《原著》あたらしい眼科41(12):1463.1467,2024c緑膿菌性角膜炎に濾過胞感染と周辺部角膜潰瘍を合併した水疱性角膜症の1例伊藤正也*1,2愛知高明*1北澤耕司*1外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2兵庫医科大学眼科学教室CACaseofBullousKeratopathyAccompaniedbyPseudomonasaeruginosaCKeratitiswithFilteringBlebitisandPeripheralCornealUlcerationCMasayaIto1,2)C,TakaakiAichi1),KojiKitazawa1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,HyogoMedicalUniversityC目的:緑膿菌性角膜炎に濾過胞感染と周辺部角膜潰瘍を合併した水疱性角膜症のC1例を経験したので報告する.症例:74歳,女性.左眼の水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術を目的に京都府立医科大学附属病院を紹介受診した.両眼の緑内障を近医にて加療中で,左眼は線維柱帯切除術(TLE)を含め計C3回の手術歴があった.左眼は光覚弁C±,頭痛・左眼痛を伴い,広範囲の角膜上皮欠損と前房蓄膿,楕円形の実質混濁,角膜周辺部の細胞浸潤を認めた.水疱性角膜症に合併した細菌性角膜炎と判断し,前医によるベタメタゾン点眼を中止し,抗菌薬の点眼を開始した.眼脂培養より緑膿菌を検出し,抗菌治療を継続したが,角膜周辺の彫れ込みが悪化したため周辺部角膜潰瘍の合併を疑い,ベタメタゾン点眼を再開し,免疫抑制薬内服を追加した.緩徐に改善がみられたが結膜浮腫と疼痛が持続.濾過胞を切開したところ白色膿汁を認め,緑膿菌が検出された.結論:TLE後の水疱性角膜症に合併する感染性角膜炎は重篤化のリスクを有する.CPurpose:Toreportacaseofbullouskeratopathy(BK)accompaniedbyPseudomonasaeruginosa(P.aerugi-nosa)keratitis,.lteringblebitis,andperipheralcornealulceration.Case:A74-year-oldfemalewithBKinherlefteyeandacomplaintofheadacheandpaininthateyewasreferredtoourdepartmentforcornealendothelialkera-toplasty.Shehadpreviouslyundergonethreeglaucomasurgeriesinthateye,andexaminationrevealedlargecor-nealepithelialdefects,hypopyon,ovalstromalopacity,peripheralcellularin.ltration,andaVAoflightperception.Topicalbetamethasonewasdiscontinued,andtreatmentwithantibioticswasinitiated.P.aeruginosawasculturedfromCeyeCdischarge,CandCfrequentCuseCofCantibioticsCwasCcontinued.CSinceCtheCperipheralCcornealCulcerationCpro-gressed,oralbetamethasoneandcyclosporinewereadded.Althoughthecornealappearancesgraduallyimproved,conjunctivalchemosisandeyepainprolonged.Thus,.lteringblebitiswassuspected.Finally,theblebwasexcisedandwhitepuswithP.aeruginosawasfound.Conclusion:Posttrabeculectomy,thereisahighriskofBK-associat-edinfectiouskeratitisbecomingsevere.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(12):1463.1467,C2024〕Keywords:緑膿菌性角膜炎,濾過胞感染,水疱性角膜症,周辺部角膜潰瘍(Mooren潰瘍).Pseudomonasaerugi-nosakeratitis,.lteringblebitis,bullouskeratopathy,peripheralcornealulceration(Mooren’sulceration).はじめにウイルス角膜内皮炎などがある.2023年に報告された角膜水疱性角膜症(bullouskeratopathy)は角膜内皮細胞の減移植全国調査の中間報告によると,緑内障に対する多重手術少により,角膜が浮腫状に混濁する疾患である.原因としての施行が水疱性角膜症の原因の約C20%を占め1),その割合は内眼手術,緑内障手術,レーザー虹彩切開術,サイトメガロ16年前の報告2)より約C4倍にまで増加している.水疱性角〔別刷請求先〕伊藤正也:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町C1-1兵庫医科大学眼科学教室Reprintrequests:MasayaIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoMedicalUniversity,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-shi,Hyogo663-8501,JAPANC膜症の治療は角膜内皮移植術が必要であるが,手術の待機中に感染症を起こすことがある.今回,緑膿菌性角膜炎に濾過胞感染と周辺部角膜潰瘍を合併した,線維柱帯切除術後の水疱性角膜症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:74歳,女性.主訴:左眼の視力低下,眼痛,頭痛現病歴:両眼の緑内障を前医にてC10年以上加療中.左眼はC8年前に水晶体再建術と線維柱帯切開術,7年前に線維柱帯切除術,1年前に濾過胞再建術(Needle法)を施行し,計3回の手術歴があった.3回目の術後に水疱性角膜症をきたしたため,角膜内皮移植術を目的に京都府立医科大学附属病院(以下,当院)を紹介受診した.使用中の点眼:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩(コソプト配合)点眼液両眼C2回/日,ラタノプロスト点眼液両眼C1回/日,リパスジル塩酸塩水和物/ブリモニジン酒石酸塩(グラアルファ配合)点眼液両眼C2回/日,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロン)0.1%点眼液両眼C1回/日.当院初診時:視力:右眼C0.4(0.9C×sph.1.00D),左眼CSLC±(明室),眼圧:右眼C21.0mmHg,左眼(測定不可).角膜内皮細胞密度:右眼C2,497/mmC2,左眼(測定不可).前眼部所見:左眼は膿性眼脂の付着があり,結膜充血・毛様充血を伴う全周性の結膜浮腫を認めた.広範囲の角膜上皮欠損があり,細胞浸潤を伴う楕円形の実質混濁を耳側に認めた(図1a,b).前房蓄膿を伴い,眼内レンズ挿入眼であった.右眼には特記すべき所見を認めなかった.前医からの情報によると左眼は水疱性角膜症をきたす前から中心視野はなく,視力は手動弁であった.本人の都合により前医から当院初診までC3週間の期間を要したが,その間に左眼を洗眼薬(アイボン)で洗っていたとのことであった.以上より水疱性角膜症に合併した細菌性角膜炎を疑い,眼脂の塗沫検鏡と培養検査を実施した.塗沫検査ではグラム染色でグラム陽性桿菌を認めたため(図1c),Corynebacteri-um属を想定し,セフメノキシム塩酸塩C0.5%(CMX:ベストロン)を頻回点眼,オフロキサシンC0.3%(OFX:タリビッド)眼軟膏C4回/日による治療を開始した.経過:初診後C2日に眼脂培養よりCPseudomonasCaerugino-sa(緑膿菌)を検出したため,前医入院の上でトブラマイシンC0.3%(TOB:トブラシン)点眼C4回/日,レボフロキサシンC1.5%(LVFX:クラビット)点眼C2時間おきに加えて抗菌薬の全身投与を行った(図2).予定の再診日である初診後C7日に,上皮欠損は角膜輪部を超えて結膜にまで拡大し,角膜全面に波及する実質混濁を認めた(図3a,b).前医では角膜菲薄化により一時的に穿孔をきたしたとのことで浅前房となっていたため,同日当院へ転院した.抗菌薬治療を継続しな図1当院初診時a,b:前眼部所見.広範囲の角膜上皮欠損と楕円形の実質混濁を耳側に認めた.Cc:眼脂塗沫検鏡.グラム染色でグラム陽性桿菌を認めた.(入院日)(退院日)図2治療経過と診断経過図3治療経過a,b:初診後C7日の前眼部所見.上皮欠損は悪化し,角膜全面に波及する実質混濁を認めた.Cc,d:初診後C14日の前眼部所見.上方から耳側の下方にかけて角膜周辺部の彫れ込みを認めた.e,f:初診後C30日の前眼部所見と造影CCT(左眼窩部矢状断).がら,抗炎症目的にプレドニゾロン(PSL:プレドニン)錠(5mg)1錠/日の内服を開始した.抗菌薬治療に反応するも角膜周辺の彫れ込みが悪化した(図3c,d).採血にて抗CCCP抗体は陰性であり,関節リウマチは否定的であったためCMooren潰瘍の合併を疑い,ベタメタゾンC0.1%(リンデロン)点眼C4回/日と免疫抑制薬であるシクロスポリン(CsA:ネオーラル)50CmgカプセルC2錠/日の内服を追加した.また,同時期に発熱をきたしたため,鼻咽頭ぬぐい液による多項目迅速ポリメラーゼ連鎖反応(poly-meraseCchainreaction:PCR)検査を施行したところアデノウイルスが陽性となった.涙液による迅速抗原検査でも陽性となり流行性角結膜炎としてC3週間の個室隔離となった.そのため,細隙灯顕微鏡などを用いた詳細な診察・検査が十分にできなかった.緩徐に角膜上皮欠損と周辺部角膜潰瘍は改善したが,充血を伴う強い結膜浮腫が持続し(図3e),眼痛・頭痛の症状は鎮痛薬でコントロールできないほどに悪化した.触診で閉瞼時の耳側の圧痛を認め,Bモードでは高度の脈絡膜.離を認めた.造影CCTで頭側強膜と結膜が毛羽立つような造影効果を認めたため(図3f),強い炎症が局所に存在すると判断し図4初診後39日の切開排膿術(術者視点)耳上側の結膜を切開すると多量の白色膿汁が排出された.た.眼内炎の可能性を否定できないことから,初診後C30日にステロイドおよび免疫抑制薬の投与を減らし,セフタジジム水和物(CAZ)2Cg/日の点滴投与を開始した.もともと耳上側結膜には線維柱帯切除術による濾過胞が存在し,その部分を中心に充血と圧痛があることから濾過胞感染を疑った.初診後C39日に濾過胞部分の結膜を切開したところ,多量の白色膿汁の排出を認め(図4),強膜弁は強固に癒着し壊死性変化を示していた.膿汁の培養検査から眼脂と同様に緑膿菌を検出した.以降,結膜浮腫と疼痛は改善し,初診後C50日に退院となった.退院後C4カ月が経過した直近の検査所見は,左眼視力CSL+で角膜への結膜侵入を認めるものの結膜浮腫や角膜上皮欠損を認めず,感染の再燃なく安定している.CII考按水疱性角膜症が進行すると角膜上皮の接着不良をきたし,感染性角膜炎を合併するリスクが高まる3.4).さらに本症例では当院初診まで使用していた洗眼液によって水回りに棲む緑膿菌に曝露されたことが感染のリスクを高めたと推測される.ステロイド点眼は抗炎症作用により眼炎症を抑える効果があるが,副作用として易感染状態を引き起こす.そのため,水疱性角膜症に対するステロイド点眼の使用は,感染性角膜炎のリスクを高めるとされる3).本症例はベタメタゾン点眼が前医により投与されていたが,それによる易感染状態が細菌感染を惹起し,一方で初診時の炎症所見をマスクしていた.ベタメタゾン点眼を中止したことで炎症が急速に悪化,同時に周辺部角膜潰瘍と濾過胞感染が所見・症状として顕在化したと考えられる.緑膿菌性角膜炎治療による角膜所見の改善とは逆に,結膜浮腫と眼痛が増悪してきたため濾過胞感染の存在を疑った.高度の結膜浮腫によって濾過胞が伏在していたため,切開排膿するまで確定診断に至ることができなかった.感染経路として,緑膿菌性角膜炎を介して,もしくは洗眼液の使用により直接濾過胞に感染した可能性がある.後者とするならば当院初診時から濾過胞感染を併発していた可能性が考えられる.濾過胞感染は線維柱帯切除術といった濾過手術後に生じる術後感染症の一つである.危険因子として線維芽細胞増殖阻害薬(マイトマイシンCC:MMC)の使用,下方の濾過胞,濾過胞からの房水漏出があげられ5.7),おもな起因菌としてS.epidermidisやCS.aureus,連鎖球菌が報告されている8).しかし,緑膿菌で発症した濾過胞感染は報告されていないことから,起因菌の観点より本症例はまれな症例であると考えられる.日本緑内障学会による病期分類では,濾過胞の膿性混濁,周囲の充血といった濾過胞に限局したものをCStageI,前眼部までに波及したものをCStageII,硝子体内へ波及しているものをCStageIIIと定義している9).本症例ではCBモードや造影CCTで脈絡膜.離を認めており,炎症が硝子体内へ波及していたとするならばCStageIIIに至っていたことが疑われる.ただし切開排膿術後に速やかに治癒したため,結果的にはCStageIIであった可能性が高い.眼感染症において濾過胞が存在する場合は濾過胞感染への進展の可能性を念頭に置く必要がある.本症例は緑膿菌性角膜炎,濾過胞感染,もしくはその両方による強い炎症が周辺部角膜潰瘍を惹起したと考えられる.周辺部角膜潰瘍(Mooren潰瘍)は角膜周辺部に生じる難治性潰瘍で,外傷や手術,感染などを契機に放出された角膜組織に対する抗原に対し,自己抗体が産生され生じると考えられている10).治療はまずステロイドや免疫抑制薬の局所ならびに全身投与を行う.本症例における細菌性角膜炎・濾過胞感染と周辺部角膜潰瘍の病態はそれぞれ感染性と非感染性の炎症であり(図5),それらが同時に存在することによって相反する治療を行うこととなり,きわめて治療が困難であった.角膜菲薄化は広範囲な緑膿菌角膜潰瘍の周辺への進展に伴って生じた可能性も考えられた.しかし,初診時に細胞浸潤が角膜周辺部にあることが非典型であり,その後,全周性に輪部に沿って広がり,深い彫れ込みを伴う潰瘍となったことは,細菌感染だけでは説明がつかないと思われた.おわりに緑膿菌性角膜炎に濾過胞感染と周辺部角膜潰瘍を合併した水疱性角膜症のC1例を経験した.線維柱帯切除術を含む多重緑内障手術によって生じた水疱性角膜症は,角膜感染症と濾過胞感染の両者のリスクがあるためベタメタゾン点眼の使用は望ましくない.また,感染性角膜炎と非感染性角膜炎(周辺部角膜潰瘍)を同時に発症することがあり,そのような症例の治療はきわめてむずかしい.利益相反:伊藤正也:なし.愛知高明:なし.北澤耕司:なし.外園千恵:【カテゴリーF】クラスCIV参天製薬株式会社,サンコンタクトレンズ株式会社,CorneaGenクラスCI-III千寿製薬株式会社,エイムオーエイムオージャパン株式会社,HOYA株式会社,日本アルコン株式会社,バイエル薬品,日東メディック株式,会社,オンコリスバイオファーマ株式会社,コラジェンファーマ株式会社,大塚製薬,ファーマフーズ株式会社【カテゴリーCI】該当しない【カテゴリーCE】該当しない【カテゴリーCC】該当しない【カテゴリーCP】はい【カテゴリーCR】千寿製薬株式会社,参天製薬株式会社,日本アルコン株式会社,大塚製薬,日東メディック株式会社,ひろさきCLI株式会社文献1)日本角膜学会:角膜移植全国調査<中間報告>https://cornea.Cgr.jp/info/202308_report/2)ShimazakiCJ,CAmanoCS,CUnoCTCetal:NationalCsurveyConCbullouskeratopathyinJapan.CorneaC26:274-278,C20073)LuchsJI,CohenEJ,RapuanoCJetal:UlcerativekeratitisinCbullousCkeratopathy.COphthalmologyC104:816-822,C19974)OngCZZ,CWongCTL,CSureshCLCetal:AC7-yearCreviewCofCclinicalCcharacteristics,CpredisposingCfactorsCandCoutcomesCofCpost-keratoplastyCinfectiouskeratitis:theCNottinghamCinfectiouskeratitisstudy.FrontCellInfectMicrobiolC13:C1250599,C20235)JampelCHD,CQuigleyCHA,CKerrigan-BaumrindCLACetal;CGlaucomaCSurgicalCOutcomesStudyCGroup:RiskCfactorsCforClate-onsetCinfectionCfollowingCglaucomaC.ltrationCsur-gery.ArchOphthalmolC119:1001-1008,C20016)MatsuoCH,CTomidokoroCA,CSuzukiCYCetal:Late-onsetCtransconjunctivalCoozingCandCpointCleakCofCaqueousChumorCfromC.lteringCblebCafterCtrabeculectomy.CAmJOphthalmolC133:456-462,C20027)SoltauJB,RothmanRF,BudenzDLetal:Riskfactorsforglaucoma.lteringblebinfections.ArchOphthalmolC118:C338-342,C20008)堀暢英,望月清文,石田恭子ほか:線維柱帯切除後の濾過胞感染症の危険因子と治療予後.日眼会誌C113:951-963,C20099)望月清文,山本哲也,石田恭子:濾過手術後の感染症の現状と対策.眼科48:763-768,C200610)木下茂,大橋裕一:Mooren潰瘍の病態と治療.眼紀C41:2055-2061,C1990***