《原著》あたらしい眼科39(12):1704.1708,2022c眼科病棟の高齢入院患者における点眼手技の研究森本綾華*1三木篤也*2,3中川里恵*1西田幸二*2,4*1大阪大学医学部附属病院看護部*2大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)*3愛知医科大学医学部近視進行抑制学*4大阪大学先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門CInvestigationofEyeDropInstillationTechniquesinElderlyInpatientswithEyeDiseasesAyakaMorimoto1),AtsuyaMiki2,3),RieNakagawa1)andKoujiNishida2,4)1)DepartmentofNursing,OsakaUniversityHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofMyopiaControlResearch,AichiMedicalUniversityMedicalSchool,4)IntegratedFrontierResearchforMedicalScienceDivision,InstituteforOpenandTransdisciplinaryResearchInitiatives,OsakaUniversityC眼科病棟の入院患者における点眼手技の巧拙およびそれに関連する背景因子について検討を行った.2020年C9月1日.2021年C5月C31日に大阪大学医学部附属病院西C7階病棟に眼疾患の治療目的で入院した患者のうち,65歳以上の176名を対象とし,16項目の点眼手技を,チェック表を用いて看護師が「できている」「指導があればできる」「できていない」のC3段階で評価した.その後,定量的評価が困難なC4項目を除いたC12項目の評価結果と,年齢および性別,病名との相関を統計学的に検討した.12項目すべてが「できている」であった者はC44名(40.7%)で,平均年齢が65.3歳であったのに対し,それ以外の患者の平均年齢はC72.0歳であり,有意に年齢が高かった(p=0.0151).性別では男性(60.4%)が女性(39.6%)よりも有意に「できている」の割合が高かった.緑内障患者が緑内障以外の患者より有意で「できている」の割合が高かった.CWeanalyzedthetechniquesofeyedropinstillationandassociatedbaselinefactorsininpatientswitheyedis-eases.CInCthisCstudy,CnursesCevaluatedCtheCinstillationCtechniquesCofCtheCinpatientsCwhoCunderwentCophthalmologicCtreatmentsfromSeptember1,2020toMay31,2021atOsakaUniversityHospitalusingthree-levelscoringof16parameters.Scoresof12parametersexcluding4parametersthatwerenotsuitableforquantitativeanalysiswereretrospectivelycollectedandstatisticallyanalyzed.Forty-fourpatients(40.7%)showeda“good”instillationtech-niqueinall12parameters.Themeanageofthepatientswhoshowedagoodtechniqueinall12parameters(i.e.,65.3years)wassigni.cantlyhigherthanthatofthepatientswhoshowedbadtechniqueinany1of12parameters(i.e.,C72.0Cyears,Cp=0.0151).CMalepatients(60.4%)performedCbetterCthanCfemalepatients(39.6%).CPatientsCwithCglaucomaperformedbetterthanthepatientswithotheroculardiseases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(12):1704.1708,C2022〕Keywords:点眼,高齢者.eyedrop,elderlypeople.はじめに日本人の平均寿命は内閣府の統計データによるとC2018年時点で男性C81.3年,女性C87.3年であり,2019年の高齢化率はC28.4%にも上る1).また,2016年の健康寿命は男性72.1歳,女性C74.8歳である2).厚生労働省の「平成C29年の患者調査の概況」によると,65歳以上の入院患者は入院患者全体のC73.2%,75歳以上でC53.2%であり,外来通院している患者では,65歳以上の患者が外来患者全体のC50.6%,75歳以上でC28.9%となっている3).患者の高齢化は眼科領域においても例外ではなく,眼科医会によるとC2007年時点で日本にはC145万人の視覚障害患者が存在すると推定されているが,その視覚障害者の半数は70歳以上であり,60歳以上でC72%を占めていると推定されている4).高齢化が進むなかで白内障などの一時的に点眼治療が必要な患者だけでなく,緑内障など長期に点眼治療が必要な患者も高齢化しており,点眼管理が医師の指示どおり行えているかどうか疑問である.高齢者の服薬管理の研究は過去に行われており,加齢に伴〔別刷請求先〕三木篤也:〒480-1195愛知県長久手市岩作雁又C1-1愛知医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:AtsuyaMiki,DepartmentofOphthalmology,AichiMedicalUniversityMedicalSchool,1-1YazakoKarimata,Nagakute,Aichi480-1195,JAPANC1704(136)い罹患する疾患数が増えるため処方される薬の種類も増え,複数の薬の服薬自己管理が必要であるといわれている5).厚生労働省のC2019年の統計によると,服薬中の薬がC7種類を超えるケースはC65.74歳でC13.5%,75歳以上でC24.5%であり6),高齢者が多剤を服用していることがわかる.高齢化に伴う認知機能の低下,理解力の低下,身体機能の低下に加え,多剤服用によりさらに服薬自己管理が困難になっていると示唆され,また,服用期間が長期になることで服薬忘れや自己中断も起きていることが示されている5).眼科領域においても自己点眼が必要な高齢患者が多く,緑内障患者の多くは点眼薬が多剤処方されており,点眼管理が困難になっていることが考えられる.また,処方された点眼薬を指示回数どおり実施しているだけでは不十分であり,正しく点眼できていることが重要である.眼疾患の治療において点眼は,手術患者の術前無菌化,術後感染予防,消炎などに重要であり欠かすことのできない治療法の一つである.しかし,超高齢社会である現代において眼科疾患を有する患者も高齢化している.生方らは白内障手術を受けた患者に限定して点眼手技を評価し,点眼容器を持つ手が安定しないことが確実な点眼ができない要因であり,げんこつ点眼法の指導が自己点眼の習得に有効であると考察している7).鈴木はC75歳以上の後期高齢者では老年症候群,フレイル,認知症が増加すると述べている.また,60歳以上の患者で点眼アドヒアランスが不良であり,60歳以上の高齢者に積極的な点眼指導を行う必要性を述べている8).これらのことから,75歳以上の後期高齢者においては,視力障害の程度にかかわらず自己点眼が困難になることが少なくないと考える.これからますます増加する高齢眼科疾患患者に対し,早期に正しい点眼手技を獲得してもらうことは眼科看護の重要な課題であると考える.しかし,高齢の眼科疾患を有する患者の看護ケアとして点眼手技に着目した先行研究や,自己点眼の評価についてのガイドラインもなく,各施設でそれぞれの経験に基づいてチェックリストや判断基準を作成している現状がある.これらのことから,眼科病棟の入院患者における点眼手技の巧拙およびそれに関連する背景因子を検討することで,その後の自己点眼確立に向けての介入の検討に役立てることができると考える.そのような背景から,今回筆者らは,眼科病棟入院中の高齢患者において,点眼手技およびそれに相関する因子の検討を行った.CI対象および方法対象は,2020年9月1日.2021年5月31日に大阪大学医学部附属病院西C7階病棟(当科)に眼疾患の治療目的で入院したC65歳以上の患者のうち,「点眼手技チェック表」に基づいて看護師が点眼手技の評価を行ったC176名(平均年齢C69.1±14.7歳)である.内訳は女性C83名(47%),男性C93名(53%),病名は緑内障C118名(67%),その他C58名(33%)であった.当科では,点眼継続の必要があるすべての入院患者に対して,独自に作成した「点眼手技チェック表」に基づいて点眼手技の評価を行っている.点眼手技チェック表はC16項目からなり(表1),それぞれ看護師がC3段階(できている,指導があればできる,できていない)のスコアで評価している.チェック表を後ろ向きに収集し,定量的評価が困難なC4項目を除いたC12項目を解析の対象とした.「できている」を良好,「指導があればできる」および「できていない」を不良として,それぞれの項目について点眼手技が良好であった患者の割合(良好率)と,年齢および性別,病名と各項目の良好率との相関を統計学的に検討した.また,12項目すべてが「良好」の群と,一つでも「不良」があった群のC2群に分けてC2群の頻度と,相関する因子の検討を行った.解析は統計ソフトウェアCJMPPro15.2.0(SASInstituteInc)を用いて行った.連続変数は線形回帰分析,名義変数はCt検定を用い,p値C0.05未満を有意とした.本研究は臨床研究法を遵守し,ヘルシンキ宣言に則って行った.本研究は大阪大学医学部附属病院倫理委員会の承認を受け,研究内容を公表し被検者に拒否の機会を与える(オプトアウト)形で行った.CII結果点眼手技チェック表の各項目の良好者数と良好率を表2に示す.良好者が少ない項目は「8.眼球,瞼,睫毛と点眼薬が接していない」でC139名(78.9%)であり,もっとも良好者が多い項目は「13.後片付けを行う」でC168名(95.4%)であった.項目C8以外は良好者がC80%以上あった.病名と相関した項目はC7項目あり(表3),年齢と相関したのはC3項目であった(表4).すべての項目が良好であった患者はC91名(51.7%),どれか一つでも不良であった患者はC85名(48.3%)という結果になった.性別,年齢,疾患のすべてが点眼手技すべての項目の巧拙と有意に相関した.性別は男性C55名(60.4%)が女性C36名(39.6%)よりも有意に良好であった.また,年齢においては良好群がC66.3C±1.5歳,不良群C72.0±1.6歳であり(表4),年齢が若いほうが有意に良好であり,疾患では緑内障患者が緑内障以外の患者より有意に良好であった(表5).CIII考察眼科入院患者において,当科独自点眼手技チェック表を用いて客観的な評価を行った.点眼手技チェック表の各項目のなかで良好者が少ない項目は「8.眼球,瞼,睫毛と点眼薬が接していない」でC139例(78.9%)であり,もっとも良好者が多い項目は「13.後片付けを行う」でC168例(95.4%)表1「点眼手技チェック表」の項目1.点眼薬の種類を判別できる.2.手をきれいに洗う.3.アイコットンを清潔に使用する.4.アイコットンで目頭から目尻の方向に拭く.5.アイコットンの同じ面でC2度拭きしない.6.点眼薬の蓋は上向きに置く.7.安全に下眼瞼のみを引っ張る.8.眼球,瞼,睫毛と点眼薬が接していない.9.点眼薬はC1滴を点眼する.10C①.点眼時の体位(仰臥位・坐位・その他)10C②.坐位以外の体位で実施する理由(例・開眼困難,頸部拘縮)11.溢れた点眼液をアイコットンで拭き取る.12.複数の点眼薬使用時,5分間隔をあける.13.後片付けを行う.14.(頻回点眼時のみ)点眼表にチェックを入れる.15.正しく点眼薬を保管している(冷蔵庫や交換日など).表2各項目における良好患者数と良好率項目良好者数(良好率)C1.点眼薬の種類を判別できる.160名(C90.9%)C2.手をきれいに洗う.146名(C82.9%)C3.アイコットンを清潔に使用する.156名(C88.6%)C4.アイコットンで目頭から目尻の方向に拭く.158名(C89.7%)C5.アイコットンの同じ面でC2度拭きしない.144名(C81.8%)C6.点眼薬の蓋は上向きに置く.154名(C87.5%)C7.安全に下眼瞼のみ引っ張る.161名(C91.4%)C8.眼球,瞼,睫毛と点眼薬が接していない.139名(C78.9%)C9.点眼薬はC1滴を点眼する.164名(C93.1%)C10C①C.点眼時の体位(座位を良好とする)152名(C86.3%)C11.溢れた点眼液をアイコットンで拭き取る.163名(C92.6%)C13.後片付けを行う.168名(C95.4%)表3疾患と相関した項目項目緑内障緑内障以外p値C3.アイコットンを清潔に使用する.109名(C69.9%)47名(C30.1%)C0.0409C4.アイコットンで目頭から目尻の方向に拭く.112名(C70.9%)46名(C29.1%)C0.0026C5.アイコットンの同じ面でC2度拭きしない.103名(C71.5%)41名(C28.5%)C0.0117C8.眼球,瞼,睫毛と点眼薬が接していない.101名(C72.7%)38名(C27.3%)C0.0031C9.点眼薬はC1滴を点眼する.114名(C69.5%)50名(C30.5%)C0.0211C11.溢れた点眼液をアイコットンで拭き取る.115名(C70.5%)48名(C29.5%)C0.0010C13.後片付けを行う.116名(C69.1%)52名(C30.9%)C0.0163C表4年齢と相関した項目項目良好症例良好症例の年齢不良症例不良症例の年齢p値C2.手をきれいに洗う.146名C68.0±1.2歳30名C74.1±2.6歳C0.0401C7.安全に下眼瞼のみ引っ張る.161名C68.2±1.1歳15名C78.1±3.7歳C0.0120C10C①C.点眼時の体位(坐位・仰臥位・その他)152名C67.6±1.2歳23名C78.3±3.0歳C0.0011*10①は坐位を良好,仰臥位・その他を不良とした.表5すべての項目の巧拙に関与する因子カテゴリー良好不良p値性別女性36名(C39.6%)47名(C55.3%)C0.0049年齢C66.27±1.51歳C72.04±1.56歳C0.0088緑内障疾患緑内障以外71名(C60.2%)47名(C39.8%)C0.002220名(C34.5%)38名(C65.5%)であった.「8.眼球,瞼,睫毛と点眼薬が接していない」以外の項目の良好者はC80%以上あった.海外における既報では,点眼手技は1)1滴だけを正確に滴下する,2)眼球(眼瞼などでなく)に滴下できる,3)点眼瓶を汚染せず滴下できる,のC3つを主要な因子として評価している.それ以外に,手洗い,点眼後の閉瞼や涙点閉鎖を含めて評価することもある.その中では点眼瓶汚染がもっとも多くみられ,一滴滴下がそれに次ぐが,眼球をはずすことは比較的少ないとされている12).今回の項目C8の結果は,良好率は高いが既報と同様の傾向がみられた.「9.点眼薬はC1滴を点眼する」に関しては,既報とは異なりC164例(93.1%)が良好であった.既報は海外の研究結果であったため,背景の違いも考えられるが,細かな背景について情報が取れていないため理由は不明である.今回使用した点眼手技チェック表は病棟独自で作成したものであり,点眼した位置などの項目が含まれていないため,点眼手技チェック表の項目追加の検討の余地があると考える.点眼手技のすべての項目で良好な結果を示した患者はC51.7%であり,過去の同様の研究と比較すると概して点眼手技が良好である.年齢においては加齢により点眼手技が有意に悪化することが示された.これは既報でも点眼手技不良ともっとも関連する因子は高齢である12)とされており同様の結果が得られた.また,それ以外に,点眼手技不良と関連する因子として女性,関節炎,視野障害,低教育などがあげられている12).女性のほうが不良であることは理由は不明だが本報告と一致する.関節炎,視野,教育については評価できておらず,今後の検討が必要である.疾患別では緑内障患者と非緑内障患者では緑内障患者の点眼手技が良好であったが,緑内障患者は有病歴が長く点眼に対する慣れがあることが考えられる.当院は大学病院であるため,今回検討した患者の半数以上が網膜,角膜疾患を有する患者であったことから,疾患別に細かな解析をしていくことで違った結果が得られる可能性がある.既報ではC78%の研究で,何らかの介入が点眼手技改善に役立つとされており,おもな介入方法としては,dosingaid,single-usebottle,点眼手技教育がある.本研究では,Cdirectobservationで点眼手技を評価したが,既報では,患者の自己評価は,客観的評価と比較して点眼手技を過大評価しているため,本研究のような客観的評価が点眼手技の研究には必要である13).しかし,directobservationの場合,評価者により評価がばらつくおそれがあるため,videorecord-ingのほうがよいとされており,今後の検討が必要である12).術後管理を適切に行うためには点眼手技を正しく評価し,患者に合った指導が必須であり,とくに高齢者では注意が必要だということが今回の研究で示唆された.今回は患者の学歴や理解度などの検討は行っていないが,今回検討した以外の背景因子についても検討を行うことで,患者に合った点眼指導につなげていくことができると考える.利益相反森本綾華,中川里恵,西田幸二:該当なし三木篤也:株式会社シード,株式会社メニコン(いずれもカテゴリーFクラスCIII)文献1)https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/s1_1_1.html(2022年C3月C6日閲覧)2)https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/html/zenbun/s1_2_2.html(2022年C3月C6日閲覧)3)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/dl/kanja-01.pdf(2022年C3月C6日閲覧)4)https://code.kzakza.com/2018/05/gankaikai_popu/(2022年3月6日閲覧)5)坂根可奈子:高齢者の服薬自己管理を査定する服薬アドヒアランス評価ツールの開発.島根大学大学院医学系研究科看護学専攻博士後期課程,博士学位論文6)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/sinryo/tyosa19/dl/gaikyou2019.pdf(2022年C3月C9日閲覧)7)生方美恵子,芳賀智子:眼科手術を受ける患者の確実な点眼手技の習得に向けた取り組み.日農医誌64:1-65,C20158)鈴木隆雄,石崎達郎,磯博康ほか:後期高齢者の保健事業の在り方に関する研究.平成C27年度厚生労働科学研究特別研究9)池田博昭,佐藤幹子,塚本秀利ほか:点眼アドヒアランスに影響する各種要因の解析,薬学雑誌121:799-806,C200110)葛谷雅文,遠藤英俊,梅垣宏行ほか:高齢者服薬コンプライアンスに影響を及ぼす諸因子に関する研究,日老医誌C37:363-370,C200011)KashiwagiCK,CMatsudaCY,CItoCYCetal:InvestigationCofCvisualCandCphysicalCfactorsCassociatedCwithCinadequateCinstillationCofCeyedropsCamongCpatientsCwithCglaucoma.CPLoSOneC16:e0251699,C202112)DavisSA,SleathB,CarpenterDMetal:Dropinstillationandglaucoma.CurrOpinOphthalmolC29:171-177,C201813)StoneJL,RobinAL,NovackGDetal:Anobjectiveeval-uationCofCeyedropCinstillationCinCpatientsCwithCglaucoma.CArchOphthalmolC127:732-736,C2009***