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甲状腺眼症に併発した緑内障に対しTrabeculotomyを施行した2例

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(117)8410910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):841844,2009cはじめに甲状腺眼症(thyroid-associatedophthalmopachy:TAO)に伴う緑内障では,眼窩内圧上昇に基づく上強膜静脈圧上昇に起因して眼圧上昇がもたらされると考えられている1).一般的には本症例に対する降圧手術としては眼窩減圧術2)や濾過手術3)が有用と考えられているものの,文献的に調べた限りでは眼窩減圧術に関する論文3件のみ46)である.今回筆者らはTAOに伴う緑内障患者2名に対し,初回手術でtrabeculotomy(LOT)を施行し,1例は良好な眼圧低下が得られたものの,もう1例は眼圧下降にtrabeculecto-my(LEC)の追加手術を要した症例を経験し,本症に対する緑内障手術の効果について若干の考察を加えて報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.TAOの精査加療目的に近医より2002年5月10日当科紹介初診.2002年ステロイドパルス療法(1クール;ソルメドロールR1,000mg×3日間)を3クール行い,2004年にはステロイドの内服が終了し,外来定期通院をしていた.ステロイドパルスおよび内服中に眼圧上昇は認められなかった.ス〔別刷請求先〕渡部恵:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MegumiWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedcine,S1W16,Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN甲状腺眼症に併発した緑内障に対しTrabeculotomyを施行した2例渡部恵鶴田みどり松尾祥代稲富周一郎田中祥恵大黒幾代大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座TwoCasesofGlaucomaAssociatedwithThyroid-AssociatedOphthalmopathyInitiallyTreatedbyTrabeculotomyMegumiWatanabe,MidoriTsuruta,SachiyoMatsuo,ShuichiroInatomi,SachieTanaka,IkuyoOhguroandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:甲状腺眼症に伴う緑内障に対してtrabeculotomyを施行した2症例の報告.症例:症例1;29歳,女性.甲状腺眼症でステロイドパルス療法3年経過後から眼圧上昇,緑内障性視神経障害が進行し,trabeculotomyを施行後は右眼は43mmHgから15mmHgへ,左眼は24mmHgから15mmHgへ眼圧下降した.症例2;32歳,女性.Base-dow病の診断で9年後から眼圧コントロール不良のため,trabeculotomyを施行したが,約3カ月後に眼圧再上昇し,trabeculectomyを行った.結論:甲状腺眼症に伴う緑内障に対して,trabeculotomyが有効な症例があり,初回手術として選択肢となると思われた.Purpose:Wereporttwocasesofglaucomaassociatedwiththyroid-associatedophthalmopathy(TAO)thatwereinitiallytreatedbytrabeculotomy.Cases1,a29-year-oldfemale,hadreceivedsteroidtherapyforTAO.Threeyearslater,glaucomatousopticneuropathydeveloped.Herintraocularpressure(IOP)wassuccessfullycon-trolledbytrabeculotomy.InCase2,a32-year-oldfemalewithglaucomaassociatedwithTAO,glaucomatousopticneuropathyhadworsenedoveraperiodof9years.ToachievesuitableIOPcontrol,initialtrabeculotomywasinsaggingandtrabeculectomywasrequired.Trabeculotomymaybeasuitableinitialsurgeryforglaucomaassociat-edwiththyroidassociatedophthalmopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):841844,2009〕Keywords:甲状腺眼症,緑内障,トラベクロトミー,トラベクレクトミー.thyroid-associatedophthalmopathy,glaucoma,trabeculotomy,trabeculectomy.———————————————————————-Page2842あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(118)テロイド治療終了後も眼圧上昇がなかった.2005年より眼圧上昇,緑内障性視神経障害が進行し,点眼3剤でも眼圧コントロールが不良となり,手術目的で2006年10月10日入院した.当院緑内障専門外来初診時視力は右眼(0.8×8.0D(cyl1.0DAx5°),左眼(0.8×7.0D(cyl2.25DAx180°),眼圧はラタノプロスト,1%ドルゾラミドの点眼下で右眼43mmHg,左眼24mmHgであった.眼球突出は右眼21mm,左眼19mm,眼球運動も正常でTAOの活動性はなかった.前眼部および水晶体に異常はなく,隅角所見は両眼Shaer4,眼底は右眼C/D比(陥凹乳頭比)0.8,左眼C/D比0.7であった.視野はAulhorn分類Grave変法で右眼stageIII,左眼stageIIであった(図1).治療経過を図2に示す.2006年10月13日に右眼LOT,10月30日に左眼LOTを施行した.退院時は両眼とも2%ピロカルピン点眼下で15mmHgであった.術後6カ月目頃より右眼の眼圧上昇傾向が認められたため,チモロールおよびラタノプロストを追加し,術後1年半経過した時点で眼圧は両眼とも15mmHg前後と安定しており,視野進行も認められていない.〔症例2〕32歳,女性.1995年よりBasedow病の診断を受けていたが,Basedow病に対する治療は特にされていなかった.2004年近医眼科初診で眼圧は右眼30mmHg,左眼38mmHgでチモロール,1%ドルゾラミド,ラタノプロストが処方されたが,薬剤抵抗性で眼圧上昇,緑内障性視神経障害が進行したため,手術目的で2007年10月30日当科紹介初診となった.当科初診時では,視力は右眼(0.4×11.0D(cyl1.0DAx120°),左眼(0.1×12.0D),眼圧はラタノプロスト,ブリンゾラミド,チモロール,ブナゾシンの点眼下で右眼22mmHg,左眼25mmHgであった.眼球突出は右眼21mm,左眼21mm,眼球運動は正常で前眼部および水晶体も異常を認めなかった.隅角所見は両眼Shaer4で,眼底は右眼C/D比0.8,左眼C/D比0.9,視野はAulhorn分類Grave変法で右眼stageII,左眼stageVであった(図3).治療経過を図4に示す.同年12月3日に左眼,12月10日に右眼のLOTを施行した.退院時の眼圧はチモロール,1%ドルゾラミド,2%ピロカルピン点眼およびアセタゾラミド(250mg)1錠内服下で両眼19mmHgであった.術後2図1症例1のHumphrey視野(302)Aulhorn分類Grave変法で右眼(左図)はstageIII,左眼(右図)はstageIIであった.05101520253035404550眼圧(mmHg):右眼:左眼チモロールラタノプロスト18カ月15カ月12カ月9カ月6カ月3カ月1カ月退院時手術後初診時図2症例2の眼圧経過右眼43mmHg,左眼24mmHgから,LOT施行後の退院時では両眼とも15mmHgへ下降,術後6カ月頃より眼圧上昇傾向が認められたので,右眼のみチモロールを術後7カ月目,ラタノプロストを8カ月目に追加している.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009843(119)カ月後頃より眼圧上昇傾向を認め,fullmedicationでも眼圧が右眼16mmHg,左眼32mmHgとコントロール不良であったため,再入院し,2008年3月26日に左眼,4月16日に右眼のLEC(マイトマイシンC併用)を行った.退院時眼圧は2%ピロカルピン点眼下で右眼5mmHg,左眼6mmHgであり,LEC術後半年経過した時点でnomedicationで5mmHg程度を維持している.II考按TAOの緑内障合併率はKalmannらの0.8%という海外の報告7)に対し,わが国では6.5%と一般人口の緑内障有病率よりも高いという報告8)とがあり,わが国におけるTAOでは臨床的に緑内障の合併に注意しなくてはならない.本報告ではTAOの後に緑内障を発症した2例を提示したが,緑内障の原因として,①直接TAOに起因する可能性,②TAOの治療に用いたステロイドによる可能性,および③偶然緑内障を併発した可能性が考えられる.これらの可能性のなかで2例ともTAOの治療中に眼圧上昇,緑内障視神経変化,および発達緑内障でみられる隅角所見がなく,TAOの治療終了後にステロイドの使用もない時点で眼圧上昇および種々の緑内障性視神経変化,視野障害がみられたことから本症例はTAOに併発した緑内障と考えた.現在までに考えられているTAOに併発した高眼圧の機序は,1)外眼筋肥大および癒着による眼球圧迫による機械的要因9)に加え,2)球後軟部組織の炎症が起こることで眼窩内圧が上昇し,眼窩静脈を圧迫,上強膜静脈圧の上昇を起こす1)場合や,3)炎症によって産生されるglycosaminoglycan(GAG)の前房隅角沈着10)によるなど諸説がある.したがってTAO合併の緑内障に対する降圧手術としては,高眼圧機序が1),2)による場合には原因がSchlemm管より後方の房水流出抵抗が存在するため,眼窩減圧術や濾過手術が有効と考えられるが,筆者らが調査した限りでは眼窩減圧術の3例46)のみであり,濾過手術の効果に関しては明確ではない.一方,高眼圧の機序が3)の場合にはLOTが有効と考えられるもののまったく報告例はない.TAOに伴う緑内障の場合の濾過手術では,上強膜静脈圧が亢進している可能性があるので,術中および術後に著明な脈絡膜離や脈絡膜出血,駆逐性出血のリスクが通常の濾過手術よりも高い可能性があ図3症例2のHumphrey視野(302)Aulhorn分類Grave変法で右眼(左図)はstageII,左眼(右図)はstageVである.05101520253035眼圧(mmHg):右眼:左眼6カ月5カ月4カ月3カ月2カ月1カ月手術後初診時TrabeculotomyTrabeculectomy図4症例2の眼圧経過初診時は右眼22mmHg,左眼21mmHgであったが,LOT施行後は両眼とも19mmHg,術後2カ月頃より眼圧上昇傾向を認め,右眼16mmHg,左眼32mmHg,LEC施行後は5mmHgを維持している.———————————————————————-Page4844あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(120)る11).また,眼球突出を伴っている場合には結膜が露出しており,濾過胞感染から眼内炎を起こす危険が高いことも予想される12).LOTは単独手術で眼圧が16mmHg程度と眼圧降下作用は濾過手術に劣るものの,濾過手術に比べ術後併発症が少なく安全性が高い.今回の症例では年齢が30歳前後と若年であったこと,目標眼圧を16mmHg以下としたこと,および初回手術であったことから術後合併症の少ない流出路手術であるLOTを初回手術として選択した.その結果1例でLOTにより眼圧下降が得られた.LOTは濾過手術に比べて術後管理が比較的容易で術後感染の危険も少ないなど利点が多く,甲状腺眼症に伴う緑内障においても初回手術としてLOTが選択肢となりうると思われた.文献1)JorgensenJS,GuthoR:DieRolledesEpiscleralenVenendrucksbeiderEntstehungvonSekundar-glauko-men.KlinMonatsblAugenheilkd193:471-475,19882)山崎斉,井上洋一:甲状腺眼症に伴う緑内障.眼科44:1674-1672,20023)吉冨健志:上強膜静脈圧に伴う高眼圧.緑内障診療のトラブルシューティング,眼科診療プラクティス98,p110,文光堂,20034)CrespiJ,RodriguezF,BuilJA:Intraocularpressureaftertreatmentforthyroid-associatedophthalmopathy.ArchSocEspOftalmol82:691-696,20075)DevS,DamjiKF,DeBackerCMetal:Decreaseinintraocularpressureafterorbitaldecompressionforthy-roid.Orbitopathy.CanJOphthalmol33:314-319,19986)AlgvereP,AlmqvistS,BacklundEO:PterionalorbitaldecompressioninprogressiveophthalmopathyofGraves’disease.ActaOphthalmol51:461-474,19737)KalmannR,MouritisMP:PrevalenceandmanagementofelevatedintraocularpressureinpatientswithGraves’orb-itopathy.BrJOphthalmol82:754-757,19988)OhtsukaK,NakamuraY:Open-angleglaucomaassociat-edwithGravesdisease.AmJOphthalmol129:613-617,20009)BraleyAE:Malignantexophthalmols.AmJOphthalmol36:1286-1290,195610)ManorRS,KurzO,LewitusZ:Intraocularpressureinendocrinologicalpatientswithexophthalmos.Ophthalmo-logica168:241-252,197411)BellousAR,ChylackLTJr:Choroidaleusionduringglaucomasurgeryinpatienswithprominentepiscleralvessels.ArchOphthalmol97:493-497,197912)一色佳彦,横山光伸:悪性眼球突出に合併した緑内障に対する一手術例.眼紀56:997-1001,2005***