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乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対し,ベバシズマブ硝子体内投与が奏効した1例

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1327.1329,2017c乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対し,ベバシズマブ硝子体内投与が奏効した1例堀内直樹*1,2,5富田洋平*1,5奥村良彦*2,4,5戸倉英之*3篠田肇*5坪田一男*5小沢洋子*5*1川崎市立川崎病院眼科*2足利赤十字病院眼科*3足利赤十字病院外科*4埼玉メディカルセンター眼科*5慶應義塾大学医学部眼科学教室CACaseofMetastaticChoroidalTumorSecondarytoBreastCancerTreatedbyIntravitrealBevacizumabNaokiHoriuchi1,2,5)C,YoheiTomita1,5)C,YoshihikoOkumura2,4,5)C,HideyukiTokura3),HajimeShinoda5),KazuoTsubota5)CandYokoOzawa5)1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,AshikagaRedCrossHospital,3)DepartmentofSurgery,AshikagaRedCrossHospital,4)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,5)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対し,ベバシズマブ硝子体内投与が奏効したC1例を経験したので報告する.症例は67歳,女性で,初診時の矯正視力は右眼(0.5p),左眼(1.2)であり,両眼の眼底に漿液性網膜.離を伴う腫瘍を認めた.乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍と診断され,両眼に放射線療法を施行されたが,右眼は全網膜.離となり,視力は光覚弁となった.左眼の視力は(1.2Cp)を維持していたが腫瘍の大きさは変わらなかった.ベバシズマブC1.25Cmg硝子体内投与を両眼にそれぞれC2回施行した.初回の投与で両眼の網膜下液は減少し,左眼の腫瘍径は縮小した.2回目の投与後には,右眼の網膜下液のさらなる減少と,左眼の網膜下液の消失,および腫瘍による隆起の消失が得られた.本症例ではベバシズマブ硝子体内投与が乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍による滲出性変化の抑制と腫瘍の縮小に効果を示した.CWeCreportCtheCcaseCofCaC67-year-oldCfemaleCwithCbilateralCmetastaticCchoroidalCtumorsCsecondaryCtoCbreastcancertreatedbyintravitrealbevacizumabinjections.At.rstvisit,herbest-correctedvisualacuity(BCVA)was(0.5p)righteyeand(1.2)lefteye.Althoughbotheyeshadreceivedradiation,herrightBCVAdiminishedtolightperceptionduetototalretinaldetachment;herlefteyealsohadretinaldetachmentandtherewasnoreductionintumorCsizeCbutCherCleftCBCVACremained(1.2)atCthisCtime.CSheCtwiceCreceivedCbilateralCintravitrealCbevacizumab(IVB)injections(1.25mg)C.Afterthe.rstinjection,serousretinaldetachmentinbotheyesandtumorsizeinherlefteyedecreased.Afterthesecondinjection,serousretinaldetachmentwasfurtherreducedinbotheyes,andthetumorinherlefteyewas.attened.TheIVBwase.ectiveintreatingchoroidaltumorssecondarytobreastcancer.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1327.1329,C2017〕Keywords:転移性脈絡膜腫瘍,ベバシズマブ,乳癌,滲出性網膜.離,腫瘍縮小.metastaticchoroidaltumor,bevacizumab,breastcancer,exudativeretinaldetachment,tumorregression.Cはじめに転移性脈絡膜腫瘍は,眼内の腫瘍のなかでもっとも頻度が高い1,2).原発巣としては肺癌や乳癌の比率が高く,両者で80%に及ぶ.眼底所見の特徴は,黄白色の扁平な円形隆起で,進行すると軽度から高度の滲出性網膜.離を伴うことがあり,黄斑部に網膜.離が及ぶと変視や視力低下をきたしうる.ベバシズマブ(AvastinCR,Genentech,USA)は,血管内皮細胞増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)に対するモノクローナル抗体で,VEGFファミリーのうち〔別刷請求先〕堀内直樹:〒210-0013神奈川県川崎市川崎区新川通C12-1川崎市立川崎病院眼科Reprintrequests:NaokiHoriuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMunicipalHospital,12-1Shinkawadori,Kawasaki-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa210-0013,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(115)C1327VEGF-Aに結合し,VEGF-Aが受容体(VEGFR-1,VEGFR-2,ニューロピリン)に結合するのを阻害する.この結果,腫瘍血管新生,腫瘍増殖,転移の抑制効果があると考えられている3).眼科領域においてベバシズマブ硝子体内投与は適応外(o.Clabel)使用であるが,糖尿病網膜症4),網膜静脈閉塞症4),未熟児網膜症4),Coats病4)など,その病態に血管新生や血管透過性亢進が関与する疾患に対しての有効性が報告された.しかし,転移性脈絡膜腫瘍に対するベバシズマブ硝子体内投与の有用性を報告する例は,海外,国内ともに少数である5).今回筆者らは,乳癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍および随伴する滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与を施行し,早期に滲出性網膜.離の減少および腫瘍の縮小が得られたので報告する.なお,本研究は足利赤十字病院倫理委員会の承認のもとに行われた.CI症例患者:67歳,女性.現病歴:2006年,足利赤十字病院外科で右乳癌と診断された.このときの臨床病期はCT2N0M0であり,化学療法(エ図1初診時の所見a:右眼の眼底写真.下方に広がる漿液性網膜.離を認める.Cb:左眼の眼底写真.アーケード上方,および耳側に円形の隆起病変を認める(.).c:左眼のCBモード超音波断層検査.耳側に充実性の隆起を認める.Cd:左眼のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).隆起部に一致して多発点状の過蛍光を認める(.).e:頭部CCT.右眼に充実した腫瘍病変を認める(.).左眼の腫瘍はこのスライスでは描出されていない.Cf:初診時からC1カ月後の左眼のCOCT所見.隆起性病変があり(.),網膜下液が出現し,黄斑部に迫っている.Cピルビシン+ドセタキセル)を施行後,同年C6月に乳房部分切除術+腋窩リンパ節郭清が施行された.病理結果から充実腺管癌と診断され,エストロゲン受容体(+),プロゲステロン受容体(C.),ヒト上皮成長因子受容体タイプC2(humanepidermalgrowthfactorreceptorType2:HER2)(1+)であった.外科手術後はホルモン療法(アロマターゼ阻害薬)後,1年にC1回程度の定期通院をしていた.2014年C2月頃より右眼の視野障害を自覚し,近医眼科で右網膜.離および脈絡膜腫瘍を指摘され,同年C3月に足利赤十字病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:最高矯正視力は右眼C0.4(0.5pC×sph+2.25D(cyl.1.25DCAx90°),左眼0.9(1.2pC×(cyl.1.25DCAx80°)で,眼圧は右眼C12CmmHg,左眼C17CmmHgであった.前房内には異常がなく,軽度白内障を認めた.右眼の眼底には下方に広がる漿液性網膜.離を(図1a),Bモードエコー上では内部が均一な,充実性のドーム型の隆起病変を認めた.左眼の眼底には,アーケード耳側,および上方にそれぞれC4乳頭径,3乳頭径程度の黄白色の隆起病変を(図1b),Bモードエコー上では,右眼同様充実性の隆起病変を(図1c)認めた.初診時の左眼のCOCTでは,黄斑部耳側にドーム状の隆起がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,左眼に早期に腫瘍部に一致した境界明瞭で,内部が不均一な過蛍光を認め,また辺縁部は網膜下液に伴う低蛍光で縁取られていた(図1d).また,前医で施行された頭部CCTでは,両眼に内部均一なドーム状の高吸収域が確認された(図1e).以上の所見より,乳癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍および滲出性網膜.離と診断された.臨床経過:2014年C4月には右眼の網膜.離が進行して黄斑部に至り,最高矯正視力が(0.05)と低下した.左眼の腫瘍は増大し,漿液性網膜.離が増悪した(図1f).乳腺外科で施行された採血検査で血中のCCEAの急激な上昇を認めたため,ホルモン療法(アロマターゼ阻害薬)が再開された.また,両眼に合計C45CGy/25Cfrの放射線療法が施行された.その後COCT上,左眼の漿液性網膜.離は改善したが,腫瘍による隆起は縮小しなかった.5月初旬の受診時には右眼が全網膜.離になり,細隙灯顕微鏡による診察では,.離した網膜が水晶体の後方にまで迫っているのが確認された.その後も定期的な診察が継続されたが,7月の診察時には,右眼の視力は光覚弁となり,全網膜.離の状態に大きな変化はなかった.左眼の矯正視力は(1.2Cp)で,漿液性網膜.離はある程度改善したものの,腫瘍径は縮小しなかった.そこで滲出性変化の抑制および腫瘍径の抑制を期待して,2014年C10月に,インフォームド・コンセントを得たうえで,両眼に対し初回のベバシズマブC1.25Cmg硝子体内投与を施行した.1328あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(116)投与からC9日目の診察時には,右眼の漿液性網膜.離の丈は低下した.左眼眼底の腫瘍の隆起は縮小傾向であり,OCTにおいても左眼の隆起の縮小が確認された.同年C11月にC2回目のベバシズマブC1.25Cmgの硝子体注射を両眼に施行したところ,2015年C2月の診察時には,眼底所見上は左眼の隆起は消失し(図2a),FAG上では顆粒状の過蛍光の部位が縮小し(図2b),OCTでは,漿液性網膜.離の消失および隆起の平坦化を得た(図2c).このときの最高矯正視力は右眼C30Ccm手動弁(矯正不能),左眼(1.2p)であった.その後定期受診を予定していたが,本人の意向により2015年C4月以降は眼科を受診していない.なお,ベバシズマブ硝子体内投与後の観察期間において細菌性眼内炎,網膜.離,高眼圧,白内障などの眼局所の合併症,および脳血管疾患などの全身の合併症は生じなかった.CII考按本症例では,ベバシズマブ硝子体内投与により乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に続発した滲出性網膜.離の減少,腫瘍の縮小が得られ,左眼の視力が維持された.Augustineらは,眼内転移性腫瘍に対する抗CVEGF薬の硝子体内投与により,59%の症例で視力の改善を,またC77%で腫瘍径の縮小を,45%で滲出性網膜.離の改善を得られたと報告した6).しかしながら,Maudgilらは,乳癌,肺癌,大腸癌の脈絡膜転移をきたしたC5例に対しベバシズマブの硝子体内投与を施行したが,4例において腫瘍の増悪,および視力の悪化がみられたことを報告している7).理由として,加齢黄斑変性や糖尿病黄斑浮腫と異なり,転移性腫瘍の場合,網膜色素上皮の障害は比較的軽度であり外側血液網膜関門(outerCblood-retinaCbarrier:outerCBRB)に障害をきたしていないため,ベバシズマブが脈絡膜にある腫瘍本体に到達しない可能性があると推察している7).本症例では漿液性網膜.離を伴っており,outerCBRBに障害をきたしていると考えられ,腫瘍本体へのドラッグデリバリーが良好であった可能性があった.脈絡膜転移は比較的放射線感受性が高いとされており,奏効率はC63.89%とされる8).しかし,本症例の場合,とくに左眼の漿液性網膜.離の進行がある程度抑えられ,視力が維持されたものの,両眼において腫瘍の縮小は得られず,右眼で滲出性変化の増悪を抑制することはできなかった.放射線療法は許容できる照射線量に限界があり,追加の照射をする場合,正常組織への放射線毒性が懸念される9).一方,ベバシズマブの硝子体内投与は繰り返し施行が可能であり,また治療の即効性,効果,副作用および治療の合併症の発症頻度を考えても,検討すべき治療法であるといえる10).現時点では脈絡膜転移は悪性腫瘍の末期における一徴候との認識があるが,従来に比較すると近年では抗癌剤をはじめ(117)図2ベバシズマブ硝子体内投与後(2回目)の所見a:左眼の眼底写真.隆起はほぼ消失している.Cb:左眼のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).顆粒状の過蛍光は縮小傾向である.c:左眼のCOCT所見.ほぼ平坦化している.Cとする癌治療の進歩により生命予後が長くなってきた.そのため転移性脈絡膜腫瘍をきたした患者も,その後のCqualityofvision(QOV)の維持や改善の重要性は今後も高まっていくものと考える.ベバシズマブ硝子体内投与が転移性脈絡膜腫瘍の患者のCQOVを改善する治療法の一つとなる可能性を,今後も研究する必要があると考える.文献1)FerryAP,FontRL:Carcinomametastatictotheeyeandorbit.I.Aclinicopathologicstudyof227cases.ArchOph-thalmolC92:276-286,C19742)BlochCRS,CGartnerCS:TheCincidenceCofCocularCmetastaticCcarcinoma.ArchOphthalmolC85:673-675,C19713)LienCS,CLowmanCHB:TherapeuticCanti-VEGFCantibodies.CHandbExpPharmacol181:131-150,C20084)木村修平,白神史雄:【抗CVEGF薬による治療】ベバシズマブのオフラベル投与.あたらしい眼科C32:1083-1088,C20155)稲垣絵海,篠田肇,内田敦郎ほか:滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍のC1例.あたらしい眼科C28:587-592,C20116)AugustineCH,CMunroCM,CAdatiaCFCetCal:TreatmentCofocularCmetastasisCwithCanti-VEGF:aCliteratureCreviewCandcasereport.CanJOphthalmolC49:458-463,C20147)MaudgilCA,CSearsCKS,CRundleCPACetCal:FailureCofCintra-vitrealCbevacizumabCinCtheCtreatmentCofCchoroidalCmetas-tasis.Eye(Lond)C29:707-711,C20158)荻野尚,築山巌,秋根康之ほか:脈絡膜転移の放射線治療.癌の臨床C37:351-355,C19919)ZamberCRW,CKinyounCJL:RadiationCretinopathy.CWestCJCMedC157:530-533,C199210)山根健:Therapeutics抗CVEGF薬でみる硝子体内薬物注射の基本硝子体注射によって起こりうる副作用・合併症.眼科グラフィックC2:165-168,C2013あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1329

滲出性網膜剝離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1 例

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(131)587《原著》あたらしい眼科28(4):587.592,2011cはじめに転移性脈絡膜腫瘍は眼内腫瘍で最も頻度が高く,悪性腫瘍患者の平均生存期間の延長により症例に遭遇する機会が増えてきている1).原発巣としては,男性の肺癌,女性の乳癌を合わせると約8割に及ぶ.眼底検査では後極部から中間周辺部までに黄白色で扁平な隆起性病変として認めることが多く,随伴所見である腫瘍周囲の滲出性網膜.離が黄斑部に及ぶと変視や視力低下をきたす.ベバシズマブ(AvastinR,Genentech,USA)は,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に対するヒト化モノクローナル抗体で,すべてのVEGFアイソフォームを阻害し,血管内皮細胞の増殖や遊走および血管透〔別刷請求先〕稲垣絵海:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:EmiInagaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1例稲垣絵海*1篠田肇*1内田敦郎*1川村亮介*2鈴木浩太郎*2野田航介*3石田晋*3坪田一男*1小沢洋子*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2けいゆう病院眼科*3北海道大学大学院医学研究科眼科学分野EffectofIntravitrealInjectionofBevacizumabforExudativeRetinalDetachmentSecondarytoMetastaticChoroidalTumor:CaseReportEmiInagaki1),HajimeShinoda1),AtsuroUchida1),RyosukeKawamura2),KotaroSuzuki2),KosukeNoda3),SusumuIshida3),KazuoTsubota1)andYokoOzawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KeiyuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1症例を経験したので報告する.症例は53歳,男性で,左眼の視力低下を主訴に受診した.肺腺癌(臨床病期T2N0M1,stageIV)と診断されていた.初診時矯正視力は右眼1.2,左眼0.4,左眼眼底に2乳頭径大の脈絡膜腫瘍を認め,黄斑部に滲出性網膜.離を伴っていた.肺癌原発の転移性脈絡膜腫瘍と診断し,ベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を計2回施行した.初回の投与で漿液性網膜.離は減少し,死亡するまで矯正視力0.8を維持した.ベバシズマブ硝子体内投与は転移性脈絡膜腫瘍の寛解を必ずしも期待できる治療ではないものの,末期癌患者の残されたqualityoflifeの改善に寄与する可能性がある.Wereportacaseofexudativeretinaldetachmentsecondarytometastaticchoroidaltumorthatwastreatedsuccessfullywithintravitrealinjectionofbevacizumab.Thepatient,a53-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithadenocarcinomaofthelung,T2N0M1,stageIV,noticedlossofvisioninhislefteye.Atthefirstvisit,hisbest-correctedvisualacuitywas1.2OD,0.4OS.Fundusexaminationofthelefteyerevealedachoroidaltumor2discdiametersinsize,locatedinthesuperotemporalquadrant,andserousretinaldetachmentthathadspreadtoincludethemacula.Theclinicaldiagnosiswaschoroidalmetastasissecondarytolungcancer;intravitrealinjectionofbevacizumab1.25mgwasgiventwice.Theserousretinaldetachmentdecreased;best-correctedvisualacuityrecoveredtoandremainedat0.8OSuntilthepatientdied.Althoughintravitrealinjectionofbevacizumabmaynotleadtocompleteregressionofmetastaticchoroidaltumor,itmayimprovequalityoflifeforterminalcancerpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):587.592,2011〕Keywords:脈絡膜腫瘍,滲出性網膜.離,ベバシズマブ.choroidaltumor,exudativeretinaldetachment,bevacizumab.588あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(132)過性亢進を抑制する.ベバシズマブはアメリカ食品医薬品局(FDA)により2004年に転移性直結腸癌に対する,また2006年に転移性肺癌(非扁平上皮癌かつ非小細胞癌)に対する治療薬として認可された.眼科領域においてベバシズマブ硝子体内投与は適応外(offlabel)使用であるが,糖尿病網膜症2),網膜静脈閉塞症3),未熟児網膜症4),Coats病5)など,その病態に血管新生や血管透過性亢進が関与する疾患に対しての有効性が報告されている.従来,転移性脈絡膜腫瘍の治療は放射線照射や光凝固術,冷凍凝固術などが行われてきた.近年,海外では,ベバシズマブ硝子体内投与の有用性が報告された6.10)が,国内ではまだ報告例がない.今回筆者らは,肺癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍と随伴する滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与を施行し,早期に滲出性網膜.離の減少および矯正視力の改善を得た症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,男性.主訴:左眼の視力低下.家族歴:父は脊髄小脳変性症,母は大腸癌.既往歴:高尿酸血症.現病歴:2005年6月29日検診にて肺野の異常陰影を指摘ABEDC図1初診時の眼底所見A:眼底写真.後極アーケードの耳上側に,2乳頭径大の境界不明瞭な黄白色の隆起性病変を認める.B:OCT.黄斑部に漿液性網膜.離を伴っている.C:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).腫瘍部に一致して低蛍光で縁取られた多発点状の過蛍光を認める.D:インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真.早期から後期にかけて腫瘍部に一致した低蛍光を認める.E:Bモード超音波断層検査.ドーム状に隆起した表面平滑な腫瘍を認める(画面下方).(133)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011589され,近医を受診した.右肺上葉に35mm大の腫瘤および両肺野に多発する小結節を認め,気管支鏡による細胞診ではclassV(adenocarcinoma)であったことから肺癌(臨床病期T2N1M1,stageIV)と診断され,精査加療目的で慶應義塾大学病院呼吸器外科を紹介受診した.2005年8月10日より全身化学療法(カルボプラチン,ドセタキセル)を開始し,計8コース施行したところ腫瘍はわずかに縮小した.2006年5月8日より癌性リンパ管症に対しドセタキセルの隔週投与を計18コース追加した.その後,腫瘍が増大したため2007年2月19日より全身化学療法をTS-1に変更し,計10コース施行したが治療効果は低く,2007年4月の胸部CTでは腫瘍のさらなる増大を認めた.2007年8月より左眼の視力低下と変視症を自覚した.近医にて左眼の転移性脈絡膜腫瘍および滲出性網膜.離を指摘され,2007年9月に精査加療目的で慶應義塾大学病院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×.1.00D(cyl.2.00DAx105°),左眼0.4(矯正不能)で,眼圧は右眼14mmHg,左眼11mmHgであった.前房内に炎症細胞は認めず,また中間透光体に異常は認めなかった.左眼眼底には約2乳頭径大の黄白色の隆起性病変を認め(図1A),光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部に及ぶ漿液性網膜.離を伴っていた(図1B).前医で施行されたフルオレセイン蛍光眼底造影写真(FA)では,早期に腫瘍部に一致して低蛍光で縁取られた多発点状の過蛍光を認め(図1C),また中期から後期にかけて多発点状過蛍光の増強と漿液性網膜.離の範囲に蛍光色素の貯留を認めた.インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(IA)では早期から後期にかけて腫瘍部に一致した低蛍光を認めた(図1D).Bモード超音波断層検査では表面平滑で内部信号が均一なドーム状の腫瘍を認めた(図1E).MRI(磁気共鳴画像)所見では左眼眼底にT1強調画像でhighintensityを示す腫瘍を認めた.右眼には異常を認めなかった.以上の所見より,肺癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍および滲出性網膜.離と診断した.臨床経過:肺癌に対して全身化学療法(TS-1)を継続した.眼局所に対する放射線療法は患者が希望せず施行しなかった.視力低下の主因は漿液性網膜.離と考えられたため,インフォームド・コンセントを得たのち,2007年9月2日にベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を施行した.9月13日(投与から11日目)診察時には滲出性網膜.離は減少し(図2A,B),左眼の矯正視力は0.8に改善した.10月17日の眼底写真では腫瘍範囲の拡大を認めたものの,FAでは腫瘍からの蛍光漏出の減少を認めた(図2C).滲出性網膜.離のさらなる改善を目指して11月2日に2回目のベバシズマブ硝子体内投与を施行した.11月12日,矯正視力は0.8を維持したが,滲出性網膜.離の増加および腫瘍範囲の拡大を認めた(図3).2008年1月,3回目のベバシズマブ硝子体内注射予定であったが,全身状態不良のため延期となった.2月6日,呼吸苦増悪し当院外科に緊急入院され,2月13日全身状態の悪化により永眠された.ABC図2ベバシズマブ硝子体内投与(1回目)後の眼底所見A:OCT.腫瘍による網膜色素上皮の隆起を認める.少量の網膜下液を残して中心窩はほぼ復位が得られている.B:眼底写真.腫瘍範囲は中心窩まで拡大している.C:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).蛍光漏出の減少を認める.590あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(134)なお,本研究は慶應義塾大学医学部倫理委員会の承認のもとに行われた.II考按本症例では,ベバシズマブ硝子体内投与により転移性脈絡膜腫瘍に続発した滲出性網膜.離の減少と視力の回復がみられ,死亡に至るまでの数カ月間の視力維持を得た.転移性脈絡膜腫瘍の鑑別疾患として,脈絡膜悪性黒色腫,脈絡膜骨腫,脈絡膜血管腫,後部強膜炎などを考慮する必要がある.本症例は検眼鏡で黄白色のドーム状の隆起性腫瘍であったことから,脈絡膜悪性黒色腫の茶.黒褐色のマッシュルーム状でIA後期に腫瘍内血管が明瞭となる所見とは一致しない.また,脈絡膜骨腫のようにBモード超音波断層検査にて石灰化による高信号は認めず,脈絡膜血管腫のようにIA後期に腫瘍全体が過蛍光となる所見は認めなかった.以上から,肺癌による治療歴の背景を考慮して,本症例を転移性脈絡膜腫瘍と診断した.悪性腫瘍の脈絡膜転移は原疾患の予後が不良で,原発巣が肺癌の余命は1.9カ月(0.2.5.9カ月)とされている11).他臓器への転移の有無や平均余命を慎重に検討したうえで,余命が短い患者に対して行う眼科治療の目標は,qualityoflife(QOL)を維持して生きる意欲を高めるための視機能維持・改善であると考えられる.比較的低侵襲で,短期間で治療が終わる可能性の高い治療法が望ましい.従来,肺癌の転移性脈絡膜腫瘍の治療法として,腫瘍の直径が3乳頭径以内であれば光凝固術や冷凍凝固が,そして4乳頭径以上で漿液性網膜.離を伴っていれば放射線治療や化学療法が行われてきた.光凝固術は黄斑部を回避した2乳頭径以内の転移性脈絡膜腫瘍であれば早い治療効果を期待でき,全身への影響が少ない.放射線治療は原発巣が肺癌や乳癌であれば感受性が高く有効な治療法であるが,デメリットとして総量30.35Gyを照射するのに3週間を費やし,皮膚炎,涙液減少によるドライアイ,結膜炎などの急性期副作用を伴う.また,網膜に対する広範囲の組織障害をひき起こしうる.全身化学療法は原発巣や他の臓器の転移巣に対する治療効果も期待でき12),腫瘍の完全寛解が得られたとの報告がABCD図3ベバシズマブ硝子体内投与(2回目)後の眼底所見A:眼底写真.腫瘍範囲は後極部アーケードの全域まで拡大している.B:OCT.網膜色素上皮の不整な隆起と,漿液性網膜.離の再燃を認める.C:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).病変部内に多数の顆粒状の過蛍光を認める.D:インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真.早期から後期まで強い低蛍光を示す.腫瘍内血管を認める.(135)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011591ある13,14)ものの,約30%にしか奏効しないため確実性に乏しく,胃腸障害や疲労感,心毒性などの副作用が生じた場合にはQOLの低下につながる.本症例では治療法の選択にあたり,漿液性網膜.離を伴っていたことから光凝固術は選択しなかった.また,原発巣の根治は困難なことから視力低下の主因となっていた漿液性網膜.離の治療を重視し,全身への負担が比較的少なく治療にかかる時間が短いベバシズマブ硝子体内投与を選択した.転移性脈絡膜腫瘍に対するベバシズマブ硝子体内投与は2007年にAmselemら6)によって初めて報告された.彼らは,乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対しベバシズマブ4mg硝子体内投与を行ったところ,腫瘍サイズは15.9×11.8mmから6.4×2.3mmまで縮小し,黄斑部の滲出性網膜.離の減少により矯正視力は10/200から20/60まで改善したと報告している.またKuoら8)は,8×8mm大のS状結腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対しベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を1カ月ごとに計3回行ったところ,初回投与から2カ月後に腫瘍は黄白色の瘢痕を残してほぼ消失,矯正視力は手動弁から20/30まで回復し,初回投与から5カ月後の最終観察時までその視力を維持したと報告している.同様にYaoら10)は,直径10mm大の乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対してベバシズマブ2.5mg硝子体内投与を行ったところ,腫瘍は著明に縮小し,その後少なくとも24カ月間再発を認めなかったと報告している.転移性脈絡膜腫瘍に対するベバシズマブ硝子体内投与の効果の機序としては,転移病巣の血管組織に対するベバシズマブの抗VEGF作用による効果が考えやすい.抗VEGF作用には,血管増殖抑制の他に血管透過性の抑制があり,本症例では後者が漿液性網膜.離の改善に関与したと考えられた.また,ベバシズマブを静脈内投与した場合,腫瘍内の局所灌流の低下,血管容積の減少,毛細血管密度の低下をもたらす15).硝子体内に投与された抗VEGF抗体の濃度は静脈内投与された場合より低濃度であるものの,血中に移行する16)ことが知られているため,硝子体内投与されたベバシズマブが原発の腫瘍に作用した可能性も否定はできない.全身化学療法と抗VEGF抗体の併用をしたKimら7)は,肺非小細胞癌が原発の漿液性網膜.離を伴った転移性脈絡膜腫瘍に対してエリオチニブ内服とベバシズマブ2.5mg硝子体内投与を1カ月ごとに計3回行ったところ,網膜下に認めた2つの腫瘍は完全に消失し,矯正視力は20/200から20/40まで改善したと報告している.抗VEGF抗体により腫瘍の血管内皮細胞と血管周皮細胞の増殖が抑制されると局所組織の灌流圧が下がり,抗がん剤が腫瘍組織に到達しやすくなるため,両者の併用は相乗効果をもたらすとする報告17)がある.ベバシズマブ硝子体内投与が効果的でなかった症例としてLinら9)は,直腸癌原発の両眼性の転移性脈絡膜腫瘍に対してベバシズマブ4mg硝子体内投与を行い,進行眼には計4回投与するも腫瘍の増大を抑えられず,2つの小さな腫瘍を認めた片眼は1回投与だけで腫瘍の縮小と沈静化が得られたと報告している.原発巣とその組織型だけでなく,腫瘍の大きさもベバシズマブ硝子体内投与の治療を左右する可能性がある.もしベバシズマブ硝子体内投与を行っても十分な治療効果が得られない場合は,速やかに局所の放射線治療や全身化学療法の併用を検討する必要がある.また,ベバシズマブ硝子体内投与の単独治療は,原発巣の根治を目指す治療ではないことを患者に十分に説明し,同意を得る必要がある.短期間に滲出性網膜.離の減少を期待しうるベバシズマブ硝子体内投与は,転移性脈絡膜腫瘍の寛解を必ずしも期待できる治療ではないものの,末期癌患者の残されたQOLの改善に寄与する可能性がある.今後,転移性脈絡膜腫瘍に伴う滲出性網膜.離に対する治療の選択肢としてさらに検討する必要がある.文献1)矢部比呂夫:[悪性疾患と眼]転移性脈絡膜腫瘍.眼科42:153-158,20002)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(Avastin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycomplicatedbyvitreoushemorrhage.Retina26:275-278,20063)RosenfeldPJ,FungAE,PuliafitoCA:Opticalcoherencetomographyfindingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(avastin)formacularedemafromcentralretinalveinocclusion.OphthalmicSurgLasersImaging36:336-339,20054)TravassosA,TeixeiraS,FerreiraPetal:Intravitrealbevacizumabinaggressiveposteriorretinopathyofprematurity.OphthalmicSurgLasersImaging38:233-237,20075)VenkateshP,MandalS,GargS:ManagementofCoatsdiseasewithbevacizumabin2patients.CanJOphthalmol43:245-246,20086)AmselemL,CerveraE,Diaz-LlopisMetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)forchoroidalmetastasissecondarytobreastcarcinoma:short-termfollow-up.Eye(Lond)21:566-567,20077)KimSW,KimMJ,HuhKetal:Completeregressionofchoroidalmetastasissecondarytonon-small-celllungcancerwithintravitrealbevacizumabandoralerlotinibcombinationtherapy.Ophthalmologica223:411-413,20098)KuoIC,HallerJA,MaffrandRetal:Regressionofasubfovealchoroidalmetastasisofcolorectalcarcinomaafterintravitreousbevacizumabtreatment.ArchOphthalmol126:1311-1313,20089)LinCJ,LiKH,HwangJFetal:Theeffectofintravitrealbevacizumabtreatmentonchoroidalmetastasisofcolonadenocarcinoma─casereport.Eye(Lond)24:1102-592あたらしい眼科Vol.28,No.4,20111103,201010)YaoHY,HorngCT,ChenJTetal:Regressionofchoroidalmetastasissecondarytobreastcarcinomawithadjuvantintravitrealinjectionofbevacizumab.ActaOphthalmol88:e282-283,201011)KreuselKM,WiegelT,StangeMetal:Choroidalmetastasisindisseminatedlungcancer:frequencyandriskfactors.AmJOphthalmol134:445-447,200212)LetsonAD,DavidorfFH,BruceRAJr:Chemotherapyfortreatmentofchoroidalmetastasesfrombreastcarcinoma.AmJOphthalmol93:102-106,198213)ChristosPJ,OliveriaSA,BerwickMetal:Signsandsymptomsofmelanomainolderpopulations.JClinEpidemiol53:1044-1053,200014)SinghA,SinghP,SahniKetal:Non-smallcelllungcancerpresentingwithchoroidalmetastasisasfirstsignandshowinggoodresponsetochemotherapyalone:acasereport.JMedCaseReports4:185,201015)WillettCG,BoucherY,diTomasoEetal:DirectevidencethattheVEGF-specificantibodybevacizumabhasantivasculareffectsinhumanrectalcancer.NatMed10:145-147,200416)EnseleitF,MichelsS,RuschitzkaF:Anti-VEGFtherapiesandbloodpressure:morethanmeetstheeye.CurrHypertensRep12:33-38,201017)JainRK:Normalizingtumorvasculaturewithanti-angiogenictherapy:anewparadigmforcombinationtherapy.NatMed7:987-989,2001(136)***

乳頭浮腫型Vogt-小柳-原田病の1 例

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)293《原著》あたらしい眼科28(2):293.296,2011cはじめにVogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)は全身のメラノサイトに対する特異的な自己免疫疾患であり,ぶどう膜炎などの眼症状と感音性難聴,無菌性髄膜炎などの眼外症状を呈する1).交感性眼炎との相違は穿孔性眼外傷,あるいは内眼手術の既往の有無のみである2).国際診断基準として,両眼性であり,病初期にはびまん性脈絡膜炎を示唆する所見,すなわち限局性の網膜下液あるいは胞状滲出性網膜.離が示されている.これが明確でない場合にはフルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FAG)による限局性の脈絡膜還流遅延,多発性点状漏出や大きな斑状過蛍光,網膜下蛍光貯留または乳頭蛍光染色,および超音波によるびまん性脈絡膜肥厚が眼所見として必要である.今回,早期に視神経乳頭の発赤・腫脹は明らかであったが眼底検査では滲出性網膜.離はみられず,後に著明となりVKHと確定診断した症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:糖尿病.〔別刷請求先〕平田菜穂子:〒232-8555横浜市南区六ツ川2-138-4神奈川県立こども医療センター眼科Reprintrequests:NaokoHirata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2-138-4Mutsukawa,Minami-ku,Yokohama-city,Kanagawa232-8555,JAPAN乳頭浮腫型Vogt-小柳-原田病の1例平田菜穂子*1林孝彦*2山根真*3水木信久*4竹内聡*2*1横浜南共済病院眼科*2横須賀共済病院眼科*3横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科*4横浜市立大学附属病院眼科ACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasewithPapillitisNaokoHirata1),TakahikoHayashi2),ShinYamane3),NobuhisaMizuki4)andSatoshiTakeuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamiKyosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyosaiHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityHospitalVogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)の典型例では頭痛や内耳症状などの全身症状,両眼性の汎ぶどう膜炎,滲出性網膜.離,視神経乳頭浮腫がみられる.しかし,乳頭浮腫型VKHは視神経所見の出現後数週間を経た後に前房内の炎症所見や滲出性網膜.離が出現するので病初期には確定診断が困難であることが多い.今回,初診時の眼底検査では網膜下液が明らかではなく眼外の自覚症状もなかったが,約2週間後に網膜下液がみられたことから乳頭浮腫型VKHと考えられる症例を経験した.ただし,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)ではわずかな網膜下液や脈絡膜皺襞を認めていたことから,従来乳頭浮腫型VKHとされていた症例でもOCTでは初期より網膜・脈絡膜に変化がみられる可能性があり,早期診断・治療に有用と考えられる.IntheclassictypeofVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH),headache,innerearsymptom,panuveitis,exudativeretinaldetachmentandneuritisaresystemicallymanifested.InthistypeofVKH,becauseanteriorchamberinflammationandexudativeretinaldetachmentoccurtwoweeksaftertheappearanceofneuritis,definitediagnosisisdifficultinthefirststageofthesickness.WesawthetypeofVKH.However,slightexudativeretinaldetachmentandchoroidwrinklingappearunderopticalcoherencetomography(OCT)inthefirststage;therefore,thetypereportedinthepasthasthesamepossibility.ThesefindingsthereforeshowthatOCTisusefulforearlydiagnosisandtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(2):293.296,2011〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,乳頭炎,うっ血乳頭,滲出性網膜.離,光干渉断層計.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,papillitis,chokeddisk,exudativeretinaldetachment,opticalcoherencetomography.294あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(140)現病歴:平成20年4月末に左眼視力低下を自覚し4月28日に近医を受診した.視力は右眼(0.8×.0.50D(cyl.2.00DAx30°),左眼(0.2×.2.0D(cyl.3.00DAx120°),特記すべき所見はなかった.5月16日,視力変化はなかったが両視神経乳頭からの出血・発赤腫脹が出現したため,横須賀共済病院眼科(以下,当院)へ紹介され,5月20日受診となった.初診時所見:視力は右眼0.5(0.7×.0.50D(cyl.2.00DAx30°),左眼0.3(0.4×.2.0D(cyl.3.00DAx120°),眼圧は右眼11mmHg,左眼11mmHgであった.両眼に相対的瞳孔求心路障害はなく,中心フリッカー値(criticalflickerfrequency:CFF)は右眼35Hz,左眼34Hz,前房内炎症細胞は右眼±,左眼±,両眼視神経乳頭からの出血・発赤腫脹があり,Goldmann視野検査では両眼にMariotte盲点が拡大していた.うっ血乳頭の可能性も考え,頭部computedtomography(CT)を施行したが特記すべき所見はなかった.翌日21日,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では両眼にわずかな網膜下液の貯留や脈絡膜皺襞があり,視神経乳頭が腫脹していた(図1).FAGでは早期より両眼の視神経乳頭から漏出を認め,視神経乳頭炎を考えたABCD図1初診翌日の眼底写真とOCT所見A:5月21日右眼の眼底写真.B:同日左眼の眼底写真.視神経乳頭からの出血・発赤腫脹(破線矢印)を認めた.C:同日右眼のOCT.D:同日左眼のOCT.視神経乳頭の腫脹(破線矢印),網膜下液の貯留(実線矢印)を認めた.ABCD図2初診翌日,10日後のFAG所見A:5月21日右眼のFAG.B:同日左眼のFAG.視神経乳頭からの漏出(実線矢印)を認めた.C:5月30日右眼のFAG.D:同日左眼のFAG.さらに後極に蛍光漏出・貯留(破線)を認めた.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011295(図2A,B).VKHも疑われたが所見が強くないことから経過観察とした.経過:5月23日,自覚症状に変化はなく,視力は右眼(0.8×.0.50D(cyl.2.00DAx30°),左眼(0.5×.2.0D(cyl.3.00DAx120°)と改善し,所見に変化はなかった.しかし5月30日,右眼(0.3×.0.50D(cyl.2.00DAx30°),左眼(0.4×.2.0D(cyl.3.00DAx120°)と低下,CFFは右眼32Hz,左眼33Hz,前房内炎症細胞は右眼±,左眼+と若干増加,視神経乳頭からの出血・発赤腫脹は変わらず,後極に滲出性網膜.離が出現した.OCTでは網膜下液が増加し(図3),FAGでは後期に後極の網膜下に蛍光漏出・貯留が出現した(図2C,D).VKHが強く疑われ,髄液検査を行ったところ,細胞数6/μl,単核球6/μl,多形核球1/μl以下と単球優位の細胞数が増加しており,VKHと診断した.なお,採血検査にて炎症反応はなかった.同日よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン点滴500mg/日3日間,以後プレドニゾロン内服40mg/日から漸減),および局所療法(ベタメタゾンリン酸エステルナABCD図3初診時より10日後の眼底写真とOCT所見A:5月30日右眼の眼底写真.B:同日左眼の眼底写真.さらに滲出性網膜.離(破線)を認めた.C:同日右眼のOCT.D:同日左眼のOCT.網膜下液(実線矢印)の増加を認めた.ABCD図4初診時より20日後の眼底写真とOCT所見A:6月10日右眼の眼底写真.B:同日左眼の眼底写真.視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜下液の改善傾向を認めた.C:同日右眼のOCT.D:同日左眼のOCT.網膜下液(実線矢印)の減少を認めた.296あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(142)トリウム点眼両眼4回/日,トロピカミド・フェニレフリン塩酸塩点眼両眼3回/日)を開始した.6月2日(治療開始3日目)には視神経乳頭の腫脹・黄斑部の網膜下液が減少した.6月10日(11日目)には右眼(0.6×.2.00D(cyl.2.50DAx30°),左眼(0.5×.3.00D(cyl.2.25DAx145°),視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜下液は著明に改善した(図4).6月25日(26日目)には右眼(0.6×.2.50D(cyl.1.50DAx25°),左眼(0.5×.3.00D(cyl.2.25DAx150°),視神経乳頭の腫脹は消失し,網膜下液はわずかになった.8月8日(70日目)には右眼(0.9×.2.50D(cyl.1.50DAx25°),左眼(0.8×.2.75D(cyl.2.00DAx150°),視神経乳頭の発赤はさらに低下,前房内炎症細胞と網膜下液は消失した.経過中,眼外症状は出現しなかった.II考按VKHに対するステロイド大量療法(プレドニゾロン点滴200mg/日2日間,150mg/日2日間,100mg/日2日間と漸減)とパルス療法(メチルプレドニゾロン点滴1,000mg/日3日間投与後,プレドニゾロン内服40mg/日14日間,30mg/日14日間と漸減)の比較では治療後の視力・炎症は同等であり,再発,遷延例の頻度に有意差はなかった3)が,大量療法では夕焼け状眼底を呈する頻度が有意に高く4),この場合コントラスト感度の低下傾向や色覚異常の出現報告がある5).また,ステロイドパルス1,000mgと500mg投与例ではその後消炎に要したステロイド内服投与期間,総投与量に有意差がなかったとの報告6)があり,今回ステロイドパルス療法(点滴500mg/日3日間の後内服漸減投与)を施行した.VKHの典型例では頭痛や内耳症状などの全身症状,両眼性の汎ぶどう膜炎を起こし,乳頭浮腫,虹彩炎,滲出性網膜.離,視神経乳頭浮腫が出現する.乳頭浮腫型と後極部型に分類され,乳頭浮腫型では頭痛,髄液細胞数増多,難聴を伴う例が多く7),視神経所見の出現後数週間を経て前房内の炎症所見や滲出性網膜.離が出現するので,全身症状が明確でない場合は,特に病初期での確定診断は困難であることが多い8,9).乳頭浮腫型VKHの鑑別疾患として,頭蓋内圧亢進によるうっ血乳頭があげられる.この原因としては,脳腫瘍などの頭蓋内占拠性病変だけではなく,静脈洞血栓症や肥厚性硬膜炎などがあげられる.前者の診断にはmagneticresonanceangiographyやvenography,後者には冠状断での造影magneticresonanceimagingを行う必要がある.その他,髄膜炎後の頭蓋内圧亢進や,肥満や薬剤による良性頭蓋内圧亢進も原因となりうる10)が,これらを鑑別するための必要な検査を即座にすべて行うことは困難である.本症例では早期に視神経乳頭の発赤・腫脹が明らかであったため,最も頻度の高い頭蓋内占拠性病変の可能性を考え頭部CTを行ったが,特記すべき所見はなかった.翌日OCTで網膜下液の貯留があり,VKHの可能性が高いと判断できた.初診時の細隙灯顕微鏡検査も用いた詳細な眼底検査では滲出性網膜.離は明らかでなく,約2週間後に網膜下液が出現したことから,従来の考えでは乳頭浮腫型VKHに分類される.ただし,後極部型を含めた急性期のVKHに対するOCTで脈絡膜皺襞の報告があるように11),本症例のOCTでもわずかな網膜下液や脈絡膜皺襞を認めていることから,従来乳頭浮腫型VKHとされていた症例でもOCTでは網膜・脈絡膜に変化を生じていた可能性が考えられた.また,今回の症例では網膜下液や脈絡膜皺襞は消失したが,最終的に残存していながら視力が改善した報告もある12)ことから,VKHの経過中に生じる視力低下の原因は脈絡膜皺襞ではなく,網膜下液貯留によるものだと考えられた.OCTにより従来乳頭浮腫型VKHとされていた症例も非侵襲的に滲出性網膜.離などの網膜・脈絡膜の変化を捉えることが可能であり,早期診断・治療に役立つと考えられる.文献1)杉浦清治:Vogt-小柳-原田病.臨眼33:411-421,19792)北市伸義,北明大州,大野重昭ほか:交感性眼炎.臨眼62:650-655,20083)赤松雅彦,村上晶,沖坂重邦ほか:最近6年間に経験した原田病の臨床的検討.臨眼39:169-173,19974)北明大州,寺山亜希子,南場研一ほか:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,20045)瀬尾亜希子,岡島修,平戸孝明ほか:良好な経過をたどった原田病患者の視機能の検討─特に夕焼け状眼底との関連.臨眼41:933-937,19876)島千春,春田亘史,西信良嗣ほか:ステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討.あたらしい眼科25:851-854,20087)大出尚郎:視神経炎と誤りやすい網膜症・視神経網膜症.あたらしい眼科20:1069-1074,20038)峠本慎,河原澄枝,木本高志ほか:乳頭浮腫型原田病の臨床的特徴.日眼会誌107:305,20039)RajendramR,EvansM,KhranaRNetal:Vogt-Koyanagi-Haradadiseasepresentingasopticneuritis.IntOphthalmol27:217-220,200710)中村誠:乳頭が腫れていたら.あたらしい眼科24:1553-1560,200711)GuptaV,GuptaA,GuptaPetal:Spectral-domaincirrusopticalcoherencetomographyofchoroidalstiriationsseenintheacutestageofVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol147:148-153,200912)NodaY,SonodaK,NakamuraTetal:AcaseofVogt-Koyanagi-Haradadiseasewithgoodvisualacuityinspiteofsubfovealfold.JpnJOphthalmol47:591-594,2003***