《原著》あたらしい眼科40(10):1360.1364,2023c片眼の視神経症で発症し全脳放射線治療により失明を免れた髄膜癌腫症の1例中山佳純*1,2伊藤賀一*1,3,4内田敦郎*1,3野地将*3野村昌弘*1,3根岸一乃*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2永寿総合病院眼科*3国家公務員共済組合連合会立川病院眼科*4いとう眼科CPreservationofVisualFunctioninaCaseofMeningealCarcinomatosiswithOpticNeuropathyKasumiNakayama1,2),YoshikazuIto1,3,4),AtsuroUchida1,3),ShoNoji3),MasahiroNomura1,3)andKazunoNegishi1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KKRTachikawaHospital,4)ItoEyeClinicC視神経症で発症し脳症状を認めなかった髄膜癌腫症に対して,早期に全脳放射線治療を開始することで失明を免れたC1例を経験したので報告する.52歳,女性.約C1年前から立川病院乳腺外科にて乳癌と多発骨転移でホルモン療法を施行され,3カ月前の頭部CMRIでは頭蓋骨転移を認めていた.2日前から左眼の急激な視力低下を訴え,同院眼科に紹介となった.眼科初診時の矯正視力は,右眼C0.6,左眼C0.01,限界フリッカ値は右眼C39.7CHz,左眼測定不能.右眼前眼部や眼底に異常なく,左眼眼底には視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann動的量的視野検査で,右眼は正常であったが,左眼は測定不能であった.頭部造影CCTでは骨転移病変の増大,硬膜への浸潤,脳溝に沿った造影効果を認め,髄膜癌腫症と診断された.第C17病日から全脳照射をC10日間C30CGy施行,第C27病日には左眼視神経乳頭浮腫の改善を認め,第C57病日の視力は右眼C1.2,左眼C0.02を維持していた.第C161病日において髄膜癌腫症の再発は認めていない.髄膜癌腫症の早期診断,治療により失明を回避し生命予後の改善に寄与できた可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmeningealcarcinomatosis(MC)thatCdevelopedCwithCopticCneuropathyCbutCnoCcerebralsymptoms.Casereport:A52-year-oldfemaleundergoinghormonetherapyforbreastcancerandmulti-pleCboneCmetastasesCforCaboutC1CyearCsuddenlyCnoticedCaClossCofCvisionCinCherCleftCeye.CAtCinitialCexamination,CherCcorrectedCvisualacuity(VA)wasC0.6CODCandC0.01COS,CandCcriticalCfusionCfrequencyCwasC39.7CHzConCtheCrightCandCunmeasurableontheleft.Goldmannperimetryshowedthattherightvisual.eldwaswithinthenormalrange,yettheCleftCvisualC.eldCwasCunmeasurable.CContrast-enhancedCCTCofCtheCheadCshowedCduralCinvasion,CandCcontrastCe.ectsalongthecerebralsulcus,leadingtoadiagnosisofMC.Fromthe17thday,wholebrainirradiationof30CGywasperformedfor10days.Thirtydayslater,herVAremainedat1.2CODand0.02COS,andnorecurrenceofMChasbeenobservedforover2months.Conclusions:EarlydiagnosisandtreatmentofMCmayhavecontributedtothepreservationofvisualfunctionandanimprovedprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1360.1364,C2023〕Keywords:癌性髄膜炎,髄膜癌腫症,髄膜転移,視神経症.meningealcarcinomatosis,leptomeningealmetasta-ses,opticneuropathy.Cはじめに髄膜癌腫症とは,中枢神経に実質性の腫瘍を形成することなく髄腔内または髄膜にびまん性病変として癌細胞が浸潤するものである.原発巣となる悪性疾患には,固形癌では乳癌や肺癌,悪性黒色腫が多く,血液疾患ではリンパ腫や白血病が多いとされ,固形癌をもつ患者のC5.10%,造血器悪性腫瘍ではC5.15%に発症するとされる1.3).また,髄膜癌腫症は,癌患者の進行したステージに発症する病態であるが,固形癌の場合は診断のC1.2年後に,造血器悪性腫瘍の場合は平均してC11カ月後に発症するとされる3).担癌患者の生命〔別刷請求先〕中山佳純:〒110-8645東京都台東区東中野C2-23-16永寿総合病院眼科Reprintrequests:KasumiNakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,2-23-16Higashi-Nakano,Taito-ku,Tokyo110-8645,JAPANC1360(102)予後は延長しており,髄膜癌腫症を発症する患者は増加すると考えられる.髄膜癌腫症の初発症状として,頭痛やけいれん,精神症状,悪心・嘔吐などの中枢神経症状が多いとされる.脳神経障害や脊髄の神経根症状を生じることもあり,視神経のほか,動眼神経や内耳神経などが障害される場合,急速に進行して重度の神経障害となる特徴があり,髄膜癌腫症の視神経症の視機能の予後は不良である.加えて,髄膜癌腫症は生命予後も不良な疾患である.診断は診察所見や画像検査,髄液検査を行うが,それぞれの検査で有意な所見を認めないことがある.今回筆者らは視神経症で発症した患者に,脳症状を認めない髄膜癌腫症を疑って,早期に診断と全脳放射線治療を開始することで生存中の失明を免れたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:52歳,女性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:高眼圧症,高血圧,糖尿病,うつ病,喘息.現病歴:約C1年前に腰痛や股痛が出現.精査の結果,乳癌と多発骨転移の診断を受け,立川病院乳腺外科でホルモン療法を開始されていた.3カ月前の頭部CMRIでは,頭蓋骨の骨転移は認めたが,頭蓋内に明らかな異常は認めなかった.2日前から左眼の突然の視力低下を自覚し,同院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼C0.6(0.6C×.1.00D(cyl.1.75DAx80°),左眼C0.01(矯正不能)と左眼の視力低下を認め,眼圧は右眼C24CmmHg,左眼C24CmmHgと高眼圧であった.右眼の前眼部や眼底には明らかな異常所見は認めなかったが,左眼の乳頭浮腫を認め(図1),既往と経過から髄膜癌腫症による視神経症が疑われた.経過:第C7病日に施行した頭部造影CCTでは両眼の視神経に異常は認めなかったが,骨転移病変の増大,硬膜への浸潤,脳溝に沿った造影効果を認めた(図2).特徴的な画像所見から髄膜癌腫症と診断し,治療を優先して髄液検査は行わなかった.第C12病日に,視力は右眼(1.0CpC×.1.00D(cylC.1.75DAx80°),左眼手動弁(矯正不能),限界フリッカ値(CFF)は右眼C39.7CHz,左眼は手動弁のために測定不能.右眼前眼部や眼底に異常なく,左眼眼底の乳頭浮腫は変わりなかった.Goldmann動的量的視野検査では,右眼は正常範囲内,左眼は測定不能であった(図3).第C17病日から全脳照射をC10日間C30CGy施行,第C27病日の視力は,右眼C0.8(1.2C×.0.50D(cyl.1.00DAx180°),左眼手動弁,眼圧は右眼C21CmmHg,左眼C19CmmHg.左眼の乳頭浮腫は改善傾向であったが,視力の改善はなかった.第C57病日,矯正視力は右眼C0.7(1.2C×.0.75D(cyl.2.00DCAx175°),左眼C0.02(矯正不能)で,眼圧は右眼C22mmHg,左眼C22CmmHg.左眼の視力改善を認めたが限定的で,乳頭浮腫も改善したが,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で左眼の視神経乳頭周囲神経線維層厚は菲薄化していた(図4).第C77病日,Goldmann動的量的視野検査で左眼も測定できたが,視野障害は残存した(図5).第C161病日も視神経症の再燃はなく,経過中に右眼の病変は認めなかった.また,意識障害などの中枢神経症状や他の脳神経障害の出現は認めず,そのほか髄膜癌腫症による症状はなく,全身状態の悪化もみられなかった.CII考按髄膜癌腫症の症状としては,頭痛がC82%,悪心・嘔吐が41%に認められ,視力低下はC18%に認めるとされる3).本症例は頭痛などの中枢神経症状を認めず,視力低下が初発症状で眼科受診となったが,髄膜癌腫症による視神経症は,短期間で片眼から両眼に発症した患者も報告されている4.7).本症例の場合も,無治療の場合に両眼性となる可能性が考えられ,片眼性の時点で早期診断と治療ができたことで,両眼の失明を避けることができた可能性がある.眼症状では視神経障害のほか,動眼神経障害や外転神経障害による複視や眼瞼下垂を認める場合がある4,8).また,髄膜癌腫症は生命予後不良な疾患で,急な死亡の転帰をたどることもある7).癌性髄膜腫症の視神経症の病態については,視神経自体に対する腫瘍細胞の浸潤性視神経症や,視神経周囲の腫瘍細胞浸潤によって視神経の圧迫による虚血視神経症や栄養代謝障害を起こすことが原因だと考えられている7,12).本症例は癌性髄膜腫症の治療開始を優先したため,髄液検査を行っていないため,浸潤性視神経症の有無の確認はできていない.また,蛍光眼底造影検査による視神経の虚血の評価ができていないので,本症例の視神経症の機序は把握できていない.髄膜癌腫症の診断は,臨床経過,画像所見,髄液検査によって行われるが,髄膜癌腫症による視神経症の眼所見は,視神経浮腫を呈する場合と,視神経浮腫を呈しない球後視神経の病変が主体の場合があるとされ,前者では,視神経症の鑑別をすすめる必要があるが,後者では眼所見が乏しいため,診断に難渋する症例が報告されている9,10).本症例では臨床経過や眼所見,画像所見で髄膜癌腫症に合致する所見を認めて,診断と治療開始に至った.しかし,髄膜癌腫症の画像所見についても所見が乏しいことがあり,MRIの感度はC20.91%と報告されており,画像検査で異常を認めないことがある3,10.12).また,髄液検査が診断に有用とされるが,髄液細胞診の陽性率はC78%とされ,臨床経過から髄膜癌腫症を疑われる場合は,初回で悪性所見が陰性であってもC2回以上施行することが推奨されている3,7,13,14).よって,診断は臨床図1初診時の眼底写真とOCT右眼に明らかな異常は認めないが,左眼に乳頭浮腫,出血を認める.(検査データは,患者本人から許可をいただいて本稿内に使用している)図2頭部造影CT右前頭部の骨転移病変の増大,硬膜への浸潤を認めている(C.).髄膜癌腫症の播種による右前頭葉や左後頭葉の脳溝に沿った造影効果を認めた(C.).図3治療前の視野検査(第C12病日)右眼は正常,左眼は手動弁のため測定不能であった.経過や画像所見,髄液検査を総合的に判断する必要がある15).既報では5,7),画像所見や髄液検査で異常は認めなかっことから,髄膜癌腫症が鑑別として考えられ,乳腺外科と放たが,短時間で高度な視力低下から死亡の転帰に至った症例射線科に画像精査と治療依頼をすることができた.が報告されており,短期間での診断が要される.本症例は,髄膜癌腫症の治療は,放射線治療や全身化学療法,化学療髄膜癌腫症による視神経症の既報と同様に,急な視力低下と法の髄注療法,もしくはそれらの併用療法を行うか,鎮痛な視野障害を生じた臨床経過と,眼底所見で乳頭浮腫を認めたどの対症療法のみを行う場合がある.無治療であれば,髄膜図4放射線治療後の眼底所見とOCT(第C57病日)左眼の乳頭浮腫は改善したが,視神経乳頭周囲神経線維層厚は菲薄化していた.図5放射線治療後の視野検査(第C77病日)左眼が測定可能になったが,広範な視野障害が残った.癌腫症の生命予後はC4.6週間といわれている.乳癌が原発が奏効して失明を免れたと考えられた.右眼についても,放巣の髄膜癌腫症では,治療を受けた場合の生命予後の中間値射線治療前後で,矯正視力は向上し,OCTの視神経乳頭周はC5カ月と報告されており,治療介入により生命も延長され囲神経線維層厚が正常域に改善しているため,ごく初期の視る15).治療選択は,症例の全身状態やCADL(activitiesCof神経症を発症していた可能性が考えられた.しかし,右眼のdailyliving)に応じて検討して行われる.静的視野検査は行っておらず,視神経のCMRI撮影も行って本症例は左眼の癌性髄膜腫の視神経症に対して,全脳照射いないので,推測の域をでないことは否定できない.本症例のように,髄膜癌腫症の診断を行い,早期に治療開始ができたことで,生存中の視機能保持に寄与でき,癌患者の生命予後とCQOL(qualityCoflife)にも貢献できたと考える.髄膜癌腫症は診察や検査所見が乏しい場合もあるため,経過から髄膜癌腫症が疑われる場合に念頭におくことが早期診断に重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RhunCEL,CPreusserCM,CvanCdenCBentCMCetal:HowCweCtreatCpatientsCwithCleptomeningealCmetastases,CESMOCOpenC4(SupplC2):e000507,C20192)WangCN,CBertalanCMS,CBrastianosPK:LeptomeningealCmetastasisCfromCsystemiccancer:ReviewCandCupdateConCmanagement.CancerC124:21-35,C20183)PanCZ,CYangCG,CHeCHCetal:LeptomeningealCmetastasisCfromCsolidtumors:clinicalCfeaturesCandCitsCdiagnosticCimplication.SciRepC8:10445,C20184)西尾正哉,鈴木利根:複視を契機に診断され,急速に失明に至った癌性髄膜炎のC1例.神経眼科24:338-343,C20075)一色佳彦,松本美保,田中春花ほか:両眼急速に盲となった胃癌による髄膜癌腫症のC1例,臨眼64:323-327,C20106)SugaokaCS,CKandaCT,CItoCMCetal:ACcaseCofCmeningealCcarcinomatosisCdueCtoCsignet-ringCcellCcarcinomaCthatCdevelopedCsevereCvisualCimpairmentCwithCpapillaryCswell-ing.IntMedCaseRepJC13:153-158,C20227)前田早織,石川久美子,田邊益美:視力障害を初発とし,初診からC2週間の経過で死亡した髄膜癌腫症のC1例.臨眼C71:953-957,C20178)山中千尋,冨田真知子,松下新悟ほか:放射線照射と化学療法が奏効した髄膜癌腫症と転移性脈絡膜腫瘍の合併例,臨眼69:559-564,C20159)CzyzCC,CBlairCK,CBergstromR:LeptomeningealCcarcino-matosisCwithCdelayedCocularCmanifestations.CCaseCRepCOncolC14:98-100,C202110)SabaterCAL,CSadabaCLM,CdeCNovaE:OcularCsymptomsCsecondaryCtoCmeningealCcarcinomatosisCinCaCpatientCwithClungadenocarcinoma:aCcaseCreport.CBMCCOphthalmolC12:65,C201211)山内宏大,工藤孝志,中澤満:診断に苦慮した浸潤性視神経症のC1例.臨眼72:1073-1080,C201812)望月里恵,谷口香織,板谷正博ほか:視力低下が初発症状であった肺腺癌由来髄膜癌腫症.神経眼科C29:409-415,C201213)BonigCL,CMohnCN,CAhlbrechtCJCetal:Leptomeningealmetastasis:TheCroleCofCcerebrospinalC.uidCdiagnostics.CFrontNeurolC10:839,C201914)LanfranconiS,BasilicoP,TrezziIetal:Opticneuritisasisolatedmanifestationofleptomeningealcarcinomatosis:acaseCreportCandCsystematicCreviewCofCocularCmanifesta-tionsCofCneoplasticCmeningitis.CNeurolCResCIntC2013:C892523,C201315)FernandesCL,CdeCMatosCLV,CCardosoCDCetal:EndocrineCtherapyforthetreatmentofleptomeningealcarcinomato-sisCinCluminalCbreastcancer:aCcomprehensiveCreview.CCNSOncolC9:CNS65,C2020***