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下方で行ったサイヌソトミー併用トラベクロトミーの白内障同時手術の長期成績

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):583.586,2015c下方で行ったサイヌソトミー併用トラベクロトミーの白内障同時手術の長期成績加賀郁子*1城信雄*1南部裕之1.2)中内正志*1吉川匡宣*1越生佳代*3髙橋寛二*1松村美代*2*1関西医科大学眼科学教室*2永田眼科*3関西医科大学滝井病院Long-TermOutcomesforTrabeculotomywithSinusotomyCombinedwithPhacoemulsificationandAspirationwithIntraocularLensImplantationforGlaucomaIkukoKaga1),NobuoJo1),HiroyukiNambu1,2),TadashiNakauchi1),TadanobuYoshikawa1),KayoKoshibu3),KanjiTakahashi1)andMiyoMatsumura2)1)DepartmentofOpthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)NagataEyeClinic,3)DepartmentofOpthalmology,KansaiMedicalUniversityTakii目的:原発開放隅角緑内障(POAG),落屑緑内障(EG)に対する白内障手術を併用した下方サイヌソトミー併用トラベクロトミー(LOT+SIN)の眼圧下降効果について検討した.対象および方法:2004.2009年に白内障+下方LOT+SINを行ったPOAG22例31眼,EG20例23眼について眼圧経過および20または16mmHgの生存率を検討.結果:眼圧(POAG/EG)は術前19.8/22.7,術後3年13.4/13.1,術後5年11.5/13.0mmHgであった.術後7年の20mmHg以下の生存率(POAG/EG)は51.8/93.3%,16mmHg以下は46.5/72.8%であり,EGのほうが有意に良好であった(p<0.01).結論:白内障手術を併用した下方LOT+SINの成績は,過去の上方でのLOT+SINを行った報告と同等であった.POAGよりもEGのほうが成績は良好であった.Inthisstudy,weretrospectivelyanalyzedthelong-termsurgicaloutcomesofinferior-approachtrabeculotomyandsinusotomy(inferior-LOT+SIN)combinedwithphacoemulsificationandintraocularlensimplantation(PEA+IOL).Wereviewed31primaryopen-angleglaucoma(POAG)eyesand23exfoliationglaucoma(EG)eyes.AllcaseshadundergoneinitialLOT+SIN,andwerefollowedupforatleast6-monthspostoperative.InthePOAGandEGeyes,themeanpreoperativeintraocularpressure(IOP)was19.8mmHgand22.7mmHg,respectively,whilethemeanIOPat3-and5-yearspostoperativewas13.4and11.5mmHgand13.1and13.0mmHg,respectively.Statisticallysignificantdifferencewasfoundbetweenthepre-andpostoperativeIOP.BytheKaplan-Meierlifetablemethod,thesuccessratebelow20/16mmHgwere51.8/46.5%inthePOAGeyesand93.3/72.8%intheEGeyesat7-yearspostoperative.ThesuccessrateofEGwasstatisticallyhigherthanthatofPOAG.Thesefindingsareidenticaltothoseofpreviousreportsonsuperior-LOT+SIN.ThefindingsofthisstudyshowthatPEA+IOL+inferior-LOT+SINiseffectiveforthecontrolofIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):583.586,2015〕Keywords:トラベクロトミー,サイヌソトミー,白内障手術,開放隅角緑内障,落屑緑内障.trabeculotomy,sinusotomy,phacoemulcification+IOLimplantation,primaryopenangleglaucoma,exfoliationglaucoma.はじめにことが知られ1.3),成人例ではLOT+SINを施行することがトラベクロトミー(trabeculotomy:LOT)は緑内障流出主流になっている.SINを行ってもトラベクレクトミーでみ路手術の代表格であるが,サイヌソトミー(sinusotomy:られるような濾過胞はできない1.4,7)ので,将来行う可能性SIN)を併用すると,LOT単独に比べて術後眼圧が低くなるのあるトラベクレクトミーのために上方の結膜を温存するこ〔別刷請求先〕加賀郁子:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学講座Reprintrequests:IkukoKaga,DepartmentofOpthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-5-1Shinmachi,Hirakata573-1191,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)583 とを考慮して,最近では下方でLOT+SINを行うことが多く,下方で行っても,上方で行ったLOT+SINの成績と同等であることが報告されている4).LOTに白内障手術を併用した場合,LOT単独手術と同等以上の成績であり6),LOT+SINでも同様の報告はあるが7,8),これらの報告は上方で手術を行った成績であり,白内障手術を併用して下方でLOT+SINを行ったものの報告は少ない5).今回,白内障手術を併用した下方でのLOT+SINの術後長期成績を,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)と落屑緑内障(exfoliationglaucoma:EG)に分けてレトロスペクティブに検討したので報告する.I対象および方法2004.2009年に関西医科大学附属滝井病院および枚方病院において,LOT+SINと超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(phacoemulsificationandaspiration:PEA+intraocularlens:IOL)の同時手術を施行した,初回手術例48例61眼のうち,術後6カ月以上経過観察ができた42例54眼を対象とした(経過観察率89%).病型はPOAG22例31眼,EG20例23眼,男性24例29眼,女性18例25眼であった.平均年齢(平均値±標準偏差,以下同様)はそれぞれ70.0±10.3,77.6±8.6歳とEGのほうが有意に高齢であった(Mann-WhitneyU検定,p=0.0087).平均経過観察期間はPOAG48.9±22.1カ月,EG45.6±25.6カ月と同等であった(Mann-WhitneyU検定,p=0.7330)(表1).LOT+SINは8時方向で行った.4×4mmの二重強膜弁を作製し,Schlemm管を露出した.上方から角膜切開ないし19ゲージ(G)のバイマニュアルにてPEAを行い,IOLは表層強膜弁下より挿入した.LOT用プローブを挿入,回転し,深層強膜弁を切除して強膜弁を10-0ナイロン糸で2.4糸縫合閉鎖した後,SINすなわちSchlemm管上の強膜の一部をケリーデスメ膜パンチにて切除した.最後に前房内の粘弾性物質を吸引した.眼圧に関してはKaplan-Meier法を用いて20mmHgあるいは16mmHg以下への生存率の解析を行った.死亡の定義は,1)術後1カ月以降で目標眼圧あるいは術前眼圧を2回表1対象症例POAGEGp値症例22例31眼20例23眼平均年齢(歳)70.0±10.377.6±8.6p=0.0087平均観察期間(カ月)48.9±22.145.6±25.6p=0.7330POAG:primaryopenangleglaucoma,原発開放隅角緑内障,EG:exfoliationglaucoma,落屑緑内障.両群間で平均年齢に有意差はなかったが,平均観察期間に有意差はなかった.(Mann-WhitneyU検定)584あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015連続して超えた最初の時点,2)炭酸脱水酵素阻害薬の内服を開始した時点,3)新たな緑内障手術を施行した時点とした.ほかの内眼手術を行った場合は,その時点で経過観察打ち切りとした.Logrank検定を用いてPOAGとEGの病型別の生存率の比較も行った.II結果1.眼圧経過POAGの術前平均眼圧は19.8±4.4mmHgであった.術後1,3,5年の眼圧は13.9±4.1,13.4±3.2,11.5±1.6mmHgといずれの時点においても術前に比較して有意に下降した(術後1,3年p<0.0001,5年p=0.0269:pairedt-test).EGでも同様に,術前平均眼圧は22.7±9.7mmHg,術後眼圧は1,3,5年の眼圧は11.8±3.1,13.1±4.9,13.0±3.7mmHgであり,いずれの時点でも術前に比較して有意に下降した(術後1年p<0.0001,3年p=0.0037,5年でp=0.0180:pairedt-test)(図1).2.薬剤スコア緑内障点眼薬1点(ただし配合剤は2点),炭酸脱水酵素阻害薬内服を2点とした.POAGでは術前平均2.1±0.9から術後3年で1.5±1.0と減少はみられたものの有意差は認めなかった(p=0.0979:pairedt-test).また,EGでは術前平均が2.2±1.2から,術後3年で0.9±1.0(p=0.0217:pairedt-test)と統計学的に有意に減少したが,術後5年では1.0±0.6と減少はみられたものの有意差は認めなかった(p=0.1025:pairedt-test)(図2).3.生存率20mmHg以下への生存率は,POAGは術後3年で73.6%,術後5年で51.8%,EGは術後3年以降で93.3%であり,EGのほうが有意に良好であった(p=0.0086,Logranktest)(図3).16mmHg以下への生存率も同様で,POAGは術後3年で60.9%,5年で46.5%,EGは術後3年で95.2%,5年で72.8%であり,EGのほうが有意に良好であった(p=0.0099,Logranktest)(図4).4.視力術前視力と最終観察時の視力を比較した.術前と比べ最終観察時の視力がlogMAR視力で0.3以上低下した症例をPOAGの1眼(3.2%)に認めた.術後に発症した裂孔原性網膜.離が視力低下の原因であった(図5).5.濾過胞濾過手術でみられるような濾過胞は全例みられなかった.6.合併症一過性眼圧上昇(術後7日以内に30mmHg以上を呈したもの)をPOAG5眼(16.1%),EG8眼(34.8%)に認めたが,いずれの症例も経過観察もしくは点眼追加で眼圧下降した.POAG1眼で術後4日に感染性眼内炎を生じ,硝子体手(120) 32*******POAGn=31n=28n=25n=20:POAG:EG******EGn=23n=21n=17n=15n=12n=7n=18n=6:POAG:EG*****眼圧値(mmHg)スコア(点)201510術前12345(年)図2薬剤スコア0術前12345(年)図1病型別眼圧経過経過とともに症例数が減少するため有意差は出なかった術前の眼圧と比べ,病型を問わず有意に眼圧下降が得られが,術前と比べPOAGでは術後2年まで,EGでは3年また(pairedt-test**p<0.0001,*p<0.05).で有意に薬剤スコアは下降した(pairedt-test*p<0.05).100100:EG:POAG(月)72.8%(90カ月)46.5%(84カ月):EG:POAG51.8%(90カ月)93.3%(90カ月)8080生存率(%)生存率(%)60604040202000020406080(月)最終観察視力020406080図320mmHg以下への生存率図416mmHg以下への生存率POAGと比べ,EGが有意に良好であった(Logrank検定POAGと比べ,EGが有意に良好であった(Logrank検定p=0.0086).p=0.0099).術で治癒した.この症例では術後濾過胞はみられなかった.37.再手術例POAG6眼,EG1眼で再手術を行った.POAG3眼,EG2.50.51眼では術後18,34,54,54カ月までは投薬下で18mmHg2以下にコントロールできていたが,その後眼圧上昇を認めた.明らかな視野の悪化はなく,術後20,36,57,57カ月1.5で,下方の別部位から再度LOT+SINを行った.1術後1カ月以降20mmHg以上の眼圧を示しLOTが無効:EGと考えられたPOAGの1眼と,術後9カ月以降に点眼2剤●:POAGと内服投薬下で14mmHgであったが視野進行を認めたPOAGの1眼,術後48カ月まで15mmHg以下であったが視野進行を認めたPOAGの1眼の合計3眼で,各々術後6,-0.5-0.50.511.522.5326,48カ月にトラベクレクトミーを上半周で行った.術前視力図5視力経過(logMAR視力)III考按POAGの1例で裂孔原性網膜.離をきたし,術後視力低LOT+SINは10mmHg台前半の眼圧をねらえる術式では下を生じた.ないため,長い人生には将来的に濾過手術が必要になる可能性を考えて,近年では下方で行われることが多い.下方(121)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015585 LOT+SINの成績は上方で行ったものと変わらないことがわかっている4).LOT+SIN+PEA+IOLに関しては,以前筆者らの施設で上方から行った成績が,術後1年の眼圧14.6mmHgであり,LOT+SIN単独と同等であったことを報告した7).松原ら8)は,上方LOT+SIN+PEA+IOLの長期成績を,術後5年の平均眼圧13.6mmHg,20mmHg以下への生存率86.8%と,単独手術よりもよかったと報告している.浦野ら5)は今回の筆者らと同様に,下方でLOT+SINを施行し耳側角膜切開でPEA+IOLを行った症例と,上方でLOT+SIN+PEA+IOLを行った症例について,術後12カ月での眼圧は上方14.4mmHg,下方13.6mmHgで差はなく,その眼圧は過去のLOT+SIN単独と同等であったと報告している.本報告では,下方LOT+SIN+PEA+IOLの長期成績を,POAGとEGの病型別に検討した.POAGでは術後4年の眼圧12.9mmHg,20mmHg以下への4年生存率が71.8%で,下方でのLOT+SIN単独手術(術後5年の眼圧14.6mmHg,20mmHg以下への8年生存率62.2%)の報告4)と同等であった.POAGでは下方LOT+SIN単独と下方LOT+SIN+PEA+IOLとの成績に差はないと考えてよさそうである.EGでは,下方LOT+SIN単独手術は,術後3年の平均眼圧17.8mmHg,20mmHg以下への生存率は25.2%(42カ月)と不良であるが,内皮網除去を併用した場合はPOAGと同等の成績であると報告されている4).今回の下方LOT+SIN+PEA+IOLでは,術後5年の眼圧13.0mmHg,20mmHg以下への生存率93.3%とPOAGより明らかに良好であり,Fukuchiら10)の上方からの成績とも同等であった.落屑症候群の症例では,緑内障の有無にかかわらずPEA+IOL術後に眼圧下降が得られることも報告されている11).白内障手術で落屑物質が吸引除去されること,水晶体がIOLに替わることで虹彩との摩擦が減少し,その後の落屑物質の浮遊が減少するであろうことから,EGにはPEA+IOLは有効に作用すると考えられる.実際,LOTにSINを併用していなかった時代から,EGにはLOT+PEA+IOLが有効であることがわかっていた9)が,今回の検討でEGにおける同時手術の有用性は下方で行っても同様であることが確認された.今回,下方でのLOT+SN+PEA+IOLの長期成績を検討して,POAGではLOT+SIN単独でもPEA+IOLを併用しても眼圧成績に差のないことが明らかになった.EGでは,LOT+SIN単独よりもPEA+IOLを併用するほうが成績は良好で,POAGと比較しても有意に高い眼圧コントロールができるという結果が示された.EGでは,LOT+SINを下方で行う場合でも積極的に白内障手術を併用することが推奨586あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015される.過去の報告では,LOT+SIN+PEA+IOLの成績がLOT+SIN単独と同等であったとされるものと5,7),同時手術のほうが単独手術よりよかったとされるもの8)がみられるが,今後は病型を考慮した検討が必須であると思われる.本稿の要旨は第24回日本緑内障学会(2013)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MizoguchiT,NagataM,MatsumuraMetal:Surgicaleffectsofcombinedtrabeculotomyandsinusotomycomparedtotrabeculotomyalone.ActaOphthalmolScand78:191-195,20002)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独との長期成績の比較.臨眼50:1727-1733,19963)安藤雅子,黒田真一郎,寺内博夫ほか:原発開放隅角緑内障に対するサイヌソトミー併用トラベクロトミーの長期経過.臨眼57:1609-1613,20034)南部裕之,城信雄,畔満喜ほか:下半周で行った初回Schlemm管外壁開放術併用線維柱帯切開術の術後長期成績.日眼会誌116:740-750,20125)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20086)TaniharaH,HonjoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsificationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimaryopenangleglaucomaandcoexistingcartaract.OpthalmicSurgLasers28:810-817,19977)畑埜浩子,南部裕之,桑原敦子ほか:PEA+IOL+トラベクロトミー+サイヌソトミーの術後早期成績.あたらしい眼科8:813-815,20018)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科19:761-765,20029)TaniharaH,NegiA,AkimotoAetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,199310)FukuchiT,UedaJ,NakatsueTetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsification,intraocularlensimplantationandsinusotomyforexfoliationglaucoma.JpnJOphthalmol55:205-212,201111)ShingletonBJ,HeltzerJ,O’DonoghueMW:Outcomesofphacoemulsificationinpatientswithandwithoutpseudo-exfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg29:10801086,2003(122)

角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術 ―シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性―

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1519.1522,2014c角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術―シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性―安田優介若生里奈高瀬範明吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Cataract-VitreousCombinedSurgeryAssistedbyChandelierEndoilluminationandWide-AngleViewingSysteminSevereCornealOpacityYusukeYasuda,RinaWako,NoriakiTakase,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences角膜混濁例を有する症例に対し,白内障および硝子体同時手術をシャンデリア照明と広角眼底観察システムを用いて行った.症例は68歳,女性.主訴は2011年6月からの右眼の視力低下.近医で増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を指摘され当院紹介受診となった.60歳時の右眼ヘルペス性角膜炎によって角膜中央部に広範囲にわたる混濁がみられ,眼底観察が困難であった.初診時の視力は右眼30cm手動弁,Bモードで下鼻側網膜に.離がみられた.シャンデリアによる後方からの照明を使用して水晶体超音波乳化吸引術を施行し,広角眼底観察システムを併用して25ゲージ(G)硝子体手術を施行した.経過良好で,術後22日に退院した.右眼矯正視力は退院時0.04まで回復した.シャンデリア照明の使用により散乱光の影響を少なくし,水晶体全体を確認しながら安全に白内障手術を施行できた.また,広角眼底観察システム使用により混濁の少ない部位を通して眼底観察が可能であった.Combinedsurgery(cataractandvitrectomy)wasperformedinapatientwithcornealopacity,usingchandelierendoilluminationandawide-angleviewingsystem.Thepatient,a68-year-oldfemalewithvitreoushemorrhageinherrighteyeduetoproliferativediabeticretinopathy,hadseverecornealopacityinherrighteye,whichhadbeentreatedasherpetickeratitis.Thebest-correctedvisualacuityinherrighteyewas30cmhandmotion.Retinaldetachmentinthelowertemporalquadrantwassuspected.Surgerywassuccessfullyperformed,andrightvisualacuityimprovedfromhandmotionto0.04.Inthiscase,chandelierretroilluminationprovidedgoodvisibilitythroughahazycorneainthesurgicalfieldofthecataractsurgery.Ontheotherhand,thewide-angleviewingsystemenabledfundusobservationthroughtherelativelyclearerportionofthecornea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1519.1522,2014〕Keywords:角膜混濁,白内障手術,硝子体手術,シャンデリア照明,広角眼底観察システム.cornealopacity,cataractsurgery,vitreoussurgery,chandelierretroillumination,wide-angleviewingsystem.はじめに角膜混濁を伴う症例の白内障手術や硝子体手術は眼内の視認性が悪く,術中操作が困難であるため合併症も生じやすい.このような症例における眼内手術には,一時的に人工角膜を用いて手術を施行し,その後に角膜移植を行う方法や1.3),眼内内視鏡を用いる方法がある4,5).人工角膜を使用することによって,術中の眼底の視認性は良好に保たれ,通常の手術手技が可能となるが,角膜の同時移植が必要であることはもちろん,術後炎症が高度で,長期的にみると移植片の生着不全や毛様体機能不全により前眼部の複雑化が起こると報告されている6).また,眼内内視鏡を用いる方法は,視認性が角膜や瞳孔の状態に左右されず,眼底最周辺部までの観察が可能である.しかし,内視鏡手術手技に習熟する必要があること,病巣の立体的把握や双手による操作が困難で繊細な手術を行うには限界があるなど,術後合併症や操作性などの問題が指摘され〔別刷請求先〕若生里奈:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:RinaWako,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(97)1519 図1B.mode水平断下鼻側に網膜.離を認めた.図2手術開始前所見角膜中央部に広範囲にわたる実質混濁を認め,周辺部よりわずかに水晶体を確認できる(下方が12時方向).チストトーム前.フラップ前.切開ライン図3前.切開の様子前.染色なども行うことなく,前.切開を行うことが可能であった.図4術中眼底所見広角眼底観察システム(ResightR)を使用した.眼球を下転し,上方の混濁の少ない部位から眼底を観察することができた.シャンデリア照明カッター視神経乳頭鑷子黄斑1520あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(98) ている7).今回,角膜混濁を伴う増殖糖尿病網膜症に対し,シャンデリア照明と広角眼底観察システムを使用することにより,人工角膜や内視鏡を使用せずに,白内障手術および硝子体手術を施行することのできた1例を経験したので報告する.I症例患者:68歳,女性.主訴:右眼の視力低下.既往歴:32歳時,急性膵臓壊死により1型糖尿病,インスリン導入となった.60歳時,右眼ヘルペス性角膜炎を発症し,治癒したが,角膜中央部に角膜混濁が残存している.現病歴:2011年6月から右眼の視力低下を認めた.近医で増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を指摘されたため,同年10月17日に名古屋市立大学病院眼科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼30cm手動弁(矯正不能),左眼0.5(0.9×sph+2.0D(cyl.1.5DAx180°),眼圧は右眼13mmHg,左眼12mmHgであった.右眼の角膜中央部に広範囲にわたる実質混濁を認めた.前眼部には,その他特記すべき所見は認められなかった.また,中等度核白内障を認め,眼底は角膜混濁および硝子体出血のために透見不良であった.Bモードで右眼下鼻側に網膜.離を認めた(図1).経過:シャンデリアによる後方からの照明を使用した水晶体超音波乳化吸引術と広角眼底観察システムを使用した25ゲージ(G)硝子体手術を施行した(図2.4).シャンデリア照明はアルコンエッジプラスRトロッカール用のシャンデリアライトシステムを,光源はコンステレーションR内蔵のキセノンを用いた.まず,5時方向に25Gポートを作製し,シャンデリア照明を設置した.これにより,水晶体.全体を観察することが可能となり,前.切開,超音波乳化吸引を行った.さらに25Gポートを3カ所設置し,広角眼底観察システム(ResightR)を併用して硝子体手術を施行した.硝子体切除を進めていくと,下鼻側に術前から認めていた網膜.離を確認した.意図的裂孔を作製して網膜下液を吸引除去した後,液-空気置換を行った.レーザー光凝固を追加,SF6(六フッ化硫黄)ガスを硝子体内へ注入し,手術終了となった.術後,網膜は復位し経過良好で術後22日に退院した.右眼視力は退院時に矯正0.04へ回復した.II考按角膜混濁を伴う症例において白内障および硝子体手術を施行する際,眼内の視認性を確保することは困難で,合併症も生じやすい.先に述べたように,角膜混濁を伴う眼内手術の方法として,一時的に人工角膜を使用する方法や眼内内視鏡を用いる方法があるが,いずれも問題点が多く手術施行はむ(99)ずかしい.角膜混濁例に対する白内障手術の方法として,前房内にイルミネーションライトを挿入し,前.切開を行う方法が報告されている8).顕微鏡による外部照明では観察光が混濁部位を2回通して検者の眼に入ってくるのに対して,この方法の場合は,光源が角膜下にあるため1回しか角膜を光が透過せず,その結果散乱光の影響を少なくし,観察が容易となる.また,硝子体出血に対して,シャンデリア照明を先に設置し,白内障および硝子体同時手術を行った症例も報告されている9).シャンデリア照明を使用することで,水晶体の後方から照明することになり,前.切開時から視認性が上がるとともに,硝子体手術まで一連の操作をバイマニュアルで行うことが可能である10).今回,筆者らは,白内障手術においてシャンデリア照明を使用することで,前.切開,水晶体分割,乳化吸引など一連の手術手技において,混濁した角膜を通しても良好な視認性と操作性を得ることができ,安全に手術を施行することが可能であった.硝子体手術には,広角眼底観察システムが有用であった.広角眼底観察システムは前眼部付近で観察光がいったん収束する光学経路設計となっているため,小瞳孔など狭い部分を利用しての眼底観察が可能である.角膜混濁も部分的に混濁の少ない部分があればそこを通しての観察が可能である.さらに,非接触型システムの場合,眼球を傾けて,光学経路と角膜透明帯が合致する場所に調節して眼底観察を行うことが可能である.本症例では,眼底の観察が困難な場合は眼内内視鏡の併用も考慮し,術中準備していたが,眼内内視鏡を使用することなく,広角眼底観察システムを用い,術中に眼球を下転して上方の角膜透明帯を通して眼底観察を行い,手術を施行することができた.角膜混濁を伴う症例の白内障および硝子体手術に対し,シャンデリア照明および広角眼底観察システムの使用は比較的簡便で,特別な器具や手技を必要とせず,眼内の視認性を向上させ,安全かつ正確に手術を施行できる一つの方法と考えられる.文献1)LandersMB3rd,FoulksGN,LandersDMetal:Temporarykeratoprosthesisforuseduringparsplanavitrectomy.AmJOphthalmol91:615-619,19812)EckardtC:Anewtemporarykeratoprosthesisforparsplanavitrectomy.Retina7:34-37,19873)古城美奈,中島伸子,外園千恵ほか:人工角膜を用いた網膜硝子体手術6症例.あたらしい眼科22:1289-1293,20054)KitaM,YoshimuraN:Endoscope-assistedvitrectomyinthemanagementofpseudophakicandaphakicretinalあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141521 detachmentswithundetectedretinalbreaks.Retina31:1347-1351,20115)KawashimaM,KawashimaS,DogruMetal:Endoscopyguidedvitreoretinalsurgeryfollowingpenetratingcornealinjury:acasereport.ClinOphthalmol19:895-898,20106)檀上眞次,細谷比左志,池田恒彦ほか:角膜混濁を有する症例に対する硝子体手術.臨眼46:817-820,19927)池田恒彦:角膜混濁に対する硝子体手術.あたらしい眼科25:515,20088)西村栄一,陰山俊之,谷口重雄ほか:角膜混濁例に対する前房内照明を用いた超音波白内障手術.あたらしい眼科21:97-101,20049)JangSY,ChoiKS,LeeSJ:Chandelierretroilluminationassistedcataractextractionineyeswithvitreoushemorrhage.ArchOphthalmol128:911-914,201010)OshimaY,ShimaC,MaedaNetal:Chandelierretroillumination-assistedtorsionaloscillationforcataractsurgeryinpatientswithseverecornealopacity.JCataractRefractSurg33:2018-2022,200711)MorishitaS,KitaM,YoshitakeSetal:23-gaugevitrectomyassistedbycombinedendoscopyandawide-angleviewingsystemforretinaldetachmentwithseverepenetratingcornealinjury:acasereport.ClinOpthalmol5:1767-1770,2011***1522あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(100)

白内障術前患者における結膜嚢内常在菌の薬剤感受性の比較

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):581.586,2014c白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受性の比較港一美*1飯田悠人*1須田謙治*2石原健二*2遠藤みう*1矢坂幸枝*1倉員敏明*1*1公立豊岡病院組合日高医療センター眼科*2京都大学眼科学教室AntimicrobialSusceptibilityofNormalConjunctivalFloraofCataractSurgeryKazumiMinato1),YutoIida1),KenjiSuda2),KenjiIshihara2),MiuEndo1),YukieYasaka1)andToshiakiKurakazu1)1)DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:白内障術前患者の結膜.内常在菌の薬剤感受性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較した.対象および方法:2010年8月.2011年12月の間で外眼部感染症を有しない,白内障手術予定患者150例150眼の結膜.内常在菌およびそれらの薬剤感受性をレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICにて比較検討した.結果:150眼中126眼(84%)に細菌が検出され,検出菌182株の内訳はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)37.9%,コリネバクテリウム36.3%,アクネ菌6.3%の順であった.CNSに対するMIC90はGFLX・VCM<LVFX<CMX・TOBであり,コリネバクテリウムに対するMIC90はTOB<CMX<VCM<<GFLX<LVFXであった.コリネバクテリウムは第三・第四世代ニューキノロンに耐性を獲得しており,CNSに対するニューキノロンのMIC分布が二峰性を呈したことから耐性化が進行していると考えられた.Purpose:Toevaluatetheantimicrobialsusceptibilityofbacteriaisolatedfromconjunctivalsacsofpatientsundergoingcataractsurgery.Methods:Preoperatively,bacterialisolateswerecollectedfromtheconjunctivalsacsof150eyesatHidakaMedicalCenterfromAugust,2010toDecember,2011.Minimuminhibitoryconcentrations(MIC)oflevofloxacin(LVFX),gatifloxacin(GFLX),cefmenoxime(CMX),tobramycin(TOB)andvancomycin(VCM)weremeasuredtodeterminesusceptibility.Results:Atotalof182strainswereisolatedfrom126eyes.Themostfrequentlyisolatedbacterialspecieswerecoagulase-negativeStaphylococci(CNS),37.9%,followedbyCorynebacteriumspp.,36.3%andPropionibacteriumacnes,6.3%.VCMandGFLXhadthelowestMIC(90)sforCNS,followedbyLVFX,CMXandTOB.ForCorynebacteriumspp.,TOBhadthelowestMIC(90),followedbyCMX,VCM,GFLXandLVFX.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):581.586,2014〕Keywords:白内障手術,結膜.内常在菌,薬剤感受性,抗菌点眼薬,最小発育阻止濃度(MIC).cataractsurgery,bacterialflorainconjunctivalsacs,drugsensitivity,antibioticophthalmicsolution,minimuminhibitoryconcentration(MIC).はじめに眼科で使用頻度の高いフルオロキノロン系抗菌薬は強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルを持ち,周術期の感染予防目的に日常的に使用されている.術後眼内炎の起因菌は,術眼の結膜.常在菌によるものが多いといわれており1.4),近年,メチシリン耐性やフルオロキノロン耐性菌による眼内炎の報告もある5.11).公立豊岡病院組合日高医療センター(以下,当院)でも,白内障術後のレボフロキサシン耐性表皮ブドウ球菌による眼内炎を経験し,周術期の抗菌薬点眼を再検討する目的で白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受〔別刷請求先〕港一美:〒669-5302兵庫県豊岡市日高町岩中81公立豊岡病院組合日高医療センター眼科Reprintrequests:KazumiMinato,DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,81Iwanaka,Hidaka,Toyooka-city,Hyogo669-5302,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)581 性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較検討した.I対象2010年8月.2011年12月の間,当院眼科を受診した20歳以上の白内障手術を予定し同意を得られた150例150眼で男性66例,女性84例,平均年齢は74.7±9.0歳であった.ただし,術前に明らかな外眼部感染症を認める者,検体採取日の1週間以内に抗菌剤の投与を受けている者,対象眼にコンタクトレンズを装用していた者については除外した.II方法手術の1カ月前以内に術眼の結膜.から検体を採取した.0.4%塩酸オキシブプロカインで表面麻酔した後,下眼瞼結膜.を滅菌綿棒で擦過し,カルチャースワブにて三菱化学メディエンス社に搬送した.羊血液寒天培地M58・クロムアガーオリエンテーション寒天培地・チョコレートⅡ寒天培地・アテネコロンビアウサギ血液寒天培地にて直接分離培養を,GAM半流動高層培地にて増菌培養を行い,検出されたすべての分離菌に対するレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),塩酸セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICを微量液体希釈法で測定した.MICの結果は累積発育阻止曲線としてまとめ,薬剤間の差異を検討した.III結果150眼中126眼(検出率84%)に182株の菌が検出された.その内訳は表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis:S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)69株(37.9%),Corynebacteriumspp.66株(36.3%),Propionibacteriumacnes(P.acnes)11株(6.0%),腸球菌(Enterococcusfaecalis:E.faecalis)7株(3.8%),黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus:S.aureus)4株(2.2%)であった(図1).検出された全182株中MICが測定できた181株についてMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図2,3に示す.全菌株に対する薬剤感受性をMIC90で比較するとVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX(16μg/ml),TOB(32μg/ml),LVFX(64μg/ml)の順で感受性が高かった.次に,グラム陽性菌153株に対するMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図4,5に示す.グラム陽性菌に対する薬剤感受性はMIC90でVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX・TOB(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順であった.一方,グラム陰性菌17株に対する薬剤感受性はMIC90でGFLX(0.5μg/ml),LVFX(1μg/ml),TOB(4μg/ml),CMX(16μg/ml),VCM(128μg/ml)の順であった(図6,7).主要な菌種別についてみると,CNSに対する薬剤感受性504540350:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)その他グラムS.aureus,2.2%30陰性菌,9.3%図1検出菌182株の内訳25グラム陽性菌,CNS2015103.8%(S.epidermidisを含む)37.9%P.acnes,6.0%5S.pneumoniae,Corynebacterium0.5%spp.,36.3%MIC(mg/ml)図2検出菌182株のMIC別菌株割合E.faecalis,3.8%:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12850450:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>12840累積(%)3530252015105MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図3検出菌182株のMIC累積分布図4グラム陽性菌153株のMIC別菌株割合582あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(104) 6050:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12880700:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)累積(%)累積(%)累積(%)40504030302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図5グラム陽性菌153株のMIC累積分布図6グラム陰性菌17株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128800708060705060504040303020201010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図7グラム陰性菌17株のMIC累積分布図8CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080割合(%)7070606050504040303020201010MIC(mg/ml)図9CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC累積分布MIC(mg/ml)図10Corynebacteriumspp.66株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080累積(%)累積(%)70706060505040302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図11Corynebacteriumspp.66株のMIC累積分布図12P.acnes11株のMIC累積分布(105)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014583 :GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128MIC(mg/ml)図13E.faecalis7株のMIC累積分布LVFXとGFLXのMIC差■:0管■:1管■:2管■:3管302520151050(菌株)≦0.06≦0.060.1250.250.51248164160.251GFLXはMIC90では,GFLX・VCM(2μg/ml),LVFX(4μg/ml),CMX・TOB(8μg/ml)の順であったが,MIC値の分布をみるとGFLX・LVFXは二峰性の分布を呈しており,CNSのなかでのフルオロキノロン低感受性株の増加がうかがわれた(図8,9).Corynebacteriumspp.についてはMIC90で,図14CNS68株のGFLX・LVFXのMIC値の比較討する目的で今回の調査を行うこととした.術前の結膜.からの検出菌は薄井ら9)の報告と同様,CNS,Corynebacteriumspp.,P.acnesの順であった.CNSTOB(≦0.06μg/ml),CMX(0.25μg/ml),VCM(0ml),GFLX(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順となり,フルオロキノロンに対する高度な薬剤耐性を獲得しているとμg/5.の薬剤感受性はMIC90ではGFLX<VCM<LVFX<CMX<TOBであったがMICの分布をみると,星23)や片岡ら24)と同様,GFLX,LVFX共に二峰性の分布を示していた.思われた(図10,11).遅発性眼内炎の起因菌とされているP.acnesについては,MIC90はCMX(<0.25μg/ml),GFLX(0.25μg/ml),VCM(0.5μg/ml),LVFX(0.75μg/ml),TOB(128μg/ml)であり,TOB以外は感受性が高い結果であった(図12).E.faecalisについてはMIC90で,VCM(0.75μg/ml),GFLX(8μg/ml),LVFX(32μg/ml),TOB・CMX(>128μg/ml)の順であった(図13).IV考按白内障手術の主流が小切開手術となった現在,わが国の白内障手術後眼内炎の発症率は0.05%程度と考えられている9).一度起こってしまうと最悪失明に至るこの合併症を限りなくゼロに近づけるべく,ハイリスク患者の確認,術前結膜.細菌叢の把握,減菌化を目的とした抗菌薬の点眼,術直前の洗眼,ドレーピング法など,さまざまな検討がなされてきた11).術後眼内炎に限らず感染症の起因菌は微生物=準種性(quosispesisnature)を持つ集まりである以上,耐性の出現を止めることはできない12).これまでにも臨床状態が良好な患者にも耐性菌の保菌者がいること13.16),眼科領域で汎用されているキノロンの耐性率が年々増加傾向にあることといった報告がなされてきた17.22).術野の減菌化目的で抗菌薬の点眼を使用する以上,すべての手術対象者に対し術前に結膜.培養検査と分離菌の薬剤感受性検査を行い適切な薬剤を術前処置に使用することが大切といえる.当院でも,2007.2009年の間近隣からの紹介例も含め白内障術後眼内炎が増加し,LVFX耐性表皮ブドウ球菌が起因菌である症例を経験した.これをきっかけに周術期の抗菌薬点眼を再検584あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014Fukudaら25),Barnardら26),Hooper27)らによると,S.aureus同様,S.epidermidisはトポイソメラーゼIV(parC)→DNAジャイレース(gyrA)→parC→gyrAと変異を積み重ねるたびにより高度なフルオロキノロン耐性を獲得していく.このうちDNAジャイレースの変異を得るとGFLXへの耐性を獲得するとされ26),LVFXに対する低感受性群には第4世代フルオロキノロン耐性の予備軍が存在していることになり,このことは星23)の報告でも指摘されている.そこで個々のCNSについてGFLXとLVFXのMIC値の相関をみたところ図14のようになり,GFLX・LVFXともにMIC値の高い株のなかには少なくとも1回以上の遺伝子変異を起こしている株が存在すると考えられ,CNSのフルオロキノロンに対する段階的な耐性獲得を予想させる結果となった.一方Corynebacteriumspp.にはparCに相当するホモログが存在せず,DNAジャイレースの変異のみでキノロン高度耐性化を獲得することができるとされ28),筆者らの調査でも感受性の低い株が多かった.Corynebacteriumspp.による眼内炎は海外で散見され29.31),わが国では角膜炎が増加傾向にある.Eguchiら32)によるとフルオロキノロン耐性を持つのはCorynebacteriummaginleyであり,その耐性率はキノロンを乱用した日本に多いとされ,今後術後眼内炎についても注意が必要と思われる.P.acnesは遅発性眼内炎の起因菌とされ11,33),皮膚深部やマイボーム腺・結膜円蓋部の皺襞に埋もれて存在し,手術前の消毒・洗眼後にその検出率が増加し,他の術前常在菌が消失した例に多いとの報告もある34).わが国では現在のとこ(106) ろ,アミノ配糖体系の薬剤以外は有効とされ当院の調査でも同様の結果を得た.片岡ら24)や宮永ら35)も術前点眼によるP.acnesの耐性化はほとんどみられなかったとしているが,Horiら36)はCNS,S.aureus,Corynebacteriumspp.,P.acnesについては,LVFXに耐性を持つ株はMICが低くともGFLX,moxifloacinに対して耐性化していくと述べており,今後の動向を見張っていく必要があると思われる.E.faecalisによる眼内炎は1990年頃から増加しはじめ7),2002年度白内障術後眼内炎全国症例調査9)ではCNS,MRSAに次ぎ全体の12%を占め,MRSAとともに視力予後不良と報告されている.今回検出されたE.faecalis7株のMIC90はVCM以外は大きく,有効な抗菌薬の選択肢の少なさが,E.faecalisによる眼内炎の重症化の一因とも考えられた.術後眼内炎予防のために周術期減菌化目的で抗菌点眼薬を使用する場合,術眼の結膜.常在菌を把握し,そのMICに応じて術前抗菌点眼薬を選択すること,点眼薬の薬物動態37.39)を理解しておくことが大切である.そのためには,藤ら40)が報告した眼科用薬剤感受性測定オーダープレートのような眼科に特化した判定方法の開発が待たれるところである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)EggerSF,Huber-SpitzyV,ScholdaCetal:BacterialcontaminationduringECCE.Prospectivestudyon200concesutivepatients.Ophtalmologia208:77-81,19942)AriyasuRG,NakamuraT,TrousdaleMDetal:Intaraoperativebacterialcontaminationoftheaqueoushumor.OphthalmicSurg24:367-374,19933)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-650,19914)BannermanTL,RhodenDL,McAllisterSKetal:Thesourceofcoagulase-negativestaphylococciintheEndophthalmitisVitrectomyStudy.ArchOphthalmol115:367-361,19975)BarryP,SealDV,GettinbyGetal:ESCRSstudyofprophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery:preliminaryreportofprincipalresultsfromaEuropeanmulticenterstudy.theESCRSEndophthalmitisStudyGroup.JCataractRefractScug32:407-410,20066)JensenMK,FiscellaRG,CrandallASetal:Aretrospectivestudyofendophthalmitisratescomparingquinoloneantibiotics.AmJOphthalmol139:141-148,20057)原二郎:起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,19988)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたら(107)しい眼科22:875-879,20059)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,200610)DeramoVA,LaiJC,FasteningDMetal:Acuteendophthalmitisineyestreatedprophylacticallywithgatifloxacinandmoxiflxacin.AmJOphthalmol142:721-725,200611)子島良平,宮田和典:術後眼内炎を予防する白内障手術.IOL&RS22:137-141,200812)宮永嘉隆,山田尚,塩田洋:眼科.耐性菌感染症とその緊急具体策3.対策編化学療法の領域16:278-287,200013)大鹿哲郎:白内障術後眼内炎:発症因子と危険因子.あたらしい眼科22:315-338,200514)屋宜友子,須藤史子,森永将弘ほか:糖尿病患者における白内障手術前の結膜.細菌叢の検討.あたらしい眼科26:243-246,200915)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜.内の常在菌についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200416)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,200617)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200618)IiharaH,SuzukiT,KawamuraYetal:Emergingmultiplemutationsandhigh-levelfluoloquinoloneresistanceinMRSAisoratedfromocularinfections.DiagnMicrobiolInfectDis56:297-303,200619)JhanjiV,SharmaN,SatpathyGetal:Forth-generationfluoloquinolon-resistantbacterialkeratitis.JCataractRefractSurg33:1488-1489,200720)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,200521)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:IncreasingofloxacinresistanceofbacterialflorafromconjunctivalsacofpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthalmol46:586-589,200222)関奈央子,亀井裕子,松原正雄:高齢者の結膜.内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200323)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,201024)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.内常在菌に対するガチフロキサシン及びレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,200625)FukudaH,HoriS,HiramatsuK:AntibacterialactivityofGFLX,anewlydevelopedfluoloquinolone,againstsequentiallyacquiredquinolone-resistantmutantsandthenorAtransformedofS.aureus.AntimicrobAgentsChemother42:1917-1922,199826)BarnardFM,MaxwellA:InteractionbetweenDNAgyraseandquinolones:effectsofalaninemutationsatGyrAsubunitredusesSer83andAsp87.AntimicrobAgentsChemother45:1994-2000,2001あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014585 27)HooperDC:FluoloquinoloneresistanceamongGrampositivecocci.LancetInfectDis2:530-538,200228)SierraJM,Martinez-MartinezL,Va’squezFetal:RelationshipbetweenmutationsinthegyrAgeneandquinoloneresistanceinclinicalisolatesofCorynebacteriumstriatumandCorynebacteriumamycolatum.AntimicrobAgentsChemother49:1714-1719,200529)FerrerC,Ruiz-MorenoJM,RodriquezAetal:PostoperativeCorynebacteriummacginleyiendohthalmitis.JCataractRefractSurg30:2441-2444,200430)HollanderDA,StewartJM,SeiffSRetal:Late-onsetCorynebacteriumendophthalmitisfollowinglaserposteriorcapsulotomy.OphthalmicSurgLasersImaging35:159161,200431)ArsenAK,SizmazS,OzbonSBetal:Corynebacteriumminutissimumendophthalmitis:managementwithantibioticirrigationofthecapsularbag.IntOphthalmol19:313-316,1995-199632)EguchiH,KawaharaT,MiyaharaTetal:High-levelfluoloquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummavginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200833)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌.あたらしい眼科20:657-660,200334)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200635)宮永将,子島良平,宮井尊史ほか:白内障手術の周術期における結膜.内常在菌叢フルオロキノロン点眼による減菌化と感受性変化.臨眼63:1659-1666,200936)HoriY,NakazawaT,MaedaNetal:Susceptibilitycomparisonsofnormalpreoperativeconjunctivalbacteriatofluoloquinolones.JCataractRefractSurg35:475-479,200937)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定.あたらしい眼科23:1353-1357,200638)末吉理恵,辻村まり:術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼薬とガチフロキサシン点眼液の比較検討.あたらしい眼科27:523-526,201039)BlondeauJM:Newconceptionantimicrobialsusceptibilitytesting:themutantpreventionconcentrationandmutantselectionwindowapproach.VetDermatol20:383-396,200940)藤紀彦,子島良平,池田欣史ほか:眼科用薬剤感受性プレートと臨床的有用性.臨眼65:1601-1607,2011***586あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(108)

Foldableアクリル製眼内レンズNY-60挿入眼で続発した遅発性眼内炎

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1323.1326,2013cFoldableアクリル製眼内レンズNY-60挿入眼で続発した遅発性眼内炎宮田和典向坂俊裕森洋斉中原正彰長井信幸宮田眼科病院SuccessionalIncidenceofLate-onsetEndophthalmitiswithFoldableIntraocularLensNY-60KazunoriMiyata,ToshiyukiSakisaka,YosaiMori,MasaakiNakaharaandNobuyukiNagaiMiyataEyeHospital特定のfoldableアクリル製眼内レンズ(IOL)NY-60(HOYA)挿入眼で,遅発性眼内炎の発症を2009年8月から2011年12月までに7例経験した.期間中,foldableアクリル製IOLを挿入した症例数は6,976例であった.NY-60挿入例は2,787例で発症率は0.25%であり,他のIOLでは発症していなかった.遅発性眼内炎の発症時期は,術後24.70日であった.5例は保存的治療で,2例は硝子体手術とIOL摘出を行った.視力予後は,比較的良好であった.細菌学的検査では,1例にCorynebacteriumsp.が検出され,PCR(polymerasechainreaction)検査において,1例に細菌16SrRNAが検出された.本IOLで眼内炎が生じた場合は,感染性と非感染性の2つの眼内炎を考慮するべきである.Weexperienced7casesoflate-onsetendophthalmitisbetweenAugust2009andDecember2011inpseudophakiceyeswithaparticularfoldableacrylicintraocularlens(IOL),theNY-60(HOYA).Duringthatperiod,therewere6,976foldableacrylicIOLimplantations.Theincidenceoflate-onsetendophthalmitiswas0.25%forthe2,787NY-60implantations,althoughtherewasnoincidenceamongotherIOLs.Onsetoccurred24-70dayspostoperatively.Conservativetreatmentswereusedin5cases,while2casesrequiredvitreoussurgerywithIOLextraction.Cytologicexaminationrevealednoinfectiousorganism,whiletherewasonecaseeachwithCorynebacteriumsp.and16SrRNAonpolymerasechainreaction(PCR).ForendophthalmitisthatoccurswiththeNY-60,thepossibilityofinfectiousornon-infectiouscasesshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1323.1326,2013〕Keywords:白内障手術,foldableアクリル製眼内レンズ,遅発性眼内炎,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome).cataractsurgery,foldableacrylicintraocularlens,late-onsetendophthalmitis,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome).はじめに白内障手術後の眼内炎は,最も危惧すべき合併症であり,その原因は,感染性だけでなく,異物などによる非感染性も含まれる1).また,感染性眼内炎は,発症時期により,術後早期に発症する急性眼内炎と,それ以降に発症する遅発性眼内炎に分類される.わが国での急性の感染性眼内炎の発症率は0.05%程度といわれており,その起因菌としては,Staphylococcusepidermidis,Enterococcusfaecalisなどが多い.遅発性眼内炎の多くは,Propionibacteriumacnesや真菌などの弱毒菌が報告されている2.4)が,発症率は急性眼内炎より低い3).急性と遅発性の境界には,術後1カ月2),6週5,6)がよく用いられていたが,白内障手術の変化と,弱毒性の起因菌による発症が2週間後以降に起こることから,近年は,術後15日以降を遅発性とすることが多い7).今回,当院で,foldableアクリル製眼内レンズ(IOL)挿入眼において遅発性眼内炎が2009年8月から2011年12月までに7例続発したので報告する.〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)1323 I症例当院で2009年から2011年の期間に白内障手術を行い,foldableアクリル製IOLを挿入した症例数は6,976例であった.挿入したIOLの内訳は,1ピース4,184眼,3ピース2,792眼で,メーカー別では,HOYA社製5,635眼(NY-60:2,787眼,FY-60AD:1,507眼,YA-60BBR:571眼,他:770眼),AMO社製923眼(ZCB00:590眼,ZA9003:278眼,他:55眼),Alcon社製260眼(SN60AT3-6:168眼,他:92眼),その他158眼であった.遅発性眼内炎を発症した7例の背景を表1に示す.手術時の平均年齢は71.4(55.79)歳,男性3名,女性4名であった.白内障手術は,症例①の角膜切開以外はすべて強角膜切開から,超音波乳化吸引術による白内障の除去後に,foldableアクリル製IOLNY-60をインジェクターで.内に挿入した.白内障術中の合併症はなく,術翌日の所見,フレア値は問題なかった(表1).白内障手術の周術期には,ニューキノロン系抗菌点眼液を術前3日間,術後4週間投与した(症例⑦はガチフロキサシン0.3%点眼液,それ以外はレボフロキサシン0.5%点眼液).また,術後にベタメタゾン点眼液を2週間とブロムフェナク点眼液を4週間投与した.遅発性眼内炎発症時の所見を表2に示す.発症時期は,術後24.70日であった.4例で霧視が自覚され,前眼部所見では,結膜充血,前房内炎症細胞がみられ,4例で硝子体混濁が生じていた.発症時のフレア値(レーザーフレアーメーターFM-500,コーワ)は平均67.9と高値を示した.細菌学的検査では,症例②の前房水よりCorynebacteriumsp.が検出された.培養の結果,PCR(polymerasechainreaction)検査において,症例⑤の前房水から細菌16SrRNAが検出された.II臨床経過内科的および外科的治療の内容と経過を表3に示す.症例①と③では,モキシフロキサシンとセフメノキシムの点眼,オフロキサシン眼軟膏,レボフロキサシン内服の抗生物質と,ベタメタゾンとブロムフェナク点眼の抗炎症薬とによる内科的治療のみで眼内炎は消失し,回帰後の矯正視力は1.2,0.8と良好であった.症例②,④,⑥では,さらに,ホスホマイシンとアスポキシシリン,あるいは,イミペネム・シラスタチンナトリウム配合の点滴治療に加えて,発症1週以内にバンコマイシンとセフタジジムの硝子体内注射を行った.さらに外科的治療として前房内洗浄を行った.治療後49.85表1白内障手術後に遅発性眼内炎を発症した症例の背景症例年齢性別全身疾患手術日切開位置と幅挿入IOL術翌日フレア値①79歳男脳梗塞2009年6月角膜:2.75mm7.7②55歳男なし2009年12月強角膜:2.75mm13.6③77歳女高血圧2010年6月強角膜:2.3mm14.7④69歳女糖尿病,高血圧2010年10月強角膜:2.3mmNY-60(HOYA)13.9⑤72歳女子宮体癌2010年12月強角膜:2.3mm10.5⑥70歳女なし2011年2月強角膜:2.3mm9.7⑦78歳男高血圧2011年9月強角膜:2.4mm11.6表2遅発性眼内炎発症症例の発症時の所見症例経過日数矯正視力自覚症状他覚所見フレア値結膜充血角膜後面沈着物前房内炎症細胞前房内fibrin前房蓄膿硝子体混濁その他①70日0.6特になし++Descemet膜fold45.1②28日1.0霧視+3+++91.5③24日0.8飛蚊症++3++75.5④25日1.0霧視+2+21.9⑤28日0.9霧視+2++.胞様黄斑浮腫36.0⑥31日0.7視力低下,異物感,疼痛+3++144.6⑦66日1.2流涙,異物感,結膜充血+2+++60.81324あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(124) 表3遅発性眼内炎症例に対する内科的,外科的治療と予後症例内科的治療外科的治療前房セル消失日回帰後フレア値矯正視力局所投与内服点滴静注硝子体内注射*前房内洗浄**硝子体手術IOL摘出①MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BM点眼32日目10.11.2②MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BM点眼FOMASPC4日目70日目20.71.0③MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼LVFX87日目12.80.8④MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BM点眼CFPN-PIIPM/CS9日目9日目49日目9.01.5⑤MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼IPM/CS2日目11,18日目18日目127日目16.00.8⑥MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼FOMASPC1,12日目12日目85日目12.60.9⑦MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼FOMASPC2日目6日目6日目54日目9.60.6MFLX:モキシフロキサシン,CMX:セフメノキシム,OFLX:オフロキサシン,BM:ベタメタゾン,BF:ブロムフェナク,LVFX:レボフロキサシン,CFPN-PI:セフカペンピボキシル,FOM:ホスホマイシン,ASPC:アスポキシシリン,IPM/CS:イミペネム・シラスタチンナトリウム配合.*:バンコマイシン0.5mgとセフタジジム1.0mgの硝子体内注射.**:バンコマイシン0.02mg/mlとセフタジジム0.04mg/mlによる前房内洗浄.日で眼内炎は消失し,視力は0.9.1.5に回復した.2例(症例⑤と⑦)では,内科的治療では奏効せず,硝子体手術とIOL摘出を行った.前房内炎症細胞が消失するまで,手術後109日,48日を要した.視力は0.8まで回復した.最終的に全症例において,矯正視力は0.6.1.5,フレア値は9.0.20.7に回復した.III考按当院において2009年から2011年の期間に白内障手術を行い,foldableアクリル製IOLを挿入した症例数は6,976例であった.この期間に,急性眼内炎の発症はなかったが,7症例の遅発性眼内炎を経験した.一方,2009年以前の10年間においては,急性眼内炎の発症はなく,遅発性眼内炎が1例のみであった.2009年から2011年の期間に続発した遅発性眼内炎は,すべてNY-60挿入眼(2,787例中7例,発症率:0.25%)であったことから,その発症原因はNY-60自体に起因する可能性が高いと考えられた.今回の症例は,特定のIOL挿入眼のみに高率に遅発性の眼内炎症が生じている.同期間に挿入した同素材で形状違いのHOYA社製のfoldableアクリル製IOLからは,遅発性眼内炎の発症は認められていない.このことから続発した遅発性眼内炎の原因は,素材由来ではなく,製造過程,もしくはレンズデザインに起因している可能性が考えられる.NY60は,特有の支持部形状を有しており,既存製品と比較し,支持部根部が大きく表面積が広いが,このことが遅発性眼内炎の発症と因果関係があるか否かは今後の検討課題である.白内障術後の遅発性眼内炎の定義は,報告によって若干異なっている.原は,国内症例の文献調査を行う際に,発症が術後1カ月以降の症例を遅発性眼内炎と定義した2).一方,欧米では,NIH(NationalInstituteofHealth)による多施設研究,EndophthalmitisVitrectomyStudyで規定した「術後6週までを急性」が一般的である6,8).しかし,抗炎症薬の使用,起因菌の毒性などにより,眼内炎の発症時期は修飾されるため厳密には決められない5,6).今回の症例群は,発症が術後24.70日と比較的遅かったことより遅発性眼内炎とした.国内での急性眼内炎の発症頻度は,0.052%との報告がある9)が,後ろ向き調査であるため,現在「白内障手術の術後眼内炎に対する前向き多施設共同研究」(目標症例10万例)が,日本眼科学会後援,JSCRS(日本白内障屈折矯正手術学会)および日本眼感染症学会主導で実施中であり,結果が待たれる.海外では,SingaporeNationalEyeCenterで1996年から2001年に行われた前向き調査で,白内障手術44,803例中34例(0.076%)に急性眼内炎の発症を認め,その内訳はECCE(白内障.外摘出術)で0.052%,PEA(水晶体乳化吸引術)で0.094%であった10).1999年から2000年までに英国で行われた前向き調査では,術後6週以内に発症した眼内炎は213例でその発症率は0.14%であった11).さらに1992.2009年,Swedenにおける1,000,000例の調査では,0.10%(1998年)から0.04.0.02%(2006.2009年)に急性(125)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131325 眼内炎は減少したと報告している12).また,1996.2005年,カナダケベック市における490,690症例を対象とした,術後90日以内での眼内炎発症率は,0.15%と報告されている13).以上のようにこれまでの報告は,急性眼内炎のみ,もしくは急性,遅発性眼内炎の区別なく調査した結果であり,遅発性眼内炎単独の発症率に言及した報告は少ない.今回の検討では,2009年から2011年の期間に白内障手術を行った6,976例中7例(0.10%)であった.しかし,前述したように,遅発性眼内炎は特定のIOLに発症し,その発症率は2,787例中7例,0.25%であった.この数値は,国際的に行われた急性眼内炎を含んだ調査の数値を上回っており,何らかの原因がそのIOLに存在することを示唆している.白内障術後に増悪する炎症は,大きく感染性と非感染性とに分けられる.感染性の眼内炎は,細菌や真菌による炎症反応であり,起因菌の違いにより,発症時期や病態が異なる.急性眼内炎は,PseudomonasaeruginosaやE.faecalisのような強毒菌が原因で病状の進行が速く,予後も悪い.遅発性眼内炎は,P.acnesや真菌のような弱毒菌により生じ,比較的予後が良い.今回の7症例の細菌学的検査では,前房水において,1例にCorynebacteriumsp.が検出され,PCRにおいて,1例で細菌16SrRNAが検出されたにすぎず,明らかな起因菌は同定できなかった.しかし,治療の過程で,硝子体内などへの抗生物質投与が有効であったこと,また,治癒に硝子体手術やIOLの摘出が必要であったことから,感染性の遅発性眼内炎と考えられた.一方で,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome)などの,非感染性の眼内炎の可能性も考えられる.非感染性の眼内炎は,IOL製造過程での異物付着,手術器具に付着した変性OVD(ophthalmicviscosurgicaldevice),器具の洗浄に用いた洗剤などさまざまな原因で発症する14).多くの場合,術後早期に発症し,重篤化しない.今回の症例①,③のように,起因菌が同定されない場合や,点眼のみで治癒した症例は,この可能性もある.TASSは,術後48時間以内の発症と定義されているが,付着している物質の性質によっては,発症がそれ以降になることも考えられ,late-onsetTASSともいえる疾患群の存在も否定できない.NY-60が遅発性眼内炎を高率に生じることは,2012年11月,医薬品医療機器総合機構に報告されている.2012年以降に頻発している同型のIOLで生じている遅発性眼内炎は,発症頻度が高く,少なくとも156例が確定されている15).一方,筆者らが経験した遅発性眼内炎は,2009年から2011年の2年間に散発しており,2012年以降に集中して発症した遅発性眼内炎とは,発症機序が異なる可能性が高く,前者は感染性が主で,後者は感染以外の新しい炎症の原因が加わったlate-onsetTASSを考えさせる.今後,本IOLで眼内炎が生じた場合は,感染性と非感染性の2つの眼内炎を考慮するべきである.文献1)FintelmannRE,NaseriA:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:currentstatusandfuturedirections.Drugs70:1395-1409,20102)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌Propionibacteriumacnesを主として.あたらしい眼科20:657-660,20033)ShirodkarAR,PathengayA,FlynnHWJretal:Delayed-versusacute-onsetendophthalmitisaftercataractsurgery.AmJOphthalmol153:391-398,20124)AdanA,Casaroli-MaranoRP,GrisOetal:Pathologicalfindingsinthelenscapsulesandintraocularlensinchronicpseudophakicendophthalmitis:anelectronmicroscopystudy.Eye(Lond)22:113-119,20085)MaaloufF,AbdulaalM,HamamRN:Chronicpostoperativeendophthalmitis:areviewofclinicalcharacteristics,microbiology,treatmentstrategies,andoutcomes.IntJInflam2012:313248,20126)KresloffM,CastellarinAA,ZarbinMA:Endophthalmitis.SurvOphthalmol43:193-224,19987)DoshiRR,ArevaloJF,FlynnHWJretal:Evaluatingexaggerated,prolonged,ordelayedpostoperativeintraocularinflammation.AmJOphthalmol150:295-304,20108)JohnsonMW,DoftBH,KelseySFetal:Theendophthalmitisvitrectomystudy:relationshipbetweenclinicalpresentationandmicrobiologicspectrum.Ophthalmology104:261-272,19979)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,200710)WongTY,CheeSP:TheepidemiologyofacuteendophthalmitisaftercataractsurgeryinanAsianpopulation.Ophthalmology111:699-705,200411)KamalarajahS,SilvestriG,SharmaNetal:SurveillanceofendophthalmitisfollowingcataractsurgeryintheUK.Eye18:580-587,200412)BehndigA,MontanP,SteneviUetal:Onemillioncataractsurgeries:SwedishNationalCataractRegister19922009.JCataractRefractSurg37:1539-1545,201113)FreemanEE,Roy-GagnonMH,FortinEetal:Rateofendophthalmitisaftercataractsurgeryinquebec,Canada,1996-2005.ArchOphthalmol128:230-234,201014)CutlerPeckCM,BrubakerJ,ClouserSetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome:commoncauses.JCataractRefractSurg36:1073-1080,201015)HOYA社製眼内レンズに関するお知らせ.日本の眼科84:第2号付録,2013***1326あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(126)

線維柱帯切除術後の遷延性脈絡膜.離に対して白内障手術が効果的であったと思われる2症例3眼

2013年8月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(8):1174.1176,2013c線維柱帯切除術後の遷延性脈絡膜.離に対して白内障手術が効果的であったと思われる2症例3眼定秀文子竹中丈二望月英毅木内良明広島大学大学院医歯薬総合研究科視覚病態学EffectsofCataractSurgeryforPersistentChoroidalDetachmentafterTrabeculectomyAyakoSadahide,JojiTakenaka,HidekiMochizukiandYoshiakiKiuchiDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalScience,HiroshimaUniversity線維柱帯切除術(TLE)後に遷延性脈絡膜.離(CD)をきたした3眼の治療経過を報告する.症例1は53歳,男性.TLE術後3カ月目の眼圧は両眼とも4.6mmHgでCDが出現した.白内障も進行したため右眼白内障手術と強膜縫合を行った.左眼は白内障手術のみを行った.術後眼圧は両眼とも8mmHgになりCDは消失した.右眼の視力はTLE前より改善し左眼はTLE術前と同様になった.症例2は74歳,男性.左眼のTLE術後眼圧は6.10mmHgであったが,術後11日目からCDが生じて白内障が進行した.左眼白内障手術と脈絡膜下液排除を行った.術後眼圧は10mmHgでCDは消失し,左眼の視力は(1.2)になった.TLE後の遷延性CDに対して白内障手術単独,あるいは強膜縫合,脈絡膜下液排除を組み合わせて行いCDは消失した.TLE後に遷延したCDには白内障手術を中心とした治療が有用であると思われた.Wereporton3eyesof2patientswithpersistentchoroidaldetachment(CD)aftertrabeculectomy(TLE).Case1:A-53-year-oldmaleunderwentTLEinoculusuterque(OU).Postoperativeintraocularpressure(IOP)decreasedto4.6mmHg;CDoccurred3monthsafterTLE.CataractsurgerywasperformedinOU,withscleralflapsuturinginoculusdexter(OD).Afterthesurgery,CDresolvedandIOPincreased8mmHginOU.Visualacuity(VA)improvedinOD,butreturnedtopre-TLElevelinoculussinister(OS).Case2:A-74-year-oldmaleunderwentTLEinOS.PostoperativeIOPdecreasedto6.10mmHg.Onday7,CDoccurred.At14monthsafterTLE,cataractsurgerywithsubchoroidalfluiddrainagewasperformed.PostoperativeIOPwas10mmHg;CDgraduallydisappeared.CorrectedVAwasimprovedto1.2.CataractsurgerycanbeusefulasameansoftreatingpersistentCDafterTLE.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(8):1174.1176,2013〕Keywords:線維柱帯切除術,白内障手術,脈絡膜.離.trabeculectomy,cataractsurgery,choroidaldetachment.はじめに線維柱帯切除術(TLE)は術後早期の合併症が少なくない.術後早期の濾過過剰に伴う浅前房,脈絡膜.離を避けるために強膜弁を強めに縫合し,濾過量が不足するときにはレーザー切糸術を併用して眼圧を調整する.術後早期に生じた脈絡膜.離の治療としてはアトロピン点眼,房水産生阻害薬の投与,ステロイド薬の点眼,内服が推奨され,外科的な処置としては空気や粘弾性物質の注入,脈絡膜下液排除などを行うことが教科書的に記載されている1).ところが遅延した脈絡膜.離に対する明確な治療法は今のところ確立されていない.今回線維柱帯切除術後に脈絡膜.離が遷延した3眼を経験した.白内障手術〔PEA(水晶体乳化吸引術)+IOL(眼内レンズ)〕単独,あるいは白内障手術に強膜弁縫合,または脈絡膜下液排除を組み合わせて行ったのでその治療経過を含めて報告する.I症例〔症例1〕53歳,男性.主訴は両眼の視力低下である.1997年頃両眼の開放隅角緑内障と診断された.点眼治療を行っていたが,2008年頃〔別刷請求先〕定秀文子:〒734-8551広島市南区霞1-2-3広島大学大学院医歯薬総合研究科視覚病態学Reprintrequests:AyakoSadahide,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalScience,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minami-ku,Hiroshima734-8551,JAPAN117411741174あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(130)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY から両眼の視力低下が進行したため2008年4月に広島大学病院眼科に紹介されて受診した.初診時の視力は右眼0.1(0.7×sph.3.75D),左眼0.08(0.6×sph.3.25D(cyl.1.25DAx85°),眼圧は右眼22mmHg,左眼19mmHgであった.両眼Emery-Little分類でI度の白内障があった.眼軸長は右眼23.98mm,左眼23.86mmであった.両眼視神経乳頭は蒼白で陥凹拡大あり,開放隅角緑内障と診断した.治療と経過:2008年6月に左眼のTLE,2008年7月に右眼のTLEを行った.退院時の眼圧は右眼10mmHg,左眼10mmHgで,眼底に異常所見はなかった.2008年9月受診時(右眼術後2カ月目)の眼圧は右眼4mmHg,左眼6mmHgで,右眼の前房深度は浅く鼻下側に脈絡膜.離が出現していたため炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド)の内服と散瞳薬(アトロピン・トロピカミドフェニレフリン塩酸塩)点眼を開始した.このときの左眼の前房深度は十分で脈絡膜.離はなかった.右眼の経過:2カ月経過しても右眼の前房は浅いままで脈絡膜.離が進行し3象限に及んだ.光干渉断層計(OCT)で:眼圧(mmHg):視力02468101214(1.0)(0.6)(0.2)脈絡膜.離出現PEA+IOL+強膜弁縫合眼圧(mmHg)181614121086420術後期間(カ月)図1症例1右眼の術後の眼圧と視力は低眼圧黄斑症はなかった.また,水晶体はEmery-Little分類でII度,後.下混濁も出現し白内障が進行した.右眼視力は0.02(0.1×sph.5.00D(cyl.1.00DAx10°)まで低下した.2008年11月(右眼術後4カ月目)右眼PEA+IOL+強膜弁縫合術を行った.PEA+IOL+強膜弁縫合術後1週間で脈絡膜.離はほぼ消失した.右眼眼圧は6.8mmHgで推移し脈絡膜.離の再発はなかった.視力も徐々に改善し術後3カ月目に(1.0×sph.6.00D(cyl.2.00DAx10°)となり,緑内障手術前より上がった(図1).左眼の経過:術後6カ月目の受診時の左眼眼圧は4mmHgであった.前房深度は1.77mmと浅く鼻下側に脈絡膜.離が出現していた.OCTで低眼圧黄斑症はなかった.薬物治療を行ったが,脈絡膜.離は2カ月間遷延した.水晶体はEmery-Little分類でII度,後.下混濁も出現し白内障が進行した.左眼視力は(0.3×sph.5.50D(cyl.1.25DAx20°)まで低下した.白内障手術による炎症で眼圧が上昇し脈絡膜.離が改善することを期待し2009年2月(左眼術後8カ月目)に左眼PEA+IOLを行った.眼圧は7.9mmHgで推移して脈絡膜.離は消失した.PEA+IOL術後5カ月で左眼の視力はTLE術前時の(0.6×sph.4.50D(cyl.3.00DAx10°)まで戻った(図2).〔症例2〕74歳,男性.主訴は両眼の視野狭窄である.1995年に両眼の開放隅角緑内障と診断され点眼治療を行っていた.2007年頃から両眼の眼圧のコントロールが不良となり左眼の視野障害も進行するため2008年4月に広島大学病院眼科に紹介されて受診した.初診時の視力は1.0(1.2×sph+2.25D(cyl.3.00DAx85°),左眼0.8(1.5×sph+0.75D(cyl.1.25DAx95°),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHgであった.水晶体は両眼Emery-Little分類でⅠ度の白内障があった.眼軸長は右眼24.03mm,左眼23.56mmであった.両眼とも視神経乳頭は陥凹拡大があり開放隅角緑内障と診断した.治療と経過:2008年5月に左眼TLEを行った.術後7日:眼圧(mmHg):視力02468101214(1.0)眼圧(mmHg)1614121086420PEA+IOL脈絡膜.離出現(0.2)(0.6):眼圧(mmHg):視力0102030405060術後期間(カ月)眼圧(mmHg)20181614121086420脈絡膜下液排除+PEA+IOL脈絡膜.離出現(1.0)(0.6)(0.2)(1.5)術後期間(カ月)図2症例1左眼の術後の眼圧と視力図3症例2左眼の術後の眼圧と視力(131)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131175 表1まとめ症例1右眼左眼症例2視力術前術後(0.2)(1.0)(0.3)(0.6)(0.1)(1.2)眼圧術前術後4mmHg8mmHg4mmHg7mmHg6mmHg9mmHgCD発症時期術後3カ月術後6カ月術後11日目CD発症から白内障手術までの期間2カ月後2カ月後13カ月後CD:脈絡膜.離.目の左眼の視力は0.8(1.2×sph+0.50D(cyl.1.25DAx40°),眼圧は10mmHgであった.術後11日目の再診時には左眼眼圧は6mmHgで前房は浅くなり,鼻上側と鼻下側に脈絡膜.離が出現していた.眼圧は8mmHg前後で経過したが脈絡膜.離が進行した.検眼鏡検査では黄斑部に網膜皺襞はなかった.3象限にわたる脈絡膜.離が13カ月の間改善せず白内障が進行した.左眼の視力は(0.2×sph+0.50D(cyl.2.00DAx10°)に低下した.2009年7月(術後14カ月目)に左眼のPEA+IOLと脈絡膜下液排除術を行った.術後脈絡膜.離は徐々に改善し2カ月後左眼の眼圧は9mmHgで脈絡膜.離は消失した.術後左眼の視力は6カ月目に(1.2×sph.1.50D)になり,現在まで脈絡膜.離の再発はない(図3,表1).II考按線維柱帯切除術後の脈絡膜.離発症には過剰濾過や房水漏出などによる術後低眼圧あるいは眼内炎症が関与すると考えられている.多くが術後早期(1カ月以内)に出現し眼圧の上昇に伴い自然治癒し,外科的治療を要することは少ない1,2).しかし,遷延する脈絡膜.離,低眼圧黄斑症は視力障害をきたすことがあるため何らかの外科的治療が必要になる.眼圧を正常化させるための処置として,圧迫縫合(compressionsuture)や自己血注入,強膜弁縫合などがある.また,内眼手術を行うことで炎症が生じ濾過胞の縮小,眼圧上昇をきたすことがあることが知られている.原田ら3)の報告によれば,線維柱帯切除術の既往のある眼に白内障手術を行った12眼中2眼で術後眼圧が上昇し緑内障再手術が必要となっている.また,Rebolledaら4)は線維柱帯切除術後の眼に白内障手術を行った67眼中2眼は6カ月以内に緑内障再手術が必要になったと報告している.他にもKlinkら5)によれば線維柱帯切除術後の眼に白内障手術を行った30眼において1年後の眼圧は平均で約2mmHg上昇し,30眼中151176あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013眼は2mmHg以上眼圧が上昇したと報告している.AwaiKasaokaら6)は線維柱帯切除術後1年以内に白内障手術を行うと有意に眼圧が上昇すると報告している.Sibayanら7)は線維柱帯切除術後の低眼圧黄斑症に対して白内障手術が有効であった症例を報告している.白内障手術により炎症が起こることで濾過胞の瘢痕化,濾過機能の減弱を招きそれに伴い眼圧が上昇し低眼圧黄斑症が改善した.また,彼らは白内障がある線維柱帯切除術後の低眼圧黄斑症に対して,白内障の程度や低眼圧の期間に関係なく白内障手術が有益だと述べている.これを応用して線維柱帯切除術後の遷延する脈絡膜.離に対して白内障手術が有効であるとの報告がある8).筆者らはそれにならい遷延する脈絡膜.離に対して白内障手術を中心とした治療を行った.症例1の右眼にはPEA+IOL+強膜縫合,左眼にはPEA+IOLを単独で行った.症例2は左眼PEA+IOLと脈絡膜下液排除を行い3眼とも脈絡膜.離の改善,視力の改善が得られた.強膜弁の追加縫合や脈絡膜下液排除がどこまで有効であったかわからない.中崎ら9)は線維柱帯切除術後の脈絡膜出血に対して下液排除だけでは再発を繰り返す症例を報告している.線維柱帯切除術の術後に遷延する脈絡膜.離に対しては白内障手術を中心とした治療が有効であるといえる.遷延する脈絡膜.離の要因,適切な追加手術の時期など今後解明すべき点は多い.文献1)丸山勝彦:線維柱帯切除術後早期管理.眼科手術24:138142,20112)新田憲和,田原昭彦,岩崎常人ほか:線維柱帯切除術後の脈絡膜.離に関する臨床経過の検討.あたらしい眼科27:1731-1735,20103)原田陽介,望月英毅,高松倫也ほか:緑内障眼における白内障手術の眼圧経過への影響.あたらしい眼科25:10311034,20084)RebolledaG,Munoz-NegreteFJ:Phacoemulsificationineyeswithfunctioningfilteringblebs.aprospectivestudy.Ophthalmology109:2248-2255,20025)KlinkJ,SchmitzB,LiebWEetal:Filteringblebfunctionafterclearcorneaphacoemulsification.aprospectivestudy.BrJOphthalmol89:597-601,20056)Awai-KasaokaN,InoueT,TakiharaYetal:ImpactofphacoemulsificationonfailureoftrabeculectomywithmitomycinC.JCataractRefractSurg38:419-424,20127)SibayanSA,IgarashiS,KasaharaNetal:Cataractextractionasameansoftreatingpostfiltrationhypotonymaculopathy.OphthalmicSurgLasers28:241-243,19978)狩野廉:線維柱帯切除術中長期管理.眼科手術24:143148,20119)中崎徳子,原田陽介,戸田良太郎ほか:線維柱帯切除術後の上脈絡膜出血にシリコーンオイルのタンポナーデが奏功した2例.臨眼66:1537-1542,2012(132)

白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障の4例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):569.572,2013c白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障の4例多田香織*1,2上野盛夫*2森和彦*2池田陽子*2今井浩二郎*2木下茂*2*1京都第二赤十字病院眼科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学FourCasesofLens-InducedGlaucomaThatDevelopedManyYearsafterLensReconstructionSurgeryKaoriTada1,2),MorioUeno2),KazuhikoMori2),YokoIkeda2),KojiroImai2)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine白内障術後10年以上を経て発症し,複数の発症メカニズムの関与が示唆された水晶体起因性続発緑内障症例を4例経験したので報告する.症例1,2は抗炎症および抗緑内障薬点眼,内服加療にて軽快したが,経過中にステロイド緑内障を併発した.症例3は超音波生体顕微鏡にてプラトー虹彩形状を認めレーザー隅角形成術を施行した.症例4は急性緑内障発作,線維柱帯切除術/白内障手術の既往があり,眼内レンズ脱臼を認め,観血的加療により眼圧下降を得た.遅発型の水晶体起因性続発緑内障にはさまざまな発症メカニズムが関与するため,眼圧上昇機序をよく理解して適切な治療を行う必要がある.Lens-inducedsecondaryglaucomasometimesoccursseveralyearsaftercataractsurgery,lasercapsulotomyorpenetratingcornealinjury.Manymechanismsthatresultinincreasedintraocularpressure(IOP)arethoughttobecombinedinthiscondition,suchasblockageoffluidoutflowthroughthetrabecularmeshworkbysmallresiduallensparticles,inflammationcausedbylensanaphylacticreaction,angleclosuremechanismduetoresidualswollenlenssubstances,andsteroidtherapyitself.Herewereport4casesoflens-inducedsecondaryglaucomawithcombinedmechanismsthatdevelopedseveralyearsaftercataractsurgery.Cases1and2respondedwelltotreatmentwithsteroidandanti-glaucomaeyedrops,butresultedinsteroid-inducedglaucomaduringthetimecourse.InCases3and4,residuallensparticlesorintraocularlensdislocationworsenedtheglaucoma,necessitatingsurgerytocontrolIOP.Physiciansshouldbeawareoftheexistenceoftheseseveralmechanisms,andchoosethesuitabletherapyaccordingly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):569.572,2013〕Keywords:水晶体起因性続発緑内障,白内障手術,残存皮質,ステロイド緑内障,アナフィラキシー反応.lensinducedglaucoma,cataractsurgery,residuallensparticles,steroidglaucoma,lensanaphylacticreaction.はじめに水晶体起因性続発緑内障は時に白内障術後や後.切開,穿孔外傷後数年を経て発症することがある.眼圧上昇機序はさまざまであり,残存水晶体蛋白による線維柱帯閉塞やアナフィラキシー反応,膨化水晶体による隅角閉塞,ステロイド薬による眼圧上昇など複数の発症メカニズムが関与することが知られている.今回,白内障術後10年以上を経て発症し,複数の発症メカニズムの関与が示唆された水晶体起因性続発緑内障症例を4例経験したので,その特徴と治療経過について報告する.I症例〔症例1〕30歳,男性.既往歴:10年前に両眼白内障手術歴(右眼は後.破損).現病歴:6時間前からの右眼痛,霧視,嘔気を主訴に京都府立医科大学眼科(以下,当科)救急受診.初診時右眼の毛様充血と角膜浮腫,軽度前房炎症を認め,後房に残留水晶体皮質を認めた(図1a).眼圧は右眼60mmHg,左眼14〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:KazuhikoMori,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kawaramachi,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)569 mmHg.隅角検査では下方180°にわたって周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)および下方虹彩上に白色水晶体遺残物を認めた(図1b).散瞳検査の結果,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は.外固定されており,残留水晶体上皮細胞の増殖/膨化とそれによるIOLの前方移動を認めた.PASindexは50%であり上方は開放隅角であったため,眼圧上昇の主因は水晶体小片緑内障と考えられた.また,前房内に炎症所見を伴っており,水晶体アナフィラキシーによるぶどう膜炎の合併も考慮し,ラタノプロスト,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミドの点眼,アセタゾラミドの内服に加え0.1%ベタメタゾン点眼液右眼4回,プレドニゾロン15mg/日の内服による治療を開始した.治療開始5日目,毛様充血と角膜浮腫は消失し,眼圧も17mmHgまで下降した.隅角検査にてPASは残存するも下方虹彩上の白色水晶体遺残物は消失していた.アセタゾラミド内服を中止し0.1%ベタメタゾン点眼液,プレドニゾロン内服を減量し治療を継続したが,治療開始42日目,眼圧は21mmHgと再度上昇傾向を認め,ステロイド緑内障の合併が疑われたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を0.1%フルオロメトロン点眼液に変更したところ眼圧は下降し,治療7カ月の時点で0.5%マレイン酸チモロールと0.1%フルオロメトロン点眼のみにて眼圧16mmHgに落ち着いている.〔症例2〕74歳,男性.既往歴:20年前に両眼白内障手術歴あり,無水晶体眼.両眼ともに原発開放隅角緑内障の既往あり.右眼はすでに光覚なし,左眼は抗緑内障薬点眼3剤(ラタノプロスト,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミド)で眼圧15mmHg以下にコントロールされていた.視野は湖崎分類IIIb.ab図1症例1の前眼部および隅角写真a:毛様充血,角膜浮腫をきたしている.前房は深く,白色の小物質が浮遊している.b:症例1の隅角所見.下方180°にPASを認めた.ab図2症例2の前眼部および隅角写真a:症例1同様に毛様充血,角膜浮腫をきたしている.b:症例2の隅角所見.PASは認めず,虹彩上に白色物質を認める.570あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(142) ab図3症例3の前眼部写真およびUBMa:前房深度は中央においては正常であるが,周辺部においてはきわめて狭くプラトー虹彩である.b:症例3のUBM.残存水晶体小片により周辺部虹彩が前方に押されている.現病歴:前日からの左眼視力低下を主訴に当科受診.初診時左眼毛様充血と角膜浮腫を認め(図2a),眼圧は右眼15mmHg,左眼55mmHg.隅角検査にてPASを認めず,虹彩上に白色塊状の水晶体遺残物を認めた(図2b).消炎,眼圧下降を目的に0.1%ベタメタゾン点眼,アセタゾラミド内服を追加したところ,眼圧はいったん下降傾向を示したが,治療開始21日目に眼圧39mmHgと再上昇した.ステロイド緑内障を疑い0.1%ベタメタゾン点眼を中止したところ,中止後1カ月で眼圧は24mmHgまで下降し,8カ月後には14mmHgと安定した.〔症例3〕74歳,男性.既往歴:11年前に左眼網膜.離に対し硝子体手術および水晶体再建術を施行.その後も網膜.離を2回発症し計3回硝子体手術の既往あり.現病歴:近医にて散瞳検査後より左眼眼圧が上昇し当科救急紹介受診.初診時左眼毛様充血と角膜浮腫を認め(図3a),眼圧は右眼10mmHg,左眼60mmHg.IOLは.内固定されており隅角検査にて左眼は全周性に隅角底が確認できなかった.超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)にて全周性にプラトー虹彩形状を認め(図3b),一部では残留水晶体皮質の膨化により虹彩が前方へ圧排されていることが確認された.レーザー隅角形成術(lasergonioplasty:LGP)を施行したところ,耳側ならびに鼻側隅角は閉塞が開放され,眼圧は25mmHgまで下降.0.1%ベタメタゾン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミド点眼,アセタゾラミド内服により,治療開始3日目には眼圧は10mmHg.その後,保存的経過観察にて8カ月後には8mmHgと安定.〔症例4〕72歳,女性.既往歴:右眼は12年前に急性緑内障発作に対しレーザー(143)図4症例4の前眼部写真毛様充血と角膜浮腫を認め,IOLは前上方に脱臼している.虹彩切開術(laseriridotomy:LI),線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)および水晶体超音波乳化吸引術(PEA)+IOL挿入術を施行されるも,眼圧コントロール不良にて前部硝子体切除術(A-vit)+隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)の既往あり.6年前から右眼眼圧が再上昇し,1年前からは30mmHg程度.左眼はLI既往があり2年前に白内障手術を受けた後は眼圧が安定した.現病歴:右眼圧コントロール不良および角膜内皮細胞障害(932/mm2)にて当科紹介受診.初診時右眼毛様充血と角膜浮腫を認め,眼圧は右眼33mmHg,左眼12mmHg.IOLは前上方に脱臼しており(図4),隅角検査にて全周性にPASを認めた.TLE+IOL摘出/縫着術を施行,術中に水晶体遺残物を水晶体.とともに摘出した.眼圧は術翌日11あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013571 mmHgまで下降,4カ月後には18mmHgと安定している.II考察一般的に水晶体起因性緑内障はその発症機序により,1)水晶体融解緑内障,2)水晶体小片緑内障,3)水晶体アナフィラキシーによる緑内障の3種類に分類される1).水晶体小片緑内障は水晶体.外摘出術または超音波水晶体乳化吸引術,Nd-YAGレーザーによる後.切開術,穿孔性水晶体外傷後に正常な水晶体小片が浮遊し線維柱帯間隙を閉塞することによって生じる緑内障であり,手術あるいは外傷後数日以内に発症することが多いとされる1).稀に数年を経てから生じることもあり3,4),過去には術後65年を経て発症した水晶体小片緑内障の報告もある2)が,先天白内障術後に発症する症例が多い.通常,幼児や小児の水晶体にはheavymolecularweightprotein(HMWP)がほとんど存在せず,75歳以上になると著しく増加することが報告されている5).HMWPはその高分子量のために線維柱帯を閉塞して眼圧上昇をひき起こす1).先天白内障術後の残存水晶体皮質が変性しHMWP濃度が増加してから,これらが小片化して水晶体融解緑内障および水晶体小片緑内障をひき起こすまでには長期の経過を要すると考えられている2).したがって,今回のように成人例の白内障手術長期経過後の発症の報告は少ない.今回,筆者らが経験した4症例は,眼圧上昇においてそれぞれ異なるメカニズムの関与が示唆された.症例1では,眼圧上昇機序として水晶体小片緑内障(開放隅角緑内障)と閉塞隅角緑内障の両者が関与していたと考えられる.つまり,残存皮質から産生された水晶体小片や水晶体蛋白が線維柱帯間隙を閉塞,さらに残存皮質が膨化して形成されたSoemmering’sringがIOL越しに虹彩を前方移動させてPASを形成し,眼圧上昇に至ったと考えられる.Soemmering’sringは後発白内障の一種とされ,白内障術後に前後.が癒着してできた閉鎖腔内で水晶体上皮細胞が水晶体線維細胞に分化・再生して形成されるリング状の白色組織である6).近年では超音波水晶体乳化吸引術の普及により発生頻度は少なくなっているが,ECCE(.外摘出)後にはより高頻度にみられていた.Soemmering’sringが単独で閉塞隅角緑内障を発症したという報告は少なく,また眼圧上昇程度は,通常房水中に浮遊する水晶体小片の量と相関するとされている1,7).したがって,白内障術後に皮質残存が疑われる症例では長期経過後に眼圧が上昇する可能性があることを認識しておくことは非常に重要であり,そのような既往のある症例の診断,眼圧上昇機序を考えるうえで隅角検査やUBM検査は非常に有用であるといえる.症例2.4のように既往歴に緑内障を有している例でも白内障術後に眼圧上昇がよく認められること8)から,元来の房水流出能が水晶体小片緑内障発症に関わっているとされる1).これらの水晶体起因性緑内障に対する治療に関して,水晶体小片緑内障に対する過去の報告では,保存的治療のみで眼572あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013圧下降を得られたとの報告は少なく,最終的に残留水晶体皮質除去を施行している場合が多い.確かに治療として残留水晶体皮質除去は確実な原因除去となるが観血的な治療として侵襲的であり,炎症が軽度であればまずは保存的治療による眼圧下降および消炎が第一選択となる1).一方,水晶体アナフィラキシーの合併が示唆される症例では,軽度の眼圧上昇の場合にはステロイド点眼が有効であるが,長期にわたる場合には症例1,2のようにステロイド緑内障の合併にも注意が必要である.症例3ではplateauirisconfigurationを認めLGPを施行することで残留水晶体皮質除去をせずとも眼圧下降が得られた.このように眼圧上昇機序を正しく理解すれば保存的治療のみで眼圧下降が得られる症例も少なくない.保存的治療抵抗性の症例もしくは水晶体起因性緑内障を繰り返す症例,全周性PASを伴う症例や症例4のようにIOL脱臼を伴う症例では,保存的治療のみでの眼圧コントロールは困難であり観血的治療が必要と考える.以上から,水晶体起因性続発緑内障はさまざまな機序が複合して発症することがあり,経過観察時にはこれらの眼圧上昇機転をよく理解して適切な治療を行っていく必要がある.文献1)RichterCU:Lens-inducedopen-angleglaucoma.In:TheGlaucomas(edbyRitchR,ShieldsMB,KrupinT),Vol2,2nded,p1023-1031,Mosby,StLouis,19962)BarnhorstD,MeyersSM,MyersT:Lens-inducedglaucoma65yearsaftercongenitalcataractsurgery.AmJOphthalmol118:807-808,19943)KeeC,LeeS:Lensparticleglaucomaoccurring15yearsaftercataractsurgery.KoreanJOphthalmol15:137-139,20014)柴原玲子,二井宏紀:水晶体.外摘出術の20年後に水晶体起因性緑内障を生じた1例.臨眼58:2099-2101,20045)JedziniakJA,KinoshitaJH,YatesEMetal:Theconectionandlocalizationofheavymolecularweightaggregatesinagingnormalandcataractoushumanlenses.ExpEyeRes20:367-369,19756)林研:後発白内障の成因と対策.臨眼55:129-133,20017)EpsteinDL:Diagnosisandmanagementoflens-inducedglaucoma.Ophthalmology89:227-230,19828)SavageJA,ThomasJV,BelcherCD3rdetal:Extracapsularcataractextractionandposteriorchamberintraocularlensimplantationinglaucomatouseyes.Ophthalmology92:1506-1516,19859)EpsteinDL,JedziniakJA,GrantWM:Obstructionofaqueousoutflowbylensparticlesandbyheavy-molecular-weightsolublelensproteins.InvestOphthalmolVisSci17:272-277,197810)EpsteinDL,JedziniakJA,GrantWM:Identificationofheavy-molecular-weightsolubleproteininaqueoushumorinhumanphacolyticglaucoma.InvestOphthalmolVisSci17:398-402,1978(144)

ぶどう膜炎の白内障手術における術後前眼部炎症の予測因子

2013年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(1):123.126,2013cぶどう膜炎の白内障手術における術後前眼部炎症の予測因子岩崎優子*1,2高瀬博*1諸星計*1宮永将*1川口龍史*1,2冨田誠*3望月學*1*1東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学*2都立駒込病院眼科*3東京医科歯科大学医学部附属病院臨床試験管理センターSynechiaeasRiskFactorforSevereAcuteInflammationafterCataractSurgeryinPatientswithUveitisYukoIwasaki1,2),HiroshiTakase1),KeiMorohoshi1),MasaruMiyanaga1),TatsushiKawaguchi1,2),MakotoTomita3)andManabuMochizuki1)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,3)DepartmentofClinicalResearchCenter,TokyoMedicalandDentalUniversityHospitalofMedicine目的:ぶどう膜炎併発白内障における,白内障術後の前房内フィブリン析出,虹彩後癒着の出現に関連する術前,術中因子を検討する.対象および方法:2009年8月から2011年9月の間に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した85眼を対象とし,患者診療録を後方視的に調査した.結果:術後の前房内フィブリン析出および虹彩後癒着は6眼で観察され,術前における虹彩後癒着の存在(p<0.001,Fisher’sexacttest),術前における前房フレア値高値(p=0.049,Mann-WhitneyUtest),手術中の虹彩処置(p=0.02,Fisher’sexacttest)と有意に関連していた.術前における虹彩後癒着と前房フレア値は有意に関連していた(p<0.001,Mann-WhitneyUtest).結論:虹彩後癒着の存在は,術後のフィブリン析出や虹彩後癒着形成の危険因子である.Purpose:Toinvestigatepredictivefactorsforsevereacuteinflammationaftercataractsurgeryinpatientswithuveitis.Methods:Therecordsof85patientswithuveitiswhohadundergonephacoemulsificationcataractextractionandintraocularlensimplantationbetweenAugust2009andSeptember2011wereretrospectivelyexamined.Weanalyzedtheassociationbetweenpre-andintra-operativefactorsandpostoperativefibrinformationorsynechiae.Results:Postoperativefibrinformationorsynechiaedevelopedin6patients.Highflarevaluebeforesurgery,presenceofsynechiaebeforesurgeryandrequisitepupildilatationduringsurgerywereassociatedwithpostoperativefibrinformationorsynechiae(p=0.049,Mann-WhitneyUtest,p<0.001,p=0.02,Fisher’sexacttest,respectively).Preoperativeflarevaluewashigherinpatientswithsynechiaethanwithoutsynechiae(median29.2photoncountpermilliseconds(pc/ms),11.2pc/ms,p<0.001,Mann-WhitneyUtest).Conclusion:Patientswithsynechiaeweremorelikelytodevelopsevereacuteinflammationaftercataractsurgerythanpatientswithoutsynechiae.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):123.126,2013〕Keywords:虹彩後癒着,ぶどう膜炎,白内障手術,術後炎症,前房フレア値.synechiae,uveitis,cataractsurgery,inflammation,flarevalue.はじめにましいが,十分に消炎されていると判断して手術を施行したぶどう膜炎罹患眼に対する白内障手術は,超音波乳化吸引症例においても時に強い術後炎症を経験する.そのような術術の導入により術後成績が改善したと多く報告され,広く行後炎症としては,前房内のフィブリン析出や虹彩後癒着の形われている1.5).手術は炎症の非活動期に施行することが望成があげられる.これらの発生を術前に予測することが手術〔別刷請求先〕岩崎優子:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学Reprintrequests:YukoIwasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,1-5-45Yushima,Bunkyo-ku,Tokyo113-8519,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)123 計画を立てる際には重要であるが,そのための明確な指標は確立されていない.今回筆者らは,ぶどう膜炎に併発した白内障に対して手術を行った症例で,術後に強い前眼部炎症をきたした症例の特徴を調べ,その予測因子を検討した.I対象および方法東京医科歯科大学医学部附属病院眼科でぶどう膜炎と診断し,2009年8月から2011年9月の間に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した症例で,術前1カ月以内に前房フレア値を測定した眼を対象とした.手術は3名の術者が創口幅2.4mmの角膜1面切開もしくは強角膜3面切開で施行した.虹彩後癒着や小瞳孔で散瞳不良の症例に対しては,必要に応じて放射状瞳孔括約筋切開もしくは虹彩リトラクターを使用した.眼内レンズはアクリルレンズ(Alcon社アクリソフRIQもしくはHOYA社iSertR)を使用した.術前にそれぞれの症例で行われていた点眼,内服などの消炎治療は原則的に手術前後を通じて継続し,主治医の判断により必要と判断された症例においては内服の増量,局所注射の追加を行った.手術終了時には全例でデキサメタゾンの結膜下注射を施行した.除外基準は,手術前後に内服や局所注射の追加を行ったもの,糖尿病網膜症または偽落屑症候群の所見を有するもの,術中に後.破損などの合併症が生じたものとした.両眼が基準を満たした症例については無作為に片眼を選択した.患者診療録からの後方視的な調査を行い,術前および術中の調査項目と術後の前眼部炎症の関連を検討した.術前の評価項目としては,ぶどう膜炎の原因疾患,術前消炎期間,術前の前房フレア値,術前の前房内細胞,虹彩後癒着の有無とその程度,水晶体核硬化度,屈折度を調査した.術前消炎期間は術前に前房内細胞(1+)以下を保っていた期間とした.前房フレア値はKOWA社製のレーザーフレアーメーターR(FM500)で測定し,複数回測定の平均値を採用した.術中の評価項目として,虹彩に対する処置の有無を調査した.術後の前眼部炎症とは,術後1週間以内に生じた前房内のフィブリン析出,もしくは虹彩後癒着の形成と定義した.術前および術中の因子と術後前眼部炎症の発生との関連について,統計ソフト「Rpackageforstatisticalanalysisver.2.8.1」を用い,Mann-WhitneyUtest,Fisher’sexacttestを行い検定し,p<0.05を統計学的有意と判定した.本研究は,東京医科歯科大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て行った.II結果1.対象の内訳と術後前眼部炎症対象となった症例は85例85眼(男性24例,女性61例),年齢は中央値61歳(29.84歳)であった.124あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013表1対象患者の内訳疾患眼数サルコイドーシス19Vogt-小柳-原田病7Behcet病5帯状疱疹ウイルス性ぶどう膜炎5(急性網膜壊死,前部ぶどう膜炎)(3,2)原発性眼内リンパ腫4急性前部ぶどう膜炎2交感性眼炎2強膜炎2サイトメガロウイルス虹彩炎1乾癬に伴う前部ぶどう膜炎1Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎1真菌性眼内炎1HTLV-1ぶどう膜炎1特発性ぶどう膜炎34計85HTLV-1:humanT-lymphotropicvirustype-1.ぶどう膜炎の原因疾患の内訳は,サルコイドーシス19眼(22%),Vogt-小柳-原田病7眼(8%),Behcet病5眼(7%)特発性ぶどう膜炎34眼(39%),その他20眼であった(表(,)1).術後,前房内フィブリン析出や虹彩後癒着などの強い前眼部炎症は85眼のうち6眼(7%)で生じ,その原因疾患の内訳は,特発性汎ぶどう膜炎5眼,乾癬に伴う前部ぶどう膜炎1眼であった.2.術前因子と術後前眼部炎症術前の調査項目を,術後に強い前眼部炎症が発生した群(n=6)とそれ以外の群(n=79)の2群間で比較した.術後に強い前眼部炎症を生じた6眼は術前の前房フレア値が有意に高く(p=0.049),そのすべてに術前の虹彩後癒着が存在していた(p<0.001,表2).このことから,術前の前房フレア値が高く,虹彩後癒着が存在する眼では手術侵襲による易刺激性が高いことが示唆された.そこで,術前の前房フレア値と虹彩後癒着の有無の関係を検討したところ,術前に虹彩後癒着が存在した群(n=25)の術前における前房フレア値は中央値29.2photoncountpermilliseconds(pc/ms),最小値1.2pc/ms,最大値274.8pc/msで,術前に虹彩後癒着が存在しなかった群(n=60)の前房フレア値(中央値11.2pc/ms,最小値2.1pc/ms,最大値118pc/ms)と比較し有意に高値であり(p<0.001),虹彩後癒着の存在と前房フレア値には関連がみられた(図1).その他の術前因子と術後の前眼部炎症の発生について関連を調べたところ,年齢(p=0.95),性別(p=0.45),屈折度(p=0.94),水晶体核硬化度(p=0.89),術前消炎期間(p=0.10),術前の前房内細胞(p=0.54)のいずれも有意な関連はなかった.(124) 表2術前因子と術後の強い前眼部炎症術前因子術後の強あり(n=6)い前眼部炎症なし(n=79)p値年齢0.95中央値59歳61歳最小値.最大値(40.73歳)(29.84歳)性別男性1例,女性5例男性23例,女性56例0.45屈折度0.94中央値.0.13D0D最小値.最大値(.10.+2.75D)(.14.+5.25D)核硬化度b(n=81a)0.89Grade0.II3眼57眼GradeIII.V2眼19眼術前消炎期間(n=83c)0.103カ月以内2眼6眼4カ月以上4眼71眼前房内細胞d0.54(0)5眼70眼(1+)以上1眼9眼前房フレア値0.049*中央値28.4pc/ms11.6pc/ms最小値.最大値(5.4.274.8pc/ms)(1.2.186.9pc/ms)術前における虹彩後癒着<0.001***あり6眼19眼なし0眼60眼pc/ms:photoncountpermilliseconds.a:4眼で散瞳不良のため評価困難であった.b:Emery-Little分類.c:2眼が紹介元で経過観察されていたため評価困難であった.d:Nussenblattらの分類10).*:p<0.05,Mann-WhitneyUtest.***:p<0.001,Fisher’sexacttest.◆:炎症が生じなかった眼図1術前の前房フレア値と虹彩後癒着の存在,および術後◇:炎症が生じた眼炎症1,00085眼の術前における前房フレア値は,術前に虹彩後癒着が存在した群では存在しなかった群よりも高値であった(p<0.001,Mann-WhitneyUtest).術後に強い前眼部炎症が生じた6眼は,すべて術前に虹彩後癒着が存在した.術前における前房フレア値(pc/ms)10010p<0.0013.術中因子と術後の強い前眼部炎症術中の虹彩に対する処置の有無と術後炎症の関連を検討したところ,術中の虹彩処置を行った19眼のうち4眼(21%)と,虹彩処置を行わなかった66眼のうち2眼(3%)で術後に強い前眼部炎症が生じ,炎症の発生と虹彩処置の有無には有意な関連があった(p=0.02).術前における虹彩後癒着の範囲は,虹彩後癒着があった25眼のうち,瞳孔縁の1/2周未満だったのが6眼(24%),1/2周以上であったのが19眼(76%)であった.虹彩後癒着が瞳孔縁の1/2周未満だった6眼中1眼,1/2周以上であった19眼中5眼で強い前眼部炎症が生じたが,虹彩後癒着の程度と術後炎症発生には関連は認めなかった(p=0.55).行われた虹彩処置と強い前眼部1炎症の発生を表3に示した.処置の種類と炎症の発生に傾向虹彩後癒着(-)(+)はみられなかった(p=0.75).(125)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013125 表3虹彩処置と術後炎症虹彩処置起炎症眼処置眼前眼部炎症の発生率虹彩リトラクター0眼1眼0%瞳孔括約筋切開3眼11眼28%両者の併用1眼6眼17%処置なし2眼9眼22%合計6眼27眼a22%a:術前に虹彩後癒着が存在した症例25眼,および小瞳孔で虹彩処置を要した2眼.III考察ぶどう膜炎罹患眼の白内障手術の術後成績に関連する因子については,これまでに多くの報告がある.本研究での術後の強い前眼部炎症の発生率は7%であり,既報と同様の結果であった1,5,6).術後視力には,術後1週間以内のぶどう膜炎の再燃,術後の.胞様黄斑浮腫(CME)の存在が影響する7,8).また,術後のCME発生には,術前消炎期間が3カ月に満たないこと,術後1週間以内に強い前眼部炎症が生じることが有意に関連する2,8).ぶどう膜炎罹患眼の白内障手術に際してこれらの合併症を防ぐには,各々の症例において術後炎症の程度を予測し,適切に消炎の強化を図ることが必要と考えられる.本研究で,術後の強い前眼部炎症と関連があった因子は,術前の虹彩後癒着の存在,術前の高い前房フレア値,術中の虹彩に対する処置であった.術前に虹彩後癒着が存在した症例では前房フレア値が高く,また虹彩処置を要するため,これらのなかでは術前における虹彩後癒着の存在が最も重要な因子であると考えられる.術前の消炎期間,前房内細胞浸潤は,今回の検討においては術後炎症と有意に関連しなかった.従来より強い術後炎症を予防するためには3.6カ月程度の術前消炎期間が必要であるとされている8,9).本研究においては術前消炎期間が3カ月未満である群,前房内細胞が(1+)以上の状態で手術を行った群が非常に少なかったことが結果に影響していると考えられ,術前消炎期間や前房内細胞浸潤の評価の有用性を否定するものではない.瞳孔括約筋切開や虹彩リトラクターなど,虹彩処置の違いによる手術侵襲の程度は処置法により異なりうるが,筆者らが検索した限り処置法による術後炎症を比較検討した報告はない.今回対象とした患者群では,用いた虹彩処置法と術後炎症発生に傾向はみられなかったが,それぞれの患者数が少なく今後さらなる検討が望まれる.一方,粘弾性物質のみによる虹彩後癒着の解除を行い手術遂行が可能であった2眼においても強い術後炎症が生じた.このことからは,虹彩処置による手術侵襲の増強だけでなく,虹彩後癒着の存在そのものが手術侵襲に対する易刺激性を示唆するために,術後炎症126あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013の予測因子として重要であると考えられる.これまでにも術後3カ月以内のぶどう膜炎の再燃に術前の虹彩後癒着の存在が関連するとの報告があり,本報告と同様に術後炎症の予測因子としての虹彩後癒着の重要性が示されている4).虹彩後癒着が存在する症例では,術前,術中,術直後の消炎治療の強化を検討する必要がある.虹彩後癒着の性質や虹彩処置の方法の情報を含めた,より詳細な術後炎症反応との関連の検討が,今後の課題と考えられる.IV結論ぶどう膜炎の併発白内障に対する白内障手術において,術前に虹彩後癒着が存在する症例では術後早期の強い前眼部炎症をきたす可能性が高い.虹彩後癒着の存在する症例では,術後の速やかな消炎強化の必要性を想定し手術計画を立てる必要がある.文献1)EstafanousMF,LowderCY,MeislerDMetal:Phacoemulsificationcataractextractionandposteriorchamberlensimplantationinpatientswithuveitis.AmJOphthalmol131:620-625,20012)OkhraviN,LightmanSL,TowlerHM:Assessmentofvisualoutcomeaftercataractsurgeryinpatientswithuveitis.Ophthalmology106:710-722,19993)FosterCS,FongLP,SinghG:Cataractsurgeryandintraocularlensimplantationinpatientswithuveitis.Ophthalmology96:281-288,19894)ElgoharyMA,McCluskeyPJ,TowlerHMetal:Outcomeofphacoemulsificationinpatientswithuveitis.BrJOphthalmol91:916-921,20075)KawaguchiT,MochizukiM,MiyataKetal:Phacoemulsificationcataractextractionandintraocularlensimplantationinpatientswithuveitis.JCataractRefractSurg33:305-309,20076)JavadiMA,JafarinasabMR,AraghiAAetal:Outcomesofphacoemulsificationandin-the-bagintraocularlensimplantationinFuchs’heterochromiciridocyclitis.JCataractRefractSurg31:997-1001,20057)QuekDT,JapA,CheeSP:RiskfactorsforpoorvisualoutcomefollowingcataractsurgeryinVogt-Koyanagi-Haradadisease.BrJOphthalmol95:1542-1546,20118)BelairML,KimSJ,ThorneJEetal:Incidenceofcystoidmacularedemaaftercataractsurgeryinpatientswithandwithoutuveitisusingopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol148:128-135,20099)花田厚枝,横田眞子,川口龍史ほか:東京医科歯科大学におけるぶどう膜炎患者の白内障手術成績.眼紀55:460464,200410)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Examinationofthepatientwithuveitis.Uveitis,p58-68,Mosby,StLouis,1996(126)

モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化

2013年1月31日 木曜日

《第51回日本白内障学会原著》あたらしい眼科30(1):93.96,2013cモキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化松浦一貴*1寺坂祐樹*1井上幸次*2大村菜美*3後藤隆浩*3*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学講座*3鳥取大学大学院医学系研究科生体高次機能学部門PharmacokineticsofSubconjunctivallyInjectedMoxifloxacinKazukiMatsuura1),YukiTerasaka1),YoshitsuguInoue2),NamiOhmura3)andTakahiroGotou3)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,3)DivisionofIntegrativeBioscience,TottoriUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:白内障術後早期の薬剤投与が重要とされるが,早期点眼を徹底できる施設は限られている.そこで,手術終了時に抗菌薬の結膜下注射を行うことにより,早期より十分な薬剤濃度を安全に達成できる可能性があると考えた.本実験は,モキシフロキサシン(MFLX)の結膜下注射の有効時間の検討を目的とした.方法:白内障手術患者26人36眼にMFLX(原液または2倍希釈)0.2mlを手術1時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),3時間前(原液n=6,2倍希釈n=5),5時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),6時間前(原液n=5)に結膜下注射した.手術開始時に前房水0.1mlを採取し,高速液体クロマトグラフィーを行った.結果:腸球菌の最小発育阻止濃度:0.5μg/mlに対し,原液では1時間値3.07μg/ml,3時間値1.78μg/ml,5時間値0.53μg/ml,6時間値0.19μg/mlであった.2倍希釈液では3時間値0.54μg/ml,6時間値0.35μg/mlであった.結論:MFLX結膜下注射で約5時間程度は腸球菌に対して有効な抗菌薬濃度が保たれた.Purpose:Toreportthesafetyandeffectofmoxifloxacinsubconjunctivalinjectioninpreventingendophthalmitisaftercataractsurgery.Methods:Atvarioustimepointspresurgery,0.2mlofmoxifloxacin(stocksolutionor2-folddiluted)wassubconjunctivallyinjectedtopatientgroups(1,3,5,or6hpriortocataractsurgery;n=6in3h-stocksolution,5inothergroups).Aftersamplingof0.1mlaqueoushumor,high-performanceliquidchromatographywasconducted.Results:Theconcentrationsaftermoxifloxacinstocksolutioninjectionwere3.07μg/mlat1h,1.78μg/mlat3h,and0.53μg/mlat5h.Thisshowedthatalevelabovethe90%minimuminhibitoryconcentration(MIC90)forEnterococcusfaecalis(0.5μg/ml)canbemaintainedfor5h.Withthe2-folddilutedsolution,however,theconcentrationwas0.54μg/mlat3hand0.35μg/mlat5h.Conclusions:TheMIC90levelforE.faecaliswasmaintainedfor5haftersubconjunctivalinjectionofmoxifloxacinstocksolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):93.96,2013〕Keywords:結膜下注射,モキシフロキサシン,白内障手術,眼内炎,前房水.subconjunctivalinjection,moxifloxacin,cataractsurgery,endophthalmitis,anterioraqueoushumor.はじめに白内障をはじめとする眼手術後の感染予防のための抗菌薬投与法としてはおもに点眼が用いられるが,患者自身が点眼することが多くコンプライアンスによる影響を強く受けることがある.また,手術直後にすでに前房内に10.20%細菌を認めるとの報告もあり1,2),術後早期から有効な薬剤濃度を保つことが重要とされている.ウサギの眼内炎モデルにおいては,術直後もしくは数時間以内に点眼を開始した場合,菌の増殖が抑制され眼内炎所見の悪化を防ぐとの報告がある3).また,術翌日から点眼を開始した場合,当日から開始した場合に比べて眼内炎発症リスクがオッズ比13倍高まるという臨床報告もある4).しかし,白内障術後の抗菌薬は患者自身が点眼することが多く,マンパワーなどの面でも早期から全員に点眼を徹底できる施設は限られている.一方,前房内投与5.7)は高い薬剤濃度を達成できるが,組織障害の懸念や誤投与の危険性8)が指摘されている.そこで,手術終了時に結膜下に抗菌薬を注射すれば,患者のコンプライアンスや施医療者の介助に頼らず,安全に術後早期より感染予防に〔別刷請求先〕松浦一貴:〒683-0854米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KazukiMatsuura,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago683-0854,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(93)93 十分な薬剤濃度を長く保てる可能性があると考えられる.そこで,術直後に投与する抗菌薬として注目されているモキシフロキサシン結膜下注射の有効時間の検討を目的として本実験を行った.データの一部はすでに報告している9)が,今回さらに濃度設定を変更して検討を加えた.I方法対象は2011年6月.7月に野島病院にて,通常の超音波白内障手術を受けアクリルレンズを挿入された26人36眼である.本研究は鳥取大学倫理審査委員会の承認を得て施行された.書面によるインフォームド・コンセントを得た後,白内障手術の開始1時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),3時間前(原液n=6,2倍希釈n=5),5時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),6時間前(原液n=5)にベガモックスR0.5%点眼液(5,000μg/ml)(モキシフロキサシン原液)の原液もしくは2倍希釈の0.2ml結膜下注射を行った.手術の妨げとならないように下方の結膜に注射した.手術開始時に29ゲージ針を用いて経角膜的に前房水0.1mlを採取した.検体は凍結保存し,濃度測定は高速液体クロマトグラフィーを用いた.検体は凍結保存し,高速液体クロマトグラフィーにて励起波長(Ex:290nm),蛍光波長(Em:470nm)における蛍光強度を測定した.対数曲線を用い,腸球菌の90%最小発育阻止濃度(MIC90:0.5μg/ml)を上回る時点までを効果持続時間と考えた.II結果原液を使用した実験の1時間値.5時間値(0.53μg/ml)までは腸球菌のMIC90(0.5μg/ml)を超えていたが,6時間値0.19μg/mlでは下回っていた.5時間まではMIC90を維a.原液5持できると想定された(図1a).2倍希釈を使用した実験の1時間値.3時間値(0.53μg/ml)までは腸球菌のMIC90を超えていたが,5時間値0.35μg/mlでは下回っていた(図1b).III考察モキシフロキサシンは前房移行もよく,抗菌スペクトルも広いため,感染予防に対して現在選択可能な最も理想的な点眼液の一つといえる.福田ら10)は,ウサギ点眼でのモキシフロキサシンの前房内最高濃度が9.04μg/mlと高く,点眼後4時間以上にわたって有効濃度が保たれたことを示しているが,当然ながらこれは実験的環境下でのデータである.手術終了時のような浮腫,炎症,出血や流涙などが亢進している環境下では,1滴の点眼が十分に結膜.に留まり,実際に有効な前房内濃度を実験的環境下と同様に保てない可能性がある.さらに,白内障手術の対象となる患者は当然ながら高齢者が多く患者自身での点眼指導を徹底することはむずかしく,患者自身あるいは感染に対する知識の浅い医療従事者による早期点眼はかえって新たなリスクとなりかねない.近年,注目され始めているモキシフロキサシンをはじめとする抗菌薬の前房内注入は,術直後に十分な薬液濃度を確実に達成することができる.しかし,高濃度の薬液を注入する5.7)ことに抵抗を感じる術者が多く,わが国では一般的に普及するには至っていないのが現状である.なぜなら,網膜や角膜毒性および誤投与の可能性8)や無菌性の眼内炎ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)の発症リスクも懸念されているからである11).一方で,白内障術後の結膜下注射は古くから行われており,英国では77%12),米国では16%13)の術者が何らかの結b.2倍希釈5y=-1.60Ln(x)+3.19モキシフロキサシン濃度(μg/ml)y=-0.56Ln(x)+1.20腸球菌腸球菌MIC90MIC900001234560123456房水採取時間(h)房水採取時間(h)図1モキシフロキサシン濃度の時間経過原液では腸球菌のMIC90(0.5μg/ml)に対して5時間値は超えていた(a)が,6時間値は下回っていた.2倍希釈では5時間値で最小発育阻止濃度以下となった(b).44モキシフロキサシン濃度(μg/ml)33221194あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(94) 膜下注射を行っている.筆者らは,手術終了時に結膜下に抗菌薬を注射すれば患者のコンプライアンスに頼らず術後早期の感染予防に十分な薬剤濃度を安全に長く保てる可能性があると考え,モキシフロキサシンでの手術終了時の1回の注射が,1)最低有効濃度を何時間保つことができるか,2)有効性,安全性の評価のため最高濃度がどの程度まで上昇するかを検討することを目的とした.1.有効時間の検討原液を用いた場合,約6時間まで腸球菌のMIC90を上回った(図1a).2倍希釈を用いた場合,3時間値までは腸球菌のMIC90を上回ったが,6時間では下回っていた(図1b).眼内濃度が上がりすぎることを恐れて2倍以上に希釈したり,あるいはステロイド薬や他の抗菌薬との混注をする術者もいるようだが,濃度の観点からは原液での注射が理想的であると考えられる.2.薬効,安全性の評価(最高濃度)原液の1時間値の平均濃度は3.07μg/mlであり,最高値でも4.40μg/mlであった(図1a).報告によって若干の差はあるものの,頻回の点眼でも得られる前房濃度はおおよそ2μg/mlになるといわれており14),筆者らの結膜下注射での濃度は頻回点眼よりやや高濃度であったといえる.結膜下注射は,あくまで眼球外への投与であるため実際の前房内への吸収には個人差,条件による差があると思われ,1時間値では約1.3μg/mlから約4.4μg/mlとばらつきがあった(図1a).近年,キノロンに対する耐性化が進んでおり,MIC90が32μg/mlに達するコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)も報告されている15).前房内投与ではこのような高度耐性菌においても著しく高い薬液濃度を実現できるため,かなりの起因菌をカバーすることができる.しかし,前房内注入には希釈時,取り分け時,注入時の量や濃度の間違いや汚染の可能性を懸念する術者も多く16),まだ一般化するには至っていない.一方,結膜下注射は原液をそのまま注入するため希釈などの間違いや汚染のリスクが少ないと考えられる.結膜下注射は抗菌力,眼内炎予防の観点からすれば多少薬効では劣るものの,安全に相応の効果を期待でき,かつ誰でも容易に行える選択肢であると考える.結膜下注射に用いる薬剤としては,ゲンタマイシン,セフロキシムの有効性17,18)およびその薬剤動態19,20)の報告があり,わが国でもゲンタマイシンが一般的に用いられているようである.しかし,重要な眼内炎の起因菌である腸球菌に対してゲンタマイシンは感受性が低く,セフロキシムは感受性をもっていない.また,ゲンタマイシンには組織障害21),セフロキシムにはアナフィラキシー22)の報告もある.これらのことより,幅広い抗菌スペクトルをもち,重篤な合併症の報告されていないモキシフロキサシンは,結膜下注射に適し(95)た薬剤と考えられる.手術終了時にモキシフロキサシンを結膜下注射すれば,術者自身によって確実に術後早期の前房内薬液濃度を保ち,感染リスクを軽減することができる.しかし,高度耐性菌などへの効果を期待する場合には,安全性の問題などを考慮したうえで前房内投与も検討する必要があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)JohnT,SimsM,HoffmanC:Intraocularbacterialcontaminationduringsutureless,smallincision,single-portphacoemulsification.JCataractSurg26:1786-1792,20002)TervoT,LjungbergP,KautiainenTetal:Prospectiveevaluationofexternalocularmicrobialgrowthandaqueoushumorcontaminationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg25:65-71,19993)WadaT,KozaiS,TajikaTetal:Prophylaticefficacyofophthalmicquinolonesinexperimentalendophthalmitisinrabbits.JOculPharmacolTher24:278-289,20084)WallinT,ParkerJ,JinYetal:Cohortstudyof27casesofendophthalmitisatasingleinstitution.JCataractRefractSurg31:735-741,20055)RamonCG,EspirituCR,CaparasVLetal:Safetyofprophylacticintracameralmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutionincataractpatients.JCataractRefractSurg33:63-68,20076)EndophalmitisSurgeryGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophalmitisfollowingcataractsurgery:ResultoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20077)KimSY,ParkYH,LeeYC:Comparisonoftheeffectofintracameralmoxifloxacinandcefazolinonrabbitcornealendotherialcells.ClinExperimentOphthalmol36:367370,20088)LockingtonD,FlowersH,YoungDetal:Assessingtheaccuracyofintracameralantibioticpreparationforuseincataractsurgery.JCataractSurg36:286-289,20109)MatsuuraK:Pharmacokineticsofsubconjunctivalinjectionofmoxifloxacininhumans.GraefesArchOphthalmol:Epubaheadofprint,201210)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科23:1353-1357,200611)MamalisN,EdeihauserHF,DawsonDGetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,200612)Gordon-BennettP,KarasA,FlanaganDetal:AsurveyofmeasuresusedforthepreventionofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgeryintheUnitedKingdom.Eye15:620-627,200813)ChangDF,Braga-MeleR,MamalisNetalfortheASCRSあたらしい眼科Vol.30,No.1,201395 CataractClinicalCommittee:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery.Resultsofthe2007ASCRSmembersurvey.JCataractRefractSurg33:1801-1805,200714)HariprasadSM,BlinderKJ,ShahGKetal:Penetrationpharmacokineticsoftopicallyadministered0.5%moxifloxacinophthalmicsolutioninhumanaqueousandvitreous.ArchOphthalmol123:39-44,200515)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200616)DelyferMN,RougierMB,LeoniSetal:Oculartoxicityafterintracameralinjectionofveryhighdosesofcefuroximeduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg37:271-278,201117)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthalmitisaftercataractsurgery:riskfactorsrelatingtotechniqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,199818)LehmannOJ,RobertsCJ,IkramKetal:Associationbetweennonadministrationofsubconjunctivalcefuroximeandpostoperativeendophthalmitis.JCataractRefractSurg23:889-893,199719)JainMR,GoyalM,JainV:Ocularpenetrationofsubconjunctivallyinjectedgentamicin,sisomicinandcephaloridine.JpnJOphthalmol32:392-400,198820)JenkinsCD,TuftSJ,SheraidahGetal:Comparativeintraocularpenetrationoftopicalandinjectedcefuroxime.BrJOphthalmol80:685-688,199621)JenkinsCD,McDonnellPJ,SpaltonDJ:Randomisedsingleblindtrialtocomparethetoxicityofsubconjunctivalgentamicinandcefuroximeincataractsurgery.BrJOphthalmol74:734-738,199022)VilladaJR,VicenteU,JavaloyJetal:Severeanaphylacticreactionafterintracameralantibioticadministrationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg31:620621,2005***96あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(96)

北九州市における眼内レンズ縫着術の実態調査

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1579.1585,2012c北九州市における眼内レンズ縫着術の実態調査一色佳彦森哲大久保朋美宮原晋介小倉記念病院眼科SurveyofTransscleralSutureFixationofIntraocularLensinKitakyushuCityYoshihikoIsshiki,SatoshiMori,TomomiOkuboandShinsukeMiyaharaDepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital目的:北九州市における眼内レンズ(IOL)縫着術の実態調査.対象および方法:北九州市の眼科医に対し,IOL縫着術に関するアンケート調査を行い,27名から回答を得た.結果:眼内レンズ縫着糸通糸法は,abexterno法が多く(17名,63.0%),右眼手術時の縫着糸の通糸方向は,2-8時(11名,40.7%),4-10時(9名,33.3%)が多かった.縫着糸の輪部からの通糸位置は,2mm(12名,44.4%),1.5mm(11名,40.7%)が大半を占めた.IOLへの縫合糸結紮方法は,カウヒッチ縫合(10名,37.0%)が最も多く,3-1-1縫合(9名,33.3%)と続いた.縫着糸の強膜結紮固定方法は,三角フラップ(12名,44.4%)が最も多かった.創口の幅が4mm以下で施行する術者は10名,37.0%であった.結論:IOL縫着術は,使用IOLや手術器具などが施設によりさまざまであった.また,小切開手術を選択する術者もみられた.Purpose:Tosurveytransscleralsuturefixationofintraocularlenses(IOL)inKitakyushuCity.Methods:OftheophthalmologistsinKitakyushuCity,27respondedtoourquestionnaireregardingtransscleralsuturefixationofIOL.Result:TheabexternomethodwasmostcommonlyusedintransscleralsuturefixationofIOLby17surgeons(63.0%).Thetransscleralsuturewasmadeatthe2and8o’clockpositionsby11surgeons(40.7%),andthe4and10o’clockpositionsby9surgeons(33.3%).Thetransscleralsuturewasfixedat2mmfromthesurgicallimbusby12surgeons(44.4%),and1.5mmfromthesurgicallimbusby11surgeons(40.7%).Themostcommonlyusedtransscleralsuturewoundwasthetriangularflap,usedby12surgeons(44.4%).ThesuturemethodsateachIOLhapticscomprisedthecowhitchmethod,usedby10surgeons(37.0%),andthe3-1-1suture,usedby9surgeons(33.3%).ThesizeoftheIOLimplantationincisionwas4mmorsmallerfor10surgeons(37.0%).Conclusions:RegardingtransscleralsuturefixationofIOL,varioussurgicalmethods,IOLtypesandsurgicalinstrumentswereselectedbythesurgeons.TransscleralsuturefixationofIOLviathesmall-incisionapproachisincreasinglyused.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1579.1585,2012〕Keywords:眼内レンズ縫着術,アンケート調査,白内障手術,小切開手術,北九州市.transscleralsuturefixationofintraocularlens,questionnaire,cataractsurgery,smallincisionsurgery,KitakyushuCity.はじめに眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術が一般的な術式となったのは1980年代であり,それ以後白内障手術時には可能な限りIOLが.内もしくは.外固定で挿入されている.しかしZinn小帯脆弱例や破.例などIOL固定に水晶体.を使用することができない症例にIOLを挿入する場合は,IOL縫着術が選択されることが多い.このように重要な術式であるIOL縫着術だが,手術手技や使用器具は施設あるいは術者によって異なる.筆者らが調べた限りでは,これまでにそのような多様性についての報告はなされていない.今回筆者らは,福岡県北九州市という一地域におけるIOL縫着術についての実態を調査するためアンケートを行い,使用IOL,IOL縫着創作製方法,硝子体処理方法など18項目を調査し検討したので報告する.〔別刷請求先〕一色佳彦:〒802-8555北九州市小倉北区浅野3丁目2番1号小倉記念病院眼科Reprintrequests:YoshihikoIsshiki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital,3-2-1Asano,Kokurakita-ku,KitakyushuCity,Fukuoka802-8555,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(129)1579 I対象および方法IOL縫着術を行っている福岡県北九州市の眼科医を調査対象とした.方法は,2011年1月初旬に21項目の設問からなるアンケート調査表を郵送した.取得した情報を集計・分析し,個人が特定できない統計データに加工し集計データのみを第三者に開示(学会発表・論文投稿)すること,学会発表・論文投稿を除き収集した情報を第三者に開示・提供することはないことを注記した.上記に同意し2011年3月末までに回答があった15施設27名の眼科医からの回答を有効対象とした(アンケート発送数34,回収率79.4%).有効対象とした27名の眼科医の背景は,日本眼科学会専門医取得者は24名,指導者が必要な術者は4名(3名は眼科専門医未取得者)であった.なお,本調査は,水晶体脱臼やZinn小帯脆弱,過去の白内障.内摘出術による人工無水晶体眼など,白内障手術で水晶体を除去したもののIOLを.内・.外固定することが不能であった場合のみのIOL縫着術を対象とし,水晶体核落下した場合やIOL摘出が必要な場合(IOL亜脱臼,IOL脱臼など),また.内もしくは.外に固定されていたIOLをそのまま使用した場合のIOL縫着術は除外した.II結果(表1,2)1.過去3年間のIOL縫着術件数術者あたりの過去3年間のIOL縫着術件数は,1.5例が10名(37.0%),6.10例が7名(25.9%),10.20例,20例以上がそれぞれ5名(18.5%)ずつであった.【眼内レンズ縫着術】2.IOL縫着糸の通糸法IOL縫着糸の通糸法は,abexterno法が17名(63.0%),abinterno法が7名(25.9%),abexterno変法(abinternowithabexterno法)3名(11.1%)であった.3.使用するIOL縫着糸使用するIOL縫着糸は,10-0ポリプロピレン糸(直・曲)(ペアパック含む)が16名(52.3%),10-0ポリプロピレン表1IOL縫着術のアンケート結果(単位:人)①[過去3年間の眼内レンズ縫着手術件数]④[縫着糸の通糸位置方向(右眼)]⑤[縫着糸の輪部からの通糸位置(距離)]1.5例102-8時112mm126.10例74-10時91.5mm1110.20例53-9時52.2.5mm120例以上55-11時11mm14-10時もしくは2-8時12mm以上1②[眼内レンズ縫着糸の通糸法]その他1Abexterno法17(Abexterno法)Abinterno法72-8時6(Abexterno法)Abexterno変法34-10時82mm63-9時21.5mm9③[使用する眼内レンズ縫着糸]5-11時12.2.5mm010-0ポリプロピレン(直・曲)164-10時もしくは2-8時11mm110-0ポリプロピレン(両端ループ)102mm以上19-0ポリプロピレン(直・曲)1(Abinterno法)その他02-8時4(abexterno法)4-10時1(Abinterno法)10-0ポリプロピレン(直・曲)163-9時22mm410-0ポリプロピレン(両端ループ)05-11時01.5mm39-0ポリプロピレン(直・曲)14-10時もしくは2-8時02.2.5mm11mm0(Abinterno法)(Abexterno変法)2mm以上010-0ポリプロピレン(直・曲)02-8時0その他010-0ポリプロピレン(両端ループ)74-10時29-0ポリプロピレン(直・曲)03-9時1(Abexterno変法)5-11時02mm2(Abexterno変法)4-10時もしくは2-8時01.5mm010-0ポリプロピレン(直・曲)02.2.5mm010-0ポリプロピレン(両端ループ)31mm09-0ポリプロピレン(直・曲)02mm以上0その他11580あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(130) 糸(両端ループ針)が10名(37.0%),9-0ポリプロピレン糸(直・曲)が1名(3.7%)であった.IOL縫着糸の通糸法別に検討すると,「abexterno法」は,すべてポリプロピレン糸(直・曲)であったが,「abinterno法」「abexterno変法」は,すべてポリプロピレン糸(両端ループ針)であった.4.縫着糸の通糸方向右眼手術を想定し回答を得た.「2-8時方向」が11名(40.7〔表1つづき〕%)「4-10時方向」が9名(33.3%)「3-9時方向」が5名(18「5-11時方向」が1名(3「4-10時もしく.5%)(,).7%),(,)は2-8時方(,)向」が1名(3.7%)であった.IOL縫着糸の通糸法別でも検討したが,「abexterno変法」以外は「2-8時方向」が多かった.5.縫着糸の外科的輪部からの通糸位置(距離)縫着糸の輪部からの通糸位置は,「2mm」が12名(44.4(単位:人)⑥[縫着糸の強膜結紮固定方法]⑨[眼内レンズ挿入創の幅]三角フラップ122mm以上3mm未満7強膜ポケット作製63mm以上4mm未満22本の縦切開作製24mm以上6mm未満61本の縦切開作製26mm以上7縫合糸を長くし結膜下に置く26mm以上もしくは3mm以上4mm未満22本の縦切開もしくはポケット作製26mm以上もしくは2mm以上3mm未満2三角フラップもしくはポケット作製13mm以上4mm未満もしくは2mm以上3mm未満1⑦[眼内レンズへの縫着糸結紮方法]⑩[縫着時使用の眼内レンズ](複数回答あり)カウヒッチ縫合(2重縫合:内2名)10VA70AD(HOYA株式会社,東京)123-1-1縫合9P366UV(Bausch&Lombジャパン,東京)102-1-1縫合3YA65BB(HOYA株式会社,東京)83-1-1-1縫合2CZ70BD(AlconLaboratories,Inc.,USA)53-2-1-1縫合1VA65BB(HOYA株式会社,東京)33-3縫合1NR-81K(株式会社NIDEK,愛知)13-1-1縫合もしくはカウヒッチ縫合1⑪[IOL.内固定時と比較した縫着IOLの屈折度数]⑧[眼内レンズ挿入創の作製方法].1.0D14強角膜三面切開法21同じ7強角膜一面切開法6.0.5D5+1.0D1⑫[周辺虹彩切除もしくは周辺虹彩切開術の有無]施行しない23症例による4表2IOL縫着術(硝子体処理)のアンケート結果(単位:人)⑬[IOL縫着手術を一次的に行うか]⑯[硝子体処理を行う機器]原則一次10硝子体手術機器22原則二次10白内障手術機器5症例による7⑰[硝子体切除範囲]⑭[インフュージョンポートの設置位置]Anteriorvitrectomyのみ23毛様体扁平部から12Subtotalvitrectomy2角膜サイドポートから9Totalvitrectomy2つけない5バイマニュアルinfusin/aspirationを灌流に使用1⑱[硝子体手術機器を使用する場合のカッターのゲージ]23ゲージ9⑮[硝子体カッター挿入位置]25ゲージ9角膜サイドポート1920ゲージ1毛様体扁平部325ゲージもしくは23ゲージ3角膜サイドポートもしくは毛様体扁平部3強角膜創(眼内レンズ挿入創)2(131)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121581 %)「1.5mm」が11名(40.7%),「2.2.5mm」が1名(3.7%)「(,)1mm」が1名(3.7%),「2mm以上」が1名(3.7%),「その(,)他」1名(3.7%)であった.「その他」と回答した術者は,abexterno変法で内視鏡で眼内より毛様溝を確認し通糸しているため,輪部からの距離は症例により異なるとのことであった.IOL縫着糸の通糸法別でも検討したが,すべての方法で2mmの位置が多かった.6.縫着糸の強膜結紮固定方法縫着糸の強膜結紮固定方法は,「三角フラップ」が12名(44.4%)「強膜ポケット」が6名(22.2%)「2本の縦切開線」が27.4%)「1本の縦切開線」が2(7.4%),「縫合糸を長くして結に置く」が2名(7.4%),「2本の縦切開作製もしくは強膜ポケット」が2名(7.4%),「三角フラップもしくは強膜ポケット」が1名(3.7%)であった.片側は名((,)名(,)膜下(,)上記だが,対側の固定方法は,IOL挿入創内に縫合するという回答(1名)もあった.7.IOLへの縫合糸結紮方法IOLへの縫合糸結紮方法は,「カウヒッチ縫合」が10名(37.0%)「3-1-1縫合」が9名(33.3%)「2-1-1縫合」が3名(11「3-1-1-1縫合」が2名4%)「3-2-1-1縫合」が1.7%)「3-3縫合」が1名(3.7「3-1-1.1%)(,)(7.(,)名(3(,)%),(,)縫合もしくはカウヒッチ(,)縫合」が1名(3.7%)であった.カウヒッチ縫合10名のうち,2名は2重縫合であった.8.IOL挿入創の作製方法IOL挿入創の作製方法は,「強角膜三面切開法」が21名(77.7%),「強角膜一面切開法」が6名(22.2%)であった.角膜切開法を選択する術者はいなかった.9.IOL挿入創の幅IOL挿入創の幅は,「6mm以上」が7名(25.9%),「4mm以上6mm未満」が6名(22.2%)「3mm以上4mm未満」が2名(7.4%),「2mm以上3mm未(,)満」が7名(25.9%)であった.使用するIOLによって創を調整している術者もおり,「6mm以上,もしくは3mm以上4mm未満」が2名(7.4%),「6mm以上,もしくは2mm以上3mm未満」がZinn小帯離断など一期的にコンバートする緊急時に用いるIOLが異なる術者(2名)もいた.11.縫着IOLの屈折度数の決定縫着IOLの屈折度数は,「.内固定時より.1.0D」が14名(51.9%),「.内固定時と同じ」が7名(25.9%),「.内固定時より.0.5D」が5名(18.5%),「.内固定時より+1.0D」が1名(3.7%)であった.12.周辺虹彩切除もしくは周辺レーザー虹彩切開術の施行の有無手術時周辺虹彩切除もしくは術後周辺レーザー虹彩切開術を施行するか否かは,「施行しない」が23名(85.2%),「症例によっては施行する」が4名(14.8%)であった.【硝子体処理】13.IOL縫着術を一次的に行うか白内障手術時起こった破.・Zinn小帯離断時などに,IOL縫着術を一次的に行うか,二次的に行うかは,「原則一次」「原則二次」が各10名(37.0%)「症例による」が7名(25.9%)であった.「症例による」と答した術者は,破.の範囲,眼底疾患の有無,手術経過時間,患者の状態などにより決定(1名),硝子体処理終了後の患者の状態による(2回(,)名),術前にIOL縫着を予測できる場合は一次的に施行(2名)とのことであった.14.インフュージョンポートの設置位置インフュージョンポートの設置位置は,「毛様体扁平部」が12名(44.4%)「角膜サイドポート」が9名(33.3%)「インフュージョン(,)ポートは設置しない」が5名(18.5%),(,)「バイマニュアル灌流を使用」が1名(3.7%)であった.15.硝子体カッター挿入位置硝子体カッター挿入位置は,「角膜サイドポート」19名(70.3%)「毛様体扁平部」3名(11.1%)「角膜サイドポー毛様体扁平部」3名(11.1%「IOL挿入創」2トもしくは(,))(,)名(7.4%)であった.「毛様体扁平部」を選(,)択した術者で,縫着用の強膜ポケット部に硝子体カッターポートを作製する.7名(24%),「3mm以上4mm未満,もしくは2mm以上3mm未満」が1名(3.7%)であった.10.縫着時使用するIOLの種類術者が1名いた.16.硝子体処理を行う機器硝子体処理を行う機器は,「硝子体手術機器」22名(81.5縫着時使用するIOLの種類は,眼状態などによって選択するIOLを変更している施設・術者もおり複数の回答があった.最も多かったのが「VA70ADR(HOYA株式会社,東京)」で12名(44.4%),続いて「P366UVR(Bausch&Lombジャパン株式会社,東京)」で10名(37.0%),ほか「YA65BBR(HOYA株式会社,東京)」8名(29.6%)「CZ70BDR(AlconLaboratories,Inc.,USA)」5名(18.5%)(,),「VA65BBR(HOYA株式会社,東京)」3名(11.1%),「NR-81KR(株式会社NIDEK,愛知)」1名(3.7%)であった.予定縫着時と,1582あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012%),「白内障手術機器」5名(18.5%)であった.17.硝子体切除範囲硝子体切除範囲は,「anteriorvitrectomyのみ」23名(85.2%),「subtotalvitrectomy」2名(7.4%),「totalvitrectomy」2名(7.4%)であった.18.硝子体手術機器を使用する場合のカッターのゲージ硝子体手術機器を使用する場合のカッターのゲージは,「23ゲージ」9名(33.3%),「25ゲージ」9名(33.3%),「20ゲージ」1名(3.7%),「25ゲージもしくは23ゲージ」3名(132) (11.1%)であった.III考按白内障手術や,屈折矯正手術などの前眼部手術については,米国では,1985年以降AmericanSocietyofCataractSurgery(ASCRS)の学会員を対象に調査が毎年行われており1,2),2004年以降は米国会員を対象に継続調査され報告されている.欧州3.5)ならびに最近ではアジア,豪州など諸外国においても同様な調査が開始され,国際比較を検討する試みもされている6,7).日本でも,日本眼内レンズ屈折手術学会会員を対象とした同様なアンケート調査が18年間行われている8)が,IOL縫着術についての調査報告はされていない.平成24年6月現在,北九州市で白内障手術を行っている術者は約82名であり,またIOL縫着術を行っている術者は約30名である.今回,福岡県北九州市という一地域におけるIOL縫着術についての実態を調査した.IOL縫着糸の通糸法は,abexterno法(Lewis法)9),abinterno法10),さらに眼外から強膜にお迎え針を挿入し,強膜切開創や角膜サイドポートから弱弯針を入れお迎え針に挿入するabexterno変法11)がある.Abexterno法は,眼内操作や創口を通した操作が少なく,縫着部位を眼外から設定できる.眼内操作が多くなると糸が絡んだり,眼内組織を損傷したりする危険性が高くなり,また創口を通した操作が多くなると,眼内圧の急激な変動により重篤な合併症をひき起こす危険性があるため,abexterno法は,安全性の高い手術方法といわれている.Abinterno法は,強膜固定時に2本の糸が使用できる,IOLの支持部への結紮に断端が発生しないカウヒッチ縫合を容易に行えるという利点があるが,眼内から非直視下で針をさす手技上の問題がある.Abexterno変法は,両者の利点を取り入れた方法である.本調査では,abexterno法を選択する術者が2/3を占めた.Abexterno変法を選択している術者で,眼内内視鏡を用い,毛様溝を確認して通糸する術者がいたが,眼内内視鏡を用いることにより,安全かつ正確に毛様溝に通糸でき,またブラインド操作を少なくすることが可能となる12,13).使用するIOL縫着糸は,10-0ポリプロピレン糸が多かった.最近は,糸の強度などから9-0ポリプロピレン糸を使用する報告もある14).IOL縫着糸は,生体内劣化を防止するためポリプロピレン糸もしくはマーシリン糸が使用される.これらの糸は非常に硬く,縫着糸を強膜創に埋没しないと結膜を突き破る可能性が高い.縫着糸が結膜を突き破ると糸を伝って眼内まで細菌が侵入する可能性があり,ときに眼内炎を起こす原因にもなる15).このように縫着糸縫合はIOL縫着手術のなかでも重要なポイントといえる.本調査では,強膜フラップ作製が最も多く,強膜ポケット作製,強膜溝作製,埋没させず縫着糸を長く残し結膜下に置くなどさまざまな方(133)法が選択されていた.近年強膜創を作製せず,ジグザグに5回強膜を通糸することにより結び目を作らないZ-sutureの報告16)もあり,現在も縫着糸縫合の研究がなされている.縫着糸の通糸方向は,2-8時方向,4-10時方向が多かった.前毛様動脈眼筋枝は3,6,9,12時,長後毛様動脈は3,9時に位置するため,3-9時方向への通糸は硝子体出血17)などの出血の危険性が高くなる.本調査でも3-9時を選択している術者も散見したが,合併症を考えると避けるべきと考えている.縫着糸の外科的輪部からの通糸位置は,毛様溝固定9.11),毛様体扁平部固定18,19)のどちらを目的とするかにより変わる.本調査では,毛様溝縫着を目的とする術者が大半を占めた.毛様溝固定は,毛様体皺襞による支えがあるためIOLの術後安定性が優れており,輪部後端から強膜に垂直に穿刺する場合で0.5.1.0mm20),虹彩に平行に穿刺する場合で1.5mmが目安といわれている9).しかし,前述のとおり盲目的であり,症例により毛様溝の位置に差があるため,実際は目的の部位への穿刺成功率は高くないとの報告がなされている12).内視鏡を用いて毛様溝を確認し穿刺する報告もある13)が,高度な技術が必要であり器具を所持しない施設も多い.一方,毛様体扁平部固定の場合は,輪部後端から約3.5mmと幅広く位置するため盲目的操作でも穿刺成功率はほぼ100%である.IOLの虹彩への接触による炎症も少なく,それによるぶどう膜炎の発症も少ない19,21).しかし,IOLを支える組織がないため縫着糸のみでIOLを支えることになり,また毛様体扁平部の長径は通常使用するIOLより大きいため,特に眼球が大きい場合などはIOLの位置移動や傾斜が起こりやすい19).縫着用IOLは,縫着糸を通すアイレット付きタイプ(CZ70BDR,P366UVRなど),縫着糸の結び目のズレを防止するディンプルタイプ(NR-81KRなど),支持部端を太くして縫着糸が抜けないタイプ(VA-70ADR,VA/YA-65BBR22)など)がある.IOL挿入創の切開幅は,使用するIOLによって決定されるのでIOLの選択は重要である.近年IOLの多様化が進み,日本では2008年から7.0mm光学径のアクリル製フォーダブルIOLが発売された.このIOLは,インジェクターを用いると切開幅2.4.3.0mm,折りたたみ法を用いると約3.75.4.0mmで挿入できるため,IOL縫着手術時に使用する術者もいる23.25).小切開法でのIOL縫着術はさまざまな利点がある.第1の利点は,術後惹起乱視が少ない25,26)ことである.大光学径のIOLをそのまま挿入するためには6mm以上の強膜切開が必要となるので,術後惹起乱視が大きくなり早期の視力回復が期待できにくい.第2の利点は,より安定したclosedeyesurgeryが可能なことである.無水晶体眼や無硝子体眼では,切開創からの出し入れが多いIOL縫着術においてはあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121583 容易に眼球虚脱に陥りやすい.しかし,小切開法では,切開創が小さいため眼内灌流をつけると硝子体切除などの眼内操作時も眼球が虚脱することは少なくなる.6mm以上の大きな切開創では,眼内灌流の流れにより切開創からの虹彩脱出,それによる瞳孔偏位や虹彩損傷,術後炎症の増大をきたすこともあるが,3mm以内の小切開法ではそのような合併症を起こすことはほぼない.IOL縫着が必要な症例は,硝子体脱出を伴っている場合が多く,IOLの固定位置に水晶体遺残物や前部硝子体が残存していると,術後にIOLの位置異常や偏位をきたしやすくなる27).IOL縫着術の術後合併症として硝子体出血や網膜.離もあるが,それらも眼内で縫着糸を通糸する際に硝子体が絡み,術後の硝子体牽引によってひき起こされることが多いと考えられている28).そのため,最周辺部まで硝子体切除している術者もいる.近年硝子体の処理法は,23ゲージや25ゲージの小切開硝子体手術が普及してきており,IOL縫着術でも使用されている24).本調査でも前部硝子体切除のみ行う術者が多いが,小切開硝子体手術にて容易に周辺部まで硝子体処理ができるようになった現在,合併症予防として最周辺部まで硝子体処理をしたほうがいいのかもしれない.急速な高齢化社会によるqualityoflifeを重要視する傾向であるなか,眼科領域でもqualityofvisionを軽視できない環境となっており,IOL縫着術においてもより良い術後視力が期待されるようになってきた.小切開法から挿入できる縫着用IOLが開発され,術後惹起乱視は大幅に解決されてきた.白内障手術は現在までいくつもの時代の波によって変化してきた.IOL縫着術もさらなる発展により,低侵襲で合併症が少なく早期の視機能回復を得られる手術にならなければならないと考えている.今回の調査は,北九州市という一地域の小規模な調査であった.今後さらなる大規模な調査が望まれる.本論文の要旨は,第65回日本臨床眼科学会にて発表した.文献1)KraffMC,SandersDR,KarcherDetal:Changingpracticepatterninrefractivesurgery:resultsofasurveyoftheAmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery.JCataractRefractSurg20:172-178,19942)LeamingDV:PracticestylesandpreferencesofASCRSmembers-2003survey.JCataractRefractSurg30:892900,20043)WongD,SteeleADM:AsurveyofintraocularlensimplantationintheUnitedKingdom.TransOphthalmolSocUK104:760-765,19854)Ninn-PedersonK,SteneviU:CataractsurgeryinaSwedishpopuration:Observationsandcomplications.JCataractRefractSurg22:1498-1505,19961584あたらしい眼科Vol.29,No.11,20125)SchmackI,AuffarthGU,EpsteinDetal:RefractivesurgerytrendsandpracticestylechangesinGermanyovera3-yearperiod.JRefractSurg26:202-208,20106)NorregaadJC,ScheinOD,AndersonGF:Internationalvariationinophthalmologicmanagementofpatientswithcataracts.ArchOphthalmol115:399-403,19977)NorregaardJC,Bernth-PetersonP,BellanLetal:IntraoperativeclinicalpracticeandriskofearlycomplicationsaftercataractextractionintheUnitedStates,Canada,Denmark,andSpain.Ophthalmology106:42-48,19998)佐藤正樹,大鹿哲郎:2009年日本眼内レンズ屈折手術学会会員アンケート.IOL&RS24:462-485,20109)LewisJS:Abexternosulcusfixation.OphthalmicSurg22:692-695,199110)StarkWJ,GoodmanG,GoodmanDetal:Posteriorchamberintraocularlensimplantationintheabsenceofposteriorcapsularsupport.OphthalmicSurg19:240-243,198811)德田芳浩:毛様体溝固定3)通糸法の工夫─対面通糸法変法.臨眼64(増刊号):235-240,201012)ManabeS,OhH,AminoKetal:Ultrasoundbiomicroscopicanalysisofposteriorchamberintraocularlenseswithtransscleralsulcussuture.Ophthalmology107:2172-2178,200013)SasaharaM,KiryuJ,YoshimuraN:Endscope-assistedtransscleralsuturefixationtoreducetheincidenceofintraocularlensdislocation.JCataractRefractSurg31:1777-1780,200514)DickHB,AugustinAJ:Lensimplantselectionwithabsenceofcapsularsupport.CurrOpinOphthalmol12:47-57,200115)HeilskovT,JoondephBC,OlsenKRetal:Lateendophthalmitisaftertransscleralfixationofaposteriorchamberintraocularlens.ArchOphthalmol107:1427,198916)SzurmanP,PetermeierK,AisenbreySetal:Z-suture:anewknotlesstechniquefortransscleralsuturefixationofintraocularimplants.BrJOphthalmol94:167-169,201017)HeidemannDG,DunnSP:Visualresultandcomplicationsoftranssclerallysuturedintraocularlensesinpenetratingkeratoplasty.OphthalmicSurg21:609-614,199018)TeichmannKD:Parsplanafixationofposteriorchamberintraocularlenses.OphthalmicSurg25:549-553,199419)門之園一明:毛様体扁平部縫着術眼内からの刺入による毛様体扁平部縫着.IOL&RS21:323-326,200720)DuffeyRJ,HollandEJ,AgapitosPJetal:Anatomicstudyoftranssclerallysuturedintraocularlensimplantation.AmJOphthalmol108:300-309,198921)MiyakeK,AsakuraM,KobayashiH:Effectofintraocularlensfixationontheblood-aqueousbarrier.AmJOphthalmol98:451-455,198422)YaguchiS,YaguchiS,NodaYetal:Foldableacrylicintraocularlenswithdistendedhapticsfortransscleralfixation.JCataractRefractSurg35:2047-2050,200923)SzurmanP,PetermeierK,JaissleGBetal:Anewsmallincisiontechniqueforinjectorimplantationoftranssclerallysuturedfodablelenses.OphthalmicSurgLasersImag(134) ing38:76-80,2007術後成績─シリコーン眼内レンズとpolymethyl-methacry24)塙本宰:インジェクターを用いた7.0mmフォーダブル眼late眼内レンズの比較─.日眼会誌98:362-368,1994内レンズの毛様溝縫着術.IOL&RS24:90-94,200927)種田人士,大島佑介,恵美和幸:自己閉鎖創による眼内レ25)金高綾乃,柴琢也,神前賢一ほか:小切開眼内レンズ縫ンズ毛様溝縫着術の手術成績の検討.眼紀49:218-222,着術を施行した水晶体亜脱臼の1例.眼科手術24:339-1998343,201128)安田秀彦,鈴木岳彦,矢部比呂夫:後房レンズ毛様溝縫着26)大鹿哲郎,坪井俊児,谷口重雄ほか:小切開白内障手術の術後に生じた網膜.離の2症例.臨眼50:53-56,1996***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121585

虹彩分離症に併発した急性閉塞隅角症に対し白内障手術を施行した1例

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1568.1572,2012c虹彩分離症に併発した急性閉塞隅角症に対し白内障手術を施行した1例玉城環目取真市子與那原理子新垣淑邦照屋絵厘子酒井寛澤口昭一琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野ACaseofCataractSurgeryandIntraocularLensImplantationforAcuteAngleClosureEyeAssociatedwithIridoschisisTamakiTamashiro,IchikoMedoruma,MichikoYonahara,YoshikuniArakaki,ErikoTeruya,HiroshiSakaiandShoichiSawaguchiDepartmentofClinicalNeuroscience,VisualFunctionandScience,RyukyuUniversitySchoolofMedicine背景:虹彩分離症は,虹彩の前葉と後葉が分離するまれなタイプの虹彩萎縮を呈する疾患である.高齢者に発症し,おおよそ50%に緑内障を合併するとされているが,その機序は不明である.また,頻度は少ないが急性緑内障発作を併発した報告もある.今回,筆者らは急性発作を生じた本症を経験したので報告する.症例:71歳,女性.副交感神経遮断薬の投与により左眼の急性緑内障発作を起こし,眼科を受診した.発作解除後の検査で,両眼に虹彩分離症と相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状による機能的隅角閉塞を認めた.両眼に白内障手術を単独で行い,眼圧コントロールを含め術後経過は良好である.結論:虹彩分離症に併発した急性閉塞隅角緑内障の1例を経験した.白内障手術単独で経過は良好である.Background:Iridoschisisisarareocularconditioncharacterizedbyirisatrophyassociatedwithcleavageoftheirisstroma.Nearlyhalfofiridoschisispatientsdevelopglaucomaofunknownetiology.Acuteglaucomaattackoccursinsomecasesofthisdisease.Casereport:Herewereportacaseofiridoschisiswithacuteglaucomaanditsclinicalcourseaftercataractsurgery.Thepatient,a71-year-oldfemale,developedanacuteattackinherlefteyeafteradministrationofananticholinergicdrugforpainfulintestinalileus.Shewasreferredtoourhospitalfortreatmentoftheacuteattack.Slitlampmicroscopyrevealediridoschisisandshallowanteriorchamber.Undergonioscopy,thechamberangleappearedtobeclosed;ultrasoundbiomicroscopyshowedplateauirisconfigurationandirido-trabecularcontactinbotheyes.Cataractsurgeryalonewasperformedforbotheyes;agoodclinicalcoursefollowed.Conclusion:Cataractsurgerycanberecommendedforthetreatmentofacuteglaucomaattackincasesofiridoschisis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1568.1572,2012〕Keywords:虹彩分離症,急性緑内障発作,相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,白内障手術.iridoschisis,acuteglaucomaattack,relativepupillaryblock,plateauirisconfiguration,cataractsurgery.はじめに虹彩分離症は虹彩の前葉と後葉が分離するまれなタイプの虹彩萎縮を呈する疾患であり,1922年Schmitt1)により初めて報告され,1945年にLoewensteinとFoster2)によって命名された.特徴として,高齢者に好発し,隅角は狭く,最大で50%に緑内障を合併するとされる3)が,その機序は不明である.これまでにわが国において急性緑内障発作を併発した報告があり4,5),レーザー虹彩切開術と縮瞳薬の点眼4),白内障手術と虹彩周辺切除5),がそれぞれ施行され,良好な結果を得ている.近年,閉塞隅角緑内障およびその予備軍である原発閉塞隅角症,原発閉塞隅角症疑い眼において白内障手術が眼圧コントロール,さらに進行悪化の予防に有効であることが明らかにされてきている.今回,虹彩分離症に伴った急性閉塞隅角症に白内障手術を単独で行い良好な結果を得た〔別刷請求先〕玉城環:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原270琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野Reprintrequests:TamakiTamashiro,M.D.,DepartmentofClinicalNeuroscience,VisualFunctionandScience,RyukyuUniversitySchoolofMedicine,207Uehara,Nishihara,Okinawa903-0215,JAPAN156815681568あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(118)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 症例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:左視力低下.既往歴:卵巣子宮摘出術,肺切除術,高血圧,咳喘息.眼科疾患の既往,外傷なし.現病歴:2008年9月1日夕方頃に腹痛,嘔吐あり,近医救急外来受診.腸管イレウス,左尿管結石の診断にて緊急入院,加療となった.ブチルスコポラミン臭化物(ブスコパンR)による処置で症状の改善が得られた.翌9月2日夕方より,左眼充血,眼痛,頭痛を訴え9月3日に同院眼科を受診したところ左眼急性閉塞隅角症と診断された.同院眼科での初診時所見は,視力は右眼0.08(矯正不能),左眼10cm手動弁(矯正不能),眼圧は右眼11mmHg,左眼48mmHgで,左眼の瞳孔散大を認めた.d-マンニトール(20%マンニットールR注射液)を点滴静注し,2%ピロカルピン塩酸塩(サンピロR点眼液)を頻回点眼したところ,左眼眼圧は18mmHgと低下し,発作の緩解が得られた.その後の加療目的のために当科紹介受診となった.当院初診時所見:視力は右眼0.08(0.15×sph.1.00D),左眼0.2(0.4×sph.1.00D(cyl.0.75DAx30°),眼圧は右眼12mmHg,左眼8mmHgであった.左眼は2%ピロカルピン,0.5%チモロール,0.1%フルオロメトロンが点眼されていた.左眼の対光反応は点眼薬使用下のため判定不能であった.瞳孔の偏位はなく,虹彩は両眼とも4時から8時方向まで前葉が萎縮し前房内で角膜裏面付近まで浮遊していたが,虹彩孔形成は認めなかった.中央前房深度は浅く,清明であり,周辺前房深度はvanHerick分類で右眼2度,左眼は0.1度であった.水晶体の核硬化度はEmery-Little分類でII度程度であった(図1).視神経乳頭は両眼ともにやや大乳頭で,左眼の陥凹拡大を認めた.超音波生体顕微鏡(UBM)では発作眼の左眼では縮瞳状態ではあるもののプラトー虹彩形状と耳側以外の3象限で相対的瞳孔ブロック,虹彩線維柱帯接触がみられ,下方虹彩に分離の所見を認めた.非発作眼の右眼はプラトー虹彩形状と,耳側以外の3象限においてSchwalbe線付近に接触する機能的隅角閉塞を認めた.また,下方虹彩の分離した前葉は角膜内皮と一部接触していた(図2).Goldmann視野検査は両眼ともほぼ正常であった.前房深度,眼軸長はそれぞれ右眼1.98mm,22.34mm,左眼1.72mm,21.82mmであった.角膜内皮細胞密度は右眼2,733/mm2,左眼2,478/mm2であり,darkareaは認めなかった.経過:発作が解除し,また内科的治療により眼圧コントロールが良好となっていたため患者,家族と相談のうえ,慎重な外来通院を継続することを条件に両眼の白内障手術を予定図1前眼部写真(左:右眼,右:左眼)浅前房,下方の虹彩分離を認める.(119)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121569 上方上方耳側鼻側鼻側耳側下方下方図2a術前UBM:右眼(非発作眼)図2b術前UBM:左眼(発作眼)図3術後前眼部写真(左:右眼,右:左眼)前房は深くなり,角膜内皮への虹彩接触も認めない.した.また,入院期間を考慮し,より安全性の高い非発作眼の右眼,ついで左眼の手術を行った.右眼は2008年10月10日水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入(PEA+IOL)を施行した.ついで10月17日に左眼のPEA+IOLを施行した.左眼は軽度の散瞳不良を呈した(瞳孔径5.6mm).術式は耳側角膜切開,ソフトシェル法を用い型どおりに行い,終了時Swan-Jacob型隅角鏡で隅角検査を行ったところ周辺虹彩前癒着は認めなかった.術中,角膜切開部に虹彩が一部嵌頓したが,BSS(balancedsaltsolution)で整復した.その他,術中に特に問題はなく手術は終了した.術後経過:術後3カ月の視力は右眼0.8(1.0×sph.0.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.5(0.9×sph.0.75D(cyl.1.00DAx80°),眼圧は無治療で右眼11mmHg,左眼12mmHgと良好であった.角膜内皮細胞密度は右眼2,713/mm2,左眼2,053/mm2と,左眼に軽度減少を認めた.前房は深くなり,萎縮虹彩の角膜裏面への接触は認めなくなった.下方の虹彩萎縮に悪化はないが,術中に嵌頓した虹彩萎縮を認めた(図3).II考察虹彩分離症の特徴は虹彩の前葉と後葉が分離し,.離した前葉が前房内へ遊離するが,虹彩の孔形成はなく,瞳孔は偏位せず,対光反応は正常とされている.65歳以上の高齢者に多く,通常は両眼性で下方虹彩に生じる2,5,6).本症の発症原因について定説はなく,虹彩血管の硬化性変化による循環障害説7),外傷などの何らかの原因で前房水が虹彩実質へ流入することにより,蛋白分解酵素が虹彩を2層に分離するとする説8),老人萎縮に加えて下方の虹彩前葉が繰り返す縮散瞳の動きについていけなくなって分離する説9),などが唱えられている.鑑別疾患には特に本態性虹彩萎縮症があげら1570あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(120) 表1虹彩分離症と本態性虹彩萎縮症スコパンR投与による散瞳が最終的に急性発作をひき起こし虹彩分離症本態性虹彩萎縮症たと考えられる.一方,虹彩分離症は高齢者に発症するきわ年齢高齢者30代めてまれな疾患であるが,急性発作を合併したこれまでの報罹患眼両眼性片眼性告では浅前房や短眼軸など原発閉塞隅角症(原発閉塞隅角緑角膜内皮細胞障害なし片眼性内皮細胞障害内障)と同様の解剖学的背景が認められている16).本症例を虹彩孔形成なし孔形成あり虹彩分離含めて浅前房が重要な病因となる可能性があることが示唆さ実質の変化全層性の変化れる.また,発作後の処置が速やかで適切であったこと,白瞳孔正円,中央不正,偏位内障手術が比較的早期に実施されたことから,周辺虹彩前癒隅角開放隅角,閉塞隅角周辺虹彩前癒着形成着を生じず,結果として白内障手術単独で眼圧コントロール緑内障50%に合併大部分に合併が緑内障薬物治療なしにもかかわらず良好に経過したものと(文献3,4,6を一部改変)考えた.急性原発閉塞隅角症(緑内障)の治療に関しては,まず薬れ,表1に両者の鑑別のポイントをまとめた3,6).本症例は物による眼圧下降を図り,相対的瞳孔ブロックが原因の場合71歳と高齢であること,両眼性であること,虹彩分離を認はレーザー虹彩切開術あるいは周辺虹彩切除術を行い,プラめるものの孔形成はないこと,瞳孔異常はないこと,閉塞隅トー虹彩形状の場合はレーザー隅角形成術を行うとされ,さ角を認めたことから虹彩分離症と診断した.らに白内障がある場合は白内障手術も適応にされてきてい本疾患ではおよそ50%に緑内障を合併するとされ3,6),本る14).緑内障発作は,虹彩分離症に急性発作を合併した場合症例のように緑内障発作を含む閉塞隅角緑内障のみならず,の手術治療としてレーザー虹彩切開術と縮瞳薬4),白内障手開放隅角緑内障との関連性も指摘されている.眼圧上昇機序術と周辺虹彩切除術5)がそれぞれ報告されている.虹彩分離に関しては虹彩変化と無関係5,10),毛様体麻痺による線維柱症は高齢者に多く,また白内障の進行が急性発作に関与して帯とSchlemm管の虚脱9),瞳孔ブロック4.5),プラトー虹彩いる場合が多いことから今後は白内障手術がその治療の中心形状11),虹彩色素流出による房水流出路障害12),房水産生過になると考えられる.本症例に対する治療として白内障手術剰13),などがあげられてきたが,本症例のように閉塞隅角に単独か,白内障手術+aにするかの判断には急性発作に至る発症した以外の症例についての詳細は不明のままである.までの経過や眼圧レベル,緑内障の病期を含めた臨床所見の一般に,閉塞隅角緑内障の眼圧上昇の機序に関しては,お正確な把握が必要である.また,特に今回の症例から明らかもに相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩,水晶体因子,毛様なように白内障手術直後の隅角鏡検査はその意味からきわめ体因子などが複合的に関与している14).て重要と考える.虹彩分離症と角膜内皮障害に関連性がある本症例と同様に,虹彩分離症に合併した緑内障発作では相との報告がある5,9).その原因の一つに前房内に遊離,浮遊対的瞳孔ブロック以外に膨隆水晶体,膨隆した虹彩前葉によした前葉が虹彩に接触することがあげられている.本症例にる隅角閉塞4,5)が急性の眼圧上昇の原因であったと報告されおいても細隙灯顕微鏡所見やUBMの所見から,より接触のており,基本的病態に関しては両者に違いはない.本症例に強い左眼角膜内皮の減少がより強く示されこの説を裏付けるおいてはUBM所見から瞳孔ブロックとプラトー虹彩形状がものと考えた.白内障手術で前房を深くすることで内皮と虹認められた.術前の隅角鏡検査では左眼隅角は圧迫しても開彩の接触はほとんど消失することから内皮障害の危険性は減放せず器質的隅角閉塞が疑われたが,白内障手術直後の弱ないし消失することが予測される.本症例においても術前Swan-Jacob隅角鏡による隅角検査では周辺虹彩前癒着は認に認められた虹彩前葉と角膜内皮の接触は白内障手術で消失めなかった.術前での隅角鏡検査は眼圧上昇の原因解明にはしており,長期的な角膜内皮の評価はその原因を明らかにす不可欠であり,その重要性は疑問の余地はない.しかしながるうえでも重要と考える.ら一方で,本症例のように術前と術後で隅角所見に違いのあ虹彩分離症に伴う白内障手術の注意点として遊離した虹彩る場合もあり,術後の隅角検査も特に原発閉塞隅角緑内障の前葉は術中浮遊し,水晶体核や皮質の操作時に誤って吸引さ病態の正確な把握には重要であると考える.さらに閉塞隅角れやすい.虹彩リトラクター,瞳孔エキスパンダー,ヒーロ緑内障および閉塞隅角症において周辺虹彩前癒着の程度と眼ンRVなどを使用し,低灌流・低吸引の設定で手術をするこ圧上昇は相関しており15),この点からも手術後の隅角鏡検査とが勧められている17).本症例ではソフトシェル法で白内障は重要といえる.手術を施行し,術中は虹彩の嵌頓以外に問題なく手術を終了以上の結果から,本症例における眼科的諸検査では浅前できたが,創口への虹彩嵌頓とその周辺に萎縮を認めた.今房,狭隅角でまた短眼軸であったことから,隅角閉塞は原発後,より安全に手術を実施するために手術補助器具の使用も閉塞隅角症(原発閉塞隅角症疑い)に副交感神経遮断薬のブ考慮する必要があるものと考えた.(121)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121571 文献1)SchmittA:Ablosungdesvorderenirisblattes.KlinMonatsblAugenheilk68:214-215,19222)LoewensteinA,FosterJ:Iridoschisiswithmultipleruptureofstromalthreads.BrJOphthalmol29:277-282,3)Duke-ElderS,PerkinsES:SystemofOphthalmol9:694698,19664)掛博憲,永山幹夫,大月洋ほか:急性緑内障発作を伴った虹彩分離症の1例.眼臨96:1038-1040,20025)切通彰,近江源次郎,大路正人ほか:急性緑内障発作を生じたIridoschisisの1例.臨眼43:427-430,19896)北澤克明:緑内障クリニック.改訂第3版,p187-188,金原出版,19667)AlbersEC,KleinBA:Iridoschisis.AmJOphthalmol46:794-802,19588)LoewensteinA,FosterJ,SledgeSK:Afurthercaseofiridoschisis.BrJOphthalmol32:129-134,19489)RodriguesMC,SpaethGL,KrachmerJHetal:Iridoschisisassociatedwithglaucomaandbullouskeratopathy.AmJOphthalmol95:73-81,198310)塚原勇,山田日出美:老人性虹彩前層.離Iridoschisisについて.眼紀18:709-714,196711)ShimaC,OtoriY,MikiAetal:Acaseofiridoschisisassociatedwithplateauirisconfiguration.JpnJOphthalmol51:390-398,200712)PosnerA,GorinG:Iridoschisisandglaucoma.NewYorkSocietyforClinicalOphthalmology.AmJOphthalmol45:451-452,195813)McCullochC:Iridoschisisasacauseofglaucoma.AmJOphthalmol33:1398-1400,195014)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:5-46,201215)早川和久,石川修作,仲村佳巳ほか:白内障手術と隅角癒着解離術併用の適応と効果.臨眼60:273-278,200616)SalmonJF,MurrayAND:Theassociationofiridochisisandprimaryangle-closureglaucoma.Eye6:267-272,199217)高木美善,山本敏哉,平岡孝浩ほか:虹彩分離症を伴う白内障手術症例にヒーロンRVを用いた3例.臨眼65:313318,2011***1572あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(122)