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先天鼻涙管閉塞に対する他院におけるプロービング不成功例 の検討

2023年5月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科40(5):685.688,2023c先天鼻涙管閉塞に対する他院におけるプロービング不成功例の検討大野智子*1松村望*1後藤聡*2近藤紋加*1渕野恭子*1熊谷築*1浅野みづ季*1水木信久*3*1神奈川県立こども医療センター眼科*2聖マリアンナ医科大学眼科学教室*3横浜市立大学医学部眼科学教室CAStudyofPatientswithCongenitalNasolacrimalDuctObstructionwhowereTreatedafteranUnsuccessfulProbingatAnotherHospitalTomokoOhno1),NozomiMatsumura1),SatoshiGoto2),AyakaKondo1),YasukoFuchino1),KizukuKumagai1),MizukiAsano1)andNobuhisaMizuki3)1)DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildrenMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicineC目的:先天鼻涙管閉塞症に対する他院におけるプロービング不成功例の神奈川県立こども医療センター眼科(以下,当科)での治療と転帰について検討する.対象および方法:2011年C6月.2021年C11月に当科を紹介初診した,先天鼻涙管閉塞の診断で他院でのプロービングが不成功であったC3歳未満の患児を対象とし,患者背景,当科での治療と転帰を後ろ向き検討した.結果:対象はC112例C124側(平均C11.6C±5.4カ月),男児C69,女児C43例,患側は右C59側,左65側(両側C12例)であった.涙点閉鎖,欠損を除くC119側の治療と転帰は,自然治癒C48側(40%),局所麻酔下再プロービングC50側(42%)中,成功はC48/50側(96%),全身麻酔下涙道内視鏡再プロービングC17側(14%)中,成功は17/17側(100%),経過観察中C4側(3%)であった.局所麻酔下再プロービング不成功C2例は涙道内視鏡プロービングにて全例治癒した.結論:再プロービングの成功率は高く,プロービング不成功例は専門施設への紹介が望ましいと考えられた.CInthisretrospectivestudy,weevaluatedthebackground,treatment,andoutcomesofpatientswithcongenitalnasolacrimalCductCobstructionCwhoCwereCreferredCtoCtheCDepartmentCofCOphthalmologyCatCKanagawaCChildren’sCMedicalCenterbetweenJune2011andNovember2021aftertheoutcomeofaprobeperformedattheotherhos-pitalwasunsuccessfully.Thisstudyinvolved124nasolacrimalducts(59rightsideand65leftside)of112children(69boysand43girls,meanage:11.6months).Thetreatmentandoutcomerecordsof119sides,excludingpunc-talclosureanddefects,showedthat48sides(40%)healedspontaneously,that50sides(42%)wereprobedunderlocalanesthesia,andthat48/50(96%)weresuccessful.Of17sides(14%)thatunderwentdacryoendoscopyundergeneralanesthesia,17/17(100%)weresuccessful,and4sides(3%)wereunderfollow-up.In2casesinwhichre-probingunderlocalanesthesiawasunsuccessful,thepatientsweresuccessfullytreatedbydacryoendoscopicprob-ing.The.ndingsinthisretrospectivestudyshowthatthesuccessrateofre-probingwashigh,andthatifaprob-ingisunsuccessful,thepatientshouldbereferredtoaspecializedfacility.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(5):685.688,C2023〕Keywords:先天鼻涙管閉塞,再プロービング,涙道内視鏡.congenitalnasolacrimalductobstruction,re-prob-ing,dacryoendoscopy.Cはじめに乳児のC82.9%がC1歳までに保存的な経過観察で治癒したと先天鼻涙管閉塞症は自然治癒率の高い疾患であり,日本のの報告がある1).しかし,なかには改善せず,眼脂,流涙が〔別刷請求先〕大野智子:〒232-8555神奈川県横浜市南区六ッ川C2-138-4神奈川県立こども医療センター眼科Reprintrequests:TomokoOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildrenMedicalCenter.2-138-4Mutsukawa,Minami-ku,Yokohama-shi,Kanagawa232-8555,JAPANCバスタオル抑制帯バックロック図1当科における体動抑制の方法患児にトリクロリールシロップC0.8Cml/kgを内服させ,入眠後にバスタオルで包み,体動制御用の抑制帯およびバックロックにて固定,オキシブプロカイン塩酸塩点眼(ベノキシール)を行い,看護師1.2名で患児の顔を制御して行う.続く場合がある.プロービングは以前より存在する治療であるが,盲目的な手技であり,治療がむずかしいケースも存在する.初回プロービング不成功例への再プロービングについて,過去の報告は存在するが少ない.今回,筆者らは先天鼻涙管閉塞に対する他院におけるプロービング不成功例の神奈川県立こども医療センター眼科(以下,当科)での治療と転帰を調査した.CI対象および方法2011年C6月.2021年C11月に当科を紹介初診した患児で,先天奇形症候群,顔面奇形を除外した先天鼻涙管閉塞の診断で他院でのプロービングが不成功であったC3歳未満の患児112例C124側を対象とし,患者背景,他院での不成功の理由,当科での治療と転帰を後ろ向き検討した.当科での治療は,生後C3.6カ月未満は原則経過観察,生後C6カ月以降は家族の希望を確認し,経過観察もしくは局所麻酔下盲目的プロービングを施行,また局所麻酔下では困難な症例はC2歳前後を目安に全身麻酔下涙道内視鏡によるプロービングを施行した.局所麻酔下再プロービングは,外来処置室にて患児にトリクロリールシロップC0.8Cml/kgを内服,催眠させ,その後,バスタオルで体をくるみ,体動制御用の抑制帯,バックロックにて固定,オキシブプロカイン塩酸塩点眼(ベノキシール)を行い,看護師1.2名で患児の顔を制御した状態で涙道を専門とする医師が施行した(図1).まず,顕微鏡下にて拡張針で涙点を拡張し,涙道洗浄を施行した後,04-05ボーマンブジーにてプロービングを施行し,最後に再度涙道洗浄を行い,通水を確認した.術後レボフロキサシン点眼C1日C4回,0.1%フルメトロン点眼C1日C2回をC1週間行い,1カ月後症状の確認と色素残留試験を施行し,治癒を判定した.全身麻酔下涙道内視鏡による再プロービングは,手術室にて,涙道内視鏡を使用しプロービングを行い,その後涙管チューブ(ラクリファーストshorttype)を挿入し,再度涙道内視鏡にて涙道内を確認した.術後レボフロキサシン点眼C1日C4回,リンデロン点眼C1日C2回を約C1週間施行したのち,リンデロン点眼をC0.1%フルメトロンに変更し,眼圧に注意しながら術後C1カ月間使用した.術後C1カ月後に涙管チューブを抜去した.CII結果対象はC112例C124側で平均月齢はC11.6C±5.4カ月であった.男児C69,女児C43例,患側は右眼C59,左眼C65側,うちC12例は両側であり,性別と患側に有意差はなかった.前医でのプロービング回数は平均C1.6C±1.1回で,最多C8回であった.紹介状の情報に基づく前医でのプロービング不成功の理由は,①涙小管の狭窄,涙点閉鎖などの涙点・涙小管C12例(10%),②開通困難などの涙.鼻涙管C89例(72%),③体動制御困難C8例(6%),④不明・その他C15例(12%)であった.当科での治療と転帰は,涙点閉鎖,欠損を除く先天鼻涙管閉塞である全C119側で調査をした(表1).自然治癒は48側(40%)(11.0C±5.2カ月),局所麻酔下再プロービング(9.6C±3.3カ月)はC50側(42%)に施行し,成功はC48/50側(96%),全身麻酔下涙道内視鏡による再プロービングおよび涙管チューブ挿入(16.9C±6.0カ月)はC17側(14%)に施行し,成功は17/17側(100%),経過観察中はC4側(3%)(18.3C±8.4カ月)であった.局所麻酔下再プロービング不成功C2例は後日,全身麻酔下涙道内視鏡プロービングを施行した.1例目はC2歳表1当科における治療と転帰n(眼数)平均月齢成功率自然治癒局麻ブジー全麻涙道内視鏡経過観察中48(40%)C50(42%)C17(14%)C4(3%)C11.0±5.2C9.6±3.316.9±6.018.3±8.4C-48/50(C96%)17/17(C100%)-表2過去の報告と当科での再プロービング成功率の比較ChaDS(2C010)HungCH(2C015)本報告月齢6.7C1カ月0.6C0カ月3.2C0カ月麻酔方法局所麻酔局所麻酔局所麻酔初回プロービングの病院同一同一他院初回プロービングの成功率80%81%CN.S.再プロービングの成功率61%64%94%11カ月男児(初診時生後C3カ月前医でのプロービング回数C1回)で,左鼻涙管下端の開口部の閉塞と鼻涙管遠位半分の.brosis様の所見であった.2例目はC1歳C11カ月女児(初診時C1歳C3カ月前医でのプロービング回数C2回)で,左鼻涙管開口部の膜状閉塞があり,いずれも涙道内視鏡プロービングおよび涙管チューブ挿入にて治癒した.CIII考察先天鼻涙管閉塞症のプロービング不成功後の自然治癒について,林らは,初回早期プロービングの不成功後,生後C12カ月でC51.2%(42/82側),18カ月でC78.0%(64/82側),生後C24カ月でC86.6%(71/82側)が自然治癒したと報告している2).当科でのプロービング不成功後の自然治癒率はC40%であったが,生後C18カ月を待たずに再プロービングを施行しているため,さらに長期に経過観察を行えば,自然治癒となり得た症例が存在している可能性が考えられた.先天鼻涙管閉塞症の盲目的再プロービングの治療成績について,過去の報告では,海外ではおもに全身麻酔下で行われており,また,プロービングに加えてステント留置を実施し,その際に鼻内視鏡を使用するなどの施行方法が報告によって異なっていたが,再プロービング成功率はC75.85%であった3.6).また,本報告の方法と同様の局所麻酔下でブジーのみ使用下で施行された盲目的再プロービングの過去の報告2編7,8)を調査し,本報告の成績と比較した(表2).局所麻酔下再プロービング成功率はCChaらの報告ではC61%,Hungらの報告ではC64%であったのに対し,当科での成功率はC94%であり,他の二つの報告と比較すると成功率が高かった.過去の二つの報告では初回プロービングと再プロービングは同一の病院で施行したのに対して,本報告は初回と再プロービングは異なる施設であることから,体動制御などが初回と異なる環境で,熟練した術者が施行することが,高い成功率が得られた要因と考えられた.先天鼻涙管閉塞診療ガイドライン9)では,CQ5の推奨文で「初回盲目的プロービング不成功例に対し,再度の盲目的プロービング(麻酔の如何は問わず)は行わないことを提案する」と示されているが,経験豊富な術者に代わる,体動抑制がより確実な状態で行うなどのより良い条件下であれば,再度の盲目的プロービングの施行価値はある可能性が考えられた.全身麻酔下涙道内視鏡を使用した再プロービングの過去の報告で,FujimotoらはC21側(平均月齢C13C±8カ月)に施行し,術後C1年でC93.3%(14/15側)成功したと報告している10).当科での涙道内視鏡再プロービングの成功率はC100%であり,Fujimotoらの報告と同様に高率であった.また,当科での局所麻酔下再プロービング不成功例C2例に対しても涙道内視鏡再プロービングにより治癒しており,同一術者と同一施設であっても,局所麻酔下再プロービング不成功例に対して,全身麻酔下涙道内視鏡プロービングおよび涙管チューブ挿入は有用であった.麻酔方法の違い,涙道内視鏡を使用した可視化のプロービング,涙管チューブ挿入などが成功の要因と考えられた.本研究はレトロスペクティブ研究であり,今後,ランダム化比較試験などのバイアスの少ない比較試験を行うことで,さらなる正確な比較が可能であると考えられる.今回,先天鼻涙管閉塞に対する他院におけるプロービング不成功例の当科での治療と転帰を調査した.その結果,専門施設において,確実な体動抑制と経験豊富な術者に代わることで,局所麻酔下盲目的再プロービングが有効であった.また,局所麻酔下盲目的プロービング不成功例に対し,全身麻酔下涙道内視鏡プロービングおよび涙管チューブ挿入が有用であり,プロービング不成功例は専門施設への紹介が望ましいと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KakizakiCH,CTakahashiCY,CKinoshitaCSCetal:TheCrateCofCsymptomaticimprovementofcongenitalnasolacrimalductobstructionCinCJapaneseCinfantsCtreatedCwithCconservativeCmanagementduringthe1styearofage.ClinOphthalmolC2:291-294,C20082)林憲吾,嘉鳥信忠,小松裕和ほか:先天鼻涙管閉塞の自然治癒率および月齢C18カ月以降の晩期プロービングの成功率.日眼会誌C118:91-97,C20053)ValchevaCKP,CMurgovaCSV,CKrivoshiiskaEK:SuccessCrateCofCprobingCforCcongenitalCnasolacrimalCductCobstruc-tioninchildren.FoliaMed(Plovdiv)C61:97-103,C20194)BeatoJ,MotaA,GoncalvesNetal:FactorspredictiveofsuccessCinCprobingCforCcongenitalCnasolacrimalCductCobstruction.CJCPediatrCOphthalmolCStrabismusC54:123-127,C20175)BachA,VannerEA,WarmanR:E.cacyofo.ce-basednasolacrimalCductCprobing.CJCPediatrCOphthalmolCStrabis-musC56:50-54,C20196)SinghM,SharmaM,KaurMetal:Nasalendoscopicfea-turesandoutcomesofnasalendoscopyguidedbicanalicu-larintubationforcomplexpersistentcongenitalnasolacri-malCductCobstructions.CIndianCJCOphthalmolC67:1137-1142,C20197)ChaDS,LeeH,ParkMSetal:ClinicaloutcomesofinitialandCrepeatedCnasolacrimalCductCo.ce-basedCprobingCforCcongenitalCnasolacrimalCductCobstruction.CKoreanCJCOph-thalmolC24:261-266,C20108)HungCCH,CChenCYC,CLinCSLCetal:NasolacrimalCductCprobingCunderCtopicalCanesthesiaCforCcongenitalCnasolacri-malCductCobstructionCinCTaiwan.CPediatrCNeonatolC56:C402-407,C20159)先天鼻涙管閉塞診療ガイドライン作成委員会:先天鼻涙管閉塞診療ガイドライン.日本眼科学会雑誌.日眼会誌C126:11-41,C202210)FujimotoM,OginoK,MatsuyamaHetal:SuccessratesofCdacryoendoscopy-guidedCprobingCforCrecalcitrantCcon-genitalCnasolacrimalCductCobstruction.CJpnCJCOphthalmolC60:274-279,C2016***

涙道内視鏡施行時の滑車下神経ブロックにより一過性の 著しい視力低下を生じた1 例

2022年12月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科39(12):1700.1703,2022c涙道内視鏡施行時の滑車下神経ブロックにより一過性の著しい視力低下を生じた1例嶺崎輝海柴田元子熊倉重人後藤浩東京医科大学医学臨床系眼科学分野CACaseofTransientVisualLossCausedbyInfratrochlearNerveBlockforLacrimalDuctEndoscopyTeruumiMinezaki,MotokoShibata,ShigetoKumakuraandHiroshiGotoCDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityC滑車下神経ブロックによって一時的に視力障害を生じたC1例を経験したので報告する.症例:93歳,男性.左側急性涙.炎を生じたため東京医科大学病院眼科に紹介となった.抗菌薬の局所および全身投与によって炎症を消退させたあとに涙道内視鏡検査を施行した.滑車下神経ブロックはC30CG針で内眼角腱頭側にC19Cmmの深さまで刺入し,2%リドカインをC1Cml投与したあとに涙道内視鏡を挿入した.その直後から左眼の視力低下の訴えがあり,光覚の消失,直接対光反射の消失,開瞼不全,全方向への眼球運動障害が確認された.麻酔薬の投与からC2時間後には矯正視力は0.2まで改善し,翌日には矯正視力はC0.8まで回復,最終的にはC1.2となった.滑車下神経ブロックでは球後に麻酔薬が移行し,一時的ではあるが視機能が障害される可能性があることに留意する必要がある.CWereportacaseoftransientvisualdisturbancecausedbyinfratrochlearnerveblock.A93-year-oldmanwasreferredCtoCtheCDepartmentCofCOphthalmology,CTokyoCMedicalCUniversityCHospitalCdueCtoCacuteCdacryocystitisCinChislefteye.Inthateye,in.ammationwasimprovedbytreatmentwithlocalandsystemicantibiotics,andlacrimalductendoscopywassubsequentlyperformed.Infratrochlearnerveblockwasperformedbyinsertinga30CGneedletoadepthof19Cmmattheuppersideoftheinnercanthusandinjecting1CmlCof2%lidocaine,withalacrimalductendoscopeCthenCinserted.CAfterCtheseCprocedures,CtheCpatientCcomplainedCofCreducedCvisionCinChisCleftCeye,CandCexaminationsshowedlossoflightsensation.Twohoursafteradministeringanesthesia,thecorrectedvisualacuity(VA)inCthatCeyeCimprovedCtoC0.2.CTheCnextCday,CtheCcorrectedCVACinCthatCeyeCrecoveredCtoC0.8,CandC.nallyCreturnedCtoC1.2.CItCshouldCbeCnotedCthatCretrobulbarCpassageCofCanCanestheticCoccursCafterCinfratrochlearCnerveCblock,andmaycausetransientvisualdisturbance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(12):1700.1703,C2022〕Keywords:滑車下神経ブロック,球後麻酔,涙道内視鏡.infratrochlearblock,retrobulbaranesthesia,lacrimalendoscope.Cはじめに滑車下神経ブロックは,涙.部に分布する三叉神経の枝である滑車下神経をブロックすることによる麻酔手技で,涙道内視鏡を行う際の疼痛抑制に有効な麻酔法である.しかし,滑車下神経が走行している眼窩内には眼球のほか,血管,筋,神経などのさまざまな組織が存在するため,ブロックに伴い合併症を生じる可能性がある.今回,滑車下神経ブロックによって球後に麻酔薬が移行し,一時的に全方向への眼球運動障害と著しい視力障害を生じたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:93歳,男性.主訴:左側下眼瞼腫脹.現病歴:20XX年CX月から左側下眼瞼腫脹を自覚し前医を受診したところ,急性涙.炎と診断され,東京医科大学病〔別刷請求先〕嶺崎輝海:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学教育研究棟C12階眼科医局Reprintrequests:TeruumiMinezaki,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-Shinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPANC1700(132)図1初診時の顔面写真図2滑車下神経ブロック施行1時間後の顔面写真左側涙.部に一致して発赤と圧痛を伴う隆起がみられる.左側の開瞼不全がみられる.Cab図3局所麻酔10分後の眼底写真と光干渉断層血管撮影a:眼底に新たな異常所見はみられない.b:網膜血管は正常に描出されている.院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼C1.0(1.2C×.0.50D),左眼C0.7(1.0C×.1.50D),眼圧は右眼C10mmHg,左眼15mmHgであった.左側涙.部に一致して発赤と圧痛を伴う隆起がみられた(図1).その他,眼瞼,結膜,角膜および眼底に異常所見はみられなかった.既往歴:高血圧に対して降圧薬を内服,10年前に両眼白内障手術を施行,両眼緑内障に対してドルゾラミド塩酸塩・チモロールマレイン酸塩配合点眼を使用.経過:セフェム系抗菌薬であるセフジニルの内服とレボフロキサシン点眼液C1.5%を処方したが疼痛が増強したため,初診翌日に涙.穿刺を施行した.穿刺部へのオフロキサシン眼軟膏塗布と涙.洗浄を施行し,疼痛と腫脹は軽快した.初診からC1カ月後の受診時には発赤は消退していたため,左側涙道内視鏡検査を施行した.検査に先立ち,滑車下神経ブロックを施行した.内眼角腱頭側にC30ゲージ(G)針をC19Cmmの深さまで垂直に刺入し,逆血がないことを確認後にC2%リドカインをC1Cml投与した.眼球運動障害ならびに視力障害が出現していないことを確認後,上涙点から内視鏡を挿入し,涙.鼻涙管移行部の閉塞を穿破したあとに涙管チューブを挿入した.滑車下神経ブロックからC5分ほど経過した頃に患者から左眼の視力低下の訴えがあったため確認したところ,光覚が消失していた.また,直接対光反射の消失,開瞼不全,さらに全方向への眼球運動障害がみられた(図2).眼底検査では明らかな動脈閉塞などの異常所見はみられず,光干渉断層血管撮影でも明らかな血管閉塞は認めなかった(図3).治療前の前医の静的視野検査で両眼鼻側階段状視野欠損があったが(図4),滑車下神経ブab図4前医で施行された静的視野検査両眼の鼻側階段状視野欠損がみられた.Cab図5左眼動的視野検査a:滑車下神経ブロックC2時間後では水平半盲がみられる.Cb:前医の静的視野検査でみられた鼻側階段と同様の鼻側階段が動的視野検査でも確認される.ロック施行からC2時間の時点の左眼動的視野検査では水平半盲がみられ(図5a),左眼視力はC0.2(矯正不能)まで回復し,開瞼不全と眼球運動障害も改善傾向にあることが確認されたため帰宅となった.翌日の診察時には左眼視力は矯正C0.8まで改善し,開瞼不全と眼球運動障害はみられなかった.術後1カ月の左眼の矯正視力はC1.2で,動的視野検査では前医の静的視野検査で確認された鼻側階段の状態を呈するのみで,新たな視野障害は検出されなかった(図5b).CII考按滑車下神経ブロックは涙道内視鏡による涙管チューブ挿入術や涙.鼻腔吻合術を行う際の疼痛抑制に有用な麻酔法である.滑車下神経ブロックの対象となる滑車下神経は三叉神経第C1枝の枝である鼻毛様体神経の終枝であり,涙.へ分布している滑車下神経はCT字型をしている内眼角腱の水平部と垂直部の交差部後方約C10Cmmを走行するとされる1).ブロックの方法は内眼角腱の直上にある窪みを刺入部とし,26.30CG針を使用することが多いが,3/4インチ針を使用すると全長がC19Cmmとなるため,滑車下神経自体を損傷する可能性や,前篩骨孔に到達して前篩骨動脈を損傷する可能性がある2).一方,滑車下神経ブロックによる合併症に関する報告は多くなく,筆者らが調べた限りでは,滑車下神経自体を損傷した報告はないようである.また,注射針刺入部近くに存在する内直筋に麻酔が作用して一過性に術後複視を自覚することはあるが1,2),不可逆性の合併症を生じた報告はないようである3.5).本症例でみられた光覚消失,対光反射消失,開瞼不全,眼球運動障害は球後麻酔の際にみられる現象であり,麻酔効果である.眼窩は骨壁に囲まれた空間であるため,今回の症例にみられた一過性の障害は,滑車下神経ブロックによって投与されたリドカインが球後まで浸透したことが原因と考えられる.しかし,日常診療でしばしば行われる滑車下神経ブロックでこのような症状をきたすことは一般的ではない.今回の現象の誘因としては,患者が高齢者であり,また,術前のCCTでは涙.の拡張以外に明らかな眼窩組織の変化はみられなかったが,涙.炎の既往により眼窩軟部組織の変性が生じ薬液が浸透しやすくなっていた可能性のほか,投与の際に内眼角腱頭側から垂直方向に注射針を刺入したつもりが球後方向へ向いていた可能性,刺入位置が耳側にずれていた可能性,3/4インチ針を使用したためにリドカインが眼球後方まで容易に浸透してしまった可能性などが考えられた.その結果,刺入部に近い頭側の視神経に薬液が多く浸透したために,滑車下神経ブロックC2時間後の動的視野検査では頭側の視神経に薬効が残存し,下方の水平半盲がみられたと考えられる.このように,患者によっては滑車下神経ブロックにより球後麻酔と同じ麻酔効果が生じることがあると認識しておく必要があり,園田らが推奨するように2)合併症の軽減のためにC1/2インチ針を使用することが望ましいと考えられる.通常,涙道内視鏡施行後は施行眼に眼帯を装着し,数時間ではずすことが一般的である.2%リドカインの半減期は約2時間であり,眼帯をはずしたときに内直筋に麻酔効果が残存していたときには複視を自覚するため,麻酔の効果がなくなるまで眼帯装用時間を延長することはある.しかし,本症例のようにリドカインが球後にまで浸透して薬効が残存していた場合は,患者は眼帯をはずした際に著しい視力低下を自覚することになり,視力の回復にも時間を要する可能性がある.このようなトラブルを避けるためにも,術前に滑車下神経ブロックで視力低下が起こる可能性があることを説明し,内視鏡終了時に球後麻酔と同様の効果を生じていないか確認することが重要であると考えられた.文献1)宮久保純:麻酔:滑車下神経ブロック.眼科手術C22:C368-369,C20092)園田真,田松裕,島田和:涙道手術における麻酔.眼科グラフィックC3:425-430,C20143)Villar-QuilesCRN,CGarcia-MorenoCH,CMayoCDCetal:CInfratrochlearneuralgia:ACprospectiveCseriesCofCsevenCpatientsCtreatedCwithCinfratrochlearCnerveCblocks.CCepha-lalgiaC38:585-591,C20184)KimSH,ShinHJ:E.ectsofaninfratrochlearnerveblockonCreducingCtheCoculocardiacCre.exCduringCstrabismussurgery:arandomizedcontrolledtrial.GraefesArchClinExpOphthalmolC256:1777-1782,C20185)KacarCK,UzundereO,Sal.kFetal:E.ectsofaddingacombinedCinfraorbitalCandCinfratrochlearCnerveCblockCtoCgeneralCanaesthesiaCinCseptorhinoplasty.CJCPainCResC13:C2599-2607,C2020C***

3 種類の涙道内視鏡における焦点距離の比較

2022年9月30日 金曜日

《第9回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科39(9):1241.1244,2022c3種類の涙道内視鏡における焦点距離の比較岩崎明美眞鍋洋一大多喜眼科CComparisonofFocalLengthsinThreeTypesofDacryoendoscopeAkemiIwasakiandYoichiManabeCOtakiEyeClinicC目的:涙道内視鏡で観察すると閉塞部が小さなくぼみとして見えることがある.今回,3種類の涙道内視鏡を使い,距離を変えてくぼみの観察をしたので報告する.方法:粘土にC0-0ブジー(直径C0.43mm),5号釣り糸(直径C0.36mm),3号釣り糸(直径C0.27Cmm)で作製したC3種類のくぼみを,ファイバーテック社の涙道内視鏡CMD10,DD10,CK10で0.5.5.0Cmmの距離から観察した.結果:0.43CmmのくぼみはCMD10では2.5Cmm,DD10ではC0.5.2Cmm,CK10ではC0.5.5Cmmで鮮明に観察できた.0.36,0.27CmmのくぼみはCDD10ではC0.5Cmmの距離でやや不鮮明だった.結論:MD10は2.5Cmm,DD10はC0.5.2.0Cmm,CK10はC0.5.5Cmmで焦点が合うことがわかった.焦点距離が違う涙道内視鏡を使う際には,観察距離に気をつけて検査をする必要があることがわかった.CPurpose:Whenobservedwithadacryoendoscope,anareaofobstructionmayappearasasmalldimple.Thepurposeofthisstudywastocomparethreedi.erenttypesofdacryoendoscopetoobservethedimpleatdi.erentdistances.CMethods:ThreeCtypesCofCdimplesCmadeCinCclayCwithCaC0-0probe(0.43mm)C,CaCNo.C5C.shingCline(0.36Cmm)C,CandCaCNo.C3C.shingline(0.27Cmm)wereCobservedCfromCaCdistanceCof0.5.5.0CmmCwithCdacryoendo-scopesMD10,DD10,andCK10(Fibertech)C.Results:The0.43Cmmdimpleswereclearlyobservedatdistancesof2.5CmmCinCMD10,0.5.2CmmCinCDD10,Cand0.5.5CmmCinCCK10.CTheC0.36CandC0.27CmmCdimplesCwereCslightlyCunclearatdistancesof0.5CmminDD10.Conclusion:MD10wasfoundtofocusat2.5Cmm,DD10at0.5.2.0Cmm,andCK10at0.5.5Cmm.Whenusingdacryoendoscopeswithdi.erentfocaldistances,itisnecessarytopaycloseattentiontotheobservationdistance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1241.1244,C2022〕Keywords:涙道内視鏡,焦点距離,総涙小管閉塞,鼻涙管閉塞.dacryoendoscope,focallength,commoncanalic-ularobstruction,nasolacrimalductobstruction.Cはじめに涙道内視鏡1)はC2002年に販売開始され,2012年には涙道内視鏡を使用した涙管チューブ挿入術が保険収載されるようになり,涙管チューブ挿入術には必須となってきている.各社からさまざまな内視鏡が発売され,現在はC10,000画素が主流となり,焦点距離や焦点深度の違いにより,各内視鏡の特徴に違いが出てきている.以前筆者らは,ファイバーテック社の従来型涙道ファイバースコープのCMD10と,2019年に発売されたCDD10では,0.1.5mmはCDD10の画像が優れ,2.10mmはCMD10の画像のほうが観察しやすいことを報告している2).涙道内視鏡で閉塞部を開放する際に,狭窄や閉塞している部分がくぼみとして観察でき,それを目印として開放するが,実際のくぼみの大きさと内視鏡による見え方について検討した報告はない.今回,3種類の内視鏡を使い,距離を変えてくぼみの観察をしたので報告する.CI方法粘土にC0-0ブジー(直径C0.43Cmm),5号釣り糸(直径C0.36mm),3号釣り糸(直径C0.27Cmm)を押し当て,3種類のくぼみを作る(図1).ファイバーテック社の涙道内視鏡MD10,DD10,CK10のC3種類の内視鏡を使用して,0.5〔別刷請求先〕岩崎明美:〒298-0215千葉県夷隅郡大多喜町久保C166大多喜眼科Reprintrequests:AkemiIwasaki,M.D.,OtakiEyeClinic,166Kubo,Otaki-machi,Isumi-gun,Chiba298-0215,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(83)C1241mm,1.0mm,1.5mm,2.0mm,3.0mm,4.0mm,5.0Cmmの距離からくぼみを観察し,得られた画像を記録し比較した.カメラはCFC-304(ハイレゾルーション),光源システムはCFL-301を使用した.距離が正確に測定できるように,マイクロメータ─(OptoSigma社製CRS-20-30)を使用した.なお,本研究は大多喜眼科倫理委員会による適切な審査を受け承認を得て行った.図1くぼみをつけた粘土①C0-0ブジー(直径0.43mm),②C5号釣り糸(直径0.36Cmm),③C3号釣り糸(直径C0.27Cmm)でくぼみをつけた..はくぼみを示す.II結果直径C0.43Cmmのくぼみは,MD10ではC0.5Cmm,1.0Cmm,1.5Cmmでは輪郭がぼやけて不鮮明であった.一方C2.0Cmm,3.0Cmm,4.0Cmm,5.0Cmmではくぼみから離れるため小さく映るものの,焦点の合った鮮明な画像が得られた.DD10ではC0.5mmは少し不鮮明だがくぼみは確認でき,1.0mm,1.5Cmm,2.0Cmmの画像は鮮明,それ以上の距離ではくぼみとは確認できるが不鮮明な画像であった.CK10ではC0.5.C5.0Cmmまで遠くになると小さくなるものの,鮮明な画像が得られた.CK10は他の内視鏡と比べ画角が広いことが一緒に撮影した定規のメモリ(1メモリC0.5Cmm)から確認できた(図2).直径C0.36Cmm,0.27Cmmのくぼみでは,0.5Cmmの距離でDD10はやや不鮮明になったが,CK10では観察でき,その他は,ほぼ同様の結果が得られた(図3,4).CIII考按今回の研究で観察した直径C0.27.0.43Cmmのくぼみの大きさは,実臨床で内視鏡で得られる総涙小管狭窄や閉塞の際のくぼみと近似した画像であった.涙道手術の術者は,総涙小管閉塞を開放する際に直径C0.3.0.4Cmmくらいの小さなくぼみを探して治療していると推察できた.涙道内視鏡で閉塞部を探す際,閉塞部を明瞭に観察できれ距離0.5mm1.0mm1.5mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mmMD10DD10CK10図20.43mmのくぼみの観察結果0.43CmmのくぼみをCMD10,DD10,CK10のC3種の涙道内視鏡でC0.5.5.0Cmmの距離から観察した結果.MD10は2.5Cmm,DD10はC0.5.2.0Cmm,CK10はC0.5.5Cmmで焦点が合っている.MD10のC0.5Cmmは無地画面,MD10のC1.0mm,1.5Cmmは実際のくぼみより広い部分が暗くなっている.1242あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(84)距離0.5mm1.0mm1.5mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mmMD10DD10CK10図30.36mmのくぼみの観察結果DD10はC0.5Cmmでやや不明瞭である.距離0.5mm1.0mm1.5mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mmMD10DD10CK10図40.27mmのくぼみの観察結果DD10はC0.5Cmmでやや不明瞭である.ば容易に治療ができる.しかし,実際は閉塞部がはっきりせず,周囲の画像より少し暗い部分を探す,あるいは観察できる画像がぼやけて「無地画面3)(=不鮮明だが色で判定する状態)」のまま,仮道をあけてしまっているのではないか,あるいは今どこの部位を見ているのだろうかと推測しながら治療をすることがある.直径C0.43CmmのくぼみをCMD10でC1.0Cmmの距離から観察した画像のように,焦点が合わずに不鮮明になったくぼみは,やや広がりをもって暗く映ることがわかった.以前からいわれている「少し暗い部分を開放する」というのは,くぼみが不鮮明に観察されている状態であると推察できた.また直径C0.43CmmのくぼみをCMD10でC0.5Cmmの距離から観察した画像は,全体がぼやけたピンク色になっている.このように焦点が合わずに近づきすぎたときに「無地画面」となることもわかった.どちらも内視鏡の焦点距離と対象物の距離が合わないときに起きる現象であるとわかった.(85)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1243表1距離による内視鏡の見え方のまとめ距離CmmC0.5C1.0C1.5C2.0C3.0C4.0C5.0CMD10C×××○C○C○C○CDD10C△C○C○C○C×××CK10C○C○C○C○C○C○C○○は明瞭に観察可能,△はくぼみの大きさにより不鮮明,C×は不鮮明.今回の研究で,観察しやすい距離は各内視鏡により違いがあることがはっきりした.3種類の大きさのくぼみは,焦点が合っていればどの内視鏡でも確認できたが,MD10では2.5mm,DD10ではC0.5.1.5mm,CK10ではC0.5.5mmに焦点が合うことがわかった(表1)焦点が合う距離を理解して,その距離を保ちながら治療をすれば,涙道内視鏡手術で見ながら開放することができる.しかし,実臨床では,MD10を使用しているときは,近づきすぎによる無地画面が発生しやすい.MD10で開放する際はシース4)でC2Cmm以上の距離を保ちながら観察し,画像が不鮮明になったときは一度手前に内視鏡を引いて確認するとよいと考えられる.DD10は近方で焦点が合い,かつ近方の拡大効果もあるため,総涙小管閉塞の開放は行いやすい.しかし,鼻涙管閉塞でやや離れた部分を探すとき,画像は不鮮明になる.鼻涙管を開放する際は近づいて探す必要があるが,近づくと画角が狭くなってしまうので,内視鏡の先端を少し動かして見落としている角度がないか探す必要がある.また,シースをC2Cmm以上内視鏡の先端から伸ばすと画像が不鮮明になることに留意するとよいと考える.CK10はC2020年にファイバーテック社から発売された内視鏡でCMD10,DD10と同様のC10,000画素であるが,遠近ともに焦点が合って観察しやすい.これは対物レンズに組みレンズを使用していて,焦点深度が深くなっているためである.画角が少し広いために,遠方のくぼみが少し小さく見えることに留意して観察すれば,今までの内視鏡より治療が容易になる.涙道手術の術者は,使用している涙道内視鏡の特性をよく理解して適切な焦点距離を保つことで,涙道内視鏡治療の際,くぼみを見逃さずに治療が行えると考える.文献1)鈴木亨:涙道ファイバースコピーの実際.眼科C45:C2015-2023,C20032)岩崎明美,眞鍋洋一:涙道内視鏡の距離による見え方の違いの検討.眼科62:617-620,C20203)宮久保純子:眼科診療のコツと落とし穴C3.p226-227,中山書店,20084)杉本学:涙道シース.眼科手術C21:471-474,C2008***1244あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(86)

20 年前に迷入したと考えられる涙囊内異物の1 例

2021年9月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科38(9):1123.1126,2021c20年前に迷入したと考えられる涙.内異物の1例松下裕亮*1上笹貫太郎*1平木翼*2谷本昭英*2坂本泰二*1*1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科先進治療科学専攻感覚器病学講座眼科学分野*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科先進治療科学専攻腫瘍学講座病理学分野CACaseofaLacrimal-SacForeignBodythatPossiblyIntrudedTwenty-YearsPreviousDuringTraumaYusukeMatsushita1),TaroKamisasanuki1),TsubasaHiraki2),AkihideTanimoto2)andTaijiSakamoto1)1)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,2)DepartmentofPathology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciencesC外傷時に迷入したと考えられる涙.内異物の症例を報告する.症例はC34歳,男性.約C20年前に左眼下涙点付近を竹で受傷した既往がある.受傷後から慢性的に左鼻汁を自覚していた.最近になって左眼の眼脂を自覚し,近医で涙道閉塞を疑われ当科へ紹介となった.初診時に左眼内眼角部に外傷の痕跡はなかった.通水検査で左側の通水を認めなかった.単純CCT検査を行ったところ左眼涙.内にC10Cmm大で高信号の棒状陰影を認めた.涙道内視鏡検査では左眼涙.内の異物が疑われた.涙道内視鏡による摘出は困難と考え涙.鼻腔吻合術(DCR)鼻内法を行った.摘出した異物は,病理組織学的検査で放線菌が全周に付着した植物片と診断された.術直後より左眼の眼脂は消失し,通水は改善した.異物は涙小管や鼻涙管の通過が困難な大きさであり,また外傷の既往があることから,受傷時に涙.内へ迷入したものと考えられた.大型の涙.内異物であったがCDCR鼻内法で摘出が可能であった.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCaClacrimal-sacCforeignCbodyCthatCmayChaveCintrudedCduringCtrauma.CCase:A34-year-oldmalewhowasinjuredwithapieceofbamboonearhisleftlacrimalpunctumabout20-yearspreviousbecameCawareCofCleftCmildCrhinorrheaCandCrecentCdischargeCinChisCleftCeye,CandCwasCsubsequentlyCreferredCtoCourCdepartmentbyalocalphysicianduetosuspectedlacrimalductobstruction.Uponexamination,noevidenceoftrau-matohisleftinnereyelidwasobserved.However,forcedirrigationwasobstructed,andasimpleCTscanshowedaC10Cmm-size,Chigh-signal,Crod-shapedCshadowCinCtheCleftClacrimalCsac.CDacryoendoscopyCrevealedCaCforeignCbody,Canddacryocystorhinostomy(DCR)wasperformed.Histologicalexaminationoftheremovedtissuerevealedaplantpiecesurroundedbyactinomycetes.Postsurgery,therewasnolacrimaldischarge,andforcedirrigationwasnor-malized.Sincetheforeignbodywastoolargetoeasilypassthroughthecanaliculiandnasolacrimalduct,andsincetherewasahistoryoftrauma,wetheorizethatithadenteredthelacrimalsacatthetimeofinjury.Conclusion:COur.ndingsshowthatevenalargeforeignbodyinthelacrimalsaccanberemovedbyendonasalDCR.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(9):1123.1126,C2021〕Keywords:涙.内異物,涙道閉塞,涙道内視鏡,涙.鼻腔吻合術,植物片.lacrimalsacforeignbody,obstruc-tionoflacrimalpathway,dacryoendoscopy,dacryocystorhinostomy,plantpiece.Cはじめに涙道閉塞は先天性と後天性がある.後天性涙道閉塞は原因不明の原発性が多く,中年以降の女性に多く発症する1).しかし,後天性涙道閉塞の原因のうち涙道内異物は涙道閉塞の6.18%に認められ2.4),若年者にも発症すると報告されている5,6).涙.内異物のほとんどは涙石である.化粧品や涙管プラグ,チューブなど医療器具といった外因性異物は涙石の発生原因と示唆されているが7),これらは涙点,涙小管からの侵入が可能な大きさである.今回筆者らは,10Cmm大の涙.内異物を涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)鼻内法で摘出した症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕松下裕亮:〒890-8520鹿児島県鹿児島市桜ケ丘C8-35-1鹿児島大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YusukeMatsushita,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversity,8-35-1Sakuragaoka,Kagoshima,Kagoshima890-8520,JAPANCI症例患者:34歳,男性.主訴:左眼流涙,眼脂,左鼻腔からの慢性的な鼻汁.現病歴:X年C8月に左眼流涙,眼脂を主訴に近医を受診した.左眼涙点からの排膿から左眼涙道閉塞を疑われ,鹿児島大学病院眼科に紹介となった.既往歴:20年前に竹による左眼下涙点付近の刺傷,肝臓移植ドナーとして肝臓を一部切除.初診時所見:矯正視力は右眼C1.5(n.c.),左眼C1.5(n.c.).眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C15CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では両上下涙点は開放していたが,左側のCtearmeniscusの上昇を認めた.通水検査では右側は通水良好であったが左側は通水を認めなかった.両側とも明らかな排膿は認めなかった.左眼内眼角付近にC20年前の外傷の痕跡は認めなかった.左眼涙道閉塞を疑い単純CCTを撮影したところ,左涙.内にC10Cmm大の高信号の棒状陰影を認めた(図1).経過:異物による涙.閉塞を疑い,異物摘出術を検討した.涙道内視鏡検査では,涙小管には上下とも異常所見を認めなかったが,涙.内に容易に可動する異物を認めた.異物の外径は涙.内径よりやや小さい程度であると考えられた.その大きさから,鼻涙管を経由した摘出は困難と判断し,DCR鼻内法での摘出を選択した.一般的な鼻内法の術式に従い鼻粘膜を.離し骨窓を作製,涙.を切開したところ黒色の異物を認めた(図2).涙道内視鏡を用いて異物を鼻腔内へ押し出して摘出した.涙.内を十分に洗浄し,異物の残存がないことを確認したのち,涙管チューブをC2セット留置して手術を終了した.摘出された異物は硬く黒色を呈しており(図3),10CmmC×3Cmm×2Cmm大と単純CCTの所見と相違はなかった.病理組織学的検査では放線菌が表面に付着した細胞壁を有する植物片であった(図4).術直後より流涙および眼脂は消失し,左側のCtearmeniscusは正常範囲に改善した.通水検査でも左側の通水は良好であった.一時左眼に軽度の点状表層角膜症を認めたが,速やかに改善した.術後C3カ月で施行した鼻腔内視鏡検査では,中鼻道にCDCR術後開口部を認め,周囲の粘膜腫脹はごく軽度であった.術後C3カ月で涙管チューブを抜去した.涙管チューブ抜去後C1.5カ月間の経過観察で涙道閉塞の再発は認めていない.CII考按涙道閉塞の原因の一つに涙.内異物がある.代表的なものは涙石である5,8).涙石の発生原因は不明ではあるが,慢性炎症,涙液層の停滞,外因性異物などが示唆されている.外因性異物には化粧品や医療器具などの報告が散見されるが,これらに共通することは,涙点や涙小管を経由して涙道内に侵入しうる大きさである点である8,9).迷入した異物をもとに涙石が涙.内で増大,巨大化して排出困難となる病態は珍しくないが,本症例のように異物そのものがC10Cmmを超える巨大なものであった例はまれである.その大きさから涙点からの迷入は否定的であり,さらにC20年前に竹で受傷した既往から,外傷時に迷入した竹の一部であったと考えられた.植物片のような異物は早期に感染を引き起こすと考えられ,また鼻涙管閉塞による涙液停滞が慢性涙.炎の原因となることが報告されている10).本症例では左側の通水不良に加え左鼻腔からの慢性的な鼻汁を自覚していた.それらのことから,受傷により迷入した植物片は涙.内にちょうど納まり涙道は閉塞していたが,鼻涙管を経由して鼻内へ持続的に排膿されることで膿瘍形成や蜂窩織炎などを発症せず長期間残存しえたと考えられた.この植物片には放線菌が全周に付着していた.Perryらは涙液排泄システム内の結石をムコペプチドと細菌によるもののおもなC2種類に分類し,主要な位置と病理組織学的所見の相違を示している11).細菌性の結石は放線菌により構成された大きな塊で,おもに涙小管に位置している.ムコペプチドの結石はまとまりのない無細胞の好酸性の素材により構成され,小さな空胞で区切られた薄板状の結石で涙.内にのみ発見された.本症例は放線菌の付着を認めたが,放線菌は土壌や動植物の病原菌として棲息しており,植物片とともに侵入した可能性が考えられた.従来は涙.内に涙石があり涙.内の観察を必要とする場合にはCDCR鼻内法の適応はないとされていたが12),最近ではDCR鼻内法により長軸長C35Cmm大の涙.内異物を摘出した症例も報告されている13).本症例では単純CCTで異物は涙.内に納まっており,涙道内視鏡で可動性を認めたためCDCR鼻内法での除去が可能であると判断した.さらに若年男性であり整容的に顔面の皮膚切開を望まなかったことから,今回は外切開を加えず低侵襲で行える12)DCR鼻内法を用いて異物を摘出した.異物除去後の排膿を促し,涙.内を大きく開放するために骨窓を広く維持する必要があると判断し,涙管チューブをC2本留置した.DCR鼻内法の術後再閉塞はC10.20%とされるが14),本症例では術後の通水は良好に保たれており,鼻腔粘膜の炎症もごく軽度であったことから,植物片摘出により涙.内の感染は消失したと考えられた.ただし,経過観察期間が短いため,さらに長期間の観察が必要である.CIII結論外傷により迷入したと考えられる大型の涙.内異物をDCR鼻内法によって摘出したC1例を経験した.大型植物片に放線菌が付着する構造物であったが,強い急性の炎症を惹起することなく,慢性涙.炎の状態であった.10Cmmを超える巨大な異物であったが,DCR鼻内法による摘出が可能図1術前単純CT画像a,b:左涙.内にC10Cmm大の高信号の棒状陰影(.)を認めた.図3摘出した涙.内異物10Cmm×3Cmm×2Cmm大の黒色異物を摘出した.であった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし図2術中の鼻腔内視鏡所見涙.切開後に撮影した.涙.内に黒色異物(.)を認めた.図4涙.内異物の顕微鏡写真(ヘマトキシリン・エオジン染色)表層に放線菌(.)の付着した細胞壁を有する植物片(.)を認めた.文献1)坂井譲:後天性涙道閉塞の原因について教えてください.あたらしい眼科(臨増)C30:82-84,20132)YaziciCB,CHammadCAM,CMeyerCDRCetal:LacrimalCsacdacryoliths:predictivefactorsandclinicalcharacteristics.OphthalmologyC108:1308-1312,C20013)ReppCDJ,CBurkatCCN,CLucarelliCMJCetal:LacrimalCexcre-toryCsystemconcretions:canalicularCandClacrimalCsac.COphthalmologyC116:2230-2235,C20094)HawesMJ:TheCdacryolithiasisCsyndrome.COphthalCPlastCReconstrSurgC4:87-90,C19885)JonesLT:Tear-sacCforeignCbodies.CAmCJCOphthalmolC60:111-113,C19656)BerlinCAJ,CRathCR,CRichL:LacrimalCsystemCdacryoliths.COphthalmicSurgC11:435-436,C19807)BrazierCJS,CHallV:PropionibacteriumCpropionicumCandCinfectionsCofCtheClacrimalCapparatus.CClinCInfectCDisC17:C892-893,C19938)大野木淳二:鼻内視鏡による鼻涙管下部開口の観察.臨眼C55:650-654,20019)HeathcoteJG,HurwitzJJ:MechanismofstoneformationinCtheClacrimalCdranageCsystem.CTheC8thCInternationalCSymposiumConCtheCLacrimalSystem(JuneC25CtheC1994,Tronto).DacriologyNewsNo.215,199410)MandalR,BanerjeeAR,BiswasMCetal:Clinicobacterio-logicalCstudyCofCchronicCdacryocystitisCinCadults.CJCIndianCMedAssocC108:296-298,C200811)PerryCLJ,CJakobiecCFA,CZakkaFR:BacterialCandCmuco-peptideCconcretionsCofCtheClacrimaldrainageCsystem:anCanalysisof30cases.OphthalPlastReconstrSurgC28:126-133,C201212)田村奈々子,垣内仁,山本英一ほか:ライトガイドを用いた内視鏡下涙.鼻腔吻合術の経験.耳鼻と臨床C47:393-397,200113)SungCTS,CJiCSP,CYongCMKCetal:AChugeCdacryolithCpre-sentingCasCaCmassCofCtheCinferiorCmeatus.CKorCJCOphthal-molC59:238-241,C201614)OlverJ:Colouratlasoflacrimalsurgery.p104-143,But-terworth-Heinemann,Oxford,2002C***

涙道内視鏡洗浄滅菌方法の検討

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1309.1313,2017c涙道内視鏡洗浄滅菌方法の検討髙嶌祐布子*1加藤久美子*1天満有美帆*1中村明子*1新居晶恵*2奥成子*3田辺正樹*2近藤峰生*1*1三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室*2三重大学医学部附属病院医療安全・感染管理部*3三重大学医学部附属病院中央材料部CAssessmentofWashingandDisinfectionTechniquesonSterilityofDacryoendoscopesYukoTakashima1),KumikoKato1),YumihoTenma1),AkikoNakamura1),AkieArai2),NarikoOku3),MasakiTanabe2)andMineoKondo1)1)DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofPatientSafetyandInfectionControl,MieUniversityHospital,3)DepartmentofCentralSterileSupply,MieUniversityHospital目的:抜去後の涙管チューブおよびガス滅菌後の涙道内視鏡からCCandidaCpalapsilosis(C.Cpalapsilosis)が培養され,涙道内視鏡を介した感染が疑われたことをきっかけに涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善したので報告する.対象および方法:対象はC2014年C9月.2015年C7月に三重大学医学部附属病院にて涙道内視鏡(ファイバーテックCR)を用いて涙道を開放した後,涙管チューブを挿入した患者C32名C32側(男性C5名,女性C27名,平均年齢C69.0歳).術前に結膜.,鼻腔の培養検査を行い,2カ月後にチューブ抜去し,結膜.,鼻腔,涙管チューブの培養検査を行った.涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善,その後涙道内視鏡を用いて涙管チューブを挿入した患者C19名C19側(男性C4名,女性C15名,平均年齢C74.7歳)において,同様に涙管チューブの培養および術前術後の結膜.,鼻腔の培養検査を行った.結果:涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善する前では,13例の涙管チューブからCC.Cpalapsilosisが検出された.涙道内視鏡を介した感染が疑われたため,涙道内視鏡の培養検査を行ったところ,涙道内視鏡内のチャンネルからCC.Cpalapsilo-sisが培養された.涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善した後では,涙管チューブの培養検査においてCC.Cpalapsilosisの集簇は認められなくなった.結論:涙道内視鏡を介した感染を防ぐため,涙道内視鏡を適切に洗浄滅菌する必要があると考えられた.CPurpose:Toassessthee.ectofwashinganddisinfectiontechniquesondacryoendoscopesterility.Methods:CThirty-twoeyeswithlacrimalobstructionweretreatedbytheinsertionoflacrimalstentswithadacryoendoscope(FibertecR).Wedeterminedthetypesofmicroorganismsinthefornixandnasalmucosabeforeandat2monthsaftertheprocedures.Wealsoculturedremovedlacrimalstents.Wechangedtheproceduresforwashingdacryoen-doscopesCbecauseCweCsuspectedCthatCtheyCwereCcontaminated.CAfterCtheCmodi.cation,C19CeyesCwithClacrimalCobstructionweretreatedandexaminedbythesamemethods.Results:Candidaparapsilosis(C.parapsilosis)wasdetectedin13stentsandin2dacryoendoscopes.Aftermodi.cationofthedacryoendoscopewashingtechniques,nomicroorganismsCwereCdetectedCinCdacryoendoscopeCcultures,CandCtheCrateCofCC.CparapsilosisCdetectionCinClacrimalCstentswassigni.cantlydecreased.Conclusion:Itisnecessarytodetermineguidelinesforwashinganddisinfect-ingdacryoendoscopes,soastopreventinfectionsbythedevice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1309.1313,C2017〕Keywords:涙道内視鏡,涙管チューブ,洗浄,滅菌.dacryoendoscope,lacrimalstent,washing,disinfection.はじめに洗浄されず汚染が残存した内視鏡を使用したことが原因で,消化器内視鏡や気管支鏡に代表される内視鏡は,診断や治全身性の感染症を発症したという報告が散見される1.3).涙療の手段として広く用いられている.しかしながら,適切に道内視鏡は他の内視鏡同様に,患者の体内に挿入するもので〔別刷請求先〕加藤久美子:〒514-8507三重県津市江戸橋C2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:KumikoKato,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174CEdobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPANあり,涙道内視鏡を介した感染が起こる可能性がある.消化管内視鏡,気管支鏡に関しては洗浄・滅菌あるいは消毒に関するガイドライン4,5)が存在するが,涙道内視鏡にはまだガイドラインが存在しない.今回筆者らは,涙管チューブから特定の真菌が続けて培養されたことをきっかけに,涙道内視鏡の洗浄・滅菌に関する問題が明らかになり,洗浄・滅菌方法を改善し,効果が得られたので報告する.CI対象および方法三重大学医学部附属病院(以下,当院)においてC2014年C9月.2015年C7月に涙道内視鏡(ファイバーテックCR)を用いて涙道を開放し,涙管チューブを挿入した患者C32名C32側(男性C5名,女性C27名,平均年齢C69歳)を対象とした.術前に結膜.,鼻腔の培養検査を行い,チューブ留置中は抗生物質点眼と低濃度ステロイド点眼を使用し,2週間にC1度涙.洗浄を行った.2カ月後にチューブを抜去し,結膜.,鼻腔,涙管チューブの培養検査を行った.その後,涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法を改変し,2015年C10月.2016年C3月に涙道内視鏡を用いて涙道を開放し,涙管チューブを挿入できた患者C19例C19側(男性C4名,女性C15名,平均年齢C74.7歳)でも,抜去した涙管チューブの培養検査および術前術後の結膜.,鼻腔の培養検査を行った.涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法について述べる.2015年C8月までは洗浄を外来で行い,中央材料部でCEOG滅菌を行った.外来で内視鏡使用後,10分以内に水道水C20Cml,蛋白除去剤(ピュアセーフCR)5Cml,さらに水道水C20Cmlを水チャンネルに通水し,送気を行い,内視鏡購入時に付属していたプラスチックケースに入れて中央材料部に搬送した.中央材料部では洗浄は行わず,プラスチックケースのままCEOG滅菌を行った.2015年C10月以降は,外来で内視鏡使用後,10分以内に蒸留水で湿らせたガーゼで内視鏡を清拭し,蒸留水外来ガーゼ清拭滅菌蒸留水20ml通水30分以内酵素洗浄剤60ml送液酵素洗浄剤浸漬(5分)中央材料部滅菌蒸留水60ml通水60ml送気エタノール3ml送液30ml送気EOG滅菌3.5時間図1涙道内視鏡の洗浄・滅菌に関するフローチャートメーカー推奨の酵素洗浄剤は,サイデックスプラスC283.5%液Rあるいはディスオーパ消毒液C0.55%CRである.20Cmlで水チャンネルをフラッシュした後,ビニール袋に入れてC30分以内に中央材料部に搬送した.中央材料部において,直ちに酵素洗浄剤(サイデザイムCR)を含ませたガーゼで内視鏡を清拭し,酵素洗浄剤C60Cmlを送液,内視鏡を酵素洗浄剤にC5分間浸漬し,蒸留水C60Cmlを送水した.同じシリンジでC60Cml以上送気し,内視鏡先端から水分が出なくなったことを確認した.その後無水エタノールC3Cmlを送液,再度C30Cml送気し,内視鏡全体の水分をガーゼで清拭したうえで,プラスチック製のカゴに入れてC3.5時間CEOG滅菌を行った(図1).CII結果涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法改変前では,抜去した涙管チューブC32例中,Candidapalapsilosis(以下,C.parapsilo-sis)がC13例で培養された(図2a).結膜.の培養検査では,術後においてC2例でCC.parapsilosisが培養された.鼻腔の培養検査では,術前,術後ともにCC.parapsilosisが培養された症例はなかった(図3).C.Cparapsilosisが原因と考えられる局所および全身の感染症状は認められなかった.C.Cparapsilosisは鼻腔内の培養検査では検出されにくい菌種であるため6),涙道内視鏡を介した感染が疑われ,洗浄・ガス滅菌後の涙道内視鏡の水チャンネル,ハンドピース先端,内視鏡ケース内の培養検査を行った.3本の内視鏡のうちC2本の水チャンネルからCC.parapsilosisが培養された.ハンドピース先端および内視鏡ケースからは菌は検出されなかった.原因を精査するためCC.parapsilosisが培養された涙道内視鏡C2本を含めた合計C3本をファイバーテック社で検査した.使用開始から約C3年が経過した涙道内視鏡先端部の水チャンネルの汚れは著しく,メーカーで洗浄を行ったが完全に汚れを除去することができなかった(図4a,b).一方,使用開始から約C4カ月の涙道内視鏡の先端部には,水チャンネルを含めほとんど汚れは付着していなかった(図4c).abC.palapsilosis培養陰性11%培養陰性5%n=32Cn=19C図2涙道内視鏡洗浄方法改変前・後の涙管チューブ培養結果aは改変前,bは改変後.CNS:CoagulaseCnegativeCstaphylo-coccus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.C結膜.術前C.palapsilosis6%術後その他6%CNS/C鼻腔術前培養陰性術後培養陰性13%13%図3涙道内視鏡洗浄方法改変前の結膜.,鼻腔内の培養結果CNS:Coagulasenegativestaphylococcus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.abc洗浄・払拭前洗浄・払拭後図4内視鏡先端部拡大写真(上段が洗浄前,下段が洗浄後)Ca,b:使用開始から約C3年経過した内視鏡.Cc:使用開始後約C4カ月の内視鏡.Ca,bは水チャンネルの汚れの付着が著しく,洗浄しても汚れは取りきれなかった.Ccは汚れの付着が少なかった.*は水チャンネル,#はレンズ.C当院の医療安全・感染管理部および中央材料部と相談のう検出されなくなり,抜去した涙管チューブC19例の培養結果え,涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改変した.その後,涙管では,C.CpalapsilosisがC2例検出されたものの,洗浄法改良チューブ挿入術に使用した涙道内視鏡からCC.Cpalapsilosisは前と比較してCC.Cpalapsilosisは有意に減少していた(p=0.02,結膜.術前C.palapsilosis5%術後CNS/CCorynebacteriumsp.26%C鼻腔その他5%C術前術後図5涙道内視鏡洗浄方法改変後の結膜.,鼻腔内の培養結果CNS:Coagulasenegativestaphylococcus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.c2検定)(図2b).結膜.では,術後にCC.Cpalapsilosisが1例認められたが,鼻腔では,術前術後ともにCC.Cparapsilosisが培養された症例は認められなかった(図5).また,術後の菌の検出率に関しては,滅菌・洗浄法改良前は結膜.C25%(8/32),鼻腔C100%(32/32),涙管チューブC93.8%(30/32)で,改良後は結膜.C52.6%(10/19),鼻腔C94.7%(18/19),涙管チューブC94.7%(18/19)であった.CIII考按涙道の閉塞病変に対して涙道内視鏡を用いて治療する考え方はC1979年のCCohen7)から始まり,その後もさまざまな涙道内視鏡による治療の報告がなされており,わが国では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術が導入されて十数年が経過した8).消化管内視鏡や気管支鏡に代表される内視鏡は,体腔内に挿入され,直接粘液や血液と接触するため,高レベルの汚染を受ける9).小林10)は消毒あるいは滅菌は,有機物が付着したまま行うとその効果が著しく減弱すると報告しており,不適切な方法で洗浄された消化管内視鏡や気管支鏡を使用すれば,内視鏡を介した感染は必発である.内視鏡を介した感染症発症を機に1.3),海外で,またわが国でも消化器内視鏡,気管支鏡の洗浄滅菌方法のガイドラインが制定された4,5).しかしながら涙道内視鏡の洗浄・滅菌ガイドラインはいまだ存在しない.以前の当院での涙道内視鏡洗浄滅菌方法は,涙道内視鏡使用後,外来看護師によりチャンネル内を蛋白除去剤,水道水でフラッシュして送気,そして中央材料部でCEOG滅菌を行っていた.しかしながら,添付文書で推奨された洗浄方法ではなかったため,内視鏡に付着した有機物を十分に除去することができていなかったのではないかと考えられた.また,100%エタノールの送液も行っておらず,水チャンネル内が十分に乾燥されず,エチレンオキサイドガスが十分に通らなかった可能性も考えられた.これらが原因となり,涙道内視鏡にCC.Cpalapsilosisが残存し,涙道内視鏡を介した涙管チューブ汚染が起こったものと考えられた.このため,当院では涙道内視鏡使用直後,血液などの有機物が乾燥する前にハンドピースに付着した血液などをガーゼで除去し,水チャンネル内を蒸留水でフラッシュした.さらに,中央材料部でCEOG滅菌を行う前に,添付文書どおりに酵素洗浄剤を用いてハンドピース,水チャンネル内を洗浄して有機物の除去に努め,またエタノールを送液,その後送気することで水チャンネル内を完全に乾燥させエチレンオキサイドガスが通過しやすいようにした.プラスチックケースはエチレンオキサイドガスが通過しない可能性があるため,内視鏡はプラスチック製のカゴに入れてCEOG滅菌を行った.また,洗浄・滅菌が適切に行われていることを確認するために,定期的に涙道内視鏡の培養検査を行っているが,現在のところCC.Cparapsilosisを含め菌の検出は認められていない.なお,全長わずかC13.5Ccmの涙道内視鏡の水チャンネルではあるが,内径はわずかにC0.3Cmmであり,添付文書どおりに洗浄剤と蒸留水各C60Cmlを通水するには想像以上の手間と時間を必要とし,当院ではC1本の涙道内視鏡を洗浄するのに約30分を要する.現在の洗浄方法を簡易化することが可能かどうか,洗浄方法を自動化することが可能かどうかを含め改善が期待される.涙管チューブの培養検査の菌検出率に関しては,寺西ら11)はC71%,大場ら12)はC72.8%,高橋ら13)はC97.1%と報告しており,筆者らの結果は高橋ら13)の報告と同じく,菌の検出率は高かった.寺西ら11),大場ら12)はCNST(ヌンチャク型シリコーンチューブ)を使用したのに対し,高橋ら13)はCPFカテーテルR(ポリウレタン製)を,筆者らはラクリファーストR(SIBT(スチレン・イソブチレン・スチレン共重合体)とポリウレタンの混合樹脂製)を使用したが,親水性が高いポリウレタン製チューブには細菌が付着しやすく,高橋ら13)や,筆者らの報告で菌検出率が高かったのは,涙管チューブの素材の差によるものではないかと考えられた.検出された菌種に関しては,寺西ら11),大場ら12)はCCoryneCbacteriumspp.とCCoagulaseCnegativeCstaphylococcus(CNS)がC58.62%であったと報告しており,これは筆者らの内視鏡洗浄方法改変後のチューブ培養結果と同様の結果であった(図2b).今回,筆者らは涙道内視鏡の不適切な洗浄滅菌方法が原因で発生した,涙管チューブの汚染について報告した.涙道内視鏡を用いて診療する医師は,内視鏡を介した感染症発生を防ぐために,涙道内視鏡の洗浄・滅菌のそれぞれの工程の目的を理解し,遵守しなければならない.また,涙道内視鏡の洗浄・滅菌に問題がないか確認するために,定期的に涙道内視鏡の培養検査を行い,さらなる安全性の確保に努めなければならないと考えた.わが国において涙道内視鏡は涙道診療に必須の機械となっており,安全に涙道内視鏡検査を行うため,涙道内視鏡の洗浄,消毒・滅菌に関するガイドラインの作成が必要であると考えられた.利益相反:近藤峰生(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社)文献1)AllenJI,AllenMO,OlsonMMetal:Pseudomonasinfec-tionofthebiliarysystemresultingfromuseofacontami-nateendoscope.GastroenterologyC92:759-763,C19872)SlinivasanCA,CWolfendenCLL,CSongCXCetCal:AnCoutbreakCofCPseudomonasCaeruginosaCinfectionsCassociatedCwithC.exiblebronchoscopes.NEnglJMed16:221-227,C20033)日本消化器内視鏡学会消毒委員会:消化器内視鏡検査とCB型肝炎ウイルス(HBV)感染の関連について(第C1報).CGastroenterolEndoscC27:2727-2733,C19854)赤松泰次,石原立,佐藤公ほか:消化器内視鏡の感染制御に関するソサエティ実践ガイド.GastroenterolCEndoscC56:89-107,C20145)浅野文祐,大崎能伸,藤野昇三ほか:手引書─呼吸器内視鏡診療を安全に行うために.気管支学35:1-48,C20136)山口英世:真菌症の疫学と感染機序.病原真菌と真菌症,改訂C4版,p160,南山堂,20077)CohenCSW,CPrescottCR,CShermanCMCetCal:Dacryoscopy.COpthalmicSurg10:57-63,C19798)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術41:485-491,C20039)RutalaWA,WeberDJ:Reprocessingendoscopes:UnitedStatesperspective.JHospInfect56:527-539,C200410)小林寛伊編:医療現場における滅菌保証のガイドライン2015.一般社団法人日本医療機器学会,201511)寺西千尋,高木史子,森秀夫:涙道留置ヌンチャク型シリコーンチューブの菌検査.臨眼53:1343-1346,C199912)大場久美子,高木郁江:涙小管閉塞に挿入・留置したヌンチャク型シリコーンチューブからの菌検出率と留置期間について.眼科手術21:269-271,C200813)高橋直巳,鎌尾知行,白石敦:涙管チューブ挿入術の術後成績と抜去時涙管チューブ培養菌種の検討.眼科手術C29:323-327,C2016***

機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術の効果

2016年8月31日 水曜日

《第4回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科33(8):1201?1205,2016c機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術の効果越智進太郎井上康井上眼科EffectofLacrimalIntubationforFunctionalNasolacrimalDuctObstructionShintaroOchiandYasushiInoueInoueeyeclinic目的:涙道閉塞および狭窄のない機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術の効果を検討した.対象および方法:2014年10月10日?2015年6月10日に流涙症を主訴に井上眼科を受診し,機能性流涙と診断された9名13側(男性3名4側,女性6名9側,年齢77.3±5.7歳,範囲70.0~85.4歳)に対し涙管チューブ挿入術を施行した.術前に,通水試験,涙道内視鏡にて閉塞や涙石がないことを確認し,sheath-guidedintubation(SGI)にてPFカテーテル(TORAY)11mmを挿入し,8週後に抜去した.術前,術後4週,術後8週のPFカテーテル抜去前および抜去後に,流涙の自覚症状(VAS),tearmeniscusheight(TMH),涙液クリアランス率,fluoresceindyedisappearancetest(FDDT)を測定し,比較検討した.結果:涙管チューブ挿入術は全例で完遂され,合併症は認められなかった.13側全例で涙管チューブ挿入中のVAS,TMH,涙液クリアランス率,FDDTは有意に改善していた.涙管チューブ抜去後のVAS,TMH,涙液クリアランス率,FDDTは涙管チューブ挿入術前との間に有意な差を認めなかった.結論:機能性流涙患者に対する涙管チューブ挿入術は容易かつ有効であるが,涙管チューブの長期留置について検討が必要である.Purpose:Toinvestigatetheeffectoflacrimalintubationforfunctionalnasolacrimalductobstruction.SubjectsandMethods:Of9patientsdiagnosedwithfunctionalnasolacrimalductobstructionfromOctober10,2014toJune10,2015,13sideswereincluded.Themaincomplaintswereepiphora,withnoobstructionordacryolithsinsyringingordacryoendoscopy.PFcatheters(TORAY11mm),insertedusingSheathGuidedIntubation(SGI),wereremoved8weeksaftersurgery.Visualanalogscaleofepiphora(VAS),tearmeniscusheight(TMH),tearclearancerateandfluoresceindyedisappearancetest(FDDT)weremeasuredbeforesurgery,at4and8weeksaftersurgery,andafterremovalofPFcatheters,andwerethencompared.Result:Lacrimalintubationwascompletedandhasshownnoadverseeventsinallcases.Duringtubeindwelling,VAS,TMH,tearclearancerateandFDDTimprovedinallcases.Also,therewerenosignificantdifferencesbetweenVAS,TNH,tearclearancerateandFDDTafterPFcatheterremovalandpreoperativemeasurements.Conclusion:Lacrimalintubationforfunctionalnasolacrimalductobstructionissafeandeffective.However,theneedforlong-termindwellingoflacrimaltubeshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1201?1205,2016〕Keywords:機能性流涙,涙管チューブ挿入術,涙液クリアランステスト,涙道内視鏡.functionalnasolacrimalductobstruction,lacrimalintubation,tearclearancetest,dacryoendoscopy.はじめに流涙を生じる原因疾患は多様であり,涙道閉塞や狭窄,下眼瞼弛緩をはじめとする眼瞼疾患もしくは結膜弛緩などの眼表面疾患があげられる.それぞれの疾患に対する治療法はほぼ確立されつつあるが,明らかな原因疾患が認められず,涙道のポンプ機能低下によると考えられる機能性流涙の症例も少なからず存在し,治療方針について悩まされることも多い.Kimら1)は涙?鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)術後に流涙を訴える症例に対し涙管チューブを挿入し,改善が得られたと報告しており,涙管チューブは涙小管に直接作用するか,または涙?の導涙機能を補?している可能性があると結論づけている.涙管チューブに導涙機能を高める作用があるとすれば,機能性流涙にも同様の効果が期待できると考えられる.従来,涙管チューブ挿入術は涙道閉塞および狭窄に対し国内では広く施行されてきたが,近年,テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術(sheath-guidedintubation:SGI)を用いることにより,涙管チューブ挿入の際の盲目的操作がなくなり,涙管チューブ挿入術の全過程が内視鏡直視下で行えるようになった2).その結果,涙管チューブ挿入術における合併症はきわめてまれとなっている.閉塞が認められない症例に対する涙管チューブ挿入術は閉塞を認める症例に比べ手技が容易で,効果が得られなかった場合でも,涙管チューブを抜去することにより術前の状態に復することが可能である.今回筆者らは,涙道ポンプ機能低下と考えられる機能性流涙に対し涙管チューブ挿入術を行い,導涙機能に対する効果を検討した.効果検討には従来から行われている涙管通水検査,涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH),Schirmer試験紙を用いたfluoresceindyedisappearancetest(FDDT),流涙に関する自覚症状評価(visualanalogscale:VAS)に加え,レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による涙液クリアランステスト(以下,レバミピド涙液クリアランステスト)を用いた3).I対象および方法本研究は眼科康誠会倫理審査委員会の承認を受け,患者に十分な説明を行い,同意を得た後に行われた.2014年10月10日?2015年6月10日に流涙症を主訴に井上眼科を受診した症例のうち,2006年ドライアイ診断基準によるドライアイ疑い・確定例4),明らかな眼瞼外反,眼瞼内反,眼瞼下垂,その他結膜疾患症例を除外し,涙管通水試験にて通水があり,涙道内視鏡所見にて涙道閉塞,狭窄および涙石を認めない症例を機能性流涙と診断し,今回の対象とした.機能性流涙と診断されたのは9名13側(男性3名4側,女性6名9側,両眼性4名8側,片眼性5名5側,年齢77.3±5.7歳,範囲70.0~85.4歳)であった.後眼部光干渉断層計RS-3000(NIDEK)に前眼部アダプタを装着し測定したTMHおよびレバミピド涙液クリアランステスト,FDDTおよびVASを術前,術後1カ月,術後2カ月,涙管チューブ抜去後1カ月の時点で測定し,比較検討した.涙管チューブ挿入術は1%塩酸リドカイン(キシロカイン)による滑車下神経ブロック,4%キシロカイン,0.1%エピネフリン(ボスミン)混合液による鼻粘膜表面麻酔,16倍希釈ポビドンヨード(イソジン)による涙?洗浄を行い,涙道内視鏡にて涙道閉塞・狭窄および涙石がないことを確認し,SGIにてPFカテーテル(TORAY)11mmを挿入した.II結果術前時の角結膜フルオレセインスコアは0.1±0.3,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)は5.0±2.8秒,SchirmertestI法値は15.9±10.4mm,下眼瞼弛緩程度を示すpinchtestは5.2±1.1mmであり正常範囲内であった.全例涙管通水検査にて通水を認め,涙道内視鏡所見では涙道閉塞,狭窄および涙石を認めなかった.全例において合併症を認めず,安全に涙管チューブを挿入することができた.TMHは術前0.64±0.33mmに対し,術後1カ月では0.28±0.12mm,術後2カ月では0.23±0.09mmと有意に改善していたが(p<0.01),涙管チューブ抜去後1カ月では0.63±0.36mmとなり術前との間に差はなかった(図1).5分間のレバミピド涙液クリアランス率は術前21.20±7.48%/minに対し,術後1カ月では46.30±17.43%/min,術後2カ月では48.37±16.70%/minと有意に改善していたが(p<0.01),涙管チューブ抜去後1カ月では19.55±20.16%/minとなり術前との間に差はなかった(図2).FDDTの結果も同様に,術前13.88±21.24倍に対し,術後1カ月では82.37±69.26倍,術後2カ月では77.74±72.35倍と有意に改善していたが(p<0.01),涙管チューブ抜去後1カ月では15.38±14.66倍となり,術前との間に差はなかった(図3).流涙に関する自覚症状評価も術前に比べ,術後1カ月,術後2カ月の時点では有意に改善していた(p<0.01).涙管チューブ抜去後1カ月では術前との間に差はなかった(図4).症例別に検討すると,症例1?11では涙管チューブ抜去後にTMH,レバミピド涙液クリアランス率,FDDT,自覚症状評価項目のうち3項目以上が術前の状態に戻っていた.症例12,症例13では涙管チューブ抜去後にTMH,レバミピド涙液クリアランス率,FDDT,自覚症状評価の4項目すべてにおいて改善した状態が維持されていた.III考察今回,13側とも涙管チューブ挿入中の自覚症状,FDDT,レバミピド涙液クリアランス率,TMHの改善が認められ,とくに合併症を生じることはなかった.したがって,原因疾患が特定できず,機能性流涙が強く疑われる症例に対する治療として,涙管チューブ挿入術は有力な選択肢となりうると考えられる.また,13側中11側(84.6%)では涙管チューブ抜去により各測定値は術前の状態に戻っていた.これら11側では涙道内視鏡所見で涙道閉塞・狭窄,涙石などの所見はなかったことからも,流涙の原因が機能性流涙であることが確認された.一方,13側中2側(15.4%)では涙管チューブ抜去後も改善が維持されていた.これらの症例では,涙管チューブによる涙道の拡張効果による改善の可能性があり,涙道内視鏡検査ではとらえられなかった涙道狭窄による流涙であったと考えられる.従来,導涙機能の評価には主として通水試験,FDDT,Jonesテスト1,2が行われてきた.涙管通水試験陽性,Jonesテスト1陰性,Jonesテスト2陽性であれば機能性流涙もしくは涙道狭窄による流涙と診断されるが5,6),涙道狭窄と機能性流涙を鑑別することはできない.DuttonらもJonesテスト1陰性,Jonesテスト2陽性を生理的もしくは部分的な解剖学的機能不全としている7).したがって,従来の方法により診断された機能性流涙に対するDCRの有効性を示した報告には,涙道狭窄による流涙の症例が含まれている可能性を否定できない8~10).今回の結果から,涙管チューブ挿入術は涙道狭窄による流涙と機能性流涙を鑑別するための診断的治療という側面をも有しているといえる.Kimら1)やMoscatoら11)は涙管チューブの効果を上下涙点のアライメントの矯正,涙小管や総涙小管の屈曲および湾曲の補正,涙管チューブの毛細管現象によるものと考察している.上下涙点のアラインメントが矯正され,上下涙点がぴったりと接触すれば,閉瞼中の涙小管内に陰圧が発生しやすくなり,開瞼直後の導涙機能は亢進することが考えられる.また,Tuckerらは涙小管の通水抵抗は全涙道の通水抵抗の54%を占めることを報告しており12),涙管チューブによる涙小管の屈曲および湾曲の矯正が涙小管内の通水抵抗を軽減する可能性もある.もっとも注目すべき点は,涙管チューブ挿入による涙小管内腔表面積の増加は毛細管現象を増強させ,涙小管内に涙液を満たしやすくすることである.涙小管内が涙液により完全に満たされれば,その後サイフォンの原理によって開瞼中も持続的に涙液が排出されることが考えられる13).機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術は安全かつ有効であり,従来の検査法ではできなかった涙道狭窄による流涙と機能性流涙の鑑別を可能にする.ただし,機能性流涙の治療には涙管チューブの長期留置もしくは定期交換が必要となると考える.今後涙管チューブの素材,形状,表面処理および親水性など涙管チューブの汚染や感染を抑制できるか検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KimNJ,KimJH,HwangSWetal:Lacrimalsiliconeintubationforanatomicallysuccessfulbutfunctionallyfailedexternaldacryocystorhinostomy.KoreanJOphthalmol21:70-73,20072)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)井上康,越智進太郎,山口昌彦ほか:レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト.あたらしい眼科31:615-619,20144)島﨑潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20075)JonesLT:Thecureofepiphoraduetocanaliculardisorders,traumaandsurgicalfailuresonthelacrimalpassages.TransAmAcadOphthalmolOtoraryngol66:506-524,19626)DcmirciH,ElnerVM:Doublesiliconetubeintubationforthemanagementofpartiallacrimalsystemobstruction.Ophthalmology115:383-385,20087)DuttonJJ,WhiteJJ:Imagingandclinicalevaluationofthelacrimaldrainagesystem.EdbyCohenAJ,MecandettiM,BrozzoBG,NewYork,Springer,p74-95,20068)WormaldPJ,TsirbasA:Investigationandendoscopictreatmentforfunctionalandanatomicalobstructionofthenasolacrimalductsystem.ClinOtolaryngolAlliedSci29:352-356,20049)O’DonnellB,ShahR:Dacryocystorhinostomyforepiphorainpresenceofapatentlacrimalsystem.ClinExperimentOphthalmol29:27-29,200110)ChoWK,PaikJS,YangSW:Surgicalsuccessratecomparisoninfunctionalnasolacrimalductobstruction:simplelacrimalstentversusendoscopicversusexternaldacryocystorhinostomy.EurArchOtorhinolaryngol270:535-540,201311)MoscatoEE,DolmetshAM,SikissRZetal:Siliconintubationforthetreatmentofepiphorainadultswithpresumedfunctionalnasolacrimalductobstruction.OphthalPlastReconstrSurg28:35-39,201212)TuckerSM,LinbergJV,NguyenLLetal:Measurementoftheresistancetofluidflowwithinthelacrimaloutflowsystem.Ophthalmology102:1639-1645,199513)長島孝次:炭素粒子導涙試験─涙の流れ,とくにKrehbielflowについて.臨眼30:651-656,1976〔別刷請求先〕越智進太郎:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:ShintaroOchi,Inoueeyeclinic,1-14-31Uno,TamanoCity,Okayama706-0011,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1202あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(120)(121)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161203図1Tearmeniscusheightの経時変化図25分間のレバミピド涙液クリアランス率の経時変化図3Fluoresceindyedisappearancetestの経時変化図4自覚症状の経時変化1204あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(122)(123)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161205

公立八女総合病院における涙道内視鏡併用チューブ挿入術の治療成績

2015年12月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(12):1773.1776,2015c公立八女総合病院における涙道内視鏡併用チューブ挿入術の治療成績石橋弘基*1鶴丸修士*1野田佳宏*2山川良治*3*1公立八女総合病院*2大分大学医学部付属病院眼科*3久留米大学医学部眼科学講座OutcomeofIntubationUsingLacrimalEndoscopeatYameGeneralHospitalKokiIshibashi1),NaoshiTsurumaru1),YoshihiroNoda2)andRyojiYamakawa3)1)Ophthalmology,YameGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine公立八女総合病院で施行した涙道内視鏡併用チューブ挿入術を内視鏡所見に基づいて分類しretrospectiveに治療成績を検討した.対象は2010年4月.2012年7月に当院において涙道内視鏡併用チューブ挿入術を施行し,3カ月以上経過観察可能であった涙道閉塞症の133例161側(男性26例34側,女性107例127側).閉塞部位は涙点閉塞7側,涙小管閉塞24側,総涙小管閉塞28側,涙.部閉塞4側,鼻涙管全長閉塞64側,鼻涙管部分閉塞48側であった.チューブ留置期間は2.3カ月で,術後通水にて通水ないもの,通水ありでも膿・粘稠な液体の逆流があれば死亡と定義し,Kaplan-Meier法にて生存率を検討した.チューブ抜去後の生存率は平均観察期間309日で,涙点・総涙小管・涙.部閉塞は100%,涙小管閉塞は69.2%であった.鼻涙管全長閉塞と鼻涙管部分閉塞の生存率の比較では,前者30.5%に対し後者は89.9%で,鼻涙管全長閉塞の生存率が有意(p<0.001)に低かった.鼻涙管全長閉塞においては,チューブ挿入術は限界があると考えられた.Thisstudyinvolved161eyesof133patientswithlacrimalpassageobstructionwhounderwentintubationusinglacrimalendoscopebetweenApril2010andJuly2012,andwerefollowedupforatleast3months.Obstructionsincludedlacrimalpunctalobstruction(7sites),canalicularobstruction(24sites),commoncanalicularobstruction(28sites),lacrimalsacobstruction(4sites),generalizednasolacrimalductobstruction(NLDO)(64sites),andfocalNLDO(48sites).Somecaseshadmultipleobstructions.Thetubewasplacedfor2#3months.SuccessrateswereevaluatedusingKaplan-Meiersurvivalanalysis.Successwasdefinedaspatencyoflacrimalpassagetoirrigation.Failurewasdefinedasabsenceofpatencyorpresenceofmucopurulentdischargeincaseswithpatency.Successrateat309daysaftertuberemovalwas100%ineyeswithlacrimalpunctalobstruction,commoncanalicularobstructionorlacrimalsacobstruction,and69.2%ineyeswithcanalicularobstruction.TherewassignificantdifferenceinsuccessratebetweeneyeswithgeneralizedNLDO(30.5%)andeyeswithfocalNLDO(89.9%)(p<0.001).GeneralizedNLDOhaslimitationsregardingindicationforintubation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(12):1773.1776,2015〕Keywords:涙道閉塞症,チューブ挿入術,涙道内視鏡,鼻涙管部分閉塞,鼻涙管全長閉塞.lacrimalpassageobstruction,intubation,lacrimalendoscope,focalnasolacrimalductobstruction,generalizednasolacrimalductobstruction.はじめに涙道閉塞症に対する治療は,おもに涙管チューブ挿入術(nasolacrimalductintubation:NLDI)と涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhynostomy:DCR)の2つに大別される.NLDIは,以前は盲目的に施行されていたが,近年,涙道内視鏡を併用することで,仮道形成が減少することが証明され,より安全に施行できるようになった1).また,内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)2),シース誘導内視鏡穿破法(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP)3),シース誘導チューブ挿入術〔別刷請求先〕石橋弘基:〒830-0011福岡県久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KokiIshibashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume,Fukuoka830-0011,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(141)1773 (sheath-guidedintubation:SGI)4)などさまざまな手技が登場し,涙管チューブ挿入術の治療成績は改善されてきている.しかし,手術治療の選択は,医師の裁量に任されているのが現実で,どのような症例に対して涙管チューブ挿入を選択するのか,あるいはDCRを選択するのかの明確な基準はない.今回筆者らは,当院で施行したNLDIを内視鏡所見に基づいて分類し,retrospectiveにその治療成績を検討したので報告する.I対象および方法1.対象2010年4月.2012年7月に公立八女総合病院において,NLDIを施行し,3カ月以上経過観察可能であった涙道閉塞症の133例161側〔男性26例34側,女性107例127側,平均年齢72.3歳(34.91歳)〕を対象とした.抗癌剤(TS-1)による涙道閉塞,通水はあるが流涙のあるいわゆる機能性涙道閉塞は除外した.術者はすべて同一術者である.また,NLDIを試みたが,チューブ留置に至らなかったものは含んでいない.2.方法a.手術方法麻酔として点眼用4%塩酸リドカインを涙点から注入する,もしくは2%塩酸リドカインにて滑車下神経ブロックを施行した.涙道内視鏡を涙点より挿入し,閉塞部位を確認し,閉塞部位を内視鏡で直接穿破(DEP)した.チューブの挿入は原則的に涙道内視鏡を併用し,SGIでチューブを挿入した.施行できない症例では,盲目的にチューブ挿入を行ったのち,チューブが正常開口部より留置されているか硬性鼻内視鏡(KarlStorz社7219BA,視野角30°)にて確認した.術後は抗菌薬点眼(レボフロキサシンまたはガチフロキサシン)とステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼)を1日4回とし,チューブ留置期間は2.3カ月とした.b.術後評価方法,閉塞の定義術後評価は,通水あり・なしで評価し,通水ありでも膿,粘稠な液体の逆流があれば死亡と定義し,Kaplan-Meier法にて生存率を検討(SAS社JMPver8.0)した.涙小管閉塞の重症度を,矢部はGrade1:ブジーが涙点から10mm以上入る.Grade2:ブジーが5mm以上は余裕で入る.Grade3:ブジーを無理に押込んでも5mm以下しか入らないと分類しているが,今回はブジーが5mm以上入るような矢部分類にてGrade2までの閉塞を対象とした5).涙道閉塞症の分類は,内視鏡所見に基づき以下のように行った.部位別では,涙点閉塞,涙小管閉塞,総涙小管閉塞,涙.部閉塞,鼻涙管閉塞とした.鼻涙管閉塞は2パターンに分類した.涙.直下から鼻涙管開口部まですべて閉塞している1774あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015ものを鼻涙管全長閉塞,鼻涙管の一部分が閉塞しているものを鼻涙管部分閉塞とした.また,涙点から鼻涙管の1カ所のみの閉塞を単独閉塞,複数箇所の閉塞を重複閉塞とした.II結果涙道内視鏡所見からの閉塞部位は,涙点閉塞7側,涙小管閉塞24側,総涙小管閉塞28側,涙.部閉塞4側,鼻涙管全長閉塞64側,鼻涙管部分閉塞48側であった.また,単独閉塞は140側,重複閉塞は21側であった.生存率は,涙点閉塞・総涙小管閉塞・涙.部閉塞は再発を認めず生存率100%であった(図1).涙小管閉塞の生存率は術後982日で69.2%であった(図1).鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9%と全長閉塞が有意に生存率が悪かった(図2).単独閉塞の生存率は術後982日で64.4%,重複閉塞は術後696日で68.7%であり有意差は認めなかった(図3).III考按涙道内視鏡を用いることで,涙道閉塞症の治療のバリエーションは近年広がった.しかし,冒頭にも述べたように,現在手術治療は医師の裁量による面が大きい.涙道内視鏡併用チューブ挿入術は,手技に精通すると,外来において非常に短時間で,しかも低侵襲に施行することができる6).しかし,その反面,チューブ抜去以降は再閉塞のリスクがあり,その時点で治療のスタートに戻ってしまう.鶴丸ら7)は,鼻涙管全長閉塞の症例に対しNLDIを施行した場合,375日での生存率が18.0%と著明に悪いことを報告している.早期に治癒を望む患者や,また再閉塞の可能性が高い症例に対して最初から涙道内視鏡併用チューブ挿入術を施行することは,問題があると思われる.また,涙道内視鏡は現在,DEP,SEP,SGIなどに代表されるように,治療の器具として認知されている.しかし,本来,涙道内視鏡は検査のための器具でもあり,内視鏡を用いて閉塞の所見を詳細に分析し,チューブ治療効果を検討することは非常に重要と考え,今回の検討を行った.今回の検討では,その内視鏡所見に基づく分類で,涙点,総涙小管,涙.部の閉塞の症例では,チューブ治療成功率が100%であったことから,このような症例にはNLDIは非常に良い適応となる可能性がある.しかし,鼻涙管閉塞に対して,閉塞を2パターンに分類し生存率を比較すると,鼻涙管部分閉塞は術後982日目で89.9%であり,術後817日で鼻涙管全長閉塞では30.5%と全長閉塞では悪い結果であった.この生存率をどうみるかは,判断が異なる面もあるが,DCRの成績は,従来90%を超える高い成功率の報告が多いことから,第一選択の治療とするには不十分である感は否めない8.12).杉本ら13)の報告で(142) は,涙小管閉塞を認めない鼻涙管閉塞症単独における,DEP+SGIでのチューブ抜去後365日の生存率は87%であり3,000日では64%であった.今回の報告では鼻涙管部分閉塞の生存率89.9%は杉本らの報告と遜色ない結果であるが,全長閉塞の30.5%は低い結果であった.McCormickら14)は,DCRで摘出した組織をもとに,初期の炎症性変化図1涙点・涙小管・総涙小管・涙.部閉塞・鼻涙管閉塞の生存率涙点閉塞・総涙小管閉塞・涙.部閉塞は再発認めず生存率100%で,涙小管閉塞の生存率は術後982日で69.2%,鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9チューブ抜去後からの日数20生存率(%)4060801000100200300500070090069.2%100%涙点閉塞(n=7),総涙小管閉塞(n=28),涙.部閉塞(n=4)涙小管閉塞(n=14)400600800鼻涙管部分閉塞(n=48)鼻涙管全長閉塞(n=64)30.5%89.9%図2鼻涙管全長閉塞と部分閉塞の生存率鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9%で,有意差がある.チューブ抜去後からの日数Wilcoxon検定p値<0.001生存率(%)全長閉塞(n=64)部分閉塞(n=48)204060801000100200300500070090030.5%89.9%400600800チューブ抜去後からの日数20生存率(%)40608010001002003005000700900単独閉塞(n=140)重複閉塞(n=21)68.7%64.6%400600800チューブ抜去後からの日数20生存率(%)4060801000100200300500070090069.2%100%涙点閉塞(n=7),総涙小管閉塞(n=28),涙.部閉塞(n=4)涙小管閉塞(n=14)400600800鼻涙管部分閉塞(n=48)鼻涙管全長閉塞(n=64)30.5%89.9%図2鼻涙管全長閉塞と部分閉塞の生存率鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9%で,有意差がある.チューブ抜去後からの日数Wilcoxon検定p値<0.001生存率(%)全長閉塞(n=64)部分閉塞(n=48)204060801000100200300500070090030.5%89.9%400600800チューブ抜去後からの日数20生存率(%)40608010001002003005000700900単独閉塞(n=140)重複閉塞(n=21)68.7%64.6%400600800%.がみられる時期をearlyphase,晩期の線維化の進行した時期をlatephase,両者の混在するものをintermediatephaseと報告しており,これをもとに鈴木ら15)は,推定罹病期間を1年未満:stage1,2.3年未満:stage2,3年以上:stage3と分類し,各stageでの生存期間を検討している.それによると,stage3ではチューブ抜去後1,200日で20%以下となっており,stage1,2と比較して有意に生存率が低いと報告している.今回の当科の結果は,閉塞の部位による,もしくは閉塞のパターンで生存率を評価しているため,一概に結果を比較することはできない.当院は紹介型の病院であり,病悩期間3年以上の患者が多く,長期間の閉塞のため,病態がより重症になっている可能性がある.また,紹介前の加療として盲目的ブジーなどの侵襲が経過中に加わっている症例もあり,仮道をいったん形成し,瘢痕治癒を起こすことでさらに強固な閉塞となることが,治療効果に影響している可能性も考えられる.今回,複数箇所閉塞している重複閉塞と単独閉塞に関しても検討した.予想では,重複閉塞のほうが単純閉塞より,より重症で悪い結果になると思われたが,結果は単独閉塞の生存率は術後982日で64.4%,重複閉塞は術後696日で68.7%と同等の結果であった.杉本ら13)は涙小管合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独の術後3,000日の生存率を比較し,涙小管合併鼻涙管閉塞90%,鼻涙管閉塞症単独64%と,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症の生存率がよかったと報告してい(143)図3単独閉塞と重複閉塞の生存率単独閉塞の生存率は術後982日で64.4%,重複閉塞は術後696日で68.7%,有意差はなかった.る.その理由として,複数箇所の閉塞は涙小管閉塞など上流の閉塞により下流に涙液が流れなくなることによる鼻涙管内腔の虚脱に伴う閉塞であり,炎症関与の少ない可能性があるとしている.今回の重複閉塞の症例にも同様の機序に伴う症例が含まれていると考えられ,複数箇所の閉塞,つまり重複閉塞の症例が必ずしも重症ではないことが,今回の重複閉塞と単独閉塞の生存率が同等の結果であったことに関与している可能性がある.ただし,今回は,単に2カ所以上の閉塞部位を認めたもので検討しており,どの部位が複数箇所閉塞しているかは検討していない.今後,さらなる詳細な検討が必要である.現在のところ,涙道閉塞症において,NLDIにするのかDCRにするのか明確な術前基準はない.今回の報告は単一術者のデータであり,今回の報告のみで涙道閉塞の治療適応を閉塞所見によって決定するのは検討不足な面もあると思われる.しかし,今回の検討では,鼻涙管閉塞症のなかでも,鼻涙管部分閉塞は89.9%という生存率の高さからもNLDIのよい適応であると考えられるが,時間の経過した鼻涙管全長閉塞においては限界があり,その場合はDCRを第一選択にするという選択肢もあってよいのではないかと考えられた.あたらしい眼科Vol.32,No.12,20151775 文献1)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:シリコンチューブ挿入術による仮道形成とその対策.臨眼59:635-637,20052)鈴木亨:内視鏡を用いた新しい涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,20033)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20074)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20085)矢部比呂夫:涙小管閉塞の分類と術式選択.臨眼50:1716-1717,19966)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡併用シリコーンチューブ留置術の成績.臨眼58:731-733,20047)鶴丸修士,野田理恵,山川良治:鼻涙管完全閉塞に対するチューブ挿入術の検討.臨眼66:1175-1179,20128)TsirbasA,WormaldPJ:Mechanicalendonasaldacryocystorhinostomywithmucosalflaps.BrJOphthalmol87:43-47,20039)CodereF,DentonP,CoronaJ:Endonasaldacryocystorhinostomy:amodifiedtechniquewithpreservationofthenasalandlacrimalmucosa.OphthalPlastReconstrSurg26:161-164,201010)松山浩子,宮崎千歌:涙.鼻腔吻合術鼻内法の手術成績.眼科手術24:495-498,201111)鈴木亨:涙.鼻腔吻合術鼻内法における最近の術式とラーニングカーブ.眼科手術24:167-175,201112)SerinD,AlagozG,Karslo.luSetal:Externaldacryocystorhinostomy:Double-flapanastomosisorexcisionoftheposteriorflaps?OphthalPlastReconstrSurg23:28-31,200713)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,201014)McCormickSA,LinbergJV:Pathologyofnasolacrimalductobstruction.Clinicopathlogiccorrelatesoflacrimalexcretory.LacrimalSurgery(LinbergJVed),p169-202,ChurchillLivingstone,NewYork,198815)鈴木亨,野田佳宏:鼻涙管閉塞症のシリコンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,2007***1776あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015(144)

涙道内視鏡導入後の涙道閉塞症121側の治療成績

2015年7月31日 金曜日

1036あたらしい眼科Vol.5107,22,No.3(00)1036(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1036.1040,2015cはじめに眼科領域の手術,治療の進歩はめざましいものがあり,そのキーワードは「可視化」であった.しかしながら涙道疾患の治療にあっては,流涙症が眼科を受診する患者の主訴の上位にあるにもかかわらず,「可視化」とは程遠い「盲目的」治療が長く続けられていた.また,手術療法は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が効果的であるが,患者の負担も大きかった.ヌンチャク型シリコーンチューブ(N-ST)によるdirectsiliconeintubation(DSI)1)はDCRに比較し格段に手術侵襲が少なく術式の習得も容易であったため,わが国で広く普及しつつある.そして近年では涙道内視鏡を使用した涙管チューブ挿入術(以下,チューブ留置)が主流になりつつある.涙道内視鏡は20世紀末に涙道内の検査器具として栗原2)が試作し,さらに佐々木3)が乳管穿刺針を涙道内視鏡用に改良し涙道内の観察を容易にし,その知見を広めた.また,内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)4)の登場により検査だけでなく治療器具としても使用されるようになった.涙道内視鏡にシースを被せて閉塞部を穿破するシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguid-edendoscopicprobing:SEP)5)はさらに涙道治療の「可視化」を加速させた.SEPに使用したシースをそのままガイドとして使用しチューブを挿入するシース誘導チューブ挿入術(sheathguidedintubation:SGI)6)の登場は閉塞部の開放とチューブ留置に連続性をもたせ,盲目的操作がほぼなくな〔別刷請求先〕佐藤浩介:〒041-0851函館市本通2丁目31-8吉田眼科病院Reprintrequests:KosukeSato,M.D.,YoshidaEyeHospital,2-31-8Hondori,Hakodate,Hokkaido041-0851,JAPAN涙道内視鏡導入後の涙道閉塞症121側の治療成績佐藤浩介吉田紳一郎吉田眼科病院Outcomeof121SitesofLacrimalPassageObstructionafterIntroductionofaDacryoendoscopeKosukeSatoandShinichiroYoshidaYoshidaEyeHospital涙道内視鏡下チューブ挿入術を開始した術者(涙道内視鏡未経験)が約1年間にこの治療を82例121側に施行し,その治療成績を検討した.涙道閉塞121側のうち111側(91.7%)がチューブ挿入可能であった.予後は治癒が73側(66%),改善が13側(12%),不変が25側(22%)であった.閉塞部位別の治癒率は総涙小管閉塞が88%ともっとも良く,鼻涙管閉塞では47%であった.予後不良例の半数以上は慢性涙.炎を合併していた.涙道内視鏡初心者は術中に盲目的操作が多くなるため涙道を損傷し,予後が悪化する可能性があるので工夫が必要である.Inthisstudy,weexaminedthetreatmentoutcomesovera1-yearperiodofendoscopicnasolacrimalductintu-bationperformedbyasurgeonwithnoexperienceintheuseofadacryoendoscopein82casesoutof121sites.Amongthe121sitesoflacrimalpassageobstruction,111sites(91.7%)wereabletobeinsertedwiththetube.Theresultsshowedthat73sites(66%)hadhealed,13sites(12%)hadimprovement,and25sites(22%)hadnochange.Asforthecureratebyocclusionsite,thebestresultswereobservedincommoncanalicularobstruction(88%curerate)andinnasolacrimalductobstruction(47%curerate).Inmorethan50%ofthecaseswithpoorresults,thecaseswerecomplicatedbychronicdacryocystitis.Ourfindingsshowthatdacryoendoscopyperformedbyasurgeonwithlimitedornoexperienceisoftenperformedblindlyduringsurgery,thuspossiblydamagingthelacrimalpassageandresultinginpoortreatmentoutcomes.Furtherstudyisneededtodeviseasolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1036.1040,2015〕Keywords:涙道閉塞,涙道内視鏡,涙管チューブ挿入術,仮道形成,涙小管損傷.lacrimalpassageobstruction,dacryoendoscope,nasolacrimalductintubation,falselacrimalpassage,canaliculardamage.(00)1036(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1036.1040,2015cはじめに眼科領域の手術,治療の進歩はめざましいものがあり,そのキーワードは「可視化」であった.しかしながら涙道疾患の治療にあっては,流涙症が眼科を受診する患者の主訴の上位にあるにもかかわらず,「可視化」とは程遠い「盲目的」治療が長く続けられていた.また,手術療法は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が効果的であるが,患者の負担も大きかった.ヌンチャク型シリコーンチューブ(N-ST)によるdirectsiliconeintubation(DSI)1)はDCRに比較し格段に手術侵襲が少なく術式の習得も容易であったため,わが国で広く普及しつつある.そして近年では涙道内視鏡を使用した涙管チューブ挿入術(以下,チューブ留置)が主流になりつつある.涙道内視鏡は20世紀末に涙道内の検査器具として栗原2)が試作し,さらに佐々木3)が乳管穿刺針を涙道内視鏡用に改良し涙道内の観察を容易にし,その知見を広めた.また,内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)4)の登場により検査だけでなく治療器具としても使用されるようになった.涙道内視鏡にシースを被せて閉塞部を穿破するシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguid-edendoscopicprobing:SEP)5)はさらに涙道治療の「可視化」を加速させた.SEPに使用したシースをそのままガイドとして使用しチューブを挿入するシース誘導チューブ挿入術(sheathguidedintubation:SGI)6)の登場は閉塞部の開放とチューブ留置に連続性をもたせ,盲目的操作がほぼなくな〔別刷請求先〕佐藤浩介:〒041-0851函館市本通2丁目31-8吉田眼科病院Reprintrequests:KosukeSato,M.D.,YoshidaEyeHospital,2-31-8Hondori,Hakodate,Hokkaido041-0851,JAPAN涙道内視鏡導入後の涙道閉塞症121側の治療成績佐藤浩介吉田紳一郎吉田眼科病院Outcomeof121SitesofLacrimalPassageObstructionafterIntroductionofaDacryoendoscopeKosukeSatoandShinichiroYoshidaYoshidaEyeHospital涙道内視鏡下チューブ挿入術を開始した術者(涙道内視鏡未経験)が約1年間にこの治療を82例121側に施行し,その治療成績を検討した.涙道閉塞121側のうち111側(91.7%)がチューブ挿入可能であった.予後は治癒が73側(66%),改善が13側(12%),不変が25側(22%)であった.閉塞部位別の治癒率は総涙小管閉塞が88%ともっとも良く,鼻涙管閉塞では47%であった.予後不良例の半数以上は慢性涙.炎を合併していた.涙道内視鏡初心者は術中に盲目的操作が多くなるため涙道を損傷し,予後が悪化する可能性があるので工夫が必要である.Inthisstudy,weexaminedthetreatmentoutcomesovera1-yearperiodofendoscopicnasolacrimalductintu-bationperformedbyasurgeonwithnoexperienceintheuseofadacryoendoscopein82casesoutof121sites.Amongthe121sitesoflacrimalpassageobstruction,111sites(91.7%)wereabletobeinsertedwiththetube.Theresultsshowedthat73sites(66%)hadhealed,13sites(12%)hadimprovement,and25sites(22%)hadnochange.Asforthecureratebyocclusionsite,thebestresultswereobservedincommoncanalicularobstruction(88%curerate)andinnasolacrimalductobstruction(47%curerate).Inmorethan50%ofthecaseswithpoorresults,thecaseswerecomplicatedbychronicdacryocystitis.Ourfindingsshowthatdacryoendoscopyperformedbyasurgeonwithlimitedornoexperienceisoftenperformedblindlyduringsurgery,thuspossiblydamagingthelacrimalpassageandresultinginpoortreatmentoutcomes.Furtherstudyisneededtodeviseasolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1036.1040,2015〕Keywords:涙道閉塞,涙道内視鏡,涙管チューブ挿入術,仮道形成,涙小管損傷.lacrimalpassageobstruction,dacryoendoscope,nasolacrimalductintubation,falselacrimalpassage,canaliculardamage. り,ようやく最近のトレンドに追いついた感はある.このような背景のなかでSEP+SGIは現在のチューブ留置による涙道疾患治療でもっとも可視的な術式であり,標準的な術式になりつつある.当院でも涙道内視鏡導入以前は,涙道閉塞症に対してN-STによるDSIを施行しており,DCRに頼らなくても治癒するケースが増えてきた.しかし,N-STが留置されているにもかかわらず流涙症が改善しないケースも少なくはなかった.当院では2012年10月から涙道内視鏡を導入した.涙道内視鏡未経験の術者が涙道内視鏡下チューブ挿入術を開始しある程度の症例数を経験したので,涙道内視鏡初心者の治療成績を検討し,陥りやすい傾向とその対策について報告する.I対象および方法対象は2012年10月.2013年11月の約1年間に涙道内視鏡下でチューブを施行した82例121側である.平均年齢は75.3±9.8歳で,男性26側,女性95側(男性21.5%:女性78.5%)であった.麻酔は全例に2%塩酸リドカイン(キシロカインR)の滑車下神経ブロックと4%キシロカインRの涙道内注入を行っている.術前の鼻内処置には2%キシロカインRと0.1%エピネフリン(ボスミンR)の1:1混合液を使用して鼻粘膜麻酔と血管収縮を行った.十分な涙点拡張の後,涙道内視鏡(ファイバーテック社,プローブは外径0.9mm)と鼻内視鏡(ファイバーテック社,外径2.7mm,視野角30°の硬性鏡)の映像をモニターしながら手術を行った.初期の8側は内視鏡直接穿破法DEPの後DSIを行い,鼻内視鏡で正しく下鼻道に留置されているか確認した.その後の103側はSEP+SGI(テルモ社サーフローRF&F,18ゲージ64mmをシースとして使用)にて施行した.シースの抜去は鼻内視鏡下で施行した.挿入したチューブはシラスコンRN-Sチューブ8側,PFカテーテルR71側,LACRIFASTR32側である.術後の経過観察はチューブ留置中には2週間ごとに経過観察を行い,そのつど涙.洗浄を施行した.チューブ抜去後は2週間.4週間で適宜涙.洗浄を施行した.チューブ抜去後1カ月までは,点眼液は1.5%レボフロキサシン(1.5%クラビットR)および0.1%フルオロメトロン(0.1%フルメトロンR)を日に4回とした.留置したチューブは2.3カ月で抜去した.予後はチューブ抜去後,術後3カ月の時点で判定した.予後の判定基準は通水良好で流涙がほぼ消失したものを治癒とした.通水はあるが流涙症の訴えが残存するものを改善,通水を認めないものを不変とした.閉塞部位を涙小管,総涙小管,鼻涙管,複数部位の4部位に分類し予後を判定した.また,他覚的な検査として,チューブが挿入可能であった全(115)図1前眼部光干渉計(CASIAR)による涙液メニスカス高(TMH)の計測例に対して,涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH)を前眼部光干渉断層計CASIAR(以下前眼部OCT)を用いて,術前と術後3カ月で計測し予後判定の参考とした(図1).II結果チューブを留置し手術を完了できた症例は涙道閉塞121側中111側であり手術完了率は91.7%であった.10側(8%)はチューブ留置が不可能であった.チューブ留置可能であった111側の閉塞部位は,鼻涙管閉塞が51側(42%)ともっとも多く,ついで総涙小管閉塞が多く43側(36%)であった.涙小管単独の閉塞は6側(5%),複数部位閉塞が11側(9%)であった(図2).121側全体の予後は治癒が73側(60%),改善13側(11%),不変25側(21%),チューブ留置不可能10側(8%)と分類された.治癒と改善を成功とし不変とチューブ留置不可能を不成功とすると,成功は71%で不成功は29%という結果であった(図3).閉塞部位別の予後は総涙小管閉塞の治癒が43側中38側で88.4%ともっとも良く,鼻涙管閉塞は治癒が51側中24側47%で50%以下の治癒率であった(図4,表1).予後が不変であった25側は鼻涙管閉塞が18側(72%)ともっとも多かった.総涙小管閉塞は3側,複数部位閉塞は4側であった.予後が不変であった鼻涙管閉塞では18側のうち13側(72%)は,術前から涙点からの涙.内貯留物の排出を認めたり,涙道内視鏡検査では涙.内貯留物が存在し涙.および鼻涙管内腔粘膜が白色綿状の物質で覆われており,慢性涙.炎を合併している状態であった.総涙小管閉塞ではチューブ早期抜去,涙小管炎の合併,術中の涙小管穿孔などがあった.複数部位閉塞では仮道形成の症例があった.また,チューブ留置が不可能であった10側中6側は,涙道内視鏡によって涙小管を穿孔してしまったため眼瞼の水腫が起き,患者の疼痛の増強や視界があたらしい眼科Vol.32,No.7,20151037 1038あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(116)不明瞭になったため中断した.10側中4側は鼻涙管の仮道に入り下鼻道に内視鏡を出すことができなかった.また,全体の121側のうち16側(13%)は術中に涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じたが,そのうち10側(63%)はチューブ留置が可能であった.チューブ留置できた10側(37%)の予後は治癒が4側(25%)にとどまり,改善2側13%,不変4側25%であった.6側(37%)はチューブ留置が不可能であった(図5).術前のTMHの平均は578±254μmで術後3カ月の平均は346±148μmとなり有意に減少した.術前TMHのピーク値は1,486μmであった.閉塞部位別にみた術前後のTMHの比較では,涙小管閉塞(p<0.05),総涙小管閉塞(p<0.001),鼻涙管閉塞(p<0.001)に有意差を認めた.複数部位閉塞では有意差を認めなかった(図6).III考按かつてはプロービングとチューブ留置はそれぞれが独立した操作であったが,SEP+SGIはシースを使用することでプロービングとチューブ留置が連続してできるようになった.筆者は盲目的操作がきわめて少ないという点で現在のところもっとも「可視的に」涙道疾患を治療できるSEP+SGIが現在のところもっとも洗練された涙道治療で今後さらに普及すると考え,その習得をめざした.図2涙道閉塞121側の閉塞部位涙小管閉塞6側5%総涙小管閉塞43側36%鼻涙管閉塞51側42%複数部位閉塞11側9%チューブ留置不可10側8%図3涙道内視鏡下チューブ留置121例全体の予後成功(治癒と改善):71%不成功(不変とチューブ留置不可):29%治癒73側60%改善13側11%不変25側21%チューブ留置不可10側8%図4閉塞部位と予後側0102030405060涙小管総涙小管鼻涙管複数部位■治癒■改善■不変表1閉塞部位と予後閉塞部位治癒改善不変涙小管6側5側(83.3%)1側総涙小管43側38側(88.4%)2側3側鼻涙管51側24側(47.1%)9側18側複数部位11側6側(54.5%)1側4側111側73側(65.8%)13側25側図5涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じた16側の予後チューブ留置不可37%治癒25%改善13%不変25%図6術前後のTMH01002003004005006007008009001,000涙小管総涙小管鼻涙管複数部位全体■術前■術後TMH(μm)p<0.05p<0.001p<0.001t-testp<0.001p>0.05(116)不明瞭になったため中断した.10側中4側は鼻涙管の仮道に入り下鼻道に内視鏡を出すことができなかった.また,全体の121側のうち16側(13%)は術中に涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じたが,そのうち10側(63%)はチューブ留置が可能であった.チューブ留置できた10側(37%)の予後は治癒が4側(25%)にとどまり,改善2側13%,不変4側25%であった.6側(37%)はチューブ留置が不可能であった(図5).術前のTMHの平均は578±254μmで術後3カ月の平均は346±148μmとなり有意に減少した.術前TMHのピーク値は1,486μmであった.閉塞部位別にみた術前後のTMHの比較では,涙小管閉塞(p<0.05),総涙小管閉塞(p<0.001),鼻涙管閉塞(p<0.001)に有意差を認めた.複数部位閉塞では有意差を認めなかった(図6).III考按かつてはプロービングとチューブ留置はそれぞれが独立した操作であったが,SEP+SGIはシースを使用することでプロービングとチューブ留置が連続してできるようになった.筆者は盲目的操作がきわめて少ないという点で現在のところもっとも「可視的に」涙道疾患を治療できるSEP+SGIが現在のところもっとも洗練された涙道治療で今後さらに普及すると考え,その習得をめざした.図2涙道閉塞121側の閉塞部位涙小管閉塞6側5%総涙小管閉塞43側36%鼻涙管閉塞51側42%複数部位閉塞11側9%チューブ留置不可10側8%図3涙道内視鏡下チューブ留置121例全体の予後成功(治癒と改善):71%不成功(不変とチューブ留置不可):29%治癒73側60%改善13側11%不変25側21%チューブ留置不可10側8%図4閉塞部位と予後側0102030405060涙小管総涙小管鼻涙管複数部位■治癒■改善■不変表1閉塞部位と予後閉塞部位治癒改善不変涙小管6側5側(83.3%)1側総涙小管43側38側(88.4%)2側3側鼻涙管51側24側(47.1%)9側18側複数部位11側6側(54.5%)1側4側111側73側(65.8%)13側25側図5涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じた16側の予後チューブ留置不可37%治癒25%改善13%不変25%図6術前後のTMH01002003004005006007008009001,000涙小管総涙小管鼻涙管複数部位全体■術前■術後TMH(μm)p<0.05p<0.001p<0.001t-testp<0.001p>0.05 涙道内視鏡を使用しないチューブ留置の仮道形成にはいくつかの報告がある.井上ら7)はシリコーンチューブ留置を行った慢性涙.炎の予後不良群33例に涙道内視鏡を行った結果,9例に仮道形成が認められ,藤井ら8)は鼻涙管閉塞症に対して行われたシリコーンチューブ留置の21.5%に仮道形成があったと報告している.佐々木3)は内視鏡用に改良したトロカールを用いて涙道内視鏡による検査を行った結果,68%が上方に偏位しており,直のブジーでプロービングした場合,涙.鼻涙管移行部の背側に仮道を作る可能性が高いと報告している.Nariokaら9)は遺体を解剖し鼻涙管の矢状断における傾きをanteriortypeとposteriortypeに分類した結果,46側中33側72%がanteriortypeであったとしており,佐々木3)の報告とほぼ一致している.仮道の好発部位については井上ら7),藤井ら8)も同様の報告をしている.また,井上4)はチューブとチューブの間に粘膜が介在する粘膜ブリッジ形成がSEPおよびSGI導入後は大きく減少したと報告している.このことから,涙道内視鏡を使用することにより仮道形成や粘膜ブリッジなどの合併症を回避できる可能性が高いと思われる.SEPの最大の利点は閉塞部を直視下に穿破できることであるが,これはシースの透明性と素材がもつフレキシビリティーが貢献していると考えられる.しばしば鼻涙管が極端に腹側もしくは背側に偏位している症例に遭遇する.このような場合,無理に内視鏡を鼻内に出そうとすると,鼻涙管を傷つけるだけでなく内視鏡の損傷の可能性も高い.このような場合,被せたシースのみを偏位している鼻涙管に滑り込ませると,たわんでくれるので鼻涙管の偏位例でも内視鏡を損傷することなくプロービングとチューブ留置ができる.その一方で短所も存在する.涙道内視鏡にシースを被せると径が太くなり,涙道内視鏡に不慣れな術者には操作性が極端に悪化するように感じられた.涙道内での可動性が低下するので,管腔を見つけるのに苦労した.この傾向は涙小管でとくに強く,管腔が見つからず無理に涙道内視鏡を進めてしまい涙小管壁を穿破してしまうこともあった.このような涙小管損傷をきたした症例が当報告では121側中16側に認められ,とくに涙道内視鏡導入初期に多く発生し手術完了率を低下させた.シースを被せた状態で涙.に到達するのが最大の難関であるように感じたので,まずシースを被せず内視鏡を涙.まで挿入しリハーサルした.このリハーサルのときに内視鏡が引っかかりやすい場所や狭窄部を検査し挿入しやすい角度なども記憶しておいた.涙小管涙.移行部の形状や出血点なども良い指標になった.シースを被せたとき,リハーサルの視界と大きく異なる場合は無理に内視鏡を進めず再度リハーサルし,所見が一致するまで繰り返すことでかなりの割合で涙小管の損傷を回避できるようになった.また,術者の手や患者の眼瞼に水分があると眼瞼に十分にテンションが(117)かからないのでガーゼでそれぞれの水分をこまめに除去した.涙.以降の操作性はシース装着時でも悪化はしなかった.シースの抜去は鼻内視鏡下で麦粒鉗子にて行っているが,不慣れな時期には麦粒鉗子が鼻内視鏡に干渉し鉗子と内視鏡で鼻粘膜を損傷してしまうことがあった.このような場合,出血と鼻粘膜の腫脹のため視認性が著しく低下し,その後の操作性がますます悪化した.下鼻道が狭い症例ではとくにこの傾向が顕著であった.この対策として,麦粒鉗子が鼻内視鏡より少し先行した状態を鼻外であらかじめ作り,鼻内視鏡の映像の端に鉗子が映っている状態を保ちながら徐々に下鼻道に入り鼻涙管開口部にアプローチする方法を考案した.麦粒鉗子と鼻内視鏡が途中まで一つのユニットとして使用することでイレギュラーな動きが生じにくかった.もともと眼科医は鼻内操作に不慣れではあるが,より確実なチューブ留置を望むなら鼻内視鏡による鼻涙管開口部の観察は欠かせない.とくに鼻涙管の屈曲が強い症例ではシースのみを盲目的に鼻腔内に出さざるをえない場合があり,鼻内視鏡を使用することで正しく開口部にシースが出ていることを確認することができる.また,涙道内視鏡操作時に出血や仮道形成などで鼻涙管開口部が確認しづらい場合でも,鼻内視鏡で涙道内視鏡のライトの位置を指標に,正しい開口部に誘導ができるという点も有利である.この治療の場合は作業範囲が下鼻道に限局しているので,下鼻甲介の解剖学的な位置を把握する必要があるが,中鼻甲介との位置関係に習熟すればむずかしくはない.宮久保ら10)は涙道内視鏡所見から,総涙小管閉塞の所見を膜状閉塞,管状閉塞,涙.虚脱に大別しており,それぞれの手術完了率に大きな差が出ていることを報告している.鈴木ら11)は鼻涙管閉塞症を流涙発症から手術までの期間によりstage1からstage3まで分類し,罹病期間が長いほど手術完了率が低く再発リスクが高い傾向があったとしている.のちの杉本ら12)の報告ではこのstage分類での長期生存率は有意差が出なかったと報告している.このように涙道閉塞症の分類と予後は多岐に及んでいるので,当報告での閉塞部位の分類では,ある程度の傾向は出ているものの閉塞の程度やその性状が加味されておらず,もっと細分化して予後を検討する必要があると思われる.また,鈴木ら10)は鼻涙管閉塞症のチューブ留置の術後の内視鏡所見ではほとんどの症例で再狭窄がみられたと報告しており,チューブ留置は鼻涙管粘膜の異常を根本的に直す治療ではないので,早期発見と早期のチューブ留置が予後を良くする有効策としている.当報告でも鼻涙管閉塞の治癒率は短期成績でさえ47%と低く,また予後不良例の多くは慢性涙.炎であった.鶴丸ら13)の報告では鼻涙管完全閉塞の術後375日のKaplan-Meier法による生存率は18.0%となっており,いかに涙道内視鏡で正しくチューブを留置しても鼻涙あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151039 管粘膜の異常を治療できないので根治には至らない可能性があると考えられる.当報告でとくに強調したいことは,涙道内視鏡初心者にありがちな涙小管の穿孔はその後の操作性を著しく悪化させチューブ留置をむずかしくさせるだけでなく,チューブを留置できたとしても外傷の機転が働き再閉塞しやすいということである.今回121側のうち16側13%にこの事実があったことはとくに反省すべき点である.鈴木14)はTMHは高齢者の症例で結膜弛緩症の影響が無視できないとして,前眼部OCTで手術前後の下方涙液メニスカスの断面積(cross-sectionalarea:XSA)を測定することは流涙症の定量的評価に有用であったとしている.当報告でも閉塞部位ごとに前眼部OCTで計測した術前後の平均TMHの比較で涙小管閉塞,総涙小管閉塞,鼻涙管閉塞で有意差を認めたが,個々に症例をみていくとOCTで測定したTMH値と通水所見が食い違う症例が多数認められた.その原因としてアレルギー性結膜炎やドライアイなどのために涙液分泌が亢進していたり,結膜弛緩症の存在も無視できないので,これらの要因を排除してから検査を施行するべきだと思われる.涙道内視鏡には本来の内視鏡としての使用法とプローブとしての側面があり,とくに不慣れなうちはシースを被せて内視鏡を涙小管に挿入するとその可動域の狭さから涙小管壁しか見えない状態に陥りやすく,そのまま進んでしまうと盲目的なプロービングのように仮道形成の危険性があがる.治療はすべて可視的な操作のみではできないのは事実ではあるが,可能な限り可視的な操作の割合を増やす努力をすることで予後の改善につながると考える.また,本報告は涙道内視鏡初心者の短期成績であるので,長期成績になるとさらに治癒率が低下すると考えられるが,症例を重ねることにより手術完了率も高くなると思われる.そして今後は長期的な予後も検討するべきであると考える.涙道内視鏡下チューブ留置術は涙道内視鏡を使用することで確実性は高まっており有効な治療法であるが,チューブ留置が本質で涙.炎そのものを治療できないことには変わりはない.涙道内視鏡は基本的には検査器具であるので涙道疾患の分類に役立ち,ひいては治療法の選択に役に立つ.また,予後不良例に慢性涙.炎が多く含まれていたことから,術前から涙.内貯留物の排出が認められる場合には初回手術からDCRを選択するなど,術前の所見によりチューブ留置かDCRか適宜選択することで初回手術の予後が改善すると考える.涙道疾患全体の予後を改善するにはチューブ留置とDCRの両立が必須なので今後はDCRの習得が課題である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)栗橋克昭:ヌンチャク型シリコーンチューブ.新しい涙道手術のために.あたらしい眼科12:1687-1695,19992)栗原秀行:涙小管内視鏡(栗原式涙道内視鏡).眼科手術12:307-309,19993)佐々木次壽:涙道内視鏡所見による涙道形態の観察と涙道内視鏡併用シリコーンチューブ挿入術.眼科41:15871591,19994)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).あたらしい眼科16:485-491,20035)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20076)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20087)井上康,杉本学,奥田芳昭ほか:慢性涙.炎に対する涙道内視鏡を用いたシリコーンチューブ留置再建術.臨眼58:735-739,20048)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:シリコンチューブ挿入術による仮道形成とその対策.臨眼59:635-637,20059)NariokaJ,MatsudaS,OhashiY:Inclinationofthesuperomedialorbitalriminrelationtothatofthenasolacrimaldrainagesystem.OphthalmicSurgLasersImaging39:167-170,200810)宮久保純子,岩崎明美,宮久保寛:涙道内視鏡下でのヌンチャク型シリコーンチューブ挿入術の手術成績.臨眼62:1643-1647,200811)鈴木亨,野田佳宏:鼻涙管閉塞症のシリコーンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,200712)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,201013)鶴丸修士,野田理恵,山川良治:鼻涙管完全閉塞に対するチューブ挿入術の検討.臨眼66:1175-1179,201214)鈴木亨:光干渉断層計を用いた涙小管閉塞症術前後の涙液メニスカス断面積の測定.臨眼65:641-645,2011***(118)

難治性涙道閉塞症に対する涙管チューブ挿入術後におけるレバミピド点眼液の効果

2015年3月31日 火曜日

444あたらしい眼科Vol.5103,22,No.3(00)444(134)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(3):444.448,2015cはじめにレバミピドは消化性潰瘍用内服剤として20年以上前から使用されており,その薬理作用として粘液分泌増加,粘膜の保護や治癒促進,消炎作用など多数報告されている1).一方,同成分で構成されたレバミピド点眼液は2011年に開発され,角結膜ムチン産生促進作用や角結膜上皮の改善作用を介してドライアイ治療用点眼剤として使用されているが,近年では角結膜のバリア機能の保持や抗炎症作用も注目されている2.5).涙.炎は涙.および鼻涙管の粘膜障害に引き続いて起こる炎症性涙道疾患であるが,レバミピド点眼液の排泄時に涙道粘膜にも薬剤が接触することから,涙道粘膜にも角結膜同様〔別刷請求先〕三村真士:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MasashiMimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN難治性涙道閉塞症に対する涙管チューブ挿入術後におけるレバミピド点眼液の効果三村真士*1,2市橋卓*2布谷健太郎*2藤田恭史*2今川幸宏*2佐藤文平*2植木麻理*1池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪回生病院眼科EffectofRebamipideSuspensionafterLacrimalIntubationtoTreatIntractableDacryocystitisMasashiMimura1,2),MasaruIchihashi2),KentaroNunotani2),YasushiFujita2),YukihiroImagawa2),BunpeiSato2),MariUeki1)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital目的:ドライアイ治療薬であるレバミピド(ムコスタR)点眼液は,角結膜上皮障害に対する創傷治癒効果や抗炎症効果も報告されている.一方,点眼液は排泄時に涙道粘膜に接触することから,涙道粘膜にも同様の効果が期待できる可能性がある.涙.炎を合併した難治性鼻涙管閉塞症の術後において,レバミピド点眼液により涙道粘膜の炎症所見の改善を得た3症例について報告する.症例:涙.炎を伴った鼻涙管閉塞症に対して涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術を行うも,術後も涙.炎が遷延し涙.粘膜の線維化が進行した3例.術後に合併したドライアイに対してレバミピド点眼を追加したところ,3例とも涙道粘膜の消炎および線維化の改善を認めた.また,その後の経過観察において,レバミピド点眼液使用の有無と涙道粘膜の炎症所見は相関していることが観察された.結論:レバミピド点眼は涙道粘膜に対して創傷治癒効果や抗炎症効果がある可能性が示唆された.Rebamipideophthalmicsuspensionisusedtotreatcasesofdry-eyesyndromebyreducinginflammationandpromotingwoundhealingofthecorneaandconjunctiva.Moreover,rebamipideisthoughttohavesimilarbenefitsforthetreatmentofdamagedmucosaandimpairedlacrimalductdrainage.Inthispresentstudy,wereport3casesofintractabledacryocystitiswithdry-eyesyndromeinvolvementinwhichrebamipidehelpedtorepairthedamagedlacrimalmucosa.Inall3cases,lacrimalstentintubationwasperformedunderdacryoendoscopy,althoughthesuspendeddacryocystitisdamagedtheirlacrimalmucosa,thusresultinginfibrosisofthemucosa.Next,rebamipideophthalmicsuspensionwasinstilledpostoperativelyineachpatienttotreatcomplicateddryeyesyndrome.Simultaneously,thedacryocystitisineachcasegraduallyreducedviahealingofthemucosa.Ourfindingsshowthatrebamipideeffectivelyreducesinflammationandaccelerateshealingofthelacrimalmucosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(3):444.448,2015〕Keywords:レバミピド,涙.炎,涙道閉塞,涙道内視鏡,創傷治癒.rebamipide,dacryocystitis,dacryostenosis,dacryoendoscope,woundrepair.(00)444(134)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(3):444.448,2015cはじめにレバミピドは消化性潰瘍用内服剤として20年以上前から使用されており,その薬理作用として粘液分泌増加,粘膜の保護や治癒促進,消炎作用など多数報告されている1).一方,同成分で構成されたレバミピド点眼液は2011年に開発され,角結膜ムチン産生促進作用や角結膜上皮の改善作用を介してドライアイ治療用点眼剤として使用されているが,近年では角結膜のバリア機能の保持や抗炎症作用も注目されている2.5).涙.炎は涙.および鼻涙管の粘膜障害に引き続いて起こる炎症性涙道疾患であるが,レバミピド点眼液の排泄時に涙道粘膜にも薬剤が接触することから,涙道粘膜にも角結膜同様〔別刷請求先〕三村真士:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MasashiMimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN難治性涙道閉塞症に対する涙管チューブ挿入術後におけるレバミピド点眼液の効果三村真士*1,2市橋卓*2布谷健太郎*2藤田恭史*2今川幸宏*2佐藤文平*2植木麻理*1池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪回生病院眼科EffectofRebamipideSuspensionafterLacrimalIntubationtoTreatIntractableDacryocystitisMasashiMimura1,2),MasaruIchihashi2),KentaroNunotani2),YasushiFujita2),YukihiroImagawa2),BunpeiSato2),MariUeki1)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital目的:ドライアイ治療薬であるレバミピド(ムコスタR)点眼液は,角結膜上皮障害に対する創傷治癒効果や抗炎症効果も報告されている.一方,点眼液は排泄時に涙道粘膜に接触することから,涙道粘膜にも同様の効果が期待できる可能性がある.涙.炎を合併した難治性鼻涙管閉塞症の術後において,レバミピド点眼液により涙道粘膜の炎症所見の改善を得た3症例について報告する.症例:涙.炎を伴った鼻涙管閉塞症に対して涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術を行うも,術後も涙.炎が遷延し涙.粘膜の線維化が進行した3例.術後に合併したドライアイに対してレバミピド点眼を追加したところ,3例とも涙道粘膜の消炎および線維化の改善を認めた.また,その後の経過観察において,レバミピド点眼液使用の有無と涙道粘膜の炎症所見は相関していることが観察された.結論:レバミピド点眼は涙道粘膜に対して創傷治癒効果や抗炎症効果がある可能性が示唆された.Rebamipideophthalmicsuspensionisusedtotreatcasesofdry-eyesyndromebyreducinginflammationandpromotingwoundhealingofthecorneaandconjunctiva.Moreover,rebamipideisthoughttohavesimilarbenefitsforthetreatmentofdamagedmucosaandimpairedlacrimalductdrainage.Inthispresentstudy,wereport3casesofintractabledacryocystitiswithdry-eyesyndromeinvolvementinwhichrebamipidehelpedtorepairthedamagedlacrimalmucosa.Inall3cases,lacrimalstentintubationwasperformedunderdacryoendoscopy,althoughthesuspendeddacryocystitisdamagedtheirlacrimalmucosa,thusresultinginfibrosisofthemucosa.Next,rebamipideophthalmicsuspensionwasinstilledpostoperativelyineachpatienttotreatcomplicateddryeyesyndrome.Simultaneously,thedacryocystitisineachcasegraduallyreducedviahealingofthemucosa.Ourfindingsshowthatrebamipideeffectivelyreducesinflammationandaccelerateshealingofthelacrimalmucosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(3):444.448,2015〕Keywords:レバミピド,涙.炎,涙道閉塞,涙道内視鏡,創傷治癒.rebamipide,dacryocystitis,dacryostenosis,dacryoendoscope,woundrepair. の薬理作用が期待できる可能性があると考えられる.今回筆者らは,涙.炎を合併した難治性涙道閉塞症に対する涙管チューブ挿入術後において,ドライアイを合併したためレバミピド点眼液を使用したところ,ドライアイの改善のみならず涙道粘膜の治癒にも貢献したと思われた3例を経験したので報告する.I症例症例は涙.炎を伴った難治性鼻涙管閉塞症に対して涙管チューブ挿入術を施行し,併発するドライアイに対して術後にレバミピド点眼液を使用した3例.手術は全例に局所麻酔下に涙道内視鏡(FT-2000E;FiberTechCo.,Ltd.,Tokyo,Japan)下涙管チューブ挿入術を施行した.術後管理は2週間ごとの涙道内視鏡による涙道洗浄および涙道内の観察を行い,術後点眼としてレボフロキサシン(クラビットR)点眼1日4回,ステロイド(リンデロンR)点眼1日4回を処方し,それに加えて,術後ドライアイに対してレバミピド(ムコスタR)点眼1日4回を使用した.涙管チューブは術後8週間で全例抜去し,術後12カ月以上経過観察を行った.以下に3症例を示す.〔症例1〕60歳,男性.4年前に左慢性涙.炎を発症し,tearmeniscusheight(TMH)の上昇を認めるものの,break-uptime(BUT)は5秒と短縮し,角結膜に上皮障害を認めないもののドライアイの自覚症状を認めた.涙道内視鏡検査の結果,鼻涙管開口部閉塞に起因する涙.炎を認めたため,涙管チューブ挿入術(使用チューブ:LacrifastR,KANEKA)を行い,術後にムコスタR点眼を併用した.その結果,BUTは改善,涙.粘膜手術時チューブ抜去時は消炎し,閉塞部は開放された(図1).しかし,抜去後にすべての点眼を中止したところ,抜去1カ月後の再診時には流涙症状の再発と内視鏡下に涙道粘膜の炎症再燃を認めた.そこでムコスタR点眼(1日4回)のみを再開したところ,再開1カ月後には涙道粘膜の炎症は軽快し,自覚症状も改善した.約3カ月間点眼を継続し,涙道粘膜が安定したことを確認して点眼を中止したが,術後12カ月以上にわたって再発は認めていない.〔症例2〕73歳,男性.水泳を趣味としており,週2日,12年間ジムに通っていた.スイミングプールの水に起因すると思われた右慢性涙.炎を5年前に発症した6).TMHの上昇を認め,角結膜上皮障害は認めないものの,BUT短縮(5秒)およびドライアイの自覚症状を認めた.涙管チューブ挿入術(使用チューブ:LacrifastR,KANEKA)時の涙道内視鏡所見は,鼻涙管が全長で閉塞しており,粘膜は高度の炎症に伴い線維化を呈していた(図2).術後経過は良好で,BUTは改善し,チューブ抜去時には鼻涙管は開放,粘膜は消炎し涙道粘膜は再建されていた.しかし,抜去後すべての点眼を終了したところ,流涙症状の再発および涙道粘膜の炎症再燃を認めた.そこで,ムコスタR点眼(1日4回)のみ再開したところ,1カ月後には粘膜は再度軽快した.しかし,術後も涙道粘膜障害の原因と推測されるスイミングプールの水には継続的に曝露されており,ムコスタR点眼を中止すると粘膜の炎症所見が悪化する傾向にあったため,現在もムコスタR点眼を続行している.術後12カ月以降再閉塞には至っていない.〔症例3〕85歳,男性.両眼進行性の原発開放隅角緑内障にて経過観察中.左眼は1カ月後2カ月後図1症例1における涙道内視鏡所見の経過(135)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015445 手術時チューブ抜去時1カ月後2カ月後図2症例2における涙道内視鏡所見の経過術後4カ月点眼開始後ムコスタ.点眼開始1カ月2カ月3カ月6カ月9カ月12カ月図3症例3における涙道内視鏡所見の経過光覚,右眼はGoldmann視野計による動的量的視野測定でることができず,ヒアルロン酸ナトリウム点眼を追加のう湖崎分類IIIbと進行しており,ビマトプロスト点眼およびドえ,ビマトプロスト点眼は従来どおり継続されていた.そのルゾラミド点眼を処方されていた.経過中,薬剤性角膜上皮結果,6カ月後に薬剤に起因すると思われる鼻涙管閉塞症お障害,眼瞼炎,マイボーム腺機能不全を認めたため,薬剤アよび涙.炎を発症した.レルギーを疑って皮膚テストを行ったところ,プロスタグラ涙道内視鏡所見の経過を図3に示す.涙管チューブ挿入術ンジン系点眼剤に対してアレルギー陽性反応を認めた.しか(使用チューブ:NSTR,KANEKA)後4カ月の時点で涙道はし,不整脈の既往があるためにbブロッカー点眼を使用す開放していたが,ビマトプロスト点眼の影響により涙道粘膜(136) の炎症が持続していた.角膜上皮障害(フルオレセイン染色スコア4点)を伴うドライアイ症状が発現し,眼瞼炎に伴うマイボーム腺機能不全を認めたため,ムコスタR点眼を開始したところ,角結膜上皮障害の改善(フルオレセイン染色スコア1点)と並行して,涙道粘膜も炎症所見および線維化が徐々に改善していった.しかし,ムコスタR点眼を開始後6カ月で涙道粘膜はやや落ち着いたため,ムコスタR点眼を一旦終了したところ,急激に涙.炎は再燃増悪し,総涙小管までもが閉塞した.閉塞した総涙小管を開放しムコスタR点眼を再開したが,眼表面の炎症は鎮静化するものの不可逆性の薬剤性涙道上皮障害が徐々に進行し,点眼再開後12カ月で涙道の全長閉塞に至った.II考按今回の筆者らの経験した3症例において,難治性慢性涙.炎に対して行った涙管チューブ挿入術後に,レバミピド点眼が涙道粘膜の消炎および治癒促進作用を発現していることが示唆された.レバミピド点眼はムチン産生促進を介して角結膜の上皮障害を改善するドライアイ治療剤として開発された.また,最近の研究では角膜上皮のtightjunctionの強化,抗TNF(腫瘍壊死因子)a作用による上皮障害の抑制,酸化ストレスからの障害抑制などもレバミピドの効果として報告されている2.5,7).一方,点眼後の薬剤排泄時に涙道粘膜にも接触することで,涙道粘膜にも角結膜同様の薬理作用を発現する可能性が考えられる.さらに懸濁液である製品の特性上,涙道内に留まりやすいことが予想され,実際今回の症例においても涙道内視鏡下に涙道内に滞留した薬剤の細粒を認めており,この点からもレバミピド点眼の涙道粘膜に対する薬効発現が期待される.そこで角結膜上皮と涙道上皮の相違点について検討すると,双方ともに重層扁平上皮(角膜,涙小管)もしくは立方.円柱上皮(結膜,涙.,鼻涙管)に覆われており,ムチンを分泌する杯細胞を有する(結膜,涙.,鼻涙管)ことが共通点としてあげられる8,9).また,涙.鼻涙管上皮に発現するムチンのmRNAはMUC1,2,4,5AC,5B,6,7,16と広範囲にわたって確認されている10,11).一方結膜では,膜結合型のMUC1,4,16,分泌型のMUC5AC,5Bが確認されており12),共通点が多いことからもレバミピド点眼による結膜への薬理作用が涙.鼻涙管粘膜にも期待される.さらに,胃粘膜におけるレバミピドの薬効は粘液分泌増加やプロスタグランジン生合成促進による粘膜保護や治癒促進,炎症性細胞浸潤抑制やヒドロキシラジカル除去による胃の粘膜消炎作用などが多数報告されている1).胃粘膜と涙.鼻涙管粘膜との共通点は,双方ともに円柱上皮で覆われ,粘液分泌細胞により形成される上皮下腺組織を有することである.また,胃粘膜で生成されるムチンは膜結合型のMUC1,16,(137)分泌型のMUC5AC,6であり,涙.鼻涙管粘膜とそれと共通項があることからも,胃に対するレバミピドの効果が涙.鼻涙管に対して同様に発揮される可能性を示唆している.さらに,涙.鼻涙管は角結膜に比して血管が豊富であり,この点ではレバミピド内服による作用のうち,胃粘膜における粘膜血流促進や好中球遊走抑制作用による創傷治癒促進および抗炎症作用を期待できる.以上の文献的考察より,レバミピドが涙道粘膜の消炎,創傷治癒,ストレスからの障害抑制などを介して,炎症性涙道疾患および閉塞性涙道疾患に対して有効である可能性が高いと考えられた.今回筆者らの経験した症例では,実際に涙.炎による涙道粘膜の障害に対してレバミピド点眼が消炎,粘膜治癒促進作用を発揮したと考えられる結果を得た.涙.炎における涙.鼻涙管粘膜は,貯留した膿性物質と常に接することで継続的に障害される環境にあり,また治療に至るまで数年間放置することもまれではない.これは角結膜に比べて過酷な環境と考えられる.このような高度に障害された涙道粘膜に対して,レバミピドは粘膜の健常化を促進した.症例1では再発性涙.炎に対してレバミピド点眼による消炎作用が著効した.レバミピド点眼により,粘膜の炎症によるフィブリンの析出は減少し,粘膜の線維化は創傷治癒効果で上皮化が促進され,粘膜の色調が改善する様子からは,やはり角結膜や胃粘膜と同様の効果を涙道粘膜に発揮していると予想された.症例2および3のように,涙道閉塞が治癒した後もスイミングプールの水や点眼剤といった粘膜障害の原因を取り除けない場合において,レバミピドが涙道粘膜障害の再燃を抑制していると考えられたことから,涙道粘膜障害に対する予防的投与としても効果を発揮する可能性があると考えられた.残念ながら症例3においては,緑内障点眼治療とのジレンマの結果,レバミピド点眼を続行していたにもかかわらず最終的に涙道の全長閉塞に至った.その理由としては,レバミピド点眼の消炎,粘膜保護作用を上回る,緑内障点眼による薬剤性上皮障害が加わったことのほかに,レバミピド点眼を一時中止したことにより,涙小管の高度狭窄をきたしたため,レバミピド点眼が十分に涙道粘膜に到達しなくなり,進行性に涙道障害が進展した可能性が考えられた.以上より,レバミピド点眼は涙道閉塞症や涙.炎の治療,さらにはリスクファクターの高い正常例や涙道狭窄症において涙道障害の進行予防にも使用できる可能性があると考えられる.今後さらに症例を集めて前向きにムコスタR点眼の涙道閉塞性疾患への効果を検証する必要があると考えられた.文献1)ArakawaT,HiguchiK,FujiwaraYetal:15thanniversaryofrebamipide:lookingaheadtothenewmechanismsandnewapplications.DigDisSci50(Suppl1):S3-S11,あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015447 2)ArakakiR,EguchiH,YamadaAetal:Anti-inflammatoryeffectsofrebamipideeyedropadministrationonocularlesionsinamurinemodelofprimarySjogren’ssyndrome.PloSOne9:e98390,20143)KimuraK,MoritaY,OritaTetal:ProtectionofhumancornealepithelialcellsfromTNF-a-induceddisruptionofbarrierfunctionbyrebamipide.InvestOphthalmolVisSci54:2572-2760,20134)中嶋秀雄,浦島博樹,竹治康広ほか:ウサギ眼表面ムチン被覆障害モデルにおける角結膜障害に対するレバミピド点眼液の効果.あたらしい眼科29:1147-1151,20125)竹治康広,田中直美,篠原久司:酸化ストレスによる角膜上皮バリアの障害に対するレバミピドの効果.あたらしい眼科29:1265-1269,20126)近藤衣里,渡辺彰英,上田幸典ほか:涙道閉塞と習慣的プールの利用の関係.あたらしい眼科29:411-414,20127)TanakaH,FukudaK,IshidaWetal:RebamipideincreasesbarrierfunctionandattenuatesTNFa-inducedbarrierdisruptionandcytokineexpressioninhumancornealepithelialcells.BrJOphthalmol97:912-916,20138)石橋達朗:いますぐ役立つ眼病理.眼科プラクティス8,文光堂,20069)FontRL,CroxattoJO,RaoNA:TumorsoftheEyeandOcularAdnexa.247,AmericanRegistryofPathologyincollaborationwiththeArmedForcesInstituteofPathology,Washington,D.C.,200610)PaulsenFP,CorfieldAP,HinzMetal:Characterizationofmucinsinhumanlacrimalsacandnasolacrimalduct.InvestOphthalmolVisSci44:1807-1813,200311)JagerK,WuG,SelSetal:MUC16inthelacrimalapparatus.HistochemCellBiol127:433-438,200712)崎元暢:結膜:眼表面におけるムチン研究の動向.眼科54:965-974,2012***(138)

小児涙道疾患における鼻性鼻涙管狭窄の特徴

2014年7月31日 木曜日

《第2回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科31(7):1033.1036,2014c小児涙道疾患における鼻性鼻涙管狭窄の特徴松村望*1後藤聡*2藤田剛史*1平田菜穂子*1大野智子*1*1神奈川県立こども医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科RhinogenousNasolacrimalDuctStenosisinInfantsNozomiMatsumura1),SatoshiGoto2),TakeshiFujita1),NaokoHirata1)andTomokoOhno1)1)DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,KatsushikaMedicalCenter小児に先天鼻涙管閉塞と同様の流涙・眼脂の症状があり,色素残留試験は陽性であるが通水試験が通過する症例を鼻性鼻涙管狭窄と仮定し特徴を調べた.代表症例の検査所見は,色素残留試験は陽性,通水試験は分泌物を含んだ逆流がみられ,涙道造影では造影剤は鼻腔内へ漏出,涙道内視鏡所見は膜性鼻涙管の粘膜の密着,鼻内視鏡所見は下鼻甲介が外側寄りで下鼻道が押しつぶされたように狭いという特徴があった.2011年から2年間に神奈川県立こども医療センター眼科を初診し,涙道疾患があり色素残留試験が陽性で全身疾患を伴わない110例148側(平均月齢14.1カ月)のうち,臨床的な特徴から鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例は14例20側(13.5%)みられた.初診時月齢は平均20.2±11.5カ月であり,症状が間欠的な症例が78%,鼻炎を伴う症例が50%にみられた.鼻炎治癒後の治癒,通水試験後治癒,涙管チューブ挿入後の治癒,自然治癒がみられた.Purpose:Ininfantswithnasolacrimalductobstruction,irrigationwaspossiblewithpositiveresultsonthefluoresceindisappearancetest(FDT).Wesupposethesecasesasrhinogenousnasolacrimalductstenosis,becauseofnarrowinferiornasalmeatusofinfants.CasesandMethods:Thisstudyinvolved110infants(averageage:14.1months)withpositiveFDT,seenduringthepast24months.Results:Thecharacteristicsofrhinogenousnasolacrimalductstenosisseemtobeasfollows;FDTwaspositive,irrigationwaspossiblewithrefluxofsecretion,contrastradiographyofnasolacrimalductshowedleakageofcontrastmediumforinferiormeatus,lacrimalendoscopicexaminationshowedlowerendofnasolacrimalductstenosis,andnasalendoscopicexaminationshowednarrowinferiormeatus.Anaverageageatfirstvisittoourhospitalwas20.2±11.5months.7outof14cases(50.0%)hadrhinitisand7outof9cases(79.1%)hadintermittentsymptoms.Conclusion:OfallFDT-positiveinfants,13.5%hadrhinogenousnasolacrimalductstenosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1033.1036,2014〕Keywords:鼻性鼻涙管狭窄,涙道内視鏡,色素残留試験,通水試験,自然治癒.rhinogenousnasolacrimalductstenosis,dacryoendoscopy,fluoresceindisappearancetest,irrigationtest,spontaneousresolution.はじめに色素残留試験(fluoresceindisappearancetest:FDT)は,非侵襲的で簡便に先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)を診断する方法として有用とされており,その感度は90%,特異度は100%とする報告がある1).しかし,筆者らはCNLDOを疑われた5歳未満の小児31例にFDTと通水試験の両方を行いその一致率を調べた結果,FDT陽性小児の13.3%は通水が通り,結果が不一致であったと報告した2).筆者らは今回これらの「流涙・眼脂の症状がみられ,FDTは陽性であるが通水試験は通過する小児例」を鼻性鼻涙管狭窄と仮定し,その特徴を調べた.I対象および方法2011年1月から2013年1月に涙道疾患を疑われて神奈川県立こども医療センター眼科(以下,当科)を初診した143例198側を対象とした.全例にFDTを行い,FDTが陽性の症例のなかで,睫毛内反などの明らかな涙道疾患以外の疾患を有する症例を除外した.また,染色体異常,顔面奇〔別刷請求先〕松村望:〒232-8555横浜市南区六ッ川2-138-4神奈川県立こども医療センター眼科Reprintrequests:NozomiMatsumura,DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2-138-4Mutsukawa,Minami-ku,Yokohama232-8555,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(107)1033 図1鼻性鼻涙管狭窄の通水試験分泌物を含む逆流がみられる.図3鼻性鼻涙管狭窄の色素残留試験1歳7カ月,女児.左眼の流涙・眼脂がみられ,左眼の色素残留試験は陽性.直後に行った通水試験は,分泌物を含む逆流を伴ったが,通過した.形などの全身疾患を伴う症例を除外した.これらを満たす6歳未満の小児110例148側(男性56例,女性54例,平均月齢14.1±13.9カ月)を対象とし,後ろ向きに調査した.本調査については院内倫理委員会にて承認を得た.II結果1.代表症例14歳,女児.1歳ころから左眼の流涙・眼脂の症状が出現.眼脂の程度は多いときと少ないときがあったが,最近は持続的に眼脂がみられる.鼻炎,結膜炎の既往なし.FDTは左眼のみ陽性であった.全身麻酔下での通水試験では分泌物を含んだ逆流がみられたが(図1),涙道造影では鼻腔内に造影剤の漏出がみられた(図2).涙道内視鏡検査では,涙道内に分泌物の貯留がみられた.膜性鼻涙管部分から下部開口部まで,涙道粘膜はぴったりと密着していたが,閉塞はみられなかった.この部分の粘膜の密着をはがすようにして涙道内視鏡を進め,涙管チューブを挿入した.涙道内に他の病変はみられなかった.鼻内視鏡検査では,健側の右の鼻涙管開口部は観察可能で異常はみられなかったが,患側の左側は下鼻甲介が外側寄りで下鼻道は押しつぶされたように狭く,鼻涙管開口部を確認できなかった.術直後より症状は消失し,色素1034あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014図2鼻性鼻涙管狭窄の涙道造影造影剤の鼻腔内への漏出がみられる.矢印:仰臥位のため鼻腔内に貯留した造影剤.残留試験も陰性となった.術後20日で涙管チューブを抜去し,術後2年の現在も症状はなく治癒している.2.代表症例21歳7カ月,女児.生後8カ月ころから左眼の流涙・眼脂の症状が出現.眼脂は多いときと少ないときがあるが,いつも左眼が涙でうるんでいる.CNLDOを疑われて当科を紹介受診した.鼻炎,結膜炎の既往なし.FDTは左眼のみ陽性であった(図3).鎮静下での通水試験は,分泌物を含んだ逆流がみられたが,強い抵抗はなく通過した.通水試験後,眼脂の症状は軽快した.その後も左眼がときどき涙でうるむ感じは断続的に続き,FDTは受診時によって陽性の日も陰性の日もあったが,1年後には症状が消失し,自然治癒した.代表症例1はFDT,通水試験,涙道造影,涙道内視鏡検査,鼻内視鏡検査の結果から,鼻性鼻涙管狭窄であると診断した.代表症例2は内視鏡検査は行っていないが,臨床経過,FDT,通水試験の結果から,代表症例1と類似の病態であると推察した.代表症例と同様の症例がこれらを含めて14例20側みられたため,これらを鼻性鼻涙管狭窄と仮定し,特徴を調べた.3.初診時月齢鼻性鼻涙管閉塞と考えられた14例の初診時月齢は平均20.2±11.5カ月であった.同期間に狭義CNLDOと診断した50例の初診時月齢は,平均11.2±9.1カ月であった.狭義CNLDOの診断は,対照群のなかで,流涙・眼脂の症状が生後2カ月未満に発症,FDT陽性,鎮静下または全身麻(108) 酔下での通水試験が不通,以下の疾患(涙点閉鎖・涙小管形成不全・先天性涙.ヘルニア・後天性涙道閉塞・涙.皮膚瘻)を除外を満たすものとした.4.鼻炎の既往14例中7例(50.0%)に鼻炎の既往があった.5.症状の間欠性症状の持続性が確認できた9例について,おもに眼脂の症状が間欠的であった症例は7例(77.8%),持続的であった症例は2例(22.2%)であった.6.患側14例中8例(57.1%)は両側性であり,6例(42.8%)は片側性であり,両側性のほうがやや多かった.7.治療鼻炎のあった7例中6例は鼻炎の治療および治癒により治癒した.自然治癒2例,通水試験後治癒2例,涙管チューブ挿入による治癒1例,経過観察中3例であった.III考按小児の涙道狭窄や閉塞は,そのほとんどが狭義CNLDO,すなわち鼻涙管下端の膜状閉鎖であると考えられてきた1,3,4).CNLDOに対するFDTの特異度は100%であるとする報告があるが1),これは低年齢の小児においては,FDT陽性の症例全例が先天性の鼻涙管閉塞であり鼻涙管狭窄は存在しないとも捉えられる.しかし,実際の臨床においては,CNLDOと似た流涙・眼脂の症状を呈し,色素残留試験は陽性であっても通水が通過する症例を経験する.今回はこのような症例に対し,涙道造影,涙道内視鏡,鼻内視鏡にて精査を行った症例の所見をもとに鼻性鼻涙管狭窄という病態を仮定し,同様と推察される症例の臨床的特徴について報告した.小児の下鼻道は一般的に未発達で狭いため,鼻涙管開口部付近での通過障害を起こしやすいと推察される.上気道炎や鼻炎などが加わった際に,鼻粘膜の炎症や浮腫をきたすことでさらに通過障害を起こしやすくなると考えられる.上気道炎や鼻炎は生後しばらくしてから罹患し,症状も変動するため,発症時期にばらつきが生じたり症状が間欠的であったりすると推察される.そして,鼻粘膜の炎症が治癒したり下鼻道が発達したりすることで,鼻涙管開口部付近の狭窄が解除され,自然治癒するケースがあると推察される.また,通水試験や涙管チューブ挿入を行った場合,鼻涙管の通過障害が一旦解除され,分泌物などが洗い流されることで症状が軽快し,治癒に至るケースもあると考えられる.今回報告した症例の臨床的な特徴や内視鏡所見から,小児が鼻涙管狭窄を起こす場合のおもな原因は,下鼻道の物理的な狭さではないかと筆者らは推察している.一方で,成人における原発性鼻涙管閉塞・狭窄の原因はいまだ不明ではあるが,涙道粘膜における何らかの炎症の結果,涙道粘膜上皮の扁平上皮化生や線維化を起こすことによると考えられており,おもな原因は涙道粘膜の炎症と考えられている5).このように,小児と成人の鼻涙管狭窄は,おもな原因が異なると考えられる.原因の違いは予後や治療方針の違いにつながり,成人の鼻涙管狭窄や閉塞は一般的に自然治癒しないが,小児の鼻涙管狭窄や閉塞は自然治癒しやすいという違いにつながると考えられる.今回報告したような鼻涙管狭窄と考えられる小児が一定の割合でみられることから,局所麻酔下での通水試験が困難な小児にFDT陽性のみでCNLDOと診断した場合,鼻涙管狭窄の症例が一定の割合で混在すると考えられる.本報告において,鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例の平均初診時月齢が20.2カ月であり,狭義CNLDOと診断した症例の平均初診時月齢11.2カ月よりも高い傾向がみられたことから,比較的高月齢の小児に鼻涙管狭窄の割合が高いのではないかと推察された.CNLDOの治療時期について,Youngらは生後12カ月で重症の場合と,生後18カ月で軽症の場合,プロービングを推奨している1).また,林らは生後18カ月以上でプロービングを検討し,24カ月以上は全例プロービングを検討すべきとしている6).今回の報告で鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例の平均初診時月齢が20.2カ月(1歳8カ月)であったことから,プロービングを考慮すべき月齢で初診する症例のなかに鼻性鼻涙管狭窄の症例が一定数含まれる可能性を考慮する必要があると考えられた.このため筆者らは小児の涙道疾患の診断を行う際に,・発症時期が生後2カ月以降・初診時月齢が生後12カ月以降・症状が間欠的・鼻炎の既往があるこのような症例は鼻性鼻涙管狭窄を念頭におき,耳鼻科の紹介による鼻炎の有無の確認や,経過観察による症状やFDTの変動の確認などを行っている.また,涙点閉鎖や流行性角結膜炎後の涙道内瘢痕癒着などの後天性涙道閉塞も高月齢の小児例が多いため,涙点および結膜の観察や,結膜炎の既往に関する問診を重視している.それでもCNLDOとの鑑別が困難な症例に治療方針を決定する際には,可能な月齢の症例には鎮静下での通水検査を確定診断のために行っている.これにより,さらに長期の経過観察が可能な症例と,プロービングを行うべき症例の鑑別が可能となる場合があると考えられる.今回筆者らは鼻性鼻涙管狭窄という病態を仮定したが,CNLDOと同様の症状を呈する低年齢の小児のなかに,鼻涙管下端の膜状閉鎖のような器質的な閉塞がない症例が含まれる可能性を認識することは,小児の涙道疾患の診断と治療を行ううえで重要であると考えられた.(109)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141035 利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MacEwenCJ,YoungJD:Thefluoresceindisappearancetest(FDT):anevaluationofitsuseininfants.JPediatrOphthalmolStarbismus28:302-305,19912)松村望,後藤聡,石戸岳仁ほか:先天性鼻涙管閉塞症に対する色素残留試験の感度.臨眼67:669-672,20133)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19974)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Primarytreatmentofnasolacrimalductobstructionwithprobinginchildrenyoungerthan4years.Ophthalmology115:577584,20085)McCormickSA,LinbergJV:Pathologyofnasolacrimalductobstruction.LacrimalSurgery(LinbergJV),p169202,ChurchillLivingstone,NewYork,19886)林憲吾,嘉鳥信忠,小松裕和ほか:先天鼻涙管閉塞の自然治癒率および月齢18カ月以降の晩期プロービングの成功率:後ろ向きコホート研究.日眼会誌118:91-97,2014***1036あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(110)