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機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):841.844,2018c機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例清水聡太*1西岡大輔*2小鷲宏昭*2,3杉内智子*4*1関東労災病院眼科*2川崎おぐら眼科クリニック*3帝京大学医療技術学部視能矯正学科*4杉内医院CACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithFunctionalHearingLossSotaShimizu1),DaisukeNishioka2),HiroakiKowashi2,3)CandTomokoSugiuchi4)1)DepartmentCofCOphthalmology,KantoRosaiHospital,2)KawasakiOguraEyeClinic,3)DepartmentofOrthoptics,FacultyofMedicalTechnology,TeikyoUniversity,4)SugiuchiOtolaryngologyClinic緒言:心因性疾患は器質的疾患を認めず,機能低下を示す病態である.今回,動的視野検査の結果から心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したので報告する.症例:8歳,男児.難聴のため耳鼻咽喉科より紹介.家族歴,既往歴ともに特記すべきことなし.初診時,視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能).眼位・眼球運動に異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はなかった.機能性難聴があることから心理的要因を考慮しCGoldmann視野計にて動的視野検査を行い,両眼ともに求心性視野狭窄を認めた.また,経過観察のなかで視力低下がみられたため,アトロピン硫酸塩による屈折検査を施行し,両眼ともに+6.0Dの遠視を認めた.経過観察のなかで視力に変動がみられた.結果:本症例は機能性難聴を罹患していること,動的視野検査にて求心性視野狭窄が認められたこと,良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴を伴う心因性視覚障害と診断した.CPurpose:PsychogenicCdiseaseCdoesnC’tCshowCorganicCdiseaseCandCisCclinicalCconditionCindicatingCtheCfunctionalCdecline.Wereportourexperiencewithonepatienthavingpsychogenicvisualdisturbanceswithfunctionalhearinglossthatevidencedpsychogenicvisualdisturbancesindynamicvisual.eldtestresults.Case:An8-year-oldmaleunderwentamedicalexaminationinotolaryngology.Therewasnothingofspecialnoteinhisfamilymedicalhisto-ryoranamnesis.Hisinitialvisualacuitywas1.2(R)and0.9(L)C.Noabnormal.ndingsweredetectedineyeposi-tion,eyemovement,anteriorsegments,mediaorfundus.Becausetherewasfunctionalhearingloss,weconducteddynamicvisual.eldtestswiththeGoldmannperimeterinconsiderationofpsychologicfactors;botheyesacceptedconcentriccontractionofvisual.eldtogether.Becausedecreasedvisualacuitywasfoundinfollow-up,weconduct-edanexaminationofrefractionwithatropinesulfate,whichshowedhyperopiaof+6.0Dinbotheyes.Changewasfoundinvisualacuityonfollow-up.Result:Wediagnosedpsychogenicvisualdisturbancewithfunctionalhearinglossbecausewefoundhehadfunctionalhearinglossanddynamicvisual.eldtestsshowingconcentriccontractionofvisual.eld,ascon.rmedbygoodvisualacuity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):841.844,C2018〕Keywords:心因性視覚障害,機能性難聴,求心性視野狭窄.psychogenicvisualdisturbance,functionalhearingloss,concentriccontractionofvisual.eld.Cはじめに心因性視覚障害は器質的病変を認めないにもかかわらず視機能の低下がみられるものであり,その原因として精神的心理的要因を考慮せざるをえない症候群と定義されている1).とくに視力障害は多いとされ,小学生,中学生の女子に多くみられる2.4).また,機能性難聴は,器質的障害に起因するとは考えにくい難聴と定義されており,その要因としては心因性や詐聴があげられる5).心因性疾患の環境要因としては家庭環境や学校関係に多いとされるが6,7),明らかな背景がないにもかかわらず発症する場合もあるため,診断は慎重に行わなければならない.今回筆者らは,動的視野検査により心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したの〔別刷請求先〕清水聡太:〒211-8510神奈川県川崎市中原区木月住吉町C1-1関東労災病院眼科Reprintrequests:SotaShimizu,DepartmentofOphthalmology,KantoRosaiHospital,1-1Kizuki-sumiyoshicho,Nakahara-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa211-8510,JAPANで報告する.CI症例患者:8歳,男児.主訴:難聴.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:機能性難聴.初診時所見:2012年C2月C1日.視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能)であった.検査時,眼位・眼球運動には異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はみられなかった.学校,家庭環境に問題はなかったが,左眼視力の反応が悪く,機能性難聴があることから心理的要因を考慮し,後日,Goldmann視野計にて動的視野検査を行った.動的視野検査では両眼ともに求心性視野狭窄を認めた(図1).シクロペントラート塩酸塩による調節麻痺下屈折検査を施行し,右眼(1.0×+2.0D),左眼(1.0×+4.5D(cylC.2.0DCAx5°)と軽度の屈折異常を認めたため眼鏡処方をした.また,患児は検査・診察時に集中できず,落ち着きがなかった.耳鼻咽喉科の所見にても器質的疾患はなし.標準純音聴力検査にて軽度から中等度の難聴の結果が出たが,検査中の会話には問題なかった(図2).日常会話の様子と結果の矛盾から,後日,聴性脳幹反応(ABR),聴性定常反応検査(ASSR)を予定した.経過:2012年C3月C13日,視力は右眼(1.2C×JB),左眼(0.6C×JB)と左眼の視力低下を認めた.TitmusStereoTestを施行したが,立体視の確認は困難であった.検査中は検査に対し非協力的な態度を示した.耳鼻咽喉科でのCABR,ASSRは正常範囲内の閾値を示し,標準純音聴力検査の結果でも正常範囲内となり,良好な結果を示した.2012年C4月C17日,視力は前回と変わらなかったため,アトロピン硫酸塩を処方し,再度調節麻痺下の屈折検査をすることとした.標準純音聴力検査では何回か経過観察していくなかで,正常範囲内を示し,良好な結果を示した(図3).2012年C5月C7日,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査では右眼(0.1×+6.0D(cyl.1.25DCAx5°),左眼図2標準純音聴力検査(初診時)(0.1×+6.25D(cyl.1.25DAx5°)と強い遠視を認め,視力も不良であった.レンズ打消し法にて視力検査を行ったが,変化はみられなかった.2012年C6月C13日,視力は右眼(0.3C×JB),左眼(0.2C×JB)と不良であったが,ひらがな視標による視力検査では右眼(1.0C×JB),左眼(1.0C×JB)と良好な結果が得られた.以後の経過でもひらがな視力にて良好な結果が続いたため,眼鏡の度数変更は行わずに経過観察とした.CII考按心因性視覚障害の症状は多種にわたり,多くは視力・視野に異常がみられるが,色覚や眼位,眼球運動に障害がみられる場合もある2,8.10).受診動機は学校あるいは就学時健診で視力低下を指摘されることが多いとされ11),心因性視覚障害の内訳として福島らは,視力と視野の障害はC51.9%,視力のみの障害はC26.2%,視野のみの障害はC6.4%であったと報告している3).また,視野障害に関して大野らは,動的視野検査施行患者のうち,正常がC22例(51.2%),らせん状がC11例(25.6%),求心性がC10例(23.3%)であったとし4),石橋らは心因性視覚障害を疑いCGoldmann視野計を施行したC39例のうち,全例で左右差のない正常視野が測定されたと報告している12).これらのことから,心因性視覚障害における視野障害のみの発症頻度は高くないことがうかがえるが,本症例は求心性視野狭窄を示した.さらに視野検査は小児にとって負担のかかる検査であり,患児の理解や集中力に依存するため,結果の信頼性が乏しい場合もある.しかし,本症では視野検査が診断に有用であった.受診時に落ち着きのない面がみられたが,患児が比較的落ち着いている際に視野検査を施行したことにより,円滑に検査を行うことができた.一方的な検査ではなく,患児のコンディションを見ながら柔軟に検査項目を決定することが重要である.経過観察中に視力の変動が大きかったが,深井らは心因性視覚障害において視力の程度に関係なく初診日から約C1カ月以内に自覚的視力がC1.0以上認められたものはC89.7%あり,再発はC11.4%にみられたと報告している2).本症で留意すべき点は,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査の結果である.仮に良好な視力が確認できなかった場合,診断は屈折異常弱視と誤診してしまい,場合によっては不要な視能訓練により心理的負荷が増加してしまう可能性も示唆される.過去にも兵藤らは長期間の健眼遮閉法による弱視訓練が原因で心因性視覚障害をきたした症例を報告している13).このことから弱視患者においても心因的要因を検索し配慮することが重要である.また,機能性難聴には心因性難聴と詐聴とがあるが,小児の場合は多くが心因性難聴である5).心因性難聴は,実際には音が聞こえているにもかかわらず,患者本人には音が聞こ図3標準純音聴力検査(回復後)えたと感じることができない病態とされる.佐藤らは小児における機能性難聴の罹患率は小学生のC0.08%,中学生のC0.05%であり,健診で難聴を指摘される症例のうちC5%は心因性難聴であると報告している14).また,吉田らは機能性難聴の発見契機は健診で指摘され耳鼻咽喉科を受診するケースがもっとも多く,そのなかで自覚症状がない症例がC61.9%であったと報告しており15),本症例も健診で難聴を指摘されたことを契機に受診に至っている.視力障害を併発した症例も報告されており5),眼科的にも留意しなければならない疾患である.本症では初診時視力は左眼視力が出にくく,機能性難聴による紹介受診となった背景から視野検査を施行し,診断に有用な結果を得ることができた.一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害についても報告があり16),眼科と耳鼻咽喉科の連携が重要である.さらに小児の機能性難聴では不注意の問題を伴う一群が報告されており17),不注意の問題を伴う小児機能性難聴では,知的側面を一つの重要な軸として考慮しなければならず,背景に注意欠陥障害(attentiondeficitCdisorder:ADD),注意欠陥多動性障害(attentionde.cit/hyperactivityCdisorder:ADHD)のような発達的問題を抱えていることもある18).本症でも検査・診察時に落ち着きがなく,非協力的な面がみられることもあり,ADHDも疑っていたが,通院が途切れてしまい確定診断には至らずにいる.本症以外でも似たような例では小児機能性難聴に加え,さらに発達的障害が潜伏しているのではないかと考えられる.本症では,眼科所見からは動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたこと,視力の変動があるが良好な視力が確認できたこと,分離域と可読域とで視力値に差がみられたこと,耳鼻咽喉科所見からは器質的疾患がないこと,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾,自覚的検査結果と会話の矛盾,聴力が回復してしばらくしてから良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴に伴う心因性視覚障害と診断した.初診時の動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたことにより眼科的に経過観察としたが,心因的背景はみられず視力もおおむね良好であったため,症状を見逃してしまう可能性もあった.心因性視覚障害では器質的疾患の有無とともに,いくつかの検査結果を総合的に判断しなければならないことを改めて認識した.本症のように他科の疾患から手がかりが見つかることもあるため,心因性患者へのアプローチには多彩な検査と包括的な診療が重要である.文献1)BruceCBB,CNewmanCNJ:FunctionalCvisualCloss.CNeurolCClinC28:789-802,C20102)深井小久子,佐柳智恵美:心因性が考えられる視力低下および眼位異常の統計的研究.日視会誌15:29-31,C19873)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄:鹿児島大学附属病院(過去C23年間)における心因性視覚障害.眼臨C96:140-144,C20024)大野智子,松村望,浅野みづ季ほか:神奈川県立こども医療センターに心因性視覚障害として紹介された患者の転帰.眼臨紀10:39-43,C20175)梅原毅,渡辺真世,袴田桂ほか:小児機能性難聴症例の検討.耳鼻臨床109:159-166,C20166)大辻順子,内海隆,有松純子ほか:心因性視覚障害児の治療経験および母子関係.眼臨89:750-754,C19957)原沢佳代子,星加明徳,本多煇男:東京医科大学病院眼科における心因性視覚障害児の視機能および環境因子についての検討.日視会誌18:152-156,C19908)原涼子,奥出祥代,林孝彰ほか:片眼の色感覚が消失した心因性視覚障害の一例.日視会誌40:107-111,C20119)小鷲宏昭,西岡大輔,林孝雄ほか:心理的動揺により上転が誘発される交代性上斜位の一例.日視会誌C45:173-177,C201610)宮崎栄一,絵野尚子,下奥仁ほか:心因外斜視のC1例.心身医学19:490-492,C197911)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,C200012)石橋一樹,大池正勝,須田和代ほか:小児の心因性視覚障害に対するゴールドマン視野検査.眼臨C93:166-169,C199913)兵藤維,臼井千惠,林孝雄ほか:長期弱視訓練により心因性視覚障害をきたしたC1例.日視会誌C35:107-112,C200614)佐藤美奈子:小児心因性難聴.耳鼻・頭頸外科C86:128-132,C201415)吉田耕,日野剛,浅野尚ほか:当科小児難聴外来における機能性難聴の統計的観察.耳展41:353-358,C199816)高田有希子,奥出祥代,林孝彰ほか:一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害のC1例.日視会誌C43:153-159,C201417)工藤典代,小林由実:心理発達面からみた小児心因性難聴の臨床的検討.小児耳21:30-34,C200018)芦谷道子,土井直,友田幸一:不注意の問題を伴う小児機能性難聴の知的側面の解析.音声言語医学C54:245-250,C2013***

ロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1753《原著》あたらしい眼科27(12):1753.1758,2010cはじめに社会の高齢化や食の欧米化による視覚障害が増加している.糖尿病網膜症や緑内障による視覚障害は働き盛りの40~50代で起こることも多く生活困難に直結することから,眼科診療におけるロービジョンケアのニーズが高まっている1).大規模病院やそれを専門とする一部の病院ではロービジョン専門外来が設けられ,ニーズに応える体制は少しずつ整ってきている2)が,その個別性の高さや対コスト面などの問題から,すべての眼科診療で環境が整ってきているわけではなく,まだ多くのロービジョン者が十分な情報も得られないまま不自由な生活を余儀なくされている.視覚障害更生訓練施設を紹介し生活訓練につなげていることもあるが,それらの専門施設は少数かつ通所の不便なところにあることが多い.重度のロービジョン者にとっては治療の継続・定期検査を兼ねながら,生活の場に近い医療の場でケアを受けられる状況になることが望ましい.〔別刷請求先〕小町祐子:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科Reprintrequests:YukoKomachi,DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare,2600-1Kitakanemaru,Ohtawara-shi,Tochigi324-8501,JAPANロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定小町祐子山田徹人新井田孝裕国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ContrastSensitivityFunctioninLowVision,asMeasuredUsingGaborPatchesYukoKomachi,TetsutoYamadaandTakahiroNiidaDepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare既存のコントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)測定装置では高度な視機能低下を示すロービジョン者での測定は困難である.そこで低い空間周波数域を測定できるCSF測定装置を試作しロービジョン者のCSF測定を行った.対象は中心視野が保たれている網膜色素変性症患者,視力0.02~1.2の8名とした.CRTディスプレイ上に左右30°傾けたガボール刺激を呈示し,傾きの方向の応答によりCSFを測定した.全例0.12~2.4cycles/degree(以下cpd)の低い空間周波数域で測定可能であった.CSF曲線は平均0.24cpdで最大となり1.2cpd以上で急激な感度低下,3.6cpd以上では全例測定不能であった.CSFは視力値と相関がみられたが,視能率とはほとんど相関がみられなかった.視野5°未満の強い求心性視野狭窄が認められているにもかかわらず低い空間周波数域での応答が得られたことから,視野検査では測定できない保有視覚が残存している可能性も考えられた.CSF測定は日常に近い視機能を評価しており,より生活に即したロービジョンケアの有効な一助になると考えられた.Tostudythedailyvisualperformanceofindividualswithlowvision,wedevisedcontrastsensitivityfunction(CSF)measuringequipmentcapableofmeasuringlowspatialfrequencyregions.WeusedtheequipmenttomeasureCSFinlowvisionsubjectscomprising8retinitispigmentosapatientswhohadconcentriccontraction.GaborpatchstimuliwerepresentedonaCRTdisplaythatwasinclined30°totherightorleft.Perceptioninaregionof0.12-2.4cpdwaspossible.Formeasuredspatialfrequency,correlationwasseeninlogMARandcontrastsensitivity,butnotinSinouritsu(:ratioofremainingvisualfield)oreachspatialfrequency.Thepossibilitythat“Possessionvisualfield”thatwewerenotabletounderstandingbythevisualfieldtestremainedwasthoughtforthereasonswhyeventheobjectpersonwhohadastrongconcentriccontractionoflessthan5°wasabletomeasureitatalowspatialfrequency.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1753.1758,2010〕Keywords:ロービジョン,コントラスト感度,ガボールパッチ,求心性視野狭窄,日常に近い視機能.lowvision,contrastsensitivityfunction,Gaborpatch,concentriccontraction,assessmentofvisualfunctionindailylife.1754あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(122)コントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)の測定は,日常視を反映する検査として3~5)ロービジョン者に対しても有用であることは以前から知られている6,7).視力や視野の検査は統制された一定の条件下での評価でしかなく,日常の見え方とは直結しない.残された視覚機能を生活上生かすための情報を必要としているロービジョン者にとって視力と視野の検査だけではロービジョンの十分な評価とはいえない.一般診療でロービジョン者のCSF測定を行い日常視の概要をつかむことで,生活困難の軽減・解消に役立つ情報を提供すれば,時間をかけた専門的なケアが不可能でもニーズと現実のギャップを多少は解消することができるのではないだろうか.しかし,空間周波数刺激を用いた既存のCSF測定装置では,高度な視機能低下をきたしている症例での測定は困難なことが多い.そこで,ロービジョン者でも測定可能な空間周波数刺激の大きさを検討することから,ロービジョン者の日常視機能評価法として日常診療で短時間に行えるCSF測定法を考えることを目的として研究を行った.I対象および方法対象は,視覚障害者更生施設利用者のうち中心視野の残存している網膜色素変性症患者8名16眼とした.倫理規定に則り研究協力の同意を得られた方々17名に,基礎的視機能検査として(1)他覚的屈折検査,(2)自覚的屈折検査,(3)表1対象者基礎的視機能検査結果と視能率年齢(歳)・性別検査眼視力字ひとつS面(D)C面(D)乱視軸(°)眼内レンズ視能率(%)128・男性RELE1.21.0.0.5.0.25.0.75.2.25170157.415.18247・男性RELE0.080.08.2.25.545.36346・男性RELE0.60.7.3.5.3.0.5408.579.64445・男性RELE0.080.09.2.5.0.5.1.1.51701012.3213.21547・男性RELE0.060.15.3.1.3.14090○○5.719.11619・男性RELE0.20.02.5.5.8.317011.252.14731・男性RELE0.20.1500○○1.071.07844・男性RELE0.20.70.5.0.5403.575.36RE:右眼,LE:左眼.図1刺激表示パネルを表示したCRTディスプレイ図2測定刺激(ガボールパッチ)の一例本研究で使用したガボール刺激のうち,0.48cpdと0.92cpdの視標.0.48cpd0.92cpd(123)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101755東大式視野計による動的視野検査,(4)近見視力検査の実施と疾患名の聞き取り調査を行い,本研究の対象に該当する8名に近見視力測定とCSF測定を実施した.年齢は19~47歳(平均37.4歳),全員男性であった.(3)の視野測定に際し,中心視野については近見視力によって得られた値にて矯正を行った.検査後視能率を算出し,結果の検討に用いた.視能率の算出方法は身体障害者福祉法判定基準に則った.基礎的検査の結果と視能率を表1に示す.CSF測定プログラムは,ノート型パーソナルコンピュータ(PC)AppleiBookG4とプログラム開発ソフトLabVIEW(NATIONALINSTRUMENTS)にて作成した.測定刺激にはガボール(Gabor)パッチを用いた.PC画面上に刺激表示パネルとパネル上に正方形の刺激表示窓を作成し,表示窓左方に刺激空間周波数,コントラスト数値操作用アイコンと縞刺激の傾き方向および角度制御用のアイコンを設置した.視標呈示は,刺激表示窓のみを20型CRTディスプレイ(SONYPVM-20M2MDJ)上に表示して行った.2つの刺激数値制御アイコンは被験者の視界には入らないよう設定され,験者は手元のPC画面上でアイコンを操作し,刺激条件を変化させて測定を行った(図1).検査距離50cm,CRT画面上の刺激呈示窓の大きさは幅22.8×高さ23.0cmで視角約25°とした.刺激空間周波数は,最も低いものを0.12cycles/degree(以下,cpd)とし,等比段階的に空間周波数を上げながら測定不能のレベルまで行った.ガボールパッチは縞の本数は一定の状態で,みかけの視野は空間周波数に比例して小さくした.CSFの測定には,正弦波格子にガウス(Gauss)関数をかけたガボールパッチ(図2)を用いた.左右片眼ずつ,各空間周波数で左右に30°傾けたガボールパッチをコントラストの低いほうから順に呈示し,見えたところで傾きの方向を応答してもらい,方向に偏らず確実に正答できる値を閾値として採用した.刺激呈示パネルは1条件で回答が得られるごとに手動でパネル交換を行って呈示した.また,縞の残像を排除するため1回答ごとに背景輝度を一定にした無地のパネルを呈示した.刺激がガボールパッチであることから,空間周波数が高くなるとともにみかけの刺激視野が小さくなってしまうこと,対象者の視野が求心狭窄であり固視点があることで縞刺激が見えづらくなってしまうことを考え,固視点を定めずに行った.したがって,対象者に最初に刺激窓の四隅を確認させ,その中心部をぼんやり固視するよう指示することで刺激呈示中心への固視の誘導を行った.また,測定中は験者が常に固視状態の監視を行った.明るさ条件は,刺激呈示用CRTディスプレイの平均輝度125cd/m2で,室内照度は一般家庭の部屋テレビ鑑賞時の明るさを参考に平均220luxとした8).屈折矯正は,調節力の低下・不全に対しては,検査距離に合わせて加入を行った.上記の条件で対象者の測定が可能であることを確認した後,4名の健常者において同様の測定を行い,結果の検討の参考とした.空間周波数(cpd)コントラスト感度1101001,0000.1110図4健常者8眼のCSF感度曲線1101001,0000.1110空間周波数(cpd)コントラスト感度対象者1左眼対象者2左眼図3対象16眼のCSF感度曲線ロービジョン対象者8名16眼のコントラスト感度曲線.1756あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(124)II結果対象者の矯正視力は0.02~1.2(平均0.19),屈折は近視もしくは正視であった(表1).8名16眼中2名4眼は眼内レンズ挿入眼であった.対象者の視野は,周辺に島状視野が残存しているものを含め全例求心性狭窄で,視能率は最も広いもので13%強,最小のものは1%強のものもあった.視力と視能率の関係は,視能率が2%と最も不良であったものは視力も不良であったが,視能率が10%を超えるものでも視力が(0.1)以下のものや,視力が(1.0)以上でも視能率10%未満などばらつきがみられ,視力不良=視能率の低下といった関連は認められなかった.全眼のCSFの結果を図3に,健常者4名の結果を図4に示す.ロービジョン対象者では0.12~2.4cpdの低空間周波数帯域で応答が得られ,最も低いCSFを示したものでも0.48cpdまで測定が可能であった.CSFの空間周波数に対する特性(以下,CSFプロファイル)は各眼のなかでも測定空間周波数による感度の変動がみらればらつきが大きいが,おおむね0.24~1.2cpd付近で感度上昇し,それ以上では感度低下を示すbandpass型を示す傾向が認められた.1.2cpd以上ではいずれも急激な感度低下が認められ,2.4cpdより高い空間周波数は全例測定不能であった.同じ条件下で健常0.12cpd0.24cpd0.48cpd0.6cpd0.92cpd1.2cpd2.4cpd2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)p=0.016p=0.009p=0.010p=0.002p=0.006p=0.014p=0.007図5空間周波数ごとの視力とCSFの相関グラフコントラスト感度と最小分離閾角の対数をグラフにした.いずれの空間周波数でも相関が認められた.(125)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101757者4名8眼を測定したところ,5.2cpdまで測定可能であった.健常者のCSFプロファイルは低空間周波数帯域での感度が一定に高く,2.4cpdから緩やかな感度低下,4.8cpdで急激な感度低下を示すlowpass型となった.視能率5%強でほぼ同じであった視力良好例と不良例では,視力(1.0)の対象者1左眼の場合,低空間周波数帯域では正常被験者に比しやや低い感度で推移し,1.0cpd付近で感度上昇,2.4cpdで感度が下がるbandpass型を示した.それより高い空間周波数刺激では100%に近いコントラストでも視認できなかった.一方,視力(0.08)の対象者2の左眼では,1.0cpd付近でわずかに感度上昇しbandpass型を示してはいるが,全体に低い感度でほぼ平坦に推移した.低い空間周波数帯域で,視力の差によるCSFの差が認められた.視力をlogMAR値に換算し,測定した空間周波数ごとにCSFとの相関関係をグラフに示した(図5).いずれの空間周波数でも相関がみられ,特に,0.48~1.2cpdでは危険率0.01以下の比較的強い相関が認められた(p<0.002~0.009).一方,同じ視力値を示した対象眼のCSFを比較すると,それぞれ異なるCSFプロファイルを描く例が多く,同じようなプロファイルを示したものはほとんど認められなかった.同様に,各空間周波数と視能率との関係を調べると,視能率が1~13%の狭い範囲に限られているなかでCSFにはばらつきがみられ,ほとんど相関は認められなかった.空間周波数が高くなるほどCSFのばらつきが大きくなる傾向が認められたが,視能率が同程度の場合でもCSFが良好なものと不良なものがみられた.空間周波数2.4cpdでは,一部を除いて全体にCSFが低下した.視能率がきわめて低いものについては,空間周波数を変化させても低い感度でほぼ平坦に推移した.III考察ロービジョン者のコントラスト感度については近年,羞明に対する遮光眼鏡の効果判定として文字視標を用いたコントラスト視力の測定が行われている9).しかし,文字の判読は日常視の一側面に過ぎない.日常視環境にはさまざまな大きさ,形のものが存在し,輪郭も鮮明でなく低コントラストのなかで周囲を識別している.このような状況を反映するものとして縞刺激を用いた空間周波数特性の測定は,視覚の包括的な機能の評価として有用である.したがって,ロービジョン者にも空間周波数刺激を用いたCSF測定を行うことで,日常行動を想定した情報を提供できるものと考えられる.しかし,既存のCSF測定装置では高度な視機能低下をきたしている症例の測定は困難なことが多い.CSFは輝度や縞の本数,その他さまざまな要素から影響を受けている.刺激視野の大きさによる感度変化はその一つであり,ある大きさまでは刺激視野が広いほうがコントラスト感度がよくなり,より正確な周波数特性を測定できるとされている10~14).また,高い空間周波数は視力とよく相関する.したがって,刺激視野の大きさや視力の影響を受ける空間周波数を用いたCSFの測定が,視力・視野ともに大きく障害され生活全般に支障をきたしている重度のロービジョン者に対して測定困難あるいは不能になることは当然といえる.そこで,本研究では低空間周波数帯域に重点を置いて測定を行うことで,重度のロービジョン者でも測定可能な空間周波数帯域を確認した.その結果,視力(0.02)の対象者でも空間周波数1cpd以下であれば,測定が可能であった.重度の視力障害でも中心視野が保有されていれば,1cpd程度の低空間周波数帯域でCSFの測定が可能であることがわかった.ところで,本研究対象者の保有視野は,最も広くて18°であり,方向により中心0°に迫る狭窄を示すものもあった.一方,測定した最も低い空間周波数0.12cpd刺激の1cycleの視角は8.33°であり,黒・白どちらかの縞1本でも4.1°以上の視角をもつ刺激である.縞と縞の境界を判別することによって縞刺激を視認すると仮定しても4°以上の視野が残存していることが必要である.しかし,それを下回る保有視野の対象者でも0.12~0.48cpdの低空間周波数刺激帯域での測定が可能であった.このようなきわめて低い空間周波数帯域で縞刺激の視認が可能であった理由は不明であるが,保有視野を超える視角の低空間周波数刺激で応答が得られたことから,視野検査だけでは捉えきれない視覚能力が残存している可能性がある.Goldmann視野計のⅤの視標は直径9.03mmで視角約2°,Humphery視野計ではさらに小さいIIIの視標が使われていることから,本研究で応答の得られた空間周波数域よりも高い空間周波数域の刺激といえる.したがってロービジョン者が視認するには刺激が小さく,そのため刺激の検出がむずかしく,視野が小さく測定されている可能性もある.既存のいわゆる「視野検査」では検出しきれない視野が残存している可能性があり,CSF測定によってその存在を明らかにすることが可能なのではないかと考えられた.測定した各空間周波数での視力とCSFとの相関では,いずれの空間周波数でも相関が認められた(図4).一般にCSFにおいて視力とよく相関するのは10cpd以上の高空間周波数帯域であり,本研究でロービジョン者に測定可能であった0.12~2.4cpdの範囲は低空間周波数帯域である.視力との関係においても,低い空間周波数帯域で相関が認められた理由は不明である.一方,同じ視力値の例で異なったCSFプロファイルを示したことについては,たとえば視力(0.08)の3眼の場合,CSFプロファイルが高めに推移した1眼は,比較的中心部に保有する視野が広くかつ各方向にほぼ均等に残存していた.他の2眼は同一対象者の左右眼の結1758あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(126)果であり視能率は5%余りでほとんど差はみられなかったが,視野の形状が左眼視野の下方,内方で1~2°と非常に狭くなっていることが,右眼の保有視野の状態と異なる点であり,左眼CSFが右眼に比し全体的に低く推移している理由となっている可能性もあると考えられた.このように,残存している保有視野の広さと形状や,本研究では確認できていないが眼底の器質的変化もCSFに影響を与えている可能性を考慮する必要があると思われた.視能率と各空間周波数の関係は,研究対象者の視能率が平均約6%でばらつきも大きくないにもかかわらずCSFプロファイルが大きなばらつきを示していることから,ほとんど相関が認められなかった.視野中心部のCSFでは,広さのみならず視覚受容野の感度が影響していると考えられ,GoldmannやHumpheryといった量的に感度分布を計測できる視野の結果を用いて検討する必要があると考えられた.また,より多岐にわたる保有視野の形状との関連も検討を進める必要があり,広さと感度を合わせて今後の課題としたい.今回の刺激装置では空間周波数が上がるにつれ刺激の縞が細くなり,刺激呈示用CRTディスプレイの走査線の太さに近づくことになった.2.4cpd視標付近からはロービジョン対象者のみならず正常被験者からもたびたび走査線の存在が「気になる」といった発言がなされており,縞刺激視認の阻害要因となった可能性がある.走査線は水平に走っており,縞刺激は左右30°に必ず傾きをもって呈示されたため混同されることはなかったが,応答に際し心理的影響があったことは無視できない.正常被験者の結果が,一般に健常者で感度が高い中空間周波数帯域で感度低下し,5.2cpdまでしか応答が得られなかった結果をみても,低い空間周波数を測定するために高い空間周波数が犠牲になったと考えられる.ディスプレイ表示の広さの制約のために検査距離を50cmという短距離に設定した結果,かえって画面の走査線まで視認されてしまうこととなった.また,羞明を感じやすい網膜色素変性症である対象者のなかにはCRTディスプレイ画面にまぶしさを感じる者もあった.これらの要因は結果の不安定さや値の低下の原因要素となりうるものと考えられ,刺激の与え方,呈示機器,条件など,ロービジョン者を被験者とする測定に際し,今後さらに考慮を要すべき点であった.これらの点を改善することで,さらに良好な測定結果が得られる可能性も考えられる.測定条件の改善や対象者の条件をさらに広げて測定することにより,日常診療でロービジョン者に行えるCSF測定環境を考えていく必要がある.日常診療で短時間に行えるロービジョンケアの一環として,ロービジョン者に行えるCSF測定について検討を行った.視野検査では測定できない視機能が残存している可能性もあり,日常生活に即した形での情報を提供できる可能性が高いと考えられた.今後,測定条件や対象を広げ,より日常に即した視機能評価として活用できる情報基盤を構築したいと考えている.文献1)佐渡一成:眼科日常診療で行うべきロービジョンケア.日本の眼科74:333-336,20032)佐渡一成:眼科診療所におけるロービジョンケア─小規模診療所で考えていること,伝えたいこと─.あたらしい眼科22:948-952,20053)大頭仁,河原哲夫:視覚系の空間周波数特性とその臨床眼科への応用.東京医学83:63-70,19754)BartenPGJ:ContrastSensitivityoftheHumanEyeanditsEffectsonImageQuality.SPIE,USA,19995)OwsleyC,SloaneM:Contrastsensitivity,acuity,andtheperceptionof‘real-world’targets.BrJOphthalmol71:791-796,19876)簗島謙次:ロービジョンケアマニュアル.p18-20,南江堂,20007)川嶋英嗣:Ⅲ.視機能と行動の評価2)コントラスト感度.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド,p90-93,文光堂,20078)岩崎弘治,藤根俊之:液晶テレビの輝度制御技術.シャープ技報98:26-28,20089)石井雅子,張替涼子,阿部春樹:新潟大学におけるロービジョン者に対する遮光眼鏡処方の状況.日本ロービジョン学会誌8:159-165,200810)FrederickenRE,BexPJ,VerstratenFAJ:HowbigisaGaborPatch,andwhyshouldwecare?JOptSocAmA14:1-12,199711)PeliE,ArendLE,YoungGMetal:Contrastsensitivitytopatchstimuli:Effectsofspatialbandwidthandtemporalpresentation.SpatialVision7:1-14,199312)RobsonJG,GrahamN:Probabilitysummationandregionalvariationincontrastsensitivityacrossthevisualfield.VisionRes21:409-418,198113)塩入諭:コントラスト感度関数.視覚情報処理ハンドブック,p193-210,日本視覚学会,200014)蘆田宏:ガボール視覚刺激と空間定位.VISION18:23-27,2006***

心因性視覚障害に発達緑内障を合併した1例

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(117)15870910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(11):15871591,2008cはじめに学童児の原因不明の視機能障害は,心因性視覚障害の診断で経過観察されていることが少なくなく,器質的疾患が潜在あるいは発症しても,その非特異的な視野異常ゆえ,その発見が遅れたり,見逃されたりする場合がある1).今回筆者らは,心因性視力低下および高眼圧の診断で経過観察されていた11歳児に対し,眼科学的検査を行い,発達緑内障が合併していることをつきとめた.さらに眼圧下降目的に線維柱帯切開術を施行したところ,視力および視野の改善が得られ,まれな1症例と思われたので報告する.I症例患者:11歳,男児.主訴:両眼視力低下.既往歴:なし.家族歴:いとこに心因性視力低下.〔別刷請求先〕竹森智章:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目291番地札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TomoakiTakemori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,S-1W1-16,Chuo-ku,Sapporo060-8543,JAPAN心因性視覚障害に発達緑内障を合併した1例竹森智章*1片井麻貴*2田中祥恵*1大黒幾代*1大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2札幌逓信病院眼科ACaseofPsychogenicVisualDisturbanceComplicatingDevelopmentalGlaucomaTomoakiTakemori1),MakiKatai2),SachieTanaka1),IkuyoOhguro1)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoTeishinHospital症例は11歳,男児.両心因性視力低下,高眼圧の精査目的に札幌医科大学附属病院眼科を紹介受診.初診時視力は右眼0.02(0.25×3.0D),左眼0.04(0.32×2.5D),眼圧は右眼26mmHg,左眼26mmHgであった.隅角所見は,虹彩の高位付着と多数の虹彩突起を認めた.眼底所見は,両眼とも視神経乳頭陥凹拡大あり,緑内障性変化が考えられた.静的視野検査で両眼に著明な求心性視野狭窄を認め,緑内障性変化は不明であったが,以前にも動的視野検査にて求心性視野狭窄があることから,心因性視覚障害も有しているものと思われた.両眼に対し線維柱帯切開術を行ったところ,視力,眼圧に加えて視野も改善がみられた.本症例は緑内障と心因性視力障害が合併し,緑内障の発見が遅れた可能性がある.よって,心因性視覚障害が疑われた場合にも,くり返し隅角検査や眼底検査,眼圧検査などを行い,緑内障の有無を検索することが必要と思われた.本症例が緑内障手術を契機に視力,視野が改善した詳細な機序については不明であり,今後も経過をみていきたいと考えている.An11-yearoldmalewasreferredtoourhospitalcomplainingofbothvisualdisturbanceandocularhyperten-sion.VisualacuitywasVD=0.02(0.25×3.0D),VS=0.04(0.32×2.5D).Intraocularpressurewas26mmHginbotheyes.Gonioscopydisclosedhighinsertionoftheirisandmanyirisprocessesinbotheyes,buttherewasnoperipheralanteriorsynechia.Funduscamerashowedenlargedcuppingoftheopticnerveheadinbotheyes,indi-catingglaucomatouschange.Furthermore,staticperimetryrevealedconcentriccontractioninbotheyes,indicatingpsychogenicvisualdisturbance.Weperformedtrabeculotomyinbotheyes,afterwhichvisualacuity,intraocularpressureandvisualeldimproved,whichsuggestedthatthepatienthadalsodevelopmentalglaucoma.Althoughitisrareforapatienttohavebothglaucomaandpsychogenicvisualdisturbance,sinceglaucomamaybediscoveredlateritisnecessarytorepeatedlyperformgonioscopy,funduscopy,andtonometry,soastodeterminewhetherthepatienthasglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15871591,2008〕Keywords:心因性視覚障害,発達緑内障,求心性視野狭窄,トラベクロトミー.psychogenicvisualdisturbance,developmentalglaucoma,concentriccontraction,trabeculotomy.———————————————————————-Page21588あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(118)現病歴:2004年5月(9歳時),学校健診の際に視力低下を指摘され近医初診.視力右眼0.1(1.2×1.0D),左眼0.1(1.2×1.25D)で眼鏡処方.2005年4月(10歳時),再度学校健診の際に視力低下を指摘され前医再診.視力右眼0.02(0.06),左眼0.03(0.2)と矯正視力の低下を認め,眼圧右眼21mmHg,左眼21mmHgとやや高値であった.また,動的視野検査(図1)で右眼に著明な求心性視野狭窄,左眼にはイソプター全体の軽度の沈下が認められたため,心因性視覚障害の診断で経過観察していたところ,7月に右眼0.05(0.1),左眼0.1(1.2)と矯正視力改善するも,2006年11月(11歳時),視力右眼0.04(0.1),左眼0.04(0.1)と再び低下,眼圧も右眼24.7mmHg,左眼22.0mmHgと高値となったため,精査加療目的で2007年1月札幌医科大学附属病院(以下,当院)眼科外来を紹介受診となった.初診時所見:瞳孔は正円同大,対光反応迅速,左右差を認めなかった.視力;右眼0.02(0.25×3.0D),左眼0.04(0.32×2.5D).眼圧;右眼26mmHg,左眼26mmHg.隅角所見;虹彩の高位付着と多数の虹彩突起を認めた.前眼部,中間透光体;異常所見なし.眼底所見(図2);両眼とも乳頭径(DD)と乳頭中心から中心窩までの距離(DM)の比(DM/DD)は2.5で正常範囲であった.右眼の陥凹乳頭比(C/D比)は0.8で,上耳側にリムのnotchを認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.左眼はC/D比は0.7で,上方リムの狭細化を認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.黄斑部および周辺網膜に異常はなかった.静的視野検査(図3,当院初診時施行);両眼に著明な求図1前医で施行の動的視野検査(2005年5月)右眼に著明な求心性視野狭窄を認めた.また,左眼も軽度の求心性視野狭窄を認める.右左右左図2初診時の眼底所見両眼ともDM/DD比は2.5で正常範囲であった.右眼のC/D比は0.8で,上耳側にリムのnotchを認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.左眼はC/D比は0.7で,上方リムの狭細化を認め,laminadotsign(+),血管の鼻側偏位を認めた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081589(119)心性視野狭窄を認めた.経過:2007年1月29日に当院眼科に入院.隅角所見,視神経乳頭所見,および高眼圧が続いていることから,以前より発達緑内障があるものと考えられた.さらに,視力の動揺がみられること,今回の視野検査で乳頭所見から想定される以上の著しい求心性の視野狭窄が認められることから,心因性視覚障害も合併していると考えられた.そこで,眼圧下降目的に1月31日,全身麻酔下にて両トラベクロトミーを施行した.手術は下耳側より行い,二重強膜弁を作製し,内方弁は後に切除するという定型的なもので,特に合併症はなか図4眼圧推移1月31日手術施行前は両眼とも20mmHg台の高眼圧であったが,施行後は1517mmHgで推移している.1月31日トラベクロトミー05101520253011月1月19日1月29日2月1日2月28日4月4日5月9日6月22日7月18日眼圧(mmHg)右眼眼圧左眼眼圧図3初診時当院で施行の静的視野検査両眼に著明な求心性視野狭窄を認めた.1月31日トラベクロトミー矯正視力00.20.40.60.811.21.42007/1/172007/1/312007/2/142007/2/282007/3/142007/3/282007/4/112007/4/252007/5/92007/5/232007/6/62007/6/202007/7/42007/7/182007/8/12007/8/152007/8/292007/9/12:右眼:左眼図5矯正視力の経過術後早期は測定ごとにばらつきがみられたが,4月頃改善傾向となり,9月には右眼1.25,左眼1.0まで回復している.図6平成19年6月22日施行の動的視野検査内部イソプターでnasalstepを示しており,緑内障性の変化があることをうかがわせるが,視野は両眼とも著明に改善している.———————————————————————-Page41590あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(120)った.手術施行前は両眼とも20mmHg台の高眼圧であったが,施行後は1517mmHgで推移した(図4).また,矯正視力も徐々に改善し,術後半年以上経過した9月には右眼1.25,左眼1.0であった(図5).さらに,2007年6月22日施行の動的視野検査において,右眼下耳側内部イソプターのわずかな低下を認めたほかに異常なく,両眼とも著明な改善がみられた(図6).II考按心因性視覚障害に発達緑内障を合併した症例を経験した.心因性視覚障害は,近年小児によくみられ,このなかでも視力障害が最も多いが,視野障害,色覚異常なども検査を行うと合併していることも多い1).発症は614歳の小中学校学齢期に集中し,女子が男子の34倍を占めている2).本疾患に明らかな心因を見出せることはまれで,あっても思春期によくみられる学校や家庭などの身近な問題であり,普遍的一般的で何ら特有のものではない.一方で,同胞間の葛藤や母子関係などに心因との関連を見出すことも多いとの報告もある3).一般に心因性視覚障害では,裸眼視力の大部分(75%)が0.20.7にあり矯正不能で,ほとんど(95%以上)が両眼性である.Goldmann視野検査においては,約半数が正常であるが,らせん状視野・求心狭窄・不規則反応が約半数にみられる4).また,SPP(標準色覚検査表)-Ⅱ検査で約半数に色覚のメカニズムからは説明しえない異常がみられる5).治療法としては箱庭療法に代表される芸術療法,行動療法,精神療法などがあげられおり6),予後はGoldmann視野検査所見ならびにSPP-Ⅱ所見に異常がみられた場合に視力上昇が遅れることが多いが,ほとんどが16歳までに視力を回復し,いわば学童期にみられる特異的な疾患とされている7).今回の症例は視力右眼0.02(0.25),左眼0.04(0.32)と両眼に強い視力低下および両眼の著しい求心性視野狭窄を認め,黄斑に器質的変化を認めなかったことにより心因性視覚障害と診断された.さらに,眼圧推移,隅角検査,視神経乳頭所見より発達緑内障が合併していると考えられたが,視野は非特異的であったため,緑内障の発見が遅れた可能性がある.また,本症例はトラベクロトミー施行により良好な眼圧コントロールが得られたばかりか,以降の経過において矯正視力,視野の改善もみられたことは非常に興味深い点である.もし緑内障が進行していれば視野所見は改善しないはずであり,当初の視野障害は心因性の要素も関連していると考えられた.問題点としては,視野障害のうち,何%が発達緑内障の影響で,何%が心因性視覚障害の影響なのかを定量的に測定できないこと,および前医のGoldmann視野検査と当院のGoldmann視野検査の施行者が当然ながら異なるため,アプローチの方法により得られる結果が異なっていたかもしれないという点がある.実際,他院より著明な両求心性視野狭窄にて紹介された小児の症例に対し,以下の方法によってGoldmann視野検査を行ったところ,両眼とも正常視野が得られたとの報告もある8).その方法とは,1.検者は患児に対して毅然とした態度で接する,2.測定前に30cmのところに示される視標を識別する検査であると説明する,3.両眼性であれば,低視力のほうから測定する,4.視認可能な最小の視標(可能ならⅠ/1)からⅤ/4のイソプターへと逆順に測定する,5.視標を切り替える際に,患児に視標が見やすくなることを伝える,というものである.したがって,図2のような著明な求心性視野狭窄が,はたしてどこまで正確に測定されたものであるかというところに議論の余地は残る.ただし,図6に示すように,視野が改善した後も内部イソプターでnasalstepを示しており,緑内障性の変化があったことをうかがわせる.まとめとしては,当院受診時,心因性視覚障害と発達緑内障を合併していた可能性が非常に高いと考えられ,海外の文献においても心因性視覚障害の原因,もしくは同時期の発症として発達緑内障を取り上げている文献は調べる限りにおいてなく911),非常にまれな症例であると考えられた.しかし,経過および大学初診時の所見から考えるに,発達緑内障が元々あり,それに心因性視覚障害を合併したという可能性も否定できない.特に小児においては,実際に器質的な疾患があるが,その症状を自分でうまく形容しづらいがために,その転換反応として心因性視覚障害が現れた可能性もあるからである.本症例では明らかな心因は発見できなかったが,手術を契機に視覚障害が改善しており,早期の発達緑内障が手術により進行が抑えられ,治療がうまくいったということが心身の安定にもつながったのではないかと考える.本例は11歳という就学児童であり,今後心因性視覚障害の再発もありうると思われるので,注意して経過をみていくつもりである.本症例のように,心因性視覚障害が疑われた場合でも,くり返し隅角検査や眼底検査,眼圧検査などを行い,緑内障の有無の検索をすることが必要と考えられた.本論文の要旨は第18回日本緑内障学会にて発表した.文献1)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20022)横山尚洋:心因性視覚障害の病態と治療方針─精神医学の立場から─.眼臨92:669-673,19983)大辻順子,内海隆:心因性視覚障害児の治療経験およびその母子関係.眼臨89:750-754,19954)大辻順子,内海隆:心因性視覚障害児の病態と治療方針─母子関係に注目して─.眼臨92:658-664,1998———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081591(121)5)山出新一,黄野桃世:エゴグラムから見た心因性視覚障害.眼臨89:247-253,19956)松村香代子,中田記久子,児嶋加代ほか:心因性視力障害児の治療.眼臨94:626-630,20007)内海隆:小児の心因性視覚障害の病態と治療.神経眼科21:417-422,20048)山本節:小児の視野検査.あたらしい眼科19:1297-1301,20029)CatalanoRA,SimonJW,KrohelGBetal:Functionalvisuallossinchildren.Ophthalmology93:385-390,198610)BrodskyMC,BakerRS,HamedLM:Transient,unex-plained,andpsychogenicvisuallossinchildren.Pediatric-Neuro-Ophthalmology,p164-200,Springer-Verlag,NewYork,199611)BainKE,BeattyS,LloydC:Non-organicvisuallossinchildren.Eye14:770-772,2000***