《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):91.94,2023c網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を認めた非増殖糖尿病網膜症の1例伊藤駿平野隆雄知久喜明星山健村田敏規信州大学医学部眼科学教室CNon-ProliferativeDiabeticRetinopathywithTractionalRetinalDetachmentandRetinoschisisShunIto,TakaoHirano,YoshiakiChiku,KenHoshiyamaandToshinoriMurataCDepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:広角Cswept-source光干渉断層計(SS-OCT)にて周辺部に網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を確認できた非増殖糖尿病網膜症のC1例を経験したので報告する.症例:79歳,男性.遷延する左眼硝子体出血の加療目的にて信州大学附属病院眼科を紹介受診.初診時,矯正視力は右眼C0.7,左眼C10Ccm指数弁.右眼は毛細血管瘤のみを認める非増殖糖尿病網膜症であった.1回の撮影で水平断C23Cmmの範囲を取得可能な広角CSS-OCT(OCT-S1,キャノン)にて,眼底検査で確認困難であった丈の低い網膜.離が耳側周辺部で確認された.より周辺部を広角CSS-OCTで撮影すると網膜分離症と網膜.離が描出された.同部位では強い硝子体牽引を認め,ラスタースキャンでは網膜内層・外層に裂孔を認めなかったため,牽引性網膜.離に伴う網膜分離症と診断した.左眼の硝子体手術後に右眼への外科的手術介入について説明したが,本人が手術を希望しなかったため,病変部周辺に網膜光凝固を施行.2カ月後も網膜.離の進展は認めず,網膜下液の減少を広角CSS-OCTで観察可能であった.結論:非増殖糖尿病網膜症眼において続発性網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を認める症例を経験した.これらの病変の同定,治療後の経過観察に広角CSS-OCTは有用と考えられた.CPurpose:Toreportacaseofnon-proliferativediabeticretinopathy(NPDR)inwhichtractionalretinaldetach-mentCandCretinoschisisCwereCobservedCusingCwide-angleCswept-sourceCopticalCcoherencetomography(SS-OCT)C.CCase:ClinicalCexaminationCofCaC79-year-oldCmaleCwithCtypeC2CdiabetesCmellitusCandCpersistentCvitreousChemor-rhageinthelefteyerevealedNPDRwithmicroaneurysmsintherighteye.Wide-angleSS-OCT(OCT-S1;Can-on)imagingrevealedlowretinaldetachmentandmoreperipheralretinoschisisinthetemporalregion.Thepatientwasdiagnosedwithtractionalretinaldetachmentandsecondaryretinoschisisduetothevitreoustractionobservedatthesite,andtherasterscandidnotshowanytearsintheinnerorouterretinallayers.Afterperformingparsplanavitrectomyinthelefteye,retinalphotocoagulationwasperformedaroundthelesionintherighteyeduetotheCpatientCnotCwishingCtoCundergoCsurgicalCintervention.CTwoCmonthsClater,Cwide-angleCSS-OCTCshowedCnoCpro-gressionCofCretinalCdetachment,CandCsubretinalC.uidCdecreasedCoverCtime.CConclusion:Wide-angleCSS-OCTCwasCfoundusefulfortheevaluationofNPDRwithtractionalretinaldetachmentandsecondaryretinoschisisatbothpreandposttreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):91.94,2023〕Keywords:糖尿病網膜症,牽引性網膜.離,網膜分離症,広角スウェプトソース光干渉断層計.diabeticretinopa-thy,tractionalretinaldetachment,retinoschisis,wide-angleswept-sourceopticalcoherencetomography.Cはじめにの遺伝形式をとる先天性と,中年以降の網膜周辺部に生じる網膜分離症は感覚網膜がC2層に分離する疾患で,若年者の後天性に分類される1).後天性網膜分離症は成因が不明な点黄斑部および網膜周辺部に生じ,多くは伴性劣性(X-linked)が多く,臨床および病理組織学的検討から加齢による網膜周〔別刷請求先〕伊藤駿:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShunIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC図1初診時右眼の広角眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像a:広角眼底写真では点状・斑状の網膜出血を認める.カラーマップと比較すると,網膜肥厚部位の色調はやや暗く見える.Cb:黄斑部を通るCSD-OCT(6Cmm)水平断では異常所見を認めない.Cc:黄斑部を通るCSS-OCT(23Cmm)水平断では周辺部耳側に網膜.離(C.)を認める.d:OCTカラーマップでも周辺部耳側に網膜.離の影響と考えられる網膜厚の肥厚所見(.)を認める.図2左眼の広角眼底写真の継時的変化と超音波Bモード画像a:初診時の広角眼底写真.硝子体出血で眼底詳細不明である.Cb:初診時のCBモード.硝子体に絡まる出血を認め,網膜.離を認めない.Cc:硝子体術後C1カ月の広角眼底写真.汎網膜光凝固の瘢痕化を認めた.硝子体出血の誘因と考えられた網膜裂孔はC6時方向の網膜周辺部に認めた(眼底写真の範囲外).最終矯正視力はC0.7であった.辺部の類.胞変性が関与しているとされる.近視性牽引黄斑症や硝子体牽引症候群でみられるほか,増殖糖尿病網膜症や網膜.離に続発することも報告されている2).今回,筆者らは広角Cswept-source光干渉断層計(swept-sourceCopticalCcoherencetomography:SS-OCTであるOCT-S1,キャノン)を用い周辺部網膜の網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を同定し,さらには治療後の経過を評価可能であった非増殖糖尿病網膜症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者はC79歳,男性.20年来のC2型糖尿病で,直近のHbA1cはC6.2%とコントロール良好であったが定期的な眼科受診歴はなかった.左眼の視力低下を自覚し近医受診したところ,硝子体出血を指摘され,精査加療目的にて信州大学附属病院眼科に紹介受診となった.初診時視力は右眼C0.4(0.7×+3.50D),左眼C10cm指数弁(矯正不能).眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C14CmmHgであり,眼軸長は右眼C22.30Cmm,左眼C22.58Cmmと強度近視眼ではなかった.前眼部中間透光体には両眼ともCEmery-Little分類でCgrade2の白内障を認めるのみであった.右眼には毛細血管瘤が散在していて国際重症度分類で軽度非増殖糖尿病網膜症の状態であった(図1a).左眼は硝子体出血のため眼底透見不良であったが,超音波CBモードで明らかな網膜.離は確認できなかった(図2a,b).1カ月以上遷延する消退不良の硝子体出血に対し,本人の手術希望もあり,同意を得て左眼水晶体再建術,経毛様体扁平部C25ゲージ硝子体手術を施行した.術中,左眼眼底には点状,斑状出血を認めるが増殖性変化を認めず,中等度非増殖糖尿病網膜症であった.6時方向の網膜周辺部に網膜裂孔および破綻した架橋血管が確認され硝子体出血の原因と考えられた(図2c).糖尿病罹病期間がC20年間と長く,将来的に増殖性変化出現の可能性も図3初診時右眼のパノラマ写真と耳側の広角光干渉断層計(OCT)画像a:パノラマ写真では耳側に網膜.離(.)を確認できる.Cb:耳側を撮影したCSS-OCT水平断の拡大写真.牽引性網膜.離(C.)およびその直上,耳側に網膜分離症(C.)を認める.Cc:耳側のCOCTカラーマップでは局所的な網膜厚の肥厚所見()を認める.ラスタースキャンでは裂孔や外層孔,内層孔を認めない.d:23CmmC×20Cmmの広角COCTAで広範囲の無灌流領域や新生血管を認めない.否定できないため,術中,汎網膜光凝固を施行した.一方,後極を狙った広角CSS-OCTのルーチン撮影で,通常の眼底診察およびCspectral-domainOCT(SD-OCT)では検出されなかった丈の低い網膜.離を認めた(図1c,d).さらに耳側網膜を追加撮影したところ,後部硝子体.離は既完であり,耳側と.離部位上に網膜分離症が描出された(図3a,b,c)..離部位をCOCTラスタースキャンで細かく確認したが,内層・外層ともに裂孔は確認できず,牽引性網膜.離と続発性網膜分離症と診断した.なお,光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)では広範囲の無灌流領域や新生血管を認めず,非増殖糖尿病網膜症に矛盾しない所見であった(図3d).本人に病状を説明し,右眼の牽引性網膜.離に対する硝子体手術を提案したが,左眼の手術直後ということもありこの時点での積極的な手術は希望しなかった.初診時からC1カ月後,広角CSS-OCT所見でも右眼の牽引性網膜.離の進行は認められなかったが,硝子体による牽引は継続していた(図4a).牽引性網膜.離に対する治療として再度,硝子体手術,網膜光凝固術を提案したところ,網膜光凝固術を希望したため,.離が進行する場合は緊急で硝子体手術を行うことを詳細に説明し,同意を得たのちに,網膜.離周囲に網膜光凝固術を施行した(図4b).右眼網膜光凝固後C2カ月で網膜.離の進展を認めず,広角CSS-OCT所見では網膜下液の経時的な減少が確認できた(図4c).この時点で左眼視力は(0.7)まで改善を認めた.今後広角CSS-OCTも含め定期的な経過観察を行う予定である.CII考察増殖糖尿病網膜症眼における網膜分離症については多くの報告がなされている.正常眼と比較すると増殖糖尿病網膜症の硝子体液では凝固,補体,キニン-カリクレインシステムなど,癒着に関与する蛋白質が有意に高いこと3)や網膜新生血管を足がかりとして牽引性網膜.離が引き起こされる際に網膜分離症が併発するためと考えられている.一方で本症例.離部後極側中心窩図4右眼の病変部の継時的変化(SS-OCT水平断)a:初診時からC1カ月後.Cb:網膜光凝固直後.網膜.離の進行を認めず,鼻側に凝固斑を確認できる.検眼鏡で網膜分離症の部位にも凝固斑を確認できた.Cc:網膜光凝固C2カ月後.硝子体による牽引は持続しているが,網膜下液は減少しており,網膜.離の進行を認めない.は明らかな増殖性変化を伴わない非増殖糖尿病網膜症眼にもかかわらず,牽引性網膜.離に伴う網膜分離症が確認された.この理由を考察する.本症例では広角CSS-OCTにて病変部での後部硝子体皮質による網膜の牽引が確認できた(図3b).この牽引は網膜光凝固術後C2カ月後にも持続しており(図4c),強い網膜-硝子体の癒着が生じていたと推察する.健常人や網膜症のない糖尿病患者と比較すると,糖尿病網膜症患者では非増殖期においても後部硝子体の厚み,硝子体分離,網膜と硝子体の癒着など網膜硝子体界面の異常の割合が有意に増加することが知られている4).長期間の糖尿病罹患により網膜-硝子体の強い癒着が生じ,後部硝子体.離に伴って牽引性網膜.離および続発性網膜分離症が発生したと推察する.また,増殖糖尿病網膜症の病理組織学的研究報告中の牽引性網膜.離と網膜分離症を同一部位に認めた写真5)と,本症例の広角CSS-OCT画像を比較すると,その構造は非常に類似している.このことはこの考えを支持する.筆者らの調べた限り,非増殖糖尿病網膜症に伴う網膜分離症の報告は確認できなかった.この理由の一つとして,周辺部の限局的な網膜分離症は通常の眼底検査や従来のCOCT検査では描出困難なことが考えられる.本症例でも,初診時の通常の眼底検査や撮像範囲がC6CmmのCSD-OCT検査(図2a,b)では牽引性網膜.離,網膜分離症は同定できなかった.同一光源から発した二つの光の光路差から光干渉現象を利用することで非侵襲的に網脈絡膜の断層画像を取得可能な手法としてC1991年に初めて報告されたCOCTは,網脈絡膜疾患にとどまらず角膜疾患や緑内障疾患など多くの疾患の評価に用いられ,日常診療には欠かせない検査となっている6).しかし,既存のCOCTは撮像範囲が後極部に限定される機器が多く,網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症といった広く眼底に病変をもつ疾患の網膜断層や循環動態を全体的に評価することは困難であった.近年,SD-OCTよりも長波長の光源を用いたCSS-OCTの登場によりこの撮像範囲の問題は解決しつつある7).本症例においては最大撮像範囲の横径がC23Cmmの広角CSS-OCT装置であるCOCT-S1を用いることで,周辺部の限局した網膜.離と網膜分離症を同定することができた.OCT-S1では長波長のCsweptsource光源の特徴を生かし,網膜にとどまらず,脈絡膜から硝子体まで深さ方向に広い範囲の情報を取得できる.本症例でもこの特徴により網膜の状態だけではなく,網膜に対する硝子体の強い牽引も詳細に観察可能であった.今後,広角CSS-OCTによる周辺部の新たな知見の報告が期待される.次に本症例の治療について考察する.後天性網膜分離症の大部分は進行が緩徐であり,経過観察を選択することが多い.治療を考慮するものとして網膜内層孔・外層孔を生じ分離症の拡大,網膜.離への移行の可能性が高い場合があげられ1),広範な網膜.離を伴った場合には網膜光凝固のほかに硝子体手術を施行することが検討される8).本症例では牽引性網膜.離の範囲は限局的で,網膜分離症に内層孔・外層孔を認めなかった.僚眼の硝子体手術直後であり,患者自身が早急な硝子体手術を希望しなかったため,網膜光凝固を選択した.現在,光凝固後C2カ月が経過したが,網膜.離,網膜分離症の進行は認めていない.網膜分離症に対し網膜光凝固術を施行した箇所に裂孔原性網膜.離を発症した例もあり9),光凝固後も定期的な経過観察が必要と考えられた.また,網膜下液の吸収は緩徐で,増殖糖尿病網膜症による牽引性網膜.離の網膜下液の自然吸収には平均C57.5日かかることが報告されている10).本症例では広角CSS-OCTによる観察で網膜光凝固後の網膜下液の継時的な減少を評価することができた.広角CSS-OCTは眼底周辺部の局所的な牽引性網膜.離や続発性の網膜分離症などの網膜硝子体界面異常の同定や治療後の経過観察に有用であることが示唆された.文献1)ByerNE:Clinicalstudyofsenileretinoschisis.ArchOph-thalmolC79:36-44,C19682)BuchCH,CVindingCT,CNielsenNV:PrevalenceCandClong-termCnaturalCcourseCofCretinoschisisCamongCelderlyCindi-viduals:theCCopenhagenCCityCEyeCStudy.COphthalmologyC114:751-755,C20073)BalaiyaS,ZhouZ,ChalamKV:Characterizationofvitre-ousCandCaqueousCproteomeCinChumansCwithCproliferativeCdiabeticretinopathyanditsclinicalcorrelation.ProteomicsInsightsC8:1178641816686078,C20174)AdhiCM,CBadaroCE,CLiuCJJCetal:Three-dimensionalCenhancedimagingofvitreoretinalinterfaceindiabeticret-inopathyCusingCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomogra-phy.AmJOphthalmolC162:140-149,Ce1,C20165)FaulbornJ,ArdjomandN:Tractionalretinoschisisinpro-liferativeCdiabeticretinopathy:aChistopathologicalCstudy.CGraefesArchClinExpOphthalmolC238:40-44,C20006)HuangCD,CSwansonCEA,CLinCCPCetal:OpticalCcoherenceCtomography.ScienceC254:1178-1181,C19917)ChikuY,HiranoT,TakahashiYetal:EvaluatingposteC-riorCvitreousCdetachmentCbyCwide.eldC23-mmCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomographyCimagingCinChealthyCsubjects.SciRepC11:19754,C20218)GotzaridisEV,GeorgalasI,PetrouPetal:Surgicaltreat-mentCofCretinalCdetachmentCassociatedCwithCdegenerativeCretinoschisis.SeminOphthalmolC29:136-141,C20149)小林英則,白尾裕,浅井宏志ほか:引き抜き血管を伴う後極部外層裂孔による網状変性網膜分離症網膜.離に対する硝子体手術のC1例.あたらしい眼科16:873-877,C199910)貝田真美,池田恒彦,澤浩ほか:糖尿病牽引性網膜.離の網膜下液の自然吸収過程と性状に関する検討.眼紀C49:501-504,C1998***