《原著》あたらしい眼科31(2):257.259,2014c自発的開瞼維持による涙液浸透圧の変化一戸唱*1五十嵐勉*1,2藤本千明*1飯島修*2小野眞史*1髙橋浩*1*1日本医科大学眼科学教室*2日本医科大学生化学・分子生物学(分子遺伝学)TearOsmolalityAlterationbySustainedEyeOpeningShoIchinohe1),TsutomuIgarashi1,2),ChiakiFujimoto1),OsamuIijima2),MasafumiOno1)andHiroshiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,2)DepartmentofBiochemistryandMolecularBiology,NipponMedicalSchool目的:開瞼を維持した状態で涙液浸透圧がどのように変化するのかを検討した.対象および方法:Schirmer試験値が正常な健常ボランティア41名(男:女=30:11),平均年齢34.6±9.9歳を対象に,問診,涙液層破壊時間(BUT),フルオレセイン染色スコア,リサミングリーン染色スコア,および涙液浸透圧測定を施行した.ついで限界自発開瞼維持時間(自発的に開瞼が維持できる限界時間)を3回測定しその平均限界時間における涙液浸透圧を測定した.結果:41名中,15名がBUT短縮型ドライアイ疑いであった.涙液浸透圧(mOsm/l)は正常群において平時303.68±15.7,開瞼維持後303.26±14.2,BUT短縮群においてそれぞれ301.2±20.5,308.7±15.3と,両群間および開瞼維持前後の有意差を認めなかった.結論:開瞼維持による涙液浸透圧の変化は,正常者のみならずBUT短縮例でも認めなかったことから,蒸発する涙液量に比べメニスカスにおける涙液量全体が十分に多いため,涙液浸透圧変化は起こりにくいと考えられた.Purpose:Toinvestigatehowthetearosmolalitychangeswithsustainedeyeopening.Methods:Weexaminedtearfilmbreakuptime(BUT),fluoresceinstainingscore,lissaminegreenstainingscoreandtearosmolality,usingTearLab.systemin41volunteers(30males,11females;averageage34.6±9.9years)withnormaltearvolume(Schirmertestvalue).Subjectsweretheninstructedtokeeptheireyesopenforaslongaspossibleuntiltearosmolalitywasagainmeasured.Results:In15subjects,BUTwasshorterthanthenormalrange.Innormalsubjects,tearosmolality(mOsm/l)was303.68±15.7and303.26±14.2beforeandaftersustainedeyeopening,respectively,whiletheshortBUTgroupvalueswere301.2±20.5and308.7±15.3,respectively.Therewasnosignificantdifferenceintearosmolalitybetweenbeforeandaftersustainedeyeopeninginallsubjects,includingtheshortBUTgroup.Conclusion:Tearosmolalitydoesnotchangewithsustainedeyeopening,eveninshortBUTsubjectssuggestingthattearvolumemaybecriticalinmaintainingtearosmolality.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):257.259,2014〕Keywords:ドライアイ,BUT短縮型,涙液浸透圧,メニスカス,TearLabR.dryeye,shorteningtearfilmbreakup,tearfilmosmolality,tearmeniscus,TearLabR.はじめに米国ではドライアイのコアメカニズムとして涙液浸透圧上昇が提唱されている1).重症ドライアイにおける涙液浸透圧上昇は,涙液水分量そのものの減少および涙液交換率の低下に伴う相対的な蒸発亢進によって生じる現象として理解でき2),実際,Sjogren症候群の患者においてSchirmerI法が低値な者ほど浸透圧が高いことが報告されている3).涙液浸透圧の上昇によって眼表面の炎症が惹起されることにより涙液層の安定性が低下し,ますます浸透圧の上昇を招く悪循環に陥るというコアメカニズムの考え方は,重症例では理にかなっているようにみえる.一方,日本の日常臨床で最もよく遭遇するドライアイ患者は,涙液量はほぼ正常で眼表面の染色スコアもきわめて軽度であるが,異物感などの愁訴が多い涙液層破壊時間(BUT)短縮型ドライアイであると思われる.このタイプのドライアイにおいて上記メカニズムが成立するのか興味深いところであるが,今までのところ,涙液量〔別刷請求先〕一戸唱:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShoIchinohe,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo1138603,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(97)257が正常であるBUT短縮型ドライアイにおける涙液浸透圧を検討した報告はない.通常のドライアイのみならずBUT短縮型ドライアイでも瞬目回数が多いという報告4)もあり,涙液層の安定性低下のために涙液浸透圧の上昇が起こっている可能性は否定できない.そこで今回,涙液層の不安定状態を再現するために,涙液量が正常な健常ボランティアにおいて開瞼を維持した状態で浸透圧がどのように変化するのかを検討した.I対象および方法対象は,試験目的と内容の説明を受け,自らの意志で同意を示し,かつ事前の簡易検査にて両眼のSchirmer試験I法が正常であることが確認できた健常ボランティア41名(男:女=30:11),平均年齢34.6±9.9歳である.検査・観察項目として,問診,フルオレセイン染色スコア,リサミングリーン染色スコア,BUT,涙液浸透圧の測定,開瞼維持時間計測を行った.測定はすべて右眼を対象とした.1.問診眼の乾燥感などについて,自覚症状の有無を調べた.2.検査2006年ドライアイ診断基準5)に基づきつぎのようにタイムコースを設定した(図1).はじめにTearLab社製Tear5分5分平時における涙液浸透圧限界自発開瞼維持時間涙液層破壊時間(BUT)フルオレセイン染色スコアリサミングリーン染色スコアSchirmer試験I法平均限界自発開瞼維持時間における涙液浸透圧図1タイムコースLabsystemを用いて平時の瞬目後2.3秒以内で下眼瞼涙液メニスカス涙液浸透圧を測定した.測定方法は機器のマニュアルに従った.ついで,限界自発開瞼維持時間(自発的に開瞼が維持できる限界時間)を3回測定し平均値を求めた.5分間おいて,BUT測定,フルオレセイン染色,リサミングリーン染色,そして再度Schirmer試験を施行した.さらに5分間おいて先に求めた平均限界自発開瞼維持時間における涙液浸透圧を測定した.この際,人差し指で上眼瞼を軽く持ち上げ,当該時間までの開瞼を維持した.結果の統計学的解析はt検定で行った.II結果各項目の結果を表1に示す.41名中,正常26名,BUT短縮型ドライアイ疑い15名となった.検査項目はBUTを除きすべて正常範囲内であった.正常群とBUT短縮群では,開瞼維持時間,フルオレセイン染色スコア,リサミングリーン染色スコアに有意差を認めなかったが,BUT,Schirmer試験I法で有意差を認めた.平時の涙液浸透圧には両群間に有意差なく(p=0.95),また両群とも,平時と開瞼維持後の涙液浸透圧に有意な変化を認めなかった(正常群:p=0.89,BUT短縮型ドライアイ疑い:p=0.34).III考按米国でのドライアイ診断基準にあたるDryEyeWorkshop(DEWS)Reportによると,涙液浸透圧の正常cutoff値は316mOsm/lと提唱されており1),この値の根拠としてTomlinsonらによる涙液浸透圧に関する既報のメタアナリスが挙げられている6).それによると涙液浸透圧は,ドライアイでは平均326.9±22.1mOsm/l,正常では平均302±9.7mOsm/lとドライアイ群の浸透圧がかなり高くなっており,このcutoff値は重症のドライアイを念頭に置いていることがうかがえる.今回,Schirmer試験値が正常,すなわち涙液量が正常のボランティアにおいては,平時の平均涙液浸透表1各項目の検査結果検査項目全体(n=41)正常眼(n=26)BUT短縮型ドライアイ疑い(n=15)平時涙液浸透圧(mOsm/l)303.4±16.3303.68±15.7301.2±20.5(p=0.42)(p=0.89)(p=0.34)開瞼維持後涙液浸透圧(mOsm/l)303.5±15.6303.26±14.2308.7±15.3開瞼維持時間(秒)17.4±13.019.2±13.614.5±11.8BUT(秒)6.3±2.27.2±2.0(p=0.002)4.7±1.5フルオレセイン染色スコア(/9点)0.8±0.90.8±0.80.8±1.0リサミングリーン染色スコア(/9点)0.4±0.70.4±0.70.5±0.6Schirmer試験I法(mm)20.7±9.322.9±9.6(p=0.039)16.7±7.6自覚症状(人数)21615258あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(98)圧が300mOsm/l前後と低く,健常者における浸透圧としては既報と矛盾しないものであった.さらに,ボランティアのなかに15名のBUT短縮症例が存在したが,この群に限っても平時涙液浸透圧は正常範囲内であった.ドライアイの最も重要な因子として涙液層の安定性低下が日7),米1)ともに挙げられているが,ドライアイの病態におけるその位置づけは両者でかなり異なっている.米国のコアメカニズムでは水分量減少(浸透圧上昇)による眼表面炎症の結果,二次的に涙液層の安定性が低下するとされているのに対し,横井らが提唱する日本の考え方では,さまざまな原因によって起こる涙液層の安定性低下こそがコアメカニズムの中心であるとみなされている.その意味で,BUT短縮型ドライアイ,特に涙液量が正常であるタイプは米国よりも日本において重視される病態であり,おもに米国で注目される浸透圧に関する検討はあまりなされていなかった.本研究は,BUT短縮型ドライアイの病態に涙液浸透圧上昇がどの程度関与しているかを検討することを目的とした.そこでBUT短縮型ドライアイの中心的病態である涙液層の安定性低下を再現するために,自発的な開瞼を限界まで維持する方法で浸透圧の変化を調べた.その結果,正常群,BUT短縮群ともに,限界開瞼維持という涙液層に対してかなりストレスのかかる状況においても,涙液浸透圧の有意な上昇を認めなかった.このことは,蒸発する涙液量に比べメニスカスにおける涙液量全体が十分に多いため涙液浸透圧変化が起こりにくいこと,そして,涙液量が正常であるBUT短縮型ドライアイの病態には浸透圧上昇の関与が少ないことを示唆していると思われた.ただし,涙液浸透圧測定法の結果の解釈には以下に述べる注意が必要であると考える.今回,涙液浸透圧測定にはTearLabRsystemを用いた.本機器は下眼瞼の涙液メニスカス部にチップを一瞬接触するだけで涙液浸透圧を測定することが可能であり,米国の大規模スタディ2,8)においても使用された信頼性の高い測定法といえる.ここで注意すべき点は,本法はあくまで下眼瞼涙液メニスカスの浸透圧を測定するものであり,それが角膜表面の浸透圧と等しいとは限らないということである.現時点で角膜表面涙液層の浸透圧を直接測定する方法はないが,Liuらは角膜表面の浸透圧を類推した結果を報告している9).この研究では,まず被験者に種々の浸透圧の溶液を点眼しその際の自覚症状を浸透圧とリンクして記憶するトレーニングを行い,ついで本研究と同様に限界まで自発開瞼を維持して涙液層破壊を観察している.その結果,涙液層破壊が観察される時の自覚症状は,800.900mOsm/l程度の浸透圧液を点眼した感覚にほぼ等しいことが示された.この報告が示唆していることは,角膜表面での浸透圧は下眼瞼涙液メニスカスの浸透圧とは乖離してかなり上昇している可能性があることである.もし実際にこの報告のような現象が起こっているとするなら,BUT短縮型ドライアイでは,たとえ涙液量が正常で下眼瞼における涙液浸透圧が正常範囲にあっても,角膜表面は浸透圧の上昇というストレスに曝されやすいと考えられる.すなわちBUTで示される眼表面の涙液安定性にかかわらず,開瞼維持による乾燥の結果,涙液の濃縮が生じ浸透圧が上昇する可能性があることが示唆される.ドライアイにおけるBUTと涙液浸透圧の関係に関してはいまだ不明な点も多く,解釈には注意が必要であり,また,新しい測定法の出現が待たれるところである.文献1)Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkshop.OcularSurf5:75-92,20072)SullivanBD,WhitmerD,NicbolsKKetal:Anobjectiveapproachtodryeyediseaseseverity.InvestOphthalmolVisSci51:6125-6130,20103)BunyaVY,LangelierN,ChenSetal:TearosmolarityinSjogrensyndrome.Cornea32:922-927,20134)HimebaughNL,BegleyCG,BradleyAetal:Blinkingandtearbreak-upduringfourvisualtasks.OptomVisSci86:E106-114,20095)島﨑潤,ドライアイ研究会:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20076)TomlinsonA,KhanalS,RamaeshKetal:Tearfilmosmolarity:determinationofareferentfordryeyediagnosis.InvestOphthalmolVisSci47:4309-4315,20067)横井則彦,坪田一男:ドライアイのコア・メカニズム涙液安定性仮説の考え方.あたらしい眼科29:291-297,20128)LempMA,BronAJ,BaudouinCetal:Tearosmolarityinthediagnosisandmanagementofdryeyedisease.AmJOphthalmol151:792-798,20119)LiuH,BegleyC,ChenMetal:Alinkbetweentearinstabilityandhyperosmolarityindryeye.InvestOphthalmolVisSci50:3671-3679,2009***(99)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014259