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20 年前に迷入したと考えられる涙囊内異物の1 例

2021年9月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科38(9):1123.1126,2021c20年前に迷入したと考えられる涙.内異物の1例松下裕亮*1上笹貫太郎*1平木翼*2谷本昭英*2坂本泰二*1*1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科先進治療科学専攻感覚器病学講座眼科学分野*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科先進治療科学専攻腫瘍学講座病理学分野CACaseofaLacrimal-SacForeignBodythatPossiblyIntrudedTwenty-YearsPreviousDuringTraumaYusukeMatsushita1),TaroKamisasanuki1),TsubasaHiraki2),AkihideTanimoto2)andTaijiSakamoto1)1)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,2)DepartmentofPathology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciencesC外傷時に迷入したと考えられる涙.内異物の症例を報告する.症例はC34歳,男性.約C20年前に左眼下涙点付近を竹で受傷した既往がある.受傷後から慢性的に左鼻汁を自覚していた.最近になって左眼の眼脂を自覚し,近医で涙道閉塞を疑われ当科へ紹介となった.初診時に左眼内眼角部に外傷の痕跡はなかった.通水検査で左側の通水を認めなかった.単純CCT検査を行ったところ左眼涙.内にC10Cmm大で高信号の棒状陰影を認めた.涙道内視鏡検査では左眼涙.内の異物が疑われた.涙道内視鏡による摘出は困難と考え涙.鼻腔吻合術(DCR)鼻内法を行った.摘出した異物は,病理組織学的検査で放線菌が全周に付着した植物片と診断された.術直後より左眼の眼脂は消失し,通水は改善した.異物は涙小管や鼻涙管の通過が困難な大きさであり,また外傷の既往があることから,受傷時に涙.内へ迷入したものと考えられた.大型の涙.内異物であったがCDCR鼻内法で摘出が可能であった.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCaClacrimal-sacCforeignCbodyCthatCmayChaveCintrudedCduringCtrauma.CCase:A34-year-oldmalewhowasinjuredwithapieceofbamboonearhisleftlacrimalpunctumabout20-yearspreviousbecameCawareCofCleftCmildCrhinorrheaCandCrecentCdischargeCinChisCleftCeye,CandCwasCsubsequentlyCreferredCtoCourCdepartmentbyalocalphysicianduetosuspectedlacrimalductobstruction.Uponexamination,noevidenceoftrau-matohisleftinnereyelidwasobserved.However,forcedirrigationwasobstructed,andasimpleCTscanshowedaC10Cmm-size,Chigh-signal,Crod-shapedCshadowCinCtheCleftClacrimalCsac.CDacryoendoscopyCrevealedCaCforeignCbody,Canddacryocystorhinostomy(DCR)wasperformed.Histologicalexaminationoftheremovedtissuerevealedaplantpiecesurroundedbyactinomycetes.Postsurgery,therewasnolacrimaldischarge,andforcedirrigationwasnor-malized.Sincetheforeignbodywastoolargetoeasilypassthroughthecanaliculiandnasolacrimalduct,andsincetherewasahistoryoftrauma,wetheorizethatithadenteredthelacrimalsacatthetimeofinjury.Conclusion:COur.ndingsshowthatevenalargeforeignbodyinthelacrimalsaccanberemovedbyendonasalDCR.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(9):1123.1126,C2021〕Keywords:涙.内異物,涙道閉塞,涙道内視鏡,涙.鼻腔吻合術,植物片.lacrimalsacforeignbody,obstruc-tionoflacrimalpathway,dacryoendoscopy,dacryocystorhinostomy,plantpiece.Cはじめに涙道閉塞は先天性と後天性がある.後天性涙道閉塞は原因不明の原発性が多く,中年以降の女性に多く発症する1).しかし,後天性涙道閉塞の原因のうち涙道内異物は涙道閉塞の6.18%に認められ2.4),若年者にも発症すると報告されている5,6).涙.内異物のほとんどは涙石である.化粧品や涙管プラグ,チューブなど医療器具といった外因性異物は涙石の発生原因と示唆されているが7),これらは涙点,涙小管からの侵入が可能な大きさである.今回筆者らは,10Cmm大の涙.内異物を涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)鼻内法で摘出した症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕松下裕亮:〒890-8520鹿児島県鹿児島市桜ケ丘C8-35-1鹿児島大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YusukeMatsushita,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversity,8-35-1Sakuragaoka,Kagoshima,Kagoshima890-8520,JAPANCI症例患者:34歳,男性.主訴:左眼流涙,眼脂,左鼻腔からの慢性的な鼻汁.現病歴:X年C8月に左眼流涙,眼脂を主訴に近医を受診した.左眼涙点からの排膿から左眼涙道閉塞を疑われ,鹿児島大学病院眼科に紹介となった.既往歴:20年前に竹による左眼下涙点付近の刺傷,肝臓移植ドナーとして肝臓を一部切除.初診時所見:矯正視力は右眼C1.5(n.c.),左眼C1.5(n.c.).眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C15CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では両上下涙点は開放していたが,左側のCtearmeniscusの上昇を認めた.通水検査では右側は通水良好であったが左側は通水を認めなかった.両側とも明らかな排膿は認めなかった.左眼内眼角付近にC20年前の外傷の痕跡は認めなかった.左眼涙道閉塞を疑い単純CCTを撮影したところ,左涙.内にC10Cmm大の高信号の棒状陰影を認めた(図1).経過:異物による涙.閉塞を疑い,異物摘出術を検討した.涙道内視鏡検査では,涙小管には上下とも異常所見を認めなかったが,涙.内に容易に可動する異物を認めた.異物の外径は涙.内径よりやや小さい程度であると考えられた.その大きさから,鼻涙管を経由した摘出は困難と判断し,DCR鼻内法での摘出を選択した.一般的な鼻内法の術式に従い鼻粘膜を.離し骨窓を作製,涙.を切開したところ黒色の異物を認めた(図2).涙道内視鏡を用いて異物を鼻腔内へ押し出して摘出した.涙.内を十分に洗浄し,異物の残存がないことを確認したのち,涙管チューブをC2セット留置して手術を終了した.摘出された異物は硬く黒色を呈しており(図3),10CmmC×3Cmm×2Cmm大と単純CCTの所見と相違はなかった.病理組織学的検査では放線菌が表面に付着した細胞壁を有する植物片であった(図4).術直後より流涙および眼脂は消失し,左側のCtearmeniscusは正常範囲に改善した.通水検査でも左側の通水は良好であった.一時左眼に軽度の点状表層角膜症を認めたが,速やかに改善した.術後C3カ月で施行した鼻腔内視鏡検査では,中鼻道にCDCR術後開口部を認め,周囲の粘膜腫脹はごく軽度であった.術後C3カ月で涙管チューブを抜去した.涙管チューブ抜去後C1.5カ月間の経過観察で涙道閉塞の再発は認めていない.CII考按涙道閉塞の原因の一つに涙.内異物がある.代表的なものは涙石である5,8).涙石の発生原因は不明ではあるが,慢性炎症,涙液層の停滞,外因性異物などが示唆されている.外因性異物には化粧品や医療器具などの報告が散見されるが,これらに共通することは,涙点や涙小管を経由して涙道内に侵入しうる大きさである点である8,9).迷入した異物をもとに涙石が涙.内で増大,巨大化して排出困難となる病態は珍しくないが,本症例のように異物そのものがC10Cmmを超える巨大なものであった例はまれである.その大きさから涙点からの迷入は否定的であり,さらにC20年前に竹で受傷した既往から,外傷時に迷入した竹の一部であったと考えられた.植物片のような異物は早期に感染を引き起こすと考えられ,また鼻涙管閉塞による涙液停滞が慢性涙.炎の原因となることが報告されている10).本症例では左側の通水不良に加え左鼻腔からの慢性的な鼻汁を自覚していた.それらのことから,受傷により迷入した植物片は涙.内にちょうど納まり涙道は閉塞していたが,鼻涙管を経由して鼻内へ持続的に排膿されることで膿瘍形成や蜂窩織炎などを発症せず長期間残存しえたと考えられた.この植物片には放線菌が全周に付着していた.Perryらは涙液排泄システム内の結石をムコペプチドと細菌によるもののおもなC2種類に分類し,主要な位置と病理組織学的所見の相違を示している11).細菌性の結石は放線菌により構成された大きな塊で,おもに涙小管に位置している.ムコペプチドの結石はまとまりのない無細胞の好酸性の素材により構成され,小さな空胞で区切られた薄板状の結石で涙.内にのみ発見された.本症例は放線菌の付着を認めたが,放線菌は土壌や動植物の病原菌として棲息しており,植物片とともに侵入した可能性が考えられた.従来は涙.内に涙石があり涙.内の観察を必要とする場合にはCDCR鼻内法の適応はないとされていたが12),最近ではDCR鼻内法により長軸長C35Cmm大の涙.内異物を摘出した症例も報告されている13).本症例では単純CCTで異物は涙.内に納まっており,涙道内視鏡で可動性を認めたためCDCR鼻内法での除去が可能であると判断した.さらに若年男性であり整容的に顔面の皮膚切開を望まなかったことから,今回は外切開を加えず低侵襲で行える12)DCR鼻内法を用いて異物を摘出した.異物除去後の排膿を促し,涙.内を大きく開放するために骨窓を広く維持する必要があると判断し,涙管チューブをC2本留置した.DCR鼻内法の術後再閉塞はC10.20%とされるが14),本症例では術後の通水は良好に保たれており,鼻腔粘膜の炎症もごく軽度であったことから,植物片摘出により涙.内の感染は消失したと考えられた.ただし,経過観察期間が短いため,さらに長期間の観察が必要である.CIII結論外傷により迷入したと考えられる大型の涙.内異物をDCR鼻内法によって摘出したC1例を経験した.大型植物片に放線菌が付着する構造物であったが,強い急性の炎症を惹起することなく,慢性涙.炎の状態であった.10Cmmを超える巨大な異物であったが,DCR鼻内法による摘出が可能図1術前単純CT画像a,b:左涙.内にC10Cmm大の高信号の棒状陰影(.)を認めた.図3摘出した涙.内異物10Cmm×3Cmm×2Cmm大の黒色異物を摘出した.であった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし図2術中の鼻腔内視鏡所見涙.切開後に撮影した.涙.内に黒色異物(.)を認めた.図4涙.内異物の顕微鏡写真(ヘマトキシリン・エオジン染色)表層に放線菌(.)の付着した細胞壁を有する植物片(.)を認めた.文献1)坂井譲:後天性涙道閉塞の原因について教えてください.あたらしい眼科(臨増)C30:82-84,20132)YaziciCB,CHammadCAM,CMeyerCDRCetal:LacrimalCsacdacryoliths:predictivefactorsandclinicalcharacteristics.OphthalmologyC108:1308-1312,C20013)ReppCDJ,CBurkatCCN,CLucarelliCMJCetal:LacrimalCexcre-toryCsystemconcretions:canalicularCandClacrimalCsac.COphthalmologyC116:2230-2235,C20094)HawesMJ:TheCdacryolithiasisCsyndrome.COphthalCPlastCReconstrSurgC4:87-90,C19885)JonesLT:Tear-sacCforeignCbodies.CAmCJCOphthalmolC60:111-113,C19656)BerlinCAJ,CRathCR,CRichL:LacrimalCsystemCdacryoliths.COphthalmicSurgC11:435-436,C19807)BrazierCJS,CHallV:PropionibacteriumCpropionicumCandCinfectionsCofCtheClacrimalCapparatus.CClinCInfectCDisC17:C892-893,C19938)大野木淳二:鼻内視鏡による鼻涙管下部開口の観察.臨眼C55:650-654,20019)HeathcoteJG,HurwitzJJ:MechanismofstoneformationinCtheClacrimalCdranageCsystem.CTheC8thCInternationalCSymposiumConCtheCLacrimalSystem(JuneC25CtheC1994,Tronto).DacriologyNewsNo.215,199410)MandalR,BanerjeeAR,BiswasMCetal:Clinicobacterio-logicalCstudyCofCchronicCdacryocystitisCinCadults.CJCIndianCMedAssocC108:296-298,C200811)PerryCLJ,CJakobiecCFA,CZakkaFR:BacterialCandCmuco-peptideCconcretionsCofCtheClacrimaldrainageCsystem:anCanalysisof30cases.OphthalPlastReconstrSurgC28:126-133,C201212)田村奈々子,垣内仁,山本英一ほか:ライトガイドを用いた内視鏡下涙.鼻腔吻合術の経験.耳鼻と臨床C47:393-397,200113)SungCTS,CJiCSP,CYongCMKCetal:AChugeCdacryolithCpre-sentingCasCaCmassCofCtheCinferiorCmeatus.CKorCJCOphthal-molC59:238-241,C201614)OlverJ:Colouratlasoflacrimalsurgery.p104-143,But-terworth-Heinemann,Oxford,2002C***

複数の点眼剤を使用中に発症した涙囊炎からの涙囊結石を分析した1例

2020年4月30日 木曜日

《第8回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科37(4):471.475,2020c複数の点眼剤を使用中に発症した涙.炎からの涙.結石を分析した1例久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科CACaseofaDacryoliththatDevelopedduetotheUseofMultipleEyeDropsMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospitalC目的:複数の点眼薬を使用中に涙.炎を発症した患者に涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)を施行し,摘出した涙.結石の成分分析と病理検査を行ったので報告する.症例:77歳,女性.30歳から関節リウマチがあり,10年前から近医にて低濃度ステロイド,ヒアルロン酸,レバミピド,オフロキサシンゲルの点眼で加療中に右涙.炎を発症,吹上眼科にてCDCRを施行した.手術時に涙.内より摘出した柔らかい白色結石について,病理検査と成分分析を行った.結果:赤外分光分析法(IR法)で,結石はレバミピドの成分・蛋白質と同様の吸収を認めた.顕微ラマン分析でレバミピド成分を確認し,液体クロマトグラフでレバミピド成分はC20.9%と判定した.原子吸光分析法でホウ酸は検出されず,病理検査で放線菌を認めた.考察:IR法などから,涙.内結石はレバミピド成分がC20.9%であると確認した.レバミピド点眼などの複数点眼を使用する際には,涙.結石に注意が必要である.CPurpose:Toreportacaseofadacryoliththatdevelopedduetotheuseofmultipleeyedrops.Casereport:CThisstudyinvolveda77-year-oldfemalewithdacryocystitisthatdevelopedafterundergoingtherapywithmulti-pleeyedrops,suchasrebamipideandlow-dosesteroids,ando.oxacingel-formingophthalmicsolutionfromthir-ty-yearsCold.CForCtreatment,CdacryocystorhinostomyCwasCperformedCunderClocalCanesthesia,CandCaCdacryolithCwasCobservedCandCremovedCfromCtheClacrimalCsac.CACsmallCportionCofCtheCdacryolithCwasCsentCoutCtoCaClaboratoryCforCpathologicalstudy,withtheremainingportionusedforchemicalanalysis.Results:Chemicalanalysisrevealedthattheprimarycomponentwasrebamipide,similartotheinfraredspectroscopy.ndings.Ourresultsshowedthat20.9%ofthedacryolithcompositionwasrebamipide.Conclusion:The.ndingsinthispresentcaseshowedthat20.9%CofCtheCdacryolithCwasCcomposedCofCtheCproteinCofCrebamipide,CandCrevealedCthatCtheCuseCofCmultipleCeyeCdropsCmaypresenttheriskofdacryolithformation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(4):471.475,C2020〕Keywords:レバミピド点眼,赤外分光光度計,涙.鼻腔吻合術,涙.結石.rebamipide,infraredspectroscopy(IF),dacryocystorhinostomy,dacryolisths.はじめにレバミピド点眼などの複数の点眼薬を使用中に涙.炎を発症し,その涙.炎の治療のため涙.鼻腔吻合術鼻外法(dac-ryocystorhinostomy:DCR)を行った際に,白色の涙.内結石を認めたとの報告がある1,2).しかし,その白色結石にレバミピドの成分を含んでいるかを調べた報告は少ない1,2).筆者らは,レバミピド点眼などの複数の点眼薬を使用中に涙.炎を発症し,手術目的で吹上眼科に紹介となった患者のDCR中に,涙.内結石を認め除去した.この涙.内結石の成分分析を試みたので,結果を報告する.I症例症例はC77歳,女性.30歳から関節リウマチなどの膠原病があり,10年前より近医で上強膜炎,角膜びらん,ドライアイに対し,低濃度ステロイド点眼,ヒアルロン酸点眼,レバミピド点眼,オフロキサシンゲル点眼で加療していた.右〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上C2-10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10-5Fukiage,Hachinohe,Aomori031-0003JAPANC0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(95)C471涙.炎を発症したため,手術目的で吹上眼科紹介となった.結膜培養を行い,涙.洗浄を行うと,涙.までは入れることができたが涙.以降の閉塞を認めた.CT(computedtomography:コンピュータ断層撮影)にて異常なく,局所麻酔にてCDCRを行った3).涙.切開時に白色のおから状の柔らかい結石(図1)を摘出した.摘出した結石の一部にて病理検査を行い,残りは大塚製薬に分析を依頼し約C3.1C×1.7Cmm白色の結石を取出し,風乾後は淡黄白色で大きさが約C1.1C×2.2Cmmとなったものを結石分析の試料とした.1.IR(infraredspectroscopy)赤外分光分析法による有効成分の比較,2.IRによる蛋白質の比較,図1摘出した白色の結石赤色の円内の結石を分析に用いた.3.顕微ラマン分析装置での分析,4.液体クロマトグラフによるレバミピドの含量測定,5.原子吸光分析法によるホウ酸含量測定を行った.CII結果結膜培養では,コアグラーゼ陰性CStaphylococcus(CNS)が認められ,放線菌は確認できなかった.DCR術後は涙.炎の再発もなく経過良好で,3カ月後に涙小管チューブを抜去した.抜去後も再閉塞などなく,経過良好で外来観察中である.C1.IRによる有効成分の比較(図2)ムコスタ点眼液の有効成分のレバミピドは,波数①C3,280CcmC-1,C②C1,730Ccm-1,C③C1,644Ccm-1,C④C1,602Ccm-1,⑤C1,540Ccm-1および⑥C760CcmC-1付近に特異吸収があり,今回の結石は①C3,280cmC-1,C②C1,730CcmC-1,C③C1,644CcmC-1,④C1,602Ccm-1,⑤C1,540CcmC-1および⑥C760CcmC-1付近の特異吸収は同位置に示し,それ以外の吸収も似ていることから,レバミピドの有効成分を含んでいると考えられた.C2.本症例と蛋白質のIRチャート(図3)レバミピドの蛋白質は,波数①C3,270CcmC-1,②C1,640CcmC-1,C③C1,530Ccm-1に吸収があり,今回の結石は同様の位置に吸収を認め,レバミピドの蛋白を含んでいると考えられた.C3.顕微ラマン分析装置での分析(図4)本症例では,1,300CcmC-1付近にレバミピド特有の吸収を認め,レバミピドを含んでいると確認された.図2赤外分光分析法による結石の蛋白とレバミピド点眼の比較6カ所の特異吸収は同位置に示し,それ以外の吸収も似ていることから,レバミピドの有効成分を含んでいると考えられた.図3赤外分光分析法による結石の蛋白とレバミピド点眼の比較今回の結石は,3カ所で同様な吸収を認め,レバミピドの蛋白を含んでいると考えられた.図4顕微ラマン分析による結石の蛋白とレバミピド点眼の比較1,300Ccm-1付近にレバミピド特有の吸収を認め,レバミピドを含んでいると確認された.C4.液体クロマトグラフによるレバミピドの含量測定ていると考えられた.液体クロマトグラフ(highperformanceliquidchromatog-6.病理検査(図5)raphy:HPLC)でレバミピドの含量測定を行ったところ,グロコット染色で放線菌とみられる菌塊がみられた.中心レバミピドをC20.9%含んでいた.部に濃厚な染色があり,そこから表層部にわたってほぼ均一C5.原子吸光分析法によるホウ酸含量測定な放線菌感染を認めた結石を水C0.2Cmlで抽出し,原子吸光分析法によりホウ酸CIII考察含量の測定を行ったところ,ホウ酸は検出されなかった.よって結石にはレバミピド点眼の蛋白質成分がC20.9%含まれレバミピド点眼は,広くドライアイに用いられ,Sjogren図5グロコット染色バーはC500Cμm.症候群にも多用される点眼薬である1).近年レバミピド点眼などの複数の点眼薬を使用中に涙.炎を発症し,DCR時に白色の涙.結石を発見し,涙.結石中にレバミピドが確認される例や確認されない例が報告されている1,2).しかし,成分分析を具体的および詳細に報告はしている報告は少なく1,2)今回調査・報告した.発症時に,レバミピド点眼以外に,ヒアルロン酸ナトリウム,ジクアホソルナトリウム,オフロキサシンなどの点眼をしていたという症例の報告2)はあるが,オフロキサシンゲル点眼の報告は見つけることはできなかった.レバミピド点眼は滞留性がよく,レバミピドの粒子が涙.の壁に認められたとの報告がある4,5).オフロキサシンゲル点眼は,点眼後は眼表面の温度によりゲル化し,眼軟膏と同様に長時間結膜.内に滞留する6).涙.から鼻涙管に排出されるまでの滞留に関する報告は見当たらなかったが,粘性が高いことや結膜での滞留性が高いことを考慮すると,レバミピド点眼同様に涙.から鼻涙管で滞留することは予想される.また,年齢が高い患者や,Sjogren症候群による分泌低下がある場合は,さらにこれらの点眼の排出に時間がかかり,涙道閉塞および涙.炎の原因となりうると考えられた.今回の症例では,涙.炎および涙.結石の形成にオフロキサシンゲル点眼とレバミピド点眼が,それぞれ単独で関与したか,または相互作用により涙.結石が生じた可能性も考えられたが,以前の報告同様1,2)に明確な原因は不明だった.涙.内結石への細菌感染については,池田らの報告でもC2症例(100%)ともに放線菌感染を認め1),年齢とともに結石への細菌感染は高くなるとの報告7)もあり,今回も,放線菌感染を認め,以前の報告と同様だった.放線菌が確認された部位は,中心部に濃厚な染色が何個かあり,表層部にわたって均一な放線菌感染を認めた.初期の段階から持続的に感染を継続しつつ結石が増大した可能性と,ある程度大きくなった結石に放線菌感染が起こり中心部に拡大していった可能性が考えられた.病理の所見をみると,中心部に濃厚な放線菌感染があり表層に放線菌が薄いため,放線菌感染を濃厚に起こした小さい結石が集結し結石が大きくなり,大きくなった結石にさらに放線菌感染が起こったように思えた.しかし,調べた限りでは現在の結石の形成および感染の機序,順序などは不明だった.今回の症例は,涙.炎発症以前に,涙.内結石や鼻涙管閉塞があったかは不明であるが,推測される病態としては以下が考えられる1).Sjogren症候群および年齢的変化で涙液量が少なく,涙道内にある異物の排泄効率が低下しており,さらにレバミピドの粒子や,粘性の高いオフロキサシンゲル点眼が滞留して小さな涙.結石の核を形成し,一時的な鼻涙管閉塞症および放線菌による涙.炎および涙.結石のへの感染を起こした.放線菌に感染した小さい涙.内結石同士が融合し,機械的な鼻涙管閉塞症を起こす程度まで結石が成長し,大きくなってからも放線菌感染が起きた.初期段階から涙.内結石と涙.炎および放線菌感染が相互に複雑に作用した.今回の症例はC77歳と高齢だった.杉本らの報告2)をみると,涙.炎の発症はC10例中C9例(90%)がC70歳以上と高率だった.また,池田らの報告1)もC70歳以上のC2症例で,涙.炎患者における涙.内結石の発生率は年齢ともに上昇するとの報告7)もあり,高齢が涙.炎および涙.内結石を生じやすい素因と考えられた.今回は,結石中にレバミピド成分がC20.9%含まれていた.池田らの報告1)と杉本らの報告2)を合わせると,IR法でのレバミピド定性については,11例中C6例(54.5%)がありで,4例(36%)がなしだった.3例のレバミピド定量結果は,43.8%,14.4%,11.7%だった.今回の測定ではC20.9%であり,いままでの報告と比較し,定性では多数派であり定量結果では中間に位置した.これ以上については,症例が少ないため詳細不明だった.IR法は,結石の粉末資料に赤外線を照射し,透過光を分光して得られる赤外線吸収スペクトルから結石成分を同定する8).今回の波形と以前の報告8)の波形を比較すると,相違をはっきりと認めた.一方,レバミピド点眼の成分をC20%程度含むことでレバミピド点眼成分の波形に似てくることがわかった.なお,懸濁性点眼液を他の水溶性点眼液と併用する場合は,水溶性点眼液を先に点眼し,5分以上の間隔をあけて点眼することが推奨されている9).また,レバミピド点眼が涙.内で固まらないようにするためにC2.3日間隔をおくことが推奨されている4).以上のことを考えると,通常C1日に数回の点眼回数で,レバミピド点眼以外に粘性の高い点眼をすることは避けるべきと考えられる.高齢患者にレバミピド点眼などの複数の点眼薬を使用する際には,経過観察中は涙道・涙.疾患に注意が必要と考えられた.レバミピド点眼以外には,粘性の点眼を併用することは避け,涙.炎を認めた際には速やかに専門医受診を薦める必要があると考える.文献1)池田毅,平岡美紀,稲富周一郎ほか:量側涙.部に涙石を生じたシェーグレン症候群のC2例.臨眼C71:593-598,C20172)杉本夕奈,福田泰彦,坪田一男ほか:レバミピド懸濁点眼液(ムコスタCR点眼液CUD2%)の投与にかかわる涙道閉塞,涙.炎および眼表面・涙道などにおける異物症例のレトロスペクティブ検討.あたらしい眼科32:1741-1747,C20153)久保勝文,櫻庭知己:日帰り涙.鼻腔吻合術鼻外法C18例20眼の検討.眼科手術18:283-286,C20054)杉本学,野田佳宏:涙道内視鏡の基本─鼻涙管.眼科手術30:53-58,C20175)MimuraCM,CUekiCM,COkuCHCetal:E.ectCofCrebamipideCophthalmicCsuspensionConCtheCsuccessCofClacrimalCstentCintubation.CGrafesCArchCClinCExpCOphthalmolC254:385-389.C20166)岡本茂樹,加藤あずさ:オフロキサシンゲル化製剤について教えてください.あたらしい眼科26:197-199,C20097)KuboCM,CSakurabaCT,CWadaR:ClinicopathologicalCfea-turesCofCdacryolithiasisCinCJapanesepatietnts:frequentCassociationwithinfectioninagedpatients.ISRNOphthtal-molC2013,C406153,C20138)久保勝文,櫻庭知己:涙小管結石および涙.結石に対しての結石成分分析.あたらしい眼科35:529-532,C20189)大谷道輝:点眼剤の「実践編」.JINスペシャルC80:170-176,C2007C***

デクスメデトミジンを用いた涙囊鼻腔吻合術

2019年1月31日 木曜日

《第6回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科36(1):107.110,2019cデクスメデトミジンを用いた涙.鼻腔吻合術植田芳樹舘奈保子橋本義弘朝比奈祐一芳村賀洋子真生会富山病院アイセンターCEndoscopicDacryocystorhinostomywithDexmedetomidineSedationYoshikiUeta,NaokoTachi,YoshihiroHashimoto,YuichiAsahinaandKayokoYoshimuraCShinseikaiToyamaHospitalEyeCenterC目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)におけるデクスメデトミジン(DEX)による静脈麻酔の安全性と有用性について検討する.方法:2014年C9月.2016年C9月に,DEXによる静脈麻酔を用いてCDCR鼻内法を施行したC21例C22側を対象とした.DEXは5.6Cμg/kg/時でC10分間初期負荷投与し,0.4Cμg/kg/時で維持投与した.局所への浸潤麻酔も併用した.手術中断例の有無,バイタルサイン,声かけへの応答,術中の疼痛をフェイススケールを用いC11段階で評価した.結果:手術を中断した症例はなく,声かけは全例応答可であった.3例でCSpOC2の低下,1例で血圧の低下を認めたが,維持量の減量により改善した.フェイススケールは平均C1.71(0.6)であった.結論:DEXを用いたCDCRは安全であり,局所麻酔も併用すれば疼痛コントロールも良好である.CPurpose:Toevaluatethesafetyande.ectivenessofendoscopicdacryocystorhinostomy(En-DCR)underlocalanesthesiawithdexmedetomidine(DEX)sedation.Method:22patientsunderwentEn-DCRunderlocalanesthesiawithDEX.DEXwasadministeredintravenouslyataloadingdoseof5.6Cμg/kg/hfor10minutesand0.4Cμg/kg/hsubsequently.Focalanesthesiawasalsoused.Vitalsigns,responsetocall,andintraoperativepainusingFacescalewereCnoted.CResult:TheCoperationCwasCsuccessfullyCperformedCinCallCpatients,CandCtheyCrespondedCtoCcall.CSpO2CwasCdecreasedCinC3patientsCandCbloodCpressureCwasCdecreasedCinC1patient.CTheCmeanCpainCscoreConCFaceCscaleCwas1.71(0.6)C.Conclusion:En-DCRwithDEXsedationisasafeandae.ectivepaincontrolprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(1):107.110,C2019〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,デクスメデトミジン,鼻内法,局所麻酔,フェイススケール.Dacryocystorhinosto-my,dexmedetomidine,endoscopic,localanesthesia,facescale.Cはじめに涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)は,おもに鼻涙管閉鎖症に対して,涙道再建目的で行われる手術である.近年,鼻内法が広まり治癒率も高い1,2).麻酔は,術中の疼痛や出血の管理のために全身麻酔で行う施設が多い.しかし全身麻酔では全身状態,入院期間,施設などに制約されることがあり,局所麻酔で行う施設もある3.6).局所麻酔では静脈麻酔薬を用いて行う場合もある.近年新しい静脈麻酔薬としてデクスメデトミジン(DEX)が発売された.DEXはCa2受容体作動薬であり,脳橋の青斑核のCa2A受容体に結合してCagonistとして作用し,鎮静作用を発現する7).また,脊髄に分布するCa2A受容体に作用し,鎮痛作用も発現する.鎮静は自然睡眠に類似し,呼吸抑制は弱いとされ,呼びかけで容易に覚醒し,意思疎通が可能といわれている.合併症として,血圧・心拍数低下,末梢血管の収縮による一過性血圧上昇などが報告されている.今回,DCRにおけるCDEXを用いた静脈麻酔の有用性と安全性を検討した.CI対象および方法2014年C9月.2016年C9月に当院で,DEXを用いて局所麻酔でDCRを施行した21例22側(男性2例2側,女性19例C20側,平均年齢C68.7C±11.0歳)を対象とした.全身麻酔か局所麻酔かは患者の希望により決定し,認知症症例と両側手術の症例は,原則,全身麻酔で施行した.DCR下鼻道法やCJonestube留置を行った症例は除外した.〔別刷請求先〕植田芳樹:〒939-0243富山県射水市下若C89-10真生会富山病院アイセンターReprintrequests:YoshikiUeta,ShinseikaiToyamaHospitalEyeCenter,89-10Shimowaka,Imizu,Toyama939-0243,JAPANC0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(107)C107表1結果表2痛みなし群とあり群の比較声かけ全例反応バイタルサインの異常CSpO2低下3例血圧低下1例あり1C1例記憶断片的8例なし2例フェイススケール平均1C.7C±1.910例は0痛みなし(10例)痛みあり(11例)63.5±12.3C73.1±8.02:80:12体重(kg)C51.4±7.9C47.3±8.537.1±7.3(26.45)C42.3C±12.7(23.67)記憶断片的5例3例あり3例8例表3疼痛の強かった症例性別年齢(歳)体重(kg)手術時間(分)フェイススケールバイタルサインその他症例C1CFC70C54.8C67C6CSpO2低下涙小管水平部閉塞合併症例2CFC65C53.8C56C5出血++症例3CFC83C31.8C34C4CSpO2低下症例4CF75C50C45C4C手術法は,全例,鼻内法で施行した.粘膜除去にはCXPSCRのトライカットブレードを使用,骨窓形成にはCXPSCRのダイアモンドDCRバーを使用した.15°ナイフで涙.を切開し,ショートタイプの涙管チューブをC1本留置,メロセルヘモックスガーゼCRまたはべスキチンガーゼCRをC1枚挿入して終了した.DEXはC200Cμg(2Cml)を生理食塩水C48Cmlで希釈し,総量50Cml(4Cμg/ml)としてシリンジポンプで経静脈投与を行った.5.6Cμg/kg/時でC10分間初期負荷投与し,その後C0.4Cμg/kg/時で維持投与した.維持量は必要に応じ増減した(痛みがあれば増量し,バイタルサインの変化があれば減量).直前の食事は絶食とした.術中は鼻カニューレでC2Clの酸素投与を行った.DEX以外の麻酔として,前投薬にペンタゾシンC15mg,ヒドロキシジン塩酸塩C25mgを筋注し,体重50Ckg未満の症例は,適宜減量した.また,滑車下神経麻酔,涙.下の骨膜,および鼻内の粘膜にC1%エピレナミン含有キシロカインで浸潤麻酔を施行した.評価方法は,手術中断例の有無,術中のバイタルサイン〔血圧,脈拍,経皮的動脈血酸素飽和度(SpOC2)〕の異常,呼びかけへの応答の有無,術翌日に術中の記憶の有無の問診と術中疼痛をフェイススケールを用いてC0.10のC11段階で評価した.診療録の参照に対して,当院の倫理委員会の承認を得た.CII結果結果を表1に示す.手術を中断した症例はなく,声かけは全例応答可であった.バイタルサインはC3例でCSpOC2の低下(89.95%),1例で血圧低下(70CmmHg)を認めたが,DEXの維持量の減量により改善した.術翌日の問診で,術中の記憶があった症例はC11例,断片的な記憶がC8例,術中の記憶がなかった症例はC2例であった.痛みの程度はフェイススケールで平均C1.7C±1.9(0.6)であった.10例はフェイススケールC0と回答した.術中の咽頭への流血,還流液が問題となる症例はなかった.フェイススケールがC0の痛みなし群と,フェイススケールがC1以上の痛みあり群に分けた比較では(表2),年齢,体重,手術時間に有意差を認めなかったが,バイタルサインの異常は痛みあり群のみで認めた.また,術中の記憶がない症例は痛みなし群のみであり,痛みあり群で記憶がある症例が多い傾向を認めた.フェイススケールC4以上の疼痛が強かったC4症例を表3に示す.フェイススケールがC5以上のC2症例は,手術時間が長い症例であった(症例C1は涙小管水平部閉塞の合併,症例C2は鼻出血のため).このC2症例はともに,術終盤で強い疼痛を訴えた.また,4症例中C2症例にCSpOC2の低下を認めた.CIII考察これまで,手術や処置における鎮静には,ミダゾラムやプロポフォールなどの静脈麻酔薬が使用されてきた.これらの薬剤は,効果発現時間が早く,血中半減期が短いが,短時間の無麻酔や局所麻酔で実施される処置や検査の鎮静には適応外となっている.また,呼吸抑制などのために,使用の際には呼吸,循環の監視が求められる.Ca2アドレナリン受容体作動薬であるCDEXも,以前は集中治療における人工呼吸中および人工呼吸器からの離脱後の鎮静に適応が限定されていたが,2013年C6月から局所麻酔108あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019(108)における手術や処置,検査における鎮静の適応が追加された.DEXは,低用量の使用時には血管拡張による低血圧と副交感神経優位による徐脈が発現し,高用量時は,血管平滑筋収縮による血管収縮を引き起こすといわれる.呼吸抑制が軽微であり,呼名や軽微な刺激で速やかに覚醒する意識下鎮静の鎮静レベルを容易に達成し,自発呼吸が温存されるという点は,安全に手術を遂行するうえでは望ましい.これまでCDEXを用いた手術の報告は多くあり,Hyoらは,両眼白内障手術患者C31例でCDEX,プロポフォール,アルフェンタニルを比較検討し,DEX群が患者の満足度に優れ,心血管系が安定していたと報告している8).また,Demir-aranらは,上部消化管内視鏡の鎮静で,DEX群のほうがミダゾラム群に比べ,検査中の嘔気・嘔吐が有意に少なく,内視鏡医の満足度が高く,合併症としては処置中のCSpOC2が92%まで低下したと報告している9).西澤らも,消化器内視鏡におけるCDEXとミダゾラムの比較のメタ解析において,ミダゾラムに比較してより有効であり,合併症リスクに有意差を認めなかったと報告している10).これらの結果からDEXは,プロポフォールやミダゾラムと比べ,合併症はほぼ同等,患者,術者の満足度は高い静脈麻酔薬であると考える.DCRに対してCDEXを用いた報告はないが,今回の検討において,SpOC2低下をC3例に,血圧低下をC1例に認めた.CSpO2の低下はフェイススケールがC6とC5の疼痛の強い症例にみられ,疼痛を抑えるためにCDEXを増量したことが影響したと思われるが,その後のCDEXの減量により,早期に改善が期待できる.また,翌日の問診で術中の記憶がない症例がC2例あった.それらの症例も術中の呼名に応答は可能であったが,フェイススケールはC0であり,鎮静が深すぎた可能性がある.DEXは健忘作用は弱いとされるが,鎮静が深いと健忘作用を呈することがあると考えられた.しかし,患者にとって手術は苦痛であり,記憶をなくしても満足度は高いと思われた.今回の手術はCXPSCRドリルシステムを用いており,骨削開時は灌流液が常に流れていたが,術中に灌流液を吐き出したり誤嚥する症例はなかった.DEXによる鎮静は自然睡眠に近いとされ,患者が灌流液を飲み込んでいるためと思われた.疼痛に関して,フェイススケールの平均はC1.7であった.CVisualanalogscaleを用いた検討で,網膜光凝固の疼痛は,従来の光凝固でC3.7.5.1,PASCALCRによるパターンレーザーでC1.4.3.3と報告されており11,12),DEXを用いたCDCRは網膜光凝固とほぼ同等の疼痛と考える.フェイススケールC0がC10例であり,約半数において,無痛で手術を行うことができた.疼痛のある症例,とくに疼痛の強かった症例は,涙小管水平部閉塞の合併や,鼻出血の止血に時間のかかった症例であり,術終盤の痛みが強かったことから,手術時間の延長により,浸潤麻酔の効果が減弱したと考える.したがって,DEXのみでの疼痛コントロールは困難で,適切な局所麻酔の併施が必須と考える.DCR鼻内法では,涙.を十分に展開することが重要であるが,上顎骨が厚い例では,骨削開の際に局所麻酔のみでは痛みも出やすい.しかし全症例,十分な骨窓を広げることができた.DEXの鎮痛作用は脊髄のCa2A受容体への作用によるといわれ,三叉神経支配の頭頸部手術で鎮痛作用を発現するか不明であるが,DEXの有用性は確認できた.本検討は,術前に麻酔の種類の希望を聞いたため,痛みに弱い症例は全身麻酔を選択したと思われること,より痛みに弱いと思われる男性がC2名であること,今後症例が増えるであろう認知症症例を除外していること,ミダゾラムや静脈麻酔薬なしとの比較を行っていないことから,さらなる検討が必要である.手術続行が困難と判断した場合はすみやかに,全身麻酔へ移行できるよう準備が必要と考える.その点から,全身麻酔の準備ができない施設での導入は慎重にすべきである.今回は一般に推奨される初期量,維持量で投与を開始し,術中の患者の疼痛の訴えと,バイタルサインの変化があったときのみ,DEXの量の増減を行った.鎮静が深すぎたと思われる症例もあり,鎮静スケールを用いればより適切な量を決めることができると考える.術中の疼痛は大きな問題であるが,全身麻酔に伴うリスク,手術枠や施設の限界,患者の全身状態などから,局所麻酔で行わなければならない場合がある.今回の検討から,DEXを使用したCDCRは適切な局所麻酔を併施すれば,安全で比較的疼痛も少ないと考える.CIV結論DEXを用いたCDCRは安全であり,局所麻酔の追加を適切に行えば疼痛コントロールは良好である.DEXの適切な量や,増加する認知症患者への対応は今後の検討を要する.文献1)WormaldPJ:PoweredCendscopicCdacryocystorhinostomy.CLaryngoscopeC112:69-72,C20022)孫裕権,大西貴子,中山智寛ほか:涙.鼻腔吻合術の手術適応と成績.臨眼C58:727-730,C20043)DresnerCSC,CKlussmanCKG,CMeyerCDRCetal:OutpatientCdacryocystorhinostomy.OphthalmicSurgC22:222-224,C19914)HowdenJ,mcCluskeyP,O’SullivanGetal:AssistedlocalanesthesiaCforCendoscopicCdacryocystorhinostomy.CClinCExperimentOphthalmolC35:256-261,C20075)CiftciF,PocanS,KaradayiKetal:LocalversusgeneralanesthesiaCforCexternalCdacryocystorhinostomyCinCyoungCpatients.OphthalmicPlastReconstrSurgC21:201-206,C20056)河本旭,嘉陽宗光,矢部比呂夫:涙.鼻腔吻合術を施行(109)あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019C109した高齢者C83例の手術成績.あたらしい眼科C23:917-921,C20067)稲垣喜三:局所麻酔時におけるデクスメデトミジン塩酸塩.循環制御C36:138-143,C20158)NaHS,SongIA,ParkHSetal:Dexmedetomidineise.ec-tiveCformonitoredanesthesiacareinoutpatientsundergo-ingCcataractCsurgery.CKoreanCJCAnesthesiolC61:453-459,C20119)DemiraranY,KorkutE,TamerAetal:ThecomparisonofCdexmedetomidineCandCmidazolamCusedCforCsedationCofCpatientsduringupperendoscopy:Aprospective,random-izedstudy.CanJGastroenterol27:25-29,C200710)西澤俊宏,鈴木秀和,相良誠二ほか:消化器内視鏡におけるデクスメデトミジンとミダゾラムの比較:メタ解析.日本消化器内視鏡学会雑誌57:2560-2568,C201511)須藤史子,志村雅彦,石塚哲也ほか:糖尿病網膜症における光凝固術.臨眼C65:693-698,C201112)西川薫里,野崎実穂,水谷武史ほか:PASCALstreamlineyellowの使用経験.眼科手術C26:649-652,C2013***110あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019(110)

涙小管結石および涙囊結石に対しての結石成分分析

2018年4月30日 月曜日

《第6回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科35(4):529.532,2018c涙小管結石および涙.結石に対しての結石成分分析久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科CAnalysisofDacryolithsandCanalicularConcretionsbyInfraredSpectroscopyMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospital目的:尿管結石分析で用いられる赤外分光分析法(IS法)にて涙小管結石および涙石の結石成分分析を試みた.方法:対象は,涙.鼻腔吻合術および涙小管切開時に採取した結石を用い,IS法による結石成分分析を行い同時に病理検査も行った.結果:症例の年齢はC53.83歳,平均C68.2歳.涙小管炎症例の年齢が有意に高かった.涙.炎C2例,涙小管炎C4例で男性C2例,女性C4例の計C6例.手術後に抗菌薬+消炎鎮痛薬の内服,2種類の点眼を行った.全例治癒し,検査不能の症例はなかった.IS法で,蛋白質型C4例,カルシウム型C1例および混合型C1例に分類された.病理検査では放線菌C3例,放線菌疑C1例,真菌(カンジタ疑)1例および感染なしがC1例だった.涙小管結石では,蛋白質型を一番多く認め,全例放線菌感染を確認した.結論:IS法により結石の成分分析が可能でC3型に分類できた.涙小管結石では蛋白質型を多く認め,放線菌の感染が多かった.CPurpose:ToCpresentCtheCcompositionCofCchemicalCanalysisCofCdacryolithsCandCcanalicularCconcretionsCusinginfraredspectroscopy(IS)C.Method:Thestudyincluded6patients(2male,4female)C.Agesrangedfrom53to83years.Weperformeddacryocystorhinostomy(DCR)in2patientsandoperatedon4consecutivepatientswithcan-aliculitis.CConcretionsCwereCdetectedCcompletelyCunderClocalCanesthesia.CACminimalCportionCofCtheCconcretionsCwasC.xedinformaldehydesolutionandsenttothelaboratoryforpathologicalstudy.TheremainingconcretionswereusedforIS.Result:ChemicalanalysisbyISwassuccessful.Concretionsweredividedinto3groups;1maleand3femaleswereclassi.edintheproteingroup,1femalewasclassi.edinthecalciumgroupand1malewasclassi.edinCtheCmixedCgroup.CConclusion:UsingCIS,CweCwereCableCtoCclassifyCdacryolithsCandCcanalicularCconcretionsCintoCthreegroups,theproteingroupbeingthemajorgroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(4):529.532,C2018〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,涙小管結石,涙石,赤外分光光度計.dacryocystorhinostomy,canalicularconcre-tions,dacryolith,infraredspectroscopy.Cはじめに涙.鼻腔吻合術鼻外法(dacryocystorhinostomy:DCR)の約C10%に涙.結石(涙石)を認め1,2),涙小管炎には,結石が伴うことが多く,結石が感染の原因となっていることが考えられている2.4).これらの涙小管結石および涙石の分析には,病理検査が用いられ報告され,細菌感染の有無および真菌を含む細菌の種類により分類されてきた2.4).涙石の結石分析については,国内ではC1症例の報告があるのみで5,6),まとまった症例数の報告は海外のみだった7,8).涙小管結石の成分分析を行っている報告も少なかった3).今回筆者らは,尿道結石に用いられている赤外分光分析法(IS法)9,10)で涙小管結石および涙石の分析を行い,IS法の有用性および当院での涙石および涙小管結石の結石成分について結果を検討した.CI対象および方法対象は,2016年C08月.2017年C7月に当院で行ったCDCR2例および涙小管切開C4例中に採取した結石を用い,病理検査およびCIS法による結石成分分析を行った.〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上C2-10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10Fukiage,Hachinohe-shi,Aomori031-0003,JAPAN0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(111)C529表1結石成分による症例の内訳結石成分個数(個)男性:女性年齢(歳)場所(涙.:涙小管)病理検査蛋白型C41:353.C83(C69.3C±12.7)1:3放線菌:3感染無:1カルシウム型C11:0C641:0真菌(カンジタ疑)混合型C10:1C680:1放線菌疑表2結石の場所からの症例の内訳場所個数(個)男性:女性年齢(歳)蛋白型:カルシウム型:混合型病理検査真菌(カンジタ疑):1涙.21:1C58.5±7.81:1:0感染無:1*C放線菌:3涙小管C41:3C73.0±7.53:0:1放線菌疑:1*統計学的に有意差を認めた.すべての患者に対し,局所麻酔下でCDCRおよび涙小管切60開を行った.前投薬は行わず,手術中に緊張が高い場合はドミタゾラム(10Cmg/2Cml:ドルミカムCR)およびペンタゾシン(15Cmg/1Cml:ソセゴンCR)の希釈溶液を,血圧が高い場合は,ニカルジピン塩酸塩(2Cmg/2Cml:ペルジピンCR)を側管より静注した.DCR鼻外法は,手術前に半切した深部体腔創傷被覆・保吸光度(%T)4020護剤(ベスキチンCR,ニプロ)とメロセル(スタンダードネイザルドレッシング,モデル番号C400400.メドロニック)を鼻内に留置した.高周波メス(エルマン)で皮膚切開を行い,骨窓はドリルおよび骨パンチで作製した.涙.および鼻粘膜は前弁,後弁をそれぞれ作製し吻合した.鼻内留置物はC1週間後に抜去した.全例シリコーンチューブ留置術を併用した11).涙小管切開術は,涙点周囲を局所麻酔したあと,涙点から鼻側に粘膜と皮膚の境界に沿って高周波メスで切開し,涙小管内部を観察できるようにした.涙小管結石は鈍的鋭匙で除去し,すべて検査に提出した.シリコーンチューブの挿入や涙小管縫合は行わなかった12).IS法には,蒸留水で洗浄し乾燥したC5Cmg以上の結石が必要なため,最小限を病理検査に提出し残りを成分分析に提出した.手術後より抗菌薬+消炎鎮痛薬の内服のほかに,オフロキサシン+トラニスト点眼を行い,全員流涙などの症状は軽減した.手術前検査として,涙.造影,涙道内視鏡検査は行わなかった.涙石症例と涙小管結石症例の年齢比較の統計処理に,対応のないCt検定を用いて検討し,p<0.05を統計学的に有意差ありとした.C04,0003,5003,0002,5002,0001,5001,000400波数(cm-1)図1蛋白質型蛋白質型では,波数C1,650CcmC.1の波数にピークを認めた.II結果症例は男性C2例,女性C4例の計C6例で女性が多かった.年齢はC53.83歳で,60歳代がC3例と一番多かった(表1).涙小管結石の症例は,涙石の症例より有意に高齢だった(表2).涙小管結石は,蛋白質型がC3例と多く.涙石は蛋白質型とカルシウム型がC1例ずつだった(表2).涙.炎および涙小管炎は全例治癒した.結石分析では,蛋白質型C4例,カルシウム型C1例,混合型1例を認めた(表1).蛋白質型では,波数C1,650CcmC.1(図1),1例のカルシウム型ではシュウ酸カルシウムの波数C1,600Ccm.1の波数にピークを認めた(図2).1例の混合型では蛋白質型と波数C1,100CcmC.1にピークを認めるリン酸カルシウムと類似のピークを認めた(図3).蛋白質型は,涙小管から530あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(112)50706040吸光度(%T)吸光度(%T)30402020004,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0004004,0003,5003,0002,5002,0001,5001,000400波数(cm-1)波数(cm-1)図2カルシウム型図3混合型カルシウム型ではシュウ酸カルシウムの波数C1,600CcmC.1波数C1,100CcmC.1にリン酸カルシウムと類似のピークをの波数にピークを認めた.C認めた.CがC3例で涙.からC1例認めた.カルシウム型は涙.からC1例,混合型で涙小管からC1例を認めた(表1).病理検査については,蛋白質型では,涙小管から摘出した3例全例で放線菌が確認され(図4a),1例は,細菌の感染を認めなかった.カルシウム型でC1例が真菌(図4b),混合型は放線菌疑い(図4c)だった.CIII考察尿管結石の結石成分の分析に,IS法,X線解析法,分光図4病理検査(グラム染色)Ca:蛋白質型Cb:カルシウム型Cc:混合型光度分析法や原子吸光分光法などが知られている9,10).IS法は,結石の粉末試料に赤外線を照射し,透過光を分光して得られる赤外線吸収スペクトルから結石成分を同定する9,10).利点は,比較的安価で感度や精度に優れていることで,欠点は,ヒドロキシアパタイトとリン酸水素カルシウムの区別がなくリン酸カルシウムと報告されること,またカーボネートアパタイトが誤って炭酸カルシウムと報告され,またシュウ酸カルシウム一水和物と二水和物の区分は困難である9,10).C(113)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C531X線解析法は未知物質にCX線を照射し,回析が起きる角度と回析強度を調べ,未知物を同定する10).ほかに分光光度分析法7)や原子吸光分光法8)などがあるが,X線解析法と同様に外注先を検索したが,みつけることはできなかった.研究所,大学レベルでのみ施行可能と考えられる.涙小管結石症例と涙石の症例の年齢を比較すると,涙小管結石の年齢が有意に高いこと,70歳代という点も以前の報告と同様3)だった.また,涙石症例の平均年齢もC50歳代で以前の報告と同様だった3).Duke-Elderは,涙小管結石の種類は,異物の周囲に沈着したカルシウム,放線菌によるドルーゼの形成,無定形物質のC3種類があると述べられている14).涙小管結石の成因は放線菌が原因・主成分とされている2.4,12,13).放線菌が主成分であれば,成分分析で蛋白型を示すと考えられ,筆者らの涙小管結石成分分析でも,蛋白型がC3例,混合型がC1例で,従来の報告同様と考えられた1,2).岩崎らはC2例が柔らかく,1例が固かったと報告しており,柔らかいC2例は蛋白質型で,固いC1例がカルシウム型もしくは混合型だったと推測している13).涙石の主成分は,ムコペプチド2)と報告とされ,またほとんどが蛋白質やムコプロテインと報告されている1,7).これらはCIS分析では蛋白質型に属するものと考えた.また,涙石へのカルシウムの沈着は病理学的には報告されているが,この症例が成分分析でカルシウム型になるかどうかは不明である.今までの報告から涙石では蛋白型が多く認められるはずだが,今回C2症例と少ないため結論は出なかった.さらに症例を集める必要があると考える.体内で形成される他の結石と比較した場合,尿路結石は,カルシウム含有結石がC90%以上占め10),鼻石でも,リン酸カルシウムがC90%以上と報告されている15).蛋白質が多い涙石や涙小管結石と,尿路結石や鼻石では発症機序が違うと思われた.IS法による成分分析は,少ない結石量で全例施行可能だった.涙小管結石では蛋白質型が多く,従来と同様な結果が得られた.涙石では症例が少なく傾向は不明だった.健康保険の範囲内で行えるCIS法で涙石や涙小管結石の成分分析行うことは十分可能で,従来の報告と同様の結果が得られる可能性が高いと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KominekCP,CDoskarovaCS,CSvangeraCetCal:LacrimalCsacdacryoliths(86Csammples):chmemicalCandCmineralogicCanalysis.GrafesArchClinExpOphthalmolC252:523-529,C20142)PerryCLJ,CJakobiecCFA,CZakkaCFR:BacterialCandCmuco-peptideCconcretionsCofCtheClacrimalCdrainageCsystem:anCanalysisof30cases.OphthalPlastReconstrSurgC28:126-133,C20123)ReppCDJ,CBurkatCCN,CLucarelliCMJ:LacrimalCexcretorysystemconcretions:canalicularandlacrimalsac.Ophthal-mologyC116:2230-2235,C20094)久保勝文,櫻庭知己,板橋智映子:涙小管炎病因で精査での涙小管結石の病理検査の有用性.眼科手術C21:399-402,C20085)坂上達志,有本秀樹,久保田伸枝:涙.結石のC1例.眼臨C72:1241-1243,C19786)岩崎雄二,陳華岳:停留チューブに形成された涙石を伴う涙.炎のC1例.眼科手術27:607-613,C20147)IlidadelisCE,CKarabataksCV,CSofoniouCM:DacryolithsCinchronicdacryocystitisandtheircomposition(spectrophto-metricanalysis)C.EurJOphthalmolC9:266-268,C19998)IlidadelisCED,CKarabatakisCVE,CSofoniouCMK:DacryolithsinCaCseriesCofCdacryocystorhinostomies:histologicalCandCchemicalanalysis.EurJOphthalmolC16:657-662,C20069)矢野一行,若松英男:赤外・近赤外分光法の臨床医学への応用.真興交易(株)医書出版部,p43-44,200810)山口聡:尿路結石症と臨床検査.生物試料分析C32:200-214,C200911)久保勝文,櫻庭知己:日帰り涙.鼻腔吻合術鼻外法C18例20眼の検討.眼科手術18:283-286,C200512)北田瑞恵,大島浩一:大きな涙小管結石の手術療法.臨眼C60:1313-1316,C200613)岩崎雄二,河野吉喜,宇土一成ほか:涙道内視鏡所見による涙小管炎の結石形成と治療の考察.眼科手術C24:367-371,C201114)Duke-ElderS:Lacrimal,orbitalandpara-orbitaldiseases.In:SystemCofCOphthalmology.CVolC13,CLondon,CHenryCKimpton,Cp768-770,C197415)蔵川涼世,井上博之,石田春彦ほか:鼻腔放線菌による鼻石の一例.日本鼻科学会会誌45:8-11,C2006***532あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(114)

涙囊炎に合併した副鼻腔画像所見

2017年7月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科34(7):1065.1068,2017c涙.炎に合併した副鼻腔画像所見五嶋摩理*1,2齋藤勇祐*2小栗真美*2山本英理華*1尾碕憲子*1川口龍史*1村上喜三雄*1松原正男*2齋藤誠*3*1がん・感染症センター都立駒込病院眼科*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3がん・感染症センター都立駒込病院臨床研究支援室ComputedTomographyImagingofSinusinDacryocystitisMariGoto1,2),YusukeSaito2),MamiOguri2),ErikaYamamoto1),NorikoOzaki1),TatsushiKawaguchi1),KimioMurakami1),MasaoMatsubara2)andMakotoSaito3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)DivisionofClinicalResearchSupport,TokyoMetropolitanKomagomeHospital目的:涙.炎を合併した鼻涙管閉塞における鼻腔や副鼻腔の異常をcomputedtomography(CT)で調べ,炎症の関与および手術に際しての留意点を予測した.対象および方法:涙.鼻腔吻合術の術前に副鼻腔CTを施行した片側性の慢性涙.炎症例36例の患側におけるCT所見を健側と比較検討した.結果:副鼻腔炎と副鼻腔炎術後例の合計は,患側のみが9例,健側のみが1例であり,患側に有意に多かった.鼻中隔弯曲は,患側と健側への弯曲がそれぞれ5例ずつで,両側の狭鼻腔を3例に認めた.本人の記憶にない鼻骨骨折と患側の眼窩壁骨折が1例ずつ発見された.結論:慢性涙.炎における副鼻腔の炎症は,健側に比べて患側で有意に多かった.Purpose:Toreporton.ndingsinthenasalcavityandsinusbycomputedtomography(CT)incasesofdac-ryocystitis,forassessmentofunderlyingin.ammatoryfactorsandsurgicalprecautions.Method:Investigatedwere36unilateralcasesofchronicdacryocystitisthatunderwentsinusCTpriortodacryocystorhinostomy(DCR).CT.ndingswerecomparedwiththefellowside.Result:Sinusitiscasespluspostsurgicalsinusitiscasestotaled9onthedacryocystitissideonly,versusoneonthefellowsideonly,provingastatisticallysigni.cantdi.erence.Nasalseptumwasdeviatedtothedacryocystitissidein5casesandtothefellowsidein5cases.Threecasesshowedbilaterallynarrownasalcavity.Asymptomaticfracturewasfoundinthenasalboneandtheorbital.oorindi.erentcases.Conclusion:In.ammationofthesinusonthedacryocystitissidewassigni.cantlymorefrequentthanonthefellowside.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(7):1065.1068,2017〕Keywords:CT,涙.炎,副鼻腔炎,無症候性骨折,涙.鼻腔吻合術.computedtomography,dacryocystitis,si-nusitis,asymptomaticbonefracture,dacryocystorhinostomy.はじめに鼻涙管閉塞の発生には,炎症が関与するとされる1,2).Kallmanらは,鼻涙管は,解剖学的に鼻腔や副鼻腔と隣接しているため,これらの部位の炎症が,鼻涙管に波及する可能性があると指摘している3).筆者らは,涙.炎を合併した鼻涙管閉塞における鼻腔や副鼻腔の異常をcomputedtomography(CT)で調べ,炎症の関与および手術に際しての留意点を予測したので報告する.I対象および方法対象は,平成23年8月.平成27年1月に,東京女子医科大学東医療センターまたは都立駒込病院において,涙.鼻腔吻合術の術前検査として副鼻腔CTを施行した片側性の慢性涙.炎(涙管通水時に排膿を認める鼻涙管閉塞)症例36例36側(男性11例,女性25例),年齢28.95歳(平均70.3±標準偏差13.5歳)である.患側は,右が22例,左が14例であった.〔別刷請求先〕五嶋摩理:〒113-8677東京都文京区本駒込3-18-22がん・感染症センター都立駒込病院眼科Reprintrequests:MariGoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,CenterforCancerandInfectiousDiseases,3-18-22Honkomagome,Bunkyo-ku,Tokyo113-8677,JAPAN表1副鼻腔CTの結果年齢性別患側副鼻腔炎*副鼻腔炎術後*鼻中隔弯曲**その他*72男左左眼窩内壁骨折(図3)77女左左75女右左73女右右85女右右左鼻骨骨折75男右右(真菌性)(図1)64女左左78女右右,左32女右右82男右81男右右左71男左狭鼻腔(図2)66女右右狭鼻腔74女右83女左80女左左右75女左66男右82女左28女右44女左左右74男左61女左63女右右69女右63女左60女左60女右左77男右狭鼻腔67男右右72男右72女右75女右79男右右79女右右95女左右患側におけるCT所見を健側と比較検討した.検討項目は,副鼻腔炎の有無(副鼻腔に膿の貯留が認められるものを副鼻腔炎と診断した),副鼻腔手術の既往,鼻中隔弯曲の方向,狭鼻腔ならびに骨折の有無とした.II結果(表1)副鼻腔炎:患側の慢性上顎洞炎を男性11例中2例(19%),女性25例中5例(20%)に認めた.このうち男性1例で石灰化を伴い,真菌性副鼻腔炎と考えられた(図1).ほか男性1例,女性2例が患側の上顎洞炎術後であった.一方,健側における慢性上顎洞炎は女性1例で,健側の上顎洞炎術後例は,両側術後の女性1例のみであった.副鼻腔炎合併例と副鼻腔炎術後例を合計すると,36例中11例(30.5%)であった.これらを患側と健側に分けて検討すると,患側のみが9例,健側のみが1例となり,副鼻腔の炎症は,術後例も含めると,有意差をもって涙.炎と同側に認められた(二項検定,p=0.039).鼻中隔弯曲と狭鼻腔:鼻中隔弯曲は患側方向,健側方向にそれぞれ5例ずつ,いずれも男性1例,女性4例に認められた.このうち,上顎洞炎も合併した症例は,健側に弯曲した2例であったため,上顎洞炎を合併しない鼻中隔弯曲例に限ると,この2例を除く8例中,患側への弯曲が5例(62%)となった.患側への弯曲例も,全例涙.鼻腔吻合術鼻内法が施行できた.一方,両側の狭鼻腔は男性2例,女性1例に認められ(図2),涙.鼻腔吻合術鼻外法が適応となった.骨折:鼻骨骨折と眼窩壁骨折が1例ずつ発見された.鼻骨骨折は女性の健側にみられ,軽度であった.一方,男性の患側における眼窩内壁骨折では,眼窩内容の脱出も伴っていたが(図3),複視や眼球運動制限などの自覚症状はなかった.涙.鼻腔吻合術は鼻内法で行ったが,のみの使用を避けた.いずれの症例も,撮影後の問診で外傷歴が判明した.III考按鼻涙管閉塞は,中高年の女性に多く,顔面骨格の違いが性差の背景にある可能性が指摘されている4).一方,鼻涙管閉塞においては,鼻性の要因が関与し,炎症が遷延・再燃しやすい可能性が推察されている3,5).上岡は,涙道閉塞307例の術前検討で,副鼻腔炎が18例,副鼻腔炎術後が19例,鼻中隔弯曲が4例,顔面骨骨折が男性のみで3例認められたと報告している5).このことから,副鼻腔の炎症ないし術後の炎症が涙道閉塞の契機になった可能性が考えられた.上岡の報告では,副鼻腔炎と副鼻腔炎術後例の合計は,307例中37例(14%)となるが,涙.炎合併の有無に関する記載がなく,涙.炎を合併しない閉塞例も含まれることが本検討と異なると考えられる.一方,Dinisらは,60例の涙.炎症例におけるCT所見か*太字は患側,**太字は患側方向.図1真菌性副鼻腔炎合併例のCT右真菌性上顎洞炎(★)を合併した右鼻涙管閉塞例.図2両側狭鼻腔例のCT両側の狭鼻腔(.)を認める左鼻涙管閉塞例.涙.鼻腔吻合術は鼻外法で施行した.★図3眼窩壁骨折合併例のCT左眼窩内壁骨折(.)を合併した左鼻涙管閉塞例.涙.鼻腔吻合術は鼻内法で行ったが,のみの使用を避けた.ら,副鼻腔炎の頻度が対照群と比較して差がなかったとしている6).しかし,これら既報においては,健側と患側に分けての検討がされていない.筆者らは,涙.炎を合併した片側性の鼻涙管閉塞例について検討を行い,副鼻腔炎と副鼻腔炎術後例を合わせると,患側に有意に多いという結果を得た.本検討でみられた副鼻腔炎はいずれも上顎洞炎であったが,上顎洞は,鼻涙管に近接し,中鼻甲介の下方に位置する自然孔である半月裂孔に開口するため,この部位の炎症が鼻涙管にも波及した可能性がある3).副鼻腔炎術後例に関しては,術前の副鼻腔の炎症のほか,手術そのものによる炎症の影響も考えられる5).Leeらは,39例中25例(64%)で鼻中隔が鼻涙管閉塞側に弯曲していたと報告している4).この報告では,副鼻腔所見についての言及がないが,今回の鼻中隔弯曲における検討で,上顎洞炎の関与を除外すると,患側への弯曲例は8例中5例(62%)となり,Leeらの結果とほぼ一致する.以上のことから,鼻中隔の弯曲による鼻腔の狭さ,鼻涙管に隣接した副鼻腔の炎症,あるいは術後炎症のいずれもが鼻涙管閉塞の発生や涙道内の炎症と関連している可能性が推測される.なお,患側への弯曲があっても,涙.鼻腔吻合術鼻内法は可能であり,術式への影響はなかった.術式に影響した因子としては,両側の狭鼻腔と患側の眼窩内壁骨折があった.前者では涙.鼻腔吻合術鼻外法を行い,後者では,涙.鼻腔吻合術鼻内法の際に,のみの使用を避けた.なお,本検討には含まれなかったが,鼻涙管閉塞におけるCTでは,腫瘍性病変や鼻腔の広汎なポリポーシスが発見されることもあるため7),これらの疾患も念頭においた術前精査が肝要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LindbergJV,McCormickSA:Primaryacquirednasolac-rimalductobstruction.Aclinicopathologicreportandbiopsytechnique.Ophthalmology93:1055-1063,19862)TuckerN,ChowD,StocklFetal:Clinicallysuspectedprimaryacquirednasolacrimalductobstruction.Clinico-pathologicreviewof150patients.Ophthalmology104:1882-1886,19973)KallmanJE,FosterJA,WulcAEetal:Computedtomog-raphyinlacrimalout.owobstruction.Ophthalmology104:676-682,19974)LeeJS,LeeHL,KimJWetal:Associationoffaceasym-metryandnasalseptaldeviationinacquirednasolacrimalductobstructioninEastAsians.JCraniofacSurg24:1544-1548,20135)上岡康雄:鼻と涙道疾患─鼻・副鼻腔疾患と涙道疾患との関連─.耳展42:198-202,19997)FrancisIC,KappagodaMB,ColeIEetal:Computed6)DinisPG,MatosTO,AngeloP:Doessinusitisplayatomographyofthelacrimaldrainagesystem:Retrospec-pathologicroleinprimaryacquiredobstructivediseaseoftivestudyof107casesofdacryostenosis.Ophthalmicthelachrymalsystem?OtolaryngolHeadNeckSurg148:PlastReconstrSurg15:212-226,1999685-688,2013***

唾液α-アミラーゼ活性測定による白内障手術と涙囊鼻腔吻合術とのストレス評価比較

2015年8月31日 月曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(8):1205.1211,2015c唾液a-アミラーゼ活性測定による白内障手術と涙.鼻腔吻合術とのストレス評価比較久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科UseofSalivaryAmylasetoEvaluateSurgicalStressRelatedtoDacryocystorhinostomyandCataractSurgeryMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospital筆者らはココロメータ(ニプロ)を用い,超音波白内障手術(IOL)と涙.鼻腔吻合術鼻外法(DCR)患者の術前および術後のストレス値の測定を行い,周術期のストレス状態の比較検討と同時にココロメータの有用性を検討した.症例はIOL男性11例,女性17例,計28例,DCR男性13例,女性18例,計31例.手術30分前・後に血圧,心拍数測定およびココロメータでストレス値を測定した.IOL前後,DCR前後のストレス平均値は42.8から73.8KU/L.ストレス値が61KU/L以上の緊張の強い症例は20.40%台だった.手術前のストレス値は,手術中・後の血圧の上昇や心拍数亢進と相関せず,他覚的および患者の自覚症状とも一致しなかった.IOLとDCRの術前不安および術後疼痛は,ほぼ同等と考えられた.ココロメータの測定は簡便で,DCR女性群で手術前ストレス値が高い人に,手術前と術後の対策で苦痛軽減ができると考えられた.Purpose:Thepurposeofthisstudywastoinvestigatetheuseofsalivaryamylaseactivity(sAMY)toevaluatethechangesintheamountofpre-andpostoperativestressinpatientsundergoingdacryocystorhinostomy(DCR)andcataractsurgery(CS).Methods:Inthisstudy,weevaluatedtheperioperativechangesinsAMYbyuseoftheCocoroMeter(NIPRO,Osaka,Japan)portablestressmeteratbeforeandaftersurgeryandassessedthebloodpressureandheartratein59patientsbeingtreatedattheFukiageEyeClinic,Hachinohe,Japan.TheDCRgroupincluded31cases(13malesand18females),andtheCSincluded28cases(11malesand17females).Results:ThelevelofsAMYrangedfrom42.8to73.8KU/L.ThehighersAMYgroup(>61KU/L)occupiedfrom27-41%inbothgroups.NosignificantdifferencewasfoundbetweenthelevelofsAMYamongsexandtypeofsurgery.Conclusion:Wewereabletosuccessfullyreducesurgery-relatedpatientstressandpainbyuseofthesAMYlevel.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(8):1205.1211,2015〕Keywords:白内障手術,涙.鼻腔吻合術,唾液アミラーゼ,心理ストレス,ココロメータ.cataractsurgery,dacryocystorhinostomy,salivaryamylase,psychologicalstress,cocorometer.はじめに近年,涙道手術が普及し涙.鼻腔吻合術鼻外法(dacryocystorhinostomy:DCR)が増加している.眼科で多く行われている超音波白内障手術(intraocularlens:IOL)と比較して,どちらが術後痛いのだろうかと患者に問われることも多い.これまで手術法の評価は,成功率や手術時間について論議されることが多く,患者の手術後の痛みについては客観的な評価が困難であり,考慮されることは少なかった.また,検索した限りでは,眼科手術において患者の疼痛評価を定量的に考察した報告はなかった.しかし,眼科医療の質の向上のためにも,患者の疼痛を軽減することは重要である.そのためには,患者の疼痛の状態を客観的に評価する必要があり,さらに定量的に評価可能であれば,治療法の選択などに有用〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上2丁目10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10Fukiage,Hachinohe,Aomori031-0003,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(139)1205 と考える.周術期ストレスの主要因子の一つである痛み1,2)については,患者の主観的な感覚であるため,客観的に評価することはむずかしい.そのため,問診や視覚的評価スケール方法(VAS法)などの主観的な評価法3)や,血液や尿中のカテコラミンやコルチゾールを測定する客観的な生化学的方法などにより,間接的に痛みの状態を評価する方法が応用されてきた4).近年,唾液a-アミラーゼが交感神経活動の指標になることがわかり,痛みを含めたストレスの有用な指標と考えられている4,5).加えて近年,安価で簡便な唾液a-アミラーゼ活性の測定機器(以下,ココロメータ)が販売され,ストレスの数値化が簡便に行えるようになった5).そこで,今回筆者らは,ココロメータを用いIOLおよびDCR患者の術前および術後のストレス値の測定を行い,周術期のストレス状態の比較検討をすると同時に,ココロメータの有用性を検討した.I対象および方法対象は2003年5月.2003年8月および2013年5月.2013年8月に,当院が手術を行ったIOL症例(男性13例,女性18例),DCR症例(男性16例,女性29例)を対象とした.両眼を行う症例では最初の症例眼のみを対象とし,他方眼は対象から除いた.涙液メニスカスが減少し,Sjogren症候群が明らかに疑われる症例はいなかった.ストレス値測定で手術前後に1回以上測定不能だったIOL男性2例(15%),女性1例(6%),DCR男性3例(19%),女性11例(38%)を除いた.IOL群で男性11例,女性17例,計28例,DCR群は男性13例,女性18例,計31例を検討対象とした.測定項目は性別,年齢,手術30分前・中・手術30分後の血圧と心拍数.手術前後30分のストレス値である.血圧は,収縮期血圧が165mmHg以上または拡張期血圧が95mmHg以上で高血圧とし,心拍数は90以上で異常とした.看護記録より,患者の緊張が他覚的に観察されたり,「緊張している」「緊張していた」とコメントがあれば,手術前・中・後に「緊張状態」ありとした.Schirmerテストは今回行っていない.ストレス値の測定後に血圧・心拍数測定を行い,指示がある症例で前投薬の筋肉注射を行った.DCR6)については,鼻にパッキングが入った状態で手術前,手術後の測定を行った.各群の検討項目は,①平均年齢,②手術時間とストレス値,③前投薬,術中の投薬,④術中の高血圧発生頻度,⑤心拍数亢進の発生頻度,⑥緊張状態の発生頻度,⑦各群のストレス平均値,⑧各群のストレス高値症例の比率,⑨手術前にストレス値が正常の症例,高い症例の2群の手術前・中・後の血圧・心拍数・緊張状態の変化,⑩測定不能例の出現頻度1206あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015である.平均値の比較は,t-testで行い,2群間の比率の比較はc2検定,Fishers’stestを行い検定有意水準p<0.05で有意とした.すべての手術は,局所麻酔下で行った.外来処置中(白内障手術では,術前抗菌薬の涙.洗浄時,DCRでは鼻内のパッキング時)に,視診で患者の緊張度を判断して前投薬のアタラックスPRの筋肉下注射を指示した.手術中に緊張が高い場合は,ドルミカムRおよびソセゴンRの希釈溶液を側管より静注した.血圧が高い場合は,同様にペルジピンRを使用した.白内障手術の手順は以下のとおりである.11時部位の結膜を3.4mm程度切開し,止血後に2mlの2%キシロカインRでTenon.下麻酔を行った.2.65mmスリットナイフで強角膜にて前房に進入し,CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)を完成させた.ハイドロダイジェクション後にフェイコチョッパーにて白内障の核を除去し,皮質を吸引し,カートリッジなどを用いて眼内レンズを.内に挿入し,眼圧調整後に結膜を凝固し,エリスロマイシン・コリスチン眼軟膏で封入し眼帯した.DCR鼻外法は,手術前に半切したベスキチンFRとnasaldressingRを鼻内に留置した.高周波メスで皮膚切開を行い,骨窓はドリルおよび骨パンチで作製した.涙.および鼻粘膜は前弁,後弁をそれぞれ作製し,吻合した.鼻内に留置したものは1週間後に抜去した.全例シリコーンチューブ留置術を併用した6).唾液アミラーゼ測定機器ココロメータ7)は,本体とアミラーゼ試験紙が付いた使い捨てのテストストリップで構成される.測定方法は,テストストリップの先端を舌下部に入れ,30秒間唾液を採取する.次に唾液を採取したテストストリップの後部を一段階引っ張り,ココロメータホルダー内に挿入する.ディスプレイの指示に従いレバーを操作すると,アミラーゼ試験紙が唾液採取紙に押し付けられ唾液が転写され,30秒後にストレス値の結果が数値とアイコンにて画面に表示される.ココロメータの測定精度については,R2=0.988変動係数10.2%と報告され7),61KU/L以上を高値とした.また,測定時に唾液採取ができない場合は「エラー」の表示となり,今回は「測定不能」とした.II結果平均年齢はIOL群で男性75.4±5.71歳,女性69.4±9.49歳.DCR群で男性63.7±19.4歳,女性69.0±7.90歳だった.IOL男性群とIOL女性群との間に有意差を認めた(p=0.037,unpairedt-test).IOL群男性とDCR群男性との間にも有意差を認めた(p=0.034,unpairedt-test)(表1).(140) 手術時間は,IOLでは結膜切開から最後の結膜凝固までとし,DCRでは,皮膚切開から最後の皮膚縫合終了までとした.IOL男性で15.1±2.1分,女性で17.5±6.0分だった.DCRでは男性44.2±6.5分,女性で41.8±6.4分だった,男女での手術時間には,有意差はなかった.IOL症例内およびDCR症例内では手術時間と手術後のストレス値との相関はなかった.手術前の前投薬と手術中の投薬は,DCR女性群でソセゴンRを多く使用している傾向があったが有意差は認めなかった(表2).高血圧を示した症例数を表3に示した.IOL女性群で,手術中の高血圧の発生頻度が高く,手術前・後と比較して有意な差を認めた(手術中と手術前の比較でp=0.027,手術中と手術後の比較でp=0.004,Fisher’stest).しかし,他の群では手術中の高血圧の発生率に,有意差を認めなかった.また,発生率が低いDCR女性群と,高いIOL女性群との間で有意差は認めなかった.心拍数が亢進した症例数を表4に示した.DCR女性群は手術中に心拍数の上昇を高い確率で示し,手術前との有意差を認めた(手術中と手術前の比較でp=0.0076,Fisher’stest).DCR女性群とIOL女性群との間に有意差は認めなかった.DCRの手術前の緊張状態は,男性女性ともに,IOLの緊張状態より有意に高かった.手術中・手術後については,有意差を認めなかった(表5).ストレス値は,IOL群は手術前で男性46.8±41.8KU/L,女性54.5±55.1KU/L,手術後で男性38.4±41.7KU/L,女性55.6±44.1KU/Lで,手術前後,男女間で有意な差は認めなかった(図1).DCR群では,手術前で男性73.8±49.7KU/L,女性50.3±42.1KU/L,手術後で男性53.5±33.5KU/L,女性50.8±47.7KU/Lだった.手術前後で有意な差を認めず,男女差も認めなかった.DCR男性群の手術前のストレス値が高かったが,IOL男性群との差は認めなかった(図2).ストレス値が61KU/L以上,同未満で2群に分類すると2),手術前・手術後で高いストレス値の症例が占める割合は20.40%台で,IOL女性群が術前・術後ともに高値だったが,有意な差は認めなかった(表6).手術前のストレス値を61KU/L以上,同未満で2群に分類し,手術前・中・後の血圧および心拍数が亢進した症例表1症例の平均年齢IOL群(歳)DCR群(歳)男性75.4±5.71*63.7±19.4女性69.4±9.4969.0±7.90*p<0.05unpaired-ttest*IOL男性群は,DCR男性群より有意に高齢であった.・女性群で,有意差を認めなかった.表2前投薬と手術中の投薬についてアタラックスPRドルミカムRソセゴンRペルジピンR合計(例)IOL群男性女性711121401121117DCR群男性女性712121413051318Fisher’stest・DCR女性群で,ソセゴンを多く使用している傾向があったが有意差は認めなかった.表3高血圧を示した症例手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)IOL群男性女性1147*101117DCR群男性女性1645221318*p<0.05Fisher’stest*IOL女性群の手術中の高血圧の発生頻度は手術前および手術後より有意に高かった(手術中と手術前でp=0.027,手術中と手術後でp=0.04).・IOL女性群とDCR女性群との間に有意差を認めなかった.表4心拍数が亢進した症例手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)IOL群男性女性0204001117DCR群男性女性0027*101318*p<0.05Fisher’stest・DCR女性群のの手術中の心拍数の上昇の発生頻度は手術前と比較すると手術前より有意に高かった(p=0.076).・DCR女性群は,IOL女性群と有意差を認めなかった.(141)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151207 表5緊張状態を示した症例手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)IOL群男性00011女性00017DCR群男性52113女性74318****p<0.05,**p<0.05Fisher’stest*男性群は,DCR群で緊張状態を示した症例が有意に多かった(p=0.041).**女性群は,DCR群で緊張状態を示した症例が有意に多かった(p=0.0076).男性女性ストレス値180160140120100806040200ストレス値(KU/L)手術前手術後200180160140120100806040200手術前手術後(KU/L)手術前手術後男性73.8±49.7KU/L53.5±33.5KU/L有意差なし女性50.3±42.1KU/L50.8±47.7KU/L有意差なし図2DCR群の男性群と女性群のストレス値の手術前後の変化数,緊張状態となった症例数,手術後に高ストレス値を示した症例数を検討した(表7).手術前ストレス値で,手術前の高血圧および心拍数亢進で有意差を認めなかった.手術前ストレス値と,手術中の投薬頻度,高血圧発生頻度・心拍数の亢進を認めた頻度に差を認めなかった.IOL男性群で前投薬を指示した比率と,DCR女性群で手術後も高ストレス値であった比率に有意差を認めた.手術前ストレス値の高い女性が,手術前に緊張状態を認めた割合がIOLよりDCRのほうが有意に高かった.各群でのココロメータの測定不能例の出現頻度は,DCR女性群が高く(38%),IOL女性群との有意差を認めた(p=0.017.Fischer’stest).また,IOL群とDCR群での比較で1208あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015男性女性ストレス値ストレス値050100150200250手術前手術後(KU/L)手術前手術後(KU/L)180160140120100806040200手術前手術後男性46.8±41.8KU/L38.4±41.7KU/L有意差なし女性54.5±55.1KU/L55.6±44.1KU/L有意差なし図1IOL群の男性群と女性群のストレス値の手術前後の変化表6手術前後で高いストレス値(61KU.L以上)を示した症例手術前手術後合計(例)IOL群男性3311女性7817DCR群男性5513女性5418Fisher’stest統計学的に有意な差は認めなかった.も,有意な差を認めた(p=0.047.Fischer’stest)(図3).測定不能例のDCR女性群内での年齢別頻度では(表8),年代別に有意差はなかった.測定不能だったDCR女性群(測定不能群)11例の内訳は,手術前のみ1例,手術後のみ8例,両方が2例だった.測定不能群とDCR女性群症例(測定可能群)18例の手術前・中・後の高血圧の発生頻度には有意差を認めなかったが,測定不能群は測定可能群に比較して手術中に高血圧が発生する傾向を示した(p=0.057)(表9).III考察生理学的にストレスという反応をみると,1)視床下部.下垂体.副腎皮質(hypothalamus-pitcitary-adrenal:HPA)系と2)交感神経.副腎髄質系(sympathetic-adrenal-medul-lary:SAM)系の2つがある(図4).最近では,唾液a-アミラーゼの分泌は,交感神経活動の亢進とよく相関しているので,とくにSAM系の活動に依存していると考えられてい(142) 表7手術前ストレス値の高い症例,低い症例の手術前・手術中,手術後の投薬・血圧変化・心拍数の変化,ストレス値および緊張状態の推移IOL男性手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態低い(<60KU/L)高い(≧61KU/L)IOL女性8100**p=0.006000083220000121000単位(例)0083低い(<60KU/L)高い(≧61KU/L)DCR男性5601110086432200420000単位(例)00107低い(<60KU/L)高い(≧61KU/L)DCR女性5201003275311111322001単位(例)1085手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態低い(<60KU/L)104049243100113**高い(≧61KU/L)2203*533132025*IOL女性手術前ストレス値が高い人と有意差ありp=0.045**p=0.044単位(例)緊張状態:看護士が「患者は緊張している」と観察したり,自ら「緊張している」と言った場合.高ストレス値:ストレス値が61以上であれば高ストレス値とした.45表8DCR女性群内での年齢別の測定不能例40年齢40歳代50歳代60歳代70歳代80歳代35発生例(頻度)0325130症例数(例)066161Fisher’stest25・年齢によるエラー率に有意な差を認めなかた.2015表9DCR女性群内での測定可能群と測定不能群での高血圧の頻度10手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)測定可能群652185測定不能群472110IOLIOLDCRDCRc2検定男性群女性群IOL群男性群女性群DCR群測定不能群;ココロメーターでエラーが出た症例図3各群での測定不能率測定可能群:ココロメーターで測定可能だった症例*DCR女性群は,IOL女性群より有意に測定不能率が高かった手術前・中・後で2群間に有意な差を認めなかった.(p=0.017.Fischer’stest).測定不能群は測定可能群に比較して手術中に高血圧が発生する★DCR群はIOL群より有意に測定不能率が高かった(p=0.047.傾向を示した(p=0.057).Fischer’stestで有意な差を認めた).ココロメータのエラー率(%)*★(143)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151209 心理的ストレス大脳皮質,大脳辺縁系身体的ストレス視床下部SAM系HPA系交感神経活動↑下垂体(ノルアドレナリン)(ACTH)副腎髄質副腎皮質(アドレナリン,ノルアドレナリン分泌↑)(コルチゾール分泌↑)唾液腺唾液a-アミラーゼ分泌↑直接神経作用ホルモン作用心理的ストレス大脳皮質,大脳辺縁系身体的ストレス視床下部SAM系HPA系交感神経活動↑下垂体(ノルアドレナリン)(ACTH)副腎髄質副腎皮質(アドレナリン,ノルアドレナリン分泌↑)(コルチゾール分泌↑)唾液腺唾液a-アミラーゼ分泌↑直接神経作用ホルモン作用図4ストレス応答系と唾液a-アミラーゼ分泌の関係る.SAM系を介した唾液a-アミラーゼ分泌促進には,カテコラミン分泌に伴うホルモン作用(間接作用)と交感神経からの直接神経作用によるものがある.以上のことから,唾液a-アミラーゼはSAM系の活動の指標とともに,間接的な交感神経活動の指標となっている.そのため,唾液a-アミラーゼを測定することにより,ストレスの強度を推測することが可能と考えられる.術者の視点で侵襲度という観点でストレスを考慮していたが,患者のストレスについて考察されることは少なかった.手術を受ける前の不安や手術後の痛みを主とするストレスは,ストレスにより上昇する唾液a-アミラーゼを簡便に測定できるようになったことで評価が可能となった.ココロメータでのストレス値測定は,簡便で,血圧や心拍数の変動に現れない患者のストレスを推測するのに有用であった.逆に交感神経系のマーカーと従来から重要視されている血圧および心拍数に異常が出なかった.理由としては,高血圧治療薬を服用している患者が多く,普段の内服薬により血圧上昇および心拍数の亢進が抑えられたためと考えた.ストレス値は,術前不安および術後創痛の程度を反映していると考えられる6,7).ココロメータはストレスが加わって最大値を示すまでの時間は10分以内,復帰するのに20分程度であり,心拍などと比べてもストレス負荷に対して比較1210あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015的早い応答が観察される8)と報告されている.よって今回の手術前のストレス値は術前不安を,手術後30分経過して測定した術後のストレス値は,術後の創痛の程度を反映していると思われる.手術前のDCR鼻外法での鼻内処置には,ボスミンRを使用せず,手術中の止血用にボスミンR外用液0.1%を希釈して用いたが,それによる明らかな血圧上昇例はなくストレス値に影響はないと考えた.各手術のストレス値の平均値は,術前,術後,性別,手術別に有意な差を認めなかった.高ストレス値を示した症例の割合も,有意差を認めなかった.ストレス値が測定できた症例のなかでは,IOLとDCRのストレス値は同等と考えられ,ストレス値からは2つの手術の術前不安および手術後疼痛は同等であると考えられた.ココロメータによる唾液a-アミラーゼ測定の有用性は,術前のストレス度を測定することによって疼痛軽減を主にした術後ストレスケアへの準備を容易にする点にあると考える.理由として,手術前ストレス値が低いグループと高いグループで分けて手術前・中・後と経過を追うと,DCR女性群で,手術前にストレス度が高い症例は,IOL群に比べて,緊張状態が有意に高く,手術後のストレス度も高かった.つまり,DCR女性群で手術前ストレス値が高い人は,手術前に不安が強く,手術後に疼痛によりストレス度が高かったと(144) 考えられ,このような症例に対しては手術前に不安対策を,手術後早期に疼痛対策を行えば,患者の苦痛軽減ができると考えられる.ココロメータは簡便にストレス度が測定でき,前述した有用性がみられるが,測定不能例が無視できない率でみられることが短所の一つである.ココロメータの測定不能率に関しての報告は,1報告9)のみで手術当日34例中13例(38%)が測定不能と報告されている.今回の測定でも,DCR女性群の測定不能率が38%と高く,手術当日の測定不能率が高いと思われた.測定不能群で高血圧の出現頻度が高い傾向を認め(p=0.057)(表7),測定不能の原因は,強い緊張による唾液減少が強く関係すると考えた.麻酔導入中では,唾液a-アミラーゼ活性の変動は,平均血圧や心拍数の変動と同調,相関すると報告10)され,深い沈静の状態では,痛みにより最初に唾液a-アミラーゼ活性が上昇すると報告11)されているが,今回は,唾液a-アミラーゼ活性の変動と血圧および心拍数の変動とが相関しているかどうかは確認できなかった.ストレス測定をより頻回に行うか,連続的に測定可能となれば,何らかの関係性が明らかになると思われた.IOLとDCRの術前不安および術後疼痛は,ほぼ同等と考えられた.ココロメータの測定は簡便で,DCR女性群で手術前ストレス値が高い人に,手術前と術後の対策で苦痛軽減ができると考えられる.欠点として,手術後の測定不能率が高かった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)本馬周淳:周術期ストレス緩和への取り組み(1)内視鏡下および開腹胆.摘出術前後のストレス度比較.バイオメディカル・ファジイ・システム学会誌14:65-70,20122)本馬周淳:周術期ストレス緩和への取り組み(2)整形外科手術にみる周術期ストレスの検討.バイオメディカル・ファジイ・システム学会誌14:1-5,20123)成田紀之,平山晃康:痛みの評価スケール.日本医師会雑誌143:88-89,20144)山口昌樹:唾液マーカーでストレスを測る.日薬理誌129:80-84,20075)廣瀬倫也,加藤実:唾液を検体とした新しいストレス評価法─唾液クロモグラニンAおよび唾液a-アミラーゼ活性によるストレス評価.臨床検査53:807-811,20096)久保勝文,櫻庭知己:日帰り涙.鼻腔吻合術鼻外法18例20眼の検討.眼科手術18:283-286,20057)山口昌樹,花輪尚子,吉田博:唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能.生体医工学45:161-168,20078)山口昌樹,金森貴裕,金丸正史ほか:唾液アミラーゼ活性はストレス推定の指標になり得るか.医用電子と生体工学39:234-239,20019)藤井宏二,石井亘,松村博臣ほか:疾患と侵襲:病態からみたストレスの比較─唾液アミラーゼ活性を測定して.診断と治療11:1884-1886,201010)廣瀬倫也,加藤実:唾液a-アミラーゼ測定器─唾液aアミラーゼの特性と疼痛評価への応用について─.麻酔58:1360-1366,200911)FujimotoS,NomuraM,NikiMetal:Evaluationofstressreactionsduringuppergastrointestinalendoscopyinelderlypatients:assessmentofmentalstressusingchromograninA.JMedInvest54:140-145,2007***(145)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151211

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌涙囊炎の検討

2015年4月30日 木曜日

《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):561.567,2015cメチシリン耐性黄色ブドウ球菌涙.炎の検討児玉俊夫*1山本康明*1首藤政親*2*1松山赤十字病院眼科*2愛媛大学総合科学研究支援センター重信ステーションAStudyofDacryocystitisDuetoMethicillin-ResistantStaphylococcusaureusToshioKodama1),YasuakiYamamoto1)andMasachikaShudo2)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofBioscience,IntegratedCenterforScience,ShigenobuStation,EhimeUniversity目的:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による涙.炎患者における年齢,手術治療と予後についての検討.方法:2004年4月1日.2014年9月30日に松山赤十字病院眼科において手術を施行したMRSA涙.炎13例と非MRSA涙.炎95例を比較,検討した.さらにMRSA感染症については治療および術後の転帰について検討した.結果:発症年齢を比較すると,MRSA涙.炎では84.2±6.2歳(平均±標準偏差),非MRSA涙.炎では72.1±12.5歳とMRSA感染者は有意に高齢であった(p<0.001).MRSA涙.炎の内訳は男性1例,女性12例,そのうち急性涙.炎は4例,慢性涙.炎は9例で,大多数の症例で抗菌点眼薬が処方されていた.手術は涙.切開1例,涙.摘出1例および涙.鼻腔吻合術(以下,DCR)11例で,DCRは観察期間1カ月.6年4カ月で涙.炎は再発していない.考按:MRSA涙.炎は発症背景として抗菌点眼薬を長期使用していた高齢者があげられるが,治療法としてDCRをはじめ手術治療が必要と考えられる.Purpose:ToreporttheaverageageofdacryocystitispatientsinfectedwithmethicillinresistantStaphylococcusaureus(MRSA)andtheresultsofsurgicaltreatments.PatientsandMethods:Inthisstudy,wereviewed13patientsofdacryocystitisduetoMRSA(MRSAgroup)and95patientsofdacryocystitisduetomicroorganismsotherthanMRSA(non-MRSAgroup)whoweretreatedbetweenApril1,2004andSeptember30,2014attheDepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,Matsuyama,Japan.Inaddition,weanalyzedtheresultsofsurgicaltreatmentsinMRSAgroup.Results:ThemeanpatientageintheMRSAgroup(84.2±6.2years,mean±standarddeviation)wassignificantlygreaterthanthatinthenon-MRSAgroup(72.1±12.5years(p<0.001).TheMRSAgroupconsistedof1maleand12females(4acutedacryocystitiscasesand9chronicdacryocystitiscases),andallpatientshadbeentreatedbylong-termtopicalantibioticinstillation.Surgicaltreatmentsconsistedoflacrimalsacincision(1case),dacryocystectomy(1case),anddacryocystorhinostomy(DCR,11cases).InthecasesthatunderwentDCR,norecurrenceofdacryocystitiswasobservedduringthefollow-upperiodthatrangedfrom1-monthto6-yearsand4-monthspostoperative.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthatMRSAdacryocystitisinelderlypatientsmayhaveinducedbytheprolongeduseofantibioticsandthatDCRisusefulfortreatingdacryocystitis〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):561.567,2015〕Keywords:メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA),涙.炎,涙.結石,バイオフィルム,涙.鼻腔吻合術.methicillinresistantStaphylococcusaureus(MRSA),dacryocystitis,dacryolith,biofilm,dacryocystorhinostomy(DCR).はじめに涙.炎は,鼻涙管閉鎖により涙液が涙.内に貯留して病原微生物が増殖すると涙.壁に炎症を生じて発症する.涙.炎治療の原則は原因微生物の除菌に尽きるが,問題は抗菌薬の局所および全身投与を行っても涙.への移行はわずかであるために病原微生物の排除が困難という点である.さらに抗菌薬を長期間,漫然と投与することは耐性菌を増殖させることにもつながり,慢性涙.炎の起炎菌としてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)の検出例が増加している1.3)ことが問題となっ〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(97)561 ている.MRSAは易感染性宿主において難治性感染症に移行しやすいが,涙.炎においてもMRSAは各種治療薬に抵抗性を示して重症化することが多いといわれている.今回,筆者らはMRSA起炎性涙.炎の治療成績について検討したので報告する.I対象および方法対象は2004年4月1日から2014年9月30日の10年6カ月間に松山赤十字病院眼科(以下,当科)において,涙.切開,涙.摘出および涙.鼻腔吻合術鼻外法(以下,dacryocystorhinostomy:DCR)を施行した108例121側で,その内訳としてDCRは97例110側,涙.摘出3例3側,涙.切開8例8側であった.なお,涙.切開の症例とは,涙.切開のみで寛解したがその後受診しなかったか,全身の重篤な合併症のためにDCRなどが施行できなかった患者である.今回検討したMRSA涙.炎は初診時に涙.洗浄によって排出された涙.内貯留液よりMRSAが検出された12例と,DCRの術後に再閉塞して経過観察中にMRSAが検出された1例である.なお,非MRSA涙.炎については児玉の報告4)に詳細を記載した.涙.洗浄によって排出された涙.内貯留液の採取はあらかじめ皮膚をアルコール面で清拭した後,結膜からの菌混入がないように注意した.今回はMRSA涙.炎13例と他の病原微生物による非MRSA涙.炎95例の間に,初診時の年齢に差があるかどうかを検討した.今回の検討においてさらにMRSA涙.炎を急性および慢性涙.炎に分類し,それぞれ前医での治療期間および投与された抗菌点眼薬の種類,当科での手術術式および予後について比較検討した.手術成績については,涙道通水試験において鼻腔への通水が良好なものを手術成功例,通水が認められなかったものを不成功例とした.涙.結石表面の微細構造の解析は,摘出した涙.結石を3%グルタールアルデヒド/リン酸緩衝液で固定後,臨界点乾燥と白金蒸着を行って走査型電子顕微鏡で観察した.涙.内貯留物の細菌分離は当院微生物検査室において通常培養で行い,薬剤感受性検査はCLSI〔ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(臨床検査標準協会)〕が認定した微量液体希釈法によりMicroScanTM(Siemens社)を用いて測定した.薬剤感受性は被検菌の発育阻止最小濃度(MIC)より各薬剤の判定基準に従い,感受性あり(S),中間感受性(I),耐性(R)と判定した.検査薬剤は,ペニシリン系はペニシリンG(PCG),アンピシリン(ABPC),オキサシリン(MPIP),セファロスポリン系はセファゾリン(CEZ),セフォチアム(CTM),セフジニル(CFDM),オキサセフェム系はフロモキセフ(FMOX),カルバペネム系はイミペネム(IPM),アミノグリコシド系はアルベカシン(ABK),ゲンタマイシン(GM),マクロライド系はエリスロマイシン562あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(EM),リンコマイシン系はクリンダマイシン(CLDM),テトラサイクリン系はミノサイクリン(MINO),キノロン系はレボフロキサシン(LVFX),ST合剤はスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST),グリコペプチド系はバンコマイシン(VCM)オキサゾリジノン系はリネゾリド(LZD),その他の抗生物質と(,)してテイコプラニン(TEIC),ホスホマイシン(FOM)である.なお,本論文におけるLVFX以外の抗菌点眼薬名と略語は以下のとおりである.オフロキサシン(OFLX),ガチフロキサシン(GFLX),シソマイシン(SISO),クロラムフェニコール(CP).II症例および結果〔症例1:急性涙.炎の症例〕患者:89歳,女性.数日前より左眼)涙.部を中心とした発赤,腫脹が始まり,近医で処方されたCFDN内服とLVFX頻回点眼で改善せず,増悪してきたため当科を紹介された.初診時所見として左眼)涙.部に発赤して膨隆した腫瘤を認め(図1a),上下涙点より涙管洗浄針を挿入したが涙小管は途中で閉塞していた.眼窩CT撮影を行ったところ,涙.部は混濁して蜂巣炎に進展しており,鼻骨から離れた位置に石灰化陰影を認めた(図1b).即日,涙.切開を行ったところ,排膿が認められ(図1c),CEZ点滴とLVFX頻回点眼を開始した.膿の塗抹標本では白血球に貪食されたグラム陽性球菌が検出された(図2a).第3病日に細菌培養検査で分離された細菌は薬剤感受性検査の結果,MRSAと同定されたためにMRSA急性涙.炎と診断し(表1),全身投与をCEZからLZDに変え,点眼もVCM点眼薬に変更した.MRSAを標的とした薬物治療に変更しても涙.部の蜂巣炎は改善しなかったので第9病日に涙.摘出を施行した.皮下は壊死組織と膿瘍で充満しており,さらに切開を進めると8mmの大きさの涙.結石とその周囲に数個の小結石を認めた(図1d).涙.を含め壊死組織を摘出し,皮膚縫合を行った.摘出組織の病理組織所見として一部に涙.上皮を伴う結合織がみられたものの,大部分は炎症細胞侵潤を伴う肉芽組織であった.小結石は好酸性の無構造な組織(図2b)で,結石の周囲にグラム陽性球菌が認められた(データは非呈示).大きな涙.結石表面の走査電子顕微鏡による観察では,直径0.8.1.0μmの大きさの球菌が結石表面に存在する線維状の物質や微細な沈着物の上に散在していた(図2c,d).左眼)涙.摘出後には同部位の発赤,腫脹は消失して術後7カ月で同部位の蜂巣炎は再発していない.〔症例5:慢性涙.炎の症例〕患者:73歳,女性.13年前より他院にて左眼)涙.炎と診断され,涙.洗浄が続けられていた.最近では涙.部を圧迫しても膿の排出ができなくなったために皮膚側より穿刺して排膿していた.DCRの適応について当科を紹介された.(98) abcdabcd図1症例1(急性涙.炎)a:術前の顔写真.左涙.部の蜂巣炎を認めた.b:眼窩CT撮影.涙.部は混濁しており,鼻骨から離れた位置に石灰化陰影(矢印)を認めた.c:涙.切開を行うと排膿が認められた.d:涙.摘出時,8mmの大きさの涙.結石(矢印)が認められた.患者は他院通院中に数種類の抗菌点眼薬を処方されていたが,最近ではLVFX点眼薬を継続して点眼していた.初診時,左眼涙.部の隆起性病変を認めた(図3a)ために眼窩CT検査を行ったところ,涙.部の隆起病変は比較的低吸収の内容物がみられた(図3b).涙.造影撮影では拡張した涙.が認められた(図3c)が,涙.より下方の鼻涙管は造影されなかった(図3d).涙.洗浄によって排出された涙.内貯留液よりMRSAが検出されたことより,MRSA慢性涙.炎と診断した(表2).左眼)涙.鼻腔吻合術を施行して術後1年5カ月後に通過を確認している.当科において,涙.切開,涙.摘出およびDCRを施行した非MRSA涙.炎95例の年齢分布は39.98歳であったが,MRSA涙.炎患者は72.93歳と高齢者に多く発症していた(図4).平均年齢を比較すると,MRSA涙.炎患者84.2±6.2歳(平均±標準偏差)で,非MRSA涙.炎では72.1±12.5歳であり,さらにWilcoxonの順位和検定でMRSA涙.炎は非MRSA涙.炎に比較すると有意に高齢であった(p<0.001).MRSA涙.炎の内訳は男性1例,女性12例で,そのうち急性涙.炎は4例,慢性涙.炎は9例であった.MRSA感染による涙.炎のうち,表3に急性涙.炎,表4に慢性涙.表1症例1のMRSAの薬剤感受性MICMIC薬剤(μg/ml)判定薬剤(μg/ml)判定PCG8REM>4RABPC>8RCLDM>2RMPIP>2RMINO<2SCEZ>8RLVFX>4RCTM>8RST<1SCFDN>2RVCM1SFMOX8RLZD<2SIPM2RTEIC<2SABK<1SFOM<4SGM<1S炎の症例を示す.前医の治療では抗菌点眼薬の治療が継続されていた例が12例存在していた.MRSAによる急性涙.炎のうちVCM点滴で寛解し,慢性涙.炎に移行したのは症例3,症例4の2例であった.涙.内に結石を認めた急性涙.炎(症例1)は涙.摘出を行ったが,症例2では涙.切開後,蜂巣炎は軽快したものの消炎には長時間を要した.急性涙.炎の寛解例2例を含む慢性涙.炎11例でDCRを行ったが,観察期間1カ月.6年4カ月で全例において涙.炎は再発しなかった.(99)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015563 ababcd図2症例1の病理組織a:涙.切開時の排膿塗抹標本.グラム染色で白血球に貪食されたグラム陽性球菌(矢印)が認められた.b:摘出した涙.の小結石.ヘマトキシリン・エオジン染色で好酸性の無構造な組織像を示した.バーは100μm.c:涙.結石の走査型電子顕微鏡写真(×4,500).線維素に絡みつくように散在する直径1μmの球菌を認めた.縮尺は10μm.d:涙.結石の走査型電子顕微鏡写真(×13,000).バイオフィルムの表面に球菌が付着していた.縮尺は4μm.表2症例5のMRSAの薬剤感受性MICMIC薬剤(μg/ml)判定薬剤(μg/ml)判定PCG8RGM>8RABPC8REM>4RMPIP>2RCLDM>2RCEZ>16RLVFX>4RCTM>16RST<2SCFDN>2RVCM<2SFMOX>16RLZD<2SIPM>8RTEIC<2SABK2SFOM>16R検出されたMRSA13株の薬剤感受性を調べると,PCG,ABPC,MPIP,CEZ,CTM,FDN,FMOX,IPM,LVFXはすべて100%の耐性率を示していた.逆に薬剤感受性を示していた抗菌薬としては図5に示すように,EMは7%,CLDNは23%,FOMは31%,GMは38%,MINOに対して60%の分離株が感受性を示していた.100%の感受性を示564あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015していたのはABK,TEIC,ST,VCM,LZDの5種類の抗菌薬であった.III考按MRSAと非MRSA涙.炎患者の平均年齢を比較すると,MRSA涙.炎は84.2±6.2歳,非MRSA涙.炎は72.1±12.5歳であり,MRSA涙.炎は非MRSAに比較すると有意に高齢であった(p<0.001).さらにMRSA涙.炎の年齢分布をみると85歳以上の超高齢者は,急性涙.炎では4例中3例,慢性涙.炎では9例中3例であり,免疫力の低下している超高齢者は易感染性宿主と考えられた.MRSA涙.炎の男女比をみると男性1例,女性12例で,ほとんどが女性であった.前報1)で考察したように,その理由として日本人では解剖学的に男性よりも女性のほうが鼻涙管の内径が狭く,鼻涙管と下鼻道のなす角度が小さいために涙.内に涙液が貯留しやすくなるためと考えられる5).MRSA涙.炎患者のうち紹介なしで受診した1例を除き,他院で抗菌点眼薬の(100) abbcdabbcd図3症例5(慢性涙.炎)a:術前の顔写真.左涙.部の隆起性病変を認めた.b:眼窩CT撮影.涙.部は被膜に包まれるように比較的低吸収の内容物(矢印)が認められた.c:涙.造影正面像.拡張した涙.(矢印)を認めた.d:涙.造影側面像.拡張した涙.(矢印)と途絶した鼻涙管が認められた.表3MRSA急性涙.炎の症例症例性別年齢患側前医の治療手術転帰189歳女性左数日前より急性涙.炎LVFX点眼涙.切開後,LZDが奏効せず,涙.摘出涙.摘出後7カ月で涙.周囲炎は認めず293歳女性左3カ月前より急性涙.炎の診断で前医にて涙.切開LVFX点眼涙.切開後,VCMを投与拡張型心筋症のため追加手術不能1年2カ月後は慢性涙.炎373歳女性左10年前から左眼)慢性涙.炎放置していたが,7日前より急性涙.炎で当科に直接受診VCM投与により急性涙.炎が寛解.DCRDCR後,6年6カ月で涙.洗浄にて通水可493歳女性左3カ月前より他院で急性涙.炎LVFX点眼VCM投与により急性涙.炎が寛解.DCRDCR後,3年10カ月で涙.洗浄にて通水可治療が継続されていたことより,長期間の抗菌点眼薬は涙.における常在菌の耐性化をもたらすと考えられた.ただしMRSA感染についは,涙.内で黄色ブドウ球菌が抗菌薬に対して多剤耐性化を獲得したのか,医療機関においてMRSAの二次感染を生じたのかは不明である.最近,一般社会の健常者からもMRSAが分離され,菌の性状をみると院内感染を起こすMRSAとは細菌学的に異なる特徴を有していることから,従来の院内感染型MRSAとは区別して市中感染型MRSAとよばれるようになった.多くの抗菌薬に耐性を有している院内感染型MRSAとは異なり,市中感染型MRSAの多くはマクロライドやフルオロキノロン系抗菌薬などに感受性を示す傾向があり,多剤耐性に至っていないことが特徴である6).市中感染型MRSAによる感染症はおもに皮膚や軟部組織に生じることが多いといわれている.今回検討したMRSA涙.炎のうち,皮膚および皮下に蜂巣炎を生じていた急性涙.炎のMRSA4株について,市中感染型MRSAである可能性について検討した.まず今回検出されたMRSA13株において薬剤感受性を示すかどうかをみたところ,ABK,TEIC,ST,VCM,LZDでは100%,MINOに対しては60%の分離株が感受性を有してい(101)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015565 表4MRSA慢性涙.炎の症例症例年齢性別患側前医の治療手術転帰573歳女性左13年前より左眼)涙.洗浄,最近は皮膚側より穿刺,吸引LVFX点眼DCR術後2年4カ月通水可685歳女性左約10年前より左眼)慢性涙.炎SISO,CP,LVFX点眼DCR術後2年7カ月通水可777歳女性右5年前より右眼)涙.洗浄LVFX点眼DCR術後6カ月通水可877歳女性左3年前より左眼)涙.洗浄LVFX点眼DCR術後3年11カ月通水可986歳女性左10年前より左眼)涙.洗浄GFLX点眼DCR術後3年10カ月通水可1081歳男性左当科にてDCR後,1カ月で閉鎖してMRSA検出.LVFX点眼DCR再手術再手術術後1年6カ月通水可1181歳女性左発症は不明.当科にて右眼)DCR術後,左眼)眼脂を認め,MRSA検出.LVFX点眼DCR術後4年10カ月通水可1288歳女性右3年前より左眼)涙.洗浄OFLX点眼DCR術後6カ月通水可1372歳女性右右眼)上下涙点閉鎖に対して涙点を開放すると慢性涙.炎が判明し,MRSA検出.DCR術後1カ月通水可05101520253035404550~10~20~30~40~50~60~70~80~90~100■:非MRSA■:MRSA症例数(人)年齢(歳)図4涙.炎の年齢分布涙.炎患者の年齢分布として30歳代より発症して70歳代をピークとしていたが,MRSA涙.炎では71歳以上の高齢者のみに発症を認めた.た.さらにEM,CLDN,FOM,GMに対しては7.38%が薬剤感受性を有していたために市中感染型MRSAが含まれている可能性が出てきたが,個々の症例をみると症例1ではGMに感受性を示していたが,EMやLVFXには耐性を示していた.症例2.4も同様にEMやLVFXには耐性を示していたことより,当科のMRSA涙.炎の分離株は市中感染型MRSAとは考えにくく,全例,院内感染型MRSAと考えられた.つぎにMRSAの増殖メカニズムについて考えてみたい.566あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%■:耐性■:感受性ABKSTVCMTEICLZDMINOGMFOMCLDMEM図5MRSA13菌株において抗菌薬に感受性を有する割合MRSAに対して,薬剤感受性を有する抗菌薬としてはEM,CLDN,GM,MINO,FOMがあげられ,7.60%のMRSAが感受性を示していた.100%の感受性を示していたのはABK,TEIC,ST,VCM,LZDの5種類の抗菌薬であった.細菌は液層中でプランクトンとして浮遊するよりも固相に付着,定着して集団として存在しているが,その際に固相─液層界面に形成されるのがバイオフィルムである7).症例1において涙.摘出時に摘出された涙.結石の表面を走査型電子顕微鏡で観察すると,多数のブドウ球菌が線維素や無構造物質から形成されるバイオフィルムに絡みつくように群生していた.涙.結石は内層のムコ蛋白質に石灰沈着を生じると,眼窩CT検査で周囲が高吸収となるために米粒様(ricekernelappearance)とも称される特徴ある画像を呈すると報告(102) されている8,9).すなわち,涙.結石における石灰沈着は細菌がより定着しやすくなるためにバイオフィルムの形成,成熟が容易となる.バイオフィルムの構成成分としては付着する細菌より産生される細胞外多糖類,蛋白質や死滅した細菌より放出された粘性の高いDNAが含まれておりいわゆる細胞外マトリックスとして存在している10).細菌にとってバイオフィルムを形成することは,生体の免疫作用や抗菌薬から逃れることができるためにMRSAをはじめ難治性の慢性感染症となりうる.その具体例として症例1があげられる.MRSAに対して薬物療法が奏効せず涙.を摘出せざるをえなかったのは,表層にバイオフィルムが形成された涙.結石を増殖の場としたことでMRSAは抗菌薬に対する防御が可能になったと思われる.今回は手術として涙.切開(1例),涙.摘出(1例)およびDCR(11例)を行ったが,DCRの手術成績として観察期間1カ月.6年4カ月で涙.炎は再発していない.MRSA涙.炎は発症背景として抗菌点眼薬を長期使用していた高齢者があげられるが,DCRの手術成績は良好であったことより通常の黄色ブドウ球菌感染症と病原性は変わらないと考えられる.いわゆる院内感染型MRSAは健常人ではその感染に対してかなり抵抗性を示すが,免疫機能の低下した高齢者ではMRSA涙.炎を発症すると考えられるために,眼科医を含めて医療スタッフは高齢者に対しMRSAの感染源になる可能性を常に念頭に置く必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)児玉俊夫,宇野敏彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20102)KuboM,SakurabaT,AraiYetal:Dacryocystorhinostomyfordacryocystitiscausedbymethicillin-resistantStaphylococcusaureus:reportoffourcases.JpnJOphthalmol46:177-182,20023)田中朋子,小堀朗,吉田和代ほか:メチシリン耐性ブドウ球菌による急性涙.炎の2例.眼科手術13:629-632,20004)児玉俊夫:松山赤十字病院における涙.鼻腔吻合術の手術成績.松山日赤誌39:15-20,20145)ShigetaK,TakegoshiH,KikuchiS:Sexandagedifferencesinthebonynasolacrimalcanal.Ananatomicalstudy.ArchOphthalmol125:1677-1681,20076)松本哲哉:MRSA感染症(市中感染型MRSAを含む).最新医学63:1225-1239,20087)米澤英雄,神谷茂:バイオフィルム形成と細胞外マトリックス.臨床と微生物36:411-416,20098)YaziciB,HammadAM,MeyerDR:Lacrimalsacdacryoliths.Ophthalmology108:1308-1312,20019)AsheimJ,SpicklerE:CTdemonstrationofdacryolithiasiscomplicatedbydacryocystitis.AJNRAmJNeuroradiol26:2640-2641,200510)PerryLJP,JakobiecFA,ZakkaFR:Bacterialandmucopeptideconcretionsofthelacrimaldrainagesystem:Ananalysisof30cases.OphthalPlastReconstrSurg28:126133,2012***(103)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015567

TS-1®による涙道閉塞に対する3側の涙小管形成術を併用した涙囊鼻腔吻合術

2014年5月31日 土曜日

《第2回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科31(5):755.758,2014cTS-1Rによる涙道閉塞に対する3側の涙小管形成術を併用した涙.鼻腔吻合術久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科ThreeCasesofExternalDacryocystorhinostomywithCanaliculoplastyforCanalicularObstructionDuetoTS-1.MasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospitalTS-1.による涙小管閉塞に,観血的に涙小管閉塞を開放しチューブ留置を行う涙小管形成術(CP)を併用した涙.鼻腔吻合術(DCR)の結果について報告する.症例1は,原疾患が未確定の56歳,女性.症例2は,骨転移した乳癌の57歳,女性.2症例ともにTS-1.内服後から両眼充血・流涙が出現し,上下涙小管が閉鎖していた.症例1は,術中に5mm幅程度の涙小管閉塞を開放しCPを併せて両側のDCRを行った.症例2は,上下涙小管全体の硬い狭窄を開放するCPを併せて左DCRを行った.2例3側の術後は,涙腺の通過性は良好で流涙も消失した.DCRの利点は,切開した涙.からの逆行性ブジーと順行性ブジーが同時に可能となり,涙小管の閉塞部位の開放を容易にする.CPを併用したDCRは,涙管チューブ挿入術や結膜涙.鼻腔吻合術とともにTS-1.による涙道閉塞治療の選択肢の一つとして有用と考えられる.Weevaluatedtheeffectivenessandsurgicalresultsofexternaldacryocystorhinostomy(DCR)withcanaliculo-plasy(CP)inpatientsreceivingTS-1.whohadcanalicularobstructionatFukiageEyeClinic.Patient1:A56-year-oldfemalewithcancerofunknownorigin,treatedwithTS-1..Patient2:A57-year-oldfemalewithmetastasisofbreastcancer,treatedwithTS-1..Thepunctuminthe2casescouldnotbeobserved,butthepatientsdidnotchooseconjunctivodacryocystorhinostomy.Wetreatedthe2casesbybothDCRusingthetwo-flaptechniqueandCPwithanterogradeandretrogradeprobing.Epiphoraimprovedin3systemsof2casesfor3monthsafterDCR.DCRenabledsimultaneousretrogradeprobingandanterogradeprobing.DoubleprobingfacilitatedthecompletionofCP.WebelievedthatDCRwithCPcanbeasurgicaltherapyforpatientsreceivedTS-1.whohavecanalicularobstruction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(5):755.758,2014〕Keywords:TS-1.,涙小管形成術,涙.鼻腔吻合術,逆行性ブジー,順行性ブジー.TS-1.,canaliculoplasy,dacryocystorhinostomy,retrogradeprobing,anterogradeprobing.はじめに抗癌剤TS-1.により投与患者の10%程度に,涙点・涙道閉塞症が生じると報告されている1.3).TS-1.による閉塞は,涙点から涙小管まで広く閉塞していることも多いと考えられる.受診までの期間が短期間であれば閉塞は短く軟らかく,受診までが長期間であれば閉塞が長く硬いとされている.しかし,流涙が発症してからの期間が不明な症例や,発症してから長期の受診や重症例も多い.早期で軽症の涙小管狭窄では,涙管チューブ挿入術が用いられる1,2).閉塞が穿破できない場合や,涙管チューブ挿入ができない場合は,片側のみの涙管チューブ挿入となる場合もある1).重症であれば結膜涙.鼻腔吻合術(conjuctivo-dacryocystorhinostomy:CDCR)が選択される1,3,4).CDCRではジョーンズチューブ(Jonestube:JT)の脱出や埋没な〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上2丁目10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10Fukiage,Hachinohe031-0003,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)755 ど,術後合併症率が高く,術者および患者ともにストレス度の高い手術である.このような治療困難なTS-1.による涙小管閉塞症に対する涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)および涙小管形成術の結果についての報告は少ない3).今回,TS-1.による涙小管閉塞2症例3側のDCRを行った結果について報告する.I対象および方法症例1は,56歳,女性.原発不明癌に対するTS-1.内服開始後に流涙が出現した.他院にて両側の涙点・涙小管閉塞に対し,右涙管チューブ挿入術を試みるも留置できず吹上眼科紹介となった.視力,眼底に異常なし.涙点は図1に示すように閉塞していた.涙点拡張後のプロービングでは,右眼上涙小管が2mm程度残っていたがそれ以降は完全閉塞し,下涙小管は全体的な強い狭窄を認め,涙管チューブ挿入術およびCDCRを希望されず,右側のDCRを行った.症例2は,57歳,女性.左乳癌および多発骨転移に対するTS-1.内服後から両眼の充血・流涙が出現し来院した.視力,眼底に異常なし.図2に示すように上下の涙点は閉鎖していた.涙点拡張後のプロービングにて,上下涙小管は全体的な強い狭窄を認めた.CDCRを希望せず左側のDCRを行った.2症例とも術前に今回のDCR対するインフォームド・コンセントを得ている.従来行っていたDCR5)と今回,2症例3側DCRで変更した点を以下に述べる.1.内眥靱帯の全体が確認できるように,最初の皮膚切開を2.3mm程度拡大した.2.内眥靱帯を糸で上方に牽引し,涙.内の観察が容易になるようにした.3.涙小管の閉塞は,順行性および逆行性ブジーをすり合わせるようにして穿破した.4.閉塞穿破後は涙.から剪刀を用いて閉塞をできるだけ大きく解除した.また,症例2の上涙小管への涙管チューブ挿入が通常の手技では困難であったために,涙.側より逆行性にブジー(はんだや,HS-2571,小川氏涙管拡張針)を挿入し18Gのアンギオカット留置針の外筒を先端に装着し,ブジー抜去する際に外筒を涙小管内に留置した.つぎに外筒の中に涙管チューブを留置し,外筒を抜去しながら涙管チューブのみを留置した(図3a,b).図1症例1:右眼上下涙点は,完全に閉塞している.図2症例2:左眼上下涙点は完全に閉塞している.756あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(130) ブジー18Gアンギオカット針a:涙.側より逆行性にブジーを挿入し18Gのアンギオカット留置針の外筒を先端に装着し,ブジーの抜去後に外筒を留置した.b:涙小管内に留置した外筒の内腔に涙管チューブを留置し,涙.側より外筒を抜去しつつ涙管チューブを留置した.図3症例2における上涙小管への涙管チューブ挿入手技II結果症例1の右側は上涙小管の閉塞幅は5mm程度で,涙点側の涙小管閉塞に硬い部分があったが涙.の手前の涙小管閉塞は軟らかく,下涙小管とともにブジーで穿破が可能で井上1)の方法で涙管チューブ挿入が可能だった.右側のDCR後に流涙が消失し,患者が手術を希望したため左側も同様にDCRを行った.左側の上下涙小管の閉塞幅は5mm程度で,涙点側の涙小管閉塞は硬い閉塞だったが,近位側は強固でなかった.術後は,両眼ともに流涙なく経過良好である.症例2も,左DCR後に流涙が消失し通水も良好である(図4).術後は,2症例3側ともに最長7カ月の経過観察だが,涙小管再閉塞もなく流涙もなく良好である.抗癌剤による感染症および創傷遅延については認められなかった.III考察TS-1.による高度な涙点および涙小管閉塞に対する治療の選択として今回DCRおよび涙小管形成術を,2例3側に対して行った.皮膚切開,骨窓作製での出血は,特に多量ではなかった.また術中・術後の出血,創傷遅延を認めなかった.涙点付近の涙小管閉塞は強固であったが,順行性および逆行性のブジーにより容易に開放できた.一見,閉塞が強く涙管チューブ挿入術が困難な状態でも,涙管チューブが挿入可能だった.難治の涙小管閉塞の穿破および涙管チューブ挿入術については,中村6)や鈴木7)の報告のように,皮膚切開および涙小管閉塞解除を顕微鏡下で確実に行い涙管チューブを鼻涙管に挿入する方法の報告がある.しかし,これらの方法では鼻涙(131)図4症例2の術後術後7カ月経過し,流涙は消失.管へ涙液が流れるために,涙液中のTS-1.が鼻涙管閉塞を新たに惹起する可能性があると考える.涙小管形成後に鼻涙管閉塞を起こした場合には,再度皮膚切開を行うDCR鼻外法が必要になる.しかし,癌治療を受けている患者に大きな負担を強いることになり,再手術について患者の納得を得るのは容易ではないと考え,今回はこのような術式を選択した.TS-1.による涙小管閉塞術の治療において,涙管チューブ挿入術1,2)は涙道内視鏡下での施行が望ましいため,施行できる施設が限られてしまう.CDCRの報告は,術後の合併症の頻度が高く満足度も低いとされ8,9),初回手術として選択しにくい.TS-1.による涙道障害が報告される以前の涙点閉鎖,涙小管閉塞に対する治療報告10.12)もあるが,涙小管閉塞の原因により,術後成功率が0.100%と差があることが示されている10).これらと比較すると,今回のTS-1.による涙点・涙小管閉鎖は,障害の程度が軽度であった可能性は否定できないが,順行性および逆行性ブジーを同時に行うことによって良好な成績を得られたと考える.DCRは多くの術者によって施行されている手術であり,あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014757 今回の手技の導入は困難ではないと考える.将来,CDCRでJTの使用が必要となっても,骨窓がすでにあるため留置が容易であることも利点である.しかし涙小管そのものの狭窄の可能性は避けられず,症例によって骨窓を作る作業が過剰な侵襲となる可能性7)もあり,今後,DCRと涙小管形成術単独との術後長期成績や合併症の比較検討が必要であろう.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)井上康:TS-1.による涙道閉塞.眼科手術25:391-394,20122)SasakiT,MiyashitaH,MiyanagaTetal:Dacryoendoscopicobservationandincidenceofcanalicularobstruction/stenosisassociatedwithS-1,anoralanticancerdrug.JpnJOphthalmol56:214-218,20123)坂井譲,井上康,柏木浩哉ほか:TS-1.による涙道障害の多施設研究.臨眼66:271-274,20124)塩田圭子,田邊和子,木村理ほか:経口抗癌薬TS-1投与後に発症した高度涙小管閉塞症の治療成績.臨眼63:1499-1502,20095)久保勝文,櫻庭知己:日帰り涙.鼻腔吻合術鼻外法18例20眼の検討.眼科手術18:283-286,20056)中村泰久:安全確実なシリコーンチューブ留置術.臨眼50:1458-1460,19967)鈴木亨:涙小管閉塞症の顕微鏡下手術における術式選択.眼科手術24:231-236,20018)RosenN,AshkenaziI,RosnerM:PatinetdissatisfactionafterfunctionallysuccessfulconjunctivodacryocystorhinostomywithJonestube.AmJOphthalmol117:636-642,19949)SekharGC,DortzbachRK,GonneringRSetal:Problemsassociatedwithconjunctivodacryocystorhinostomy.AmJOphthalmol112:502-506,199110)WearneMJ,BeigiB,DavisGetal:Retrogradeintubationdacryocystorhinostomyforproximalandmidcanalicularobstruction.Ophthalmology106:2325-2329,199911)McNabAA:Lacrimalcanalicularobstructionassociatedwithtopicalocularmedication.AustNZJOphthalmol26:219-223,199812)TrakosN,MvrikakisE,BoboridisKGetal:Amodifiedtechniqueofretrogradeintubationdacryocystorhinostomyforproximalcanalicularobstruction.ClinOphthalmol3:681-684,2009***758あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(132)

涙囊鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性 涙囊炎が遷延したと思われる1例

2013年11月30日 土曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(11):1611.1614,2013c涙.鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性涙.炎が遷延したと思われる1例藤田恭史*1三村真士*1今川幸宏*1布谷健太郎*1佐藤文平*1植木麻理*2池田恒彦*2*1大阪回生病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofProlongedChronicDacryocystitisafterEndonasalDacryocystorhinostomybecauseofObstructiveSleepApneaSyndromewithUseofContinuousPositiveAirwayPressureYasushiFujita1),MasashiMimura1),YukihiroImagawa1),KentarouNunotani1),BunpeiSato1),MariUeki2)andTunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,OsakaMedicalCollege目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)により慢性涙.炎が遷延したと考えられる,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)を合併した慢性涙.炎の1例を報告する.症例:64歳,男性.10年前からのOSASに対してCPAPを使用,半年前からの左眼流涙,眼脂で大阪回生病院眼科初診.慢性涙.炎を認め,DCRを施行し涙道チューブを挿入した.経過良好であったが,CPAP再開とともに涙.炎が再発し,4カ月後涙道チューブを抜去した結果,1カ月で吻合部が閉塞した.再手術としてCPAPを中止し,涙道内視鏡下で涙道再建術を施行し,涙道チューブを挿入した.術後2カ月で涙道チューブを抜去した結果,CPAPを再開しても涙.炎の再発は認めない.結論:DCR術後,CPAPにより吻合部で鼻汁が逆流し,炎症が遷延化する可能性がある.CPAPを併用する場合は,鼻涙管開口部の形状,Hasner弁の逆流防止効果を期待した,涙道チューブ挿入術のほうが良いと思われる.Purpose:Wereportaprolongedcaseofchronicdacryocystitiscomplicatedwithobstructivesleepapneasyndrome(OSAS)withuseofcontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)afterendonasaldacryocystorhinostomy(DCR).Case:Thepatient,attheageof64,hadbeenusingCPAPfor10years.Hevisiteduswithcontinuousepiphoraandmucoidfluiddischargeof6months’duration.WediagnosedchronicdacryocystitisandperformedDCR.WithresumptionofCPAP,however,thechronicdacryocystitisrecurred.Althoughweremovedthesiliconestentafter4months,theanastomosisbecameobstructedwithin1month.Wereoperated,usingsiliconeintubationtoreconstructtheoriginalnasolacrimalduct.Sincesiliconestentremovalwithin2monthsaftersurgerytherehasbeennorecurrence,evenwithCPAPuse.Conclusion:WesuggestthatCPAPpressurecausedretro-flowofnasalmucusintothelacrimalsac,prolonginginflammationandresultinginreccurrenceofchronicdacryocystitis.WerecommendreconstructivesurgerywithsiliconeintubationincasesofCPAPuse,anticipatingefficacyofthevalveofHasnerandapertureofnasolacrimalduct.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1611.1614,2013〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,経鼻的持続陽圧呼吸療法,睡眠時無呼吸症候群,Hasner弁,慢性副鼻腔炎.dacryocystorhinostomy,nasalcontinuouspositiveairwaypressure,obstructivesleepapneasyndrome,valveofHasner,chronicsinusitis.〔別刷請求先〕藤田恭史:〒532-0003大阪市淀川区宮原1-6-10大阪回生病院眼科Reprintrequests:YasushiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,1-6-10Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1611 はじめに慢性涙.炎に対する治療は,大きく涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)と涙道チューブ挿入術に分けられる.特にDCRは慢性涙.炎に対して有効な治療であるが,DCR術後の吻合部は,涙.と鼻腔が直接交通してしまい,いきみ,Valsalva法などにより容易に空気の逆流が生じる1).一方,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)は,重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)に対する治療であり,マスクを介して上気道への陽圧換気を行うことによって,就寝中の気道閉塞を防ぐことができる.Cannonらによると,DCR術後のCPAP装用者においては,CPAP圧設定が8.10mmHgで吻合部からの空気の逆流が生じると報告されている2).今回筆者らはCPAP使用中の慢性副鼻腔炎合併,慢性涙.炎患者に対して,DCR鼻内法を行い,術後CPAPを使用した結果,慢性涙.炎が遷延化,吻合部の閉塞をきたした症例を経験した.この症例に対して涙管チューブ挿入術による涙道再建術を施行した結果,良好な経過を得たので,若干の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:64歳,男性,身長167cm,体重67.9kg,BMI(bodymassindex)24.35.主訴:半年前からの左眼流涙,眼脂.既往歴:OSAS,慢性副鼻腔炎.初診時所見:右眼は涙液メニスカスやや上昇,涙液層破壊時間4sec,涙道閉塞はなかった.左眼の涙液メニスカスの上昇を認め,涙液層破壊時間4sec,視力,眼圧,前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.また両眼にfloppyeyelidを認めた.左涙道内視鏡検査の結果,上下涙小管は問題なかったが,多量の白色粘性膿を涙.内に認め,鼻涙管開口部は閉塞しており,慢性涙.炎と診断した.眼脂,鼻腔細菌培養検査からは,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)が検出された.またOSASで10年来CPAP(RESMED社,オートセットCR)を使用しており,初診時のCPAP圧のmaximumpressuresettingは8.0cmH2O,minimumpressuresettingは4.0cmH2Oであった.II経過MRSAを起因菌とする慢性涙.炎に対して,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄,MRSAに対しては,鼻腔内ムピロシンカルシウム水和物(バクトロバン軟膏R)を使用した.6週間後,全身麻酔下で鼻内法によるDCRを施行した.DCR鼻内法は,上涙点から挿入した涙道内視鏡(FiberTech社製)の光をメルクマールに,硬性鼻内視鏡(STORTZ社製)下に鑿,鎚を使用して涙.中部.下部に7mm程度の骨窓を作製し,涙.粘膜を切開,涙道チューブ2セットを留置した(図1).術中,鼻中隔弯曲による中鼻道狭窄を認めたが,手術は問題なく終了した.術後,患者の自覚症状は改善,通水良好となり慢性涙.炎は治癒した(図2左).しかし,DCR術後2週でCPAPを再開すると同時に,起床時の術眼の眼脂が増加し,自覚症状の悪化を認めた.涙道内視鏡検査の結果,涙道チューブは問題なく留置され,骨窓は大きく開いていたが,吻合部は充血,腫脹し,白色.透明粘性内容物が涙.内に貯留していた(図2中央).CPAPの影響による,吻合部を介した鼻汁の逆流が原因と考えたが,CPAPは中止することが不可能であったため,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄で経過観察とした.その後,涙.洗浄で眼脂,涙.内の粘性物質は増減寛解を繰り返していたが,長期留置による合併症も危惧し,術後4カ月で涙道チューブを抜去した.吻合部には充血,腫脹,線維化を認めた.結果,抜去後1カ月で吻合部の再閉塞を認めた(図2右).涙道チューブ抜去後1カ月に再手術を計画した.前回の経験から,CPAPによる涙.炎の遷延化が再発の主原因であると判断し,今回は鼻涙管元来の逆流防止機構の作用を期待して,涙道内視鏡下で涙道再建術を選択した.鼻涙管上部で粘膜は高度線維化をきたしていたが,涙道内視鏡下にdirectendoscopicprobing(DEP)で閉塞を開放し,涙道チューブを1セット留置した.また睡眠科との協議の結果,涙道内へ*図1術中DCR吻合部中鼻甲介(*)の付け根あたりで涙.腔吻合(両矢印:約7mm)を行い,涙点から挿入した涙道内視鏡が鼻内に突き出している.鼻粘膜は全体的に充血腫脹し,慢性鼻炎をきたしている.1612あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(120) ************図2術後経過中の涙道内視鏡所見左から術後3日(CPAP再開前),術後2週(CPAP再開時),術後5カ月(涙道チューブ抜去後1カ月,吻合部再閉塞時).涙道チューブ(*)が挿入された吻合部(矢印)は,CPAP再開後は充血,腫脹した.の鼻汁の逆流を予防するためCPAPを中止し,上気道に圧力のかからない睡眠時無呼吸用口腔内装具(oralapplianceまたはマウスピース)に変更した.涙道チューブ挿入術後,流涙,眼脂は軽快し,涙.炎は改善した.涙道チューブは2カ月間留置後に抜去,術後1カ月半でCPAPを再開したが,術後12カ月の現在まで慢性涙.炎の再発を認めていない.III考察CPAPは,OSASの重症例に対する重要な治療法であり,機械的に上気道に持続陽圧をかけることにより,就寝中の気道閉塞を防ぐ働きがある.一方でCPAP装用による一般的な合併症には,口や鼻の乾燥,ドライアイ,細菌性角結膜炎,floppyeyelidsyndromeなどが報告されている2).今回の症例ではfloppyeyelidsyndromeを合併しており,floppyeyelidsyndromeは眼瞼組織が脆弱化することによって涙液排泄が十分に行えない導涙機能低下性流涙や,それに伴い自浄作用が低下し,起床時に増悪する眼脂,慢性結膜炎の原因となる可能性が指摘されている.他にも肥満,円錐角膜,機械的刺激,高血糖などに合併するとされている3).また過去の報告では,DCR術後にCPAP(圧設定8.10mmHg)を装用することにより吻合部からの空気の逆流が起こり,15mm以上の吻合部作製例では,いきみや鼻かみでも内眼角への空気の逆流を自覚するとしている2,4).今回の症例の特徴は,(1)慢性涙.炎の発症にCPAPの使用,慢性副鼻腔炎,floppyeyelidsyndromeによる涙液排泄障害が関与している可能性があること,(2)DCR術後に再開したCPAPに連動して慢性涙.炎の再発を認めたこと,(3)Hasner弁の効果を期待して行った涙道チューブ挿入術での再手術が有効であったことが挙げられる.まず,本症例の慢性涙.炎発症関連因子であるが,両眼瞼の所見,右眼の涙液メニスカスが若干高いことより両眼ともfloppyeyelidsyndromeによる導涙機能障害があったと考えられた.また(121)Paulsenらによると慢性涙.炎の起因菌は結膜.だけでなく鼻腔内からも供給されるとされ5),慢性副鼻腔炎による多量の鼻汁を伴った鼻粘膜の炎症が,涙道へ波及した可能性もある.さらにCPAPの使用による鼻汁の涙道への逆流および涙道開口部を含む鼻粘膜の乾燥性鼻粘膜障害なども本症例の慢性涙.炎発症に関わった可能性がある.つまり,慢性副鼻腔炎とCPAP使用による涙道への炎症波及と,floppyeyelidsyndromeによる自浄作用の低下が当患者の涙.炎の発症因子となりえた可能性が考えられた.続いてDCR後の慢性副鼻腔炎の再発であるが,DCRの術後となるとさらにCPAPの影響は顕著となる可能性が考えられる.吻合部を介して鼻汁の逆流が容易となることが予想され,さらに鼻内の乾燥は涙.粘膜にも直接影響することが考えられる.実際本症例において,DCR術後特に内眼角からの空気の逆流を自覚し,CPAP装用に連動して起床時の粘液の逆流が増減した.また,涙道内視鏡所見より吻合部の粘膜が長期間にわたって充血,腫脹していたことから,CPAPによる粘膜の乾燥と鼻汁の逆流による涙道粘膜の炎症が遷延していた可能性があり,吻合部の線維性閉塞につながったことが示唆された.さらに再手術においてはこの考察に基づき,できるだけ鼻汁,空気の逆流を避けるためにDEP+涙道チューブ挿入による涙道再建術を行った結果,良好な経過を得た.鼻涙管開口部上部に存在するHasner弁は,鼻腔内圧の上昇に応じて鼻腔側壁に密着し,薄い弁として作用する逆流防止機構があるとされている6).また,鼻涙管開口部自体の形状も涙道を鼻内の環境から守る仕組みがあるとされている.ヒトの鼻道には呼吸時に強い気流が生じ,この一部が下鼻道内を通過し,吸気時に開口部は下鼻甲介により外鼻孔からの強い気流から庇護される.田中らによると,日本人の鼻涙管開口部は裂孔状で,後下方ないし後内下方を向く型が多いとされ,これにより吸気時の気流を避けることが可能であり,涙道内感染を予防できる巧妙な形態構築があるとしている6).本症例あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131613 において,DCRでは鼻汁,空気の逆流の結果,慢性涙.炎が再発したが,涙道再建術を行うことで,できるだけ逆流を防止し,また今回は鼻涙管開口部を観察することはできなかったが,鼻涙管開口部の形状による逆流防止作用も働いていた可能性がある.現在のところ再発なく良好な結果を得ていることから,鼻涙管の逆流防止機構を生かすことができたのではないかと考えられた.以上より今後のさらなる検討が必要ではあるが,CPAPを装用し,慢性副鼻腔炎を合併した慢性涙.炎に対しては,鼻涙管本来の逆流防止作用を期待し,DCRよりも涙道再建術を選択することで良好な経過を得ることができる可能性があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)孫裕権,大西貴子,原吉幸ほか:涙.鼻腔吻合症例における眼脂培養および鼻腔内メチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)簡易スクリーニングの検討,眼紀56:809812,20052)CannonPS,MadgeSN,SelvaD:Airregurgitationinpatientsoncontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)therapyfollowingdacrocystorhinostomywithorwithoutLester-Jonestubeinsertion.BrJOphthalmol94:891893,20103)SowkaJW,GurwoodAS,KabatAG:ReviewofOptometry.Eyelid&adnexa,floppyeyelidsyndrome,p6,JobsonMedicalInformation,NewYork,20104)HerbertHM,RoseGE:Airrefluxafterexternaldacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol125:1674-1676,20075)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20016)田中謙剛:ヒト鼻涙管開口部の位置と形状に関する解剖学的研究.久留米医会誌71:38-52,2008***1614あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(122)

アレンドロネートを内服したステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者の骨密度変化

2013年11月30日 土曜日

《第46回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科30(11):1605.1609,2013cアレンドロネートを内服したステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者の骨密度変化八幡健児大黒伸行大阪厚生年金病院眼科ChangeinBoneDensityafterAlendronateAdministrationinUveitisPatientsReceivingSystemicSteroidKenjiYawataandNobuyukiOguroDepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital目的:ステロイド薬全身投与を行ったぶどう膜炎患者へのアレンドロネートの骨密度への効果を検討する.対象および方法:対象はステロイド薬全身療法とアレンドロネート投与が同時期に開始されていたぶどう膜炎患者19例.治療期間中に腰椎・大腿骨頸部の骨密度を計測し変化率を調べ,さらに性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無と骨密度変化率の関連を後ろ向きに検討した.結果:約半年間の経過観察期間では骨密度はほぼ維持されていた.骨密度変化率への上記各検討項目の影響はみられなかった.結論:アレンドロネート投与により短期的にはステロイド薬投与ぶどう膜炎患者の骨密度は維持された.眼科領域においてもステロイド薬全身投与症例には骨粗鬆症の定期精査と治療が必要である.Purpose:Toestimatetheinfluenceofalendronateonbonedensitiesofuveitispatientsconcomitantlyreceivingsystemicsteroid.Subjectsandmethods:Reviewdwere19uveitispatientsconcurrentlyreceivingbothsystemicsteroidandalendronate.Duringthetreatmentperiod,lumbarandfemoralheadbonedensitiesweremeasuredandfollowedperiodically.Therelevanceofsex,meandoseofdailysteroid,andpresenceofpulsetherapytorateofchangewascheckedretrospectively.Results:During6monthsofobservation,patients’bonedensitieswerevirtuallymaintained.Rateofchangewasnotinfluencedundertheestimationitemsinthisstudy.Conclusions:Onashort-termbasis,alendronateadministrationmaintainedthebonedensitiesofpatientswithuveitiswhowerebeingtreatedwithsystemicsteroid.Ophthalmologistsmustbeawareoftheneedforroutinebonedensitychecksandpremedicationbeforeandduringsystemicsteroidadministration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1605.1609,2013〕Keywords:ステロイド性骨粗鬆症,ぶどう膜炎,アレンドロネート.glucocorticoid-inducedosteoporosis,uveitis,alendronate.はじめにステロイド薬はその強力な抗炎症抗免疫作用のためさまざまな疾患の治療に用いられ,眼疾患においても時にステロイド薬全身療法が選択される.特にぶどう膜炎疾患においてはしばしば長期にわたっての使用が必要な場合があり,骨粗鬆症と骨粗鬆症に起因する骨折は看過できない重大な副作用の一つである.報告によるとステロイド薬長期使用者の50%に骨粗鬆症が発症し1),約25%が骨折するとされる2).ステロイド性骨粗鬆症への対応の重要性から欧米では1996年にステロイド性骨粗鬆症管理ガイドラインが公表され,わが国でも1998年に骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関する指針3),ついで2004年にステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン4)が作成された.ガイドラインにおいてはステロイド性骨粗鬆症の治療開始基準と治療法が骨粗鬆症専門医以外にも理解しやすいようにフローチャート式で明快に記されている.〔別刷請求先〕八幡健児:〒553-0003大阪市福島区福島4-2-78大阪厚生年金病院眼科Reprintrequests:KenjiYawata,DepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital,4-2-78Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)1605 ステロイド性骨粗鬆症への薬物療法はビスフォスフォネー1.5p=0.03ト剤が第一選択薬として推奨されているが,その効果に関する報告は膠原病など他科疾患では多数みられるが眼科疾患においては筆者らが調べた限りで1報5)のみである.本研究で1.3)は大阪厚生年金病院にてステロイド薬全身投与を行ったぶど骨密度(g/cm21.1う膜炎患者への第二世代ビスフォスフォネート剤アレンドロネートの骨密度への効果を検討した.0.9I対象および方法2010年7月1日から2012年1月30日に大阪厚生年金病0.7院眼科でステロイド薬全身投与とアレンドロネート35mg/週が同時期に開始されていた19例,男性10例,女性9例,年齢23.70歳(平均42歳)を対象とした.原因疾患の内訳は,汎ぶどう膜炎9例,原田病5例,急性前部ぶどう膜炎1例,サルコイドーシス1例,眼トキソプラズマ症1例,Behcet病類縁疾患1例,punctateinnerchoroidopathy1例であった.骨密度は腰椎・大腿骨頸部に躯幹骨二重エックス線吸収法(dualenergyX-rayabsorptiometry:DXA法)で計測し,初回計測はステロイド投与開始から平均22.8±15.9日後,0.5初回計測第2回計測図1アレンドロネート投与下の腰椎骨密度変化1.2NS1)の管理と治療ガイドラインに従い,アレンドロネート35mg/週を全身ステロイド投与と同時期に開始し継続した.補助療法としての活性型ビタミンD3,K2などの投与は行って0.4いない.初回計測第2回計測統計解析は初回から第2回の骨密度の変化率については図2アレンドロネート投与下の大腿骨頸部骨密度変化pairedt-test,骨密度変化率の群別比較ではunpairedt-testを用い検討した.本研究において患者データの使用については患者本人に文2.0第2回計測は初回から平均185.7±49.3日後に行われた.初回から第2回計測の骨密度変化率と,それに対する性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無との関連を後ろ向きに検討した.ステロイド薬1日平均投与量については10mgで2群に分け比較した.アレンドロネート投与の適応基準はステロイド性骨粗鬆症骨密度(g/cm20.80.6書での同意を得ている.II結果初回から第2回骨密度計測の期間に使用されていた1日平骨密度変化率(%)1.0均ステロイド薬投与量は6.8.55.9mg/日(平均14.78mg/日),ステロイド薬投与総量は980.3,647.5mg(平均2,475.6mg)であった(いずれもプレドニゾロン換算).そのうち,ステロイドパルス施行例が4例含まれている.また,アレンドロネートの投与はステロイド薬全身療法開始日から2±3.5日後に開始されていた.0.0腰椎+1.2+0.2(Mean±SE)大腿骨ステロイド薬投与患者におけるアレンドロネート投与下の図3アレンドロネート投与6カ月後の腰椎および骨密度の初回計測と第2回計測の平均値はそれぞれ腰椎で大腿骨頸部骨密度変化率1606あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(114) 表1アレンドロネート投与6カ月後の骨密度変化率への各項目の影響腰椎変化率大腿骨変化率nMean±SE(%)p値Mean±SE(%)p値性別女性男性9101.48±0.811.04±0.980.740.71±1.75.0.33±1.510.66ステロイド1日平均投与量10mg未満10mg以上514.0.04±0.95.2.15±0.740.231.70±0.760.99±1.450.23ステロイドパルスパルス無パルス有1540.96±0.732.33±1.190.39.0.29±1.221.87±2.940.45いずれの項目においても有意差はみられなかった.0.99±0.03g/cm2,1.01±0.03g/cm2(p=0.03),大腿骨頸部で0.73±0.03g/cm2,0.73±0.03g/cm2(p=0.46)と腰椎において有意な増加,大腿骨では有意差がみられなかった(図1,2).これを変化率で表すと腰椎がプラス1.2±2.7%,大腿骨がプラス0.2±4.9%と約半年間の経過観察期間では骨密度はほぼ維持されていた(図3).アレンドロネート投与下の骨密度変化率と性別,ステロイド薬1日平均投与量(<10mg≦),ステロイドパルス治療の有無の関連について検討したが,それぞれ有意な差はみられなかった(表1).また,ステロイド薬1日平均投与量については15mg,20mgで2群に割り付けた場合も調べたが,いずれの場合においても有意差はみられなかった(非表示データ).III考按ステロイド性骨粗鬆症へのビスフォスフォネートの骨折抑制効果は無作為対象比較試験でのエビデンスによると椎体骨折を40.90%抑制するとされている6.8).また,骨密度変化では12カ月後の腰椎骨密度変化率はSaagら7)がプラセボ+0.2%,治療群+2.5%,Adachiら8)がプラセボ.0.77%,治療群+2.8.+3.7%と,ビスフォスフォネートによるステロイド性骨粗鬆症への骨量減少阻止効果が確認されている.眼科領域でのステロイド性骨粗鬆症へのビスフォスフォネートの効果の報告は池田らの報告5)があり,全身ステロイド薬投与の25例(ぶどう膜炎24名,視神経炎1名)をアレンドロネート投与群,活性型ビタミンD3製剤アルファカルシドール投与群の2群に無作為割り付けし,アレンドロネート群は9カ月後の骨密度はほぼ維持,アルファカルシドール群では骨密度減少がみられている.今回の研究においてもステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者におけるアレンドロネート使用6カ月後の骨密度量は腰椎+1.2%,大腿骨+0.2%と薬剤投与前後でほぼ同等量に維持され,既報と同様の結果が得られた.本研究は後ろ向き研究であるためステロイド薬使用の自(115)然経過との骨密度変化の差は不明だが,少なくとも骨密度減少はみられなかった.ステロイド性骨粗鬆症における新規脊椎圧迫骨折に及ぼす有意な因子は年齢の増加,既骨折の存在,骨塩量の低値,男性であるとされる9).また,ステロイド薬の1日の投与量は骨折リスクと相関する10).このような骨折リスクの高いケースでは予防治療の必要性がより高まると考えられる.本研究においてアレンドロネート投与下の骨密度変化率と性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無の各項との関連についてはいずれにおいても差はみられず,高骨折リスク症例に対しても骨密度に関してはアレンドロネートによる減少抑制効果がみられた可能性がある.骨粗鬆症は骨強度の低下を特徴とし骨折のリスクが増大した病態である.また,骨強度は骨密度に加えて骨質により決定される.概念的に骨強度は骨密度70%,骨質30%で構成されると定義され,骨密度は骨粗鬆症における骨折リスクの主要な因子である.ステロイド薬は骨形成の低下と骨吸収の亢進によって骨密度と骨質を低下させ,結果としてステロイド性骨粗鬆症が生じる.ただし,骨密度は骨塩量として測定可能だが,骨質は骨の微細構造,代謝回転,石灰化度,マトリックスの質などの総和と考えられており,これを臨床の場で評価するのはむずかしい.今回のステロイド薬投与ぶどう膜炎患者へのアレンドロネートの効果の検討は,ステロイド性骨粗鬆症の骨強度における骨密度のみを評価したものと位置づけられる.わが国のステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン4)では骨折リスクへの影響の大きい順に治療開始の基準が規定されている.経口ステロイド薬を3カ月以上使用する患者が対象とされ,①すでに脆弱性骨折があるまたは治療中に骨折がある,②骨密度が低下している,③5mg/日以上のステロイド薬投与がある,のいずれかに該当する場合一般的指導と薬物治療が推奨されている.一般的指導とは,生活指導,栄養指導,運動療法を指し,経過観察は骨密度測定と胸あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131607 腰椎X線撮影を定期的(6カ月.1年ごと)に行うとされる.薬物治療はビスフォスフォネートが第一選択薬,活性型ビタミンD3,K2が第2選択薬にあげられている(上記ガイドライン4)は医療情報サービスMindshttp://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0046/G0000129/0046で確認できる).ただし,ステロイド性骨粗鬆症は骨折リスクが高く,治療が行われ骨密度が維持されていても将来の骨折発生を完全に予防できるわけではないことに注意が必要である.また,ステロイド薬の骨への影響は投与開始後3カ月以内に始まり6カ月でピークとなる1)ため,ビスフォスフォネートの治療開始時期はステロイド薬開始後早期が望ましい.ビスフォスフォネート剤の副作用として顎骨壊死が近年注目されている.その発症頻度は低いながらも重篤で,現在のところ病態が十分解明されておらず予防法についても十分な知見が集積されていない.ビスフォスフォネート製剤に関連した顎骨壊死に関するポジションペーパー11)によれば,データベースに基づく推計で経口ビスフォスフォネート服用者における発生頻度は0.85/10万人/年である.一方,ステロイド薬長期投与患者の約25%が骨折2)の不利益を被り,リスクベネフィットの観点からはベネフィットが勝り現時点では骨折リスクの高い症例では積極的なビスフォスフォネート剤の使用が推奨されるという整形外科領域からの意見12)もある.現時点では高齢者が骨折した場合に臥床からの回復が困難であることも考え合わせると副作用の説明を十分にしたうえでビスフォスフォネート剤を投与するほうが望ましいと思われる.前述のようにステロイド性骨粗鬆症はステロイド薬使用における頻度の高い副作用であるが,残念ながら他の副作用に比べると注意が払われていないケースが散見される.紅林らが2003年に大学病院の全診療科に行ったステロイド薬合併症のアンケート調査13)では糖尿病のスクリーニング検査は92.5%が行われていたものの,骨粗鬆症の検査は47.8%のみの施行であった.こういった情勢に対し2004年に策定されたステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドラインはステロイド性骨粗鬆症の予防と治療の啓蒙に重要な役割を果たしており,その例として皮膚科領域でのステロイド薬投与患者に対しての骨粗鬆症治療のアンケート調査がある.2001年の皮膚科医218名へのアンケート14)では,ステロイド性骨粗鬆症の定期精査が14.2%に行われていたが,2005年のガイドライン公表を経て,第2報として2007年の皮膚科医211名へのアンケート15)では定期精査が21.8%と大幅な上昇がみられた.これに類した眼科領域での調査はなされておらず現況は不明だが,一部を除き多くの眼科医のステロイド性骨粗鬆症への意識はおそらく低いと思われる.眼科領域においてもステロイド薬投与患者にはガイドラインに準じた骨密度の定期的な測定と骨粗鬆症予防治療が推奨される.1608あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013おわりに半年間の経過観察期間ではアレンドロネート投与によりステロイド薬投与ぶどう膜炎患者の骨密度は維持されていた.ただし,本研究では対照群をおいていないためにその臨床的有効性についてはさらなる検討が必要である.眼科領域においてもステロイド薬全身投与症例にはステロイド性骨粗鬆症ガイドラインに準じた定期精査と治療が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LaneNE,LukertB:Thescienceandtherapyofglucocorticoid-inducedboneloss.EndocrinolMetabClinNorthAm27:465-483,19982)ACRtaskforceonosteoporosisguidelines:Recommendationsforthepreventionandtreatmentofglucocorticoidinducedosteoporosis.ArthritisRheum39:1791-1801,19963)折茂肇,山本逸雄,太田博明ほか:骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関するガイドライン.OsteoporosisJpn6:205253,19984)TheSubcommitteetoStudyDiagnosticCriteriaforGlucocorticoid-InducedOsteoporosis:Guidelinesonthemanagementandtreatmentofglucocorticoid-inducedosteoporosisoftheJapaneseSocietyforBoneandMineralRe-search(2004).JBoneMinerMetab23:105-109,20055)池田光正,福田寛二,浜西千秋ほか:ステロイド性骨粗鬆症への取り組み.OsteoporosisJpn14:558-561,20066)SatoS,OhosoneY,SuwaAetal:EffectofintermittentcyclicaletidronatetherapyoncorticosteroidinducedosteoporosisinJapanesepatientswithconnectivetissuedisease:3yearfollowup.JRheumatol30:2673-2679,20037)SaagKG,EmkeyR,SchnitzerTJetal:Alendronateforthepreventionandtreatmentofglucocorticoid-inducedosteoporosis.NEnglJMed339:292-299,19988)AdachiJD,SaagKG,DelmasPDetal:Two-yeareffectsofalendronateonbonemineraldensityandvertebralfractureinpatientsreceivingglucocorticoids.ArthritisRheum44:202-211,20019)田中郁子,大島久二:ステロイド性骨粗鬆症の診断と治療に関する縦断研究.OsteoporosisJpn11:11-14,200310)VanStaaTP,LeufkensHG,CooperC:Theepidemiologyofcorticosteroid-inducedosteoporosis:ameta-analysis.OsteoporosInt13:777-787,200211)YonedaT,HaginoH,SugimotoTetal:Bisphosphonaterelatedosteonecrosisofthejaw:positionpaperfromtheAlliedTaskForceCommitteeofJapaneseSocietyforBoneandMineralResearch,JapanOsteoporosisSociety,JapaneseSocietyofPeriodontology,JapaneseSocietyforOralandMaxillofacialRadiology,andJapaneseSocietyofOralandMaxillofacialSurgeons.JBoneMinerMetab28:(116) 365-383,201014)古川福実,池田高治,瀧川雅浩ほか:皮膚科領域における12)宗圓聰:ビスフォスフォネート製剤の功罪.骨粗鬆症治ステロイド使用とステロイド骨粗鬆症に対する予防的治療療10:186-191,2011の実態.西日本皮膚64:742-746,200213)紅林昌吾,合屋佳世子,北村哲宏ほか:ステロイド療法の15)古川福実,池田高治,佐藤伸一ほか:皮膚科領域における合併症に関する医師の意識と管理状況.OsteoporosisJpnステロイド使用に伴うステロイド骨粗鬆症に対する予防的12:377-383,2004治療の実態(第二報).西日本皮膚71:209-215,2009***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131609