‘潰瘍性大腸炎’ タグのついている投稿

潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(143)1047《原著》あたらしい眼科28(7):1047?1049,2011cはじめに潰瘍性大腸炎は10~30歳代の若年者に好発する原因不明の非特異的慢性炎症性腸疾患である.おもな炎症の場は腸管粘膜で,頻回の下痢や血便,疝痛様腹痛,発熱などを発作的にくり返す.本症には皮膚症状,口腔粘膜症状,関節症状,血管病変その他,多くの腸管外症状が起こるが,ときに眼症状も呈することがある.潰瘍性大腸炎に最も多い眼症状はぶどう膜炎であり,0.5~15%と報告されている1).今回筆者らは潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,女性.主訴:右眼視野異常.現病歴:平成16年3月下血を主訴に内科を受診した.大腸内視鏡検査にて直腸下端から上部直腸まで全周性連続性のびらん,血管透過性の低下を認め,潰瘍性大腸炎と診断された.メサラジンR1,500mgの内服にて症状は改善し,その後症状の増悪は認めなかった.平成20年7月2日より右眼傍中心暗点を自覚し,7月3日近医を受診した.このときの〔別刷請求先〕中矢絵里:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EriNakaya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCollegeofMedicine,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPAN潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例中矢絵里*1中泉敦子*1石崎英介*1高井七重*1竹田清子*2多田玲*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2竹田眼科*3多田眼科ACaseofHemi-centralRetinalArteryOcclusionAssociatedwithUlcerativeColitisEriNakaya1),AtsukoNakaizumi1),EisukeIshizaki1),NanaeTakai1),SayakoTakeda2),ReiTada3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaCollegeofMedicine,2)TakedaEyeHospital,3)TadaEyeHospital潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症(hemi-CRAO)の1例を経験した.症例は42歳,女性.平成16年3月,下血を主訴に内科を受診.大腸内視鏡検査にて直腸下端から上部直腸までの全周性連続性のびらん,血管透過性の低下,盲腸にも同様の所見を認め潰瘍性大腸炎と診断された.メサラジンRの内服にて症状は改善.平成20年7月2日より右眼傍中心暗点を認め翌日近医眼科を受診し,7月7日大阪医科大学眼科紹介受診.右眼は中心窩から上方にかけて極軽度の網膜の白濁を認め,蛍光眼底造影検査で右眼耳側下方の網膜動脈に造影剤流入の遅延を認めた.切迫型のhemi-CRAOと診断し,塩酸サルポグレラート・カリジノゲナーゼの内服を開始したところ,視力は右眼0.8pから1.2(7月23日)まで改善した.潰瘍性大腸炎による血管炎を原因としてhemi-CRAOを発症した可能性が考えられた.潰瘍性大腸炎では本疾患の合併も考慮して検査を進める必要がある.Purpose:Toreportacaseofhemi-centralretinalarteryocclusion(hemi-CRAO)associatedwithulcerativecolitis.Casereport:A42-year-oldfemalepresentedatourhospitalsufferingfromulcerativecolitiswithhemi-CRAO.Theulcerativecolitishadexistedfor4yearspriortopresentation,andhadcurrentlyregressed.Shenoticedaparacentralscotomainherrighteye5daysbeforetheinitialophthalmicexamination.Mildretinalwhiteningwithsuperiorfoveawereobservedinherrighteye.Fluoresceinfundusangiographyshoweddelayintemporalinferiorretinalarterialfillinginherrighteye;shewasdiagnosedashemi-CRAOandtreatedwithsarpogrelatehydrochlorideandkallidinogenase,resultinginimprovedvisualacuity.Conclusions:Wesuspectthattheulcerativecolitisplayedacausativeroleinhemi-CRAOdevelopmentinthiscase.Hemi-CRAOisoneoftheocularcomplicationsthatshouldbeconsideredincasesofulcerativecolitis,evenwhentheulcerativecolitisisinremission.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(7):1047?1049,2011〕Keywords:半側網膜中心動脈閉塞症,潰瘍性大腸炎.hemi-centralretinalarteryocclusion,ulcerativecolitis.1048あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(144)矯正視力はVD=(0.7),VS=(1.2)であった.7月7日大阪医科大学眼科(以下,当科)紹介受診した.初診時所見:前眼部,中間透光体に特に異常は認めなかった.眼底検査では右眼中心窩周囲に極軽度の網膜の白濁を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼の腕網膜時間は上方の網膜動脈は17秒,下方の網膜動脈は23秒で上方に比較して下方に造影剤流入の遅延を認めた(図2).動的量的視野計では右眼に傍中心暗点を認めた(図3).血液検査では抗核抗体が640倍,抗好中球細胞質抗体(P-ANCA)が26EUと高値を認めたが,その他は特に異常を認めなかった.経過:切迫型の半側網膜中心動脈閉塞症と診断し,7月7日より塩酸サルポグレラート,カリジノゲナーゼの内服を開始した.視力は近医初診時右眼(0.7)であったが,7月23日には右眼(1.2)まで改善した.眼底検査では初診時に認めた網膜の白濁は消失していた.しかし視野異常は現在も軽度残存している(図4).図3初診時視野傍中心暗点を認めた.図4初診時より約10カ月後の視野視野異常は現在も軽度残存している.図1初診時眼底写真右眼中心窩周囲に極軽度の網膜の白濁を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真〔造影剤流入20秒後(左),38秒後(右)〕右眼の腕網膜時間は下方の網膜動脈が上方に比較して延長していた.(145)あたらしい眼科Vol.28,No.7,20111049II考按本症例の鑑別疾患として考えられる動脈閉塞症をきたす原因としては,凝固異常,動脈硬化,心房粘液腫,異常ヘモグロビン症,結節性多発動脈炎,側頭動脈炎,閉塞性血栓性静脈炎,球後視神経炎などがある2).本症例の場合,潰瘍性大腸炎以外の他の鑑別疾患でみられる全身症状は認めず,血液検査にても血液疾患を疑うような所見も認めなかった.抗核抗体,P-ANCAがやや高値であったが,結節性多発動脈炎にて認められるような全身症状は認められず,眼底検査で血管炎を示す所見も認められなかったため否定的と考えた.球後視神経炎に関しては,多発性硬化症の既往がなく,球後痛や中心暗点などの球後視神経炎に特徴的な所見を認めなかったため否定的と考えた.以上より潰瘍性大腸炎が今回の血管閉塞に影響を及ぼした可能性があると考えられた.潰瘍性大腸炎に合併する眼症状としてはぶどう膜炎が最も多いが,その他にも角膜潰瘍,結膜炎,黄斑浮腫,上強膜炎,強膜炎,漿液性網膜?離,虚血性視神経症,球後視神経炎,視神経乳頭炎,網膜動静脈炎,網膜血管閉塞性疾患などがある1,3).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を併発したとする症例は比較的まれではあるが過去にいくつかの報告があり,静脈閉塞症のほうが動脈閉塞症よりも多く報告されている3~8).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を併発する機序には2つのパターンがあると考えられている.一つは,血管炎が視神経乳頭部に生じる,いわゆる乳頭血管炎によって発症するものである.もう一つは腸管外合併症の一つである動静脈血栓症によって発症するものである.腸管病変の炎症亢進が血小板の増加,第V因子や第VIII因子の増加,フィブリノゲン,アンチトロンビン(AT)-IIIの欠乏,プロトロンビン時間の延長などをひき起こし,凝固亢進状態になることや,下血の持続により鉄欠乏性貧血がひき起こされ,その結果,相対的血小板増加となり血栓が形成されやすくなることが考えられている4).Mayeuxらは潰瘍性大腸炎の寛解期であった17歳,女性に網膜中心動脈閉塞症と脳梗塞が合併した症例を報告している.乳頭は蒼白で周辺に軽度出血を認め,血液検査では特に異常を認めなかった(ただしプロトロンビン時間は15秒と軽度高値)5).須賀らは潰瘍性大腸炎の寛解期であった20歳,女性が乳頭血管炎に伴う網膜中心静脈閉塞症を合併した症例を報告した.初期にはステロイド増量で視力は改善したが,発症6カ月後より静脈のうっ血が悪化し,ステロイドには反応しなくなった.初期ではおもに乳頭血管炎であったが,凝固系亢進による循環の悪化が関与していたと考察している3).Doiらは潰瘍性大腸炎に乳頭静脈炎を伴う網膜中心静脈閉塞症を合併した34歳,女性がステロイドの増量にて改善したと報告している6).石田らも,潰瘍性大腸炎の寛解増悪をくり返し,プレドニゾロン40mgを内服中であった25歳,男性が網膜中心静脈閉塞症を合併し,ステロイドの増量にて改善したと報告している7).Rouleanらは潰瘍性大腸炎の寛解期に乳頭浮腫と毛様網膜動脈閉塞を合併した症例を報告し,ステロイドパルスと抗血症板療法により軽快したとしている8).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を合併した場合は乳頭血管炎様の所見が強い場合ステロイドの投与が効果的であると考えられる.また,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)などで血流障害が強い場合には抗血小板療法が効果的である可能性も考えられる.本症例の場合,乳頭に明らかな浮腫や腫脹といったような所見は認めなかったため,血栓による血流障害が原因の可能性が考えられた.年齢も若く,潰瘍性大腸炎以外に特に基礎疾患がなかったことから,潰瘍性大腸炎が凝固亢進状態をもたらした可能性が高いと考えられた.本症例では,病変部が限局的で症状が比較的軽度と考えられたため,ステロイドを使用せず,カリジノゲナーゼを使用した.治療が奏効した理由としては,本薬剤の末梢血管拡張作用により循環改善が得られたからと考えられる.潰瘍性大腸炎の患者のなかには眼症状がないにもかかわらず,蛍光眼底造影で,視神経や網膜血管からの蛍光漏出がみられ,視神経や網膜の血管炎がsubclinicalに存在している可能性が報告されている3).潰瘍性大腸炎においては寛解期でさらに眼症状がなかったとしても定期的に眼所見に注意する必要がある.文献1)小暮美津子:炎症性腸疾患─潰瘍性大腸炎,Crohn病─.眼科診療プラクティスNo.8ぶどう膜診療のしかた(臼井正彦,丸尾敏夫,本田孔士ほか編),p82-85,文光堂,19932)JenkinsHS,MarcusDF:Centralretinalarteryocclusion.JACEP8:363-367,19793)須賀裕美子,本間理加,横地みどりほか:若年者の潰瘍性大腸炎に合併した網膜静脈閉塞症の1例.臨眼59:913-916,20054)溝辺裕一郎,上敬宏,末廣龍憲:網膜中心静脈閉塞症を発症後,対側眼に網膜中心静脈閉塞症と網膜動脈分枝閉塞症を発症した潰瘍性大腸炎の1例.眼紀56:373-376,20055)MayeuxR,FahnS:Strokesandulcerativecolitis.Neurology28:571-574,19786)DoiM,NakasekoY,UjiYetal:Centralretinalveinocclusionduringremissionofulcerativecolitis.JpnJOphthalmol43:213-216,19997)石田晋,村木康秀,安藤靖恭ほか:潰瘍性大腸炎に網膜中心静脈閉塞症を合併した1症例.眼紀43:154-160,19928)RouleauJ,LongmuirR,LeeAG:Opticdiscedemawithadjacentcilioretinalarteryocclusioninamalewithulcerativecolitis.SeminOphthalmol22:25-28,2007

潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1538あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(00)538(106)0910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):538541,2009cはじめに潰瘍性大腸炎は特発性の炎症性腸疾患で,皮膚病変,関節病変,肝病変などの多臓器にわたる多彩な症状を呈し,眼合併症は3.511.8%にみられるといわれている1).非肉芽腫性虹彩毛様体炎が多くみられるが,汎ぶどう膜炎の報告もある2).一方,潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎を合併したとする症例はまれであり,わが国での報告は過去に一報のみである3).今回筆者らは,潰瘍性大腸炎加療中に真菌性眼内炎を発症し,その治癒過程で汎ぶどう膜炎を合併したと思われるまれな症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:右眼変視.〔別刷請求先〕石﨑英介:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EisukeIshizaki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した1例石﨑英介福本雅格藤本陽子佐藤孝樹高井七重南政宏植木麻理池田恒彦大阪医科大学眼科学教室EndogenousFungalEndophthalmitisandPan-UveitisinaCaseofUlcerativeColitisEisukeIshizaki,MasanoriFukumoto,YokoFujimoto,TakakiSato,NanaeTakai,MasahiroMinami,MariUekiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege潰瘍性大腸炎に真菌性眼内炎と汎ぶどう膜炎を合併した症例を経験した.症例は59歳,男性で,潰瘍性大腸炎にてステロイド経静脈投与を受けていた.初診時両眼眼底に多発性の白斑を認めた.その後左眼白斑の拡大および硝子体混濁が出現し,真菌性眼内炎を疑い抗真菌薬の点滴を開始したが硝子体混濁が増悪したため,硝子体手術を施行した.術後炎症は速やかに消退し経過良好であったが,術5日後に急激な左眼硝子体混濁の再発を認めた.真菌性眼内炎の再燃を疑い,左眼硝子体再手術を施行した.術中,真菌性眼内炎の網脈絡膜病巣は鎮静化しており,再手術後炎症は消退した.本症例では,真菌性眼内炎が治癒する過程で潰瘍性大腸炎に続発する汎ぶどう膜炎が発症したものと考えられる.汎ぶどう膜炎に対しては硝子体手術は結果的に不要であった可能性もあるが,眼底が透見不能であったため,診断目的としても硝子体手術は有用であったと考える.Wereportacaseofulcerativecolitiswithendogenousfungalendophthalmitisandpan-uveitis.Thepatient,a59-year-oldmalewithulcerativecolitis,wastreatedwithcorticosteroid.Hislefteyeshowedwhitemassandvitre-ousopacity;theendophthalmitisprogresseddespitetreatmentwithantifungalagents.Weperformedvitreoussur-geryonhislefteye.Theinammationreducedsoonaftersurgery,butat5daysaftertheoperationheagainpre-sentedwithmassivevitreousopacity.Wesuspectedthereccurenceoffungalendophthalmitisandagainperformedvitreoussurgery,butthefundusndingsshowedchorioretinalscarringandnoinammatorylesion.Inthiscase,wesusupectthatthepan-uveitissecondarytotheulcerativecolitisoccurredinthecourseoffungalendophthalmi-tishealing;vitreoussurgerywasusefulnotonlyfortreatment,butalsofordiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):538541,2009〕Keywords:潰瘍性大腸炎,真菌性眼内炎,汎ぶどう膜炎,硝子体手術.ulcerativecolitis,fungalendophthalmitis,pan-uveitis,vitreoussurgery.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009539(107)現病歴:平成8年他院内科にて潰瘍性大腸炎と診断された後,再燃,寛解をくり返していた.平成19年10月17日より発熱,頸部リンパ節腫脹が出現したため,10月26日からプレドニゾロン60mgの経静脈投与を受けていた.11月初めから右眼変視を自覚したため,11月6日当科紹介初診となった.初診時所見:初診時視力は右眼矯正0.8,左眼矯正1.0,眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg,中間透光体は両眼に軽度白内障を認めたが,前房内および硝子体中に炎症細胞は確認できなかった.眼底所見は右眼黄斑部耳下側に白色の隆起性病変を認め,変視の自覚症状はこれによるものと考えられた.両眼とも上方に白色の滲出斑を認めた(図1).経過:11月21日再診時には左眼滲出斑の拡大および著明な硝子体混濁が出現し(図2),真菌性眼内炎を強く疑いホスフルコナゾール(プロジフR)400mgの点滴を開始した.点滴開始後,右眼の病変は速やかに瘢痕化したが,左眼硝子体混濁はさらに増悪し,著明な結膜充血,前房内の多数の炎症細胞,虹彩後癒着もみられたため,11月30日左眼超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術および硝子体切除術を施行した.術中,網膜面上にはフィブリン析出によると考えられる膜様物が全面に付着していたため,ダイアモンドダストイレーサーで周辺部に向かって可及的に除去した.下方の白色滲出性病巣は無理に除去しようとすると裂孔を形成する危険性があるため,そのまま残存させた.手術時,灌流前に採取した硝子体液中のb-D-グルカンは394.3pg/ml(血中基準値:11.00pg/ml)であった.また,硝子体細胞培養にてCandidaalbicansが検出された.術前に測定した血中b-D-グルカンは10.95pg/mlと基準値上限程度であった.術後,炎症は速やかに消退し,経過良好であったが,術5日後に急激な左眼硝子体混濁の再発を認めた.前眼部には結膜充血を認め,前房内の細胞数が著明に増加しており,硝子体内は多数の炎症細胞で白色に混濁していたが,明らかなフィブリンの析出は認めなかった.真菌性眼内炎の再燃を疑い,12月7日左眼硝子体再手術を施行した.再手術の術中所見では,下方の滲出斑は鎮静化していた.周辺部にも特に残存硝子体図1初診時両眼眼底写真(平成19年11月6日)右眼黄斑部耳下側に白色の隆起性病変を認め,両眼とも上方に白色の滲出斑を認める.図2増悪時左眼眼底写真(平成19年11月21日)左眼滲出斑の拡大および著明な硝子体混濁が出現している.———————————————————————-Page3540あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(108)は認めず,真菌性眼内炎が原因と考えられる炎症の再燃所見を認めなかった.ステロイド投与は真菌性眼内炎の治療を開始した時点で内科に依頼して60mgから漸減しており,炎症再燃の2日前である12月3日に中止となっていた.抗真菌薬の投与はホスフルコナゾール(プロジフR)400mg点滴を11月21日から12月21日まで続行した後,12月28日までフルコナゾール(ジフルカンR)400mg内服を行った.経過中,潰瘍性大腸炎の症状には特に変化を認めなかった.再手術後炎症は速やかに消退し,平成20年2月19日現在,矯正視力は右眼1.5,左眼1.0と改善している.術後眼底は両眼ともに滲出性病巣は瘢痕化している(図3).前眼部にも,虹彩後癒着や前房内炎症を認めていない(図4).II考按潰瘍性大腸炎に合併するぶどう膜炎は非肉芽腫性前部ぶどう膜炎が特徴的で,後眼部病変は少ないとされている4).わが国での十数例の報告を検討したところ,虹彩毛様体炎は大半の症例でみられ,網膜血管炎や乳頭浮腫などの眼底病変も半数以上の症例で認められた5)とされている.本疾患の原因は不明であるが,自己抗体がぶどう膜の血管内皮細胞を障害することや免疫複合体によりぶどう膜炎が惹起されるのではないかと考えられている.眼症状と腸管症状の活動性,罹病期間の関連性の有無については意見が分かれているが,一般的に副腎皮質ステロイド薬の治療に反応がよく,視力予後は良好とされている.一方,真菌性眼内炎は,肉芽腫性脈絡膜炎で,約90%が経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimenta-tion:IVH)使用例とされている6)が,副腎皮質ステロイド投与中などの免疫力の低下した状態での発症も報告されている7,8).その原因は腸管粘膜の機能が低下している場合に,通常では通過できない腸管壁バリアを真菌が通過して,血管やリンパ管に侵入するのではないか,と考えられている7).今回の症例においても,副腎皮質ステロイド投与による免疫力の低下,および潰瘍性大腸炎に伴う腸管機能低下が真菌性眼内炎の原因となったと考えられる.真菌性眼内炎の確定診断は眼内から真菌が分離・培養されることであるが,硝子体培養の陽性率は3050%,血液培養の陽性率は50%程度と低く,硝子体中b-D-グルカン測定の診断への有用性が報告されている9).硝子体中のb-D-グルカンの基準値は10pg/mlとする報告があり10),今回の症例でも,硝子体液からCandidaalbicansが検出され,確定診断が可能であったが,硝子体液中のb-D-グルカンも394.3pg/mlと基準値を大幅に上回っていた.今回の症例では,初発の眼内炎については臨床所見より真菌性眼内炎を強く疑い,抗真菌薬の投与にても症状の改善がないため,硝子体手術に踏み切った.術中に採取した硝子体液の培養より真菌性眼内炎の確定診断が可能であり,術翌日より炎症は速やかに消退し,術後経過良好で硝子体手術が効果的であったと思われた矢先に炎症の再発を認めた.再発時の炎症は強く,硝子体中の大量の炎症細胞のため眼底は透見不能であった.初回手術時の残存硝子体を足場とした真菌性眼内炎の再発を疑い,硝子体再手術を行ったが,真菌性眼内炎の網脈絡膜病巣は鎮静化しており,眼内の所見からは真菌性眼内炎の再発は否定的であった.そこで,2回目の炎症は,真菌性眼内炎が治癒する過程で潰瘍性大腸炎に続発する汎ぶどう膜炎が発症したものである可能性が高いと考えた.今回のタイミングで続発性汎ぶどう膜炎が発症した原因としては,真菌性眼内炎の治療を開始した時点からステロイドの投与を漸減し,ちょうど炎症再燃の2日前に中止となっていたことから,ステロイド投与によって食い止められていた炎症がステロイドの減量,中止に伴い出現した可能性も考え図3術後左眼眼底写真(平成19年12月26日)両眼ともに滲出性病巣は瘢痕化している.図4術後左眼前眼部写真(平成20年1月29日)虹彩後癒着や前房内炎症を認めていない.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009541(109)られた.汎ぶどう膜炎に対しては硝子体手術は結果的に不要であった可能性もあるが,眼底が透見不能であったため,真菌性眼内炎の状態を確認し,続発性汎ぶどう膜炎の診断を下すために硝子体手術は有用であったと考えられた.文献1)HanchiFD,RembackenBJ:Inammatoryboweldiseaseandtheeye.SurvOphthalmol48:663-676,20032)越山健,中村宗平,田口千香子ほか:潰瘍性大腸炎に合併した汎ぶどう膜炎の3例.臨眼60:1237-1243,20063)高橋明宏,鹿島佳代子,明尾康子ほか:潰瘍性大腸炎加療中に合併したと思われるカンジダ眼内炎の1例.眼臨81:357-361,19874)小暮美津子:腸疾患とぶどう膜炎.ぶどう膜炎(増田寛次郎,宇山昌延,臼井正彦ほか編),p282-287,医学書院,19995)唐尚子,南場研一,村松昌裕ほか:大量の線維素析出を伴うぶどう膜炎を発症した潰瘍性大腸炎の1例.臨眼59:1609-1612,20056)松本聖子,藤沢佐代子,石橋康久ほか:わが国における内因性真菌性眼内炎─19871993年末の報告例の集計─.あたらしい眼科12:646-648,19957)薬師川浩,林理,東川昌仁ほか:経中心静脈高カロリー輸液(IVH)の既往がない内因性真菌性眼内炎の2症例.眼紀54:139-142,20038)呉雅美,西川憲清,三ヶ尻研一:中心静脈栄養の既往がないにもかかわらず真菌性眼内炎が疑われた1例.あたらしい眼科23:225-228,20069)若林俊子:真菌性眼内炎.眼科プラクティス16.眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p90-93,文光堂,200710)真保雅乃,伊藤典彦,門之園一明:硝子体液中b-D-グルカン値の臨床的意義の検討.日眼会誌106:579-582,2002***