0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(143)1047《原著》あたらしい眼科28(7):1047?1049,2011cはじめに潰瘍性大腸炎は10~30歳代の若年者に好発する原因不明の非特異的慢性炎症性腸疾患である.おもな炎症の場は腸管粘膜で,頻回の下痢や血便,疝痛様腹痛,発熱などを発作的にくり返す.本症には皮膚症状,口腔粘膜症状,関節症状,血管病変その他,多くの腸管外症状が起こるが,ときに眼症状も呈することがある.潰瘍性大腸炎に最も多い眼症状はぶどう膜炎であり,0.5~15%と報告されている1).今回筆者らは潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,女性.主訴:右眼視野異常.現病歴:平成16年3月下血を主訴に内科を受診した.大腸内視鏡検査にて直腸下端から上部直腸まで全周性連続性のびらん,血管透過性の低下を認め,潰瘍性大腸炎と診断された.メサラジンR1,500mgの内服にて症状は改善し,その後症状の増悪は認めなかった.平成20年7月2日より右眼傍中心暗点を自覚し,7月3日近医を受診した.このときの〔別刷請求先〕中矢絵里:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EriNakaya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCollegeofMedicine,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPAN潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例中矢絵里*1中泉敦子*1石崎英介*1高井七重*1竹田清子*2多田玲*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2竹田眼科*3多田眼科ACaseofHemi-centralRetinalArteryOcclusionAssociatedwithUlcerativeColitisEriNakaya1),AtsukoNakaizumi1),EisukeIshizaki1),NanaeTakai1),SayakoTakeda2),ReiTada3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaCollegeofMedicine,2)TakedaEyeHospital,3)TadaEyeHospital潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症(hemi-CRAO)の1例を経験した.症例は42歳,女性.平成16年3月,下血を主訴に内科を受診.大腸内視鏡検査にて直腸下端から上部直腸までの全周性連続性のびらん,血管透過性の低下,盲腸にも同様の所見を認め潰瘍性大腸炎と診断された.メサラジンRの内服にて症状は改善.平成20年7月2日より右眼傍中心暗点を認め翌日近医眼科を受診し,7月7日大阪医科大学眼科紹介受診.右眼は中心窩から上方にかけて極軽度の網膜の白濁を認め,蛍光眼底造影検査で右眼耳側下方の網膜動脈に造影剤流入の遅延を認めた.切迫型のhemi-CRAOと診断し,塩酸サルポグレラート・カリジノゲナーゼの内服を開始したところ,視力は右眼0.8pから1.2(7月23日)まで改善した.潰瘍性大腸炎による血管炎を原因としてhemi-CRAOを発症した可能性が考えられた.潰瘍性大腸炎では本疾患の合併も考慮して検査を進める必要がある.Purpose:Toreportacaseofhemi-centralretinalarteryocclusion(hemi-CRAO)associatedwithulcerativecolitis.Casereport:A42-year-oldfemalepresentedatourhospitalsufferingfromulcerativecolitiswithhemi-CRAO.Theulcerativecolitishadexistedfor4yearspriortopresentation,andhadcurrentlyregressed.Shenoticedaparacentralscotomainherrighteye5daysbeforetheinitialophthalmicexamination.Mildretinalwhiteningwithsuperiorfoveawereobservedinherrighteye.Fluoresceinfundusangiographyshoweddelayintemporalinferiorretinalarterialfillinginherrighteye;shewasdiagnosedashemi-CRAOandtreatedwithsarpogrelatehydrochlorideandkallidinogenase,resultinginimprovedvisualacuity.Conclusions:Wesuspectthattheulcerativecolitisplayedacausativeroleinhemi-CRAOdevelopmentinthiscase.Hemi-CRAOisoneoftheocularcomplicationsthatshouldbeconsideredincasesofulcerativecolitis,evenwhentheulcerativecolitisisinremission.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(7):1047?1049,2011〕Keywords:半側網膜中心動脈閉塞症,潰瘍性大腸炎.hemi-centralretinalarteryocclusion,ulcerativecolitis.1048あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(144)矯正視力はVD=(0.7),VS=(1.2)であった.7月7日大阪医科大学眼科(以下,当科)紹介受診した.初診時所見:前眼部,中間透光体に特に異常は認めなかった.眼底検査では右眼中心窩周囲に極軽度の網膜の白濁を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼の腕網膜時間は上方の網膜動脈は17秒,下方の網膜動脈は23秒で上方に比較して下方に造影剤流入の遅延を認めた(図2).動的量的視野計では右眼に傍中心暗点を認めた(図3).血液検査では抗核抗体が640倍,抗好中球細胞質抗体(P-ANCA)が26EUと高値を認めたが,その他は特に異常を認めなかった.経過:切迫型の半側網膜中心動脈閉塞症と診断し,7月7日より塩酸サルポグレラート,カリジノゲナーゼの内服を開始した.視力は近医初診時右眼(0.7)であったが,7月23日には右眼(1.2)まで改善した.眼底検査では初診時に認めた網膜の白濁は消失していた.しかし視野異常は現在も軽度残存している(図4).図3初診時視野傍中心暗点を認めた.図4初診時より約10カ月後の視野視野異常は現在も軽度残存している.図1初診時眼底写真右眼中心窩周囲に極軽度の網膜の白濁を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真〔造影剤流入20秒後(左),38秒後(右)〕右眼の腕網膜時間は下方の網膜動脈が上方に比較して延長していた.(145)あたらしい眼科Vol.28,No.7,20111049II考按本症例の鑑別疾患として考えられる動脈閉塞症をきたす原因としては,凝固異常,動脈硬化,心房粘液腫,異常ヘモグロビン症,結節性多発動脈炎,側頭動脈炎,閉塞性血栓性静脈炎,球後視神経炎などがある2).本症例の場合,潰瘍性大腸炎以外の他の鑑別疾患でみられる全身症状は認めず,血液検査にても血液疾患を疑うような所見も認めなかった.抗核抗体,P-ANCAがやや高値であったが,結節性多発動脈炎にて認められるような全身症状は認められず,眼底検査で血管炎を示す所見も認められなかったため否定的と考えた.球後視神経炎に関しては,多発性硬化症の既往がなく,球後痛や中心暗点などの球後視神経炎に特徴的な所見を認めなかったため否定的と考えた.以上より潰瘍性大腸炎が今回の血管閉塞に影響を及ぼした可能性があると考えられた.潰瘍性大腸炎に合併する眼症状としてはぶどう膜炎が最も多いが,その他にも角膜潰瘍,結膜炎,黄斑浮腫,上強膜炎,強膜炎,漿液性網膜?離,虚血性視神経症,球後視神経炎,視神経乳頭炎,網膜動静脈炎,網膜血管閉塞性疾患などがある1,3).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を併発したとする症例は比較的まれではあるが過去にいくつかの報告があり,静脈閉塞症のほうが動脈閉塞症よりも多く報告されている3~8).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を併発する機序には2つのパターンがあると考えられている.一つは,血管炎が視神経乳頭部に生じる,いわゆる乳頭血管炎によって発症するものである.もう一つは腸管外合併症の一つである動静脈血栓症によって発症するものである.腸管病変の炎症亢進が血小板の増加,第V因子や第VIII因子の増加,フィブリノゲン,アンチトロンビン(AT)-IIIの欠乏,プロトロンビン時間の延長などをひき起こし,凝固亢進状態になることや,下血の持続により鉄欠乏性貧血がひき起こされ,その結果,相対的血小板増加となり血栓が形成されやすくなることが考えられている4).Mayeuxらは潰瘍性大腸炎の寛解期であった17歳,女性に網膜中心動脈閉塞症と脳梗塞が合併した症例を報告している.乳頭は蒼白で周辺に軽度出血を認め,血液検査では特に異常を認めなかった(ただしプロトロンビン時間は15秒と軽度高値)5).須賀らは潰瘍性大腸炎の寛解期であった20歳,女性が乳頭血管炎に伴う網膜中心静脈閉塞症を合併した症例を報告した.初期にはステロイド増量で視力は改善したが,発症6カ月後より静脈のうっ血が悪化し,ステロイドには反応しなくなった.初期ではおもに乳頭血管炎であったが,凝固系亢進による循環の悪化が関与していたと考察している3).Doiらは潰瘍性大腸炎に乳頭静脈炎を伴う網膜中心静脈閉塞症を合併した34歳,女性がステロイドの増量にて改善したと報告している6).石田らも,潰瘍性大腸炎の寛解増悪をくり返し,プレドニゾロン40mgを内服中であった25歳,男性が網膜中心静脈閉塞症を合併し,ステロイドの増量にて改善したと報告している7).Rouleanらは潰瘍性大腸炎の寛解期に乳頭浮腫と毛様網膜動脈閉塞を合併した症例を報告し,ステロイドパルスと抗血症板療法により軽快したとしている8).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を合併した場合は乳頭血管炎様の所見が強い場合ステロイドの投与が効果的であると考えられる.また,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)などで血流障害が強い場合には抗血小板療法が効果的である可能性も考えられる.本症例の場合,乳頭に明らかな浮腫や腫脹といったような所見は認めなかったため,血栓による血流障害が原因の可能性が考えられた.年齢も若く,潰瘍性大腸炎以外に特に基礎疾患がなかったことから,潰瘍性大腸炎が凝固亢進状態をもたらした可能性が高いと考えられた.本症例では,病変部が限局的で症状が比較的軽度と考えられたため,ステロイドを使用せず,カリジノゲナーゼを使用した.治療が奏効した理由としては,本薬剤の末梢血管拡張作用により循環改善が得られたからと考えられる.潰瘍性大腸炎の患者のなかには眼症状がないにもかかわらず,蛍光眼底造影で,視神経や網膜血管からの蛍光漏出がみられ,視神経や網膜の血管炎がsubclinicalに存在している可能性が報告されている3).潰瘍性大腸炎においては寛解期でさらに眼症状がなかったとしても定期的に眼所見に注意する必要がある.文献1)小暮美津子:炎症性腸疾患─潰瘍性大腸炎,Crohn病─.眼科診療プラクティスNo.8ぶどう膜診療のしかた(臼井正彦,丸尾敏夫,本田孔士ほか編),p82-85,文光堂,19932)JenkinsHS,MarcusDF:Centralretinalarteryocclusion.JACEP8:363-367,19793)須賀裕美子,本間理加,横地みどりほか:若年者の潰瘍性大腸炎に合併した網膜静脈閉塞症の1例.臨眼59:913-916,20054)溝辺裕一郎,上敬宏,末廣龍憲:網膜中心静脈閉塞症を発症後,対側眼に網膜中心静脈閉塞症と網膜動脈分枝閉塞症を発症した潰瘍性大腸炎の1例.眼紀56:373-376,20055)MayeuxR,FahnS:Strokesandulcerativecolitis.Neurology28:571-574,19786)DoiM,NakasekoY,UjiYetal:Centralretinalveinocclusionduringremissionofulcerativecolitis.JpnJOphthalmol43:213-216,19997)石田晋,村木康秀,安藤靖恭ほか:潰瘍性大腸炎に網膜中心静脈閉塞症を合併した1症例.眼紀43:154-160,19928)RouleauJ,LongmuirR,LeeAG:Opticdiscedemawithadjacentcilioretinalarteryocclusioninamalewithulcerativecolitis.SeminOphthalmol22:25-28,2007