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角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10 年後との比較

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)123《原著》あたらしい眼科28(1):123.130,2011c〔別刷請求先〕松原稔:〒675-1332小野市中町275-1松原眼科医院Reprintrequests:MinoruMatsubara,M.D.,MatsubaraEyeClinic,275-1Naka-cho,Ono-shi,Hyogo-ken675-1332,JAPAN角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10年後との比較松原稔松原眼科医院HistologicalStudyofPhenomenainPitsafterCornealIronForeignBodyExtraction,andSlit-lampMicroscopicStudyofOpacitiesRemainingSoonAfterExtraction,asComparedwith10YearsAfterMinoruMatsubaraMatsubaraEyeClinic目的:角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象を組織学的に研究した.そして摘出直後の痕の形態変化と10年後の摘出痕(片雲)の状態とを比較して,両者の類似性を統計的に検証し,摘出痕にみられた摘出直後の現象が10年後の片雲に至る過程を組織学的に推測した.対象と方法:短期観察群として161名の鉄粉異物の長短径,摘出後4年間観察した5名の摘出痕の長短径と深さの推移,および60名の摘出鉄粉異物の長短径と高さを計測し,31名の摘出鉄粉異物の病理切片を検鏡した.長期観察群として摘出後10年以上経過した159名を細隙灯で観察後131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.結果:鉄粉異物は外傷後72時間で錆輪周囲が溶解しフィブリンに包まれて健常角膜から隔離された.72時間以内の摘出では摘出腔壁と腔内に錆が残った.腔内残存錆を覆う上皮細胞塊では線維芽細胞様細胞やコラーゲンを溶解し錆を貪食する細胞がみられ,アポトーシス小体と細胞分裂中の細胞が多くみられた.細胞がバラバラになって水疱内に積み重なっていた.摘出腔壁の残存錆は実質に増殖した線維芽細胞が貪食した.短,長期観察群間で摘出痕の径と深さに差はなかった.結論:錆を覆う上皮細胞に上皮中葉系移行(EMT)に似た変化がみられた.これは裸の二価鉄イオンと涙の溶存酸素がつくる活性酸素が上皮細胞に接触したためと考えられた.実質では錆を貪食した線維芽細胞は周囲の実質細胞ネットワークから摘出痕を孤立させた.錆の拡散を防ぐためと考えられた.Purpose:Thephenomenaoccurringinpitsfollowingcornealironforeignbodyextractionwerestudiedhistologically,andtheconfigurationofopacitiessoonafterextractionwasslit-lampmicroscopicallycomparedwiththeconfigurationatmorethan10yearsafter.CasesandMethods:Theshort-termobservationgroup,comprising161patientswithironforeignbodyand5ironforeignbodypatientswhohadundergoneserialobservationfor4yearsafterextraction,wereexaminedandmeasuredbothastoforeignbodydiameteranddepth,andthepost-extractiveopacities.Rustringsextractedfrom60patientsweremeasuredastobothdiameteranddepth.Specimensof31patientsextractedrustringswereexaminedbylightmicroscopyafterstainingbyhematoxylin-eosin,Perls’andTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)stain.Inthelong-termobservationgroup,comprising159patientsatmorethan10yearsafterextraction,131post-extractiveopacitiesweremeasuredastodiameterand138astodepth.Results:Rustringsurroundingsweredissolvedatmorethan72hoursafterinjury,therustringbeingwrappedinfibrinisolatingitfromthenormalcornea.Ifextractionwasperformedwithin72hoursafterinjury,somerustremainedinthepost-extractivepitandwascoveredwithepithelialcells.Thesecellsexhibitfibroblasticshape,dissolvethecollagenofthelamellaewithrustdepositionandphagocytizetherust.Manyapoptoticbodiesandmitoseswereseen,andmanycellsthathadlostthecell-celljunctionaccumulatedinthevacuole.Therustremaininginthestoromawasphagocytizedbyfibroblasts.Therewerenodifferencesbetweenthetwo124あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(124)はじめに鉄はヘモグロビン合成,細胞内の酸化還元反応,細胞増殖およびアポトーシスにとって必須の元素である.一方,過剰な鉄は活性酸素を発生させ細胞毒として作用するため,体内の鉄は蛋白質に包まれて厳重に管理されている1,2).鉄は酸素と水があれば腐食する.角膜表面は瞬目によって新鮮な涙が絶え間なく供給されるため,角膜鉄粉異物(以下,鉄粉異物)の腐食は自然界の数倍の速さで進行し,大量の裸の鉄イオンが角膜に直接接触する.そのため鉄粉異物では感染症の発生がない,外傷後72時間で錆輪周囲が溶解して鉄粉が隔離される,錆輪を覆う上皮が錆を貪食する,錆に触れた上皮細胞にアポトーシスが多発するなどの特異な現象が観察されている3,4).鉄粉異物を摘出術後から長期間観察すると,摘出の時期によって摘出痕腔(以下,腔)内に起こる現象が異なることや,摘出直後の痕と10年後の片雲の形に差のないことがわかった.そこで症例数を増やし観察を続けた結果,錆に接触した上皮細胞が中葉系に移行した可能性と,鉄粉摘出痕が周囲の角膜から孤立して錆の拡散を防いでいる可能性について2,3の知見を得たので報告する.I実験方法短期観察群として,鉄粉異物摘出前後から1~4年間を経時的に細隙灯顕微鏡(以下,細隙灯)で観察した5例の細隙灯写真,実質層錆輪を形成した鉄粉異物161例の細隙灯写真,損傷なく摘出できた鉄粉異物60例の実体顕微鏡写真を用いて鉄粉異物と摘出後4年間の摘出痕の長短径と深さを計測した.31例の摘出鉄粉異物の連続切片の光学顕微鏡所見を分析した.切片はすべてにヘマトキシリン・エオジン染色(以下,HE染色)を施し,そのうち6例には鉄を染めるPerls染色と3例にはアポトーシスを検出するTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)染色も施した.鉄粉異物は外傷後72時間を経過すると実質層錆輪周囲が溶解して健常角膜から隔離され,病態が変化するので短期観察群は外傷後72時間を境に前後に分類した3).鉄粉異物の細隙灯写真と摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真は前著3)と同じスライド写真を用い計測法もそれに準じた.長期観察群として,鉄粉異物摘出後10年以上経過したことを問診と診療録で確認した36~92歳の159名(男性145名,女性14名)の角膜を角膜鉄線撮影法5)で撮影し,131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.深さの計測には細隙灯のスリット幅可変つまみを1mm幅から徐々に絞り込みながら動画を撮影し角膜断面が認識できる最小幅の写真を使った.幅の広い写真では幅を補正した.長短期観察両群にみられた所見の類似性を統計的に検証し,鉄粉異物摘出痕が片雲に至る過程を組織学的に推測した.文中で使用する鉄粉異物は鉄粉とその下に生成される6種の錆輪6)を総括する言葉とした.各々の錆輪は,表層錆輪,上皮層錆輪,基底膜錆輪,Bowman層錆輪,実質層錆輪,穿孔錆輪と記述し,錆輪は錆の沈殿したラメラ(実質層錆輪)を意味する言葉として使った.錆は緑色の水酸化第一鉄,茶色の水酸化第二鉄,黒色の四酸化三鉄がいろいろな割合で混合したものを指す言葉として使い,必要なときは各水酸化鉄の名称で記述した.細隙灯撮影,鉄粉異物摘出術および摘出鉄粉異物の病理切片作製に際しては十分なインフォームド・コンセントを行った.II結果1.鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真(図1)直径が0.4mm程度の大きな鉄粉は角膜表面に付着後30分で上皮層に錆を沈殿させた.12時間経過すると錆の沈殿はBowman層に達し(図1a),24~72時間で鉄粉の大きさに比例した構成で鉄粉の下に6種の錆輪が完成した(図1b).72時間を経過すると実質層錆輪の周囲が溶解して鉄粉異物はフィブリンに包まれて周囲の角膜から隔離された(図1c).鉄粉と上皮層錆輪が落下してBowman層錆輪と実質層錆輪だけが残存した場合は,上皮が残存錆輪を覆った後72時間よりも遅れて錆輪周囲が溶解して錆輪はフィブリンに包まれて隔離された(図1d).実質層に錆輪をつくった鉄粉異物を72時間以内に摘出を行った場合は実質層錆輪の成長に応じて,細隙灯では発見しにくい緑色の水酸化第一鉄が腔壁groupsintermsofpost-extractiveopacitydiameterordepth.Conclusion:Theepithelialcellsthatcoveredtheresidualrustwellexpressedfunctionandformresemblingepithelial-mesenchymaltransition(EMT).Ferrousionintherustactivateoxygeninthetearstoreactiveoxygenspecies(ROS),exposingepithelialcellstoROSandchangingthemintoEMT.Inthepost-extractiveopacities,themultipliedfibroblastsphagocytizedtheresidualrustinthestromaandstoodalonefromneighboringcornealcellnetworkstopreventrustdiffusion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):123.130,2011〕Keywords:上皮中葉系移行,アポトーシス小体,活性酸素,角膜鉄粉異物,錆輪.epitherial-mesenchymaltransition(EMT),apoptoticbody,reactiveoxygenspecies(ROS),cornealironforeignbody,rustring.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011125と腔内に残った.摘出に難渋した症例は再来時に腔を覆う上皮に水酸化第二鉄の茶色の錆を認めることが多かった(図1e).錆を含む上皮は1~2週で腔壁から遊離した(図1f).遊離した上皮は容易に摘出できたことから放置しても自然に脱落することが推測できた.1~1.5カ月で腔内の混濁が消えたが腔壁と腔底に混濁が残った(図1g).この混濁は徐々に濃度を減らしながら長期にわたって存在した.Hudson-Stahli線発生領域8)に存在した摘出痕には摘出後2年で鉄線30分・12時間・24時間での錆輪の成長.24~72時間で実質層錆輪完成.72時間以上経過で実質層錆輪周囲が溶解.残存錆輪を上皮被覆後錆輪周囲が溶解.表層錆輪の下方で上皮層錆輪はB層に達す.腔壁,腔底,腔内の残存錆輪を上皮が被覆.腔内の増殖上皮が上皮中葉系移行(EMT).腔壁から増殖した上皮が腔内に充満.錆貪食線維芽細胞が腔内孤立で錆拡散阻止.茶色の残存錆輪を含む増殖上皮.EMT細胞塊を腔内増殖上皮が挙上.増殖したEMT細胞塊を摘出後の腔内面.摘出術後2年で片雲の下端に角膜鉄線発生.バー=0.5mm.実質層錆輪周囲に細胞浸潤著明.実質層錆輪周囲の溶解(矢印は溶解線).鉄粉と上皮層錆輪が落下すると周囲の溶解は遅れる(矢印).abcdefgh凡例:共通構造は角膜上皮層,Bowman層および実質.輪郭線を除いて黒色は鉄,錆,フェリチン,水酸化第二鉄.鉄粉異物周囲の白色はフィブリン.実質の丸い細胞は白血球.上皮層錆輪内外の細胞はネクローシスを起こした細胞.実質層錆輪外側灰色は水酸化第二鉄,内側白色は水酸化第一鉄.錆輪内部の上方は実質細胞,下方は増殖した線維芽細胞.摘出痕腔内の細胞塊は上皮中葉系移行細胞(EMT)でアポトーシス,細胞分裂,接着機能喪失細胞,線維芽細胞を含む.摘出痕は異コラーゲン繊維の中に錆を残余小体として保有する線維芽細胞.72時間以上経過72時間以内摘出図1鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真126あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(126)が発生した(図1h).2.72時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(図2)夜間救急外来受診症例(37歳,男性)で鉄粉を摘出したが錆輪が瞳孔領で角膜深層に達していたため一部を残し当院へ紹介された.2日後に再摘出して以後588日(供覧写真は10カ月まで)定期的に観察した.術後6カ月間は霧視を訴えた.再摘出術後588日の視力は1.2であった.再摘出後1カ月まで摘出痕を覆う上皮がフルオレセインに染まった.腔内の混濁は再摘出後1.5カ月まで認められた.腔は底を眼球中心に向けた半円形をなし健常角膜との境に強い混濁がみられた.時間の経過とともに腔壁の混濁の程度は変化したが,腔の深さは観察期間中不変であった.3.72時間以内の鉄粉異物摘出で残存した錆輪を包む増殖細胞塊の組織所見(図3)初回の鉄粉異物摘出時に錆輪の一部が残った症例(46歳,男性)で14日後に腔内の残留錆輪を包む増殖上皮を摘出した(図1f).組織切片では基底膜やコラーゲン繊維などの足場のない空間に延びる細胞(図3a),ラメラ内に線維芽細胞様形態の細胞が侵入(図3b),ラメラのコラーゲンが溶解している(図3c),錆を貪食した細胞(図3d)がみられた.細胞が連結能を失って水疱内にバラバラになって積み重なっていた(図3e).この水疱を連続切片で追跡すると管状になっていて末端は外界に解放されていた(図3f).アポトーシス小体,アポトーシス細胞と細胞分裂像が同一画面で多数みられた(図3g).4.実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例の摘出錆輪の組織所見(図4)鉄粉と上皮層錆輪が落下した症例(57歳,男性,図1d)ではBowman層錆輪と実質層錆輪が残りその上を増殖上皮層が覆っていた.組織切片では錆輪を覆う増殖上皮に錆の貪食やアポトーシス小体はみられなかった(4a,b).5.72時間以上経過した実質層錆輪の水平断面連続切片の組織所見(図5)周囲をフィブリンで包まれた実質層錆輪(図1c)のHE染色水平断の連続切片を約30~50μm間隔で並べた.錆の沈殿したラメラの幅は表層で厚く(図5a),深層では薄く3~4葉であった(図5d).上部錆輪の中央部では渦巻き模様をしたラメラの間に変形した角膜実質細胞(以後,実質細胞)がみられた(図5e).錆輪深層ではラメラに沿って線維芽細胞の過増殖がみられた(図5f).錆輪の周囲を線維芽細胞,多核白血球,フィブリンが取り囲んでいた(図5g).6.鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真,72時間以上経過した鉄粉異物の細隙灯写真および摘出した鉄粉異物の実体顕微鏡写真による長短径計測値の比較(表1)摘出後10年以上経過した摘出痕の短径平均値は0.45mm,長径平均値は0.49mm,摘出前の鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.47mm,摘出した鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.44mmであった.細隙灯写真で周囲に溶解線の見える鉄粉異物では内径を計測した(図1c,dの矢印).これらでは外径から内径を引いた値は内径の約20%であった.摘出痕が鉄粉異物よりも短径で0.08mm,長径で0.05mm大きいことから摘出痕が溶解線外径で形成されていることが推測できた.細隙灯鉄粉異物と摘出鉄粉異物の長短径各々の摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数は0.95から0.99であった.7.摘出鉄粉異物の実質層錆輪高と鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さの比較(表2)摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真での計測で摘出痕の深さを角膜厚で除した値の平均値は0.37であった.摘出した鉄粉異物の実質層錆輪の高さに上皮層厚0.05mmを加えた値を角膜厚0.5mmで除した値の平均値は0.37であった.数字は術後日月数バー=1.0mm初診日10日1カ月1.5カ月3カ月5カ月8カ月10カ月図272時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(127)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011127cbfgdea図372時間以内の鉄粉異物摘出で残存した遊離錆輪を包む増殖細胞塊の病理切片の光学顕微鏡写真a:腔内に延びる細胞.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に進入する線維芽細胞様の細胞(矢印).HE染色.バー=10μm.c:ラメラが溶けた状態.HE染色.バー=20μm.d:錆を貪食した細胞.黒矢印は細胞内の錆,白矢印は水疱内の錆.Perls染色.バー=10μm.e:バラバラになった細胞が水疱内に積み重なる.Perls染色.バー=10μm.f:腔内に遊離した残存錆輪を包む細胞群.細胞の積み重なった水疱.矢印は細胞の詰まった水疱内容物排出痕.Perls染色.バー=100μm.g:アポトーシス細胞,アポトーシス小体,細胞分裂.HE染色,バー=10μm.ab図4実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例から摘出した錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真a:錆輪の上に伸展した細胞群にアポトーシス小体の出現はない.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に載った細胞群に錆の貪食はみられない.Perls染色.バー=20μm.128あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(128)表1鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕,72時間以上経過した鉄粉異物および摘出した鉄粉異物の長短径計測値鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕の細隙灯写真鉄粉異物の細隙灯写真摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真数短径長径数短径長径数短径長径~0.0550.180.2080.190.2430.190.23~0.10230.290.30370.260.32150.270.31~0.1580.300.43320.320.39110.310.40~0.20300.400.44350.370.47150.390.47~0.25290.490.51160.420.5370.440.54~0.3070.500.6080.500.5640.490.56~0.3510.500.7050.520.6410.530.60~0.40110.600.6070.530.72~0.4560.600.7040.590.7210.600.75~0.5050.680.7220.630.7610.650.70~0.5510.600.9010.540.95~0.6010.700.8010.700.8610.700.80~0.6510.800.8020.611.04~0.7010.701.0010.701.00~0.8010.810.95~0.8510.701.22~0.9510.811.16~1.0021.001.00平均131個0.450.49161個0.370.4760個0.370.44摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数0.950.950.990.98aefgbcd図572時間以上経過した実質層錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真(すべてHE染色)a~d:実質層錆輪の水平断面の連続切片弱拡大.左は実質層錆輪表層,右は深層.各切片の間隔は30~50μm.バー=100μm.eはaの枠内拡大図,錆輪中央部にみられる実質細胞.fはd中央部の枠内の拡大図,錆輪中央部ラメラの間に過剰に増殖した線維芽細胞.gはd下方の枠内の拡大図,錆輪外周を包むフィブリンと多核白血球と線維芽細胞.バー=10μm.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011129III考按鉄は酸素運搬や酵素活性に必須の元素であるが,過剰鉄は活性酸素などのラジカルを発生させて生体を傷害するため細胞への鉄の出入りは分子レベルで制御されている.鉄粉異物が発生する裸の鉄である錆の取り込み機構と鉄の運搬を担う蛋白質に包まれたトランスフェリンの取り込み機構とはまったく異なる(図6).トランスフェリンの取り込みはどの細胞でも常時行われている機能であるが,錆のような裸の鉄の取り込みは細胞にとっては危険である.錆がリソソームに取り込まれた後,内部のpHが変化すると二価鉄イオンが外に漏れて活性酸素を発生させてアポトーシスをひき起こす可能性があるからである.二価鉄が触媒として活性酸素を発生させることはFenton反応としてよく知られているが,最近二価鉄と酸素が接触するだけで活性酸素が発生することが報告されている7).このことから鉄粉異物は受傷後72時間を経過すると錆輪の周囲が溶けてフィブリンに包まれて健常角膜から隔離されるが,これは活性酸素に対する生体防御反応と考えられる3).アスベスト吸入に伴う肺疾患はアスベストに含まれる鉄が活性酸素を発生させ肺胞細胞にアポトーシスを起こしたり上皮中葉系移行(epitherial-mesenchymaltransition:EMT)を起こすためである8).また,細胞内自由鉄の動向がEMT発生に影響を与えること9)など鉄イオンとEMTの関係について報告されている.EMTは胎生期の成長,癌の転移,組織修復の過程で主要な役割を演じる.形態的には上皮細胞が六角形状を失い線維芽細胞様になり,上皮細胞の主要機能である細胞同士の接着性を失い,中胚葉系細胞機能を獲得し移動能力が活性化する10).EMTの判定には免疫染色が用いられる.たとえば,上皮細胞の細胞骨格であるサイトケラチンと線維芽細胞の細胞骨格であるビメンチンをモノクローナル抗体を使って免疫染色をして両者を鑑別するなどである10).角膜では角膜上皮基底細胞のEMTが翼状片発生に重要な役割を果たしている表2摘出鉄粉異物の実質層錆輪の高さと鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さ鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕混濁の深さ鉄粉異物の実質層錆輪の高さ個数深さの角膜厚に対する割合個数実質層錆輪高角膜厚に対する割合~0.0580.3830.070.24~0.1080.36150.090.28~0.15170.35110.100.30~0.20170.30150.160.42~0.25150.3870.140.38~0.30210.3640.210.52~0.35110.3710.220.54~0.4050.38~0.4550.3810.210.52~0.5060.3510.220.54~0.5530.38~0.60100.3910.20.5~0.6530.43~0.7020.4210.20.5~1.0070.41総数と平均値138個0.3760個0.13mm0.37核FerritinEndocytosisEndosomeLysosomeTfR1DMT1残余小体pH:apo-transferrin:transferrin:錆○:Fe2+●:Fe3+●:Fe3O4TfR1:transferrinreceptor1DMT1:divalentmetaltransporter1図6トランスフェリンの取り込みと錆の取り込みの機構(文献2から改変して引用)130あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(130)ことが報告されている11).腔内残存錆輪を包む組織の切片では線維芽細胞様に細長くなった細胞が錆の沈殿したラメラ内に侵入し,コラーゲンを溶かし,錆を貪食し,細胞分裂とアポトーシスが多発し,細胞がバラバラになって水疱内に積み重なるなどの現象がみられた.これは免疫染色を行っていないが増殖上皮細胞が中葉系に移行した可能性が示唆された.二価鉄イオンと涙の含有酸素が反応して発生した活性酸素が増殖上皮細胞に触れたことが原因と考える.72時間以内摘出鉄粉異物をTUNEL染色すると上皮細胞と実質細胞の核の約半数が陽性に染まった.しかしアポトーシス小体は観察できなかった.TUNEL染色陽性はDNA断裂の証明になるがネクローシスでもDNAは断裂するのでアポトーシスの確定診断にはならない.そのため実質層錆輪表層では実質細胞に変形がみられたがアポトーシスと断定できない.しかし,深層にみられる線維芽細胞は輪部から遊走してきた線維芽細胞ではなくて実質細胞の過増殖である可能性が家兎角膜の実験12)から推測できるので,鉄粉異物摘出後短期間の時系列的観察で摘出痕の混濁が淡くなるのは,過増殖した細胞にアポトーシスが起こり数を減らしたと推測できる.鉄粉異物摘出痕の径と深さは10年以上経過しても変化はみられなかった.細胞内に貪食した錆を残余小体として保有する線維芽細胞が周囲の健常な実質細胞ネットワークに参加しないで,孤立して摘出痕内で集団になった結果と考える.鉄粉異物摘出痕にみられるこれらの現象は錆の拡散と錆の再活性化による活性酸素発生を防ぐための角膜での生体防御反応と考える.錆輪内部の線維芽細胞過増殖や摘出痕の10年間以上の不変はウサギの角膜に墨汁を注入した実験13)で示された現象に類似する.本論文の要旨は第34回角膜カンファランスで発表した.文献1)AisenP,EnnsC,Wessling-ResnickM:Chemistryandbiologyofeukaryoticmetabolism.IntJBiochemCellBiol33:940-959,20012)高橋裕,生田克哉:鉄代謝の分子機構.IronOverloadと鉄キレート療法(堀田知光,押味和夫監修),p25-35,メディカルレビュー社,20073)松原稔:角膜錆輪に起こる化学反応とその生成物・角膜の生体防御機構と鉄の細菌感染阻止機序.あたらしい眼科25:389-398,20084)松原稔:角膜錆輪を覆う上皮にみられる細胞死の組織学的研究.あたらしい眼科26:379-385,20095)松原稔:日本人角膜鉄線の形と分布にみる角膜鉄線発生機序の細隙灯顕微鏡写真による研究.臨眼63:725-730,20096)松原稔,吉田宗儀,増子昇:角膜錆輪の組織学的研究.臨眼58:1957-1960,20047)HuangX:Ironoverloadanditsassociationwithcancerriskinhumans:evidensforironasacarcinogenicmetal.MutatRes533:153-171,20038)KampDW:Asbestos-inducedlungdiseases:anupdate.TranslRes153:143-152,20099)ZhangKH,TianHY,GaoXetal:Ferritinheavychainmediatedironhomeostasisandsubsequentincreasedreactiveoxygenspeciesproductionareessentialforepithelialmesenchymaltransition.CancerRes69:5340-5348,200910)ThieryJP,SleemanJP:Complexnetworksorchestrateepithelial-mesenchymaltransitions.NatRevMolCellBiol7:131-142,200611)KatoN,ShimmuraS,KawakitaTetal:b-Cateninactivationandepithelial-mesenchymaltransitioninthepathogenesisofpterygium.InvestOphthalmolVisSci48:1511-1517,200712)WolterJR,ShapiroI:Morphologyofthefixedcellsofthecorneaoftherabbitfollowingincision.AmJOphthalmol40:24-28,195513)上田淳子:墨汁およびラテックス粒子を投与したウサギ角膜実質の電子顕微鏡的研究.近畿大医誌12:11-22,1987***

アスタキサンチンによる房水中Superoxide消去活性への影響

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(91)2290910-1810/09/\100/頁/JCLS47回日本白内障学会原著》あたらしい眼科26(2):229234,2009cはじめにさまざまな病態の発症進展の要因として過酸化反応(オキシデーション)の関与が明らかになるにつれ,その防御策として抗酸化物質への期待が高まっている.眼科領域においても例外ではなく,白内障や糖尿病網膜症,ぶどう膜炎や加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)など種々の病態に対し,抗酸化剤が期待されている1).われわれが日常,経口的に摂取する天然抗酸化物質としては,ビタミンAの前駆体であるカロテノイド,ビタミンC,ビタミンEがあげられるが,近年,カロテノイドの一種であるアスタキサンチン(astaxanthin:AX)が,その強力な抗酸化作用や天然抗酸化物質としての安全性から注目され,多方面からの研究が進められている2)(図1).筆者らも,AXに関し現在研究を進めているが,第46回日本白内障学会総会において,AXが白内障手術後の抗炎症効果として有用であったことを報告している3).〔別刷請求先〕橋本浩隆:〒305-0021つくば市古来530つくば橋本眼科Reprintrequests:HirotakaHashimoto,M.D.,TsukubaHashimotoOpticalClinic,530Furuku,Tsukuba-shi305-0021,JAPANアスタキサンチンによる房水中Superoxide消去活性への影響橋本浩隆*1,2新井清美*2高橋二郎*3筑田眞*2小原喜隆*4*1つくば橋本眼科*2獨協医科大学越谷病院眼科*3富士化学工業株式会社*4国際医療福祉大学視機能療法学科EectofAstaxanthinConsumptiononSuperoxideScavengingActivityinAqueousHumorHirotakaHashimoto1,2),KiyomiArai2),JiroTakahashi3),MakotoChikuda2)andYoshitakaObara4)1)TsukubaHashimotoOpticalClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KoshigayaHospital,DokkyoUniversitySchoolofMedicine,3)FujiChemicalIndustryCo.,LTD.,4)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfareアスタキサンチン(AX)摂取によるsuperoxide消去活性(O2・活性)への影響をヒト房水から検討した.対象は両眼の白内障手術を施行した35例であり,両眼の手術をAX摂取(2週間,6mg/日)前後で行い,術中採取した房水からニトロブルーテトラゾリウム(NBT)還元法でO2・活性(U/ml)を測定した.糖尿病(DM)の有無で非DM群19例とDM群16例に分類し,O2・活性,変化率(%),性差から比較した.AX摂取前後のO2・活性は,DM群が摂取後で有意に上昇した.変化率もDM群で大きい傾向があった.性差では,非DM群のAX摂取前後の比較で,O2・活性は有意に男性の摂取後で上昇した.AX摂取前値のO2・活性の男女比較では,有意に男性が低値であった.DM群のO2・活性は,有意に男性の摂取後で上昇した.変化率では,非DM群の男性で有意に変化率が高かった.糖尿病者では低下していたO2・活性がAX摂取で正常人レベルに上昇した可能性があり,特に男性がより有効であった.Weexaminedtheeectofastaxanthin(AX)consumptiononsuperoxide-scavengingactivity(O2・activity)inaqueoushumor.Thesubjectscomprised35patientswhowerescheduledforcataractsurgeryonbotheyes.Sur-geryononeeyewasperformedbeforeAXconsumption(for2weeks,6mg/day);surgeryontheothereyewasperformedafterAXconsumption,andO2・activity(U/ml)wasmeasured.Basedonthepresenceofdiabetes(DM),thesubjectswereclassiedintotwogroups,thenon-DMgroupandtheDMgroup;O2・activityandrateofchange(%)werecomparedbetweenthegroupsbysex.O2・activitywassignicantlyincreasedbyAXconsump-tionintheDMgroup.Regardingdierencesbysex,O2・activitybeforeAXconsumptionwassignicantlylowerinmalesandincreasedsignicantlyafterAXconsumptioninmales.Therateofchangewassignicantlyhighformalesinthenon-DMgroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):229234,2009〕Keywords:アスタキサンチン,房水,スーパーオキサイド,抗酸化,活性酸素.astaxanthin,aqueoushumor,superoxide,antioxidant,activeoxygen.———————————————————————-Page2230あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(92)眼疾患においては,カロテノイドの一種であるルテインがサプリメントとしてAMDに対し有効とされ広く推奨されている3,4)が,AXも眼内における抗酸化作用が明らかとなれば,白内障をはじめとしてオキシデーションが関連した種々の疾患に有用な物質として認識される可能性がある.今回筆者らは,AX摂取による眼内への影響について,ヒト房水中のsuperoxide消去活性の変化から検討を行うこととした.I対象および方法1.対象対象は,つくば橋本眼科にて両眼の白内障手術を施行した35例である.ぶどう膜炎など,炎症をきたしやすい疾患を有する例や8ジオプトリー以上の高度な屈折以上を有する例,核の硬化が著しい例,散瞳が不良な例,手術に難渋が予想された例,また,他のサプリメントを摂取している者は除外した.AXの摂取にあたっては,対象者に研究の趣旨をよく説明し,本人の同意を得て研究を行った.研究のためAXの摂取が必要である期間中において,何らかの理由により摂取継続を希望しない例は,速やかに摂取を中止することとし対象外とした.糖尿病者は過酸化反応が進行しやすいことから,対象者を糖尿病の有無で分類し,非糖尿病群(以下,非DM群と略)19例と,糖尿病群(以下,DM群と略)16例の2群に分けて比較検討した.平均年齢は,非DM群71.5±7.6歳,DM群70.3±6.2歳であり両群に差はなかった.2.方法両眼の白内障手術を行うにあたり,1眼目の手術の直後からAX摂取を開始し,2週間後に2眼目の手術を施行した.各々の手術において術中に1次房水を採取し,採取液(房水)を速やかに窒素ガス充のうえ,40℃で測定までの間冷凍保存した.その採取液から,ニトロブルーテトラゾリウム(NBT)還元法でsuperoxide消去活性の測定を行った5).試薬は,和光純薬のSODテストワコーRを用いた.今回用いたこの方法では,superoxidedismutase(SOD)のほか,還元型グルタチオン(GSH:glutathione)やL-アスコルビン酸などSOD以外のsuperoxide消去物質の活性も含めたtotalのsuperoxide消去活性を測定している.得られたデータを解析し,非DM群とDM群の2群で,消去活性値,変化率,性差から比較検討を行った.AX摂取前後のsuperoxide消去活性の変化率は,以下の式を用いて算出した.AX摂取前後のsuperoxide消去活性の変化率(%)=(摂取後のsuperoxide消去活性摂取前のsuperoxide消去活性)/摂取後のsuperoxide消去活性×100データの解析には,Mann-WhitneyのU検定とWilcoxonの符号付順位和検定を,比較する対象に応じて用いた.AXの摂取量は6mg/日であり,1眼目の手術当日から2眼目の手術までの間,毎日継続して摂取した.AXの摂取には,市販品サプリメントであるアスタビータR(富士化学工業株式会社製)を用いた.II結果(図26)1.DMの有無での比較1)AX摂取とsuperoxide消去活性値の関係は,非DM群で摂取前18.8±3.1U/ml,摂取後19.7±2.5U/ml,DM群で摂取前17.5±5.1U/ml,摂取後20.1±4.7U/mlであり,両群ともに摂取後にsuperoxide消去活性が高くなったが,特にDM群では有意(p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定)に上昇した(図2).2)AX摂取前後の変化率は,非DM群で3.6±18.3%,DMHOOHOO図1アスタキサンチンの構造式変化率(%)806040200-20-40非DM群(n=19)DM群(n=16)図3AX摂取によるsuperoxide消去活性の変化率消去活性摂取摂取=19):DM群(n=16)**:p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定図2AX摂取とsuperoxide消去活性の関係———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009231(93)群で12.0±20.6%であり,DM群で変化率は高い傾向があったが,両群間で有意差はなかった(図3).2.男女の比較1)性差による比較では,非DM群でsuperoxide消去活性値をAX摂取前後で比べると,男性はAX摂取前16.9±1.7U/ml,AX摂取後20.0±1.4U/ml,女性ではAX摂取前20.0±3.3U/ml,AX摂取後19.6±3.0U/mlであり,AX摂取後において有意(p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定)に男性が上昇した.AX摂取前値においては,男女比較で,有意(p<0.05,Mann-WhitneyのU検定)に男性が低値であった(図4-a).DM群の男性はAX摂取前16.7±5.2U/ml,AX摂取後20.0±5.0U/ml,女性はAX摂取前18.7±5.3U/ml,AX摂取後20.2±5.2U/mlであり,男性の摂取前後で有意(p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定)に上昇した.DM群ではAX摂取前後で男女差はなかった(図4-b).2)変化率では,非DM群で男性15.2±9.1%,女性3.2±19.2%,DM群で男性16.1±20.7%,女性6.8±20.6%であり,両群ともに男性で変化率が高くなっていた.特に,非DM群では値にばらつきも少なく,男性で有意(p<0.05,Mann-WhitneyのU検定)に変化率が高くみられた(図5).3)全体的に性差の影響を検討するため,非DM群とDMSuperoxide消去活性値(U/ml)262422201816141210摂取前a.非DM群b.DM群2週間摂取後:非DM群男性(n=7):非DM群女性(n=12)****:p<0.05,Mann-WhitneyUtest**:p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定Superoxide消去活性値(U/m?)262422201816141210摂取前2週間摂取後:DM群男性(n=9):DM群女性(n=7)**:p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定図4AX摂取とsuperoxide消去活性の関係(男女比較)*a.非DM群b.DM群*:p<0.05,Mann-WhitneyUtest変化率(%)806040200-20-40男性(n=7)女性(n=12)変化率(%)806040200-20-40男性(n=9)女性(n=7)図5AX摂取によるsuperoxide消去活性の変化率(男女比較)Superoxide消去活性値(U/ml)262422201816141210摂取前2週間摂取後:総男性群(n=16):総女性群(n=19)****:p<0.05,Mann-WhitneyUtest**:p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定図6AX摂取とsuperoxide消去活性の関係(総男女比較)———————————————————————-Page4232あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(94)群を合わせて(非DM+DM)総男性群と総女性群として検討すると,総男性群で摂取前16.8±3.9U/ml,摂取後20.0±3.5U/ml,総女性群で摂取前19.5±4.0U/ml,摂取後19.8±3.8U/mlであり,総男性群においてAX摂取前後で有意(p<0.05,Wilcoxonの符号付順位和検定)な上昇がみられ,AX摂取前値において総男性群と総女性群の間に有意(p<0.05,Mann-WhitneyのU検定)な差がみられた(図6).III考按好気性生物には,活性酸素・フリーラジカルによる酸化的障害を防御する抗酸化物質機構として,その産生を抑制する予防的抗酸化物(preventiveantioxidant)と,生成された活性酸素・ラジカルを捕捉する連鎖切断型抗酸化剤(chain-breakingantioxidant)がある.前者にはSOD,カタラーゼ,グルタチオンリダクターゼ,グルタチオンペルオキシダーゼ(glutathioneperoxidase:Gpx)などの酵素類があり,後者には水溶性のL-アスコルビン酸など還元糖,GSH,尿酸,ビリルビン,脂溶性のビタミンE,ユビキノール,カロテノイド類があげられる.また,カテキンなどポリフェノール類のなかには,水溶性・脂溶性双方に親和性をもつ両親媒性の抗酸化物質も知られている.脂溶性の抗酸化剤は脂質膜内で脂質ペルオキシラジカルを捕捉してラジカル連鎖反応を停止する作用をもっている6).カロテノイドは主として炭素数40個からなる一種のテルペノイド色素であり,カロテン類とキサントフィル類に大別される.キサントフィル類の代表例として,高等植物や藻類の光合成色素として重要なルテインやフコキサンチン,魚介類の体表などに広く分布するAX,ツナキサンチン,ゼアキサンチンなどがあげられる2).カロテノイドは,植物や微生物によってのみ合成され,動物は生合成することができないため,食餌などの方法により体内に取り込み,代謝・蓄積をして抗酸化剤として役立てている.AXは,エビ,カニなどの甲殻類,サケ,タイなど魚類に広く分布する赤橙色の色素であり,1937年にKuhnとSoe-rensenによりロブスターから初めて分離された物質7)である(図1).AXは,強力な抗酸化作用があることが報告されており,その活性の強さはビタミンEの約1,000倍,b-カロテンの約40倍とされている8,9).AXは近年注目されているものの,存在自体は古くから知られており,色素として食品添加物への使用実績が長く,そして,食品として通常に摂取していることからその安全性は高く評価されている物質である10,11).活性酸素・フリーラジカルによる障害の生体内標的分子としては脂質,核酸,蛋白質などが重要であるが,なかでも脂質が活性酸素の作用を受けやすい.特に生体膜の脂質中に局在する高度不飽和脂肪酸がそのターゲットとなりやすく,脂質過酸化連鎖反応を介して過酸化脂質を生成する.生体膜の脂質過酸化反応は膜構造の破壊だけでなく,機能も障害を被ることになる.図7は,AXの活性酸素種に対する消去効果として,今回の結果をふまえて,現段階で筆者らが考えている各活性酸素の生成と消去機構についての経路の模式図である.非水系内では,幹らによると,invitroの実験でAXは,一重項酸素消去と過酸化脂質への抑制効果は大きいが,superoxideの消去作用は弱いことが報告されている2).非水系内ではAXは蛋白質と結合していないfreeタイプで存在していると考えられており,この「freeタイプのAX」は脂溶性で,膜などおもに脂質richな部位で抗酸化に機能していると考えられる.一方,水系内ではAXは蛋白質あるいはアミノ酸などと結合して存在している可能性が高いと考えられ,AXの輸送と代謝にはリポ蛋白質などが関与していると推察されている.今回筆者らが測定を行った房水中でも,AXは蛋白質結合型で存在している可能性が高いと考えられるが,この蛋白質と結合した「蛋白質結合型のAX」の水溶液中での生体への影響については,近年,各方面で検討が始まったばかりである.また,invivoのAX摂取後の水系内での影響についての研究も徐々に進んでおり,AX摂取後のラットでは,幹らにより血液中の過酸化脂質の生成抑制が報告されている2,8).水溶液中でのAXのsuperoxide消去に関する報告としては,invitroの系では,アミノ酸(L-リジン:di-L-lysinate)結合型のAXが,水溶液中での高い拡散を示しsuperoxideを直接消去するという報告12)や,invivoの系では,ラット,O2・-H2O・OHLHLOOHAX1O2消去産生抑制Superoxide消去活性補助SODカタラーゼGpx+GSHFe,Cuイオン存在下Gpx+GSH消去H2O2L・,LO・,LOO・L-AAGSH活性酸素の生成経路と過酸化脂質の生成1O2:一重項酸素O2・-:スーパーオキシドアニオンラジカルH2O2:過酸化水素・OH:ヒドロシキルラジカルAX:アスタキサンチンSOD:スパーオキシドジスムターゼL-AA:L-アスコルビン酸Superoxide消去物質LH:脂質L・:脂質ラジカルLO・:アルコキシルラジカルLOO・:ペルオキシラジカルLOOH:過酸化脂質GSH:還元型グルタチオンGpx:グルタチオンペルオキシダーゼH2O2消去物質図7AXの活性酸素種に対する消去効果———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009233(95)ウサギ,イヌなどで二ナトリウム二コハク酸塩のAX(CardaxTM,disodiumdisuccinateastaxanthin:DDA)が虚血再還流時に産生されるsuperoxideを直接消去し,心臓の保護効果を示す報告などがある13).最近,水溶液中での蛋白質結合型のAXのsuperoxide消去効果についても明らかとなりつつあり,今後,これらの複合体は臨床医学的な応用を含め,水系内での作用の解明に期待が寄せられている.現時点においては,DDAのような複合体を形成していないAXの摂取後における水系内でのsuperoxide消去活性についてはまだ報告がないため,今回,水系である房水中で本研究を行う意義があると考え検討を行うこととした.今回筆者らが測定を行った房水では,superoxideの消去活性が摂取後の房水で高値であり,直接あるいは間接的にAXがsuperoxideの消去に関与した可能性が考えられる.すなわち,房水中のAXが蛋白質結合型で存在し,その蛋白質結合型のAXが直接superoxideの消去能を示したか,あるいはAXが直接superoxide消去に働かない場合でも,間接的に他のsuperoxide消去物質の活性を高める補助効果を示したことも考えられる.たとえば,ビタミンE(a-トコフェロール)が過酸化物消去に働くGpxの必要量を減少させるのと同様に,AX摂取によって,房水中のGpxやGSHが過酸化脂質,過酸化水素など過酸化物の消去に消費される割合が減少したために,相対的にGSHが増加し,superox-ide消去活性に余裕が出たという可能性も考えられる.あるいは,AXが血液あるいはリンパ液中など体液中や肝臓などその他全身の各組織で抗酸化機能を発揮して過酸化率が減少し,その結果として房水中へ移行する以前で過酸化度合いが減少し,L-アスコルビン酸,GSHなどのsuperoxide消去物質の半減期が延長など,間接的な効果も推察される.今回の測定結果によると,両群ともにAX摂取後でsuper-oxide消去活性値が高くなり,DM群で有意な上昇がみられた(図2).糖尿病者は過酸化反応が進行しやすいので,AX摂取前のDM群のsuperoxide消去活性値は非DM群に比べ低値であったが,AX摂取により低下していた消去活性が非DM群レベルに上昇した.変化率でみても,非DM群に比べDM群は高い傾向があった(図3).性差による検討では,両群ともに男性で変化が大きくみられた(図46).AX摂取前値では総男性と総女性の間で有意に男性が低値であったが,特に非DM群において男性が女性に対し低値であった.現時点においてヒト房水のsuper-oxide消去活性の性差に関する報告はないが,今回の結果は,元来,抗酸化作用に性差の影響があることを反映しているものと予想される.性差の原因として喫煙の関与を検討したが,本研究の対象者のなかで喫煙の習慣がある例は女性に1例(1日20本未満)のみであり,データ解析に影響したことは考えられない.今回は6mg/日のAX摂取量で測定を行ったが,AX摂取量の増加により性差の影響が変わる可能性も考えられる.今後,AX摂取量を各段階に分けた用量設定での測定に興味がもたれる.今回は,市販品サプリメントであるアスタビータR(富士化学工業株式会社製)を用いて研究を行ったため,サプリメントとしての推奨摂取量であるAX6mg/日をそのまま用いて研究を行った.推奨量の決定に関しては,健常成人を対象とした摂取量設定試験が報告14)されており,そのなかでAX6mg/日以上の摂取で眼の調節力向上および眼精疲労でみられる自覚症状改善効果があったとされていることから,アスタビータRの摂取量としてAX6mg/日が現在採用されている.今回の研究から,糖尿病時など,ヒト房水中でsuperox-ide消去活性が不足している場合には,AXは活性を補助し高める可能性が考えられ,特に男性でその効果が高いことが判明した.AXは今後,白内障をはじめとして,オキシデーションが関連した種々の疾患に有用な抗酸化剤として期待される.文献1)小原喜隆:第99回日本眼科学会総会宿題報告Ⅰ活性酸素・フリーラジカルと眼疾患活性酸素・フリーラジカルと白内障.日眼会誌99:1303-1341,19962)幹渉:カロテノイドの食品機能性─特に「抗酸化」活性について─.ILSI76:27-35,20033)橋本浩隆,高橋二郎,筑田眞ほか:白内障手術後におけるアスタキサンチンの炎症抑制効果.あたらしい眼科24:1357-1360,20074)MoellerSM,ParekhN,TinkerLetal:Associationsbetweenintermediateage-relatedmaculardegenerationandluteinandzeaxanthinintheCarotenoidsinAge-relatedEyeDiseaseStudy(CAREDS):ancillarystudyoftheWomen’sHealthInitiative.ArchOphthalmol124:1151-1162,20065)花田寿郎,茂手木晧喜:血清(漿)スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)測定法の基礎的検討と臨床的意義.臨床検査機器・試薬8:629-635,19856)二気鋭雄,野口範子:生体のもつ活性酸素・フリーラジカルの消去作用.フリーラジカル(近藤元治編),p22-26,メジカルビュー社,19937)KuhnR,SoerensenNA:Thecoloringmattersofthelob-ster(AstacusgammarusL.).ZAngewChem51:465-466,19388)MikiW:Biologicalfunctionsandactivitiesofanimalcaro-tenoids.Pure&ApplChem63:141-146,19919)ShimizuN,GotoM,MikiW:Carotenoidsassingletoxy-genguenchersmarineorganism.FishSci62:134-137,199610)塚原寛樹,福原育夫,竹原功:アスタキサンチン含有ソフトカプセル食品の健常成人に対する長期摂取における安全性の検討.健康・栄養食品研究8:27-37,2005———————————————————————-Page6234あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(96)11)高橋二郎,塚原寛樹,湊貞正:ヘマトコッカス藻アスタキサンチンの毒性試験─Ames試験,ラット単回投与毒性試験,ラット90日反復経口投与亜慢性毒性試験─.臨床医薬20:867-881,200412)ZsilaF,FitosI,BikadiZetal:Invitroplasmaproteinbindingandaqueousaggregationbehaviorofastaxanthindilysinatetetrahydrochloride.BioorgMedChemLett14:5357-5366,200413)LockwoodSF,PennMS,HazenSLetal:TheeectsoforalCardax(disodiumdisuccinateastaxanthin)onmulti-pleindependentoxidativestressmarkersinamouseperi-tonealinammationmodel:inuenceon5-lipoxygenaseinvitroandinvivo.LifeSci79:162-172,200614)新田卓也,大神一浩,白取謙治ほか:アスタキサンチンの調節機能および疲れ眼におよぼす影響─健常成人を対象とした摂取量設定試験─.臨床医薬21:543-556,2005***