《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):427.431,2016c漿液性網膜.離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例曽我拓嗣*1稲用和也*2戸塚清人*1杉本宏一郎*1本田紘嗣*1陳逸寧*1田中理恵*3蕪城俊克*3野本洋平*1*1旭中央病院眼科*2東京警察病院眼科*3東京大学医学部附属病院眼科ACaseofBilateralIntraocularLymphomawithRapidProgressionofSerousRetinalDetachmentHirotsuguSoga1),KazuyaInamochi2),KiyohitoTotsuka1),KoichiroSugimoto1),KojiHonda1),Yi-NingChen1),RieTanaka3),ToshikatsuKaburaki3)andYoheiNomoto1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital経過中に急激な漿液性網膜.離の進行を認めた眼内悪性リンパ腫の1例を経験した.症例は73歳,男性.中枢神経原発悪性リンパ腫に対してメトトレキサート大量療法を施行され,寛解していたが,3年後に右眼の視力低下を自覚.矯正視力は右眼指数弁,左眼1.0.初診から2週間後に右眼下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,4週間後には全.離となった.左眼の後極部にも漿液性網膜.離を生じ,矯正視力は0.02に低下した.右眼生検の結果,硝子体細胞診classIII,IL10は80,500pg/mlと高値を示し,中枢神経原発悪性リンパ腫の既往から,眼内悪性リンパ腫と診断した.メトトレキサート硝子体注射10回,メトトレキサートとデキサメサゾンの髄腔内注射3回施行し,両眼の漿液性網膜.離は速やかに消失した.漿液性網膜.離をみた場合には,眼内悪性リンパ腫の可能性を忘れてはならない.メトトレキサート硝子体注射はその治療に有効であった.A73-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithmalignantlymphomawastreatedwithhigh-dosemethotrexateandachievedcompleteremission.Threeyearslater,henoticeddecreasedvisioninhisrighteye.Twoweeksafterthat,serousretinaldetachmentoccurredintherighteye;by4weeksafter,totalretinaldetachmenthadoccurred.Serousretinaldetachmentalsooccurredintheposteriorpoleofthelefteye.CytologyofthesubretinalfluidshowedclassIIIandhighconcentrationofinterleukin-10inthevitreousfluid,stronglysuggestingintraocularmalignantlymphoma.Weadministered10intravitrealinjectionsofmethotrexateinbotheyesand3intraspinalinjectionsofmethotrexateanddexamethasone.Theserousretinaldetachmentdisappearedrapidlyafterthetreatment.Bilateralserousretinaldetachmentwasobservedinacaseofintraocularmalignantlymphoma.Intravitrealmethotrexateinjectionwaseffectiveforthetreatmentofserousdetachmentassociatedwithintraocularlymphoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):427.431,2016〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,漿液性網膜.離,メトトレキサート,硝子体注射.intraocularlymphoma,serousdetachment,methotrexate,intravitrealinjection.はじめに眼内悪性リンパ腫(intraocularlymphoma:IOL)はB細胞型リンパ腫がほとんどで,ぶどう膜炎に類似した眼所見を呈するため誤診されやすく,仮面症候群ともよばれ,注意すべき疾患である.悪性度は高く,とくに脳中枢神経系に播種しやすい.IOLは,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫(82%)とその他の臓器原発の眼への播種(18%)に分けられ,前者は眼内のみに留まるもの(15%)と脳中枢神経に播種するもの(68%)があるとされている1).IOLの50.80%は,診断時またはその後数年以内に中枢神経系悪性リンパ腫を発症する2.5).そのため,IOLは眼科疾患のなかでも生命予後の悪い疾患として知られている.元来まれな疾患とされていたが,近年は世界的に発症率の増加が報告されており,わが国においても2009年に基幹病院に初診したぶどう膜炎患者の〔別刷請求先〕曽我拓嗣:〒289-2511千葉県旭市イ1326旭中央病院眼科Reprintrequests:HirotsuguSoga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,1326I,Asahi,Chiba289-2511,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(97)4272.5%を占めるようになっている6).IOLにおける眼所見は,硝子体混濁(91%),網膜下浸潤病変(57%),虹彩炎(31%),角膜後面沈着物(25%)などが多いとされているが,漿液性網膜.離を呈することはまれである2).今回,急激な漿液性網膜.離の進行をきたし,診断に苦慮した眼内悪性リンパ腫の1症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.2011年2月頭痛を訴え,近医内科を受診し,同月旭中央病院脳神経外科を紹介された.頭部MRIを施行したところ,右前頭葉・側頭葉に造影効果を伴う病変を認めた.抗血小板薬を内服中であり,構音障害,左上下肢の不全麻痺などの症状の進行が速かったため,脳病変の組織生検は施行されなか図1初診時(2014年5月27日)眼底写真,光干渉断層計(OCT)像,蛍光眼底造影検査(FA)上段:眼底写真.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物(.)がみられた.中段:OCT.右眼は滲出性網膜.離を認める,左眼には異常を認めない.下段:FA.右眼の網膜下白色滲出病変部に沿って蛍光漏出による過蛍光,周辺部血管からも蛍光漏出による過蛍光を認める.左眼には異常を認めない.428あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(98)図2初診から10日目(2015年6月6日)の右眼眼底写真とOCT像下方に胞状の漿液性網膜.離が出現した.図3初診から27日目(2015年6月23日)の眼底写真とOCT像右眼漿液性網膜.離が拡大し全.離となり,視力は手動弁に低下.左眼も漿液性網膜.離が進行し,左眼視力は(0.02)と著明に低下.った.MRIの造影所見から中枢神経原性悪性リンパ腫と診断し,当院内科で2011年2.9月にメトトレキサート(MTX)大量療法(5,000mg)を施行され,2011年9月には頭部MRI所見から寛解状態と診断されていた.家族歴,既往歴には特記すべきことはない.2014年5月16日頃から右眼の視力低下を自覚し,近医眼科を受診した.5月27日近医眼科より右眼ぶどう膜炎の精査加療目的で旭中央病院を紹介され受診した.初診時矯正視(99)力は右眼20cm/指数弁(矯正不能),左眼0.7(1.0×sph+1.75D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼8mmHg,左眼5mmHgであった.両眼とも白内障(Emery-Littlegrade2)があるのみで,角膜後面沈着物や前房炎症はみられなかった.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼後極部に強い蛍光漏出を,そして周辺部の毛細血管からも軽度の蛍光漏出を認めた(図1).眼所見から,内因性あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016429図4MTX4回終了後(2015年8月5日)両眼の漿液性網膜.離は消失した.右眼上耳側部の出血部は網膜下組織採取部位である.ぶどう膜炎,感染性ぶどう膜炎,眼内悪性リンパ腫の可能性が考えられた.5月30日,感染性ぶどう膜炎の鑑別のため,右眼前房穿刺を施行し,ヘルペスウイルスDNAに対するpolymerasechainreaction(PCR)検査と細菌培養検査を行った.単純ヘルペスウイルス,帯状ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスDNAのPCR検査はすべて陰性.細菌培養検査も陰性であった.5月29日,頭部MRI,6月2日,PETを施行したが,脳悪性リンパ腫の再発はみられなかった.6月6日,右眼底下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,右眼視力は手動弁に低下した(図2).眼内悪性リンパ腫の可能性を考え,6月9日,再度右眼前房穿刺を施行し,細胞診を行ったが,細胞成分は検出されず判定不能であった.同日,左眼矯正視力は1.0であったが,網膜に白色斑点増加,硝子体混濁が出現した.6月23日,右眼漿液性網膜.離が拡大して全.離となり(図3),右眼矯正視力は手動弁に低下した.また,左眼の後極部にも漿液性網膜.離が出現し,左眼の矯正視力も0.02と著明に低下した.眼内悪性リンパ腫,感染性ぶどう膜炎の可能性を考え,6月23日,右眼硝子体手術を施行した.手術は硝子体液の生検を目的とし,23Gシステムで2portを設置し,無還流で無希釈硝子体液を約1.8ml採取した.硝子体液の病理細胞診の判定はclassIで430あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016あった.IL-10,IL-6は測定していなかった.6月30日(初診より34日目),右眼の漿液性.離に加えて硝子体混濁の増強を認めた.眼内悪性リンパ腫を強く疑い,確定診断のために右眼に対し23Gシステムにて経毛様体扁平部水晶体切除術+硝子体茎離断術+経網膜的網膜下組織生検+シリコーンオイル注入術を施行した.今回は硝子体切除のみならず,網膜下液,網膜下組織の採取も行った.網膜病巣部は黄白色で軽度の平坦な隆起がみられた.網膜下組織は,右眼上耳側の.離網膜部位に医原性裂孔を作製し,23G鉗子と垂直剪刀を用いて採取した.その結果,硝子体細胞診はclassII,網膜下液細胞診はclassIII,網膜下液と硝子体液の細菌培養は陰性,網膜下組織の病理組織診は好酸球を主体とするアレルギー性の変化との判定であった.一方,右眼硝子体中のIL-10は80,500pg/ml,IL-6は366pg/mlとIL-10が著明に高値であった.右眼の網膜下液細胞診がclassIIIであること,硝子体中のIL-10が著明に高値であること,脳悪性リンパ腫の既往があることから,眼内悪性リンパ腫と診断した.両眼に対してMTX0.4mg硝子体注射(1週間ごと8回,その後1カ月ごと2回)を開始した.一方,7月9日に髄液検査の結果,髄液細胞数8/μl,髄液細胞診はclassIIであり,髄液中に明らかな悪性細胞は検出されなかった.しかし,細(100)胞数は増加していたため,悪性リンパ腫の髄腔内浸潤を考慮し,MTX15mg+デキサメサゾン(DEX)3.3mgの髄腔内注射を毎月1回,合計3回施行した.MTX硝子体注射治療を開始後,両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,約4週間後にはほぼ消失した.8月5日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.04.両眼の漿液性網膜.離は消失していた(図4).両眼にMTX硝子体注射4回目を施行した.10月22日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.01であった.両眼にMTX硝子体注射10回目を施行し,同時に両眼から前房水採取し,IL-10,IL-6濃度測定を行ったところ,右眼IL-10:10pg/ml,IL-6:101pg/ml(IL-10/IL-6比=0.09),左眼IL-10:4pg/ml以下,IL-6:484pg/ml(IL10/IL-6比=0.008)であった.眼内の炎症所見や漿液性網膜.離は消失したため,両眼とも眼内悪性リンパ腫の寛解が得られたと判定した.その後,眼内,頭蓋内ともに悪性リンパ腫の再燃を認めなかった.2015年2月19日,小脳,延髄梗塞後の肺炎で永眠された.II考按漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の報告としては,草場ら7)の自覚症状出現から約5カ月後に下方の漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の症例や,山本ら8)の自覚症状出現から2カ月後に漿液性網膜.離を生じたびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の症例がある.また,木村らはわが国の眼内悪性リンパ腫症例217例について多施設研究で臨床像の検討を行い,網膜.離を2例(0.9%)に認めた,と報告している2).今回の症例は自覚症状出現から1カ月以内に漿液性網膜.離を生じており,既報に比べても急激な進行であったといえる.MTX硝子体注射治療を開始後に両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,4週間後には消失した.MTX硝子体注射は眼内悪性リンパ腫に伴う漿液性網膜.離の治療に有効であった.本症のような漿液性網膜.離は眼内悪性リンパ腫ではまれであるが,硝子体混濁や黄白色の網膜下浸潤病変を伴う漿液性網膜.離の症例は眼内悪性リンパ腫の可能性がある.CNSリンパ腫が全身化学療法でいったん寛解しても,その後眼内に再発することはしばしばある.眼内悪性リンパ腫は脳播種を起こしやすいことが知られており,脳播種を起こすと生命予後は不良となりやすい9).したがって,本症のような症例では,積極的に眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体生検を施行し,確定診断をめざす必要があると考えられた.確定診断は硝子体の細胞診にIL-10/IL-6濃度の測定や,異型リンパ球の単クローン性を免疫組織学的に証明することなどの補助的な診断を組み合わせて行われることが多い10).今回の症例では硝子体の細胞診および網膜下組織生検では確(101)定診断には至らなかったが,硝子体液のIL-10/IL-6濃度比を優先し,臨床所見を考慮したうえで眼内悪性リンパ腫と診断し,メトトレキサート硝子体注射に踏み切ったところ,著効が得られた.文献2に記載されているように,細胞診による眼内リンパ腫の検出率(44.5%)は,IL-10/IL-6ratioによる検出率(91.7%)に劣っていることがわかっている.本症例で眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体原液を採取した際には,検体を遠心分離し,上澄みをIL-10/IL-6ratio測定に用い,沈渣を細胞診に用いるべきであった.本症例は悪性リンパ腫の既往があるものの,全身化学療法で寛解しており,今回も全身的な再発はないと診断されていた.他臓器での悪性リンパ腫の既往も眼内悪性リンパ腫を疑う重要な根拠の一つとなると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19862)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20123)DeangelisLM,HormigoA:Treatmentofprimarycentralnervoussystemlymphoma.SeminOncol31:684-692,20044)PetersonK,GordonKB,HeinemannMHetal:Theclinicalspectrumofocularlymphoma.Cancer72:843-849,19935)AkpekEK,AhmedI,HochbergFHetal:Intraocularcentralnervoussystemlymphoma:clinicalfeatures,diagnosis,andoutcomes.Ophthalmology106:1805-1810,19996)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)草場留美子,田口千香子,吉村浩一ほか:経過中に特異な眼底所見を呈した眼内悪性リンパ腫の1例.臨眼59:17931798,20048)山本紗也香,杉田直,岩永洋一ほか:メトトレキセート硝子体注射が著効した滲出性網膜.離を伴う網膜下増殖型のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例.臨眼62:14951500,20089)FerreriAJ,BlayJY,ReniMetal:Relevanceofintraocularinvolvementinthemanagementofprimarycentralnervoussystemlymphomas.AnnOncol13:531-538,200210)横田真子,高瀬博,今井康久ほか:眼内悪性リンパ腫が疑われた1例に対する遺伝子解析とサイトカイン測定.日眼会誌107:287-291,2003あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016431