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白内障術後のモキシフロキサシン結膜下注射の安全性と有効性―モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)99《第50回日本白内障学会原著》あたらしい眼科29(1):99?102,2012cはじめに白内障をはじめとする眼手術後の感染予防のための抗菌薬投与法としてはおもに点眼が用いられるが,患者自身が点眼することが多くコンプライアンスによる影響を強く受ける.また,手術直後にすでに前房内に10?20%細菌を認める1,2)とされており,術後早期から有効な薬剤濃度を保つことが重要とされる3,4)が,マンパワーなどの面でも早期から全員に点眼を徹底できる施設は限られている.一方,前房内投与5?7)は高い薬剤濃度を達成できるが,持続時間や誤投与の問題8)がある.手術終了時の抗菌薬の結膜下注射ならば患者のコン〔別刷請求先〕松浦一貴:〒683-0854米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KazukiMatsuura,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-0854,JAPAN白内障術後のモキシフロキサシン結膜下注射の安全性と有効性―モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化松浦一貴*1魚谷竜*1井上幸次*2*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学講座SafetyandEffectofMoxifloxacinSubconjunctivalInjectionforPreventingEndophthalmitisafterCataractSurgeryKazukiMatsuura1),RyuUotani1)andYoshitsuguInoue2)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity白内障術後早期から抗菌薬点眼を徹底できる施設は限られている.前房内投与には持続時間や誤投与の問題がある.白内障術後眼内炎予防目的にてモキシフロキサシン結膜下注射後の前房内濃度を測定し安全性,有効性を検討した.家兎結膜下に原液,2倍,4倍モキシフロキサシン0.3mlを注射し,30分,3時間,6時間後に前房水採取した.濃度測定は高速液体クロマトグラフィーを用いた.また,結膜の薬液によるふくらみをスコア化しヒトでのスコアと比較した.原液,2倍では腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)に対し3時間値は超えていたが,6時間値は下回っていた.4?5時間までは最小発育阻止濃度を維持できると想定された.結膜のふくらみは家兎では3時間で消失していたが,ヒトでは6時間でも保たれていた.結膜スコアを考慮すれば,ヒトでは結膜下から眼内への薬液補充が行われ,結膜下注射によって有効な抗菌薬濃度を長時間保てる可能性がある.Wereportthesafetyandeffectofmoxifloxacin(MFLX)subconjunctivalinjectionforpreventingendophthalmitisaftercataractsurgery.Following0.3mlMFLXinjectiontothesubconjunctivaof36rabbits,anterioraqueoushumorwasobtainedat30minutes,3hoursand6hoursafterinjectionandexaminedwithhighperformanceliquidchromatography.WecomparedtheconditionofremainingsubconjuntivalMFLXintheanimalstothatinclinicalpatients,usingscoringindex.TheconcentrationintheanterioraqueoushumorwasfoundtoexceedtheminimuminhibitoryconcentrationofEnterococcusfaecalis(0.5g/ml)until4-5hoursafterinjection.Thescoringindexoftheclinicalpatientwasmuchlongerthanthatoftheanimals.ThesubconjunctivalinjectionofMFLXispresumedtobesafeandeffectiveinrabbituntil4-5hoursafterinjection.Theeffectofsubconjunctivalinjectioncanlastlongerinclinicalpatientsthaninanimals.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):99?102,2012〕Keywords:モキシフロキサシン,結膜下注射,眼内炎,白内障手術,前房水.moxifloxacin,subconjunctivalinjection,endophthalmitis,cataractsurgery,anterioraqueoushumor.100あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(100)プライアンスや施設の性質に頼らず安全に術後早期より感染予防に十分な薬剤濃度を長く保てる可能性がある.抗菌薬の結膜下注射は従来から行われているが眼内の薬液動態に関する報告は少ない.そこで,モキシフロキサシン1回の結膜下注射の有効時間と安全性の検討を目的として実験を行った.I方法ペントバルビタール静脈内および腹腔内投与によって麻酔した家兎の結膜下にモキシフロキサシン0.3mlを注射した.結膜下注射する薬液は原液,2倍希釈,4倍希釈の3つの濃度を用いた.結膜下注射後30分,3時間,6時間後に29ゲージ針を用いて経角膜的に前房水0.1mlを採取した.検体は凍結保存し,高速液体クロマトグラフィーにて励起波長(Ex:290nm),蛍光波長(Em:470nm)における蛍光強度を測定した.対数曲線を用い腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)を上回る時点までを有効時間と考えた.また,結膜の薬液によるふくらみの状態をスコア化し,ヒトでのスコアと比較した.ヒトでは通常の白内障手術予定患者の術前または術直後にモキシフロキサシンを結膜下注射しその時間経過を観察した.スコア値の定義は薬液によるふくらみが明らかあるいは十分に大きいものを2点,ある程度のふくらみが確認可能なもの1点,ふくらみがないとは言い切れないもの0.5点,ふくらみのないもの0点とした(図1a,b).II結果原液,2倍希釈では腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)に対して3時間値は超えていたが,6時間値は下回っていた.4?5時間までは最小発育阻止濃度を維持できると想定される(図2a,b).4倍希釈では3時間値で最小発育阻止濃度程度となった(図2c).ヒトでの結膜スコアは6時間でも1.09点であったが,家兎では3時間で0.41点,6時間では確認不能であった(図3).III考按モキシフロキサシンは,AQCmax(房水内最高濃度値)も高く,抗菌スペクトルも広いため感染予防に対して現在選択可能な最も理想的な点眼液の一つといえる.福田ら9)は,モキシフロキサシンのAQCmaxが9.04μg/mlと高く,点眼後4時間以上にわたって有効濃度が保たれたことを示しているが,これは理想的な環境でのデータである.手術終了時のような浮腫,炎症,出血や流涙などが亢進している環境下で,1滴の点眼が十分に結膜?に留まり実際に有効な前房内濃度を実験的環境下と同様に保てる保証はない.さらに,白内障手術の対象となる患者は高齢者が多く患者自身での点眼指導を徹底することはむずかしい.患者自身あるいは感染に対する知識の浅い医療従事者による早期点眼はかえって新たなリスクとなりかねない.近年,注目されているモキシフロキサシンをはじめとする抗菌薬の前房内注入は,術者自身によっa:ヒトb:家兎2点1点0.5点0点図1スコア値の定義2点:薬液によるふくらみが明らかあるいは十分に大きいもの.1点:ある程度のふくらみが確認可能なもの.0.5点:ふくらみがないとは言い切れないもの.0点:ふくらみのないもの.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012101て術直後に十分な薬液濃度を確実に達成することができる.しかし,結膜?や結膜下に薬液がまったく投与されていないことから,注入直後が最高濃度になり速やかに代謝され作用時間は短いのかもしれない.家兎の前房内投与で4時間以上有効濃度を上回ったとの報告があるが,最初の濃度が750μg/mlとかなりの高濃度である(OwenG,Berna-PerezLF,BrooksAC:Theoculardistributionandkineticsofmoxifloxacinfollowingprophylacticdosingregimensandanintracameralinjectioninrabbits.学会抄録.TheMicrobiologyandImmunologyGroupMeeting,AmericanAcademyofOphthalmology,NewOrleans,Louisiana,USA,November2007).また,前房内投与では高濃度(原液,10倍希釈)を少量(0.1ml)注入する5?7)ため,誤投与の可能性8)や非感染性の物質が前房内に注入されたときに生じる無菌性の眼内炎ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)の発症リスクも懸念される10).筆者らは,結膜下注射された薬剤が数時間にわたって結膜下にとどまって作用することを経験的に知っている.そこで,手術終了時に抗菌薬を結膜下注射すれば患者のコンプライアンスに頼らず術後早期の感染予防に十分な薬剤濃度を安全に長く保てる可能性があると考えた.本実験では,手術終了時の1回の注射が1)最低有効濃度を何時間保つことができるか,2)薬効,安全性の評価のため最高濃度がどの程度まで上昇するかを検討することを目的とした.1.有効時間の検討原液,2倍希釈を用いた場合,約4?5時間まで最小発育阻止濃度を上回るとみられる(図2a).希釈倍率を変えても最高濃度の差はあるものの有効時間の差はそれほどでもなかった.これは長時間にわたる結膜下から眼内への薬液の補充(リザーバー効果)によるものと思われる.結膜のふくらみは家兎では3時間で消失していたが,ヒトでは6時間でも十分に保たれていた.ヒトと家兎の前房内濃度を単純比較できないが,結膜のふくらみの残留状態を考慮すれば,ヒトでは6時間を超えて結膜下からの薬液の補充が行われ,単回の結膜下注射によって十分な抗菌薬濃度を長く保てる可能性がある.2.薬効,安全性の評価(最高濃度)原液の30分値の平均は12.16μg/mlであり,最高値でも024681012012345678房水採取時間(h)モキシフロキサシン(μg/ml)a:原液y=-4.96Ln(x)+8.53モキシフロキサシン(μg/ml)00.511.522.533.544.5012345678房水採取時間(h)b:2倍希釈y=-1.81Ln(x)+3.36モキシフロキサシン(μg/ml)00.511.522.533.544.5012345678房水採取時間(h)c:4倍希釈y=-1.12Ln(x)+1.98図2モキシフロキサシン濃度の時間経過原液,2倍希釈では腸球菌の最小発育阻止濃度MIC90(0.5μg/ml)に対して3時間値は超えていた(a,b)が,6時間値は下回っていた.4倍希釈では3時間値で最小発育阻止濃度以下となった(c).n=55111111n=111200.51.01.52.00.5h2h3h4h5h6h:ヒト:家兎結膜スコア結膜下注射後時間図3結膜下の薬液スコアヒトでの結膜スコアは6時間でも1.09点であったが,家兎では3時間で0.42点,6時間では確認不能であった.102あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(102)20.10μg/mlであった.福田ら9)は15分ごと3回点眼後30分で最高値10.16μg/mlであったとしている.ベガモックスR0.5%点眼液(モキシフロキサシン5,000μg/ml)を前房内に0.1ml注入した場合,前房内で5?10倍希釈されたとして1,000?500μg/mlというかなりの高濃度になるが,この濃度でも安全であったとされている.また10倍希釈を0.1ml注入する報告もあるが,その場合の前房内濃度は100?50μg/mlと想定される.これでもまだ高濃度すぎる印象をぬぐえない5?7).筆者らの結膜下注射の値は種差こそあるもののおおむね頻回点眼と同等であり,十分安全かつ有効であるといえる.抗菌薬を結膜下注射すれば結膜がリザーバーとなり眼内の薬液が代謝,消失しても結膜下から逐次薬液が補充され長時間にわたり高濃度の前房内濃度が維持されるであろうと予想した.早期(30分)での濃度は,頻回点眼と同等もしくはやや高濃度であり,安全かつ有効なレベルといえる.薬液の消失時間が4?5時間程度とさほど長くないことは意外なことであったが,種差による影響が大きいと考える.仮にヒトでの最高濃度が家兎の数倍まで上昇するとしても,過去の前房内注入の報告を考慮すれば危険濃度とは考えられない.今後は,モキシフロキサシン結膜下注射をヒトに応用しその結果を検討したい.文献1)JohnT,SimsM,HoffmanC:Intraocularbacterialcontaminationduringsutureless,smallincision,single-portphacoemulsification.JCataractSurg26:1786-1792,20002)TervoT,LjungbergP,KautiainenTetal:Prospectiveevaluationofexternalocularmicrobialgrowthandaqueoushumorcontaminationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg25:65-71,19993)WadaT,KozaiS,TajikaTetal:Prophylaticefficacyofophthalmicquinolonesinexperimentalendophthalmitisinrabbits.JOculPharmacolTher24:278-289,20084)WallinT,ParkerJ,JinYetal:Cohortstudyof27casesofendophthalmitisatasingleinstitution.JCataractRefractSurg31:735-741,20055)RamonCG,EspirituCR,CaparasVLetal:Safetyofprophylacticintracameralmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutionincataractpatients.JCataractRefractSurg33:63-68,20076)EndophthalmitisSurgeryGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:ResultoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20077)KimSY,ParkYH,LeeYC:Comparisonoftheeffectofintracameralmoxifloxacinandcefazolinonrabbitcornealendothelialcells.ClinExperimentOphthalmol36:367-370,20088)LockingtonD,FlowersH,YoungDetal:Assessingtheaccuracyofintracameralantibioticpreparationforuseincataractsurgery.JCataractSurg36:286-289,20109)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科23:1353-1357,200610)MamalisN,EdeihauserHF,DawsonDGetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,2006***

前眼部OCT を用いた白内障術前後での隅角形状変化の解析

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(95)95《第50回日本白内障学会原著》あたらしい眼科29(1):95?98,2012cはじめに近年,眼科手術では小切開化が進み,白内障手術においては極小切開超音波乳化吸引術が可能となっており,術前の前房深度の評価は白内障手術において予想される合併症を含めた術前評価に重要である1).また,狭隅角眼は,急性原発閉塞隅角緑内障をひき起こす可能性があることから,従来は予防的にレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)が行われてきた.近年,LIにかわって白内障手術を行うことにより,隅角開大効果,眼圧下降が得られることが多く報告されている2?5).また,原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)に対して白内障手術を行うことにより眼圧下降が得られることも多く報告されている6?8).〔別刷請求先〕竹前久美:〒232-0024横浜市南区浦舟町4-57横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科Reprintrequests:KumiTakemae,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter,4-57Urafune-cho,Minami-ku,Yokohama232-0024,JAPAN前眼部OCTを用いた白内障術前後での隅角形状変化の解析竹前久美渡邉洋一郎三條さなえ石戸岳仁光武智子小林志乃ぶ井上麻衣子山根真荒川明門之園一明横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科AnalysisofChangesinAnteriorChamberafterCataractSurgeryUsingAnteriorSegmentOpticalCoherenceTomographyKumiTakemae,YoichiroWatanabe,SanaeSanjo,TakehitoIshido,TomokoMitsutake,ShinobuKobayashi,MaikoInoue,ShinYamane,AkiraArakawaandKazuakiKadonosonoDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter目的:前眼部三次元光干渉断層計(OCT)SS-1000(CASIA)を用いて白内障手術の術前後の前房形状の変化を解析する.対象および方法:平成22年9月から平成23年3月までの間に当科にて白内障手術を施行した37例48眼(男性14例19眼,女性23例29眼)を対象に,前眼部OCTを用いて術前後の隅角,前房深度を測定した.水平耳側のangleopeningdistance(AOD)500,trabecular-irisangle(TIA)500,前房深度(ACD)を計測し,術前後で比較検討した.また,術前に超音波Aモード検査で測定した水晶体厚,眼軸長と術前後のTIA500,ACDとの相関についても比較検討した.結果:耳側のAOD500は術前0.37mmが術後0.62mmとなり,TIA500は26.89°が42.05°に,ACDは2.58mmが4.38mmに有意に開大した.いずれのパラメータでも術前後で有意差を認め(p<0.0001),術前が狭隅角であるほど術後の隅角開大率は大きかった.また,水晶体厚,眼軸長と術前後のTIA500,ACDとの間には有意な相関関係がみられた(p<0.01).結論:白内障手術は隅角を開大する効果があり,その形態変化は前眼部OCTで客観的に定量できる.Purpose:Toevaluatetheangle-wideningeffectofcataractsurgeryusinganteriorsegmentopticalcoherencetomography(AS-OCT).Methods:Enrolledinthisstudywere48eyesof37patientswhounderwentcataractsurgery.Temporalangleopeningdistanceat500μm(AOD500),trabecular-irisangleat500μm(TIA500)andcentralanteriorchamberdepth(ACD)weremeasuredpre-andpost-operativelyusingAS-OCT.Lensthicknessandaxiallengthwerecalculatedbeforesurgeryandcomparedwithanteriorsegmentchangesaftersurgery.Results:Allparametersincreasedgreatlyaftercataractsurgery.AOD500was0.37mmbeforesurgeryand0.62mmaftersurgery.Atthesamerespectivetimepoints,TIA500was26.89and42.05°andACDwas2.58and4.38mm.Thechangesweremoresignificantineyeswithnarrowangle.Conclusion:Trabecular-irisangleandanteriorchamberdepthincreasedgreatlyaftercataractsurgery,asimagedandobjectivelyquantifiedbyAS-OCT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):95?98,2012〕Keywords:前眼部OCT,前房形状,隅角開大効果,白内障手術,狭隅角.anteriorsegmentOCT,anteriorchamber,anglewideningeffect,cataractsurgery,narrowangle.96あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(96)これまで,前房深度の評価は古くは検眼鏡所見に始まり,近年では超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)の登場により客観的,定量的に評価できるようになった.しかし,UBMは接触式であるため特に術後は感染のリスクがあり,アイカップに水を満たして行うなど患者の負担は少なくない.また,精度の高い画像,数値を得るためには検者の熟練,技術を要する.最近登場した前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)は,従来のUBMに比較して解像度が向上し,撮像時間も短縮され,低侵襲で外来でより多数の症例を測定できるようになった.今回,筆者らは三次元前眼部OCTであるCASIA(TOMEYCorp.Company,Tokyo,Japan)を用いて,白内障手術前後での前房形状の変化を定量的に解析したので報告する.I対象および方法対象は,2010年9月から2011年3月までに横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科にて,同一術者によって白内障手術〔超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ(以下IOL)挿入術〕を施行された37例48眼で,内訳は男性14例19眼,女性23例29眼であった.患者の年齢は53?91歳で,平均は73.5±8.3(平均値±標準偏差:以下同様)歳であった.硝子体術後や線維柱帯切除術後などの内眼術後の症例,プラトー虹彩症例,ぶどう膜炎に伴う白内障症例および,術中術後の重篤な合併症を併発した症例は今回の対象から除外した.手術は,点眼麻酔下に2.8mmの上方強角膜切開で行った.ソフトシェル法で角膜内皮保護を行い,超音波水晶体乳化吸引術を施行し灌流吸引術を行った.その後,インジェクターを用いて光学径6.0mmのアクリル製折り畳み式IOLを?内固定した.測定はCASIAを用いて術前日と術後1日目に行った(図1a,b).スキャンモードはAnteriorSegmentでHorizontal解析を屈折補正し,耳側隅角についてangleopeningdistance(AOD)500,AOD750,trabecular-irisangle(TIA)500を測定し(図2),中心前房深度(ACD)は角膜後面から水晶体(術後はIOL)前面を測定した.ここで,AOD500は強膜岬から500μm離れた角膜後面から虹彩までの距離を表しており,同様にAOD750は強膜岬から750μm離れた角膜後面から虹彩までの距離を表している.また,TIA500は強膜岬から500μm離れた角膜後面,虹彩と隅角底とのなす角度を表している.測定環境はいずれも同一の明室にて無散瞳下にて行った.TIA500,ACDは(術後パラメータ/術前パラメータ)×100(%)を開大率として計算した.各パラメータの術前後の変化と,TIA500,ACDの開大率を検討項目とした.また,術前のTIA500とTIA500開大率との相関,TIA500,ACDの開大率と術前Aモードで測定した水晶体厚,眼軸長との相関を検討した.II結果37例48眼を対象に,術前後の耳側AOD500,TIA500は術前,術後の順でそれぞれ(0.37,0.62mm),(26.89±11.0,図1a術前の前眼部OCT所見図1b術後の前眼部OCT所見表1白内障術前後の各パラメータの変化術前術後*p値AOD500(mm)0.37±0.180.62±0.20<0.0001AOD750(mm)0.50±0.260.88±0.27<0.0001TIA500(°)26.89±11.042.05±9.31<0.0001開大率(%)171.5±45.7ACD(mm)2.58±0.494.38±0.42<0.0001開大率(%)173.6±22.4*Mann-WhitneyUtest.図2前眼部OCTでの計測(97)あたらしい眼科Vol.29,No.1,20129742.05±9.31°)であり,TIA500開大率は171.5±45.7%であった.ACDは2.58±0.49,4.38±0.42mmとなり,ACD開大率は173.6±22.70%であった.測定したすべてのパラメータが術前後で有意に増加した(表1).術前の水晶体厚の平均値は4.58±0.61mm,眼軸長は23.00±1.19mmであった.術前TIA500と術後TIA500開大率との間には有意な相関がみられ(相関係数,以下r=?0.87,p<0.01),術前の隅角が狭いほど術後により開大する結果となった(図3).また,術前の水晶体厚とTIA500開大率との間,術前水晶体厚とACD開大率との間にも,また眼軸長とTIA500開大率との間,眼軸長とACD開大率との間のいずれにも有意な相関関係がみられた(図4).III考按筆者らは,今回の研究により術前水晶体厚が厚く,眼軸長が短い症例ほど,術後の隅角は開大しやすいという結果を得た.筆者らが対象とした症例は術前のTIA500が11.4?59.7°であり,狭隅角眼のみを対象としたものではなかったが,先に示した結果は,PentacamR(Oculus社)を用いて白内障術前後での前房深度の変化を検討した草野らの報告10)と比較してほぼ同等のものであった.これは,同じくTIA500が25°以下の症例を対象に前眼部OCTVisanteTM(CarlZeissMeditec社)を用いて白内障術前後の前房形状の変化を解析した橋本らの報告11),狭隅角眼を対象にUBMにて白内障手術による隅角開大効果を検討したNonakaらの報告5)とも同様の結果となった.今回の結果の要因としては,過去の報告と同様に水晶体をIOLに置換することで術前よりも虹彩が後方移動してより平坦に近い形状となり,隅角も開大することが考えられる.また,水晶体に比べIOLは非常に薄いこと,IOLのループの角度などにより前房深度が深くなるといったことが理由と考えられた12).従来,非接触型の前眼部解析装置で,前眼部を三次元に解析できるものとしては,回転式Scheimpflugカメラの原理を採用したPentacamRが用いられてきた.PentacamRは短時間で非侵襲的に前房深度,前房容積,隅角の測定が可能であるが,強角膜輪部付近での乱反射が起こることによって,隅角底および毛様体の描出は不可能である.原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC),PACG,原発閉塞隅角緑内障疑い(primaryangle-closureglaucoma:PACS)に対する治療および予防的治療を選択するうえで,相対的瞳孔ブロックとプラトー虹彩の鑑別が重要であるが,PentacamR図4相関関係(Spearmanrankcorrelationcoefficientすべてp<0.05)10015020025030023456水晶体厚(mm)TIA500開大率(%)r=0.5310015020025023456ACD開大率(%)水晶体厚(mm)r=0.751001502002503002022242628TIA500開大率(%)眼軸長(mm)r=-0.261001502002502022242628ACD開大率(%)眼軸長(mm)r=-0.47a:水晶体厚とTIA500開大率との相関関係b:水晶体厚とACD開大率との相関関係c:眼軸長とTIA500開大率との相関関係d:眼軸長とACD開大率との相関関係1001502002503000204060TIA500開大率(%)r=-0.87術前TIA500(°)図3術前TIA500と術後TIA500開大率(Spearmanrankcorrelationcoefficientp<0.01)98あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(98)ではそれがむずかしい.一方,今回筆者らが測定に用いたCASIAはスエプトソースOCTであり,2.4秒の撮像時間で三次元画像を構築可能である.同じく前眼部OCTであるタイムドメイン方式のVisanteTMと比較すると,両者とも非侵襲的で簡便であることは同等であるが,軸方向の分解能がVisanteTMが18μmであるのに対しCASIAは8μm,横方向の分解能はVisanteTMが60μmに対しCASIAは30μmで,CASIAのほうが分解能が高くより鮮明な画像が得られ,三次元画像が構築できることも大きな相違点である.また,CASIAは隅角底,毛様体の描出も可能であるうえ,同じく隅角底,毛様体の描出に優れており従来から広く使われているUBMと比較しても解像度の点でもすぐれており,強膜岬の描出がUBMより鮮明である.先述したようにCASIAとUBMとの一番の相違点は,接触型か否かである.UBMでは患者を仰臥位にしてアイカップに水を満たし,直接患者の眼球に触れて測定するのに対して,CASIAは座位にて短時間で簡便に行え,眼球に直接触れないため測定時に前房の形状に影響を与えにくい.今回の検討のように,術後の前房形状を測定するには感染の心配もなく,優れているといえる.術前の前房形状の解析は,破?,眼圧上昇,内皮障害など一般的な白内障手術の術中術後合併症の予測や,PAC,PACG,PACSなどの疾患などに対する予防的治療を行うためにも非常に有用である.今回筆者らが用いたCASIAは,狭隅角眼や白内障術前後の前房形状を評価するのに非常に有用な機器である.従来の方法よりも非侵襲的でより正確な定量化が可能なCASIAを用いての前房の評価が,今後は主流になっていくのではないかと思われた.今回の検討では,白内障手術は隅角を開大する効果があり術前水晶体厚が厚く眼軸長が短い症例ほど,術後の隅角開大率が高いという結果となった.隅角の狭い症例で白内障手術を行う時期を決める際には,水晶体厚,眼軸長を計測し,水晶体が厚く眼軸長の短い症例の場合は早期の手術適応の可能性が高いと思われた.文献1)岡奈々:ペンタカムR.眼科手術18:365-367,20052)DawczynskiJ,KoenigsdoerfferE,AugstenRetal:Anteriorsegmentopticalcoherencetomographyforevaluationofchangesinanteriorchamberangleanddepthafterintraocularlensimplantationineyeswithglaucoma.EurJOphthalmol17:363-367,20073)LamDSC,LeungDYL,ThamCCYetal:Randomizedtrialofearlyphacoemulsificationversusperipheraliridotomytopreventintraocularpressureriseafteracuteprimaryangleclosure.Ophthalmology115:1134-1140,20084)HataH,YamaneS,HataSetal:Preliminaryoutcomesofprimaryphacoemulsificationplusintraocularlensimplantationforprimaryangle-closureglaucoma.JMedInvest55:287-291,20085)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocessconfigurationaftercataractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalomology113:437-441,20066)ActonJ,SalmonJF,ScholtzRetal:Extracapsularcataractextractionwithposteriorchamberlensimplantationinprimaryangle-closureglaucoma.JCataractRefractSurg23:930-934,19977)GunningFP,GreveEL:Lensextractionforuncontrolledangle-closureglaucoma:Long-termfollow-up.JCataractRefractSurg24:1347-1356,19988)RobertsTV,FrancisIC,LertusumitkulSetal:Primaryphacoemulsificationforuncontrolledangle-closureglaucoma.JCataractRefractSurg26:1012-1016,20009)MemarzadehF,TangM,LiYetal:Opticalcoherencetomographyassessmentofangleanatomychangesaftercataractsurgery.AmJOphthalmol144:464-465,200710)草野真央,上松聖典,築城英子ほか:白内障単独手術,白内障硝子体同時手術における術前後の前房深度の変化.臨眼62:351-355,200811)橋本尚子,原岳,成田正也ほか:狭隅角眼に対する白内障手術の隅角開大効果.あたらしい眼科27:1133-1136,201012)新井三樹,雑喉正泰,久野理佳ほか:後房レンズ?内固定眼における術後前房深度の経時的変化.臨眼48:207-210,1994***

角膜内皮移植術後の屈折と眼内レンズ度数誤差

2011年8月31日 水曜日

1202(14あ2)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(8):1202?1205,2011cはじめに水疱性角膜症に対する手術としては従来,全層角膜移植術が行われてきたが,術中の駆逐性出血の危険性や術後の不正乱視,拒絶反応,創口離開などの合併症がときに問題となった.近年,手術方法の進歩により,病変部のみを移植する「角膜パーツ移植」という概念が生まれ,水疱性角膜症に対し角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)が行われるようになってきた1).角膜内皮移植術は全層角膜移植術と比較すると,術中の重篤な合併症の危険性は低く,移植片を縫合しないこ〔別刷請求先〕市橋慶之:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YoshiyukiIchihashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN角膜内皮移植術後の屈折と眼内レンズ度数誤差市橋慶之*1榛村真智子*2山口剛史*2島﨑潤*2*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2東京歯科大学市川総合病院眼科RefractiveChangeandTargeted/ActualPostoperativeRefractionDifferentialafterDescemet’sStrippingandAutomatedEndothelialKeratoplastyOnlyorCombinedwithPhacoemulsificationandIntraocularLensImplantationYoshiyukiIchihashi1),MachikoShimmura2),TakefumiYamaguchi2)andJunShimazaki2)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeIchikawaGeneralHospital目的:Descemet’sstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)後の屈折推移と眼内レンズ度数誤差を検討する.対象および方法:対象は,DSAEKを施行した水疱性角膜症39例44眼,平均年齢70.4歳.手術の内訳はDSAEKのみ19眼,DSAEKと白内障同時手術19眼,白内障術後にDSAEK試行例(二期的手術)6眼であった.術前ケラト値が測定不能例では対眼値を使用した.術後の屈折推移,眼内レンズ度数誤差について調べた.結果:平均観察期間は9.8±5.3カ月.術後平均自覚乱視は2D以下で,早期から屈折の安定が得られた.等価球面度数は術後に軽度の遠視化を認めた.DSAEKを白内障手術と同時,あるいは二期的に行った例では,眼内レンズ度数誤差は+0.41±1.58Dであり,誤差±1D以内62.5%,±2D以内87.5%であった.二期的手術では全例で誤差±1D以内であった.角膜浮腫の進行していた例では,眼内レンズ度数の誤差が大きかった.結論:DSAEKにおいては,術後の軽度遠視化を考慮し眼内レンズ度数を決定する必要がある.角膜浮腫進行例における眼内レンズ度数決定法は,より慎重であるべきと思われた.Purpose:ToinvestigaterefractivechangeandthedifferencebetweentargetedandactualpostoperativerefractionafterDescemet’sstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Materialsandmethods:Weretrospectivelyanalyzed44eyesof39patientswithcornealedemathathadundergoneDSAEK.Ofthoseeyes,19hadundergoneDSAEKonly,19hadundergoneDSAEKtripleand6hadundergoneDSAEKaftercataractsurgery.Weinvestigatedastigmatism,sphericalequivalence(SE)andtherefractiveerrorafterDSAEKtriple.Results:Meanpostoperativeastigmatismwaswithin2D.PostoperativeSEshowedmildhyperopticshift,whichaveraged+0.41Dmorehyperopicthanpredictedbypreoperativelenspowercalculations.Theratiowithrefractiveerrorwithin1.0Dwas62.5%;within2D,87.5%.AllcasesthatunderwentDSAEKaftercataractsurgerywerewithin1D.Therefractiveerrorwasgreaterincasesofstrongcorneaedema.Conclusions:DSAEKoffersanexcellentrefractiveoutcome,thoughcarefulattentionmustbepaidincaseswithstrongcorneaedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1202?1205,2011〕Keywords:角膜内皮移植術,白内障手術,角膜移植,内皮細胞,水疱性角膜症.Descemet’sstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty,cataractsurgery,cornealtransplant,cornealendothelium,bullouskeratopathy.(143)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111203とより術後の不正乱視は少ないという利点があると推測される.また,全層角膜移植術と比較し眼球の強度が保たれるので,眼球打撲による眼球破裂の危険性も低いと考えられる.DSAEKは,欧米を中心に盛んに行われているが,日本でも増加傾向にある2).DSAEKを施行する症例では,白内障と水疱性角膜症の合併例も多く,白内障を行った後に二期的にDSAEKを行う症例(二期的手術)や白内障手術と同時にDSAEKを行う症例(同時手術)もしばしばみられることから,術後の屈折変化や目標眼内レンズ度数との誤差が問題となる可能性が考えられる.そこで今回筆者らは,DSAEK術後の屈折変化と眼内レンズ度数の誤差について検討したので報告する.I対象および方法対象は,平成18年7月から平成20年11月までに東京歯科大学眼科で,水疱性角膜症に対してDSAEKを施行した39例44眼である.男性が9例9眼,女性が30例35眼であり,手術時年齢は70.4±9.3歳(平均±標準偏差,範囲:43~88歳)であった.本研究は,ヘルシンキ宣言の精神,疫学研究の倫理指針および当該実施計画書を遵守して実施した.手術の内訳はDSAEKのみ19眼,白内障同時手術19眼,当院で白内障手術を試行した後にDSAEKを行った二期的手術6眼であり,原因疾患は,レーザー虹彩切開術後18眼,白内障術後12眼,Fuchsジストロフィ8眼,虹彩炎後3眼,外傷後1眼,前房内への薬剤誤入後1眼,不明1眼であった.術後平均観察期間は9.8±5.8カ月(3~22カ月)であり,術後観察期間が3カ月に満たない症例は今回の検討より除外した.手術は,耳側ないし上方結膜を輪部で切開し,全例で約5mmの強角膜自己閉鎖創を作製した.約7.5~8mmの円形マーカーを用いて角膜上にマーキングし,前房内を粘弾性物質で満たした後にマーキングに沿って逆向きSinskeyフック(DSAEKPriceHook,モリア・ジャパン,東京)を用いて円形に角膜内皮面を擦過し,スクレーパー(DSAEKStripper,モリア・ジャパン)を用いてDescemet膜を?離除去した.前房内の粘弾性物質を除去し,インフュージョンカニューラ(DSAEKChamberMaintainer,モリア・ジャパン)を用いて前房を維持した.あらかじめアイバンクによってマイクロケラトームを用いてカットされた直径7.5~8.0mmのプレカットドナー輸入角膜を前?鑷子(稲村氏カプシュロレクシス鑷子,イナミ)で半折し挿入(7眼),もしくは対側に作製した前房穿刺部より同様の前?鑷子もしくは他の鑷子(島崎式DSEK用鑷子,イナミ)を用いて強角膜切開部より引き入れた(37眼).ドナー角膜の位置を調整し前房内に空気を注入し,10分間放置して接着を図った.その間,20ゲージV-lance(日本アルコン)でレシピエント角膜を上皮側より4カ所穿刺して,層間の房水を除去した.手術終了時にサイドポートより眼圧を調整しながら空気を一部除去した.白内障同時手術を施行した例では,散瞳下で超音波乳化吸引術,眼内レンズ挿入術を施行した後に,上記のごとくDSAEKを行った.眼内レンズ度数の決定にはSRK-T式を用い,術眼の術前のケラト値,眼軸長の精度が低いと考えられた症例では,対眼の値を参考にして決定した.これらの症例について,角膜透明治癒率,術前,術後の視力,自覚乱視,ケラト値,角膜トポグラフィー(TMS-2,トーメーコーポレーション)におけるsurfaceregularityindex(SRI),surfaceasymmetryindex(SAI),等価球面度数(SE),目標眼内レンズ度数との誤差について調べた.数値は平均±標準偏差で記載し,統計学的解析はStudent-t検定,c2検定,Pearsonの積率相関係数を用いて検討した.II結果1.角膜透明治癒率初回DSAEK術後に透明治癒が得られたのは44眼中40眼(91%)であった.4眼は術後より角膜浮腫が遷延し,うち2眼は再度DSAEKを施行し透明化が得られ,1眼は全層角膜移植を施行し透明化が得られ,1眼は経過観察中に通院しなくなったため,その後の経過は不明であった.初回DSAEKで透明治癒が得られなかった例は,後の検討から除外した.2.等価球面度数同時手術例を除いた症例で検討したところ,平均等価球面度数は,術前?1.00±2.40D(n=17),術後1カ月?0.33±1.42D(n=21),術後3カ月?0.52±1.08D(n=20),術後6カ月?0.40±1.34D(n=19),術後12カ月?0.52±1.58D(n=13)であった.いずれの時期も術前と比較し統計学的有意差は認めないものの,術前と最終観察時を比較すると+0.38D±2.5Dと軽度の遠視化傾向にあり,術後3カ月以降はほぼ安定していた.3.乱視および角膜形状平均屈折乱視は,術前1.2±1.4Dに対し,術後1カ月1.8±1.7D,術後3カ月1.9±1.4D,術後6カ月1.7±1.3D,術後12カ月1.4±1.6Dと±2D以内であり,術後早期より安定していた.いずれの時期も術前と比較し統計学的な有意差を認めなかった(表1).平均ケラト値は,術前44.2±0.94D(n=20),術後1カ月43.5±1.44D(n=16),術後3カ月43.8±1.33D(n=14),術後6カ月44.0±1.28D(n=13),術後12カ月44.8±0.87(n=7)であり,いずれの時期も術前と比較し有意差は認めなかった.また角膜トポグラフィーにて,SRI,SAI値とも2.0以内と,術後早期より比較的低値で安定していた(表1).1204あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(144)4.眼内レンズの屈折誤差DSAEKを白内障手術と同時,あるいは二期的に行った例では,目標屈折度数に比べて+0.41±1.58Dであり,誤差±1D以内62.5%,±2D以内87.5%であった.同時手術18眼と二期的手術6眼に分けて検討したところ,同時手術では誤差±1D以内は50%であり,誤差±2D以内83.3%であったのに対し,二期的手術では全例が誤差±1D以内であり,誤差±1D以内の割合は二期的手術のほうが有意に高かった.しかし,同時手術例のなかには術前ケラト値が測定できなかった症例がすべて(5眼)含まれており,それらの症例を除くと誤差±1D以内の割合は61.5%となり,統計学的有意差は認めなかった.眼内レンズの屈折誤差と眼軸長の間には相関関係は認めなかった(n=24,Pearsonの積率相関係数=0.279)(図1).5.術前の角膜浮腫の程度と眼内レンズ度数の屈折誤差術前ケラト値が測定できた群19眼と浮腫が進行し測定できなかった群5眼に分けて検討したところ,誤差±1D以内であった割合は,どちらの群も60%以上で差がなかったが,誤差±2D以内の割合は,術前ケラト値が測定できた群では94.7%であり,測定不能であった群60%と比べて有意に高かった.両群で屈折のばらつきを比較したところ,術前ケラト値が測定できた群に比べて,測定できなかった群では誤差のバラつきが大きかった(図2,3).術前のケラト値が測定できなかった5眼のうち3眼が誤差±2D以内であり,他の2眼は?3.3D,5.7Dと誤差が大きかった.誤差が+5.7Dと大きかった症例は術前のケラト値が測定不能であった例で,対眼も全層角膜移植術を施行されており,その対眼のケラト値を用いて度数計算を行った例であった.III考按DSAEK術後のSEの変化について,今回筆者らは,統計学的な有意差はなかったものの+0.38±2.5Dの遠視化を認めた.Koenigらは,術後6カ月で平均1.19±1.32Dの遠視化を認め3),Junらも術後5カ月で平均+0.71±1.11Dの遠視化を認めたと報告している4).角膜曲率半径(ケラト値)は,DSAEK術前後でほとんど変化しないという報告が多く5,6),今回の筆者らの結果でも有意な変化がなかったことから,DSAEK術後の遠視化には,角膜後面曲率の変化が関表1術前,術後の自覚乱視,角膜形状の経過術前術後1カ月術後3カ月術後6カ月術後12カ月自覚乱視(D)1.2±1.4(n=32)1.8±1.7(n=38)1.9±1.4(n=36)1.7±1.3(n=28)1.4±1.6(n=21)ケラト値(D)44.2±0.94(n=20)43.5±1.44(n=16)43.8±1.33(n=14)44.0±1.28(n=13)44.8±0.87(n=7)SRI1.5±0.7(n=24)1.5±0.7(n=29)1.6±0.7(n=21)1.4±0.6(n=13)SAI1.3±0.7(n=24)1.2±1.1(n=29)1.2±0.7(n=21)0.8±0.5(n=13)SRI:surfaceregularityindex,SAI:surfaceasymmetryindex.(平均値±標準偏差)度数誤差(D)眼数-4-3-2-10109876543210123456図3術前ケラト値測定不能例と眼内レンズ度数誤差術前ケラト値測定不能であった5眼のうち±2D以内の誤差にとどまったのは3眼であった.屈折誤差が+5.77Dと大きくずれた症例もみられた.6543210-1-2-3-4度数誤差(D)眼軸長(cm)2020.52121.52222.52323.524図1眼軸長と眼内レンズ度数誤差の関係眼軸長と眼内レンズの狙いとの屈折誤差に相関関係は認めなかった.度数誤差(D)眼数-4-3-2-10109876543210123456図2術前ケラト値測定可能例と眼内レンズ度数誤差術前ケラト値測定可能であった19眼のうち,±1D以内の誤差であったのは13眼(68.4%)であり,1眼を除いて±2D以内の誤差であった.(145)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111205与しているものと推測された.白内障手術を同時,あるいは二期的に行った症例で検討すると,眼内レンズ度数の目標値に比べ平均+0.41Dと軽度の遠視よりであった.眼内レンズの選択にあたっては,DSAEK術後の遠視化を考慮に入れるべきと考えられた.DSAEK術前,術後の乱視の変化は,いずれも平均2D以内と軽度であり,術前と術後で統計学的有意差を認めなかった.また,角膜トポグラフィーでも,角膜正乱視,不正乱視とも軽度で,術後早期より角膜形状の安定がみられた.この結果は,従来の欧米での報告と一致するものであり3,7),DSAEK術後の速やかな視機能回復をもたらす要因と考えられた.DSAEKと白内障同時手術での目標値との誤差は,±1D以内が50%,±2D以内は83.3%であった.CovertらはDSAEKと白内障手術の同時手術では,術後6カ月の時点での目標値との誤差は+1.13Dであり,±1D以内は62%,±2D以内は100%であったと報告しており8),今回の筆者らの結果と類似していた.全層角膜移植術と白内障手術の同時手術においては,当教室のデータでは,術後6カ月で誤差±2D以内は48.9%であった9).他の報告でも26%から68.6%程度と報告されている10~13).これらと比較すると,DSAEKのほうが,白内障同時手術での屈折誤差は軽度であると考えられた.DSAEKと白内障を同時に手術した場合と比較して,白内障を先に行ってからDSAEKを行った症例のほうが,屈折誤差は少ない傾向であった.これは,同時手術を行った例のなかに,角膜浮腫が高度のために術前ケラト値が測定できなかった症例が含まれているためと推測された.実際,測定不能であった症例を除外すると,両群で有意差を認めなかった.さらに,眼軸長と度数誤差に相関関係がみられなかったことより,眼軸長の測定誤差の影響よりも,術前ケラト値測定の可否が眼内レンズ度数の誤差に影響していると考えられた.高度の角膜浮腫によりケラト値の測定ができない症例では,今回は対眼のケラト値を参考に度数を決定したが,結果として大きな屈折誤差を生じた例があった.まとめ今回の検討より,DSAEK術後には軽度の遠視化がみられることがわかった.白内障の手術を合わせて行う際には,このことを考慮し眼内レンズ度数を決定する必要があると思われた.浮腫が進行し術前のケラト値が測定不能であった症例では,大きな屈折誤差が生じる可能性があることを考慮し,眼内レンズ度数の選択をより慎重に行うべきと思われた.文献1)PriceFW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20052)市橋慶之,冨田真智子,島﨑潤:角膜内皮移植術の短期治療成績.日眼会誌113:721-726,20093)KoenigSB,CovertDJ,DuppsWJetal:Visualacuity,refractiveerror,andendothelialcelldensitysixmonthsafterDescemetstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Cornea26:670-674,20074)JunB,KuoAN,AfshariNAetal:Refractivechangeafterdescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastysurgeryanditscorrelationwithgraftthicknessanddiameter.Cornea28:19-23,20095)ChenES,TerryMA,ShamieNetal:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty:six-monthresultsinaprospectivestudyof100eyes.Cornea27:514-520,20086)TerryMA,ShamieN,ChenESetal:PrecuttissueforDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:vision,astigmatism,andendothelialsurvival.Ophthalmology116:248-256,20097)MearzaAA,QureshiMA,RostronCK:Experienceand12-monthresultsofDescemet-strippingendothelialkeratoplasty(DSEK)withasmall-incisiontechnique.Cornea26:279-283,20078)CovertDJ,KoenigSB:Newtripleprocedure:Descemet’sstrippingandautomatedendothelialkeratoplastycombinedwithphacoemulcificationandintraocularlensimplantation.Ophthalmology114:1272-1277,20079)大山光子,島﨑潤,楊浩勇ほか:角膜移植と白内障同時手術での眼内レンズの至適度数.臨眼49:1173-1176,199510)KatzHR,FosterRK:Intraocularlenscalculationincombinedpenetratingkeratoplasty,cataractextractionandintraocularlensimplantation.Ophthalmology92:1203-1207,198511)CrawfordGJ,StultingRD,WaringGOetal:Thetripleprocedure:analysisofoutcome,refraction,andintraocularlenspowercalculation.Ophthalmology93:817-824,198612)MeyerRF,MuschDC:Assessmentofsuccessandcomplicationsoftripleproceduresurgery.AmJOphthalmol104:233-240,198713)VichaI,VlkovaE,HlinomazovaZetal:CalculationofdioptervalueoftheIOLinsimultaneouscataractsurgeryandperforatingkeratoplasty.CeskSolvOftalmol63:36-41,2007***

レーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(97)553《原著》あたらしい眼科28(4):553.557,2011cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は原発閉塞隅角緑内障や緑内障発作(急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障)の治療として長年にわたり施行されてきた1).しかし,わが国ではLI後に水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)を発症することが近年話題となっており2),その発症メカニズムについてさまざまな説が唱えられている3)が,推測の域を出ていない.多くの説でさまざまなメカニズムによりLI後に角膜内皮細胞が慢性的に減少するとされており,これを証明するには多数の患者を対象としてLI前後の角膜内皮細胞の変化を長期間にわたって調べる必要がある.しかし,このような研究を行うことは非常に困難であるため,今回はおもにLI後の経過年数と角膜内皮細胞密度(cornealendotherialcelldensity:CD)の間に相関があるかについて調査した.I対象および方法2009年7月から12月までの6カ月間に当科を受診し,過去にLIを受けた82例150眼について,LI後の経過年数とCDの相関,緑内障発作の既往の有無,白内障手術の既往の有無とその前後のCDを調査した.対象となった82例の内訳は,男性21例,女性61例,年齢は19~88歳で,平均年〔別刷請求先〕宇高靖:〒286-8523成田市飯田町90-1成田赤十字病院眼科Reprintrequests:YasushiUtaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaritaRedCrossHospital,90-1Iidacho,Narita,Chiba286-8523,JAPANレーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響宇高靖横内裕敬木本龍太渡部美博成田赤十字病院眼科Long-TermInfluenceofLaserIridotomyontheCornealEndothelialCellDensityYasushiUtaka,HirotakaYokouchi,RyutaKimotoandYoshihiroWatanabeDepartmentofOphthalmology,NaritaRedCrossHospital2009年7月から12月までの6カ月間に当科を受診した患者のうち,過去にレーザー虹彩切開術(LI)を受けた82例150眼について,LI後の角膜内皮細胞密度(CD)の経時的変化を調べた.緑内障発作(急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障)や白内障手術の既往がない140眼において,予防的LI後CDの有意な減少はなかった.このうちLI前のCDが測定されていた35眼では,CDの年平均減少率は1%であり,加齢性変化に比べてやや高かった.緑内障発作時にLIを施行した10眼でもLI後CDの有意な減少はなかったが,LI後に白内障手術を受けた26眼では,術後CDは有意に減少した.レーザーの総照射エネルギーはLI後のCDの経年変化と相関がなかった.Weretrospectivelyinvestigatedcornealendothelialcelldensity(CD)changeafterlaseriridotomy(LI)in150eyesof82patientsseenatourdepartmentfromJulytoDecember2009.Oftheseeyes,140thathadnopasthistoryofacuteangle-closure(AAC)orcataractsurgeryunderwentprophylacticLI.TheseeyessubsequentlyshowednostatisticallysignificantreductioninCD;in35ofthem,CDwasmeasuredbeforeLI;theyshowedanaverageCDreductionperyearof1%,whichisslightlyhigherthanreductionduetonormalaging.Intheother10eyes,LIwasperformedtotreatAAC;intheseeyesalso,CDdidnotchangeafterward.However,in26eyesthatunderwentcataractsurgeryafterLI,CDreducedsignificantly.NocorrelationwasfoundbetweenlasertotalenergyandCDchange.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):553.557,2011〕Keywords:レーザー虹彩切開術,角膜内皮細胞密度,閉塞隅角緑内障,白内障手術.laseriridotomy,cornealendothelialcelldensity,angle-closureglaucoma,cataractsurgery.554あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(98)齢は74歳であった.LIを受けた時期は25年前から6カ月前であった.他院でLIを受けたなどの事情でLI前のCDが不明な症例は65例113眼あった.当院でLIを受け施行条件の記録があった症例はLIの総照射エネルギー(J)を計算した.当院ではすべてアルゴンレーザーかマルチカラーレーザー(半導体レーザー)を使用しており,YAGレーザーを使用した例はなかった.白内障手術はすべて超音波白内障手術と眼内レンズ挿入術であった.CDの測定にはKONANSPECULARMICROSCOPE(MODEL:NSP-9900およびSP-8000)を用いた.糖尿病の有無についても調査したところ,82例中26例が糖尿病に罹患していた.白内障手術以外の内眼手術既往のある患者は除外した.また,LI後に白内障手術を施行した症例のうち白内障手術前のCDが不明な症例は,LIと白内障手術の影響を区別できないので除外した.症例の詳細を緑内障発作と白内障手術の既往の有無で分類して,表1に示した.II結果1.LI後のCDの経年変化緑内障発作の既往がなく,白内障手術未施行(ただし,施行済みであっても施行前のCDが記録されている症例を含めた)の140眼において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった(Spearmanの相関係数rs=.0.050,p=0.558)(図1).2.LI前後のCDの変化図1の140眼のうち,LI前のCDが記録されていた35眼に対して,LI前とLI後のCDの経年変化を症例ごとの対応を保って図2に示した.これらの症例について,LI前のCDを1としたときのLI後のCD(LI前後のCD比=LI後のCD/LI前のCD)を図3に示した.単回帰分析により,LI後の経過年数とLI前後のCD比には弱い相関があり(相関係数r=.0.341,p=0.045),回帰直線はy=.0.010x+1.02であった.表1対象の詳細LI施行時の緑内障発作の既往なしあり合計LI後の白内障手術の既往なしありなしあり該当数114眼26眼9眼1眼150眼82例のうち男性21例,女性61例.年齢19~88歳,平均年齢74歳.0510152025LI後の経過年数(年)n=1404,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000LI後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)図1レーザー虹彩切開術(LI)後の角膜内皮細胞密度(CD)の経年変化LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった.Spearmanの相関係数rs=.0.050,p=0.558.02468101214LI前後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の経過年数(年)n=354,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000図2レーザー虹彩切開術(LI)前後の角膜内皮細胞密度(CD)の変化緑内障発作の既往がなく白内障手術未施行の症例のうち,LI前にも角膜内皮細胞密度を計測した症例ごとにその変化を示した.1.41.210.80.60.40.2002468101214LI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化LI後の経過年数(年)n=35図3レーザー虹彩切開術(LI)前後の角膜内皮細胞密度(CD)の変化(相対値)症例ごとにLI前のCDを1として,LI後のCDを相対値として求めた.単回帰分析でp=0.05,回帰直線y=.0.010x+1.02(図中点線)であった.(99)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115553.緑内障発作がCDに与える影響緑内障発作時に治療としてLIを施行した10眼(A群)について,予防的LIを施行した140眼(B群)とともに,LI後のCDの経年変化を図4に示した.A群において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった(Spearmanの相関係数rs=.0.245,p=0.462).またA群とB群について,LI後のCDの平均値に統計学的に有意な差を認めなかった(Student’st-test,p=0.124)(図5).4.白内障手術がCDに与える影響LI後に白内障手術を施行した26眼に対して,白内障手術前と手術後のCDの平均値はpairedt-testで有意な差を認めた(p=0.0002)(図6).LI後の白内障手術によってCDの平均値は2,416cells/mm2から2,125cells/mm2に変化し,12%の減少を認めた.5.LIの総照射エネルギーがCDに与える影響図3に示したLI前後のCD比を求めた35眼について,LIの総照射エネルギーとLI前後のCD比の関係を図7に示した.LIの総照射エネルギーとLI前後のCD比に有意な相関は認めなかった(Pearsonの相関係数r=0.194,p=0.265).6.糖尿病がCDの減少に及ぼす影響図1に示した140眼について糖尿病の有無で分けると,糖尿病なしが92眼でLI後のCDの平均値2,613(標準偏差356)cells/mm2,糖尿病ありが48眼でLI後のCDの平均値2,567(標準偏差377)cells/mm2であった.Studentt-testで両者に有意な差は認めなかった(p=0.481).0510152025LI後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の経過年数(年)A群:緑内障発作時にLI施行(n=10)B群:予防的LI施行(n=140)4,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000図4緑内障発作時にレーザー虹彩切開術(LI)を施行した症例での角膜内皮細胞密度(CD)の経年変化緑内障発作時にLIを施行した症例において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった.Spearmanの相関係数rs=.0.245,p=0.462.3,0002,5002,0001,5001,000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の白内障手術前対応する白内障手術後平均値±標準偏差n=262,1252,416**図6レーザー虹彩切開術(LI)後の白内障手術による角膜内皮細胞密度(CD)の変化LI後の白内障手術前後のCDは統計学的に有意な差があった.**Pairedt-testp=0.0002.3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)n=140B群:予防的LI施行緑内障発作既往なし白内障手術既往なしNS平均値±標準偏差n=10白内障手術既往なしA群:緑内障発作時にLI施行2,7552,598図5緑内障発作時のレーザー虹彩切開術(LI)と予防的LIにおけるLI後の角膜内皮細胞密度(CD)の比較緑内障発作時にLIを施行した場合と予防的LIを施行した場合で,LI後のCDに統計学的に有意な差を認めなかった.Student’st-testp=0.124.1.41.210.80.60.40.2005101520LI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化レーザー総照射エネルギー(J)n=35図7レーザー虹彩切開術(LI)におけるアルゴンレーザーまたはマルチカラーレーザー(半導体レーザー)の総照射エネルギーとLI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化LIにおけるレーザー総照射エネルギーとLI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化に有意な相関を認めなかった.Pearsonの相関係数r=0.194,p=0.265.556あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(100)7.LI後にBKを発症した症例LI後にBKを発症した症例として,両眼の予防的LI後に左眼のみBKを発症した症例が1例あった.しかしLI前に一度もCDを測定しておらず,BK発症後は左眼のCDが測定不能となりデータが得られなかったため,今回の症例には右眼のデータしか含まれていない.同時期のLIによって角膜内皮細胞の障害に顕著な左右差がでた症例として紹介する.症例:74歳,男性.1989年6月,糖尿病にて当院内科に入院中,眼脂を主訴に当科初診.視力は右眼0.3(矯正1.2),左眼0.3(矯正1.0).同年9月に狭隅角眼に対して両眼の予防的LIを受けた.LIはアルゴンレーザーで施行され,総照射エネルギーは右眼18.9J,左眼12.7Jであった.糖尿病に対する定期的な眼底検査が必要であり,1994年から単純糖尿病網膜症を認めていたが,通院は中断しがちであり血糖コントロールも不良であった.2006年7月,左眼の視力低下を主訴に4年ぶりに受診し,左眼にBKを認めた.視力は右眼0.2(矯正0.6),左眼0.04(矯正不能).CDは右眼2,092cells/mm2,左眼は測定不能であった.その後他院で左眼の全層角膜移植術を受けた.2009年10月,右眼の角膜は滴状角膜などの異常はなく,CDは2,114cells/mm2であった.III考按1.LI後のCDの減少率LI後のCDの変化について,YAGレーザーによるLI後の1年間でCDの平均値が1,800cells/mm2から1,670cells/mm2に有意に減少したとの報告4)やLI前後の1年間で角膜内皮細胞の面積が19%増加したとの報告5)があるが,本報告のように長期的な変化を追った報告は少ない.図1.3に示したとおり,ほとんどの症例でLI後10年以上CDの大きな減少を認めていない.加齢によるCDの減少率は1年で0.3~0.7%と報告されている6).本報告ではLI後のCDの減少率は1年で1.0%(図3)であり,加齢のみでの減少よりやや大きくなっている.しかし今後もこの減少率が維持されると仮定すると,LI前のCDが2,000cells/mm2以上あれば,50年経過してもCDは1,200cells/mm2程度あり,BKが発症することはない.このようにLI後のCDの減少率はBKを発症させるほど高くなく,LI後の症例の多くに共通した角膜内皮細胞を障害するメカニズムがあるとは考えにくい.したがって,LI後のBKは何らかの特定の要因をもった症例に限定して発症すると考えられる.2.緑内障発作時のLIと予防的LIでのCDの変化緑内障発作後のCDの変化については,緑内障発作眼の僚眼との比較で11.6.33%の有意な減少があると報告されており7~9),LIの有無にかかわらず緑内障発作眼のCDは減少すると考えられる.しかし,今回の結果では緑内障発作時に治療としてLIを施行した群と予防的LIを施行した群において,LI後のCDに有意な差はなかった.これまでの報告と一致しなかった原因として,今回の症例では緑内障発作時に早期に治療が開始され,高眼圧の持続時間が短かったことが推測される.3.白内障手術によるCDの変化LI後の白内障手術によってCDは有意に減少した.白内障手術によるCDの減少は周知の事実であるが,LI施行例は浅前房,Zinn小帯脆弱などのため通常の白内障手術より合併症のリスクが高いと考えられる.近年,緑内障発作の治療として一次的に超音波白内障手術と眼内レンズ挿入術を行うべきとする意見もある10)が,今回の調査の結果から少なくとも短期的には白内障手術のほうがCDの減少率は高く,また白内障手術には眼内炎や駆逐性出血などの重篤な合併症が起こりうる.したがって緑内障発作の治療もしくは予防としてLIを行うか白内障手術を行うかは,白内障の程度や視力,年齢などを考慮して症例ごとに慎重に検討すべきである.4.LIの総照射エネルギーがCDに及ぼす影響LIを施行するにあたってはより少ない総照射エネルギーが望ましいとされ,アルゴンレーザーの場合10~20Jに収めるべきとされている3).図7に示した症例はすべてアルゴンレーザーまたはマルチカラーレーザー(半導体レーザー)によるLIで総照射エネルギーは20J未満であり,いわゆる過剰凝固はなかった.適正な総照射エネルギーの範囲内であれば角膜内皮細胞の障害に大差はないと考えられる.5.LI後にBKを発症した症例についてこの血糖コントロール不良な糖尿病患者は同時期に予防的LIを受け,レーザーの総照射エネルギーに大差がないにもかかわらず,LI後17年目に左眼のみBKを発症しており,右眼のCDはLI後20年を経ても正常範囲内である.このような症例の存在は,LI後のBKがLIの施行条件や糖尿病の罹患の有無に必ずしも依存していないことを示していると考えられ,本報告の結果とも合致している.文献1)AngLP,AngLP:Currentunderstandingofthetreatmentandoutcomeofacuteprimaryangle-closureglaucoma:anAsianperspective.AnnAcadMedSingapore37:210-214,20082)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20073)大橋裕一,島.潤,近藤雄司ほか:特集レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-900,20074)WuSC,JengS,HuangSCetal:Cornealendothelialdam(101)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011557ageafterneodymium:YAGlaseriridotomy.OphthalmicSurgLasers31:411-416,20005)HongC,KitazawaY,TanishimaT:Influenceofargonlasertreatmentofglaucomaoncornealendothelium.JpnJOphthalmol27:567-574,19836)天野史郎:正常者の角膜内皮細胞.あたらしい眼科26:147-152,20097)BigarF,WitmerR:Cornealendothelialchangesinprimaryacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology89:596-599,19828)Malaise-StalsJ,Collignon-BrachJ,WeekersFJ:Cornealendothelialcelldensityinacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmologica189:104-109,19849)ThamCC,KwongYY,LaiJSetal:Effectofapreviousacuteangleclosureattackonthecornealendothelialcelldensityinchronicangleclosureglaucomapatients.JGlaucoma15:482-485,200610)JacobiPC,DietleinTS,LuekeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,2002***

トーリック眼内レンズ用リファレンスマーカーの試作

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(119)273《原著》あたらしい眼科28(2):273.276,2011cはじめにトーリック眼内レンズであるAcrySofRToricはこれまでの眼内レンズ(IOL)に円柱度数が追加された構造となっており,IOLの弱主経線上に目印が付いている.この目印を角膜の強主経線に合わせるように挿入することにより角膜乱視を軽減させる.ただし,実際には,角膜の強主経線に加えて角膜切開の位置と自身の惹起角膜乱視によってIOLを固定する軸角度が決定される.この軸角度は,Alcon社のwebsite上のアプリケーションに入力することによって算出される.算出された軸角度が角膜上のどの位置に当たるのかをIOLを挿入する前に測定する必要があるが,Swamiらの報告にあるように仰臥位では眼球が回旋するため1),術中の顕微鏡下における眼球の位置を基準にして軸角度を測定すると軸ずれを起こす可能性がある.このため,座位での基準点を術前に計測しておく必要がある.現在,基準点を作製する方法にはリファレンスマーカーを用いる方法と前眼部写真を用いる方法がある2).今回筆者らは,トーリックIOL挿入術に使用〔別刷請求先〕安宅伸介:〒545-8585大阪市阿倍野区旭町1-4-3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学Reprintrequests:ShinsukeAtaka,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-4-3Asahimachi,Abeno-ku,Osaka545-8585,JAPANトーリック眼内レンズ用リファレンスマーカーの試作安宅伸介矢寺めぐみ山口真白木邦彦大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学NewInstrumentforToricIntraocularLensImplantationShinsukeAtaka,MegumiYatera,MakotoYamaguchiandKunihikoShirakiDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:トーリック眼内レンズ挿入術に使用する基準点作製マーカーの先端部が円状のマーカーを試作し,従来の半円状のマーカーと比較検討した.方法:トーリック眼内レンズ挿入予定の白内障手術患者8例9眼に対して,連続症例4例4眼では従来の半円状のマーカーを用いて,その後の連続症例4例5眼では今回試作した円状のマーカーを用いて,手術室にて座位での基準点を角膜輪部に作製した.各マーカーで作製した0°と180°の基準点に角度ゲージの0°と180°を合わせて,角度ゲージ内縁と角膜輪部との位置ずれについて検討した.結果:従来のマーカーを使用した全4眼でマーカーの大きさと角膜径が異なっており,角度ゲージ内縁と角膜輪部に位置ずれが生じた.一方,今回試作したマーカーでは,5眼すべてで位置ずれはみられなかった.結論:従来の半円状のマーカーより今回試作した円状のマーカーのほうで位置ずれが生じにくく,確実に基準点を作製することができる.Purpose:Tocompareanordinaryhalf-circlemarkerandanewreferencemarkercomprisinganentirecircle,whichwedevelopedformanagingtoricintraocularlensimplantation.MaterialsandMethod:Subjectsofthisretrospectivestudycomprised9eyesof8consecutivepatientswhounderwenttreatmentforcataractwithmyopicorhyperopicastigmatism.Preoperatively,eacheyewasmarkedatthelimbuswithanordinaryhalf-circlemarker(4eyes)orthenewentirecirclemarker(5eyes)whilethepatientwasseatedupright.Duringcataractsurgerywematchedthe0and180degreepositionsofadegreegaugetothe0and180degreereferencepointsmadewitheachmarker;wethenevaluatedthepositionalrelationshipbetweenthegaugeandthecorneallimbus.Result:Inalleyesmarkedusingtheordinarymarker,thedegreegaugepositionshifteddownwardbeyondthelowerlimbus.Incontrast,inalleyesmarkedusingthenewmarker,thedegreegaugepositiondidnotshiftinanydirection.Conclusions:Sinceournewmarkerdidnotdeviatefromthecenterofthecornea,wewereabletomarkreferencepointsmoreeasilywiththenewmarkerthanwiththeordinarymarker.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(2):273.276,2011〕Keywords:トーリック眼内レンズ,リファレンスマーカー,白内障手術.toricintraocularlens,referencemarker,cataractsurgery.274あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(120)するリファレンスマーカーを試作し,基準点のずれに関して現在使用されているマーカーと比較したので報告する.I対象および方法対象は大阪市立大学眼科において2009年12月にトーリック眼内レンズを希望した白内障患者連続症例8例9眼である.初めの4例4眼に従来の先端部が半円状のマーカー(9-840-1Duckworth&Kent社:従来のマーカー)を使用し,試作した先端部が円状のマーカー(P4040Duckworth&Kent社:試作したマーカー)が使用可能となった時点で4例5眼には試作したマーカーを用いた(図1).従来のマーカーは,半円状の各断端部と中央部の3カ所に角膜との接触部があり,3点にマーキングできるようになっている.試作したマーカーは,従来のマーカーの先端部を2つ合わせた円状になっており,90°間隔に4点をマーキングできるようになっている.まず,手術室にて座位で眼瞼を広げて,従来のマーカーでは接触点が角膜輪部の0°,180°,270°の部位にくるように,試作したマーカーでは接触点が角膜輪部の0°,90°,180°,270°の部位にくるように眼球に接触させて,ピオクタニンで基準点を角膜輪部に作製した.その後,顕微鏡下にて角膜外縁に角度ゲージ(9-705R-1Duckworth&Kent社)を合わせ,0°,180°にマーキングされた位置と角度ゲージの中心とのなす角度(図2)を測定し,各マーカーの軸ずれをMann-Whitney’sUtestにて検定し,p<0.05を従来のマーカー新しいマーカー図1従来のマーカー(9-840-1Duckworth&Kent社)(左)と今回試作したマーカー(安宅氏リファレンスマーカーToric用P4040Duckworth&Kent社)(右)6時12時図2測定した角度マーカーで作製した水平方向の基準点と角膜外縁に合わせた角度ゲージの中心とのなす角度(12時方向)を測定した.従来のマーカー新しいマーカー図3従来のマーカーと試作マーカーで作製した基準点従来のマーカーを用いた術中写真:左上:基準点がずれている(矢印).左下:角度ゲージを0°と180°に合わせると,ゲージがずれる.試作したマーカーを用いた術中写真:右上:基準点はずれていない.右下:角度ゲージはずれない.(121)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011275統計学的な有意差ありと判定した.II結果従来のマーカーでの基準点は0°,180°,270°の3カ所での作製であったが,試作したマーカーでは90°の位置にも基準点を作製できた(図2).従来のマーカーで作製した水平2カ所の基準点に角度ゲージの0°と180°を合わせると,4眼すべてにおいて角度ゲージ内縁が角膜輪部から下方にずれていた(図3).また,0°,180°にマーキングされた位置と角度ゲージの中心とのなす角度は,それぞれ185°,190°,195°,200°であり,5.20°の位置ずれ(平均12.5±6.5°)がみられた.一方,試作したマーカーでは,180°が3眼,185°が2眼であり,すべてが5°以内の位置ずれ(平均2.0±2.7°)であり,有意差がみられた(p=0.02).III考按現在使用されているマーカー(9-840-1Duckworth&Kent社,AE-2793SASICO)は,いずれも先端部が半円状になっている.各メーカーの説明書には,0°,90°,180°の角膜輪部にマーキングできると記載されているが,座位でマーキングした場合には,90°ではなく,270°の位置となる.一方,試作したマーカーは先端部が円状になっているため,90°にも基準点を作製できる.このため,上方切開の術者では,仰臥位により眼球が回旋していても,90°に目安があるため,正確な切開位置を確認できる.90°に目安がない場合では,眼球が回旋すると,上方切開の術者では,角度ゲージで確認しないかぎり90°から切開しているつもりであっても,実際には異なった場所に切開している可能性がある.従来のマーカーは6時を中心とした下半分の半円状になっているため,下方の角膜とマーカーの曲線を同心円状に合わせることによって270°の基準点は比較的正確にマーキングできる.しかし,0°と180°の位置決めでは,各症例において角膜径とマーカーの直径との差に配慮しながら目分量でマーキングすることになる.もし,配慮なく下方の角膜輪部に半円状マーカーを合わせて基準点を作製したと仮定すると,マーカーの直径と角膜径が等しい場合には,角膜輪部上の0°と180°にマーキングができるが,マーカーの直径と角膜径が異なると,マーカーの接触部が角膜輪部上の0°と180°からずれてしまう.マーカーの直径より角膜径が大きい場合では,本来の基準点より下方に,逆にマーカーの直径が角膜径より小さい場合には,基準点より上方にマークすることになり(図4),基準点が角膜径に影響する.今回使用した従来のマーカーの内径は9mm,外径が10.8mmであり,日本人の平均角膜径が約12mmであることから3),マーカーの直径より角膜径のほうが大きくなるケースが多くなることが考えられるため,下方角膜を目安にした場合,実際の基準点より下方にマークしてしまう傾向にあると思われる.したがって,従来のマーカーを用いる場合には,下方の角膜のみを目安にすると位置ずれを起こす危険性があるため,角膜外縁全体が見えるように開瞼し,角膜との位置関係を確認しながらマーキングしなければならない.今回の検討で,従来のマーカーで角膜輪部に作製した0°と180°の基準点に角度ゲージの0°と180°に合わせると,垂直方向の位置ずれのために角度ゲージと角膜輪部の2つの円が同心円状に重ならなかった症例がみられた.角膜輪部にマーカーを合わせるということは非常に単純な操作のはずであるが,マーキングに問題があったと思わせるような結果になることもあり,特に0°と180°を結ぶラインの再現性に問題があると思われた.ただし,このように強いずれが生じた場合でも,水平方向にマーキングした2点を眼球が回旋した方(×0.9)(×1.0)abc(×1.1)図4従来マーカーと角膜径の関係a:マーカーの直径>角膜径,b:マーカーの直径=角膜径,c:マーカーの直径<角膜径.下方角膜を目安とした場合:マーカーの直径と角膜径が等しい場合には,0°と180°にマーキングができるが,マーカーの直径より角膜径が大きい場合では,基準点より下方に,マーカーの直径が角膜径より小さい場合には,基準点より上方にマークしてしまう可能性がある.276あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(122)向を考慮したうえで平行移動させることによって角膜輪部と角度ゲージを合わすことは可能であり,乱視軸に重大な影響を及ぼすことはないと思われる.しかし,術中に再度位置決めをしなければならず,術中の操作が一つ増えてしまうことで手術が煩雑になってしまうことが問題と考える.これに対して,試作したマーカーは,先端部が円状になっているため,角膜径がマーカーより小さい場合にはマーカーの中に角膜が入るように,また逆に,角膜径がマーカーより大きい場合には角膜の中にマーカーが入るようにマーカーを角膜に合わせて基準点を作製することになり,角膜外周全周を目安にしながらマーキングできる(図5).わずかに大きさの異なる2つの円を同心円状に重ねることは目分量であっても比較的簡単かつ正確にできることから,試作したマーカーは角膜径に影響されにくいと考える.大きさも,外径が10.8mmの円状で,4点のマーカー部も12.75mmであり(図6),ソフトコンタクトレンズの直径が13.14.5mmであることを考慮しても大きすぎてマーキングできない大きさではないと考えている.以上により,どちらのマーカーともに角膜外縁が見えるように開瞼しなければならないのであれば,先端部が円状のマーカーのほうが半円状のマーカーより簡便かつ正確にマーキングができることにより,精度の高い手術を可能にするため,試作したマーカーが従来のマーカーより優れていると考える.文献1)SwamiAU,SteinertRF,OsborneWEetal:Rotationalmalpositionduringlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol133:561-562,20022)HashemAN,ElDanasouryAM,AnwarHM:Axisalignmentandrotationalstabilityafterimplantationofthetoricimplantablecollamerlensformyopicastigmatism.JRefractSurg25:939-943,20093)杉紀人,牧野伸二,小幡博人ほか:日本人成人の眼球形状の左右差.眼臨紀1:338-343,2008(×0.9)ab(×1.0)c(×1.1)図5試作マーカーと角膜径の関係a:マーカーの直径>角膜径,b:マーカーの直径=角膜径,c:マーカーの直径<角膜径.マーカーと角膜外縁が同心円状に重なるようにマーキングするため,試作したマーカーは,角膜径に影響されにくい.f12.75f10.80f9.00f8.50(単位mm)図6試作したマーカーの略図***

後極白内障における白内障手術の成績

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)1613《原著》あたらしい眼科27(11):1613.1616,2010cはじめに後極白内障は常染色体優性遺伝の形式をとる先天性の白内障で,水晶体後.下,中央瞳孔領域に,円形・皿状の境界明瞭な混濁を生じる疾患である.混濁は白色・同心円状の渦巻き様の構造を呈し(図1),混濁部は水晶体線維が破綻して無構造となっている.両眼性,対称性のものが多く,弱視はないかあっても軽度のことが多い.そのまま進行しない停止型と徐々に進行する進行型があり,進行時期はさまざまであるが,30歳代で進行することが多く,30~40歳代で視力低下をきたし,手術に至ることが多いとされている1~3).後極白内障の手術時の問題点として,後極の混濁部が菲薄化していたり,混濁部が後.と癒着していたりすることが多く,後.破損の発生率が7~36%と高いことが報告されている4~8).またその報告の多くは海外のもので,わが国での報告は筆者らが検索した限りではHayashiら6)のものだけであった.今回筆者らは茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当院)で白内障手術を施行した後極白内障の症例の特徴および手術成績につき,レトロスペクティブに検討したので報告する.〔別刷請求先〕野澤亜紀子:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:AkikoNozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversitySchoolofMedicine,Nisi-7Kita-15,Kita-ku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8638,JAPAN後極白内障における白内障手術の成績野澤亜紀子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2小野範子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1藤沢市民病院眼科*2茅ケ崎中央病院眼科ResultsofCataractSurgeryinPosteriorPolarCataractAkikoNozawa1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),NorikoOno2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)DepartmentofOphthalmology,FujisawaMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:後.破損が起こりやすいことが報告されている後極白内障に対する白内障手術成績を検討すること.対象および方法:対象は2001年4月から2009年3月の間に,茅ヶ崎中央病院にて白内障手術を受け,術後1カ月以上経過観察が可能であった後極白内障の9例9眼とした.男性5例5眼,女性は4例4眼,平均年齢は61.4歳であった.手術方法は全例,超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術で,同一術者が行った.結果:手術時間は平均18.9分であった.術後視力は改善が7眼,不変が2眼で,1眼は弱視であった.術中合併症は後.破損が1眼(11%),術後合併症は眼内レンズ偏位による再手術が1眼と後発白内障によりYAGレーザーを施行した症例が1眼であった.結論:後極白内障における白内障手術では,後.破損の危険性を常に念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切である.Purpose:Toevaluatetheoutcomeofposteriorpolarcataractsurgery,predictingtorupturetheposteriorlenscapsule.CasesandMethod:Thisretrospectivestudyinvolved9eyesof9patients(5males,4females;averageage:61.4years)whounderwentphacoemulsificationandaspirationwithintraocularlens(IOL)-implantationforcataractbetweenApril2001andMarch2009byonesurgeon.Result:Surgerydurationaveraged18.9minutes.Postoperativevisualacuitywasimprovedin7eyesandunchangedin2eyes;amblyopiawasseeninoneeye.Intraoperativeposteriorcapsularruptureoccurredinoneeye(11%);postoperativeIOL-dislocationduetoreoperation,andaftercataractduetoYAG-laserwereseeninoneeyeeach.Conclusion:Wealwaysgiveseriousconsiderationinposteriorpolarcataractsurgerybyslowdegreetopreventposteriorcapsularrupture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1613.1616,2010〕Keywords:後極白内障,白内障手術,後.破損.posteriorpolarcataract,cataractsurgery,posteriorcapsulerupture.1614あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(132)I対象および方法1.対象(表1)2001年4月から2009年3月の8年間に当院で,超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行された4,857例6,505眼のうち,後極白内障と診断され,術後1カ月以上経過観察可能であった9例9眼(0.14%)を対象とした.症例の内訳は,男性5例5眼,女性4例4眼で,手術時年齢は61.4±15.1歳(33~80歳),両眼性6例6眼,片眼性3例3眼で,家族歴が確認できたものは1例のみであった.弱視の既往が1例にみられた.渦巻き状混濁部の大きさは直径でおよそ1.8~3.0mmで,水晶体核硬度はEmery-Little分類でgradeが7眼,gradeIが2眼であった.後極白内障の診断は,混濁の形状,部位,既往歴,家族歴,年齢および両眼性か片眼性かなどを総合して診断した.2.手術方法手術方法は全例PEA+IOL挿入術で,同一術者が行った.ハイドロダイセクションは行わず,ハイドロデリニエーションのみを行い(図2a),核分割は避け,できる限り混濁部近くまで核を削り(図2b),エピヌクレウスを残すようにした.残ったエピヌクレウスと皮質は,眼粘弾性物質を使用したドライテクニックにより中央部に寄せて(図2c),低吸引圧(100mmHg),低吸引流量(20ml/min)で,ときにはバイマニュアルI/A(irrigationandaspiration)法も駆使して,ゆっくりと混濁部が自然に後.から.がれてくるように吸引除去した(図2d).IOLは後.破損した症例では.外に,後.破損のなかった症例では.内に挿入した.II結果(表2)1.手術成績手術時間は平均18.9分であった(12~43分).術後視力は最終観察時,矯正視力が視力表で2段階以上改ab図1症例9の後極白内障(a:弱拡大,b:強拡大)後極部の混濁は円盤状で渦を巻き,厚く濃い混濁を呈している.表1対象の一覧症例年齢(歳)性別左/右片/両眼性術前矯正視力混濁の直径(mm)核硬度既往歴家族歴157女性右眼両眼0.23.0IIなしなし280男性右眼片眼0.12.2II若年時に白内障の診断なし333女性左眼両眼0.12.5Iなしなし455男性右眼両眼0.72.8IIなしなし569男性左眼両眼1.22.5IIなし兄・妹669女性左眼両眼1.01.8IIなしなし747男性左眼両眼1.02.0Iなしなし865男性左眼片眼0.72.3II若年時より左視力不良なし978女性左眼片眼0.12.8II弱視の診断なし(133)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101615善したものを改善,1段階以内の変化を不変とすると,改善が7眼,不変が2眼であった.片眼例で1眼が矯正視力0.5と弱視であった.2.術中・術後合併症術中合併症は後.破損の1眼(11%)のみであった.55歳の男性で,周辺部のエピヌクレウスをフックで中央へ寄せる際,後.と癒着していた混濁部が回転して後.破損が発生した.術後早期の合併症はIOL偏位による再手術が1眼(11%)で,これは後.破損を生じた症例で,capsulecaptureにし図2後極白内障の手術手技a:ハイドロ針を核内に挿入し,ハイドロデリニエーションを行い,核とエピヌクレウスを分離する.b:核をできる限り大きく混濁部近くまで削る.c:高分子粘弾性物質を水晶体.と皮質の間に注入し,エピヌクレウスと皮質を中央に寄せる.d:混濁部分が自然に後.から.がれてくるようにゆっくりと皮質を吸引する.acbd表2手術結果の一覧症例手術日手術時間(分)術後観察期間(月)術中合併症術後早期合併症術後矯正視力術後後期合併症101/6/191229なしなし1.0なし202/5/71460なしなし1.2なし304/8/51723なしなし1.5後.混濁406/7/264335後.破損IOL偏位1.2なし506/2/141312なしなし1.5なし606/2/71232なしなし1.2なし706/11/7291なしなし1.5なし807/11/131713なしなし1.5なし908/6/51311なしなし0.5なし1616あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(134)ておいたIOLのループが硝子体腔に脱臼したため,翌日IOLを整復した.術後長期の合併症としては,術後22カ月に後発白内障でNd:YAGレーザーによる後.切開を施行したものが1眼(11%)あった.III考按後極白内障は通常両眼性,対称性に後極部に円盤状・渦巻き状の厚い混濁を生じるが,混濁が小さいため弱視はないか,もしくは軽度のことが多いとされている2).両眼性の割合は39~80%4~6,9)と報告によりさまざまで,かなり幅広くなっていた.筆者らの症例は67%(6例/9例)が両眼性で,比較的割合が高かった.筆者らは後極白内障の診断の際,混濁の形状だけではなく,家族歴および既往歴も含めて総合的に診断したため,片眼例で混濁の形状が似ている症例のうち,家族歴や既往歴がなく,手術時に後.との癒着もみられなかった2眼を今回の検討から除外した.そのため両眼性の割合が高くなったのかもしれない.また,弱視は片眼例の10~57%4~6,9)にみられたと報告されている.筆者らの症例でも同様に片眼例の33%(1眼/3眼)で弱視がみられた.手術時の年齢は30~40歳代で手術を受けることが多いと教科書的にはされているが,過去の報告では19~81歳4~9)とかなり年齢層が幅広くなっていた.筆者らの症例も平均61.4歳と年齢層が高くなっており,これはおそらく混濁部分が比較的小さかった症例が多く含まれていたため,混濁はあっても本人はあまり不自由さを感じず,加齢による白内障の進行とともに視力障害が強くなって,手術を受けた症例が多かったためと考えた.また,後極白内障の症例は若いころから混濁が中心付近にあるためか,両眼に対称性に混濁が存在する症例でも,片眼の手術だけで満足してしまい,もう1眼の手術を希望しないことが多かったことから,あまり視力に対する要求度が高くなく,不自由さを感じにくいことも一因になっているのかもしれないと思われた.筆者らの症例で家族歴があったものは,兄と妹が50歳代に白内障手術を受けたという69歳の症例1例(11%)のみであった.過去の報告でVasavadaら5)は55%に何らかの家族歴があったと報告していることから,詳細な調査を実施すればさらに家族歴のある症例を発見できたのかもしれない.後極白内障は,後極の混濁部の後.が菲薄化または混濁部と後.が強く癒着しているため,手術時に後.破損の発生率が高いことが報告されている.1990年代にOsherら4)が24%で,Vasavadarら5)が36%で後.破損が発生したと報告している.しかし2000年代になると破.率は0~16.7%6~9)とかなり低減しており,手術成績の向上がみられている.筆者らの破.率は11%で,やはり近年の報告と同様,比較的良好な破.率になっていた.その要因として,核硬度がEmery-Little分類gradeI~IIの柔らかい症例が多かったこと,後極の混濁が小さい症例が多かったこと,後.と混濁部の癒着が軽度であった症例が多かったことがあげられる.また,手術マシンの進化および手術創の小切開化により,サージなどの前房圧の急激な変化が減ったこと,バイマニュアル法や眼粘弾性物質を利用したドライテクニックなどの手術手技を駆使したことにより,混濁部と後.を比較的少ない負荷で分離できたことが大きな要因になっていると思われた.しかし,後極白内障の手術は通常の白内障手術に比べ(当院での昨年の破.率0.17%),後.破損の危険性が高いことは確かで,常に後.破損の危険性を念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切であると思われた.また,混濁部と後.の癒着が強い症例では,無理に混濁を.がそうとせず,混濁を残して手術を終了し,術後Nd:YAGレーザーで後.切開を行うことをHayashiら6)やSiatiriら9)は推奨している.さらに核が硬くて大きな症例や混濁部が大きな症例では,後.破損の確率が高く,水晶体核落下の危険性が高くなるので,林ら1)が推奨しているように計画的.外摘出術も選択肢の一つとして考えておくことが必要であると思われた.本論文の要旨は第33回日本眼科手術学会総会(2010年)で発表した.文献1)林研:後極白内障と後部円錐水晶体.IOL&RS15:304-308,20012)渡辺交世,永本敏之:スリットランプを使った前・後.下白内障の術前診断.IOL&RS23:3-7,20093)NagataM,MatsuuraH,FujinagaY:Ultrastructureofposteriorsubcapsularcataractinhumanlens.OphthalmicRes18:180-184,19864)OsherRH,YuBCY,KochDD:Posteriorpolarcataracts:Apredispositiontointraoperativeposteriorcapsularrupture.JCataractRefractSurg16:157-162,19905)VasavadaA,SinghR:Phacoemulsificationineyeswithposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg25:238-245,19996)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Outcomesofsurgeryforposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg29:45-49,20037)LeeMW,LeeYC:Phacoemulsificationofposteriorpolarcataracts:asurgicalchallenge.BrJOphthalmol87:1426-1427,20038)HaripriyaA,AravindS,VadiKetal:Bimanualmicrophacoforposteriorpolarcataracts.JCataractRefractSurg32:914-917,20069)SiatiriH,MoghimiS:Posteriorpolarcataract:minimizingriskofposteriorcapsulerupture.Eye20:814-816,2006

白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1587《原著》あたらしい眼科27(11):1587.1591,2010cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は,閉塞隅角緑内障の治療,あるいは狭隅角眼の緑内障発作の予防的治療として広く用いられてきた.しかし1984年にPollack1)によりLI後水疱性角膜症が紹介されて以来,今日に至るまでLIにより角膜内皮障害が発生した症例の報告2~4)が多数なされている.特にわが国における発生数は突出しており,LI後水疱性角膜症は角膜移植患者の24.2%を占め5),原因疾患の第2位となっている.LI後の角膜内皮障害の機序については諸説あげられているが,明確な病態の解明にはいまだ至っていない.園田ら6)は予防的LI後に角膜内皮障害が発生した症例が,白内障手〔別刷請求先〕永瀬聡子:〒305-0821つくば市春日3-18-1高田眼科Reprintrequests:SatokoNagase,M.D.,TakadaEyeClinic,3-18-1Kasuga,TsukubaCity305-0821,JAPAN白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2例永瀬聡子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1高田眼科*2茅ヶ崎中央病院眼科CataractSurgery-inducedStabilizationofCornealEndotheliumDecompensationfollowingLaserIridotomySatokoNagase1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)TakadaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:予防的レーザー虹彩切開術(LI)後に角膜内皮障害が発生した症例に,白内障手術を施行したところ内皮障害の進行が遅延した2例の報告.症例:症例1は76歳,女性.平成11年7月両眼に予防的LIを施行.術後,角膜内皮細胞密度は5年後より急激に減少し始め,8年後の時点で,両眼の角膜内皮細胞密度は下方・中央・上方の順で著しく減少していた.平成20年3月に左眼,平成21年5月に右眼の白内障手術を施行.平成22年2月の時点で,両眼とも角膜内皮細胞密度の急激な減少は停止している.症例2は69歳,女性.平成13年6月近医で予防的LIを施行され,同年7月茅ヶ崎中央病院を受診した.このとき角膜内皮細胞に異常所見はなかった.しかしLI施行4年半後内皮細胞は著明に減少していた.平成18年2月両眼の白内障手術を施行.平成21年10月の時点で角膜内皮細胞密度の減少は停止している.結論:白内障手術による房水循環の変化は,下方型LI後角膜内皮細胞障害の進行を遅延させる可能性がある.Wereporttwocasesinwhichcataractsurgerymayhaveinducedstabilizationofcornealendotheliallosssecondarytoprophylacticlaseriridotomy.Laseriridotomyhadbeenperformedfornarrowangleinbotheyesoftwofemales(78and69yearsofage).Cornealendothelialcellsoppositetheiridotomysitedecreasedafterseveralyears,thelowersectionmostrapidlyandthecentermoreslowly;theslowestrateofdecreasewasobservedintheuppersectionofthecornealendothelialcells.Wesubsequentlyperformedthecataractsurgery,withintraocularlensimplantation.Inbothcases,thecornealendothelialcellpopulationhasremainedstablethusfar.Theseresultssuggestthattheaqueousflowisreturningintotheanteriorchambernotviatheiridotomysite,butthroughthepupil.Thisstabilizescornealendothelialcelllossduetoprophylacticlaseriridotomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1587.1591,2010〕Keywords:角膜内皮細胞障害,レーザー虹彩切開術,白内障手術.cornealdecompensation,laseriridotomy,cataractsurgery.1588あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(106)術の施行により内皮障害の進行が停止したと報告している.今回筆者らも園田らと同様に白内障手術によりLI後内皮障害の進行が遅延したと思われる2症例を経験した.これらの症例から水晶体再建術が下方型LI後内皮障害の進行を予防する機序についても考察したので報告する.I症例〔症例1〕76歳,女性.初診:平成11年5月24日.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:半年前からの流涙を主訴に茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当科)を受診.初診時所見:視力は右眼0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx60°),左眼0.4(1.0×+1.25D(cyl.0.75DAx90°),眼圧は両眼9mmHgであった.隅角は両眼Shaffer分類1~2度で,周辺部虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)が右眼に2カ所,左眼に1カ所みられた.中間透光体では両眼に皮質白内障がみられた.角膜内皮細胞密度は角膜中央で右眼2,652/mm2,左眼2,463/mm2で,変動係数(coefficientofvalue:CV)値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は両眼22.68mmとやや短く,前房深度は右眼2.09mm,左眼2.10mmと浅前房であった.経過:平成11年7月12日閉塞隅角緑内障発作の可能性が高いと考え,右眼に対し耳上側にLI(アルゴンレーザー使用・総エネルギー量10.7J)を施行した.ついで7月26日左眼に対し耳上側にLI(総エネルギー量8.3J)を施行した.LI後の消炎には0.1%フルオロメトロン点眼Rおよびプラノプロフェン点眼を1日4回2週間投与した.その後数カ月ごとに眼圧や視野などを定期的に観察し,角膜内皮細胞については1,2年ごとに角膜中央の角膜内皮細胞密度の検査を実施していた.角膜内皮細胞密度はLI施行後,数年は緩徐な減少を示し,その後は加速度的に減少していた(図1).右眼の角膜内皮細胞密度はLI後9年の時点で,上方が2,358,中央が1,328,下方が602/mm2,左眼の角膜内皮細胞密度はLI後8年8カ月の時点で,上方が2,325,中央が666,下方が615/mm2で,両眼とも角膜下方が最も強く障害されていた(図2).このとき隅角は両眼Shaffer分類2度でPASが右眼に6カ所,左眼に5カ所みられ,隅角の閉塞が進行していた.角膜後面色素沈着は両眼の角膜中央やや下方に散在し01224角膜内皮細胞密度(/mm2)362,6522,6522,1881,9921,9481,5771,7001,3289937136662,1002,1642,4752,4634860経過月数両眼LI7284961081203,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:右眼:左眼図1症例1:角膜中央部の角膜内皮細胞密度の経過LI~白内障手術直前まで.図2症例1:LI後約9年の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼(LI後9年),下段が左眼(LI後8年8カ月)で,左から角膜上方・中央・下方.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101589てみられ,Emery-Little分類grade2の核白内障が両眼にみられた.視力は右眼が1.0(1.2),左眼が1.0(1.2)と良好であったが,LI後の角膜内皮障害が白内障手術により進行が停止した症例の報告6)があること,角膜内皮細胞密度が加速度的に減少してきていること,特に角膜下方に強い障害がみられていることなどから,白内障手術による房水循環の変化が有効な治療になるかもしれないと考え,まず角膜内皮細胞密度のより悪い左眼に対し平成20年3月4日超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を耳側強角膜3mm切開で,ソフトシェル法(ビスコートRとヒーロンVRを使用)にて施行した.白内障手術後は,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液を1日4回1カ月間,0.1%ジクロフェナクナトリウム点眼液を3カ月間投与し,消炎を十分に行った.白内障手術後,角膜中央および下方の角膜内皮細胞密度は減少が停止した(図3).左眼の経過から白内障手術により角膜内皮細胞障害が緩和される可能性が高いと考え,平成21年5月12日右眼のPEA+IOL挿入術を左眼と同様の方法で耳側強角膜3mm切開にて施行した.白内障手術後,左眼と同様に角膜内皮細胞密度の減少はほぼ停止している(図4).〔症例2〕69歳,女性.初診:平成13年7月17日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:平成13年5月29日右眼に,6月12日左眼に近医で予防的LIを施行(施行条件の詳細は不明).現病歴:両眼の網膜裂孔に対する網膜光凝固術を目的に,近医より当科を紹介され受診.初診時所見:視力は右眼0.4(1.0×.1.00D(cyl.1.25DAx110°),左眼0.9(1.0×+0.25D(cyl.1.00DAx90°),眼圧は右眼が16mmHg,左眼が14mmHgであった.隅角は両眼ともShaffer分類3度でPASはみられなかった.両眼底に網膜裂孔がみられた.角膜中央の角膜内皮細胞密度は右眼が2,673/mm2,左眼が2,631/mm2で,CV値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は右眼23.08mm,左眼22.79mmで,前房深度は右眼2.97mm,左眼3.04mmであった.経過:初診日(LI後約1カ月)に両眼の網膜裂孔に網膜光凝固術を施行した.以降,年に1回程度の経過観察をしていたが,角膜内皮細胞の検査はしていなかった.平成17年12月15日(LI後4年半)右眼0.4(0.5×.3.25D(cyl.1.25DAx105°),左眼0.3(0.4×+0.50D(cyl.1.75DAx100°)と核白内障(Emery-Little分類grade3)による視力低下がみられ,白内障手術を希望したため,角膜中央の角膜内皮細胞密度を検査したところ右眼が498/mm2,左眼が1,587/mm2と著明な減少がみられた.このとき隅角は両眼Shaffer分類3度でPASはなかった.また角膜後面色素沈着もみられなかった.白内障手術により右眼は角膜移植が必要になる可能性が高いことを説明したうえで,平成18年2月21日左眼に,続いて2月23日右眼に白内障手術を症例1と同様の方法で施行し,術後の点眼も同様に行い,十分に消炎を行った.白内障手術後,視力は右眼0.7(1.0),左眼0.5(1.0)と改善し,角膜中央の角膜内皮細胞密度の減少もほぼ停止した036912経過月数15182124角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3256665886391,6866156364976071,0185831,5179707988257126653,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:上方:中央:下方647図3症例1:左眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:上方:中央:下方036912角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3412,5122,1052,3252,0202,2179937016676336677186166636936046226193,0002,5002,0001,5001,0005000右眼白内障手術図4症例1:右眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:右眼:左眼01224364860728496108120角膜内皮細胞密度(/mm2)2,6311,5871,0441,1241,0201,1002,6784984965167378063,0002,5002,0001,5001,0005000両眼LI施行両眼白内障手術図5症例2:角膜中央部の内皮細胞密度の経過1590あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(108)(図5).白内障術後3年8カ月(LI後8年)の時点で角膜内皮細胞密度は右眼が上方で964,中央で806,下方で781/mm2,左眼が上方で1,760,中央で1,100,下方で894/mm2で,両眼とも角膜下方で最も角膜細胞密度は減少していた(図6).II考按今回の筆者らが経験した2例はいずれも狭隅角眼に対し施行された予防的LIで,長い経過を経て,両眼性に内皮障害が発生していた.まだ水疱性角膜症には至っていないが,角膜の上方・中央・下方における角膜内皮細胞密度を比較したところ,LI施行部位から離れた下方の角膜内皮細胞が最も強く障害されていた.よってこれらは下方型水疱性角膜症に進展する可能性があった症例だと考えた.下方型LI後水疱性角膜症の特徴として,京都府立医科大学は角膜移植を目的に紹介された症例91眼のうち14.3%を占め,その原疾患として狭隅角が84.6%で,予防的LIの症例が多く含まれていたと報告している7).LI後の角膜内皮障害の発生メカニズムにはいくつかの説が報告されている.まず第1はLI施行前から存在する角膜内皮細胞の異常である.糖尿病・滴状角膜・Fuchs角膜変性症・偽落屑症候群などがあげられている2,3,8).第2が術直前および術直後の要因で,急性緑内障発作に伴う低酸素環境やレーザーの過剰照射などで,術後に角膜内皮細胞密度を急激に減少させると考えられている9).第3はLI後も持続する要因に基づくもので,慢性の炎症に由来する「血液・房水柵破綻説」7)や「マクロファージ説」10)と房水動態の異常に由来する「房水ジェット噴流説」11)や「内皮創傷治癒説」12)があげられている.角膜内皮障害はそれらの病態がいくつか複合して発症していると考えられている.症例1の角膜中央の角膜内皮細胞密度はLI後5年くらいまでは緩徐な減少傾向を示し,その後加速度的に減少していた.そして白内障手術後は減少が停止し,むしろ改善傾向がみられた.症例2ではLI後4年半で大きく減少していた角膜中央の角膜内皮細胞密度が,白内障手術後は減少が停止し,白内障術後3年では角膜内皮細胞密度はやや改善した状態で安定していた.これらのことからつぎのような仮説を考えた.浅前房による房水の温流速度の低下による前房全体の房水循環不全(房水対流の減弱または消失)とLI切開窓からの房水の噴出と流入による局所の房水循環不全(房水乱流の発生)が生じているため,房水に淀みが生じ,LIにより産生された何らかの化学物質が前房内からうまく排出されず,前房内の局所(今回の症例では下方)に少しずつ蓄積され,年数を経るごとに強くなる角膜下方の角膜内皮障害を発生させた.そしてさらに障害を受けて脱落した角膜内皮細胞を補償しようと,角膜中央の内皮細胞が遊走を始めるが,遊走中の内皮細胞は脱落しやすいため,内皮細胞の減少が早まるといった悪循環が形成されたのではないかと推測した.この結果,角膜上方は比較的角膜内皮細胞が温存され,中央,下方と行くに従って,障害が強くなったのではないかと考えた.白内障手術は前房内に蓄積していた化学物質を洗浄し,瞳孔を介する生理的な房水循環を復活させ6),かつLI切開窓を図6症例2:白内障術後3年8カ月の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼,下段が左眼で,左から角膜上方・中央・下方.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101591介した房水の流れを減少させることで,房水の淀みを解消する.そして深前房になることで房水の対流が復活し,化学物質の蓄積が解消されることで,下方の角膜内皮細胞密度の減少が停止し,上方から中央へ,さらに下方へと数年の時間を経て角膜内皮細胞が移動・伸展して安定した状態になったものと考えた.加えていずれの症例も両眼性であったことや同じような症例でもまったく角膜内皮細胞障害をきたさない症例も多数存在することから,既存の角膜内皮細胞の易障害性の存在も推定された.陳ら3)の報告にあるような角膜の脆弱性をきたす原因とされる糖尿病,滴状角膜,Fuchs角膜変性などがないのに,通常のまったく問題のなかった白内障手術で,大きく角膜内皮細胞が減少する症例をわれわれはときに経験することがあることからも,原因不明の角膜内皮細胞易障害性をもつ症例が存在する可能性があり,今回の症例もそれに当たるものと考えた.今回筆者らはLIによる下方型の角膜内皮細胞障害が,白内障手術により停止または遅延した2例を経験した.LIを施行した症例では角膜内皮細胞密度を定期的(年1回程度)に観察し,減少傾向がみられたときには,どの部位からの角膜内皮細胞減少かを検討し,その結果下方型の角膜内皮細胞障害が疑われる症例では,上方の角膜内皮細胞が健全なうちに房水循環を改善させる水晶体再建術を施行することが,LI後水疱性角膜症の発症を予防する重要なポイントになると思われた.本論文の要旨は第34回角膜カンファランス(2010年)で発表した.文献1)PollackIP:Currentconseptinlaseriridotomy.IntOphthalmolClin24:153-180,19842)SchwartzAL,MartinNF,WeberPA:Cornealdecompensationafterargonlaseriridotomy.ArchOphthalmol106:1572-1574,19883)陳栄家,百瀬皓,沖坂重邦ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の組織病理学的観察.日眼会誌103:19-136,19994)金井尚代,外園千恵,小室青ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に関する検討.あたらしい眼科20:245-249,20035)島.潤:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─国内外の状況─.あたらしい眼科24:851-853,20076)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,20047)東原尚代:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─血液・房水棚破綻説─.あたらしい眼科24:871-878,20078)大橋裕一:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-850,20079)妹尾正,高山良,千葉桂三:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症─過剰凝固説─.あたらしい眼科24:863-869,200710)山本聡,鈴木真理子,横尾誠一ほか:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─マクロファージ説─.あたらしい眼科24:885-890,200711)山本康明:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の病態─房水ジェット噴流説─.あたらしい眼科24:879-883,200712)加治優一,榊原潤,大鹿哲郎:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─角膜内皮創傷治癒説─.あたらしい眼科24:891-895,2007***

眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(113)3910910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):391394,2010cはじめに近年の白内障手術は手術器械や手技が大きく進歩しており,手術中の合併症頻度は以前よりも減少しているものと考えられる.しかしながら,現在においても術中術後合併症は一定の頻度で発生しており,なかでも重篤な合併症の一つである眼内レンズ脱臼は白内障術後症例の0.23.0%に発症するとされる1).眼内レンズ脱臼は術中合併症を伴う症例に頻度が高いとされているが,一方で,熟練した術者による合併症のない白内障手術の後でも認められ,それらの原因不明例の報告も少なくない2).今回筆者らは,鹿児島市立病院にて手術加療を行った眼内レンズ脱臼症例を対象に,その原因,臨床所見および手術成績について調査検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は平成12年4月から平成20年8月の間に,眼内レ〔別刷請求先〕田中最高:〒892-8580鹿児島市加治屋町20-17鹿児島市立病院眼科Reprintrequests:YoshitakaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaCityHospital,20-17Kajiya-cho,Kagoshima892-8580,JAPAN眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見田中最高吉永和歌子喜井裕哉中野哲郎北葉月上村昭典鹿児島市立病院眼科CharacteristicsandTendenciesofIntraocularLensDislocationYoshitakaTanaka,WakakoYoshinaga,YuyaKii,TetsurouNakano,HazukiKitaandAkinoriUemuraDepartmentofOphthalmology,KagoshimaCityHospital目的:眼内レンズ脱臼症例の原因と臨床所見について検討を行う.対象および方法:平成12年4月平成20年8月の約8年間に当院で手術加療を行った眼内レンズ(IOL)脱臼症例22例22眼の臨床所見について,カルテを参照に後ろ向きに調査した.結果:脱臼に関連すると思われる因子として,初回白内障手術時に破・Zinn小帯断裂などの合併症があったものが8眼,水晶体落屑症候群が5眼,外傷4眼,アトピー性皮膚炎2眼,網膜色素変性症1眼があったが,不明のものも6眼あった.IOL脱臼時の状況は,水晶体に包まれたままの脱臼が9眼,水晶体外への脱臼が13眼あった.白内障手術からIOL脱臼までの期間は平均5.2年(中間値2.8年)であった.22眼中19眼では初回手術後10年以内での発症であったが,残りの3眼では16年以上経過していた.全例に対して眼内レンズの縫着または整復を行った.結論:眼内レンズ脱臼症例では,初回白内障手術時の合併症,水晶体落屑症候群,外傷の既往が高率にみられた.一方で,特に明らかな原因もなく術後長期たってからの脱臼例もみられたことから,眼内レンズ脱臼症例は超音波乳化吸引術の普及を経て今後増加してくると推測された.Purpose:Todescribethepresentingcharacteristicsandtendenciesofposteriorchamberintraocularlens(IOL)dislocation.Design:Observationalcaseseries.Methods:Wereviewedtherecordsof22consecutivepatients(22eyes)whohadexperiencedIOLdislocationbetween2000and2008.Theircharacteristicswererecord-ed.Results:ConditionsassociatedwithIOLdislocationincludedcomplicatedoriginalsurgery(8eyes),pseudoexfo-liationsyndrome(5eyes),trauma(4eyes),andatopicdermatitis(2eyes).Therewasnoidentiablecausein28%ofeyes.In-the-bagIOLdislocationoccurredin9ofthe22eyes.MeantimefromIOLimplantationtodislocationwasapproximately5.2years.Dislocationhadoccurredwithin10yearsaftersurgeryin19of22eyes,andover16yearsaftersurgeryintheremaining3eyes.AllpatientsunderwentIOLrepositioningwithorwithoutscleralsuturexation.Conclusions:AlthoughIOLdislocationsareassociatedwithcomplicatedoriginalsurgery,pseudo-exfoliationsyndrome,andoculartrauma,someeyesofthepresentcaseshadnoidentiablecauses.Itisnecessarytoremainawareoflong-termcomplicationsevenafteruncomplicatedcataractsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):391394,2010〕Keywords:眼内レンズ脱臼,白内障手術.intraocularlensdislocation,cataractsurgery.———————————————————————-Page2392あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(114)ンズの位置異常とそれに伴う自覚症状をもち,かつ眼内レンズの位置の矯正を目的として鹿児島市立病院で手術加療を行った連続症例22例22眼(男性14例,女性8例)である.対象の年齢は3185歳(平均66.4歳)であった.なお,白内障手術中の眼内レンズ脱臼・落下および眼内レンズ縫着術後脱臼の症例は除外した.これらの症例に対し,初回眼内レンズ挿入時の手術内容,脱臼した眼内レンズと水晶体の状態および関連病態について,診療録を基にレトロスペクティブに調査した.白内障手術を他院にて行われた症例については,他院からの診療情報を基に調査を行った.ここでは眼内レンズ脱臼を,水晶体の状態に基づき,水晶体に包まれたままの脱臼と,水晶体外への脱臼の二つに分類した(図1,2).II結果表1および表2に対象症例のデータを示す.1.白内障手術白内障手術の術式は,水晶体超音波乳化吸引術(PEA)16眼,外摘出術(ECCE)4眼,不明2眼であった.ECCE4眼中2眼は術中の破のためにPEAから術式を変更した症例であった.眼内レンズが内固定されたものが13眼,外固定が8眼あり,1眼は不明であった.術中の合併症について調査できた19眼中,破が6眼,Zinn小帯断裂が2眼あった.図1水晶体に包まれたままの脱臼所見眼内レンズは水晶体に包まれたまま大きく傾斜しており,支持部と光学部の一部は,前房内に脱臼している.図2水晶体外への脱臼所見眼内レンズのエッジが瞳孔領のほぼ中央にあり,大きく偏位している.水晶体は一部破れているが,Zinn小帯の断裂は認められない.表1水晶体内のまま眼内レンズ脱臼を起こした症例一覧症例年齢(歳)性別白内障手術術式白内障手術合併症眼内レンズ脱臼の状態白内障手術からの経過期間原因176女性PEA内固定なし亜脱臼内60カ月不明284男性PEA内固定なし亜脱臼,下方偏位内60カ月外傷,PE377女性PEA内固定なし完全脱臼,落下内84カ月外傷,RP467男性ECCE内固定なし亜脱臼,下方偏位内240カ月PE563男性PEA内固定なし亜脱臼,耳側前房内内24カ月不明680男性PEA内固定なし亜脱臼,上方前房内内60カ月不明731男性PEA内固定なし完全脱臼,落下内42カ月アトピー868女性PEA内固定なし完全脱臼,落下内105カ月不明958男性PEA内固定Zinn小帯断裂亜脱臼,鼻側偏位内26カ月手術PEA:超音波乳化吸引術,ECCE:外摘出術,PE:偽落屑症候群,RP:網膜色素変性症.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010393(115)2.眼内レンズ脱臼の要因眼内レンズ脱臼に直接関係すると思われる要因として,白内障術中合併症が8眼,患眼への外傷が4眼に確認された.Zinn小帯脆弱に影響すると思われる要因として,水晶体落屑症候群が5眼,アトピー性皮膚炎が2眼,網膜色素変性症が1眼あった.その他,明らかな要因が見当たらない例が6眼あった.3.水晶体と眼内レンズの関係および脱臼の程度水晶体に包まれた状態での脱臼が9眼,それ以外が13眼あった.水晶体に包まれた状態での脱臼9眼のうち,硝子体内に完全に落下したものが3眼,瞳孔領に眼内レンズが一部確認できる亜脱臼例が6眼みられた.水晶体外への脱臼13眼のうち,完全に落下しているものは6眼,亜脱臼は7眼であった.4.白内障手術からの眼内レンズ脱臼までの経過期間白内障手術から眼内レンズ脱臼までの期間は平均5.2年(中間値2.8年)であった,22眼中19眼では術後10年以内での脱臼であったが,残りの3眼では18年以上経過した後の脱臼であった.脱臼レンズと水晶体との関係で分けると,水晶体ごとの脱臼では平均6.5年(中間値5.0年)であるのに対し,水晶体外への脱臼では,平均4.2年(中間値0.8年)と短い傾向にあった.5.眼内レンズ脱臼治療の術式脱臼眼内レンズに対する治療として,18眼に硝子体手術と眼内レンズ縫着術の併用を行った.このうち17眼では脱臼した眼内レンズの摘出を行い,1眼では脱臼した眼内レンズを再利用し縫着術を行った.残りの4眼では水晶体が残存していたため,脱臼した眼内レンズをそのまま外に固定し,うち2眼には硝子体手術を追加した.III考按白内障手術の技術・機器は近年,格段の進歩を遂げてきた.眼内レンズの固定についても,内に固定するだけではなく,前切開縁が眼内レンズの光学部全周を覆う,いわゆるコンプリートカバーによる確実な固定が一般的になっている3).その一方で,capsulartensionringやcapsuleexpand-erといった白内障手術用特殊器具の登場により,Zinn小帯脆弱例に対してもPEA施行後眼内レンズを挿入することが可能になってきている4).また,白内障手術は,平易かつ効果的な手術であると社会的に認識されるようになり,患者のqualityofvisionに対する要求も高まっているため,破やZinn小帯断裂などの合併症があっても眼内レンズを挿入することが必至となりつつある1,5).白内障術後合併症における眼内レンズ脱臼の重要性は依然として高いことから,その頻度を減らすために原因や背景を探る必要があるが,いまだ十分に解明されているとはいえない.今回の症例における初回白内障の術式では,計画的ECCEが2例で施行され,術後20年以上を経過していた.他は不明のものを除くとすべてPEAであり,術式そのものに明らかな偏りがあるとは考えられず,白内障術式と眼内レンズ脱臼との関連は認められなかった.術後早期の眼内レンズ脱臼には,破やZinn小帯断裂などの術中合併症が大きく影響するとされる6).今回,術後1週間以内に発症した早期眼内レンズ脱臼症例5眼すべてに,白内障手術中の合併症(破)が確認できた.これらは白内障手術時合併症が確認できた症例全体の過半数を占めていた.表2水晶体外へ眼内レンズ脱臼を起こした症例一覧症例年齢(歳)性別白内障手術術式白内障手術合併症眼内レンズ脱臼の状態白内障手術からの経過期間原因177女性PEA外固定破完全脱臼,落下外1日手術259男性PEA内固定なし完全脱臼外96カ月不明359男性ECCE外固定破完全脱臼外5日手術485女性ECCE外固定破亜脱臼,後方に傾斜外3日手術582男性PEA外固定Zinn小帯断裂亜脱臼,下方偏位外9カ月手術,PE641男性PEA内固定なし亜脱臼,耳側下方偏位外192カ月アトピー785女性PEA内固定破亜脱臼,下方偏位外1日手術,PE884男性不明外固定不明亜脱臼,下方偏位外24カ月PE955男性不明不明不明完全脱臼,落下外6カ月外傷1045男性PEA内固定破亜脱臼,下方偏位外1日手術1154女性PEA外固定なし亜脱臼,下方前房内外72カ月外傷1274男性ECCE外固定不明完全脱臼,下方偏位外240カ月不明1356女性PEA外固定破完全脱臼,落下外22カ月手術———————————————————————-Page4394あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(116)いずれも水晶体外へ眼内レンズが脱臼しており,水晶体が眼内レンズに癒着し安定化する前の不安定な段階で,支持が不十分であったために,脱臼をひき起こした可能性がある.前の亀裂が赤道部より後方に回った状態,CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)が未完な状態での後破損,Zinn小帯断裂例では,眼内レンズ縫着術を選択すべきとされている7).今回の結果からも白内障術中に合併症を起こした際には,安易に眼内レンズを挿入するのではなく,縫着を行うべきかどうか慎重に検討を行う必要があったと考えられる.術後中期から後期にかけての眼内レンズ脱臼の原因としては,術中の合併症に加え,進行性のZinn小帯脆弱や突発的な外傷などがある2).初回白内障術後から24カ月以上経過した後に眼内レンズ脱臼を起こした症例14例では,その原因として偽落屑症候群,外傷,アトピー性皮膚炎などがみられ,これらは過去の報告に一致する5,8)が,一方で原因不明例が6例と最も多かった.明らかな外傷歴や基礎疾患のない進行性のZinn小帯脆弱は,その病態が不明であり,他院での手術例においては,脱臼する以前の情報が限られていたことも原因不明例が多い理由と考えられた.Capsularcon-strictionsyndromeによるZinn小帯に対する牽引が影響している可能性もある9)が,前の著しい収縮が確認できた症例はなかった.眼内レンズ脱臼の形態では,水晶体に包まれた状態での脱臼の報告が,近年増加傾向にある8,11).今回の検討において,対象期間を前後半に二等分すると,水晶体ごとの脱臼は,前半で9眼中3眼(33%)であったのに対し,後半では13眼中6眼(46%)であり,症例数が少ないという問題点はあるが,増加がみられている.初回手術後経過期間では,水晶体ごとの脱臼症例が,水晶体外への脱臼症例に比べ,平均値・中間値ともに長い傾向にあった.内のままの脱臼が,比較的晩期に起きるのであれば,術後に長期間経過した症例が蓄積されるに従って,その頻度が増加する可能性がある.今回の症例のうち3眼では,初回手術後18年以上経過して眼内レンズ脱臼を起こしており,長期間経過後も眼内レンズ脱臼の危険があることが再確認できた.3眼のうち2眼が外への脱臼であったが,これらの症例の初回手術が行われた当時は,外摘出術が主流であり,現在ほどに適切なCCCと内固定が普及していなかったことを考慮しなくてはならない.一般的にPEAとCCCが普及した後の眼内レンズの固定が良好な症例が,これから続々と20年以上の術後晩期を迎えることになる.過去の報告においては,白内障手術から20年以上経過後に眼内レンズ脱臼を起こした症例はわずかである12)が,今後このような晩期合併症,とりわけ内固定のままの脱臼が増加することが予想される.眼内レンズ脱臼に対する治療では,水晶体とZinn小帯の強度が十分であれば,再度外に固定し直すことは可能である.しかし一般的には確実性の点から眼内レンズ縫着術が広く選択されている13).一方,前房眼内レンズという選択もあるが,わが国では認可が1種類のレンズに限られている.また,角膜内皮障害を起こしやすい印象があり,広く普及しているとはいえない.今後眼内レンズ脱臼が増加するとなれば,眼内レンズ縫着術の重要性はさらに増すこととなり,術式やデバイスなどのさらなる進歩が期待される.今後は,水晶体ごとの脱臼,初回手術から長期間経過後の発症という傾向が強まると考えられる.近年,前収縮や偏心の程度により眼内レンズの固定状態を定量的に評価することが可能になっている3)が,ひとたび眼内レンズ脱臼を起こしたのちに原因を特定することは困難である.原因不明例は増加すると考えられ,そのメカニズムを解明し,位置異常を起こしにくい手術に結びつけるために,長期的な経過観察が必要である.文献1)GimbelHV,CondonGP,KohnenTetal:Latein-the-bagintraocularlensdislocation:incidence,prevention,andmanagement.JCataractRefractSurg31:2193-2204,20052)DavisD,BrubakerJ,EspandarLetal:Latein-the-bagspontaneousintraocularlensdislocation:evaluationof86consecutivecases.Ophthalmology116:664-670,20093)永田万由美,松島博之:収縮と眼内レンズの偏位.IOL&RS22:3-9,20084)TakimotoM,HayashiK,HayashiH:Eectofacapsulartensionringonpreventionofintraocularlensdecentrationandtiltandonanteriorcapsulecontractionaftercataractsurgery.JpnJOphthalmol52:363-367,20085)SchererM,BertelmannE,RieckP:Latespontaneousin-the-bagintraocularlensandcapsulartensionringdisloca-tioninpseudoexfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg32:672-675,20066)BokeWR,KrugerHC:Causesandmanagementofposte-riorchamberlensdisplacement.JAmIntraocularImplantSoc11:179-184,19857)西村栄一:眼内レンズ内・外固定および毛様溝縫着術の適応.IOL&RS22:10-15,20088)HayashiK,HirataA,HayashiHetal:Possiblepredispos-ingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesurgery.Ophthalmology114:969-975,20079)DavisionJA:Capsulecontractionsyndrome.JCataractRefractSurg19:582-589,199310)GrossJG,KokameGT,WeinbergDVetal:In-the-bagintraocularlensdislocation.AmJOphthalmol137:630-635,200411)加藤桃子,木村亮二,加藤整ほか:眼内レンズ位置異常をきたした症例の検討.眼科手術20:103-107,200712)KimSS,SmiddyWE,FeuerWetal:Managementofdis-locatedintraocularlenses.Ophthalmology115:1699-1704,2008

白内障手術における着色ディスコビスクRの臨床使用

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(109)3870910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):387390,2010cはじめに白内障手術において,水晶体超音波乳化吸引術が標準的な術式となり,装置や手術手技の進歩により眼組織への侵襲が非常に少なくなった.これらの進歩に加え,粘弾性物質が空間を維持することで手術の操作性を向上させ,さらに,前房内に滞留することで器具と眼内組織,あるいは超音波乳化吸引術で破砕された水晶体核片と角膜内皮の接触を軽減することが期待されている.近年,粘弾性物質の英語名称は“vis-coelasticmaterial”から“ophthalmicviscosurgicaldevic-es”に標準化され1),よりいっそう,術中の道具としての役割が注目されている.粘弾性物質は,凝集型と分散型に分類され,それぞれの特性を生かしたソフトシェル法が術中に角膜内皮保護する面から広く使われている2).新しく開発されたディスコビスクRは,分散型のビスコートRと同じヒアルロン酸ナトリウムとコンドロイチン硫酸エステルナトリウムの配合剤であるが,コンドロイチン硫酸は4%のままで,ヒアルロン酸ナトリウムの分子量を高くし,濃度を1.65%と低くすることで,分散型の眼内滞留性を保ちつつ,手術終了時の吸引除去が容易な凝集型の利点が加わることが期待されている.〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN白内障手術における着色ディスコビスクRの臨床使用ビッセン宮島弘子吉野真未東京歯科大学水道橋病院眼科ClinicalUseofStainedDisCoViscRinCataractSurgeryHirokoBissen-MiyajimaandMamiYoshinoDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital凝集型と分散型の特徴を有する新しい粘弾性物質であるディスコビスクRをフルオレセインで着色し,白内障手術時の眼内動態を観察した.本臨床治験の目的を説明し同意の得られた加齢白内障11例11眼,男性6例,女性5例,平均年齢70.9歳を対象とし,ディスコビスクRを前房内注入して前切開後,水晶体超音波乳化吸引時における眼内滞留状況を術者が4段階評価し,灌流・吸引チップによる除去時間も測定した.安全性の確認として術前から術30日後に矯正視力,眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞を観察した.ディスコビスクRは水晶体核超音波乳化吸引術直後,全例において眼内滞留が確認され,27.7%は十分,72.7%はかなり残ったという評価で,除去に要した時間は4.2±2.6秒であった.臨床上問題になる眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞数への影響はなかった.着色ディスコビスクRにより超音波乳化吸引時の滞留状態が確認され,角膜内皮保護の面で有用な手術補助剤であることが示唆された.TheDisCoViscR,anewlydevelopedophthalmicviscosurgicaldevice(OVD)thathasbothcohesiveanddisper-sivecharacteristics,wasstainedwithuoresceinanditsbehaviorinsidetheeyewasobservedunderanoperatingmicroscope.Informedconsentwasobtainedfromthe11cataractpatients(11eyes)takingpartinthisclinicaltrial.FollowingtheinjectionofDisCoViscRintotheanteriorchamberandanteriorcapsulorrhexis,residualDisCoViscRafterphacoemulsicationandthedurationofaspirationusingtheirrigation/aspirationtipwereevaluated.Inallcases,DisCoViscRremainedintheeyeuntilthenuclearfragmentshadbeenaspirated,theaveragetimeofremovalbeing4.2±2.6seconds.Noneofthecasesshowedanyadverseeectonvisualacuity,intraocularpressure,cornealthicknessorendothelialcellcount,upto1monthpostoperatively.StainingwasusefulinevaluatingDisCoViscRbehaviorinsidetheeye;possibleprotectionofthecornealendotheliumduringphacoemulsicationwassuggested.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):387390,2010〕Keywords:粘弾性物質,ヒアルロン酸ナトリウム,白内障手術,眼内滞留能,角膜内皮保護.ophthalmicvisco-surgicaldevice,sodiumhyaluronate,cataractsurgery,intraocularretentionability,endotheliumprotection.———————————————————————-Page2388あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(110)筆者らは摘出豚眼を用いて,実験的に着色したディスコビスクRの眼内滞留能を観察した3,4)が,実際の白内障手術においては,眼球の大きさ,すなわち前房容積が異なり,さらに,混濁した水晶体を操作する際,超音波チップの向きや動きに差があり,滞留能が異なる可能性は否定できない.今回,着色したディスコビスクRを用いた白内障手術における臨床治験の機会を得たので,その成績を報告する.I対象および方法1.対象本臨床治験は,日本人白内障患者を対象に実施した眼内滞留能試験で,選択基準は超音波水晶体乳化吸引術による白内障摘出および眼内レンズ挿入術を必要とする40歳以上の加齢白内障例で,核硬度2以下(Emery-Little分類),緑内障,角膜疾患など視力に影響する眼疾患を合併していない11例11眼を対象とした.本研究は施設の治験審査委員会にて審議された後,ヘルシンキ宣言に則り,患者から治験参加前にインフォームド・コンセントを取得し,術前検査,手術,術後経過観察が行われた.2.術式および術中評価方法点眼麻酔下,2.4mmの耳側角膜切開後,着色ディスコビスクRを前房内に注入し,チストトームにて直径5.05.5mmの前切開,ハイドロダイセクションを行い,その後,混濁した水晶体を超音波水晶体乳化吸引術にて除去した.使用した超音波乳化吸引装置はアルコン社INFINITIRで,灌流ボトルの高さは85cm,流量は毎分23ml,最大吸引圧は390mmHg,OZilTMtorsionalハンドピースに0.9mmフレア・ケルマンタイプの超音波チップとウルトラスリーブをセットし,全例torsional振動のみで出力70%設定を用いた.術式はPhacoChopによる二手法で,水晶体核吸引除去までに着色ディスコビスクRの残留状況を①十分残った(角膜内皮は十分に保護されていたと考えられる),②かなり残った(角膜内皮は保護されていたと考えられる),③少し残った(角膜内皮保護は不十分であったと考えられる),④残らなかった(角膜内皮保護はなかったと考えられる)の4段階で術者自身が術中所見および録画ビデオ画像から総合評価した.さらに超音波乳化吸引後に前房内に残留した着色ディスコビスクRを定量的に評価するために,皮質吸引に用いる灌流・吸引(irrigation/aspiration:I/A)チップで残留した着色ディスコビスクRの吸引除去に要する時間を,I/Aチップによる着色ディスコビスクR吸引開始から完全消失するまでに要した時間を録画画像から測定した5).その後,残った皮質をI/Aチップで除去し,再度着色ディスコビスクRで前房および水晶体を満たし,アルコン社製アクリソフRシングルピースSN60ATをCカートリッジにセットし,インジェクターを用いて水晶体内挿入した.1例ごとのディスコビスクR使用量の平均は,前切開前の眼内注入0.25±0.05ml,眼内レンズセット用カートリッジ内0.10±0.04ml,眼内レンズ挿入前の水晶体形成0.13±0.04ml,計0.48±0.05mlであった.3.術後評価項目着色ディスコビスコR使用の安全性を確認する目的で,白内障手術後1,7,30日後に矯正視力,Goldmann圧平式眼圧計にて眼圧,スペキュラーマイクロスコピー(ノンコンロボ:コーナン社)にて角膜厚,角膜内皮細胞数を測定した.II結果全例,着色ディスコビスクRを手術顕微鏡下で十分に観察可能であった.着色ディスコビスクRを前房内に注入した際の顕微鏡下画像と,無着色凝集型粘弾性物質(アルコン社プロビスクR)を注入した同顕微鏡下画像を図1に示す.着色ディスコビスクR使用下,前切開,水晶体超音波乳化吸引図1a着色ディスコビスクR注入角膜切開後,前切開前に前房内に注入された着色ディスコビスクRは緑がかった色で確認できる.図1b無着色プロビスクR注入無着色プロビスクRは透明なため,前房内で観察することは困難である.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010389(111)術といった白内障手術手技に影響はなく,術中合併症はなかった.水晶体核の超音波水晶体乳化吸引直後における着色ディスコビスクRの眼内滞留能の評価は十分に残ったが27.3%(3/11例),かなり残ったが72.7%(8/11例)で,角膜内皮保護作用がないと考えられる少し残った,残らなかったという評価を得た症例はなかった.水晶体超音波乳化吸引直後のサイドビューで撮影したビデオからの静止画像を図2に示す.眼内がやや緑色に見えるが,これが残留した着色ディスコビスクRである.つぎに,超音波チップによる水晶体核およびエピヌクレウス除去後に,I/Aチップを眼内に挿入し,残留着色ディスコビスクRを完全に吸引除去するのに要した時間は,4.2±2.6秒(08秒)であった.0秒であった2例は,超音波チップにて水晶体核の乳化吸引除去まで着色ディスコビスクRが確認されたため,術者評価はかなり残ったとされたが,エピヌクレウスをI/Aチップでなく超音波チップで吸引除去する際,エピヌクレウスと一緒に着色ディスコビスクRが吸引されたため,I/Aチップでの吸引除去が必要なかった例である.術後矯正視力は,術前より低下した例はなく,術後30日における平均1.2,11例中10例が1.2以上と良好な結果であった.1例のみ矯正視力0.7で,年齢は86歳,術前は水晶体混濁のため,眼底の詳細な観察が困難であった.術後,加齢黄斑変性症が認められ,これが視力0.7の原因と考えられたが,所見から手術による影響ではなく術前から存在するものと考えられた.その他,安全性評価として眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞数の術前から術後30日までの変化を図3,4に示す.眼圧は術後1日,角膜厚は術後7日でピークを示したが,臨床上問題となる変化はなかった.角膜内皮細胞数は術前が2,610.1±300.4/mm2,術後30日が2,613.8±362.5/mm2で,術後30日の変化率は0.1±7.7%と,ほとんど変動が認められなかった.III考按現在,臨床使用可能な着色粘弾性物質はなく,近年の水晶体超音波乳化吸引装置を用い臨床治験目的で作製された着色ディスコビスクRによる今回の術中観察結果,および術後成績は,粘弾性物質の特徴を理解するうえで有用と思われる.今回の症例数は臨床治験のため限られているが,1992年に着色粘弾性物質を眼内レンズ挿入術に用いた臨床成績がわが国および海外から報告されている6,7).当時の着色目的も眼内挙動をみることで,手術手技や術後炎症への影響がないことが確認され,ヒーロンイエローRという名称で販売された.しかし,現在のように眼内滞留して眼組織を保護するという面での関心度は低く,広く普及するには至らず製造中止となっている.眼内への毒性については,1mlヒアルロン酸ナトリウム10mgにフルオレセインナトリウム0.005mg含有の凝集型粘弾性物質を家兎眼の前房内に注入し,眼圧,角膜および全身性に影響がないことが報告されている8).今回は,術後30日までの結果で着色による問題は認められなかった.図2超音波乳化吸引直後に残った着色ディスコビスクRサイドビュービデオカメラで撮影した眼内の様子.水晶体超音波乳化吸引後,超音波チップを眼外に出したところで,角膜裏側に緑色の着色ディスコビスクRの存在が確認できる.05101520術前術後24時間術後7日術後30日眼圧(mmHg)測定時期n=11図3術前から術後30日までの眼圧変化術前から術後1,7,30日の各検査日の眼圧は20mmHg以下,標準偏差(縦線)は2.9mmHg以内であった.00.20.40.6角膜厚(mm)術前術後7日術後30日測定時期n=11図4術前から術後30日までの角膜厚の変化術前と比較して術後7日でやや角膜厚の平均値は増えているが,標準偏差(縦線)は0.03mm以内で,臨床的に問題になるような変化はなかった.———————————————————————-Page4390あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(112)また,本治験期間以降,11例中7例は1921カ月後に経過観察が可能であった.矯正視力が低下した例はなく,角膜内皮細胞数は平均2,600±370.8/mm2,変化率は治験期間である術後30日では術前の0.1±7.7%に比べて2.4±9.8%と増加していたが,通常の白内障手術後と比較して問題になる例はなかった.水晶体核の超音波乳化吸引術中の前房内滞留能について,通常使用している粘弾性物質は透明なため,存在を確認することは困難である.今回使用した着色ディスコビスクRは,手術顕微鏡下で術者が確認でき,録画画像でも色の違いで観察可能であった.フルオレセイン染色した粘弾性物質は,実際の手術に使用できるものが承認されていないため,各施設で粘弾性物質をフルオレセイン染色し,摘出豚眼や家兎眼を用いた実験環境で用いられている.眼内挙動について,各種粘弾性物質を用いた報告がわが国および海外であり911),眼内滞留能をみるため,共焦点顕微鏡や前眼部解析装置が用いられている.これらの報告で,分散型ビスコートRが量的に残りやすいとされているが,新しく開発されたディスコビスクRは従来の凝集型と比べ残留が良好なことが,すでに確認されている4,12,13).着色ディスコビスクRは手術顕微鏡下で術者が確認でき,録画画像からも色の違いで観察可能である.十分残ったあるいはかなり残ったという評価は,従来の実験結果と同様で,水晶体核の乳化吸引時に角膜内皮と直接接触することを予防できる可能性が高い.ほかに定量的に比較する方法として,眼内に残留した粘弾性物質を吸引除去するのに必要な時間を測定する方法がある5).今回,術中に残留した粘弾性物質を確認するために,この方法を用い,I/Aチップで吸引除去に要した時間は平均約4秒であった.豚眼の実験では,眼内に注入したディスコビスクRの量が多く,かつ吸引除去する空間が広いため,より長時間要したと考えられる.また,ディスコビスクRを直接吸引除去する目的で,I/Aチップの吸引孔を近づけて吸引すると,短時間で除去でき,凝集型の特性がでていた.このことは,除去が容易という実験結果と同様であるが,水晶体超音波乳化吸引術中,超音波チップをディスコビスクRに近い位置で操作すると眼内から吸引除去される可能性がある.今回の症例のうち2例はエピヌクレウスを吸引除去する目的で超音波チップをやや前房の浅い部分に向けた際にエピヌクレウスと一緒に着色ディスコビスクRの消失が観察されている.今後,ディスコビスクRの眼内滞留能の特性を生かすには,超音波チップの向き,灌流条件の設定を考慮する必要があると思われた.ディスコビスクRは海外ですでに臨床使用されており,角膜内皮保護の面で良好な結果が報告されているソフトシェル法と比較し,術後内皮細胞の面で同等の結果であったという報告がある14).今回の臨床治験より,超音波乳化吸引時に眼内に滞留し角膜内皮保護する可能性が示唆されたが,先に述べた超音波チップや装置の設定に加え,核硬度,前房深度が影響すると思われるので,今後,さらに症例を増やして評価されることが望まれる.文献1)LaneSS:OphthalmicViscosurgicalDevices:PhysicalCharacteristics,ClinicalApplications,andComplications.InSteinertRF(ed):CataractSurgeryTechniqueCom-plicationsManagement.p43-50,Saunders,Philadelphia,20042)ArshinoSA:Dispersive-cohesiveviscoelasticsoftshelltechnique.JCataractRefractSurg25:167-173,19993)Bissen-MiyajimaH:Invitrobehaviorofophthalmicvis-cosurgicaldevicesduringphacoemulsication.JCataractRefractSurg32:1026-1031,20064)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH:Residualamountofoph-thalmicviscosurgicaldevicesonthecornealendotheliumfollowingphacoemulsication.JpnJOphthalmol53:62-64,20095)OshikaT,OkamotoF,KajiYetal:Retentionandremov-alofanewviscousdispersiveophthalmicviscosurgicaldeviceduringcataractsurgeryinanimaleyes.BrJOph-thalmol90:485-487,20066)SmithKD,BurtWL:Fluorescentviscoelasticenhance-ment.JCataractRefractSurg18:572-576,19927)増田寛次郎,今泉信一郎,坂上達志ほか:フルオレセイン-Na添加ヒアルロン酸ナトリウム製剤PHY-89の眼内レンズ挿入術に対する臨床試験成績.眼臨86:80-88,19928)西田輝夫,大鳥利文,勝山巌:PHY-89の家兎前房内注入による影響.眼紀43:73-79,19929)枝美奈子,松島博之,小原喜隆:異なる超音波乳化吸引設定による粘弾性物質の前房内動態.あたらしい眼科22:1567-1571,200510)井口俊太郎,谷口重雄,西村栄一ほか:ビスコアダプティブ粘弾性物質の前房内動態に関する実験的検討.IOL&RS18:294-298,200411)Bissen-MiyajimaH:Ophthalmicviscosurgicaldevices.CurrOpinOphthalmol19:50-54,200812)枝美奈子,松島博之,寺内渉ほか:各種粘弾性物質の前房内滞留性と角膜内皮保護作用.日眼会誌110:31-36,200613)PetrollWM,JafariM,LaneSSetal:Quantitativeassess-mentofviscoelasticretentionusinginvivoconfocalmicroscopy.JCataractRefractSurg31:2363-2368,200514)PraveenMR,KoulA,VasavadaRetal:DisCoViscversusthesoft-shelltechniqueusingViscoatandProviscinphacoemulsication:Randomizedclinicaltrial.JCataractRefractSurg34:1145-1151,2008***

糖尿病患者における白内障術前の結膜嚢細菌叢の検討

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(105)2430910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):243246,2009cはじめに白内障手術に限らず術後眼内炎は一度発症すると,それによる患者側の負担や不利益のみならず,術者側にもあらゆる面で大きな負担と責任とが重くのしかかる.白内障手術における術後眼内炎発症率は0.05%と報告されている1)が,それを低減するために危険因子の軽減が重要である.術後眼内炎における危険因子のうち,患者側のものとしては,糖尿病の合併が報告されている2,3).一方,近年白内障手術における術後眼内炎の起因菌として結膜内常在菌が関与していることも知られている.特に,糖尿病患者における血糖コントロールは慢性合併症の発症に大きく関わり,血糖コントロール不良状態では易感染性が増すとの報告もある4).このため結膜内常在菌叢が何らかの影響を受ける可能性が考えられることから,術後眼内炎の危険因子になることが懸念される.〔別刷請求先〕須藤史子:〒349-1105埼玉県北葛飾郡栗橋町大字小右衛門714-6埼玉県済生会栗橋病院眼科Reprintrequests:ChikakoSuto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,714-6Koemon,Kurihashi-machi,Kitakatsushika-gun,Saitama349-1105,JAPAN糖尿病患者における白内障術前の結膜細菌叢の検討屋宜友子*1,2須藤史子*1,2森永将弘*1,2八代智恵子*3土至田宏*4堀貞夫*2*1埼玉県済生会栗橋病院眼科*2東京女子医科大学眼科学教室*3埼玉県済生会栗橋病臨床検査部*4順天堂大学医学部眼科学教室StudyofConjunctivalSacBacterialFlorainDiabeticPatientsbeforeCataractSurgeryTomokoYagi1,2),ChikakoSuto1,2),MasahiroMorinaga1,2),ChiekoYashiro3),HiroshiToshida4)andSadaoHori2)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,3)LaboratoryDepartment,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine白内障術前患者249例406眼の下眼瞼結膜擦過培養および検出菌薬剤感受性検査結果を糖尿病の有無により比較検討した.糖尿病患者(DM群)は75例126眼,非糖尿病患者(非DM群)は174例280眼で,平均年齢は各々70.2±9.4歳,72.6±8.9歳,細菌検出率は36.5%,34.3%といずれも両群間に統計学的有意差を認めず,DM群ヘモグロビン(Hb)A1C8%以上とそれ未満との比較でも有意差は認められなかった.菌種別では,両群ともにコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),コリネバクテリウムの順に多く,これらで大半を占め,3位はメチシリン耐性CNS(MRCNS)であったがDM群で統計学的に有意に多く検出された(p<0.05).薬剤耐性率はレボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)のいずれにおいても両群間の差は認められなかった.MRCNSの薬剤耐性率は近年増加傾向にあるが,特に糖尿病患者において注意を要する.Conjunctivalscrapingsfromthelowereyelidwereculturedin249patients(406eyes)beforecataractsur-gery;thedrugsensitivityofthebacteriadetectedwascomparedbetweenpatientswithandwithoutdiabetes.Therewere126eyesof75patientswithdiabetes(DMgroup)and280eyesof174patientswithoutdiabetes.Indiabeticpatientswithhemoglobin(Hb)A1Clevels8%or<8%,meanage(70.2±9.4vs.72.6±8.9years)andbac-terialdetectionrate(36.5%vs.34.3%)werenotsignicantlydierent.Themajorbacterialstrainsfoundwerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)andCorynebacterium,followedbymethicillin-resistantCNS(MRCNS).TherewasasignicantlyhigherbacterialdetectionrateintheDMgroup(p<0.05).Therewerenodierencesbetweenthegroupsregardingratesofresistancetolebooxacin(LVFX),cefmenoxime(CMX),andtobramycin(TOB).MRCNSresistancehasbeenincreasingrecently,socareshouldbetaken,especiallyindiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):243246,2009〕Keywords:白内障手術,結膜細菌叢,糖尿病患者,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS),耐性菌.cataractsurgery,conjunctivalsacbacterialora,diabeticpatients,methicillin-resistantcoagulase-negativeStaphylococcus(MRCNS),antibiotics-resistance———————————————————————-Page2244あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(106)さらに血糖コントロール不良患者では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).その一方で糖尿病は術後眼内炎の危険因子ではないとの報告もある6).そこで今回筆者らは,糖尿病の有無による結膜細菌叢および検出菌の抗菌薬耐性の差に関する検討を行った.I対象および方法対象は,2006年1月から2007年6月の1年半の間に埼玉県済生会栗橋病院で白内障手術を施行した249例406眼で,その内訳は男性107例171眼(43.0%),女性142例235眼(57.0%)であった.年齢は71.8±9.1歳(平均±標準偏差)であった.結膜細菌検査は手術の約2週間前に行い,検体は滅菌綿棒(トランシステムクリア,スギヤマゲン社,東京)を用いて無麻酔下で下眼瞼結膜を擦過し採取,1時間以内に当院臨床検査部に移送し,血液寒天培地およびチョコレート寒天培地上で35℃,2448時間培養後に,従来法で判定した.なお,嫌気性培養,増菌培養は未施行であった.薬剤感受性検査は,CLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInsti-tute)M100-S177)に準拠し,Disc拡散法(Sensi-Discを用いたKirby-Bauer法),およびRAISUS(全自動迅速同定感受性測定装置)を用いた微量液体希釈法にて測定した.検討項目は,1.結膜細菌検出率,2.検出菌の内訳,3.検出菌の薬剤耐性率で,さらにこれらを糖尿病の有無により比較検討した.薬剤感受性検査の対象薬剤は,レボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)の3種とした.なお,本研究においては白内障術前結膜の減菌を理想としているため,感受性が中間のものは耐性として扱った.II結果1.対象患者の内訳(表1)対象患者249例406眼のうち,糖尿病患者(以下,DM群)は75例126眼(31.0%),非糖尿病患者(以下,非DM群)は174例280眼(69.0%)であった.年齢はDM群70.2±9.4歳,非DM群72.6±8.9歳,男女比はDM群で男性36例(48.0%),女性39例(52.0%),非DM群で男性71例(40.8%),女性103例(59.2%)であった.年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.2.結膜細菌検出率分離された細菌は全体で406眼中142眼で検出され,細菌検出率は35.0%であった.DMの有無別ではDM群では126眼中46眼(36.5%),非DM群では280眼中96眼(34.3%)であり,両群間に統計学的有意差は認めなかった.さらにDM群を血糖コントロールの面から検討すべくヘモグロビンA1C(HbA1C)8%以上のコントロール不良例と8%未満とで比較したところ,HbA1C8%以上の群では14例25眼中7眼で細菌分離され,その検出率は28.0%,8%未満は61例101眼中39眼で細菌分離され,その検出率は38.6%と,両群間に統計学的有意差は認めなかった.3.検出菌の内訳(表2)菌種別では,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)67株(37.6%),コリネバクテリウム66株(37.1%)が大半を占め,これら2種で75%近くを占めた.3位にはメチシリン耐性CNS(MRCNS)が21株(11.8%)検出され,続いて腸球菌が6株(3.4%)検出された.検出菌をDM群,非DM群に分けて検討した結果,CNSは各々31.3%,41.2%,コリネバクテリウムは各々37.5%,36.8%と,ともに上位2種の順位および割合は不変であったが,MRCNSの検出率は各々20.3%,7.0%と,DM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).DM群のうちMRCNS陽表1対象患者の内訳患者総数(249例406眼)糖尿病患者75例126眼(31%)非糖尿病患者174例280眼(69%)平均年齢70.2±9.4歳72.6±8.9歳男性36例(48.0%)71例(40.8%)女性39例(52.0%)103例(59.2%)年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.表2検出菌の内訳全患者糖尿病患者非糖尿病患者株%株%株%CNS6737.62031.34741.2Colynebacterium6637.12437.54236.8MRCNS2111.81320.3*87.0*腸球菌63.4MSSA52.8*:MRCNSの検出率のみDM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).:DM群:非DM群2520151050薬剤耐性率(%)13.518.823.114.623.117.7LVFXCMXTOB図1検出菌の薬剤耐性率両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.LVFX:レボフロキサシン,CMX:セフメノキシム,TOM:トブラマイシン.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009245(107)性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したところ,陽性群で30.7%,陰性群で28.3%であり,統計学的有意差は認められなかった.4.検出菌の薬剤耐性率(図1)薬剤耐性率は検出菌全体でLVFX16.9%,CMX17.6%,TOB19.6%であった.DM群,非DM群別にみると,LVFXは各々13.5%,18.8%,CMXは各々23.1%,14.6%,TOBは各々23.1%,17.7%と,両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.III考察糖尿病患者は網膜症の管理の必要性があるため眼科を受診し,合併症が発見されれば加療が必要となるケースが多い.糖尿病患者における易感染性は眼科領域に限らず一般によく知られており8,9),機序としては細小血管障害による循環障害,インスリン代謝異常に基づく低栄養状態により組織での細胞性免疫能低下や好中球遊走能低下などが考えられている.なかでも眼科領域では糖尿病が術後眼内炎の危険因子となるとの報告もある2,3).血糖コントロールに関しても,HbA1C8%以上のコントロール不良例では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).今回筆者らは白内障術前患者を対象に細菌検出率,検出菌内訳,薬剤耐性率を糖尿病の有無別に検討したが,両群間に統計学的有意差を認めなかった.本報告では細菌検出率が35%と,既報1013)と比べると低めの数値を示しているが,これは細菌検出の際の設備や検査方法の違いによるものと思われる.宮永らの報告14)では,細菌培養結果を5施設間で検討したところ,検査施設により細菌検出率や菌種検出傾向に差があることが指摘されており,検出率を単純に比較できない可能性が示唆される.さらに,好気培養のほかに嫌気培養も合わせて施行しているところが多いが,本研究では保険点数上のコストの問題から,嫌気培養は施行していなかった.そのため検出の際に嫌気状態を必要とする,結膜内常在菌の主要菌であるPropionibac-teriumacnes(P.acnes)15)は今回の結果には反映されていない.増菌培養が未施行である点も,細菌検出率が低い一因と考えられる.しかし,菌種の内訳としてはCNSが最多であった点は,既報と同様の傾向であった16,17).本研究では,コリネバクテリウムは2番目に多く検出されているが,この順位は既報1013,16,17)と比較すると,同様のもの13)と相違するもの1012,16,17)に分かれる.これは各施設の検査結果の報告方法の違いにより影響されると思われる.すなわち,Staphylo-coccus属の菌を種レベルまで同定しているか否か,あるいはCNSとしてまとめて報告しているかによって変わってくるからである.コリネバクテリウムは通常は病原性に乏しいが,近年ではLVFX耐性コリネバクテリウムが増えており,眼感染症の一因となるとの報告もあり注意を要する18).今回の検討で,細菌検出率で唯一有意差を認めたのはMRCNSで,DM群で非DM群に対し統計学的に有意に高率であった.CNSには表皮ブドウ球菌をはじめ多くの菌種が存在するが,本来は病原性が弱いといわれている.しかし近年は耐性率が増加しつつあり,特にMRCNSによる眼感染症の報告も増加している1921).DM群でMRCNSが高率であった理由として考えられるのは,糖尿病の易感染性,日和見感染や不顕性感染などがあげられる.抗菌点眼薬の使用歴のない症例が対象であったKatoらの報告では,高齢者の健常者の結膜からもMRCNSとMRSAが常在菌として検出されたと報告している22).また,マイボーム腺および結膜内の常在細菌叢における薬剤耐性率は一般に高齢者で増加する傾向がある13).自験例においても同様に高齢者は60歳以下に比べて有意に細菌検出率が高かった(森永将弘ほか:第31回日本眼科手術学会で発表).今回DM群のMRCNS陽性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したが,統計学的に有意差は認められなかった.以上のことより,何らかの眼感染症に対し抗菌薬を使用したことによって薬剤耐性を獲得したと考えるよりも,高齢者とDM患者に共通している抵抗力低下,易感染性によるものと考えられる.しかし一方で,眼感染症の既往がなくても多臓器や他の部位における感染症治療で過去に抗菌薬が投与され,常在菌が薬剤耐性を獲得した可能性も考慮すべきではないかと思われた.自験例での結膜細菌叢からの検出菌は,本報告で対象としたLVFX,CMX,TOBのすべての抗菌薬において何らかの耐性菌が認められ,反対に薬剤感受性検査を施行したすべての菌種で,いずれかの抗菌薬に対する耐性が認められた.特にMRCNSは多剤耐性を示したことから,MRCNSが検出された場合その薬剤感受性検査結果に基づいた抗菌薬の選択をすべきと考えられた.日本眼感染症学会は1994年CMX点眼,2006年にはLVFXの術前点眼を推奨している23,24)が,画一的に抗菌薬を術前投与していたのでは少なからず抜け道がある可能性も否定できないと思われた.今回糖尿病の有無および血糖コントロールの良否で結膜細菌叢の検討を行ったが,菌検出に際し目立った差異は認められなかった.薬剤耐性菌でのみ有意差が出たのは,糖尿病による易感染性が背景にあることは無視できない事実であると考えられた.文献1)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,20072)KattanHM,FlynnHWJr,PugfelderSCetal:Nosoco-mialendophthalmitissurvey.Currentincidenceofinfec———————————————————————–Page4246あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(108)tionafterintraocularsurgery.Ophthalmology98:227-238,19913)PhillipsWB2nd,TasmanWS:Postoperativeendophthal-mitisinassociationwithdiabetesmellitus.Ophthalmology101:508-518,19944)有山泰代,上原豊,清水弘行ほか:感染性眼内炎を併発したコントロール不良糖尿病の4例.眼紀57:726-729,20065)稗田牧,山口哲男,北川厚子ほか:糖尿病患者の白内障手術時における結膜内常在菌叢.眼紀46:1148-1151,19956)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthal-mitisaftercataractsurgery:Riskfactorsrelatingtotech-niqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:Aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,19887)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute.PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting,Seven-teenthInformationalSupplement(M100-S17);CLSI,Wayne,PA,20078)GottrupF,AndreassenTT:Healingofincisionalwoundsinstomachandduodenum:Theinuenceofexperimentaldiabetes.JSurgRes31:61-68,19819)RayeldEJ,AultMJ,KeuschGTetal:Infectionanddia-betes:Thecaseforglucosecontrol.AmJMed72:439-450,198210)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,200111)宇野敏彦:術前感染症予防とEBM.あたらしい眼科22:889-893,200512)大鹿哲郎:術後眼内炎.眼科プラクティス1,p2-11,文光堂,200513)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜内の常在菌叢についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200414)宮永将,佐々木香る,宮井尊史ほか:5検査施設間での白内障術前結膜培養結果の比較.臨眼61:2143-2147,200715)浅利誠志:細菌検査の落とし穴.あたらしい眼科23:479-480,200616)関奈央子,亀井裕子,松原正男:高齢者の結膜内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200317)宮尾益也:眼感染症と耐性菌.眼科43:923-931,200118)外園千恵:常在微生物叢と眼感染症.あたらしい眼科25:59-60,200819)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:1129-1132,200320)西崎暁子,外園千恵,中井義典ほか:眼感染症におけるMRSAおよびMRCNSの検出頻度と薬剤感受性.あたらしい眼科23:1461-1463,200621)外園千恵:MRSA,MRCNSによる眼感染症.日本の眼科77:1413-1414,200622)KatoT,HayasakaS:Methicillin-resistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantcoagulase-negativestaph-ylococcifromconjunctivasofpreoperativepatients.JpnJOphthalmol42:461-465,199823)北野周作:白内障手術:戦略のたてかた─白内障術前無菌法─.眼科手術8:717-719,199524)井上幸次:術前減菌法.眼科手術19:493-495,2006***