《原著》あたらしい眼科33(10):1518?1523,2016c各種プロスタグランジン系緑内障点眼薬が水晶体上皮細胞に及ぼす影響について茨木信博*1三宅謙作*2*1いばらき眼科クリニック*2眼科三宅病院TheInfluenceofVariousProstaglandinGlaucomaEyedropsonLensEpithelialCellsNobuhiroIbaraki1)andKensakuMiyake2)1)IbarakiEyeClinic,2)MiyakeEyeHospital目的:これまでに,緑内障点眼薬で白内障手術後に黄斑浮腫が発症する原因は,水晶体上皮細胞の炎症性サイトカイン産生促進であることを報告した.今回は,点眼液による水晶体上皮細胞の炎症性サイトカイン産生促進効果と細胞障害性を各種プロスタグランジン(PG)系緑内障市販薬間で比較した.方法:培養水晶体上皮細胞株の細胞形態と培養上清中のIL(インターロイキン)-1a,IL-6,PGE2を計測した.製剤は,キサラタン(X),ラタノプロストPF(L),ルミガン(Lu),タプロス(T),トラバタンズ(Tr)で,10?1,000倍希釈を培地に添加した.結果:Xでは1,000倍希釈でも細胞形態に異常を示したが,L,Luでは300倍希釈,T,Trでは100倍希釈で細胞は正常な形態であった.サイトカインはX,L,Lu,T,Trの順で多く産生された.結論:緑内障点眼製剤による水晶体上皮細胞の細胞障害とサイトカインの産生促進は,塩化ベンザルコニウムの含有濃度や種類により差があること,非含有でも他の添加剤で生じることが明らかとなった.Purpose:Wehavereportedthatmacularedemaaftercataractsurgerywithuseofglaucomaeyedropsiscausedbystimulatorycytokineproductionoflensepithelialcells.Inthisreport,wecomparetheinfluenceofvariousglaucomaeyedropsonlensepithelialcells.Methods:Humanlensepithelialcellswereculturedwithvariousdrugs:Xalatan,LatanoprostPF,Lumigan,TapulosandTrabatans.Eachdrugwasdiluted10to1000timesandaddedtothemedium.CellmorphologywasobservedandcytokinesIL-1-alpha,IL-6andPGE2intheculturesupernatantweremeasured.Results:LumiganandLatanoprostPFat300xdilutionandTapulosandTrabatansat100xshowednocytotoxicity,butXalatanat1000xdilutionshowedcytotoxicity.Intermsofcytokineproduction,Xalatan,Lumigan,LatanoprostPF,TapulosandTrabatansshoweddecreases,respectively.Conclusion:Glaucomaeyedropformulationswereantagonistictocytotoxicityinlensepithelialcells,andpromotedtheproductionofcytokines.Thedegreediffersdependingonthetypeandconcentrationofbenzalkoniumchlorideadded,andofotherpreservativesinthebenzalkoniumchloride-freetypes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1518?1523,2016〕Keywords:白内障術後,黄斑浮腫,緑内障点眼薬,塩化ベンザルコニウム,水晶体上皮細胞.aftercataractsurgery,macularedema,glaucomaeyedrop,benzalkoniumchloride,lensepithelialcells.はじめに?胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)は,種々の眼疾患や眼内手術後に生ずるが,その成因は不明である.白内障手術後に生ずるCMEについても,低眼圧,硝子体索引,炎症などが考えられている1).さらに,白内障手術後に緑内障薬の点眼を行った場合に,CMEが起こることが報告されている.近年,プロスタグランジン製剤の白内障手術後の使用によるCMEが報告されているが2?5),緑内障治療薬によるCMEは以前より数多く報告されている.これまでに筆者らは,この白内障手術後の緑内障点眼薬によるCMEの原因を明らかにするために,ラタノプロスト,チモロール,防腐剤である塩化ベンザルコニウムの入らないチモロール,さらに,緑内障薬の主成分を含まない基剤のみと,さらにその基剤から塩化ベンザルコニウムを除いたものを使用し,白内障手術後早期眼において,CMEの発生が緑内障治療薬の主成分の関与よりも,添加されている防腐剤である塩化ベンザルコニウムが大きく関与していることを報告した6).さらに,ヒト水晶体上皮細胞(humanlensepithelialcell:HLEC)を培養し,緑内障点眼薬の主成分であるラタノプロスト,チモロール,塩化ベンザルコニウムを添加し,各種炎症系サイトカインの産生を検討したところ,緑内障点眼薬の主成分よりも塩化ベンザルコニウムの添加によって,はるかに高濃度のサイトカインを産生することを明らかにした7).今回は,実際に臨床で使用している各種プロスタグランジン系緑内障市販薬によるHLECに対する障害,サイトカインの産生について検討し,塩化ベンザルコニウム,ホウ酸などの防腐効果のある物の添加により,HLECが障害を受け,サイトカインの産生も増加すること,塩化ベンザルコニウム自体の改良や防腐剤の工夫によって障害やサイトカインの産生を抑えることが可能であることを見いだした.さらに,点眼容器の工夫によって防腐剤フリーとされている点眼薬について,塩化ベンザルコニウム以外の添加剤によって,高濃度のサイトカインが産生され,細胞障害も高度に生ずることが明らかとなったので報告する.I方法培養したHLECは,ヒト由来の水晶体上皮佃胞で株化されたもの(SRA01/04)8)を用いた.25mm2の培養フラスコに,70±5個/mm2の細胞密度となるように調整し,37℃,5%炭酸ガス,湿度100%で培養した.培養液は,DulbeccoMinimumEssentialMedium(Gibco,GlandIsland,NY)に5%ウシ胎児血清を添加したもので,抗菌薬や抗真菌薬の入らないものを標準培地として用いた.薬剤は,キサラタン(ファイザー:以下,X),タプロス(参天製薬:以下,T),トラバタンズ(日本アルコン:以下,Tr),ラタノプロストPF(日本点眼薬研究所:以下,L),ルミガン(千寿製薬:以下,Lu)を各企業より提供を受け使用した.それぞれの点眼薬を標準培地で10?1,000倍に希釈したもので細胞培養を行った.培養7日目に位相差顕微鏡で細胞形態を観察するとともに,培地を回収し細胞成分を除去した後に培地中の各種サイトカインを定量した.薬剤の希釈度によって生細胞数が異なるため,各々の培養フラスコ中の細胞数を計測し,105個の細胞に対するサイトカイン量を計算した.標準培地でのみ培養したものを対照とした.各々3個の培養を行い,平均値と標準偏差を求めた.炎症性サイトカインはインターロイキン1a(IL-1a),インターロイキン6(IL-6)とプロスタグランジンE2(PGE2)を測定した.IL-1aはEL1SA(enzyme-linkedimmunosorbentassay)キット(日本抗体研究所,高崎市),IL-6はCLEIA(chemiluminescentenzymeimmunoassay)キット(富士レビオ,東京),PGE2はRIA(radioimmunoassay)キット(NENLifeScienceProducts,Boston)を用いて測定した7).II結果1.細胞形態Xは100倍希釈以上の高濃度で細胞は死滅し,300倍で少数の生細胞を,1,000倍で細胞伸展を認めた(図1).Lu(図2),L(図3)は,30倍以上で細胞は死減,100倍で伸展,300倍未満で正常であった.T(図4),Tr(図5)は,10倍で細胞が死滅,30倍で伸展,100倍で正常であった.2.サイトカイン産生IL-1aの産生量は,対照が60.6±42.0pg/105細胞(平均値±標準偏差)に対し,300倍希釈のXが146.5±31.7pg/105細胞で,100倍希釈のLu,L,T,Trは各々50±26.8,21.1±9.0,11.3±5.3,4.0±0.6pg/105細胞であった(図6).IL-6(図7)は,対照,300倍希釈のX,100倍希釈のLu,L,T,Trが各々378.9±228.5,2,011.5±338.7,1,154.7±296.6,362.3±106.8,222.6±33.9,148.6±15.8pg/105細胞,PGE2(図8)は,各々21.9±13.8,205.3±41.1,NA,71.3±35.3,8.3±0.3,10.3±3.7pg/105細胞であった.III考按これまでに筆者らは,白内障術後の緑内障薬によるCMEは,塩化ベンザルコニウムの関与の可能性が高いこと,その機序として白内障の手術後に残存した水晶体上皮細胞に,緑内障治療薬が作用することにより各種サイトカインが多量に産生されることを確認し,このサイトカインが網膜に作用するためではないかと考えた6,7).防腐剤としての塩化ベンザルコニウムは,静菌や殺菌作用,保存効力が高いことから,点眼薬の約7割で使用されている.塩化ベンザルコニウムを添加することで,薬物の浸透性が亢進するという利点がある一方で,これまでに眼表面障害の問題がとりあげられている.おもに角膜上皮細胞に対する細胞毒性が報告されおり,これは防腐剤の界面活性作用によるもので,細胞膜の透過性が高まり,膜破壊や細胞質の変性によって生じる9).塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤が点眼薬に添付される意味は,点眼瓶を用いて繰り返し使用するために,開栓によって瓶内に細菌が混入し,増値することを防ぐためである.したがって,単回使用の点眼には通常防腐効果のある添加剤は添加されていない.また,その防腐効果を確認するために,種々の細菌を用いた保存効力試験が実施され,点眼瓶,点眼薬の汚染が生じないかを検討されている10).今回使用したXとLu,Tにはそれぞれ塩化ベンザルコニウムが0.02%と0.005%,0.001%,TrとLには塩化ベンザルコニウムは含有されていないが,濃度は不明であるが,防腐剤としての亜鉛やホウ酸などの緩衝剤が添加されている.X,Lu,Tの順で,細胞障害が生じ,サイトカインの産生も多かった.これは,塩化ベンザルコニウムの濃度によって障害の程度が決まること7)と同様の結果であった.さらに,Tの塩化ベンザルコニウムは,塩化ベンザルコニウムの炭素鎖長が一定のものであり,他の製剤ではこの炭素鎖長が種々であるのに対し,より細胞毒生が少ないものを使用している.さらに,Tでは保存効力試験と角膜上皮細胞を用いた細胞毒性試験を行い,塩化ベンザルコニウムの至適濃度(0.0005?0.003%)を決定し,以前の0.01%から現在の0.001%に減量されている11).LuのPGE2が検査不能であったが,これはLuが検査試薬と交差反応するものと考えられ,異常な高値を示したが,詳細は不明である.Trは,塩化ベンザルコニウムに代わる防腐剤として,ホウ酸の存在下で亜鉛イオンが細菌などのATP産生を阻害することで細菌などを死滅させる添加物が含まれている.これは,酸性下でもっともその効力が強力に出現することから,製剤の状態では酸性を示している.点眼することで,涙液によって緩衝され中性となることで,細胞毒性が減弱,消失するものと考えられている12).今回の検討においても,Trを培養液に加えることで中性になり,添加物の細胞毒性が軽減したと考えられる.最後に,Lについては,塩化ベンザルコニウムを含まない点眼薬なので好結果を期待していた.しかし,結果は塩化ベンザルコニウムが含まれている製剤と同等の結果であった.Lは,塩化ベンザルコニウムを含まなくても,複数回の点眼で容器内の細菌などの増殖を防御するために,点眼口にフィルターを付け,細菌などの混入を防御している.防腐剤を減らし,あるいは無添加にすることが可能な点眼瓶として,非常に有益なものと思われる.しかし,今回の良好な結果が得られなかったのは,保存効力試験を通すために,塩化ベンザルコニウムは非添加であるが,ホウ酸(濃度不明)が細菌などの増殖が生じないように添加されているためと考えられた.本来,フィルターを用いた点眼瓶に保存効力試験を行う必要はないので,塩化ベンザルコニウム以外の添加剤についても,その添加の目的,濃度などを検討すべきであると考えられた.今回の検討で,緑内障の点眼薬の実薬においても,水晶体上皮細胞の細胞障害や細胞のサイトカイン産生に及ぼす影響は,塩化ベンザルコニウム含有によって濃度依存的に強いことと,塩化ベンザルコニウム非添加でフィルター付き点眼瓶を用いた薬剤でも,塩化ベンザルコニウム添加の薬物と同等の影響があることが明らかとなった.白内障術後の緑内障点眼薬の使用については,塩化ベンザルコニウムの含有濃度に注意して使用すべきと考えられた.さらに,塩化ベンザルコニウム非添加であっても,他の防腐効果を期待した添加物を加えていることがあるので,点眼薬の添加物や保存効力試験の有無などもよく確認する必要があると思われた.文献1)GassJDM:StereoscopicAtlasofMacularDiseases;DiagnosisandTreatment.4thEd,p478-481,CVMosby,St.Louis,MO,19972)RoweJA,HattenhauerMG,HermanDC:Adversesideeffectsassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol124:683-685,19973)FechtnerRD,KhouriAS,ZimmermanTJetal:Anterioruveitisassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol126:37-41,19984)MoroiSE,GottfredsdottirMS,SchteingartMTetal:Cystoidmacularedemaassociatedwithlatanoprosttherapyinacaseseriesofpatientswithglaucomaandocularhypertension.Ophthalmology106:1024-1029,19995)MiyakeK,OtaI,MaekuboKetal:Latanoprostacceleratesdisruptionoftheblood-aqueousbarrierandtheincidenceofangiographiccystoidmacularedemainearlypostoperativepseudophakias.ArchOphthalmol117:34-40,19996)MiyakeK,OtaI,IbarakiNetal:Enhanceddisruptionoftheblood-aqueousbarrierandtheincidenceofangiographiccystoidmacularedemainearlypostoperativepseudokaias.ArchOphthalmol119:387-394,20017)GotoY,IbarakiN,MiyakeK:Humanlensepithelialcelldamageandstimulationoftheirsecretionofchemicalmediatorsbybenzalkoniumchlorideratherthanlatanoprostandtimolol.ArchOphthalmol121:835-839,20038)IbarakiN,ChenS-C,LinL-Retal:Humanlensepithelialcellline.ExpEyeRes67:577-585,19989)相良健:オキュラーサーフェスへの影響─防腐剤の功罪.あたらしい眼科25:789-794,200810)保存効力試験法.第十六改正日本薬局方.2044-2046,2011.3.24.厚生労働省11)浅田博之,七條優子,中村雅胤ほか:0.0015%タフルプロスト点眼液のベンザルコニウム塩化物濃度の最適化検討─眼表面安全性と保存効力の視点から─.YAKUGAKUZASSHI130:867-871,201012)LewisRA,KatzGJ,WeissMJetal:Travoprost0.004%withandwithoutbenzarkoniumchloride:acomparisonofsafetyandefficacy.JGlaucoma16:98-103,2007〔別刷請求先〕茨木信博:〒320-0851栃木県宇都宮市鶴田町720-1いばらき眼科クリニックReprintrequests:NobuhiroIbaraki,M.D.,IbarakiEyeClinic,720-1Tsuruta-machi,Utsunomiyacity,Tochigi320-0851,JAPAN0195110-81810/あ16た/(133)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161519図1キサラタン添加時の細胞形態7日目a:100倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:300倍希釈.わずかの生細胞を認めるが,細胞は伸展している.c:1,000倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).図2ルミガン添加時の細胞形態7日目a:30倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:100倍希釈.細胞伸展を認める.c:300倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).1520あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(134)図3ラタノプロストPF添加時の細胞形態7日目a:30倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:100倍希釈.細胞伸展を認める.c:300倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).図4タプロス添加時の細胞形態7日目a:10倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:30倍希釈.細胞伸展を認める.c:100倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).(135)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161521図5トラバタンズ添加時の細胞形態7日目a:10倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:30倍希釈.細胞伸展を認める.c:100倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).図6IL?1aの産生(pg/105細胞)X:キサラタン,Lu:ルミガン,L:ラタノプロストPF,T:タプロス,Tr:トラバタンズ.図7IL?6の産生(pg/105細胞)X:キサラタン,Lu:ルミガン,L:ラタノプロストPF,T:タプロス,Tr:トラバタンズ.図8PGE2の産生(pg/105細胞)X:キサラタン,Lu:ルミガン,L:ラタノプロストPF,T:タプロス,Tr:トラバタンズ.1522あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(136)(137)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161523