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両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):599.604,2015c両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例片山紗妃美*1後藤克聡*1,2三木淳司*1,3岩浅聡*1今井俊裕*4春石和子*1桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*4川崎医科大学眼科学2教室ACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithInferiorAltitudinalHemianopiaSakimiKatayama1),KatsutoshiGoto1,2),AtsushiMiki1,3),SatoshiIwaasa1),ToshihiroImai4),KazukoHaruishi1)JunichiKiryu1)and1)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,4)DepartmentofOphthalmology2,KawasakiMedicalSchool目的:Goldmann動的視野で両眼性の水平下半盲を認め,心因性視覚障害と診断した1例の報告.症例:16歳,男子.頭痛,視力低下を主訴に近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科を紹介受診した.所見:矯正視力は右眼0.4,左眼0.6で中心フリッカ値,前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.Goldmann動的視野で両眼の水平下半盲を認めた.光干渉断層計,蛍光眼底造影検査,多局所網膜電図,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したがいずれも異常所見はなかった.以上の結果から,器質的疾患による視力および視野障害は否定的であり,心因性視覚障害がもっとも疑われた.約6カ月後,矯正視力は右眼1.2,左眼1.5と改善したが,両眼の水平下半盲は残存した.結論:両眼性の水平下半盲を認めた場合,視路疾患との鑑別は必要不可欠であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.Purpose:Toreportacaseofpsychogenicvisualdisturbancewithbilateralinferioraltitudinalhemianopiadetectedbykineticperimetry.Case:A16-year-oldmaleinitiallyconsultedwithanophthalmologistcomplainingofheadachesanddecreasedvisualacuity(VA)resultingfromanunknowncause,andwasthenreferredtousforfurtherevaluation.Findings:Uponexamination,thepatient’scorrectedVAwas0.4ODand0.6OS.Criticalflickerfrequencyandanteriorsegment,opticmedia,andfunduswerefoundtobenormal.Bilateralinferioraltitudinalhemianopiawasdetectedbykineticperimetry.Opticalcoherencetomography,fluoresceinangiography,multifocalelectroretinogram,andmagneticresonanceimagingallrevealednoabnormalities.Fromtheabovefindings,thepresenceoforganicdiseasewasexcluded,andpsychogenicvisualdisturbancewassuspected.Althoughthepatient’scorrectedVAimprovedto1.2ODand1.5OSafter6months,bilateralaltitudinalhemianopiaremained.Conclusion:Whiledifferentiationfromvisualpathwaydiseaseisnecessaryinpatientswithbilateralinferioraltitudinalhemianopia,thepossibilityofpsychogenicvisualdisturbanceshouldbekeptinmind.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):599.604,2015〕Keywords:心因性視覚障害,水平半盲,求心性狭窄,非転換型.psychogenicvisualdisturbance,bilateralaltitudinalhemianopia,concentriccontraction,non-convertibletype.はじめに心因性視覚障害は,眼転換症状の一つで視力障害がもっとも多く,視野障害,色覚障害が認められることも多い.視野障害は両眼性に生じることが多く,求心性視野狭窄,らせん状視野,管状視野が代表的であるが,他にも水平半盲,両鼻側半盲,同名半盲,両耳側半盲,中心暗点など器質的疾患と鑑別を要する報告もある1).心因性視覚障害は,器質的疾患を除外して,心的要因を明らかにすることにより診断されるが,近年では心的要因が明らかでない症例も増加傾向にある2).今回,心因性視覚障害における視野障害として,両眼の水〔別刷請求先〕片山紗妃美:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室Reprintrequests:SakimiKatayama,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki7010192,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)599 平下半盲を呈した稀な1例を経験したので報告する.I症例患者:16歳(高校1年生),男子.主訴:頭痛,視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年8月に一時的にかげろうのようなものが見え,その3カ月後に頭痛,視力低下を自覚したため近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.50D),左眼0.4(0.6×.0.50D),他覚的屈折検査では右眼.1.00D,左眼.1.50Dと軽度の近視であった.眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHg,中心フリッカ値は右眼35Hz,左眼35Hz,対光反応は良好,相対的瞳孔求心路障害は陰性で前眼部,中間透光体に異常所見は認められなかった.Goldmann動的視野検査では,両眼の水平下半盲を認めた(図1).眼底所見は,両aⅤ/4eⅠ/1eⅠ/2eⅠ/3eⅠ/4e眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で乳頭の境界は鮮明であった(図2).スウェプトソース光干渉断層計(sweptsourceopticalcoherencetomograghy:SS-OCT)では,両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった(図3).スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomograghy:SD-OCT)においても,黄斑部網膜神経節細胞複合体厚,乳頭周囲網膜神経線維層厚に異常所見は認められなかった(図4).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,網膜中心動脈の蛍光出現から,中心静脈への完全充盈の時間(網膜内循環時間)が16秒と若干の遅延は認められたが,明らかな異常所見は認められなかった.その2日後,視野異常の原因が網膜疾患か頭蓋内疾患かを鑑別するために,多局所網膜電図を施行したが,両眼ともに応答密度の低下は認められなかった(図5).視神経疾患や頭蓋内疾患の精査のため,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,異常所見はみられなかった(図6).また,視覚誘発電位bⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図1初診時のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼の水平下半盲を認めた.ab図2初診時の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で,乳頭の境界は鮮明であった.600あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(136) ab図3初診時のスウェプトソース光干渉断層計a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった.abAve.GCC(μm)右)101.20左)97.52Ave.cpRNFL(μm)右)99.52左)98.99図4初診時のスペクトラルドメイン光干渉断層計a:右眼,b:左眼.上段:網膜神経節細胞複合体(GCC)厚のthicknessmap,下段:乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚のthicknessmap.両眼ともに,GCCおよびcpRNFL厚に異常所見は認められなかった.GCC:ganglioncellcomplex.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer.(137)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015601 ab図5多局所網膜電図a:右眼,b:左眼.両眼ともに応答密度の低下は認められなかった.ab図6頭部眼窩磁気共鳴画像所見a:STIR水平断,b:STIR冠状断.異常所見は認められなかった.を施行したが両眼ともに振幅の低下およびP100の潜時延長し法や暗示法を施行したが,効果はみられなかった.Golaはみられず,左右差も認められなかった.以上の結果より,mann視野検査では,両眼ともに求心性視野狭窄を呈した器質的疾患による視力および視野障害は否定的であるため,(図7).約4カ月後,「まだ下方は見えにくいが以前より視心因性視覚障害を疑い経過観察となった.野が広くなったように感じる」と自覚的な訴えがあった.視経過:初診時より約1カ月後,視力は右眼0.4(0.7×.力は右眼0.5(1.0×.1.25D),左眼0.5(1.0×.1.00D)と改1.75D),左眼0.5(0.9×.1.25D),視力検査時にレンズ打消善していた.Goldmann視野検査では,下方イソプタを含め602あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(138) abⅠ/2eⅠ/1eⅠ/3eⅠ/4eⅤ/4eⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図7初診より1カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,求心性視野狭窄を呈した.abⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅢ/4eⅠ/1aⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅠ/1a図8初診時より4カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,すべてのイソプタにおいて視野の拡大がみられた.て全体的に視野の拡大がみられ,本人の自覚症状と一致する結果であった(図8).約6カ月後,視力は右眼0.6(1.5×.1.00D),左眼0.6(1.5×.1.00D)とさらに改善していたが,Goldmann視野検査では,前回来院時と同様に両眼ともに水平下半盲は残存した.約1年間の経過観察を行ったが,両眼の水平下半盲は残存しているため再度,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮してSD-OCT,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,いずれも異常所見は認められなかった.II考按今回,両眼の視力低下および水平下半盲を呈したことから,網膜疾患,視神経疾患,頭蓋内疾患の器質的疾患を疑ったが,いずれの鑑別検査においても異常所見を認めず,心因性視覚障害と診断した1例を経験した.心因性視覚障害は,好発年齢が小児(8.14歳)に多く,(139)成人や高齢者でもみられる3.7).性差は,女性のほうが男性より2.4倍多い2).視力予後は良好で,7割以上の症例で誘因となる環境の改善が得られれば,暗示療法のみで半年以内に視力の改善が得られるが,1年以上改善のみられない症例もある.年齢別の視力予後は,矯正視力1.0まで回復したものは,小児(94.4%),思春期(76.3%),成人(59.0%),高齢者(43.7%)と,低年齢であるほど良好である8).両眼性の視野異常では,らせん状視野が最も多く,求心性視野狭窄,管状視野が特徴的である9).他にも器質的疾患との鑑別を要する半盲性視野障害の報告もある1,10).心因性視覚障害で水平半盲を認めた報告として,高橋ら11)は鈍的外傷により片眼性の水平半盲様視野を認めた9歳男児,水野ら12)は視力低下および下方視野異常を主訴に両眼水平下半盲を認めた8歳男児を報告している.本疾患の診断の根拠としては,器質的疾患がないこと,視力や屈折値の変動があること,心因性視覚障害で特徴とされる視野異常が認められること,瞳孔反あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015603 応が良好であること,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾がみられること,日常行動と検査結果が一致しないこと,ストレスと眼症状の出現期が一致していることがあげられる8).本症例は,16歳の思春期の男子で頭痛を主訴に両眼の視力低下および水平下半盲を認めた.視力はレンズ打消し法や暗示法の効果はなかったが,経過観察で初診時から6カ月後の比較的早期に改善した.視野は本人の自覚症状と一致してすべてのイソプタで広がりに変動がみられたが,水平下半盲様視野は残存し,視力と視野の経過に解離がみられた.また,心因性視覚障害の視野異常として特徴的である求心性視野狭窄を呈した.心因性による視力障害と視野障害の改善する時期は一致することが多いが,今回の症例のように視力と視野の経過に解離がみられるのが53%との報告もある13).水平半盲を呈する疾患としては,眼内,視神経,視交叉,外側膝状体,視放線,視覚中枢,心因性視覚障害があげられる7).しかし,本症例では,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮して中心フリッカ,SD-OCT,蛍光眼底造影検査,視覚誘発電位や多局所網膜電図の電気生理学的検査,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,視力低下や両眼の水平下半盲に一致する他覚的所見が認められなかったため,心因性視覚障害が最も考えられた.心因性視覚障害の心的要因については,さまざまなものがあるが,そのなかでも原因不明が64.3%ともっとも多く,ついで親子関係(14.3%),学校関係(10.8%),外傷(7.1%),兄弟関係(3.6%)の順で多いとの報告がある14).また,心的要因が比較的容易にわかる転換型,心的要因が不明のことが多い非転換型に分類される.小児や思春期では転換型が多く,成人や高齢者では非転換型が多いとされている.とくに15歳以上の場合は長期化しやすいと報告されている2,15).本症例の患者背景として,毎回予約日に両親とともに来院し,外来の待合では両親と時折,楽しく会話している場面もみられることから,親子関係は良好なようである.学校環境は,高校に通学しており,部活動は野球部に所属している.学校生活について尋ねると楽しそうに話し,学校生活や部活動で自覚的にはストレスは感じておらず楽しいと話していた.現在,部活動は下方が見えにくいため休んでいるが,早く復帰したいとのことであった.以上のことから,小児や思春期に多くみられる学校や家庭関係による心的要因は否定的であった.また,悩みごとやストレスを自覚しておらず,明らかな心的要因が不明であるため非転換型であると考えられた.今回の症例のような両眼性の水平半盲を認めた場合,器質的疾患を精査することが重要であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.また,本症例は初診時に比べ全体的に視野の範囲は拡大したが,約1年経過しても水平下半盲様視野が残存しているため,今後も器質的疾患の可能性も考慮して,経過観察が必要であると考える.文献1)石倉涼子,山﨑香織,柿丸晶子ほか:外傷を契機として片眼耳側半盲を呈した心因性視覚障害の一例.眼臨99:590592,20052)小口芳久:心因性視覚障害.日眼会誌102:61-67,20003)小口芳久:学童期の心因性視覚障害.眼科26:139-145,19844)岡本繁,渡辺好政,渡辺英臣ほか:思春期の心因性眼疾患.眼科26:147-152,19845)亀井俊郎:成人の心因性眼疾患.眼科26:153-158,19846)今井済夫,芝崎喜久男:成人の心因性視力障害.臨眼42:815-817,19887)中川泰典,木村徹,木村亘ほか:高齢者の心因性視覚障害11例.臨眼56:1579-1586,20028)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:心因性視覚障害-世代別にみた傾向と特異性.臨眼62:503-508,20089)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄ほか:鹿児島大学附属病院(過去23年間)における心因性視覚障害.眼臨96:140144,200210)永田洋一:外傷を契機に発症した成人の片眼性心因性視覚障害の2例.眼臨86:2797-2800,199211)高橋寛子,落合万里,唐津裕子ほか:外傷後に片眼性水平半盲様視野障害をきたした心因性視覚障害の一症例.日視会誌34:151-156,200512)水野和美,加部精一,川上春美ほか:両眼の下半盲を示した心因性視覚障害の一例.眼科25:1473-1477,198313)石田博美,岡田美幸,平中裕美ほか:鳥取大学における小児の心因性視覚障害の統計的研究.日視会誌36:95-102,200714)古賀一興,平田憲一,沖波聡ほか:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:11951199,200815)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:成人の心因性視覚障害─小児と比較した特異性.臨眼60:627-634,2006***604あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(140)