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近年の眼部帯状ヘルペスの臨床像の検討

2022年5月31日 火曜日

《第57回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科39(5):639.643,2022c近年の眼部帯状ヘルペスの臨床像の検討安達彩*1,2,3佐々木香る*2盛秀嗣*2嶋千絵子*2髙橋寛二*2*1東北医科薬科大学眼科学教室*2関西医科大学眼科学教室*3東北大学眼科学教室CTheClinicalCharacteristicsofHerpesZosterOphthalmicusinRecentYearsAyaAdachi1,2,3)C,KaoruAraki-Sasaki2),HidetsuguMori2),ChiekoShima2)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,TohokuUnivercityC水痘ワクチン定期接種開始後C5年経過した現在の眼部帯状ヘルペスの臨床像を明らかにする.2018年C1月.2020年C12月に関西医科大学附属病院を受診した眼部帯状疱疹患者はC44例で,平均年齢C64.9歳であった.高齢者に多くみられたが,20代の若者でもみられた.2014年以降の患者数は,皮膚科では増加傾向にあったが眼科では著明な増減は認めなかった.発症時期は,夏のみでなく秋から冬にも認められた.先行症状は不明例を除き多い順に,眼瞼腫脹C13眼,眼部眼部疼痛C8眼であった.眼科初診時に眼所見を認めたものはC35眼(79.5%)であり,結膜充血のみがC6例,経過観察中に偽樹枝状角膜炎がC7眼,角膜浮腫および虹彩炎がC7眼,多発性角膜浸潤がC7眼,強膜炎がC8眼出現した.多発性角膜浸潤,強膜炎を呈するものはそれ以外を呈するものに比べて有意に遷延化した(p<0.05).また,発症後C72時間以内に抗ウイルス薬全身投与が開始された患者は治癒期間が短い傾向にあった.CPurpose:ToCanalyzeCtheCcurrentCcharacteristicsCofCherpesCzosterophthalmicus(HZO)dueCtoCtheCe.ectsCofCroutineCherpesCzosterCvaccinationsC.rstCintroducedCinC2006.CPatientsandMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedCtheCanalysisCofCtheCmedicalCrecordsCofC44CHZOpatients(meanage:64.9years)seenCatCourChospitalCbetween2018and2020.Results:Our.ndingsrevealedthatHZOwasmorecommonintheelderly,yetalsoseeninyoungsubjects20-30yearsofage.Duringtheobservationperiod,althoughtherewasanincreaseinthetotalnumberCofCHZOCpatientsCseenCatCourCDepartmentCofCDermatology,CthereCwasCnoCchangeCinCtheCnumberCofCthoseCseenCatCourCDepartmentCofCOphthalmology.CTheConsetCofCtheCdiseaseCwasCbimodal,Ci.e.,CoccurringCinCbothCsummerCandCwinter.CTheCprimaryCsymptomsCatCinitialCpresentationCwereCeyelidCswellingCandCpain.COfCtheC44Cpatients,C35(79.5%)hadCocularcomplications;i.e.,Chyperemiaalone(n=6patients)C,Cpseudodendritickeratitis(n=7patients)C,Ccornealedemaandiritis(n=7patients),MSI(n=7patients),andscleritis(n=8patients).Conclusion:TheHZOpatientsinthisstudywerefoundtohavehadsigni.cantlylongerhealingperiodscomparedtothosewhostartedsystemicCadministrationCofCantiviralCmedicationCwithinC72ChoursCpostConset.CSinceCourC.ndingsCareCsubjectCtoCchange,furtherinvestigationisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(5):639.643,C2022〕Keywords:水痘帯状疱疹ウイルス,眼部帯状ヘルペス,眼合併症.varicella-zostervirus,herpeszosterophthal-micus,ocularcomplications.Cはじめに帯状疱疹は,通常幼少期に初感染し全身に水痘を引き起こした水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が,脊髄後根神経節,三叉神経節などに潜伏し,加齢や免疫力の低下などによって再活性化されることで発症する.わが国の眼部帯状疱疹については,年齢や眼所見の合併率,臨床症状などC1990年代に多くの臨床統計報告がなされ1.9),鼻疹のある患者で眼合併症が多いという報告7,9)などがよく知られている.その後,抗ウイルス薬の開発とともに報告は減少し,2000年に抗ウイルス薬全身投与の開始が遅れたもので眼合併症が多いなどの報告10)が散見されるが,近年は臨床統計報告はなされていない.〔別刷請求先〕安達彩:〒983-8536宮城県仙台市宮城野区福室C1-15-1東北医科薬科大学眼科学教室Reprintrequests:AyaAdachi,DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,1-15-1Fukumuro,Miyagino-ku,SendaiCity,Miyagi983-8536,JAPANCしかし,2014年C10月からわが国で水痘ワクチンの定期接種が開始され,状況は異なってきたことは明らかである.たとえば,皮膚科領域の帯状疱疹大規模疫学調査である宮崎スタディでは,水痘ワクチン定期接種開始後では,開始前に比して年齢・性別・季節性・発症頻度などに明らかな変化が生じていると報告されている11).そこで,水痘ワクチン定期接種による眼部帯状疱疹への影響を明らかにするために,接種開始後C5年となるC2019年を中心としたC3年間,すなわちC2018年C1月.2020年C12月に関西医科大学附属病院(以下,当院)を受診した眼部帯状疱疹患者についてその臨床像を検討した.CI対象および方法対象は,2018年C1月.2020年C12月に当院を受診し,眼部帯状疱疹と診断されたC44例C44眼(男性C20例,女性C24例)である.観察項目は,①C1年ごとの受診患者数,②発症時年齢,③発症月,④受診に至った経緯,⑤眼科初診時の主訴,⑥経過中の主たる眼所見とした.そのうえで,主たる眼所見と治癒期間との関係および抗ウイルス薬全身投与開始時期と治癒期間との関係を,それぞれCc2検定を用いて検討した.なお,患者数のみ,2014年C1月.2020年C12月を対象期Ca500450間とした.治療はいずれの患者も,眼科ではステロイド点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,0.1%デキサメサゾン点眼),アシクロビル眼軟膏,皮膚科では抗ウイルス薬(アシクロビル点滴,内服,アメナメビル内服,バラシクロビル内服)全身投与であった.なお,本研究は関西医科大学倫理委員会の承認(多施設共同研究)を得て行った.CII結果当院を受診した帯状疱疹患者数は,皮膚科ではC2014年に397人であったが,その後増加傾向を示し,2020年には449人であった.しかし,眼科ではC2014年の16人から2020年のC19人まで,7年間に明らかな受診数の増減は認めなかった(図1a).発症年齢はC23.88歳(平均C65.1歳)で,70歳代がC15名と最多であり,70歳以上の高齢者が全体の約C52.2%であった.一方,20.30代の若年者にもC5例(11%)の発症を認めた(図1b).発症月は,図1cに示すとおり,2月とC9月を中心に二峰性を示し,夏のみでなく秋から冬にも発症を認めた.受診に至った経路を,眼科を直接受診した経路(眼群),皮膚科や内科など他科から眼科へ紹介となった経路(他-眼群),近医眼科を受診するも帯状疱疹と診断されず,後日他科から眼科へ紹介となった経路(眼-他-眼Cb1614皮膚科眼科■女性■男性4150210050020歳代30歳代40歳代50歳代60歳代70歳代80歳代02014201520162017201820192020(年)c7640012人数(人)350患者数(人)1030082506200人数(人)5432101月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月図1帯状疱疹患者内訳a:当院を受診した帯状疱疹患者数.2014年以降,皮膚科(点線)では徐々に増加傾向にあるが,眼科(実線)では明らかな増加は認めなかった.Cb:性別と年齢分布.発症年齢はC23.88歳(平均C65.1歳)で,男女差は認めなかった.70歳以上の高齢者が全体の約C52.2%を占め,一方,20.30代の若年者もC5例(11%)に認めた.Cc:発症月.2月とC9月を中心に二峰性を示し,夏のみでなく秋から冬にも発症を認めた.表1眼科初診時主訴初診時主訴症例数割合眼瞼腫脹C1329.5%眼部疼痛C818.2%皮疹C511.4%掻痒感C49.1%充血C24.5%違和感C12.3%不明C1125.0%症例数表2眼所見と治癒までの期間との関係所見治癒までの期間.C30日30日.合計結膜充血偽樹枝状角膜炎17C1C18実質浮腫,虹彩炎C多発性角膜浸潤強膜炎C2C12C14Cp=4.67×10.6(<0.05)98■眼群■他-眼群■眼-他-眼群76543210結膜充血偽樹枝状実質浮腫・多発性角膜強膜炎角膜潰瘍虹彩炎上皮下浸潤図2臨床所見の分類と受診経路の関係経過中にみられた臨床所見を受診経緯別に表す.眼-他-眼群は多発性角膜浸潤(1例)と強膜炎(4例)を呈した.表3抗ウイルス薬全身投与開始時期と治癒期間との関係発症.治療開始治癒期間.C30日30日.合計72時間以内C20C7C2772時間以上C8C6C14Cp=0.27(>0.05)図3強膜炎が遷延化した代表症例a:初診C5日目,Cb:治療開始C6週目,Cc:治療開始C10週目.充血発症日に近医眼科受診するも抗菌薬で経過観察され,11日目に皮膚科でアメナメビル内服が投与された眼-他-眼群のC57歳,男性.結節性強膜炎が遷延し,消炎までにC10週間以上を要した.群)のC3群に分類した.その結果,他-眼群はC31例(70.4%)ともっとも多く,続いて眼群はC7例(15.9%),眼-他-眼群はC6例(13.6%)であった.また,それぞれの群における発症から眼科治療開始までの平均日数は,多い順に眼-他-眼群(9.6日),他-眼群(7.0日),眼群(6.7日)であった.眼科初診時主訴については,眼瞼腫脹がC13例(29.5%),眼部疼痛がC8例(18.2%)と最多であり,その両者で約半数を占め,皮疹よりも多かった(表1).前眼部所見については,①結膜充血,②偽樹枝状角膜炎,③実質浮腫,虹彩炎,④多発性角膜浸潤,⑤強膜炎,に分類した.なお,所見が重(91)複した場合は①から⑤の数字の大きいものに分類した.今回,眼所見はC35例すなわち全体のC79.5%に認められた.それぞれの所見を認めた症例数は,①がC6例,②がC7例,③が7例,④がC7例,⑤がC8例であり,所見ごとに明らかな差は認められなかった.また,所見ごとに受診経緯別に表すと,眼群と眼-他群は①から⑤のいずれの所見も呈したが,眼-他-眼群は④多発性角膜浸潤(1例)と⑤強膜炎(4例)を呈した(図2).なお,今回の調査期間では,眼球運動障害や視神経病変を生じたものはなかった.眼所見と治癒期間との関係について表2に示す.眼所見を結膜充血(①),偽樹枝状角膜炎(②),実質浮腫と虹彩炎(③)をCA群とし,多発性角膜浸潤(④)と強膜炎(⑤)をCB群とする二群に分類した.A群では治癒期間がC30日未満であったものはC17例,30日以上であったものはC1例であり,B群では治癒期間がC30日未満であったものがC2例,30日以上であったものはC12例であった.Cc2検定で検討したところ,多発性角膜浸潤と強膜炎を呈する症例は統計学的に有意に治癒期間が長引く傾向にあり(p<0.05),実際C200日を超えて治癒した症例もあった.眼-他-眼群で,強膜炎が遷延化した代表症例を図3に示す.消炎にはC10週間以上要した.抗ウイルス薬全身投与開始時期と治癒期間との関係について,発症から全身投与までの期間をC72時間以内と以上に分けて検討したところ,全身投与がC72時間以内に実施された症例のうち,治癒期間がC30日未満であったものはC20例,30日以上であったものはC7例であった.また,全身投与が発症後C72時間以上経過していた症例のうち,治癒期間がC30日未満であったものはC8例,30日以上であったものはC6例であった.Cc2検定で検討したところ,有意差には至らなかった(p>0.05)ものの,72時間以内に治療が開始された症例ではC30日未満に治癒する症例が多かった(表3).CIII考察皮膚科領域では,水痘ワクチン定期接種開始により帯状疱疹の臨床像に変化が現れたことが宮崎スタディで明らかにされている.定期接種開始前は,帯状疱疹は,高齢者に多いこと,女性に有意に多いこと,夏に多く冬に少ないこと,子育て世代はブースター効果により発症が少ないことなどが明らかであったが,定期接種開始により小児における水痘の減少,それに伴ったブースター効果の減弱による子育て世代の発症率の増加,全体的な患者数や発症率の増加,冬季にもみられるようになり季節性の消失が報告されている11).眼部帯状疱疹は水痘帯状疱疹ウイルス再発による三叉神経第一枝領域の感染症であり,同じようになんらかの影響を受けているのではないかと考えた.今回の結果をみると,眼部帯状疱疹では宮崎スタディにみられるような明らかな重症度,発症頻度の増加は認めなかった.年齢に関しては,1990年代の既報1.9)同様に高齢者に多く,統計上若年者の増加は明らかではなかったが,これまでの報告と異なり,20歳代,30歳代など若年者にも発症していることがわかった.性別に関しては,既報同様,男女差は認めなかったが,皮膚科領域の報告では,授乳,分娩,陣痛にかかわる領域である腰仙部領域に帯状疱疹が生じた例は女性に多いと報告されている11).眼部帯状疱疹は男女差にかかわる領域ではないため,その差が明らかにならなかったと考えられる.また,今回の検討は対象が単一施設での検討であること,同一施設における定期接種前との比較ができていないことも,定期接種による変化を明らかにできなかった理由と推測される.しかし,宮崎スタディと同様に発症時期が冬季のみでなく夏季にもわたり,季節性が消失していることが判明した.ワクチン接種前に春から夏にかけて眼部帯状疱疹が多く発症しているという報告9)もあり,ワクチン接種により水痘流行の季節性が消失したため,帯状疱疹もその影響を受けているのではないかと考えられた.また,地球温暖化による季節性の消失との関連性も推測される.ワクチンの影響以外にも,今回の検討で初めて明らかになったことがC2点ある.一つ目は前医眼科で初診時に早期診断できず,後日皮膚科や内科などの他科から改めて眼科を受診するという受診経路が約C10%あったこと,二つ目は多発性角膜浸潤や強膜炎の所見が遷延化することである.他科から改めて眼科受診となった患者に関しては,遷延化する多発性角膜浸潤や強膜炎を呈することが多く,早期診断の重要性を示唆するものと思われる.帯状疱疹の発症前に,同部位の皮膚に感覚異常や眼部疼痛などの前駆症状が数日間生じることが報告されており12).早期診断のためには,皮疹のみならず先行する眼部疼痛にも注意するべきである.既報12)と同様に今回の結果においても,主訴として眼瞼腫脹・眼部疼痛の占める割合が高い結果であった.初診時皮疹が明らかでなかったとしても,眼部の眼瞼腫脹・眼部疼痛を訴える患者には,帯状疱疹の可能性を念頭に,数日後の再診指示や,皮疹出現に注意するよう促すなど,患者への注意喚起が必要であると考える.また,今回,全身の治療開始が遅れた場合には眼科所見も遷延化する傾向がみられた.早期に全身治療を開始すると眼合併症率が低いという報告13)や,早期の抗ウイルス薬治療とともに眼部疼痛治療を開始すれば急性期眼部疼痛の緩和や帯状疱疹後神経痛の軽減につながるとの報告14)がなされている.眼部帯状疱疹の遷延化予防のためにも,患者CQOLの維持のためにも,早期の診断と皮膚科との迅速な連携の重要性が改めて確認された.多発性角膜浸潤や強膜炎が遷延化する機序は明らかではないが,これらの病態ではウイルス排出量が多いという報告15)もあり,治療が遅延したことにより,病初期のウイルス量が多くなり炎症反応を強く惹起したと考えられる.なお多発性角膜浸潤や強膜炎はC30日を超えて遷延化する症例が高く,初診時に患者に通院・治療期間の長期化を説明すべきであると思われた.今回の検討で,いくつか明らかにできなかったこともある.抗ウイルス薬については,現在アシクロビル,アメナメビルなど数種類の薬剤が開発され使用可能であり,今回の結果に影響した可能性も否定できないが,対象症例の治療に携わった皮膚科での使用方法が一定化されておらず,それぞれの薬剤による影響は今回の調査では検討をすることはできなかった.また,Hatchinson徴候については,後ろ向き研究であったこともありカルテ記載が統一されておらず,明らかにはできなかった.今回,2014年の水痘ワクチン定期接種開始後,5年目となるC2019年を中心としたC3年間の眼部帯状疱疹について検討した.50歳以上に向けた帯状疱疹ワクチン接種もすでに開始され,眼部帯状疱疹の臨床像は,今後も疫学的に変化する可能性があり,引き続き調査が必要であると考える.本研究の統計解析に関して,関西医科大学数学教室北脇知己先生にご指導を賜りました.感謝の意を表します.文献1)三井啓司,秦野寛,井上克洋ほか:眼部帯状ヘルペスの統計的観察.眼臨医報C79:603-608,C19852)田中利和,内田璞,山口玲ほか:眼部帯状ヘルペスについて統計的観察とC2症例の報告.眼臨医報C79:994-999,C19853)原田敬志,横山健二郎,市川一夫ほか:帯状疱疹における眼合併症の統計的観察.眼科C28:241-247,C19864)八木純平,福田昌彦,安本京子ほか:眼部帯状ヘルペスの眼所見および治療について.眼紀C37:1021-1026,C19865)内藤毅,新田敬子,木内康仁ほか:当教室における眼部帯状ヘルペスについて.あたらしい眼科C7:1359-1361,19906)林研,辻勇夫:飯塚病院における眼部帯状ヘルペスの検討.眼紀C42:1536-1541,C19917)味木幸,鈴木参郎助,新保里枝ほか:眼部帯状ヘルペスにみられる眼合併症とその長期化に影響を及ぼす因子について.日眼会誌C99:289-295,C19958)松田彰,田川義継,阿部乃里子ほか:水痘・帯状ヘルペスウイルスによる角膜病変.臨眼C49:1519-1523,C19959)関敦子,野呂瀬一美,吉村長久:眼部帯状ヘルペス臨床像の検討.眼紀C47:673-676,C199610)安藤一彦,河本ひろ美:眼部帯状疱疹の臨床像.臨眼C54:C385-387,C200011)白木公康,外山望:帯状疱疹の宮崎スタディ.モダンメディア60:251-264,C202012)神谷齋,浅野喜造,白木公康ほか:帯状疱疹とその予防に関する考察.感染症誌84:694-701,C201013)HardingCSP,CPorterSM:OralCacyclovirCinCherpesCzosterCophthalmicus.CurrEyeResC10(Suppl):177-182,C199114)漆畑修:帯状疱疹の診断・治療のコツ.日本医事新報C4954:26-31,C201915)InataCK,CMiyazakiCD,CUotaniCRCetal:E.ectivenessCofCreal-timeCPCRCforCdiagnosisCandCprognosisCofCvaricella-zosterCvirusCkeratitis.CJpnCJCOphthalmolC62:425-431,C2018C***

僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例

2019年2月28日 木曜日

《第55回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科36(2):269.272,2019c僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例下川翔太郎石川桂二郎長谷川英一向野利一郎白根茉莉子園田康平九州大学大学院医学研究院眼科学分野CACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticPapillitisintheFellowEyeShotaroShimokawa,KeijiroIshikawa,EiichiHasegawa,Ri-ichiroKohno,MarikoShiraneandKoh-HeiSonodaCDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciencesC僚眼に視神経乳頭炎をきたした急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)のC1例を報告する.症例はC24歳,女性,左眼視力低下を自覚後,徐々に右眼視力低下も自覚し,九州大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力C0.1,左眼矯正視力C0.3で,左眼には硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈閉塞,周辺部網膜壊死を認め,右眼には視神経乳頭炎,網膜血管炎を認めた.両眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)DNAが検出されたため,左眼CARN,右眼視神経乳頭炎・網膜血管炎と診断し,アシクロビル点滴とステロイド内服を開始した.左眼はCARNに対して速やかに硝子体手術を行った.右眼は視神経乳頭周囲の出血と網膜出血の増悪を認め,ステロイドパルス療法を行い徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.ARNの僚眼に認められた視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,視機能障害の原因となるとともに,網膜壊死の前駆病変の可能性があり注意を要する.CWereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticpapillitisinthefelloweye.A24-year-oldfemalepresentedwithdecreasedvisualacuityinherlefteyeandsubsequentdecreaseinherrighteye.UponreferraltoKyushuCUniversityCHospital,CherCbestCvisualCacuitiesCwereC0.1rightCeyeCandC0.3leftCeye.CFundusCexaminationCrevealedvitreousopacity,swollenopticdisc,retinalarteryocclusionandperipheralretinalnecrosisinthelefteyeandopticpapillitisintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)DNAwasdetectedbypolymerasechainreactioninaqueoushumorofbotheyes.Afterdiagnosing,weperformedvitrectomyinthelefteyeandinitiatedsystemicadministrationofacyclovirandmethylprednisolone.Theretinitisinthelefteyeregressedwithinonemonth,leav-ingCatrophicCgranularCpigmentedCscars.CTheCpapillitisCinCtheCrightCeyeCregressedCwithinCtwoCmonths,CleavingCopticCatrophy.CTheCbestCvisualCacuitiesCatC.nalCvisitCwereC0.15inCbothCeyes.CItCisCsuggestedCthatCARNCcausedCbyCVZVCmaydevelopsight-threateningopticpapillitisinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(2):269.272,C2019〕Keywords:急性網膜壊死,視神経乳頭炎,水痘帯状疱疹ウイルス.acuteretinalnecrosis,opticpapillitis,varicellazostervirus.Cはじめに急性網膜壊死(acuteCretinalnecrosis:ARN)は水痘帯状疱疹ウイルス(varicelazostervirus:VZV)または単純へルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)の眼内感染によって引き起こされる網膜ぶどう膜炎であり視力予後不良な疾患である1,2).過去の報告ではCARNは未治療で約C70%の症例で僚眼に発症し,アシクロビルの全身投与で僚眼への発症は約C13%に減少するとされている3).しかしCARNの僚眼に網膜壊死を伴わず視神経症を発症した報告は少ない4).今回,僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎をきたした急性網膜壊死のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:24歳,女性.〔別刷請求先〕下川翔太郎:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:ShotaroShimokawa,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciences,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPANC主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2017年C5月より左眼霧視を自覚し,近医を受診したところ,左眼虹彩炎を認めステロイド点眼を開始された.4日後の前医再診時,左眼前房内炎症所見の増悪を認めステロイド内服加療を開始された.そのC4日後より,右眼視力低下を自覚し,前医を再度受診したところ,両眼ぶどう膜炎を認め,精査加療目的に九州大学病院眼科へ紹介受診となった.右眼左眼図1初診時眼底所見右眼に視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜内出血を認める.左眼に硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認める.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.03(0.1C×sph.3.25D),左眼C0.1(0.3C×sph.3.0D)で,眼圧は右眼C17mmHg,左眼25CmmHgであった.両眼球結膜の充血と左眼豚脂様角膜後面沈着物を認めた.前房内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞,前部硝子体内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞を認めた.右眼は視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜出血,周辺部網膜に血管炎を認めた(図1).左眼は硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認めた.蛍光眼底造影検査では右眼は視神経乳頭と周辺部血管からの蛍光漏出,左眼は網膜血管からの蛍光漏出と周辺部網膜血管の閉塞を認めた.前房水を用いたCpolymerasechainreaction(PCR)stripによる定性検査では,両眼でCVZVDNAが検出され,定量検査では右眼は検出感度未満,左眼はC6C×106copies/mlのVZVDNAが検出された.以上から左眼はCARNと診断した.同日入院のうえ,アシクロビルC1,800Cmg/日の点滴静注とプレドニゾロンC40Cmg/日の内服を開始した.また,左眼には入院日に水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,輪状締結術,シリコーンオイル充.術を施行した.術後,左眼の網膜出血は消退し,シリコーンオイル下で網膜.離は認めなかった.その後も抗ウイルス薬全身投与,ステロイド内服を継続したが,右眼の視神経乳頭周囲の網膜出血と漿液性網膜.離の増悪を認めたため,治療開始後C12日目よりステロイドパルス療法を行った(図2).その後,網膜出血・漿液性網膜.離は徐々に消退した.この間,右眼視力・視野ともに初診時から著変なく経過したが,右眼視神経乳頭は萎縮を残した(図3).本症例では経過中に頭部CMRIを撮像しているが中枢神アシクロビル点滴バラシクロビル内服プレドニゾロン内服メチルプレドニゾロン点滴136912151821入院後日数図2治療経過アシクロビル点滴,プレドニゾロン内服を開始した.その後,右眼の視神経乳頭炎・網膜出血増悪に伴い,ステロイドパルス療法を行った.以後,抗ウイルス薬・ステロイドともに内服とし漸減した.視力(0.1)(0.15)(0.15)(0.15)1カ月4カ月1日目12日目図3経過中の右眼眼底所見と視野障害の変化視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜出血,漿液性網膜.離は徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.視野検査では中心と鼻下側の視野欠損を認め,経過中,視力・視野ともに大きな変化なく経過した.経系に脳炎を含め,異常所見は認めなかった.その後左眼は増殖硝子体網膜症を発症し,初回手術C11カ月後に再度硝子体手術,シリコーンオイル入れ替えを行い,そのC5カ月後に眼内レンズ縫着と再度シリコーンオイル入れ替えを行った.現在,初診時よりC16カ月経過し視力は右眼(0.3),左眼指数弁となっている.CII考察本症例では,ARNの僚眼に網膜壊死を伴わない視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を認めた.ARNに関連する視神経症の病態として,1)神経内の血管炎,2)視神経鞘内の滲出物による圧迫性の虚血性視神経症,3)視神経へのウイルスの直接浸潤,4)視神経内炎症による滲出物が硬膜下腔に貯留することによる視神経圧排(および圧排により続発する網膜血管閉塞)の関与が報告されている5).本症例では,初診時に視神経乳頭の上方から鼻側が蒼白化しており,視野検査では中心および鼻下側に弓状の視野欠損を認めたことや,網膜内出血,網膜下出血を併発していたことより,視神経鞘内や硬膜下腔における炎症産物の貯留による虚血性視神経症や網脈絡膜血管のうっ血をきたした可能性が推測される.ARNの僚眼に視神経乳頭炎を併発した症例のわが国における報告は,筆者らが探すかぎり,藤井らによる報告のみであった4).その報告における視神経乳頭炎では,視野検査で中心暗点を呈し,網膜出血を認めなかったことより,視神経内の血管炎やウイルスの直接浸潤が主病態として考えられる.ARNの僚眼における視神経病変は,局所の病態の違いにより多様な臨床所見を呈する可能性がある.ARNの僚眼における視神経病変の発症機序については,過去に動物実験により検討されている.マウス硝子体腔内にHSV株を注入して作製したマウスCARNモデルにおいて,HSVが罹患眼の視神経から視交叉を経由して僚眼の視神経に達し,注射後C3日目に僚眼の網膜内層に浸潤したという報告や,前房内に注入したCHSVが毛様神経節や視神経から中脳に浸潤したという報告がある6,7).また,同モデルでは,視神経を介して僚眼網膜に浸潤したウイルスは,初期は網膜内層に認められ,その後網膜外層へ浸潤すると全層網膜壊死に至るとされている8).以上の報告から本症例では患眼のVZVが視神経から視交叉を経由して,僚眼の視神経に浸潤して乳頭炎をきたしたと推察される.僚眼に視神経乳頭炎・網膜出血と周辺部網膜血管炎を認め,網膜壊死は認めなかったが進行すると全層網膜壊死に至ることが予想されるため,ARNの前駆病変であった可能性が考えられた.CIII結語ARNの僚眼に認められる視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,その後の視神経萎縮の原因となる.ARNに対する初期治療として行われる抗ウイルス薬の全身投与は,僚眼への発症進展予防に対しても有用であるため9),早期診断,早期治療が患者の視機能維持に重要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,後藤浩:急性網膜壊死,あたらしい眼科C30:C307-312,C20132)Iwahasi-ShimaCC,CAzumiCA,COhguroCNCetal:AcuteCreti-nalnecrosis:factorsCassociatedCwithCanatomicCandCvisualCoutcomes.JpnJOphthalmolC57:98-103,C20133)PalayCDA,CSterbergCJrCP,CDavisCJCetal:DecreseCinCtheCriskCofCvilateralCacuteCretinalCnecrosisCbyCacyclovirCthera-py.AmJOphthalmolC112:250-255,C19914)藤井敬子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死のC1例.あたらしい眼科C34:722-725,C20175)WitmerMT,PavanPR,FourakerBDetal:AcuteretinalnecrosisCassociatedCopticCneuropathy.CActaCOphthalmolC89:599-607,C20116)LabetoulleCM,CKuceraCP,CUgoliniCGCetal:NeuronalCpath-waysCforCtheCpropagationCofCherpesCsimplexCvirusCtypeC1fromConeCretinaCtoCtheCotherCinCaCmurineCmodel.CJGenVirolC81:1201-1210,C20007)WhittumCJA,CMcCulleyCJP,CNiederkornCJYCetal:OcularCdiseaseCinducedCinCmiceCbyCanteriorCchamberCinoculationCofCherpesCsimplexCvirus.CInvestCOphthalmolCVisCSciC25:C1065-1073,C19848)VannVR,AthertonSS:NeuralspreadofherpessimplexvirusCafterCanteriorCchamberCinoculation.CInvestCOphthal-molVisSciC32:2462-2472,C19919)SchoenbergerSD,KimSJ,ThorneJEetal:DiagnosisandtreatmentCofCacuteCretinalCnecrosis.COphthalmologyC124:C382-392,C2017C***

僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死の1例

2017年5月31日 水曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(5):722.725,2017c僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死の1例藤井敬子毛塚剛司臼井嘉彦阿部駿後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticNeuritisinFellowEyeKeikoFujii,TakeshiKezuka,YoshihikoUsui,SyunAbeandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は74歳の男性で,左眼視力低下を自覚した2週間後に東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力0.7,左眼0.05(矯正不能)で,左眼には周辺部網膜に融合した黄白色病変が,右眼には視神経乳頭の腫脹がみられた.左眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)が検出されたため,左眼ARN,右眼視神経乳頭炎と診断し,アシクロビルの点滴静注を開始した.その後,ベタメタゾンの点滴静注を追加し,左眼ARNに対して硝子体切除術を行った.しかし,初診から4カ月後に左眼に視神経乳頭炎の再発を認めたため,アシクロビルおよびベタメタゾンの点滴静注を再開した.ARNにおける視神経乳頭炎の発症には,VZVの関与が考えられ,視神経を介して僚眼に重篤な視神経障害を引き起こす可能性が示唆された.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticneuritis(ON)developedinthefelloweye.A74-year-oldmalepresentedwitha2-weekhistoryofdecreasedvisualacuityinhislefteye.Hisbest-correctedvisualacuitieswere0.7righteyeand0.05lefteye;fundusexaminationrevealedwhite-yellowishretinallesionsatthemidperipheryinthelefteyeandswollenopticdiscintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)wasdetectedfromaqueoushumorbyPCR.Aftersystemicadministrationofacyclovirandbetamethasone,vitrectomywasper-formedinthelefteye.Fourmonthsafterinitialpresentation,ONrecurredinthelefteye.Treatmentwithacyclo-virandbetamethasonewasrepeated.ItissuggestedthatARNcausedbyVZVmaydevelopsight-threateningONinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):722.725,2017〕Keywords:急性網膜壊死,水痘帯状疱疹ウイルス,視神経乳頭炎.acuteretinalnecrosis,varicellazostervirus,opticneuritis.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の眼内感染により生じるきわめて予後不良な疾患である1).患眼の網膜壊死とともに視神経障害により視機能の低下をきたすことがあるが2),僚眼に視神経症を主体とした病変を発症することはまれである3).今回,片眼の急性網膜壊死と同時に僚眼にも視力予後不良な視神経乳頭炎(opticneuritis:ON)を発症した1例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,男性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:糖尿病(当院受診時のHbA1C:6.2%).現病歴:2015年6月より左眼の視力低下を自覚し,その2週間後に近医を受診したところ,眼底所見からARNが疑われたため,東京医科大学病院眼科へ紹介受診となった.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.6(0.7×sph+0.50D),左眼0.05(矯正不能)で,眼圧は右眼11mmHg,左眼9mmHgであった.左眼には小白色の角膜後面沈着物と一部,〔別刷請求先〕藤井敬子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:KeikoFujii,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN722(120)右眼左眼図1初診時眼底所見右眼で視神経乳頭の発赤がみられ,左眼で周辺部網膜に融合した黄白色病変がみられる.虹彩後癒着を認め,前房内には細胞(1+)がみられた.右眼の前眼部と中間透光体には異常を認めなかった.左眼の眼底周辺部には融合した網膜黄白色病変および視神経乳頭の腫脹がみられ,右眼の視神経乳頭には浮腫を生じていた(図1).以上の臨床所見に加え,左眼の前房水を用いたpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルス検索の結果,VZVが検出(5.96×105copies/ml)されたため,左眼はARNと診断した.入院のうえ,アシクロビル2,250mg/日の点滴静注を開始した.糖尿病の既往があったことから,治療開始当初はステロイドの全身投与は併用しなかった.しかし,治療開始後3日目に乳頭浮腫のみられた右眼の視力が右30cm手動弁(矯正不能)と著しく低下,左眼視力もこの時点で0.02(矯正不能)まで低下した.右眼のONの悪化を考え,血糖コントロールに注意しながらベタメタゾン8mg/日の併用を開始した.しかし,その2日後には右眼指数弁,左眼手動弁まで視力低下をきたし,左眼の眼底では網膜の黄白色病変が全周性に融合,拡大し,硝子体混濁も増強した(図2).網膜.離の発症予防も兼ねて,初診から10日後に左眼に対して水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,シリコーンオイル充.術および輪状締結術を施行した.アシクロビル1,500mg/日とデキサメタゾン6mg/日の点滴静注は継続した.なお,ヘルペス脳炎の除外目的に頭部核磁気共鳴画像法(magneticres-onanceimage:MRI)を撮像したが,脳炎併発の可能性は否定された.術後2日目の時点で左眼視力は0.01(0.08×sph+8.00D(cyl.2.50DAx180°)まで回復したが,求心性視野狭窄をきたしており,この時点で右眼視力は0.02(矯正不能),視野には中心暗点が残存していた(図3).その後,右眼視神経乳頭の発赤と腫脹は徐々に軽減したが,両眼とも次第に視神経乳頭は蒼白になっていった.初診時から2カ月後にはバラシクロビルおよびプレドニゾロン内服を中止したが,視力は右眼0.05(矯正不能),左眼図2初診から5日目の左眼眼底所見網膜黄白色病変はさらに融合,拡大している.(0.3×sph+7.00D(cyl.4.00DAx125°)と回復傾向にあった.しかし,その2カ月後,左眼視力30cm手動弁と再び視力の低下をきたし,視野も鼻側にわずかに残存する状態となった(図4).左眼の眼内に新たな炎症所見はみられず,視神経乳頭にわずかな腫脹がみられたため,左眼にも右眼と同様のONを発症したものと判断,緊急入院のうえ,アシクロビル1,500mg/日,ベタメタゾン6mg/日の点滴静注を再度開始した.その結果,視力・視野ともに大きな改善はないものの,自覚症状は改善したためバラシクロビルおよびプレドニゾロン内服に切り替え,退院となった.退院から8カ月後にはバラシクロビルおよびプレドニゾロンの内服を中止し,視力は右眼0.03(矯正不能),左眼0.04(矯正不能)となっている(図5).II考按ARNの視力予後不良因子として,網膜.離の有無や硝子体手術後の増殖硝子体網膜症,病因ウイルスとしてのVZVなどがあげられるが,網膜病変のみでなく,視神経障害の存左眼右眼図3初診から12日目の左眼の硝子体手術後,動的視野検査右眼では中心暗点,左眼では求心性視野狭窄がみられる.左眼右眼図4視神経炎再発後の動的視野検査プレドニゾロンの内服中止から2カ月後に再び,右眼0.03,左眼30cm手動弁まで視力低下をきたし,左眼では鼻側にわずかに視野を残すのみとなった.在も視力予後不良な原因と考えられている1,4).硝子体切除術により網膜復位が得られても視力予後不良な例,もしくは視力は良好だが重篤な視野障害が残存してしまう例は以前より報告されている2,5).また,ARNに対する硝子体手術および網膜復位術後のシリコーンオイル抜去について,最終的にシリコーンオイルを抜去できない割合は約23.1%という報告もある2).この硝子体切除術後の視機能障害の原因としては,視神経に対する何らかの障害が推測される.筆者らは以前,ARNの罹患眼では僚眼と比較して乳頭周囲網膜神経線維が菲薄化し,視神経乳頭辺縁部の形態異常と乳頭陥凹の拡大がみられることを報告している2).すなわち,ARNの視力予後には,網膜障害だけでなく視神経障害が関与していることが考えられる.ARNにおける視神経障害の要因として,ウイルスによる視神経への直接的な障害以外にも炎症性サイトカインの関与も考えられる.以前よりINF-gとTNF-aは神経障害因子として,IL-6は神経保護因子として知られており,ARNではTh1関連サイトカインであるIFN-gおよびTNF-aが硝子体液中で高値であったとする報告がある6).また,ARNと僚眼の視神経症の関係については,マウスARNモデルにおいて羅患眼の前房内に注入したHSVが視神経および中枢神経を介して10.14日後に僚眼へ到達することを証明した報告7.10)や,病初期では視神経症しか認めなくとも,その後網膜壊死を発症するとの報告4,11,12)がある.三叉神経節・毛様体神経節にHSV-1およびVZVが潜伏しているとの報告13)も併せると,眼内に潜伏したウイルスが視神経を経て網膜へ波及する可能性が推測される.今回の症例では,経過中に罹患眼と僚眼に視神経症をきたしており,毛様体神経節に潜伏していたVZVが左眼にARNを発症させた後,視神経から視交叉を介して右眼の視神経へと波及することで僚眼にONをきたした可能性が推測される.ただし,今回の症例も右眼の視神経病変が左眼の網膜病変と並行して進行していったのか否か,その詳細については不明である.アシクロビル2,250mg/日1,500mg/日1,500mg/日デキサメタゾン8mg/日6mg/日6mg/日バラシクロビル1,500mg/日~矯正視力0.2(logMAR)0.40.60.81.01.21.41.61.82.02.2右眼左眼左眼視神経症発症手術施行視神経症発症図5視力と手術・薬物加療の推移点滴薬としてアシクロビル・デキサメタゾンを,内服薬としてバラシクロビル・プレドニゾロンを投与した.なお,バラシクロビルは1カ月ごとに500mgずつ,プレドニゾロンは1週間ごとに5mgずつ漸減している.今回経験した症例から,改めてARNの視力予後を向上させるには視神経障害を最小限に抑えることが重要であると再認識させられた.視神経障害の発症メカニズム,視神経障害と眼内液中の液性因子の関連,さらには治療法の改善などにつなげていくことが重要であろう.III結論ARNとともに僚眼に予後不良なONを発症した1例を経験した.ONの発症にもVZVの関与が考えられ,視神経を介した感染ルートが推察された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)臼井嘉彦,竹内大,山内康行ほか:硝子体手術を施行した急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)52例の検討.日眼会誌114:362-368,20103)西村彰,鳥崎真人,棚橋俊郎ほか:片眼の視神経腫脹を伴った両眼急性網膜壊死症候群の1症例.臨眼45:1291-1296,19914)FriedlanderSM,RahhalFM,EricsonLetal:Opticneu-ropathyprecedingacuteretinalnecrosisinacquiredimmunode.ciencysyndrome.ArchOphthalmol114:1481-1485,19965)臼井嘉彦,毛塚剛司,竹内大ほか:急性網膜壊死患者における網膜視神経線維層厚と乳頭形状の検討.あたらしい眼科27:539-543,20106)柴田匡幾,佐藤智人,田口万蔵ほか:ぶどう膜炎における硝子体液中のヘルパーTおよび制御性T細胞関連炎症性サイトカインの解析.日眼会誌119:395-401,20157)AthertonSS,StreileinJW:TwowavesofvirusfollowinganteriorchamberinoculationofHSV-1.InvestOphthalmolVisSci28:571-579,19878)WhittumJA,McCulleyJP,NiederkornJYetal:Ocularsideaseinducedinmicebyanteriorchamberinoculationofherpessimplexvirus.InvestOphthalmolVisSci25:1065-1073,19849)VannVR,ArthertonSS:Neuralspreadofherpessimplexvirusafteranteriorchamberinoculation.InvestOphthal-molVisSci32:2462-2472,199110)LabetoulleM,KuceraP,UgoliniGetal:Neuralpathwaysforthepropagationofherpessimplexvirustype1fromoneretinatotheotherinamurinemodel.JGenVirol81:81:1201-1210,200011)GrevenCM,SinghT,StantonCAetal:Opticchiasm,opticnerve,andretinalinvolvementsecondarytoVaricel-la-Zostervirus.ArchOphthalmol119:608-610,200112)KamgSW,KimSK:Opticneuropathyandcentralretinalvascularobstructionasinitialmanifestationsofacutereti-nalnecrosis.JpnJOphthalmol45:425-428,200113)RichterER,DiasJK,GillbertJEetal:DistributionofHSV-1andVZVingangliaofthehumanheadandneck.JInfectDis200:1901-1906,2009

免疫不全患者の両眼に生じた水痘帯状疱疹ウイルス網膜炎の治療経験

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):423.426,2016c免疫不全患者の両眼に生じた水痘帯状疱疹ウイルス網膜炎の治療経験金子優西塚弘一村上敬憲松下高幸山下英俊山形大学医学部眼科学講座ExperienceofBilateralVaricellaZosterVirusRetinitisinImmunocompromisedPatientYutakaKaneko,KoichiNishitsuka,TakanoriMurakami,TakayukiMatsushitaandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine免疫不全患者に発症した両眼性水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)網膜炎の治療経験を報告する.症例は68歳,男性で,悪性腫瘍,帯状疱疹,糖尿病,自己免疫性溶血性貧血の既往あり.CD4陽性T細胞数低下があり免疫不全状態.右眼に高度な前房内炎症を伴う閉塞性血管炎を認め,前房水からVZVを検出.VZV虹彩炎・網膜血管炎と診断し,塩酸バラシクロビル内服開始.1カ月後,網膜周辺に黄白色病変を認めたため,アシクロビル点滴開始.経過中,VZV脳幹脳炎が疑われ,左眼にも炎症所見に乏しい網膜黄白色病変が出現し,前房水からはVZVが検出された.アシクロビルの増量と,右眼に硝子体手術を施行し,両眼とも網膜.離を生じることなく黄白色病変は消失,延髄病変も消失した.今後,治療薬の進歩に伴い,さまざまな免疫状態の患者を診察する機会が増えると予想され,免疫状態によりウイルス性網膜炎の臨床経過には多様性があることを考慮する必要がある.Thepatientwasanimmunocompromised68-year-oldmalewithmalignanttumors,cutaneousherpeszoster,diabetesmellitusandautoimmunehemolyticanemia.HisrighteyeshowediritisandocclusivevasculitiswithVZVDNAintheaqueoushumor.WediagnosedVZVretinitisandstartedtreatmentwithvalaciclovir.Onemonthlater,yellow-whitelesionsappearedintherightretina,andaciclovirintravenousinfusionwasinitiated.VZVencephalitiswassuspected;yellow-whitelesionsalsoappearedintheleftretinawithVZV-DNAintheaqueoushumor.Weperformedvitrectomyontherighteyeandincreasedaciclovir;thisalleviatedtheencephalitisandeliminatedtheyellow-whitelesions,withoutretinaldetachment.Withprogressinthetherapeuticregimens,wecanexpectincreasedopportunitiestoexaminepatientsinvariousimmunestates.Itwillthereforebenecessarytoconsiderthattheclinicalcourseofviralretinitismayvarywiththeimmunestateofthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):423.426,2016〕Keywords:免疫不全,水痘帯状疱疹ウイルス,網膜炎.immunodeficiency,varicellazostervirus,retinitis.はじめに水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)が原因の網膜炎は,健常人に発症することが多い急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)や免疫不全患者に発症する進行性外層網膜壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)のように急速に進行し難治性で視力予後不良とされている.しかしながら,過去の報告では,患者の免疫不全状態によって,ウイルス性網膜炎の臨床所見,進行速度には多様性があるとされる1.3).今回,筆者らは免疫不全患者に発症した,左右で臨床経過が異なる両眼性VZV網膜炎の治療経験を報告する.I症例症例:68歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:・肺ホジキンリンパ腫(化学療法にて寛解).・舌癌(化学療法にて寛解).〔別刷請求先〕金子優:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YutakaKaneko,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2-2-2Iida-nishi,Yamagata990-9585,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(93)423 図1右眼眼底写真前房,硝子体の炎症は高度で,下耳側網膜周辺に黄白色滲出性病変を認めた.・自己免疫性溶血性貧血に対してプレドニゾロン7.5mg内服中.・糖尿病にて内服加療中.現病歴:2014年6月,右三叉神経第一枝領域の帯状疱疹を発症し,前医皮膚科にてアシクロビル(ACV)点滴にて軽快.8月中旬から右眼視力低下を認め前医眼科受診.右眼虹彩炎の診断にてステロイド点眼を開始したが改善しないため9月2日山形大学附属病院紹介となった.初診時所見:視力:右眼=0.1(矯正不能),左眼=0.5(0.8×+1.0),眼圧:右眼=22mmHg,左眼=18mmHg.右眼は結膜充血,角膜にDescemet膜皺襞とフィブリン様の角膜後面沈着物,前房に3+の細胞浸潤を認めた.眼底には閉塞性網膜血管炎がみられ,黄斑浮腫や周辺部の滲出性病巣はみられなかった.左眼に炎症所見はみられなかった.検査結果:リンパ球数は750/μl(基準値:1,090.3,310/μl),CD4陽性T細胞数は148/μl(基準値:554.1,200/μl)と低下していた.HbA1Cは7.0%,C反応性蛋白,肝機能,腎機能,凝固能はいずれも正常範囲であった.血中のサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)抗原が陽性で,CMVIgM抗体,IgG抗体がともに陽性であった.また,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)とVZVのIgG抗体は陽性,IgM抗体は陰性であった.ツベルクリン反応は陰性,胸部X線写真で左下肺野に腫瘤を指摘された.治療および経過:右眼の前房水からVZV-DNAのみが8.05×107copies/ml検出され,HSVやCMV-DNAは検出されなかった.眼底周辺に滲出性病変がみられなかったため,VZV虹彩炎および網膜血管炎と診断し,9月23日より0.1%ベタメタゾン点眼6回/日,塩酸バラシクロビル(VACV)424あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016図2造影MRI(延髄)T2強調像にて延髄左背側にopenring状に増強する高信号領域および三叉神経脊髄路核に一致する高信号を認めた(→).3,000mg/日の内服を開始.10月1日,右眼の前眼部炎症,硝子体混濁は軽快したが,黄斑浮腫と下耳側網膜周辺に黄白色滲出性病変を認めた(図1).前房水からはVZV-DNAのみが2.02×105copies/ml検出された.VZVによる急性網膜壊死あるいは進行性網膜外層壊死を考え,入院のうえ,ACV点滴(1,500mg/日)を開始した.糖尿病の既往,免疫抑制状態であることから,プレドニゾロン内服は7.5mgを継続とした.ACV開始後,右眼の滲出性病変の急速な拡大はみられなかったものの,硝子体混濁が増悪してきたため,10月24日,硝子体手術を予定.しかし,球後麻酔後に球後出血を生じたため手術中止.10月25日,非回転性めまい,左上下肢失調が出現したため,造影MRI施行(図2).T2強調像で延髄左背側にopenring状に増強する病巣と三叉神経脊髄路核に一致する異常信号を認め,鑑別としてVZV脳幹脳炎,悪性リンパ腫,脱髄疾患が疑われた.髄液検査では,細胞診で異型リンパ球は認めず,オリゴクローナルバンドは検出されなかったが,VZVとHSVのIgG上昇が認められ,臨床経過,画像所見よりVZV脳幹脳炎が強く疑われた.10月27日,左眼の前房内炎症細胞,硝子体混濁はみられなかったが,網膜に黄白色滲出性病変が出現し,急速に拡大した(図3,4).左眼の前房水からはVZV-DNAが1.13×104copies/ml検出された(この時点のCD4陽性T細胞数は55/μl).11月4日の造影MRIにて脳幹病巣の悪化および左眼病巣の悪化を認めたため,神経内科と相談のうえ,ACV点滴を2,250mg/日へ増量.ガンシクロビル(GCV)併用に関しては,血液内科と相談の結果,血球減少のリスクが高いため使用は控えた.11月5日,全身麻酔下にて右眼)白内(94) 図3左眼眼底写真1前房,硝子体の炎症はみられず,周辺網膜に黄白色滲出性病変を認めた.障手術+硝子体手術+シリコーンオイル注入術施行.ホジキンリンパ腫の既往もあるため,硝子体生検も施行.細胞診で異型リンパ球は認めず,遺伝子再構成も認めなかった.術中採取した硝子体からはVZV-DNAのみが3.69×104copies/ml検出された.ACV増量1カ月後,右眼はシリコーンオイル下で網膜.離は認めず滲出性病変は消失した.左眼は網膜.離を生じることなく滲出性病変は消失し前房水からVZVDNAは検出されなくなった(この時点のCD4陽性T細胞数は77/μl).12月18日の造影MRIでは,延髄病変はほぼ消失し神経学的所見も改善したことから,ACV点滴投与を中止.その後,肺腫瘍の生検の結果,diffuselargeB-celllymphomaが認められ,血液内科に化学療法目的で転科となった.転科時の視力は右眼=(矯正0.09),左眼=(矯正0.5),眼圧は右眼=9mmHg,左眼=11mmHgであった.II考按本症例は,初診時の血液中からCMV抗原,CMVIgM,IgGを認めたものの,両眼内からはVZV-DNAのみが連続して検出されたこと,ACV投与に反応してVZV-DNAコピー数の減少と臨床所見の改善がみられたことからもVZVが原因の網膜炎と考えられた.VZVが原因の網膜炎には急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)と進行性網膜外層壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)があり,ARNは,ほとんどの場合で免疫健常者に発症し,約9割が片眼性である.その臨床像は1994年にAmericanUveitisSocietyにより提唱されたARNの診断基準4)に示されており,a.周辺部網膜に境界鮮明な1カ所以上の網膜壊死病巣がみられる,b.抗ウイルス薬の未施行例では病変は急激に進行(95)図4左眼眼底写真2前房内炎症,硝子体混濁は軽微.アシクロビル投与下でも黄白色滲出性病変は拡大.する,c.病変は円周方向に拡大する,d.動脈を含む閉塞性血管炎を認める,e.硝子体および前房に高度の炎症所見を認める,の5つの項目をすべて満たす必要があり,個人の免疫状態は問わないとしている.一方,PORNは,後天性免疫不全症候群(AIDS)や骨髄移植後などの高度な免疫不全状態患者(とくにCD4陽性T細胞数が50/μl以下)に生じ,病変はほとんどが両眼性である.免疫抑制状態であるため前房や硝子体の炎症は軽微,網膜出血と血管炎は少ないとされ,眼底は周辺部の網膜深層から白色の点状病変が多発性に生じ,1.2週間の間に各病変が急速に拡大,癒合し,周辺部全体の黄白色病変となる5).本症例の右眼の臨床経過は,前房,硝子体に高度な炎症所見を伴う閉塞性血管炎を発症後,周辺部網膜に境界鮮明な黄白色病変を認めておりARNに類似しているが,炎症の発症後1カ月以上経過してから網膜黄白色病変が出現したことについては,VACVを内服していたことが影響しているかもしれない.その後,左眼の周辺部網膜に同様の黄白色病変を認めたが,前房,硝子体の炎症は軽微であり,こちらの臨床経過はPORNに類似している.これは,左眼発症時のCD4陽性T細胞数が55/μlとさらに低下していた影響が考えられる.PORNは発症前,発症時に帯状疱疹を合併していることが多いとされ,中枢神経系病変を合併するとの報告もある6).本症例も,発症の2カ月前に,右三叉神経第一枝領域の顔部帯状疱疹の治療歴があり,今回の経過中にVZVが原因と考えられる脳幹病変が出現した点はPORNの臨床像と類似している.また,MRIで延髄左背側にopenring状に増強する病巣と三叉神経脊髄路核に一致する異常信号を認めた後に,同側である左眼に黄白色病変が出現した点は非常に興味深く,いまだ不明とされるVZV網膜炎の感染経路の可能性を示唆している.あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016425 右眼の臨床経過がARNに類似していたためACV単独投与で治療開始したが,後にPORNに類似した左眼病変や延髄病変が出現した.本症例のように,患者の多くが帯状疱疹を先行発症しACVがすでに投与されているPORN患者において,ACV耐性株VZVの可能性が推測されており7),ACV単独ではなくGCVを併用することが推奨されている.今回は,骨髄抑制を考慮しGCV併用は行わなかったが,左右眼で臨床像が異なる場合,ACVの投与量や投与期間,GCV開始のタイミングについては,患者の全身状態や臨床経過を十分考慮して決定する必要がある.本症例の左眼病変がGCVを使用せずに消退した理由については,消退時のCD4リンパ球数が77/μlと低値のままであったことから,免疫力改善によるものではなく,ACVを増量したことによるものと考えられる.今後,HIV感染症や悪性腫瘍に対する治療薬の進歩に伴い,高度な免疫不全状態から回復できる患者の増加が予想され,さまざまな程度の免疫状態の患者を診察する機会が増えると考えられる.本症例のように典型的な臨床経過を示さず,診断,治療に苦慮するウイルス性網膜炎の症例も増加すると考えられるため,患者の免疫抑制状態によって多様な発症形式や進行を示す可能性があることを考慮しながら診察する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Guex-CrosierY,RochatC,HerbortCP:Necrotizingherpeticretinopathies.Aspectrumofherpesvirus-induceddiseasesdeterminedbytheimmunestateofthehost.OculImmunolInflamm5:259-265,19972)SchneiderEW,ElnerSG,vanKuijkFJetal:Chronicretinalnecrosis:cytomegalovirusnecrotizingretinitisassociatedwithpanretinalvasculopathyinnon-HIVpatients.Retina33:1791-1799,20133)RochatC,PollaBS,HerbortCP:Immunologicalprofilesinpatientswithacuteretinalnecrosis.GraefesArchClinExpOphthalmol234:547-552,19964)HollandGN:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.ExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety.AmJOphthalmol117:663667,19945)ForsterDJ,DugelPU,FrangiehGTetal:Rapidlyprogressiveouterretinalnecrosisintheacquiredimmunodeficiencysyndrome.AmJOphthalmol110:341-348,19906)vandenHornGJ,MeenkenC,TroostD:AssociationofprogressiveouterretinalnecrosisandvaricellazosterencephalitisinapatientwithAIDS.BrJOphthalmol80:982-985,19967)HollandGN:Theprogressiveouterretinalnecrosissyndrome.IntOphthalmol18:163-165,1994***426あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(96)

眼部帯状疱疹における角膜炎発症の関連因子

2014年6月30日 月曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(6):879.881,2014c眼部帯状疱疹における角膜炎発症の関連因子齋藤勇祐亀井裕子三村達哉五嶋摩理松原正男東京女子医科大学東医療センター眼科RiskFactorofKeratitisinHerpesZosterYusukeSaito,YukoKamei,TatsuyaMimura,MariGotoandMasaoMatsubaraDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast2011年4月.2013年2月までに当院を初診した三叉神経領域の帯状疱疹患者69人について疱疹の発生部位,眼炎症の発生頻度と種類,また患者背景との関連について診療録をもとに後ろ向きに検討を行った.疱疹の部位は前額部のみが21例で最も多く,前額部から眼瞼に及ぶものが18例,前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものが14例であった.眼炎症は24例に認めた.偽樹枝状角膜炎のみを生じた患者は15例,偽樹枝状角膜炎,角膜実質炎および虹彩炎を認めた患者が5例,角膜実質炎および虹彩炎を認めた患者が3例,虹彩炎のみを認めた患者が1例であった.全身疾患を有する患者は29例で,このうち糖尿病が8例であった.糖尿病の患者は眼炎症の発生するオッズ比が高かったが有意差はみられなかった.65歳以上の患者はそれ以外の患者と比較し眼炎症の発生するオッズ比が高く有意差がみられた.男女,また高血圧の有無で有意差はみられなかった.Thisretrospectivestudywasperformedonpatientsaffectedwithvaricella-zostervirusinthetrigeminalnerveareawhoweretreatedatourhospitalfromApril2011toFebruary2013.Weinvestigatedskinlesions,ocularcomplicationsandsystemicbackgrounds.Ofthe69patients,skinlesionswereforeheadonlyin21patients,foreheadanduppereyelidin18patients,andbridgeofthenoseinadditiontoallthesein14patients.Inflammationsoftheeyewereseenin24patients,15patientshadpseudodendritickeratitisonly,5patientshadkeratitisparenchymatosa,iridocyclitisandpseudodendritickeratitis,3patientshadkeratitisparenchymatosaandiridocyclitis,and1patienthadiridocyclitisonly.Patients65andoverweresignificantlycomplicatedwithocularinflammation,comparedtothoseunder65(oddsratio3.32).Patientswithdiabeteswerealsolikelytobeassociatedwithocularsymptoms(oddsratio2.35).Nosignificantdifferenceswerefoundbetweensexes.Hypertensionwasnotasignificantriskfactor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(6):879.881,2014〕Keywords:水痘帯状疱疹ウイルス,眼部帯状疱疹,糖尿病,偽樹枝状角膜炎.varicella-zostervirus,herpeszosterophthalmicus,diabetesmellitus,pseudodendritickeratitis.はじめに日常診療において眼炎症を伴う眼部帯状疱疹はしばしば経験する疾患の一つである1,2).しかし,その具体的な頻度や臨床所見,さらに関連する危険因子の具体的な検討報告は,わが国では少ない3.6).眼病変の診断,早期治療開始は重症化を防ぐ観点からも重要であり,そのためには危険因子や臨床症状の実際を把握しておくことが肝要となる.今回,筆者らは眼部帯状疱疹がどのような臨床症状を呈し,また眼炎症を発症するにあたり欧米での報告と差異がみられるのかを調査した.また,免疫系に関与する疾患の代表例として糖尿病を,その他の疾患として高血圧を取り上げ,眼炎症の発生に関連があるかを診療録をもとに後ろ向きに調査し,疾患集積性がみられるのか,また具体的にどの程度の関与がみられるのかに関する検討を行った.また,日常診療においては高齢者および女性の患者が多い印象があるが,実際に眼炎症の発生率にも差異があるのかに関して同時に検討を行った.I方法本研究は,東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った.対象は東京女子医科大学東医療センター眼科を平成23〔別刷請求先〕齋藤勇祐:〒116-8567東京都荒川区西尾久2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科Reprintrequests:YusukeSaito,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2-1-10Nishiogu,Arakawa,Tokyo116-8567,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(105)879 年4月1日.平成25年2月28日までの間に初診し,かつ初診時診療録に帯状疱疹の病名登録がある症例のうち,すでに皮膚科で確定診断のついた69例とし,診療録をもとに患者背景と初診時点での臨床所見を後ろ向きに調査検討した.患者背景として性別,年齢(65歳以上,65歳未満)ならびに糖尿病,高血圧を含む全身疾患の有無を,臨床所見として帯状疱疹の発生部位(前額部,眼瞼,鼻梁)と眼炎症の種類を検討項目とした.眼炎症は偽樹枝状角膜炎,角膜実質炎,虹彩炎の発生を調査し,結膜炎のみの症例に関しては検討対象から除外した.患者背景についてそれぞれ頻度の多かったリスク因子の有無,また年齢,性差によるリスクをオッズ比にて比較検討し,さらに統計解析ソフトSPSSR,MicrosoftExcelR2010を用いたc2検定を利用し有意差を評価した.II結果調査対象は男性27例,女性42例の合計69例で平均年齢は61.4歳であった.このうち65歳以上の患者は36名,65歳未満の患者は33名であった.全身疾患を有する者は29例(42%)で,高血圧19例,糖尿病8例,ほかにアトピー前額部のみ前額部+眼瞼21例(30%)18例(26%)眼瞼のみ6例(9%)前額部+眼瞼+鼻梁14例(20%)眼瞼+鼻梁6例(9%)鼻梁のみ4例(6%)(n=69)図1皮疹の分布疱疹の部位は前額部のみが21例(30%)で最も多く,前額部から眼瞼に及ぶものが18例(26%),前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものが14例(20%)であった.表1眼炎症と性別,年齢との関係(N=69)男性女性65歳以上65歳以下眼炎症あり915177眼炎症なし18271926性別と眼炎症との間には関連がなかった.65歳以上の患者では眼炎症を発生する比率が有意に高かった(オッズ比3.32,p=0.044).(n=65)880あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014や関節リウマチがみられた.疱疹は前額部のみに分布したものが21例(30%)で最も多く,前額部から眼瞼に及ぶものが18例(26%),前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものが14例(20%)であった(図1).前額部のみに皮疹を認める症例で眼炎症を起こしている症例は,今回の検討ではみられなかった.患者集団の眼炎症の発症は24例(35%)であった.また,鼻部に皮疹を認めた症例では眼炎症を有するものが17例,眼炎症のないものが7例であり,鼻部に皮疹がない患者集団(眼炎症あり7例,なし38例)と比較し有意に眼炎症の発生が多かった(p<0.001).眼炎症の内訳は偽樹枝状角膜炎のみのものが15例(22%)で最も多く,偽樹枝状角膜炎,角膜実質炎および虹彩炎を合併した症例が5例(7.2%),角膜実質炎に虹彩炎を合併した症例が3例(4.3%),虹彩炎のみ認めた症例が1例(1.4%)であった(図2).性別と眼炎症との間には関連がなかった(p=0.955).65歳以上の患者では眼炎症を発生するオッズ比が高く有意差がみられた(オッズ比3.32,p=0.044)(表1).糖尿病患者では眼炎症の発生するオッズ比が高かったものの有意差はみられなかった(オッズ比2.35,p=0.46).高血圧と眼炎症には有意差はみられなかった(オッズ比偽樹枝状角膜炎のみ15例(22%)眼炎症なし45例(65%)(n=69)図2眼炎症の種類と内訳眼炎症の発症は24例(35%)で,そのうち偽樹枝状角膜炎が15例(22%)で,偽樹枝状角膜炎+角膜実質炎+虹彩炎5例(7.2%),角膜実質炎+虹彩炎3例(4.3%),虹彩炎が1例(1.4%)であった.表2眼炎症と患者のもつ疾患との関連偽樹枝状角膜炎+角膜実質炎+虹彩炎5例(7.2%)角膜実質炎+虹彩炎3例(4.3%)虹彩炎のみ1例(1.4%)糖尿病あり糖尿病なし高血圧あり高血圧なし眼炎症あり417815眼炎症なし4401126糖尿病の患者では眼炎症の発生するオッズ比が高かったが有意差は得られなかった(オッズ比2.35,p=0.46).高血圧と眼炎症との関連はオッズ比1.26であり有意差はみられなかった(p=0.90).(糖尿病に関する検討はn=65,高血圧はn=60にて検討)(106) 1.26,p=0.90)(表2).III考察皮疹の分布領域は前額部のみに分布するものが最も多く,前額部から眼瞼に及ぶもの,前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものと続いた.過去の文献ではHutchinson領域の皮疹の分布を主体として検討したものが多く,臨床での3領域の分布を検討したものは少ない.前額部に皮疹が出現することが多いことが示されたが,やはりよく知られているとおりHutchinson領域を含む鼻梁の皮疹が眼炎症に関与していることが改めて確認される結果となった.臨床において以前より指摘されているように6),鼻の皮疹のある症例には改めて注意が必要であるといえる.眼部に発生する帯状疱疹は女性のほうがやや多いという報告が散見される5,7)が,眼部帯状疱疹集団の中での眼炎症の発生の性差に関しての検討を行った文献は少ない.今回の症例集団においては男女間で発生の有意差は検出されなかった.帯状疱疹の発症率とは異なり,帯状疱疹患者集団の中での眼炎症の発症率と性差には相関がないことがうかがえる結果となった.男女にかかわらず帯状疱疹患者を診察した際には,眼炎症発生に注意が必要であるということが改めて示された.年齢と眼炎症との関連に関しては,年齢が上昇するにつれ眼炎症の発生率が上昇するという報告がみられる8).Borkarらは,65歳以上の患者で眼部帯状疱疹における眼炎症の発生確率は65歳未満の発生率の5倍であったと報告している9).今回の検討でも同様に,有意差をもって高齢者での発生率が高いことが示された.高齢者は若年者に比べて免疫機能が低いと考えられ,このことが発症率の違いに関与していると考えられる.高齢の帯状疱疹患者を診察する際にはより一層の注意を必要とすることが確認された.全身疾患との合併に関して,今回の調査では糖尿病と高血圧のみを取り扱った.今回の検討の中では症例数が不足したこともあり,統計学的に有意差を出すには至らなかったが,糖尿病合併帯状疱疹患者で眼炎症の発生が高くなるという傾向があった.また,その一方で高血圧患者との相関はみられず,複数の疾患をもっている患者において眼炎症が多く発生するというより,免疫応答に関連する疾患に眼炎症が関与していることが改めて確認された.今回の調査期間中には急性網膜壊死などの重篤な合併症に至った症例や,帯状疱疹のリスクとして認知されているエイズウイルス陽性例や骨髄移植患者などの重傷免疫不全症例7)には遭遇しなかったが,さらに症例数を重ねることでこれらとの関連に関しても調査を進められると考えられる.文献1)Pavan-Langston:Herpeszosterophthalmicus.Neurology45:50,19952)SeversonEA,BaratzKH,HodgeDOetal:HerpeszosterophthalmicusinOlmstedcounty,Minnesota:havesystemicantiviralsmadeadifference?ArchOphthalmol121:386,20033)TomkinsonA,RoblinDG,BrownMJ:Hutchinson’ssignanditsimportanceinrhinology.Rhinology33:180-182,19954)三井啓司,秦野寛,井上克洋:眼部帯状ヘルペスの統計的観察皮膚病変と眼合併症との関連.眼臨医報79:603608,19855)安藤一彦,河本ひろ美:眼部帯状疱疹の臨床像.臨眼54:385-387,20006)松尾明子,松浦浩徳,藤本亘:三叉神経領域におけるHutchinson徴候:35例の検討.川崎医会誌34:291-295,20087)PuriLR,ShresthaGB,ShahDNetal:Ocularmanifestationsinherpeszosterophthalmicus.NepalJOphthalmol3:165-171,20118)LiesegangTJ:Herpeszosterophthalmicusnaturalhistory,riskfactors,clinicalpresentation,andmorbidity.Ophthaimology115:S3-S12,20089)BorkarDS,ThamVM,EsterbergEetal:Incidenceofherpeszosterophthalmicus:resultsfromthepacificocularinflammationstudy.Ophthalmology120:451-456,2013***(107)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014881

無菌性髄膜炎に併発した水痘帯状疱疹ウイルスによる網膜炎

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1???(144)0910-181008\100頁JCLS《原著》あたらしい眼科25(4):566~568,2008?はじめにヘルペス群ウイルスによって起こる重篤な眼疾患として壊死性網膜炎がある.既往歴や帯状疱疹,水痘症などの全身的合併症がない例が多い一方で,脳炎,髄膜炎との合併例が報告されている1,2).しかし,髄液所見における詳細の検討は困難である.今回筆者らは,ウイルス性髄膜炎が先行し,経過中に視力低下をきたし,前房水中からpolymerasechainereaction(PCR)法にてvaricella-zostervirus(VZV)-DNAが検出された網膜炎の症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,男性.主訴:左眼の視力低下,飛蚊症.既往歴:特になし.家族歴:関節リウマチ.現病歴:2005年1月11日頭痛,発熱にて近医を受診した.無菌性髄膜炎と診断され神経内科に入院.1月20日左眼視力低下,飛蚊症を自覚した.1月28日近医眼科を受診し,左眼虹彩炎,硝子体混濁と診断.1月31日急性網膜壊〔別刷請求先〕佐藤真美:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????-???????????????????-????????????????-???????????無菌性髄膜炎に併発した水痘帯状疱疹ウイルスによる網膜炎佐藤真美*1渡辺洋一郎*1門之園一明*1伊藤典彦*2木村綾子*2水木信久*2遠藤雅直*3*1横浜市立大学市民総合医療センター眼科*2横浜市立大学医学部眼科学教室*3横浜市立大学市民総合医療センター神経内科Varicella-ZosterVirusRetinitisAccompaniedwithViralMeningitisMamiSato1),YoichiroWatanabe1),KazuakiKadonosono1),NorihikoIto2),AyakoKimura2),NobuhisaMizuki2)andMasanaoEndo3)?)????????????????????????????????????????????????????????????????)???????????????????????????????????????????????????????????????????????????)???????????????????????????????????????????????????????????ウイルス性髄膜炎を発症中,varicella-zostervirus(VZV)網膜炎と診断された1例を報告する.症例は53歳,男性.無菌性髄膜炎にて入院中,左眼視力低下,飛蚊症を主訴に受診した.左眼虹彩炎,硝子体混濁と診断された.急性網膜壊死を疑われ,発症11日後当院を紹介された.Polymerasechainreaction法にて前房水中からVZVウイルスを検出したため,アシクロビル,ステロイド療法を開始し改善した.髄膜炎と帯状疱疹ウイルスによる網膜炎の同時発症はまれであるが,早期診断,治療が有効であると考えられた.Wereportacaseofvaricella-zostervirus(VZV)retinitiswithviralmeningitis.Thepatient,a53-year-oldmale,washospitalizedforvisuallossinhislefteyeandmyodesopsia.Hehasdiagnosedwithuveitisandhazyvitre-ous.Acuteretinalnecrosiswassuspected,and11daysafterdevelopmentofsymptomshehasreferredtous.WefoundVZV-DNAintheanteriorchamber?uid,andinitiatedtreatmentwithacyclovirandsteroid,towhichherespondedpositively.VZVretinitisisrarelyaccompaniedwithviralmeningitis.Inthepresentcase,earlydiagnosisandaggressivetreatmentwereimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):566~568,2008〕Keywords:無菌性髄膜炎,水痘帯状疱疹ウイルス,網膜炎,PCR(ポリメラーゼ連鎖反応).virusmeningitis,va-ricella-zostervirus,retinitis,PCR(polymerasechainreaction).———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(145)day28日間,プレドニゾロン40mg/dayから漸減していった.治療開始に伴い,血清中,前房水中,髄液中の抗ウイルス抗体価,髄液細胞数は減少傾向であった.発症21日目には硝子体混濁は軽快し,視力も左眼(矯正1.5)まで改善した.抗ウイルス抗体価の変化を表1に,経過を図1に示した.II考按VZVはHSV(herpessimplexvirus)と同じく,aヘルペスウイルス群に属し,皮膚,神経などの外胚葉起源の細胞に強い親和性をもつ.眼科領域では,古くから老人や免疫不全状態にある患者に生じる眼部帯状ヘルペスとして知られてきた.1971年にわが国では桐沢型ぶどう膜炎の原因ウイルスがVZVであることが,浦山によって初めて報告された5).桐沢型ぶどう膜炎は既往歴,全身的合併症がない例が多い一方で,HSV-1ARNがヘルペス脳炎の既往や合併がある場合に発症し,HSV-ARNでは髄膜炎との関連を指摘した例が多い.VZV-ARNに関しても髄膜炎との合併例が報告されている.VZV-ARNは,両眼性に発症,75%に網膜?離を合併し,重症化しやすい.今回もそのように経過すると思われた6,7).VZVによる髄膜炎と網膜炎との合併例は,AIDS(後天性免疫不全症候群)患者において報告8,9)がみられるが,免疫異常のない健康人での報告は現在のところない.視神経,視交叉は発生学的,解剖学的には中枢神経であり,脳組織と共通の髄膜をもつ.そのためヘルペスウイルスが視神経内で再活性した際に髄液中で抗体が産生されたと考えられる10,11).本症例のようにウイルス性髄膜炎が先行した例では,同ウイルスが視神経を介して伝播し網膜炎をきたしたとも考えられる.本症例では,髄液中からPCR法で死(ARN)と疑われ,当院を紹介され受診.同日精査,加療目的で当科入院となった.初診時所見:視力は右眼0.04(矯正1.2),左眼0.03(矯正0.8),眼圧は右眼12mmHg,左眼21mmHgであった.Goldmann視野検査において左眼の軽度暗点拡大を認め,前眼部所見は左眼に前房内炎症細胞がみられた.眼底所見として,左眼硝子体混濁,網膜の下耳側に滲出斑を認めた.右眼には異常を認めなかった.蛍光眼底造影では硝子体混濁のため,詳細不明であった.入院当日前房穿刺施行し,翌日髄液穿刺施行した.血清中のVZV抗体価は上昇していた.前房水中にVZV-DNAが検出され,ウイルス量は6.9×102cop-ies/??であり,一般的なVZV-ARNの約1/1,000であった.髄液中VZV-DNAは陰性であったが,VZV抗体価(EIA),細胞数はともに上昇していた.全身的には帯状疱疹など基礎疾患はなく,血液検査にて免疫機能低下を疑う所見はなかった.経過:診断確定後,アシクロビルの点滴45mg/kg24時間持続静注14日間,ソルメドロール500mg3日間を開始した3,4).その後は内服薬に切り替え,バラシクロビル3,000mg/表1抗ウイルス抗体価検体採取時期発症後(日)検体抗ウイルス抗体価VZV-IgG(EIA)112033血清前房水髄液血清前房水髄液血清髄液2,52049.82841,51027.416.883610.116.82005/1/312/228416.816.82,52010.12/102/152/2249.81,3206/229291,5101,12027.41,00094462013887.48361.50.8静注リンデロン?点眼アシクロビル?静注バルトレックス?内服ステロイドクラビット?点眼・ミドリンP?点眼———————————————————————-Page3???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(146)ている.しかし,血清中の抗ウイルス抗体価が非常に高い今回のような症例では,Q値が参考にならないことがあり,PCR法によるウイルスの検出が確定診断に有用である.本症例は臨床的には,VZVによるARNであったが,やや軽症で抗ヘルペス薬にも反応は良好で予後も良好であった(図2).このような症例の診断は困難である.本症例では,髄液中のVZV抗体価は上昇しており,髄膜炎が先行したために液性免疫が亢進し,網膜炎は軽症で推移したと考えられる.VZVによる網膜炎の発症機序はいまだ不明であるが,早期治療で軽症化につながれば今後の治療に有効であると考える.文献1)JohnsonBL,WisotzkeyHM:Neuroretinitisassociatedwithherpessimplexencephalitisinanadult.????????????????83:481-489,19772)GanatraJB,ChandlerD,SantosCetal:Viralcausesoftheacuteretinalnecrosissyndrome.???????????????129:166-172,20003)GnannJWJr:Varicella-zostervirus:atypicalpresenta-tionsandunusualcomplications.????????????:186:S91-S98,20024)吉田昭子,成岡純二,森田真一ほか:良好な経過をたどった水痘帯状疱疹ウイルスによる急性網膜壊死の1例.眼紀54:308-312,20035)川口龍史,望月學:急性網膜壊死.眼科47:959-965,20056)浦山晃,山田酉之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜?離を伴う特異な片眼性急性ぶどう膜炎について.臨眼25:607-619,19717)DukerJS,BlumenkranzMS:Diagnosisandmanagementoftheacuteretinalnecrosis(ARN)syndrome.????????????????35:327-343,19918)elAzaziM,SamurlssonA,LindeAetal:Intrathecalantibodyproductionagainstvirusesoftheherpesvirusfamilyinacuteretinalnecrosissyndrome.????????????????112:76-82,19919)Franco-ParedesC,BellehemeurT,MerchantAetal:Asepticmeningitisandopticneuritisprecedingvaricella-zosterprogressiveouterretinalnecrosisinapatientwithAIDS.????16:1045-1049,200210)薄井紀夫:眼内組織におけるヘルペス群ウイルスDNAの検出.日眼会誌98:443-448,199411)薄井紀夫,今井章介,水野文雄ほか:PCR法を用いた原田病患者髄液よりのEBウイルスの検出.眼臨85:882-887,199112)飯塚裕子,阿部達也,笹川智幸ほか:桐沢型ぶどう膜炎における髄液所見.日眼会誌103:442-448,199913)毛塚剛司:水痘帯状疱疹ウイルスによる眼炎症と免疫特異性.日眼会誌108:649-653,2004VZV-DNAが検出されなかったため,VZVによる髄膜炎と断定できなかった.しかし,明らかに髄液中の抗VZV抗体価は上昇しており,アシクロビル投与開始とともにVZV抗体価は低下した.初診時,血清中の抗VZV抗体価も著明に上昇しており,眼局所だけの反応であるとは考えにくいと思われた.前房水中のVZV抗体価も上昇していたが,血中の抗VZV抗体価が高いために,抗体率(quotientratio:Q値)を算出したところ,第11病日であるにもかかわらず,Q値が1.00であった.elAzaziらがARNの3例でそれぞれHSV-1,HSV-2,VZVに対する抗体産生が髄液中にみられたと報告している.薄井らは桐沢型ぶどう膜炎患者9例において発症1~6週の髄液検査を行い,6例において髄液中でヘルペスウイルスの抗体産生があり,それらは眼内液のPCR法から証明されたウイルスと一致したウイルスに対する抗体産生であったと報告している12).毛塚ら13)は全身の免疫能の低下がなくともARNが発症することから,一見免疫能が正常と思える場合でも,個人の局所における免疫システム異畳