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短期間に自然消退傾向を呈した標的黄斑病巣

2017年5月31日 水曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(5):713.717,2017c短期間に自然消退傾向を呈した標的黄斑病巣福富啓*1眞下永*1新田進人*2吉岡茉衣子*1春田真実*1南高正*1下條裕史*1大黒伸行*1*1地域医療機能推進機構大阪病院眼科*2にった眼科クリニックACaseReportofTarget-likeSubmaculopathywithSpontaneousDisappearanceAkiraFukutomi1),HisashiMashimo1),NobutoNitta2),MaikoYoshioka1),MamiHaruta1),TakamasaMinami1),HiroshiShimojo1)andNobuyukiOhguro1)1)JapanCommunityHealthCareOrganizationOosakaHospital,DepartmentofOphthalmology2)NittaGannkaClinic症例:73歳,男性.経過:左眼黄斑部に拡大傾向のある黄白色の標的病巣を認められ当科紹介受診.初診時VS=(0.3),左眼網膜下に境界明瞭で均一な高輝度病変を認めた.自発蛍光検査・フルオレセイン蛍光眼底造影検査では同部位に異常所見は得られなかった.眼内悪性リンパ腫の鑑別のため前房水サイトカイン測定を施行.IL-10/IL-6=11とIL-10の異常高値を認めた.全身CT・造影MRI・髄液検査では異常所見は指摘されなかった.精査期間中に病巣は徐々に縮小していき,当科受診から約2カ月経過した時点で病巣は消退.矯正視力もVS=(1.0)まで改善した.自然消退傾向を呈する黄斑病巣を伴う症例で数カ月後に悪性リンパ腫と診断された報告があるが,本症例では自覚症状出現より1年程度経過するにもかかわらず眼局所また全身的な異常所見を認めていない.本症例が悪性リンパ腫であるかの判断にはもう少し長い経過観察が必要と考えられた.Case:73y/omale.Medicalhistory:Thepatienthadareferralvisittoourhospitalwithexpandingyellowishtarget-likesubmaculopathy.Atinitialvisit,leftcorrectedvisualacuitywas0.3andwefoundaclear-boundary,high-densitylesioninthesubretinalspace;therewerenoabnormal.ndingswithFAForFAatthesamesite.Weexaminedanteriorchambercytokine;interleukin-10intheanteriorchamberwashighatIL-10/IL-6=11.Therewerenoabnormal.ndingsviawholebodyCT,contrastMRIorcerebrospinal.uidexamination.Duringtheperiodofscrutinythefocusdecreasedspontaneously.At2monthsfromappearanceofsubjectivesymptoms,thefocuswasdisappearedcompletely,andcorrectedvisualacuityhasimprovedto1.0.Inthepreviousreport,thespontaneousdisappearanceoffocusmayhavebeenparaneoplasticsyndrome,butinthisinstance,atoneyearsincesubjectivesymptomappearance,thereisnoproblemwithanyexamination.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):713.717,2017〕Keywords:眼悪性リンパ腫,標的黄斑病巣,自然消退.intraocularmalignantlymphoma,target-likesubmacro-pathy,spontaneousdisappearance.はじめに眼内悪性リンパ腫は眼科で遭遇する致死的な疾患の一つである.60歳以上の高齢者に多いとされているが,まれに易感染状態などの若年者でも発症することがある.いったん,病変が中枢神経系に出現すると,5年生存率が61%との報告もある1,2).疾患の早期発見が重要と考えられるが,仮面症候群といわれているように,ぶどう膜炎などの炎症性疾患と所見が類似しており,診断が遅れることがある.眼内悪性リンパ腫に特徴的といわれている所見は,均一で大きな硝子体細胞や大小不同の散在する黄白色の網膜下病変との報告3)もあるが,臨床像はさまざまであり,臨床所見のみでは診断することは困難である.眼内悪性リンパ腫の確定診断は細胞診によるが,硝子体混濁の有無で細胞診の陽性率に差があるとの報告4)があり,症例によっては細胞診の結果に信頼をもてないものもある.しかしながら,サイトカイン測定検査では硝子体混濁の有無にかかわらず異常を認めることから,眼〔別刷請求先〕福富啓:〒553-0003大阪市福島区福島4-2-78地域医療機能推進機構大阪病院眼科Reprintrequests:AkiraFukutomi,JapanCommunityHealthCareOrganizationOosakaHospital,DepartmentofOphthalmology,4-2-78Fukusima,Fukusima-ku,Osakacity,Osaka553-0003,JAPAN内悪性リンパ腫の補助的な検査としてサイトカイン検査は重要であると考えられている.眼内悪性リンパ腫の約80%の症例は中枢神経系悪性リンパ腫へ進むと報告されているが5),中枢神経病巣は脳内にびまん性にあるものや局所に留まるものまでさまざまである.多くは前頭葉に病変を認め,性格や振る舞いの変化をきたし,一方で他の領域への浸潤では片麻痺や運動失調などの神経症状を呈し,軟膜へ浸潤すると運動・感覚ともに広範囲に障害される6).眼内悪性リンパ腫に対する眼局所治療が生命予後に影響するかは不明であるが,早期の全身的な治療介入が中枢神経症状の出現を遅らせ,さらには生命予後を延長すると報告されており,眼悪性リンパ腫の早期発見と,その後の全身検索また早期の治療介入は重要であるといえる5).今回,筆者らは眼底所見,またサイトカイン検査結果から眼内悪性リンパ腫が疑われたが,無治療経過観察中の短期間に眼底所見は消失し,その後約1年経過するも眼所見,また眼外病変を認めない症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2015年9月頃左眼視力低下を自覚し近医受診.VD=(1.2),VS=(0.15)と左眼の視力低下と左眼黄斑部に黄白色の網膜下病巣(図1)を認めた.その後,黄斑部周囲にも同様の病巣が出現した(図2)として当科紹介受診.初診時視力VD=(1.5×sph+4.25D(cyl.1.25DAx80°),VS=(0.3×sph+3.50D(cyl.1.00DAx100°),前眼部に異常所見は認めず,左眼後眼部に軽度の硝子体混濁と黄斑部網膜下に卵黄様の黄白色病巣を認めるのみであった(図3).フルオレセイン蛍光眼底造影検査(図4)や自発蛍光検査(図5)では両眼に明らかな異常所見を認めず,ウイルス抗体価を含めた採血検査やツベルクリン反応検査を施行したが異常所見は認めなかった.経過:眼内悪性リンパ腫の可能性も考慮し,前房水サイトカインを測定.IL-10=70pg/ml,IL-6=6.4pg/mlと眼内悪性リンパ腫を疑う所見が得られた.その後,頭部MRI,全身PET,髄液検査を施行したが異常所見は認められなかった.これらの検査期間中に,黄斑部の病巣は縮小傾向を示し(図6),自覚症状出現より3カ月程度経過した時点で病変は図1近医受診時左眼黄斑部に境界明瞭な黄白色の網膜下病巣を認める.図2自覚症状出現より2週間後黄斑部周囲に小さな黄白色病巣の出現を認める.黄斑部の病巣はやや拡大傾向である.図3当院初診時病巣は縮小傾向である.図4左眼フルオレセイン蛍光眼底検査図5自発蛍光検査図6自覚症状出現より2カ月後病巣はさらに消退傾向を示した.図7自覚症状出現より3カ月後病巣は消退した.消退(図7),矯正視力はVS=(1.0)まで改善した.その後,自覚症状出現より約1年が経過しており,月に1度の間隔で経過観察しているが自覚症状,また他覚的所見に異常所見を認めていない.II考察今回,筆者らは短期間に網膜下の黄白色黄斑病巣が自然消退し,その後1年経過するも眼病変の再発もしくは眼外病変を認めない症例を経験した.既報では本症例と同様に経過観察中に自然消退を呈した黄斑部卵黄様病巣3例が報告されている7).3例のうち2例ではともに自覚症状出現より約2カ月後に眼所見が消退し,その後不全麻痺などの神経症状出現にて頭部MRIを施行され,自覚症状出現より6カ月経過した時期に中枢神経系悪性リンパ腫の診断を受けた.他の1例では,黄斑部の病巣は自覚症状出現より3カ月後に自然消退したが,周辺部に新たな病巣が認められ,自覚症状出現より9カ月経過した時点で網膜下病巣の穿刺吸引細胞診検査にて眼内悪性リンパ腫の診断を受けている.これらの3例より,自然消退傾向を呈する網膜下黄斑病巣は腫瘍に随伴する所見である可能性が示唆される.一方,筆者らの症例では自覚症状出現より1年程度経過しているが,眼所見は自然消退したまま再発を認めていない.当初の病巣も黄斑部であり,また硝子体混濁を認めないことから,穿刺吸引細胞診や硝子体生検は施行せず,前房水サイトカイン検査のみ施行した.その結果は眼内悪性リンパ腫に矛盾するものではなかったが,この結果だけで本症例を眼内悪性リンパ腫と断定するには不十分ではないかと考えられる.眼内悪性リンパ腫の確定診断は細胞診あるいは組織診断が原則であるが,細胞診には高度な検査技術が必要とされ,また技術が十分にあったとしても,悪性細胞の脆弱性や,ステロイドの全身投与による腫瘍細胞の弱体化8),また検体採取時の硝子体カッターによる腫瘍細胞への直接的な障害が細胞診の悪性細胞の検出率に影響を及ぼすと考えられている.また,眼内悪性リンパ腫のうちでも硝子体混濁のある症例では47.1%の検出率であるのに対し,硝子体混濁のない症例では10.0%の検出率であり,細胞診の検出率には硝子体混濁の有無で大きな差があるとの報告4)もある.また,組織診断は,病巣が周辺網膜にある場合には試みてもよいかもしれないが,本症例のように黄斑部に病巣が限局している症例では実施は現実的に困難である.一方でサイトカイン測定検査は硝子体混濁の有無にかかわらず90%以上の検出率を示すとの報告4,9)や,眼内悪性リンパ腫の症例で前房水と硝子体液のIL-10濃度に相関がみられ,硝子体生検よりも安全な前房水採取でのサイトカイン測定検査も有用であるとの報告もあり10),サイトカイン測定検査は補助的な検査として有用であると考えられている.しかしながら,本症例のように細胞診や組織診ができないような症例において,サイトカインの結果のみで眼内リンパ腫と診断してよいかどうか,今後多数症例による検討が待たれるところである.画像診断においては,蛍光眼底造影検査が眼炎症疾患との鑑別に有用であるという報告もあるが,眼内悪性リンパ腫ではwindowdefect,血管炎様所見,.胞様黄斑浮腫様所見,また所見のないものもあり,蛍光眼底造影検査での診断は困難であり11),また,自発蛍光検査においても過蛍光や低蛍光また所見のないものまで多様であり12),自発蛍光検査でも眼内悪性リンパ腫を診断することは困難と考えられた.眼内悪性リンパ腫は多くの臨床所見を呈するため,さまざまな所見から総合的に判断することが必要である.本症例ではサイトカインのみ悪性リンパ腫の可能性を示唆していたが,経過観察にて黄斑病巣も自然消退し,その後も自覚症状やその他の所見も認めず,眼内リンパ腫であるという確定診断には至っていない.自然消退傾向を呈する黄斑部卵黄様病巣は腫瘍に随伴する所見との報告があるが7),本症例のように1年経過した後でもまったく症状の再発を認めないものもある.本症例が眼内悪性リンパ腫であるかどうかの結論を得るためには,今後長期にわたる経過観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CouplandSE,HeimannH,BechrakisNE:Primaryintra-ocularlymphoma:areviewoftheclinical,histopathologi-calandmolecularbiologicalfeatures.GraefesArchClinExpOphthalmol242:901-913,20042)ChanCC,RubensteinJL,CouplandSEetal:Primaryvit-reoretinallymphoma:areportfromaninternationalpri-marycentralnervoussystemlymphomacollaborativegroupsymposium.Oncologist16:1589-1599,20113)MashayekhiA,ShuklaSY,ShieldsJAetal:Choroidallymphoma:clinicalfeaturesandassociationwithsystemiclymphoma.Ophthalmology121:342-351,20144)KimuraK,UsuiY,GotoH:TheJapaneseIntraocularLymphomaStudyGroup:Clinicalfeaturesanddiagnosticsigni.canceoftheintraocular.uidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383-389,20125)CouplandSE,DamatoB:Understandingintraocularlym-phomas.ClinExpOphthalmol36:564-578,20086)DeAngelisLM:Primarycentralnervoussystemlympho-mas.CurrTreatOptionsOncol2:309-318,20017)PangCE,ShieldsCL,JumperJMetal:Paraneoplasticcloudyvitelliformsubmaculopathyinprimaryvitreoreti-nallymphoma.AmJOphthalmol158:1253-1261,20148)WhitcupSM,deSmetMD,RubinBIetal:Intraocularlymphoma.Clinicalandhistopathologicdiagnosis.Ophthal-mology100:1399-1406,199310)WhitcupSM,Stark-VancsV,WittesREetal:Associa-tionofinterleukin10inthevitreousandcerebrospinal.uidandprimarycentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol115:1157-1160,199711)CassouxN,GironA,BodaghiBetal:IL-10measurementinaqueoushumorforscreeningpatientswithsuspicionofprimaryintraocularlymphoma.InvestOphthalmolVisSci48:3253-3259,200712)VelezG,ChanCC,CsakyKG:Fluoresceinangiographic.ndingsinprimaryintraocularlymphoma.Retina22:37-43,200213)CasadyM,FaiaL,NazemzadehMetal:Fundsauto.uo-rescenepatientsinprimaryintraocularlymphoma.Retina34:366-372,2014***