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糖尿病黄斑浮腫に対する防腐剤無添加トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射による無菌性眼内炎

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):909.912,2015c糖尿病黄斑浮腫に対する防腐剤無添加トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射による無菌性眼内炎布目貴康杉本昌彦松原央小林真希坂本里恵小澤摩記近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室ACaseofSterileEndophthalmitisInducedbyPreservative-FreeTriamcinoloneAcetonideforDiabeticMacularEdemaTakayasuNunome,MasahikoSugimoto,HisashiMatsubara,MakiKobayashi,SatoeSakamoto,MakiKozawaandMineoKondoDepartmentofOphthalmology,MieUniversity,GraduateSchoolofMedicine目的:トリアムシノロン硝子体内注射(intravitrealtriamcinoloneacetonide:IVTA)は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対する有効な治療法の一つである.副作用の一つとして無菌性眼内炎(sterileendophthalmitis:SE)が知られているが,防腐剤無添加のTA製剤(マキュエイドR,わかもと製薬)を用いたIVTAによる発症報告はない.今回,筆者らはわが国で初めての,本剤のIVTAによるSEを経験したので報告する.症例:60歳,男性.右眼のDMEに対しTATenon.下注射や抗血管内皮増殖因子製剤硝子体内注射を行ったが反応しなかった.続けて施行したIVTAによりDMEは改善し,右眼の矯正視力は0.2から0.3となったが,再発を繰り返し,IVTAを複数回行っていた.2014年10月に,DMEの再発に対し3回目のIVTAを施行した.IVTA5日後の再診時に硝子体混濁を認め,右眼の矯正視力も0.06に低下した.眼痛や前房の炎症性変化は認めないものの硝子体混濁の改善傾向がないため,眼内炎と診断し,硝子体手術を施行した.術中,硝子体混濁は認めたものの網膜の感染性変化は乏しかった.また,術中採取した前房水・硝子体液の培養は陰性であり,IVTA後のSEと診断した.術後,矯正視力は0.4に改善し,感染徴候も認めずDMEも改善している.結論:防腐剤無添加のTA製剤を用いることでIVTA後のSEの頻度は減少するが,防腐剤以外の原因で生じることもあり,注意が必要である.Purpose:Intravitrealtriamcinoloneacetonide(IVTA)isaneffectivetreatmentfordiabeticmacularedema(DME).However,sterileendophthalmitis(SE)isknowntobeacomplicationassociatedwiththistreatment.MaQaidR(MaQ;WakamotoPharmaceutical,Tokyo,Japan)isanewpreservative-freetriamcinoloneacetonide,andtherearenoreportstodatedescribingSEarisingfromtheuseofMaQ.Inthisstudy,wereportacaseofSEthatresultedfromtheuseofMaQ.CaseReport:A60-year-oldmalepatientwithDMEhadshownresistancetovarioustherapies.HewaseffectivelytreatedwithIVTAandhisvisualacuity(VA)improved.However,the3rdIVTAtreatmentresultedinvitreousopacitywithvisiondeteriorationto0.06diopters(D)after5days.Thoughnoobviousinflamationwasseen,wediagnosedhimasendophthalmitisandperformedavitrectomy.Duringsurgery,noinfectiouschangeswereseenandabacterialculturewasnegative,resultinginafinaldiagnosisofSE.Thepatient’sVAimprovedto0.4DwithabsorptionoftheDME.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowtheimportanceofperformingdetailedexaminationsinordertocorrectlydiagnoseSE,theonsetofwhichmightbereducedbytheuseofpreservative-freetriamcinoloneacetonide.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):909.912,2015〕Keywords:トリアムシノロンアセトニド,糖尿病黄斑浮腫,防腐剤無添加,無菌性眼内炎.triamcinoloneacetonide,diabeticmacularedema,preservativefree,sterileendophthalmitis.〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:MasahikoSugimoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu,Mie514-8507,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(145)909 はじめにステロイド製剤の一つであるトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)は難水溶性の薬剤で,古くから整形外科領域で用いられてきた.眼科疾患への応用も広がり,とくに黄斑浮腫に対する投与(intravitrealtriamcinoloneacetonide:IVTA)や硝子体手術時の可視化目的に使用されている1,2).国内では長年,ケナコルトR(BristolMyersSquibb社)が用いられてきたが,2010年にマキュエイドR(わかもと製薬)が市販された.本剤は眼科使用のみに特化していることと,剤型が粉末で防腐剤無添加のTA(preservativefreetriamcinoloneacetonide:PFTA)であるため無菌性眼内炎(sterileendophthalmitis:SE)の危険性が低下するという利点があり3),国内での本剤によるSEの発症報告はこれまでにない.安全性が担保されたことから,現在国内では,ほぼ本剤のみがIVTAに用いられている.今回筆者らは本剤のIVTAによって生じたSEを経験した.本症例はわが国で初めての症例であり,ここに報告する.I症例患者:60歳,男性.主訴:右眼視力障害.現病歴:2013年4月,両眼の糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)加療目的で当科受診した(図1a).初診時の右眼の矯正視力は0.2であり,ケナコルトRTenon.下注射や抗血管内皮増殖因子(vascularendotheliumgrowthfactor:VEGF)製剤の硝子体内注射を施行したが改善しなかった.2013年10月にマキュエイドRを用いた右)IVTAを施行したところ,DMEは著明に改善し,矯正視力も0.3となった(図1b).以後,再発していたがマキュエイドRの追加投与で寛解していた.今回右)DMEが再発し(図2a),矯正視力も0.2に低下した.2014年10月に3回目のIVTAを施行した.IVTAはオペガードMAR(千寿製薬)に溶解し40mg/mlに調整したTA0.1ml(4mg)を,減菌下に角膜輪部4mmの部位から27G針を用いて,硝子体注射して行った.施行後翌日の診察ではとくに炎症などの異常を認めなかったが,施行5日後の受診時に視力低下を伴う硝子体混濁を認めた.IVTA後の眼内炎と診断し,加療目的に当科入院となった.既往歴:糖尿病.加療前所見:矯正視力は右眼0.06,左眼0.2.眼圧は右眼14mmHg,左眼20mmHg.前眼部所見は右眼の結膜充血や前房蓄膿,細胞浮遊は認めなかった.眼脂や眼痛も認めなかった.左眼の異常は認めなかった(図2b).中間透光体・眼底所見は両眼に軽度白内障を認めた.右眼の硝子体混濁を認め,硝子体中のTA周囲でとくに混濁は強かった(図2c矢910あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015印).左眼の異常は認めなかった.経過:臨床所見からSEが疑われたが,感染性眼内炎の可能性も否定できなかったため,入院同日に超音波乳化吸引術+硝子体切除術を施行した.硝子体中には残存するTA周囲に強い混濁を認めた.しかし,眼底には感染性眼内炎に特徴的な白斑や出血,血管の白鞘化などは認めず,網膜色調も良好であった.また,術中に前房水・硝子体液・眼内灌流液を採取し培養検査を行ったが,いずれも菌は陰性であった.術後眼内炎の再燃はみられず,前眼部は清明であった(図3a).以上から,IVTAに伴うSEと診断した.術後,硝子体混濁は消失し,DMEも軽快した(図3b,c).術後2カ月で右眼の矯正視力は0.4と改善している.II考按近年,DMEの治療に薬剤の硝子体注射が広く用いられている.抗VEGF製剤とTA製剤はその代表であり,DMEに対する成績は偽水晶体眼に限っては両者の効果はほぼ同等であるとされている4).硝子体手術時の硝子体の可視化目的にもTAは用いられており安全な術中操作が可能となっている5).しかし,硝子体可視化目的の使用に比し,IVTAは白内障や眼圧上昇などの副作用面から抗VEGF製剤ほどは用いられていない.筆者らの施設でも,IVTAはDMEに対する第一選択となってはいない.しかし,全身合併症のため抗VEGF製剤の使用を控えざるをえない症例や,抗VEGF製剤やTAのTenon.下注射に反応しない症例,そして硝子体手術が施行できない症例などに対してIVTAは有効な選択肢の一つとなっている3).とくに偽水晶体眼は白内障発症の危険がないため,IVTAの良い適応である.国内外でこれまで使用されていたTA製剤であるケナコルトRは剤型が懸濁液であるため,防腐剤が添加されている.IVTAでは低頻度ながらもSEを生じることが知られており6,7),この添加防腐剤が原因の一つとして考えられている.MaiaらはIVTAによるSEの発症頻度を防腐剤の有無で比較している.防腐剤含有TAでの発症頻度は7.3%であるが,PFTAでは1.2%と統計学的に有意な発症頻度の低下を認め,防腐剤の有無でSEの発症頻度に差を認めている7).このため,マキュエイドRが入手できなかった2010年までは,防腐剤を除去してから使用することがわが国でも推奨されていた.わが国での多施設共同研究でもSEの発生頻度は1.6%であり,前述の報告と差異はないようであった8).防腐剤の除去法としてはフィルターによる方式が推奨されていたが9),煩雑であり防腐剤の完全除去は困難であった.この欠点を補うPFTAであるマキュエイドRが国内で市販され,SE発症の危険が少ない安全な薬剤であることが期待されていた.現に市販後4年間,IVTA後のSEの報告がなかったことは如実にこれを反映している.しかし,前述のように頻(146) aab図1初診時までの加療経過当院初診時,右眼の矯正視力は0.2であり,光干渉断層計が示すような黄斑浮腫を認めた(a).IVTAを行ったところ,浮腫は速やかに吸収し,矯正視力も0.3に改善した(b).abc図2加療前の所見IVTA前,浮腫の再発を認め,右眼の矯正視力は0.2であった(a).IVTAの5日後,前眼部所見に明らかな異常は認めなかったが(b),硝子体の混濁を認め眼底透見性は低下した(c)..:混濁塊.abc図3加療後の所見硝子体手術後2カ月の所見を示す.前眼部は清明であり(a),硝子体混濁も消失し,透見性は改善した(b).トリアムシノロンアセトニド粒子の残存を認める(.).光干渉断層計に示すように黄斑浮腫も消失した(c).度が下がるもののPFTAでもSEは生じうること,また,直接接触が細胞に与える影響について報告している.TA粒硝子体切除後に本剤が眼内に残存した場合にSEを発症した子の細胞への直接接触は炎症性サイトカインの増加を誘発症例が報告されていること(マキュエイド硝子体内注用し,細胞への障害が生じることを明らかにした.彼らはこれ40mg添付文書,わかもと株式会社,2014.4改訂第4版)なを「Particle-inducedendophthalmitis」と名づけた10).Inどから防腐剤以外のSEの発症原因があることも示唆されてvivoの条件下と異なり,生体でどのような変化が生じていいる.Otsukaらは細胞をTAとともに培養し,TA粒子のるかはいまだ不明であるが,このようにIVTA後のSE発症(147)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015911 には防腐剤以外の因子があることを念頭に,IVTAは注意深く行われなければならない.加療に当たり,SEと感染性眼内炎の鑑別が本例でも問題となった.SEの臨床所見としては,結膜充血や疼痛を伴わない前房混濁であり,感染性のものと異なり,さらさらした性状の前房蓄膿として知られている11).視力低下は著明で,これらの所見は24時間以内に生じることが多いとされている.本例はIVTA翌日の炎症所見や前房混濁を認めないものの,外眼部所見が清明であったことや硝子体混濁を主体とした強い視力低下を示したことから,加療開始前にすでにSEが強く疑われた.両者の大きな差異は,SEがとくに加療を行わなくても自然治癒することであり,本例においても経過観察が可能であったかもしれない.しかし,感染性眼内炎の初期像をみていた可能性はやはり否定できず,前述の所見も翌日以降に増悪していたかもしれない.感染性眼内炎の予後は治療開始時期に依存するため,硝子体手術の安全性が向上している現在において,本例のように即日の手術加療を行うことは視機能維持に直結する.以上から,過剰加療の側面があるものの,本例では手術加療を行った.感染による網膜白斑や血管白鞘化といった著明な変化もなく,術中採取した検体の培養結果も陰性であったことからSEと確定診断し,経過良好である.加えてDMEに対する加療選択肢の一つである硝子体手術を行ったため,結果としてDMEの消失と視機能改善を得ることができた.以上,PFTAであるマキュエイドRによるわが国で初めてのSE症例を報告した.防腐剤が無添加になったことによりSE発症頻度は減少し,有用なDMEに対する加療選択肢であるIVTAは行いやすくなっている.しかし依然,SEがIVTAにより生じうることを念頭に置いて加療する必要があると考えられる.文献1)JonasJB,KreissigI,SofkerAetal:Intravitrealinjectionoftriamcinolonefordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol121:57-61,20032)PeymanGA,CheemaR,ConwayMDetal:Triamcinoloneacetonideasanaidtovisualizationofthevitreousandtheposteriorhyaloidduringparsplanavitrectomy.Retina20:554-555,20003)杉本昌彦,松原央,古田基靖ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイドR)の硝子体内注射の効果.あたらしい眼科30:703-706,20134)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,ElmanMJ,AielloLP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077,20105)YamakiriK,SakamotoT,NodaYetal:Reducedincidenceofintraoperativecomplicationsinamulticentercontrolledclinicaltrialoftriamcinoloneinvitrectomy.Ophthalmology114:289-296,20076)MoshfeghiDM,KaiserPK,BakriSJetal:Presumedsterileendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.OphthalmicSurgLasersImaging36:24-29,20057)MaiaM,FarahME,BelfortRNetal:Effectsofintravitrealtriamcinoloneacetonideinjectionwithandwithoutpreservative.BrJOphthalmol91:1122-1124,20078)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郞ほか:日本網膜硝子体学会トリアムシノロン調査グループトリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20119)NishimuraA,KobayashiA,SegawaYetal:Isolatingtriamcinoloneacetonideparticlesforintravitrealusewithaporousmembranefilter.Retina23:777-779,200310)OtsukaH,KawanoH,SonodaSetal:Particle-inducedendophthalmitis:possiblemechanismsofsterileendophthalmitisafterintravitrealtriamcinolone.InvestOphthalmolVisSci54:1758-1766,201311)坂本泰二:粒子誘発性眼内炎:無菌性眼内炎の新しい病因.臨眼67:1249-1253,2013***912あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(148)

Toxic Anterior Segment Syndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):421.426,2014cToxicAnteriorSegmentSyndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例阿部真保清水一弘出垣昌子田尻健介向井規子勝村浩三小嶌祥太池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofToxicAnteriorSegmentSyndromeComplicatedwithSecondaryGlaucomaandBullousKeratopathyMahoAbe,KazuhiroShimizu,MasakoIdegaki,KensukeTajiri,NorikoMukai,KohzoKatsumura,SyotaKojimaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は内眼術後の無菌性の眼内炎で,手術器具滅菌後の残存薬液や物質,細菌由来のエンドトキシンなどが誘因になることが報告されている.重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じることがある.今回TASSが疑われ,水疱性角膜症と続発緑内障に至った1例を経験したので報告する.症例:68歳,女性.左眼白内障手術翌朝より角膜浮腫が著明となり,改善しないため当院を受診した.左眼矯正視力0.01,眼圧52mmHg,前房内炎症に加え,多量の虹彩色素が内皮面に付着していた.TASSを疑い治療を行った.眼圧は緑内障濾過手術によりコントロールされたが,水疱性角膜症を発症した.結論:重篤なTASSでは,続発緑内障や水疱性角膜症をきたすことがあり,早期診断,早期治療が重要である.内眼手術後早期の眼内炎の原因の一つとしてTASSは念頭においておく必要がある.Purpose:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)isanon-infectiousendophthalmitisthatcanoccurafterintraocularsurgery.Reportedly,itmightbecausedbyresidualchemicalsandsubstancesadheringtosurgicalinstrumentspost-sterilization,orbybacterialendotoxin.Severecaseshavebeenreportedasresultingincornealendothelialdysfunctionandirisdamage.WeherereportaseverecaseofTASScomplicatedwithsecondaryglaucomaandbullouskeratopathy.Case:A68-year-oldfemalepresentedwithseverecornealedemainherlefteye1dayaftercataractsurgery.Clinicalfindingsfailedtoimprove;shewaslaterreferredtoourhospital.Initialexaminationinourclinicshowedcorrectedvisualacuityinherlefteyeat0.02pandintraocularpressure(IOP)of52mmHg.Theaffectedeyeexhibitedsevereinflammationintheanteriorchamber,aswellasalargeamountofirispigmentonthecornealendothelialsurface.Onthebasisofthoseclinicalfindings,wediagnosedthiscaseasTASS.AfterfilteringglaucomasurgeryIOPwascontrolled,butbullouskeratopathydevelopeddespitetreatment.Conclusion:OurfindingsshowthataseverecaseofTASSmightcausesecondaryglaucomaandbullouskeratopathy,andthatTASSisapossibledifferentialdiagnosiswhensevereanterior-chamberinflammationoccursafterintraocularsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):421.426,2014〕Keywords:toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),無菌性眼内炎,眼内炎,角膜浮腫,滅菌.toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),non-infectiousendophthalmitis,endophthalmitis,cornealedema,sterilization.はじめに1980年以降,白内障手術後に無菌性の前眼部炎症の重症例Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)とは内眼術後が数例報告され,1992年,Monsonらが白内障手術後の無に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応である.菌性の起炎物質による前眼部炎症をTASSと命名した1).〔別刷請求先〕阿部真保:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MahoAbe,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)421 TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的な臨床所見である.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の傷害を意味する.また重症例では虹彩傷害も生じ,不可逆性となると不整な瞳孔,散瞳不良,さらには線維柱帯まで傷害される.発症初期の眼圧は下降するが,不可逆的な線維柱帯の傷害から高眼圧,続発緑内障となる.また角膜浮腫も遷延化すると,水疱性角膜症に至り角膜移植を施行された重症例も報告されている.今回,TASSが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症に至った重症例を経験したので報告するI症例症例は68歳,女性.近医にて両眼白内障に対して,平成20年12月5日に右眼,12月9日に左眼の超音波水晶体乳化吸引術とIOL挿入術を施行された.両眼とも術前の状態に特記事項はなく,耳側角膜切開(角膜乱視軽減のため)で施行されており,手術時間は10分,術中トラブルなどなく手術を終了した.右眼は経過良好であったが,左眼は術翌日より著明な角膜浮腫,前房内炎症を認め,眼圧は32mmHgであった.レボフロキサシン,ベタメタゾン,ジクロフェナクナトリウムの左眼1日4回点眼に加え,アセタゾラミドの内服を開始した.また翌々日,感染性眼内炎の可能性は低いと考え,ベタメタゾン0.5mg3錠,分1の内服を開始,またその翌日よりヘルペスの可能性を考慮し,抗ヘルペス治療(塩酸バラシクロビル内服6錠,分3)を開始した.しかし消炎および眼圧下降治療に反応せず,症状の増悪を認めたため,術後6日目に当院紹介受診となった.元々既往歴や家族歴に特記事項はなく,当院初診時視力はVD=0.3(0.4×sph+1.0D(cyl.2.0DAx70°),VS=0.01(better×sph.1.0D),眼圧はRT=12mmHg,LT=52mmHg,右眼の視力不良の原因は元々弱視眼であった可能性が高いと思われた.左眼は著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に多量の虹彩色素の付着を認めた.眼内レンズ表面にはフィブリンが蓄積し,前房は深く,細胞(++)程度の炎症が疑われたが,角膜所見により前房内は透見不良であり(図1a,b),また眼底も乳頭判別可であるが,透見不良であった.しかし,Bモードエコーでは異常を認めなかった.当科初診時,前房穿刺を施行し,前房水の細菌培養検査を施行した(結果:陰性).レボフロキサシン1日4回点眼,ベタメタゾン1日6回点眼,ブロムフェナクナトリウム1日2回点眼とアセタゾラミド2錠分2,L-アスパラギン酸カリウム4錠分2の内服を開始した.翌日も眼圧下降はみられ422あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ず,前眼部所見の改善もなかったため,TASSを念頭におき,プレドニゾロン10mg/日の内服を開始した.しかしほとんど改善傾向はなく,50mmHg前後の高眼圧が持続した.3日目,D-マンニトールの点滴と,マレイン酸チモロール持続性剤の点眼を開始したが,点滴後も眼圧下降はわずかであり,著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に沈着した多量の虹彩色素などの前眼部所見もほとんど改善しなかった(図2).4日目,前房洗浄を施行し,多量の虹彩色素が排出された.虹彩には脱色素がみられ,瞳孔は塩化アセチルコリンに反応せず,散大したままであった.5日目,プレドニゾロンを20mg/日に増量し,ラタノプロストと塩酸ジピベフリン点眼を追加した.炎症所見の改善も乏しく,6日目ベタメタゾンの結膜下注射を施行した.初診時と比べると,角膜浮腫,前房内炎症はわずかながら改善傾向にあったが,依然として,眼圧は50mmHg前後と高値であった(図3a,b).経過中患者は強い眼痛を訴え,前房穿刺後に痛みが和らぐ状態であった.感染の懸念はあったが,結局,前房穿刺を連日施行することとなった.高眼圧の持続による神経障害が危惧され,8日目に施行したUBM(超音波生体顕微鏡)では(図4),隅角は閉塞しており,一部は器質的閉塞をきたしていると思われた.手術による眼圧下降が必要と判断し,9日目にトラベクレクトミーを施行した.術後は,眼球マッサージ,lasersuturelysisにて10mmHg台で安定し,13日目退院となった.術後もレボフロキサシン点眼4回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,オフロキサシン眼軟膏点入1回/日,プレドニゾロン内服5mg/日を行った.しかし,その3カ月後と6カ月後,眼圧コントロールが再度不良となり,2度の濾過胞再建術を施行した.眼圧はコントロールされたが角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力はVS=(0.01×sph+0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった(図5).今回の症例について,前医に問い合わせたところ,眼周囲皮膚の消毒(眼瞼,睫毛,眉毛)をポビドンヨード(イソジン液)で行い,眼球,結膜.の洗眼は10%ポビドンヨードで行っていた.麻酔は4%キシロカインの点眼麻酔のみで施行していた.手術器具の滅菌法は高圧蒸気滅菌(オートクレープ)と過酸化水素ガスプラズマ滅菌の併用であった.原因として手術侵襲や術中の薬剤の流入(麻酔薬)などは否定的で,手術に使用した器具の滅菌法や洗浄過程,手術に用いた灌流液などを調べたが,当科で普段施行している白内障手術症例と特に違いは認められなかった.また前後同一施設内で本症を疑うものはなく,過去にも同様の症例の発症はなかった.II考按まったく既往歴のない,手術もまったく問題なく終了した(118) abab図1初診時前眼部写真a:著明な角膜浮腫を認める.b:多量の虹彩色素が角膜内皮面へ付着している.図2初診時より3日目の前眼部写真角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面虹彩色素沈着は持続し,前眼部所見は改善しなかった.症例で術翌日より著明な角膜浮腫と前房内炎症,高眼圧を生じた症例をみた際,考えられる原因は何か.まずは感染性眼内炎と薬剤性(麻酔薬の混入)が考えられた.しかし,術翌日と非常に早期の発症であり,角膜全体の著明な浮腫と角膜後面の多量の虹彩色素の沈着など,感染性眼内炎とは様相が異なると考えた.また,麻酔薬の混入に関しては術者によるとまったく心当たりはないとのことで,完全には否定できないが,可能性としては非常に低いと思われた.その他考えられるものとして,非感染性物質による異物反応が疑われた.「はじめに」の項で述べたが,白内障手術後の無菌性の起因物質による前眼部炎症はTASSと命名され,さまざまな報告があるが,本症に非常に類似している.起因物質としては,抗菌薬眼軟膏の前房内迷入,点眼液中の防腐剤,BSS(balancedsaultsolution)中のエンドトキシン,手術器具の残留洗浄剤,変性した粘弾性物質,眼内レンズの研(119)ab角膜浮腫,Descemet膜皺襞結膜充血眼内レンズ図3初診時より7日目の前眼部写真(a)とシェーマ(b)a:角膜後面の虹彩色素の沈着は減少し,角膜浮腫,前房内炎症は軽度改善傾向を認める.b:シェーマ.磨剤などの報告がある.TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的とされ,重篤なものでは虹彩傷害を生じる.今回の症例はそのすべてを満たしており,TASSが最も疑われた.また,その他の鑑別として,ヘルペスの再発の可能性や,多量の虹彩色素が角膜裏面に沈着していたことよりpigmentdispersionsyndrome(色素散布症候群)についても考えた.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014423 adcbadcb図4UBM所見閉塞隅角を認め,一部は器質的閉塞をきたしていると思われる.a:上側,b:鼻側,c:下側,d:耳側.図52度の濾過胞再建術施行後の前眼部写真角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01であった.しかし,白内障手術後の角膜ヘルペスは報告例が少なく,術後再発としては上皮型(樹枝状,地図状角膜炎)を呈する場合が多いとされている.実質型角膜ヘルペスの一病型としての角膜ぶどう膜炎は,角膜実質浮腫とその裏面に限局して生じる豚脂様角膜後面沈着物を特徴とする虹彩毛様体炎を認める.また,それと同様,三叉神経節に潜伏したHSV(単純性疱疹ウイルス)-1の再活性化により角膜ヘルペスに併発しない,片眼性の急性虹彩毛様体炎が発症することもある.また,VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)の再活性化によって発症する眼部帯状ヘルペスにおいては,約1/3が豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性肉芽腫性虹彩毛様体炎を発症し,なかには顔面の皮疹を伴わず発症するものも報告されている.今回の症例では,ヘルペスの可能性も考慮し,術後3日目より塩酸バラシクロビルの内服(6錠,分3)を開始している.手術侵襲により潜伏していたHSV-1やVZVの再活性化が起こり,角膜病変や顔面の皮疹を伴わない,急性虹彩毛様体炎が発症したと考えられなくもないが,まったく既往がなく,手術も問題なく終了した症例で,一晩でここまで急激な変化が起こるとは考えにくく,またそのような報告もなかった.今回の症例では前房水のPCR(polymerasechainreaction)は施行されていない.バルトレックスの内服が奏効しなかったことはヘルペスを否定するものとはならないが,今回の症例の原因としては考えにくいと思われた.色素散布症候群とは虹彩が後方に凹になっており,虹彩裏面とZinn小帯の摩擦により虹彩色素上皮から前眼部組織に色素が散布される症候群である.眼圧上昇は不安定で,散瞳薬や激しい運動で色素が散乱し,眼圧上昇をきたすが,隅角に著明な色素沈着が生じて発症する色素性緑内障に進展するまでの年数や割合には統一見解はない.常染色体優性遺伝であり,発症年齢は20.30代,男性が女性の2倍多く,近視若年者に多いとされている.角膜後面中央部の紡錘型の色素沈着や隅角色素沈着,UBMで後方に屈曲した虹彩が特徴的である.今回の症例では術前に隅角検査やUBMは行われていないが,角膜後面や水晶体の色素散布所見はなく,虹彩委縮なども認めなかった.また,眼圧上昇などの既往歴もなく,近視若年男性という疫学的にも元々色素散布症候群であった可能性は低いと思われる.また類似の機序で生じるものに術後遷延性虹彩炎(iris424あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(120) 表1TASSの原因塩化ベンザルコニウムLiu2001消毒薬(ディスオーパR)幸野2005手術機器の残留薬剤Hellinger2006BSS中のエンドトキシンKutty2008I/Aハンドピースの付着残留物川辺2011ICGの残留渡辺2011chafingsyndrome)があるが,IOLが非対称固定であったり,.外固定されたとき,また,IOLのループが表裏に固定されたときに生じるとされている.虹彩運動によりIOL光学部が虹彩裏面を擦過することにより色素散布を起こし,色素散布症候群同様,慢性虹彩炎や色素性緑内障の原因となる.しかし,今回の手術は,IOLは.内中央部に固定された状態で手術を終了しており,術翌日,一晩で閉瞼眼帯下に著明な角膜浮腫まできたす原因とは考えにくい.TASSは2005年米国でCytosol社製のBSS中のエンドトキシンが原因と考えられる無菌性の眼内炎が複数例発症したことが2008年Kuttyらによって報告され,広く注目を集めるようになった2).近年わが国でもTASSの報告例が散見される.2009年には大井らにより原因は特定できていないがTASSが疑われる2例が報告され3),2011年には,川辺らによるI/A(灌流・吸引)ハンドピースの付着残留物が原因とされる白内障手術後の7例7眼の連続発症が報告されている4).また,同年渡辺らよりICG(インドシアニングリーン)の残留が原因とされる白内障手術後のTASSの1例5)や,井上による両眼性のTASS6)が報告されている.両眼白内障手術後それぞれの手術眼でTASSが発症し,薬剤や手術器具へのアレルギー反応が原因と考えられている.それ以前にもTASSの原因物質の同定を試みた貴重な報告があり,原因は多岐にわたることが知られている(表1).塩化ベンザルコニウム(Liuら,2001)7),消毒薬(ディスオーパR)(幸野ら,2005)8),手術機器の残留薬剤(Hellinger,2006)9)などがある.しかし,TASSは無菌性であれば,手術中に眼内に持ち込まれるすべてのものが原因となりうるため,原因物質の同定を試みても特定することが非常にむずかしいのが実情である.今回の症例もまったくの孤発例であり,原因の特定はできていない.しかし,原因を特定できなくても,手術器具の洗浄や滅菌法の改善など手術システム自体を一つ一つ見直し,今後の発症予防に最善を尽くすことが大切である.また,TASSの診断においては,同様に内眼術後の眼内炎症をきたす疾患である細菌性眼内炎との鑑別がきわめて重要となる.細菌性眼内炎とTASSの鑑別を表2に示す10).最も大きな違いは,手術から発症までの時間である.TASSは(121)表2TASSと術後細菌性眼内炎との鑑別TASS細菌性眼内炎発症24時間以内術後3.7日後症状霧視眼痛,眼脂,充血角膜浮腫2+浮腫1+前房Cell1+.3+Cell3+Fibrin1+.3+Fibrin一定せずHypopyon1+Hypopyon3+硝子体鮮明硝子体炎ステロイドに対する反応良好不良多くは24時間以内と細菌性眼内炎と比較して明らかに発症が早期である.細菌性眼内炎の発症は早くても2日程度を要し,一旦患者が見えるようになった後に発症することが多いのに対して,TASSは良くなる間もなく直後に発症する.また,TASSの典型例ではびまん性角膜浮腫を生じるのに対して,細菌性眼内炎では角膜病変が顕著というわけではない.その他TASSの特徴としては,眼所見の割に眼痛が軽度であること,炎症は前房内だけに留まっており硝子体混濁は伴わないことなどが挙げられる.今回の症例の眼痛は高眼圧によるものと考えられる.また,TASSは,過去の報告にもあるように,軽度なものから続発緑内障や水疱性角膜症に至る重篤なものまで程度には非常に差がある.実際,本症例では細菌性眼内炎をまず疑った.しかし,手術翌日という極早期に発症していること,著明な角膜浮腫,角膜後面の多量の虹彩色素の沈着などの前眼部所見より,細菌性眼内炎の可能性は低いと考えられ,術後2日目からTASSを疑い,少量であるが,ステロイドの内服を開始している.TASSはまったく問題なく手術を終了した症例であっても,術翌日より高度の眼内炎症をきたすので,術者としては動揺するが,細菌性眼内炎とするには疑問な点がいくつか認められる.TASSも術後炎症の鑑別診断の一つとして考えておく必要がある.治療であるが,細菌性眼内炎とは対照的にTASSでは早期のステロイド治療が奏効するとされる.軽度なものでは非ステロイド性の抗炎症薬でも寛解するとされ,通常の術後点眼薬で軽快する.炎症がやや強い例でも術後細菌性眼内炎として治療されている例も多数あると思われる.しかし今回は,術後2日目よりTASSが疑われ,少量のステロイド(ベタメタゾン1.5mg/日)の内服を開始したが奏効せず,当院紹介後の術後7日目よりプレドニゾロン10mg/日のステロイド治療を行ったが,最終的にステロイドが奏効したとは言い難い経過を辿った.もう少し早期にステロイドを増量できていれば,今回の症例よりも良好な経過を辿った可能性もある.しかし,TASSのなかでも本症例のような重篤な症例の報告は非常に少ない.ステロイドが奏効せあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014425 ず,硝子体手術を施行し,改善したものや,改善せず,眼圧コントロールが困難となり視力が低下したもの,またステロイドにより前房内炎症の改善が得られても,角膜内皮細胞の著しい減少を認め,角膜移植を施行したものなどの報告がある.しかし,現段階では,このような重症例に対してステロイド治療がどこまで奏効するのかは不明であり,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.術後眼内炎としては細菌性眼内炎の頻度が圧倒的に高いので,まず細菌性を疑うべきであるがわが国ではTASSの報告例はわずかであり,本疾患に対する認識自体が非常に乏しい.TASSは程度にもよるが早期に対応すれば良好な経過を辿る可能性があることに加え,手術器具の滅菌や洗浄など手術システムの改良により,連続発症することを未然に防止することも可能である.よってまず本疾患の存在を知っておくことが重要である.文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)KuttyPK,FosterTS,Wood-KoobCetal:Multistateoutbreakofanteriorsegmentsyndrome,2005.JCataractRefractSurg34:585-590,20083)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS23:229-236,20094)川辺幹子,近藤峰生,加賀達志ほか:I/Aハンドピースへの付着残留物により発症したと考えられるTASSのoutbreak.眼臨紀4:216-221,20115)渡辺一郎,越智順子,家木良彰ほか:前.染色に用いたインドシアニングリーンが原因と考えられた白内障術後のtoxicanteriorsegmentsyndromeの1例.臨眼65:11051109,20116)井上昌幸:両眼性のToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,20117)LiuH,RoutleyI,TeichmannKDetal:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCataractRefractSurg27:1746-1750,20018)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒液(ディスオーパR)による白内障手術後の水泡性角膜症.臨眼59:1705-1709,20059)HellingerWC,HasanSA,BacalisLPetal:Outbreakoftoxicanteriorsegmentsyndromefollowingcataractsurgeryassociatedwithimpuritiesinautoclavesteammoisture.InfectControlHospEpidemiol27:294-298,200810)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,2008***426あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(122)

糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイド®)の硝子体内注射の効果

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):703.706,2013c糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイドR)の硝子体内注射の効果杉本昌彦松原央古田基靖近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室IntravitrealInjectionofMaqaidR,ANewTriamcinoloneAcetonide,forDiabeticMacularEdemaMasahikoSugimoto,HisashiMatsubara,MotoyasuFurutaandMineoKondoDepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:トリアムシノロンアセトニド製剤の硝子体内注射は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に有効である反面,まれに無菌性眼内炎を生じることがあり,防腐剤がその原因の一つとされている.マキュエイドR(MaQ)は,硝子体可視化に特化された防腐剤無添加のトリアムシノロンアセトニド製剤である.今回,DMEに対してMaQの硝子体内注射を行い,6カ月間経過観察したので報告する.対象および方法:本研究は,当院倫理委員会の承認を得て行った.他の治療が施行困難なDME患者9例10眼を対象とした.清潔下にMaQ4mgを硝子体内注射し,投与後6カ月間の視力,中心窩網膜厚,合併症につき検討した.結果:平均中心窩網膜厚は投与前555.9±207.0μmであったが,投与後6カ月で305.7±131.6μmと有意に改善した(p<0.05).Logarithmicminimumangleofresolution視力は投与前0.70±0.42から投与後3カ月で0.56±0.46と有意に改善した(p<0.05)が,6カ月後では有意差がみられなかった.合併症として無菌性眼内炎や手術を要する眼圧上昇は発生しなかったが,白内障の進行を4眼に認めた.結論:DMEに対するMaQ硝子体内注射の効果を6カ月にわたり観察した.本剤は防腐剤を含まない安全なステロイド製剤としてDMEの治療の選択肢となる.Purpose:Intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection(IVTA)isausefultreatmentfordiabeticmacularedema(DME).However,preservativecontentcanoccasionallycausesterileendopthalmitis(SE).MaqaidR(MaQ)isanewpreservative-freetriamcinoloneacetonidethatislimitedtouseinvitrectomy.WeconductedanIRB(InstitutionalReviewBoard)-approvedtrialofIVTAusingMaQforDME.PatientsandMethods:Teneyesof9DMEpatientswhocouldnotreceiveadvancedtherapywereadministereda4-mgvitrealinjectionofMaQinasterileenvironment.Eyeexaminationresults,visualacuity,centralretinalthickness(CRT)andcomplicationswereevaluatedfor6months.Results:CRTdecreasedfrom555.9±207.0μmbeforeinjectionto305.7±131.6μmat6monthsafterinjection(p<0.05).Logarithmicminimumangleofresolutionvisualacuityimprovedfrom0.70±0.42beforeinjectionto0.56±0.46at3monthsafterinjection(p<0.05).Nostatisticallysignificantchangewasseenafter6months.NopatientshowedSEorsevereintraocularpressureelevation;4patientsexhibitedcataractformation.Conclusion:Weshowthatpreservative-freeMaQisusefulandsafeforDMEforatleast6months.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):703.706,2013〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,トリアムシノロンアセトニド,トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射,防腐剤,無菌性眼内炎.diabeticmacularedema,triamcinoloneacetonide,intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection,preservative,sterileendopthalmitis.〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:MasahikoSugimoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(125)703 はじめに黄斑浮腫(macularedema:ME)は,網膜静脈血管閉塞やぶどう膜炎,糖尿病網膜症などに続発して視力低下の原因となりうる.特に糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は種々の治療にしばしば抵抗を示すが,近年さまざまな薬物の眼内・眼外投与による治療が報告されている1).ステロイド製剤の一つであるトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)の硝子体内注射(intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection:IVTA)は,DMEに対して有効な治療法の一つである.当初はBristolMyersSquibb社から市販されているケナコルトRが国内外で使用され,その有効性が報告されてきた2).しかし,0.8.1.6%の頻度で無菌性眼内炎を生じることが知られており3,4),防腐剤として添加されているベンジルアルコールがその原因の一つと考えられている5).発症防止には,静置やフィルターなどによる防腐剤の分離除去などが推奨されている6.8).防腐剤のみが無菌性眼内炎発症の原因ではないが,投与前にこのような処置が必要であることはIVTAが普及しにくい理由の一つとなっている.TAは,硝子体手術時の硝子体可視化にも用いられる9).わかもと製薬から2010年に市販された新しいTA製剤マキュエイドR(以下,MaQ)は術中硝子体可視化に特化されて市販された,防腐剤を含有しない製剤である.本剤はケナコルトRと同一成分であるが硝子体手術中使用のみに認可されており,MEに対する硝子体注射への使用は2012年11月にようやく認可された.防腐剤無添加であるので,本剤の使用により無菌性眼内炎の発症が低下し,より安全に治療が行える可能性がある.筆者らは,本剤が未認可であった2011年9月から院内倫理委員会承認のもと,MaQ硝子体内注射によるDMEの治療を開始した.今回は少数例ながらも本剤投与後6カ月間の経過観察を行うことができたので報告する.I対象および方法本研究は当院倫理委員会の承認を得て行った(申請番号9-124).施行前に患者本人もしくは家人から書面で同意を得た当院通院中のDME患者で,種々の問題から他の治療が施行困難な症例に対して行った.除外基準は,全身ないしは眼局所へのステロイド薬投与による合併症既往のある患者,20歳未満の患者,妊娠または授乳中の患者とした.40mgのMaQを清潔下で1mlのbalancedsaltsolution(BSSRPlus,参天製薬,大阪)に溶解し40mg/mlに調整した.患者は術3日前より抗生物質点眼を1日4回点眼し,術眼の減菌化を行った.術直前に0.25%ポビドンヨードにより十分に消毒・洗眼を行った.点眼ならびに結膜下への麻酔を行い,0.1ml(4mg)のMaQを角膜輪部から3.5.4mm704あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013の部位で硝子体内注射を行った.直後に眼圧を確認し,眼圧が高ければ前房穿刺により前房水を排出して調整した.その後,抗生物質含有軟膏を塗布し,ガーゼ閉瞼して終了した.感染予防目的で術後1週間,抗生物質点眼を行った.硝子体内注射前および注射後1週間・1カ月・3カ月・6カ月後の各診察時に視力(logarithmicminimumanalogofresolution:logMAR値)・眼圧測定,前眼部・中間透光体・後眼部検査を行った.同時に光干渉断層計(OCT,SpectralisR,Heidelberg社)も行い,中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)を測定した.また,本治療を選択した背景とこれまでに行った治療内容も検討した.図1糖尿病黄斑浮腫(DME)に対する,マキュエイドRの硝子体内注射後の眼底写真と注射前後の光干渉断層計(OCT)の変化注射翌日,眼内にはマキュエイドR粒子の散布(矢頭)が確認された(a).OCTでは,投与前には明らかなDMEがみられた(b,矢印)が,投与後1週間で速やかに改善していた(c,矢印).(126) II結果DMEを有する9例10眼にMaQの硝子体内注射を行った.9例(男性8例,女性1例)の平均年齢は67.4±9.6歳で,水晶体眼8眼,人工水晶体眼2眼であった.本治療を選択した背景としては,脳梗塞など血管閉塞性疾患の既往がありアバスチンRの投与が困難であった例が5眼,経済的理由などから硝子体手術を希望しなかった例が5眼であった.本治療前の治療としては,TATenon.下注射単独施行眼が6眼,TATenon.下注射+アバスチンR硝子体内注射施行眼が4**眼であった.10眼の投与前の平均CRTは555.9±207.0μmであったが,投与後1週間で350.3±122.7μmと速やかに減少し,これは統計学的に有意であった(p<0.05,図1).CRTの改善は投与後6カ月まで維持された(305.7±131.6μm,p<0.05,図2).視力のlogMAR値は投与前に0.70±0.42であったが,投与後3カ月には0.56±0.46と統計学的に有意に改善した(p<0.05).6カ月後では,0.59±0.45と依然改善傾向がみられたものの,有意ではなかった(図3).投与後合併症として,無菌性眼内炎や手術を要する眼圧上昇はみられなかったが,3眼で緑内障点眼1剤以上を必要とする眼圧上昇がみられた.また,4眼で白内障が進行し,その2眼で白内障手術900800500400300200100**投与前1週1カ月3カ月6カ月経過期間700600CRT(μm)図2マキュエイドR硝子体内注射前後のCRTの経時的変化を施行した.III考察わが国でのDME加療は,TATenon.下注射,抗血管内皮増殖因子(VEGF)製剤(アバスチンR)硝子体内注射や硝子体手術が行われている.TATenon.下注射は最も簡便でわが国で広く用いられているが,欧米では有効性が確認されておらず10),十分に普及していない.抗VEGF製剤の硝子体内注射も簡便な治療ではあるが,脳梗塞などの血管閉塞性疾患の既往がある患者には施行がためらわれる.硝子体手術も選択肢の一つであるが,経済的背景や全身状態により患者が望まないことがある.このように,DMEに対して他の治療が困難な症例に対して,特にMaQは防腐剤無添加であ糖尿病黄斑浮腫(DME)9例10眼に対する,マキュエイドRの1.4硝子体内注射前後の平均CRTおよび標準偏差を示す.投与後1週間でCRTは速やかに減少し,有意な減少は6カ月まで観るので安全なIVTA治療が行えると考えた.今回筆者らは,本剤の投与適応を他の加療が施行困難な症察された.*:p<0.05.例に限定した.その理由の一つは,本剤を用いても無菌性眼内炎が生じうる可能性や白内障,眼圧上昇が生じる可能性が1.5*投与前1週1カ月3カ月6カ月経過期間あると考えたからである11).もう一つの理由は,国内外ともにDMEに対してIVTAは第一選択とされていないという実情である.昨年度の米国網膜硝子体学会による網膜専門医へのアンケート調査結果(2012年度PATsurvey)では,DMEへのIVTAを行わないとする回答が48%もあった.さらに,わが国の網膜硝子体専門医に対する同様なアンケート(2011年度PAT-Jsurvey)でもIVTAを選択するのは15%程度と小数であった.そのため今回の研究ではDME治療に対する第一選択としてIVTAを行った症例はなく,症例の選択にバイアスがかかっている点が既報と大きく異なっている.MaQは2012年末になってDMEに対する使用がわが国でLogMAR値1.31.21.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.1図3マキュエイドR硝子体内注射前後の視力の経時的変化糖尿病黄斑浮腫(DME)9例10眼に対する,マキュエイドRの硝子体内注射前後のlogMAR値の平均および標準偏差.投与後3カ月でのみ有意な改善がみられた.6カ月の時点でも改善傾向はみられたが,術前との差は有意ではなかった.*:p<0.05.(127)認可された.薬剤添付文書によると,34眼を対象とした臨床試験ではMaQ非投与群に比し,投与後12週で有意な視力改善とCRT改善を認めている.今回,筆者らの検討でも3カ月までは同様の結果であった.しかし,臨床試験で報告されていない術後6カ月では,CRTは改善したものの視力あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013705 改善は有意ではなかった.IVTAの単回投与の効果をみた既報でも,投与後に視力は4カ月間改善を示したが,その後視力は低下して6カ月後にはコントロール群と有意差が認められていない12).抗VEGF製剤硝子体内注射とIVTAの繰り返し投与を比較した報告では,観察期間2年で視力改善はコントロール群と差がなかったが,偽水晶体眼に限定した解析では良好な改善を得ており,ステロイド薬による白内障が視力低下の一因としている13).筆者らの検討でも白内障進行が4眼でみられた.偽水晶体眼を除くと対象症例中8眼中の半数で生じたことになる.また,手術を行った2例では各々初診時の矯正視力が0.3と0.03であったが,注射後白内障が徐々に進行した.白内障手術直前には各々0.2と0.02に低下し,羞明感が強くなり後.下白内障を呈していた.これらの変化が視力の結果に影響した可能性があると考えている.今回,筆者らは防腐剤無添加のTA製剤であるMaQを用いて,重篤な合併症なく安全にIVTAを行うことができた.少数例ながらも6カ月間経過観察することができた点で,視力やCRTの変化に関して興味深い所見が得られた.しかし,IVTAによる無菌性眼内炎の発症頻度は既報では2%以下と低いので,今回の症例数では出現しなかっただけかもしれない.また,筆者らはDMEに対する第一選択治療としてIVTAを行ったわけではないため,限定された症例に対する研究といえる.本剤のDMEに対する使用が認可されたこともあり,今後はさらに多数例における効果や副作用の詳細な研究が期待される.文献1)後藤早紀子,山下英俊:糖尿病黄斑浮腫の薬物治療.あたらしい眼科29(臨増):139-142,20122)JonasJB,KreissigI,SofkerAetal:Intravitrealinjectionoftriamcinolonefordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol121:57-61,20033)MoshfeghiDM,KaiserPK,BakriSJetal:Presumedsterileendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.OphthalmicSurgLasersImaging36:24-29,20054)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郞ほか;日本網膜硝子体学会トリアムシノロン調査グループ:トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20115)MaiaM,FarahME,BelfortRNetal:Effectsofintravitrealtriamcinoloneacetonideinjectionwithandwithoutpreservative.BrJOphthalmol91:1122-1124,20076)NishimuraA,KobayashiA,SegawaYetal:Isolatingtriamcinoloneacetonideparticlesforintravitrealusewithaporousmembranefilter.Retina23:777-779,20037)井上真,植竹美香,武田香陽子ほか:ベンジルアルコールを除去した硝子体内投与用トリアムシノロンアセトニド溶液の作成.眼紀55:445-449,20048)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるトリアムシノロン使用状況全国調査結果.日眼会誌111:936-945,20079)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,200210)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,ChewE,StrauberSetal:Randomizedtrialofperibulbartriamcinoloneacetonidewithandwithoutfocalphotocoagulationformilddiabeticmacularedema:apilotstudy.Ophthalmology114:1190-1196,200711)JonasJB,KreissigI,DegenringR:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefortreatmentofintraocularproliferative,exudative,andneovasculardiseases.ProgRetinEyeRes24:587-611,200512)JonasJB,HarderB,KamppeterBA:Inter-eyedifferenceindiabeticmacularedemaafterunilateralintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonide.AmJOphthalmol138:970-977,200413)ElmanMJ,BresslerNM,QinHetal:Expanded2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,2011***706あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(128)