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経皮的切開が必要だった大きな涙小管結石を伴った涙小管炎

2022年9月30日 金曜日

《第9回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科39(9):1245.1248,2022c経皮的切開が必要だった大きな涙小管結石を伴った涙小管炎久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科CACaseofGiantCanalicularConcretionTreatedwithTranscutaneousRemovalMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospitalC目的:涙小管炎の根本的治療である涙点鼻側切開で治癒せず,結石部の皮膚切開を要したC1例を報告する.症例:66歳,女性.右眼充血,眼脂で近医を受診したが点眼で治癒せず吹上眼科を紹介受診した.涙道閉塞および右側上涙小管近傍の腫瘤を認め,右側上涙小管炎と診断した.涙点鼻側切開を行い,膿と少量の結石を排出したが,結石を完全に除去できず,手術はいったん終了した.自覚症状は少し改善したが,結石部分の大きさは不変で石様の塊を触知できるように変化した.2回目の手術では,結石部の皮膚切開を行い,多量の膿とC9C×7×3Cmmの巨大な緑色涙小管結石を排出した.結膜炎は改善し,涙小炎の再発は認められない.細菌培養は陰性で,結石の病理検査で放線菌を認め,結石周囲に涙小管上皮を認めず,線維化した結合組織が確認され,結石が皮下に脱出したものと考えた.結論:涙小管近傍の巨大涙小管結石が予想される涙小管炎の場合は,結石部分の皮膚切開も考慮した治療方針も必要と考えられる.CPurpose:Toreportacaseofgiantcanalicularconcretioninthecanaliculitisthatrequiredtranscutaneoussur-gicalapproach.CaseReport:Thisstudyinvolveda66-year-oldfemalewhopresentedwithchronicconjunctivitisinherrighteyeandacanalicularobstructionandtumornearthelacrimalcanaliculi.Uponexamination,wediag-nosedherasrightsuperiorcanaliculitis.Fortreatment,canaliculotomywas.rstperformed,andasmallamountofpusswasremoved.However,wewereunabletocompletelyremovetheconcretion.Thus,weperformedasecond-aryoperationviaatranscutaneousapproach.Thespace.lledbyalargeamountofyellowpusswasdilated,andagiantCcanalicularconcretion(i.e.,C9×7×3Cmm)wasCremoved.CTheCresultsCofCaCbacterialCcultureCwereCfoundCtoCbeCnegative.However,apathologicalexaminationledtothediagnosisofalacrimalstoneduetoActinomycesspecies.PostCsurgery,CtheCoutcomeCwasCdeemedCsatisfactory.CConclusion:InCcasesCwithCaClargeCconcretionCtumorClocatedCnearthecanaliculi,atranscutaneoussurgicalapproachshouldbeconsideredforremovaloftheconcretion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1245.1248,C2022〕Keywords:涙小管炎,涙小管結石,病理検査,皮膚切開,治療.canalolithiasis,canalicularconcretion,stoneanalysis,transcutaneousremoval,therapy.Cはじめに涙小管炎は,涙道疾患のなかではまれな疾患である1.3).涙小管炎自体が見落とされ,慢性結膜炎と診断され治療されていることも多い疾患でもある1.5).治療は,涙小管内の結石を完全除去排出することが必要である1.5).逆に涙点鼻側切開を行えば涙小管結石を除去でき,治療できると考えられる.しかし,今回涙点鼻側切開で涙小管結石を排出できず,皮膚切開を要した症例を経験したので報告する.I症例患者はC66歳,女性.右眼充血,眼脂にて近医を受診した.点眼薬を変えながらC1カ月間加療するも変化せず,他院を受診し涙道閉塞および右側上涙小管近傍に腫瘤を認めるとの診断で,吹上眼科(以下,当院)を紹介受診した.当院初診時は,右側上涙点より膿が排出し,涙小管周囲の発赤腫脹を認め,上涙小管上方に腫瘤を認めた.腫瘤は膿が大量に存在している緊慢性で,圧迫すると涙点より膿が排出され涙小管炎〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上C2-10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10-5Fukiage,Hachinohe,Aomori031-0003,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(87)C1245図1初診時の前眼部写真a:右眼上眼瞼の内上側に腫瘤を認めた.b:涙点周囲の発赤と腫脹を認め,涙点から膿が排出された.図22回目の手術前a:涙小管結石は少し小さくなり,固いものを触れるように変化した.b:結石を圧迫すると,膿が排出された.と診断した(図1).右側上涙点より涙管通水検査を行った.通水はなく,上涙点からわずかな膿と直径C0.5Cmm程度の細かい結石がC2.3個が混じった逆流を認めた.上下交通はなかった.垂直部から水平部に移行したところで閉塞していて,涙洗針で測定すると約C3Cmmだった.右側上涙小管の涙点鼻側切開をC3Cmm行い,少量の膿と直径C1.2Cmmの涙小管結石をC4.5個排出し,結石は若干小さくなった.涙小管の状態は,手術前の検査と同様に垂直部までは問題なく,水平部が始まったところで閉塞していた.結石を強く圧迫し排出を試みるもできず,涙点より鋭匙を入れて結石を取り出そうとしたが,水平部の閉塞部に膜様の厚い壁があり取り出すことはできなかった.結石の完全除去を断念して手術をいったん終了とした.閉塞部位より涙.側の涙小管以降の状態は検査は行わなかった.手術後は自覚症状が少し良くなったが(図2),涙点からの膿の排出は持続した.結石の大きさは変化なく,石様の塊を触知するようになった.約C1カ月後にC2回目の手術を行った.結石部分の皮膚切開を行うと,皮下に線維化した被膜があり,切開し多量の膿とC9C×7×3Cmm程度の緑色の巨大な涙小管結石を排出した(図3).結石周囲の内腔は平滑な組織で,皮膚創口より観察したが涙小管との交通の有無は不明だった.内腔と涙小管の交通を確認するため,上涙小管よりブジーを入れたがC1Cmm程度で閉塞し,涙小管と内腔との交通は確認できなかった.涙小管閉塞の穿破は過度な侵襲と考え,それ以上は行わなかった.内腔が涙小管の拡張か否かを病理学的に検索するため,結石を覆っていた組織をC2カ所切除し(図3d)病理検査を行った.創を縫合して終了した.翌日から結膜炎や涙小管からの膿の排出は消失し,結石も消失した(図4).涙小管結石の病理検査で放線菌を認め(図5a,b),膿からの細菌発育はなく,結石周囲の組織は,線維化した結合組織であり(図5c),涙小管上皮は確認できなかった.術後経過は良好で,涙小管炎の再発は確認されていない.CII考按涙小管炎は,結膜炎と症状が似ているため見落とされがちな疾患である1.5).いったん診断がつき菌石を除去すれば,治療は容易と考えられてきた1.5).結石が少量の場合は,圧1246あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(88)図32回目手術の術中写真a:被膜が観察される.Cb:多量の膿を排出した.Cc:大きい結石が見える.Cd:厚い被膜断面..の部分を切除し,病理検査を行った.図42回目手術翌日の前眼部写真a:涙小管炎は消失した.b:涙点の発赤・腫脹および膿の排出も消失した.出や掻把でも治癒可能である疾患である5).しかし,今回は涙小管鼻側切開を行ったほかに,皮膚切開の手術を要した.今回の症例は,涙点からの膿の排出や涙点周囲発赤,腫瘤を圧迫すると膿の排出があり,涙小管炎の診断は容易であった1.5).触診では結石そのものは触れず,膿などで満たされていると考えた.涙小管鼻側切開を行えば大量に膿と結石が排出されて治癒できると考えた.涙道造影CCTは当院では施設がなく,MRIは近くの公立病院で可能だったが予約時間が長く,現実的でなく断念した.涙道内視鏡検査は炎症悪化の可能性もあり行わなかったがやってみてもよかったと反省している.また,Bモード超音波検査で腫瘤内を調べれば,さらに治療に役立つ情報が得られた可能性もあった.初回手術後に結石は石様のものを触れるように変化した.周囲の膿などの液性の物質が出たため,膿の中心部に浮かんでいた大きな涙小管結石が触れるように変化したものと考えた.涙小管結石の病理検査では放線菌が確認され以前の報告と同様だった6).涙小管内にできた結石が,強い炎症や長い経(89)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1247過のため涙小管を破り憩室を作り7),その憩室の壁も破り皮下に飛び出し,周囲組織が線維化したものと考えられた.結石を圧迫すると,残った交通路を経由して涙点より膿が出てきたものと考えられた.涙小管結石の治療は,涙点鼻側切開による菌石の完全除去が原則である1.5).しかし,今回のように涙点切開では治癒に至らなかった症例の報告もある8).皮膚切開を行い治癒した症例報告は少なく,珍しい症例と考えた7,9,10).廣瀬の文献に,「まれに巨大な霰粒腫様の腫瘤があり,治療で皮膚側から横切開皮膚切開すると多量の菌石が確認される」とある2).手術治療を行ったあと涙小管炎・涙小管結石が判明したという報告もあり10),涙小管および涙小管近傍の腫瘤の治療について再考されられた.涙小管近傍の大きい涙小管結石が予想される涙小管炎の場合は,涙点鼻側切開による治療のほかに,腫瘤部分の皮膚切開の可能性を考慮し手術に臨む必要があると考えられる.文献1)岡島行伸:眼感染症レビュー涙.炎・涙小管炎.OCU-図5病理検査の結果a,b:涙小管結石の病理検査(a:HE染色,b:Grocott染色)..部分に放線菌が確認される.Cc:結石周囲の組織(HE染色).上部が結石側で,強い出血と炎症が認められる.下部は皮膚側で,線維化した結合組織が観察される.barは,Ca:50Cμm,Cb:100μm,Cc:200Cμm.倍率はそれぞれC10C×40倍,10C×20倍,10C×10倍.CLISTAC72:66-71,C2019002)廣瀬浩士:エキスパートに学ぶ眼科手術の質問箱涙小管炎の診断と治療方針について教えてください.眼科手術C34:106-107,C20213)鶴丸修士:涙小管疾患の治療-涙小管再建できる場合.COCULISTAC35:30-36,C20164)AnandCS,CHollingworthCK,CKumarCVCetal:Canaliculitis:CtheCincidentCofClong-termCepiphoraCfollowingCcanaliculoto-my.OrbitC23:19-26,C20045)後藤聡:感染性涙道疾患の臨床.日本の眼科C89:25-29,C20186)久保勝文,櫻庭知己,板橋智映子:涙小管炎病因精査での涙小管結石の病理検査の有用性.眼科手術C21:399-402,C20087)水戸毅,児玉俊夫,大橋裕一:憩室を形成した涙小管放線菌症のC1例.眼紀56:349-354,C20058)SerinCD,CKarabayCO,CAlagozCGCetal:MisdiagnosisCinCchroniccanaliculitis.OphthalPlastReconstrSurgC23:255-256,C20079)北山瑞恵,大島浩一:大きな涙小管結石の手術療法.臨眼C60:1313-1316,C200610)小嶌洋和,藤村貴志,松本美千代:霰粒腫の涙小管炎への波及として治療した涙小管炎の一例.眼臨紀C12:650-650,C2019C***1248あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(90)

慢性移植片対宿主病による重症ドライアイが軽快した1例

2020年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(6):752.757,2020c慢性移植片対宿主病による重症ドライアイが軽快した1例箱崎瑠衣子*1,2矢津啓之*1,3清水映輔*1明田直彦*1内野美樹*1鴨居瑞加*1西條裕美子*1立松由佳子*1山根みお*1加藤淳*4森毅彦*4岡本真一郎*4坪田一男*1小川葉子*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2横浜市立市民病院眼科*3鶴見大学歯学部附属病院眼科*4慶應義塾大学医学部血液内科CTreatmentOutcomeinaCaseofChronicGVHD-RelatedSevereDryEyeRuikoHakozaki1,2),HiroyukiYazu1,3),EisukeShimizu1),NaohikoAketa1),MikiUchino1),MizukaKamoi1),YumikoSaijo1),YukakoTatematsu1),MioYamane1),JunKato4),TakehikoMori4),ShinichiroOkamoto4),KazuoTsubota1)andYokoOgawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMunicipalCitizen’sHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TsurumiUniversitySchoolofDentalMedicine,4)DivisionofHematology,DepartmentofMedicine,KeioUniversitySchoolofMedicineC緒言:慢性移植片対宿主病(cGVHD)重症ドライアイが体外循環式光化学療法(ECP)と眼局所治療後に軽快した1例を報告する.症例:46歳,女性.急性リンパ性白血病に対して非血縁者間骨髄移植を施行.移植C1年C5カ月後に眼,口腔,皮膚,肺に重症CcGVHDを発症した.近医眼科にて重症ドライアイに対し涙点プラグ挿入を施行するも症状は改善しなかった.移植C2年C3カ月後,ステロイド治療抵抗性重症CcGVHDに対するCECPの治験に参加するため慶應義塾大学病院に入院.眼科初診時所見として,著明なびまん性角結膜上皮障害,涙液層破壊時間(BUT)短縮,涙液分泌低下を認めた.プレドニゾロン内服治療,ヒアルロン酸点眼とレバミピド点眼治療を行ったが改善なく,ECPが開始された.ECP中は眼所見は改善したが,ECP治療終了後は悪化し,ジクアホソル点眼,レバミピド点眼,涙点プラグを追加,その後,涙点プラグは一部脱落したが,眼表面障害とCBUTは改善した.結論:局所療法に加え,ECP療法によりCcGVHD重症ドライアイが改善した本症例は,今後の治療に資するものと考えられる.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCchronicCgraft-versus-hostdisease(cGVHD)-relatedCsevereCdryeye(DE)thatshowedrecoveryafterextracorporealphotopheresis(ECP)andtopicaltherapy.Case:A46-year-oldfemaledevel-opedCcGVHD-relatedCDECaccompaniedCbyCoralCcavity,Cskin,CandClungCinvolvementsCatC1yearCandC5monthsCafterCundergoingCboneCmarrowtransplantation(BMT)forCanCacuteClymphoblasticCleukemia.CAlthoughCpunctal-plugCimplantationwaspreviouslyperformedatanotherclinic,shewasdiagnosedatinitialpresentationwithsevereDEsymptomswithdi.usesuper.cialpunctatekeratitis,shorttear-.lmbreakuptime,andalowSchirmer’stestvalue.TheCpatientCwasCtreatedCviaCtheCsystemicCadministrationCofCtacrolimusCandCprednisolone,CandCtopicalCrebamipideCandhyaluronicacid,yetherconditiondidnotimprove.SheunderwentECPforthesteroid-refractorycGVHDasaparticipantinaclinicaltrial,andthecGVHD-relatedDEimproved.However,theDEworsenedaftercessationoftheCECP,CsoCtreatmentCwithCtopicalCdiquafosolCandCpunctal-plugCimplantationCwasCadded.CFiveCyearsClater,CanCimprovementCofCtheCocularCsurfaceCandCtearCdynamicsCwasCobserved,CalthoughCtheCadditionalCpunctalCplugsCwereCextruded.Conclusion:TheclinicalcourseofourcaseshowedanimprovementofcGVHD-relatedDEbyECPandtopicaltherapy,thussuggestingtheimportanceofevaluatingtheclinicalfeaturesforthefuturetreatmentofthisintractabledisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(6):752.757,C2020〕〔別刷請求先〕箱崎瑠衣子:〒240-8555横浜市保土ケ谷区岡沢町C56横浜市立市民病院眼科Reprintrequests:RuikoHakozaki,DepartmentofOphthalmology,YokohamaMunicipalCitizen’sHospital,56Okazawamachi,Hodogaya-ku,YokohamaCity,Kanagawa240-8555,JAPAN矢津啓之:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室CHiroyukiYazu,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35CShinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANC752(108)Keywords:同種造血幹細胞移植,炎症,慢性移植片対宿主病,重症ドライアイ,治療,慢性眼移植片対宿主病.Callogeneichematopoieticstemcelltransplantation,in.ammation,chronicgraft-versus-hostdisease,severedyeeye,treatment,chronicocularGVHD.Cはじめに同種造血幹細胞移植後は白血病などの造血器腫瘍に対する根治療法として確立されている.しかし,同種造血幹細胞移植後の移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)はときに致死的となり,眼科領域では重症ドライアイとして角膜穿孔に至ることもあり,対策が求められている1,2).造血幹細胞移植の件数は全世界で増加しており,2030年には約C50万人の造血幹細胞移植後の長期生存者が存在すると報告されている3).同種造血幹細胞移植症例の視力予後および生活の質や視覚の質の改善のためには,眼CGVHDの病態解明が重要となる一方で,症例ごとの臨床経過と治療内容を詳細に検討することが,治療の時期,治療方法の決定に必要と思われる.造血幹細胞移植後の慢性CGVHDによるドライアイは主要な合併症の一つである1,4).移植後約C50.60%に発症し,その後急速に進行していく症例が多い5).重症ドライアイは瞼球癒着や涙点自然閉鎖,角膜輪部機能不全,角膜の結膜化などをきたし,難治であることが多い.病態にはCT細胞と抗原提示細胞の相互作用により角結膜,涙腺,マイボーム腺の上皮障害および間質の高度な病的線維化が関与している2).重症慢性CGVHDに多いCGVHDによるドライアイは,現在のところ根治療法がなく,既存の点眼治療薬を症状に応じて使用していかざるをえないため,新しい有効な治療法を検討することは喫緊の課題である.今回筆者らは,全身体外循環式光化学療法(extracorpore-alphotopheresis:ECP)により難治性CGVHDによるドライアイの眼所見が軽快し,ECP治療終了後の眼局所治療がさらに眼所見の改善に寄与したと考えられるC1例を経験したので報告する.ECPは患者の白血球を体外へ無菌的に取り出しメトキサレン溶液を注入のうえ,紫外線照射処理後に体内へ戻すことにより,活性化CTリンパ球などを制御し病的な免疫過剰状態を調整する治療法である.本症例は,造血幹細胞移植後に高度な重症ドライアイを発症し,治療に抵抗性であったが,その後,ステロイド抵抗性慢性CGVHDと診断され内科でのCECPを開始した.CI症例患者:46歳,女性.急性リンパ性白血病に対して,他院にて非血縁者間骨髄移植を施行した.移植前の眼科検診ではドライアイは認めなかった.移植C12日後に急性CGVHD(皮膚,肝臓,腸管)を発症した.移植C1年C5カ月後に口腔,肺,眼に慢性CGVHDを発症したため,近医眼科にてドライアイに対して精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアレインミニ点眼C0.3%,参天製薬)1日C6回とレバミピド(ムコスタ点眼CUD0.2%,大塚製薬)1日C4回の点眼治療を行った.右眼下方の涙点プラグを施行したが,自他覚所見とも改善しなかった.移植C2年C3カ月後,ステロイド抵抗性の重症CGVHDに対するCECPの治験に参加するために慶應義塾大学病院(以下,当院)血液内科に受診した.ECP治験前に,タクロリムス水和物C0.2Cmg/日(プログラフ,アステラス製薬)とミコフェノール酸モフェチルC1,000Cmg/日(ミコフェノール酸モフェチルカプセル,マイラン製薬)プレドニゾロン(プレドニン錠,5Cmg武田薬品,1Cmg旭化成ファーマ)12.5Cmg/日の内服治療が行われた.ECPの治験は,わが国のステロイド治療抵抗性の難治性慢性CGVHD患者を対象として,ECPの安全性と有効性の検証のため多施設オープンラベル試験として行われた.ECPの治療スケジュールは最初のC1週目はC1.3日目の連続C3日間,2.12週目はC1日目C2日目の連続C2日間,その後C16週目,20週目とC24週目の各週はC1日目C2日目の連続C2日間,それぞれC1日C1回行われた.本症例の全身の評価項目を総合した効果は良好であり,全身ステロイド治療の量が軽減でき,有効と判断された.治験開始直前の当院眼科受診時所見は,矯正視力が右眼0.04(0.7C×sph.7.00D(cyl.0.75DCAx140°),左眼C0.04(0.8C×sph.7.50D(cyl.0.75DAx120°)であった.2006年ドライアイ診断基準の角結膜上皮障害と涙液動態の評価を行い6),GVHDによるドライアイの眼CGVHD角膜フルオレセインスコア評価方法に基づき評価した7).前医での右下涙点プラグ挿入後であったが,フルオレセイン染色C6/6(右/左)点(9点中),ローズベンガル染色C5/5(右/左)点(9点中),涙液層破壊時間(breakuptime:BUT)2/2(右/左)秒,島崎分類によりマイボーム腺機能不全スコアC3/3(右/左)点(3点中)8),国際眼CGVHD診断基準による充血スコア2/2(右/左)点(2点中)1,9)と重症ドライアイを認めた(図1).精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液,1日C6回とレバミピド1日C4回の点眼治療を行った.ECP治療開始後C6カ月の眼所見はフルオレセイン染色4/3(右/左)点,ローズベンガル染色C2/1(右/左)点,BUT3/3秒,マイボーム腺機能不全スコアはC2/2(右/左)点,充図1本症例のGVHDによるドライアイ重症時の細隙灯顕微鏡所見a,b:フルオレセイン角結膜染色所見(Ca:右眼,Cb:左眼).c,d:ローズベンガル角結膜染色所見(Cc:右眼,Cd:左眼).両眼ともに高度の角結膜上皮障害を認め,左眼は糸状角膜炎を認める.血はC0/0(右/左)点と改善した.また,ECP開始C5カ月にCD(cyl.1.00DAx15°),左眼(0.9C×sph.7.50D(cyl.1.00は眼表面状態は軽快していた.ECPは7カ月間継続され,CDAx60°),フルオレセイン染色0/0(右/左)点,リサミンその間,眼表面状態は軽快したが,ECP治験終了後C7カ月グリーン染色C2/0(右/左)点,BUT7/10(右/左)秒,マイ時に,フルオレセイン染色C8/8(右/左)点,リサミングリーボーム腺機能不全スコアC1/1(右/左)点(3点中),充血C0/0ン染色C8/7(右/左)点(9点中),BUT3/3(右/左)秒,マイ(右/左)点(2点中)と改善した(図2,3).現在,当科初診ボーム腺機能不全スコアC2/3(右/左)点,糸状角膜炎あり,時と同様右下のみ涙点プラグが入っている状態である.充血C2/2(右/左)点と眼所見は悪化した.その後,局所療法CII考按としてジクアホソル点眼(ジクアス点眼3%,参天製薬)1日6回,レバミピド点眼C1日C4回の併用療法に加え10),精製ヒ本症例は,同種骨髄移植後,高度な重症ドライアイを発症アルロン酸ナトリウム点眼C0.3%C1日C5回,人工涙液点眼(ソし,眼科局所治療に抵抗性であった.しかし,ECP併用中フトサンティア点眼,参天製薬)1日頻回点眼を加え治療をに重症ドライアイが軽快し,その後眼科的には防腐剤無添加行った.点眼治療のみでは効果不十分であったため,残存し人工涙液点眼とC0.3%ヒアルロン酸に加えジクアホソルとレている右下の涙点以外のC3涙点に両眼涙点プラグ(スーパーバミピド,さらには涙点プラグを施行し,長期局所治療を継イーグルプラグCM,EagleVision社製)を追加した.涙点プ続することで重症ドライアイの角結膜上皮障害とCBUTが軽ラグ追加後,重症ドライアイは軽快,やや悪化を繰り返した快した貴重なC1例であった.が,涙点プラグ追加後C10カ月後には右上,左下が脱落し,本症例の重症ドライアイの改善理由は,眼局所治療に加以後初診時と同様に右下の涙点プラグのみ残存したが眼所見え,従来行われている全身的な免疫抑制薬治療,そしてとくは軽快した状態を保っていた.に本症例に特異的な治療であったCECP11)が相互に協調してECP終了C3年C7カ月後,矯正視力は右眼(1.2C×sph.7.00奏効したことによると考えられる.図2軽快時の細隙灯顕微鏡眼表面所見a,b:フルオレセイン角結膜染色所見.(a:右眼,Cb:左眼).c,d:リサミングリーン角結膜染色所見(Cc:右眼,Cd:左眼).両眼ともに角結膜上皮障害および結膜充血は著明に軽快し,ドライアイがほぼ正常化するまで軽快している.ヒアルロン酸点眼レバミピド点眼重症GVHDジクアホソル点眼ドライアイ発症,前医にて涙点プラグ他院当科骨髄移植初診涙点プラグ涙点プラグ涙点プラグのECP(7カ月間)追加脱落再挿入なしECP直前ECP開始後6カ月ECP終了後涙点プラグ追加涙点プラグ脱落ECP後3年7カ月フルオレセイン染色6/64/38/80/02/00/0ローズベンガル染色5/52/1──リサミングリーン染色──8/70/01/02/0BUT(秒)2/23/33/310/106/107/10MGD3/32/22/31/1充血2/20/02/20/0図3治療経過とドライアイ所見(スコア)の変化ECP治療開始前,重症CGVHDによるドライアイを認め,ECP開始後,ECP加療中はドライアイが改善した.ECP治療終了後に悪化した.ECPおよび眼局所のジクアホソルとレバミピドの長期併用療法と涙点プラグの加療による経過.現時点でステロイド抵抗性慢性CGVHDに対しては,高用量ステロイド,わが国では未承認であるCECP,ソラレン紫外線療法(PUVA),サリドマイド,リツキシマブなどが試みられるが,その治療法は確立していない.本症例において,ECP併用中は眼所見は改善していたが,中止後に悪化を認め,レバミピドおよびジクアホソルの併用局所療法と涙点プラグを行ったことにより改善が認められた.これらの経過から,ステロイドおよびタクロリムスの全身投与,ECP,そして局所療法の併用があらゆる治療に抵抗性で難治性の慢性CGVHDによるドライアイを改善に導いたと考えられる.ジクアホソルとレバミピドは同じムチン分泌促進薬であるが,作用機序が異なる.ジクアホソルは結膜上皮および結膜杯細胞膜上にあるCP2YC2受容体の作動薬で,細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させ,水分およびムチン分泌促進作用を有することで,涙液を質的および量的の両側面から改善する.GVHDによるドライアイのように涙腺障害が高度であっても結膜からの水分を分泌させる効力がある12,13).レバミピドは,角膜上皮細胞のムチン遺伝子発現を亢進させ,細胞内のムチン量を増加させる.また,角膜上皮細胞の増殖を促進し,結膜ゴブレット細胞数を増加させることが報告されている14,15).またドライマウスに対しての抗炎症効果も報告されている16).ジクアホソルとレバミピドは軽症から中等症のGVHDによるドライアイに対し長期併用効果が報告されている10).本症例は全身治療の併用により重症ドライアイが中等症まで軽快した時点で,ジクアホソルとレバミピド併用療法および涙点プラグを行ったことがより効果的であった可能性がある.ジクアホソルおよびレバミピドの併用療法および局所涙点プラグのみでは,治療抵抗性のCGVHDによる重症ドライアイが本症例のような状態まで軽快することはむずかしいと考えられる.従来行われるプレドニゾロンおよびタクロリムスの全身治療17)に加え,今回とくに行ったCECPより涙腺,マイボーム腺,角結膜上皮の障害が軽減されていたことが考えられる.GVHDに関連したドライアイは難治性で重症に至ることが多く,治療に難渋することが多い.本症例はCECPの全身療法中ドライアイが軽快し,ECP治療終了後悪化したことから,ECP治療がCGVHDドライアイに有効であることが示唆された.その後,ECP治療をもとに局所治療も奏効し,難治性重症CGVHDによるドライアイの角結膜上皮障害,BUTが改善するに至ったと考えられた.軽快することがまれな難治性CGVHDドライアイに対する治療法がないなか,今後の治療方法に資する貴重な症例と考える.利益相反:坪田一男:ジェイアエヌ【F】,参天製薬【F】,興和【F】,大塚製薬【F】,ロート【F】,富士ゼロックス【F】,アールテック・ウエノ【F】,坪田ラボ【F】,オフテスクス【F】,わかさ生活【F】,ファイザー【F】,日本アルコン【F】,QDレーザ【F】,坪田ラボ【R】,花王【R】,Thea,Thea社【R】,【P】岡本真一郎:ノバルティス【F】,アステラス【F】.中外製薬【F】森毅彦:ノバルティス【F】,アステラス【F】,中外製薬【F】小川葉子:参天製薬【F】,キッセイ薬品【F】,【P】,日本アルコン内野美樹:参天製薬【F】ノバルティス【F】,千寿【F】,アルコン【F】矢津啓之:OuiInc【P】清水映輔:OuiInc【P】,大正製薬【F】.JSR【F】,近藤記念医学財団【F】明田直彦:OuiInc【P】文献1)OgawaCY,CKimCSK,CDanaCRCetal:InternationalCChronicCOcularGraft-vs-Host-Disease(GVHD)ConsensusGroup:CProposedCdiagnosticCcriteriaCforCchronicGVHD(PartI)C.ScirepC3:3419,C20132)ShikariCH,CAntinCJH,CDanaR:OcularCgraft-versus-hostdisease:areview.SurvOphthalmolC58:233-251,C20133)稲本賢:移植後長期フォローアップと慢性CGVHD.日本造血細胞移植学会雑誌C6:84-97,20174)InamotoY,Valdes-SanzN,OgawaYetal:Oculargraft-versus-hostCdiseaseCafterChematopoieticCcellCtransplanta-tion:ExpertreviewfromtheLateE.ectsandQualityofLifeCWorkingCCommitteeCofCtheCCIBMTRCandCTransplantCComplicationsWorkingPartyoftheEBMT.BoneMarrowTransplantC54:662-673,C20195)UchinoM,OgawaY,UchinoYetal:ComparisonofstemcellCsourcesCinCtheCseverityCofCdryCeyeCafterCallogeneicChaematopoieticstemcelltransplantation.BrJOphthalmolC96:34-37,C20126)島崎潤,坪田一男,木下茂ほか:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科C24:181-184,C20077)WangCY,COgawaCY,CDogruCMCetal:BaselineCpro.lesCofCocularsurfaceandteardynamicsafterallogeneichemato-poieticCstemCcellCtransplantationCinCpatientsCwithCorCwith-outCchronicCGVHD-relatedCdryCeye.CBoneCMarrowCTrans-plantC45:1077-1083,C20108)ShimazakiJ,GotoE,OnoMetal:Meibomianglanddys-functioninpatientswithSjogrensyndrome.Ophthalmolo-gyC105:1485-1488,C19989)EfronN:GradingCscalesCforCcontactClensCcomplications.COphthalmicPhysiolOptC18:182-186,C199810)YamaneM,OgawaY,FukuiMetal:Long-termrebamip-ideCandCdiquafosolCinCtwoCcasesCofCimmune-mediatedCdryCeye.OptomVisSci92(Suppl1):S25-S32,201511)OkamotoCS,CTeshimaCT,CKosugi-KanayaCMCetal:Extra-corporealCphotopheresisCwithCTC-VCinCJapaneseC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Vogt-小柳-原田病の再発と治療内容に関する検討

2018年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科35(5):698.702,2018cVogt-小柳-原田病の再発と治療内容に関する検討白鳥宙国重智之由井智子堀純子日本医科大学眼科学教室CClinicalRecurrenceandTreatmentsinPatientswithVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseNakaShiratori,TomoyukiKunishige,SatokoYuiandJunkoHoriCDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolVogt-小柳-原田病(VKH)の再発率,再発部位,再発時の治療内容について観察した.2008年C1月.2016年C8月に日本医科大学付属病院眼科を受診したCVKH患者(n=33)を対象に,診療録より後ろ向きに検討した.初診時の状態は,初発例がC24例,再発例がC1例,遷延例がC4例,他院で加療後の経過観察がC4例であった.治療経過中の再発は初発例のC24例中C6例(25.0%),再発・遷延例のC5例中C4例(80%)に認め,再発・遷延例では再発を繰り返す症例が高頻度であった.再発部位は前眼部型C6例,後眼部型C4例であった.前眼部型に対してはC2例を除いてステロイドの眼局所療法が有効であった.後眼部型に対してはステロイドとシクロシポリンの併用や,アダリムマブが有効であった.CThisretrospectivestudyinvolved33patientswithVogt-Koyanagi-HaradadiseasewhovisitedNipponMedicalSchoolHospitalfromJanuary2008toAugust2016.Subjectsincluded24freshcases,1recurrentcase,4prolongedcasesCandC4Cfollow-upCcasesCafterCtreatmentCatCotherChospitalsCatCtheCtimeCofCinitialCvisit.COfCtheC24CfreshCcases,C6experiencedrecurrentocularin.ammationduringfollow-up;theirrecurrenceratewas25.0%.Ofthe5recurrentorCprolongedCcases,C4CrecurredCagain;theirCrecurrenceCrateCwasC80%.CTheCsiteCofCrecurrenceCwasCclassi.edCintotwogroups:anteriorchambertype(6cases)andfundustype(4cases).Mostoftheanteriorchambertyperecur-rences,excepting2cases,werecuredbytopicalocularcorticosteroidtherapy;thefundustyperecurrenceswerecuredbyacombinationofsystemiccorticosteroidandcyclosporinetherapyoradalimumabtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(5):698.702,C2018〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,再発率,治療,シクロスポリン,アダリムマブ.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,recurrencerate,treatments,cyclosporine,adalimumab.CはじめにVogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-HaradaCdisease:VKH)は,メラノサイトを標的とした自己免疫疾患と考えられており1),従来より,初期段階にステロイドパルス療法あるいはステロイド大量漸減療法による治療が行われている.VKHは,前駆期を経て眼病期(急性期)となり,治療を開始すると回復基調となることが一般的である1).しかしながら,治療に抵抗して再発を繰り返し,遷延型に移行するような難治症例では,網脈絡膜変性や続発緑内障などを合併し,視力予後は悪くなると報告されている2).そのため,再発率,遷延率,晩期続発症の合併頻度などを知っておくことが,臨床において患者の視力予後を予測するうえで有用である.今回筆者らは,日本医科大学付属病院眼科(以下,当施設)におけるCVKH患者の治療後の再発率,ならびに遷延率,再発部位,再発前後の治療方法,晩期続発症の発生率に関して検討を行ったので報告する.CI方法1.対象2008年C1月.2016年C8月までに当施設の眼炎症外来を受診し,6カ月以上の経過観察ができたCVKH患者C33例を対象とした.VKHの診断は,2001年の改定国際診断基準1)に準じて,完全型もしくは不完全型を満たすものとした.性別は,男性C16例,女性C17例であった.初診時平均年齢は,〔別刷請求先〕白鳥宙:〒113-8603東京都文京区千駄木C1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:NakaShiratori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPAN698(134)男性C46.9C±18.1歳,女性C47.1C±13.4歳(平均値C±標準偏差)であった.平均観察期間は,44.0C±28.8カ月で,最短C6カ月,最長C109カ月であった.対象は,初診時の状態により,初発例C24例,初診時再発例C1例,初診時遷延例C4例,経過観察例C4例を含んだ.初診時再発例とは,他施設で加療後炎症が再燃したため,当施設初診となった症例とした.初診時遷延例とは,他院でC6カ月以上炎症が持続し,当施設初診となった症例とした.経過観察例とは,他施設で加療後炎症の再燃がなく,当施設初診となった症例とした.本研究は,ヘルシンキ宣言に準じており,日本医科大学付属病院倫理委員会の承認を得た.C2.検.討.事.項再発・遷延例の頻度,再発部位,再発時の治療内容,再発後の治療方法,晩期続発症の種類と頻度についてレトロスペクティブに診療録の解析を行った.なお,再発例とは経過中に一度消炎が得られたにもかかわらず,再度炎症が出現した症例とし,遷延例とはステロイド投与後もC6カ月を超えて内眼炎症が持続した症例とした.寛解とは,検眼鏡的に前房内細胞,硝子体内細胞,漿液性網膜.離が消失した時点とした.再発部位については,前房内細胞などの前眼部炎症のみのものを前眼部型とし,漿液性網膜.離を伴うものを眼底型表1初診時初発例(24例)における治療後の再発・遷延率症例数(%)再発あり遷延なし2例(8C.3%)再発かつ遷延4例(1C6.7%)再発なし18例(C75.0%)とした.続発緑内障については,経過中に複数回にわたり眼圧がC21CmmHgを超えたものと定義した.CII結果初発例については,全例にステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC1CgをC3日間連続投与)を施行したのち,翌日よりプレドニゾロンC1Cmg/kg/日程度から内服し,炎症の程度を見きわめながらC2.4週ごとにC5.10Cmg/日を減量する漸減療法が施行されていた.初発例(全C24例)のうち,治療後の再発例はC6例(25.0%)で,再発した結果C6カ月以上消炎できなかった再発かつ遷延例がC4例(16.7%)であった.非再発・非遷延例はC18例(75.0%)であった(表1).一方で,初診時再発・遷延例における再発は,全C5例中C4例(80%)で,初発例と比べて,その後も再発を繰り返す確率が高かった(表2).全再発症例の再発時について,ステロイドパルス療法後の経過週数,ステロイド投与量(体重換算),再発部位,当施設初診時の状態を表3に示した.再発時期は,プレドニゾロン内服漸減中の再発がC7例で,プレドニゾロン内服終了後の再発がC3例であった.再発時のステロイドパルス療法後の経過週数はC3.128週まで幅広かった.再発時のプレドニゾロ表2初診時の状態による再発率再発率初診時初発例25.0%(C6/24例)初診時再発・遷延例80.0%(C4/5例)初発例と比べて,再発・遷延例ではその後も再発を繰り返す確率が高かった.表3全対象33例中の再発症例のまとめ症例CNo.初診時再発部位再発時のパルス後週数(週)再発時のPSL内服量(mg/日)再発時のPSL内服量体重換算(mg/kg/日)C1初発例眼底型C3C40C0.59C2初発例前眼部型C8C25C0.45C3初発例眼底型C13C10C0.13C4初発例眼底型C17C5C0.082C5初発例眼底型C17PSL終了後C1週C6初発例前眼部型C36C5C0.065C7遷延例前眼部型C50C8C0.059C8再発例前眼部型C128PSL終了後C96週C9遷延例前眼部型不詳PSL終了後C10遷延例前眼部型パルスなしC5C0.086PSL:prednisolone(プレドニゾロン).表4前眼部型の再発時の治療症例CNo.(表C3と対応)初診時再発時のPSL投与量(mg/日)再発後の治療効果C2初発例C25+BSP点眼寛解C6初発例C5+DEX結膜下注射+PSL10mg/日へ増量寛解C7遷延例C8+BSP点眼寛解C8再発例PSL終了後+BSP点眼寛解C9遷延例C5+BSP点眼寛解C10遷延例PSL終了後PSL30mg/日+CyA150mg/日寛解PSL:prednisolone(プレドニゾロン),BSP:betamethasoneCphosphate(リン酸ベタメタゾン),DEX:dexamethasone(デキサメタゾン),CyA:cyclosporine(シクロスポリン).表5眼底型の再発時の治療症例CNo.(表C3と対応)初診時再発時のPSL投与量(mg/日)再発後の治療効果C1初発例C40ステロイドハーフパルス療法+後療法CPSL40Cmg(CyA100mg/日併用)寛解C3初発例C10PSL20mg/日+CyA150mg/日C↓CyA25mg/日+ADA40mg/週再発寛解C4初発例C5ステロイドパルス療法+後療法CPSL40Cmg(CyA100mg/日併用)寛解C5初発例PSL終了後PSL30mg/日再開+CyA100mg/日寛解PSL:prednisolone(プレドニゾロン),CyA:cyclosporine(シクロスポリン),ADA:adalimumab(アダリムマブ).ン投与量の平均は,14.0mg/日(0.21mg/kg/日)であったが,その内服量は5.40mg/日と症例によりばらつきがあった.再発例における再発部位は,前眼部型がC6例で,眼底型が4例であった.眼底型の再発は,ステロイドパルス療法後の経過週数が比較的短い時点での再発症例に多く,前眼部型の再発はステロイドパルス療法後の経過週数が比較的長い時点での再発症例に多かった.前眼部型の再発をした症例での再発後の治療を表4に示した.前眼部型の再発に対する治療は,デキサメタゾン結膜下注射やベタメタゾン点眼の追加などの眼局所療法が中心であった.眼局所療法の追加がされたC5例のうち,1例では消炎せずプレドニゾロン内服の増量を必要としたが,その他のC4例では眼局所療法の追加のみで炎症は寛解していた.また,プレドニゾロン全身投与とシクロスポリン全身投与の併用療法がされたC1例では,治療が有効であった.眼底型の再発をした症例について再発後の治療を表5に示した.眼底型の再発に対する治療は,ステロイド全身投与に加えて,シクロスポリン全身投与の併用を行い,全例で炎症は寛解していた.シクロスポリン開始時の投与量はC100.150Cmg/日(約C2Cmg/kg/日)で,血中シクロスポリン濃度(トラフ値:最低血中薬物濃度)がC50.100Cng/mlとなるように維持されていた.一方で,眼底型の再発に対してシクロスポリンを導入した症例のうち,1例でシクロスポリンの副作用と考えられる肝機能障害を認めた.このC1例では,シクロスポリン投与量を6カ月かけてC2Cmg/kg/日からC1Cmg/kg/日に漸減したところで再度の眼底型の再燃があった.この再燃に対しては,生物学的製剤であるアダリムマブの投与を行い,炎症は寛解し,シクロスポリンはC0.5Cmg/kg/日まで減量することができていた(表5,症例CNo.3).晩期続発症についての検討では,夕焼け状眼底がC15例(45.5%)に,網脈絡膜萎縮病巣がC6例(18.2%)に,続発緑内障がC6例(18.2%)に,脈絡膜新生血管がC2例(6.1%)にみられた.このうち,11カ月で夕焼け状眼底を呈した症例表6晩期続発症の発生率夕焼け状眼底網脈絡膜萎縮病巣続発緑内障脈絡膜新生血管最終視力低下(1C.0未満)全症例15例6例6例2例4例(3C3例)(4C5.5%)(1C8.2%)(1C8.2%)(6C.1%)(1C2.1%)再発・遷延例9例4例4例1例2例(1C0例)(9C0.0%)(4C0.0%)(4C0.0%)(1C0.0%)(2C0.0%)再発なし症例6例2例2例1例2例(2C3例)(2C6.1%)(8C.7%)(8C.7%)(4C.3%)(8C.7%)がC1例あったが,他の晩期続発症はC1年以上の経過症例にみられた.視力C1.0未満への最終視力低下がC4例(12.1%)にみられ,視力低下の原因は,2例が脈絡膜新生血管,2例が白内障の進行であった.再発・遷延例では,夕焼け状眼底,続発緑内障,脈絡膜新生血管などの晩期続発症が多い傾向があり,視力低下をきたす症例も多かった(表6).CIII考按VKHの再発率に関する過去の報告には,島ら3)のステロイドパルス療法後の再発率(遷延率)がC23.8%(19.0%)であったとの報告や,井上ら4)のステロイドパルス療法またはステロイド大量漸減療法後の再発率(遷延率)がC28.2%(18.8%)であったなどの報告がある.筆者らの研究では,初発例に対してはステロイドパルス療法にて初期治療を行い,再発率(遷延率)がC25.0%(16.7%)であり,既報とほぼ同様であった.漿液性網膜.離がメインのタイプより視神経乳頭腫脹型のほうが遷延型に移行しやすいという報告5)があるが,本研究の対象C33例では,視神経乳頭腫脹型はC1例のみで,そのC1例は再発も遷延もなかった.晩期続発症についての過去報告には,島ら3)の夕焼け状眼底がC42.9%,続発緑内障がC20.7%,脈絡膜新生血管がC0%との報告や,海外ではCAbuCEl-Asrarら6)の夕焼け状眼底が48.3%,続発緑内障がC20.5%,脈絡膜新生血管がC6.9%との報告や,Readら2)の続発緑内障がC27%,脈絡膜新生血管が11%などの報告がある.本研究では,夕焼け状眼底がC45.5%,続発緑内障がC18.2%に,脈絡膜新生血管がC6.1%にみられ,既報とほぼ同様であった.VKHは,メラノサイトを標的とした自己免疫疾患であり,細胞障害性CT細胞が病態の中心に関与している7)と考えられている.シクロスポリンはCTリンパ球の活動性を抑制する薬剤であり,2013年より非感染性の難治性ぶどう膜炎に対して保険適用となったこともあり,VKH治療に対する有効性が期待されている.実際にステロイド治療にて再発性・遷延性のCVKHに対して,シクロスポリンが有効であった報告が過去になされている8,9).ぶどう膜炎に対するシクロスポリンの投与量については,初期投与量C3Cmg/kg/日が適切とされており(ノバルティスファーマ:非感染性ぶどう膜炎におけるネオーラルRの安全使用マニュアル,2013年度版),福富ら8)は,眼底型の再発を繰り返すCVKHのC2症例で,初期投与量C3Cmg/kg/日でのシクロスポリン投与が有効であったと報告している.本研究でのシクロスポリン導入は,ステロイド内服と併用投与であり,全例でC2Cmg/kg/日で開始してトラフ値C50.100Cng/mlとなるように維持していたが,眼底型の再発症例における炎症の寛解に有用であった.本研究と同様に,遷延性CVKHに対して低用量シクロスポリン(100Cmg・1日C1回)投与を行った春田らの報告9)では,前眼部型・眼底型炎症ともに効果を認めるものの,眼底型炎症のほうがやや効果が弱い印象であったと報告しているが,筆者らの研究ではシクロスポリン導入時に再度のステロイドパルス療法または全身性ステロイド投与量の増量を併用していたことで有効性が増した可能性が考えられた.このように,難治性のCVKHの治療において,シクロスポリン併用療法は治療の有効な選択肢となるが,シクロスポリン導入時の適切な投与量については,今後さらなる検討が必要と考える.また,それ以外にも,シクロスポリン治療の導入時期,ステロイド併用時の投与量,シクロスポリン導入後の減量方法など,多くの面でいまだ一定のプロトコールがなく,今後多くの症例を積み重ねていくことで,シクロスポリン投与法が確立されることが期待される.アダリムマブは,2016年C10月に難治性ぶどう膜炎に対して保険適用となった生物学的製剤で,TNF-a阻害作用により抗炎症に働く.VKHに対するアダリムマブ使用の報告は少ないが,Coutoら10)はアダリムマブの導入により他の免疫抑制薬を減量できたと報告している.本研究でも,肝機能障害のためにシクロスポリンを減量せざるをえず,その結果,再度の眼底型の再燃をしてしまったC1例において,アダリムマブの投与が,炎症の寛解とシクロスポリンの減量に有効であった.VKHに対するアダリムマブの有効性や副作用についてはさらなる検討が必要であるが,有効な治療の選択肢の一つであると考えられた.文献1)ReadCRW,CHollandCGN,CRaoCNACetCal:RevisedCdiagnosticcriteriaCforCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJCOphthal-molC131:647-652,C20012)ReadCRW,CRechodouniCA,CButaniCNCetCal:ComplicationsCandCprognosticCfactorsCinCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CAmJOphthalmolC131:599-606,C20013)島千春,春田亘史,西信良嗣ほか:ステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討.あたらしい眼科C25:851-854,C20084)井上留美子,田口千香子,河原澄枝ほか:15年間のCVogt-小柳-原田病の検討.臨眼65:1431-1434,C20115)OkunukiCY,CTsubotaCK,CKezukaCTCetCal:Di.erencesCinCtheclinicalfeaturesoftwotypesofVogt-Koyanagi-Hara-daCdisease:serousCretinalCdetachmentCandCopticCdiscCswelling.JpnJOphthalmolC59:103-108,C20156)AbuEl-AsrarAM,TamimiMA,HemachandranSetal:CPrognosticCfactorsCforCclinicalCoutcomeCinCpatientsCwithCVogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCtreatedCwithChigh-doseCcorticosteroids.ActaOphthalmolC91:e486-e493,C20137)SugitaCS,CTakaseCH,CTaguchiCCCetCal:OcularCin.ltratingCCD4+CTCcellsCfromCpatientsCwithCVogt-Koyanagi-HaradaCdiseaserecognizehumanmelanocyteantigens.InvestOph-thalmolVisSciC47:2547-2554,C20068)福富啓,眞下永,吉岡茉衣子ほか:シクロスポリン併用が有効であった副腎皮質ステロイド抵抗性のCVogt-小柳-原田病のC2症例.日眼会誌121:480-486,C20179)春田真実,吉岡茉衣子,福富啓ほか:遷延性CVogt-小柳-原田病に対する低用量シクロスポリン(100Cmg・1日C1回)投与の効果.日眼会誌121:474-479,C201710)CoutoCCA,CFrickCM,CJallazaCECetCal:AdalimumabCtreat-mentCinCpatientsCwithCVogt-Koyanagi-HaradaCSyndrome.CInvestOphthalmolVisSciC55:5798,C2014***

涙囊悪性腫瘍6例の診断と治療

2015年7月31日 金曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1041.1045,2015c涙.悪性腫瘍6例の診断と治療有田量一吉川洋田邉美香大西陽子高木健一石橋達朗九州大学医学研究院眼科学講座DiagnosisandManagementin6CasesofLacrimal-SacMalignantTumorRyoichiArita,HiroshiYoshikawa,MikaTanabe,YokoOhnishi,Ken-ichiTakagiandTatsuroIshibashiDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversity涙.悪性腫瘍は比較的まれな疾患ではあるが,高悪性度な場合もあり原発性鼻涙管閉塞症との鑑別が重要となる.本稿では平成8年2月.平成25年8月に当院で涙.悪性腫瘍と診断された6例について,初発症状(主訴),診断,治療,予後を検討した.主訴は流涙3例,涙.部の発赤腫脹2例,涙.部痛1例であった.視診,触診および皮膚所見から疑ったものが2例,涙.鼻腔吻合術時に発見されたものが1例,血性流涙1例,CTで偶然発見されたものが2例であった.診断は涙.部悪性リンパ腫3例,涙.扁平上皮癌1例,涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例であった.リンパ腫は放射線単独療法もしくは化学療法との併用療法,扁平上皮癌は術前,術後に放射線と眼窩内容除去術,粘表皮癌は腫瘍全摘を行った.粘表皮癌の1例のみで頸部リンパ節に転移を認めた.鼻涙管閉塞症を診断,治療する際には,涙.悪性腫瘍の可能性に留意が必要である.Lacrimal-sacmalignanttumorsarerelativelyrarediseases.Itisdifficulttodifferentiatebetweenalacrimal-sacmalignanttumorandprimarynasolacrimalobstruction.Inthisstudy,weinvestigatedtheinitialsymptoms(primarycomplaint),diagnosis,treatment,andprognosisin6casesoflacrimal-sacmalignanttumorseeninourhospitalfromFebruary1996toAugust2013.Primarycomplaintsincludedepiphora(3cases),rednessandswelling(2cases),andpainaroundthelacrimalsac(1case).Indicatorsusedfortumordiagnosiswereskinfindings(2cases),anintraoperativefindingofdacryocystorhinostomy(1case),abloodyepiphora(1case),andcomputedtomographyfindings(2cases).Diagnosesincludedmalignantlymphomain3cases,squamouscellcarcinomain1case,andmucoepidermoidcarcinomain2cases.Treatmentofthelacrimal-sacmalignanttumorincludedradiationonly,combinedradiation/chemotherapy,andwideresection.Onecaseofmucoepidermoidcarcinomametastasizedtothecervicallymphnode.Thefindingsofthisstudyshowthatspecialattentionshouldbeplacedonthepossibilityofalacrimal-sacmalignanttumorwhentreatingnasolacrimalobstruction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1041.1045,2015〕Keywords:涙.悪性腫瘍,悪性リンパ腫,粘表皮癌,扁平上皮癌,治療.lacrimalsacmalignanttumor,malignantlymphoma,mucoepidermoidcarcinoma,squamouscellcarcinoma,treatment.はじめに涙.腫瘍は比較的まれであるが,55.72%が悪性腫瘍であり,好発年齢は中高年に多い1,2).涙.悪性腫瘍は上皮性と非上皮性に大きく分けられ,上皮性では扁平上皮癌・粘表皮癌,非上皮性では悪性リンパ腫や悪性黒色腫などが報告されている1,2).涙.悪性腫瘍は予後不良な場合もあり,正確な診断と早期治療が重要となる.今回,筆者らは,当院で診断された涙.悪性腫瘍について鑑別点や治療予後について検討を行ったので報告する.I症例対象は1996年2月.2013年8月に涙.悪性腫瘍と診断された6例.男性3例,女性3例,年齢は41.90歳で,病名は乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例,悪性リンパ腫3例〔粘膜関連リンパ組織型節外性辺縁帯リンパ腫(MALTリンパ腫)2例,びまん性大細胞リンパ腫(DLBCL)1例〕,〔別刷請求先〕有田量一:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学医学部眼科医局Reprintrequests:RyoichiArita,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity,3-1-1Maidashi,Higashi-Ku,Fukuoka812-8582,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)1041 DD扁平上皮癌1例であった.各疾患の症例を呈示する.〔症例1〕90歳,男性.現病歴:2004年より右)流涙症状があり,2008年近医にて流涙症状に対して涙.鼻腔吻合術鼻外法が予定された.鼻外法は術中直視下に涙.を観察することでき,涙.部に腫瘍性病変が確認された.涙.全体を周囲組織から.離し,可及的に亜全摘が行われた.術中採取した病理組織では悪性所見なく乳頭腫の所見であった(図1A).2011年3月腫瘍再発を認め,当院初診.腫瘍は鼻涙管を経由し,下鼻道.上顎洞内側壁付近へ進展を認めた.鼻腔からの生検にて扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する組織であり(図1B),「粘表皮癌」と診断した.2011年8月鼻涙管を含めた拡大切除を行い,その後再発を認めていない.〔症例2〕41歳,男性.現病歴:主訴は涙.部痛であり,1996年2月初診時左内眼角に涙丘と連続する腫瘍を認め(図1C),手術で切除した.病理組織は乳頭腫の所見であった.腫瘍は涙.原発と考えられ,全摘すると篩骨洞がみえる状態であった.その後3回再発を繰り返し,眼窩深部に浸潤する像が認められたので(図1D,E),拡大切除を施行した.組織は異形が強くなっており,おもに扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する組織であり(図1F)「粘表皮癌」と診断した.その1年半後に頸部リンパ節転移(,)をきたし,左顎下腺摘出ならびに頸部リンパ節ABECF図1涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌症例1A:悪性所見なく乳頭腫の所見.B:扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する.症例2C:左涙.部に涙丘と連続する腫瘤.D,E:左涙.部腫瘤のCT画像(水平断,冠状断).F:扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する.ABCDEF図2涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌におけるp53およびMIB.1免疫染色p53免疫染色A:1996年乳頭腫.p53陽性率6%(発症時).B:2005年乳頭腫.p53陽性率6%(1回目再発時).C:2012年悪性転化した粘表皮癌の頸部転移.p53陽性率35%(頸部リンパ節転移).MIB.1免疫染色D:1996年乳頭腫.MIB-1index17%(発症時).E:2005年乳頭腫.MIB-1index18%(1回目再発時).F:2012年,悪性転化した表皮癌の頸部転移MIB-1index53%(頸部リンパ節転移).1042あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(120) 郭清を行った.摘出したリンパ節の病理組織は涙.部粘表皮癌と同様の組織像であった.免疫染色において癌抑制遺伝子p53陽性率は1996年(発症時:図2A)6%,2005年(1回目再発時:図2B)6%,2012年(悪性転化後の頸部リンパ節転移:図2C)35%であり,細胞増殖能を示すMIB-1index陽性率は1996年(発症時:図2D)17%,2005年(1回目再発時:図2E)18%,2012年(悪性転化後の頸部リンパ節転移:図2F)53%と,p53およびMIB-1index陽性率が悪性転化後に増加していた.頸部リンパ節郭清後,腫瘍の再発は認めていない.〔症例3〕88歳,男性.現病歴:主訴は流涙であり,CTで涙.部腫瘍が発見され,2013年8月当院初診.涙.部に腫瘍を認め(図3A),CTでは腫瘍は涙.部から鼻涙管を経由し(図3B),鼻内視鏡では下鼻道から鼻腔内に進展,下鼻道前方を充満していた.鼻腔より腫瘍生検を行い,病理組織では小型.中型の異形B細胞のびまん性浸潤を認め(図3C),MALTリンパ腫と診断し,放射線治療後,再発なく経過している.〔症例4〕70歳,女性.現病歴:2001年2月左)涙.部腫脹を自覚し,近医から当院に紹介となった.CTで涙.部腫瘍が発見され,同年6月涙.部から生検を行った.病理組織では小型.中型の異形B細胞のびまん性浸潤を認め,MALTリンパ腫と診断した.放射線治療後,再発なく経過している.〔症例5〕66歳,女性.現病歴:2003年より右)涙.部皮膚の発赤を認めていた.その後増悪し(図3D),涙.部腫瘍を疑われ2011年に当院初診.MRIにて涙.部腫瘤を認め(図3E),経皮的に腫瘍生検を行った.病理組織で大型異型B細胞のびまん性浸潤を認め(図3F),DLBCLと診断し,放射線と化学療法の併用療法を施行した.〔症例6〕69歳,女性.現病歴:主訴は血性流涙であり,2006年CTで涙.部腫瘍が発見され,当院初診.涙.部に腫瘤を認め(図4A),腫瘍は鼻涙管を介して鼻腔内に進展しており(図4B),鼻腔より生検を行った.病理組織では,角化傾向の強い異形細胞の増殖を認め(図4C),扁平上皮癌と診断し,拡大切除および放射線治療を施行した.症例のまとめを表1に示す.6例中3例の主訴は流涙であり,それ以外に涙.部の発赤腫脹2例,涙.部痛1例であった.診断のきっかけは,視診触診および皮膚所見から疑ったものが2例,涙.鼻腔吻合術時に発見されたものが1例,血性流涙1例,CTで発見されたものが2例であった.病理診断は涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例,涙.部悪性リンパ腫3例(MALTリンパ腫2例,DLBCL1例),扁平上皮癌1例であった.粘表皮癌は拡大切除,MALTリンパ(121)ADBECF図3涙.部悪性リンパ腫症例3涙.部MALTリンパ腫A:左涙.部腫瘤.B:左涙.部腫瘤のCT画像.C:小型.中型の異形細胞のびまん性浸潤.症例5涙.部びまん性大細胞リンパ腫DLBCLD:右涙.部腫瘤の増悪(当科初診時).E:右涙.部腫瘤の造影MRI画像.F:大型異型B細胞のびまん性浸潤.腫は放射線単独療法,びまん性大細胞B細胞性リンパ腫は放射線と化学療法の併用療法,扁平上皮癌は拡大切除と放射線治療の併用療法を行った.再発は2例でみられ,粘表皮癌の1例のみで頸部リンパ節に転移を認めた.II考按涙.悪性腫瘍は比較的まれであるが,予後不良な場合もあり正確な診断と早期治療が重要となる.とくに症例1と2では最初の病理組織で涙.部乳頭腫と診断されたにもかかわらず粘表皮癌に悪性転化しており,一度良性乳頭腫と診断されても,その後の悪性転化に注意が必要である.このような乳頭腫から悪性転化したという報告はこれまでに涙.部で2報3,4),結膜で2報5,6)が報告されている.涙.部乳頭腫にはhumanpapillomavirus(HPV)6型と11型7)の関与が示唆されているが,涙.部悪性腫瘍に関連するHPVの遺伝子型は18型8)が示唆されている.また,悪性転化のメカニズムには癌抑制遺伝子p53の変異9)が報告されている.症例2における免疫染色においても,p53および細胞増殖能を示すMIB-1index陽性率が悪性転化後に増加しており,p53の変異が腫瘍の悪性化に影響している可能性が考えられた.涙.悪性腫瘍は流涙や涙.部腫瘤といった原発性鼻涙管閉あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151043 ABCABC図4涙.部扁平上皮癌症例6扁平上皮癌A:左涙.部腫瘤.B:左涙.部腫瘤のCT画像.C:角化傾向の強い異形細胞の増殖.表1各症例のまとめ年齢性側性症状診断のきっかけ病理組織治療観察期間(月)再発転移190男右流涙涙.鼻腔吻合術時乳頭腫粘表皮癌拡大切除(全摘)26+1回.241男左涙.部痛視診・触診乳頭腫粘表皮癌拡大切除(全摘)204+3回+388男左流涙CT画像MALTリンパ腫放射線11..470女左涙.部膨張CT画像MALTリンパ腫放射線156..566女右涙.部発赤視診・触診DLBCL放射線化学療法35..669女左流涙血性流涙扁平上皮癌拡大切除(全摘)放射線86..塞症と類似の臨床症状をきたすことから,鑑別が困難な場合がある.涙.悪性腫瘍の症状を検討した多数例の報告では,血性流涙や鼻出血などはまれで,流涙がもっとも多く,ついで涙.部腫瘤など原発性鼻涙管閉塞症に伴う症状と類似している10,11).筆者らの症例でも6例中3例で主訴は流涙であり,涙.悪性腫瘍と原発性鼻涙管閉塞症を臨床症状から鑑別することはむずかしい.本症例では視診触診・血性流涙・CTで6例中5例が発見されているが,1例は涙.鼻腔吻合術時に偶然発見されたものである.既報においても涙.悪性腫瘍の20.43%は涙.鼻腔吻合術時に偶然発見されている11,12).涙.悪性腫瘍の診断は,画像的,内視鏡的,組織学的に行う.CTおよびMRI画像では,腫瘍の進展・浸潤の評価に有用であり,とくにCTでは骨破壊像,造影MRIは涙.炎との鑑別に有用である.涙道内視鏡検査は涙.内の腫瘍を直接観察可能であり,涙.腫瘍を鑑別するのに有用なツールとなるが,すべての症例で涙道内視鏡で腫瘍が同定できるわけではないので,内視鏡所見だけで腫瘍の存在を完全に否定するべきではない.鼻内視鏡では鼻腔内に進展した腫瘍を同定でき,ときに鼻腔内から生検が可能な場合もあり,行っておくべき検査の一つである.腫瘍の診断や病型は,経皮的に行った生検組織で病理組織学的に決定し,腫瘍の進展や浸潤範囲なども考えながら治療1044あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015法を決定していくのが一般的である.涙.腫瘍は上皮性と非上皮性に大きく分けられ,上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍で治療方針が異なる.既報では,上皮性が非上皮性より多く,上皮性では扁平上皮癌が,非上皮性ではMALTリンパ腫がもっとも多く認められている.上皮性悪性腫瘍の治療は鼻涙管へ進展していることが多く,涙.のみの切除では再発率44%と高率に再発をきたすため,涙小管と鼻涙管を含めた拡大切除と放射線治療の併用が推奨されているが,それでも再発率は13%・死亡率は13.50%と高い1,13).非上皮性悪性腫瘍は悪性リンパ腫が多く,その治療は組織型や年齢,全身病巣の有無によって異なるが,涙.部悪性リンパ腫は高悪性度であることが多く,再発率は33%,5年生存率は65%と報告されている13).本症例では6例中2例で再発をきたしており,既報からも今後の再発や転移に注意しながら経過観察する必要がある.近年,内視鏡の普及などによって原発性鼻涙管閉塞症に対して涙.鼻腔吻合術が普及しつつあるが,鼻涙管閉塞症を診断治療するうえで涙.悪性腫瘍の可能性に留意が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(122) 文献1)HeindlLM,JunemannAG,KruseFEetal:Tumorsofthelacrimaldrainagesystem.Orbit29:298-306,20102)MontalbanA,LietinB,LouvrierCetal:Malignantlacrimalsactumors.EurAnnOtorhinolaryngolHeadNeckDis127:165-172,20103)ElnerVM,BurnstineMA,GoodmanMLetal:Invertedpapillomasthatinvadetheorbit.ArchOphthalmol113:1178-1183,19954)LeeSB1,KimKN,LeeSRetal:Mucoepidermoidcarcinomaofthelacrimalsacafterdacryocystectomyforsquamouspapilloma.OphthalPlastReconstrSurg27:44-46,20115)HeuringAH,HutzWW,EckhardtHBetal:Invertedtransitionalcellpapillomaoftheconjunctivawithperipheralcarcinomatoustransformation.KlinMonblAugenheilkd212:61-63,19986)StreetenBW,CarrilloR,JamisonR:Invertedpapillomaoftheconjunctiva.AmJOphthalmol88:1062-1066,19797)SjoNC,vonBuchwaldC,CassonnetPetal:Humanpap-illomavirus:causeofepitheliallacrimalsacneoplasia?ActaOphthalmolScand85:551-556,20078)MadreperlaSA,GreenWR,DanielRetal:Humanpapillomavirusinprimaryepithelialtumorsofthelacrimalsac.Ophthalmology100:569-573,19939)YoonBN,ChonKM,HongSLetal:Inflammationandapoptosisinmalignanttransformationofsinonasalinvertedpapilloma:theroleofthebridgemolecules,cyclooxygenase-2,andnuclearfactorkB.AmJOtolaryngol34:22-30,201310)StefanyszynMA,HidayatAA,Pe’erJJetal:Lacrimalsactumors.OphthalPlastReconstrSurg10:169-184,199411)ParmarDN,RoseGE:Managementoflacrimalsactumours.Eye17:599-606,200312)FlanaganJC,StokesDP:Lacrimalsactumors.Ophthalmology85:1282-1287,197813)BiYW,ChenRJ,LiXP:Clinicalandpathologicalanalysisofprimarylacrimalsactumors.ZhonghuaYanKeZaZhi43:499-504,2007***(123)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151045

von Hippel-Lindau(VHL)病における網膜血管腫発症の全国疫学調査結果

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1773.1775,2011cvonHippel-Lindau(VHL)病における網膜血管腫発症の全国疫学調査結果松下恵理子*1福島敦樹*1石田晋*2白木邦彦*3米谷新*4執印太郎*5(「VHL病の病態調査と診断治療系確立の研究」班)*1高知大学医学部眼科学講座*2北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学*4埼玉医科大学眼科学教室*5高知大学医学部泌尿器科学講座EpidemiologicalInvestigationofRetinalAngiomaofvonHippel-LindauDiseaseinJapanErikoMatsushita1),AtsukiFukushima1),SusumuIshida2),KunihikoShiraki3),ShinYoneya4)andTaroShuin5)1)DepartmentofOphthalmology,KochiMedicalSchool,2)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversity,GraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity,5)DepartmentofUrology,KochiMedicalSchool過去における欧米の文献では,vonHippel-Lindau(VHL)病に一定の割合で網膜血管腫が発症することが知られている.しかし,わが国では正確な疫学調査がされておらず,VHL病患者の網膜血管腫の頻度や病態は明らかではない.平成21年から23年にかけて,筆者らはVHL病に合併する網膜血管腫について,国内脳神経外科,眼科,泌尿器科,膵臓病内科の各専門医を対象に疫学調査を行った.その結果,VHL病患者の網膜血管腫の発症数は140名で,VHL病全患者の34%に合併していた.男女比は1:1で,発症年齢は5.68歳で,平均値28.5歳であった.患者分布は北海道,太平洋沿岸から瀬戸内海地域に帯状に多い傾向にあった.治療に関しては網膜光凝固術を施行されている症例が最も多く,ついで冷凍凝固術が施行されていた.抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)抗体硝子体注射など新たな治療に取り組む施設もあった.PreviousreportsdemonstratethatretinalangiomaisobservedinacertainpercentageofpatientswithvonHippel-Lindaudisease(VHL)patientsinEuropeandtheUnitedStates.However,becausenoepidemiologicalinvestigationhasyetbeenconductedinJapan,thefrequencyandconditionsofretinalangiomaremainobscureinJapan.From2009to2011,weconductedanepidemiologicalinvestigationusingquestionnairesforneurosurgeons,ophthalmologists,urologistsandphysiciansspecializedinpancreaticdiseases.Of409VHLpatients,140hadretinalangioma,afrequencyof34%.Theratiobetweenmalesandfemaleswas1;themean(range)ageatthediagnosiswas28.5(5.68)years.Geographically,distributionofpatientsislikelytobeinabelt-shapedpatternalongthecoastofHokkaido,fromthePacificOceantotheInlandSea.Mostofthepatientsreceivedlaserphotocoagulation.Newtherapeuticapproaches,suchasintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)antibody,weretriedinsomeinstitutions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1773.1775,2011〕Keywords:フォン・ヒッペル・リンドウ病,網膜血管腫,疫学調査,治療.vonHippel-Lindaudisease,retinalangioma,epidemiologicalinvestigation,therapy.はじめにvonHippel-Lindau(VHL)病は,染色体3番短腕に原因遺伝子が存在する常染色体優性遺伝性疾患である.欧米では発症頻度は3万6千人に1人,または100万人に1家系の発症であるとされる.中枢神経系,内耳,網膜,副腎,腎臓,膵臓,精巣上体,子宮などの多数の臓器に腫瘍,.胞を発症するとされる.10歳未満という幼少児期から70歳までの長期間にわたって発症し1,2),治療は各臓器の合計で平均5回以上の手術に及ぶ患者も多い.その結果,多くの後遺症を残すためqualityoflife(QOL)の悪い難治性疾患とされる.〔別刷請求先〕福島敦樹:〒783-8505南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座Reprintrequests:AtsukiFukushima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KochiMedicalSchool,Kohasu,Oko-cho,Nankoku7838505,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(111)1773 欧米では過去にVHL病の詳細な病態調査が行われている3,4)が,わが国では大規模な病態調査はまったくなされていなかった.特に網膜病変は幼児期から発症するため,早期からの経過観察が必要とされるが,調査結果に基づく診療のガイドラインとなるものはわが国には存在しなかった.今回,筆者らは平成21年から23年にかけて厚生労働省難治疾患克服研究事業研究奨励疾患の一つとして,全国の脳神経外科,眼科,泌尿器科,膵臓病の専門医を対象に疫学調査を行うことにより,日本におけるVHL病網膜血管腫の現状を把握したので報告する.I研究対象および方法平成21年から23年にかけて厚生労働省難治疾患克服研究事業研究奨励疾患としてVHL病に合併する網膜血管腫について,国内の脳神経外科(1,141名),眼科(1,149名),泌尿器科(1,200名),膵臓病内科(1,055名)の各専門医を対象に疫学調査を行った.全国の専門医に対して,VHL病の診断治療経験の有無を調査した.VHL病患者を診療していると回答のあった医師に対して,調査項目を提示してアンケート調査を行った.網膜血管腫についての調査項目は性別,発症年齢,現在の居住県,治療法と,視力障害と視野障害の有無,死亡情報などであった.治療法と治療回数に関するアンケートでは,各患者について,10回分の治療を報告していただき,その何回目にどの治療を行ったかを記載してもらった.これらの疫学調査は高知大学医学部の倫理委員会審査で許可を得て匿名調査で行った.回収された結果から,わが国の網膜血管腫の実態を把握することにより経過観察,診断・治療指針のアルゴリズムを作成した.II結果(人)診断治療の経験があった各科専門医師より回答されたVHL病網膜血管腫の発症数は140名で,VHL病全患者409名の34%に合併していた.男性:女性は70:70で性差はなかった.発症年齢は5.68歳で発症年齢の平均値28.5歳,中央値28歳であった.発症年齢は小児から高齢者まで幅広いが,15歳から35歳までの若年発症が多かった(図1).患者の分布は,北海道,太平洋沿岸から瀬戸内海地域にかけて帯状に広がって分布する傾向がみられた(図2).死亡例については,VHL全体と網膜血管腫で明らかな差はなかった.2.治療内容についての調査結果治療についてはレーザー治療が最も多く行われていた.レーザー治療についで冷凍凝固術が施行されていた.抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)抗体硝子体注射,光線力学的療法あるいは硝子体手術が施行された症例もあった10名以上6名以上9名以下3名以上5名以下3名未満北海道13東京10神奈川12静岡7愛知6大阪7兵庫11岡山10福岡6宮城8図2地域分布1.発症病態の調査結果アンケートの回収率は全体で約50%であった.VHL病の(人)706260504030201712121101020304050607080網膜光凝固術網膜冷凍凝固術眼球摘出抗体硝子体注射その他1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目年齢(歳)図1発症年齢分布図3治療法と治療回数1774あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(112)025751212100010 表1VHL病網膜血管腫診療ガイドラインの要約1)可能であれば新生児より経過観察を開始する.2)眼底検査により診断するが,蛍光眼底造影検査などの補助検査も重要である.3)治療の基本は網膜光凝固であり合併症に対して手術を行う.傍視神経乳頭型では網膜光凝固が不可能な場合もある.その場合には抗VEGF抗体硝子体注射や光線力学的療法を考慮する.(図3).3.経過観察,診断・治療指針のアルゴリズム発症病態の調査結果と治療内容についての調査結果に基づき,VHL病患者の早期経過観察による診断と治療の指針とアルゴリズムを作成した5).その要約を表1に示す.III考察平成21年から23年にかけて厚生労働省難治疾患克服研究事業研究奨励疾患としてVHL病に合併する網膜血管腫について,国内の脳神経外科,眼科,泌尿器科,膵臓病内科の各専門医を対象に疫学調査を行った.今回の調査結果から,わが国のVHL病における網膜血管腫の合併率は34%であることが判明した.白色人種での調査結果による海外の既報では40.70%とされている4,6).VHL病の各病態の発症頻度についての報告は白色人種のみでなされており,黄色人種では網膜血管腫の発症頻度の報告は初めてである.今回の結果は,白色人種と比較し,日本人では網膜血管腫の発症頻度はやや低かった.しかし,性差はなく,青壮年期に発症する傾向については,海外の既報と同様の結果であった4,6).分布に関し,アンケート調査では「現在の居住県」を尋ねており,必ずしも発症県ではないことにも注意を払う必要がある.また,人口の多い地域により多くの患者が分布する傾向にあり,人口当たりに換算し,地域差を検討する必要もあると考えられた.VHL病の網膜血管腫に対する治療として,VHL病以外の血管腫でも第一選択である網膜光凝固術が最も行われていた.今回の調査の結果,抗VEGF療法や光線力学的療法など新たな治療に取り組む施設もあった.網膜血管腫の組織学検討からVEGFをはじめとする種々の血管増殖因子が網膜血管腫の発生に関与する可能性が示唆されている7).欧米では,傍視神経乳頭型に対し抗VEGF抗体硝子体注射を含む抗VEGF療法8,9)や光線力学的療法10)を試み,一定の効果が得られた報告がある.今回の調査では治療法選択に関する詳細な情報は得られていないが,黄斑部に影響を与えている網膜血管腫に施行されたと考えられる.今後の詳細な調査と多施設での検討が期待される.筆者らが昨年作成した網膜血管腫の診療アルゴリズムでも傍視神経乳頭型の網膜血管腫で網膜光凝固術が不可能な症例には抗VEGF抗体硝子体注射や光線力学的療法を考慮するとした5).今回の調査結果により,本アルゴリズムの妥当性が示され,今後のVHL診療に役立つものと考えられた.死亡例にVHL病全体と網膜血管腫で特に差がなかったことから,網膜血管腫の合併の有無が生命予後に与える影響は少ないと考えられた.しかし,本調査で得られた範囲では23名の患者で片眼もしくは両眼が失明していたことから,視力障害,視野障害という観点からQOLは著しく障害されていると考えられる.今回の調査結果から,5歳で診断された症例がいることが判明した.アルゴリズムにも記載しているように5),家族歴がある場合は可能であれば新生児より眼底検査を行うことにより早期発見・早期治療が可能となり,視力・視野障害の進行予防に役立つと考えられる.文献1)LonserRR,GlennGM,WaltherMetal:vonHippel-Lindaudisease.Lancet361:2059-2067,20032)MaherER,HartmutHP,NeumannS:vonHippel-Lindaudisease:clinicalandscientificreview.EurJHumGenet19:617-623,20113)MaddockJR,MoranA,MaherERetal:AgeneticregistryforvonHippel-Lindaudisease.JMedGenet33:120127,19964)MaherER,YatesJR,HarriesRetal:ClinicalfeaturesandnaturalhistoryofvonHippel-Lindaudisease.QJMed283:1151-1163,19905)執印太郎:厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業フォン・ヒッペルリンドウ病の病態調査と診断治療系確立の研究.平成22年度総括・分担研究報告書150:135-136,20116)RichardS,ChauveauD,ChretienYetal:RenallesionsandpheochromocytomainvonHippel-Lindaudisease.AdvNephrolNeckerHosp23:1-27,19947)ChanCC,CollinsAB,ChewEY:MolecularpathologyofeyeswithvonHippel-Lindau(VHL)disease:areview.Retina27:1-7,20078)AielloLP,GeorgeDJ,CahillMTetal:RapidanddurablerecoveryofvisualfunctioninapatientwithvonHippel-Lindausyndromeaftersystemictherapywithvascularendothelialgrowthfactorreceptorinhibitorsu5416.Ophthalmology109:1745-1751,20029)DahrSS,CusickM,Rodriguez-ColemanHetal:Intravitrealanti-vascularendothelialgrowthfactortherapywithpegaptanibforadvancedvonHippel-Lindaudiseaseoftheretina.Retina27:150-158,200710)SachdevaR,DadgostarH,KaiserPKetal:Verteporfinphotodynamictherapyofsixeyeswithretinalcapillaryhaemangioma.ActaOphthalmol88:334-340,2010(113)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111775