《第23回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科30(8):1151.1154,2013c炭酸脱水酵素阻害薬長期点眼による角膜内皮への影響舘野寛子*1城信雄*1南野桂三*2安藤彰*3南部裕之*1,4松村美代*4髙橋寛二*1*1関西医科大学附属枚方病院眼科*2関西医科大学附属滝井病院眼科*3あんどう眼科クリニック*4永田眼科Long-TermInfluenceofCarbonicAnhydraseInhibitorEyedropsonCornealEndotheliumHirokoTateno1),NobuoJo1),KeizoMinamino2),AkiraAndo3),HiroyukiNambu1,4),MiyoMatsumura4)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityTakiiHospital,3)AndoEyeClinic,4)NagataEyeClinic炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)点眼の長期継続による角膜内皮への影響を検討した.対象はCAI点眼を6年以上継続し,経過中に内眼手術やレーザー治療歴がなく,経過観察中に眼圧が21mmHgを超えなかった原発開放隅角緑内障10例14眼.平均観察期間±標準偏差89.1±13.4カ月,平均年齢±標準偏差61.3±11.3歳.角膜内皮細胞密度は,点眼開始前2,698±429個/mm2,最終観察時2,575±526個/mm2で,1年当たりの平均減少率は0.58%であり,正常な成人の角膜内皮細胞密度の減少の報告と差はなかった.ただし,2%/年以上の減少を認めた例が6眼あり,手術既往のないものも4眼あった.症例によってはCAIの長期点眼による角膜内皮細胞密度減少の可能性が示唆され,定期的な内皮測定を行う必要があると思われた.Wereviewedtheeffectofcarbonicanhydraseinhibitor(CAI)eyedropsoncornealendotheliumoverlong-termadministration.Reviewedwere14eyesof10cases;averageagewas61.3years.Innormaltensionglaucomaandprimaryopenangleglaucoma,CAIeyedropswerecontinuedformorethan6years,duringacoursewithnohistoryofintraocularsurgeryorlaser;intraocularpressuredidnotexceed21mmHg.Themeanobservationperiodwas89.1months.Themeancornealendothelialcelldensitywas2,698±429/mm2beforeeyedropinitiationand2,575±526/mm2atlastobservation.Although6eyesshowedadensitydecreaseofmorethan2%/year,theaveragereductionrateperyearwas0.58%,whichwaswithintherangeofthenaturalreductionrate.However,endothelialcelldensitywasreducedbymorethan2%peryearinthe4cases,withoutsurgicalhistory.Insomecases,decreaseincornealendotheliumseemedduetolong-termuseofCAIeyedrops.Withlong-termuseofCAIeyedrops,itisnecessarytoperiodicallymeasurethecornealendothelium.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(8):1151.1154,2013〕Keywords:炭酸脱水酵素阻害薬点眼,角膜内皮細胞密度.carbonicanhydraseinhibitor,cornealendothelium.はじめに炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)の点眼薬であるドルゾラミド〔トルソプトR,MSD(株)〕は発売後約14年,ブリンゾラミド〔エイゾプトR,日本アルコン(株)〕は同約10年経過し,緑内障治療薬のなかで追加点眼薬として広く使用されている.CAI点眼薬の角膜内皮への影響については複数報告1.10)されているが,いずれも2年以内の短期間の報告であり,短期間では影響はなかったと結論づけられている.しかし,長期間の影響は報告されておらず,また不可逆性の角膜浮腫に至った症例の報告5,11)もあることから,CAIの長期点眼による影響を検討するため筆者らはCAI点眼薬発売から現在までCAIを連続して点眼し,定期的に経過観察できている症例を検出し,そのなかでCAI点眼開始前に角膜内皮細胞密度を測定していた症例に今回角膜内皮細胞密度を測定し,CAIの角膜内皮への影響を検討した.〔別刷請求先〕舘野寛子:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学枚方病院眼科Reprintrequests:HirokoTateno,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata-city,Osaka573-1191,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)1151I対象および方法2001年から2006年の間に関西医科大学附属病院でCAI点眼薬(ドルゾラミドもしくはブリンゾラミド)による治療を開始され,治療開始時に角膜内皮細胞密度を測定し,かつ以下の4条件をすべて満たした10例14眼(男性7例10眼,女性3例4眼)を対象とした.①原発開放隅角緑内障(POAG)および正常眼圧緑内障(NTG),②CAI点眼薬を6年以上継続して点眼していること,③治療開始後に内眼手術やレーザー治療,眼外傷歴がないこと,④CAI点眼薬使用中に眼圧が21mmHgを超えていないこと.症例はPOAG12眼,NTG2眼で,観察期間は73.128カ月(平均89.1カ月),点眼開始時の年齢は37.70歳(平均61.3歳)であった.CAI点眼薬開始前に投与されていた点眼はマレイン酸チモロール7眼,塩酸カルテオロール4眼,ラタノプロスト11眼で,点眼を複数併用していた症例があった(表1)が,CAI点眼開始後にさらに追加された点眼薬はなかった.CAI点眼薬開始前の手術既往は,線維柱帯切除術+白内障手術が3眼,線維柱帯切開術+白内障手術が1眼,水晶体.外摘出術が1眼あったが,すべて2年以上前に施行されていた.角膜内皮細胞数は,非接触型スぺキュラーマイクロスコープ(トプコン社SP2000-P)にて測定した.CAI点眼薬開始前と最終観察時に患者の中央部角膜内皮を撮影し,CAI点眼薬開始前と最終観察時で角膜内皮細胞密度を対応のあるt検定で比較した.表1CAI点眼開始前に使用していた点眼薬塩酸カルテオロール単独3眼ラタノプロスト単独2眼塩酸カルテオロール+ラタノプロスト2眼マレイン酸チモロール+ラタノプロスト7眼角膜内皮細胞密度(個/mm2)4,0003,5003,0002,5002,0001,5001,000500035II結果1.CAI点眼薬開始前と最終観察時の角膜皮細胞密度の変化(図1)角膜内皮細胞密度は,点眼開始前2,698±429個/mm2,最終観察時2,575±526個/mm2であり,点眼開始前と最終観察時で有意差はなかった(p=0.47).1年当たりの平均減少率は0.58%であった.すべての症例で糖尿病,コンタクトレンズ装用歴はなかった.しかし,6眼に2%/年以上の角膜内皮細胞密度の減少が認められた.それらは全例60歳以上で,2眼に緑内障,白内障の手術歴があった(表2).2.CAI点眼薬開始前後の眼圧変化眼圧±標準偏差は,CAI点眼開始前は平均18.5±2.70mmHg(12.24mmHg),最終観察時は平均14.8±3.26mmHg(12.20mmHg)であった.経過中に21mmHgを超えた症例はなかった.3.手術既往の有無での検討(図2)CAI点眼開始前に手術既往がある5眼の角膜内皮細胞密度は,点眼開始前2,594±495個/mm2,最終観察時2,384±593個/mm2で,1年間の平均減少率は0.92%/年であった.手術既往がない9眼は,点眼開始前2,804±397個/mm2,最終観察時2,551±4,283個/mm2で,平均減少率は0.01%/年であった.対応のあるt検定では手術既往の有無でこの2群に有意差はなかった(p=0.62)が,手術既往のあるほうが減少する傾向がみられた.III考按CAI点眼薬は,毛様体無色素上皮に存在する炭酸脱水酵素のII型アイソザイムを阻害することにより,房水産生を抑制し眼圧を下降させる抗緑内障薬である.その一方,角膜実質内からの水分の流入を調節するポンプ作用をする炭酸脱水酵素のアイソザイムも減弱させるため,角膜含水量が増加年齢(歳)455565758595:CAI開始前:最終観察時:2%/年以上の減少図1全症例のCAI点眼開始前と最終観察時の角膜内皮細胞密度の変化1152あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(108)表2角膜内皮細胞密度減少率の高かった6症例症例点眼開始年齢(歳)性別CAI点眼開始前内皮細胞密度(個/mm2)最終観察時内皮細胞密度(個/mm2)点眼年数(カ月)1年当たりの減少率手術既往併用点眼166男3,1392,439992.78%なしなし(塩酸カルテオロール中止)261男3,1252,540842.57%なし塩酸カルテオロールラタノプロスト361男3,2882,543843.14%なし塩酸カルテオロールラタノプロスト463女2,7401,857934.57%CAI点眼開始3年前に線維柱帯切開術+PEA+IOLマレイン酸チモロールラタノプロスト565男2,8872,467732.33%なしマレイン酸チモロールラタノプロスト667男2,9162,220962.87%CAI点眼開始3年前に線維柱帯切除術+PEA+IOL1年前に線維柱帯切除術塩酸カルテオロール角膜内皮細胞密度(個/mm2)2,804±3972,5002,0001,5001,00050002,594±4952,384±5932,551±4,283CAI点眼最終CAI点眼最終開始前観察時開始前観察時手術既往あり5眼手術既往なし9眼図2手術既往の有無による角膜内皮細胞密度の変化の比較し,角膜内皮障害をきたしたとの報告がある5).一方で,CAI点眼薬開始後2年以内の報告では角膜内皮細胞密度の有意な減少はなかったとも報告されている10).今回の検討では6年以上CAI点眼薬を継続点眼している症例であっても,CAI点眼前後で角膜内皮細胞密度に有意な減少を認めなかった.正常なヒト中央角膜内皮細胞密度は1年当たり平均約0.3.1.0%減少するとの報告があり12.17),今回は平均0.58%と成人の自然減少率と差がなかった.橋本ら10)は,内眼手術既往例に角膜内皮細胞密度が著明に減少した症例があったと報告しており,安藤ら11)が報告した不可逆性の浮腫で報告された症例も内眼手術既往例であり,角膜内皮細胞密度は1,100個/mm2程度に減少した症例であった.本報告では内眼手術既往の有無で有意差はなかったが,CAI点眼開始前に手術既往があるほうが角膜内皮細胞密度は減少する傾向がみられた.手術既往眼では手術侵襲による内皮障害の影響がある可能性もあるので,CAI点眼薬使用時には角膜内皮を確認し,内皮細胞密度が1,000個/mm2以下に減少しているなど,水疱性角膜症を発症する可能性が考えられる症例では違う点眼薬を使用したほうがよいと思われた.一方で,今回(109)手術既往のない症例でも年2%以上の角膜内皮細胞密度が減少した例が4眼あった.これらの症例で糖尿病,コンタクトレンズ装用,眼圧上昇など他に角膜内皮細胞密度減少の原因となるものはなかったが,2%/年以上の減少率を認めたのは全例60歳以上であった.今回は症例数が少なく,年齢による精密な検討はできなかったが,高齢でCAI点眼薬を長期使用した際に角膜内皮細胞密度が減少している傾向がみられたことから,今後さらに症例数を増やし,年齢による検定を行うなど,どのような症例で角膜内皮に影響を及ぼしやすいのかも具体的に検討する必要があると思われた.今回の検討ではドルゾラミドとブリンゾラミドを切り替えて継続使用していた症例も含んでおり,2剤を分けて検討はしていないが,過去に報告されているかぎり,両薬剤間で角膜内皮への短期の影響については著明な差はないようである.また,併用していたbブロッカーやラタノプロストについては,角膜内皮への薬理作用ははっきりしておらず,過去の報告ではそれぞれ単剤使用や,CAIとの併用でも短期では点眼角膜内皮細胞密度に影響はなかったとの報告が多い18.23)が,CAI自体が臨床的に緑内障点眼のなかでも追加薬剤として使用されるため,単剤での効果を検討することは困難であるのが現状である.今回の検討では,角膜内皮の測定は点眼開始前および最終観察時にそれぞれ1回ずつしか測定しておらず,誤差があると考えられるため,さらに症例数を増やして検討する必要があると思われた.IV結論CAI点眼薬を6年以上継続使用している症例においても平均の角膜内皮細胞密度の減少率は自然減少の範囲内であり,正常の内皮細胞密度の症例に使用するには影響はないとあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131153考えられるが,高齢者や手術既往例などの症例によってはCAI点眼薬の長期点眼により角膜内皮細胞密度が減少する可能性が示唆された.CAI点眼薬を長期間投与する際には,自然減少率を超える内皮細胞の減少がないかをCAI点眼投与前と投与後に1年に1回など定期的に角膜内皮細胞密度を測定し,自然減少率を超える内皮細胞の減少が認められた場合は点眼の変更を検討する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WilkersonM,MarshallC,ErikAetal:Four-weeksafetyandefficacystudyofdorzolamide,anovel,activetopicalcarbonicanhydraseinhibitor.ArchOphthalmol111:1343-1350,19932)CatberineAE,DavvidOH,JayWMetal:Effectofdorzolamideoncornealendotherialfunctioninnormalhumaneyes.InvestOphthalmolVisSci39:23-29,19973)KaminskiS,HommerA,KoyuncuDetal:Influenceofdorzolamideoncornealthickness,endotherialcellcountandcornealsensibility.ActaOphthalmolScand76:78-79,19984)JonathanHL,SamerAK,JaurenceJKetal:Adouble-masked,randomized,1-yearstudycomparingthecornealeffectsofdorzolamide,timolol,andbetaxolol.ArchOphthalmol116:1003-1010,19985)KonowalA,MorrisonJC,BrownSVetal:Irreversiblecornealdecompensationinpatientstreatedwithtopicaldorzolamide.AmJOphthalmol127:403-406,19996)ClaudeJD,TuanQT,HeleneMBetal:Dorzolamideandcornealrecoveryfromedemainpatientswithglaucomaoroccularhypertention.AmJOphthalmol129:144-150,19997)SrinivasSP,OngA,ZhaiCBetal:Inhibitionofcarbonicanhydraseactivityinculturedbovinecornealendotherialcellsbydorzolamide.InvestOphthalmolVisSci43:32733278,20028)InoueK,OkugawaK,OshitaTetal:Influenceofdorzolamideoncornealendothelium.JpnJOphthalmol47:129133,20039)井上賢治,庄司治代,若倉雅登ほか:ブリンゾラミドの角膜内皮への影響.臨眼60:183-187,200610)橋本尚子,原岳,青木由紀ほか:ブリンゾラミド長期点眼による角膜への影響.あたらしい眼科25:711-713,200811)安藤彰,宮崎秀行,福井智恵子ほか:炭酸脱水酵素阻害薬点眼後に不可逆的な角膜浮腫をきたした1例.臨眼59:1571-1573,200512)MurphyC,AlvaradoJ,JusterRetal:Prenatalandpostnatalcellularityofthehumancornealendothelium.Aquantitativehistologicstudy.InvestOphthalmolVisSci25:312-322,198413)ChengH,JacobsPM,McPhersonKetal:Precisionofcelldensityestimatesandendothelialcelllosswithage.ArchOphthalmol103:1478-1481,198514)AmbroseVM,WaltersRF,BatterburyMetal:Longtermendothelialcelllossandbreakdownoftheblood-aqueousbarrierincataractsurgery.JCataractRefractSurg17:622-627,199115)NumaA,NakamuraJ,TakashimaMetal:Long-termcornealendothelialchangesafterintraocularlensimplantation.Anteriorvsposteriorchamberlenses.JpnJOphthalmol37:78-87,199316)BourneWM,NelsonLR,HodgeDO:Centralcornealendotherialcellchangesoveraten-yearperiod.InvestOphthalmolVisSci38:779-782,199717)HatouS,ShimmuraS,ShimazakiJetal:MathematicalprojectionmodelofvisuallossduetoFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci52:7888-7893,201118)AlankoHI,AiraksinenPJ:Effectoftopicaltimololoncornalsendotherialcellmorphologyinvivo.AmJOphthalmol96:615-621,198319)LassJH,ErikssonGL,OsterlingLetal:Comparisonofthecornealeffectsoflatanoprost,fixedcombinationlatanoprost-timolol,andtimolol:Adouble-masked,randomized,one-yearstudy.Ophthalmology108:264-271,200120)MiuraK,ItoK,OkawaCetal:Comparisonofocularhypotensiveeffectandsafetyofbrinzolamideandtimololaddedtolatanoprost.JGlaucoma17:233-237,200821)星野美佐子,山田利津子,真鍋雄一ほか:開放隅角緑内障に対するピロカルピン及びチモロール点眼治療の角膜内皮に及ぼす影響.眼臨88:1842-1844,199422)井上賢治,増本美枝子,若倉雅登ほか:ラタノプロスト,ウノプロストン,水溶性チモロール点眼の角膜内皮への影響.眼臨紀1:1210-1215,200823)山田英里,山田晴彦,山崎有加里ほか:リズモンTGTMによると考えられる重症角膜障害の1例.眼紀53:800-803,2002***1154あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(110)