‘癌関連網膜症’ タグのついている投稿

生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例

2019年3月31日 日曜日

《第52回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科36(3):394.398,2019c生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例太田浩一*1佐藤敦子*1千田奈実*1福井えみ*1菊池孝信*2野沢修平*3石井恵子*4*1松本歯科大学歯学部眼科*2信州大学基盤研究センター機器分析支援部門*3まつもと医療センター呼吸器内科*4岡谷市民病院病理科CACaseofCancer-associatedRetinopathywithPoorPrognosisKouichiOhta1),AtsukoSato1),NamiSenda1),EmiFukui1),TakanobuKikuchi2),ShuheiNozawa3)andKeikoIshii4)1)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,2)ResearchCenterforSupportstoAdvancedScience,ShinshuUniversity,3)DepartmentofRespiratoryMedicine,MatsumotoMedicalCenter,4)DepartmentofPathology,OkayaCityHospitalC癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy;CAR)症例は,癌を伴わない症例に比べ生命予後が良好との報告がある.抗リカバリン抗体強陽性で生命予後が不良であったCCAR症例を報告する.症例はC79歳,男性で,急激な両眼の視力低下にて発症した.初診時矯正視力は右眼(0.01),左眼(0.2),網膜動脈の狭細化,粗造な網膜所見を認めた.光干渉断層計では黄斑部網膜外層の著明な障害,網膜電図の平坦化,視野検査では大きな中心暗点を認めた.気管支鏡検査で原発性肺癌の診断となった.眼病変に対しステロイドの後部CTenon.下注射とパルス療法を行ったが,視力改善はなかった.化学治療により腫瘍の縮小傾向を認めたが,4カ月後に永眠された.血清抗リカバリン抗体が強陽性であった.免疫染色では視細胞内節・外節が強陽性となった.本例は視力予後に加え,生命予後も不良であった.CTheCprognosisCofCcancerCpatientsCwithCcancer-associatedretinopathy(CAR)isCbetterCthanCofCthoseCwithout.CWereportacancercasewithaworseprognosis.Thepatient,a79-year-oldmale,rapidlydevelopedvisualloss.AtC.rstvisit,hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand0.2OS.Fundusexaminationshowedattenuatedretinalarteriolesandmottledretina.Thetotalretina,especiallytheouternuclearlayer,wasthinnedonopticalcoherenceimages.Hiselectroretinographyshowedanegativewaveform,andGoldmannperimetryrevealedlargecentralsco-toma.CPrimaryClungCcancerCwasCdiagnosed.CDespiteCtreatmentCwithCsub-Tenon’sCinjectionCofCsteroidCandCsteroidCpulseCtherapy,ChisCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CAlthoughCtheCtumorCsizeCdecreased,CheCpassedCawayCafterC4months.CAnti-recoverinCantibodyCwasCextremelyChighCandCphotoreceptorCwasCpositiveCwithCpatient’sCserum.CBothCvisualandlifeprognosiswerepoor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(3):394.398,C2019〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,ステロイド治療,肺癌,予後不良.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,steroidtherapy,lungcancer,poorprognosis.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は腫瘍随伴症候群の一つであり,急進行する視力低下,視野障害を特徴とする1).腫瘍随伴症候群とは,悪性腫瘍に罹患した際,腫瘍抗原に対する自己抗体が産生され,腫瘍とは異なる他臓器に障害が生じる病態である.まれな疾患であるが,CARにおいては視細胞に特異的な蛋白質が異所性に腫瘍細胞に発現して,自己抗体が産生され,視細胞の障害が生じると考えられている.原因となる蛋白質はリカバリン2)がまず報告された.他にもエノラーゼ3),抗Chsc704),TULP-15)などが報告されている.自己抗体のなかではCa-エノラーゼ抗体の検出率に比べ,抗リカバリン抗体の検出率は高くはない.3回の採血による検出を推奨する報告もある6).腫瘍随伴症候群の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後は不〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781長野県塩尻市広丘郷原C1780松本歯科大学歯学部眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri,Nagano399-0781,JAPANC394(92)図1眼底写真・光干渉断層像(COCT)Ca:右眼眼底写真,Cb:左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化がみられ,網膜の色調は粗造である.左眼黄斑部上方には網膜色素上皮異常を認めた.Cc:右眼COCT,Cd:左眼COCT.網膜全層の層構造は崩れ,網膜外層の菲薄化,ellipsoidzoneの消失を認めた.良である.しかし,肺小細胞癌においては腫瘍随伴症候群を伴う症例のほうが伴わない症例より生命予後がよいとの報告がある7).CARにおいても生命予後不良な肺小細胞癌において抗リカバリン抗体を有する症例のC1年半以上の生存例の他,9年生存の報告がある8).今回,血清抗リカバリン抗体が強陽性かつ生命予後が不良であったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:79歳,男性主訴:両眼視力低下既往歴:63歳,大腸癌(1年後終診).喫煙10本/日(20歳から)現病歴:2017年C7月両眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.矯正視力は右眼(0.9),左眼(0.8)にて,左眼の白内障手術が予定された.2017年C9月左眼の水晶体再建術を施行するも術前矯正視力右眼(0.2),左眼(0.2)が術後矯正視力右眼(0.01),左眼(0.2)と改善はなく,右眼の著明な低下を認めた.視神経障害または脳疾患を疑い,脳神経外科病院に紹介されるも,原因となりうる病変はなく,精査目的に松本歯科大学病院眼科(以下,当科)に紹介となった.初診時眼科所見:瞳孔不同なし.対光反応鈍.RV=0.01(矯正不能),LV=0.1(0.2C×.1.5D).眼圧は右眼C8mmHg,左眼C9CmmHg.結膜,角膜に異常なく,右眼は軽度の白内障,左眼は軽度の前房炎症と眼内レンズ挿入眼.前部硝子体にごくわずかの細胞を認めるも硝子体混濁は認められなかった.両眼とも網膜は粗造で,網膜動脈の狭細化を認めた(図1).光干渉断層計では網膜の層構造が崩れ,とくに外顆粒層厚図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,Cb:左眼.明らかな血管閉塞所見はなく,網膜色素上皮障害と思われる過蛍光および一部の網膜血管壁の組織染を認めた.c図3全視野網膜電図a:フラッシュ,Cb:フリッカー,Cc:錐体,Cd:杆体.各網膜電図で著明な平坦化を認めた.の減少とともに外境界膜・ellipsoidzone・interdigitationzoneの区別がつかないほど障害されていた(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管への流入遅延を認め,ごくわずかの血管漏出を一部に認めた.両眼の黄斑部に網膜色素上皮障害と思われる過蛍光を認めた(図2).全視野網膜電図ではフラッシュ,フリッカー,錐体,杆体反応ともnon-recordableであった(図3).Goldmann視野検査では両眼ともにC30°におよぶ大きな中心暗点を認めた(図4).当科での全身検査ではCCRP0.69Cmg/dl,LDH468CU/lと上昇を認めた.胸部CX線写真にて右肺野異常(6Ccm径の腫瘍疑い)を認めた(図5).経過:肺腫瘍に伴うCCARと診断し,大腸癌治療歴のある総合病院外科に紹介した.当科への短期的な通院は困難になると判断し,右眼に対し,トリアムシノロン(約C20Cmg)の後部CTenon.下注射を行った.外科では大腸癌とは関係なく,原発性肺癌疑いの診断にてまつもと医療センター呼吸器内科に再紹介された.まず,CARに対し,ステロイドのパ図4Goldmann視野検査a:左眼,Cb:右眼.大きな中心暗点を認めた.図5胸部単純X線写真右下肺野に径C6Ccmの肺陰影を認めた.ルス療法およびプレドニゾロンC30Cmg/日からの漸減投与が行われた.呼吸器内科では気管支鏡検査にて肺癌の診断にて9月下旬からCCBDCA(カルボプラスチン)+CPT-11(イリノテカン)の化学療法C1コースが行われた.胸部CX線写真上は腫瘍の縮小傾向を認めた.初診後C1カ月にはCRV=(0.03),CLV=(0.2)にてステロイド治療による視力の改善は認められなかった.肺組織のCPCR検査でCEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性にて腺癌としてエルロチニブに変更した.しかし,肝障害にて中止となった.CBDCA+CPT-11へ戻す予定も全身倦怠感が強くなり,腫瘍の増大および筋転移もあり,当科初診からC4カ月後のC2018年C1月永眠された.免疫染色より,病理学的な最終診断は未分化の大細胞癌となった(図6).血清抗リカバリン抗体:初診時に採血した血清中の抗リカバリン抗体は強陽性(abnormalClevelsCofCantibodiesCdetect-ed)(AthenaCDiagnostics,CMarlborough,MA)であった.また,リコンビナントのヒトリカバリンを用いたウェスタンブロット法にて患者血清はリカバリンに陽性となった.CARの原因となりうるCaエノラーゼ,Cgエノラーゼ,トランスデューシンC1,ビシニンの網膜蛋白には陰性であった(非供覧).患者血清C1,000倍希釈で陽性であったので,4,000倍,32,000倍まで希釈しても陽性であり,強陽性を裏付けた(図7a).(錐体細胞の蛋白であるビシニンをコントロールとした.)血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色(図7b)では網膜色素上皮細胞を含む網膜全体が陽性となった.とくに視細胞内節および錐体と推測される外節および内網状層上部が強陽性となった.CII考按CARの臨床的な特徴としては両眼性の急激な視力低下,視野障害(輪状暗点,中心性狭窄),光視症,羞明の自覚症状がある.検眼鏡的所見では,網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底があるが,眼底の所見に乏しいことも多い.血清中の抗リカバリン抗体の証明はCCARの確定診断には有用である.抗網膜抗体にはほかにも抗エノラーゼ3),抗ChscC704),抗CTULP-15)抗体によるCCARの報告もある.しかし,この抗リカバリン抗体の証明は容易ではない.CARを疑い,血清を調べても抗リカバリン抗体陰性の報告例も多い.横井らは初回の検査で抗リカバリン抗体が検出されなくても,3回測定を行うとC100%陽性が確認できたと報告した6).これらのことから,抗リカバリン抗体陽性のCCARにおいてもその発現量はきわめて少ないと考えられる.一方,肺癌,胃癌,大腸癌を含めた悪性腫瘍におけるリカバリンの発現率を検討したところ,10.40%での発現が報告されている9).Bazhinらの報告では肺癌患者C143例(小細胞癌C99例,非小細胞癌C44例)のリカバリン発現を検討した.リカバリンの発現率は小細胞癌でC68%,非小細胞癌でC85%×40図6経気管支鏡による生検(ヘマトキシリン・エオジン染色)大型核を有する異型細胞が散在性に出現.免疫染色の結果より大細胞癌と診断された.CabrRrVrRrVrRrVrRrV×1,000×4,000×32,000Control*患者血清(50倍希釈)図7ウェスタンブロット・免疫染色a:リコンビナントのヒトリカバリンに対する患者血清によるウェスタンブロット.rR:リカバリン蛋白,rV:ビシニン.32,000倍希釈でもリカバリン特異的に陽性.Cb:患者血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色.二次抗体はCAlexa488anti-humanIgG(MolecularProbes社).網膜全体に陽性.とくに内網状層,網膜視細胞内節・外節が強陽性であった(.).であった10).抗リカバリン抗体陽性率はそれぞれC15%,20本症例では通常検出されにくい抗リカバリン抗体が強陽性%であり,肺小細胞のみならず,非小細胞癌においても腫瘍であった.免疫染色でも網膜外層が染色され,抗リカバリン内のリカバリン発現および血清抗リカバリン抗体が確認され抗体が網膜組織を認識することを示唆している.実際,血清た.しかし,CARの発症はなかった.以上より,腫瘍内で中の抗リカバリン抗体を検出し,腫瘍内のリカバリン発現をのリカバリン発現,さらには血清中の抗リカバリン抗体の存証明したCCAR症例の報告がある11,12).本症例では残念なが在にもかかわらず,CARの発症はきわめて少ないという結ら気管支鏡検査による生検の検体量が少なく,肺腫瘍におけ論となる.るリカバリンの発現は確認できなかった(非供覧).これまでCCARの診断における抗リカバリン抗体の抗体価または定量化に関しての報告はほとんどない.血清の希釈度も報告により異なり,比較は困難と思われる.既報における“抗リカバリン抗体陽性”には,3回の採血後かろうじて陽性となるわずかな抗体量から,本症例のような高い抗体価まで広い範囲の“陽性”が含まれると考えられる.抗リカバリン抗体陽性CCAR患者における生命予後良好の報告例ではリカバリン特異的細胞障害性CT細胞の関与が示唆されている13).抗リカバリン抗体陽性のCCAR患者では細胞障害性CT細胞が腫瘍を攻撃しているという説である.しかし,臨床的には本症例だけではなく,抗リカバリン抗体陽性CCAR患者で,1年以内の死亡例も少なくない14.17).血清に検出される抗体はCB細胞が腫瘍細胞に対して産生されたものであり,細胞障害性CT細胞の活動性を示しているわけでない.本症例を含め,生命予後が不良であったCCAR症例での抗リカバリン抗体陽性例ではCT細胞性による腫瘍障害性を発揮することができなかった,もしくは抗原量=腫瘍細胞が多く,腫瘍障害まで至らなかったと推測した.抗リカバリン抗体が強陽性であってもCCAR患者の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後が不良であることが再認識された.また,本症例はステロイドの局所および全身治療にまったく反応せず,視力予後も不良であった.今後は症例の蓄積により抗リカバリン抗体の抗体価と生命予後および視力予後の関連性を検討する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:Blindnesscausedbyphotoreceptordegenerationasremotee.ectofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C19762)ThirkillCE,FitzGeraldP,SergottRCetal:Cancer-asso-ciatedretinopathy(CARsyndrome)withantibodiesreact-ingCwithCretinal,Coptic-nerve,CandCcancerCcells.CNEnglJMedC321:1589-1594,C19893)AdamusCG,CAptsiauriCN,CGuyCJCetal:TheCoccurrenceCofCserumautoantibodiesagainstenolaseincancer-associatedretinopathy.CClinCImmunolCImmunopatholC78:120-129,19964)OhguroCH,COgawaCK,CNakagawaT:RecoverinCandCHscC70arefoundasautoantigensinpatientswithcancer-asso-ciatedCretinopathy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC40:82-89,C19995)KikuchiCT,CAraiCJ,CShibukiCHCetal:Tubby-likeCproteinC1asanautoantigenincancer-associatedretinopathy.JNeu-roimmunolC103:26-33,C20006)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科C21:987-999,C20047)MaddisonP,Newsom-DavisJ,MillsKRetal:FavourableprognosisCinCLambert-EatonCmyasthenicCsyndromeCandCsmall-celllungcarcinoma.LancetC353:117-118,C19998)KobayashiM,IkezueT,UemuraYetal:Long-termsur-vivalCofCaCpatientCwithCsmallCcellClungCcancerCassociatedCwithCcancer-associatedCretinopathy.CLungCCancerC57:C399-403,C20079)MatsuoCS,COhguroCH,COhguroCICetal:ClinicopathologicalCrolesofaberrantlyexpressedrecoverininmalignanttumorcells.OphthalmicResC43:139-144,C201010)BazhinCAV,CSavchenkoCMS,CShifrinaCONCetal:RecoverinCasaparaneoplasticantigeninlungcancer:theoccurrenceofCanti-recoverinCautoantibodiesCinCseraCandCrecoverinCinCtumors.LungCancerC44:193-198,C200411)SaitoW,KaseS,OhguroHetal:Slowlyprogressivecan-cer-associatedCretinopathy.CArchCOphthalmolC125:1431-1433,C200712)SaitoCW,CKaseCS,COhguroH:AutoimmuneCretinopathyCassociatedCwithCcolonicCadenoma.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:1447-1449,C201313)MaedaCA,COhguroCH,CNabetaCYCetal:Identi.cationCofChumanCantitumorCcytotoxicCTClymphocytesCepitopesCofCrecoverin,CaCcancer-associatedCretinopathyCantigen,Cpossi-blyrelatedwithabetterprognosisinaparaneoplasticsyn-drome.CEurJImmunolC31:563-572,C200114)SalgiaR,HedgesTR,RizkMetal:Cancer-associatedreti-nopathyCinCaCpatientCwithCnon-small-cellClungCcarcinoma.CLungCancerC22:149-152,C199815)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201116)高坂昌良,石原麻美,木村育子ほか:前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症のC1例.あたらしい眼科C31:C443-447,C201417)浅見奈々子,澁谷悦子,石原麻美ほか:癌関連網膜症のC2例.あたらしい眼科35:820-824,C2018***

癌関連網膜症の2例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):820.824,2018c癌関連網膜症の2例浅見奈々子石原麻美蓮見由紀子澁谷悦子河野慈木村育子山根敬浩石戸みづほ矢吹和朗水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室CTwoCasesofCancer-associatedRetinopathyNanakoAsami,MamiIshihara,YukikoHasumi,EtsukoShibuya,ShigeruKawano,IkukoKimura,TakahiroYamane,MizuhoIshido,KazuroYabukiandNobuhisaMizukiCDepartmentofOpthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUnivercityGraduateSchoolofMedicine目的:癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)のC2症例の報告.症例:症例1:80歳,男性.肺小細胞癌の化学療法中.視力は右眼(0.5),左眼(0.6)で,視野は高度に狭窄し,光干渉断層計(OCT)で網膜外層菲薄化,網膜電図(ERG)で波形の平坦化を認めた.血清抗リカバリン抗体陽性でCCARと診断し,ステロイドとアザチオプリンの内服を行ったが,視力・視野の悪化がみられた.症例C2:77歳,女性.子宮体癌の既往.視力は両眼(0.3)で,視野で輪状暗点を示した.OCT,ERG所見は症例C1と同様であった.血清抗リカバリン抗体陽性でCCARと診断した.ステロイドパルスを施行したが,視力・視野は悪化した.結論:2症例ともに治療に反応せず,視機能の悪化がみられた.CPurpose:ToCreportCtwoCcasesCofCcancer-associatedCretinopathy(CAR).CCase:CaseC1:AnC80-year-oldCmaleCwithsmall-celllungcancerunderchemotherapy,havingvisualacuity0.5ODand0.6OS.Visual.eldwasseverelyimpaired;opticalCcoherenceCtomography(OCT)showedCthinningCofCouterCretinalClayersCandCelectroretinography(ERG)showed.atwaveforms.HewasdiagnosedwithCARbasedonpositiveserumanti-recoverinantibodyandreceivedCoralCprednisoloneCandCazathioprine,CbutCbothCvisualCacuityCandCvisualC.eldCdeteriorated.CCaseC2:AC77-year-oldfemalewithahistoryofuterinebodycancer,havingvisualacuity0.3OU.Visual.eldlookedlikeringscotoma.OCTandERGshowed.ndingssimilartothoseinCase1.ShewasalsosimilarlydiagnosedasCARandtreatedbypulsesteroidtherapy,butneithervisualacuitynorvisual.eldimproved.Conclusion:Thesetwocasesdidnotrespondtothetreatment,whichfailedtoimprovevisualfunctions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):820.824,C2018〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,肺小細胞癌,子宮体癌,cancer-associatedretinopathy,anti-re-coverinantibody,small-celllungcancer,uterinebodycancer.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)は,悪性腫瘍患者において網膜視細胞に特異的な蛋白質と交叉反応を起こす抗原が腫瘍細胞に発現し,それに対する自己抗体が産生されることで網膜視細胞が傷害され,進行性の視力低下や視野狭窄をきたすまれな疾患である1).CAR患者血清中の自己抗体に対する抗原は何種類かあるが,もっとも有名なものはリカバリンであり,あらゆる癌で癌細胞に異所性に発現しており,血清リカバリン抗体が陽性であればCCARの確定診断となる2).CARの原因となる癌としては肺癌,とくに肺小細胞癌が多く,ついで消化器癌,婦人科癌が多い.また,癌の原発巣の発見以前に眼症状が自覚されることが多いといわれている1).今回筆者らは,肺小細胞癌および子宮体癌の患者に発症したCCARのC2症例を報告する.CI症例〔症例1〕80歳,男性.〔別刷請求先〕浅見奈々子:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:NanakoAsami,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi,Kanagawa236-0004,JAPAN820(112)主訴:両眼の視野狭窄,霧視.既往歴:25歳時に副鼻腔炎,29歳時に尿路結石,79歳時に前立腺肥大症.喫煙歴:60本/日C×45年間.現病歴:2005年に両眼の加齢黄斑変性と診断されC2010年ラニビズマブ硝子体注射にて加療され,視力は右眼(1.2),左眼(0.7)で経過していた.肺小細胞癌の化学療法中のC2016年C2月,両眼の急激な視力低下と視野狭窄を自覚し,同月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当科)に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼(0.5),左眼(0.6).眼圧は右眼10CmmHg,左眼C10CmmHg.両眼とも前眼部に炎症所見はなかったが,びまん性硝子体混濁を認め,眼底には網膜動脈狭細化および網膜色調不良がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinCangiography:FA)では網膜色素上皮の萎縮をCwindowCdefectとして認めたが,網膜血管炎や網脈絡膜炎はみられなかった.光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)では右眼に網膜外層の萎縮とCelip-soidzoneの消失がみられ(図1a),網膜電図(electroretno-gram:ERG)では両眼ともCa波,b波ともに著明に振幅が減弱し,平坦化していた(図1b).Goldmann視野検査では両眼とも中心視野は内でC5°以外,周辺視野が高度に障害され,abわずかな島状視野の残存を認めた(図2).血清抗リカバリン抗体は陽性であった.経過:臨床所見,眼科検査所見,肺癌加療中であること,および血清抗リカバリン抗体陽性からCCARと診断した.肺小細胞癌に対する化学療法を継続しながら,2016年C7月よりプレドニゾロン(PSL)40Cmg/日にアザチオプリンC25Cmg/日を併用したが,治療開始C1カ月後には視力は右眼(0.4),左眼(0.4)と低下し,残存していた周辺視野は消失した.左霧視の自覚症状が強かったため,同年C8月に左眼にケナコルトCTenon.下注射を行ったが,自覚症状や眼所見に改善を認めなかった.2017年C1月最終診察時,視力は右眼(0.3),左眼(0.2)であり,視野障害はさらに進行し,中心C5°のみとなった.同月に前医転院となり,永眠された.〔症例2〕77歳,女性.主訴:両眼の視力低下,視野障害.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2008年C2月,子宮体癌(IIb期)と診断された.同年C9月より両眼の視力低下および視野狭窄を自覚し,同月に当科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼(0.3),左眼(0.3).眼圧は右眼14CmmHg,左眼C14CmmHg.両眼に前房内炎症細胞および硝子体混濁を認め,眼底には網膜動脈の狭細化と白鞘化がみら図1症例1のOCT(a)とERG(b)a:OCT(右眼)で中心窩を除く網膜外層の菲薄化,elipsoidCzoneの消失を認めた.Cb:フラッシュCERG(左),フリッカーCERG(右)は両眼ともCa波,b波ともに著明に減弱し,平坦化していた.C(左)(右)図2症例1のGoldmann視野両眼とも中心と周辺にわずかな視野が残るのみであった.図3症例2の蛍光眼底造影写真両眼とも視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈閉塞(→),網膜静脈からの蛍光漏出を認めた.(左)(右)図4症例2のGoldmann視野両眼とも上方視野が高度に障害された輪状暗点を示した.れた.FAでは両眼の視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈閉塞,網膜静脈からの蛍光漏出を認めた(図3).OCTでは中心窩を除く網膜外層の菲薄化がみられ,ERGではCa波,b波ともに著明に低下し,平坦化していた.Goldmann視野検査では両眼の輪状暗点が認められた(図4).血清抗リカバリン抗体は陽性であった.経過:症例C1と同様,CARと診断した.2008年C9月に子宮体癌に対し子宮全摘術が施行された.同年C10月よりニルバジピン内服を開始し,ステロイドパルス療法をC1クール施行後,PSL50Cmg/日より漸減内服した.同年C11月より子宮体癌に対して化学療法が施行された.両眼の硝子体混濁は改善を認めたが,視力・視野ともに悪化し,最終視力は右眼HM/30Ccm,左眼CCF/30Ccmとなった.2009年C7月に永眠された.CII考按今回,肺小細胞癌の治療中,または子宮体癌の発見後にCARを発症し,治療に反応せず視機能が悪化したC2症例を経験した.本症は急激な霧視,羞明を伴った視力低下,視野狭窄を自覚して発症し,眼所見では網膜血管狭細化,網膜色素変性様所見,ぶどう膜炎所見などがみられる.視野は輪状暗点やさまざまな程度の視野狭窄を呈し,ERGで波形の平坦化,OCTで中心窩を除いた網膜外層の菲薄化がみられる2,3).両症例ともこれらの典型的な臨床所見,眼所見,検査所見を呈しており,CAR発症前に癌の診断がついていたので診断は容易であった.しかし,CARの臨床症状は癌の診断に先行することが多く4),眼症状をきっかけに癌が発見された報告は複数ある5.7).提示したC2症例において,CARの確定診断は患者血清中の抗リカバリン抗体が陽性になったことでつけられたが,抗リカバリン抗体自体の初回陽性率は60%程度と高いとはいえない8).今回はC2症例とも一度の測定で陽性になったが,初回の測定で陰性であった場合でも,少なくともC1カ月以上の間隔をおいてC3回採血することにより,ほとんどの症例で網膜自己抗体を確認できたという報告がある8).しかし,実際に複数回測定した報告は少なく,血清抗リカバリン抗体は陰性であっても,臨床所見や経過からCARと診断している報告も少なくない7,9).治療には原疾患の抗腫瘍療法を原則とし,それに加えて副腎皮質ステロイド薬(内服・パルス療法),免疫抑制薬,免疫グロブリン療法,血漿交換療法などが報告されているが,治療法はいまだ確立されていない10,11).抗リカバリン抗体陽性のCCARは概して治療抵抗性で,視機能予後は不良であり3),最終的に光覚なしとなる報告もある13,14).しかし一方では,視力や視野が改善した報告も散見される7,12,15).CARの治療反応性に対する確立した見解はないが,海外ではCARを含む自己免疫性網膜症(autoimmuneCretinopathy:AIR)に対してアザチオプリン,シクロスポリン,副腎皮質ステロイド薬の長期併用をすることにより,AIRのC70%に改善を認めたという報告がある11).とくにCCARでの反応が良好であり,発症早期に治療開始したほうが,進行してから開始するより治療に対する反応性がよいと報告されている.一方,癌治療が成功し抗網膜抗体が陰性になったことで,ダメージを受けた網膜構造が,正常に回復したという報告がある16).抗網膜抗体により光受容器がアポトーシスを起こす前に,抗網膜抗体が産生されなくなれば,CAR患者の視機能予後改善につながると考察がされている.このことから,CARを発症早期に治療することも重要であるが,抗網膜抗体を産生する癌を根治することがCCARの視機能予後改善には重要であると考えられる.本症例ではC2症例とも視機能予後が不良であった.症例C1はCCARの発症からC5カ月間は肺癌の化学療法中のため体調不良であり,CARに対する治療が開始できなかったこと,また原疾患の癌の治療にもかかわらず全身転移を起こしており,癌を制御できなかったことが視機能予後不良に関係したと考えられる.一方,症例C2ではCAR発症早期に治療を開始し,原疾患の手術や化学療法をしたにもかかわらず,やはり癌の制御ができなかったことが視機能予後不良につながったと考えられた.生命予後に関しては,CARを発症した癌患者と,CARを発症していない癌患者では,前者の生命予後がよいことが知られている.その理由として,癌患者に発現したリカバリンは,細胞増殖,薬物感受性などに関係するカベオリンと共役しているため,癌細胞増殖や抗癌剤に対する薬物抵抗性を抑制している可能性が考えられている1).しかし,本症例では2症例とも発症C1年以内に永眠されており,生命予後は不良であったが,その理由は明らかではない.機序は不明であるが,カベオリンの発現量低下による癌細胞増殖や治療抵抗性が生命予後不良につながったのかもしれない.CARはまれな疾患であるため,その特徴を知らないと早期診断がむずかしく,治療開始が遅れる可能性がある.急激に進行する視力低下と視野狭窄,網膜血管狭細化やCERGで消失型の所見を認めた場合は,癌の診断がついていなくてもCARを疑い,全身検索をする必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大黒浩,吉田香織:悪性腫瘍関連網膜症.眼科C53:93-101,C20112)OhguroCH,CNakazawaCM:PathologicalCrolesCofCrecoverinCincancer-assiciatedretinopathy.AdvExpMedBiolC514:C109-24,C2002C3)上野真治:腫瘍関連網膜症.臨眼68:50-56,C20144)大黒浩,高谷匡雄,小川佳一ほか:悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌101:283-287,C19975)齋藤良太,柳谷典子,堀池篤ほか:腫瘍関連網膜症を契機に発見された小細胞肺癌のC1例.日呼吸誌C2:123-127,C20136)井坂真由香,窪田哲也,酒井瑞ほか:癌関連網膜症を随伴した肺大細胞神経内分泌癌のC1例.日呼吸誌C2:39-43,C20137)高橋政代,平見恭彦,佐久間圭一朗ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連網膜症(CAR)のC1例.日眼会誌112:806-811,C20088)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科21:987-990,C20049)二宮若菜,林孝彰,高田有希子ほか:原発性肺癌に合併した癌関連網膜症が疑われたC1例.眼臨紀9:664-668,C201610)大黒浩:癌関連網膜症.日本の眼科79:1559-1563,C200811)FerreyraCHA,CJayasunderaCT,CKhanCNWCetCal:Manage-mentCofCautoimmuneCretinopathiesCwithCimmunosuppres-sion.ArchOphthalmolC127:390-397,C200912)佐々木靖博,石川誠,奥山学ほか:悪性腫瘍関連網膜症を発症しステロイド療法が奏効した多発転移を伴う乳癌のC1例.乳癌の臨床28:219-224,C201213)森田大,松倉修司,中川喜博ほか:肺大細胞癌に伴うCAR症候群のC1例.臨眼60:1467-1470,C200614)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異的な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201115)今泉雅資,中塚和夫,松本惣一セルソほか:Cancer-Asso-ciatedRetinopathyのC1例.眼紀49:381-385,C199816)SuimonCY,CSaitoCW,CHirookaCKCetCal:ImprovementsCofCvisualCfunctionCandCouterCretinalCmorphologyCfollowingCspontaneousCregressionCofCcancerCinCanti-recoverinCcan-cer-associatedCretinopathy.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC5:137-140,C2017***

2週間で急激な視力低下をきたし両眼光覚に至った癌関連網膜症

2017年8月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科34(8):1201.1204,2017c2週間で急激な視力低下をきたし両眼光覚に至った癌関連網膜症村上敬憲*1難波広幸*1冨田善彦*2土谷順彦*3大黒浩*4山下英俊*1*1山形大学医学部眼科学講座*2新潟大学泌尿器科学講座*3山形大学泌尿器科学講座*4札幌医科大学眼科学講座CCancer-associatedRetinopathywithRapidOnsetofSevereVisualLossin2WeeksTakanoriMurakami1),HiroyukiNamba1),YoshihikoTomita2),NorihikoTsuchiya3),HiroshiOhguro4)CHidetoshiYamashita1)and1)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofUrology,NiigataUniversityFacultyofMedicine,3)DepartmentofUrology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は自身の網膜への自己抗体により種々の症状・所見を呈する.今回C2週間で急速に視力が低下し光覚に至ったCCARの症例を経験したので報告する.症例はC82歳,男性で両視力低下のため近医を受診.近医初診時の矯正視力は右眼C0.1,左眼C0.5であったが約C2週間で両光覚まで増悪したため,山形大学附属病院を紹介受診した.網膜電図(electroretinogram:ERG)で平坦な波形を認め,血清中の抗リカバリン抗体が陽性であったことからCCARと診断した.血液検査にて前立腺特異抗原(prostatespeci.cantigen:PSA)の上昇を認め,MRI上でも前立腺がんが疑われたが,患者に生検検査の希望なく,現在は近医泌尿器科にて経過観察となっている.短期間で所見に乏しく急速な視力低下をきたす場合はCCARの可能性を考慮し,全身検査を行う必要がある.InCcancer-associatedCretinopathy(CAR)C,CseveralCretinalClesionsCareCcausedCbyCantiretinalCautoantibodies.CThisCreportdescribesacaseofCARwithseverevisuallossoccurringrapidlywithin2weeks.An82-year-oldmalevis-itedanophthalmologicalclinicduetovisualloss.Hisdecimalbest-correctedvisualacuityat.rstvisitwas0.1righteyeCandC0.5CleftCeye.CHeCwasCreferredCtoCourChospitalCbecauseChisCvisualCacuityCdecreasedCtoClightCperceptionCinC2weeks.Sinceanelectroretinogram(ERG)revealedsigni.cantlydecreasedretinalfunctionandanti-recoverinanti-bodywasdetectedintheserum,thediseasewasdiagnosedasCAR.Elevatedprostate-speci.cantigenlevelsledtoCaCsuspicionCofCprostateCcancer.CHowever,CtheCpatientCrefusedCbiopsyCandCfollow-upCexamination.CSevereCvisualClossCcanCoccurCrapidlyCinCCAR.CHence,CitCisCnecessaryCtoCconsiderCCARCinCcasesCwithCrapidCdeteriorationCinCvisionCoverafewweeks.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(8):1201.1204,C2017〕Keywords:癌関連網膜症,網膜電図,抗リカバリン抗体.cancer-associatedretinopathy,electroretinogram,an.ti-ricoverinantibody.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)は自身の網膜を標的とする抗リカバリン抗体などの自己抗体により種々の症状・所見を呈する.自覚症状としては視力低下や視野障害,暗順応の低下など,検眼鏡的には網膜血管の狭細化や視神経萎縮,網脈絡膜萎縮などを認めることが多い1).しかし,特異的所見が少なく網膜色素変性症とも類似した眼底所見を呈するため,鑑別に苦慮することも多い.短期間で急激な視力低下をきたす場合もあり,3日間で急速に手動弁にまで低下した症例報告があるが,その一方で視力低下がほとんどないままC11年経過した症例も報告されている2,3).今回,2週間の経過で急速に両眼の視力が低下し,光覚に至ったCCARの症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕村上敬憲:〒990-9585山形市飯田西C2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakanoriMurakami,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,YamagataCity,Yamagata990-9585,JAPANI症例患者:82歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2012年C11月下旬より両眼の視力低下を自覚し近医眼科を受診.矯正視力は右眼C0.1,左眼C0.5であったが前眼部や眼内に明らかな異常所見は認めなかった.12月上旬再診時に両眼光覚まで増悪し,山形大学附属病院(以下,当院)へ紹介となった.初診時所見:視力は右眼が光覚(+)(矯正不能),左眼は光覚(C.)(矯正不能)で眼圧は右眼C17mmHg,左眼C15mmHgであった.前眼部には両眼にCEmery-Little分類でGradeIIIの核白内障を認めたが炎症所見は認めず,眼底にも明らかな異常所見を認めなかった(図1).対光反応は両眼とも遅鈍であり,相対的入力瞳孔反射異常は陰性.中心フリッ図1初診時眼底写真両眼底に明らかな異常所見を認めない.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真右は腕網膜循環時間の遅延を認める.左は視神経乳頭の過蛍光を認める.図3初診時OCT両眼ともCellipsoidzoneが不明瞭となっている.カー値は両眼ともにC0CHz,動的量的視野検査でも両眼とも反応は検出されなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinCangiography:FA)では右眼では腕網膜循環時間の遅延を認め,左眼では視神経乳頭で過蛍光を認めた(図2).頭部磁気共鳴画像(magneticCresonanceCimaging:MRI)では明らかな異常所見を認めなかった.光干渉断層計(opti-calCcoherenceCtomograpy:OCT)では両眼ともにCellipsoidzoneが消失していた(図3).網膜電図(electroretinogram:ERG)では暗順応CERG(桿体応答,フラッシュCERG),明順応CERG(錐体応答,フリッカーCERG)ともに平坦な波形を認めた.経過:鑑別診断として網膜色素変性症,CAR,ビタミンA欠乏症などが考えられたが,入院直後にノロウイルス感染による胃腸炎を認めたため,ステロイドパルスを施行せずビタミン製剤の内服のみで経過観察となった.血液検査で抗リカバリン抗体が陽性であったためCCARと診断し全身検索を行ったところ,血液生化学検査で前立腺特異抗原(pros-tateCspeci.cCantigen:PSA)がC33.817Cng/ml(基準値≦4.0ng/ml)と上昇を認めた.骨盤部単純CMRIでも前立腺左葉の浸潤発育を認めたため前立腺癌が疑われた.当院泌尿器科へ紹介し,確定診断のための前立腺生検を提案したが,本人が拒否したため臨床的前立腺癌として経過観察されていた.PSAは徐々に上昇がみられていたが後に近医泌尿器科へ紹介となった.眼科も通院を拒否し無治療で経過観察終了となった.CII考按本症例ではC2週間で両眼の急激な視力低下,視野狭窄をきたし,ERGの波形平坦化やCOCTでのCellipsoidCzoneの不明瞭化もみられている.FAでは腕網膜循環時間の遅延や視神経乳頭の過蛍光を認めているものの,検眼的に前眼部や眼底に明らかな異常所見は認めなかった.急激な視力低下や視野狭窄をきたす疾患として網膜動脈閉塞症や硝子体出血が考えられるが,眼底やCFA所見からは否定的であった.ERGの波形平坦化がみられる疾患としては網膜色素変性症が鑑別にあがったが,色素沈着も認めておらず視野狭窄の進行も緩徐であり,今回の経過からは否定的,またCellipsoidzoneが不明瞭化する疾患としては急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonalCoccultCouterCretinopathy:AZOOR)が考えられたが,視野の部分欠損を示す疾患であり,本症例の動的量的視野検査でまったく反応が検出されないものとは異なる.このような経過から鑑別疾患としてCARの可能性を考え,血中抗体検査を施行したところ抗リカバリン抗体陽性であったことからCCARの診断となった.また,同時期に腫瘍性病変の検索として造影CMRIを施行したところ,前立腺癌の可能性が考えられた.CARはC1976年にCSawyerらが初めてC3例の報告をしており1),網膜視細胞の特異的抗原が異所性に癌細胞に発生し,自己免疫機序によって網膜障害が生じる疾患である2).抗原としてはリカバリン,heat-shock-proteinC70などが報告されている3).また,血液中に抗リカバリン抗体が陰性であっても,肺小細胞癌の腫瘍細胞上にリカバリンの異所性発現を示した報告がある4).原因となる癌としては肺,消化器系,婦人科系の癌が多く,Yamaguchiらの報告ではCCAR57例のうちで肺癌はC43例,そのうち肺小細胞癌はC37例という結果が報告されている5).また,肺小細胞がんや広範囲で遠隔転移が存在している症例で急速な視力低下が生じるという報告がある6,7).本症例では臨床的に前立腺癌が疑われたが,生検未施行であるため詳細は不明となっている.CARの臨床的所見としては進行性の視力低下,視野狭窄,網膜中心動脈の狭細化,夜盲,網膜電図の平坦化などがある2).過去の報告として眼底に明らかな異常は認めないもののCOCTで網膜外層の菲薄化を認めたこと,ERGで振幅の低下を認めたことからCCARを疑い診断に至ったという報告があり8),本症例もほぼ同様の臨床像がみられている.CARは眼症状から癌の発見につながりうるため,早期発見により眼のみならず生存率延長にも寄与する可能性がある.本症例のように短期間で急速な視力低下を認めているにもかかわらず検眼的に異常を認めない場合,CARの可能性を検討し,必要に応じて全身検査を施行する必要があると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:BlindnesscausedCbyCphotoreceptorCdegenerationCasCaCremoteCe.ectCofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C19762)大黒浩,山崎仁志:癌関連網膜症の分子病態と新しい治療法.医学のあゆみ201:193-195,C20023)OhguroCH,CYumikoCY,CIkuyoCOCetCal:ClinicalCandCimmu-nologicalCaspectsCofCcancer.associatedCretinopathy.CAmJOphthalmolC137:1117-1119,C20044)新屋智之,笠原寿郎,藤村正樹ほか:悪性腫瘍随伴網膜症(Cancer-associatedCretinopathy:CAR)を合併した肺小細胞癌の一例.肺癌C46:741-746,C20065)AkiraCY,CTamiCF,COsamuCHCetCal:ACsmallCcellClungCcan-cerCwithCcancer-associatedCretinopathy:detectionCofCtheCprimarysiteinthelung15monthsafterresectionofmet-astaticCmediastinalClymphadenopathy.CJpnCJCLungCCancerC44:43-48,C20046)KornguthCSE,CKleinCR,CAppenCRCetCal:OccurrenceCofCanti-retinalCganglionCcellCantibodiesCinCpatientsCwithCsmallCcellCcarcinomaofthelung.CancerC50:1289-1293,C19827)GuyCJ,CAptsiauriCN:TreatmentCofCparaneoplasticCvisualClossCwithCintravenousCimmunoglobulin.CReportCofC3Ccases.CArchOphthalmolC117:471-477,C19998)上野真治:腫瘍関連網膜症.あたらしい眼科C33:971-979,C2016***

長期にわたり視機能が安定した精巣腫瘍関連網膜症の1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):435.438,2016c長期にわたり視機能が安定した精巣腫瘍関連網膜症の1例今井弘毅*1太田浩一*2菊池孝信*3*1信州大学医学部眼科学教室*2松本歯科大学病院眼科*3信州大学ヒト環境科学研究支援センターLong-termFollow-upforaCaseofSeminoma-associatedRetinopathyHirokiImai1),KouichiOhta2)andTakanobuKikuchi3)1)DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,3)DepartmentofInstrumentalAnalysisResearchCenterforHumanandEnvironmentalScience,ShinshuUniversity精巣腫瘍関連網膜症において5年余り進行が停止している症例を報告する.43歳,男性.左眼の霧視を主訴に近医でぶどう膜炎と診断,ステロイド治療を受けた.同時期に泌尿器科で精巣腫瘍を摘出された.その後,両眼の羞明,視野障害を自覚し,癌関連網膜症(cancerassociated-retinopathy:CAR)が疑われ,前医でステロイドパルス療法が施行された.しかし,ステロイドの副作用のため治療継続が困難となり,信州大学医学部附属病院眼科を受診した.矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.5),網膜電図では30Hzフリッカーの振幅減少,視野検査で両眼の輪状暗点,ウェスタンブロットで抗網膜抗体の存在,免疫染色で視細胞層の陽性所見からCARと診断した.免疫グロブリン療法を施行し,ステロイド内服を2年で漸減,中止した.以降,視力は維持され,輪状暗点の改善も認めた.原発巣切除,ステロイド治療,免疫グロブリン療法が長期にわたり,視機能の維持に有効であったと考えられた.Wereportacaseofseminoma-associatedretinopathythathasremainedstablewithvisualfunctionsfor5years.Thepatient,a43-year-oldmalewhohadcomplainedofblurredvisioninhislefteye,hadbeendiagnosedwithuveitisandtreatedwithoralsteroid.Duringthesameperiod,hehadundergoneorchiectomyandbeendiagnosedwithseminoma.Subsequently,hecomplainedofbilateralblurredvisionandvisualfieldloss.Cancerassociated-retinopathy(CAR)wassuspectedandhereceivedsteroidpulsetherapy,followedbyoralsteroidtherapy.However,hereferredtouswithadverseeventsfromsteroid.Electroretinographyrevealedbilateraldecreaseofamplitudein30Hz-flickerflash.Humphreyperimetryshowedbilateralringscotoma.Laboratorytechniquesforhisseradisclosed41kDantiretinalautoantibodiesinthephotoreceptorlayer.Onthebasisofthesefindings,wediagnosedtheCAR.Intravenousimmunoglobulinimprovedvisualfieldloss,andvisualfunctionshavebeenretainedformorethantwoyearsbeyondterminationofsteroidtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):435.438,2016〕Keywords:癌関連網膜症,精巣腫瘍,ステロイド,免疫グロブリン療法,原発巣切除.cancerassociated-retinopathy,seminoma,steroid,intravenousimmunoglobulin,orchiectomy.はじめに癌関連網膜症(cancerassociated-retinopathy:CAR)は,上皮由来の悪性腫瘍の直接浸潤や転移ではなく,自己免疫機序により視細胞が傷害され,急速進行性に両眼の視力,視野障害をきたし,治療によっても視機能の予後が不良なケースの多い疾患である.以前,精巣腫瘍が誘因となって発症したと考えられたCARを初めて報告したが1),その長期経過について報告する.I症例患者:43歳,男性.主訴:両眼の羞明および視野障害.現病歴:2009年11月に左眼の霧視を自覚し,近医でぶどう膜炎と診断され,ステロイド治療を受けていた.同時期に泌尿器科で精巣腫瘍を指摘,摘出術が施行され,病理組織学的に精巣腫瘍(stageI)の確定診断となった.その後,両眼の羞明,視野障害が出現したためCARが疑〔別刷請求先〕今井弘毅:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokiImai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversity,3-1-1Asahi,Matsumoto-city,Nagano390-8621,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(105)435 平均黄斑部網膜厚MDPSL(μm)(dB)(mg)MDPSL(μm)(dB)(mg)①2009/11/25腫瘍摘出術④2010/2/8~10⑤2010/4/28~5/3④⑤①②③②2009/12/24両トリアムシノロン球後注射③2010/2/5両トリアムシノロン球後注射60ステロイドパルス療法40免疫グロブリン療法2000-10-20-30右眼左眼2602502402302009/1/12010/1/12011/1/12012/1/12013/1/12014/1/12015/1/1図1臨床経過上段:プレドニゾロン(PSL)内服量,CARに対するその他の治療,中段:Humphrey視野検査のmeandeviation(MD)値,下段:OCTの平均黄斑部網膜厚.MD値は治療により両眼とも改善し,治療後.感度低下は残るものの,維持された(初回:右眼.21.85dB,左眼.19.57dB,5年後:右眼.7.07dB,左眼.7.87dB).平均黄斑部網膜厚は両眼とも治療中,治療後も徐々に菲薄化しており,5年の経過で約10μmほど菲薄化した(初回:右眼258μm,左眼256μm,5年後:右眼247μm,左眼243μm).図2Humphrey視野検査上段:初回,下段:5年後.両眼とも輪状暗点の改善を認めた.われ,同年12月,両トリアムシノロンアセトニド球後注射,プレドニゾロン(PSL)60mg/日の内服(以降漸減)が開始された.2010年2月,前医に紹介となり,ステロイドパルス療法およびPSL60mg/日からの漸減投与が行われた.視野障害の進行は抑制できていたが,耐糖能異常,血圧上昇,右下葉肺動脈血栓塞栓症,下肢静脈血栓,帯状疱疹,眼圧上昇などのステロイドの副作用が出現し,治療継続が困難となり,同436あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016年4月,信州大学医学部附属病院眼科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph.1.0D),左眼0.8(1.5×sph.0.75D).眼圧は右眼21mmHg,左眼24mmHgと軽度の眼圧上昇を認めた.前眼部,中間透光体に異常なく,両眼底に黄斑部周囲の脈絡膜血管の透見性増加,視神経乳頭の軽度色調不良,網膜血管の軽度狭細化を認めた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部周囲網膜の,とくに外層の菲薄化を認めた.Humphrey視野検査で両輪状暗点を認め,網膜電図(electroretinography:ERG)では30Hzフリッカーの振幅が減弱していた.患者血清を用いたマウス蛋白に対するウェスタンブロットにて41kDに網膜に特異的なバンドを認め,免疫染色では視細胞層に強い反応を認めた.経過:臨床所見,眼科検査所見,免疫生化学・組織検査より精巣腫瘍関連網膜症と診断した.治療経過とHumphrey視野検査による網膜感度および黄斑部網膜厚の推移については図1に示した.当院では脳神経内科で免疫グロブリン療法(intravenousimmunoglobulin:IVIg)を施行され,視野障害は徐々に改善した.PSL内服も徐々に減量し,2013年2月に終了としたが,現在に至るまでHumphrey視野検査で網膜感度の低下部位は認めるものの(図2),MD(meandeviation)値はほぼ維持された(図1).視力は両眼とも(1.5)と良好で,眼圧は両眼とも14mmHgと正常範囲内に保たれた.ERGは2012年4月が最終検査であったが,初回検査時(106) フラッシュERGフリッカーERG図3フラッシュERGとフリッカーERG上段:初回,下段:2年後.フラッシュERGはほぼ正常,フリッカーERGの振幅はやや減弱していたが,2年間機能は維持されていた.と比較しても悪化はなかった(図3).II考按CARは夜盲,視野狭窄,光視症といった症状で受診し,両眼性の求心性視野狭窄,輪状暗点やERGでa波,b波の著しい振幅の減弱,OCTで網膜外層の異常が認められることが多いとされている.本症例では両輪状暗点,網膜外層の異常を認めたが,視力低下はなく,ERGでも30Hzフリッカーの振幅の減弱のみと比較的視機能障害が軽微であった.また,今回41kDの抗網膜抗体が同定されたが,過去に同分子量の抗網膜抗体としてphotoreceptorcell-specificnuclearreceptorが報告されている.しかし,免疫染色で内顆粒層,外顆粒層に反応がみられており,この症例では異なる抗網膜抗体と考えられた2).今回,CARとしては比較的視機能が良好な時期に原発巣が摘出され,再発がなく,ステロイド治療を行うことで視野障害の進行は止めることができていた.しかし,視野障害の改善には乏しく,ステロイドの副作用により治療継続が困難となった.そこでIVIgを行った結果,視野障害は改善し,その後ステロイドを漸減中止したが,視機能は治療終了後2年以上維持することができた.このことから,CARによる視機能障害の改善にIVIgが有効であったと考えられた.ただし,菲薄化した網膜の形態学的な改善は得られず,両眼の輪状暗点の改善には限界があった(図1).精巣と同様に免疫特権部位である卵巣や脳の腫瘍に伴うCARは過去に報告例があり3.7),治療により視機能が改善した症例もあった.しかし,治療に抵抗し,悪化した症例が多い3.6).視機能が改善した症例は14歳と若年であり,原発巣治療後に再発がなく,CARに対してステロイド投与,IVIg,リツキシマブ投与といった強力な治療が行われていたことが要因と考えられた7).そのため腫瘍の発症部位による視力予後の相違はないと考えられる.今回の症例で5年間の長期にわたり良好な視機能を維持できたのは,治療開始時の視力が良好で,ERGの異常が比較的軽微な段階にあり,その時期に原発巣切除,ステロイド治療,IVIgを行い,腫瘍の再発もなく経過していることが要因ではないかと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ImaiH,OhtaK,KikuchiTetal:Cancer-associatedretinopathyinapatientwithseminoma.RetinCasesBriefRep6:159-162,20122)EichenJG,DalmauJ,DemopoulosAetal:Thephotoreceptorcell-specificnuclearreceptorisanautoantigenofparaneoplasticretinopathy.JNeuroophthalmol21:168172,20013)YoonYH,ChoEH,SohnJetal:Anunusualtypeofcancer-associatedretinopathyinapatientwithovariancancer.KoreanJOphthalmol13:43-48,19994)HarmonJP,PurvinVA,GuyJetal:Cancer-associated(107)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016437 retinopathyinapatientwithadvancedepithelialovarianovariancancer.OculImmunolInflamm18:107-109,carcinoma.GynecolOncol73:430-432,199920105)山添健二,福島敦樹,上野脩幸:頭蓋内悪性リンパ腫に伴7)TurakaK,KietzD,KrishnamurtiLetal:CarcinomaったCARの1例.眼臨紀1:565-568,2008associatedretinopathyinayoungteenagerwithimma6)KimSJ,TomaHS,ThirkillCEetal:Cancer-associatedtureteratomaoftheovary.JAAPOS18:396-398,2014retinopathywithretinalperiphlebitisinapatientwith***438あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(108)

前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症の1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):443.447,2014c前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症の1例高阪昌良石原麻美木村育子澁谷悦子水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofCancer-AssociatedRetinopathywithNeuroendocrineCarcinomaoftheProstateMasayoshiKohsaka,MamiIshihara,IkukoKimura,EtsukoShibuyaandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine前立腺原発神経内分泌癌に随伴する癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)の1例を報告する.症例は82歳,男性で,急速に進行する視力低下・視野障害で発症した.前医での視力は右眼(0.8),左眼(0.3)であったが,1週間後の当院初診時視力は右眼(0.3),左眼手動弁に低下していた.左眼に濃厚な硝子体混濁と視神経蒼白,両眼に網膜動脈狭細化がみられた.視野は高度に狭窄,網膜電図は平坦化していた.血清抗リカバリン抗体は陽性であった.臨床所見からCARを考え,ステロイドパルス療法を施行したが,わずかな視力・視野の改善しかみられなかった.全身検索により,前立腺原発神経内分泌癌が判明したが,その4カ月後に死亡した.原疾患は前立腺悪性腫瘍の1%以下と稀であり,病理学的に肺小細胞癌と類似している.前立腺原発神経内分泌癌に随伴するCARの報告は本症例が初めてである.Wereportacaseofcancer-associatedretinopathy(CAR)withneuroendocrinecarcinoma(NEC)oftheprostate.Thepatient,an82-year-oldmale,developedrapidlyprogressivevisuallossandimpairedvisualfield.Atfirstvisittoourhospital,hisvisualacuityhaddecreasedto0.3ODandfingercountOS,ascomparedtothe0.8ODand0.3OS,respectively,ofthepreviousweek.Fundusexaminationshoweddensevitreousopacityandpaleopticdiscinthelefteye,withattenuatedretinalarteriolesinbotheyes.Visualfieldwasseverelyimpaired;theelectroretinogramshowedwaveformsofmarkedlyattenuatedamplitudes.Bloodserumtestedpositiveforthepresenceofantirecoverinantibody.ClinicalfindingswereconsistentwithCAR.Despitetreatmentwithsteroidpulsetherapy,hisvisualacuityandvisualfieldshowedonlyslightimprovement.SystemicexaminationrevealedNECoftheprostate.Hepassedawayafter4months,followingcancerdiagnosis.NECoftheprostateisaveryrarecancer,accountingforlessthan1%ofprostatemalignancies,withpathologicalfindingssimilartothoseofsmallcelllungcancer.Toourknowledge,thisisthefirstreportofCARinNECoftheprostate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):443.447,2014〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,前立腺原発神経内分泌癌,ステロイドパルス療法.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,neuroendocrinecarcinomaoftheprostate,steroidpulsetherapy.はじめに腫瘍随伴症候群の一つである癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は,進行性の視力低下,視野狭窄,夜盲といった網膜色素変性症様の眼症状を特徴とし,時にぶどう膜炎様所見を伴うこともある比較的稀な疾患である.発症機序として,視細胞に特異的な蛋白質であるリカバリンが腫瘍細胞に発現することで,視細胞に対する自己免疫反応が起こり視細胞が障害されると推察されている1).原因腫瘍としては,肺小細胞癌が最も多く,ついで消化器系および婦人科系の癌が報告されている.また,進行速度は症例によりさまざまだが,比較的急速に進行する症例が多い.治療は副腎皮質ステロイド薬が多く使用されるが,有効例は少ない.今回,筆者らは,非常に稀な腫瘍である前立腺原発神経内分泌癌に随伴するCARの1例を経験したので報告する.なお,本症例は,横浜市立大学医学部附属病院の臨床研究に関する倫理委員会を通した同意文書に基づき,本人の同意を得ている.〔別刷請求先〕高阪昌良:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasayoshiKohsaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama236-0004,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(139)443 A1:治療前B:治療後A2A1:治療前B:治療後A2図1治療前後の眼底写真・蛍光眼底造影写真A.1:治療前の左眼眼底写真.濃厚な硝子体混濁のため,眼底の透見は不良である.網膜動脈の狭細化がみられ,視神経乳頭の色調は蒼白である.A.2:治療前の左眼蛍光眼底造影写真.視神経は低蛍光であり,明らかな網膜血管炎や血管閉塞所見はなかった.B:ステロイドパルス治療後の両眼眼底写真.左眼の硝子体混濁は改善した.視神経乳頭の蒼白化,網膜動脈の白線化がみられる.I症例患者:82歳,男性.主訴:左視力低下.既往歴:62歳時,左眼白内障手術.81歳時,右眼白内障手術,高血圧症.現病歴:平成24年2月,左眼視力低下を自覚し,3月に近医を受診した.視力は右眼(0.8),左眼(0.3)と左眼視力低下がみられ,左眼の後部ぶどう膜炎が疑われたため,横浜市立大学附属病院を紹介され,1週間後に受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(0.3×.1.0D),左眼10cm手動弁(n.c.),眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前房内炎症細胞,角膜後面沈着物などの前眼部炎症は認めず,左眼に濃厚なびまん性硝子体混濁を認めた.両眼底では網膜動脈の狭細化を認めたが,色素沈着や色調の変化などの変性所見はなかった.左眼底は硝子体混濁の444あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ため透見不良で,視神経乳頭の色調が蒼白であった(図1A-1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,左眼視神経が低蛍光を示し(図1A-2),右眼後極部に網膜色素上皮の萎縮によると思われるwindowdefectを認めたが,明らかな網膜血管炎および閉塞所見はみられなかった.Goldmann視野計では両眼とも周辺のみ残存する高度な視野狭窄を認め(図2A),網膜電図ではa波,b波ともに著明に低下し,平坦化していた(図3).経過:末梢血一般,生化学,各種自己抗体,腫瘍マーカー(CEA,SCC,CA-19-9,CYFRA,SLX17,PSA,NSE,ProGRP,可溶性IL-2R)などを含む血液検査では異常所見はなかった.また,血液検査では,結核,梅毒,HSV,VZV,HTLV-1など感染性ぶどう膜炎を示唆する有意な所見は認めなかった.血清抗リカバリン抗体は陽性であった.臨床所見および抗リカバリン抗体陽性よりCARを考え,鑑別診断および腫瘍検索のため,頭部CT,胸部CT,頭部(140) A:治療前B:治療後図2治療前後のGoldmann視野A:治療前.両眼とも,周辺のみ視野が残存する高度な視野狭窄を示した.B:ステロイドパルス治療後.周辺視野のわずかな改善しかみられなかった.図3フラッシュERG両眼ともa波,b波ともに著明に低下し平坦化.MRI・MRA,頸動脈エコー,全身PET-CTなどの画像検査を施行した.しかし,原疾患となる腫瘍は不明であった.当院初診から8日後には,視力が右眼手動弁(n.c.),左眼光覚弁(n.c.)まで低下したため,緊急入院となり,ステロイドパルス療法(プレドニゾロン500mg/日を3日間)を施行した.Iクール終了後,硝子体混濁は消失したものの,視力改善に乏しかったため,合計3クール施行した.治療終了後,右眼(0.1),左眼(0.02)と改善したが,網膜動脈の白線化が著明になった(図1B).光干渉断層計では網膜の層構造が不明瞭となっており内節/外節(IS/OS)ラインを含むスリーラインは一部欠損し,網膜外層の菲薄化がみられた(図4).視野は初診時と比較し,周辺視野がわずかに広がったのみであった(図2B).その後,胸腹部骨盤造影CTにて,骨盤内腫瘍が疑われたため,超音波内視鏡下穿刺生検が施行され,病理学的に前立腺原発神経内分泌癌と診断された.原疾患診断後,全身状態が急激に悪化し,また患者の治療希望がなかったた(141)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014445 図4OCT両眼とも,層構造が不明瞭となりIS/OSラインを含むスリーラインが一部欠損し,網膜外層は菲薄化.め,緩和ケアの方針で転院となり,4カ月後に死亡した.II考按CARの臨床像として,両眼進行性の視力低下,光視症,視野狭窄(輪状暗点,中心狭窄),網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底,網膜電図消失型,ぶどう膜炎の合併などの眼所見・検査所見がいわれている.本症例はCARとして典型的な臨床像を呈したと思われる.過去の報告の半数近くが,網膜症が癌の診断に先行していたが,本症例もそうであり,眼科医も癌発見のための重要な役割を担っているといえる.CARの確定診断には,血清学的に抗リカバリン抗体を証明することが必要である.筆者らの症例は1回目の検査で陽性となったが,たとえ陰性であってもCARを疑った場合には,1カ月以上の間隔をおいて,3回測定を行うと,100%陽性が確認できたと報告されている2).治療については,ステロイドパルス療法が施行された報告が多いが,有効例は多くない.尾辻らは,霧視を自覚して7日目に両眼光覚がなくなり,ステロイドパルス療法や癌の治療を行っても回復しなかった症例を報告している3).しかし,446あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014視力予後の良い症例もあり,高橋らは,視力が手動弁まで低下したにもかかわらず,その8日後にステロイドパルス療法を開始し,4カ月後には0.3.0.4に回復し,また化学療法で癌も消失した症例を報告している4).筆者らの症例は視力や視野の改善があまりみられなかったが,疾患の視力予後には,視力や視野障害の進行速度,治療開始時の視力,治療開始までの時間,原疾患の治療が可能か否かなどの要因が関与すると考えられた.ラットの視細胞を用いた実験によると,抗リカバリン抗体は量と時間に依存して視細胞の障害を起こすことが確認されており5),症例によって産生される抗リカバリン抗体の量が異なるためCARの進行速度や予後が異なる可能性が示唆されている.CARの発症機序として,大黒らはつぎのような仮説を立てている1).まず,癌細胞中でリカバリンが異所性発現し,それに対して自己免疫応答により血清抗リカバリン抗体が産生され,それが眼内の視細胞に取り込まれ,視細胞における正常なリカバリンの機能が破綻することで,視細胞のアポトーシスを引き起こす.リカバリンがどのような機序で癌細胞中に異所性発現するのかはいまだ不明であるが,肺小細胞癌(142) の患者の腫瘍細胞上のリカバリン抗原を免疫組織化学によって証明した症例が報告されている6).本症例では血清中の抗リカバリン抗体は陽性であったが,病理学的に腫瘍細胞中にリカバリン抗原の発現は認められなかった.前立腺原発神経内分泌癌は,1977年にWenkらが初めて報告した稀な腫瘍で,前立腺癌全体の1%以下とされる7).病理学的に小細胞癌に相当し,前立腺癌取扱い規約(第4版)の組織分類では小細胞癌として独立して扱われており,わが国では100例以上の症例報告がある.前立腺原発神経内分泌癌は,病理学的所見では肺小細胞癌と同様であるため,治療も肺小細胞癌に準じた化学療法が行われることが多いが,きわめて予後不良である8).小細胞癌が放出する神経内分泌因子が神経系と共通する抗原を発現しやすく,retinopathyを含めた傍腫瘍症候群を起こしやすくする可能性が示唆されている.検索しえた限りでは,神経内分泌癌に伴ったCARの報告例は,気管支癌9),肺大細胞癌10)と卵管癌11)の3例のみであり,前立腺原発神経内分泌癌に随伴したCARの報告は本症例が初めてであると考えられた.今後,症例を蓄積することで,いまだ治療法の確立されていない本疾患において,リカバリンの果たす役割や発症機序が解明され,網膜症治療だけでなく,新たな腫瘍免疫治療の確立に結びつくことが期待される.文献1)大黒浩,斉藤由幸:傍腫瘍性神経症候群:診断と治療の進歩.日本内科学会雑誌97:1790-1795,20082)横井由美子,大黒浩,中澤満ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科21:987-990,20043)尾辻太,中尾久美子,坂本泰二ほか:急速に失明に至り,特異な対抗反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌115:924-929,20114)高橋政代,平見恭彦,吉村長久ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連網膜症(CAR)の1例.日眼会誌112:806-811,20085)AdamusG,MachnickiM,SeigelGMetal:Apoptoticretinalcelldeathinducedbyautoantibodiesofcancerassociatedretinopathy.InvestophthalmolVisSci38:283-291,19976)新屋智之,笠原寿郎,藤村政樹ほか:悪性腫瘍随伴症候群(Cancer-associatedretinopathy:CAR)を合併した肺小細胞癌の1例.肺癌46:741-746,20067)森裕二,品川俊人,木村文一ほか:前立腺原発神経内分泌癌の1例.日本臨床細胞学会雑誌40:58-62,20018)山本豊,坂野恵里,梶川博司ほか:前立腺小細胞癌の1例.泌尿器外科24:1073-1076,20119)StanfordMR,EdelstenCE,HughesJDetal:Paraneoplasticretinopathyinassociationwithlargecellneuroendocrinebronchialcartinoma.BrJOphthalmol79:617-618,199510)井坂真由香,窪田哲也,酒井瑞ほか:癌関連網膜症を随伴した肺大細胞神経内分泌癌の1例.日呼吸誌2:39-43,201311)RaghunathA,AdamusG,BodurkaDCetal:Cancerassociatedretinopathyinneuroendocrinecarcinomaofthefallopiantube.JNeuroophthalmol30:252-254,2010***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014447