では,右眼アーケード上方と左眼黄斑部で造影初期には顆粒状の過蛍光がみられ,造影後期にはその増強を認めた.右眼は検眼鏡的にはみられなかった病変が蛍光眼底造影ではみられ,左眼と同様に造影初期には顆粒状の過蛍光,造影後期にはその増強がみられた.インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(indocyaninegreenfundusangiography:IA)では,両眼とも同部位で造影初期には低蛍光,造影後期にはFAの過蛍光部位に一致した蛍光漏出を認めた(図3a).眼底自発図1眼底写真両眼に視神経乳頭の軽度の発赤腫脹,左眼黄斑にかけて約6乳頭径大の円板状黄白色病変がみられた.図2光干渉断層計左眼黄斑部では視細胞内節エリプソイドと外境界膜の消失,網膜色素上皮から外顆粒層へ突出した結節性病変(白矢印)がみられた.図3蛍光眼底検査,眼底自発蛍光検査a:(FA)右眼アーケード上方と左眼黄斑部で造影初期には顆粒状の過蛍光がみられ,造影後期にはその増強を認めた.(IA)両眼とも同部位で造影初期には低蛍光,造影後期にはFAの過蛍光部位に一致した蛍光漏出を認めた.b:(FAF)両眼とも同部位で過蛍光がみられた.図4Goldmann視野検査右眼は明らかな視野異常はみられなかったが,左眼は中心暗点がみられた.蛍光検査(fundusauto-.uorescence:FAF)においても同部位で過蛍光がみられた(図3b).中心フリッカー値は右眼39.8Hz,左眼22.8Hzであった.Goldmann視野検査(Gold-mannperimeter:GP)では,右眼には異常はみられず,左眼に中心暗点がみられた(図4).全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血液検査ではCRP0.64mg/dlと軽度上昇,また梅毒血清反応では,ラテックス凝集法(Treponemapallidumlatexagglutinationtest:TPLA)1,662.0TU,rapidplasmareagintest(RPR)18.0RUと陽性を示した.ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.-ciencyvirus:HIV)抗体検査は陰性であった.前房水の梅毒抗体価はTPLA8倍と上昇していた.髄液検査では糖108mg/dl,蛋白65mg/dl,白血球数20/mm3,蛍光トレポネーマ抗体吸収試験(.uorescenttreponemalantibody-absorptiontest:FTA-ABS)8倍と上昇していた.発熱およびリンパ節腫脹や皮疹,粘膜疹などはみられなかった.治療経過:眼所見および全身検査所見よりASPPCと診断図5治療開始後の光干渉断層計,Goldmann視野検査a:治療開始前にみられた外境界膜の一部消失や網膜色素上皮から突出した結節性病変は消失していた.b:治療開始1カ月(右)から3カ月(左)後と中心暗点領域の改善を認めた.し,神経梅毒の合併を考慮しベンジルペニシリンカリウム2,400万単位/日の経静脈投与を14日間行った.治療開始1カ月後,左眼視力は(1.0)まで改善した.治療開始3カ月後,OCTで初診時にみられた外境界膜の一部消失やRPEからの結節性突出は消失していた(図5a).FAFでは右眼で過蛍光は消失し,左眼では一部残存するもその後増悪はみられなかった.GPでは左眼で中心暗点が縮小していた(図5b).梅毒血清反応ではTPLA28.5TU,RPR1.5RUまで低下し,眼底病変の再発はみられていない.II考按ASPPCの特徴として,半数は片眼性で平均年齢は40歳,約80%に前房や硝子体に炎症がみられ,黄斑部に大型の円板状黄白色病変がみられる5).画像所見では,spectral-domainOCTにてellipsoidzoneと外境界膜の消失,RPEの肥厚や結節性突出などが報告されており6.8),本症例でも過去の報告と一致していた.また,FAで病変部は初期で低蛍光,後期にかけて増強する過蛍光とleopardspottingとよばれる部分的な低蛍光を呈すると報告されており4,5),本症例でも同様であった.ASPPCの病変の主座については,過去の報告における画像所見から脈絡膜毛細血管板.RPE.網膜視細胞層にあると考えられている3,4)が,さらに本症例ではFAFで過蛍光を呈していたことから機能的にRPEレベルの異常も考えられた.鑑別診断として,画像所見からは急性帯状潜在性網膜外層症や多発消失性白点症候群,また片眼性急性特発性黄斑症などがあげられたが6),臨床所見のみでは鑑別が困難であった.本症例では眼所見や画像所見に加え,血清および前房水中の梅毒抗体価が上昇したことからASPPCと診断した.梅毒性ぶどう膜炎は眼内にTreponemapallidum(TP)が直接浸潤して生じるとされている.神経梅毒では髄液中の梅毒抗体価上昇や細胞数,蛋白増多などの炎症所見が検出されるが,これは中枢神経系にTPが直接浸潤し炎症が励起されることに起因する9).本症例では前房水中の梅毒抗体価が上昇したことから,ASPPCの病態にTPの眼内直接浸潤の関与が示唆された.また,polymerasechainreaction(PCR)を利用した眼微量検体での迅速で網羅的な病原体遺伝子検索法が開発されており10),今回のような症例に用いることで診断がより迅速で効率的になる可能性について,今後検討が必要であると考えられた.梅毒は性感染症であり,海外では20.70%にHIV感染との合併が報告されている11).HIV感染合併例では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が高く,非典型的であり,重篤化することがある12).本症例では発症約1年前の血液検査では梅毒感染は検出されておらず,その後の性交渉による感染が疑われている.HIV感染は検出されなかったが,ASPPCの症例ではHIV感染の検索を進めると同時に,パートナーを含めた感染拡散や再感染の防止に努める必要があると考えられた.また梅毒は感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に定められており,診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出ることが義務づけられている.梅毒性ぶどう膜炎では第2期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第2期に準じて行う13).また,ASPPCの患者の約25%に神経梅毒の合併があると報告されている9).本症例では髄液中の蛋白増多,細胞数増多,梅毒抗体価上昇がみられたため,神経梅毒に準じた治療を行った.治療によく反応したものの,初診時OCTにみられたellipsoidzoneと外境界膜の消失は治療開始3カ月後にも一部残存していた.そのためASPPCの治療では,神経梅毒の合併がなくても長期的な神経網膜の保護を考慮した強力な治療を行う必要性があると考えられた.また,駆梅療法としての抗生物質投与にステロイドを併用した報告がある14).本症例では前医でステロイド局所投与が行われていたこともあり,ステロイド全身投与は行わなかった.しかし,抗炎症による神経保護の観点からASPPCに対してはステロイド全身投与についても検討する必要があるかもしれない.以上,梅毒性ぶどう膜炎のなかでもまれな病型であるASPPCの1例を報告した.本症例では短期間で重篤な視力低下がみられたが,眼所見よりASPPCを疑い,血液検査や眼内液の梅毒抗体価の測定を行うことで早期に診断,治療を行うことが可能であった.RPE障害を伴うぶどう膜炎において梅毒検査は重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩橋千春,大黒伸行:梅毒.あたらしい眼科33:953-956,20162)八代成子:梅毒性ぶどう膜炎.所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩編):p226-231,医学書院,20133)deSouzaEC,JalkhAE,TrempeCLetal:Unusualcen-tralchorioretinitisasthe.rstmanifestationofearlysec-ondarysyphilis.AmJOphthalmol105:271-276,19884)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.Ophthalmology97:1288-1297,19905)EandiCM,NeriP,AdelmanRAetal:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis:reportofacaseseriesandcomprehensivereviewoftheliterature.Retina32:1915-1941,20126)関根裕美,八代成子,大平文ほか:画像所見よりacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitisを疑い駆梅療法が奏効した1例.日眼会誌119:266-272,20157)PichiF,CiardellaAP,CunninghamETJretal:Spectraldomainopticalcoherencetomography.ndingsinpatientswithacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinopathy.Retina34:373-384,20148)BurkholderBM,LeungTG,OstheimerTAetal:Spectraldomainopticalcoherencetomography.ndingsinacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.JOphthalmicIn.ammInfect4:2,20149)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群1,日本臨躰26:615-619,199910)SugitaS,OgawaM,ShimizuNetal:Useofacompre-hensivepolymerasechainreactionsystemfordiagnosisofocularinfectiousdiseases.Opthalmology120:1761-1768,201311)LeeSY,ChengV,RodgerDetal:Clinicalandlaboratorycharacteristicsofocularsyphilis:anewfaceintheeraofHIVco-infection.JOphthalmicIn.ammInfect5:26,201512)ChessonHW,He.el.ngerJD,VoigtRFetal:EsimatesofprimaryandsecondarysyphilissrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200513)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,199414)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例.あたらしい眼科25:855-859,2008***

日本における梅毒性ぶどう膜炎7例の臨床像の検討

2017年5月31日 水曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(5):707.712,2017c日本における梅毒性ぶどう膜炎7例の臨床像の検討根本穂高*1,2蕪城俊克*1田中理恵*1大友一義*1高本光子*3川島秀俊*4藤野雄次郎*5相原一*1*1東京大学医学部附属病院眼科*2江口眼科病院*3東京警察病院眼科*4自治医科大学眼科*5JCHO東京新宿メディカルセンター眼科EvaluatingClinicalFeaturesof7SyphiliticUveitisPatientsHotakaNemoto1,2),ToshikatsuKaburaki,1)RieTanaka1),KazuyoshiOotomo1),MitsukoTakamoto3),HidetoshiKawashima4),YujiroFujino5)andMakotoAihara1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoUniversity,2)EguchiEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityHospital,5)DepartmentofOphthalmology,JapanCommunityHealthcareOrganizationTokyoShinjukuMedicalCenter.目的:梅毒性ぶどう膜炎の7例の臨床像について報告する.方法:東京大学医学部附属病院眼科にて梅毒性ぶどう膜炎と診断された患者7例10眼の臨床像を検討した.結果:両眼性3例,片眼性4例で,病型は前部ぶどう膜炎3例,後部ぶどう膜炎1例,汎ぶどう膜炎3例であった.HIV感染例は1例であった.3例4眼に微塵様,2例3眼に豚脂様の角膜後面沈着物を認めた.後眼部病変は4例6眼にみられ,硝子体混濁1例1眼,網膜滲出斑2例3眼,視神経乳頭発赤2例4眼,血管白鞘化3例4眼,.胞様黄斑浮腫3例3眼,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)を3例5眼に認めた(1症例で複数所見あり).結論:今回の症例ではASPPCを呈した症例を7例10眼中3例5眼と比較的多く認め,ASPPCは非HIV感染例の患者での本疾患を疑う重要な眼所見である可能性が考えられた.Purpose:Tocharacterizeclinicalfeaturesofsyphiliticuveitis(SU).Methods:Weretrospectivelyinvestigatedclinicalfeaturesof7SUpatients(10eyes)whovisitedUniversityofTokyoHospital.Results:Ocularinvolvementwasbilateral(3patients)andunilateral(4patients).Anatomiclocationwasanterior(3patients),posterior(1patient),andboth(3patients).Onepatienthadhumanimmunode.ciencyvirusinfection.Vitreoushazewasobservedin1patient(1eye),.nekeratoprecipitates(KPs)in3patients(4eyes),mutton-fatKPsin2patients(3eyes),retinalexudatein2patients(3eyes),opticdiscrednessin2patients(4eyes),whitevesselsin3patients(4eyes),cystoidmacularedemain3patients(3eyes),andacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)in3patients(5eyes).Conclusion:WeobservedASPPCmorefrequentlythaninpreviousreports.ASPPCmightbeahelpfulsignforsuspectedSUwithoutHIV.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):707.712,2017〕Keywords:梅毒,ぶどう膜炎,角膜後面沈着物,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),.胞様黄斑浮腫.syphilis,uveitis,keratoprecipitates,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),cys-toidmacularedema(CME).はじめに梅毒性ぶどう膜炎はTreponemapallidumの感染による眼感染症である.わが国では戦後,梅毒の大流行があり,1948年には届出患者数が47万人を超えたが,その後の社会秩序の回復とペニシリンの普及により10年後には患者数が激減した1,2).それに伴い,梅毒性ぶどう膜炎も稀となっていった.しかし近年,梅毒感染者の増加やヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)の合併例が報告され,梅毒は再興感染症として注目されてきている1,3).海外では梅毒性ぶどう膜炎の報告例は少なくないが,わが国ではAIDS患者に合併した梅毒性ぶどう膜炎30例の報告4)があ〔別刷請求先〕根本穂高:〒040-0053北海道函館市末広町7-13江口眼科病院Reprintrequests:HotakaNemoto,EguchiEyeHospital7-13,Suehirotyo,Hakodate,Hokkaido040-0053,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(105)707る以外は,1.2例の症例報告のことが多い5,6).今回,東京大学医学部附属病院眼科で経験した梅毒性ぶどう膜炎7症例の臨床像を検討した.I方法対象は2005年5月.2015年8月に東京大学医学部附属病院を受診し,血清学的検査および眼所見から活動性の梅毒性ぶどう膜炎と診断され,ぶどう膜炎に対する何らかの治療が行われた症例7例10眼である.梅毒性ぶどう膜炎の診断は,梅毒血清反応検査(serologictestforsyphilis定量:STS定量)が16倍以上で活動性梅毒と考えられること,およびぶどう膜炎の臨床像が過去の文献などから梅毒性ぶどう膜炎として矛盾しないと考えられることとした.サルコイドーシスなど他のぶどう膜炎の可能性については,血液検査,ツベルクリン反応,胸部X線撮影などを行い,除外診断を行った.対象患者について,性別,年齢,両眼性,片眼性,ぶどう膜炎の病型(前部,後部および汎ぶどう膜炎),梅毒のstage,STS定量値,神経梅毒の合併の有無,HIV感染の有無,眼所見,初診時視力,最終視力,治療内容について,診療録より後ろ向きに検討した.前房内炎症所見はStandardizationofUveitisNomencla-ture(SUN)WorkingGroupの評価基準を用いて評価した7).II結果患者背景は男性6例9眼,女性1例1眼,初診時平均年齢58.7±4.5歳であった.全例診断時のSTS定量値が16倍以上であったことから梅毒性ぶどう膜炎と診断した.両眼性3例,片眼性4例で,ぶどう膜炎の解剖学的分類は,前部ぶどう膜炎3例,後部ぶどう膜炎1例,汎ぶどう膜炎3例であった.梅毒のstageは2期1例,潜伏期6例であった.4例にのみ髄液検査を施行し,神経梅毒ありが2例,神経梅毒なしが2例であった.HIVの合併ありが1例,なしが6例であった.HIV患者は男性間性交渉者(MenwhohaveSexwithMen:MSM)であった(表1).前眼部所見としては前房内にcellを認めた症例が5例7眼あった.角膜後面沈着物(keratoprecipitates:KPs)は微塵様(.neKPs)を3例4眼,豚脂様(muttonfatKPs)を2例3眼に認めた.虹彩結節を1例1眼,虹彩後癒着を3例3眼に認めた(表2).眼底所見については,前房内炎症が非常に高度で眼底所見の観察が不可能であった1例1眼を除外した6例9眼について検討を行った.硝子体混濁1例1眼,網膜滲出病変2例3眼,視神経乳頭発赤2例4眼,血管白鞘化を3例4眼に認め,そのうち動脈血管白鞘化3例4眼,静脈血管白鞘化1例1眼であった(表3).光干渉断層計(opticalcoherecetomog-表1患者背景診断時症例年齢患眼部位梅毒のstageSTS定量値(倍)神経梅毒HIV合併159歳,男性両眼前部潜伏期256髄液検査未施行.261歳,男性両眼汎潜伏期256髄液検査未施行.363歳,男性右眼前部潜伏期16髄液検査未施行.466歳,男性左眼汎潜伏期48..572歳,女性右眼汎潜伏期16..665歳,男性両眼後部潜伏期64+.725歳,男性左眼前部2期512++(MSM)MSM:男性間性交渉表2活動期の前眼部所見症例前房内cells角膜後面沈着物虹彩結節虹彩後癒着11+/0.5+.ne/.ne./../.22+/2+muttonfat/muttonfat./../.3..ne.+4trace.ne..5trace..+6./../../../.72+muttonfat++両眼性では所見を右/左で示している.前眼部所見の評価はStandardizationofUveitisNomenclature(SUN)の評価基準7)を用いた.raphy:OCT)画像では.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)を2例2眼に認めた.また今回,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)6)と考えられる眼底後極部の色素上皮レベルの黄白色円盤状病変を3例5眼に認めた(図1,2).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)検査所見については,前房内炎症が高度で眼底透見不能例と後眼部に炎症所見を認めなかった症例2例2眼を除いた5例8眼について検討を行った.CMEでみられる黄斑部の花弁状色素貯留が3例3眼,視神経乳頭過蛍光が3例5眼,ASPPCに特徴的な網膜後極部の円盤状過蛍光が3例5眼(図3),シダ状蛍光漏出が4例6眼,静脈からの蛍光漏出が3例5眼,動脈からの蛍光漏出が2例3眼にみられた(表4).図1症例6の右眼眼底写真ASPPC所見(.).視神経乳頭近傍から黄斑部にかけて広がる黄白色病変を認める.図2症例6の右眼OCT画像図1のASPPCの黄白色病変に一致した部位の色素上皮の肥厚・不整を認め,黄斑部より上方のellipsoidzoneの不鮮明化(.)を認める.図3症例6の右眼FA検査画像図1のASPPCの黄白色病変に一致した部位に早期(右図)から後期(左図)にかけて増強する過蛍光領域(.)を認める.視神経乳頭の過蛍光,静脈炎もみられる.表3後眼部所見症例硝子体混濁網膜滲出病変視神経乳頭発赤血管白梢化CME(OCT)ASPPC(OCT)1./../../../../../.2./.+/++/+A/A./.+/+3….OCT未施行OCT未施行4+..A&V++5.+.A+.6./../.+/+./../.+/+7判定不能判定不能判定不能判定不能判定不能判定不能両眼性では所見を右/左で示している.A:動脈,V:静脈.表4FA検査所見黄斑部蛍光漏出蛍光漏出蛍光漏出症例花弁状色素貯留視神経乳頭過蛍光ASPPC(シダ状)(静脈)(動脈)1./../../../../../.2+/.+/++/++/++/++/+3未施行未施行未施行未施行未施行未施行4++++..5+..+6./.+/++/++/+++/++./.7未施行未施行未施行未施行未施行未施行両眼性では所見を右/左で示している.表5駆梅療法,視力駆梅治療矯正視力症例抗菌薬投与日数初診時視力最終視力視力不良の理由CMEの有無1AMPC1g内服10カ月0.2/0.81.2/1.5./.2PCG180万単位点滴14日0.8/0.10.7/0.1左視神経萎縮+/.3AMPC4g内服19日0.080.04続発緑内障不明4CTRX2g点滴14日0.50.6CMEによる黄斑変性+5PCG210万単位点滴14日0.40.4+6PCG240万単位点滴14日0.03/0.40.5/1.5右帯状角膜変性./.7PCG240万単位点滴14日指数弁1.2不明両眼性では所見を右/左で示している.抗菌薬欄の項目は抗菌薬の種類と1日投与量を表す.AMPC:アモキシシリン水和物,PCG:ベンジルペニシリンカリウム,CTRX:セフトリアキソンナトリウム水和物.駆梅療法としては,アモキシシリン水和物内服が2例,ベンジルペニシリンカリウム持続点滴が4例,セフトリアキソンナトリウム水和物点滴が1例に行われた.矯正視力は初診時には0.1以下が4例4眼にみられたが,最終観察時には0.1以下は2例2眼のみであった.初診時と比べ最終観察時の少数視力で2段階以上の視力改善は3例5眼,不変3例4眼,2段階以上の視力悪化が1例1眼であった.視力の改善しなかった理由は視神経萎縮,続発緑内障,黄斑変性,帯状角膜変性が1例1眼ずつであった.FA検査でCMEがみられた3眼はいずれも視力改善は不良であった(表5).CMEがみられた症例では駆梅療法後もOCTで黄斑部の網膜層構造の不整がみられた(図4).図4症例5の右眼OCT画像駆梅療法終了15カ月後のOCT画像.CMEは消失しているが,黄斑部の網膜層構造の不整がみられる.III考按梅毒性ぶどう膜炎の臨床像は多彩で,いずれの眼構造物にも炎症を起こすことがあり,肉芽腫性炎症を引き起こすことも非肉芽腫性炎症を引き起こすこともある,と報告されている8).今回の症例でも,角膜後面沈着物が肉芽腫性所見(muttonfatKPs)の症例は2例2眼,非肉芽腫性所見(.neKPs)の症例は3例3眼であり,両方の所見を呈しうる結果であった.また,後眼部所見に関しても硝子体混濁,網膜血管炎(動脈炎,静脈炎,毛細血管炎),視神経乳頭炎,CME,ASPPCなどの多彩な所見を認めた.ASPPCは梅毒性ぶどう膜炎の合併症で,眼底後極部に網膜色素上皮レベルの黄白色の円盤状病変を呈する病態として1990年にGassらにより報告された9).正確な病態は解明されていないが,色素上皮および脈絡膜レベルの炎症が疑われている10,11).駆梅療法によく反応し,早期治療介入により視力予後は比較的良好に保たれるとされている12).OCTにて網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)の肥厚,不整,高輝度の結節性病変を認め,FA検査にて早期低蛍光,後期色素染を認めることが報告されている11).今回ASPPCと診断した3例5眼においても,網膜後極部に円盤状黄白色病変を認め(図1),OCTで黄白色病変に一致した部位のRPEの肥厚,不整,ellipsoidzoneの不鮮明化を認めた(図2).また,FA検査では病変部で早期から後期にかけて徐々に増強する大型の斑状過蛍光領域を認め(図3),ASPPCとして矛盾しない所見であった.ASPPCは,報告された当初はHIVの合併例が相次いだため,HIV感染などの免疫機能低下を合併した梅毒性ぶどう膜炎に特徴的な所見と捉えられていたが11),その後HIV感染を認めない梅毒性ぶどう膜炎の報告が相次いだことからHIVの感染にかかわらず,梅毒性ぶどう膜炎の特徴的な所見として捉えられている11).最近の報告ではHIV陰性の梅毒性ぶどう膜炎にASPPCの頻度が高い可能性も示唆されている10,13).欧米では梅毒性ぶどう膜炎患者の1/3がHIV合併例であり,2/3はMSMであるなど,HIVやMSMと関連した症例が多いとされている15).海外ではASPPCは3.12%程度とする報告が多いが10,14),最近のわが国でのHIV感染患者における梅毒性ぶどう膜炎20例30眼の報告でも,ASPPCは2眼,6.7%であった6).一方,今回の症例ではHIV合併例は1例(この症例はMSMである)のみであり,欧米と比較するとHIV合併例およびMSMが少ない結果であった.今回の症例では,眼底透見可能であった症例6例9眼中3例(50%)5眼(56%)にASPPCを認め,海外の既報より高頻度であった.ASPPCの頻度が高かった原因として,人種や民族の違いに加え,免疫状態の違いが関連している可能性があり,既報でも免疫不全状態ではASPPCが生じにくい可能性も示唆されている13).しかし,症例数が少なく,さらなる症例の蓄積が必要と考える.いずれにせよASPPCは梅毒性ぶどう膜炎に特徴的で,本症を疑う重要な所見であると考える.梅毒性ぶどう膜炎の視力予後については,早期に抗菌薬による治療を行えば,視力予後は良好との報告が一般的である.しかし,梅毒性ぶどう膜炎に黄斑浮腫を認めた症例での視力予後は不良であるとの報告も散見される10,13).今回の検討でも過去の報告と同様に,視力予後は良好な症例が多い結果であったが,FA検査でCMEを認めた3眼は,いずれも抗菌薬治療後の視力改善が不良であった.現在のところ梅毒性ぶどう膜炎においてCMEを認めた症例の視力予後が不良である原因は不明だが,今回CMEを認めた症例では駆梅療法終了後に黄斑部の網膜層構造の不整が持続する症例がみられ(図4),既報10,13)でも同様の報告があることから,この視力予後不良には不可逆的な網膜障害などがある可能性があり,今後さらなる検討が必要と考える.以上,今回梅毒性ぶどう膜炎と診断して治療を行った患者7例10眼の臨床像を検討した.梅毒性ぶどう膜炎は肉芽腫性虹彩炎を呈することも非肉芽腫性虹彩炎のこともあり,眼所見は多彩であった.今回の症例はHIV感染のない症例が多く,かつASPPCを呈した症例を7例10眼中3例5眼と比較的多く認めた.ASPPCは非HIV感染例の患者での本疾患を疑う眼所見である可能性が考えられた.本文の要旨は,日本眼感染症学会と日本眼炎症学会の合同セッションで発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)新村眞人:性感染症の動向・予防.最新皮膚科学大系15(玉置邦彦編),p204-209,中山書店,20032)丸田宏幸:梅毒の歴史.現代皮膚科学体系6B(山村雄一編),p204-206,中山書店,19833)大里和久:梅毒.性感染症診断・治療ガイドライン2011.日性感染症会誌22:46-48,20114)TsuboiM,NishijimaT,YashiroSetal:Prognosisofocu-larsyphilisinpatientsinfectedwithHIVintheantiretro-viraltherapyera.SexTransmInfect92:605-610,20165)坂本尚子:梅毒性ぶどう膜炎.眼臨79:1678-1683,19856)YokoiM,KaseM:Retinalvasculitisduetosecondarysyphilis.JpnJOphthalmol48:65-67,20047)JabsDA,NussenblattRB,RosenbaumJT;Standardiza-tionofUveitisNomenclature(SUN)WorkingGroup:Standardizationofuveitisnomenclatureforreportingclini-caldata.ResultsoftheFirstInternationalWorkshop.AmJOphthalmol140:509-516,20058)FuEX,GeraetsRL,DoddsEMetal:Super.cialretinalprecipitatesinpatientswithsyphiliticretinitis.Retina30:1135-1143,20109)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.Ophthalmology97:1288-1297,199010)ZhangR,QianJ,GuoJetal:ClinicalmanifestationsandtreatmentoutcomesofsyphiliticuveitisinaChinesepop-ulation.JOphthalmol2016:2797028,201611)Meira-FreitasD,FarahME,Ho.ing-LimaALetal:Opti-calcoherencetomographyandindocyaninegreenangiog-raphy.ndingsinacutesyphiliticposteriorplacoidcho-roidopathy:casereport.ArqBrasOftalmol72:832-835,200912)MathewRG,GohBT,WestcottMCetal:BritishOcularSyphilisStudy(BOSS):2-YearNationalSurveillanceStudyofIntraocularIn.ammationSecondarytoOcularSyphilis.InvestOphthalmolVisSci55:5394-5400,201413)FonollosaA,Martinez-IndartL,ArtarazJetal:Clinicalmanifestationsandoutcomesofsyphilis-associateduveitisinNorthernSpain.OculImmunolIn.amm24:147-152,201614)MoradiA,SalekS,DanielEetal:Clinicalfeaturesandincidenceratesofocularcomplicationsinpatientswithocularsyphilis.AmJOphthalmol159:334-343,201515)LiSY,SalekS,DanielEetal:Posteriorsyphiliticuve-itis:clinicalcharacteristics,co-infectionwithHIV,responsetotreatment.JpnJOphthalmol55:486-494,2011***

網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(105)8550910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):855859,2008cはじめにペニシリンによる駆梅療法が確立し,梅毒性ぶどう膜炎を診療現場で治療する機会は少なくなっている.しかし,近年梅毒は再び増加傾向にあるとされ1,2),ぶどう膜炎の原因として周知する必要がある.一般に梅毒性ぶどう膜炎は梅毒第二期または第三期にみられ3,4),臨床症状は多彩で特徴的な所見に乏しいとされている57).しかし,後眼部病変としては脈絡網膜炎が一般的とされ,ごま塩眼底(pepper-and-saltfundus)は鎮静化した脈絡膜炎の所見としてよく知られている8).今回,脈絡膜炎ではなく,視神経炎/網膜血管炎で発症した梅毒性ぶどう膜炎の1症例を経験した.ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の重複感染はなかったが,神経梅毒を合併し,通常の駆梅療法に抵抗したので以下に報告する.I症例患者:37歳,男性.主訴:左眼の視力低下および左眼窩深部痛.現病歴:2006年7月上旬より主訴を自覚し,同月21日に〔別刷請求先〕原ルミ子:〒675-8611加古川市米田町平津384-1加古川市民病院眼科Reprintrequests:RumikoHara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,384-1Hiratsu,Yoneda-cho,Kakogawa675-8611,JAPAN網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例原ルミ子*1三輪映美子*1佐治直樹*2安積淳*3*1加古川市民病院眼科*2兵庫県立姫路循環器病センター神経内科*3神戸大学大学院医学系研究科外科系眼科学分野ACaseofRetinitisinaPatientwithSyphilisRumikoHara1),EmikoMiwa1),NaokiSaji2)andAtsushiAzumi3)1)DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurology,HyogoBrainandHeartInstitute,3)DepartmentofSurgeryRelatedDivisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine:梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見は脈絡網膜炎とされている.症例報告:37歳,男性.左眼視力低下と眼窩深部痛を自覚し近医を受診,精査加療目的にて加古川市民病院眼科へ紹介された.左眼眼底に視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血があった.梅毒血清反応が高値である以外に異常はなく,梅毒性ぶどう膜炎と診断した.髄液検査結果から神経梅毒の合併も確認された.従来のペニシリン内服治療では眼底所見の改善が得られず,神経梅毒の治療に準じたペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用)で病勢の収束が得られた.結論:網膜病変の強い梅毒性ぶどう膜炎では,神経梅毒に準じてより強力な治療法を選択する必要があると思われた.Background:Chorioretinitisisacommonpresentationofacquiredsyphiliticuveitis.CaseReport:A37-year-oldmalevisitedanophthalmologistwithacomplaintofblurredvisionofthelefteyewithdeeporbitalpainandwasreferredtoKakogawaMunicipalHospitalforfurtherexaminationandtreatment.Onexamination,hislefteyehaddiscswellingwithhyperemiaandmacularedema.Perivascularexudateswereseenassociatedwithbranchretinalveinocclusion-likeretinalhemorrhageatthetemporalretina.Syphiliticuveitiswasdiagnosedbasedonthelackofanyspecicndingotherthanpositiveresultsofserologyforsyphilis.Thediagnosiswasnarrowedtoneu-rosyphiliswhenresultsofserologictestingofspinaluidwerepositiveforsyphilis.Uveitiswasnotcontrolledbytheusualantiluetictherapybutdisappearedafterhigh-doseintravenouspenicillinandoralcorticosteroidmedica-tion.Conclusions:Incasesofsyphiliticuveitisinwhichtheretinaandopticdiscaremainlyaected,high-dosetherapysuchashasprovenusefulforneurosyphilisshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):855859,2008〕Keywords:梅毒,脈絡網膜炎,神経梅毒,ペニシリン大量点滴治療.syphilis,chorioretinitis,neurosyphilis,mas-sivedosetherapywithpenicillin.———————————————————————-Page2856あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(106)がみられたが,網膜細静脈の淡い過蛍光は網膜全周性にみられた(図3).Goldmann動的量的視野(GP)検査では右眼に異常はなく,左眼では視神経病変および血管病変に一致した,Mariotte盲点から連続する水平性比較暗点が検出された(図4).限界フリッカー値(CFF)は右眼39Hz,左眼25Hzであった.全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は陰性で,そのほか血液,生化学検査でも異常はなかった.梅毒血清反応で脂質抗原試験(rapidplasmareagin:RPR)法32倍,ガラス板法8倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)法が10,240倍と高値を示していた.HIV検査は陰性であった.経過:梅毒性ぶどう膜炎と診断し皮膚科を受診させたが,梅毒を疑わせる皮疹などはないとされた.2006年8月2日より5週間の予定で合成ペニシリンであるアモキシシリン近医を受診したところ,視神経乳頭の発赤腫脹を指摘された.精査加療目的にて同月24日,加古川市民病院眼科へ紹介され受診した.既往歴:右眼不同視弱視(未治療).初診時所見:視力は右眼0.06(0.1×sph+9.0D),左眼0.2(0.3×sph+0.75D),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部所見では左眼の前房に中等度の炎症細胞と角膜後面沈着物がみられたが,前房蓄膿やフィブリン形成などはなく,中間透光体では軽度の炎症細胞浸潤を伴う硝子体混濁があった.左眼眼底には視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)様の網膜出血があった(図1).右眼に異常はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)検査では右眼に異常はなかったが,左眼には造影初期から視神経乳頭からの強い蛍光漏出があり,徐々に増強した(図2).造影後期にかけて,黄斑耳側の白鞘化した網膜静脈からは強い蛍光漏出図1初診時の左眼眼底所見視神経乳頭の発赤腫脹と耳側静脈の白鞘化・網膜静脈分枝閉塞症様の出血を認める.図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)所見(造影初期)視神経乳頭からの強い蛍光漏出を認める.図3初診時の左眼FA所見(造影後期)白鞘化した網膜静脈からの強い蛍光漏出,網膜全体の網膜細静脈からの淡い過蛍光を認める.図4初診時の左眼Goldmann動的量的視野検査視神経および血管病変に一致した水平性比較暗点がみられた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008857(107)II考按厚生労働省の「性感染症サーベイランス研究班」の報告書1)によると,19982000年にかけてわが国では年間4,0005,000例の新規梅毒患者が発生したと推定されている2).一般に免疫反応の確立にもかかわらず,感染が全身に拡大する第二期梅毒(感染後12週2年)の4.6%にぶどう膜炎を発症するとされている10)ので,眼科医は一定頻度で梅毒性ぶどう膜炎に遭遇すると思われる.本症例では高度な網膜血管の白鞘化とBRVO様の出血があり,はじめ結核性のぶどう膜炎が疑われた.しかし,ツベルクリン反応が陰性で,胸部X線でも結核を示唆する陰影はなかった.サルコイドーシスやBehcet病も鑑別にあげられたが,臨床経過や各種検査所見は厚生労働省の診断基準を満たさなかった.一方,血清学検査で梅毒反応は陽性であり,梅毒性ぶどう膜炎と診断し駆梅療法を開始した.しかし,通常の駆梅療法(アモキシシリン内服2週間)では臨床所見に変化がみられず,神経梅毒の治療(ペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用))の開始後,病勢が急速に衰えた.髄液の血清学検査所見も改善し,最終的に神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎と診断した.なお,神経梅毒とは梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum:T.pallidum)が中枢神経に感染し,髄膜,血管,さらに脳脊髄の実質を障害する一連の病態の総称である.神経梅毒の診断基準は1.梅毒血清反応が陽性,2.髄液の炎症所見がある(細胞数および蛋白質の増加),3.髄液中の梅毒血清反応が陽性,4.神経症状があるもの,とされている11).本症例はこの神経梅毒の診断基準をすべて満たしていた.梅毒感染後未治療の場合はその約5%に神経梅毒を発症するといわれている12)が,実際には神経症状がなくとも30%に髄液の異常があるとされて(750mg/日)の経口投与を開始した.同月16日(治療開始2週目)の梅毒血清反応はRPR法2倍,TPHA法640倍と治療効果を認めたが,視力は左眼0.15(0.3)で,眼底所見の改善傾向がなかった.一方,神経梅毒の合併も疑い,同月17日に兵庫県立姫路循環器病センター神経内科を受診させた.神経学的検査では神経伝達速度に異常はなかったが,上下肢の振動覚が低下していた.髄液検査ではリンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加があり(表1),髄液中のTPHA2,560倍,uorescenttreponemaantibodyabsorp-tion(FTA-ABS)が80倍と高値であったため神経梅毒と診断され,CentersforDiseaseControlandPrevention(以下,CDC)の神経梅毒の治療ガイドライン9)に準じた治療が開始された.同月18日よりペニシリン大量点滴(注射用ベンジルペニシリンカリウム;2,400万単位/日)をプレドニゾロン内服(30mg/日)と併用して開始した.治療開始後網膜静脈の白鞘化が消失し,同時に髄液検査所見(表2)と神経学的検査所見も改善した.しかし,視神経乳頭上に新生血管が生じ,FA検査では耳側網膜の無灌流領域が出現したため網膜光凝固術を施行した.その後,黄斑部および上方網膜に増殖変化が起こり一部牽引性網膜離も出現した(図5).光干渉断層計(OCT)でも黄斑上の強い増殖変化と牽引による黄斑浮腫が確認された.FA検査では全体の炎症は消退していたが,強い増殖変化を生じていた.視力も左眼0.2(0.2)と改善がみられなかったため,11月30日に硝子体手術を施行した.現在までに視神経乳頭の発赤腫脹および静脈の拡張は消失した.GPでは初診時の比較暗点が消失し,CFFも左眼38Hzと改善した.左眼視力は(0.9)である.図5ペニシリン大量点滴治療後の左眼眼底所見黄斑上方網膜にかけての強い増殖変化と一部牽引性網膜離を認める.耳側網膜には網膜光凝固術が施行されている.表1ペニシリン大量点滴治療前の髄液検査所見(2006年8月17日)細胞数628/3↑リンパ球主体(基準値015個)糖41mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質83.1mg/dl↑(基準値1041mg/dl)TPHA2,560倍↑(基準値10未満)FTA-ABS80倍↑(基準値1未満)リンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加を認める.TPHA:treponemapallidumhemagglutinationassay,FTA-ABS:uorescenttreponemaantibodyabsorption.表2ペニシリン大量点滴治療後の髄液検査所見(2006年9月21日)細胞数84/3(基準値015個)糖53mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質44.6mg/dl(基準値1041mg/dl)TPHA80倍(基準値1.0未満)FTA-ABS5倍(基準値4.0以下)細胞数の軽度増加はあるが,治療前に比べ著明に減少している.また,蛋白質はほぼ正常域である.———————————————————————-Page4858あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(108)浮腫をきたした場合にはステロイドが必要ではないかという報告2022)もある.実際にはステロイド併用なしで治癒した報告2325)も多い.今後,ステロイドの併用に関しても検討の余地がある.以上,神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎の1例を報告した.一般の駆梅療法が奏効しない視神経炎/網膜血管炎が強い梅毒性ぶどう膜炎においては,神経梅毒の合併を常に念頭におき,治療にあたるべきである.文献1)熊本悦明,塚本泰司,利部輝男ほか:日本における性感染症(STD)流行の実態調査─2000年度のSTD・センチネル・サーベイランス報告─.性感染症学雑誌13:147-167,20022)橋戸円,岡部信彦:わが国における性感染症の現状.化学療法の領域21:1083-1089,20053)KanskiJJ:Uveitis.p34-39,Butterworths,London,19874)松尾俊彦:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼57:191-195,20035)後藤浩:全身疾患と眼性感染症と眼.眼科45:335-342,20036)横井秀俊:硝子体・網膜病変の診かた(2)梅毒.眼科46:1527-1532,20047)鈴木重成:梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス47,感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療(臼井正彦編),p14-18,文光堂,19998)Duke-ElderS,PerkinsES:Diseaseoftheuvealtract.SystemofOphthalmology,Ⅸ,p297-321,HenryKimpton,London,19669)CentersforDiseaseControlandPrevention:1998Guide-linesfortreatmentofsexuallytransmitteddiseases.MMWRMorbMortalWklyRep47(RR-1):1-118,199810)MooreJE:Syphiliticiritis.Astudyof249patients.AmJOphthalmol14:110-126,193111)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群Ⅰ.日本臨牀26:615-619,199912)VermaA,SolbrigMV:Syphilis,Bradley,NeurologyinClinicalPractice.p1496-1498,Butterworth,Philadelphia,200413)高津成美:真菌,スピロヘータ,原虫および寄生虫感染神経梅毒.ClinNeurosci23:801-803,200514)松村雅義,中西徳昌:HIV感染と合併した梅毒性ぶどう膜炎の2例.臨眼49:979-983,199515)TamesisRR,FosterCS:Ocularsyphilis.Ophthalmology97:1281-1287,199016)ChessonHW,HeelngerJD,VoigtRFetal:EstimatesofprimaryandsecondarysyphilisrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200517)占部冶邦:最近の性病の傾向と治療の進歩梅毒.臨床と研究70:408-412,199318)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,1994いる13).梅毒性ぶどう膜炎はT.pallidumが血流を介して眼内組織に到達し,炎症が惹起された病態である.一般に臨床症状は虹彩毛様体炎や脈絡網膜炎など多彩で,特徴的な所見はないとされる57).しかし,梅毒が散見された時代の古典的成書によれば,梅毒性ぶどう膜炎の一般型は脈絡網膜炎であり,脈絡膜毛細血管板からの炎症細胞浸潤がBruch膜/網膜色素上皮を侵して進展する8)とされている.一方,本症例は視神経乳頭病変や高度に白鞘化した網膜静脈炎があり,FA検査では乳頭上新生血管や静脈壁の染色がみられた.視野ではMariotte盲点と連なる水平性半盲があり,最終的に血管新生を伴う増殖性変化から硝子体手術を要した.これらは,本症例の病巣の主座が視神経や網膜血管にあったことを示唆しており,上述した梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見と異なる.こうした臨床像は近年のHIV感染を伴う梅毒性ぶどう膜炎に類似例をみつけることができる14).HIV感染が早くから社会問題化した米国では,梅毒とHIVとの重複感染に警鐘がならされてきた15).HIV感染者では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が非感染より有意に高いこと,神経梅毒を早期から発症しやすいこと16)がよく知られている.本症例でHIV感染は証明されなかったが,感染の比較的早い時期に神経梅毒を発症しており,こうした場合梅毒性ぶどう膜炎は視神経や網膜を主座とする病巣を形成しやすいのではないか,と思われた.一般に駆毒治療に関しては,感染後2年以内の早期梅毒では十分なペニシリンを少なくとも10日間投与すればT.pal-lidumが死滅し,梅毒は完治すると証明されている17).梅毒性ぶどう膜炎についても梅毒第二期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第二期に準じて行うとされている18).しかし,神経梅毒ではより強力な治療が必要とされる.CDCの神経梅毒の治療ガイドライン9)によれば,水性ペニシリン静脈注射(以下,静注)(ペニシリンG1,800万2,400万単位/日)を1014日間施行することが推奨されている.これはPolnikornら19)が水性ペニシリン静注(ペニシリンG2,400万単位/日),および水性ペニシリン静注(ペニシリンG200万単位/日)とプロベネシド内服(2g/日)を施行した症例で,T.pallidumに殺菌的に作用する髄液ペニシリン濃度が検出されたとの報告などに則っている.本症例では通常の駆梅療法で十分な治療効果を得られず,神経梅毒の治療開始後に病勢の収束をみた.網膜や視神経は中枢神経系と連続性のある組織である.本症例のように脈絡網膜炎ではない,視神経炎/網膜血管炎とすべき梅毒性ぶどう膜炎には,神経梅毒に準じて初期からペニシリン大量点滴治療が選択されるべきである,と思われた.今後,症例を重ねて検証する必要がある.なお,副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の併用に関しては統一した見解はなく,特に視神経症や胞様黄斑———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008859(109)どう膜炎(田野保雄編),p122-123,メジカルビュー社,199923)新井根一,滝昌弘,稲葉浩子:視神経網膜炎で発見された2期梅毒の1例.臨眼61:197-201,200724)中山亜紀,高橋康子,大島隆志ほか:梅毒性網脈絡膜炎の4例.眼紀43:991-997,199225)菅英毅,岩城陽一:梅毒性ぶどう膜炎の1例.臨眼49:1453-1455,199519)PolnikornN,WitoonpanichR,VorachitMetal:Penicillinconcentrationsincerebrospinaluidafterdierenttreat-mentregimensforsyphilis.BrJVenterDis56:363-367,198020)玉置泰裕:梅毒性視神経網脈絡膜炎の2例.臨眼45:113-117,199121)吉川啓司,馬場裕行,井上洋一ほか:梅毒性ぶどう膜炎の1例.眼紀40:2167-2174,198922)安藤一彦:梅毒.新図説臨床眼科講座第7巻,感染症とぶ***