《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(7):993.997,2012c緑内障点眼患者のアドヒアランスに影響を及ぼす因子兵頭涼子林康人鎌尾知行南松山病院眼科FactorsAffectingTherapyAdherenceinPatientsUsingGlaucomaEyedropsRyokoHyodo,YasuhitoHayashiandTomoyukiKamaoDepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital高眼圧は緑内障進行の一つの要因であり,眼圧を下げるためには点眼治療のアドヒアランスが重要である.筆者らは緑内障点眼治療のアドヒアランスを調査する目的で,緑内障点眼治療を受けている患者84名(27.90歳,平均67.6±12.7歳)を対象として,聞き取り調査を実施した.84名中68名が月1回以上「点眼忘れ」があると回答した.アドヒアランスの悪い患者はアドヒアランスの良い患者に比べ,治療月数が有意(対応のないt検定:p<0.0001)に短かった.「点眼忘れ」の状況を主治医に正確に伝えている患者は1名もいなかった.73.8%の患者が理想の点眼剤数を1本と答え,96.4%の患者が理想の点眼回数を1日1回と回答した.これらの結果より,アドヒアランスの向上のためには可能なかぎり点眼剤数を減少させ,緑内障点眼処方直後は「点眼忘れ」がないよう,頻回に確認する必要があると考えられる.Elevatedintraocularpressure(IOP)isaknownriskfactorforglaucomaprogression.ForIOPreduction,adherencetoeyedroptherapyisimportant.Tosurveyadherencetoglaucomaeyedroptherapy,weinterviewed84patients(agerange:27-90years;averageage:67.6±12.7years)whohadbeenprescribedglaucomaeyedrops.Ofthe84,68hadmissedtakingtheprescribedeyedropatleastonceamonth.Poor-adherencepatientsthushadasignificantlyshorterperiodofmedicationthandidexcellent-adherencepatients(unpairedt-test:p<0.0001).Nopatientsinformedtheirphysicianofhaving“missedeyedrops.”Ofallpatients,73.8%answeredthattheidealnumberofeyedropswas1;96.4%answeredthattheidealadministrationratewasonceperday.Theseresultsuggestthatthemedicationrateshouldbereducedasmuchaspossibleforgoodadherence,andthatjustafterprescriptionofglaucomaeyedrops,wemustaskpatientsnottoforgettoinstillthem.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(7):993.997,2012〕Keywords:点眼治療,アンケート調査,アドヒアランス,緑内障.eyedroptherapy,questionnaires,adherence,glaucoma.はじめに緑内障治療における眼圧コントロールのための点眼治療の重要性1.3)は明らかであるが,その成否にはアドヒアランスが関わる4,5).医師は患者が処方された点眼剤を処方通りに点眼していることを前提として,治療方針を立て,効果が不十分であると判断すれば,変更や追加を迫られる.ところで実際患者は処方通りに点眼できているのであろうか.そこで今回,緑内障点眼治療患者に対して点眼実施状況のアンケート調査を実施したところ,今後医療従事者が注意すべき点が明らかになったので報告する.I対象および方法今回の臨床研究を実施するに際し,事前に南松山病院臨床研究審査委員会(IRB)の承認を受けた.書面による同意が得られた,27歳から90歳までの緑内障点眼治療患者84名(男性44名,女性40名,平均67.6±12.7歳)を対象とした(図1a).今回の調査内容は主治医には伝えないことを事前に説明し,表1に示す内容を1名の看護師による面接法により調査した.統計解析は,JMPVer9.0(SASInstitute,NC,USA)を用い,対応のないt検定,Fisherの正確確立検定も〔別刷請求先〕兵頭涼子:〒790-8534松山市朝生田町1-3-10南松山病院眼科Reprintrequests:RyokoHyodo,DepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital,1-3-10Asoda-cho,Matsuyama,Ehime790-8534,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(117)993表1アンケート調査の内容年齢:性別:男女お勤め:有無職種:勤務体系:定期(時間帯:.)不定期点眼治療年数:点眼剤数:点眼内容:1.過去1カ月間で緑内障点眼液の点眼を忘れたことはありますか?:□ある□ない(点眼を忘れたことがある場合)2.忘れる頻度は?:□1カ月に1回□1カ月に2.3回□1週間に1.2回□1週間に3回以上3.忘れる時間帯はいつが多いですか?□朝□昼□夕方□寝る前4.点眼を忘れたことを,医師に伝えていますか?:□正確に伝えている□あまり伝えていない□全く伝えていない5.伝えていない理由を教えてください.□注意されるから□聞かれなかったから□眼圧が変化していなかったから□その他()6.理想の点眼回数は何回ですか?:□1日1回□1日2回□1日3回□1日4回以上□2日に1回□3日に1回□1週間に1回7.可能な点眼本数は何本ですか?:□1本□2本□3本□4本以上8.点眼習慣を妨げる要因は何ですか?(複数回答可):□点眼する時間帯□点眼回数□点眼本数□点眼液のさし心地□点眼瓶の操作性□点眼液の副作用□その他()abc305050人数人数人数2030405060708090(歳)050100150200250300350(月)1剤2剤3剤4剤図1アンケート調査対象の背景a:年齢分布のヒストグラム.b:点眼治療月数.c:点眼治療剤数.しくはWilcoxon検定を用いて有意差検定を行い,p<0.05を有意差ありと判定した.II結果緑内障点眼治療期間は1カ月から25年までの平均5.3±4.5年であった(図1b).緑内障点眼治療剤数は1剤から4剤までの平均1.6±0.8剤であった(図1c).「点眼忘れ有り」と答えた患者は84名中68名(90.0%)であった.「点眼忘れ」の有無と年齢分布には一定の傾向はなく(図2a),「点眼忘れ」の有無と性別との関係では女性で「点眼忘れ」が多い傾向があったが,統計学的に有意ではなかった(表2,Fisherの正確確立検定:p=0.1728).仕事の有無と「点眼忘れ」の有無は今回の調査では一定の傾向が得られなかった(表3,Fisherの正確確立検定:p=0.3945).治療点眼剤数と「点眼忘れ」の有無についても一定の傾向はなかった(表4,Wilcoxon検定:p=0.1445).一方,「点眼忘れ有り」の患者は有意に治療月数が短く(図2b,対応のないt検定:p<0.0001),忘れる頻度が高い患者ほど有意に治療月数が短い(図2c)という結果が得られた.点眼を忘れる時間帯は眠前が31名と最も多く,朝が18名,夕方が16名で昼は4名と少なかった(図3).「点眼を忘れたことを,医師に伝えているか?」という問いに対しては「正確に伝えている」と回答したものはなく「全く伝えていない」が85.3%,「あまり伝えていない」が14.7%であった(図4a).伝えていない理由については,「聞かれなかったから」が最も多く(75.0%),つぎに「注意されるから」が多かった(図4b).理想の点眼回数はほぼすべての患者が1日1回を選択し,1日3回以上を選択するものはいなかった(図5a).点眼可能な点眼剤数は1剤が73.8%,2剤が21.4%と2剤までで大半を占めた(図5b).患者が考える点眼を妨げる要因(複数回答)では本数(76.2%),時間帯(72.6%),回数(53.6%),操作性(42.9%)が上位を占めた.994あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(118)abc100350p<0.0001200治療月数p=0.0006p=0.000390NS30080250治療月数年齢(歳)15070200601001505010040503050200忘れ無し忘れ有り忘れ無し忘れ有り0月1回以内月2~3回週1~2回図2点眼忘れの関連要因a:点眼忘れの有無と年齢分布(NS:有意差無し).b:点眼忘れの有無と点眼治療月数の分布.c:点眼忘れの頻度と点眼治療月数の分布.表2点眼忘れの有無と性別朝(18名)夕方(16名)眠前(31名)昼(4名)図3点眼を忘れる時間帯点眼忘れ無有計性別女53540男113344計166884Fisherの正確確立検定:p=0.1728.表3点眼忘れの有無と仕事の有無ab眼圧が変化してない(5.9%)あまり伝えていない(14.7%)全く伝えていない(85.3%)その他注意される(14.7%)聞かれなかったから(75.0%)点眼忘れ無有計仕事無124254有42630計166884Fisherの正確確立検定:p=0.3945.表4治療点眼剤数と点眼忘れの有無図4点眼状況の主治医への情報提供a:点眼状況を主治医に伝える頻度.b:点眼状況を主治医に伝えなかった理由.a1日2回2日に1回b3剤(4.8%)(2.4%)(1.2%)1日1回(96.4%)1剤(73.8%)2剤(21.4%)点眼剤数1234計点眼忘れ無817016有40216168計482213184Wilcoxon検定:p=0.1445.III考按当院では緑内障点眼を開始する以前に数回眼圧を測定し,片眼トライアルをスタートする段階で,点眼の重要性,効果や副作用について患者に説明したうえで,十分に時間をかけ図5理想の点眼回数と点眼可能な点眼剤数て点眼指導を行い,患者のライフスタイルに合わせた点眼方a:理想の点眼回数.b:点眼可能な点眼剤数.法を提案するようにしている.にもかかわらず,予想外にア(119)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012995ドヒアランスが悪く,「点眼忘れ有り」と答えた患者は90.0%おり,今回の結果は驚くべきものであった.その理由として,今回の調査では,看護師が結果を医師に伝えないという条件で聞き取り調査をしているため,主治医に対する気遣いによるバイアスを最小限に抑え,患者の本音が引き出せていた可能性がある.従来の研究でも,診療に携わっている医師が直接調査したと考えられる研究6)では「点眼忘れ」が少なく,薬剤師や看護師が調査した研究7.9)では「点眼忘れ」が多い結果が出ており,診療に携わっている医師が直接調査した研究では点眼の状況を正確に捉えきれていなかった可能性がある.以上より,本来正確に点眼状況を調査するためには電子媒体で記録すべきである10,11)が,残念ながらメーカーの協力は得られなかった.今回の調査では忘れる頻度が高い患者ほど有意に治療月数が短いということが明らかとなった(図2b,c).Nordmannら11)がTRAVALERTRDosingAidを使用して調査した報告でも最初の週は「点眼できている」が平均で50%を切っており,それ以降の60%前後の値と比較すると,極早期でより「点眼忘れ」が多いという結果を得ている.その理由として,点眼をする習慣化をあげているが,筆者らの研究では点眼開始後の平均期間が長く,その間の受診時の教育効果も結果に影響していると考えられる.やはり,点眼を忘れずに行う習慣ができるまでは,毎回点眼状況を確認する必要がある.一方,点眼を忘れる時間帯では夕方と眠前で全体の61.8%を占めた(図3).この理由として,当院ではプロスタグランジンの処方割合が多く,その副作用から,入浴前の点眼を勧めることが多いことが影響したと考えられる.また,夕方と眠前に点眼を忘れる患者は就労世代の男性に多い傾向があり,飲食と「点眼忘れ」が関連している可能性が考えられた.一方,朝の「点眼忘れ」は主婦に多い傾向にあり,個人のライフスタイルに合わせた点眼指導が必要であることがわかる.一方,「点眼を忘れたことを,医師に伝えているか?」という問いに対して,「正確に伝えている」と回答したものがいなかったのは特筆すべきことである.さらに,伝えなかった理由については「聞かれなかったから」が最も多かったが,実際には「注意されるから」という心理がその裏には隠れている可能性がある.医療従事者は患者の心理状態を推し量り,患者自身にとって不利と感じられることは話さないということを考慮する必要がある.理想の点眼回数(図5a)と点眼可能な点眼剤数(図5b)の結果から,多くの患者は1日1回1剤が理想的であると考えているようである.今回の研究では点眼剤数による「点眼忘れ」への影響は明らかとはならなかったが,池田らの研究9)では点眼剤数が増えるとアドヒアランスが低下するという結果を得ている.点眼を妨げる要因(図6)でも点眼本数,点眼回数が上位を占めていることも,近年登場した合剤への移行を後押しするものと996あたらしい眼科Vol.29,No.7,201210076.272.653.642.98.37.10図6点眼を妨げる要因(複数回答,全体に占める%で表示)考えられる.今回のアンケート調査を通じて,点眼指導の問題点や日々の診療時における患者とのコミュニケーションの取り方についての問題点を明らかにすることができた.今後,点眼治療アドヒアランス向上を目指して,診療のさまざまな場面から患者との信頼関係を築き,治療状況を把握して,患者の生活に合った無理のない点眼方法を提案することが重要であると考えた.IV結論多くの緑内障患者は点眼のみで一生視機能で不自由することがないよう治療することができるようになった.その前提として,良好な点眼治療アドヒアランスは不可欠である.そのためには,医療従事者が点眼の重要性について患者に理解できるように説明し,日々の生活のなかで無理なく,忘れることなく継続できる方法を提案し,処方後は点眼の実施状況を確認する必要がある.本数時間帯回数操作性差し心地副作用利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LeskeMC,HymanL,HusseinMetal:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol127:625-626,19992)DaniasJ,PodosSM:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol127:623-625,19993)RossettiL,GoniF,DenisPetal:Focusingonglaucomaprogressionandtheclinicalimportanceofprogressionratemeasurement:areview.Eye(Lond)24(Suppl1):(120)S1-S7,20104)NordstromBL,FriedmanDS,MozaffariEetal:Persistenceandadherencewithtopicalglaucomatherapy.AmJOphthalmol140:598-606,20055)SchwartzGF,QuigleyHA:Adherenceandpersistencewithglaucomatherapy.SurvOphthalmol53(Suppl1):S57-S68,20086)高橋真紀子,内藤知子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”.あたらしい眼科28:1166-1171,20117)森田有紀,堀川俊二,安井正和:緑内障患者のコンプライアンス点眼薬の適正使用に向けて.医薬ジャーナル35:1813-1818,20108)山本由香里,嶋津みゆき,鶴田千明ほか:点眼薬のコンプライアンスについての検討─眼科診療補助員の立場から─.眼臨101:794-798,20079)池田博昭,佐藤幹子,塚本秀利ほか:点眼アドヒアランスに影響する各種要因の解析.薬学雑誌121:799-806,200110)RegnaultA,Viala-DantenM,GiletHetal:ScoringandpsychometricpropertiesoftheEye-DropSatisfactionQuestionnaire(EDSQ),aninstrumenttoassesssatisfactionandcompliancewithglaucomatreatment.BMCOphthalmol10:1,201011)NordmannJP,BaudouinC,RenardJPetal:Measurementoftreatmentcomplianceusingamedicaldeviceforglaucomapatientsassociatedwithintraocularpressurecontrol:asurvey.ClinOphthalmol4:731-739,2010***(121)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012997