《原著》あたらしい眼科33(8):1213?1217,2016cアレルギー性結膜疾患における涙液中amphiregulin値の検討野村真美稲田紀子庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野EvaluationofAmphiregulinLevelsinTearsofPatientswithAllergicConjunctivalDiseasesMamiNomura,NorikoInadaandJunShojiDivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:涙液中amphiregulin(AREG)値の眼アレルギー検査としての有用性の検討.対象および方法:対象は,アレルギー性結膜炎(AC)群11例,アトピー性角結膜炎(AKC)群18例,春季カタル(VKC)群27例およびコントロール群19例である.方法は,Schirmer試験紙に採取した涙液を検体として,enzyme-linkedimmunosorbentassay法により涙液中AREG濃度を測定し,カットオフ値(0.4ng/ml)以上を陽性,カットオフ値未満を陰性として,各群の陽性率について検討した.結果:涙液中AREGの陽性率は,AC群11例中7例,AKC群18例中11例,VKC群27例中11例であり,コントロール群(陽性:19例中1例)と比較して全群で有意に陽性率が高値であった(AC群:p<0.005,AKC群:p<0.001,VKC群:p<0.001,Fisher直接確率).涙液中AREG値は,感度51.8%および特異度94.7%であった.結論:涙液中AREG値は,眼アレルギー検査として有用である.Purpose:Toinvestigatetheusefulnessofamphiregulin(AREG)levelsintearsasanocularallergytest.SubjectsandMethods:Subjectsweredividedintothefollowingfourgroups:allergicconjunctivitis(AC)group(11patients),atopickeratoconjunctivitis(AKC)group(18),vernalconjunctivitis(VKC)group(27)andcontrolgroup(19).RegardingtearspecimenscollectedbySchirmertestpapers,AREGlevelsweredeterminedbyenzymelinkedimmunosorbentassay.Belowcutoffvalue(0.4ng/ml)wasdeemednegativeandabovecutoffvaluewasdeemedpositive;resultswereevaluatedastothepositiverateofeachgroup.Results:ThepositiveratesofAREGintearswere7of11,11of18and11of27intheAC,AKCandVKCgroups,respectively;allpositivegroupsratedsignificantlyhigherthanthecontrolgroup(ACgroup:p<0.005,AKCgroup:p<0.001,VKCgroup:p<0.001,Fisherdirectprobability).TheAREGlevelintearswas51.8%forsensitivityand94.7%forspecificity.Conclusion:TheAREGlevelintearsisusefulasanocularallergytest.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1213?1217,2016〕Keywords:amphiregulin,アレルギー性結膜疾患,涙液検査.amphiregulin,allergicconjunctivaldiseases,teartest.はじめに1988年にヒト乳がん細胞から発見されたamphiregulin1)は,EGF(epidermalgrowthfamily)familyに分類され,細胞の増殖,生存,分化に重要な役割を果たしていることが知られている2).Amphiregulinは,おもにマスト細胞から産生されると考えられており,マスト細胞の脱顆粒とともに組織中に放出される.また,特異な環境下では,好酸球3)や好塩基球4)からの産生も報告されており,即時型アレルギー反応や感染症の病態への関与が検討されている.近年,amphiregulinの研究が進んでいる気管支喘息の領域では,amphiregulinが肺マスト細胞に多量に存在すること5),ヒト肺上皮細胞のムチン遺伝子の発現を増強させ粘液分泌を増強すること5),線維芽細胞の線維化を促進させることにより気管支のリモデリングに関与すること6)などが報告されている.また,気管支喘息以外のアレルギー疾患におけるamphiregulinの検討については,アトピー性皮膚炎7)やスギ花粉によるアレルギー性鼻炎8)などの報告がある.しかし,アレルギー性結膜疾患におけるamphiregulinの関与に関しては,不明な点が多く残されている.今回,筆者らはアレルギー性結膜疾患患者の涙液中amphiregulin濃度を測定し,涙液中バイオマーカーとしての有用性について検討を行った.I対象および方法本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査会の承認を受けて実施した.1.対象対象は,2012年6月?2013年6月に日本大学医学部附属板橋病院眼科を受診し,かつアレルギー性結膜疾患診療ガイドライン9)の診断基準に従って季節性アレルギー性結膜炎,通年性アレルギー性結膜炎,アトピー性角結膜炎または春季カタルと準確定もしくは確定診断した56例である.準確定診断の方法は,局所のアレルギー素因として涙液総IgE検査(アレルウォッチR涙液IgE;わかもと製薬/日立化成)もしくは全身のアレルギー素因として血清中抗原特異的IgE抗体価検査のいずれかが陽性を示し,かつアレルギー性結膜疾患の臨床所見を有するものとした.確定診断は,眼脂塗抹標本検査(エオジノステインR染色;鳥居薬品)で好酸球が陽性,かつアレルギー性結膜疾患の臨床所見を有するものとした.アレルギー性結膜疾患56例を,季節性および通年性アレルギー性結膜炎からなるAC群11例,アトピー性角結膜炎からなるAKC群18例および春季カタルからなるVKC群27例に分けて検討した.また,前眼部疾患を有していない健常成人19例をコントロール群とした.各群の症例数,平均年齢,性差,準確定診断および確定診断の内訳については表1に示した.2.涙液採取方法および涙液検体作製方法涙液は,Schirmer試験紙(SchirmertearproductionmeasuringstripsR,昭和薬品工業)を用いて両眼にSchirmer第1法を行い,Schirmer試験紙に涙液を採取した.涙液検体は,涙液を採取したSchirmer試験紙を0.5MNaCl,0.5%Tween20添加0.05Mリン酸緩衝液(phosphatebufferedsolution:PBS,pH7.2)中に一晩浸漬して涙液を溶出し,40倍希釈涙液を作製して検体として使用した.3.涙液中amphiregulin濃度の測定涙液中amphiregulin濃度は,RayBioHumanAmphiregulinELISAkit(RayBiotech社)を用いたenzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法で測定し,涙液amphiregulin値とした.また,本キットの測定レンジから,0.4ng/ml以上を陽性,0.4ng/ml未満(測定下限値未満)を陰性として,各群の陽性率ならびに感度と特異度について検討した.4.統計学的解析涙液amphiregulin値の各群間比較は,Kruskal-Wallis検定を用い,陽性率は,Fisher直接確率を用いて検討した.結果は,危険率5%未満を有意差ありと判定した.II結果1.涙液中amphiregulin値の陽性率および感度・特異度AC群,AKC群およびVKC群における涙液中amphiregulinの陽性率を表2,3,4に示した.AC群,AKC群およびVKC群ともにコントロール群と比較して有意に陽性率が高値であった(AC群:p<0.005,VKC群:p<0.001,VKC群:p<0.001).AC群,AKC群およびVKC群を対象とした涙液中amphiregulin値の感度および特異度を表5に示す.涙液中amphiregulin値によりアレルギー性結膜疾患を診断する場合の感度は51.8%,特異度は94.7%と算出された.また,3群のなかではAC群がもっとも感度が高値を示した.2.涙液中amphiregulin値涙液中amphiregulin値が陽性を示した検体の涙液中amphiregulin値は,AC群(n=7)で2.5(0.5?3.4)[中央値(レンジ)]ng/ml,AKC群(n=11)で0.9(0.5?9.6),VKC群(n=11)で1.3(0.4?4.8)で,各群の測定値に統計学的有意差はみられなかった(p=0.145,Kruskal-Wallis検定)(図1).また,コントロール群では,1例のみ陽性を示し,測定値は1.3ng/mlであった.3.代表症例今回の測定で涙液amphiregulin値が最高値を示した症例を提示する.症例は,35歳,男性.数年前よりアトピー性角結膜炎の診断で近医に通院し,憎悪と寛解とを繰り返していた.右眼の羞明,疼痛,流涙が増悪したため当科紹介受診となった.右眼前眼部所見を図2に示す.眼瞼結膜に明らかな巨大乳頭の所見はなかったが,ビロード状乳頭増殖と強い線維化がみられた(図2a).また,球結膜には高度の充血と輪部腫脹とがあり,角膜にシールド潰瘍がみられた(図2b).涙液amphiregulin値は9.6ng/mlと高値であった.III考按Amphiregulinは,EGFfamilyに属する成長因子の一つであり,おもにマスト細胞の脱顆粒で放出されるマスト細胞に関連の深い物質であると考えられている.一方,I型(即時型)アレルギー反応は,マスト細胞表面の高親和性IgE受容体(FceRI)に結合した抗原特異的IgE抗体と抗原(アレルゲン)とが反応することにより,マスト細胞が脱顆粒し,種々のケミカルメディエーターを放出することで発症するアレルギー反応である.したがって,マスト細胞の脱顆粒に関連する因子であるamphiregulinは,I型アレルギー反応の指標になる可能性が考えられる.今回筆者らは,涙液中amphiregulin値を測定することにより,涙液中amphiregulin値のアレルギー性結膜疾患における眼アレルギー検査としての有用性について検討した.今回検討した涙液中amphiregulin陽性率は,AC群,AKC群,VKC群ともにコントロール群と比較して有意に高値であることが判明した.また,感度および特異度に関しては,感度は51.8%,特異度は94.7%であった.現在,アレルギー性結膜疾患の診断用として日常診療に用いられている涙液検査法には,イムノクロマトグラフィ法を用いた涙液総IgE測定キット(アレルウォッチR涙液IgE,わかもと製薬/日立化成)がある.このキットにおけるアレルギー性結膜疾患での陽性率は72.2%であったと報告されている10).したがって,涙液中amphiregulin値は,感度の面ではやや低値であるものの,特異度は高値でありアレルギー性結膜疾患の診断には有用なマーカーであると考えられた.また,涙液中amphiregulin値に関しては,AKC群およびVKC群で高値の症例がみられるものの,全体としてはAC群,AKC群およびVKC群の群間で差はなかった.これまでにアレルギー性結膜疾患の診断上有用として報告されている涙液中バイオマーカーには,総IgEやeosinophilcationicprotein(ECP)などがある9,11).これらのバイオマーカーを用いた涙液検査は,アトピー性角結膜炎および春季カタルでは高値,季節性アレルギー性結膜炎では低値となることから,軽症例では診断率が低値となる問題点が指摘されていた.しかし,今回の涙液中amphiregulin値は,アレルギー性結膜疾患の各病型間でほとんど差がなかったことから,amphiregulinをバイオマーカーに用いた涙液検査は,適当なカットオフ値を設定することにより,有用な臨床検査と成りうる可能性が考えられた.一方,amphiregulinのバイオマーカーとしての可能性については,Kimら12)が,小児の気管支喘息患者では,喀痰中amphiregulin濃度が健常者と比較して有意に増加しており,喀痰中好酸球数および喀痰中eosinophilcationicprotein濃度と有意な正の相関,1秒量(FEV1)と有意な負の相関を認めたと報告していることから,気管支喘息の喀痰中バイオマーカーとして有望視されている.また,この報告では,小児気管支喘息患者の喀痰中amphiregulin濃度の平均は10.80pg/mlであったと報告されている.今回筆者らが測定した涙液中amphiregulin値は,中央値がもっとも高いAC群で2.5ng/ml(2.5×103pg/ml)と高値を示した.すなわち,アレルギー性結膜疾患患者の涙液検査では,高濃度のamphiregulinが検出されることが推測され,アレルギー性結膜疾患で陽性率が有意に上昇した結果になったと考えられた.一方で,竹内ら8)は,スギ花粉症患者鼻汁中のamphiregulin濃度をELISA法で測定し,健常者とスギ花粉症患者とを比較した結果,スギ花粉症患者で高値を認めたものの,両群間に有意差はなかったとし,花粉症患者の鼻汁中amphiregulin濃度の中央値は317pg/mlであると報告している.この論文では,花粉症患者の鼻汁量が健常者と比較して多量であったため,花粉症患者の鼻汁中amphiregulin濃度が希釈されていた可能性を指摘している.今回の涙液中amphiregulin値は,濾紙法により採取した涙液をELISA法により測定したが,この測定には,ELISA測定に必要な検体量も考慮して40倍希釈涙液を用いた.そのため,測定下限値が0.4ng/ml(400pg/ml)となったが,喀痰中や鼻汁中のamphiregulin濃度から推察すると,涙液検査が偽陰性となった検体が存在し,感度が低値となった可能性が示唆された.今後,涙液中amphiregulin値を臨床検査として実用化するためには,特異度を維持しながら感度を上げる測定方法について検討する必要があると考えられた.また,Okumuraら5)は,amphiregulinがマスト細胞から分泌され,この反応はステロイドでは抑制されず,気道粘膜のマスト細胞におけるamphiregulin発現と気管支喘息患者でみられる気道のリモデリングとして知られるゴブレット(goblet)細胞の過形成とが相関することを報告している.これらの結果は,ステロイド治療に抵抗して気道のリモデリングが進行する気管支喘息患者の有用なバイオマーカーとなりうる可能性を示唆している.また,Tominagaら13)は,アトピー性皮膚炎マウスモデルの表皮において神経伸長作用をもつamphiregulinが顕著に増加していることを明らかにし,痒みの発現にamphiregulinの関与が示唆されると報告している.Amphiregulinの発現は,マスト細胞以外にも,アレルギー炎症に関与する好酸球ではgranulocyte-macrophagecolonystimulationfactor刺激により3),好塩基球ではinterleukin-3の刺激により発現がみられると報告され4),アレルギー炎症への関与も示唆されている.今回の実験結果により,涙液amphiregulin値は,アレルギー性結膜疾患の診断に有用な臨床検査と成りうる可能性が示された.しかし,今回の検討では,涙液中のamphiregulin濃度の増加に関する臨床的解釈については不明であった.涙液amphiregulin濃度の上昇が,マスト細胞の脱顆粒が主反応とされるI型アレルギー反応の即時相で生じるのか,アレルギー炎症が主反応とされる遅発相で生じるのか,または,ある種の増悪因子に関連して増加するのかについても疑問が残る点である.今後,涙液中amphiregulin濃度と病態との関連を検索するためには,結膜抗原誘発試験(conjunctivaantigenchallengetest:CACtest)などによる経時的な検討が必要であると考えられ,重症度との関連については臨床スコアなどとの比較により,これらの疑問点を解決することが臨床検査としての涙液amphiregulin検査の実用化に必要なことであると考えられた.文献1)ShoyabM,McDonaldVL,BradleyJGetal:Amphiregulin:Abifunctionalgrows-modulatingglycoproteinproducedbythephorbol12-myristate13-acetate-treatedhumanbreastadenocarcinomacelllineMCF-7.ProcNatlAcadSciUSA85:6528-6532,19882)FalkA,FrisenJ:Amphiregulinisamitogenforadultneuralstemcells.JNeurosciRes69:757-762,20023)MatsumotoK,FukudaS,NakamuraYetal:Amphiregulinproductionbyhumaneosinophil.IntArchAllergyImmunol149(Suppl1):39-44,20094)QiY,OperarioDJ,OberholzerCMetal:HumanbasophilexpressamphiregulininresponsetoTcell-derivedIL-3.JAllergyClinImmunol126:1260-1266,20105)OkumuraS,SegaraH:FceRI-mediatedamphiregulinproductionbyhumanmastcellsincreasesmucingeneexpressioninepithelialcells.JAllergyClinImmunol115:272-279,20056)WangSW,OhCK,ChoSHetal:Amphiregulinexpressioninhumanmastcellsanditseffectontheprimaryhumanlungfibroblasts.JAllergyClinImmunol115:287-294,20057)KubanovAA,KatuninaOR,ChikinVV:Expressionofneuropeptides,neurotrophins,andneurotransmittersintheskinofpatientswithatopicdermatitisandpsoriasis.BullExpBiolMed159:318-322,20158)竹内万彦,鈴木慎也,間島雄一ほか:スギ花粉症患者鼻汁中のamphiregulinの測定の試み.耳展51(補1):29-31,20089)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン作成委員会:特集:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:829-870,201010)庄司純,内尾英一,海老原伸行ほか:アレルギー性結膜疾患診断における自覚症状,他覚所見および涙液総IgE検査キットの有用性の検討.日眼会誌116:485-493,201211)庄司純:涙液検査からみたアレルギー性結膜疾患.臨眼59:142-148,200512)KimKW,JeeHM,ParkYHetal:Relationshipbetweenamphiregulinandairwayinflammationinchildrenwithasthmaandeosinophilicbronchitis.Chest136:805-810,200913)TominagaM,OzawaS,OgawaH,atal:AhypotheticalmechanismofintraepidermalneuriteformationinNC/Ngamicewithatopicdermatitis.JDermatolSci46:199-210,2007〔別刷請求先〕野村真美:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MamiNomura,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-kamicho,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(131)1213表1対象症例の内訳1214あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(132)表2涙液中amphiregulin陽性率(AC群)表3涙液中amphiregulin陽性率(AKC群)表4涙液中amphiregulin陽性率(VKC群)表5アレルギー性結膜疾患に対する感度・特異度図1涙液中amphiregulin濃度病型別の涙液中amphiregulin濃度を比較したところ,各群間での統計学的有意差はみられなかった(p=0.145,Kruskal-Wallis検定).コントロール群では1例を除いたすべての症例でamphiregulineが陰性であった.図2涙液中amphiregulin濃度が高値を示したアトピー性角結膜炎症例症例は35歳,男性.右眼の眼瞼結膜にはビロード状乳頭増殖と強い線維化がみられる(a).右眼球結膜の充血,輪部堤防上隆起があり,角膜にシールド潰瘍がみられる(b).涙液中のamphiregulin濃度は9.6ng/mlであった.(133)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201612151216あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(134)(135)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161217