《原著》あたらしい眼科31(1):141.144,2014c遠視性不同視弱視眼に生じた片眼性の心因性視覚障害の1例溝部惠子小林史郎大塚斎史京都第二赤十字病院眼科CaseReportofUnilateralFunctionalVisualLossinHyperopicAnisometropicAmblyopiaKeikoMizobe,ShirohKobayasiandYosifumiOhtsukaDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital遠視性不同視弱視症例に生じた片眼性の心因性視覚障害を経験した.症例は13歳,女児.近医にて左眼不同視弱視に対して通院治療中であったが,左眼矯正視力は(1.2)と安定していた.中学1年の夏休み後より左眼霧視を自覚.近医にて左眼の著明な視力低下を指摘され,当院へ紹介された.初診時視力は右眼(2.0),左眼(0.01),器質的異常なくRAPD(相対的求心路瞳孔反応障害)(.)で脳MRI(磁気共鳴画像)にも異常なく,左眼にらせん状.求心性視野狭窄を認めた.中学入学後の環境変化による心因性視覚障害と診断し右眼遮閉による暗示治療を開始したところ,3カ月後には左眼視力は回復し視野も正常となった.両眼性の心因性視覚障害の自験例6例と本症例の発症要因や治癒期間を比較したが,特に相違を認めなかった.両眼性でなく片眼性の発症となった要因としては不同視弱視の既往が考えられた.Purpose:Toreportacaseofunilateralfunctionalvisuallossinhyperopicanisometropicamblyopia.Case:A13-year-oldfemale,successfullytreatedwithhyperopicanisometropicamblyopiainherlefteyewasreferredtoourhospitalforvisualdisturbance.Findings:Rightcorrectedvisualacuitywas2.0,leftwas0.01.Aspiralvisualfielddisturbancewasshowninherlefteye.Noorganicabnormalitywasfoundinhereyesorbrain.Unilateralfunctionalvisuallosswasdiagnosedandocclusiontherapywasinitiated.Fourmonthslater,thedisturbanceofvisualacuityandfieldhadrecoveredtonormal.Conclusion:Comparedthisunilateralcasewith6casesofbilateralfunctionalvisualloss,itrevealednodifferencesinthecauseofdisturbanceordurationoftherapy.Unilateraldisturbancemightbeduetopasthistoryofanisometropicamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):141.144,2014〕Keywords:心因性視覚障害,不同視弱視,片眼性視覚障害.functionalvisualloss,anisometropicamblyopia,unilateralvisualdisturbance.はじめに心因性視覚障害は,器質的障害では説明できない視覚障害のことであり,器質的障害を生じる心身症や現実適応不良の解離性障害や疾患逃避傾向の強い転換ヒステリーなどの精神科診断基準のいずれにもあてはまらない障害である.小学校低学年から高学年の女児に多く,初診時視力は0.1から0.5程度で,両眼性の障害が多いといわれている1,2).片眼性の心因性視覚障害の報告も少なくないが,外傷が契機となった症例が多い3,4).今回,外傷の既往なく,視力安定した不同視弱視症例の弱視眼に心因性視覚障害を発症した1例を経験した.両眼性の心因性視覚障害の自験例との相違を比較検討したので報告する.I症例患者:13歳,女児.6歳から左眼の遠視性不同視弱視に対して近医で眼鏡処方され治療を続けていた.経過は良好で,平成22年6月には右眼視力が1.2(1.2×+1.00D),左〔別刷請求先〕溝部惠子:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:KeikoMizobe,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)141眼視力が0.5(1.2×+4.50D(cyl.1.25DAx170°),と安定していた.しかし中学1年の夏休みが過ぎてから左眼の霞みを自覚し,平成22年10月初旬の受診時には左眼視力が0.01(0.01×+4.50D(cyl.1.25DAx170°)と著しい低下を示したため平成22年10月下旬に当科へ紹介された.当科初診時主訴:「左目に靄がかかる」,「体のバランスがとりにくくふらつく」,「走るとめまいがする」などであった.所見:右眼視力は遠見で2.0(2.0×+0.50D),近見では1.0,と良好であったが,左眼視力は遠見で0.01(0.01×+左眼4.50D(cyl.1.50DAx180°),近見も(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と,きわめて不良であった.所持眼鏡は右眼が+0.75D,左眼が+4.50D(cyl.1.25DAx180°で,検影法による屈折検査では右眼は+1.00D(cyl.0.25DAx90°,左眼は+4.00D(cyl.1.25DAx180°であり,所持眼鏡は適正であった.チトマスステレオテスト(TST)はfly(+),animal(3/3),circle(4/9)と比較的良好であった.相対的瞳孔求心路障害(RAPD)は陰性,眼位・眼球運動は正常で前眼部・眼底には異常を認めなかった.脳MRI(磁気共鳴画像)にても異常を認めなかった.Goldmann視野検査右眼図1初診時のGoldmann視野左が左眼,右は右眼の視野を示す.呈示イソプターは,左眼;V/4e,III/4e,II/4e,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1aである.右眼は正常だが左眼でらせん状から求心性狭窄を認める.左眼右眼図2遮閉治療開始約4カ月後の視野呈示イソプターは,左眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1e,I/1a,右眼;V/4e,I/4e,I/3e,I/2e,I/1eである.左眼視野も正常となった.142あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(142)では右眼視野は正常であったが,左眼視野にらせん状から求心性の狭窄を認めた(図1).経過:器質的異常を認めなかったこと,左眼視力がきわめて不良の割に近見立体視が良好であったこと,らせん状狭窄・求心性狭窄の視野の結果などから心因性視覚障害を疑った.心因性視覚障害の可能性があることを患者と母親に説明し,右眼遮閉訓練による視力向上を暗示し,親子での頻回通院を指示した.遮閉訓練は平成22年11月中旬から開始し可能な限りの施行を指示した結果,学校での終日遮閉が施行できた.遮閉治療開始約1カ月後の平成22年12月初旬の所見では,左眼の遠見視力は(0.08×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と改善はわずかであったが,近見視力は(1.0+4.50D(cyl.1.50DAx180°)と著明に回復した.TSTもfly(+),animal(3/3),circle(9/9)まで可能となった.平成23年3月下旬には左眼の遠見視力も(1.2×+4.50D(cyl.1.50DAx180°)に回復し,視野も図2に示すとおり正常に回復した.II考按1.両眼性心因性視覚障害症例との比較心因性視覚障害は両眼性障害が多いが,本症例のような片眼性障害に両眼性とは異なる特徴がないかを検討した.比較のため両眼性の心因性視覚障害6例の自験例について,発症年齢・視力・視野異常の有無・治療期間・発症要因などを調べた.両眼性心因性視覚障害6例の発症年齢と視野異常の有無・初診時視力などの内訳を表1に示す.初診時年齢は6歳が1例,7歳が5例ですべて女児であった.Goldmann視野検査は5例に施行できたが,すべてに求心性またはらせん状視野異常を認めた.初診時裸眼視力は0.1から0.4程度が多いといわれている1)が,当院の6例でも初診時裸眼視力は0.15から0.6程度であった.遠見視力と近見視力との乖離を認めたものが5例(近見視力不良が著明であったものは3例),同程度であったものが1例であった.レンズ中和法のトリック視力で視力向上を認めたものは3例であった.母とのスキンシップやコミュニケーション,だっこ点眼,母子での頻回通院などの治療により,症例6を除き全例3年以内(2.5カ月から3年)に治癒し視力(1.0)以上を得られた.心因性視覚障害の発症の要因としては,表1に示すように,母の仕事・父の不在・兄弟姉妹の世話・小学校入学や受験などさまざまであったが,家庭での父母との関わりの変化が要因として多く認められた.本症例では初診時裸眼視力が0.01と両眼性症例と比して低かったが,初診時裸眼視力が0.6程度の外傷性の片眼性心因性視覚障害の報告例もあるため5),片眼性だから視力低下が著明であったということではなく,長期間の不同視弱視治療の既往が視力値の低さに影響した可能性が考えられた.本症例の発症要因は中学入学による環境の変化であったが,母親とのコミュニケーション,母子での通院,健眼遮閉訓練と視力向上暗示などの治療により改善を得ることができたことは両眼性症例と同様であった.2.本症例の診断と発症機序心因性視覚障害は片眼性でも両眼性でもまずは器質的疾患の除外をしてから診断することが重要である.今回の症例では器質的異常を認めなかったが,遠視性不同視弱視を有していたため視力低下の原因として不同視弱視の弱視眼の視力再低下も考えられた.しかし,感受性期以降での不同視弱視眼の再視力低下例の報告6)では通院の断絶と眼鏡装用状態不良の状態に発生しており,日常生活での眼鏡装用状態は良好で定期通院も欠かさず治療はすでに安定期に入っていた本症例表1両眼性の心因性視覚障害自験例6例の内訳症例年齢(歳)らせん状視野求心性狭窄などの視野異常遠見裸眼視力遠見矯正視力近見視力心因性障害の要因・きっかけと考えられた事項最終受診時遠見矯正視力治癒期間右眼左眼右眼左眼右眼左眼右眼左眼16あり0.60.40.60.60.20.1次女の受験,4女の世話(4姉妹の3女)1.01.02年27あり0.150.20.50.50.030.03母仕事,父多忙,弟に手かかる一人で何でもこなしている学校での一年生の世話大変1.01.22.5カ月37不明0.40.30.50.60.40.5小5の兄の塾通いで母多忙母仕事,半年間の父の出張1.01.03カ月47あり0.30.30.50.40.090.2父の単身赴任,母仕事小学校入学,長女(妹有り)1.01.03年57あり0.20.150.70.40.40.3有名小学校入学大人びてしっかりした性格1.21.23年67あり0.150.150.40.30.60.5父の刑務所入所,母の留守多い兄に知的障害あり手間かかる0.30.2未(143)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014143では,弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかった.また,心因性視覚障害の診断に立体視検査も有用であるという報告7,8)があり,本症例にも立体視検査を施行したが,初診時に右眼視力(1.2)と左眼視力(0.08)という状態で立体視差140秒の立体視を認めた.片眼視力が(0.25)以下であると立体視は検出されにくいという報告9)や左右眼の視力差が3段階以上では高度な立体視を示しにくいという報告10)などと照合すると,きわめて視力差が大きい本症例の状態で得られた比較的良好な立体視の結果を説明しにくいと考えられた.さらには,視野検査においては心因性視覚障害にみられる典型的な視野障害であるらせん状・求心性狭窄を示した.治療の経過から弱視眼の視力再低下が生じたとは考えにくかったこと,視力の割には良好な立体視検査結果を得たこと,典型的な視野障害のパターンを示したこと,暗示治療により視力・視野・立体視のすべてが正常になったこと,などから本症例は片眼性の心因性視覚障害と診断してよいと考えた.本症例は中学入学後の生活環境変化がきっかけとなり心因性視覚障害が発症したと考えられたが,両眼性でなく片眼性であった理由としては不同視弱視の治療の既往が考えられた.片眼性心因性視覚障害は外傷を契機に発症したという報告が多いが3),外傷の既往のない場合では組織脆弱性の存在が症状発現の根拠として考えられている4).本症例では左眼弱視治療による左眼脆弱性の潜在的意識が心因反応として表現され,左眼にのみ症状が発生した可能性が考えられた.3.治療心因性視覚障害の治療については,児童精神科に委ねるまでには暗示療法11)やだっこ点眼12)が知られている.筆者らは今回示した学童期前半の両眼性症例に対してはだっこ点眼治療を適用したが,本症例に対しては中学生であり弱視訓練の既往もあったため,健眼遮閉訓練による視力向上を暗示した暗示療法を行った.心因性視覚障害は難治のものや再発するものも少なくないが,本症例は治療に速やかに反応した.学童期に訓練により弱視が治癒したという過去の記憶が今回の暗示療法をより効果的にしたのではないかと考えられた.4.まとめ心因性視覚障害は両眼性が多いが,片眼性に発症することもある.片眼性の場合は外傷を契機にすることが多いが,本症例のように外傷によらないこともある.外傷によらない片眼性心因性視覚障害の診断は困難なことがあり,特に多方面から慎重に行う必要がある.心因となる要因は片眼性と両眼性とでは相違なかったが,本症例は不同視弱視という既往症が片眼の脆弱性を意識させて片眼性発症につながったのではないかと考えられた.暗示療法により本症例は速やかに改善したが,一般に心因性視覚障害の根源となる心因は深く障害が難治となるものや再発するものも少なくないと考えられているため,長期に注意深く治療を続ける必要があると考える.文献1)山出新一:心因性視覚障害の臨床像眼科から見た特徴.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p3-12,19982)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,20003)山崎厚志,船田雅之,三木統夫ほか:片眼性心因性視覚障害の一例.眼科32:911-915,19904)中野朋子:ケースレポート片眼性の症例.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p181-185,19985)宮田真由美,勝海修,及川恵美ほか:眼球外傷後に片眼性の心因性視覚障害を呈した2症例.日本視能訓練士協会誌37:115-121,20086)村上順子,村田恭子,阿部孝助ほか:感受性期以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例.あたらしい眼科28:1783-1785,20117)古賀一興,平田憲,沖波聡:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:1195-1199,20088)BruceBB,NewmanNJ:Functionalvisualloss.NeurolClin28:789-802,20109)須藤真矢,渡邉香央里,小林薫ほか:不同視弱視症例における視力と立体視の関係.あたらしい眼科27:987-992,201010)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198511)八子恵子:治療の進めかた.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p121-126,199812)早川真人:だっこ点眼.八子恵子ほか(編):心因性視覚障害.中山書店,p146-152,1998***144あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(144)