126(12あ6)たらしい眼科Vol.29,No.1,20120910-1810/12/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科29(1):126?130,2012cはじめに種々の手術後,特に長時間を要する侵襲の大きい複雑な硝子体手術の後,しばしば虹彩後癒着や眼内レンズ表面に沈着物1?5)や色素塊が付着する6).眼内レンズ前面の増殖物は,直接視力に影響することは少ないとされている7)が,コントラスト感度の低下を招いたり7),術後の検査に支障となることがある.そこで,今回の研究では,眼内レンズ表面に付着した沈着物の除去を目的としてNd:YAGレーザーを用い,その有用性と安全性について検討した.I対象および方法対象は,10例10眼(54.3±10.2歳)で,その内訳を表1に示す.全症例とも硝子体手術および水晶体再建術(眼内レンズ挿入)の同時手術を施行してから3?14カ月間のステロ〔別刷請求先〕五十嵐弘昌:〒085-8512釧路市新栄町21-14釧路赤十字病院眼科Reprintrequests:HiromasaIgarashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KushiroRed-CrossHospital,21-14Shinei-cho,Kushiro085-8512,JAPANNd:YAGレーザーを用いた前部眼内レンズ表面沈着物の除去五十嵐弘昌*1五十嵐幸子*2鈴木裕嗣*1鈴木詠子*2*1釧路赤十字病院眼科*2さくら眼科RemovalofAnteriorIntraocularLensSurfaceDepositsusingNeodymium-Doped,YttriumAluminumGarnetLaser(Nd:YAGLaser)HiromasaIgarashi1),SachikoIgarashi2),YujiSuzuki1)andEikoSuzuki2)1)DepartmentofOphthalmology,KushiroRed-CrossHospital,2)SakuraEyeClinic目的:術後に発生する眼内レンズ(IOL)表面への付着物をNd:YAGレーザーにて除去する.対象および方法:対象は,10例10眼(54.3±10.2歳)で,ぶどう膜炎の術後3眼,増殖硝子体網膜症術後4眼,糖尿病網膜症術後が3眼であった.ELLEX社のULTRA-QOphthalmicLaserを用い,術前および術後1時間および24時間後に眼圧を測定し,さらに,術前および術後24時間後に視力測定と眼底写真撮影を行った.結果:全症例ともIOLに亀裂を生じることなく,付着物をほぼ完全に除去可能で,術直後に一過性に眼圧が1?2mmHgの上昇を認めたが,24時間後には全例術前値に回復した.視力は,logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)0.2の視力改善は1例,0.1の改善が4例で,5例に変化を認めなかったが,悪化例はなかった.結論:本法は,特別な合併症を併発することなく,IOL表面の付着物を完全に除去可能である.Purpose:Toremoveaccumulatedsurfacedepositsfromanteriorintraocularlenses(IOL)aftervarioussurgeries.Methods:Subjectsofthisstudycomprised10eyesof10patients(54.3±10.2yearsofage);3eyeshadundergonesurgeryforcomplicatedcataractassociatedwithuveitis,4forproliferativevitreoretinopathyand3fordiabeticretinopathy.UltraQOphthalmicLaser(Ellex)wasused.Intraocularpressure(IOP)wasmeasuredjustbeforesurgeryandat1and24hourspostoperatively.Visualacuity(VA)wasmeasuredandfundusphotographywascarriedoutpreoperativelyandat24hourspostoperatively.Results:Inallpatients,mostdepositswereremovedcompletely.IOPincreasedtransientlyby1to2mmHgimmediatelypostsurgery,butreturnedtobaselinewithin24hours.In1patientanimprovedlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)VAof0.2wasnoted,4hadimprovementsof0.1andin5theVAremainedunchanged.Conclusion:TheNd:YAGlaserenablescompleteremovalofsurfacedeposits,withoutsubstantialcomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):126?130,2012〕Keywords:沈着物,色素塊,眼内レンズ,Nd:YAGレーザー,高眼圧.deposit,pigmentclumps,intraocularlens,Nd:YAGlaser,intraocularhypertension.(127)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012127イド薬および抗生物質点眼の使用を経て,細隙灯顕微鏡所見および眼底所見で活動性の炎症所見がないにもかかわらず,術後に発生した眼内レンズ表面の沈着物や色素塊が術後2年以上残存し,これらが詳細な眼底検査(眼底写真撮影を含む)を困難としていると考えられた症例である.なお,全症例とも眼内レンズには,AMO社製アクリル眼内レンズ(AR40e)を使用していた.使用したNd:YAGレーザー装置(以下,YAGレーザー)は,ELLEX社製のULTRA-QOphthalmicLaserで,条件としては,wavelength:1,064nm,energy:0.6?0.8mJ,pulseduration:4ns,burstmodepulsesetting:1pulsepershot,treatmentbeamspotsize:11μm(fullwidthhalfmaximum,半値全幅:8μm),posterioroffset:150μmで行った.また,コンタクトレンズとしては,ionVISion社製の後発切開用コンタクトレンズDirectViewCapsulotomy(P-IOV-030)を使用した.操作方法としては,特別な技法を駆使することなく,上記の単一条件で通常の後発切開と同様の操作で施行した8)が,これまでの報告で,眼内レンズ表面のフィブリンなどの沈着物を除去するためのYAGレーザーの操作方法として,ターゲットに直接フォーカシングする方法9,10)と,ターゲットより意図的に焦点を前方にずらし,レーザーの衝撃波で間接的に除去する方法11,12)が報告されている.今回の筆者らの方法は,ターゲット(沈着物)の表面に焦点を置いているので,操作そのものは前者と同様であるが,150μmのposterioroffsetを設定していることより,実際の焦点は術者が合わせた焦点より後方にあり,厳密な意味では今回の手法はどちらの報告とも異なると考えている.ショット数は,各症例の眼内レンズ表面沈着物の大きさと数により異なるが,原則として,1つの沈着物に対し1ショットとし,最高で計55ショット,平均47ショット±4.5であった.また,術直前および術後1および24時間後に眼圧を測定し,さらに術前および術後24時間後に視力測定と眼底写真撮影を施行した.なお,術前1時間前および術直後に,1%アプラクロニジンを点眼した.また,研究に先立ち,患者へ本研究の目的と方法を十分説明したうえで,本人の自由意志による同意のもと本研究を施行した.II結果全症例ともに,眼内レンズに亀裂を作ることなく,沈着物はほぼ完全に除去可能であり,それに伴い良好な眼底検査(眼底写真撮影)も可能となった.その代表例の術前(図1a,2a,3a)および術後(図1b,2b,3b)の前眼部写真と,眼底写真を図4a,bに示す(術中の動画は配信可).また,眼圧は,術後1時間後に一過性に1?2mmHgの上昇(平均1.25±0.30)を認めたが,24時間後には術前値まで低下していた(表1).視力については,logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)0.2以上の視力改善は1例,0.1以上の改善が4例と,それほど顕著な上昇を認めなかったが,悪化例は認めなかった(表1).なお,今回の検討ではコントラスト感度の測定は行っていないため,その客観的な評価は行っていない.III考按現在の硝子体手術は,同時に眼内レンズ挿入術を併施することが一般的に承認されているため,術中操作および術後の眼底検査が,水晶体の混濁により困難となることはない.し表1対象症例の内訳症例年齢(歳)ショット数眼圧(mmHg)視力(logMAR)原疾患術前術後1時間術前術後1664710120.30.3増殖糖尿病網膜症(BIII)2504418190.40.3サルコイドーシス3555017190.20.1PVR(硝子体手術後)4485214150.50.4PVR(強膜バックリング術後)5465515161.01.0増殖糖尿病網膜症(BIV)6463914150.40.3サルコイドーシス7674417180.70.7鉄片眼内異物による眼内炎8554817190.30.1増殖糖尿病網膜症(BII)970459100.50.5PVR(硝子体手術後)10404616170.40.4PVR(強膜バックリング術後)①PVR(増殖硝子体網膜症)の括弧内は,網膜?離の復位を目的とした初回術式を示す.②PVRを除きすべて初回手術.③増殖糖尿病網膜症の括弧内は,新福田分類を示す.128あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(128)ab図1代表例のYAGレーザー施行前・後の前眼部写真(その1)a:施行前,眼内レンズ表面に多数の沈着物を認める.b:施行後,眼内レンズ表面の沈着物はほぼ除去されている.ab図3代表例のYAGレーザー施行前・後の前眼部写真(その3)a:施行前,眼内レンズ表面に多数の沈着物を認める.b:施行後,眼内レンズ表面の沈着物はほぼ除去されている.ab図2代表例のYAGレーザー施行前・後の前眼部写真(その2)a:施行前,眼内レンズ表面に多数の沈着物を認める.b:施行後,眼内レンズ表面の沈着物はほぼ除去されている.(129)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012129かし,術後に発生する前部眼内レンズ表面への沈着物や色素塊6)は,今回の術前・術後の視力の比較からも明らかなように,沈着物自体による視力への影響は幸いさほどないようだ(表1)が,眼底検査については,それが詳細な検査になればなるほどそれらが障害となり,鮮明な眼底写真の撮影も困難となる(図4a,b).そこで,今回の研究目的は,それらをより安全にかつ確実に除去する方法の検討である.KwasniewskaとFrankhauserら13)は,眼内レンズ挿入術後の眼内レンズ表面に付着した沈着物の除去にYAGレーザーを使用している.しかし,彼らの症例は,眼内レンズ全面をカーペット状に被い顕著な視力低下をきたすような沈着物で,筆者らの症例(図1a,2a,3a)のように小さな島状・点状の散在する沈着物とは異なり,膜状物の切開に近い症例であり,今回の報告とは,その手技や効果などを単純に比較できないものと推測される.術後の眼内レンズ表面への沈着物は,術後炎症が長期にわたった場合,術中操作や血液房水柵の崩壊により放たれた赤血球・炎症細胞・フィブリン・色素・蛋白性物質などが線維増殖を伴って膜を形成するために起こる1?5).したがって,その予防や治療として,ステロイド薬の点眼が最も有効な手段と考えられる9,10).しかし,今回の症例のように,術直後より比較的長期間にわたりステロイド薬を含む点眼により加療されたにもかかわらず,眼内レンズ表面に沈着物が付着し,最終的に2年以上が経過しても消退しない場合,さらにいかなる薬物治療を追加しても,一般的にほとんど効果は期待できないものと推測される.このようなとき,外科的な対応,すなわち眼内レンズ表面の直接的研磨も可能かもしれないが,先にも述べたように,眼内レンズ表面の沈着物による視力障害がそれほど顕著ではないにもかかわらず(表1),観血的な手術の選択は躊躇される.そこで,筆者らは,今回,非観血的な手法としてYAGレーザーを選択した8).しかし,本法にもいくつかの懸念される問題がある14?20).なかでも,合併症のなかで最も頻度が高いとされる眼圧の上昇16)と,不可逆性の損傷となる眼内レンズへのダメージ(亀裂)である.しかし,今回の結論からも明らかなように,本法は,眼内レンズにスリットランプで確認できるような亀裂を生ずることなく,ほぼ完全に沈着物の除去が可能であり,さらには,1%アプラクロニジンは使用したものの,憂慮されるような顕著な眼圧の上昇も認めることはなかった.眼内レンズ表面に亀裂が生じなかった理由については,今回の研究だけでは推測の域を出ないが,今回,筆者らの使用した条件が,通常ある程度の厚さをもって眼内レンズ表面に付着する沈着物に対して,適当なoffsetとパワーであったのではないかと推測している.本法は,特別な合併症を併発することなく術後の眼内レンズ表面に付着する沈着物を完全に除去可能であった.本研究は,1種類の眼内レンズ,1種類の照射条件での検討であるので,今後,他の眼内レンズでの検討,種々のレーザー条件の検討,長期的な術後の経過観察などのいくつかの課題は残すが,有用な手段であることは明らかであり,今後,臨床の場で広く普及することが期待された.本論文の要旨の一部は,ARVO2011(2011年,フォートラーダーデール)にて発表した.文献1)EifzigDE:Depositsonthesurfaceoftheintraocularlens:apathologicstudy.SouthMedJ73:6-8,19862)AppleDJ,MamalisN,LoftfieldKetal:Complicationsofintraocularlenses─ahistoricalandhistopathologicalab図4YAGレーザー施行前・後の眼底写真a:施行前.b:施行後,aと比較し明らかに眼底が明るく撮影されている.130あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(130)review.SurvOphthalmol29:1-53,19843)UenoyamaK,KanagawaR,TamuraMetal:Experimentalintraocularlensimplantationintherabbiteyeandinthemouseperitonealspace─partI:cellularcomponentsobservedontheimplantedlenssurface.JCataractRefractSurg14:187-191,19884)WolterJR:Foreignbodygiantcellsonintraocularlensimplants.GraefesArchClinExpOphthalmol219:103-111,19885)WolterJR:Cytopathologyofintraocularlensimplantation.Ophthalmology92:135-142,19856)WolterJR:Pigmentincellularmembranesonintraocularlensimplant.OphthalmicSurg13:726-732,19827)林研:前?収縮.眼科プラクティス18巻(大鹿哲郎編),p413-414,文光堂,20078)GandhamSB,BrownRH,KatzLJetal:Neodymium:YAGmembranectomyforpapillarymembranesonposteriorchamberintraocularlenses.Ophthalmology102:1846-1852,19959)NorisWJ,ChizlsIA,SantryGJetal:Severefibrinousreactionaftercataractandintraocularlensimplantationsurgeryrequiringneodymium:YAGlasertherapy.JCataractRefractSurg16:637-639,199010)MiyakeK,MaekuboK,MiyakeYetal:Pupillaryfibrinmembrane:afrequentearlycomplicationafterposteriorchamberlensimplantationinJapan.Ophthalmology96:1228-1233,198911)VajpayeeRB,AngraSK,HonavarSGetal:Nd:YAG“sweeping”─anindirecttechniqueforclearingintraocularlensdeposits.OphthalmicSurg24:489-491,199312)KumarH,HonavarSG,VajpayeeRB:Nd:YAGlasersweepingoftheanteriorsurfaceofanintraocularlenses:anewobservation.OphthalmicSurg25:409-410,199413)FrankhauserF,KwasniewskaS:Neodymium:yttriumaluminumgarnetlaser.OphthalmicLasers(L’EsperanceFAJred),volII,p839-846,Mo:CVMosby,StLouis,199314)SteinertRF,PuliafitoCA,KumarSRetal:Cystoidmacularedema,retinaldetachment,andglaucomaafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.AmJOphthalmol112:373-380,199115)HolwegerRR,MarefatB:Intraocularpressurechangeafterneodymium:YAGcapsulotomy.JCataractRefractSurg23:115-121,199716)AltamiranoD,Guex-CrosierY,BoveyE:ComplicationsofposteriorcapsulotomywithNd:YAGlaser.KlinMonatsblAugenheilkd204:286-287,199417)ChannelMM,BeckmanH:IntraocularpressurechangesafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.ArchOphthalomol102:1024-1026,198418)FourmanS,ApissonJ:Late-onsetelevationinintraocularpressureafterNd-YAGlaserposteriorcapsulotomy.ArchOphthalmol109:511-513,199119)Richman-BargerL,CraigWF,LarsonRSetal:RetinaldetachmentafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.AmJOphthalmol107:531-536,198920)SteinertRF,PuliafitoCA,KumarSRetal:Cystoidmacularedema,retinaldetachment,andglaucomaafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.AmJOphthalmol112:373-380,1991***