《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(4):552.555,2023c単純ヘルペスウイルスとメチシリン耐性ブドウ球菌の混合感染による角膜炎のC1例森山望*1春木智子*2清水由美子*2宮﨑大*2井上幸次*3*1鳥取県立中央病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学*3日野病院組合日野病院CACaseofKeratitisCausedbyaMixedInfectionofHerpesSimplexVirusandMethicillin-resistantStaphylococcusNozomiMoriyama1),TomokoHaruki2),YumikoShimizu2),DaiMiyazaki2)andYoshitsuguInoue3)1)DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital,2)CofMedicine,TottoriUniversity,3)HinoHospitalCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,Faculty目的:単純ヘルペスウイルス(HSV)とメチシリン耐性菌による角膜炎に対し,多面的な検査を用い診断・治療を行った症例の報告.症例:46歳,男性.アトピー性皮膚炎,左眼CHSV角膜炎の既往あり.左眼の視力低下,眼痛にて前医を受診.角膜穿孔の可能性があり,鳥取大学医学部附属病院眼科に紹介受診となった.左眼に菲薄化を伴った角膜潰瘍と,樹枝状病変を認めたため,HSVと細菌の混合感染を疑い,バラシクロビル内服,アシクロビル眼軟膏,セフメノキシム点眼,セファゾリン点滴を開始した.Real-timePCR検査でCmecA遺伝子,HSV-DNAが検出され,培養ではメチシリン耐性CStaphylococcusChaemolyticusが陽性となったためバンコマイシン点滴と点眼(0.5%)へ変更した.以後Creal-timePCRを再検しながら各薬剤を漸減終了し,瘢痕治癒した.結論:混合感染による角膜炎では多面的な検査が必要であり,とくにCreal-timePCRは診断,治療薬の減量・中止の判断や病態の推測に有用である.CPurpose:Toreportacaseofkeratitiscausedbyherpessimplexvirus(HSV)andmethicillin-resistantbacte-riaCthatCwasCdiagnosedCandCtreatedCbasedConCtheCresultsCofCmultipleCexaminations.CCaseCreport:AC46-year-oldCmaleCpatientCwithCatopicCdermatitisCandCaChistoryCofCHSVCkeratitisCofChisCleftCeyeCvisitedCaClocalCclinicCdueCtoCdecreasedCvisionCandCpainCinChisCleftCeye.CAnCimpendingCcornealCperforationCwasCobserved,CsoCheCwasCreferredCtoCourdepartmentfortreatment.Uponexamination,acornealulcerwiththinninganddendriticlesionswasobservedinChisCleftCeye,CandCaCmixedCHSV/bacteriaCinfectionCwasCsuspected.CReal-timeCPCRCdetectedCtheCmecACgeneCandCHSV-DNA,CandCtheCcultureCwasCpositiveCforCmethicillin-resistantCStaphylococcusChaemolyticus,CsoCheCwasCtreatedCwithCvalacyclovir,CtopicalCacyclovir,CandCvancomycin.CBasedConCtheC.ndingsCofCrepeatedCreal-timeCPCRCtests,CtheCdrugsweregraduallytaperedo.andthescarhealed.Conclusion:Incasesofkeratitiscausedbyamixedinfec-tion,Creal-timeCPCRCisCespeciallyCusefulCforCtheCdiagnosis,CtheCdecisionCofCdrugCreductionCandCcessation,CandCtheCinterpretationofthepathologicalstate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(4):552.555,C2023〕Keywords:混合感染,単純ヘルペスウイルス,メチシリン耐性CStaphylococcushaemolyticus,real-timePCR.Cmixedinfection,herpessimplexvirus,methicillin-resistantStaphylococcushaemolyticus.Cはじめに単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)角膜炎は樹枝状角膜炎や地図状角膜炎など,典型的な臨床像を示すことが多いが,混合感染を起こすと非典型的な臨床像や経過を示すことが多く,的確に診断し治療することが困難である1).実臨床で,混合感染による角膜炎は一定数存在していると考えられるが,混合感染であることを明確に示した報告は多くはない1.5).今回筆者らはCHSVとメチシリン耐性StaphylococcusChaemolyticus(S.haemolyticus)による混合感染角膜炎に対し,real-timePCR(polymerasechainreac-〔別刷請求先〕森山望:〒680-0901鳥取県鳥取市江津C730鳥取県立中央病院眼科Reprintrequests:NozomiMoriyama,DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital,730Ezu,Tottori-shi,Tottori680-0901,JAPANC552(120)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(120)C552C0910-1810/23/\100/頁/JCOPYtion)を含む多面的な検査が診断,治療に有効であったC1例を経験したので報告する.なお,本症例報告の執筆・投稿について患者の自由意思による同意を得た.CI症例患者:46歳,男性.主訴:左眼視力低下,眼痛,羞明.既往歴:アトピー性皮膚炎,左眼CHSV角膜炎,左眼裂孔原性網膜.離に対して強膜バックリング術後,左眼白内障術後,両眼円錐角膜.数年前にハードコンタクトレンズ装用自己中断.現病歴:2021年C11月,1週間前からの左眼の視力低下と眼痛,羞明を訴え近医を受診した.左眼に角膜潰瘍を認め,角膜穿孔の可能性も考慮され,同日鳥取大学医学部附属病院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼C0.2(0.6C×sph.2.00D(cyl.6.00CDAx85°),左眼C0.07(0.1C×sph.2.00D)で,眼圧は右眼10mmHg,左眼C9mmHgと左右差はなく,角膜知覚はCochet-Bonnet角膜知覚計にて右眼C60Cmm,左眼はC30Cmmであった.左眼結膜に毛様充血を認め,角膜下方に径C5Cmm程度の円形上皮欠損と浸潤が認められ,菲薄化を伴っていた.形状解析では角膜炎による角膜浸潤部位に一致した限局性の菲薄化を認め,また形状的に突出せず,むしろ平坦化していたので,角膜炎による菲薄化が生じていると考えられた.菲薄部後面には少数の色素沈着を認め,前房細胞も認めた(図1).前房蓄膿は認めなかった.また,フルオレセイン染色で円形上皮欠損から瞳孔領に向かって伸びる樹枝状病変を認めた(図2).円形上皮欠損の上縁は,下縁のように平滑ではなく,不整な境界を示していた.眼瞼結膜に明らかなアレルギー所見は認めなかった.僚眼の右眼中央角膜はやや薄かったが,Vogt’sstriaeやCFleischerringは認めなかった.経過:初診時所見より,HSVと細菌の混合感染による角膜炎を疑った.HSVに対してバラシクロビルC1Cg/日内服,アシクロビル(ACV)眼軟膏C1日C5回を開始し,細菌に対しては穿孔の可能性を考慮して,薬剤毒性の要因のもっとも少ない生理食塩水溶解C0.5%セフメノキシム点眼をC1時間ごとで開始した.病因検索のために角膜下方の円形病変部を擦過し,各種検査に供した.塗抹検鏡ではグラム陽性球菌を多数認め,アカントアメーバや真菌は認めなかった.Real-timePCRではCbacteriaDNA(16srDNA)がC1.9C×104Ccopies/sample,メチシリン耐性遺伝子CmecAがC2.7C×103Ccopies/sample,HSV-DNAがC1.2C×106copies/sampleであった.培養はCS.haemolyticusが陽性であった.また,別の検体として樹枝状病変部を擦過しCHSV-DNAと水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)のCDNAをCreal-timePCRで検索したところ,HSV-DNAはC2.6C×107Ccopies/Csampleであり,VZV-DNAは陰性だった.以上の結果から,初診時所見で判断したとおり,HSVと細菌による混合感染であったことが確定された.初診日の翌日から入院し,S.haemolyticusに対してセファゾリン点滴を追加したが,Creal-timePCRでCmecAが検出され,入院C2日目には感受性結果よりメチシリン耐性CS.haemolyticusであること,加えてレボフロキサシンなどを含め多剤耐性であることが判明し(表1),セフメノキシム点眼を自家調剤C0.5%バンコマイシン点眼に,セファゾリン点滴をバンコマイシン点滴にそれぞれ切り替えた.このときすでに,樹枝状病変は消失していた.入院からC1週間後に,病変部上縁を擦過しCreal-timePCRを再検したところ,HSV-DNAはC1.3C×106Ccopies/sampleと減少しているものの,依然高値であったため,バラシクロビル内服は継続とした.一方,mecAはわずかな陽性反応を示すのみだった.臨床所見でも上皮欠損は明らかに縮小しており(図3),メチシリン耐性CS.haemolyticusに対しバンコマイシンが著効した結果と考え,バンコマイシン点滴を終了した.入院からC2週間後には,上皮欠損はさらに縮小した.Real-timePCRでは,mecAは陰性化し,HSV-DNAはC6.6C×104copies/sampleと著減したため,バンコマイシン点眼を漸減し,バラシクロビル内服を終了した.入院からC3週間後,上皮欠損はほぼ消失し(図4),Real-timePCRはわずかにフルオレセイン染色で染まる線状の部位を擦過し行った.mecAは陰性化を維持していたが,一方,HSV-DNAはC1.1C×103copies/sampleと依然検出され,陰性化は確認できなかったため,ACV眼軟膏は終了せず,1日C3回に減量し,入院からC4週間後に退院となった.退院後は涙液を検体としてCreal-timePCRを行い,HSV-DNAを測定した.退院からC7日後はC3.4C×103copies/sample,21日後はC6.9C×103copies/sample,42日後はC2.4C×103Ccopies/sampleと,数千コピーがC3回連続で検出された.しかし,その間に上皮欠損の再発や新たな病巣出現はなかったため,無症候で涙液中にウイルスが検出されるCsheddingの状態と判断し,退院からC70日後,ACV眼軟膏を中止した.左眼視力は矯正視力C0.4まで改善し,病巣部の菲薄化はあるものの瘢痕化し,現在まで再発を認めていない.CII考按アトピー性皮膚炎患者は,HSV角膜炎を発症しやすいことが知られている.要因として,HSVに対する細胞性免疫が低下していることや,湿疹のある皮膚ではCHSVが増殖しやすく,手を介して拡散させている可能性が示唆されている6).一般にアトピー性皮膚炎患者のCHSV角膜炎は,両眼性でおもに上皮型であり,遷延しやすいという特徴があり,アトピー性皮膚炎患者では,角膜擦過物・涙液のCHSV-DNA量が約C47倍増大し,再発期間を短縮する可能性があ(121)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C553C図1初診時前眼部写真図2初診時フルオレセイン染色写真菲薄化を伴った径C5Cmm程度の浸潤を認める.円形上皮欠損と瞳孔領に向かって伸びる樹枝状病変を認める.図3初診1週後前眼部写真上皮欠損の縮小を認める.図4初診3週後前眼部写真上皮欠損の消失を認める.表1分離されたStaphylococcusChaemolyticusの薬剤感受性薬剤名MIC(μg/ml)判定セファゾリンC≧4CRアルベカシンC≦1CSゲンタマイシンC≦0.5CSクリンダマイシンC≧8CRミノサイクリンC≦0.5CSバンコマイシンC1CSテイコプラニンC4CSレボフロキサシンC≧8CRリネゾリドC2CSダプトマイシンC0.25CSR:耐性(resistant)S:感受性(susceptible)ると報告されている7).また,アトピー性皮膚炎患者では,アトピー性皮膚炎をもたない患者に比べて,結膜.からの細菌の検出率が有意に高く,とくに黄色ブドウ球菌の検出率が高い8).このことからアトピー性皮膚炎患者はCHSVと同様,細菌性角膜炎を起こしやすいと考えられる.しかし,今回の症例で病因となったCS.haemolyticusについては,アトピー性皮膚炎との関連について報告はなく,関連性は不明である.CS.haemolyticusはコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagu-lasenegativeCstaphylococci:CNS)の一種であり,一般的な皮膚常在菌で,ヒトの腋窩や会陰,鼠径部から分離される.ヒト血液培養から分離されるCCNSのなかでは,Staphy-lococcusepidermidisについでC2番目に多い9).S.haemolyti-cusはメチシリン耐性を含めた多剤耐性を早期に獲得し,近年ではC71%がメチシリン耐性と報告されている10).S.Chae-molyticusが角膜炎を起こす頻度は低く,スペインでは細菌性角膜炎の約C1%程度と報告されている11).日本眼感染症学会の行った感染性角膜炎サーベイランスでも,261例中わずかC1株の分離だった12).S.haemolyticusは角膜炎の起炎菌として頻度が低いために,角膜における病原性は不明である.しかし,本菌がCCNSの一種であることから,単独で角(122)膜のCmeltingや菲薄化を起こすとは考えにくい.今回の症例では,HSVとの混合感染ゆえに穿孔も懸念される病態を示した可能性が考えられる.また,この患者はもともと円錐角膜であり,感染以前に円錐角膜による菲薄化がすでにあり,感染によってさらに菲薄化が増強した可能性も考えられる.HSVは角膜を含む口腔顔面領域への一次感染に続いて,三叉神経節などに潜伏感染する.ストレスをきっかけに再活性化すると,上皮型,あるいは実質型角膜炎を引き起こす13).HSVはCVZVと異なり,潜伏感染の状態であっても個体によってはごく軽度の増殖が継続的・断続的に起こっており,無症候性にウイルスが眼表面から検出されるCsheddingがある14).このためCHSV-DNAが検出されても角膜炎を引き起こすとは限らない.今回の症例では,アトピー性皮膚炎があったことや,臨床的に治癒したのちもCsheddingが継続したことを勘案すると,元々Csheddingがあったうえに細菌感染が生じ,それが誘因となってCHSVによる角膜炎が誘発された可能性が考えられた.本症例でもし定性的なCPCRを使用していた場合は,つねにCHSVのCPCRは陽性になることから,他の原因で起こった角膜炎をすべてヘルペス性と誤診してしまう可能性が出てくる.SheddingのあるCHSVでは量的な情報の得られるCreal-timePCRであってこそ有用であることをこの症例は示していると考える15).今回の症例では,real-timePCRを含む多面的な検査によって,HSVとメチシリン耐性CS.haemolyticusによる混合感染角膜炎であることが明確となった.また,治療過程において,臨床所見ではCHSV角膜炎に典型的な樹枝状病変は早期に消失したものの,定期的なCreal-timePCRにより,HSVの残存,S.haemolyticusの消失を捉えることが可能であり,治療薬の減量・中止の判断や病態の推測に有用だった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)YoshidaCM,CHariyaCT,CYokokuraCSCetal:DiagnosingCsuperinfectionCkeratitisCwithCmultiplexCpolymeraseCchainCreaction.JInfectChemotherC24:1004-1008,C20182)PorcarCPlanaCCA,CMunozCJM,CRocaCJMCetal:MoraxellanonliquefaciensCsuperinfectingCherpesCsimplexCkeratitis.CEurJOphthalmolC32:24-27,C20223)宮久保朋子,戸所大輔,横尾英明ほか:実質型角膜ヘルペスの経過中にCMycobacteriumchelonaeによる非定型抗酸菌感染を合併したC1例.日眼会誌125:136-141,C20214)HsuCHY,CTsaiCIL,CKuoCLLCetal:HerpeticCkeratouveitisCmixedCwithCbilateralCPseudomonasCcornealCulcersCinCvita-minCACde.ciency.CJCFormosCMedCAssocC114:184-187,C20155)北川和子,山村敏明,佐々木一之:混合感染を伴うヘルペス性角膜炎の検討.臨眼36:625-631,C19826)InoueY:Ocularinfectionsinpatientswithatopicderma-titis.IntOphthalmolClinC42:55-69,C20027)大松寛,宮﨑大,清水由美子ほか:単純ヘルペスウイルス角膜炎再発に関わる要因の評価.第C126回日本眼科学会総会,20228)NakataCK,CInoueCY,CHaradaCJCetal:AChighCincidenceCofCStaphylococcusaureusCcolonizationintheexternaleyesofpatientswithatopicdermatitis.OphthalmologyC107:2167-2171,C20009)TakeuchiCF,CWatanabeCS,CBabaCTCetal:Whole-genomeCsequencingCofCStaphylococcusChaemolyticusCuncoversCtheCextremeCplasticityCofCitsCgenomeCandCtheCevolutionCofChuman-colonizingstaphylococcalspecies.JBacteriolC187:C7292-7308,C200510)FarrellCDJ,CMendesCRE,CBensaciM:InCvitroCactivityCofCtedizolidCagainstCclinicalCisolatesCofCStaphylococcusClugdu-nensisCandCStaphylococcusChaemolyticusCfromCEuropeCandCtheCUnitedCStates.CDiagnCMicrobiolCInfectCDisC93:85-88,C201911)MedieroS,BotoA,SpiessKetal:Clinicalandmicrobio-logicalCpro.leCofCinfectiousCkeratitisCinCanCareaCofCMadrid,CSpain.EnfermInfeccMicrobiolClinC36:409-416,C201812)日本眼感染症学会:感染性角膜炎サーベイランス.日眼会誌110:961-972,C200613)RoweCAM,CStCLegerCAJ,CJeonCSCetal:HerpesCkeratitis.CProgRetinEyeResC32:88-101,C201314)KaufmanHE,AzcuyAM,VarnellEDetal:HSV-1DNAinCtearsCandCsalivaCofCnormalCadults.CInvestCOphthalmolCVisSciC46:241-247,C200515)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clini-calCapplicationCofCreal-timeCpolymeraseCchainCreactionCforCdiagnosisCofCherpeticCdiseasesCofCanteriorCsegmentCofCtheCeye.JpnJOphthalmolC52:24-31,C2008***(123)あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023C555C