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選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の1 年間の治療成績

2023年8月31日 木曜日

《第33回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科40(8):1093.1096,2023c選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の1年間の治療成績内匠哲郎*1,3井上賢治*1國松志保*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科COne-YearTreatmentOutcomesafterSelectiveLaserTrabeculoplastyTetsuroTakumi1,3)C,KenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の治療成績を検討した.対象および方法:SLTを施行したC199例199眼を対象とし,1年間の経過を調査した.病型は広義原発開放隅角緑内障C168眼,落屑緑内障C26眼などであった.術前平均投薬数はC4.5剤であった.術前と術C12カ月後までの眼圧を比較した.SLT後に薬剤変更,緑内障観血的手術施行,SLT再施行,眼圧下降率C20%未満がC3回続いた場合を死亡と定義し,生存率を検討した.術後の合併症を調査した.結果:眼圧は術前C19.9C±6.4CmmHg,術C6カ月後C15.5C±5.3CmmHg,術C12カ月後C15.5C±5.1CmmHgで有意に下降した(p<0.0001).生存率はC6カ月後C30%,12カ月後C24%だった.一過性眼圧上昇以外の合併症は認めなかった.結論:SLT施行後,眼圧は有意に低下したが,その効果は経過観察に伴い低下した.平均眼圧はC1年間で約C20%下降した.CPurpose:Toinvestigatethetreatmentoutcomesfor1yearafterselectivelasertrabeculoplasty(SLT)C.Meth-ods:InCthisCstudy,CweCinvestigatedCtheCtreatmentCoutcomesCinC199CeyesCofC199glaucomaCpatients(i.e.,Cprimaryopen-angleglaucoma:168eyes;exfoliationglaucoma:26eyes;othertypeglaucoma:5eyes)at6monthsand1yearCafterCSLT.CInCallCsubjects,CtheCaverageCnumberCofCglaucomaCmedicationsCusedCbeforeCSLTCwasC4.5,CandCweCcomparedIOPbeforeSLTandat6upto12-monthspostoperative.Thefailurecriteriawerechanged/addedmedi-cations,CglaucomaCsurgery,CandCre-operationCofCSLT,CandCtheCsurvivalCratesCandCcomplicationsCafterCSLTCwereCinvestigated.Results:MeanIOPatbaselineandat6-and12-monthspostoperativewas19.9±6.4CmmHg,15.5±5.3CmmHg,CandC15.5±5.1CmmHg,Crespectively(p<0.0001)C,CthusCshowingCaCsigni.cantCdecreaseCofCIOPCatC6CandC12CmonthsafterSLT.Thesurvivalrateat6-and12-monthspostoperativewas30%Cand24%,respectively,andnocomplicationsCotherCthanCtransientCincreasedCIOPCwereCobserved.CConclusion:AfterCSLT,CIOPCsigni.cantlyCdecreased,yetthee.ectdeclinedovertime,andmeanIOPdecreasedbyapproximately20%Cat1-yearpostopera-tive.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(8):1093.1096,C2023〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,眼圧,生存率,合併症,緑内障.selectivelasertrabeculoplasty,in-traocularpressure,survivalrate,complication,glaucoma.Cはじめに1979年にCWiseらは,隅角全周の線維柱帯色素帯にアルゴンレーザーを照射するレーザー線維柱帯形成術(argonClasertrabeculoplasty:ALT)によって眼圧下降が得られることを報告した1).ALTは線維柱帯構造全体に作用し,周辺虹彩前癒着が生じる,線維柱帯の器質的変化が生じ眼圧が上昇するなどの問題点がその後指摘された2,3).選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculo-plasty:SLT)は線維柱帯の有色素細胞を選択的に破砕し,線維柱帯細胞を活性化して房水流出を改善し眼圧を下降させる方法4)で,照射するエネルギー量が少なく,反復照射可能で合併症も少ないことから薬物療法と観血的治療の中間の治療として期待されている5.7).井上眼科病院(以下,当院)ではC2010年に菅原ら8)が〔別刷請求先〕内匠哲郎:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:TetsuroTakumi,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,CJAPANCSLTの治療成績を報告したが,症例数がC39例C47眼,経過観察期間が約C6カ月間であった.今回経過観察期間をより長期として,当院の治療成績を後ろ向きに検討した.CI対象および方法当院通院中の緑内障患者でC2019年C1月.2021年C3月にSLTを施行した199例199眼(男性97例97眼,女性102例C102眼)を対象とし,1年間の経過を調査した.年齢はC67.2±12.4歳(平均C±標準偏差),26.93歳であった.前投薬数は点眼薬と内服薬(内服薬は錠数にかかわらずC1剤とした)を合わせて,4.5C±1.1剤で,内訳は点眼薬・内服薬未使用1眼,1剤2眼,2剤9眼,3剤22眼,4剤52眼,5剤79眼,6剤C34眼であった.なお,アセタゾラミド内服を行っていた症例はC53例であった.術前CHumphrey視野中心30-2プログラムCSITA-standardのCmeandeviation(MD)値は.13.2±6.2CdB(C.28.58.1.01CdB)であった.異なる日に計測した連続する術前2回の眼圧の平均値はC19.9C±6.4mmHg(9.5.45.0CmmHg)であった.緑内障の病型は広義原発開放隅角緑内障(primaryCopenangleCglaucoma:POAG)168眼,落屑緑内障(exfoliationglaucoma:XFG)26眼,原発閉塞隅角緑内障(primaryCangleCclosureglaucoma:PACG)2眼,ステロイド緑内障C1眼,ステロイド以外の続発緑内障(secondaryCopenangleCglaucoma:SOAG)2眼であった.SLTの適応は点眼・内服治療を行っている,もしくは点眼・内服治療にアレルギーがあり使用できない患者(点眼薬・内服薬未使用)で,視野障害の進行を認め,さらなる眼圧下降が必要な患者とした.周辺虹彩前癒着などがあり,全周に十分照射できなかったと考えられる患者や,不慣れな術者のため通常以上の過剰照射を行ったと考えられる患者は除外した.SLT施行後からC12カ月後までの間の眼圧測定がC3回未満の症例は除外した.また,視野障害が進行しすでに中期.後期緑内障の患者,今後も進行が速いと予測される患者に対しては観血的手術の提案も行い,観血的治療およびSLTの有効性およびリスクに関し十分かつ丁寧に説明を行った.患者にはインフォームド・コンセントをとり,文書にて同意を得た.SLTのレーザー装置はエレックス社製タンゴオフサルミックレーザーを使用した.照射条件は,0.4CmJより開始し,気泡が生じる最小エネルギーとした.全例隅角全周に照射した.照射前と照射後にアプラクロニジン塩酸塩点眼薬を投与した.SLT施行後も点眼薬,内服薬は原則として継続使用とした.術前眼圧と術C1.2週間後,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後の眼圧を比較した.SLT後に薬剤の変更または投薬数を増加,緑内障観血的手術施行,SLTを再度施行,あるいは眼圧下降率C20%未満がC3回続いた場合を死亡と定義し,Kaplan-Meier法により生存率を検討した.また,SLTの治療成績に影響を与える因子(年齢,性別,術前眼圧,緑内障病型,術前投薬数)をCCox比例ハザードモデルを用いて検討した.調査期間内に両眼CSLTを施行した症例では,先にCSLTを施行した眼を解析した.SLT術前後の眼圧の比較にはCANOVA,Bonferroni/Dunn検定を用いた.統計学的検討における有意水準はCp<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得た.研究情報を院内掲示などで通知・公開し,研究対象者などが拒否できる機会を保障した.CII結果1照射エネルギーはC0.7C±0.2CmJ(0.4.1.1CmJ),照射数はC117.8±17.9発(88.199発)であった.術後眼圧の推移を図1に示す.術前眼圧(199眼)19.9C±6.4mmHgから1.2週間後(178眼)にはC18.4C±6.9CmmHg,1カ月後(78眼)にはC17.3±7.2mmHg,3カ月後(88眼)にはC15.4C±4.1CmmHg,6カ月後(61眼)にはC15.5C±5.3CmmHg,9カ月後(51眼)にはC15.1C±3.6mmHg,12カ月後(47眼)にはC15.5C±5.1CmmHgと,眼圧は術前と比較し,1.2週間後以外の各時点で有意に下降した(1カ月後Cp<0.05,3,6,9,12カ月後Cp<0.0001).Kaplan-Meier法による累積生存率はC6カ月後でC30%,12カ月後でC24%であった(図2).SLT6カ月後までに死亡した症例の内訳は,眼圧下降率C20%未満C84眼,薬剤追加または変更C24眼,緑内障観血的手術(線維柱帯切除術)28眼,SLT再施行C3眼であった.12カ月後までに死亡した症例の内訳は眼圧下降率C20%未満C89眼,薬剤追加または変更C28眼,緑内障観血的手術(線維柱帯切除術)30眼,SLT再施行4眼であった.SLT12カ月後の点眼薬・内服薬使用状況は,変更なしC44眼,SLT施行前より減少C3眼であった.また,生存した症例のC12カ月間の平均受診回数はC6.2C±1.9回であった.Cox比例ハザードモデルによる分析では,年齢,性別(女性を基準とする),術前眼圧,緑内障病型(POAGを基準とする),術前投薬数は治療成績に影響を与える有意な因子ではなかった(表1).SLT施行C1.2週間後にC5mmHg以上の眼圧上昇をC199眼中C12眼(6.0%)で認めたが,薬剤の変更・追加あるいは経過観察のみで下降を得た.その他に重篤な合併症を認めなかった.CIII考按本研究は術前点眼数がC4.5C±1.1剤と多剤併用症例(術前C4剤以上使用例がC82.9%)に対しCSLTを隅角全周に施行した結果である.同様に多剤併用例に対しCSLTの効果を報告したCMikiら9),齋藤ら10)の報告との比較を表2に示した.術30**p<0.00011**p<0.0525****.8****眼圧値(mmHg)累積生存率.6.4.20024681012時間(月)図2Kaplan-Meier法による累積生存率図1術後平均眼圧の推移表1SLTの治療成績に影響を与える因子ハザード比95%信頼区間p値性別(女性を基準とする)C0.8790.656.C1.178C0.3876年齢C0.9970.986.C1.009C0.6421術前投薬数C1.0310.900.C1.181C0.6637術前眼圧C0.9950.968.C1.023C0.7276緑内障病型(広義原発開放隅角緑内障を基準とする)落屑緑内障C0.9150.200.C3.831C0.6947原発閉塞隅角緑内障C0.6530.157.C2.716C0.5578ステロイド緑内障C0.4730.061.C3.647C0.4725ステロイド以外の続発緑内障C1.1430.261.C5.007C0.8590表2術前多剤使用例に対するSLTの成績MikiAら9)齋藤ら10)本研究症例数75眼34眼199眼術前眼圧C薬剤数C23.9±6.2CmmHgC3.4±1.3剤C20.9±3.4CmmHgC3.5±0.7剤(3.C5剤)C19.9±6.4CmmHg4.5±1.1剤(0.C6剤)照射範囲全周半周全周死亡定義下降率C20%未満光覚喪失SLT再施行緑内障観血的手術Out.owpressure下降率C20%未満投薬数増加SLT再施行緑内障観血的手術下降率C20%未満投薬変更/増加SLT再施行緑内障観血的手術生存率(1C2カ月後)14.2%23.2%24%前薬剤数は本研究がもっとも多く,Mikiらの報告9)では続発緑内障が約C3割含まれ本研究と患者背景が異なるため術前眼圧がやや高いこと,齋藤らの報告10)では術前眼圧は本研究と同程度であるが照射範囲が隅角半周であること,また両報告とも死亡定義が一部異なるといった違いがあるが,生存率は本研究とほぼ同等であった.Mikiらの報告9)ではSOAGやCXFGよりCPOAGで成功率が高い傾向と,術前点眼数が増えると成功率が下がる傾向を指摘している.齋藤らの報告10)では過去の報告とのCSLT治療成績を比較しており,隅角半周照射の報告ではあるものの,術前投薬数が少ないほど眼圧下降率は良好なものが多かった.新田ら11)は正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としてのCSLTの有用性を報告しており,また近年,未治療の緑内障に対する初期治療としてのCSLTの成績が海外からも報告され7),薬剤数が少ないほどCSLT後の眼圧下降率,生存率が良好という報告が多い7,11).本研究でも治療成績に影響を与える因子を検討したがいずれも有意ではなかった.その理由は不明であり,本研究からはCSLTがどのような症例に有効かを証明できなかった.本研究ではCSLT後に重篤な合併症を認めなかったものの,SLT施行C1.2週間後にC5CmmHg以上の眼圧上昇をC6.0%で認めた.一過性の眼圧上昇はC4.27%と報告されている12).本研究で一過性の眼圧上昇を認めたC12眼のうち,広義POAGが8眼(POAG全168眼のうち4.8%),XFGが4眼(XFG全C26眼のうちC15.4%)と割合としてはCXFGのほうが多かった.POAGとCXFGに対するCSLTの治療成績を直接比較した報告では,早期眼圧上昇や術後炎症の割合は有意差がなかったが13),XFGに対するCSLT後の眼圧上昇に対し観血的手術を要した報告も存在する12).また,隅角色素沈着が高度な例での眼圧上昇が報告されており12),XFGに対するSLTでは,色素沈着の程度に応じ照射パワーを調整する,術後経過観察を頻回に行うなどしてより注意する必要があると考えられた.本研究の限界として,後ろ向き研究であること,全例で未治療時のベースライン眼圧を把握できていないこと,そのため狭義CPOAGおよび正常眼圧緑内障とに区別できなかったこと,正常眼圧緑内障単独では治療成績を検討できていないこと,複数の医師がCSLTを行い症例選択や治療プロトコールが厳密に決定されていないことなどがあげられる.また,眼圧は各観察ポイントを設定したが,観察ポイントに来院していない症例ではそのポイントの眼圧値のデータが欠損となった.たとえばC12カ月後では,生存しているが眼圧値がない症例がC2眼であった.12カ月後に薬剤変更のため死亡したC1例は眼圧値があるので合計C47眼で眼圧を検討した.本研究では多剤併用緑内障症例に対するCSLTの術後C1年間の成績を報告した.平均眼圧は術後C6カ月およびC1年で約20%下降を認めた.一過性の眼圧上昇以外の重篤な合併症を認めなかったことおよび入院を要さない治療であることから,事前の十分な説明のもと,施行を考えてよい治療法と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WiseCJB,CWitterSL:ArgonClaserCtherapyCforCopen-angleglaucoma:ACpilotCstudy.CArchCOphthalmolC97:319-322,C19792)HoskinsCHDCJr,CHetheringtonCJCJr,CMincklerCDSCetal:CComplicationsCofClaserCtrabeculoplasty.COphthalmologyC90:796-799,C19833)LeveneR:MajorCearlyCcomplicationsCofClaserCtrabeculo-plasty.OphthalmicSurgC14:947-953,C19834)LatinaCMA,CParkC:SelectiveCtargetingCofClaserCmesh-workcells:invitroCstudiesofpulsedandCWlaserinter-actions.ExpEyeResC60:359-371,C19955)KramerTR,NoeckerRJ:ComparisonofthemorphologicchangesCafterCselectiveClaserCtrabeculoplastyCandCargonClaserCtrabeculoplastyCinChumanCeyeCbankCeyes.COphthal-mologyC108:773-779,C20016)LatinaCMA,CSibayanCSA,CShinCDHCetal:Q-switchedC532CnmNd:YAGClasertrabeculoplasty(selectiveClasertrabeculoplasty):aCmulticenter,Cpilot,CclinicalCstudy.COph-thalmologyC105:2082-2088,C19987)GazzardG,KonstantakopoulouE,Garway-HeathDetal:CSelectivelasertrabeculoplastyversuseyedropsfor.rst-lineCtreatmentCofCocularChypertensionCandCglaucoma(LiGHT):amulticentrerandomisedcontrolledtrial.Lan-cetC393:1505-1516,C20198)菅原道孝,井上賢治,若倉雅登ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科C27:835-838,C20109)MikiA,KawashimaR,UsuiSetal:TreatmentoutcomesandCprognosticCfactorsCofCselectiveClaserCtrabeculoplastyCforCopen-angleCglaucomaCreceivingCmaximal-tolerableCmedicaltherapy.JGlaucomaC25:785-789,C201610)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌C111:953-958,C200711)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日眼会誌C117:335-343,C201312)BettisCDI,CWhiteheadCJJ,CFarhiCPCetal:IntraocularCpres-surespikeandcornealdecompensationfollowingselectivelasertrabeculoplastyinpatientswithexfoliationglaucoma.CJGlaucomaC25:e433-e437,C201613)KaraCN,CAltanCC,CYukselCKCetal:ComparisonCofCtheCe.cacyCandCsafetyCofCselectiveClaserCtrabeculoplastyCinCcaseswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfo-liativeglaucoma.KaohsiungJMedSciC29:500-504,C2013***

落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1276.1280,2012c落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績竹下弘伸山本佳乃越山健山川良治久留米大学医学部眼科学講座SurgicalOutcomeofRepeatTrabeculotomyforExfoliationGlaucomaHironobuTakeshita,YoshinoYamamoto,TakeshiKoshiyamaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:落屑緑内障に対する線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)後の眼圧上昇に対し再度LOTを施行した症例について検討した.対象および方法:落屑緑内障に対し初回LOTを施行した285眼のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)を対象とした.初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再LOTは,初回LOT後に少なくとも1年以上眼圧下降効果が得られていた症例に行った.結果:再LOT後の眼圧および薬剤スコアは,術前と比較して有意に下降した(p<0.05).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率(18カ月)は76.2%であった.追加処置が必要であった合併症は1眼のみであった.結論:落屑緑内障において初回LOT後の再LOTは,重篤な合併症はみられず眼圧下降が得られたPurpose:Toevaluatethesurgicaloutcomeofrepeattrabeculotomy(LOT)forexfoliationglaucoma.Methods:InitialLOTwasperformedin285eyes,ofwhich26eyes(24cases)requiredrepeatLOT.AverageperiodbetweeninitialandrepeatLOTwas49.7±27.7months;follow-upperiodwas19.8±22.5months.Intraocularpressure(IOP)hadbeencontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT.Results:IOPandmedicationscoreafterrepeatLOTdecreasedsignificantlycomparedwithbeforesurgery(p<0.05).Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthesuccessrate(IOP≦20mmHg)at18monthstobe76.2%.Oneeyehadacomplicationrequiringadditionalprocedure.Conclusions:Inexfoliationglaucoma,withIOPcontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT,repeatLOThadIOP-loweringeffectwithoutseriouscomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1276.1280,2012〕Keywords:落屑緑内障,線維柱帯切開術,再手術,眼圧,生存率.exfoliationglaucoma,trabeculotomy,repeattrabeculotomy,intraocularpressure,survivalrate.はじめに落屑緑内障は,高齢者に多く,発見時すでに高眼圧と進行した視機能障害を有する症例が多いとされており,治療に関しても薬剤抵抗性で外科的な治療を必要とすることが多く,予後不良の症例も少なくない1).落屑緑内障に対する初回手術として線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)が有効であることは多数報告されており2.4),当院においても落屑緑内障に対する初回手術はLOTを標準術式としている.しかし,本疾患に有効とされているLOT後の成績も長期経過では眼圧下降効果は減弱し眼圧コントロールが再度不良となってくることがあり,再手術が必要となった場合,術式選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回手術としてLOT(単独手術もしくは白内障同時手術)の落屑緑内障に対し再手術として再度LOT(単独手術もしくは白内障同時手術)を施行した症例の術後成績をretrospectiveに検討した.I対象および方法対象は1999年2月から2009年12月までに,落屑緑内障に対し初回LOTを行った285眼(白内障同時手術165眼,LOT単独120眼)のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)である.男性14例15眼,女性10例〔別刷請求先〕竹下弘伸:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HironobuTakeshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN127612761276あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(100)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 11眼,再LOT時の平均年齢は73.1±9.1歳,初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再手術時の再LOTの選択基準は,初回LOT後に少なくとも1年以上,緑内障点眼薬の使用を含め眼圧20mmHg以下にコントロールされていたが,その後に眼圧が21mmHg以上に再上昇した場合を再LOTの適応とした.なお,急激な視野狭窄の進行を認めていた場合には線維柱帯切除術(trabeculectomy:LECT)を行った.初回手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行し,再手術としてLOT単独手術を施行したものをA群,すでに白内障手術後で初回LOTを単独で施行し,再手術として再度LOT単独手術を施行したものをB群,初回手術としてLOTを単独で施行し,再手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行したものをC群とした.A群11眼,B群7眼,C群8眼であった.対象の内訳を表1に示し,対象の背景を表2に示す.平均年齢はA群,B群に比べC群で有意に若かっ表1対象の内訳既往手術初回LOT再LOTA群─LOT+PEA+IOLLOT単独B群PEA+IOLLOT単独LOT単独C群─LOT単独LOT+PEA+IOLLOT:線維柱帯切開術,PEA+IOL:超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.た(p<0.05).症例数,再LOTまでの期間,術後観察期間は各群に有意差はなかった.手術方法は,初回LOTを白内障同時手術で同一創より施行した症例では,再手術として耳側もしくは鼻側の下方象限よりLOTを施行した.初回LOTを下方象限より施行した症例では,その対側の下方象限より再LOTを施行した.なお,白内障同時手術では超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を角膜切開で行い,LOTにおいてはsinusotomyおよびdeepsclerectomyの両方またはいずれかを併用した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,流出路障害を起こさないように,術創を避ける方向に側臥位をとらせた.検討項目は再LOT後の眼圧経過,薬剤スコア,生存率,合併症,視力,湖崎分類での視野の経過を検討した.薬剤スコアは緑内障点眼1剤を1点,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を2点と換算した.生存率はKaplan-Meier生命表法を用い,2回連続で眼圧が20mmHgを超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加した時点,再手術を追加した時点を死亡と定義した.II結果再LOT前後の全体における眼圧経過を図1に示す.再LOT前の平均眼圧は,28.1±5.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,術後24カ月まで有意な眼圧下降していた表2対象の背景全体A群B群C群眼数平均年齢(歳)再LOTまでの期間(月)観察期間(月)2673.1±9.149.7±27.719.8±17.81177.3±4.859.0±32.719.8±22.5775.6±9.942.0±23.514.8±7.1865.1±8.3*43.7±22.724.2±17.7*p<0.05(Mann-Whitney検定).4035302520151050術前13******眼圧(mmHg)n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26術前136121824眼圧(mmHg):A群:B群:C群*********40353025201510506121824観察期間(月)観察期間(月)図1眼圧経過(全体)図2眼圧経過(群別)術後24カ月まで眼圧は有意に下降した(Wilcoxonsigned-A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下降ranktest:p<0.05).していた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121277 76543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群7654321076543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群76543210術前136121824術前1361218観察期間(月)観察期間(月)図3薬剤スコア(全体)図4薬剤スコア(群別)平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少をA群およびC群では経過中再LOT前と比較して有意に減少し認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).ていた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった.10076.2%A群100%C群83%B群43%10080生存率(%)8060生存率(%)60404020006121824観察期間(月)図5生存率(全体)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で76.2%であった.(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).再LOT前後の群別における眼圧経過を図2に示す.再LOT前の全体における平均眼圧は,A群29.6±6.5mmHg,B群28.1±2.4mmHg,C群26.0±6.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下20006121824観察期間(月)図6生存率(群別)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点でA群100%,B群43%,C群83%であった.1.0降していた(p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった(図2).再LOT前の全体における平均薬剤スコアは4.7±1.1点で最終視力0.1あり,再LOT後の平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少を認めた(p<0.05)(図3).再LOT前の各群における平均薬剤スコアは,A群4.4±1.1点,B群5.2±0.9点,C群4.3±1.0点であった.3カ月時点でA群およびC群では1点前後に減少し,その後両群とも徐々に増加する傾向がみられたが,経過中の薬剤スコアは再LOT前と比較して有意に減少していた(p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった(図4).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で全体76.2%(図5),A群100%,B群43%,C群83%(図6)であった.1278あたらしい眼科Vol.29,No.9,20120.01光覚弁0.010.11.0術前視力図7視力経過術前と最終視力を比較して2段階以上視力が低下したのは2眼(7.7%)であった.術中・術後合併症は,1週間以上遷延した前房出血を2眼に認めた.また,Descemet膜.離を1眼,4mmHg以下の低眼圧を2眼,トラベクロトームの早期穿破を1眼に認め(102) 最終視IaIbIIaIIbIIIaIIIbIVVaVbVbVaIVIIIbIIIaIIbIIaIbIa術前視野図8視野経過湖崎分類による術前と最終視野を比較して視野狭窄が進行したのは5眼(19%)であった.た.追加処置が必要であった合併症は,前房出血の遷延に対し前房洗浄を要した1眼のみであった.再LOTの術前と最終視力の経過を図7に示す.術前と比較して2段階以上視力が低下した症例は2眼(7.7%)あり,その原因は視野狭窄の進行と考えられた.再LOTの術前と最終視野を図8に示す.再LOT前後の視野は,5眼(19%)に視野狭窄が進行した.そのうち2眼は視力低下した症例と一致しており末期緑内障の進行によるものであった.III考察落屑緑内障に対するLOTの有効性と安全性については,すでに多くの報告4,5)があり,当院でも初回手術は下方からのLOTを第一選択としていることが多い.LOTの術後眼圧は,10mmHg台後半に落ち着くことが多いとされて2,4.6)おり,緑内障点眼薬を併用しても眼圧値が20mmHg未満の5年生存率は65.73.5%であると報告されている4,5,7).しかし,再手術が必要となったときは,術式の選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回LOT後の再LOTの術後成績の検討を行った.禰津ら3)は再度LOTを施行する有効性について,初回LOTで眼圧コントロールの改善が得られた症例では再度眼圧コントロールが得られるとしている.しかし,初回LOT無効例においてはSchlemm管以後の生理的な流出路が何らかの原因により廃用性に機能を失っている可能性があり,その場合は他の術式に頼らざるをえないと述べている.落屑緑内障に対する初回LOT後の再LOTの報告として福本ら7)は,落屑緑内障に対し初回LOT後に1年以上にわたって眼圧下降が得られていた症例に対しては再度LOTが有効であるとしている.再手術としてLOT単独とLOT併用白内障手術を比較した場合,LOT併用白内障手術(103)のほうが眼圧,生存率,点眼スコアは良好であったと報告している.今回の検討では,眼圧コントロールについて,眼圧値は24カ月時点において術前と比較し有意に眼圧下降しており,20mmHg未満の生存率は18カ月時点で76.2%と良好な結果が得られ,同様な結果であった.落屑緑内障の眼圧上昇の機序について伊藤ら8),猪俣ら9)は,まず線維柱帯内皮細胞の変性が起こり,線維柱層板肥厚と,線維柱帯間隙の狭窄または閉塞,線維柱帯における落屑物質の形成貯留,さらに虹彩色素上皮などの変性により形成された落屑物質や遊離した色素上皮顆粒,それらを貪食したマクロファージなどが狭くなった線維柱帯間隙に貯留することなどの機序が重なって房水流出抵抗が増大し発生すると述べている.隅角で局所産生された落屑物質が傍Schlemm管結合組織内に集積し,その結果同部とSchlemm管の変性が起こり,房水流出抵抗の増大とそれに続く眼圧上昇をきたすと報告されている1,10).今回,対象を既往手術,手術の順番で群分けし検討を行った.白内障手術既往眼に初回LOTを行い,眼圧が再上昇し再度LOTを行ったB群においては有意に眼圧下降効果が不良であった.B群は白内障手術既往眼で再LOT時すでに3回目の手術となり,他群より1回多く手術による炎症を受けている.落屑症候群を伴う眼では,白内障手術後にも落屑物質が産生される11)ことがいわれており,白内障手術による炎症の既往による変化と落屑物質の線維柱帯への蓄積が房水流出障害を起こし,LOTの再手術の眼圧下降効果を減弱させている可能性があると推測した.しかし,各群の症例数は少なく経過観察期間も短いため,既往手術と手術の順番が手術成績に関連があるかについては,今後も症例数を増やし長期的に検討を要すると考えられた.再LOT後の視力,視野経過については,視力低下が2眼(7.7%),視野進行が5眼(19%)に認められた.寺内ら12)は,LOT後の視力低下は12.2%に認められ,その原因は視野進行に伴うものであり,このうち白内障の進行による8.2%は白内障手術によって改善したと報告している.当院における再LOT後の視力低下は,全症例が眼内レンズ挿入眼であるため白内障進行による視力低下はなく,再LOT前に湖崎分類Ⅳ期の症例が再LOT後に湖崎分類Vb期に進行し,いずれも視野狭窄の進行に伴うものであった.視野狭窄が進行した5眼(19%)は,いずれも湖崎分類IIIa期以上の症例であった.このうち3眼(12%)は再LOT後の眼圧が18mmHg以下でコントロールされていたものの視野狭窄が進行していた.そのため術後の経過観察を行ううえでは,視野の進行度を考慮した目標眼圧を設定しコントロールすることが重要であると考えられた.再手術の術式選択においても目標眼圧がlow-teensである場合,LOTにおける眼圧下降には限界があるとも考えられる.しかし,再度LOTを選択すあたらしい眼科Vol.29,No.9,20121279 るかLECTを選択するかは,視野の進行度や年齢,生活スタイル,全身状態,キャラクターなど症例個々の背景により異なるため,単純に答えは見いだせない.今回の検討から,LOTではLECTでみられるような重篤な合併症13)はみられず,術後管理が容易である点,初回LOTの対側下方から再LOTを行うことで上方結膜を温存する点からも,少なくとも初回LOT後に1年以上眼圧下降効果が得られ視野も進行していない症例に対しては,再度下方からLOTを選択してよいと考えられた.今後も症例数を増やし長期的に検討していきたいと考えている.文献1)布田龍佑:落屑緑内障.眼科手術19:291-295,20062)松村美代,永田誠,池田定嗣ほか:水晶体偽落屑症候群に伴う開放隅角緑内障に対するトラベクロトミーの有効性と術後の眼圧値.あたらしい眼科9:817-820,19923)禰津直久,寺内博夫,沖波聡ほか:トラベクロトミー複数回手術例の経過.眼臨80:499-501,19864)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19935)稲谷大:線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20086)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20087)福本敦子,後藤恭孝,黒田真一郎ほか:落屑緑内障に対するトラベクロトミー後の再手術の検討.眼科手術22:525528,20098)伊藤憲孝,猪俣孟:緑内障を伴う落屑症候群の隅角および虹彩の病理組織学的研究.日眼会誌89:838-849,19859)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48:245-252,199410)Schlozter-SchrehardtU,NaumannGOH:落屑症候群形態学および合併症.NaumannGOHed:眼病理学II,p13531404,シュプリンガー・フェアラーク東京,199711)名和良晃,辰巳晃子,山本浩司ほか:落屑症候群での超音波乳化吸引術後の落屑物質産生の組織学的観察.臨眼51:1393-1396,199712)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyProspectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,200013)宮田博,市川有穂,杉坂英子:落屑緑内障に対するトラべクレクトミーの手術成績.あたらしい眼科24:952-954,2007***1280あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(104)