‘無症候期’ タグのついている投稿

視野障害を契機に診断されたHIV感染症の1例

2019年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科36(7):952.956,2019c視野障害を契機に診断されたHIV感染症の1例松下高幸*1菅野彰*1金子優*1石澤賢一*2山下英俊*1*1山形大学医学部眼科学講座*2山形大学医学部血液内科学講座CVisualFieldDisorderleadingtoDiagnosisofHIVInfection─ACaseReportTakayukiMatsushita1),AkiraSugano1),YutakaKaneko1),KenichiIshizawa2)andHidetoshiYamashita1)1)DepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofHematology,YamagataUniversityFacultyofMedicineC目的:視野障害を契機にヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)網膜症と診断され,high-lyCactiveCanti-retroviraltherapy(HAART)で改善したC1例を経験したので報告する.症例:39歳,女性.2014年C5月頃から右眼の視野異常を自覚.症状が悪化したためC2015年C5月当院眼科を受診.初診時矯正視力:右眼=(1.2),左眼=(1.2).両眼に軟性白斑を認めた.視野検査で右眼中心下方に比較暗点あり.蛍光眼底造影検査にて右眼中心窩上方に網膜循環障害を認め,下方の視野異常と一致した.血液検査にてCWBCの減少,CD4陽性CT細胞数の減少,HIV抗体陽性,HIV-RNA量増加を認めたためCHIV感染症と診断.血液内科にてCHAART開始後,両眼の軟性白斑は消失し,右眼の循環障害も改善したが,視野異常は残存した.経過中,日和見感染症に伴う眼合併症は認めなかった.結論:軟性白斑が主体の網膜症ではCHIV感染症を鑑別にあげる必要がある.HIV網膜症の網膜循環障害はCHAARTにより改善する.CObjective:Weencounteredacaseinwhichvisual.elddefectsledtothediagnosisofhumanimmunode.cien-cyvirus(HIV)-associatedCretinopathyCthatCwasCimprovedCbyChighlyCactiveCanti-retroviraltherapy(HAART).CCase:AC39-year-oldCfemaleCnoticedCvisualC.eldCproblemsCinCherCrightCeye.CAtCtheCinitialCvisit,Ccotton-woolCspotsCwereobservedinbotheyes.Visual.eldtestsrevealedrelativescotomaintheinferiorcenteroftherighteye.Flu-oresceinCfundusCangiographyCrevealedCretinalCcirculationCdisorderCinCtheCsuperiorCregionCofCtheCfoveaCofCtheCrightCeye.CBloodCtestsCrevealedCaCdecreaseCinCCD4-positiveCT-cellCcount,CHIV-antibodyCpositivityCandCincreasedCHIV-RNA.CConsequently,CHIVCinfectionCwasCdiagnosed.CCotton-woolCspotsCdisappearedCandCtheCcirculationCdisorderCimproved,CbutCvisualC.eldCdefectsCremainedCafterCHAART.CDuringCfollow-up,CnoCocularCcomplicationsCwereCobserved.CConclusion:WhenCcotton-woolCspotsCareCpredominantCinCretinopathy,CHIV-infectionCshouldCbeCconsid-eredasoneofthedi.erentialdiagnoses;HAARTimprovesretinalcirculationdisorderassociatedwithHIV-associ-atedretinopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(7):952.956,C2019〕Keywords:軟性白斑,ヒト免疫不全ウイルス,視野障害,無症候期,網膜循環障害.cotton-woolspots,humanimmunode.ciencyvirus,visual.elddefects,asymptomaticstage,retinalcirculationdisorder.Cはじめにヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)感染者にもっとも多くみられる合併症であるCHIV網膜症は,非感染性のCretinalmicrovasculopathyであり,視機能障害をきたすことはまれである.眼底所見としては軟性白斑,出血が主体であるため,特徴的所見や自覚症状に乏しく,他の全身疾患や日和見感染症との鑑別を要する1).今回,視野障害を契機にCHIV感染症と診断されたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:39歳,女性.主訴:右眼の視野異常.既往歴:アトピー性皮膚炎,急性腎盂腎炎,虫垂炎.〔別刷請求先〕松下高幸:〒990-9585山形市飯田西C2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakayukiMatsushita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2-2-2Iida-nishi,Yamagata990-9585,JAPANC右眼左眼図1初診時眼底写真両眼.軟性白斑(C.),NFLD(C.)を認めた.左眼右眼図2初診時Goldmann視野検査左眼は明らかな視野障害は認めない.右眼は中心下方に比較暗点(C.)を認めた.現病歴:2014年C5月頃から右眼の視野異常を自覚.症状が悪化したため,2015年C5月C22日近医眼科を受診し,両眼底の軟性白斑を指摘され,視野検査にて右眼の中心下方の感度低下を認めたため,精査目的にC5月C26日に当院眼科を紹介受診した.初診時眼科所見:視力は右眼C0.15(1.2C×.1.75D),左眼0.2(1.2C×.1.5D(cyl.0.5DAx80°),眼圧は右眼C10mmHg,左眼C10CmmHg.両眼の前眼部,中間透光体に明らかな異常所見は認めず,両眼底に軟性白斑および神経線維層欠損(nerveC.berClayerdefect:NFLD)を認めた(図1).Gold-mann視野検査で右眼の中心に比較暗点を認めた(図2).フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinangiography:FA)にて右眼早期での中心窩上方に流入遅延を認め,後期で静脈からの蛍光漏出と毛細血管瘤を認めた(図3a,b).左眼では後期に中心窩上方の静脈からの蛍光漏出と毛細血管瘤を認めた(図3c).経過:全身疾患に伴う眼合併症を疑い,血液検査・胸部CX線検査・心電図検査を施行した.検査結果(表1)から高血圧,不整脈,糖尿病,膠原病は否定されたが,白血球数の減少(2.66C×103/μl,基準値C3.5.8.9C×103/μl)を認めた.リンパ球サブセット検査を施行したところ,CD4陽性CT細胞数の著明な減少(29/μl,基準値C554.1,200/μl)を認めたため,HIV検査を施行.HIV抗体陽性を認めたため,同日当院血液内科へ紹介.HIV-RNA定量検査にて血中ウイルス量の増加(HIV-RNA量:2.5C×105コピー/ml)を認め,HIV感染症と診断.6月C10日から血液内科にてChighlyCactiveCanti-図3蛍光眼底造影検査a:右眼(早期).中心窩上方に流入遅延(C.)を認めた.Cb,c:両眼(後期).蛍光漏出(C.),毛細血管瘤(C.)を認めた.表1初診時検査所見血圧C94/68mmHg,心拍数C93回/分(不整脈なし)胸部CX線検査:異常所見なし血液検査CTP8.5Cg/dlCBUN12Cmg/dlCWBC2.66×103/μlRF<10CIU/mlCAlb3.7Cg/dlCCrea0.47Cmg/dlCRBC4.04×106/μl抗Cds-DNA抗体<10CIU/mlCT.Bil0.4Cmg/dlCeGFR114.4Cml/min/lCHb11.1Cg/dlCACE11.0CU/mlCAST25CU/lCCRP0.13Cmg/dlCPlat156×103/μlANA<40倍CALT21CU/lCNa140Cmmol/lCCD4C29/μlP-ANCA<1.0CU/mlCLDH167CU/lCK3.7Cmmol/lCCD8C440/μlC-ANCA<1.0CU/mlCALP233CU/lCCl104Cmmol/lCNEUT1.34×103/μl抗カルジオリピン抗体<=8CU/mCChE379CU/lCGlu81Cmg/dlCLYMP0.96×103/μlCb-Dグルカン<3Cg-GTP27CU/lCHbA1c5.5%HIV抗体陽性血中CMVAg陰性TP:総蛋白,Alb:アルブミン,T.Bil:総ビリルビン,AST:アスパラギン酸・アミノ基転移酵素,ALT:アラニン・アミノ基転移酵素,LDH:乳酸脱水素酵素,ALP:アルカリホスファターゼ,ChE:コリンエステラーゼ,Cg-GTP:Cg-グルタミルトランスペプチターゼ,BUN:尿素窒素,Crea:クレアチニン,eGFR:推算糸球体濾過量,CRP:C反応性蛋白,Na:ナトリウム,K:カリウム,Cl:クロール,Glu:空腹時血糖,WBC:白血球,RBC:赤血球,Hb:ヘモグロビン,Plat:血小板,CD4:CD4陽性CT細胞,CD8:CD8陽性CT細胞,NEUT:好中球,LYMP:リンパ球,RF:リウマチ因子,抗Cds-DNA抗体:抗二本鎖CDNA抗体,ACE:アンギオテンシン転換酵素,ANA:抗核抗体,P-ANCA:抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体,C-ANCA:細胞質性抗好中球細胞質抗体価,血中CMVAg:血中サイトメガロウイルス抗原.右眼左眼c,dともCFAでは流入遅延,蛍光漏出,毛細血管瘤は認めなかった.Cab図5治療開始2年後の視野検査a:右眼.Goldmann視野検査で比較暗点は消失した.Cb:右眼.Humphrey視野検査で中心下方の感度低下(.)は残存した.retroviraltherapy(HAART)を開始された.治療開始後,血中ウイルス量の減少に伴い,両眼ともに軟性白斑は縮小し,治療開始C3カ月時点で両眼底の軟性白斑は消失したが,NFLDは残存した(図4a,b).治療開始C2年後に施行したFAでは両眼とも流入遅延,蛍光漏出,毛細血管瘤は認めなかった(図4c,d).Goldmann視野検査では右眼の比較暗点は消失したが,Humphrey視野検査では右眼の中心下方の感度低下は残存した(図5).なお,左眼にもCNFLDがみられたものの視野検査では感度低下はみられなかった.経過観察中,日和見感染症に伴う眼合併症は認めなかった.CII考按HIV感染症に伴う最多の合併症であるCHIV網膜症は,網膜の軟性白斑および網膜出血を特徴とする2).その発症機序はCHIVに対する抗原抗体反応による網膜微小血管の閉塞を起点として網膜神経線維層が虚血に至り生じるとされ,糖尿病,高血圧症,膠原病患者にみられる軟性白斑と組織学的には同様と考えられている3).幅広い範囲の免疫状態において認めるが,血液中のCCD4陽性CT細胞数の減少や血液中のHIV-RNA量が増加した患者で発症頻度は高いとされ4,5),傍中心窩に病変が存在しない限り自覚症状はない3).本症例は,両眼性の軟性白斑と網膜出血を主体とする網膜症であり,血液検査において白血球数の減少,CD4陽性CT細胞数の著明な減少,HIV抗体陽性,HIV-RNA量の増加がみられ,全身検査において糖尿病,高血圧症,貧血,膠原病,日和見感染症などの軟性白斑をきたす疾患を除外することができた.Newsomeら6)の報告と同様,蛍光眼底造影検査では,局所的な網膜循環障害と毛細血管瘤のような微小血管の変化がみられた.さらに,HAART導入後,軟性白斑と毛細血管瘤が消退したことから,最終的にCHIV網膜症と診断した.多くのCHIV網膜症は無症状であり,箕田ら3)は傍中心窩に生じた病変による虚血性黄斑症の結果,視力低下を生じた症例は約C3%のみと報告していることからも,眼症状を契機にCHIV網膜症が診断されることは少ないと考える.通常,帯状疱疹やカンジダ症,梅毒などの日和見感染症を発症して,眼科以外の医療機関でCHIV感染症と診断された後に眼科紹介となる場合が多い.しかし,本症例は右眼の傍中心窩に病変が存在したために視野異常を呈し,最初に眼科を受診されCHIV網膜症の診断に至った.その結果,日和見感染症を発症する前にCHAARTを導入し,免疫機能の改善を得られたことからも,眼科での診断が患者の生命予後に大きな影響を与えたといえる.また,本症例では治療前のCFAで右眼の中心窩上方に造影剤の流入遅延,蛍光漏出を認め,Goldmann視野検査にて右眼の中心下方の比較暗点がみられたが,HAART後には流入遅延,蛍光漏出,比較暗点も消失したことから,HAARTがCHIV網膜症における網膜循環改善に一定の効果があったと考えられる.しかしながら,1年前から自覚症状を認めていたことや,Humphrey視野検査では右眼の中心下方の感度低下が残存していることから,HIV網膜症による網膜循環障害が長期間存在していたことが推測できる.HIV感染の成立後に血中CHIV-RNA量は一時的に増加するが,感染からC6.8カ月後には,宿主の免疫応答によってCHIV-RNA量はある一定レベルまで減少し,定常状態となる.その後,免疫能が低下するまでに数年からC10年近くは無症候期となり,CD4陽性CT細胞数の低下やCHIV-RNA量の増加も緩徐に進行する7).本症例も自覚症状を認めてから,1年以上の経過があるにもかかわらず病態進行が緩徐であった点,日和見感染症を起こしていなかった点から,無症候期であったと考えられる.2017年末時点でわが国の累計CHIV感染患者数はC28,000人を超えており8),HIV感染患者は増加傾向にある.今後,われわれ眼科医が一般外来で本症例のような無症候期のHIV感染患者に遭遇する可能性は十分にあるため,軟性白斑や網膜出血を伴う網膜症を認めた場合には,糖尿病や高血圧症などを否定するだけではなく,HIV感染症も鑑別疾患として考える必要がある.利益相反:松下高幸【N】,菅野彰【N】,金子優【N】,石澤賢一【N】,山下英俊【P】山形大学医学部倫理委員会承認済文献1)武田憲夫,八代成子:HIV網膜症と鑑別を要した疾患の検討.眼臨紀2:968-971:20092)HollandGN,GottliebMS,YeeRDetal:Oculardisordersassociatedwithanewsevereacquiredcellularimmunode-.ciencysyndrome.AmJOphthalmolC93:393-402,C19823)箕田宏:HIV網膜症.あたらしい眼科C22:1521-1522,C20054)CunninghamCET,CBelfortR:HIV/AIDSCandCtheCeye.CACglobalperspective.AmericanAcademyofOphthalmology,SanFrancisco,20025)FurrerH,BarloggioA,EggerMetal:Retinalmicroangi-opathyCinChumanCimmunode.ciencyCvirusCinfectionCisCrelatedCtoChigherChumanCimmunode.ciencyCvirus-1CloadCinplasma.OphthalmologyC110:432-436,C20036)NewsomeDA,GreenWR,MillerEDetal:Microvascularaspectsofacquiredimmunede.ciencysyndromeretinop-athy.AmJOphthalmolC98:590-601,C19847)白阪琢磨:これでわかるCHIV/AIDS診療の基本プライマリケア医と病診連携のために.p38-40,南江堂,20098)厚生労働省エイズ動向委員会:平成C29年エイズ発生動向年報