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PAX6遺伝子のストップゲイン変異による無虹彩症の1例

2024年7月31日 水曜日

《第34回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科41(7):847.853,2024cPAX6遺伝子のストップゲイン変異による無虹彩症の1例福永直子*1林孝彰*1飯田由佳*1徳久照朗*1比嘉奈津貴*2松下五佳*3近藤寛之*3中野匡*2*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学眼科学講座*3産業医科大学眼科学教室CACaseofCongenitalAniridiawithaStop-GainMutationinthePAX6GeneNaokoFukunaga1),TakaakiHayashi1),YukaIida1),TeruakiTokuhisa1),NatsukiHiga2),ItsukaMatsushita3),HiroyukiKondo3)andTadashiNakano2)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealthC目的:家族歴のない無虹彩症のC1例を経験し,白内障と高眼圧症に対する治療経過とともに,遺伝学的検査結果について報告する.症例:患者はC20歳,男性.前医で無虹彩症と診断され,高眼圧症に対してプロスタグランジン関連薬・b遮断薬配合剤点眼加療中であった.両眼視力低下を主訴に紹介受診となった.既往症はなく,両親と兄に無虹彩症の指摘はなかった.矯正視力は右眼C0.04,左眼C0.05であった.混濁の強い後.下白内障に対して,両眼の水晶体再建術を施行し,右眼はマイクロフックを用いた流出路再建術を併施した.術後の矯正視力は両眼それぞれC0.15と改善したものの,両眼ともに高眼圧を認め,術後のステロイド点眼薬を中止し,治療前の点眼薬再開に加え,ブリモニジン酒石酸塩/ブリンゾラミド配合点眼液を追加した.左眼の眼圧は下降したが,右眼はリパスジル点眼液を追加し眼圧下降が得られた.光干渉断層計検査で,黄斑低形成に加え,網膜視神経線維層欠損を認めたが,Goldmann視野で緑内障性視野障害はみられなかった.遺伝学的検査で,PAX6遺伝子(NM_000280.6)にストップゲイン変異(p.Arg-103Ter)がヘテロ接合性に検出され,denovo変異と考えられた.結論:無虹彩症に合併する高眼圧症に対して,早期に眼圧下降点眼薬を開始することは重要と考えられる.一方,初回手術の施行時期に関するコンセンサスはなく,本症例のように流出路再建術後に高眼圧が持続するケースもあり,手術時期に関しては,さらなる検討が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCcongenitalaniridia(CA)withoutCaCfamilyChistoryCandCdescribeCtheCtreatmentCcourseCforCcataractsandocularChypertension,alongCwiththeCgeneticCanalysisresults.Case:ThisstudyinvolvedaC20-year-oldCmaleCpatientCwhoChadCpreviouslyCbeenCdiagnosedCwithCCACandCwasCundergoingCtreatmentCwithCprosta-glandinCanalogue(PG)/beta-blocker(BB)combinationCeyeCdropsCforCocularChypertension.CHeCpresentedCwithCcom-plaintsofCdecreasedvisualacuity(VA)inCbotheyes.HeChadnomedicalhistory,CandthereCwasnofamilyhistoryofCCA.CHisCcorrectedCVACwasC0.04CODCandC0.05COS.CHeCunderwentCcataractCsurgeryCforCbilateralCdenseCposteriorCsub-capsularCcataracts.CInCtheCrightCeye,CanCadditionalCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomyCwasCperformed.CPostoperative-ly,ChisCcorrectedCVACimprovedCtoC0.15CinCbothCeyes,CbutCelevatedCintraocularCpressure(IOP)persistedCinCbothCeyes.CSteroidCeyeCdropsCwereCdiscontinuedCpostoperatively,CandCinCadditionCtoCrestartingCtheCPG/BBCeyeCdrops,CbrimonidineCtartrate/brinzolamideCcombinationCeyeCdropsCwereCadded.CWhileCIOPCdecreasedCinCtheCleftCeye,CtheCrightCeyeCrequiredCtheCadditionalCeyeCdropsCofCripasudilCtoCachieveCaCnormalCIOP.COpticalCcoherenceCtomographyCshowedCfovealChypoplasiaCandCretinalCnerveC.berClayerCdefects,CbutCnoCglaucomatousCvisualC.eldCdefectCwasCobservedConCGoldmannCperimetry.CGeneticCtestingCidenti.edCaCheterozygousCstop-gainmutation(p.Arg103Ter)inCtheCPAX6Cgene(NM_000280.6)C,CconsideredCtoCbeCaCdeCnovoCmutation.CConclusions:EarlyCinitiationCofCIOP-loweringCeyeCdropsCisCcrucialCforCmanagingCocularChypertensionCassociatedCwithCCA.CHowever,CthereCisCnoCconsensusConCtheCtimingCofCinitialCIOP-loweringCsurgery,CandClikeCwithCourCpatient,CthereCareCcasesCinCwhichCelevatedCIOPCpersistsCafterCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CthusCwarrantingCfurtherCinvestigationCintoCtheCoptimalCtimingCofCIOP-loweringCsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(7):847.853,C2024〕〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCKeywords:無虹彩症,後.下白内障,高眼圧症,PAX6遺伝子,変異.congenitalaniridia,posteriorsubcapsularcataract,ocularhypertension,PAX6Cgene,mutation.Cはじめに無虹彩症は,先天性に虹彩の完全または不完全欠損を特徴とする常染色体顕性(優性)遺伝性疾患で,指定難病(告示番号C329)に認定されている.無虹彩症は,孤立性無虹彩症(isolatedaniridia)と症候性無虹彩症(syndromicaniridia)に分類される.WAGR症候群は,症候性無虹彩症の代表疾患で,無虹彩症に加えCWilms腫瘍,泌尿生殖器奇形,発達遅滞を合併する1).一般的には,孤立性無虹彩症を無虹彩症と呼称している.無虹彩症の責任遺伝子はCPAX6遺伝子であり,11番染色体短腕(11p13)に局在している2).PAX6伝子から発現するCmRNAには,複数のアイソフォームが存在しているが,発現率の高いCPAX6(canonicalPAX6)遺伝子(NM_000280.6)は,13個のエクソンからなり,422アミノ酸残基(NP_000271.1)をコードしている.この遺伝子にヘテロ接合変異が生じることで,片アリルの機能喪失(ハプロ不全)が起こり発症すると考えられている.PAX6遺伝子は,転写調節因子をコードし,眼球発生の段階でさまざまな眼組織に発現している.無虹彩症では,さまざまな眼合併症を生じ,眼振,角膜症,白内障,緑内障,黄斑低形成などを合併する.本疾病の発生頻度はC1/40,000.1/100,000とされ,まれな疾患である3,4).罹患者のC2/3程度が家族性に発症しており,残るC1/3は孤発例と考えられている3,4).2021年,無虹彩症の診療ガイドラインが発表された5).今回,家族歴のない無虹彩症のC1例を経験し,白内障と高眼圧症に対する治療経過とともに,遺伝学的検査結果について報告する.CI症例患者:20歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:追視不良であったため,生後C5カ月時に近医を受診し無虹彩症が疑われ,精査目的でC1歳時に前医を受診した.眼振に加え,先天無虹彩ならびに黄斑低形成を認め,無虹彩症と診断され,経過観察となった.17歳時の視力は右眼(0.1),左眼(0.09),眼圧はCGoldmann型圧平眼圧計で右眼C22CmmHg,左眼C20CmmHgであった.高眼圧症に対して,ラタノプロスト点眼液C0.005%による治療が両眼に開始された.17歳時,チモロール点眼液C0.5%が両眼に追加され,以降眼圧はC10CmmHg台後半で推移した.その後,トラボプロスト/チモロールマレイン酸塩配合点眼液に変更された.今回,両眼白内障による視力低下を認め,手術目的に東京慈恵会医科大学葛飾医療センターを紹介受診となった.既往歴:Wilms腫瘍,泌尿生殖器奇形,発達遅滞,てんかん,高次脳機能障害,無嗅覚症,グルコース不耐症などの指摘はなし.その他,特記すべき事項なし.家族歴:両親の近親婚はなく,両親と兄に無虹彩症の指摘はなし.初診時所見:矯正視力は右眼C0.03(0.04C×sph+5.00D(cylC.1.50DCAx20°),左眼0.03(0.05C×sph+5.75D(cyl.1.50D(Ax160°),非接触眼圧計による眼圧値は両眼それぞれ20CmmHg,眼軸長は右眼C24.30Cmm,左眼C24.13Cmmであった.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CASIA,トーメーコーポレーション)を用いた平均角膜屈折力は右眼C38.7D,左眼36.8D,中心角膜厚は右眼595μm,左眼C580μm,角膜横径は右眼C11.5mm,左眼11.4Cmmであった.振子様眼振を認めた.細隙灯顕微鏡検査では,Sha.er分類CGrade4,無虹彩ならびに混濁の強い後.下白内障を認めたが,角膜実質混濁や角膜輪部疲弊症はみられなかった(図1a,b).隅角鏡検査では,残存している虹彩根部が全周性にみられ,線維柱帯の色素帯が観察された(図2).周辺虹彩前癒着や虹彩高位付着はみられなかった(図2).眼底検査を施行するも,後.下白内障のため透見不良,眼底写真や後眼部COCTの撮像はできなかった.経過:21歳時,両眼水晶体再建術を施行した.右眼施行時,後.下白内障と後.が癒着し,後.ならびにチン小帯の脆弱性が確認され,水晶体.拡張リング(CTR130A0,HOYA)を挿入した.プリセット型眼内レンズ(着色非球面ワンピースアクリルレンズ,SY60YF,日本アルコン)を.内固定し,谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック(イナミ)6)を用い流出路再建術を併施した.右眼術後の眼圧下降が十分得られなかったため,左眼手術の際,合併症に備え,着色非球面スリーピースアクリルレンズ(PN6AS,興和)を挿入し,水晶体再建術単独での施行とした.左眼に術後合併症はなかった.術後視力は,右眼C0.1C×IOL(0.15C×sph+1.00D(cyl.0.50DAx20°),左眼0.1C×IOL(0.15C×sph+2.00D(cyl.3.00DAx120°)と改善した.術後,眼内レンズの固定は良好で,位置ずれもみられなかった.眼振は不変であったが,眼底の透見性が良好となり,眼底評価を行った.後極部の眼底写真で,両眼の中心窩無血管領域は消失し,黄斑形成はみられなかった(図3a,b).超広角走査型レーザー検眼鏡(OptosCalifornia,Optos社/ニコン社)を用いた眼底自発蛍光を撮像した.正常眼の黄斑部では,黄斑色素による自発蛍光がブロックされ減弱するが,本症例では,黄斑部の低蛍光領域は観察されなかった(図図1前眼部写真初診時の右眼(Ca)および左眼(Cb)で,無虹彩ならびに混濁の強い後.下白内障を認める.術後C8カ月後の右眼(Cc)および左眼(Cd)で,眼内レンズの固定は良好で,位置ずれもみられない.C3c,d).黄斑部のCSweptCSourceOCT(SS-OCT:Triton,トプコン)撮像による中心窩領域で,内・外網状層の存在,中心窩陥凹の消失,外顆粒層肥厚の消失,fovealbulgeの消失を認め,Thomasら7)の黄斑低形成分類によるCGrade4に相当した(図4上段).眼振のため,OCTangiographyの撮像はできなかった.OCT(CirrusCHD-OCT5000,CarlCZeissMeditec)による視神経乳頭周囲網膜神経線維厚測定で,網膜視神経線維層欠損を両眼に認めた(図4下段).術後,非接触眼圧計で右眼C35CmmHg,左眼C37CmmHgと高眼圧を認めた.隅角に周辺虹彩前癒着はみられず,ステロイド・レスポンダーの可能性を考慮し術後薬のベタメタゾンリン酸エステルナトリウム・フラジオマイシン硫酸塩点眼液を中止し,術後中止していたトラボプロスト/チモロールマレイン酸塩配合点眼液を再開するも効果に乏しく,ブリモニジン酒石酸塩/ブリンゾラミド配合懸濁性点眼液を追加した.左眼はC12.18CmmHgへ眼圧下降が得られたが,右眼はリパスジル塩酸塩水和物点眼液を追加するもC18.26CmmHgの高眼圧が持続したため,アセタゾラミドC250Cmg錠(1日C2錠分2)追加のうえ,濾過手術も検討された.Goldmann動的図2右眼鼻側の隅角鏡写真残存している虹彩根部がみられ,線維柱帯の色素帯が観察される.周辺虹彩前癒着や虹彩高位付着はみられない.図3眼底写真および眼底自発蛍光所見右眼(Ca)ならびに左眼(Cb)の眼底写真で,中心窩無血管領域は消失し,黄斑形成はみられない.右眼(Cc)ならびに左眼(d)の眼底自発蛍光では,正常眼でみられる黄斑部の低蛍光領域はみられない.視野検査を施行し,明らかな緑内障性視野障害がみられなかったこと,角膜厚が厚く測定値より実際の眼圧が低いことが予測され,手術による合併症や視野障害出現のリスクが利益を上回ると判断し,現状の点眼加療継続とした.その後,右眼の眼圧も徐々に下降し,術後C7カ月経過時以降からC13.16CmmHgで推移している.術後C8カ月後の前眼部写真を示した(図1c,d).最終受診時の眼圧は,右眼C16CmmHg左眼15CmmHgであった.家族歴がなく,疾患原因をどのように考えるか,なにが原因で発症したかなど,原因検索の目的で,本人と母親から同意を得て,遺伝学的検査を施行した.東京慈恵会医科大学倫理委員会で承認されている内容(研究承認番号:24-2316997)に従い,無虹彩症・孤立性黄斑低形成の責任遺伝子であるPAX6遺伝子(NM_000280.6)の塩基配列を決定した.過去の報告8,9)と同様にハイブリダイゼーション・キャプチャー法を用い,次世代シークエンサを用いて解析した.すべてのシークエンスが格納されたCBAMファイルをCIntegrativeCGenomicsViewerソフトウエア(version2.16.2)に取り込み,PAX6遺伝子のリード数と塩基配列を可視化した.PAX6遺伝子のエクソンC4.6部分のCCoverageはC569と十分なリード数がシークエンスされていた(図5上段).エクソンC5の拡大図(図5下段)に示すとおり,全リードの約半数で,c.307の位置でシトシン(C)からチミン(T)への塩基置換(c.307C>T,rs121907914)に伴うストップゲイン変図4光干渉断層計所見上段:黄斑部COCTの中心窩領域で,内・外網状層の存在,中心窩陥凹の消失,外顆粒層肥厚の消失,fovealbulgeの消失がみられ,黄斑低形成分類によるCGrade4に相当する所見である.下段:眼振による影響で画像は明瞭ではないものの,網膜視神経線維層欠損を両眼に認める.異(p.Arg103Ter)がヘテロ接合性に検出された.本変異は,から,denovo変異と考えられた.過去に海外の無虹彩症例で報告されており10),無虹彩症の疾CII考按患原因と考えられた.一方,東北メディカルメガバンク機構が運営する日本人C54,267人を対象とした全ゲノム配列デー本症例の特徴として,無虹彩症と黄斑低形成の診断に加タベースToMMo54KJPN(https://jmorp.megabank.え,高眼圧症に対して10代から眼圧下降点眼薬の使用,進tohoku.ac.jp/)で,本変異は登録されていない.症例の母親行性の後.下白内障がみられたことがあげられる.また,遺では,p.Arg103Ter変異は検出されなかった(図5下段).伝学的検査で,PAX6遺伝子にストップゲイン変異(p.Arg-父親には眼疾患の既往はなく,本症例が孤発例であったこと103Ter)が検出され,両親に無虹彩症がなかったことから,図5IntegrativeGenomicsViewer(IGV)を用いたPAX6遺伝子領域の塩基配列の可視化上段:PAX6遺伝子領域のカバレッジ(平均リード数)はC569で,コーディング領域(エクソンC4.6)が十分にシークエンスされている.下段:本症例で決定された塩基配列を参照配列にマッピングし,IGVで可視化すると,リードデータ上の約半数でc.307のグアニン(G)がアデニン(A)に変化している(↓).PAX6遺伝子は,右から左側に読まれため,参照配列の相補鎖が実際の塩基配列となり,シトシン(C)からチミン(T)に置換された変化(c.307C>T)が変異となる.結果として,103番目のアミノ酸をコードするコドンは通常CCGA(Arg)だが,CがCTに変わりCTGA(ストップコドン,Ter)と変化し,ヘテロ接合性のストップゲイン変異(p.Arg103Ter)となる.母親に同一変異は検出されていない.Cdenovo変異による孤発例と考えられた.初診(20歳)時,後.下白内障(図1a,b)により眼底の透見性が不良であった.白内障の合併に関して,Singhらは,無虹彩症C131例の検討で,白内障を合併していた場合,白内障診断時の年齢中央値はC14歳であったと報告している4).緑内障を併発している場合,併発していないケースに比べ,白内障発症がより早期になることも明らかにされた4).一方,Shipleらは,白内障診断時の年齢中央値はC3歳で,白内障手術時の平均年齢はC28.4歳であったと報告している11).本症例では,21歳時に両眼水晶体再建術が施行されている.診療ガイドラインでは,手術によって視力改善が期待できる一方,手術の難易度の高さ,術後緑内障の悪化,水疱性角膜症のリスクが高いため,手術に伴うリスクを考慮し,十分な説明を行ったうえで実施することを推奨している5).無虹彩症に合併する高眼圧・緑内障に対して,診療ガイドラインでは,治療実施することを強く推奨している5).この理由として,無虹彩症では,白内障や黄斑低形成などによる視機能障害を合併していることが多く,また,若年者の場合,正確な視野測定が困難であることが理由にあげられている.本症例も混濁の強い後.下白内障(図1a,b),GradeC4の黄斑低形成(図4上段),網膜視神経線維層欠損(図4下段)を認め,高眼圧症に対して,17歳から眼圧下降点眼薬を使用している.眼圧上昇の原因としては,隅角形成異常による流出路障害が示唆されている12,13).希少疾患であることから,手術に関するランダム化比較試験は存在しないが,線維柱帯切開術を初回手術として推奨する報告がある14).一方,線維柱帯切開術が無効とする報告もある15).この理由として,Schlemm管から集合管あるいはそれ以降の房水流出路の異常があったためか,同時に行った水晶体再建術後炎症により,いったん開放したCSchlemm管が残存している虹彩根部で再閉塞したためと推察している15).ガイドラインでは初回手術として,流出路再建術(隅角切開術あるいは線維柱帯切開術)を施行することは推奨できるものと記されている5).本症例では,初回手術の右眼に対して,水晶体再建術に谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフックを用いた流出路再建術を併施し,術後高眼圧が持続した.この理由として,白内障術後炎症や流出路再建術が無効であった可能性が考えられる.一方,左眼は水晶体再建術を単独で施行し,術後に高眼圧となったが,眼圧下降点眼薬で速やかに眼圧は下降した.本症例を経験し,白内障と高眼圧症の合併例に対しては,まず,水晶体再建術を単独で行い,消炎ならびに眼圧下降点眼薬による眼圧下降を確認してから,流出路再建術を検討することがよいと考えられた.無虹彩症に対する保険適用外の遺伝学的検査実施にあたり,診断目的もしくは研究目的で行うかなど課題がある.明らかな変異が検出されれば診断的意義は大きいものの,検出感度が不明であること,新規変異やミスセンス変異の場合の病原性(疾患原因)の判断がむずかしいことに加え,PAX6遺伝子の部分欠損や全欠損の報告もある.日本の眼科診療は,社会保険制度のもとで行われているため,ガイドラインでは,どのように遺伝学的検査を行うべきかの検討が必要であると記されている5).保険収載されていない遺伝学的検査に対するコスト負担に関しての課題解決は重要である.最近,筆者らは無虹彩症がみられない孤立性黄斑低形成とPAX6遺伝子変異の関連性について検討した16).その結果,遺伝子変異は,ミスセンス変異がほとんどで,DNA結合ドメインであるペアードドメイン(paireddomain:PD)もしくはホメオドメイン(homeodomain:HD)にととまらず多様に存在していることを突き止めた16).一方,本症例でみられたストップゲイン変異(図5下段)を含む短縮型変異では,無虹彩症になるケースが圧倒的に多い17,18).このように遺伝子変異のパターンと臨床所見との関連性が明らかになりつつある.今回筆者らは,重度視力障害,高眼圧症,網膜視神経線維層欠損,後.下白内障,黄斑低形成(Grade4)を認めた無虹彩症のC1例を報告した.無虹彩症に合併する高眼圧症に対する治療で,早期に眼圧下降点眼薬を開始することは重要と考えられた.一方,観血的治療時期に関するコンセンサスやエビデンスはなく,症例ごとに異なると考えられ,さらなる検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FischbachCBV,CTroutCKL,CLewisCJCetal:WAGRCsyn-drome:aclinicalreviewof54cases.PediatricsC116:984-988,C20052)GlaserT,WaltonDS,MaasRL:Genomicstructure,evolu-tionaryconservationandaniridiamutationsinthehumanPAX6Cgene.NatGenetC2:232-239,C19923)HingoraniCM,CHansonCI,CvanCHeyningenV:Aniridia.CEurCJHumGenetC20:1011-1017,C20124)SinghB,MohamedA,ChaurasiaSetal:Clinicalmanifes-tationsCofCcongenitalCaniridia.CJCPediatrCOphthalmolCStra-bismusC51:59-62,C20145)西田幸二,東範行,阿曽沼早苗ほか:無虹彩症の診療ガイドライン.日眼会誌C125:38-76,C20216)TanitoCM,CSanoCI,CIkedaCYCetal:MicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CaCnovelCminimallyCinvasiveCglaucomaCsur-gery,ineyeswithopen-angleglaucomawithscleralthin-ning.ActaOphthalmolC94:e371-e372,C20167)ThomasCMG,CKumarCA,CMohammadCSCetal:StructuralCgradingoffovealhypoplasiausingspectral-domainopticalcoherenceCtomographyCaCpredictorCofCvisualCacuity?COph-thalmologyC118:1653-1660,C20118)MizobuchiCK,CHayashiCT,COhiraCRCetal:Electroretino-graphicCabnormalitiesCinCAlportCsyndromeCwithCaCnovelCCOL4A5Ctruncatedvariant(p.Try20GlyfsTer19)C.CDocCOphthalmolC146:281-291,C20239)FukunagaN,HayashiT,YamadaYetal:Anovelstop-gainNF1Cvariantinneuro.bromatosistype1andbilateralCopticCatrophyCwithoutCopticCgliomas.COphthalmicCGenetC45:186-192,C202410)GlaserT,JepealL,EdwardsJGetal:PAX6Cgenedosagee.ectCinCaCfamilyCwithCcongenitalCcataracts,Caniridia,CanophthalmiaCandCcentralCnervousCsystemCdefects.CNatCGenetC7:463-471,C199411)ShipleCD,CFinkleaCB,CLauderdaleCJDCetal:Keratopathy,Ccataract,anddryeyeinasurveyofaniridiasubjects.ClinOphthalmolC9:291-295,C201512)GrantWM,WaltonDS:Progressivechangesintheangleincongenitalaniridia,withdevelopmentofglaucoma.AmJOphthalmolC78:842-847,C197413)LandsendECS,LagaliN,UtheimTP:Congenitalaniridia-acomprehensivereviewofclinicalfeaturesandtherapeu-ticapproaches.SurvOphthalmolC66:1031-1050,C202114)AdachiCM,CDickensCCJ,CHetheringtonCJCJrCetal:ClinicalCexperienceoftrabeculotomyforthesurgicaltreatmentofaniridicglaucoma.OphthalmologyC104:2121-2125,C199715)戸部隆雄,山岸和矢:先天性無虹彩症の白内障,緑内障手術の経験.眼臨87:1001-1005,C199316)MatsushitaCI,CIzumiCH,CUenoCSCetal:FunctionalCcharac-teristicsCofCdiverseCPAX6CmutationsCassociatedCwithCiso-latedfovealhypoplasia.Genes(Basel)14:1483,C202317)YokoiT,NishinaS,FukamiMetal:Genotype-phenotypecorrelationCofCPAX6CgeneCmutationsCinCaniridia.CHumCGenomeVarC3:15052,C201618)LimaCunhaD,ArnoG,CortonMetal:ThespectrumofPAX6Cmutationsandgenotype-phenotypecorrelationsintheeye.Genes(Basel)10:1050,C2019***

鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の 1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):266.270,2023c鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の1例富永千晶多田香織水野暢人伴由利子京都中部総合医療センター眼科CACaseofBlunt-TraumaAniridiaafterMicroincisionCataractSurgeryChiakiTominaga,KaoriTada,NobuhitoMizunoandYurikoBanCDepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenterC目的:鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の症例を報告する.症例:78歳,男性.当科で左眼超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行.眼内レンズを.内固定し,2.4Cmmの角膜切開創は無縫合で終了した.術後矯正視力はC1.2であった.術後C1年C3カ月時,転倒し左眼を打撲,霧視,眼痛を自覚し当科を受診した.左眼視力は手動弁(矯正不能)で,前房出血のため透見不良であったが全周の虹彩が消失していた.眼球の裂創や角膜切開創の離解,眼内レンズの偏位はなく,切開創に色素性組織の付着がみられた.2日後には前房出血は消退し,網膜に異常はなく矯正視力はC1.0に回復した.羞明の自覚が残存したが,人工虹彩付きソフトコンタクトレンズの装用により症状の改善が得られた.結論:外傷により全周性に離断した虹彩が角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCblunt-traumaCaniridiaCafterCmicroincisionCcataractsurgery(MICS).CCaseReport:AC78-year-oldCmaleCunderwentCMICSCinChisCleftCeyeCthroughCaC2.4CmmCself-sealingCcornealCincision.CHisCpostoperativeCvisualacuity(VA)wasC1.2,CyetC15CmonthsClaterCheCvisitedCourCdepartmentCcomplainingCofCblurredCvisionandpaininhislefteyeimmediatelyafterexperiencingblunttrauma2daysbefore.Onclinicalexamination,moderatehyphemaandcompleteabsenceoftheiriswasobservedwithoutdehiscenceofthecornealincision.Sincetheintraocularlensandallotherocularstructuresremainedintact,hisVAimprovedto1.0afterresolutionofthehyphema.Theuseofasoftcontactlenswithanarti.cialiriswassuccessfulagainsthisphotophobia.Conclusion:CThe.ndingsinthiscasesuggestthatthetotalirisexpelledthroughthecornealincisionandthattheincisionwasself-sealed,andthattraumamightcausewounddehiscenceeveninthelongtermafterMICS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(2):266.270,C2023〕Keywords:極小切開白内障手術,無虹彩症,鈍的外傷,虹彩付きソフトコンタクトレンズ.microincisioncataractsurgery,aniridia,blunttrauma,softcontactlenswithanarti.cialiris.Cはじめに白内障手術は年々進歩を遂げ,今では極小切開白内障手術が主流となり安全性が高まっているが,術後合併症はいまだ存在する.今回,極小切開白内障手術施行よりC1年C3カ月後に鈍的に眼球を打撲し,外傷性無虹彩症をきたしたが,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の脱出や偏位,その他の眼組織に異常がみられなかった症例を経験したので報告する.I症例患者:78歳,男性.主訴:左眼霧視,眼痛.既往歴:左眼白内障に対し,当科で超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)およびCIOL挿入術を施行した.手術はC2.4Cmmの角膜切開創で,foldableIOL(AMO社製CZCV300)を.内固定し,切開創は無縫合で終了した.術中合併症はなく,術後視力はC1.2(矯正不能)〔別刷請求先〕富永千晶:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野C25京都中部総合医療センター眼科Reprintrequests:ChiakiTominaga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,25YagiUeno,Yagi-cho,Nantan,Kyoto629-0197,JAPANC266(128)図1初診時の左眼前眼部写真白内障手術における角膜切開創の拡大・離解はなく,前房深度は深く維持され,軽度の前房出血がみられた.前房出血のため透見不良ではあったが,全周の虹彩が確認できなかった.眼内レンズの明らかな偏位はみられなかった.図2受傷4日後の左眼前眼部写真角膜切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着(.)がみられた.図3左眼隅角鏡写真全周にわたり虹彩組織は確認できず,毛様突起が観察された.と良好であった.現病歴:左眼白内障術後C1年C3カ月時,泥酔し駐車場で転倒した際に車止めで左眼を打撲した.受傷後から左眼の霧視,眼痛を自覚し,2日後に当科を受診した.初診時所見:視力は右眼C0.7(0.9C×sph+2.25D(cyl.1.75CDCAx85°),左眼30cm/m.m.(矯正不能),眼圧は右眼18CmmHg,左眼C28CmmHgであった.左眼は前房出血のため眼内透見不良であったが,前房深度は深く,全周の虹彩が確認できなかった(図1).IOLは.内に固定され偏位はなく,Seideltestは陰性で,Bモード超音波検査では硝子体出血や網膜.離を疑う所見はみられなかった.これらの所見から眼球破裂の合併はないものと判断し,降圧薬を内服のうえ,保存的に経過観察を行った.経過:前房出血は徐々に吸収され,受傷C4日後には全周の虹彩欠損が明らかとなった.受傷C11日後には左眼視力はC0.4(1.0C×sph.0.75D(cyl.0.25DAx145°)に回復し,眼圧は16CmmHgに下降した.白内障手術切開創の拡大・離解はなく,切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着がみられた(図2).眼底の透見も可能となり,異常はみられなかった.後日行った隅角鏡検査では,虹彩組織の残存はなく,全周性に毛様体突起が確認された(図3).受傷からC5カ月が経過し,羞明に対して人工虹彩付きソフトコンタクトレンズ(soft図4「シード虹彩付ソフト」装用時の左眼前眼部写真a:茶(C),瞳孔が透明なタイプ(No.3).僚眼に似た最濃の茶色を選択したが,ソフトコンタクトレンズを通して眼内レンズの全貌が透見され,羞明の改善もみられなかった.Cb:黒(D),瞳孔が透明なタイプ(No.3).眼内レンズは透見されず,羞明の訴えも解消した.Ccontactlense:SCL)の装用を希望された.「シード虹彩付ソフト」(シード社)のなかで,僚眼の虹彩色に近いもっとも濃い茶色の茶(C)で,瞳孔が透明なタイプCNo.3のCSCLを選択し,虹彩径C12Cmm,瞳孔径C2Cmmでオーダーした.しかし,実際にレンズを装用すると肉眼的に僚眼よりやや薄い色調であり,細隙灯顕微鏡下においてはCSCLを通してCIOLの全貌が透見され(図4a),羞明の改善にも至らなかった.そこでCSCLの虹彩色を黒色(黒(D))へ変更したところ,整容的な違和感もなくなり,羞明の訴えも解消した.患者はコンタクトレンズ使用歴がなく,着脱練習に時間を要したが,高い満足度を得られている(図4b).CII考按白内障手術創は,水晶体.外摘出術(extracapsularcata-ractextraction:ECCE)が主流の時代にはC12Cmmの切開が必要であったが,PEAの普及やCIOLの進歩により現在では2Cmm台にまで狭小化し,安定性や安全性は高まっている1).CBallら2)は,同一施設,同一術者により施行されたCECCE症例とCPEA症例における術後鈍的外傷後の創離解率について比較検討し,ECCE症例における創離解はC5,600例中C21例(0.40%)であったのに対し,PEA症例ではC4,800例中C1例(0.02%)であったと報告している.外傷のエネルギーや術後経過年数は症例によって異なるが,PEA症例での創離解率はCECCE症例の約C20分のC1であり,術式の進歩が術創の安定性に大きく貢献しているといえる.一方で,わが国においては高齢化が急速に進行しており,白内障手術の適応となる年齢層の人口が増加している.高齢者の場合,転倒リスクが高く3),したがって白内障手術後鈍的眼外傷の患者は今後も増加することが予想される.また,術後C6年経過後に鈍的外傷で無虹彩症を生じた症例報告もあり4),小切開白内障手術の長期経過後であっても創離解を生じる可能性があるという認識を医師・患者ともにもつ必要がある.外傷性無虹彩症は虹彩が根部で全周にわたって離断したものをいい,重篤な眼外傷に生じることが多く,前房出血を伴う5).鈍的眼外傷時,外力は組織の脆弱な部分にもっとも強く作用するため,過去に内眼手術の既往がある場合には手術創の離解を生じ,内眼手術の既往がない場合では輪部あるいは直筋付着部付近の強膜に破裂創を生じやすいことが知られている3,5).本症例でも術創以外に裂創はなく,離断した虹彩は角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.術創からの虹彩脱出については,①外傷により手術切開創が一時的に歪み,房水が流出,②持ち上げられた虹彩が創口に引き寄せられ,創口に嵌頓,③創口の内側と外側に生じる圧勾配により虹彩離断が生じ,創口から房水とともに眼外に脱出,④創口の自己閉鎖性や凝固血によって房水流出が遮断されるというメカニズムが提唱されている6,7).ここで前述したCBallら2)の報告において創離解をきたした症例の虹彩所見に着目すると,ECCE症例のC21例中,3例は虹彩損傷なし,18例で部分的な虹彩の断裂・脱出をきたしたが,無虹彩となった症例はなかった.それに対しCPEA症例のC1例は無虹彩であったと報告されている.これにはPEAにおける小切開創のほうが無虹彩症を生じやすいメカニズムがあると考える.ECCEのような大きな切開創では比較的眼内圧が低い時点から創離解を生じてしまうが,創が大きいがゆえ,圧が下がりやすく,また房水流出時に虹彩が引き込まれた場合にも創の完全閉塞には至りにくく,部分的な虹彩損傷に終わる.一方,PEAの小切開創は安定性が高く,創離解率も低いが,小切開創が離解する場合には,より高い(130)眼内圧が生じているといえる.その高まった圧により小さな創から房水が押し出され,その際に虹彩が引き込まれると比較的容易に創を閉塞する.房水流出はいったん遮断されるが,その時点で眼内圧が十分に下降していない場合には,嵌頓部を起点に全周の虹彩離断を生じ,房水とともに全虹彩の脱出に至ると考えられる.このことから白内障術後外傷性無虹彩症は,小切開化に伴い,生じるリスクがより高くなった病態である可能性も考えられる.小切開強角膜切開創と角膜切開創の外力に対する抵抗性について,Ernestら8)は猫眼において幅C1.7CmmC×トンネル長C3.0Cmmの切開創を比較し,術翌日では角膜切開創のほうが強角膜切開創より低い外力で変形を生じたこと,創部の治癒過程にみられる線維血管反応が強角膜切開創ではC7日以内に生じたのに対し,角膜切開創ではC60日かかったことを報告している.また,角膜切開創の形状と外力に対する抵抗性について,Mackoolら9)はヒト摘出眼球に幅C3.0Cmmもしくは3.5Cmm,トンネル長C1.0Cmm.3.5Cmm(0.5Cmm間隔)の角膜切開創を作製し外力を投じたところ,トンネル長C2.0Cmm以上で大きな耐性を示したと報告している.このように強角膜切開創であるか角膜切開創であるか,またトンネル長の違いによって術創の外力に対する抵抗性に差がみられるが,本症同様の白内障術後外傷性無虹彩症の既報において,筆者らが調べた限り,角膜切開創4,10,11)と強角膜切開創2,6,12)いずれの報告も同程度であった.以上より,切開創の大きさ,位置,術後経過期間による創の安定性と,鈍的外傷のエネルギーの大きさ,タイミングなど条件が揃うと外傷性無虹彩症に至ると考えられる.切開創が小さいほど術創の安定性は高く,術後経過期間が長くなるほど外力に対する抵抗性は増すと考えられるが,本症のように極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があり,その場合にはそれだけ高い眼内圧が生じていることを意味するため注意が必要である.本症例では外傷性無虹彩症をきたしたが,IOLの偏位や脱出はみられなかった.同様に自己閉鎖創白内障手術後にCIOLの偏位や脱出がみられなかった症例としては,筆者らが調べた限りC1997年にCNavoCn6)が報告した強角膜切開C5.5mm,術後C4カ月の症例が最初である.無虹彩症をきたすほどの衝撃が加わったにもかかわらず,IOLの偏位を生じず,水晶体.やCZinn小帯に損傷がみられなかった要因の一つには,前述の虹彩脱出のメカニズムからも推測されるとおり,角膜または強角膜切開創が衝撃による外圧を逃がすバルブの機能を果たすことがあげられる6,10)が,その他の要因としてCIOLの材質の関与が考えられる11).白内障術後鈍的外傷性無虹彩症の既報に,IOLが硝子体内へ落下し,その後網膜.離をきたした症例がある2).この症例で使用されていたCIOLは硬い素材のCpolyCmethylmethacrylate(PMMA)で,受傷時の衝撃を吸収できずに重症化した可能性が考えられている.術式の進化とともにCIOLの開発も進み,今ではCfoldableIOLが一般的に使用されている.小切開,極小切開創から安全に挿入できることをめざし開発されたCfoldableIOLであるが,その柔軟性により本症例でも受傷時の衝撃を吸収し,水晶体.やCZinn小帯の損傷を防ぐことができた可能性が考えられる.無虹彩症による羞明の対症療法として,わが国では遮光眼鏡,人工虹彩付きCSCLが推奨されている.現在わが国で唯一認可されている人工虹彩付きCSCLは,「シード虹彩付ソフト」(シード社)のみである13).このCSCLは現在主流のC1日交換型あるいは頻回交換型CSCLと異なり,使用後に適切な洗浄・消毒のケアが必要な従来型に分類される.5種類の虹彩デザイン(周辺透明部の有無,瞳孔の有無の組み合わせ)とC4色の虹彩色の全C19パターンから選択し,度数,虹彩径,瞳孔径,瞳孔色をオーダーして作製することができる.現物サンプルはあるがトライアルレンズはなく,購入後C1回限り交換可能となっている.羞明に対する処方の場合,薄い色では本症例のように透けて症状改善に至らないことがあり,その際は虹彩色の変更が望ましいと考える.シード虹彩付ソフトの素材はメタクリル酸C2-ヒドロキシエチル,通称ハイドロゲルであり,一般的な頻回交換型のCSCLに比べると酸素透過係数は低い.今後は基本的な眼科検査・診察に加え,SCLの装用状況やケアの適正性,SCLの状態やフィッティングを確認し,角膜上皮障害などCSCL装用に伴う合併症にも注意して経過観察していく必要があると考える.今回の症例はC2.4Cmmの極小切開で施行した白内障術後C1年C3カ月が経過していたが,鈍的外傷により創離解が生じた.その後切開創は自然閉鎖したが,無虹彩症をきたした.白内障手術の進歩に伴い,術創は狭小化し手術時間も短縮しているが,それゆえ患者の術後眼球保護に対する意識の低下が懸念される.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があることを認識し,患者の年齢,性格,生活環境などに応じて術後患者指導を行うことの重要性を再確認する必要がある.また,外傷性無虹彩症は小切開創で生じやすい可能性があり,症例の蓄積が重要と考える.文献1)三戸岡克哉:白内障手術法の進化.あたらしい眼科C26:C1009-1016,C20092)BallCJL,CMcLeodBK:TraumaticCwoundCdehiscenceCfol-lowingCcataractsurgery:aCthingCofCtheCpast?CEyeC15:C42-44,C20013)相馬利香,森田啓文,久保田敏昭ほか:高齢者における鈍的眼外傷の検討.臨眼C63:93-97,C20094)MikhailM,KoushanK,ShardaRetal:Traumaticanirid-iaCinCaCpseudophakicCpatientC6CyearsCfollowingCsurgery.CClinOphthalmolC6:237-241,C20125)矢部比呂夫:鈍的眼外傷.日本の眼科C68:1317-1320,C19976)NavonES:Expulsiveiridodialysis:AnCisolatedCinjuryCafterCphacoemulsi.cation.CJCCataractCRefractCSurgC23:C805-807,C19977)AllanB:Mechanismofirisprolapse:Aqualitativeanaly-sisCandCimplicationsCforCsurgicalCtechnique.CJCCataractCRefractSurgC21:182-186,C19958)ErnestCP,CTippermanCR,CEagleCRCetal:IsCthereCaCdi.e-renceCinCincisionChealingCbasedConClocation?CJCCataractCRefractSurgC24:482-486,C19989)MackoolCR,CRussellR:StrengthCofCclearCcornealCincisionsCinCcadaverCeyes.CJCCataractCRefractCSurgC22:721-725,C199610)BallJ,CaesarR,ChoudhuriD:Mysteryofthevanishingiris.JCataractRefractSurgC28:180-181,C200211)Muza.arCW,CO’Du.yD:TraumaticCaniridiaCinCaCpseudo-phakiceye.JCataractRefractSurgC32:361-362,C200612)三田覚,坂本拡之,堀貞夫:白内障術後外傷性無虹彩症のC1例.東女医大誌82:220-225,C201213)大口泰治:虹彩付ソフトコンタクトレンズによる羞明への対応.あたらしい眼科C38:775-782,C2021***